【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。
 よろしくお願いします。


拳炉セスタス

 東方、遠くに見える山の隙間から、眩い太陽が顔を出す。

 眠らない街の空が白む前、カムイバラの朝が始まった。

 

 日の出が早いと人の活動が早くなるのは、日本の江戸もイセカイエドモドキも同じである。王都民に比してカムイバラ民は若干真面目な性質を持っているので、定時出社遅刻厳禁の精神で猛暑確定の今朝もしっかり起きて動き出していた。

 中でも、読売の版元に勤めるシズクの父は、他所より家を出るのが早かった。

 

「いってら~」

「んぉ~っす」

 

 便利な魔道具が無かった時代は、朝はもっと早かったらしい。現代っ子のシズクにはちょっと考えられない事だった。眠い目をこすって仕事に向かった父を見送り、鬼人少女シズクは母と共に朝の支度を始めた。

 朝食を摂ったり洗濯したり、それらが終われば身だしなみを整える。髪に櫛を入れる際はスッキリした感触がして、まだ慣れそうになかった。

 諸々の準備が終わる頃には、夏空は青く染まっている。忘れ物を確認した後、シズクは玄関の戸を開けた。今朝は銀竜道場の稽古があるのだ。

 

「おはよーみんな。ミアカさんも、おはようございます」

「おはようさん! 久しぶりやなぁシズクちゃん!」

 

 集合場所に到着すると、そこには同門の友達に加えて白虎族美女の姿があった。唯心無月流無手蹴術免許皆伝、姉弟子のミアカである。

 逸物狩り事件が落ち着いた現在でも、日程によっては師範や高弟による送迎があるのだ。ミアカの場合、彼女は基本的に現役冒険者コースを受講しているのであまり子供達と会う機会はないのだが、この日の彼女は午前の稽古に加わるらしい。

 

「ほな行こか!」

 

 男好きのする美貌に、親しみやすい立ち振る舞い。当然、男子からのミアカ人気は凄まじく、門弟の殆どはミアカ推しである。

 そうなると女子からのヤッカミも凄そうなものだが、門下生の中には世話になっている女子も多く、彼女は異性だけでなく同性からのウケも良かった。

 要するに、ミアカは男女関係ない憧れのお姉さん的存在なのである。

 

「シズクちゃん髪の毛切ったんやな。よう似合っとるで」

 

 他の女子同様、シズクもまた彼女の世話になったうちの一人である。

 だからこそだろうか、再会早々ミアカはシズクの変化を敏感に察知したようで、明るい表情の隅に心配げな色を浮かべていた。

 

「ありがとうございます。思い切って、やっちゃいました」

 

 ミアカの言う通り、今のシズクは長かった髪を前より短く切っていた。おまけにトレードマークだった手拭を外すようになったので、何かしら心境の変化があった事は誰の目にも明らかだった。

 原則不変の魔族や天使族と違い、亜人種である鬼人は時間と共に髪が伸びる。髪は女の命と言うが、それは異世界の鬼人も同様の価値観を持っていた。故にこそ、シズクのイメチェンについて何も言わない優しさが同門の同性には存在した。

 

「そうか。そうか。シズクちゃんはええ子やね」

 

 そう言って微笑んだミアカは、彼女の頭を優しく撫でた。努めて大人の女性になろうとしていたシズクにはしなかった行為である。今朝ばかりはシズクもそれを受け入れた。

 ぶっちゃけ、シズクは現在進行形でまだまだガッツリ引きずっている。それでも一つの恋が終わった事には納得していた。未だ希望は見えずとも、絶望は晴れたのだ。

 

「はじめ!」

 

 銀竜道場では、いつも通りの稽古が行われた。

 シズクが習っているのは、心身鍛錬を目的とした棍棒術である。彼女的には薙刀とか小太刀とかの可愛い武器――異世界女子の価値観では可愛いのだ――が使いたかったのだが、残念ながらシズクに刃物は合わなかった。まぁ鬼人には棍棒だよねと、今では馴染んで気に入っているが。

 

「「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」」

 

 珍しくミアカがいるからか、鍛錬中の男子達がいつもより張り切っている。

 周囲から秀才扱いされている天狗族の少年など、シズクの隣にいるミアカをチラチラ見ては恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 

「シズクちゃん、よう見てみ?」

 

 なんて呆れて見ていると、当のミアカはニヤニヤと微笑ましそうな顔をしてシズクに囁いてきた。

 言われた通りに件の天狗少年に注目してみれば、すぐにガッツリ目が合った。かと思えば、しまったとばかりに顔を逸らされた。どう見ても、あからさまに、彼はシズクを意識していた。つまり、そういう事なのか。

 シズクとて、つい先日まで恋に恋していた身である。天狗少年の気持ちには深く共感できた。けれど、それはそれとして……。

 

「うわ……」

 

 生理的に無理だ。

 天狗少年と比べれば、まだゲルトラウデ師匠の方がそういう目で見れるまであった。

 

「あ、普通に脈無しやなコレ」

 

 生理的に無理な相手に好意を持たれても、困惑通り越して普通に迷惑である。告ってきたらどう振ればいいんだろうと、今から憂鬱な気持ちだった。

 そして、今になってイシグロの気持ちが分かった気がするシズクであった。

 

「シズク、少しいいか?」

 

 身体作りに素振りに組手、武器ごとの型稽古等々。本日の鍛錬が終わると、師匠に呼び出された。

 昼食に向かう友達に待っててもらうよう言って、シズクはゲルトラウデの下へ向かった。

 

「おめでとう、昇段だ。護身目的であればここで止めてもいいのだが、シズクはどうしたい?」

 

 どうやら、シズクの昇段を認めてもらえるようだった。

 これにより、今まで禁止されていた大棍棒や二刀流の練習が許されたのだ。目標へ一歩進んだ訳である。

 けれども、思いのほか達成感はなかった。

 

 それもそのはずで、元々シズクは冒険者になるつもりで武術を習っていたのである。

 しかしそれはあくまで王都にいるイシグロに会いに行く為であり、これまた例によって今となっては意味も理由もなくなっていた。

 とはいえ、当のイシグロに道場を続けるといった手前、ここで終わるのもどうかって気持ちがあった。

 

 加えて言えば、このままダラダラと運動感覚でいいのかという、焦りに似た感覚もあった。

 努力できる時間は有限である。将来の事を考えたら、武術はここで一旦止めて学問に費やす時間を増やす方がいい気がするのだ。

 何にせよ、一人でするべき決断ではないと思えた。

 

「少し時間をください。両親と相談してみようと思います」

「うむ。それが良いだろう」

 

 迷った挙句に答えると、ゲルトラウデ師匠は何故だか嬉しそうにしていた。

 もやもやしつつ普段着に着替え、シズクは友達と一緒に昼食を食べる事に。やはり、女子だけの空間は気が楽だった。

 

「おじさ~ん、蕎麦四つちょうだ~い! 山葵一つで、残りはお揚げね!」

「ばっきゃろぃ、オイラぁまだ二三歳でぇ! お兄さんと呼べぃ!」

「きゃはは! 二十歳超えとか普通におじさんじゃんね!」

「こ、このメスガキ……! オラッ、山葵大盛り!」

 

 お昼は友達と一緒に屋台の蕎麦を食べた。ちょっと煽り癖のある友達が大盛り山葵に即落ち二コマされたりしつつ、先ほどの懊悩を忘れて楽しくお喋りできた。

 同年代での話題と言えば、やはり異性関係である。何やら新しく出来た舞台の稽古場にめちゃくちゃイケメンの森人がいるらしく、流れで今度見に行こうとなった。

 男は内面だろ教二三歳はおじさんじゃない派年上黒髪原理主義の信徒であるシズクからすると心底どうでもいい話だったが、面食いの友人の押しに負けてシズクも見学に付き合う事になった。

 きっと、皆はシズクに気を遣っているのだ。恐らく、多分。言い出しっぺの面食いちゃん以外は。

 

「じゃあね~!」

「うん、また明日」

 

 友達との食事の後、午後から始まる軽仕事に向かう。

 その道中、シズクはこれからの人生をどうすべきか考えていた。

 

 塾に通わせてもらっているので、一通りの読み書き計算はできる。書き仕事の多いカムイバラでは、そうそう職にあぶれる事はないだろう。

 道場で鍛えて免許を貰えれば、武行はともかく守長組合に勤める事もできるかもしれない。

 しかし、どれもイマイチしっくりこなかった。

 

「どうしたもんかなぁ~」

 

 思い出の橋の真ん中で、手すりに寄りかかってボーッとする。

 塾や道場の友達は、各々ある程度の未来を見据えているようだった。多くは家業を継ぐようだが、次女次男以降はそうではない。十代前半にして結婚願望が強い娘がいれば、銀細工病の兄弟子に憧れて冒険者を目指している子だっている。

 そんな中、今のシズクには何の目標もなかった。身を焼くように恋焦がれた夢を失ったのだ。そう簡単に次を見つける事はできそうになかったのである。

 

「ん?」

 

 その時、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。発生源は橋の下、そこにイシグロを発見した。

 彼は一党の皆と一緒に船に乗って、船頭の観光案内を聞いているようだった。主人も奴隷も、皆が笑って幸せそうだ。

 本当に、なんて魅力的な人なんだろう。頼りがいのある背中だ。綺麗な黒髪である。鎧姿も勇ましかったが、鯔背な着流しも素敵である。

 そうやって彼を眺めていると、とても嬉しい気持ちになった。けれど、前のように胸が張り裂けるようなドキドキはなかった。

 

 向こうも橋にいるシズクに気づいたようで、小さく手を振ってくれた。

 手を振り返すと、さっきまでの懊悩はいつの間にか何処かへ消え去っていた。

 

 風が吹いた。夏の匂いがする。

 青い空に反射する水面が、キラキラと輝いていた。

 遠ざかる英雄を眺めていても、寂しい気持ちにはならなかった。

 

 ふいに、胸の奥から気力が湧いてきた。

 確かに、今のシズクに目標はない。その代わりとばかりに、今の自分は大概の事ができるではないか。書き物も、料理も、酒造りだって、出来ない事がそんなにない。それは、何とも気が楽で紛れもない自信に繋がるものだった。

 そうだ、イシグロを追いかけてきた時間は無駄ではなかった。月を目指した事で、星に手が届くようになったのである。

 

 ラリスの剣豪がもたらしたのは、武による安寧だけではない。

 イシグロがくれたのは、思い出だけではなかった。

 黒剣の英雄譚は、シズクに生きる力をくれたのだ。

 

「よし、今日も頑張らないとな……!」

 

 ひとまず、今ある仕事を頑張ろうと思えた。将来の事は、その後考えればいい。

 推しを推すには金がいる。恋は終わったシズクだが、それはそれとして推し活は続ける所存であった。

 

 

 

 

 

 

 これが最後の晩餐でも、後悔はないだろう。

 そう思える程のご馳走であった。

 

 ミチミチと、真銀(ミスリル)のナイフが密度の高い筋繊維を寸断する。

 生肉のように赤い断面のソレを、男は優雅な所作で口に運んだ。存分に味わい、咀嚼し、嚥下する。そうして、自身の血肉に変えるのだ。これこそ、生きる意味そのものである。

 

 金糸の刺繍が施された真紅の絨毯の上に、純白のクロスが掛けられたテーブルがあった。机上には、数多くの料理皿が並んでおり、現在その殆どが空になっている。

 静寂の落ちた食堂に、二人の男女の姿があった。

 

「牛も豚も鳥も、この世で最も美味い肉は淫魔王国産ではありません。確かに味は良いのですが、エグみが無いと肉を食べた感じがしないでしょう? そうは思いませんか? 貴女」

 

 朗らかな声の男の問いに、遠く向かいに座る女は不快げに沈黙を返した。

 柔らかな笑みを崩さない男は、長い黒髪の美丈夫であった。如何にも人の良さそうな赤い瞳は子供のような輝きを湛え、鉄杭を通したように真っすぐと伸びた背筋からは確かな教養と気品が感じられる。

 

「無駄話は結構よ……」

 

 対する女は、同じく黒い髪をした猫又であった。影を固めたようなドレスを身に纏い、背後では漆黒の尾がゆらゆらと左右に揺れている。

 ステーキの最後のひと切れを嚥下し、男はハンカチーフで唇を拭った。男の美貌もさることながら、世の女子なら誰もが見惚れるであろう優雅な所作は、目の前の猫又には不快感しかもたらさなかったようである。

 

「食事中に現れたのは其方でしょう。だのに食事も共にしてくれない。悲しいですよ、私は」

「無駄話は結構と言ったはずよ」

「寂しいですね。して、何用で?」

 

 食後、男が話を聞く姿勢になったところで、猫又の女は自身の影から一枚の羊皮紙を取り出し、それを美丈夫に投げ放った。

 眉間を狙って放られた紙を受け取った男は、アイコンタクトの後にその中身を検めた。それは、先の上森人王殺害作戦の報告書だった。

 

「ラリスが私達の存在に気付いたわ。目立つ金細工がディングの首都に向かっているそうよ」

「ほう、随分と早いですね」

 

 感心した風な声を漏らし、報告書を読み進める。

 上森人王の殺害には成功したが、作戦に当たった姉妹は全員が捕縛され、使い魔や深域武装を含めて当方の被害は甚大である、と。確かに、先の天津島での出来事を鑑みるに、こうも揃えば軍の存在が感付かれてもおかしくはなかった。

 それにしても早すぎる。余程に向こうも焦っているのかもしれなかった。

 

「そうなると、此処の情報も洩れましたかね」

「それは考え難いわ。貴方と繋がりを持っているのは私だけだもの。けれど、ラリスの使者には気をつけておいて」

「畏まりました」

 

 恭しく返事をして、男は机の上に報告書を置く。

 それから、その中にあった見慣れない名に指を置いた。

 

「トゥイさんを討ったという、このマスクド・テンコ氏とは何処の何方でしょう? 狐人である事しか判明していないようですが」

「そいつの正体は不明よ。新王の言ってる事が本当なら、相当な腕前ね。とはいえ欺瞞情報の可能性が高いわ。実際に誰が誰を討ったか、分からないままだもの」

「死んでますもんね。確認のしようがありません」

 

 確かなのは、例の夜の最終決戦で巨大なゴーレム同士が一騎打ちをした事くらいであった。

 片方のゴーレムは分かるが、森人側のゴーレムは完全に未確認の情報だった。どう考えても神樹由来の古代兵器である。工場長あたりなら喜んだ事だろう。

 

「これだけなら、貴方が来るとは思えないのですが」

 

 男は影の猫又に好感を持っているが、相手がそうでない事は承知している。被害報告がしたいだけなら、それこそ書類を置いて帰ればいいのだ。

 その事を訊いてみると、猫又は現状より下があったのかとばかりに忌々しげな表情を浮かべた。

 

「分かっているでしょう? 例のモノを三つ、受け取りに来たのよ。私の影が一番安全だもの」

「少々、欲しがり過ぎではありませんか?」

「母上からの指示よ。従いなさい」

「そうですか。承りましたよ」

 

 不承不承と苦笑いした男は、一切の躊躇もなく服の上から自身の腹に手を入れ、体内から三つの光球を取り出した。

 それは、青白い炎を纏った球体だった。人類の内側にあったとは思えない程、神秘的で非生物的な物体である。腹を探った男の手にはべっとりと血液が付着しており、それは時を戻すようにして男の腹に収まっていった。

 対し、無の表情を浮かべる猫又は指先から影の手を伸ばして、畜生の糞便を処理するように摘み取った。

 

「……気色悪い」

「新鮮ですよ」

「死になさい」

「お陰様で健康です」

 

 やがて、蒼炎の玉を影に収納した猫又は、別れの挨拶もなく影に沈んで去っていった。

 今のは面白くなかったかなと、男は突然の帰還に首を傾げた。

 

 コンコンコン、と。

 その時、一人になった食堂に、控えめなノックの音が響いた。

 

「入ってください」

 

 入室を許すと、扉を開けて現れたのは古代グウィネスの戦衣を纏った獣人だった。

 武人は胸の前で右の拳を左の掌で抱え、男に向かって古式の一礼をし、堅く閉ざされた口を開いた。

 

「お荷物をお届けに参りました」

「おぉ、それはそれは……! すぐに確認しましょう!」

 

 武人の報告を聞くや否や、満面の笑みを浮かべた美丈夫は勢いよく立ち上がった。

 武人の合図に次いで、開かれた扉から侍女の恰好をした女が台車を押してきた。台車の上には、真新しい桐箱が置かれている。

 そうして、心底嬉しそうに台車に近づいた美丈夫は、丁寧な手つきで箱の蓋をずらした。

 

「……素晴らしい」

 

 そして、恍惚と表情を歪めた。

 他方、武人は顔を強張らせ、侍女はびくりと肩を震わせていた。

 桐箱の中には、美丈夫の大好物が入っているのだ。

 

「よろしい。貴重品です、丁寧に保管するように」

 

 蓋を閉じて命じると、台車を押した侍女は逃げるようにして去って行った。

 その場に残った武人に、鮮血のような双眸が向けられる。

 幼児のような瞳だ。だからこそ、残酷である。無意識に、武人は後ろ手に組んだ拳を握りしめていた。

 

「貴方はよくやりました。褒めてあげましょう。誇りなさい」

「光栄の至りでございます」

「ふふっ、安心なさい。貴方の家族は、この私が守って差し上げましょう。皆さんとは、そういう約束を交わしましたからね」

 

 革靴を鳴らして歩み寄り、鍛え上げられた武人の肩に美丈夫の手が置かれる。

 男に武の心得はなかった。立ち方、歩法、どこをどう見ても一切の戦技を修めていない。尋常な試合であれば、武人が圧勝するだろう。

 しかし、殺し合いでは敵わない。念入りに刻み込まれたのだ。熟練の武人は、この男と相対する度に武術の無力を思い知っていた。

 

「お坊ちゃんがいない今、この城が要なのです。分かっていますね?」

「はっ……」

「ええ、ええ、大変よろしい」

 

 男の手が、離れる

 その時、獣の武人は自身の身体を雁字搦めにする鎖を幻視した。

 

「それに、私達は友達ですからね」

 

 言って、男は歯を見せて笑いかける。

 いっそ無邪気なほど、純粋な微笑みである。まるで、飼い主に媚びる愛玩動物を眺めるような。虫の脚を潰して遊ぶ子供のような。

 男の口元、鋭い牙が光を反射した。

 

 

 

 根が腐り始めたのは、何時の事だったか。

 見えない鎖が繋がれたのは、誰によるものだったか。

 

 無辜の民は知らない。猛き戦士達も知らない。

 ただ、武の頂点に至った者だけが亡国の未来を確信していた。

 

 入り組み、捻じれ、希望と共に築かれた城塞に、古き闇が巣食っている。

 この国に英雄はいない。この城に在る暗闇に、王の威光は届かない。

 救いを求める声なき声が、誰に届く筈もない。

 

 そのはずだった。

 

「ん? 今、なんか女の子に呼ばれた気がする……!」

「気のせいじゃない?」

「少なくとも近くにはいませんね」

「ん、【念話】は届いてない」

「そっか、気のせいか。身長一四〇センチ前後で黒髪で角のある料理上手な妹系のロリだと思うんだけど……」

「妙に詳細じゃな……」

「いや~、こういう時のご主人ってマジで当てちゃう気するんスよね~」

 

 何故か届いた。




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