【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
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キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
瑞獣王・ユゥリン
まるで、世界の果てに向かっているかのようだった。
猛暑の夏が過ぎ、残暑が過る秋の頃。空飛ぶ戦車に乗った俺達は、どこまでも続く荒野の街道を進んでいた。
青い空、白い雲、荒れた茶色の地平線。のっしのっしと、空戦車を引くヘラジカが不機嫌そうに歩いている。上質サスのお陰でケツに震動はないものの、土むき出しの街道は常の都市間移動の一〇分の一の速度も出ていなかった。
乾いた熱風が吹く中で、ポロロンとイリハの手にある弦楽器が耳に心地よい音を鳴らした。それが何ともこの場の雰囲気にマッチしていた。
「おっそいッスね~。誰も見てねぇんスから、思い切りかっ飛ばしたい気分ッス」
「気持ち的には賛成だけど、郷に入りては郷に従うべきだよ」
いつもは空を飛んで高速移動してるのに、今はノロノロ鈍行移動。
何故、こんな事になっているのか。
その理由は、つい先刻まで遡る。
異世界において、最高の避暑地は迷宮である。何故なら、迷宮内はいつも同じ気温だからだ。武器の習熟がてら、ジム行く感じで籠ってたよね。
光の剣と槍型飛行パイルバンカー。レベルも上がって勝ちまくりモテまくり。思う存分ハクスラを楽しんだ後、俺達は夏の終わりと共に王都を発った。
目的地である武侠国クーシェンは、王都から見て南南西――グウィネス部族連合の領内にポツンと存在している。なので、クーシェンに行くにはグウィネス領を通らざるを得ない。
誰の許可もなく空中移動をするのは原則禁止されている。グウィネスの関所で地上に降りて、そこから暫くは自動車くらいの速度で地上を走行していた。
が、いざクーシェン領に入ったら、速度制限をかけられてしまったのである。
原付以下、自転車レベル、それが現在の移動速度である。徒歩移動よりマシとはいえ、バイクランスの影響でスピード狂と化していた俺にとって、こうもトロトロした移動は苦痛だった。
恐らく、この措置はラリス銀細工への警戒心が原因だと思われる。実際、関所では驚くほど長く拘束された上、クーシェンに来た理由を根掘り葉掘り詰問されたのだ。
国防上、仕方ないと言えば仕方ないのは分かるが、それでももうちょい速く動きたいところ。道がこれじゃあチャリに乗る気にもなれないし。
「まぁ、たまにはこういう旅もいいじゃない」
俺の隣の前部座席で、優雅にリラックスしたエリーゼが言う。ゆったりと背もたれに身を預けている彼女は、イリハの奏でる優しい旋律に耳を傾けていた。
後部座席を見れば、目を瞑って楽器を演奏するイリハの隣で、グーラが黙々と本を読んでいる。その隣、座席の上で体育座りするレノは一心不乱に絵を描いていた。元より写実画が得意だったレノだが、リンジュのイラストに感化されて以降はマンガ的なデフォルメ絵に挑戦しているのだ。
視線を戻すと、御者席で手綱を握るルクスリリアがこくりこくりと船を漕いでいた。
「代わろう、ルクスリリア」
「ふわぁ~、そうさせてもらうッス……」
居眠り運転しそうだったので、ルクスリリアと御者席を交代する。
賢いラザニアに手綱を握る必要はないのだが、他の人に見られると要らぬ疑いをかけられてしまうかもしれないのである。
サンタが乗ってそうな御者席に座り、魔力伝導率の高い手綱を握る。
風に混じる土の匂い。車輪の音。のじゃロリ狐による雰囲気に合った生演奏。
こうしていると、前世好きだった旅系ラノベを思い出す。すると不思議なもんで、俺の中のスピード狂魂が少しずつ鎮まっていくのが感じられた。
以前、エリーゼの祖父である銀竜剣豪ヴィーカさんは、俺に旅をするよう云ってきた。それは、己の魂を健全に保つ為であると。
確かに、こうしてゆっくり流れる時間など享受していると、こういった無駄な時間こそが最高の贅沢であり、これを楽しめない精神状態が如何に不健全なのか実感させられる。
呼気と共に、速さへの欲求を吐き出す。自分で操縦するエアロバイクが楽し過ぎて、ついはしゃいでしまっていた。そのせいで、皆と一緒にいられる幸せを蔑ろにするところだった。
「ご主人様♡」
「おっと、どうしたグーラ」
なんてぼんやり思っていると、俺の膝の上にグーラがぴょんと乗ってきた。
手綱を握る両手の間、俺の右腕を背もたれにするような体勢だ。その胸には分厚い本があった。
「もう本はいいのか?」
「はい、さっき読み終わっちゃいました。それに、今ならご主人様を独り占めできるかなって♡」
えへへ、と控えめに笑うグーラ。お迎え当初からは考えられない、悪戯っぽい表情だ。
そう言われてしまえば愛しさ爆発である。さっきまで若干おセンチになってた心に、ロリロリした暖かい火が灯った。
「この本に書いてある国に向かってるんですよね」
「そうだな」
二股の尻尾が揺れている。さっきまで彼女が読んでいたのは、クーシェンを建国した九人の英雄譚だった。
「で、その本にはどんな事が書かれてたんだ?」
「えへへ、えっとですね……」
英雄譚の話題を振ると、彼女は楽しい秘め事を語るような声音で言葉を紡いだ。
彼女の英雄トークを聞きながら、俺は地平線の向こうにある武侠国に思いをはせるのであった。
武侠国クーシェンは、その名の通り武力と義侠を重んじる都市国家である。
武侠国の始まりは、第二次魔王戦争まで遡る。
ラリス対魔王軍の戦争にて、グウィネス部族連合はラリス側で参戦していた。そんな中、部族連合が担っていた戦場に一体の召喚獣が現れ、グウィネスの兵士を虐殺し始めたのだ。魔王謹製の召喚獣である。
次々と殺されていくグウィネス兵。幾人もの英雄が爪牙にかかり、無惨に散っていった。撤退しようにも敵軍に回りこまれて万事休すとなった時、九人の勇士が命からがら召喚獣を討伐し、絶望の戦況を覆したのである。
その者達こそ、グウィネスの九英雄である。
戦後、戦功を認められたグウィネスの九英雄は九人の王となり、件の戦場跡に国を作った。
それこそが後の武侠国クーシェンである。
魔王の爪痕は深く、穢れた大地では作物はロクに育たない。クーシェン領に不毛の荒野が広がっているのは例の召喚獣の影響だ。
その状況で、クーシェンは自国の兵を貸し出して外貨を得る傭兵業を始めたのである。幸か不幸か、戦の絶えない異世界で傭兵の需要が無くなる事はなかった。ラリス主導の生存圏防衛にも協力的で、多額の資金と引き換えに多大な戦果を挙げているらしい。
また、数少ない産業として特殊な魔法薬の輸出がある他、領内にある転移迷宮が吐き出す聖遺物を売っているそうだ。クーシェンにも迷宮ギルドが存在するのである。だからこそ俺が行っても怪しくはない訳で。
武侠国クーシェンを治めているのは、グウィネスの九英雄にあやかった九人の王――武王だ。
そして、九人の武王の中で最も強い戦士が、武王を纏める帝――武帝となり、国の頂点に立つのである。
グーラ曰く、当代の武帝は角獅子族という特殊な獣人の英傑らしい。領域外での実戦経験も豊富で、領内にある迷宮の踏破経験もあるんだとか。おまけに獣人拳法の達人だ。
そんでもって、今年の冬には新たなる武王候補を決める武帝祭が行われる予定である。
世界中……とまでは行かないが、武術に自信ニキネキが我こそ次代の武王なりとクーシェンに殴り込んでくるらしい。そういうの実に異世界チックで良いと思う。
とはいえ、祭に参加するには何らかの武術流派の免許が必要な上に、格闘技術も高くないといけないとかで流石にザコはお断りらしい。さもありなん。
「武帝祭か。グーラなら武王候補にもなれちゃうかもな」
「だとしても、ボクはご主人様のお嫁さんになりたいです♡」
なんてイチャイチャしつつ。
そうして、俺達は件の国へ向かうのであった。
〇
街道沿いの宿場で一泊し、翌朝からも鈍行の旅である。
道中、頭上を飛んで追い越していく翼人を眺め、街道を疾走する馬人にドヤ顔をかまされ、街道を警備するクーシェン兵に呼び止められたりしつつ、その日もゆったりとした時間が流れていた。
「皆、見えてきたぞ~」
「でっかいお城じゃのぉ」
「随分と歪ね。あれは尖塔かしら? それとも天守閣?」
「ん、大きい。スケッチスケッチ……」
そうやって平和な旅をしていると、空が綺麗な青になった頃に地平線から目当ての都市が見えてきた。
まず目に入ったのは、天に聳える鋼鉄の城だった。巨大で雄大なその城は大樹の根のように複雑な形をしていて、古くから増築と改装が繰り返されてきた事が見て取れる。
城下は街になっており、それらを背の高い石壁が囲んでいる。都市も城塞も、小高い山の上に建てられてあった。歴史書に曰く、その山は大地に落ちた天津島の残骸であり、魔王戦争の際には防衛砦として使われていたという。
城塞都市の外には、山を覆うようにして簡易な小屋や背の低い天幕が広がっている。城下町というより、倉庫街や宿場町といった印象だ。
上層の街と下層の町。城塞都市国家クーシェンの威容は、遠くから見ても圧巻だった。
「軍の基地みたいなところね」
「ここがクーシェンなの?」
「いえ、領内ではありますが、厳密にはあの壁の中がクーシェンだそうです。国民の殆どは壁の中に住んでいます」
「なんかアタシ等睨まれてるんスけど~」
なんて話をしつつ、城塞の方へ進んでいく。
馬車の流れに乗っていると、衛兵から厳しい視線が飛んでくる。衛兵だけではない、ギラついた目の商人や傭兵っぽい男達も俺達に注目しているようだ。見られているのは、戦車とエリーゼか。
「よし、入っていいぞ。さっきも言ったが、街中では武器を持たないように」
関所で貰った通行手形を渡し、城塞に入る許可を貰う。
都内では余所者は武器を下げてはいけないらしいので、仕方なく従う事に。それから空戦車を降りた俺達は、城門に続く坂道を歩くのであった。
「登山道みたいだな。富士山登った時思い出す」
「こうも急な坂だと馬車は通れないのではないかしら?」
「馬車は専用の道があるようです。今歩いているのは一般人用ですね」
「だる~、アタシ飛びたいんスけど~」
「許可のない奴は飛んじゃダメって言われたじゃろ」
「足腰の弱い人は辛そうだよね」
皆と一緒に、人の足で踏み固められた坂道を歩いていく。大荷物を背負ってる商人風の男なんかは汗だくになっていたが、この程度じゃあ銀細工ボディは疲れない。
そして、とうとうクーシェンの入り口に辿り着いた。
「「「おぉ……!」」」
門を抜けると、そこは中華風ファンタジーの街並みが広がっていた。
看板といい建物といい、街全体が色鮮やかな配色である。あちらこちらで煌びやかな魔導照明が散りばめられ、チャイナドレスみたいな恰好のお姉さんが元気いっぱいに呼び込みをしていた。
パッと見、道往く人は獣人族と獣系魔族が多い印象だ。ラリスやリンジュでもよく見る犬系猫系は勿論、白黒髪の白虎人や鮮やかな翼をした孔雀人。三国志っぽい鎧姿の猿人は屋台の特盛ラーメンを啜り、その隣にいる猪人は満面の笑みでチャーシューの原木にかぶりついていた。赤髪褐色肌をした半魔人の兄ちゃんは屋台の美女店主と話しこみ、ヤンキー座りでタバコを吸っている僧侶姿の金髪ボインのチャンネーは、過剰なくらい改造されたクロスボウを背負っている。
「ご主人様ご主人様! あっちこっちから良い匂いがします!」
おまけに、通り過ぎる飲食店がどれも凄く美味しそうな匂いを放っていた。
以前フライシュ祭で見た異世界ラーメンの店もあれば、真っ赤な謎粥を食わせる店もある。パフォーマンスなのか、客の見えるところで巨大な鉄鍋を振ってチャーハンを作ってる店なんかもあった。
「「ハイヤーッ!」」
かと思えば、広場の中心にあるステージでは、大猫人の女性と熊猫人の男性がバチクソがっつり戦っていた。ステージを囲んでいるのは一般クーシェン人だけではなく、不敗師匠っぽい恰好をした人達の姿もある。あとステージの外に審判っぽいおじさんもいた。
というか、戦っている両者ともに格闘技のレベルが高かった。異世界格闘らしく大技重視なのはその通りだが、ハイスピードバトル中に如何に大技を当てるかといった駆け引きが見受けられるのだ。
「モニカさん、これ使って!」
「あんがとね店長!」
と、ここで大猫人女性が後ろから投げ渡された中華包丁をキャッチし、クルクル回して二刀流の構えになった。対する熊猫人も、背後にいたカンフー少年から物干し竿を受け取っていた。ここからは武器戦か。
その戦いは熾烈を極め、スピードタイプ対パワータイプの様相を呈していた。戦ってるのが美女と大男というのもあり、それこそカンフー映画みたいで見栄えが良かった。
「あの猫人、強いッスね」
「獣人武術でしょうか。蹴り技にイライジャ様の流れがあります」
「どっかで見た顔な気がするのぅ」
「ん、リント市にいた人。カレー食べてたよ」
「よく覚えてるわね……」
暫く見ていると、大猫人の女性が放ったムーンサルトキックが熊猫人の顎に直撃し、ギャグみたいに垂直に飛んで顔面から墜落した。勝負ありだ。
そして、鳴り響く銅鑼と拍手喝采。敗北者は同じ服を着た熊系獣人達に運ばれて行き、勝者は周りの人達からおひねりや食べ物を貰っていた。
「モニカさん、守ってくれてありがとう! あいつらしつこくってさ!」
「いいって事よ。また何かあったら呼んでね!」
何となく、荒くれ同士のストリートファイトというより、揉め事を解決する為の決闘といった趣である。同じ決闘でも、王都のソレとは違って見えた。
こうも戦いと日常が溶け込んでいるのを見せられれば、否応にも警戒レベルが上がってしまう。余所者故に武器を携帯できない現状、いざとなったら素手でやるしかないだろう。
しかし、先の試合を鑑みるに、クーシェンの武芸者相手にステータスのゴリ押しが通じる感じはしなかった。弱点バレるのも嫌だし、その時が来ても炉利式制圧術の使用は控えるべきだろう。
「おや、イシグロ様ではないですか」
「ん?」
そんな風に考え込んでいたら、突然声をかけられた。拳を握ったまま声の方に振り返ると、そこには舞台俳優を思わせるナイスミドルのお姿が。
「お久しぶりでございます。ストゥア商会のクリシュトーでございます」
奴隷商人クリシュトーである。
彼は王都西区に居を構える奴隷商館の主であり、俺とルクスリリア達を引き合わせてくれた商人である。こうして顔を合わせるのはシャーロットの時ぶりか。
とりま無難な挨拶を交わし、軽い世間話をする。にしても、王都にいるはずの彼がどうしてここにいるのだろう?
「戦闘奴隷を仕入れに来たのです。クーシェンでは、法を犯した戦士が競売に出されるので」
俺の表情を察したか、彼は内心の疑問に答えてくれた。
曰く、クーシェンには多くの商会が支部を設置しているらしく、例によって異世界一の大企業たるストゥア商会の支部もあるそうだ。で、奴隷部門代表としてクリシュトーさん自ら商品を仕入れに来たと。
「イシグロ様は武帝祭を見に来られたのでしょうか? それとも参加を?」
「ええ。祭を見にきたのもありますが、師に勧められて武術の鍛錬に来たのです」
「なるほど……」
応えると、英国紳士めいたクリシュトーさんの表情がデキるビジネスマンのソレに切り替わった。
それから、英国紳士風の彼は辺りを憚るようにして声色低く云った。
「武帝祭が近い事もあり、現在のクーシェンは空気が張り詰めております。武王志望の猛者や圏外帰りの傭兵も多いですから、くれぐれもお気をつけください」
「なるほど、承知しました」
彼の言う通りだ。努めて気にしないようにしてきたが、さっきから街にいる衛兵から視線を感じる。他、如何にも腕に自信ありっぽい武芸者からも睨まれているような。
王都では雑魚除けになってた銀細工も、此処じゃ悪目立ちするアクセである。しかしこれがないと身分を証明できないので、街中で外す訳にもいかなかった。腰に剣が無いのは不安だが、無月流のお陰で少しは気が楽である。育ててよかった武闘家ジョブ。
「それでは、私はこれで……」
それから、何か入用だったらいつでもストゥア商会に来てねと言われ、おすすめの宿を教えてもらってからお別れした。
理由は教えてくれなかったが、ラリス銀細工の俺は高級宿には泊まらない方がいいらしい。適当な高級宿に泊まるつもりだったが、クリシュトーさんの忠告には従おうと思う。
ちなみに、余程の店じゃない限り飯はどこも美味しいそうだ。
「今から宿探しながらギルド行く感じッスかね?」
「ああ。けどその前に飯だな。グーラ、良さそうな店はどこ?」
「んぅ~、あっちだと思います!」
腹が減っては戦はできぬ。宿より飯の気分だったので、グーラの鼻チェックに従い良さげな店のありそうな方に向かっていく。
広場を抜け、通りを歩き、薄暗い路地を進んでいく。嗅覚か第六感か知らないが、グーラの美味しいものセンサーは初見の街でも大活躍だ。
「スゥーッ! ハァーッ! うん、良い匂いしてきたな!」
「そうかのぅ? わしには分からんのじゃが」
歩いていくにつれ、俺の鼻も美食の香りが感知した。この先、良い店があるぞ。だからこそ空腹が必要だ。
「ここです!」
「俺には分かる、絶対美味いぞ」
「それは何故かしら?」
「そう囁くのさ、俺のゴーストが」
そうして辿り着いたのは、年季の入った看板の店だった。
咳払い、身だしなみチェック。埃を払って、いざ入店。扉を開けると、チリンチリンと綺麗な鈴の音が鳴った。
「あらいらっしゃい! え~っと六名様ね! ちょうど六人用の席あるからね~!」
すると、机を拭いていたお姉さんが笑顔で迎えてくれた。
長い黒髪の、快活そうな美女だった。側頭部から竜族を思わせる一対の角があり、ヒトミミ部分から馬耳が生えている。チャイナドレスから伸びる脚といい、豊満な身体といい、何より太陽のような笑顔。ザ・看板娘って感じである。
獣人? 魔族? どうにも、彼女の種族は特定できなかった。
「わぁ~、どれも本で読んだ料理です……!」
「何頼もうか?」
「アナタとグーラに任せるわ」
看板娘に案内されて、六人用の丸テーブルに着く。俺達以外に客はいないようで、店の中は静かだった。
壁の方を見ると、そこには流麗な字で書かれたメニュー表が下げてあった。料理の説明書きがないので何が何かは分からないが、恐らく全部美味いだろう。そういう確信がある。
「じゃあ……あそこからあそこまで、順に下さい」
「わぉ! さっすがラリスの冒険者さんね! はぁい、少々お待ちを~!」
ラリス冒険者流の注文をすると、看板娘はパタパタと厨房に消えていった。やがて、厨房の中から何かを切る音や炒める音が聞こえてきた。静かな店内にBGMがついた心地である。
それから暫く、看板娘から頂いたお茶――真っ黒なウーロン茶と酷似――など飲んでいると、元気な娘が両手にお盆を持ってきた。
「いやぁお客さん、いっぱい注文してくれてありがとね! やっぱ本場の冒険者さんは太っ腹なんだぁ!」
最初に運ばれてきたのは、色とりどりの野菜料理だった。
小皿に乗せられた冷野菜に加え、強火で炒められたであろう葉野菜。続いて、真っ赤なスープと透明スープがご到着。
前菜的なアレだろうか。メイン食べる前にこれで腹の準備しといてねって感じで。しかしねぇ、どれもこれも極めて美味しそうなのだから。
「脂っこい感じするッスけど、うん! いざ食べてみたらガンガンいけちゃうッスね!」
お箸で野菜を取り、レンゲを使ってスープを飲む。シンプルに見える野菜料理も、しっかり味付けされてて食べ応えがあった。
「お次どうぞ~。出来上がり次第お届けするから、ちょっと待っててね~」
「順序があるのかしら?」
「昔はそうだったらしいけど、最近は気にしないみたいね。偉い人が行く店とかはそうしてるみたいだけど。はい、こっちのお皿は下げちゃうね!」
ある程度前菜を片付けたところで、メイン料理が届き始める。
如何にも味の濃そうな野菜炒めに、真っ赤で辛そうなエビ料理。透明な器に盛られているのは、葉野菜の上に置かれた鳥肉の山だった。嗅覚だけじゃなく、視覚にも訴えかけてくる美食の数々。おっ、麻婆豆腐が入ってるやん!
「う、美味い……!」
レンゲですくい、マーボーを一口。うん、OC! マグマのような麻婆豆腐は、香辛料がガンガンに効いていた。結構容赦のない辛さをしているが、不思議と不快な辛さじゃない。ピリッと効いた辛味の次に、肉の旨味と鼻を抜ける香ばしさが襲い掛かってくる。
口に残った辛味を氷入りウーロン茶で流し、揚げ春巻を頬張る。タマゴスープを飲んで、冷えた茹で鶏に梅肉を付け、頂く。するとまた麻婆豆腐が恋しくなる。
レンゲが進む。箸が止まらない。雑に言うとクッソ美味い。何だろう、食ったそばからエネルギーに変換されていく。それくらい身体に染みて響くのである。
「はむっ、はふはふ! ん~! この炒飯、最高ですね! お米の一粒一粒に香りが付いていて、パラパラしてて美味しいです!」
「ん、このピーマン、苦いけど美味しい。不思議……」
「んっめぇ~! この、何スか? 酸っぱくて甘くて美味しいのコレ、めちゃくちゃ美味しいんスけど!」
「味付けの妙かしら。どの野菜も無駄な雑味が無いわね」
「んむぅ~、これは鶏の出汁じゃのぅ。にしても、こうもあっさりとした爽やかな後味はどうやって……」
夢中になっていたのは俺だけではなかったようで、皆も心底美味しそうに食べていた。
レンゲを使って特盛チャーハンを頬張るグーラに、苦手なはずのピーマンごと野菜炒めを食べているレノ。ルクスリリアは天津飯的な料理を気に入ったようで、エリーゼは根野菜の煮物に舌鼓を打っていた。そんな中、イリハは料理一つ一つを時間かけて味わって、その神髄を会得せんとしていた。
「はい、次はこっち。熱いから気を付けてね~」
完全にフードファイター級の量だが、こんなんじゃ満足できねぇぜ。空になった皿を下げた看板娘のお姉さんは、続いて何段も重ねられた蒸篭を持ってきた。
トントントンと、リズム良く置かれていく蒸篭。すると、ぶわっと舞い上がった湯気と共に食欲を誘う香りが広がった。
蒸篭の中には、種々様々な蒸し料理が入っていた。シュウマイ、ギョーザ、小籠包。蒸しパンみたいなやつに、豚まんっぽいのもあってハッピーハッピーやんけ。
「残りの料理もう作っちゃってるんだけど、まだいけそうかな?」
「大丈夫です。あと、追加注文いいですか?」
「ボクもお願いします」
「わ~ぉ! そんなに気に入ってくれたなんて、お姉ちゃん嬉しいわ!」
蒸篭タイムの途中、まだ食べ足りない俺達は各々気に入った料理を再注文した。
個人的には麻婆豆腐が気に入った。何気に転移してこっち食べてなかった料理である。どこぞの外道神父じゃないが、これはマジでドハマりしそう。麻婆豆腐ってこんなに美味かったんだと、味わい深くて感動した。
「はい、食後の甘物ね。あとごめんね? もう食材が尽きちゃって」
思う存分飲み食いし、最後は食後のデザートである。
お姉さんが持ってきた蒸篭の中には、小さな饅頭が入っていた。可愛らしい桃みたいな形だ。
食べてみると、その中には実際に桃味のあんこが入っていた。流石異世界、マジのガチで桃饅頭である。
「ふぅ~、食った食った」
満族的にも
もうめちゃくちゃに食った。満腹感がハンパない。腹八分目? 知らんなぁ。いやもう本当に美味しかったのだ。
比べるべきではないのは分かっているが、イリハの手料理くらい美味しかったのである。外食でこうも満足できたのは初めての経験だった。今の俺、何かしらバフがかかってる気がするね。身体にあった悪い毒が熱と一緒に飛んでっちゃった感じ。
「いや~ありがとね。こんなに沢山食べてくれると嬉しいわ」
まったりしていると、看板娘のお姉さんが食後のお茶を淹れてくれた。今度は温かい緑茶である。
「凄く美味しかったです!」
「でしょ? うちの妹はクーシェン一の料理人なのよ」
「ほぅ、妹殿が作っておるのじゃな」
彼女の話によると、この店は姉妹で経営しているらしい。この人の妹さんか、相当な美人なんだろうな。
と、ここでふと思った。こうも美人な看板娘がいる味の良い料理店なのに、どうして昼飯時に俺達以外の客がいないんだろう? 美人姉妹の飯屋とか、バズる要素しかないと思うんだけども。
「素敵な妹さんなんですね」
「あら! 気になる? 気になっちゃう? ちょっと待ってて! すっごく可愛いんだから!」
妹の話題を振ると、言うが早いか看板娘は厨房の中に消えていった。どうやら、妹を連れて来るつもりのようだ。シスコンというか何というか、皆と顔を見合わせて苦笑する。
やがて、ニコニコしたお姉さんに背中を押され、件の妹さんがやってきた。ふわりと、俺の鼻孔に清涼な香りが運ばれてきた。
看板娘の顔の下、ちょうど胸のところにある美貌。小さな彼女を視界に入れた……その瞬間である。
「っ……!?」
ビビーンと来た。
どこぞの一〇〇人彼氏が運命の人と出会った時のように、あるいは干し草に隠れていた暗殺拳の使い手のように。
そして、俺の体内にある細胞が目の前の少女と共鳴し、覚醒した。桃饅頭が、蒸しギョーザが、麻婆豆腐が、彼女を母と認識したのだ。
そう、俺の身体は母との邂逅に歓喜したのである。
「え、えと、どうも……」
その娘は、ロリだった。
身長、凡そ一四〇センチ前後。鴉の濡れ羽根のような、長く艶やかな黒髪である。そしてツインテールだ、ツインテールなのだ。伏し目がちな双眸は、まん丸な青い星のよう。色素の薄い唇は不安そうに震え、華奢な身体も小刻みに微振動している。
姉と同様、彼女の頭にも竜族のような一対の角が生えている。同じくヒトミミ部分が馬耳になっていて、それは自信なさげにふにゃりと垂れていた。
服装に関しても姉の色違いだった。チャイナドレスに似た衣服で、肩も脇も二の腕も大腿も脹脛も丸見えである。惜しげもなく晒された肌は、新雪のように白く、滑らかだ。
ふと、彼女の背後で牛のような尻尾が左右に揺れているのが見えた。この段になって、俺は彼女達姉妹の種族に思い至った。
この姉妹、麒麟族だ。
麒麟族とは、数多在る獣人種の中でも一等特別な種族である。
伝承に曰く、麒麟族は生まれながら高い能力を持っている……らしい。その詳細は秘匿されててよく分からないのだが、武侠国クーシェンの初代武帝は麒麟族だったはずである。
「ユゥユゥ、ご挨拶は?」
「う、うん……えっとぉ」
そんな高貴な血を持つ少女は、姉に背中を押されて挨拶せんと頑張っていた。
お腹の前で手を組んで、太ももをモジモジしている。エロい。緊張の為か、その顔はほんのり赤くなっていた。可愛い。
やがて、潤んだ瞳と目が合って……。
「ゆ、ユゥリンです。料理、作りました。食べてくれて、ありがとござましゅ……!」
噛んだ。噛んだ事に気付いたか、恥ずかしそうに顔を覆った。
余程の恥ずかしがり屋と見える。「よくできたね~」と、姉は頭を撫でてあげていた。
へえ、可愛いね。
鬼リピ確定である。
本エピソードを持ちまして、本作の総文字数が200万文字を突破しました。
ここまで長く、そして沢山書き続けられたのは読者の方々の応援あってこそでございます。毎回似たような事言ってますが、本当にそうなんだから仕方ない。
これからも、本作をよろしくお願いします。