【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝感激です。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回は一人称、最後らへん三人称です。
よろしくお願いします。
四脚機球兵が現れた!
が、ボス戦が始まったからといって専用の背景音楽が流れる事はない。これが異世界のリアルである。
しかれど、ボス部屋の空気の変化は、迷宮潜りからすればあまりにも明白だった。
先に動いたのはボス機球兵だ。ガシャンと構えられた両肩キャノンの砲口が光ると、そこから二発の光弾が同時発射された。
刹那、危機察知チートが発動する。単発発射、弾速は遅め、弾道は直線的。キャノンの仕様がザコ機球兵と同じなら、何かに衝突すると爆発を引き起こすタイプのビーム砲撃である。指示より早く、俺達は訓練通りに散開し回避。次いで各々間隔を保って駆け出した。
ボスに接近しつつ、弱点表示チートをオンにする。俺の視界にボス機球兵の情報が表示……されなかった。
これは大型機球兵と初遭遇した時と同じ現象である。要するに、このボスと他機球兵は別個体扱いって訳だ。同様に、攻撃を当てるなりすれば情報が増えていく仕様である。
ならば、定石通り、
「弱点不明! 作戦通りに!」
「分かったわ。軽く一発……!」
後方、魔力の高まりを感じる。エリーゼが持つ凍結特化杖から、シンプルな氷の礫が発射された。
冷気の尾を引いて迫る礫。案の定、それはボス機球兵が装備する盾で以て反射された。当然これは読んでいたので我が方に被害なし。続く脚部狙いの陰陽術を、奴は四つ脚を撓ませ跳躍回避した。
ぶん! と、ボスの背中に装着された飛行ユニットの光が強まる。偵察ドローン同様にホバリングしたボスは、地上にいる俺達に向けて左右のキャノンを撃ち下ろしてきた。
「こいつ良い動きしてるッスね!」
ルクスリリアの言う通り、奴の動きは大型重量級っぽい見てくれの割にやたらと俊敏だった。キャノンを撃ちつつビュンビュン動く姿はそれこそ蜂か蠅といったところ。
良い動きというのは機動力って話だけではなかった。これまで戦ってきた機球兵が無人機なら、今俺達が戦っているボス機球兵は有人機っぽいのだ。飛び方然り撃ち方然り、どことなく優雅で洗練されてる気がするのである。
そんなエレガントなボス機球兵君は、高機動引き撃ちとかいう塩戦法を使ってきてる訳ですけども。地上からの遠隔攻撃は盾で防がれるし、向こうは盾構えながらキャノン撃ってくるし、地上戦しか出来ない一党とか詰むんじゃなかろうかコレ。
「リリィ! レノ!」
「あいッス!」
「了解」
だが、俺達なら問題ない。俺はホルスターから銃杖を引き抜き、右手に剣左手に杖の魔法剣士スタイルになった。そのまま魔法装填の【飛翔】を使って急上昇し、俺とルクスリリアとレノの三人で引き撃ち中のボスに襲い掛かる。
対し、機球兵は下方に盾を構えながら両肩キャノンを空中組に向けてきた。かなりフレキシブルに動くらしい。しかし当然、想定している。
「【竜令鼓舞】……!」
「ルクスリリア! 赤憑依じゃ!」
「熱っ! けどアガるッスぅーッ!」
エリーゼの指揮バフが一党全体に染み渡り、各員のステータスが満遍なく上昇する。同じくイリハの太刀の異層権能が発動し、ルクスリリアの翼に炎が宿った。ただでさえ高機動なリリィに機動力バフを重ね掛けだ。
この突撃、ルクスリリアが本命である。先鋒たる俺は、迎撃ビームを切り払いつつ一直線に突っ込んだ。真正面、ボス機球兵の振るう剣を【受け流し】、丸い胴体に反撃を加える。やはり手応えが重すぎる。だが、これでいい。
「しゃあ! 手応えありぃ!」
俺が攻撃を当てたと同時、スピードアップしたルクスリリアが螺旋回転しながら襲い掛かる。炎の翼を広げたメスガキが鋼鉄の兵を通り過ぎ、深域の鎌が左の飛行ユニットを両断した。
飛行ユニットの断面で小爆発。片翼を二分割された機球兵は、テールローターを失ったヘリのようにクルクル回って落下していった。
「狙い撃つ……!」
落下の最中、事前に狙撃モードに入っていたレノが盾を持つアームの関節部を撃ち抜いた。左腕パーツを破損した機球兵がハニカム盾を取り落とす。
これで反射はなくなったし、飛行ユニットを壊した事で飛べなくなった。ここから火力を発揮できる。
「いくわよイリハ!」
「のじゃ!」
何とか是正し四脚で着地する機球兵に、エリーゼとイリハによる着地狩り魔法が殺到する。
殺戮突風めいた魔法群を前にしたボス機球兵は、右の剣を振り回し迎撃、しかし、あえて属性を分けて放たれた遠隔攻撃の大部分は対処し切れず直撃していた。続く空中組の追撃を片側の飛行ユニットを吹かしたスライド移動で回避。それはさながら熟練兵じみた無駄のない機動のようだった。
「やぁーっ!」
しかし、天才の直感はベテランの経験を凌駕する。ボス機球兵のスライド回避を先回りしたグーラが、無防備に寄ってきた球体に雷電を纏った跳び後ろ回し蹴りをぶち当てた。
ドゴッ! という重く低い衝突音。パワー系ロリに蹴り飛ばされ、地を滑って火花を散らすボス機球兵。部位破壊は出来なかったが、これでいい。通常機球兵の仕様なら、ダメージを与え続ける事でパーツの再生を遅らせる事ができるのだ。
攻め続けるのが肝要で、光点を狙う機を窺う。と思って追撃すべく動こうとした瞬間、俺の脳裏に警鐘が木霊する。
「強いの来る! 避けろ!」
盾と片翅を失った機球兵、その胴の中心で光が膨らむ。瞬きの後、通常機球兵とは比較にならない程の極太モノアイビームが照射された。
狙いは後衛、エリーゼが障壁を張ってガードする。彼女の後ろには陰陽式を編むイリハ。破壊光線と魔力障壁が激突し、目を焼くような閃光が辺りを照らす。
次いで奴の両肩キャノンが輝くと、同じく照射型のビームが追加された。エリーゼの壁を崩せないと見たか、片側の飛行ユニットが唸って三つのビームを撃ちっ放しに暴れ出した。ボス部屋にある柱列が何の抵抗もなく溶断され、ガラガラと崩れて粉塵を巻き上げる。内閣が総辞職しそうな光景である。
「うわっと危ねッス!」
どうにもこうにもビームの狙いは不規則なせいで、こそこそ近づこうとしていた空中組は上手く接近できなかった。付帯効果とかそういうのじゃなく、これ当たったら単純火力で即死ゾ。
警戒しながら見やると、ビームを照射し続けているボス機球兵の左手に新しいアームが生成されていた。また反射盾が復活するのかと思ったら、今度は槍を装備した。
常時ガー不の騎士槍である。攻撃手段としては強力だが、脅威度は盾程ではない。当たらなければどうという事は無いのである。
「グーラ!」
「大丈夫! です!」
光線が止んで、光点とキャノンが過剰な熱気を吐瀉する。間髪入れず、ビームを出し終えた機球兵は最も近くにいたグーラに襲い掛かる。妙に流麗な剣と断続的な致死の刺突がグーラを襲うが、彼女はしっかりと対手全体を見て回避していた。
無論、俺達も動く。グーラを助けるべく接近を試みるが、接近戦中に反転したキャノンが此方をロックオンし、避けづらい拡散ビームで以て迎撃される。
「単純!」
一手遅れた空中組とは対照的に、半手先んじたグーラが機球兵の槍を蹴って破壊した。
雷電纏いし二の脚が唸る。後衛の魔法が迫る。脅威を察知したらしい機球兵は、持ち前の跳躍力で以て大きくバックステップ。両者の間に、ほんの僅かな静寂が流れた。
にしても、何故に奴は反射盾を再生しなかったんだ?
盾だけじゃない。槍を生み出して接近戦をするより、もう一方の飛行ユニットを再生させて仕切り直した方が良かったように思える。まさか難易度調整で手加減行動してくれた訳もあるまいし。いやそう思うのは俺がザコ機球兵と戦ってきたから思う事かもしれない。
なら、再生可能枠に制限があるとか? あるいは武装再生にリソースの限界があって、それぞれ必要コストが異なるとか? 槍再生は安いけど、盾再生は高くつくとか、そういうパターン。
「視えた。マスター、普通に核あるよ」
「弱点も同じっぽいッスね!」
「各種情報も相違ない! 攻めるぞ!」
いずれにせよ、盾が無いなら攻めあるのみだ。レノの圧縮光弾が迸り、イリハの陰陽術が連鎖する。対し、ボス機球兵は残った剣を振ったりキャノン砲撃を使ったりして耐え忍んでいた。
「地面行くわよ!
エリーゼの地走り氷魔法を、奴は四つ脚を使って跳躍回避した。隙と見たらば訓練通りに身体が動く。俺とルクスリリアが水平飛翔し、空中にいるデカブツへ左右同時に襲い掛かった。
「いただきぃ!」
同時攻撃。二分された弾幕の隙間を縫い、ルクスリリアが残る飛行ユニットを一刀両断。例によって推進力を失い地に落ちていく機球兵。落下地点の近くでは、アルティメット形態のグーラが右手に炎雷を充填していた。
「破ぁーッ!」
ドゴォオオオオオッ! ビームというより炎雷の氾濫。片手炎雷波である。正面狙いの攻撃を、奴は身体を捻って胴で受けていた。やはり光点を攻撃されるのは拙いらしい。
じりじり押し出される機球兵に、光点狙いの魔法が迫る。角度的に核には届かないが、大ダメージは与えられるはず。
追撃が直撃する寸前、奴は凄まじい勢いで垂直跳躍した。かと思えば上昇しながら身体を反転させ、勢いよく天井に脚先をつけた。そしてカサカサと這い回り始めたではないか。
「うわキモ!」
「何気に初めて見る動きじゃな」
しかしである。天井カサカサ作戦は時間稼ぎには有用だったようで、一同の再追撃が迫る前に奴の背部に青白い光が凝集していくのが見えた。武装再生エフェクトだ。
一斉掃射で追い詰めていくと、武装を整え終えた奴が落ちて来る。着地、構え。飛行ユニットの位置に、ハニカム構造の物体があった。というか、まんま鉄のハチの巣である。
ミサイルポッドか?爆弾散布機か?初めて見る武装に警戒していると、巣穴らしき部分から野球ボールサイズの機球兵が大量に放射された。
ロリコン且つオタクである俺は、その攻撃手段に覚えがあった。アレの動き的に、ミサイルでも爆弾でもない。あの武装は、まさしく……!
「眼から逃れろ!」
「くっ……!」
オールレンジ攻撃だ。
よほど目障りだったのか、ボール・ビットはルクスリリアとエリーゼとレノに纏わりついてモノアイビームを撃ちまくっていた。
ビームの威力は然程でもないのだろうが、完全に固められている。エリーゼはイリハを守って障壁を張り、飛行ロリコンビも追い回してくるビットから逃げ回っている。サーカス中、ルクスリリアが放った魔力網をビットが目で見て回避していた。しかも脳波コントロールできるのか。厨武器やめろ。
「させるかボケ!」
現状で追撃させぬよう、俺は無銘を【投剣】して発射寸前だった右側キャノンを破壊した。続くグーラが真正面の光点を狙うも、そうはさせじと剣を振られて迎撃される。
機球兵の弱点である核を穿つには、レノの圧縮光弾が最善手だ。再生阻止目的の攻勢を止め、ビットを追い払うべきだろうか。しかし、奴に隙を与えると今度こそ盾なり新武装なりを装備されるかもしれない。
刹那の逡巡、俺はナイフホルダーにある短剣の選択に惑った。
「ん、把握した」
次の瞬間、レノを追いかけていたビットが突然動きを止め、やがてグシャッと圧縮された。まるで、透明な手に握り潰されたかのように。
透明な手は続いてルクスリリアの周りのビットを潰し、エリーゼに纏わりついていた奴も纏めて握りつぶしていた。
思い至る。レノの天使権能【念力】だ。彼女のサイコ・パワーにはそこまでの攻撃力は無かったはずだが、それで倒せるくらいビットが脆かったという訳か。
「有難ぇッス!」
「強くなったわね、レノ」
「それほどでも、ある」
俺が助けなくても、レノは自力で何とかしてみせた。そうだ。その為にこそ、皆で迷宮に潜っているのだ。俺の手が届かなくても、彼女はもう十分に強い。
「それじゃあ、わしもそろそろ活躍しようかの!」
エリーゼの背後、堅牢な障壁に守られていたイリハの魔力が膨れ上がる。九尾が揺らめき、深域武装の刀身が光を放つ。
都合五つの陰陽陣。やがて、それら全てが収束した。
「【金行・百戒針】!」
詠唱。冷たい石教会に落雷じみた轟音が響き渡る。瞬きの間に、ボス機球兵の胴体に半透明の巨大な針が突き刺さっていた。見れば、奴は金縛りにあっているかのように硬直している。
ここでレノの圧縮光弾を当てられたら優勝だったのだが、当のレノはリロード中だ。ルクスリリアは遠く、グーラは後ろに回ってて、エリーゼの魔法は間に合わない。
なら、俺がやるしかない。頭目らしく、皆に良いとこ見せるのだ。
「ふん!」
俺はナイフホルダーから投擲特化ナイフの熊鷹を取り出し、曲芸的な動きで接近して奴の光点目掛け力一杯ぶん投げた。
よろめく機球兵、狙い過たず光点にヒット。角度的に決まったかと思ったが、核には届いていなかった。
「力不足か?」
「違う、バリアが張られた……!」
「なら!」
バリア? 何それどうしようと思う前に、ボスの後方にいたグーラが動いて跳躍からのキックで蜂の巣ユニットを壊していた。
「何度でもッス!」
ルクスリリアが突貫し、光点を狙う。動き出した機球兵が剣を振った。火花、反発。淫魔が大きく吹き飛ばされる。
軸をズラすべく横ステせんとする機球兵。反射だった。姿勢低く疾走した俺は、四つ脚の間に潜り込んで装甲破壊特化ナイフの虎鮫を振って四つ脚のうち左前脚を破壊した。結果、三本足で踏み込んだ彼奴は盛大に姿勢を崩した。
「
「【水行・霜苦無】!」
そこにエリーゼとイリハによる氷属性攻撃。回避しようにも脚が足りず、剣で払う事もできず、それは奴の丸い胴体に直撃した。
凍るまではいかずとも、付帯効果で動きが鈍くなった。行ける、斃せる。仲間を信じる。
「ん、任せて」
左右の拳銃に光力が溜まる。左の銃口が向く先、凍りかけているボス機球兵は槍もキャノンも復活させず飛行ユニット一基を再生し、翅を使ってねずみ花火みたいに動き回った。あまつさえ暴れながらモノアイビームを乱射して、レノに狙いを定めさせなかった。
派手に乱射される光条を躱しつつ、俺は銃杖で氷魔法を撃った。だが、それは飛行ユニットの翅に煽られて霧散した。一瞬、熱のない目が此方を向いた。十分だ。
「ん、今……!」
そう小さく呟いて、宙の天使が羽ばたいた。それを待っていたかのように奴の光点が輝きを増した。ゴン太ビームの予兆、前衛組が阻止する前に破壊の光線は発射された。
やがて、レノは光に飲まれ……、
「やっぱり読みやすいね」
ビームを撃ち終えたボス機球兵の眼前に
刹那の静寂、熱を吐く機球兵。魔眼を細める天使。左、白銀の拳銃が圧縮光弾を発射した。
光が閃く。悲鳴に似た金切り音が反響する。瞬時に展開された魔力障壁が圧縮された光弾を防ぎ切る。しかし衝撃は相殺できず、残った三つ脚が火花と共に地を滑る。
「ん、想定内」
右、光力が充填された銃口が晒し出された核へ向く。発射、貫通。一条の光が存在核を穿ち、球形の胴を貫通した。
翼を揺らして下がったレノ。二挺拳銃の遊底が後退し、弾倉に籠った熱を排出する。
警戒を解かない一党の視線の先、機球兵が倒れた場所に帰還水晶が出現した。
これにて、撃破完了である。
「ナイスレノ!」
初見ボス、無事撃破である。ラストアタックを決めたレノを皆で囲んで口々に褒めちぎる。彼女は唇をむにむにさせてドヤッていた。
機球兵の仕様のお陰で、初見のボス戦にしては随分と短い時間で済んだ。検証はまた今度で、ボス戦は撃破優先なのである。大体の動きはわかったし、次はもっとじっくり立ち回ろう。
「あれ? ドロップアイテムは?」
と思ってボスが死んだ場所の周辺を見渡してみるが、帰還水晶があるだけでそれらしいアイテムは発見できなかった。
この迷宮の法則的に、何かしら多面体水晶が落ちてると思うんだけど……。
「ご主人、あそこ」
ルクスリリアの指差す方へ目を向けると、ちょうどボス機球兵の初期位置に謎の物体が置かれているのが見えた。
そして、ソレをひと目見た瞬間、俺の脳に凄まじい衝撃が迸った。
それは、通常ドロップである多面体水晶ではなかった。
それは、一見して剣呑な見てくれをしていた。
それこそは、迷宮の主が落とす武器――深域武装だった。
嬉しい誤算だ。カスレアでも何でも、レア武器が手に入るとテンションが上がる。けれども、それだけだならば俺はこうも驚かなかっただろう。
俺には、その深域武装に見覚えがあったのだ。
「なんスかねこれ?」
「刃があるあたり、剣のようだけれど……」
「これでは斬れませんね。飾りとは思えませんが」
「大工が持ってるノコギリみたいじゃの」
「ん、不思議な形」
その深域武装は、剣と言うには歪に過ぎた。
奇妙な形の剣だった。片刃であり、両刃である。切っ先は丸く、剣身は重厚で幅広。そして刃はギザギザしていた。柄は若干角度がついていて、どことなく弩のグリップのようだった。
「おぉ……」
「ご主人?」
恐る恐る、俺はそれを手に取った。
握ってみて、分かる。やはり、深域武装だ。例によってコレにも異層権能がある。
安全の為、皆と距離を取った。それから刃の根本に、少しずつ魔力を流していった。
「うわ!? いきなり何スか!」
瞬間、剣から馬の嘶きに似た音が木霊する。
やがて鼓動のようなリズムを刻み、持ち主の腕に激しい振動を伝えてきた。
「お♡」
分かる。俺には、この深域武装の使い方が分かるぞ。
ワクワクする心を抑え、俺は更に魔力を流し込んだ。その、結果……。
ヴィイイイイイイイン!
「おぉッ♡」
甲高い音を上げて、剣の刃が高速回転した。
見ると、魔力の高まりに応じて回転するギザギザ部分が赤熱していた。火属性? 純粋魔力属性? いやそれは後々検証するとして。
まさに、ロマン武器。
そう、これには浪漫がある。轟音と回転の中に、努力と未来が宿っているのだ。
前世、林業をやっていた親戚に持たせてもらった事がある動力工具。それによく似た深域武装。時にゾンビの両断機、時に一撃必殺過剰武器。世界によっては神をも殺す、漢のロマンの集大成。
その名は……。
「チェーンソーだこれ!」
ねんがんのチェーンソーをてにいれたぞ!
〇
夕方である。毎日毎日、相も変わらず王都西区の転移神殿には荒くれ粗忽者が集いまくり、酒だ戦だと賑わっていた。
粗野な喧騒の中、酒も呑まずに机を囲んでいる同業者の姿がある。そう、今日この日はイシグロが例の迷宮を踏破すると宣言した日なのだ。自然、迷宮の情報に貪欲な迷宮潜りは件の転移石碑へ目を向けていた。
ふと見やった先、例の転移石碑の前に青白い粒子が集まっていくのが見えた。迷宮踏破の成否に関わらず、イシグロが帰還してきた予兆であった。
やがて姿を現したのは、地味な革鎧の男と、彼の小さな仲間達だった。
「イシグロ! 生きとったんかワレぇ!」
声が響く、ざわめきが増す。そこまで新迷宮に興味のなかった冒険者達も、酒を呑むのを止めてイシグロ帰還を眺めていた。
もう慣れたのか、ハナから気にしていないのか。神殿中の注目を浴びるイシグロは、常になく満足げな表情を浮かべていた。それを見たらば、探索の結果は明白だった。
時折顔見知りの冒険者と挨拶を交わしながら、イシグロは受付の方へ歩いて行った。彼の向かう先、馴染みの受付おじさんは、忙しそうに――ニヤつきそうになる顔を隠す為――書類を捌いていた手を止め、努めて普段と変わらぬ表情で机上を片付けた。
「えーっと、一応勝ちました」
と、いつもなら「換金お願いします」とくるはずが、イシグロは迷宮の聖遺物を提出しなかった。
「代わりに、これを」
どういう事かと訝しむおじさんの前で、イシグロは自身の収納魔法に手を突っ込んだ。
そうして取り出したのは、剣のような鋸のような謎の刃物だった。ソレを見た男子勢からは「おぉ」と野太い歓声が沸いたのに対し、女子勢からは特に反応らしい反応はなかった。
ゴトンと、受付おじさんの眼前に如何にもヤバいブツが置かれる。明らかにヒトの手になる代物とは思えぬ異様。それはまさしく、深域武装だった。
「随分おっかねぇな。これやっぱ深域武装か?」
「はい。倒したら普通の聖遺物無しでコレだけ落としたんです。踏破の証明になりますか?」
「ん? ああ、大丈夫だぜ」
元々、新しい迷宮が深域武装を落とす確率は高いとされている。同じく、深域武装だけ落として聖遺物を出さないパターンだって存在する。
まぁこういう事もあるだろうと、一応これで踏破証明になる。それもこれも、イシグロの信頼あっての事である。
「それでは、自分はこれで」
「おぅ情報頼んだぞ」
「あ、帰る前にちょっと鍛錬場使いたいんですけど……」
換金が無いなら、おじさんのやる事は終わりである。イシグロは家に帰ってから例の攻略本を書いて、翌朝に提出してくる手筈だ。
が、受付を離れたイシグロは、神殿の出入り口に向かわずに何故だか鍛錬場の使用申請を打診してきた。
「んぁ? まぁ構わねぇが、何する気だ?」
怪訝そうな顔のおじさんが問うと、イシグロはにへらっと気の抜けた笑顔を浮かべてみせた。
「ちょっと
言って、トントンと謎の深域武装を叩くイシグロ。彼の奴隷達は、やれやれといった表情をしていた。
それだけで、今の迷宮狂いの感情が理解できた。こいつ、ワクワクウキウキしてやがるのだ。
「そうか。まぁ程々にな」
パパッと申請書を拵えて、去って行く背を見送る。鍛錬場へ向かう彼等を見て、おじさんは少し安心した。
人間らしい所あるじゃねぇか、と。
楽しんでいるなら、何よりだ。
翌日以降、イシグロの攻略本を参考に、機球迷宮と名付けられた新迷宮の調査が開始された。
攻略本の内容は概ね正しく、その信頼性は非常に高いと判定された。これにより、イシグロには迷宮ギルドから多額の情報料が支払われる事となった。
こうして、イシグロ新迷宮踏破禄は一旦の決着を見たのである。
のだが……。
「換金お願いします」
「お、おぅ。これが機球迷宮の聖遺物か……」
「綺麗ですよね。ちょっと売るの勿体ないかなって」
「おいおい、まだこれが何に使えるか分かってないんだぞ。今なら高ぇし、待つより売る方が得だぜ?」
「あ、いえ、寝室にでも飾っておこうかと」
「馬鹿じゃねぇの?」
数日後、例の鋸剣を背負ったイシグロは、ギルドの調査報告を待たずして機球迷宮を再踏破していた。
まるで、いやそのまま新しい武器の性能を確かめるように。ちょっと散歩でもってくらいの気軽さで。
「やっぱ“黒剣”って感じじゃねぇよな、あいつ」
「実際、剣以外色々使うらしいしな。ていうか何だよあの武器……」
「知らん。けど……」
「けど?」
「なんか良いよな」
「「「わかる~」」」
相変わらず迷宮に潜りまくり、相変わらず小さい奴隷とお手々を繋いで、幸せそうに王都を歩く。
結局、イシグロはイシグロであったとさ。
余談であるが。
イシグロが機球迷宮を再踏破した数日後、とある臨時一党が機球迷宮の踏破に成功した。
メンバーは以下の通りである。
西区名物冒険者の美女コンビ、風舞のニーナと七つの闇のクリシャナ。
それから、止まり木同盟所属のイスラとネフリティス。鬣犬族の銀細工であるエフィーエナと、フラッと現れた淫魔族のグレモリア。
見事なまでの美女一党である。
彼女達が機球迷宮を踏破した夜は、イシグロ達が初踏破した時よりも転移神殿は遥かに沸いていた。
そして、踏破成功の宴にて、クリシャナは語る。
「イシグロの攻略本は道中は大いに参考になったが、主との戦いにはそれほど役に立たなかった。結局、各々が上手く立ち回るしか無かった。雑なんだよ、あいつ」
と……。
当然と言えば、当然である。
迷宮の攻略情報を鵜呑みにしてはならないのは、どこの国でも共通見解である。どれほど詳細な情報があろうとも、だ。
この件は、事前の情報収集の大切さと、そんな当たり前の事実を、イシグロの影響で迷宮踏破の感覚が麻痺っていた冒険者達に啓蒙する形となった。
以前、ドワーフみたいなエルフことアダムスが嘆いていた「最近の冒険者は迷宮への恐怖が足りない」という愚痴だか杞憂だか分からない老婆心のような何か。
お得意さんのイシグロの活躍によって、これは僅かに払拭されたと言えよう。
「へっ、こうなる事も分かってたってか」
「そうかな、そうかも……」
何にしても、ギルド職員としては嬉しい結果だけが残ったのであった。
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