【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 誤字報告もありがとうございます。いつも助かっています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


ロリュンヒルデの涙

 武侠国クーシェンに来てから、凡そ一週間の時が経過した。

 風の支援を受けた秋軍により盛夏残党軍はその勢いを減じ、現在クーシェンは過ごしやすい季節となっていた。スポーツの秋の到来である。

 そんな中、麒麟姉妹の営む料理屋の屋上で古代拳法・嵐極拳の教えを受けている俺達は、今日も今日とて鍛錬を続けていた。

 

「で、出来ました! 出来ちゃいました、ご主人様!」

「「「おぉ~」」」

 

 曇り空の下、前より多くの洗濯物が揺れる屋上に、小さな歓声が沸いた。

 桶に水を張り、その水面に立つという発勁練習法。普通に池ポチャした俺とは違い、これをグーラが一発合格してのけたのである。

 

「グーラさんは足裏の発勁が出来るんですね。普通そっちの方が難しいはずなんですが……」

「そういえばプールの水面歩いてたもんな」

「アレは発勁だったのね……」

 

 既に勁鎧をマスターしてるイリハは例外として、発勁の得意部位には個人差がある。俺は腕発勁が得意で足発勁が苦手なのに対し、グーラはその逆だった。

 一方、ルクスリリアとレノは未だ魔力と氣の調律が不完全で、発勁できても一秒程度。エリーゼは師匠に言われた通り骨発勁の練習中である。

 

「皆さん凄いですね。内勁を見出した後も時間がかかるはずなんですけど」

「師匠の教えが上手だからさ」

「とんでもないです。何度も言いますけど、普通こんなに順調なのが変ですから。間違いなく歴代でも最速だと思います」

 

 陰陽術もそうらしいが氣の感知には年単位の修行が必要で、場合によっては一生かかっても習得できないパターンもあるそうだ。

 その点、俺達は最も困難な第一段階をスキップできている分、純粋にアドである。房中術も無月流も全部無駄じゃなかった。

 

「ん、開店時間一五分前」

「あ、すみません。ワタシそろそろ下に行きますね。桶の水は流した後、ここで乾かしておいてください」

「行ってら~ッス」

 

 嵐極拳の正統後継者であらせられるユゥリンさんは、ロリ師匠であると同時にロリコックである。営業時間になると、ユゥリン師匠の朝稽古は終了した。今からは自主練である。

 

「じゃ、俺は無月流の型でもやろうかな」

「アタシもそうするッス。発勁の練習は頭痛くなっちゃって身体が鈍る感じするッス」

「私は少し休憩するわ。意外と疲れるのね」

 

 嵐極拳の鍛錬に、唯心無月流の鍛錬。全部やろうと思ったら、あっと言う間に陽が沈む。

 が、流石にそれだけだと味気ない。そんな訳で、本日の午後は昼飯を食べ次第外出する予定である。

 

「ふぃ~、お腹空いたッス~」

「ユゥリンさん、注文いい?」

「あ、はぁい。チィ姉、お茶お茶」

 

 午前を修行アンド修行で過ごし、お腹ペコちゃんでお昼過ぎ。営業時間中の角端園一階で、相変わらずガラガラの席でロリ中華を注文。運動した後のロリ飯は心身に良いのだ。

 

「暇ねぇ」

 

 人数分のお茶を配り、同じ卓に着いたチィレンさんが言う。早朝バイトから戻って店の手伝いを始めた看板娘にとって、現在は休憩時間になっているようだった。

 

「今日まだ誰も来てないんスか?」

「まぁね~。でも昨日は一人来たよ。背の高い猫人の女の子」

 

 実際、角端園は不人気店である。一日一人くれば良い方で、二日に来客一人なんてのもザラらしい。

 何となく、壁に架かったメニュー表を見る。クーシェンに限らず異世界においてこの品目数は高級店のソレであり、当然お値段も相応だ。にも拘わらずこの状況。赤字を垂れ流しているはずだが、大丈夫なのだろうか。

 

「お待たせしました。あの、本当に一緒に作っちゃって良かったのでしょうか?」

「ダイジョブダイジョブ。ねぇイシグロさん?」

「ええ。一緒に食べましょう」

 

 そうこうしていると、ユゥリンさんが直接昼飯を持ってきてくれた。大皿を真ん中に置き、取って食べるスタイルだ。

 で、彼女もそのまま席に着く。営業時間ギリギリなので、もう食べちゃおうって感じである。

 

「イシグロさんは今日もお外行くのかな?」

 

 美味しいロリ中華に舌鼓を打っていると、同じく妹飯を食べているチィレンさんが口を開いた。

 

「そのつもりです。何でしたっけ、何とか館っていう場所に」

「へぇ。ならさ、ユゥユゥも一緒に連れてってくれない?」

「ち、チィ姉……!?」

 

 突然の申し出である。これはユゥリンさんにとっても驚きだったようで、尻尾とツインテをピーンさせていた。

 

「だってユゥユゥ、最近ずっとお仕事ばっかりじゃない。夜の方も、まぁもういいでしょ」

「でも、それじゃお店が……」

「いいじゃない今日くらい。片付けとかお姉ちゃんがやっとくからさ」

 

 大らかというか何というか、こういう思い切りの良さには異世界らしさを感じちゃう。

 あわあわするユゥリンさんを前に、俺は皆と顔を見合わせた。

 

「此方としては構いませんが、ユゥリンさんご自身は大丈夫ですか?」

「大丈夫よね? ユゥリン」

「あぅ、どうなんでしょう?」

「いいから行ってらっしゃいな」

 

 結局、俺達はユゥリンさんを伴って外に出る事となった。

 やや強引な感もなくはなかったが、今日はもう店じまいである。いざ休みとなった店主はソワソワと落ち着かない様子だった。

 

「ユゥリンさんはどこか行きたい所とかある?」

「いえ、特にこれと言って思いつかないです……」

「遠慮しなくていいですよ。ボク達は明日も行けますし」

「本当に。その、外に出た事があんまりなくて……」

 

 曰く、拳法家と店主をやってたら遊ぶ時間など無いそうで、加えて言うと休みの日も家でじっとしている事が多く、外に出てリフレッシュって感覚も習慣も存在しないらしい。ユゥリンさんはインドア都会っ子なのだ。

 

「それじゃ、なんか気になるところあったら寄ろうか」

 

 そんなこんな歩き出し、予定通り観光スポットに向かう事に。

 

「あの、イシグロさん」

「はい」

 

 と、ユゥリンさんに呼び止められる。

 振り返れば、上目遣いでもじもじするツインテロリの姿が。

 

「武館の外では師と客の関係ではないので。気軽に名を呼んで頂ければと……」

「そう? ならそうするよ、ユゥリン」

「てかアタシ普通に呼び捨てッスよね」

「ん、マスターはそういうとこ細かい」

 

 この世界では、初対面の相手を呼び捨てにしても特段シツレイには当たらない。お貴族界隈はともかく、庶民や冒険者間じゃ使ってる人のが稀である。

 ユゥリン、そう呼べる事が嬉しい。何となく距離が縮まった感。

 

「今日も人多いッスね。密度だけなら王都並みッス」

「へぇ、王都ってもっといっぱい人がいるものかと」

 

 武侠国クーシェンは、巨大な城を中心に築かれた都市である。

 外から見たら威圧感たっぷりだが、その中身は一面歓楽街みたいになっている。実際、外で稼いできた傭兵が思う存分遊べるようにしているらしい。

 当然、他国からの観光客も意識している。富裕層向けの一流ホテルは王都中央区並みのクオリティだとか。パンフによると、それはもう豪勢な宴がご用意されているらしい。興味が無い訳でもないが、クリシュトーさんからはお勧めされなかったので止めておく所存。

 観光客向けの綺麗な街並み。とはいえ、旅行初日にチンピラと遭遇した街である。海外旅行レベルの警戒心は保っておくべきだろう。

 

「ここが、九神史館……! 現地の人にも人気なんですね!」

「壮観じゃの~」

「ほえ~、ワタシここ初めて来ました。い、意外と近かったんですね……」

「地元の観光スポットってあんま行かないもんな」

 

 並んで歩いて暫くし、クーシェン旅行の定番である博物館的なところにやってきた。我が一党の竜狗狐の三人娘は古代文化の愛好家なのだ。

 博物館では武侠国クーシェンの歴史を学ぶ事ができる。こういう英雄スポットは神社仏閣に近いポジションなのか、お伊勢参りを思い出すくらい混んでいた。混雑してる所はお手々繋いで移動である。

 パッと見で圧倒される巨大絵画や武器のレプリカ。とにもかくにも戦・暴力・勝利って感じで、国の威信を見せつけられて刺激的でファンタスティックである。

 中でも印象的だったのが、初代武王の九英雄を象った石像である。

 

「見て下さい、フゥラン様の像ですよ!」

「あれがフゥラン様……。ほ、ホントに麒麟族だったんですね」

「意外とちんまい御方なんじゃのぅ」

 

 当然、そこにはユゥリンの遠いご先祖様もいらっしゃった。

 件の英雄は麒麟姉妹と同じ特徴を持った男性で、嵐極拳の創始者である。初代武帝に勝るとも劣らぬ猛者だったとか。

 

「ルクスリリア、あの方が朱雀族のウカン様で、その右隣が鳳凰族のゲンリ様。その隣が迦楼羅族のエキトク様ですよ」

「全部同じじゃないッスか」

「エリーゼ、一番奥にいるの竜族?」

「いえ、あれは半竜人ね。角の感じからして、黒竜一族かしら?」

「一番デカいのは鬼人かのぅ?」

「大角族のスーアン様ですね。鬼人ではなく魔人種になります」

「グーラさん、ワタシより全然詳しい……」

 

 麒麟武王だけではない。他の石像のクオリティも凄かった。額に角のある大男に、半竜人の女傑。大きな翼の鳥人三銃士。筋肉モリモリマッチョマンの獅子人は、今の武帝と同じ種族か。

 その他、文字を読めない人向けにガイドさんみたいな人もいて、その人の解説は普通に興味深いものだった。

 

「見てくださいッス! 歴代武王モチーフのお菓子とか売ってるッスよ!」

「像なんかも売ってるのじゃ。カムイバラとは規模が違うのぅ」

「良い腕しているじゃない。買いましょう」

「あい~」

「あのぉ、値札を見た方がいいと思いますよ……?」

「ん、武器より安い」

 

 商魂逞しい事に売店コーナーもあったので、せっかくだから俺はこの木彫りフゥラン像を買うぜ。

 

「ご主人様……」

「ん? え、マジか」

 

 なんて観光気分で呑気してたら、見覚えのあるマークのバッジを付けている警備員を発見した。

 黒縁のバッジに、一角獣のマーク。初日に角端園で遭遇したシエジー組の組員である。

 

「シエジー組ですね。今はクーシェン武侠会のバッジを付けているので、何もしてこないと思いますよ」

「意外とヘーキなんスね」

 

 あの後、チィレンさんに教えてもらったのだが、一角獣は角獅子人を象ったもので獬地拳の使い手を意味するマークらしい。そして、あのバッジはシエジー組所属の証なんだとか。

 そんでもって俺からすると道極め系組織だと思ってたシエジー組は、クーシェン国営の警備会社であり傭兵派遣会社であり治安維持機構であるというのである。つまり、反社の組ではなく建設会社とかの組なのだ。

 残念ながら、例の刺客は素性不明である。なので今のところ俺とシエジー組は敵対している訳ではない。が、観光中に仲良くする理由もない。俺達は組員の視線から逃れるようにその場を去った。

 

「ん、別の組同士でも仲良いんだね」

「組は違っても同じ武侠会の人ですからね。喧嘩はしてもいがみ合う事はないそうです」

「本当にそうなら良いのだけれど」

 

 バッジを身に着けてる人はどこかしらの組の所属で、バッジ無しマーク持ちの人はただの拳法習得者って事か。屋台の姉ちゃんも獬地拳のバンダナ巻いてるし、衛兵同士でも別のマークの布を巻いてる。バッジ付きとバッジ無しの人もいれば、別マークで一党組んでるっぽい冒険者なんかもいた。

 カラーギャング的に組や流派で分かれてるのかと思えば、実際そうでもないらしい。そして、クーシェン武術はリンジュ以上に民に根付いているようで、有事の際には国民全員兵士になるそうだ。

 

「と、今日はここで近道しよう」

「近道ですか?」

「道を覚えたいからさ」

 

 博物館を出て、建物の隙間に入っていく。観光は続ける予定だが、サブクエストも達成する。即ち、マッピング作業である。

 異世界の都市はどこもそうだが、通り一つ抜けると表情を変える。天に聳える鋼鉄の城――クーシェン城に繋がる通りや広場は綺麗に整えられているが、一度路地裏に入れば濃ゆい影に覆われる。

 で。王都やケフィアムは例外として、都市の路地裏なんて何処も汚いのがデフォである。もれなくクーシェンの路地もゴミやネズミや黒猫ちゃんのオンパレードだった。

 だが、クーシェンの路地裏には他の都市にはない特徴があった。

 

「此処にも乞食がおらんのぅ」

「乞食? そういえば、クーシェンの外にはそういう人がいるんでしたっけ」

「ん、どれだけ綺麗でも大きな町ならいるのが普通」

「そうなんですね。ちょっと怖い……」

 

 王都は例外として、異世界の街には浮浪者がいるものだ。にも拘わらず、クーシェンにそれらしい姿は無かった。

 

「この道も入り組んでますね。迷路みたいです」

「あからさまに迷路として造ってあるよな~」

 

 こそっと全員に【清潔】使ってから薄暗い路地を抜け、人混みの大通りに出る。すると途端に明るくなって、音も匂いも都会のそれに早変わり。

 

「次は何処に行かれる予定ですか?」

「予定はもう無いかな。あとは適当に歩いてみるって感じ」

「人混みは苦手かしら? 私もよ。慣れたけれど」

「はい、そうですね……そんなに得意じゃないです。賑やかなのは嫌いじゃないんですけど」

「分かるってばよ」

 

 さんざ歩き回ってそろそろ夕陽の赤が近づいてきた頃、クーシェンの街はいっそう活気づき始めた。

 ふと目に入った建物の前には、鳥マークの警備員が後ろ手を組んで仁王立ちしていた。デカい看板に派手な魔導照明。異世界カジノ、クーシェン仕様である。

 

「あれが、賭場……」

 

 カジノの看板を見て、ユゥリンが呟いた。

 

「どうした?」

「いえ、お母さんが賭博好きだったらしくて、どんな感じなのかなと」

「じゃ行ってみるッスよ!」

「だな。ざわざわしてきたぜ」

「えぇ……?」

 

 まぁ実際興味はあったし。淫魔王国は景品制だったが、他は現金に換えられるはず。異世界ファンタジーカジノ、わくわくするね。

 入り口潜って受付で身分証明。豪奢な廊下を歩いた先は、煌びやかな立食パーティ会場みたいになっていた。

 

「だ、大丈夫でしょうか? 怒られませんか……?」

「まぁ程々に遊ぶくらいなら大丈夫でしょ。はい、皆の分」

「えぇ!? わた、ワタシにも……?」

「そりゃ賭場なんスから賭けないと」

「あそこリンジュの花札があるのじゃ」

 

 グルッと見渡してみたところ、この賭場はテーブルゲームが多い印象だ。バーもあったりバニーガール――兎人美女だ――もいたり、賭博以外の娯楽も楽しめるっぽい。

 客層は若い人が過半なようで、ぶっちゃけもっとサツバツとしてるの想像してた。視界の奥、富豪風のおじさんが上階にご案内されていた。なるほどねって感じ。

 

「とはいえ、あまり離れない方が良さそうね」

 

 主人の俺がラリス銀細工を下げているからか、動物マークの警備員さんの視線を釘付けにしちゃっている。

 気にしても仕方ないので、適当にテーブルを見て回って遊べそうなゲームを探してみる。

 

「っと、麻雀あるじゃん」

「おぅ兄ちゃんラリスの人かい。クーシェンじゃコイツが一番人気だよ。やってくかい?」

 

 馴染みの遊びを見つけたら、積極的に参加する。

 そんなこんな麻雀以外のゲームなんかも楽しんでいたら、一党の軍資金はプラスとマイナスを行き来していた。案の定、知性A幸運Dのレノは連敗してマイナスで、妙にツイてるルクスリリアは連勝してプラスだ。

 

「あ、すみません。それロンです……」

「やめろーっ! 脱ぎたくない! 脱ぎたくなぁい!」

「え? ぬ、脱がないでください……」

「ば、バカな!? あのチビ、“雀将”のジョーを脱がしやがった……!」

「脱がないでください……!」

 

 そんな中、ユゥリンはクーシェン麻雀で無双していた。凄まじき高得点で勝利したようで、相手の雀士は自ら身ぐるみを剥いでいた。ナンデ?

 

「か、賭け麻雀は恐ろしい遊戯なのじゃ……」

「運もあるけれど、ユゥリンは守りが上手いわね」

「すごい、こんなにいっぱい……麻雀って儲かるんですね。ふへへ、もうお店辞めてこっちで生きてくべきでは……? ぞ、続行です……!」

「それ以上いけない」

 

 闘牌伝説で逆境無頼になる前に。俺はユゥリンの麻雀を阻止した。悪い遊びを覚えさせたい訳ではないのだ。賭けは程々が一番である。

 

「あ……さっき稼いだお金が全部溶けちゃいました」

「所詮はあぶく銭じゃ。賭博で稼ぐ金なんてこんなもんじゃよ」

「ん、ルーレットは面白いけどすぐ負ける」

「まぁレノの選ぶ逆の色選べば勝てるんスけどね」

「ご主人様ご主人様、あの人は球を入れる場所をコントロールできるのでしょうか? そんな風に見えるのですが……」

「さぁどうだろうな」

 

 で、調子に乗ったユゥリンは他の遊びで全てのプラスをゼロにした。

 とはいえ最終的な収支は殆どプラマイゼロの微マイナスなので、時間分のプレイ料金と思えば健全な範囲である。

 

「虚しいお金っていうのもあるんですね……。でも麻雀は楽しかったです」

「え? 経験者じゃないの?」

「いえ、さっきのが初めてですね」

「見て覚えて勝っとったのじゃ……!」

 

 その後は賭場内にあったバーで軽食を摂ったり、皆で異世界ダーツなどを遊んで過ごした。

 外に出た頃には空はすっかり暗くなり、ギラギラした魔導照明がクーシェンの街を照らしていた。

 

「我が名は紫電拳のジャオヒン! 発勁七段! 我が発勁の冴え、いざいざ御覧じろぉい!」

 

 帰り道、以前ストリートファイトしてたステージでは、ダンスグループみたいな拳法家が集団演武をやっていた。

 勇壮な太鼓のリズムに合わせて、自流派の技を披露していらっしゃる。オーディエンスは大盛り上がりだ。

 

「今の人、さっき発勁を使いましたね」

「発勁というか光線じゃったのぅ」

「まぁ今ではそういう扱いが主流になってますから……」

 

 煌々と照らされる拳法家達は、自信満々に技を披露している。

 ドコドコと低い太鼓が鳴り響き、観客も楽しそうだ。まんまお祭の様相である。

 そんな光景を見るユゥリンは、此処ではない何処か遠くを眺めるような目をしていた。

 

「ユゥリンさんは……」

「はい」

 

 気付けば、口を開いていた。

 違和感を覚えて、それを問う気になったのだ。しかし、俺はその違和感を未だ言語化できてはいなかった。

 咀嚼の途中で、吐き出すように、云う。

 

「武術とか、あんまり好きじゃない感じ?」

 

 そう、そこだ。

 ゲルトラウデ師匠や、その娘のアンゼルマさん。澄刃流のデイビットさんに、剣鬼流のウラナキさん。翻獅流の使い手と名乗っていた素足の猫又。彼等彼女等には、己の技に関して何かしら強烈な感情があった。

 対して、ユゥリンにはそれが感じられなかったのだ。自身の武術流派に関する感情が妙にフラットで、自分とは切り離しているようだった。それが良くないと言っているのではなくて、ああもマスターしている割に無関心過ぎると感じたのである。

 突然の問いに、ユゥリンはパチパチと瞬きし、やがて微妙な微笑みを浮かべた。

 

「どうなんでしょう。物心つく頃にはやらされていたので、自分ではよく分かりません。ずっと続けられているあたり、嫌いではないのだと思います」

 

 戦いは苦手ですがと、嵐極拳の正統後継者は付け足した。

 

「それは……」

 

 なら、どうしてああも一生懸命に指導できていたのか。

 夜中まで教本を読み込んで、口下手なりに噛み砕いて説明して、当然とばかりに全ての技を継承している。

 そう考えた時、答えは自然に出た。

 

「チィレンさんの為?」

 

 彼女が頑張れる理由があるとすれば、それは姉に関わる事しかないと思った。

 

「そうですね。チィ姉……お姉ちゃんは、お母さんが大好きだったので……」

 

 それは、彼女の心から遠く離れた言葉だった。

 そして、同じ抑揚のまま続けた。

 

「うちのお母さん、いきなりいなくなったんです。家族の誰にも言わずに、フラッと……。病気はなかったですし、誰かに恨みを買うような人でもなかったと記憶しています。なのに、突然です。その時のお姉ちゃんは、お父さんよりずっと悲しんでて……」

 

 麒麟姉妹に、両親はいない。角端園の店主だった父は老衰で亡くなったと聞いていたが、母については初めて知った。

 

「落ち込んでるお姉ちゃんを慰めたくて、でも何も思いつかなくて……。それで、ワタシが嵐極拳を続けるって伝えたら、喜んでくれました。二人になった後も、お父さんと同じ料理を作ったら喜んでくれました。それなりに努力したつもりでしたが、少しずつ客足は離れていきました。お姉ちゃんは頑張ってくれましたから、多分ワタシがダメだったのだと思います」

 

 息を吸って、吐く。

 舞台の上では、演武を終えた拳法家が笑顔でファンサをしていた。

 

「お姉ちゃんには昔から迷惑をかけてしまってて……。ワタシ、一人じゃ何もできませんから。もっとちゃんとしなきゃいけませんでした。本当に、生まれた時から甘えてばかりで、今も……」

 

 ここにきて、俺はユゥリンの本質の一部を思い知った。

 この子は、我が希薄なのだ。その行動原理は、徹頭徹尾姉を想っての事だった。

 嵐極拳を極めたのも、あんなに美味しい料理を作れるのも全て姉の為だったのだ。

 

「チィ姉が大切にしていたものを続ける。ワタシには、それしかできません、きっとこれからも、恐らく死ぬまで……」

 

 言って、彼女はにっこりと微笑んだ。

 諦めたような、吹っ切れたような、涙が枯れた後のような。そういう、痛ましい笑顔。

 その口元は、姉によく似ていた。

 

「なので、イシグロさんには感謝しているんです。多少なり嵐極拳の血脈を繋げられた訳ですから。きっとお姉ちゃんも喜ぶと思います」

 

 姉が大事なのは、間違いないのだと思う。外部刺激に敏感で、大人しい気性も生来のものかもしれない。それでも、俺からしたらその在り方は無性に悲しかった。

 当のチィレンさんは、今のユゥリンにこうあって欲しいと思っているのだろうか。

 

 

 

 角端園に戻ると、クローズドの店に灯りが点いていた。

 

「ただいま」

「おかえり~」

 

 チィレンさんは入り口から最も離れた席に座っていた。

 二人の間に、蟠りは見受けられない。いつもの仲良し姉妹である。

 

「遅くなってごめんなさい。夕飯、今から作りますね」

「あ、待ってユゥユゥ」

 

 厨房に行こうとしたユゥリンを、チィレンさんの言葉が遮った。

 びくりと身を震わせ、二人は目を合わせた。

 

「今日は、お腹いっぱい食べたいな」

「……わかった。チィ姉」

 

 それだけで、何かが伝わったのだろう。

 ぱたぱたと、ユゥリンは逃げるようにして厨房に消えた。手伝おうとしたイリハは、異様な雰囲気におろおろし、やがてチィレンさんに促されて席に着いた。

 

「チィレンさん」

「ん~?」

 

 厨房から料理の音が聞こえてきたところで、声をかける。

 目を合わせた彼女は、やがて何かに納得したような表情を浮かべた。

 

「話したい事があるのね。実は、お姉ちゃんにもあるの。けど、それはご飯の後、皆が寝静まった後ね」

「わかりました」

「ありがとね、イシグロさん」

 

 言って、彼女はふわりと微笑んだ。

 その瞳は、妹にそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 夜、俺はチィレンさんの言った通りに角端園の屋上にやってきた。

 ゆっくりと扉を開ける。冷たい夜風が身体を撫でた。物干し台には何も掛かっていなかった。

 

「イシグロさん、こっちこっち」

 

 チィレンさんは、屋上の縁に座っていた。

 見れば、チィレンさんはお酒を呑んでいた。瓶の拵えからして、割と高級なお酒である。

 

「とりま一献」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 人一人分の距離を空け、チィレンさんの隣に座る。促されるまま駆け付け一杯を呑み干した。

 

「美味しいですね」

「嘘だ~。イシグロさんからしたら、こんなの安酒でしょ~」

「いえ、本心ですよ」

「ホントかな~?」

 

 嘘ではない。シャトーブリアンよりコンビニおでんの方が口に合う俺にとって、実際食べ物の良し悪しはよく分からない。宴会にしたって晩酌にしたって、誰と飲み食いするかが味の九割を占めると思っている。

 

「このお酒ね、お父さんがずっと残してたんだけど、もう呑んじゃおうって。ユゥユゥは付き合ってくれないし」

 

 しばらく、チィレンさんは何も言わずに酒を呑み続けた。

 屋上からは遠くの灯りがよく見えた。広場の方は今も賑やかにやっている。

 見上げた先には、一面の星と大きな月が浮かんでいた。

 

「最近さ……」

 

 酒器を置き、チィレンさんが口を開く。酒気を帯びた嘆息が夜風に乗って散った。

 

「最近のユゥユゥは笑う事が増えたんだよね。イシグロさん達のお陰かな」

「そうでしょうか」

「間違いないよ。ユゥユゥのお姉ちゃんだもん。それくらい分かるよ。分かっちゃうからさ……」

 

 少し、強い風が吹いた。

 チィレンさんの髪が揺れ、彼女はそれを手で押さえながら続けた。

 

「ユゥユゥさ、良い子でしょ」

 

 俺の方をじっと見て、彼女の姉であるチィレンさんは歯を見せて笑った。

 屈託のない、自慢げな表情である。

 

「はい、そう思います」

「でしょ? 昔から、あの子めちゃくちゃ良い子でさ。頭も良くて、料理もできて、私に出来ないこと何でもできるんだよね。私が勝ってるとこなんて、愛想よく振る舞えるってとこくらいかな」

 

 無意識だろうか、チィレンさんは酒瓶を手に取り、すぐに下ろした。もうそこに酒は入っていない。

 ごくりと、息を飲む音が聞こえた。

 

「ねぇ、イシグロさん……」

 

 笑顔の仮面が剥がれている。

 目の前に、素顔のチィレンさんが居た。

 その双眸は、強く静かな感情を湛えていた。

 

「はい」

 

 改めて視線を合わせる。

 一拍、小さく息を吸って、彼女は潤んだ唇を震わせた。

 

「ユゥリンのこと、貴方のお(めかけ)さんにしてくれない?」

 

 驚きに声も出せない俺を前に、チィレンさんは辺りを憚る低声で……。

 

「妹を連れ出してほしいの。この国から」

 

 そう、覚悟の籠った言葉を発した。




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