【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で継続できております。
 誤字報告も本当にありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称です。
 よろしくお願いします。


トラジック・アイロリー(下)

 この世界の格闘戦は、両者ノーガードによるぶっ飛ばし合いが基本である。

 何故なら、殴り合いの最中に下手な防御をしてしまうとガード時ノックバックのせいで反撃ができず、そのままディフェンス側が一方的に追撃されてしまうからだ。

 その為、異世界の武闘家はディフェンスよりもオフェンス重視になり、そうでなくともディフェンス技術は完全回避型かクロスカウンター型になる。ちなみに、一応ジャスガ型も存在するが、剣士の【受け流し】同様これは少数派である。

 

 また、現代地球の格闘技と比べ、異世界の格闘技は全体的に大技志向で、牽制技にしたって大振りである事が多い。それは、武闘家ジョブの攻撃がその他の武器持ちジョブよりもモーション値の影響を強く受ける為である。

 だからこそ、モーション値の低いジャブやローキックといった小技は軽視され、モーション値の高いストレートや跳び後ろ回し蹴りが重視されているのである。高レベル武闘家の攻撃であっても、ジャブでは相手を止められない。仮に左を極めたところで、異世界拳闘のテッペンは取れないのだ。

 殺傷効率を求めた結論のノーガード戦法。故に、大技志向。打高防低。組み技や投げ技が下火なのも似たような理由である。

 そも、対人戦と対魔物戦では有効な立ち回りが異なるので、人類相手にのみ有効な技は研究され難いという事情もある。

 

 閑話休題。

 

 攻勢有利のガン攻め環境を前提としつつ、この異世界でも様々な武術が編み出され、時と共に洗練されていった。

 翼人が使う強襲蹴術。拳聖イライジャを始祖とする獣人拳法。淫魔族伝統のパンツレスリングめいた軍隊格闘術。

 裸足の猫又――トゥイが扱う“翻獅流”もまた、前述のガン攻め環境で練磨された古武術である。

 

 翻獅流とは、猫系獣人の戦闘術を祖とする爪技を用いた武術流派である。手足の爪による攻撃と、高い脚力を活かした蹴り技が特徴的だ。

 力に頼らず、技に驕らず、変幻自在の体捌きを旨とし、常に相手を翻弄する対人狩猟術。ピョンピョン跳び回って戦う様は、一見スピード重視の魅せ武術のようだが、その実バランス型の構成をしていた。

 伸ばした爪は高い切断属性と刺突属性を持ち、蹴り技は打撃属性だ。もちろん、全身を使って放つ技はどれもモーション値に優れている。蹴りに拘る馬人族の伝統格闘術より、よっぽど汎用性に優れていた。

 トゥイの場合、そこに自身の種族特性やジョブ由来の能動スキルを組み合わせている為、その汎用性は本家本元を凌駕している。

 畢竟、極まった翻獅流の使い手に、殺せぬ者など居ないのだ。

 

 だが、現在。

 誰をも切り裂く翻獅流。

 その技の悉くが……。

 

「オラオラオラオラァ!」

「きゃは♡ 痛い! 痛いけど! そんなんじゃ何時になっても終わらないよ!」

 

 ロリコンにより、封殺されていた。

 常とは逆に翻弄されている側の猫又は、狂気的なまでの笑みを浮かべている。

 

 打ち抜く、切り裂く、殴り飛ばす。

 白黒世界の聖域を駆け回り、二人の武闘家は丁々発止の殴り合いを展開していた。

 時に空気を掴み、虚空を踏みしめ、透明な壁を押して三次元的高速機動するトゥイに対し、イシグロは足で動いて手技を繰り出すという基本スタイルを崩さなかった。

 両者の戦いは、野蛮な喧嘩そのものだった。その光景に舞踏めいた流麗さはなく、達人同士の戦いのような品は皆無で、粗野で粗暴な原始の暴力を体現していた。

 しかれどそこには駆け引きがあり、必殺の術理が存在する。変幻自在の技と、全てを打ち砕く力。両者共々、超高速で互いの手札を押し付け合っていた。

 

「これもダメ……! すごいね、何なら通じるんだろう。どういう反応速度してるの?」

 

 この段になっても、トゥイと名乗った裸足の猫又は無邪気に笑っていた。

 純粋に、イシグロの扱う格闘技が興味深かったからだ。

 

 対人対無手専用格闘技、炉利式制圧術。

 その本質は、異世界格闘技の基本に則った攻勢の継続である。そこにイシグロならではのアプローチをかけた結果が、今の構図を形成していた。

 即ち、属性相性による後出しジャンケンである。

 

 剣と魔法のファンタジー世界である。魔法には様々な属性があり、それぞれ火は水に弱く土は雷に強いといった相性が存在する。

 検証の結果、イシグロはこれら属性相性は物理属性にも当てはまる事を確認した。

 

 合計七つもある魔法属性と異なり、この世界の物理属性は打撃・斬撃・刺突・標準の四種類である。

 打・刺・斬・標。このうち標準を除く三つは三すくみの構造になっている。打撃は斬撃に強く、斬撃は刺突に強く、刺突は打撃に強いといったように。

 この関係性に着目したイシグロは、ノーガード環境を当然とする異世界人とは異なる視点での防御技術を編み出した。

 かつて習っていた空手の受け技、その応用である。

 

 真に優れた技とは、防御と攻撃を兼ねるもの。イシグロが習った空手流派の受け技は、被ダメを減らす防御であると同時に相手の手足に対する攻撃といった側面があった。

 だが、ファンタジック物理法則がまかり通る異世界において、それは全く通用しなかった。伸び来る拳の途中に横から手刀や掌を当てたとしても、攻撃軌道を変えられないのが異世界格闘なのだ。

 何故、そんな風に出来ているのか? ステおよびスキルおよびモーション値によるスパアマ効果である。では、この環境にイシグロはどう適応したか。

 方法は単純。相手の攻撃に有利属性の攻撃を直撃させ、凌ぐのではなく突破せんとしたのだ。これこそが、異世界物理法則に準じた空手技術の応用。防御を兼ねた攻撃である。

 

「シャーッ!」

 

 危機察知。軌道予測。刺突はフェイント。爪による斬撃に向かって、イシグロは硬く握った拳をぶち当てた。

 結果、属性相性で弱点を突かれた猫又は、強制ノックバックにより攻撃モーションを中断され、被弾部位にダメージを受けてしまった。

 とはいえ、攻撃への攻撃とはつまり相打ちである。ジャンケンに勝ったイシグロもダメージを受けるが、この程度微々たるものだった。それに、ジャンケン勝利者のイシグロにはノックバックが発生しないので、攻めの継続ができるのだ。

 

「死ねオラァ!」

 

 男女平等パンチ。空けておいた拳がトゥイの顎に直撃する。軽く吹っ飛ぶ猫又だが、すぐに是正し爪を構えた。流れはイシグロが掴んでいた。

 故に後出しジャンケン。故にチート頼り。加えて言うなら単純に手先の器用さも必須なので、斥候系ジョブを履修しておくとアドである。

 

「またバレた。いいね、なら……こんなんどうかニャ!」

 

 跳び掛かる猫又。例によって後出しせんとするイシグロ。瞬間、イシグロの脳裏に警鐘が鳴り響く。判定はガード不可。立ち位置的に回避困難。これは弱点を突いても止められそうにない。

 赤黒い魔力の爪が迫る。これに、イシグロは【剛掌底】を使用し、真正面から迎撃した。

 

「「ぐぅ!」」

 

 轟! という爆音。両者の間にあった空気が炸裂し、ガー不攻撃によってガー不攻撃が相殺された。アイコである。

 ダメージは同程度だが、イシグロの【剛掌底】は熟練度が高いので低燃費である。ダメージレースは互角だが、魔力レースはイシグロの勝利だった。アイコでもいいのだ。

 

「セイヤァ!」

 

 流れがリセットされたところで、今度はイシグロの方から攻め込んだ。

 唯心無月流の手刀連撃。ただ待って守るだけではなく、隙あらば通常殴りで押し潰す。

 

 敵の攻撃を制し、常に自身が圧倒する。

 一触必殺とは程遠いが、紛れもない守護の力。これが炉利式制圧術だ。

 

「楽しいね! 楽しいね! くひひひひっ……!」

 

 アクロバットは初見で見切られ、フェイントも効かない。どんな奥義も相殺される。そんな状況にも関わらず、トゥイは凄絶な笑みを深めていた。

 これまで積み重ねてきた武の手札が、一枚一枚剥がされていく。この男には全てをぶつけても構わないのだ。不可避で不可逆な破滅へ向かうにつれて、トゥイは生の実感を得ていった。

 

 生きる為、純粋に武を競う。それがどうにも快い。

 久しく忘れていた感覚だった。

 ただ、それが今だけというのは、少し勿体ないとも思った。

 

「ねぇ! 私達、番いになろうよ! そしたら、もっと強い子を作れるニャ!」

「はぁ?」

 

 あまりに突飛で唐突なお誘いに、イシグロは手を止めぬままに気の抜けた声を発した。

 こいつ生殖能力あったのかと、殴り合いの最中にイシグロはちょっぴり驚いた。てっきり虫が本体と思っていたので、そんな機能は無いとばかり思っていたのである。

 

「私の種族は、本能的に強い雄を欲する! 獣人の性質というより、淫魔に近い種族特性。一人でいい、貴方の子が欲しい! その後に殺し合おう!」

「断るッ!」

 

 強く踏み込み、引いた拳を真っすぐ伸ばす。イシグロ渾身の正拳突きが、トゥイの鳩尾にヒットした。

 会心の一撃(クリティカル)である。異世界物理法則に従いズサーッと後退した猫又は地面に爪を立てて体勢を整えた。

 その身体から、邪仙の魔力が溢れ出す。

 

「だったら無理やり連れていく! 縛って犯して搾り尽くす! 解放した後、もっかい戦うニャ!」

 

 魔力が渦巻く。両手の爪が真っ赤に染まり、剣呑な光を放ち始めた。本気も本気、最終奥義の第二形態である。

 

「フシャアアアアアアアッ!」

 

 全身の毛を逆立てて威嚇する猫又に対し、イシグロは先と変わらず前進制圧の構えを取った。

 退かず、媚びず、顧みず、攻勢によってうち倒す。血中ロリ成分の減少以外にも、イシグロにはさっさと猫又を倒したい理由があった。

 

 炉利式制圧術は、真新しい技術である。

 だからこそ積み重ねが浅く、創始者も知らない弱点が存在するはずなのだ。

 見切られる前に、斃す。やられる前に、やる。

 

 片や迅速な勝利。片や拉致監禁からの逆レ強制子作り交尾。

 この時、拳を合わせた二人の意思は、完全にすれ違っていた。

 

 故に、既に勝者は決まっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 一方、表の世界で戦う軍服猫又サイドは、圧倒的に劣勢だった。

 バフ付きリジェネとかいう神樹の加護がある中で、相手は迷宮狂いの子分である。元より勝てるなどとは思っていないが、そこに止まり木の連中が加わってきた上に居城にいた近衛まで集まってきたのである。これはもう無理だろう。

 ならば猫又は何をしているかというと、保有する使い魔の大放出である。死ねば諸とも無に帰するのだから、せめて使ってやろうと思ったのだ。

 

「出でよ出でよ出でよ! 魔力過剰充填、【大狂奔】!」

 

 主級の人工魔物を召喚し、耐久性しか能の無い鉄の猪に突撃指示。劇毒を持つ蜂の巣を蹴り転がし、触れると爆発する小型ゴーレムを暴れさせる。街一つなど数刻程度で滅ぼせるだろう軍勢が、神樹防衛側に殺到した。

 対する冒険者達は魔物の処理に専念し、指揮官たる猫又への攻撃には手を回せていなかった。採算度外視となればこうもなる。文字通り、指揮官の猫又は戦いを数で圧していた。かといって、多勢に余裕がある訳でも無いのだが。

 

「沼を張るわ! ルクスリリアは飛んでいるのを狙って! レノは止まり木の援護! イリハ、シャロ、準備はいい?」

「あいッス!」

「ん、了解!」

「いつでもいけるのじゃ!」

「ガッテンでい!」

「グーラは……」

「はい!」

「暴れなさい」

 

 それにしても、と思う。

 ピンチな筈の迷宮狂いの奴隷達に、思った程の動揺が見受けられない。

 それどころか、想定済みとでも言わんばかりに小さな銀竜が指揮を代行し、他の仲間と淀みの無い連携をしていた。

 

 仮にも主人が消えたのだ。だというのに、彼女達は誰一人としてほんのちょっとの心配さえしていないように見える。

 忠誠心や主従愛に期待していた訳ではないが、差し迫った死に怯えるものと思っていた。

 主人が死ねば、奴隷も死ぬのだから。

 

 が、残念ながら、この将校風猫又は大いなる勘違いをしていた。

 通常、奴隷身分の者は主人の死と同時に命を落とす契約を交わされる。だが、当のイシグロはこれを解除していたので、仮に今ここでイシグロが死んだとしても純淫魔契約を結んでいるルクスリリア以外の面々は健在である。

 それどころか主人の死と同時に奴隷契約が解除され、彼女達全員にイシグロの保有する財産が分与される仕様である。これはもう完全に常識外れの所業なので、想定のしようが無かった。

 

 そもそも、新入りのシャーロットを含め、ルクスリリア達は主人であるイシグロがそう簡単に死ぬとは思っていなかった。

 心配していない理由は、信頼しているからである。今はただ、練習通りに動けばいい。チートの恩恵で生存確認はできるのだ。

 

 そんな事情を知る筈もなく、軍服の猫又はそれこそ些事と断じてのけた。

 どのみち、イシグロは死ぬのだ。そうすれば奴隷共も死ぬ。この度の遠征はそれで十分と思っておこうと考えた。

 後は次の自分が上手くやるはずで……。

 

「んんっ……!?」

 

 ……などと考えていた、その時である。

 視界の奥。何の予兆もなく、表の世界に同胞の妹とイシグロが帰還していた。

 それだけならともかく、イシグロの手には妹の深域武装(くびかざり)が握られていたのである。

 

「まさか、最初からコレが狙い……? 私との戦いは本気じゃなかったのニャ……?」

「さぁ?」

 

 膝をついて絶望するトゥイを前に、イシグロは例の首飾りを収納魔法に入れつつ、【武器の呼び出し】を使って愛剣を手に取った。

 つまり、イシグロは裏世界の戦いに勝利したというのである。敵の打倒ではなく、帰還という勝利を。最初から、同じ土俵に立ってはいなかったのだ。

 

「くっ……! うわぁあああああ!」

 

 憤怒が噴き出す。爆発的な魔力を溢れさせた裸足の猫又は、最大まで伸長した爪に魔力を纏わせた。さながらソレは両断破砕レーザー手刀。全身全霊を籠めた必殺剣を構え、大地を爆ぜさせ突貫した!

 片手だった。イシグロは右手に提げた無銘を合わせ、猫の最後の一刺しを【受け流し】た。よろめく猫又、致命的な隙。剣士に戻った男の左手に、キラリと光る刃があった。

 

「ぐふっ!」

「お前もまさしく強敵(とも)だった。知らんけど」

 

 会心反撃。元々そこに収まっていたかのように、トゥイの腹に匕首が突き刺さった。死んでいない。上森人王を殺した裸足の猫又は、蹲るように倒れ伏した。

 彼女の目は、最後の最後までイシグロを見上げていた。

 

「ヨシ!」

 

 冷淡なのか何なのか。当の男はササッとトゥイを拘束し、変なポーズで指差し確認などしていた。

 

「遅いッスよご主人!」

「おう! エリーゼ、状況は!?」

「見ての通り優勢よ。止まり木と近衛が苦戦中ね。あと、そろそろ王城から本命の増援が来るらしいわ」

「ナイスゥーッ! ほんじゃあ、このまま勝ち切るぞ! 家に帰るまでが遠足だからな! 声出してけーッ! 神樹様防衛隊、ファイヤー!」

「ふぁ、ファイヤー!」

 

 頭目が帰還するなり、ただでさえ高かった士気が更に高くなった。黒剣一党だけでなく、止まり木同盟の冒険者まで勢いを増している。真面目な近衛兵はイシグロ一党のノリに困惑していた。

 

「馬鹿な……!」

 

 召喚獣に守ってもらいながら、指揮官の猫又は盛大に狼狽していた。

 まさか、戦う事しか能の無い妹が負けたというのか。しかも、あの空間で。あまつさえ、殺害ではなく捕縛されてしまった。これでは復活させる事ができない。一から作り直す必要があるではないか。

 黒剣は拳も使うとは聞いていた。が、妹を斃す程とは想定していなかった。ぶっちゃけ異常である。おまけに本領は剣による魔物退治らしいので、これはもう数字以上の厄介さだ。

 

 そんな男が戻ってきたのだ。

 遠からず逆転され、その剣が全ての策を叩き斬るだろう。

 これでは、置き土産一つ残せない。

 

「どうする、どうすべきだ……!」

 

 この時、自身を冷静な指揮官だと思い込んでいる軍服猫又は、完全に恐慌状態に陥っていた。

 軍全体の損得を考えるなら潔く自爆すればいいものを、無自覚な生存欲求が邪魔をして手持ちの兵隊を全部使わないといけないという強迫観念に支配されていたのだ。

 よくある話だ。ストレスで判断力が鈍っていたのである。

 

「わ、私を逃がせ!」

 

 指令と同時、周囲にいた使い魔が轟音と閃光と煙幕を放った。

 その中を、敗残兵と化した猫又が逃走する。

 判断が遅い。どこぞの天狗ならそう叱責しただろう。

 

 当然、この猫又は知らない。

 上から。枝から、神樹から。

 

 アリエル様がみてる。

 

 

 

 上森神樹、枝の上。

 アルヴの森を一望できる高台に、金の髪をなびかせる美女が立っていた。

 

 金糸のような髪に、闇夜に光る二つの翡翠。その手には、神樹から授けられた神弓が握られていた。

 今のアリエルの意識は、人ならぬ上森神樹と繋がっていた。耳目を通さず、木々と根が森の全てを教えてくれる。聞こえる、見える、この身体を侵す穢れが。

 故に、彼女は此処に立っているのだ。

 

 契約を果たす。そう思った時には既に、アリエルは矢を番えていた。

 長大な矢である。神樹の分霊が宿った矢だ。弦を引き、絞る。森の息吹が集まるように、鏃に魔力の光が灯る。鏃から筈へ、それは月明かりの束と化した。

 姿勢を変える。狙いを空へ。森の代行者となったアリエルは、やがてそれを撃ち放った。

 

「この矢……!」

 

 高く、高く、無限に広がる夜空へと。それは打ち上げられた流星のよう。やがて光を放った星は無数に散って、流星群と化し森に堕ちた。

 

「……当たれ(・・・)ぇ!」

 

 都合一矢、降り注ぐ星は八百万。それら全てが狙い違わず、暴虐を成す猫の尖兵を射貫いてみせた。

 だが、それだけでは収まらない。矢を受けた魔物は一瞬にして絶命し、花弁と成って舞い散った。穢された命を、母なる森へ還したのである。

 

 アリエルが神樹に到達すれば、事態は好転する。

 その言葉に偽りなし。ただの一矢で以て、翡翠魔弓は森の脅威を消し去ってのけたのだ。

 

「もう一つ……」

 

 けれども、まだ残っている。

 翡翠の眼は、神樹の根は、森の中を一心不乱に逃げる指揮官個体の猫又を捕捉していた。

 その行く先は、上森人王の居城。避難してきた無辜の民を殺そうというのである。

 

「そこ! 捕らえた!」

 

 そうはさせない。思念一つで森を動かし、操作した根で逃げる猫又の脚を捕縛する。そのまま天高く持ち上げて、手足を縛り磔にした。

 それは、さながら弓術鍛錬の的のようだった。

 

「おのれ逃がさん! (シャ)ァッ!」

 

 再度、神樹の分霊矢を撃ち放つ。

 今度の狙いは猫又一匹。極太光線の如き剛矢が、確かに猫又に直撃した。

 破壊の光が罪人を呑み込む。影が散る。その最中……!

 

「まだ終わってなぁあああい!」

 

 次の瞬間、光条の中から巨大な影が出現した。

 巨大。只管に巨大。それはゴツゴツとした石で出来ていた。それはヒトガタをしていた。それは、あまりに大きなゴーレムだった。

 裁きの矢を受けて消滅する直前、猫又は奥の手の使い魔に乗り込んだのである。

 

「あははははっ! まさかこいつに乗って終わりとはな! 欠陥品だが、今はこれが最適か! どいつもこいつも踏み潰してやる! 後の計画など知った事か!」

 

 狭いコクピットの中、操縦桿を握る猫又が呵々大笑した。

 三度、アリエルの分霊矢が迸る。しかし、胸に矢を受けたゴーレムはビクともしなかった。飛び道具全体への絶対耐性である。

 

「ひゃっはー! ぶっ殺してやる!」

 

 大樹を押し倒し、花々を踏み潰し、ネコマタ・ゴーレムは上森人王の居城へ向けて歩き始めた。

 歩く度、凄まじい地響きが発生している。これには結構呑気してた野鳥もビビッた。今日一日で野生動物は大混乱の大移動を強いられていた。

 

「くっ、致し方ない……」

 

 分霊矢が効かないとなれば、最終手段を使わざるを得ない。樹上のアリエルは大きく跳躍して大樹内部に侵入し、滑り台を下りるように地下へ潜っていった。

 スルスル滑って地下洞へ。やがてヒト一人分の穴に入り込んだアリエルは、待機していたソレ(・・)に搭乗した。

 

 暗い空間に光が灯る。低い唸りを上げ、目を覚ます。

 そして、アリエルはその名を呼んだ。

 

「往くぞ……ユグドライザー!」

 

 王権承認! 古の巨神が目を覚ます!

 縦一文字に湖面が割れ、轟音を伴い浮上する。湖の裂け目に人影あり。やがてソレは、アルヴの森に顕現した。

 神樹の湖。その中心に古代の巨像が屹立する。あまりに雄々しい腕組み仁王立ち。清水に濡れる化身の巨体を、月と湖面がライトアップした。

 翡翠色の眼が、光を放つ。

 

「これなるは上森人の王権! 友誼の証! 古の契約に則り、今こそ世界の守護を全うせん! 神造人機・ユグドライザー! 発進(はぁっしん)ッ!」

 

 大・音・声! 開放的なコクピットで、巨像と同じポーズをしたアリエルが凛々しい声で名乗り上げた。彼女が一歩踏み出すと、同じく巨像も前身した。

 どっしぃいいいいん! 守護神の動きに呼応して、森全体が揺れる。ネコマタ・ゴーレムが身構える。木の巨像と、石の巨像。対照的な巨影同士が向かい合う。

 

「な、何なのだ! それはぁ! そんな兵器、我等のデータに無いぞ!?」

「ユグドライザー! 森の化身にして、人を守る者!」

 

 巨像越しの会話が夜の森に響き渡る。

 

「そしてぇ……!」

 

 一歩、駆け出す!

 文字通りに地を揺らし、それは拳を振りかぶった。

 

「貴様を止める者だ! うぉおおおおおおッ!」

「このガラクタがぁあああああッ!」

 

 ドッゴォオオオオオオッ!

 拳と拳がぶつかり合い、両者の巨腕が弾け飛ぶ!

 たたらを踏んだユグドライザーの眼が光る。失った右腕に神樹の根が巻き付いて、新たな武器を装着した!

 

「【世界樹両断剣(ユグドラシル・ソォォォド)】ッ!」

 

 それは、肘から先が剣になった腕だった。力任せのサイドスローのようなフォームで、特大木剣がゴーレムの腹にぶち当たる!

 

「舐めるなメス豚ァ!」

 

 グッシャアアアアッ! 横腹に一撃食らった石像は、残っている腕を大砲の形に変形した。

 超特大の呪詛砲である。物理的破壊でなく、環境破壊そのものを目的としたクソ兵器だ。紛れもなく、森の化身たるユグドライザーには特効である!

 

「【世界樹清浄盾(ユグドラシル・バリア)】ァ!」

 

 発射! 着弾! 咄嗟に広げた蔦のマントで受け止める! 神樹の浄化の力が、忌まわしい呪詛を防ぎ切った!

 

「うぉおおおおお!」

「シャアアアアアアッ!」

 

 ドゴォオオ! ドガァアアアアン! ギャリギャリギャリギャリギャリッ!

 それからは、超大規模の殴り合いである。まるで、いやそのままズバリのターン制バトル。攻撃と防御を繰り返し、大雑把なダメージレースを繰り広げる!

 破壊、破壊! そして再生! 木像も石像も無限の如くに蘇る! 森中の人々はアリエルの駆るユグドライザーを応援し、「がんばえー!」と叫ぶ幼い子供の声援がアリエルの勇気を爆発させた。

 

「やぁあッ、【世界樹爆裂拳(ユグドラシル・スマァアアアッシュ)】!」

「見切ったぁ!」

「なに!? ぐぁああああ!」

 

 だが、素手の格闘においては軍人猫又に一日の長があった。

 巧みな操作で【世界樹爆裂拳(ユグドラシル・スマッシュ)】を回避したネコマタ・ゴーレムは、返す刀でユグドライザーの頭部を両断した!

 舞い上がる頭部。悲鳴を上げる森人達。両断された頭蓋の中、人間でいう脳みそのある位置に、王権保持者のアリエルがいた。

 乗り手を殺せば止まるはずだ。猫又は手を伸ばし、件の上森人を握りつぶさんとした。

 

「うぉおおおお!」

 

 そうはさせじと、翡翠魔弓が駆るユグドライザーがネコマタ・ゴーレムに突進した!

 轟音! 胴体がぶつかり、衝撃が伝播する! 二つの巨体ががっぷり四つに組み合った!

 

「ニャーッハッハッ! 引っかかったな馬鹿め!」

 

 その時、ネコマタ・ゴーレムの口部が開いた。その中には異常発熱する魔法。ブレスである!

 近過ぎる! ガードもできない! 直撃すると大ダメージは確定で、アリエルは死ぬし後ろの森人達も死ぬだろう! 咄嗟の回避などできようか!

 そんな状況で、アリエルはさらに躯体に力を籠めて、離れないよう巨像同士を固定した!

 

「護国の献身か、敵ながら天晴! しかし実に下らない! お望み通り、森と共に消し飛ばしてやろう!」

 

 魔力膨張。ブレスが放たれる!

 その時、アリエルは会心の笑みを浮かべた。

 

「これで良いのだな!? イシグロ殿!」

 

 コクピット内、猫又が振り返る。

 座席の後ろに、虹色に輝くルーンがあった。

 そこから伸びた手が猫又の首を掴み、引っ張り、ルーンの中へ。

 そして……!

 

開け(・・)、【辺獄門(へんごくもん)】」

 

 男の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 視界一面、白黒の森である。気が付くと、軍服を纏った猫又は辺獄の中にいた。

 先ほどまで、ゴーレムに乗ってアリエルと戦っていたはずだ。いきなりこんなところにいるのは不可解である。まさか、妹が助けに来てくれたのか。

 

「もう助からないぞ」

 

 いや、そんな都合の良い事があるものか。背後の声に振り返ると、視線の先に一人だけ色彩のある男が佇んでいた。

 黒剣、またの名を迷宮狂い。噂に違わぬやべーやつ。イシグロ・リキタカである。その胸には、妖しく光る首飾り。

 

 戦闘態勢。反射で兵隊を召喚しようとした猫又だったが、それは全く反応しなかった。

 しかし、当然である。この空間は、拳のみが物を言うあの世とこの世の狭間なのだから。

 

「その感じ、ステゴロは苦手か。にしても、この空間はお前等ヴィランに持たせていいもんじゃないな……」

「ま、待て! 交渉をしよう!」

「交渉?」

 

 拳を鳴らして歩み寄って来るイシグロを前に、猫又は咄嗟にサーベルを捨てて手を挙げた。戦う気はないという意思表示である。

 唐突な交渉の申し出に、イシグロは訝しむような表情を浮かべた。

 

「命乞い? いや、お前もう無理だと思うぞ。仮に俺が許しても、アリエルさんが殺すだろうし」

「ああ、そうだろう! どのみち私は此処で死ぬ! だからこそ今、貴殿個人と交渉がしたい! どうだろう、我々と手を組まないか?」

「はあ」

 

 気の抜けた返事だが、聞く耳は持ってくれるようだった。

 必死に頭を回しながら、武器を捨てた猫又は舌を回すべく頭を回した。

 相手を観察する。じっと猫又の眼を見ている。集中している。嘘はバレる可能性が高い。なら、せめて誠実であるべきだ。

 

「ま、まず自己紹介をしよう。私の名はティエ。知っているかもしれないが、我々は所謂魔王軍残党だ」

 

 イシグロの表情に驚愕は無い。やはり、この情報は知られているようだった。

 どだいラリスは工場長の魂を握っているのである。これくらいの情報は早々に抜かれて当然だった。

 

「勘違いさせてしまっているかもしれないが、我々の目的は世界征服やら人類の全滅などではないのだ。来たる災厄の後の世界、その均衡を保つ事にある。現状のディング魔族国を拡大し、ラリス王国一強の世界を是正する為に動いているのだ」

「へぇ」

 

 輝きの無い黒い双眸が猫又を見ていた。先の「はあ」と異なり、今の「へぇ」には多少なり興味の色があった。

 歴史に関心があるのか。瞬時に状況判断した猫又は、続く言葉の内容をそっち方向へ修正した。

 

「かつて、まだ魔王国と呼ばれていた時代、魔族達の国はもっと自由で過ごしやすい国だったのだ。それがどうだ? 今となっては何処へ行ってもラリスの敷いた法を強制されている。王の意思一つ、弱者共の都合に、生まれながらの強者たる魔族が我慢させられているんだ。淫魔など、その最たるものだろう?」

 

 何か思うところがあるのか、イシグロはぴくりと眉を動かした。

 言葉を継ぐにつれ、猫又の演説が熱を帯びていく。

 

「おかしいと思わないか? 力で押さえつけられ、あまつさえ思想や価値観まで統一されつつある。そんな世界は健全じゃあない! 我等解放軍は、ラリス王家に虐げられたる全ての種族を救済する! そう、新たなる魔族の王の下で!」

「魔王……」

「その通り、真の魔王だ!」

 

 魔族の王というワードに食い付いたイシグロを見て、気を良くしたティエは満面の笑みで続けた。

 

「一代目の魔王は単なる阿呆だった! そのせいで魔族が虐げられるようになったのだ! 二代目の魔王様は、魔族の未来を憂いて戦いを始めた! しかし敗れてしまった! ラリスに屈した同胞が、魔王様を裏切ったのだ! そして我等はその意思を受け継ぎ、理想を成し遂げる! その一歩として、魔王国を再建するのだ!」

「理想?」

「新生魔王国……! 役立たずの弱者共に煩わされない、我等強者が思うがままに生きられる理想郷だよ! 魔王国には、真の自由がある!」

「ほぉん」

「そこには魔族も人間族も無い! 誰もが自由に過ごせる国! 二代目はその実現を願っていた!」

「そーなんだ」

 

 イシグロは顎に手を当て、ややあって口を開いた。

 

「……それで、俺がその解放軍とやらに協力したら、一体何の得があるんだ?」

 

 存外、好感触だ。猫又は内心で喝采を上げた。

 この男、ラリスに心酔していない。利益追求型か、思想に同調してくれたか。ともかく、意外と押せば行けるのではと考えた。

 

「貴殿の力に相応の地位を確約しよう! どういう訳だか、ラリスは貴殿を侮っているようだからな! 魔王国でなら公爵にさえなれるかもしれないぞ! まさか、一生迷宮潜りを続けるつもりもあるまい?」

「公侯伯子男なのか……」

「幹部でもいいぞ! 証を渡す! それを見せれば伝わるはずだ!」

 

 解放軍が目指しているのは、かつて二代目魔王が目指した国の再現だった。

 つまり、弱肉強食を国是とする強者にとっての楽園である。強者の特権、イシグロにとっても魅力的に映るはずだ。

 そうでなくば、ああも異常な頻度で迷宮などには潜るまい。イシグロという男は、強さに対して並々ならぬ感情を持っているに違いないのだ。

 

「聞いたところによると、貴殿は何らかの魔術的契約によって魔族特性を手に入れたそうじゃあないか! なら、尚の事ラリスの下に居続けるのは苦痛だろう? 我が国に来れば、もっと楽しく生きられるぞ!」

「楽しく……」

「そうとも! 五月蠅い弱者共に遠慮しなくてもいい! 美味い飯を食い、美味い酒に酔う! 良い女も抱き放題だ! 何なら我が妹を宛てがってもいい! 望むなら私が伴侶になろう! 私の種族はそっちの方も優秀でな! そのへんの淫魔よりよっぽど男を満足させられる!」

「ふぅん……」

 

 スンと、イシグロは元の無表情に戻った。

 その変化に気付けなかった猫又は、両手を広げ、大きな胸を張って、とっても元気な声で云った。

 

「魔王国で、酒池肉林の生活をすればいい! 貴殿にはそれだけの価値がある!」

 

 静寂。風のない辺獄に、沈黙が過った。

 胸を高鳴らせている猫又。無表情のイシグロ。

 やがて、男が口を開いた。

 

「バッド・コミュニケーション」

「え……?」

 

 瞬間、地を這うように疾駆したイシグロが猫又の眼前に迫っていた。

 拳が握られる。極端な踏み込み。膝、腰、肩、腕、全身の力が右手の先に集約する。

 そして、拳は空を昇る竜が如くに……!

 

「ぶぎゅっ……!?」

 

 猫又の顎に、突き刺さった!

 

「げぇえええええええええ!?」

 

 ジャンピング・アッパー! 冗談のように宙を舞う猫又は、白目を剥いて気絶した。

 すとんと着地するイシグロの前で、猫又はべちゃりと不時着し、全身をピクピク震わせていた。

 

「アホかお前……」

 

 ティエの言う魔王国は、イシグロにとって最も誕生を望まぬ類いの国である。

 イシグロ視点、どだいラリスの時点でかなりの弱肉強食みがあるのに、それに輪をかけた弱肉強食国家になど、誰が住みたいと思うだろうか。

 

「絵に描いた餅を食わせる奴があるか」

 

 イシグロは、小さくそう吐き捨てた。

 それ以前に、せめて出来てから誘えって話である。

 

 事情はどうあれ、平和が一番。

 余計な火種は勘弁だった。

 

 

 

 

 

 

 月も照らさぬ夜の底。

 

 人気のない闇の中、ティエと名乗った猫又が目を覚ました。

 意識を取り戻した瞬間、ティエは自身の状態を確認した。横向きに倒れている。全ての装備が外されている上、手足に加えて口にも枷が嵌められていた。あまつさえ魔族封じの鎖までも。

 周囲には見覚えのある顔が並んでいる。頭目の男に、小さな奴隷達。各々、武器を提げていた。

 

「よう、お目覚めみてぇだな」

 

 見上げる猫又の前に、赤髪の森人が立っていた。

 右手に豪奢な短剣を提げ、左手で木製の杖を突いている。

 その双眸は、深紅の暗黒に染まっていた。覚えのある色、復讐者の瞳だ。

 激情を湛える双眸とは対照的に、彼女の顔は何の表情も浮かべていなかった。

 まるで、氷の仮面でも被っているかのようである。

 

「なあ、一つ訊いていいか……?」

 

 平坦な声音。問いの形を取りつつも、その言葉は独り言のような響きがあった。

 

「あの炎の魔物さ。その中にいたあの娘の事、可哀想って思わなかったか?」

 

 問われ、当の猫又は意味が分からず呆けてしまった。

 対話ができるなら、ある程度応じる気はあった。そうやって気を逸らし、その隙に詠唱して自爆するつもりだった。

 そこにきてのこの質問。有体に言って、キョトンとしてしまった。

 何を言ってるんだ? この森人は、と。

 

「あの娘だけじゃねぇ。アタイの里にもいた戦えねぇ奴等だよ。抵抗できねぇ奴等だよ。あんたと全く無関係の、ただ生きてただけの奴の事、殺す前さ、そいつらの生活とか考えて、思わねぇもんか? 可哀想だなって、申し訳ないなって……。少しでも、そういう罪悪感とかさ……マジで無かったのか?」

 

 そんな猫又に構わず、赤髪の復讐者は訥々と言葉を継いでいった。

 両者、しっかりと目が合う。それから、ケナズ唯一の生き残りは、乾いた微笑を浮かべた。

 

「……無いらしいな。そっか」

 

 シャーロットは、今一度怨敵の目を見て、確信した。

 この猫又は、自分の正義を妄信していた。

 揺るぎなく、惑いなく、自分は正しい事をしていると思っているのだ。

 そういう時ほど、そういう奴ほど、人は残酷になるのである。

 

 大儀の為、人を切り捨てる。

 悪い奴だから、必要以上に虐める。

 弱いから、醜いから、役立たずだから、鬱陶しいから、考え方が違うから……そこに少しでも正義があれば、罪悪感なく誰でも殺す。

 それは、ごくごくありふれた精神状態だった。

 

 幼稚で、浅慮で、頑迷で、怠惰で、愚鈍で、傲慢で、独善的に過ぎる小悪党以下のクズ。

 この女は、何処にでもいる迷惑な奴だった。

 

「アタイは、あるよ。例えそれが、アンタみてぇな奴が相手でもさ……」

 

 刃が迸る。虚空に光の線を引き、小さなルーンを二つ刻印する。

 一つ目、それはごくごく初歩的なルーンだった。火のコード。薪も無く物を燃やす、料理に重宝されるもの。

 二つ目は、虹色のルーン。複雑で、緻密で、繊細なコード。人の時間に干渉するもの。

 

「……じゃあな」

 

 二つのルーンを起動する。

 瞬間、ティエと名乗った猫又の全身が燃え盛った。

 魔法ではない、熱がある火だ。ただただ熱く、徐々に肉を焼いていく。けれども、猫又の肌は焼かれて尚も火傷一つ無く、ただただ身を焼く痛みだけが与えられていた。

 魔族殺しの一つ。心を焼き尽くす炎だった。

 

「感じる時間を遅くするルーンと、肉を焼く火のルーン。心と体、どっちが先に死ぬんだろうな……」

 

 一秒が一年になる世界で、拘束された猫又は焼かれ続けていた。

 叫ぶ事もできず、逃げる事もできず、炎に巻かれる痛みにジタバタ身動ぎする猫又を、復讐者は冷淡に見下ろしていた。

 この程度、里の皆の苦しみには釣り合わない。あまりにも、生温い炎である。体を殺すのは容易い。その程度では全く足りない。

 だから、心を殺し、体をラリスに譲る事にした。せめて、後の悲劇を食い止められるようにと。

 どこまで行っても、シャーロットは復讐には向いていなかった。

 

 燃える、燃える。

 シャーロットとイシグロ達は、見ていた。

 薪の女が絶望するまで、ずっと。

 

 ルーンの火を、止める。

 火傷一つない猫又は、虚ろな目のまま動かなくなっていた。動けなくなっていた。

 どうやら、先に心が死んだらしい。

 

 溜息、一つ。

 両手の武器が、地に落ちた。

 

「空って、あんなに綺麗だったんだな……」

 

 遠くにあった景色を見上げ、呟く。

 久しく仰ぎ見た星空は、涙が出るほど美しかった。

 

 こうして、シャーロットの復讐劇は幕を下ろしたのである。




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◆イシグロの必殺技◆

・朱鷺流れ
 ゲージ全消費の必殺魔剣。剣装備時のみ使用可能。
 右手で剣を握り、左手は添えるだけ。イシグロが習得している移動系能動スキルに加え無月流剣術の動きを取り入れた幻惑歩法で接近し。全方位からの剣技で反撃不能の状況を作り出す。時にあえて隙を見せて攻撃を誘発し、【受け流し】で狩る。
 要するにジョインジョイントキィである。

・超級炉神破斬
 銃剣スタイルによる空中版の朱鷺流れ。主に味方との連携で使用する。
 三次元的な動きで相手の死角を取り続け、致命的な隙を晒すまで【切り抜け】続けるかく乱技。場合によっては使用者自身がトドメを刺す。

・炉利式制圧術
 コマンド入力による形態変化技。どちらかというと平成ライダーの「〇〇フォーム」に近い。タイマン状況で、且つ自身も相手も無手状態でのみ使用。
 イシグロのチートに依拠した後出しジャンケン戦法。相手の攻撃を有利な属性相性攻撃で打ち抜き、有利状況を維持する。その他、ガー不攻撃に対しては【剛掌底】による相殺や【軽功】での回避を選択する事もある。
 基となったのは唯心無月流の格闘術で、そこに空手の受け技を応用した攻撃的防御術を加えたもの。



◆森人あれこれ◆

・上森神樹
 アルヴヘイム。森の化身であり、中心。木々の意識の集合体。
 言葉はないが意思があり、自ら動く事はできない。

・上森人
 ハイエルフ。第一大災厄より前、上森神樹と共生の契約を結んだ特別な森人の事。
 神樹の意思を受け取る事ができるシャーマン的な存在。

・上森人の王族
 神樹および森の代行者にして守護者。
 神樹が持つ能力を行使できる。

・神造人機ユグドライザー
 上森人の王族にのみ搭乗を許された古代兵器。
 神樹を守らせる為に神樹自身が生みだした。恐ろしく燃費が悪い為、エネルギー供給の関係で神樹の根が届く森林地帯でのみ稼働できる。外で使う場合は時間制限あり。
 ちなみに、魔導人機はこれをモデルに造られた。

・アルヴの森
 神樹のある森。
 古の時代から上森人王が居を構える森で、森人を中心に様々な亜人が暮らしていた。
 第一大災厄の際は、神樹内部に少数の亜人を住まわせていた。



◆猫又一味(仮)◆

・邪眼のファンリー
 故人。旧魔王軍幹部の猫又。
 魂レベルで各個体と酷似。

・影の猫又
 109話、「変態王子と領域の外」で初登場。
 影による転移能力を持っている。

・軍服の猫又
 本名、ティエ。軍服の猫又。
 指揮官+召喚系のジョブに就いている。
 シャーロットにより心を殺された。身体は健在。

・裸足の猫又
 本名、トゥイ。
 翻獅流という武術の使い手。
 魔王軍残党の理念には興味がない。それはそれとして任務は真面目にこなし、戦い自体は嫌いじゃない。
 身体ごと捕縛された。

・白衣の猫又
 129話、「覇道幼女」で初登場。
 人工魔物の生産。魔導人機の改修。人体改造などを行っていた。別名、工場長。
 本体を解析されている最中。

・陰陽術師の猫又
 81話、「貴方のいた季節(後)」で初登場。
 陰陽術に精通し、魔封巻物を開発した。復活させてから色々と仕事を回され、用済みになった。
 一体目の死骸はリンジュが保護。二体目は身も魂も捕縛された。

・母
 言及のみ

・馬鹿な妹
 言及のみ
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