【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回は三人称です。
よろしくお願いします。
逢魔時。世界を統べる城、その一室。
夕陽に染まる執務室に、カタカタと石を打つような音が響いている。その拍子は規則的で、時折チーンと鈴が鳴っていた。
奇妙な音の正体は、執務机に鎮座する絡繰機械だった。純白の髪を夕陽色に染めた少年が、一心不乱に機械の前にある多数の押釦に指を這わせている。その手は絶え間なく動き続け、さながら鍵盤楽器を奏でているかのようであった。
瞬きひとつ。少年が押釦を強めに叩くと、またも機械がチーンと鳴って、固定されていた紙が解放された。その紙には、凡そ人の手によるものとは思えぬ歪みや癖が無い文字列が並んでいた。
「はい、終わりっと……。まったく、まさかこうも机仕事が増えるとはね」
奇怪な打鍵音の主は、ラリス王国の第三王子であるジノヴィオスだった。
先ほどまで彼が弄っていたのは、去年淫魔王国で開発されたばかりの印字機、その最新型である。
齢八つにして国政に関わるラリス王族は、一〇歳を超えたら立派な戦力として数えられる。それは人類生存圏を守護する戦士としても、国営に携わる執務官としてもだ。
いくら地球人より基礎スペックの高い異世界人でも、それはあまりに非常識と言えた。だが、実際にそれを成し遂げてしまえるのがラリス王家の血であり、実力主義国家の縮図と言えた。
「お疲れ様です。ジノヴィオス殿下」
「ああ、ありがとう。ちょうど
仕事終わりの第三王子に、彼専属の緑髪爆乳デカ尻むちむち未亡人メイドのキルスティンは主の気分に合わせた飲み物を提供した。
氷入りのグラスを手に取った王子は、書類道具を片付けるメイドを見ながら黒々としたコーヒーをひと口飲んだ。
「で、僕の余暇はいつまで続くんだい?」
「殿下の頑張りの成果で、明日一日は丸々空きましたね」
「素晴らしいね、最高だ」
武術だけでなく情報処理にも非凡な才を示したジノヴィオスは、印字機の導入以後はその能率を倍以上に引き上げていた。お陰で、最近は余暇に時間を割けている。王子様視点、開発者様様といったところだった。
この世界において、淫魔女王の次に執務に印字機を導入したのはジノヴィオスだった。この絡繰はあまりにも有用なので、時期を見てラリスの文官にも普及していく予定である。
「印字機が無かったら、こうも早くは終わらなかっただろうなぁ」
背もたれに身を預け、呟く。
何となしに天井を眺めながら、第三王子は直近の出来事を思い出していった。
上森人王の暗殺。解放軍。炎爪。真なる魔王……。
秘匿すべき事項と、迅速に共有すべき情報。それら全てに対処の優先順位をつけていき、次にどう動くかも決定した。
他の王族と比べ、コネクションの細い第三王子派閥が勝っているのは、フットワークの軽さだった。
よっこいしょと姿勢を戻した王子は、まだ片付けられていない紙束を手に取った。
それは、ケナズの里を発端とした“神樹事変”の報告書だった。
「大事になっただけあって、森の人達も僕等の時間に合わせてくれてるみたいだね」
「事が事ですから」
気の抜けた王子の呟きに、気の利くメイドのキルスティンが応じる。
この専属メイドは、仕えている主が割とお喋り好きな事を心得ていた。
「まぁでも、流石に解剖はさせてくれないようだけど」
「それはそうでしょう。感情的にも、人道的にも」
裸足の猫又によって暗殺された上森人王の遺体は、森人の協力の下で調査が行われた。
一見して無惨な撲殺死体にしか見えない遺体だったが、検めた結果一ヵ所だけ正体不明の傷を発見する事ができたのである。
暗殺の目的が不明な現在、手がかりはコレしかない。今後、その傷の調査が鍵になるだろう。
「猫又は三人ともまだ生きているようだね。尋問の際は僕が立ち合おう」
「それが宜しいかと」
捕縛した猫又の遺体は、ラリス王国が持つ研究機関へと輸送済みだ。
魂だけが残った虫を手に入れた前回と異なり、今回は三体とも身体と脳が残っている。であれば、
古の時代からラリス王国は武断な国家で知られているが、同じくらい歴史に相応の血生臭い技術を蓄えているのである。
「このレベルの人工魔物がポンポン造れるとは思えないけれど、運用次第ではかなり厄介だね。肝要なのは、弓と槍かな」
「手引きの一つが、そのように」
「だろうね。ルーンは再現性が無い」
炎爪と綽名された魔物については、これ以上は猫又から得られる情報を待っている状況だ。
イシグロ一党と炎爪の戦いは、同じくアルヴの森に入った斥候が陰から観察していた。無論、この事はイシグロも了承済みだ。人類の技能を使ってきた事も、中に天使族の少女が入っていた事も、その身体が魔物に変じていた事も把握している。
これが量産できるのであれば、転移能力と合わせて甚大な被害が出る事が予想される。これらへの対応は急務と言えた。
「で、解放軍とやらについてだけど……」
「どこに隠れていたのか。かなり規模の大きな組織のようですね」
「聖輪郷の例もあるからね。地道に探っていくしかないかな」
解放軍や真なる魔王についての情報は、確信は得られずとも捜索のヒントにはなるものではあった。
どこかに魔王軍の残党が潜伏している事は兼ねてより予想されていたのだが、今回やっと表に出てきた感じである。
人工魔物や人体改造の研究をしていたあたり、人工の魔王でも創るつもりではないかというのが王子――イシグロもそう予想している――の見解である。憶測の域を出るものではないが。
「結局、今回もお世話になっちゃったね」
で、それら全てに、イシグロ・リキタカなる銀細工持ち冒険者が関わっていた。
そもそも、この一件はイシグロがシャーロットについて連絡してきたからこそ迅速に動く事ができたのである。もし彼からの情報が遅れていたら、アルヴの森にはもっと被害が出た事だろう。
「今回の件だけでも、もっと誇っていいと思うんですけどねー」
「僕もそう思う。まぁ、彼はそうは思わないようだけど」
炎爪の討伐は当人の希望だから良いとして、猫又を三人も捕縛したのは完全に慮外の大金星である。
その褒美で要求してきたのが、奴隷契約を解除した後のシャーロットの身の安全だった。
イシグロが身内を大切にしているのは承知していたが、まさか新入りの奴隷にまで適応されるものであるとは、これまた想定の範囲外だった。
約束通り、奴隷身分でなくなったシャーロットには、王都の一等地に家を与えてやり、各種警備も加えた。規模感で言えば、高位工匠以上の扱いである。
この程度、猫又捕縛の褒美としてはあまりにも安上がりに過ぎた。
現代日本の感覚で例えるなら、国際指名手配された凶悪テロリストグループの幹部を捕まえて、その褒美が缶コーラ一つみたいな感じである。
コーラ一缶で満足するような奴を雇っている側としては、それでいいのかとヒヤヒヤしてしまう。まぁ、それで満足するのがイシグロなのだが。
「深域武装の交換は、たいそう喜んでいるように見受けられましたが」
「アレは子供が玩具を欲しがるのと同じ感情だよ」
キルスティンの言葉に、王子はグラスに揺れる氷を鳴らしながら応えた。
ちなみに、第三王子ジノヴィオスは最近一二歳になったばかりである。年齢で言えば王子の方が子供だった。
「趣味の一つ、という事ですか?」
「そう。貰ったら嬉しいけど、鎖には成り得ない程度の。兄上にとってのお馬さんというより、姐上にとっての宝石だね」
猫又捕縛の褒美とは別に、猫又が装備していた深域武装と王家が保有する深域武装の交換には、イシグロは割と喜んで応じていた。
深域武装で喜ぶのは分かったが、それはあくまで収集系の趣味嗜好の一つに過ぎず、釣り餌としては不足であると純白の王子は断じた。
イシグロという男は、強い武器を振るって敵を倒すのが好きなのではなく、強くてレアな武器を振り回して遊びたいだけなのだ。観賞用ではなく、実用品としても好んでいるようなので、王子は譲渡された深域武装に見合う最上級の代物を用意する予定である。
「彼が求めているのは、愛する者達との安穏な生活さ。力や富を求めるのは安心材料を得る為に過ぎず、誉れや誇りは身体にこびりつく汚れと捉えているね」
「その事を周知徹底する事は、必ずしも彼に利するものではない、と……?」
「知られたくなさそうだったのは確かさ。理由は分からないけれど」
「恥の文化だと思いますよ。変態扱いされたくないという」
「そこはリンジュ的ではあるけれど、そうまで隠したい事かな? そこらへんは僕には分からない感覚かなぁ」
「あの奴隷達に、それほどの価値を感じているというのも、理解を阻む要因と言えるでしょうね」
「価値じゃない。愛だよ、愛。イシグロさんは愛の人なのさ」
「それこそ英雄の資質では?」
「彼女達のね」
これまでの戦績から勘違いされがちだが、黒剣のイシグロは戦いを好んではいない。むしろ、争い事や他者との諍いを厭う気質と言える。
あくまで戦いは仕事として割り切っていて、迷宮探索は仕事の範囲で楽しんでいるに過ぎないのだ。
そもそも、根本的な価値観がラリスのソレではなく、リンジュ精神とも似て非なるものなのである。
「良くも悪くも、彼は素直だからさ」
イシグロ・リキタカは、自身が誠実に応じれば相手も誠実に応じてくれると、無意識にそう考えているようだった。
血による性質か地による影響か、何だかんだ言いつつ個々人の善性を前提に物事を捉えている節があるのだ。
故に、此方が彼方に誠実さを示さなかった場合、彼は「裏切られた」と感じて拭いきれない不信を抱く事になるだろう。奴隷関連を除いたイシグロの逆鱗は、そういった価値観の中に存在していた。
結局のところ、イシグロに対しては策謀を巡らせる事自体がリスクなのである。理由はどうあれバレたらキレる奴なので、保険の為に弱みを握るとかはするだけ損なのだ。
当人は否定するだろうが、ある意味イシグロは純粋な男で、どこまでも小市民なのだ。そのくせ力が強いので、失った場合の損失が大きいのだから堪らない。
英雄の“黒剣”は、望むべくもない。
戦力としての“迷宮狂い”も、彼には役不足と知れた。
何故ならば、いち運び屋としてのイシグロ一党があまりにも有能に過ぎたからだ。
「こればっかりは、予想を遥かに上回ってきたね……」
一連の報告書とは別の紙を手に取り、そこに書かれていた数字を見た王子は愉快げに口の端を歪めた。
それは森の復興に持ち込まれた支援物資の目録と、その運搬記録だった。量にして大規模商隊が数往復する程の物資を、イシグロはたった一度の往復で輸送完了したというのだ。
正しく規格外である。完全に予想を超えていた。これまでイシグロが運搬してきた荷物の量から、彼の
このイシグロの輸送能力は、長いラリス王国の歴史でも間違いなく最高位だった。
国からすると、喉から手が出るほど欲しい人材である。だからこそ、秘匿せざるを得なかった。少なくとも、この力は災厄戦までは秘密にしておきたいところだった。特に、敵性存在には知られてはいけない。味方としては心強いが、敵視点では厄介極まる。
彼の望む安全の為にも、今後は自重するよう言っておくべきだろう。当然、今回の情報は隠蔽済みである。調べたところで、常識的な範囲しか判明しないはずだ。
「それで、何を渡すかは決まったのですか?」
「うぅ~ん、僕が用意できるモノには限りがあるのだから……」
現状の王子が行える最善手は、イシグロの元奴隷であるシャーロットの安全を確保し続ける事である。
幸い、彼女には銀細工程度の戦闘力があるので、警戒すべきはもっと凶悪な相手となる。ラリス的には、そういった手合いの方が与し易い。
それと、イシグロが喜ぶだろう深域武装の選定だ。王子個人が動かせるモノを、個人間でやりとりするのである。
「新生魔王国、ねぇ……」
何となく、夢魔からの情報を含めた新生魔王国に関する報告書を流し見て、第三王子は嘆息した。
曰く、ティエと名乗った解放軍の尖兵は、死力を尽くして戦っていたらしい。そこに自身の正義があるのだと確信して。そんな彼女達は、新生魔王国での自由を掲げているそうだ。
力を行使する自由。本来の自分を解放する自由。我がままに振る舞う自由。
自由とは無法にあらず。王子視点、解放軍の言う理念には根本から歪んだ思想があるように感じられた。
「自由って、そんなに良いものかな……?」
生まれも、力も、未来さえ。
血によって定められた王子は、解放軍の思想にはイマイチ共感できなかった。
ただただ、無関心だった。
〇
同日、夜。上森王城の一室にて。
窓から入る月光が、広々とした部屋を照らしている。そこは、上森人の王族にのみ許された寝所だった。
見事な彫刻の扉が開き、影が差す。黄金の髪に、翡翠の瞳。その身体は純白のネグリジェに覆われ、滑らかな生地から伸びる手足は古代ラリス彫像を思わせる滑らかさ。
洗練された寝室の主――アリエルは、規則正しい歩幅で部屋の中央にあるベッドまで歩み寄り、
「……ちかれた」
ぶほんと、脱力して身体を横たえた。
王族が身を休めるに相応のマットレスは、彼女の玉体をしっかり受け止めた。
そのままズブズブと沈んでいきそうなくらい、今のアリエルは疲労感に支配されていたのである。
金細工持ち冒険者であり、止まり木同盟の盟主でもあるアリエルは普段の生活からして多忙なのだが、ここ最近は度を超えて忙しかった。
あまりにも忙し過ぎて、失った家族を悼む時間さえなかった。それはアリエル当人だけではなく、上森人全体がそのような状況に陥っていたのである。
「はあ……」
つい、溜息が出た。疲労困憊の極みである。
もぞもぞと身体を動かして、何とかかんとか枕に頭を預ける。王族らしからぬ行為だったが、それを咎められる者はいなかった。
あの夜は、アリエルの生涯でも屈指の長い夜だった。
ルーン使いの里を襲った魔物の捜索を始めようと思ったら、上森人王が暗殺されたと報せを受け、報復すべく出撃した。
向かった先では民が襲われていて、聖域の中では実の兄まで殺されていた。そして、危うく自身の命さえ消えてしまう寸前だったのだ。
森の被害は甚大である。その夜だけで、上森人の王族が二人もいなくなったのだ。
前倒しに即位した新王は年若く、未だ戦を経験していない。
老婆心だろうか。森人の未来を想うと、心配で仕方が無かった。
「あぁ、これ以上は良くない。止めよう……」
枕を抱きしめ、寝返りを打つ。
休むべきタイミングで、つい杞憂してしまうところだった。心が疲れている証拠である。
心身共に疲れているのに、心身共に休まらない。こういう時は、無理にでも正の出来事を思い返すのだ。
「んぅ……」
そうして真っ先に思い浮かんだのは、自身の窮地を救ってくれた男の背中だった。
颯爽たる剣技だった。満身創痍のアリエルに微笑みかけ、勇ましく指揮を執ってみせ、臆する事なく怪物に立ち向かう勇姿。弱そうなのに、彼はすっごく強かった。
強いだけではなく、彼は清らかな心を持っていた。戦いの後には進んで復興作業を手伝い、朗らかな表情で子供達の相手までしていたのだ。
それでいて、ユグドライザーを眺める瞳は子供のように純粋で……。
「イシグロ・リキタカ……。確か、イシグロが苗字だったから……リキタカ君かぁ」
ふわふわの枕を抱きしめ、また寝返りを打つ。
頬が緩む。顔が火照る。胸の中に温かな感情が灯っていた。
初めてだった。異性に対してこんな感情を抱くなど。
今抱きしめている枕がイシグロだったならと考えると、身悶えしそうになってしまう。
いや、違うか。
もし、イシグロが恋人だったら。
むしろ自分がこの枕みたいになっているのか。
「くぅ~っ!」
急に恥ずかしくなったアリエルは、枕を抱いたままゴロンゴロンと転がった。
さんざ広いベッドを回遊して、やがてアリエルは動きを止めた。
「……はぁ」
夢幻、妄想を、溜息と共に吐き切る。
分かっているのだ。
例え何があろうとも、そうはならない事くらい。
アリエルは先代上森人王の姪であり、貴き血を継ぐ王族である。
上森人の王族には、この血を繋ぐ義務がある。アリエルの身の上を考えると、本来なら金細工を返却して森に籠るべきなのである。
いち冒険者として、止まり木の盟主として、自由気ままに過ごせているだけ、望外の境遇である。
そもそも、である。
アリエルは二〇〇〇歳超えの上森人で、イシグロは二〇歳そこそこの人間族だ。どだい年齢の差があるし、いくら異種間の年齢差に寛容な人間族とはいえ、向こうからすればアリエルは化石レベルの年寄りである。あまつさえ、互いの身分が違い過ぎる。
恋愛対象になど、なれようはずもない。
「うぅ……」
胸が、痛かった。
恐らく初恋だった。
決して叶わぬ恋である。
もし、彼が英雄として召し抱えられていたら、身分の差は埋められたかもしれない。
もし、彼がアリエルとの婚姻を望んでくれていたら、立ち回り次第で花婿に出来たかもしれない。
しかし、彼はアルヴの英雄たる道を拒んだ。
それどころか、自身の功績を他者に譲って、上森人の名誉を守ってくれた。
代わりに望んだのは、魔物被害によって故郷を失ったシャーロットの保護だった。
その意志は、アリエルをしてあまりにも高潔に過ぎて見えた。
高潔で、純粋で、アリエルの美貌に興味を示さない。
そんな男だからこそ、アリエルは恋をしたのである。
「はぁ……」
幾度目かの嘆息。
アリエルは、ギュッと枕を抱きしめた。
春だというのに、寒かった。
独り寝は寂しかったので、アリエルは抱き枕を買う事を決めた。
長さ一七〇センチ程度のモノを。
他意はない。
〇
翌朝、王都アレクシストは西区にて。
北海道の赤レンガ庁舎によく似た屋敷の敷地から、男女の一団が出てきた。
男一人に女五人。否、厳密に言うとロリコン一人にロリ五人。要するに、噂の黒剣御一行様である。
奴隷ばかりいる一党ではあるが、イシグロ達が馴染みの奴隷商館から出てきたのは、新しい奴隷を買いに来ていたという訳ではなかった。
かつて。商館の主と交わした契約を結び直しに行っていたのである。
「ごめんね。皆には迷惑かけるよ……」
「いやいや、それでこそご主人ッスよ」
「はい! ご主人様の奴隷として誇らしいです!」
「誰が何と言おうと、主様の行いは尊いのじゃ」
「強者は傲慢なくらいが丁度いいわ」
「ん、間違いない」
申し訳なさそうな顔をする主人とは対照的に、奴隷達は各々喜色の籠った言葉を返していた。
五人の表情は、どことなく誇らしげであった。
「いい加減、腹を括りなさい。貴方は新たな道を歩むのよ」
「そうだな。覚悟、決めないとな……」
覚悟とは、今より多くの責任を負う覚悟である。
奴隷購入ではない、かつてしていた契約の結び直し。
そう、イシグロは、ロリ奴隷捜索を再契約したのである。
以前、エリーゼを購入した後のイシグロは、奴隷商人クリシュトーと良い感じのロリ奴隷を探してもらうという契約を結んでいた。
色々あり過ぎて暫くこの契約自体を忘れていたイシグロだったが、シャーロットを迎えた直後に解除していたのである。
何故かというと、イシグロはこれ以上庇護の対象を増やすべきではないと思ったからだ。それはルクスリリア達を最優先に考えた為である。
けれども、再び契約を結んだ。
シャロの一件を経たイシグロは、やはりロリの悲劇は見過ごせないと思い直したのである。
相談の結果、イシグロのその選択を一党の皆は肯定した。同じように救われた面々は、むしろ大いに祝福していた。
守る者が多くなると、身動きがし難くなる。
後悔するかもしれない。吉と出るか凶と出るか分からない。
有体に言って、傲慢だ。ムダ金を使う羽目にもなるだろう。
それでも、シャーロットの件を通して、イシグロは現状のままではいられないと確信したのである。
「さて、昼食前に鍛錬場に行こうか。軽く動いて、それから買い物だ」
「あいッス!」
その為にも、鍛える。森の戦いを経て、自分にはまだまだ課題があると痛感していた。
この日も鍛錬場に向かう。そうして、イシグロ達は転移神殿の方向へ歩いて行った。
転移神殿に続く階段前広場は、相も変わらず人が多かった。
一年中新人冒険者のいる王都だが、春は特に多い印象だ。そこかしこで勧誘祭りが開催され、さながらマンモス校の部活勧誘の様相だった。
また、広場には例によって数多くの露店が軒を連ね、食欲を誘う香りを漂わせていた。
「見てくださいご主人様! カレーの匂いがします!」
そんな中、鼻の利くグーラが見慣れない屋台を発見した。
彼女の指し示す方を見てみると、それは確かに初めて見る店だった。何かを油で揚げているようで、嗅ぎ覚えのある香ばしい香りと共にバチバチと脂の爆ぜる音が聞こえてくる。
屋台の暖簾には、“リント・カレーパン”と書いてあった。
「か、カレーパン……!?」
「あれご主人のッスよね!」
「ん、フライシュ侯爵にレシピ渡してたやつ」
「主様が言うだけ言ってわし等がまだ食べた事ないやつじゃ!」
「凄いですね! もう王都まで来るなんて!」
「何というか、商魂たくましいわね……」
件のカレーパン屋は中々に繁盛しているようで、周囲には包み紙の中身を頬張る冒険者の姿があった。
カロリーのお化けみたいなカレーパンを、それはそれは皆さん美味しそうに食べている。どうやら、異世界人のお口には合っているようだった。
「凄い……ちゃんとカレーパンナイズされたカレーだよコレ」
「なんだか元気になる味ですね!」
異世界カレーに続き、異世界カレーパンとくれば、カレーライサー・イシグロが見逃せるはずもない。屋台飯にしてはかなりの高級食であるソレを、一党は人数分購入した。
ザクッとした衣を噛むと、中から熱々のカレーが溢れてくる。口に広がる辛さと、鼻を通る香ばしさが堪らない。
久しぶりの故郷の味は、イシグロの記憶を大いに刺激した。
「うぇ~、凄い匂い」
「でも美味しそうだよ」
「リント・カレーパン? ああ、フライシュ領の料理ですね。であれば間違いはないと思いますよ」
「よっしゃ、なら俺達も食おうぜ!」
気づけば、カレーパン屋の前には冒険者の行列が出来ていた。
羊人少女一党に、獣人オンリーの一党。一人称が「オデ」の冒険者は一人で五つも買っていた。色んな種族の冒険者が、カレーパンを求めていた。
「いやぁ故郷には無かった味ですねぇ」
中には、転移神殿で見た事のない新人らしき冒険者もカレーパンを購入していた。
目立つ容姿の侍だった。その髪は桜色で、頭部から大きな狐の耳が生えている。装備は全身リンジュ風で、左の腰には太刀が下げてあった。
満面の笑みでカレーパンを受け取っている男の美貌に、イシグロ一党は見覚えがあった。
「し、シラヌイさん……!?」
イシグロが思わず声を上げると、その天狐の男は声に反応してゆっくり歩み寄ってきた。
それから、件の狐人はカレーパンを持つ方とは逆の手で片手礼をしてみせた。
「ドーモ。初めまして、イシグロ・リキタカ=サン、シラ
シラノイと名乗った天狐は、あからさまにシラヌイだった。がっつりイシグロの名を出してきたあたり確信犯である。
否、今の彼は仮面を取ったマスクド・テンコと言うべきなのか。ともかく、アルヴの森の戦いで彼は裸足の猫又に殺されたはずである。
驚愕しつつ改めて彼の顔を見てみると、その頬には真新しい傷跡があった。恐らく、手刀による傷だろう。
「いやシラヌイさんですよね? どうして此処に? 自力で蘇生を? ていうかマスクド・テンコでもない……?」
まくし立てるように問うイシグロ。対し、カレーパンを頬張ったシラノイは、よくよく噛んで嚥下してから応えた。
「マスクド・テンコ? 知らない
「いやいやいや……ていうか、猫又に殺されたんじゃ?」
「あー、あのアルヴの英雄ですか。はい、書類上では彼は死んだ事になっていますね。で、そんな彼とそっくりさんな私は、自由気ままにラリスで迷宮稼業を始めた訳ですよ。色々と、都合が良いとの事で」
「は、はあ」
言いつつ、彼は胸にある木札を
「【
「あの仮面にそんな権能が……」
どうやら、マスクド・テンコが被っていた仮面のお陰で助かったらしい。
納得するイシグロに、シラノイはジト目を向けていた。
「まさか、テンコ氏が伊達や酔狂であの面を被っていたと思っていたのですか?」
「い、いえ……」
訝しむような視線に、イシグロは慌てて胸の前で手を振った。
ともかく、眼前の彼が生きていた事を知ったイシグロは、我知らず安堵していた。ふぅと、自然に脱力した笑みが浮かぶ。
「とにかく、生きてて良かったです」
「おや?」
そんなイシグロの表情を見て、カレーパンを持ったままのシラノイは首をかしげた。
「てっきり、イシグロさんは私の事を憎んでいたものかと」
「え?」
イシグロは狐に摘ままれたような顔になった。
確かに、初対面時のシラヌイの印象は良くなかったが、マスクド・テンコが死んだと聞かされて、悲しい気持ちになったのも事実だった。生きてるなら、まぁ幸いだと思う。
この時、シラノイは初めて私人としてのイシグロを見た。あるいは、その心境の変化を。
「ふふっ、そうですか。ええ、ええ」
そんなイシグロの態度に、シラノイは破顔一笑した。裏も毒もない、子供のような笑みだった。
イシグロ視点、何故笑われたのか分からない。
「何ですか?」
「いえ、何でもありませんよ」
それから、シラヌイでもテンコでもないシラノイは、柔らかな微笑のままに「ただ……」と続けた。
「貴方は、本当にお優しい方なのですね。甘いだけでも、臆病な訳でもない。貴方の隣に立つ方々が、その事を証明していますよ」
そう言い残し、バクッとカレーパンの残りを一口にした期待の新入り冒険者は、足取り軽く去って行った。
その尻尾は、機嫌よく左右に揺れていた。
「肺の氣が……」
「ん?」
「ちょっと元気になっとるみたいじゃ。あの者のな」
彼の後ろ姿を、天狐のイリハは優しい目で見送った。
話によると、シラヌイだった頃の彼にはロクな自由が無かったそうだ。血と恩に縛られて、雁字搦めになっていたらしい。
遠い血縁のイリハは、彼の境遇に思うところがあったのだ。
「ん、シャロ発見」
そうしてカレーパンを食べ終えた後、魔眼持ちのレノが遠くで歩くシャーロットを見つけた。
彼女は止まり木協会の学生達と共に歩いていた。自分より背の高い子供達に囲まれている姿は、彼女の方が引率されてるみたいだった。
向こうも此方を見つけたようで、小さく手を振り返してきた。それからすぐに、追いていかれないように小走りになった。それから、一団の中で最年長だろう彼女は隣にいた獣人女子と楽しそうにお話していた。
「上手くやっているようね」
「ああ」
迷宮の狂気に侵されていたシャーロットも、今ではすっかり普通の学生である。
現在、シャーロットはルーン工匠を目指して勉強中だ。その一歩として、工房主になる為の資格を取るべく努力しているのだ。
復讐が終わっても、彼女の本質に変わりはなかった。
それは、この一党の誰もが同じである。
ルクスリリアも、エリーゼも、グーラも、イリハも、レノも。そして、主人たる男も。
変化はあっても、心の根っこに揺らぎはない。
例え、迷宮の狂気に侵されようとも。
この世界にロリがいる限り、イシグロの心意気は変わらない。
ロリコンは、ロリの幸せを守る者なのだ。
暖かな風が吹く。
冬が終わり、春が来ていた。
異世界生活は、まだまだ続く。
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シャーロット編、完。
結局、イシグロはロリ奴隷購入を再開しました。
ロリコンなので。
次回は200話記念で簡易キャラ表になると思います。
活動報告の雑記とは別で、もう少し見やすいやつにします。