【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになっております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 クーシェンの組のシステムを書こうと思いましたが、想像の倍くらい話が膨らんでしまったので、それについては次話以降になります。


カンフー娘の青空授業 炉師かな

 大通りから外れた路地の隠れ家的な町中華。麒麟姉妹の営む角端園は、石造三階建ての割と広めな一軒家だった。

 一階が料理屋で、二階は姉妹が住む所、三階は食材や鍛錬器具の保管庫になっている。弟子は武館に住むものだよと誘われて最初は勿論断ったものの、結局我が一党は二階の空き部屋に泊めてもらう流れになった。

 こうして、俺達はロリ師匠による指導を受ける事になったのである。

 

「すぅ~、はぁ~。すぅ~、はぁ~……」

 

 秋、翌朝、屋上にて。

 本日も晴天也、これまたお店も定休日也。各々稽古着――俺以外色違いのチャイナドレス――に着替えた我々は、ロリ師匠ことユゥリンさんの心の準備が整うまで椅子代わりの木箱に座って待機していた。

 スポーツの秋に差し掛かったとはいえ、クーシェンでは未だ夏の残党が暴れている。照り付ける太陽の下、洗濯物が風に揺れていた。ここで、やろうというのである。

 

「最初はお話で、その後に技を見せて、それからそれから……よし。お、お待たせしました……!」

 

 複数回の深呼吸。あんちょこ片手にブツブツ呟き、やがてユゥリンさんの指導が始まった。

 対する我等もお手々はお膝に置いて、師の教えを聞く姿勢になった。完全に青空教室のノリである。

 

「えー、まずですね。これから皆さんにお教えする拳法……嵐極拳は、クーシェン初代武王の一人であるフゥラン様が編み出した武術になります。ご存じの通り、フゥラン様は麒麟族で、一応ワタシのご先祖様になります」

 

 遠いですけどと付け足しつつ、ユゥリンさんは嵐極拳の説明から始めた。

 最初に武術の概要から入るあたり、ゲルトラウデ師匠の指導方針に近いものを感じる。

 

「嵐極拳は麒麟族の特性を再現し、それを使った戦闘技術を体得する拳法です。えと、麒麟族以外の人達でも麒麟族と同じ事できるようにする、みたいな……?」

 

 どうやら、嵐極拳は麒麟族の普遍的戦闘技術のマイナーチェンジ版らしい。

 

「はい! 質問いいッスか!」

「うひゃ、ひゃい! ルクスリリアさん、どうぞ……!」

 

 と、ここでルクスリリアが挙手すると。ユゥリンさんのツインテがビクッと跳ねた

 素直に微笑ましい、まるで生徒にからかわれてる教育実習生みたいだ。ロリ先生、いいね。保健体育の授業やってほしい。

 

「そもそも、麒麟族って何なんスか? 種族特性の再現って言われてもよく分かんねーッス」

「あぁ、それ俺も気になってた」

「え? あっ、すみませんすみません! 言うの忘れてましたぁ!」

 

 自分自身がまさにソレで彼女にとっては既知なのだろうが、俺達にとって麒麟族は未知の種族である。その特性を再現すると言っても、それが分からないと嵐極拳の概要を把握できない。

 以前読んだ書籍に曰く、麒麟族は特別な力を持つ獣人で、不老長寿の種族らしいって事は知っている。竜族のような角に、馬人族の耳。牛人族の尻尾。こうも揃うとグーラと同じ混合魔族(キメラ)のようだが、麒麟は魔人種ではなく獣人種に数えられている。

 あと、ゲルトラウデ師匠が言うには麒麟族も竜族みたいな鱗鎧があるそうだが、ユゥリンさんにもチィレンさんにもそれらしい部位は見当たらなかった。仮面のバイク乗りみたいに変身するのかもしれない。

 

「えーっと、麒麟族は獣人種で、中でも珍しい瑞獣系という分類をされているようです。ワタシはチィ姉とお母さんしか見た事ありませんが、まだ絶滅はしてないらしいです、はい。それで、麒麟族の種族特性は……こ、こういう事ができます」

 

 言って、おもむろにキャラデザ設定資料みたいなポーズを取ると、中心から末端にかけてユゥリンさんの右腕に半透明の魔力障壁が形成され、それはやがて極めてクリアな魔力障壁に変じた。

 目には見えないが、魔力感覚を通せば分かる。光を反射しない透明な鎧。表皮と障壁には殆ど隙間が無いようで、且つ動かしてみても関節可動域を制限してはいなかった。

 

「へぇ、これが麒麟族の鱗鎧……」

「ええ、はい。名前はそのまま麒麟鎧って言うらしいです」

「鱗っつーかバリアじゃんね」

「そ、それでですね。嵐極拳はこの麒麟鎧を再現して、それを使って戦うんです」

「なるほどなのじゃ」

「他は何かあるッスか? 麒麟しか出来ないやつ」

 

 感心していると、ルクスリリアが続けて問うた。

 

「ほ、他ですか? そうですね……嵐極拳では使われませんが、麒麟族は空を飛んだり歩いたりできます。あと雷を出したり、雲みたいなモワモワを出したり……。ワタシにはよく分からないんですけど、麒麟族の声には癒やしの力がある……らしいです。実際チィ姉は歌が上手で……あっ、あと火を吹けます」

「ほう、火吹きとな。どんな風にするんじゃ?」

「えぇ? その、こんな風に……」

 

 おずおずと人差し指と親指で輪っかを作り、ユゥリンさんはそれを口の前に持ってきた。手に付けた石鹸でシャボン玉を作るようなポーズである。

 それから、大きく息を吸って……。

 

「ぷひゅぅ~」

 

 ポッと、火を吹いた。

 ブレス攻撃というには弱火に過ぎ、ライターと言うには強火である。サーカスの火吹き芸に似ていたが、あっちの方が迫力ある。これは攻撃には使えなそう。

 でも可愛いからオッケーです。

 

「こ、こんな感じで……」

「なかなか凄いじゃない」

「めめめ滅相もありません! 恐縮です……!」

 

 ブレス無しドラゴンのお褒めの言葉に、ブレス持ちユゥリンさんはほんのり赤面していた。

 

「と、とにかく、嵐極拳は麒麟鎧を再現する為の武術なんです。実際に、それを応用した技をやってみますね……!」

 

 羞恥を祓うように、ユゥリンさんはキリン・カラテを構えた。

 両拳を握り、どっしり腰を落とす。ひと息整えると、顔の赤みが消えていた。

 

「これが基本の動きで、何もない普通の技となります」

 

 グッと踏み込み、拳を突き出す。存外鋭い、いや重そう。

 空手の正拳突きやボクシングのストレートと比べると、より直線的で一撃の威力を重視しているような印象だ。

 

「それで、こっちが……」

 

 再度、同じ構えから……突き出す。瞬間、ドゴッと虚空を砕くような音が聞こえ、ソレが見えた。

 二打目の拳には、ベイパーコーンめいたエフェクトが付与されていたのである。

 拳の速度は変わらない。だが、俺のチートが計測するに、例のエフェクトの影響で攻撃力が向上してるっぽい。

 

「い、今のが嵐極拳の技になります。麒麟鎧は使っていません。この突きに用いた技術を“発勁”といい、全身に纏うと麒麟じゃなくても使える麒麟鎧“勁鱗”です」

「「「おぉ~」」」

 

 パチパチパチ。生徒達から拍手が贈られると、ロリ先生は照れ照れと頬を掻いていた。

 ワンモアワンモアとせがまれて、拳だけではなく蹴りや掌底や体当たりなんかも披露してもらった。で、それら全ての攻撃に例の発勁なる衝撃エフェクトが付与されていた。まるで格ゲーキャラみたいだぁ(直喩)

 ふと、それを見た俺の脳裏に前世で好きだった3D武器格闘ゲームの映像が過った。雷エフェクトでガード崩し、炎エフェクトでガー不攻撃。アレはできないものだろうかと。

 

「師匠、質問いいですか?」

「へっ、師匠!? え、あっはい! イシグロさん、どうぞ……!」

「発勁は武器による攻撃にも使用できますか?」

「い、良い質問ですねぇ……!」

 

 俺の問いに対し、ユゥリンさんは待ってましたとばかりに気持ちよさそうな顔になった。

 それから、ユゥリンさんはおもむろに近くに立てかけてあった物干し竿を手に取った。

 

「先に言うと、できます。というより、クーシェン武術の多くは最終的に武器を用いた戦闘技術へ移るように出来ていて、嵐極拳も例外ではないのです。突きや蹴りの動作が、そのまま武器術での体捌きになってまして。なので、嵐極拳の技もこのように……えいっ!」

 

 気合一発。物干し竿を突き出すと、その先端にも拳打と同様のベイパーコーンが形成されていた。

 

「ええやん」

 

 グレートですよ、こいつぁ。

 何がどうなってるのかは知らないが、単純な威力強化ができるだけでも十分にアドと考える次第。通常攻撃以上、攻撃系能動スキル以下って使い勝手になるだろうか。

 

「ですが、これを使うには身体に勁鱗を纏う過程を踏まないといけません。だから、最初はとにかく発勁を習熟する必要があるんです」

「なるほどなぁ」

「だ、大丈夫です! 嵐極拳はその為の武術なので……!」

 

 何故か必死に訴えかけてくる。

 曰く、俺達はユゥリンさんの代になって初めての弟子らしい。姉であるチィレンさんに紹介されて、最初は「師匠なんて無理です!」と嘆いていたユゥリンさんだったが、今では覚悟を決めてやる気になっているようだった。稽古代だけでまぁまぁお金払ってるってのも無くはないだろうが。

 

「ん、よく分かんないけど強そう」

「はい。発勁を体得できれば、より強い一撃を放てるかと」

「なのに何で廃れてんスか?」

「ちょっとルクスリリア」

「えー、あー、はい。その、色々ありまして……。いえ、そんな複雑な話ではないんですけど……」

 

 ションボリ・ユゥリン師匠である。左右の馬耳がぺたんと垂れていた。

 

「お母さんが言ってたんですけど、他の流派が洗練されていく中で、嵐極拳は一五〇〇年前から特にこれといって変わってないようなのです。それで色々と時代遅れになっちゃって……」

「そ、そうなんだ」

「もっと言うと発勁自体習得に時間がかかるので、傭兵の多いクーシェンでは好まれなかったんです。勁鱗を覚えるより、もっと実践的な体捌きを鍛える方が手っ取り早く強くなれますから」

「世知辛いのじゃ」

 

 要するに、需要にマッチしなかったのだ。

 即戦力の兵士を育成するのに、習得に時間のかかる格闘技術は不適格である。すると自然に、より実戦的で洗練された武術が好まれるようになったと。

 どっちかと言うと、嵐極拳はリンジュ向きの武術なんだな。

 

「それに、肝腎の発勁も他の流派に盗まれちゃって、嵐極拳じゃないとダメっていう要素が無くなっちゃったんですよね。まぁ拳打以外の発勁技は自然に無くなっちゃったようですが……。いらない子扱いされてしまったんですね、勁鱗」

 

 そう言って苦笑するユゥリンさんからは、何とも言えない哀愁が漂っていた。

 

「ところで、以前までいたというお弟子さんは今は何処に?」

 

 ユゥリンさんの世代では俺達が初めてと聞いたが、母の世代にはいたはずである。弟子は家族と同然と聞いていたので、今いてもおかしくないと思う。

 対して、ユゥリンさんはこれまた複雑そうな苦笑を返した。

 

「その、お母さんがいなくなった後に散り散りになっちゃったんです。後から来た人も、ワタシが後継者ですって言ったら帰っちゃって……多分、それが理由なのかなと」

 

 悲しい哉、クーシェンにおいてロリ師匠は望まれていないらしい。

 

「大丈夫です、ボク達はこのまま帰るなんてしませんから。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますね」

「あ、ありがとうございます。未熟ですが、ワタシもがんば……」

 

 言葉の途中、ユゥリンさんはハッと硬直した。

 

「ん、どうしたのユゥリン?」

「えと、その……! 母が残した教本には弟子は最初に一回叩きのめすべしって書いてあったんですけど、皆さんとてもお強いから叩きのめせない事に気付いて……!」

「えっ、何でそんな事すんスか?」

「ゲルトラウデがやっていたでしょう? 言う事を聞かせる為に力を見せるのよ」

「それも大丈夫じゃ。わし等ちゃんとお師匠の言う事聞くからの~」

「で、でもそれじゃあお互いの強さを知らないまま続ける事になりますよ……!」

「なら、一度やってみましょうか?」

「ぴぇっ! わ、ワタシ乱暴なのは苦手です……!」

「武芸者がソレでいいのかしら……」

 

 あたふた慌てるユゥリンさんを皆で励ましまくる。

 彼女の場合、メンタルも戦士向きではないっぽい。実際、あんま強くないチンピラにビビッていたし。

 

「と、とにかく、その技を使えるようにしてくれるんじゃろ?」

「は、はい! 頑張ります!」

「ん、質問」

 

 持ち直したところで、レノが挙手した。

 

「その発勁って、どういう原理で生成してるの? 魔力?」

「それは、えっと……内勁と外勁を併せて肌に纏わせるんです。リンジュ的に言うと、氣を纏うというか……」

「ん、どうやって?」

「え? え~っと、こう内勁をスルスルーっと均等に流して……あれ? ワタシ、どうやって発勁してるんでしょう?」

「や、知らないけど」

 

 小首をかしげるユゥリンさん。そうか、やはり感覚派の天才肌か。

 嵐極拳は麒麟族の特性を再現する武術である。あるいは、麒麟族のユゥリンさんは最初から発勁のコツを掴んでいたのかもしれない。

 うんうん唸るユゥリンさんに、控えめに挙手したイリハが口を開いた。

 

「仙氣眼持ちのわしが視るに、構造的にはトリ坊殿の【流星刃】に似ておるのじゃ。肌一枚分外に出した氣を魔力で蓋しておるんじゃよ」

「ええ、私にもそう視えたわ。とても薄い魔力障壁を纏っているのね」

「つまり、あのパンチは魔力でコーティングした氣って事か」

「へえ、そうだったんですねぇ」

「なんでユゥリンが知らないんスか」

 

 ぽけーっと、ロリ師匠はサーバルキャット的な例の顔で感心していた。

 魔力と氣、その両方を知覚し計測できる二人からして、構造の分析は容易だった。理屈が分かれば進みやすいな。

 

「ふぅむ」

 

 まとめると、こうだ。

 嵐極拳とは、麒麟族の持つ鱗鎧とそれを活かした戦技を再現する為の武術である。その基礎となる技術を“発勁”と言い、発勁は氣と魔力のハイブリッド障壁であり、発勁を全身に纏う事で疑似的な麒麟鎧――“勁鱗”と化す。最終的に発勁は武器エンチャも可能になり、これを嵐極拳の臨界とする。

 俺もオタクだ。古今東西色んな作品を楽しんできた分、何となくの把握はできる。要するに、発勁はバリアで勁鱗はバリアフィールドで発勁拳打はピンポイントなバリアのパンチなのだ。

 

「ん?」

 

 ここで、俺はふと思った。

 発勁に魔力を使うのなら、そこに何かしら魔法属性を付与できないものだろうか? と。

 

「質問。発勁に炎や雷の魔力を混ぜる事はできますか?」

 

 なので訊いてみた。出来たら夢が広がるが。

 

「えっと、その人の得手によっては可能です。けっこう種族特性に依存しちゃうので、嵐極拳からは外れてしまうのですが。麒麟族の場合、こんな感じです」

 

 さっきと同じように発勁パンチを打つと、真っすぐ伸びたユゥリンさんの前腕には例の発勁エフェクトに青白い雷と黒い暴風がプラスされていた。まさしく嵐の拳である。

 

「なるほど、ならボクでも出来そうですね」

「ん、光力じゃ難しいかな?」

 

 以前ゲルトラウデ師匠から教わった事だが、鱗を纏ったパンチは不利属性の攻撃を受けてもキャンセルされない仕様である。

 発勁パンチがバリアのパンチなら、鱗を纏ったパンチと同じ効果があるんじゃないか? であれば、俺の炉利式制圧術の弱点が一つ減るんだけど……。

 ともかく、である。

 

「いいねぇ~……」

「は、はい。恐縮です……!」

「ご主人たまにこうなるんで、あんま気にしなくていいッスよ」

 

 という訳で、早速練習開始である。

 発勁も勁鎧も、まずは体内の氣を自覚するところからスタートする。そこが分からないと話にならないのだ。

 そこで一斉に瞑想を始めたのだが……。

 

「できた」

「えぇっ……?」

 

 出来た。ていうか皆出来た。

 魔力ほど敏感に感知できる訳ではないが、集中すれば体内の氣は感知できる。氣マスターたるイリハはともかく、レノやエリーゼも可能だった。

 それどころか、何となく操作して放出する事まで出来てしまった。

 

「これが一番時間かかるんですけど……」

「房中術の影響かのぅ?」

「房中……?」

「な、何でもないのじゃ……」

 

 ユゥリンさん曰く、初心者はこれに数ヵ月もしくは何年もかけるらしいが、我が一党はこの過程をスキップである。

 

「つ、次行きましょうか……!」

 

 第二段階、自覚した氣を外に出し、維持する練習である。

 手から氣を出し、魔力の膜を張って定着させる。これは結構苦戦した。

 が……。

 

「こうかの?」

「やはり天才ですか……」

 

 例によって、イリハは即マスターしていた。

 彼女の場合、歩けば即陰陽術で氣を操る訓練をしていたので自然ではある。文字通り氣に触れてきた年季が違うのだ。

 

「うぅん、どうしても魔力が暴れて平たくなりませんね」

 

 一方、グーラは氣の放出と魔力纏いは可能だが、その両方を同時に運用する事に苦戦していた。

 どだい彼女は体質的に魔力纏い=炎纏いになってしまうので、膜を維持する難易度が通常魔力より高いのだ。練習中のグーラを端から見ると、気溜め中の伝説の超戦士みたいでカッコよかった。

 

「ん、難しいね……」

「精を燃やすのとも魔力を使うのとも違うッスからね。なんか細かくて上手く行かないッス」

「氣が全く固まらないのだけれど……」

 

 他方、ルクスリリアとレノは魔力操作ではなく氣の操作に苦戦中。

 エリーゼの場合、体外に出した途端に氣が散ってしまうようで、氣を魔力の膜で覆うどころではなくなっていた。

 

「その申し訳ないんですけど、エリーゼさんに発勁の習得は厳しいかと……」

「何故かしら……?」

「ぴぇ!? え、エリーゼさんは魔力が多すぎるから……」

「陰陽術の時と同じじゃな。氣が散って、形にならないのじゃ」

「そう。今回も外れ者って訳ね……」

「そ、その、これは発勁の応用なのですが、肌ではなく骨に氣を纏わせる感じにすれば良いと思います。嵐極拳の奥義の一つで、折れない骨の作り方……みたいな」

「へえ、いいじゃない。やってみるわ」

 

 体質的に難しいエリーゼにも、ユゥリンさんは的確なアドバイスをしていた。善き師である。

 

「むむむ……」

 

 そんな中、俺は瞑想に迷走していた。

 その気になって魔力を流すだけで発動する能動スキルや、念と詠唱で発動する魔法と違い、発勁は魔力と氣を均等に流さねばならないのだ。とにかく魔力操作を意識していた俺にとって、それはちょっとどころじゃないくらい難しかった。

 房中術の経験で氣の操作自体は出来るのだが、それを身体に沿って広げるのは難易度が高い。対し、武器に魔力を注いだりするのは簡単で、転移直後から使いまくっていたのだが。

 

「あの、発勁には二人で出来る練習法があるので、それを試してみませんか?」

「練習法?」

「はい。発勁合わせと言うのですが……」

 

 言うと、俺の前に来たユゥリンさんはパーにした手を挙げてみせた。ハイタッチである。

 

「て、手を合わせて頂けますか?」

「はい」

「ひゃ……!」

 

 お手と言われりゃ即実行。すると、ロリ師匠の小さな手のひらが離れてしまった。イシグロのメンタルに会心の一撃(クリティカル)

 

「あっ、すみません……! 男の人の手はお父さんのしか触った事なくて……も、もう一回お願いします」

 

 再度、手を重ねる。

 ぴたりとくっついた手は、文字通りに大人と子供のサイズ感。実際に触れたユゥリンさんの手は陶磁器のように白く、スベスベしていた。気のせいか、イリハやレノよりも体温が冷たい気がする。

 

「今から掌に発勁を使ってみますので、それを感じてください」

「押忍……」

 

 なんて感慨にふけっていたら、ロリ師匠の肌が離れてしまった。

 いや、視覚的には未だ手のひら同士を合わせているように見える。だが、実際には俺との間に例のバリアが張られており、先程まであった柔らかさが感じられなくなっていた。

 薄皮一枚、氣と魔力の膜がある。何となく静電気に近いような感じがした。

 

「この状態で、イシグロさんが同じように発勁を使えば手と手がくっつきます。どうぞ、内勁を外に出してみて下さい」

 

 なるほど、ロリータフィールドはロリータフィールドで中和できるのか。そして、中和できればタッチできるのか。

 そうとくれば俄然やる気になるというものである。俺はユゥリンさんの手の温もりを思い出しつつ、自身の氣と魔力に集中した。

 

「やけに真剣じゃない」

「驚かないで下さいッスね? 今のご主人、エッチなこと全く考えてないんスよ」

「純粋なんじゃの~」

 

 魔力障壁を張るだけではダメ。氣を出すだけでもダメ。しかして同時に操作しようとすると、どこかに綻びが生まれて形にならない。

 ユゥリンさんと同じモノを生み出す、それが正解だ。ロリを感じ、ロリと同期する。ゆっくりゆっくり、俺とロリの境界線が曖昧になっていく。俺は俺自身をロリと定義し、証明することに埋没した。

 そして、視えた。水のひとしずく……!

 

「……だいたい分かった」

「へっ、ひゃ……!?」

 

 発勁起動。ユゥリンさんの掌に張られた勁鱗を中和し、その柔らかな肌に触れた。実質百合である。

 そうだ、今分かった。頭で考えたら混乱する。身体感覚でやろうとしてもダメ。心をロリと重ねれば、俺はユゥリンさんと同じ事ができる。さすれば嵐極拳の奥義を与えられん。

 

「ありがとう、師匠。これでもっと強くなれる……」

「は、はあ」

 

 手を離し、発勁を解除する。俺の中にはあの瞬間の感覚が刻まれているので、いつでも発勁を使う事ができる確信があった。

 

「イリハ」

「のじゃ」

 

 既に発勁をマスターしてるイリハとも発勁合わせをやってみる。すると、さっきよりスムーズに中和され、すぐに触れ合う事ができた。

 やったぜ。実にめでたい。何であれ新たなスキル習得は気持ちいいもんだ。そのまま、俺とイリハはピシガシグッグッと喜びの手遊びを敢行した。

 

「流石ご主人様です……!」

「す、凄過ぎ……。イシグロさんも天才……?」

「天才っていうか変態ね」

「日本ってマスターみたいな人ばかりなのかな」

「さぁ? ご主人は自分のこと普通の人って言ってたッスけど」

 

 そんな感じで、俺とイリハは発勁を習得した。

 とはいえまだまだ嵐極拳の初歩も初歩。手だけでしかできないが、そのうち全身で出来るようになって、最終的に剣で発勁るようになるはずだ。

 

 やっぱ、一歩ずつ強くなる感覚ってのは病みつきになるね。レッツ・カンフー。

 

 

 

 

 

 

 クーシェンに来て二日目のスケジュールは、以下のようなものだった。

 稽古したり掃除したり買い物を手伝ったり。まかないを食べてお風呂に入り、お父様の部屋だったところを一党皆で使わせてもらって、就寝。部屋借りといて致すのは流石にダメだろうと、昨日に引き続き皆とはキスだけをして眠る。

 家具のない部屋で、野外用寝具を拡げて寝転がるのはそれはそれで面白かった。

 

「……性欲をもてあます」

 

 が、ムラムラして起きてしまった。

 それ自体は気合で抑えられるが、生理現象はどうしようもない。俺は尿意を解消すべく、こっそりトイレに向かった。

 

「ん?」

 

 深夜である。にも拘わらず、部屋を出た先に灯りが点いている事に気が付いた。

 角端園の住居スペースは、ユニットタイプの寮みたいな構造をしている。この部屋からトイレに向かうには、真ん中のリビングを通る必要があり、ちょうどそこが低出力の魔導照明に照らされていたのである。

 何であれ、静かにすべきである。隠形スキルを発動し、そろりそろりと歩いていく。するとそこには、ユゥリンさんの姿があった。

 

「うぅ~ん」

 

 食卓に使ったテーブルで、ユゥリンさんは一心不乱に読書していた。机の上には巻物や竹簡なんかも山積みされている。書物を読みながら呻く彼女は、とても真剣な眼差しをしていた。

 邪魔する訳にはいかない。俺は伝説の蛇のようにステルス移動で通り過ぎようとした。

 

「ひゃ!? い、イシグロさん!?」

 

 が、流石はロリ師匠。彼女の背後を通った瞬間、“!”と気付かれてしまった。斥候職、もっと上げようかな。

 

「すみません、読書中に」

「い、いえ、こちらこそすみません……! 魔導照明があるのは此処だけで……! そ、そろそろ寝ますね……!」

 

 言いながら、彼女は机上の書物をバタバタと片付け始めた。

 

「あ……」

 

 その時、巻物が満載されていた籠が机から落ちそうになった。

 

「よっと、はい」

「あ、ありがとうございます」

 

 当然キャッチし、彼女に渡す。客人相手だというのに、家主は申し訳なさそうに震えていた。

 

「これは?」

 

 なので、片付けを手伝いながら話題を振ってみる。

 ユゥリンさんは尚も耳をペタンとさせつつ、僅かに調子を取り戻し口を開いた。

 

「母が残した嵐極拳の教本と、歴代の後継者が残してきた指導記録です。皆さん、ワタシの想定より進んでいるので……」

 

 ユゥリンさんの話すところによると、昨日もこうして勉強していたらしい。嵐極拳の説明が出来たのもこれのお陰なんだとか。

 真面目で、一生懸命な女性だと思う。推せる。

 

「皆さんはこんなワタシのお話を聞いて下さいます。と、とても有難いです」

「いやいや……」

 

 なんて言いつつ、ユゥリンさんは自身を卑下するような事を言う。

 変な話、俺はユゥリンさんがロリじゃなくても素直に教えを乞うていたと思う。

 確かに不慣れでたどたどしいところもあったが、彼女の指導は逐一丁寧だった。こういう人にこそ物を教わりたいと思う。是非とも自信を持って欲しいところ。

 

「この調子なら、皆さんすぐに終わっちゃいそうですね……」

「それは……」

 

 何か返そうとして、止めてしまった。彼女の眼に、例の憂いが垣間見えたからだ。

 ぎゅっと、ユゥリンさんは母の教本を抱きしめていた。

 

「イシグロさん……明日からも、よろしくお願いします」

 

 泣きそうな、寂しそうな眼。

 そして、思い出す。イリハ、レノ、シャーロット。未来を諦めている悲しい瞳。口元だけが、笑っている。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 やはり、放っておけない。

 彼女のぎこちない笑顔を見て、俺は改めてそう思うのであった。




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◆麒麟について◆

・麒麟族
 獣人種麒麟族。瑞獣の一つ。
 頭部に竜族のような角があり、ヒトミミ部分に馬耳がある。尾骨からは牛人の尻尾が生えている。不老長寿で、竜族ほどではないにしろ再生能力がある。
 種族特性は多岐に渡り、鱗鎧や飛行や空中歩行や雷操作や火吹きや暗雲生成や歌唱バフなど沢山。
 強い種族というより、尊い種族。

・麒麟鎧
 麒麟族のみが使用できる鱗鎧。防御性能は竜族鱗鎧より遥かに低く脆い代わりに、防具の上に重ねる事ができる。
 発動の際には一瞬だけウロコ状の魔力障壁が身体を覆った後、やがて透明になるというもの。鱗鎧というよりバリアである。
 ぶっちゃけプライマルアーマー。

・嵐極拳
 麒麟族の種族特性を再現する為の武術流派。
 格闘技としての完成度は極めて低く、あくまで発勁の習得と熟練が嵐極拳の目的である。

・発勁
 麒麟鎧の再現、その技術。氣を魔力の膜で覆い、バリアを生成する。
 攻撃の際に発勁を使う事により、威力の向上等様々な恩恵がある。また、使用者によっては得手の魔法属性を付与可能。
 現在、発勁の技術は他流派に盗まれ、単純な攻撃技として運用されている。
 パンチに使えばピンポイントバリアパンチ。

・勁鱗
 全身を発勁で覆った疑似的な麒麟鎧。
 性能は麒麟鎧と同等で、麒麟族以外でも使用可能。
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