【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 嘘勇の作者である柴猫侍様のXアカウントにて、本作を紹介して頂いてました。
 百見の価値ありです。クリスマスプレゼントだろ!(歓喜)


あさきゆろりし(起)

 翌朝はエリーゼに一番搾りを注いだ後、青空の下の朝風呂ではルクスリリアが満足するまでプリミティブなスペシウムを絞り尽くされた。

 俺ちゃんここで一つ悟った。いつでもお風呂に入れると、いつでも賢者に成れちまえるんだ。転職神殿いらずである。

 

 贅沢極まるモーニング後、運ばれてきた朝食を食べ、女将さんに鍵を預けて外に出た。お世話になってる武術流派の拠点、銀竜道場に行く為である。

 一応、先方にはギルド経由で手紙を出しておいたので、スゴイ・シツレイには当たらないはずである。

 

「号外号外! 例の人斬りの続報だよ! うちが一番早ぇんだから! 見逃しちまったら大事なモン失くしちまうよ!」

 

 夏空の下である。暑い朝から元気なカムイバラを歩いていると、ちょっと開けた場所で鬼人のおじさんが同人誌即売会めいて瓦版を売っているのが視えた。

 号外って、要するに速報みたいな感じなんだっけ。歴女から乱読家に派生進化したグーラはこういうちょっとした読み物にも興味を示すので、列に並んで買ってみる事にした。

 

「すみません、一つください」

「あいよ! おぅ兄さんラリスの冒険者かい? うちは万猫屋って読売だ! よろしくなぁ!」

 

 威勢の良い読売鬼人から二枚折りの紙を受け取り、適当な茶屋の長椅子に座って瓦版を拡げる。ついでに人数分の団子とお茶を注文した。

 瓦版には、「怪奇! 逸物(イチモツ)狩り再来!」という見出しがあった。

 

「いちも……んんっ?」

 

 普通にビックリした。逸物って、アレですか? オティンティーヌ的なブツですか? 戦々恐々と内容に目を通していけば、嫌な予想は当たっていた。

 どうやら、最近のカムイバラには“逸物狩り”と綽名された辻斬りが出没しているそうで、夜な夜な男の大事なモノを斬って回っているというのだ。

 被害者はいずれも腰に刀を持った剣士ないしは冒険者らしく、中には銀細工持ちまでバッサリいかれたんだとか。

 

「ひでぇ事件ッス! こんなの故郷の淫魔が知ったら縛り棒の刑ッスよ……!」

「物騒ですね。こういうのはカムイバラでは日常茶飯事なのでしょうか?」

「辻斬り自体は珍しくないが、お上が手こずっておるあたり相当じゃな。これほどになればイワヌマ家が出張るじゃろうから、もう捕まっていい頃合いなんじゃが……」

 

 銀細工持ち冒険者が狩られた事から分かるように、件の逸物狩りは凄まじい腕前の持ち主であるらしく、あまつさえ切り取られたイチモツは鋭利な刃物で一刀両断されているというのだ。

 尋常に斬り掛かる。後ろから不意打ちする。風呂場で襲う等々……逸物狩りの手口はどれもお一人様狙いの犯行で、とにかく人気のない夜に一人でいる事に注意せよとのお達しだった。

 

「怖すぎでしょこれ……」

 

 カムイバラは王都に比べると平和なはずだが、今回ばかりは究極のタマヒュン案件である。

 街に辻斬りがうろついてるのも怖いし、そいつが男根を斬ってるのも怖いし、何より未だ手掛かりが無いらしいってのが怖過ぎる。

 そう、逸物狩りの顔はおろか種族の特定すら出来ていないというのだ。リンジュの治安維持機構も頑張ってはいるそうだが、なかなか見つけられていないようである。

 

「とりあえず、刀下げるのはやめようか」

「ん、狙われないのが一番」

「あら、アナタの大好きな賞金首じゃない。捜して捕まえるものと思っていたのだけれど?」

「いやぁこれは自分から挑むべき苦難じゃないかなぁと」

「ところで、犯人はなんで男性器を切り取るのでしょうか? 持って行っても何にもならないと思うのですが……」

「さぁ? いずれにせよ暴走淫魔の仕業とは思えないッスね」

 

 とにかく、逸物狩りは刀を下げている男を狙うとのお話なので、俺は腰の二本を収納して銃杖&短剣のウィザードアサシンスタイルを取る事にした。

 刃傷沙汰には慣れてるが、それはそれ。怖いものは怖いもんである。俺達は茶屋におあいそし、目当ての銀竜道場へ向かって行った。

 

「ん?」

 

 と、その途中である。

 やべーやつ情報を知った事で神経が鋭敏になっていたせいか、目耳に先んじて剣呑な空気を感知した。一拍遅れて、グーラを筆頭に皆も勘付いたようだ。

 某裸蛇めいて角を曲がった先を除き見ると、蕎麦屋の前で冒険者風の集団が揉めているようだった。男達に囲まれているのは肩を震わせる少女と、少女を背に庇う獣人少年の姿。

 獣人少年の腰には、豪奢な拵えの刀が下げてあった。その身に纏う装束は夏にそぐわぬ古代吸血鬼風イキリコートで、彼の頭部には丸い獣の耳が生えている。

 その容貌には、あまりにも見覚えがあった。彼がいるなら、問題ないだろう。

 

「ククク……力の差も分からんか、哀れなる仔羊よ」

「何を!?」

「疾く失せろ、流星が堕ちる前に。哀れなる仔羊よ……」

「何だと?」

「ククク、哀れなる仔羊。仔羊、こひ……ククッ」

「何にツボッてんだテメェ!」

 

 暗黒微笑を湛えつつ悠然と煽る姿は、無双寸前のテンプレオリ主か踏み台転生者か。あるいは中二病属性を押し出した萌えキャラといったところ。

 しかして、その正体は割と純朴な優良冒険者。農村生まれ農村育ち、故郷じゃ孤高の孤独なぼっち。本人曰く、村ではこっそり読み書きの勉強をしたり自警団の剣術を見稽古で練習してたらしい。

 

「ククク……今宵も星がよく見える」

「朝から酔っぱらってんのかテメェ!」

 

 彼の視線は相対する男達を見ているようで見ていない。ずっと一人で何かに浸っている。朗々と落とされる呟きについにキレたか、漆黒外套を囲む男達は腰の刀を抜こうとした。

 だが、あまりにも遅い。眼前の天才剣士は既に始末を終えていた。この場でソレが視えたのは、銀細工級の使い手だけだった。

 カチッと、遅れて鍔の音が鳴った。

 

「またつまらぬものを斬ってしまった……」

 

 本人が出せる最低音ボイスの台詞に次いで、男達の帯が落ち、刀が落ち、着流しに隠れたフンドシも落ちて、抜刀しかけた手は虚空を握りしめていた。

 そして、角度的には見えないが彼等の御神木が晒されていたのだろう。決め顔の剣士、フリーズする男達、庇われた少女は顔を真っ赤に染めている。

 

「あら可愛い……」

 

 そこに、通りがかった美人雪女さんの呟きが突き刺さった。

 見えてるらしい周囲の町人が、男女共に嗤ってる。お日様も嘲笑ってる。本日も快晴也。

 

「「「覚えてやがれ~」」」

 

 やがて顔を真っ赤にした男達は、涙の粒を散らして走り去って行った。どうか泣かないで、大きさが全てではないのだから。

 なんというか、実に清々しい三下仕草である。もはや芸術だ。個人的にナイフペロペロマンが居れば加点だったのだが、逃げ足たるやお美事としか言いようがない。あとできればイザコザの発端も見てみたかったかな、と。

 

「あの、お助け頂きありがとうございます! あの荒くれには皆が迷惑してて……」

「ククク、名乗る程の者ではない……」

「え? 別に訊いてな……いや訊くのが遅れてすみません」

「名乗る程の者ではない……」

「あ、はい」

 

 謎の笑い――嬉しそうな――を零しつつ、鼬人剣豪はバサッと漆黒のコートを翻し、謎に神妙な靴音を鳴らして立ち去った。

 ここで、クールに去ろうとした彼と目が合った。すると彼は先ほどまでの暗黒微笑を止め、擦れてない田舎少年のようなスマイルを浮かべた。

 

「お久しぶりです、イシグロさん!」

 

 そう言ってパタパタと歩み寄ってきたのは、鼬人のトリクシィさんである。

 自称“流星刃”のトリクシィ。初めて会った時は王都の転移神殿で、何やら用があるとの事で声をかけてみたら唐突にタイマンを申し込んできたハリキリボーイである。以降はそれなりに模擬戦なんかをしたりして親交を深めた仲だ。多分、ニーナさんの次に戦った相手かな。

 で、紆余曲折あって参加した異種間交流会にて、彼はパートナーと出会い、二人して旅行兼修行目的でカムイバラに向かっていったのだ。

 何気に一年ぶりの再会である。元気そうでよかった。冒険者証は鋼鉄札のままのようだが、前より強くなっているのが見て取れる。

 

「そうなんです。今は無月流剣術を習っているところでして、参ノ型までの免許を……」

「トリィく~ん♡」

 

 一通りの挨拶の後に近況報告などしていると、これまた覚えのある声が聞こえてきた。

 声に色がついていたらピンク色で、形があったらハート型。嬌声に似た高音を発して駆けてきたのは、ばるんばるんと豊満な胸を揺らしたお姉さん淫魔だった。

 この人の名前は、確か……。

 

「お待たせ♡」

「ヴィーネさん、僕等は同じ宿に住んでるじゃないですか」

 

 ヴィーネさんだ。タッパも尻もトリクシィさんより大きなこの淫魔こそ、件の交流会で裏口入学的に彼と恋仲になった勝ち組淫魔である。

 当時からそうだったが、ヴィーネさんからトリクシィさんへの矢印はあまりにも明け透けである。全身からピンクのハートマーク漏れ出してるもん、このお姉さん。

 

「人前ですよ。イシグロさんが見ています」

「ごめんごめん。あ、イシグロさん、お久しぶりです。リリィちゃん達もおひさで~す」

 

 公衆の面前でイチャつこうとしたお姉さん淫魔は、トリクシィさんに言われて身体を離……さずに、そのまま低い位置の腕に抱き着いて男の肩に頭を乗せた。

 瞬間、周囲の男共の視線に殺気が混じる。淫魔の美貌はカムイバラでも健在らしい。

 

「もうヴィーネさん先に行かないでくださいよ~」

「えへへ、つい」

 

 ヴィーネさんの後方から、人間族の少女が駆けてきた。少女の他にも、何人か子供の姿がある。会話からして随分と親しい間柄のようだが、一体どんな関係なのだろうか。

 

「え~っと、其方のお子さんは?」

「ああ、今日は道場がある日なので、その送迎に」

「へえ」

 

 トリクシィさんの言う通り、子供達の手には帯で纏められた道着が提げられていた。つまり、この子達は銀竜道場の門下生なのか。どう見ても普通の子供なんだけども。

 

「トリ君、この人だれー?」

「イシグロ・リキタカさん。皆の兄弟子で、あのラリスの剣豪ですよ」

「え~、嘘だ~」

「イシグロってアレでしょ? 前に桜闘会で優勝した人」

「別人だよ別人!」

 

 別人扱いされてしまった。それ自体はいいのだが、へんたいふしんしゃ扱いは勘弁だ。ごほんと、俺は極力優しい声音を意識して口を開いた。

 

「初めまして、イシグロです。今から道場に行くところだったんだけど、俺達も一緒に行っていいかな?」

「ん~、いいよ!」

「コラコラ、兄弟子なんだからもう少し……」

 

 という訳で、ぞろぞろと子供を引き連れ銀竜道場へ。見た目だけならルクスリリア達も幼女なので、さながら通学あるいは遠足気分。

 案の定、銀竜道場の門下生だった子供達の年齢はマチマチで、上は中学生から下は小学校下級生くらいまでと幅広い。

 まぁこの世界は一〇歳で成人になる種族が普通にいるので、見た目年齢と実年齢が一致しない事は珍しくないのだが。雰囲気小六くらいの男の子など、トリクシィさんと同じくらいの身長をしている。何ならこの中で一番幼く見えるのレノだったり。

 

「あれ?」

「でっか! 面影ゼロじゃないッスか!」

「無骨な屋敷……いえ、まるで蔵のようね」

 

 なんて思いつつ目的地に到着……したのだが、それは俺の記憶にあった銀竜道場とは大分様相が異なっていた。

 以前、桜闘会の最終日に色々あって壊されて、建て直すとは聞いていたが、ニュー銀竜道場は再建とかリフォームとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇくらい豹変していた。

 明らかに敷地面積が広くなってるし、入り口にある看板も立派になっていた。塀も庭もない一軒家だが、普通に二階建てである。何となくの印象だが、以前までの銀竜道場が過疎田舎学校の体育館だとしたら、現在の銀竜道場は都会名門校の武道場といったところ。

 

「自分が入った時には既にこうなっていましたよ」

「へ、へえ……」

 

 玄関先で呆けている間に、子供達はさっさと中へ入っていった。

 俺達も続いて大きな引き戸を潜ると、これまた体育館を思い出すような靴箱が並んでいた。開きっぱなしの扉の先には、広々とした板張りの床。真新しい木床では、先に来ていたらしい門下生達が雑巾がけをしている。

 

「あ……」

 

 その中の一人、額にハチマキを巻いた鬼人少女と目が合った。

 彼女は扉の前に佇む俺達を見て目を丸くしていた。今師匠いますかって訊きたいところだが、ぽかーんと硬直している。

 

「し、師匠! イシグロ様がいらっしゃったよー!」

 

 ややあって、硬直解除した鬼娘は道場の奥へ声を張り上げた

 すると、体育館の用具入れっぽい位置にあった引き戸が開き、中から見知った竜族美女が現れた。

 

「うむ、よく来てくれた。エリーゼ様も壮健そうで何よりです」

 

 剣豪らしい半着と袴に、唯心無月流を表す羽織。一対の竜角は天を衝き、深紅の髪の一部は生まれを示す銀色だった。このお方こそ、唯心無月流創始者ゲルトラウデ・ヴォアール師匠である。

 彼女はエリーゼと同じ銀竜一族出身で、エリーゼママの近衛騎士をしていた人である。色々あって一族を抜けた現在は、自身が創始した戦闘術を広めている。それが唯心無月流だ。

 

「「「おはようございまーす!」」」

 

 引率してきた子供達は、いつの間にか道着に着替えて床掃除を始めていた。

 元気いっぱいにドリフト雑巾がけをする子供達からは、どうにも異世界的道場通いの気配がない。どこをどう見ても戦士のソレではないのである。

 

「随分と道場の雰囲気が変わっているようね」

「ええ、アレから色々ありまして。これから鍛錬なのですが、せっかくですしエリーゼ様も一緒に如何でしょうか?」

「どうしましょう?」

「皆が良ければ」

 

 銀竜道場にはお久しぶりぶりの挨拶のつもりで来ただけで、その後の予定は決めていない。師匠からのお誘いには、皆さん俄然やる気なご様子である。勤勉なグーラやエリーゼなど、一目で分かるくらい燃えている。

 

「では、着替えてくるといい。場所は男女で分けてある故、安心しろ。イシグロはあっちだ」

 

 ルクスリリア達に無月流の道着を渡し、男女で別れてお着替え用の部屋へ。

 前に通っていた時は借家で着替えていたのだが、お着替えルームが用意されているあたり部活かクラブみたいである。

 

「ヴィーネさんも無月流を習っているんですよ。最近は杖術だけでなく無手術を鍛錬してるんです。僕は剣術一筋で」

「へえ。ところで、飛ぶ斬撃については……」

「飛ぶ斬撃? ああ、【流星斬】の事ですね! よくぞ聞いてくださいました! 無月流を学んでから、色々と試行錯誤しまして……」

 

 なんて話をしつつ、風呂屋の脱衣所みたいなとこで道着を纏う。これまた久しぶりの服だ。常時ロングコートのトリクシィさんも門弟スタイルには慣れているようで、惑う事無くササッと袴を履いていた。

 そうして板張りのとこに戻ると、既に掃除が終わっていて、幼い門下生達はラジオ体操の間隔で並んでいた。

 

「皆、今日もよく集まってくれた。稽古を始める前に紹介しよう。この者はイシグロ、お前達の兄弟子にあたる。そう畏まる必要もないが、練習だと思って丁寧に接するように」

「「「はーい」」」

「それから、此方におわす方は……」

「ゲルトラウデ……」

「は、はい! あーっと……この者等にも失礼のないように」

「「「はーい」」」

 

 紹介を受けて一礼すると、様々な反応が返ってきた。怪訝そうな眼が数名。目をキラキラさせている子も何人か。中には敵意とも戦意ともつかぬ鋭い目をした子なんかもいた。

 元気よく返事する門下生を前にした師匠は、剣客というより教育者みたいだった。

 

「それでは、はじめ!」

 

 号令と共に、久しぶりのトレーナー付きトレーニング開始である。

 最初はいつもの瞑想かと思っていたら、深呼吸の反復練習だった。限界まで息を吸って、限界まで吐き切る。簡単なようで難しく、それでいて重要なこれを、子供達は一生懸命やっていた。

 その後は、少し動きの早いヨガのような体操を行った。この鍛錬は無月流における全ての体術に通じるもので、主な目的はウォームアップ兼バランス感覚の強化である。俺達一党にとっては鍛錬ルーティンの一つだ。

 

「よし、では各々好きな武器を取って組に分かれろ。隣とは十分な間を空けるように」

「「「わぁああああ!」」」

 

 準備運動が終わると、子供達は木製の武器が入った箱に殺到していった。

 前世の道場では皆が同じ武器を持つのだろうが、ここでは適性の関係で各々好きな武器を手に取っているようだった。やはり一番人気は木刀で、槍や薙刀も使用者が多い。魔族の子は鎌を持っていた。

 

「むっ、シズクにはそれはまだ早いぞ。戻すように」

「で、でも師匠……」

「次の段位になったら使えるという決まりだっただろう? 大丈夫だ、シズクならすぐ上がれる」

「はい……」

 

 が、中には使用制限がかけられている武器もあるようで、グレートなサイズの棍棒を使おうとした鬼人少女は、師匠に窘められてバットサイズの棍棒を持った。

 そんな中、俺達は以前の道場通いで使っていた自前の木製武器を取り出して装備した。グーラが木製ドラゴン殺しを持ち上げてみせると、周囲の子供達が「すげー!」と歓声を上げた。

 

「基本型の素振りを行う。では、はじめ」

 

 それから、俺を含めた門下生は武器種ごとに分かれて組を作り、各々声を出して武器を振るった。

 やっているのは型ではなく、武器ごとの素振りである。子供達の元気な声が道場に反響する。前世、小学生時代に通っていた空手道場を思い出す光景だ。本当に部活かクラブみたいである。

 

「うむうむ。よく出来てるぞ、ケイゴ。家でも練習しているようだな」

「は、はい! 頑張ってます!」

 

 ブンブンと武器を振るう子供達の間を歩き、ゲルトラウデ師匠は弟子の成長を褒めて回っていた。名指しで褒められた天狗族の少年は嬉しそうに木刀を振っている。

 

()っ! ()っ! イヤァーッ!」

 

 一方、トリクシィさんは基本に忠実で、且つ思わず見入ってしまうほど美しい素振りを披露していた。

 当人に自覚があるかは知らないが、西区の冒険者界隈ではトリクシィさんが天賦の才を持っている事は有名である。異種間交流会のゴタゴタで才能開花したっぽいが、無月流を習った事でその剣才には更なる磨きがかかっているようだった。

 俺と彼、同門対決で負けるとは思わないが、単純な剣の技量では既に上回られてる気がする。悲しい事に悔しくはない。所詮、どこまで行っても俺は凡人、地道に続けるしかないな。

 

「へえ、こっちの格闘も習ってるんスね」

「いざという時の為にって感じですね。上森人王の事、ご存じですか?」

「え? あー、そうッスね。まぁ知ってるッス」

「それで、魔術師も杖術だけじゃなく無手も鍛えるべきなんじゃないかって風潮になってまして」

「確かに一理あるわね……」

 

 子供達に混ざって、皆も素振りをしている。格闘組は正拳突きではなく掌底を反復していた。

 厳し過ぎず、ゆる過ぎず。幼い門下生達は持ってる武器ごとにバラバラの行動をしているが、道場には朗らかな秩序があるように見受けられた。

 

「イシグロ。少し来てくれないか?」

「はい」

 

 素振りの途中、呼び出される。行ってみると、師匠は周囲の門下生に聞こえないよう小さく口を開いた。

 

「来て早々すまないが、門下生と戦ってはくれないか?」

「俺が、ですか?」

 

 そう言う彼女の視線の先には、ついさっき素振りを褒められていた天狗族男子の姿があった。

 生真面目そうで、生意気そうな印象の少年である。パッと見、全然強い剣士には見えないし、加減をミスすると殺してしまいそうな。

 

「トリクシィには従っているようだが、兄弟子であるイシグロの事は舐めているようだ。アレだけ見た目で侮るのはやめろと言ったはずなのだが……」

「はあ」

 

 兄弟子として見られてないのは把握してるが、個人的にはそれでいいと思う。別に偉ぶりたい訳ではないので、年功序列も許容はしてるが強要するつもりはなかった。

 そんな風に考えていると、師匠は「それに」と続けた。

 

「最近の奴はちょっと増長気味でな。今後の人生の為にも、あの子には高い壁が必要だ。他にも刺激を与えたい弟子がいるので、可能ならお願いしたい。ここでひとつ銀の力を理解(わか)らせてやってくれ」

「まあ、わかりました」

「礼を言う。だが、怪我はさせるなよ。貴殿ならばできるだろう?」

「承りました」

 

 どうやら、彼は二重の意味で天狗になっているらしい。

 ポジティブ思考はともかく、過度に天狗になったままでは彼の成長にはよろしくないと。教育の為というのであれば否は無かった。

 とはいえ骨は勿論、心を折るのもやり過ぎに思える。なら、どうわからせるべきだろうか。

 

「せっかくなので、お前達はここにいるイシグロと試合を行ってもらう。この者は銀細工なので、胸を借りるつもりで挑むように」

 

 集団素振りを終えると、弟子達の注目を集めた師匠は模擬戦を宣言した。普段とは異なるカリキュラムに、門下生達はワクワクしているようだった。

 そのままルールを決めていき、俺だけでなく一党の皆も参戦する事になった。同門対決なのに、イシグロ一党VS無月流門下生みたいになっている。

 流石は異世界人というべきか、弟子達からは好戦的で値踏みするような視線が注がれた。何故だか雑巾掛けしてた鬼人少女の眼が輝いている。

 

「よろしくお願いします」

「……はい。よろしくお願いします」

 

 最初の試合は俺と天狗少年である。使用武器はお互い木刀だ。

 敵意という程でもないが、彼からはとても強い視線を感じる。若い反骨精神の発露だろうか。

 

「さっきも言ったが、イシグロは銀細工持ち冒険者で、それも上位の力を持っている。胸を借りるつもりでいけ」

「ええ。ですが……」

 

 位置について、彼は手に持つ木刀を水平に構えてみせた。

 

「別に倒してしまっても構わないでしょう?」

 

 おっと、それは負けフラグ。

 なんて思っていたら、「はじめ!」という師匠の号令で試合が始まった。

 

「やあ!」

 

 試合開始と同時、素早く接近してきた天狗少年の木刀が俺の得物と鍔迫り合いになった。

 驚くべき事に、彼の剣速は俺の想定よりも疾かった。威力に関しては仮に顔面ヒットしても殆どノーダメなのだが、それにしたって素晴らしい腕前である。足捌きといい、重心の置き方といい、チート頼りの俺相手に才能の差を見せつけてくる。

 ならば、此方も本気で応じるのが礼儀だろう。俺は膂力任せに距離を取り、後ろ手にコンソールを操作した。一秒以内、視線を逸らさず各種チートを外していく。舐めプをしようってんじゃない。スポーティな真剣勝負では、チートの存在は野暮である。この状態で叩きのめしてこそ、師匠からのクエストを達成できるのだ。

 

「ふん! タァーッ!」

 

 派手に動き回る事はせず、同じ流派の技で剣を合わせていく。時折こっちからも打ち込むと、彼はイリハと同じ型を使って防いでみせた。やはり、強くはないけど凄く上手い。

 一瞬、少年の腰にグッと力が籠るのが視えた。踏み込み、突きが飛んでくる。俺は迫る刺突を柔らかく捌き、軸をズラして回避しようとする少年の手を打った。

 

「うぐっ……!」

 

 剣道で言う小手である。木刀を取り落とす少年だったが、武器を失くすや否や彼は猛禽のように飛び掛かってきた。既知である。敵の武器を掌握し、強奪なり破壊なりする無手の技だ。

 実に判断が早い。俺の脳裏にニッコリ微笑む天狗面師匠が過った。しかしだ。銀を相手にその程度で不意打ちは成立しない。速さもそうだが、その目が素直過ぎるのだ。

 接近する彼に対し、俺はあえて木刀を手放してみせた。少年の眼に惑いが視えた。木刀を追っている。俺は振りかぶった右手をパーにして、ぶんと少年の頬を張った。

 

「うべ!?」

 

 パァン! と、恐ろしく良い音が鳴り響き、天狗少年は派手にぶっ倒れた。

 手加減の甲斐あって、彼は即座に立ち上がる事ができた。けれどもその顔には見事なまでの真っ赤な紅葉が咲いている。

 相対する俺は左右の手に木刀を提げ、余裕気に二刀流など構えてみせた。これではどうしようもあるまい、そういう意味を籠めたポーズである。

 

「そこまで」

 

 武器を奪われて呆然としていた少年は、師匠の声を聞いて身体を跳ねさせていた。

 

「敗因の解説はいるか?」

「いいえ。噛みしめて、糧にします……」

「よろしい」

「イシグロさんも、ありがとうございました」

 

 木刀を受け取ると、彼は一礼してから元の位置に戻っていった。周囲の子供達にバシバシ肩を叩かれている。

 

「じゃ次はボクですね」

「ちゃんと加減しなさいな」

「分かってますよ」

 

 その後も一党の皆と交代し、門下生の子供達をわからせていった。二番試合のグーラVS鬼人少女では、グーラは丁寧なゴリ押しによって理解らせ勝利した。

 迷宮も武術も皆は俺同様に継続し、成長している。単に強くなっただけではなく、手加減ができるようになったのだ。魔法ブッパのエリーゼはヴィーカ流剣術で勝ちを得て、レノは同じ有翼人少女との蹴り合いで技ありを決めていた。

 これまた流石の異世界クオリティで、勝負した相手とは強敵と書いて友と呼ぶ仲になる事ができた。中でもレノが謎に人気で、試合後の彼女は女子達に可愛がられていた。

 

「これより型稽古を行う。各々、前に習った型の復習だ。まずはゆっくりやるぞ」

 

 以降、門下生達は俺を認めてくれたようで、普通にお話してくれるようになった。

 曰く、イシグロ・リキタカと言えばカムイバラ中で有名なイケメン剣士で広まっているらしく、俺を例のラリスの剣豪だとは思えなかったそうである。さもありなん。噂のイシグロ氏とリアル・イシグロは別物である。ままならないね。

 

 それにしても、外も内もそうだが以前とは道場の雰囲気が全然違う。ガチ武術道場が、体育の授業みたいになっているのだ。

 これが悪いとは思わないし、むしろ今のが健全に思える。それでも、当時の師匠を知っている俺としてはかなり不思議だった。

 

「さっきも言ったが、色々あったのだ。桜闘会効果もあって、最初の方は良かったのだが……」

 

 その事を訊いてみると、師匠はぽつぽつと答えてくれた。

 師匠の過去回想によれば、桜闘会の直後は景気が良かったらしい。だが、新規の門下生の殆どは長く続かずすぐに去っていったそうだ。それから思う処あって根本的な改革が必要と考えた師匠は、流派の理念はそのままに道場の経営方針を変える事にしたらしい。

 澄刃流の鍛錬カリキュラムをベースに、無月流なりにアレンジしたりして、他の道場も参考にした。その結果、こうなったのだという。

 

「結局、何をするにも続かなければどうしようもない。そして気づいた。大人も子供も、楽しくなければ続かないのだと。楽しむ事が、強くなる王道だったのだ。元より最強の戦士を育成したい訳ではないからな。今にして思うと、この在り方こそ無月流には相応しい」

 

 そう話す師匠には、自身の選択に後悔はないようだった。

 確かに、唯心無月流はあくまで戦場で生き残る為の武術で、その基礎と鍛錬法を教える流派である。なら、ガチ勢向けよりエンジョイ勢向けの方が合うのかもしれない。

 で、今現在は門下生が怪我をしない安全な道場としてご近所さんから評判らしい。たまにやる模擬戦に関しても、痛くなければ覚えません方式は極力避けているそうな。

 

「ミアカの奴も続けていてな。あいつはもっと本格的な鍛錬を積んでいるぞ」

「そうなんですね」

 

 一応、従来通りの方針も続けているらしく、戦士育成コースと習い事コースに分けているそうだ。現在は軌道に乗っているようで、これまでのような極貧道場ではなくなっているらしい。

 極貧道場といえば、今の道場には前にいたメンバーがいない事に気が付いた。

 

「ところで、アンゼルマさんは何処に?」

「ああ。あいつなら……」

「ただいま~」

 

 噂をすれば何とやら。道場の正面扉が開くと、件の少女が帰ってきた。

 アンゼルマさんは師匠の娘で、竜族と人間の間に生まれた半竜人である。道場に閑古鳥が鳴いていた時分には、バイト戦士として道場を支えていたのだ。桜闘会で準優勝したお金は道場を盛り立てる為に使われたと聞いたが。

 

「あっ、イシグロさんじゃん! お久しぶりでーす! イリハちゃんも見ないうちに大きく……なってないね!」

「こちとら二〇〇歳超えとるんじゃ」

 

 話によると、アンゼルマさんは武行法院――リンジュの警察――に入るべく、毎日塾に通ってるそうだ。腕前の方は問題無しとの事で、最近はもっぱら勉強漬けの生活をしているらしい。

 それもこれも、銀竜道場を守る為だというのだから、彼女は相当な孝行娘である。

 

「色々進んでるんスね~」

 

 親孝行、ついぞ俺には出来なかった事である。

 置いていかれた訳でもないのに、久しぶりに会った人の変化を見ると、寂しいやら何やらで。否応にも時の流れを実感する心地だった。

 ともかく、道場は無事で、門下生は元気で、知り合いも生きているのだ。

 これ以上の幸運はあるまい。

 

 

 

「ククク、我に続け……!」

「ククク、続け……!」

「続け続け!」

 

 正午、無月流道場の午前稽古はこれにて終了である。午後からは別の組が来るそうだ。

 鍛練が終わってそのまま塾に行く子もいれば、帰って家の手伝いをする子もいる。普段は師匠が送迎をしているそうだが、今日はトリクシィさんとヴィーネさんが引率だ。逸物狩りが出没してる現状、短い距離でも危険が危ない、特に用はないので、俺達もボディガードとしてついていく。

 同じ波動を感じるのか、トリクシィさんは男女関係なく子供達から人気だった。大事なコートを引っ張られても怒らないあたり、冒険者にしては異様な温厚さである。

 

「同じ門下生なのに、こういう事もするんスね」

「今のところ大人の男性が狙われていますけれど、いつ子供が餌食になるか分からないですから。大事なお子様をお預かりしている訳ですし、その辺はしっかりしませんと」

 

 お姉さん淫魔ことヴィーネさんが示す先には、パトロール中の同心の姿があった。

 彼等は王都の衛兵同様に対人戦訓練を受けているらしく、例え相手が銀細工級でも囲んでボーで叩く事で対処できるのだという。

 今のところ逸物狩りの出没時刻は夜限定だが、夜現れて昼消える訳もない。ああやって治安を守りつつ、犯人捜しをしているのだ。

 

「それでは、イシグロさん。また戦いましょう」

「はい、また」

 

 一人一人送っていって、俺達はトリクシィさん達と別れた。

 これからデートだという二人は、引率終了と同時に腕を組んで歩いていった。深い絆を感じる。そう遠くないうちにヴィーネさんも中淫魔に進化して、やがて純淫魔になる事だろう。

 

「銀竜道場は穏やかな雰囲気でした。ああいう道場が増えていくと良いですね」

「無くはないんじゃがの。実際、剣鬼道場にもあったじゃろ、子供用」

「ん、剣鬼?」

「怖いとこッス」

「五月蠅いところね」

「楽しい所だったよ」

「ん~?」

 

 久々の道場は皆にもいい気分転換になったようである。最近は食っちゃ寝ばっかりしていた分、俺にとっても良い刺激になった。

 

「あっちの屋台は安かろう不味かろうなのじゃ。美味い屋台はこっちじゃな」

「なに食べたい?」

「ボクは何でも」

「どうせならリンジュのご飯がいいわね」

「レノが食った事ないやつでいいんじゃないッスか?」

「ん、興味ある」

 

 道場では子供達に混ざってよく動いたので、いい加減お腹が空いてきた。イリハの案内で美食エリアにやってくると、周囲の飯屋から昼食前の腹にダイレクトアタックしてくる匂いが香ってきた。

 手に持って食べる王都の屋台飯と異なり、カムイバラの屋台は座って食べさせる形態がポピュラーなようだった。蕎麦の屋台があれば、鍋を食べさせるところもある。 

 

「どれも美味しそうじゃな~」

 

 そんな風に歩いていると、ぴくりとグーラの耳が震えた。

 

「……ご主人様、ボク達つけられています」

「なに?」

 

 ちょんと二の腕を突かれて、屈んでやれば耳元で囁かれる。ケモロリASMRで勃起しそうになる股間に先んじて、俺の身体は戦闘モードに入っていた。

 天狗少年との試合で外していたチートは付け直している。敵味方レーダーに反応はない。斥候ジョブに切り替えて周囲を探ってみるも、俺達を害そうとする輩は発見できなかった。

 

「強そうな奴ッスか?」

「分かりません。如何せん匂いが混ざってて……」

「ん、人が多くてわたしの耳もダメそう」

「少し離れよう。イリハ」

「こっちじゃ」

 

 そのまま何気なく歩いていき、俺達は屋台エリアを抜けて、さも近道でもするように路地裏へと入っていった。

 人気のない場所に来たところで、皆にササッと隠形魔法をかけていく。各々散開し、身を隠す。

 普通の追手なら危険を察して逃げるものだが、俺を追ってた謎の人影はロクに警戒もせずに現れた。チョロいが、好都合だ。

 

「で、何か御用ですか?」

 

 袋の鼠である。武器を手に包囲して問いかけると、追跡者の身体はビクッと跳ねた。

 背中を丸めて振り返ったその顔は、ついさっき見たばかりだった。

 

「ごめんなさい! オレ……じゃなくて私は怪しい者じゃないんです……! ただイシグロ様に、その……!」

 

 俺達をつけ回していたのは、銀竜道場にいた鬼人の少女だった。模擬戦ではグーラと力比べをして、初見の際は雑巾がけをしていた娘である。

 彼女は額にハチマキを巻いており、童顔の割に高身長だった。

 

「えーっと、君は道場の……」

「はい! シズクってんだ、です! さ、さっきぶりです! イシグロ様、あーなんだっけ! え~!」

 

 あたふたと、あるいはバタバタと、尾行バレして申し訳なさそうにしている彼女は、この上なくテンパっていた。

 危険はなさそうだが、さてどうしよう? 顔を見合わせると、匂いで気づけなかったと思ってかグーラは申し訳なさそうに耳を垂れさせていた。

 

「その、これ……」

「ん?」

 

 とりあえず場所を変えようと思った時だ。少女は額のハチマキを外し、何故だかそれを差し出してきた。

 いや、よく見ると、それはハチマキではなく手拭だった。薄く、長く、割と上質なやつである。

 

「お、私、前にイシグロ様に前に助けてもらった事があって……」

「前に……?」

 

 言われ、今一度鬼人少女の顔を見てみた。

 活発そうな童顔である。髪は赤みがかった金髪で、大きな瞳は空の色。額から二本の角が生えていて、竜族とはまた違った形をしている。身長も俺より少し下くらいで、目測一六五センチかな。

 会った事、それも助けた事なんてあったっけか?

 

「ごめん、覚えていない」

「え……」

 

 全く覚えがなかった。その事を伝えると、少女は口を半開きにしてショックを受けているようだった。

 鬼人の知り合いと言えば、王都にいるラフィさんとカムイバラのライドウさんくらいである。強いて言うなら牛鬼人のイスラさんもそうかもだが、眼前にいる彼女はオーセンティック鬼人である。

 

「あっ、もしかして……!」

「グーラ?」

「橋から落っこちて、溺れてるところをご主人様に助けられた子じゃ……?」

 

 その時、俺の頭にある記憶の扉が開いた。

 思い出した。一昨年の冬、イリハをお迎えする前の事だった。転移神殿からイリハのいる豊狸屋に向かう最中、橋から落ちて溺れそうになっていた鬼人幼女を助けた事があったのだ。

 それから水気を拭ったり温めたりして、別れ際に手拭をあげたんだったか。そういえば、桜闘会にも応援に来てくれてたっけ。

 

「あー。あの時の子?」

「そう! それで、えっと……」

 

 一転、喜色満面になったシズクちゃん。

 よくよく見てみれば、確かに面影がある。当時は幼女幼女してたのに、今では大人びたJCか童顔なJDでも通るくらいだ。 

 成長したなぁと、虚しさではなく嬉しさが湧いてきた。そう思えるようになったあたり、俺も一応成長しているらしい。

 

「ゆっくりでいいよ」

「あ、はい。すぅ~、はぁ~」

 

 深呼吸をした彼女は、なおも赤面したまま俺を見た。

 その目は真剣そのもので、どうしても伝えたい事があるのだと空色の眼が雄弁に語っていた。

 そして、彼女はゆっくりと口を開いて……。

 

「お、オレを奴隷にしてくれや!」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「え?」

 

 俺だけではなく、皆も固まった。

 皆の視線に気づいてか、シズクちゃんはハッとなった。

 わたわたと胸の前で手を振っている。

 

「わ、悪い! あぁ違くて! 言い間違えです!」

「お、おぅ?」

 

 リテイクだ。もう一回深呼吸して、再び言葉を継ぐ。

 真剣な眼差しが、俺を射貫いていた。

 

「私をイシグロさんの性奴隷にしてくださいッ!」

 

 路地裏の影で、少女はそんな事を言い放った。

 幸い、周囲に人気はなかった。

 言い終えた彼女の顔は、これ以上なく晴れやかだった。

 

 対して、俺はぽかんだ。ぽかんの極みである。

 待ってても訂正する気はないようで、シズクちゃんは謎のドヤ顔を浮かべていた。

 

「えーっとぉ」

 

 頭を掻いた。

 奴隷、それも性奴隷ときた。

 やべーぞ、予想の斜め上過ぎる。

 

「とりあえず、落ち着いて話そうか……」

 

 言うと、彼女の眼の輝きが増した。

 

「認めてくれるんですね! よろしくお願いします! そうと決まればさっそく赤飯の準備しねぇと……!」

 

 ここに来て、彼女が赤面していた理由が分かった。

 俺も童貞ではない。女の子からの好意には敏感と言わずとも鈍感ではなくなっているつもりだ。ルクスリリア達に愛されているのだ。誰かに愛される事に臆病になっている訳ではなかった。

 だから、分かってしまった。

 

「えーっと、ね? あの、落ち着いて話を……」

「大丈夫です♡ まだ成長途上ですから♡ 淫魔牛乳飲んでます♡ いつか来るイシグロ様との赤ちゃんの為に♡」

 

 彼女の瞳は、恋する乙女そのものだった。

 その胸は豊満であった。




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・トリクシィ
 第56話「日本からきたあいつ!ちょっとヘン!!(上)」で初登場。以前の登場は第142話「王都のビール」。
 銀細工病。鼬人。天才剣士。

・ヴィーネ
 お姉さん淫魔。トリクシィの恋人。

・瓦版を売っていた鬼人おじさん
 第153話「すばらしきかな聖者達の故郷」で初登場。読売。シズクの父親。

・ヴィーネの後ろから来た人間族の少女
 第153話「すばらしきかな聖者達の故郷」で初登場。エミールの教え子。

・シズク
 鬼人幼女もとい鬼人少女。第78話「炉利魂は嵐を伴って」で初登場。
 橋から落ちて溺れていたところをイシグロに助けられた。その時もらった手拭を大事にしている。
 桜闘会ではミアカと一緒にイシグロを応援して、ちょくちょくファンサしてもらっていた。
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