【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が執筆の原動力でございます。
 誤字報告もありがとうございます。本当に助かっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


「炉」「利」「魂」

 九人の英雄によって興された古の城塞都市国家、武侠国クーシェン。武術が盛んと聞いて後学の為に訪れたそこは、ザ・中華風ファンタジーといった様相だった。

 そんな街の片隅に、ひっそり佇む喰処あり。名を“角端園”。看板娘の麒麟族お姉さんに、同じく麒麟族のロリコック。美人姉妹の営むその店は、まさしく優良町中華だった。

 

「イシグロ……リキタカさん。イシグロが苗字で、リキタカが名前……。ラリスの冒険者……す、すごいです。都会の人……」

「よろしく、ユゥリンさん」

「ひゃ、ひゃい……!」

 

 そう、ロリのコックだ。美人姉妹の妹の方――ユゥリンさんは、黒髪で角のある料理上手な妹系のロリだったのである。おまけにチャイナドレスみたいな衣を纏っていらっしゃって極めて眼福。

 その物腰は低過ぎる程に低く、卑屈にさえ見える程。お迎え当初のグーラでもここまでではなかった。背を丸め、馬耳を垂らし、目を伏したままに上目遣いで見て来る様の何と愛らしいこと。

 恥ずかしがり屋の人見知りで、コミュニケーション能力に難あり。少し話せばそうだと分かる。彼女自身自覚はあるようで、故にこそ自信なさげにしているのだろう。

 だが、俺はユゥリンさんを第一印象そのままの娘だとは思わなかった。

 

 時に、製作物には作り手の精神が表れる……らしい。全部がそうとは思ってないが、あながち間違いではないと思う。

 その点、彼女が作ってくれた料理にはユゥリンさんの心根が表れていた。激辛マーボーはただ辛いだけではなく、濃ゆい味の野菜炒めも存外後味スッキリだった。塩分控えめ、油控えめ、香辛料も程々に、それでもしっかり食べ応えがある。彼女の料理には、そういった心配りが垣間見えたのである。

 ユゥリンさんという淑女は、暗いのではなく優しい人で、鈍間ではなく丁寧なのだ。

 

「そうなの。元々この店はお父さんのもので、そこに母が食べに来たのがきっかけだったって。借金取りから助けてもらったとか言ってたような」

 

 昼食後、俺達は麒麟姉妹と一緒にティータイムを楽しんでいた。銀細工の腹が店にある食材を食いつくした事で、じゃあもう終わりでいいじゃんとなったのである。

 

「ううん、お父さんは半竜人でお母さんが麒麟族だったのよ」

「あら、竜族の血が入っているのね。はぐれかしら?」

「言い方ぁ……」

 

 姉が接客し、妹が料理を作る。父から受け継いだ角端園は、姉のチィレンさんと妹のユゥリンさんの二人で経営しているそうだ。

 父がいた頃はそれなりに繁盛していたそうだが、今は客が離れて赤字続き。そんな中、外から来た客が妹の料理を美味い美味いと食べてくれて嬉しかったと、チィレンさんは語った。

 

「う、うん、大切なのは事前の配合と火加減なので……少し練習すればできると思います。香辛料についてはレシピがあるので……」

「なるほどのぅ。でもいっぱい練習したじゃろ。偉いのぅ」

「い、いえ、ワタシなんて全然です……。それに、これくらいしか役に立てませんから……」

 

 件のユゥリンさんはというと、同じテーブルでロリ勢とお話していた。

 人見知りで口下手な彼女だったが、そんな娘相手でもイリハは流石のロリババアぶりを発揮し、あっと言う間に仲良しになっていた。地味にコミュ力高いんだよな、イリハ。

 

「それはそうと、イシグロさんはラリスの銀細工を持ってるんだね。すごいな~。しかも王都でしょ? 本場では取るの難しいって聞いたんだけど」

「へへ~ん、しかもご主人は記録保持者(レコードホルダー)ッスからね! 並みの銀細工じゃあないんスよ!」

 

 他方、彼女の姉であるチィレンさんは矢鱈と俺に話しかけてきた。

 ハキハキ喋ってニコニコ微笑む様子は実に可愛らしくて結構なのだが、その様子には得体の知れない違和感があった。当初の看板娘めいた愛嬌はそのままに、視線や会話の端々から俺を探っている感じがするのだ。

 かといって俺個人への負の感情は見受けられず、ただただ俺に関わる情報を得ようとしているような印象である。

 

「ところで、イシグロさんは何の武器を使うのかな? 本場の銀細工が何使ってるのか気になっちゃって」

「え? まぁ普通に剣とかですかね」

「へぇ、剣! あの、もしよかったらなんだけど、見せてもらってもいいかなぁ……?」

 

 ある程度会話が進むと、どういう訳か彼女は俺の武装について訊いてきた。

 まさか、盗むつもりではあるまい。彼女の意図は分からないが、見せるくらいなら良いだろう。俺は収納魔法から無銘を取り出し、ルクスリリア経由でチィレンさんにお渡しした。

 

「ありがとございますグォ!? お、重い……! っと、使い込まれているんですね。へぇ……」

 

 無銘を持ったチィレンさんは、これまた何故か野獣の眼光になっていた。

 見る人が見れば、この剣が尋常な鉄で出来ていない事は一目瞭然である。嘘か真かチィレンさんは無銘の価値が分かるらしい。

 謎の熱い視線といい、謎の質問といい、もしかして俺のお財布事情を知りたがっているのか? だとしても何故?

 

「お見せいただき、ありがとうございました。えっと、イシグロさんって何か武術を習ってるんですか? 剣術とか」

「はい。カムイバラの唯心無月流という武術を。師匠からクーシェン武術を勧められて来た次第です」

 

 いや、強さの程が気になるのか? 異世界人らしい発想といえばそうだが、これまた違和感。

 天真爛漫そうな町娘の顔のままに、チィレンさんはなおも探るような眼で俺を見ていた。

 

「じゃ、じゃあ武館を探してる感じかな?」

「はい。クーシェンは氣を応用した武術が盛んと聞きましたので。あと格闘術も勉強できたらなと」

「まぁ……!」

 

 言うと、チィレンさんの顔がぱぁーっと輝いた気がした。

 幸運に感謝しているような、安堵したかのような、複雑な歓喜の発露。会心の笑みではあったと思う。

 

「だったら……」

 

 ぱんと。彼女は何か思いついたように柏手を打った。

 その時である。

 

「邪魔するぜ」

 

 店の扉が開き、チリンチリンと鈴が鳴る。

 勝手知ったるとばかりに入ってきたのは、カンフー映画でよく見るTシャツ長ズボン姿の三人組だった。先頭を歩くのは中肉中背の鼠人で、彼のシャツには一角獣っぽい動物の刺繍が施されている。ていうか、現在この店はクローズドになっているはずなのだが。

 対し、彼等を見たお姉さんは一瞬嫌そうな顔を浮かべた後、立ち上がりつつ人好きのする看板娘スマイルを浮かべてみせた。

 

「閉店中ですよ。表にそう書いてありますよね?」

「いつもこの時間はやってるはずだろ」

「……ここには来ないという約束だったはず」

「飯ぃ食いに来ただけじゃねぇか。そう堅ぇ事言うなって」

 

 さっきまでの愛嬌はどこへやら、チィレンさんの笑顔は氷のように冷えて固まっていた。そんな彼女を見て、取り巻きを二人も連れた鼠男は軽薄そうに口の端を歪めている。

 

「申し訳ございません。現在、食材がありません。なので、お料理を提供できません。どうぞお引き取りを」

「あぁん?」

 

 愛嬌ゼロの応対。男はにやけ顔を引っ込め、次いでチィレンさんに接近しその目を除き込むように顔を近づけた。

 

「つまり、何だ? この店は客を選ぶってのか? え?」

「そうではありません。じ、事実を言っただけ……」

 

 至近距離から男の圧を受けたチィレンさんは顔を背けて答えた。彼女の足は僅かに震えている。

 その間、俺は突然現れた三人組の戦闘力を計っていた。リーダーっぽい鼠人は良いとこ鉄札上位か、武術込みで鋼鉄札下位くらいだろう。俺からすると、そこまで強そうに見えない鼠男とその取り巻きだが、一般人にとっては脅威なのだと思う。

 ヴィーカさんのように一見弱そうだけど実はクソ強い線も否定はできないが、いくら何でもこのチンピラが超級武人と同格とは思えない。そもそも、大抵の異世界人は自身の強さを誇示しがちなので、これが鼠男の精一杯の圧と思われる。

 

「チッ、売女が。血と顔だけで楽出来ていいなぁテメェは」

 

 吐き捨てるような侮蔑を聞いて、いつの間にかグーラの後ろに隠れていたユゥリンさんが身を震わせていた。

 我知らず、俺は腰に手をやっていた。だが、そこに剣はなかった。ルクスリリアを含め、皆も不快げな顔になっている。目配せして警戒を促し、テーブルの下で皆用の武器を渡した。

 

「で、そこの奴が全部食ったってワケか? ホントかよ」

 

 空気まで冷えていく店内で、鼠男が俺を見た。

 それからルクスリリア達を見渡した後、俺の胸にあるラリス様式の銀細工を目にして眉を顰めた。

 

「奴隷持ちかよ。糞ラリス人が……」

 

 流石にラリス銀細工と事を起こすのは拙いと考えたか、男はその矛先をチィレンさんに戻した。

 

「てめぇ、野郎たらし込んで逃げる気じゃあねぇだろうな……?」

「そんな事しません」

「どうだか。本当かどうか、確かめさせてもらうぜ。おい、見張っとけ」

「「へい」」

 

 鼠男が顎をしゃくると、控えていた取り巻き二人が動き出す。取り巻きAはチィレンさんを制し、取り巻きBは外に出た。

 最後に俺を一瞥してから鼠男が歩き出す。さっきまでユゥリンさんが鍋を振るっていた厨房へ。

 

「ダメぇ……!」

 

 しかし、男の前にユゥリンさんが立ちはだかった。

 両手を広げ、大の字になって行く手を阻む。小動物めいた少女の威嚇を見下ろし、鼠男は露骨に面倒臭そうな顔になった。

 

「退きな。お嬢ちゃんは殴れねぇ約束なんだ」

「本当に、何もありませんから……! は、入ってこないでください……!」

「おいおい、仕事の邪魔するのはダメだよなぁ? それとも、そこに何か隠してんのか?」

「隠してないです……! 前も、全部取ってったじゃないですか……」

「キーキーうっせぇよ。いいから、そこ退けって」

 

 なおも食い下がるユゥリンさんに、頭を掻いた鼠男は無造作に手を伸ばした。

 爪の長い男の右手が、少女目掛けてゆっくり迫る。殴ろうって動きじゃない。そっと押して、道を空けようとしているだけだ。

 ただ、その手が当たるであろう部位を認識した瞬間、気付けば俺は男の手首を握っていた。

 

「ぐぃ!? 何だお前!?」

 

 瞬間移動めいたインターセプト。手首を掴み上げ、締めあげる。男は振り解こうと暴れたが、俺は微動だにしなかった。

 どだい事情を知らない訳で、今ここで俺が介入すべきではない事は分かる。一党の安全を考えるなら、例え例え何があっても皆のように我慢すべきだった。

 だが、俺は動いてしまった。

 

「どこ触ろうとした、お前……!」

 

 何故なら、この鼠男はユゥリンさんの肩に触れようとしたからだ。

 今のユゥリンさんは、肩も二の腕も露出したチャイナドレスを纏っている。つまり素肌だ。玉の如き肌が晒されているのである。その肩に、ロリの肌に触ろうとしたのだ、こいつは。無許可で、不同意で、乱暴に。

 そんなもの、許せる訳がなかった。

 

「いッ……てめぇ! 他所モンが引っ込んでろ! こっちぁ仕事でやってんだ!」

「知るかボケ」

「いでででで……!」

 

 そのまま力を籠めていくと、鼠男は痛みによって膝をついた。

 異世界バトルにおいて、握撃を含めた締め技は実用的な攻撃ではない。素手攻撃で重要なモーション値が乗らない分、ロクなダメージが出ないからだ。けれども、全くのノーダメでは収まらない。

 使用者の膂力ステが対象の頑強ステータスを凌駕していた場合、痛みを与える事はできるのだ。数値によっては部位破壊も可能である。そして、俺の膂力は鼠男の手首を圧壊するに十分な値だった。

 

「待ってイシグロさん! 殺しちゃダメ!」

 

 チィレンさんの必死な声に、俺は握っていた鼠男の腕を解放した。

 瞬間、素早くバックステップした鼠男は腰を引くくして手刀を構えた。やはり、何かしら武術をやっているようだ。

 

「何のつもりだ! ここはクーシェンだぞ! ラリス人がデカい顔できる訳ぁねぇだろ!」

「知ってる。その上でやった」

 

 あえて泰然自若と鼠男の正面に立ち、メンチビームを照射する。俺の脳裏に大量の啖呵ワードが飛び交い、自然放出中の魔力に怒りの感情が混ざり始める。

 銀細工の圧に押されたか、チィレンさんの近くにいる取り巻きAが後ずさり、鼠男は頬に冷や汗を垂らしていた。

 

「兄貴、こいつラリスの銀細工です! 何しでかすか分からねぇですぜ!」

「うるせぇ! オレだって稽古つけてもらったんだ! 他所モンが、舐めんじゃねぇぞ!」

 

 ノーモーション、鼠男の貫手が飛んできた。遅い、スロウリィに過ぎる。俺はその手を拳で撃ち抜いた。

 

「ぐっ! 何だぁ……!?」

 

 攻撃モーションをキャンセルされ、右手を庇った鼠男が後ずさる。簡易な炉利式制圧術、その応用である。

 構えず一歩、ゆっくり歩み寄ると、鼠男は摺り足で下がった。反撃はない、あっても潰せる。そういう自信を見せつけるように、努めてソレらしく振る舞う。

 俺が上で、お前が下。事実、戦えば秒で勝てる。しかれど戦わずして勝つのが上等である。チィレンさんが危惧する事など、最初から起こす気はなかった。まぁカッとなった後に思いついた作戦なんだが。

 

「お、オレはシエジー組のモンだ! そんなオレに手ぇ出して! 銀細工だか何だか知らねぇが、ラリス人がただで済むと思ってんのか!?」

 

 上ずった威嚇が空虚に響く。ここにきて、虎の威を借るつもりらしい。どこからか、息を飲む音が聞こえた。

 チィレンさんの反応からして、件のシエジー組がどういう存在かは推測できる。なら、尚の事それは悪手である。

 

「上に言ったところで、お前は組の恥晒しだぞ。親分はお前を庇ってくれるのか? そうしてくれるくらい、お前は偉くて替えが利かない存在か? その程度の腕で」

「それは……」

 

 結論から言うと、俺に組織の圧力は通用しない。

 何故なら、ラリス銀細工はやべー奴と評判で、俺は上澄みラリス銀細工だからである。

 こいつの上がまともなら、こんなしょうもない喧嘩で俺と敵対したいとは考えないはずだ。

 

 確かに、道を極める系の組織は威厳を維持する為、舐められたら殺すメンタルをお持ちである。同時に、その鎌倉メンタルは厄介な身内にも適用される。

 外への見せしめと、内への見せしめがそのようなシステムを構築しているのだ。普段どれだけ威を借りられようが、獅子の尾を踏む狐は虎の敵になるのである。

 

 こいつ視点、万事休すである。だが収める方法はある。

 ただ鼠男が黙して語らなければいいだけだ。何も無いなら、何もできない。俺にとっても組織にとっても、それが最も穏当な落としどころである。

 

「まぁ、ひとまずお前は脅させてもらうけど」

「なんっ……?」

 

 次の瞬間、静寂の店内に錠前が下りる音が響き渡る。

 テーブル席で頬杖をついたエリーゼが魔力の鎖を握り、戦場を掌握したのだ。ドラゴンルーラー固有スキル【竜の裁定】である。これにより、角端園はエリーゼの定める戦場となったのだ。

 彼女の隣ではイリハが陰陽式を編んで、レノが光力銃を構え、ルクスリリアが細剣を投げる構えを取っている。俺の後方、ユゥリンさんの隣にグーラが立っていた。

 俺含め、全員銀細工級。法を無視してその気になれば、俺は取り巻き含めたコイツ等程度一瞬で皆殺しにできる。無論、俺にそのつもりはないが、ラリス銀細工ならやりかねないのだ。先人達の実績による脅しである。俺こそ虎の威を借りてるじゃんね。

 

「どうする? 組織に迷惑かけたくないなら、黙っとくのがいいと思うぞ」

「や、やろうってのか? シエジー組相手に……!」

「あと、仮に敵対したとしても手打ちの道は残しとくよ。だからお前は殺さない。何なら俺が菓子折り持って頭下げてもいい。お前の命と引き換えにな」

「ひぃっ……!」

 

 ごくりと、鼠男は息を呑んだ。俺の言わんとしている事が分かったのだろう。

 繰り返すが、リスクを覚悟した俺に組織の圧は通じない。金なり力なり、解決策は複数用意できるからな。

 さぁどうすると返答を迫る。男は口を開こうとした。カチカチと歯が鳴っている。

 

「わか……」

 

 僅かに、男の喉が震えた。瞬間である。

 

「何をしているのです、貴方達」

 

 扉が開き、鈴が鳴る。涼しげな声と共に、新たな客が入ってきた。同時、エリーゼは戦場空間を破棄し、皆も武器を隠した。

 パッと見で分かる、強い男だ。そいつは男性用のチーパオを纏った武人だった。その額には天を衝く一角があり、オールバックに整えられた髪は獅子の鬣のよう。切れ長の目に、一本通った立ち姿、何となくインテリヤクザという印象を受ける。

 

「お、叔父貴……」

 

 叔父貴と呼ばれた男の双眸が向けられると、見られた鼠男の顔色が真っ青になった。

 推察するに、叔父貴氏は鼠男の所属する組織の上役なのだろう。

 

「違うんです! こいつがいきなり喧嘩を売ってきて! 組ぃ馬鹿にしやがったんです!」

「おい馬鹿黙れ……!」

 

 中にいた取り巻きAが口を開くと、鼠男は慌ててそれを塞いだ

 叔父貴と呼ばれた男は、今度はチィレンさんを見た。

 

「本当ですか? チィレン様」

「嘘です! 妹に乱暴しようとしたところを、この人が守ってくれたんです!」

「そうですか……」

 

 後ろ手を組んで、男はゆっくり店の様子を見渡した。俺を見て、ルクスリリア達を見て、最後に鼠男を見た。

 ふぅと、小さな呼気ひとつ。エリーゼじゃなくても分かる。叔父貴の目には深い諦観があった。

 

「外では頭と呼べと言ったはずですが……ともかく、組の掟を破ったのは事実のようですね」

「違っ……ぐぅ!」

 

 次の瞬間、鼠男は鳩尾を押さえ、膝をついて倒れ伏した。

 刹那の攻撃である。あまりに速い動きだったが、何とか見えた。叔父貴が組んでいた手を突き出すと、その先にいた鼠男がダメージを受けたのだ。飛ぶ斬撃ならぬ、飛ぶ拳である。

 

「連れていきなさい」

「「へ、へい……!」」

 

 やがて、気絶した鼠男は自身の取り巻き達によって運ばれていった。

 虚しい鈴の音が鳴る。奴等がいなくなると、店内には元居たメンバーと叔父貴だけになった。

 

 さて、ここからどうすべきか。

 当初の計画では相手を脅して有耶無耶にするつもりだったのだが、上役が出てきちゃって全部パーである。

 何とかして内々に処理できないものか。金で解決できるならそれでいいし、謝れと言われれば全然そうするが……。

 

「下の者が失礼しました。何卒、お許しください。そこのお方も、チィレン様を守って頂き有難うございます」

「あ、いえ……」

 

 かと思ったら、叔父貴は右手の拳を左の掌に当ててお辞儀してきた。これはクーシェン文化の挨拶で、感謝とか尊敬を意味するものだ。そういえば、以前戦った素足の猫又も似たようなポーズを取ってたな。

 対し、俺はエリーゼ先生に習った古ラリス流の返礼をした。交戦の意思はなく、こっちもごめんやでのポーズである。

 

「名乗り遅れました。私は獬地拳(かいちけん)のドウジュン。憚りながら、シエジー組の長の座を預かっている者です」

 

 組の方は知らないが、獬地拳は知っている。前にグーラに教えてもらった当代武帝の武術流派だ。

 

「イシグロ・リキタカです。イシグロが苗字で、リキタカが名前となっております」

 

 名乗り返すと、ほんの一瞬だけドウジュンの眉が震えた気がした。

 僅かな逡巡、ドウジュンは表情を変えぬまま口を開いた。

 

「……イシグロ殿は、武帝祭を観に来たのですか?」

「はい。それもありますが、クーシェン武術を学びに」

「なるほど。そのような方の前で、とんだ失礼を。我が国の武館を代表し、重ねて謝罪致します」

 

 再度謝罪したドウジュンは、今度はチィレンさんの方を向いた。

 その瞳に色はない。そして、何故だか既視感があった。

 

「武帝祭が近いのです。ご自愛なさいませ」

「はい……」

 

 鋭い視線を向けられたチィレンさんは、静々と首を垂れた。

 まるで、従者が主に阿るかのように。

 

「あの……」

「ええ、前と同じで。それでは、私はこれで……」

 

 言い残し、ドウジュンは去っていった。一人でに開かれた扉の先には、彼の従者らしき男がいた。

 扉が閉まり、また鈴が鳴る。ややあって、店内に弛緩した空気が流れた。

 

「チィ姉……」

「ユゥユゥ、大丈夫だった?」

「うん、平気です……」

 

 床に尻もちをつくユゥリンさんに駆け寄り、チィレンさんは妹の小さな身体を抱きしめた。

 さぞ怖かったのだろう、抱きしめられたユゥリンさんはうっすら涙を浮かべていた。

 

「何となく、こうなるとは思ってたッスよ」

「ごめん。身体が動いてた」

「や、わたしが撃つより穏便に終わった」

「強者らしい振る舞いが板についてきたじゃない」

 

 実際、俺は首を突っ込むべきではなかった。それでも出しゃばってしまったのは、俺の未熟が原因である。

 けれども、後悔も反省もしていなかった。同じ事があったら同じように動いてたと思うし。

 

「イシグロさん、あの……先程は助けて頂きありがとうございました」

「こちらこそ、大事にしてしまったようで申し訳ありません」

 

 結果論だが、俺が何もしなくてもドウジュンが現れて解決してただろうしな。

 なんて考えていると、チィレンさんは俺の目をじっと見つめてきた。どういう訳か、その瞳は決意に満ちていた。

 

「さっき、イシグロさんはクーシェンに武術を学びに来たって言ってた……気がするんですけど」

「まぁ、はい」

 

 三人組が来る前と、あとドウジュンとの会話でも言った事である。

 で、それが何に繋がるというのだろう。近くに寄ってきたルクスリリアと顔を見合わせる。

 

「その……よろしければ、うちの拳法を学んでいきませんか?」

「え?」

 

 唐突な勧誘である。すると、チィレンさんは先ほどドウジュンがしていたのと同じポーズを取り、口を開いた。

 

「上階の武館にて、嵐極拳(らんきょくけん)を教えております」

「嵐極拳?」

「えっと、お母さんがやってた拳法で……。なんかこう、グッグッ、ドゴォ! って動く武術なんだけど……」

「は、はあ」

 

 しどろもどろ、言い出しっぺが言葉に迷っている。いや説明でけへんのかい。

 すると、俺の二の腕に感触。すぐ隣でグーラが俺を見上げていた。

 

「クーシェンの初代武王が一人、“黒嵐”のフゥラン様の拳法です。極まった技により、嵐の如き大力を生み出すと言われております」

「そう、それ! 詳しいねグーラちゃん! あ、あとさっきユゥユゥ守ってくれてありがとね!」

 

 元気を取り戻したチィレンさんだが、ぶっちゃけちょっと疑わしい。武館の長にしては、強くないように見えるのだ。

 

「あっ、すみません! あたしはそういうの全然ダメで……」

 

 訝しむ視線に気づいたか、チィレンさんはパタパタと手を振った。

 それから、一歩横にスライドして、どうぞとばかりに掌でユゥリンさんを指し示した。

 当の彼女は自身のお尻をぺしぺし払っていた。

 

「嵐極拳の後継者は……こっち!」

 

 全員の視線が、黒髪ツインテロリのユゥリンさんに集まる。

 瞬間、視線に気づいた彼女は左右の馬耳をピンとさせ……。

 

「ぴぇっ……!」

 

 甲高く、情けない、か弱い鳴き声を発した。

 尻尾ピーンなってて可愛かった、まる。

 

 

 

 

 

 

「ここがクーシェンのギルド? なんか小さくないッスか?」

「人前で言うもんじゃあないのじゃ」

 

 なんやかんやありつつ……。

 その日の太陽が下りる前に、俺達は武侠国クーシェンにある転移神殿にやってきた。

 クーシェンの転移神殿は中世ラリス建築で、内装はクーシェン風という感じだった。野球場より広い気がする王都のソレと比べると、こっちは田舎の公民館のようである。

 例によって入口近くには受付机があり、職員は一人しかおらず欠伸などして暇そうだった。また、神殿内の冒険者は少なく、同じく転移石碑も三つしか置いていない。寂れてるって風ではないが、こじんまりしてるのは確かである。

 

「はい、イシグロ・リキタカ様ですね! イシグロ様の御高名は此方のギルドでも聞き及んでおります! えと、会えて光栄です!」

「はあ、どうも」

 

 例によって例の如く、王都から来ましたと受付さんに報告する。

 ちなみに、クーシェンの転移神殿は王都と同じ迷宮ギルドが運営しており、神殿内はラリスの法が優先されるそうだ。なので、ここでは余所者でも帯剣が許される。

 

「またいらして下さいね~」

「はあ、どうも」

「相変わらず塩じゃの~」

 

 報告だけしてギルドを出る。いつもより近い気がする空は、夕陽の茜色に染まっていた。

 眩い空とは対照的に、クーシェンに落ちる影は黒々としている。この時間になると、路地裏なんかは殆ど夜みたいになっている事だろう。

 

「武館選び、即決だったわね」

「ッスね。前みたいにもっと苦戦すると思ってたッス」

「ん、前って?」

「カムイバラじゃな。わしが主様んとこ来てすぐじゃったかのぅ」

 

 皆と一緒に歩きながら、つい先刻あった出来事を思い出す。

 昼食を食べて、ヤクザと揉めて、何故だか拳法道場に勧誘された一件である。

 

 武館とは、クーシェン版の武術道場である。

 とはいえ、学習塾めいたリンジュの道場とは似て非なるものらしく、基本的に弟子は武館に住み込むそうだ。師匠と弟子との関係は殆ど親子と同義になり、弟子間もまた実際の血縁者と同じような扱いになるそうだ。

 で、看板娘のチィレンさんはそんな武館に俺達を勧誘してきたのである。しかも、拳法を教えるのはロリ妹であるユゥリンさんらしい。

 

「嵐極拳か……」

「ボクは俄然興味ありますね。フゥラン様の生きた証ですから」

 

 結局、俺達は麒麟姉妹の武館に客分として招かれる事となった。ロリ師匠っていいよねという俺の欲望は否定できないが、嵐極拳の概要を聞いた感じそう悪い話じゃないと思ったのだ。

 門下生〇人で、まともに教えられるのはユゥリンさん一人。案の定、ここ何年も新入りは入ってないらしく、そろそろ畳んで店一本に絞るつもりだったそうだ。

 武館の看板を下ろす前に、誰かに母の技を伝えたい。チィレンさんはそう言って、俺達を誘ってきたのである。

 

「でも、あの娘には嘘の色があったわね……」

 

 エリーゼはロリ型嘘発見器である。そんな彼女をして、チィレンさんは俺達に嘘を吐いているように見えたそうだ。

 それに関しては俺にも思い当たる節があった。経済力か戦闘力か、チィレンさんは何かと俺を詮索してきたのである。

 

「ん、放ってはおけないよね……」

「そうじゃな。暗に助けを求めてるのかもしれん」

「ああ。厄介事は勘弁だが、それでもな……」

 

 確かにチィレンさんは隠し事をしていて、何か企んでいるのだと思う。その上で、俺は彼女の申し出を受ける事にした。

 何故なら、姉を見つめるユゥリンさんの瞳が深い憂慮を湛えていたように見えたからだ。心配しているような、諦観しているような、一言では表し難い複雑な感情があったのだ。

 それに、シエジー組の事もある。大丈夫だとは思うが、例の鼠男が私怨で襲ってくるかもしれない。役に立てる事があるなら、何でもするつもりだ。何でもするとは言ってないが、何でもする所存である。

 

「マスター」

「分かってる」

 

 なんて話をしつつ、当然として俺は現状差し迫った脅威に気付いていた。

 ギルドから麒麟姉妹の武館への帰り道、俺達は尾行されていた。敵味方反応レーダーに感はない。それでも伝わる静かな戦意。完全に勘だが、あながち馬鹿にできるものではない。カムイバラで受けたストーキングと違い、奴さん等はやる気満々でいらっしゃる。

 ちょうど、例のヤクザについて考えていたところである。丸く収まったとはいえ、一回二回の闇討ちは覚悟していた。何となく来るんだろうな~って。随分早いご到着だとは思うが。

 

「グーラ」

「はい、此方がよろしいかと」

 

 こそっと隠れて、皆に武装させる。各々市街地用装備で、俺は腰に木刀をセット。

 大通りを抜け、路地裏へ。建物の間を縫って歩いて、やがて空けた場所に到着した。

 来るなら来い、そのつもりである。

 

「と、話が早い……!」

 

 隠れている奴出てこいやと言おうとしたところ、頭目掛けてチャクラムみたいな鉄の輪っかが飛んできた。当然、回避である。そんで戻ってきた鉄輪を指でキャッチし、飛んできた方に投げ返す。

 すると、屋根から影から仮面を被った集団が現れ、あっと言う間に俺達を包囲した。彼等は手に手に武器を持っており、如何にも武侠系暗殺者って出で立ちである。都合一〇人、顔も種族も分からない集団だ。

 集団の中から、色違いの仮面剣士が前に出て、その手の剣を俺に向けてきた。その剣は細く、レイピアに似ていた。

 

「えっと、シエジー組の人達?」

 

 問うと、次の瞬間襲ってきた。連携攻撃、包囲圧殺のつもりらしい。

 で、俺は細剣刺客とのタイマンである。鋭い刺突を神樹刀で【受け流し】、反撃する。しかし敵もさる者、細剣刺客は俺の必殺型を見切って避けた。

 手練れの刺客と切り結びつつ、皆の様子を窺う。大丈夫だ、問題ない。中心ではイリハが陰陽式を編み、ルクスリリアは敵全体にデバフを撒いていた。三次元的に動くレノはガン=カタをやり、ロリの暗黒卿と化したエリーゼが杖剣を振り回している。転瞬、雷縮地で接近したグーラの腹パンが仮面暗殺者の一人をノックアウトしていた。

 

「上手いな……」

 

 他はともかく、俺と戦っている刺客は手強かった。ずいぶん対人戦に慣れているようで、強くはないが死なないように立ち回るのが上手いのだ。

 しかしだ。こういう奴への隠し札、俺は三六枚以上持っている。今こそ、その切り時だろう。

 

「しゃオラァ!」

 

 斬り合いの最中、俺は足元にアイテムボックスを出し、そこからただサッカーボールサイズの鉄球を全力シュートした。さしもの刺客もこれには対処しきれず、ガードの空いた胸に直撃。

 どこぞの合法ショタ探偵もサッカーボールを武器にしてるのだ。いわんや異世界超人の不意打ち鉄球シュートは増強シューズいらずの高威力である。

 肋骨を砕いた確信、このまま仕留める!

 

「あっ、おい待てコラ!」

 

 なんて意気込んだ瞬間、追撃の投げナイフを避けた刺客は一目散に撤退した。路地裏の壁を蹴り、パルクールを使って、追いかけようと思った時には闇の中に消えていた。地の利が無いからチクショウ。

 見れば、ルクスリリア達と戦っていたザコ刺客も散り散りに逃げたようだった。気絶していた奴も消えてて、痕跡ゼロである。

 気配を辿って追跡するも、追った先には人混みが広がるばかりだった。

 

「クソッ、逃げられた……!」

 

 武器をしまい、悪態を吐く。とりま強く当たって警告する予定だったのに。俺はヴィランに逃げられる展開が糞の付いたパフェの次に嫌いなのだ。

 自分の不甲斐なさに憤る俺と異なり、皆はあっけらかんとしていた。

 

「完全に逃げられたッスね。流石に無理ッス」

「ああも脆かったのは刺客の方々が軽業師だったからでしょうか」

「いやお主の腕力がおかしいだけじゃよ」

「ん、何の為に襲ってきたんだろ?」

「彼奴等の魔力に殺意は無かったようだけれど」

 

 エリーゼの言う通り、不可解な事に先の暗殺者には戦意はあっても殺意は感じられなかった。

 しかも俺一人を狙っていたようで、皆と戦っていたザコ刺客は足止めを優先して立ち回っていたように思う。

 細剣の刺客に、俺の戦闘力を計られた。そういう印象である。

 

「おっと、またか。今度は何だ……」

 

 気を抜いたところで、俺の頭に小さい矢が飛んできた。首を傾けて避けると、それは路地の壁に突き刺さった。

 よく見ると、その矢には手紙が巻かれていた。矢文である。警戒しつつ開いてみると、手紙にはこう書かれていた。

 

「我等、貴殿との戦いを望まず。されど恐れず。命惜しくば疾く去るべし……」

「つまり、早ぅクーシェンから出てけって事かのぅ?」

「貴殿、ねぇ……?」

「上等な墨の匂いがします。紙も高級品ですよ」

「てか達筆ッスね」

「ん、書いたの絶対文化人」

「こっちが本命かしら?」

 

 なるほど、だからあからさまに尾行して、軽率に襲ってきたのか。

 今日あった出来事と、この警告。それから鼠男が言ってた台詞。多分、ユゥリンさんもしくはチィレンさんに何かがあって、俺を彼女達に近づけたくないのだろう。その割に、今のところ本気で除くつもりもないようだが。

 そんで、当のチィレンさんは俺を引き入れて何かしようとしてて、ユゥリンさんはそんな姉を憂いていると……。

 

 なるほど、分からん。

 分からん事が分かった。

 

「店に戻ろう。最悪、今の刺客は陽動でユゥリンさんが襲われてるかもしれない」

「無いとは思うけれど、ゼロではないわね」

「ご主人ってどっか街に着く度トラブル起こすッスよね~」

「望んではないんだけど。行こう、皆」

 

 チィレンさんの思惑も、刺客の思惑も不明である。

 ただハッキリしているのは、ユゥリンさんが憂いを湛えた眼で姉を見ていた事だけ。なら、手紙の通りに今ここを去る訳にはいかない。

 何があっても俺はロリの守護者で、ユゥリンさんの味方である。ロリの笑顔が最優先だ。

 

 

 

 ちなみに、麒麟姉妹は無事だった。

 明日の分の買い出しを終えて、仕込みをしている最中だった。

 

「イリハさん、料理上手ですね……」

「まっ、これも年の功じゃな!」

 

 あと、夜ご飯はイリハが作った。中華もいいけど、和食もいいね。

 ともかく、無事で良かった。

 

 明日からも油断せずに行こう。




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