【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆さんの反応が書く力になっています。
 誤字報告もありがとうございます。謝謝茄子!
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。
 よろしくお願いします。


亡霊たちは炉利魂歌を口ずさむ

 クーシェンの迷宮ギルド職員は、基本的に暇である。

 何故なら、他国と比べるとクーシェンの専業冒険者の数が少なく、主な迷宮の利用目的が鍛錬か腕試し程度だからだ。

 鍛練にしても一か八かの命賭け。そう頻繁に潜る訳もなし。あまつさえ換金の際に多額の税を取られるので、専業でやっていくなら外国で稼ぐ方が利口である。

 故に、クーシェンの転移神殿で働くギルド関係者は暇を持て余しているのだった。

 

「はぁ~」

 

 武侠国クーシェン、転移神殿にて。受付嬢・ベレニケは気怠げなクソデカ溜息を吐いた。

 暇だ、暇である。その日の転移神殿もまた、何も起こらず暇だった。何なら出勤後一刻で全ての仕事を終わらせちゃったまである。

 見ようによっては仕事が少なくて結構じゃないかと思われるかもしれないが、ベレニケにとっては困るのだ。

 理由は一つ、婚活である。願わくば王都で働いて、良い男をゲットしたかった。

 

 ベレニケには夢がある。

 思春期以降、ベレニケは腕っぷしの強い男に目が無かった。それも迷宮稼業でブイブイ言わせてる冒険者――最低でも鋼鉄札中位――が性癖ジャストフィットであり、故に父や恩師の反対を押し切って受付嬢になったのだ。

 

 ラリス基準の世間一般において、ギルドの受付は花形憧れ職の一つである。それも神殿務めの受付嬢となれば界隈内外問わずに通じるモテ要素だ。

 実際、受付嬢はモテる。モテる男にこそモテる。金も銀も鋼鉄も選び放題で、モテまくり勝ちまくりである。当然、夢の受付嬢へジョブチェンジしたベレニケも即人気受付嬢に成り上がった。

 しかし、思った通りには行かなかった。躓いて、転んだのである。

 

 当初、ベレニケはラリスの辺境で受付嬢をやっていたのだが、痴情の縺れで同僚からの反感を買ってしまい、紆余曲折あってクーシェンのギルドに飛ばされたのだ。

 地方からクーシェンへの移動と言えば、庶民の感覚では栄転である。しかしながら、当のベレニケとしては左遷に他ならなかった。 

 

 強い男と出会うべく受付嬢になったのに、迷宮稼業が不振な国ではロクな出会いが一つもない。

 嫁より国を貴ぶ武侠共は好きになれない。うだつの上がらない鋼鉄札もアウトオブ眼中。妥協できない、銀細工以上がいい。鬱屈を貯め込んでいたベレニケの望みは、日に日に増大していった。

 

「失礼します。冒険者登録をしたいのですが、お時間よろしいですか?」

 

 そんなある日、最近ご無沙汰だった新規の冒険者登録を行う機会があった。

 登録したのは麒麟族の少女だった。希少な種族だが、新規登録自体は珍しくない。が、その介添人はなんと“迷宮狂い”と綽名されるラリス銀細工、“黒剣”のイシグロ・リキタカだった。

 英雄情報に詳しいベレニケをして、イシグロと言えばトップ・オブ・ヒーローである。訓練通りの受付嬢スマイルを浮かべつつも、ベレニケは内心で浮かれまくっていた。例えるなら、野球好きが高じて野球部のマネージャーをやってる女の子が憧れのメジャーリーガーと対面したような感覚だった。

 

「よろしくお願いします……!」

 

 ユゥリンと名乗った少女は、イシグロの所有奴隷と同じくらいちんちくりんだった。

 曰く、彼女はクーシェンの地元民であるらしく、嵐極拳という古武術の使い手なのだとか。とはいえ、いくら強かろうが誰でも最初は木札スタートである。

 冒険者証を受け取ったユゥリンは、何故だかソレを感慨深そうに眺めていた。

 

「そんじゃ、じっくり探索しますかねっと」

「もう武器持っていいんスよね? ご主人」

「久しぶりの遠隔魔法ね。とても待ち遠しいわ」

 

 翌日である。

 イシグロ・リキタカは自身の所有奴隷を伴って転移神殿にやってきた。かと思えば、何の気負いもなくクーシェン唯一の上位迷宮に入って行ったではないか。

 あまりにも自然な迷宮入り、ベレニケじゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 イシグロが潜ったのは、比翼迷宮と呼ばれる上位迷宮である。

 今から約二年前、前の迷宮が枯渇して再生した迷宮で、お上もギルドも枯れてほしがっているクソダンジョンオブザイヤー大賞迷宮である。

 

「おいおいおい……」

「死ぬわ、あいつ」

 

 ラリスから来た冒険者が例のクソ迷宮に潜って行った事を知って、どこにでもいる性悪冒険者は悪っぽくせせら笑っていた。

 比翼迷宮と言えば、嫌われ迷宮界の筆頭である。単に難易度が高く稼ぎが渋いという事情もあるが、ことクーシェンの冒険者とは相性が悪いのが文字通りに致命的だった。かれこれ、もう一年以上誰も潜っていないあたり、その嫌われぶりは筋金入りである。

 

「ふっ、そういう事ですか……」

 

 難易度が高く、稼ぎも渋く、あまつさえ同時に三人しか潜れない上位迷宮。

 マトモな冒険者なら、比翼迷宮には潜らない。だが、イシグロは潜った。何故か? 彼がラリスの“迷宮狂い”だからだ。

 先日の冒険者登録、黒剣一党での攻略。そうなれば、彼の次の行動も予想できる。ベレニケは心底気持ちよさそうな表情を浮かべていた。

 

「いや~、ご主人の勘はドンピシャだったッスね~」

「ああいうボスはああいうギミックが相場って決まってんだよ」

「アレなら初めて潜るユゥリンでも戦えるでしょう」

 

 ベレニケの期待通り、イシグロは怪我一つなく帰還してのけた。

 それから何食わぬ顔で聖遺物を換金し、高すぎる迷宮税に文句一つ言わず帰って行った。

 ギルドを立ち去る後ろ姿は、あまりにもクールだった。

 

「流石、王都の冒険者は違いますね~」

「おいおいニケちゃん、ああいうガキが好みなのかよ?」

「もう少し身体が大きかったらなって感じですねぇ。まぁヤクマさんよりは好きですよ」

 

 所作といい、言葉遣いといい、うだつの上がらないクーシェン冒険者とは雲泥の差だった。

 恋愛対象としては落第だが、何回かサービスしたら王都のギルド関係者に口添えしてくれたりしないだろうか。当時のベレニケはそんな事を考えていた。

 

「朝言った事は覚えてるな? 潜ってすぐは安全だから、そこでも確認するけど」

「だだだ大丈夫でひゅ……! 討ったら戻る討ったら戻る……!」

「少しずつ慣れていけばいいわ。瀕死になっても助けてあげるから」

 

 その翌日。今度は件の麒麟少女を連れてきて、イシグロ達はまたも比翼迷宮に潜って行った。

 ベレニケの予想は的中した。彼の目的は木札の引率で確定である。肉体鍛錬の為の木札の引率。決して珍しい行為ではないが、死亡率が高く頻繁に行うものでもない。少なくとも、武帝祭の開催年ではまだ誰もやっていない。

 あまつさえ上位迷宮を選ぶあたりラリス教育が過ぎる気もするが、迷宮狂いならあるいはというところだった。

 

「心という器は、ひとたび罅が入れば……。二度とは、二度とは……ウボァ」

「やっぱ精神か。おかしいな、そんなヤバい戦いじゃなかったはずなんだけど」

「やっと殻が割れたわね。これから強くなるのよ、ユゥリン」

 

 ベレニケにとっては案の定、大方の予想を外れ、木札の少女を連れたイシグロ達はまたも怪我なく帰ってきた。

 意気揚々と聖遺物(レリック)を換金するイシグロの後方、麒麟族の少女は心身共に疲労困憊の様相で銀竜少女に肩を貸されていた。彼女の状態からして、中で如何なる過酷な戦があったか察するに余りある。

 二日連続の迷宮踏破。うち一回は木札を連れての攻略、二回とも上位のクソ迷宮。まさに、迷宮狂いの名に相応しい所業だった。

 口から魂を吐いているユゥリンに、ベレニケは同情しつつも期待していた。何にせよ、迷宮踏破は偉業なのである。

 

「今日は昨日の反省点を活かして立ち回ろうな」

「突進攻撃回避回避権能攻撃飛行飛行追撃追撃同時回避権能攻撃……」

「病んでいる感じはないわね。迷宮入ったら覚めるでしょう」

 

 そのまた翌日。イシグロ一党は二日目と同じメンバーでやってきた。

 これには同業者もドン引きで、何ならベレニケも引いていた。噂通りマジで連続踏破する気かよ。よく見ろ、朝からガンギマってる麒麟の目を。

 

「換金お願いします」

「え? あ、はい……!」

 

 そして、三人は無事帰還し、三連続の踏破と相成った。

 今朝はガンガンにキマッていたユゥリンの目は、帰ってきた頃には湖の水底を思わせる得体の知れない深みを湛えていた。

 他方、頭目と銀竜はしれっとしていた。やはりヤベーのはイシグロだけではなく、その奴隷も同じだった。竜族だからタフなんだよと、常識的にはそう思える。

 

「イクゾー。デッデッデデデデッ」

「はぁい、がんばりまぁす」

「あと一歩よユゥリン。もう少しでアナタもこっち側に至れるわ」

 

 当然のように翌日も来訪し、麒麟少女にとっての三回目の迷宮探索が始まる。

 一回目は緊張。二回目はガンギマリ。三回目の朝は虚無の暗黒が渦巻く目をしていた。

 

「ふへへ、迷宮探索って楽しいんですねぇ……! 皆さんが夢中になる訳です……!」

「分かってくれたか」

 

 そして、帰還した頃には不自然なくらいハイテンションになっていた。

 大きな双眸から初々しさが無くなって、代わりに容姿相応の煌めきが宿っている。一般人が見れば無邪気に見える事間違いなしである。

 

「ちょ、ちょっと試したい戦術がありましてぇ。終わったら練習のお時間を頂いてもよろしいですか……?」

「いいね、そういう提案は大歓迎」

「やっとらしくなってきたわね」

 

 そんで翌日も翌々日も踏破して、ユゥリンを連れたイシグロは五日連続で迷宮を踏破した。イシグロと銀竜は六連続である。

 さて六日目はどうだと思ったら、流石に休んだようである。この時点でイシグロは歴代クーシェン冒険者の連続踏破記録を大きく上回っていた。

 

「どうしたもんかねぇ」

 

 そんな中、ギルドの会議室では件の冒険者の適正位階について議論が交わされていた。昇格させるかさせないか、である。

 迷宮踏破数だけで言えば、ユゥリンは十分に条件を満たしている。しかしながら、それら全ては銀細工の引率あっての事であり、ユゥリンの腕前には疑念が残る。

 まぁでも、生き残ってるあたり大丈夫だろと、鉄札への昇格はあっさりと決まった。これまたクーシェンにおける最速記録である。

 

「こちら、鉄札となります。外ではなるべく身に着けていて下さいね」

「ほえ~、これが鉄札……」

 

 その事を伝えると、ユゥリンはぽけ~っと気の抜けた表情を浮かべていた。

 

「昇格おめでとう、ユゥリン」

「貴女の働きが認められたのよ」

「認め、られた……? あ、そっか。何だかんだ五回も迷宮行ってるんですもんね……。そっか、そっかぁ……!」

 

 実際に鉄札を手に取った事で実感が湧いたのか、真新しい冒険者証を掲げたユゥリンは大そう嬉しそうにしていた。

 そこだけ見ると微笑ましい光景なのだが、やっていたのが五日連続迷宮踏破とかいう自殺行為を超えた自殺行為である。それを引率し、笑顔で祝福しているイシグロもイシグロで、銀竜も銀竜だった。

 受付嬢のベレニケ的には「流石王都の銀細工ですわ」と鼻高々だった。地方とクーシェンのギルドしか知らないベレニケは王都の迷宮事情を盛大に勘違いしていた。仮に今ここに馴染みの受付おじさんがいれば、「いくら王都でもそこまで修羅の国じゃねぇよ」と言ってくれるだろう。

 

「はんっ、クソガキが。気分の悪ぃ……」

 

 他方、狭いギルドの片隅で、如何にもチンピラな冒険者が忌々しげに吐き捨てた。

 うだつの上がらない冒険者ことヤクマ氏、ベレニケ狙いのチンピラ鋼鉄札である。

 

 一回目の探索で半数が帰還せず、一週間で残った半数が死に、一ヵ月生き残った半数が引退する冒険者界隈において、実質的にたったの五日で鉄札へと昇格したユゥリンは、クーシェンにおける鉄札授与の最速記録保持者となった。

 そんなユゥリンを好ましく思わない同業者がいるのもまた、自然な流れである。

 

「おうおうおう、麒麟族だからって特別扱いかぁ? いいよなぁ高貴な種族はラリスの銀細工様におんぶに抱っこでよぉ?」

 

 五日潜って一日休み。早朝に鉄札を渡されたユゥリンは、例によって例の如く六回目となる迷宮踏破を成し遂げた。その直後の事である。

 イシグロが受付に行っている間に、彼の一党員に声をかける冒険者の姿があった。例のチンピラである。彼の後ろには同じくガラの悪い冒険者がおり、全員チンピラ鋼鉄札だった。王都ならともかく、クーシェンでは鋼鉄札でもイキられるのだ。

 すぐ近くにイシグロがいる手前ユゥリン達へ危害を加える気はなさそうだが、新人&奴隷身分と見下されては気分を悪くすること請け合いだ。守るように前に出た銀竜の後ろで、当のユゥリンはぽけ~っと気の抜けた表情を浮かべていた。

 男がネチネチと続けようとした時、ふいにユゥリンが口を開いた。

 

「はあ、そう見えるんですねー」

 

 抑揚のない言葉だった。

 怯えるでもなく、申し訳なさそうにするでもなく、さながら吠え癖のある犬でも相手にするかのような返答であった。

 ピキッと青筋を浮かべかけた男を前に、ユゥリンはデフォルト顔のまま言葉を継ぐ。

 

「引率が羨ましいならそう言えばいいじゃないですか。何でワタシに言うんですか。頼めばいいでしょう、イシグロさんに。ラリスの銀に直接話しかける勇気もないくせに、わざわざ帰って来るの待ってそれで出たのが今の言葉って暇なんですか。どう考えても別の事してた方が人生豊かになるじゃないですか。じゃあ何ですか、お前も引率付きで連日迷宮も行けばいいじゃないですか。こっちは迷宮行った後も毎日過酷な鍛錬してんですよ。暇なんてないんですよ。他人の足引っ張ってる暇があるなら素振りの一回でもすればいいじゃないですか。アホなんですか。アホっぽいですね、身なりも佇まいも」

 

 一同、ポカンである。

 早口だった。感情が籠っていなかった。何故か、静かな圧があった。言われた側のチンピラだけではなく、すぐ近くにいるエリーゼまでポカンと呆けていた。

 やがて、ユゥリンはハッと目を見開き、やおらペコリと頭を下げた。

 

「あ、すいません! 考えてた事を全部口にしちゃいました……!」

 

 あ、こいつちょっと外れかかってきたな。

 一連の流れを見ていた誰もがそう思った。後からやって来たイシグロも、銀竜と顔を見合わせて困惑していた。

 彼女の容態を気遣ったか、以降は二日に一回は休みを取るようになった。

 普通に行き過ぎである。

 

 そんなこんな。

 ユゥリンが迷宮に行くようになって一ヵ月が経過した頃。

 

「どうしたもんかねぇ」

 

 これまた、ギルドの会議室で議論が交わされていた。

 議題は前回と同じ、ユゥリンの冒険者位階の昇格についてである。

 いくら銀細工のサポートがあったとはいえ、踏破数だけで言えば鋼鉄札授与に十分な成果である。迷宮毒の事もあるし、もう少し待っても良いのではないか等々。

 結構ダラけてた前回と違い、今回は割と真面目にやっていた。

 

「そもそも、彼女は鋼鉄札相応の力を持っているのでしょうか?」

「魔力は最初から高かったけど、どうなの? 君、一応なんとか拳って武術やってたよね?」

「それが何とも。見た感じは弱そうなんですけど、実際に戦って勝てるかは……ちょっと自信がありませんね」

「結局のところ、そこでしょうね。しかし……」

 

 話によると、ユゥリンは嵐極拳という古拳法の正統後継者であるらしい。実際、登録の際にはその証を提示されていた。

 諸々を鑑みるに、強さだけなら銀細工に手が届いているのかもしれない。慣例的には誰か頼れる冒険者と手合わせさせて計るものだが、残念ながら今現在クーシェンのギルドに信用に足る強者は在籍していなかった。武帝祭が近い今、そもそも組手に使える場所もない。

 

「試験させて決まり、それでいいでしょう。ベレニケ君もそう思いますよね?」

「少なくともラリスではそうでしたが」

「けど、武侠会が何て言うかなぁ」

 

 が、問題はそれだけではなかった。

 仮にユゥリンに鋼鉄札を授与した場合、つい先日登録したばかりの彼女にクーシェンの最速記録を二つも取られてしまう事になる。現在、鋼鉄札授与の最速記録は武侠会の大物が持っているのだ。割と武侠会と繋がってるギルド長としては、国のお上の機嫌を害したくはなかった。

 

「僭越ながらギルド長、ここはラリスが運営する迷宮ギルドです。ラリスの敷いた法に従うべきかと」

「そ、それもそうだな」

 

 地元の有力者の機嫌を伺うか、迷宮ギルドひいてはラリス王国の法に従うか。

 最終的に、ギルドの慣例に則って彼女と地元の冒険者と手合わせをさせる事になった。

 

「という訳で、ユゥリンさんには試験を受けてもらいます」

「よう、いつかぶりだな。厳しくいくから覚悟しとけや、お嬢ちゃん」

「はあ」

 

 武器有りタイマン試合である。場所は片付けたギルドの会議室――場所がないのだ――で、相手は以前ボロカス言われて引き下がった三下チンピラ冒険者ヤクマ氏である。

 

「それはいいんですけど、本当にここで戦うんですか? 床も壁もそんなに頑丈じゃないですよね?」

「ご安心ください。ギルド長が責任を持ちますので」

「おい自分の心配をしろよな。事故っちまうかもしれないんだぜ? ケヒャヒャ!」

「わぁ、如何にも雑魚って感じの笑い方ですね。なんか感動……」

「あぁん!?」

「最近のユゥリン、日に日に口が悪くなっているのだけど……」

「素直になったって見方もできるけど、チィレンさんに何て言えば……」

 

 チンピラ視点、この昇格試験は気に入らないメスガキを分からせる絶好の機会だった。

 自分は仲間と共に何度も死にかけて授与された鋼鉄札を、このチビはラリス銀細工の力を借りて一ヵ月で手に入れやがった。気に入らないのは仕方がない。これはギルド公認の試合なので、イシグロに恨まれる筋合いもない。せいぜい派手にボコしてやって、無様に屈服させるつもりだった。

 

「ユゥリン、槍は使うなよ」

「あ、そうですよね。流石にズルいですし、可哀想ですもんね」

 

 かと思えば、件のメスガキは深域武装の槍を預け、素手で()る気になっていた。完全に無礼(なめ)められてる。チンピラの怒りは有頂天に達した。

 

「え~っと、位置について下さい。あと私には攻撃当てないで下さいね」

 

 受付嬢の合図で、戦士二人が向かい合う。

 少女は両腕を下げて拳を構え、男は幅広の片刃剣を担ぐように構えた。

 机が退かされ、掃除されたばかりの会議室に緊張の糸が張り詰める。チンピラとはいえ男もクーシェン民の端くれだ。試合を前にすればシリアスだった。

 

「はじめ!」

 

 試合開始。

 次の瞬間である!

 

「ぐばぁ!?」

 

 轟ッ! という爆音が響くなり、会議室の中心に爆発めいた突風が吹き荒んだ。

 審判のベレニケは尻もちをつき、反射的に頭部を庇った。やがて風が止まって目を開けると、チンピラ冒険者は会議室の壁に大の字で叩きつけられていた。哀れ、会議室の壁にクモの巣状のヒビが入っている。

 

「フゥーッ……!」

 

 対し、ユゥリンは拳を放った姿勢のまま、鋭い呼気を発していた。

 頭目のイシグロは後方弟子面で腕組み仁王立ちし、同じく銀竜少女も当然とばかりに頷いている。

 昇格試験の結果は、一目瞭然だった。

 

「初の練習試合だったけど、どうだった?」

 

 治癒師の検診を受けるチンピラを後目に、イシグロはユゥリンに試合の感想を訊いていた。

 

「う~ん、そうですね……」

 

 古い古いと言われ続けた時代遅れの田舎拳法。

 だが、それは成長を放棄してはいなかった。それは流行に逆らっている訳でもなかった。ただシンプルに戦と力の合理を突き詰めたが為、変化の必要が無かったのである。

 

「功夫が足りませんね」

 

 万事、戦は適時と間合いに集約される。技で氣を制し、力と成して一点集中。異世界格闘技における王道の中の王道。大技志向の極北である。

 嵐極拳は、そういう武術なのだ。

 

「べ、ベレニケ君、これの責任は誰が取るのかね?」

「ギルド長ですよ」

「だよね~」

 

 一方、ギルド長は会議室の惨状に頭を抱えていた。

 無理言ってでも場所を貸してもらうか、授与の内定を渡すだけでよかったのでは。

 後の祭りである。

 

 

 

 

 

 

 人口は多いが土地が狭いクーシェンでは、人の噂はあっと言う間に広まるものだ。

 元々、角端園はクーシェン民には「子供の時に一回は行った事ある美味しい料理店」くらいには名の知れた店だったので、その跡継ぎが鋼鉄札になった報はそれなりにビッグなニュースとして受け止められていた。

 ラリスの王都ならともかく、現在クーシェンには現役銀細工は二人しかいない。それも、王都なら鋼鉄札上位くらいの実力である。

 そんな中で鋼鉄札になり上がり、あまつさえ記録保持者となったユゥリンは前述の理由も相まってちょっとした有名人になっていた。

 

「見ろ。あれが例のラリス人だ。目ぇ合わせんなよ、いつキレるか分からねぇからな」

「で、その隣にいるのが記録保持者(レコードホルダー)ってか。嵐極拳だって、知ってる?」

「聞いた事ねぇな。てか角端園ってまだあったんだな」

「店も拳法もどっちも継いでるんだって。見た目によらず強いのね」

「ラリスの引率ありきだろ。それなら俺でも鋼鉄札になれるぜ」

「でも潜ってるのは比翼迷宮って噂だよ? フワファイ様はそこ潜って死んだんじゃん」

 

 そんな感じなので、鋼鉄札を下げて街を歩くユゥリンはクーシェン民から遠巻きに見られていた。

 好奇の目で見られる事に慣れたイシグロ一党ならともかく、ユゥリン的には初めての経験である。イシグロ的には鋼鉄札一人にここまで注目されるのは予想外だった。彼女の性格を鑑みるに、精神にダメージがいきそうでちょっぴり不安である。

 

「割と平気そうだな」

「んまぁそうですねー」

 

 が、当のユゥリンはあまり気にしていなかった。

 以前までの彼女なら、こうも注目されていれば心臓がキュッとなって白目を剥いていたかもしれないが、今の彼女は違う。

 

「何を言われても特に害はないですし、その気になれば殺せる相手に怯える理由ないかな~って」

「その通りよ。分かってきたじゃない」

 

 何故なら、迷宮の狂気によって他者への無関心さが強化され、肉体が強くなった事で人の目を気にする理由が無くなったからである。

 そもそも、ユゥリンは身内への愛情が深く外への関心が薄い性質なのだ。特に危険がない限り、どうでもいい人にどう思われようがどうでもいいのである。ある意味でイシグロに近い精神性と言えた。

 

「ふへへ、やっぱり世の中ぁ力が全てなんですねぇ……」

 

 それはそれとして、キラキラ輝く鋼鉄札を見れば嬉しくもなるし多少調子にだって乗ってしまう。

 あまり褒められた精神状態とは言えないが、このカジュアル風バイオレンス異世界を生き抜くにはそういった図太さは大事な要素だった。

 

「多分そう、部分的にそう」

「実際、ユゥリンはよく動けていたものね。チートを切っても十分に強い訳だし」

「い、意外と嵐極拳が役に立ってるというか。色んな事に応用できるみたいで」

 

 プチ修羅になりつつ、ユゥリンは武技や戦に対しては真摯さと謙虚さを保っていた。それは当人の陰キャ性に加え、嵐極拳の教えが染みついていた為だった。

 今まで漫然とやってた拳法で成果を挙げられて、その意味を見出したらば今よりもっと頑張ろうと思える。やってて良かった嵐極拳。

 

 鍛えた技で迷宮を踏破して、体が強くなれば心に余裕が生まれ、精神が充実すれば実戦にて技の全てを出し切れる。

 文字通り、強くなると世界が変わる心地だった。

 

「あっ、ユゥリンちゃんじゃない! 聞いたわよアータ冒険者になったのね! それより唐辛子安いよ、買ってかなぁい?」

「ぴえっ!? また今度……」

 

 まあ、繊細さんなのはそのままだが。急に声をかけられるとビックリするし、人混みだと落ち着かない。強くなっても陰キャは陰キャなのである。

 

「ただいま~。お母さ~ん、ご飯なに~?」

「お帰りなのじゃ。今日は久しぶりの肉うどんじゃ。もうすぐ出来るからのぅ」

「ふへへ、やっぱり他の人に作ってもらう料理が一番ですよねぇ……」

「なんかアタシとキャラ被ってるくないッスか?」

「どうでしょう? 被ってるような、被ってないような……?」

「や、似てない。ルクスリリアは外向的な陽の三下、ユゥリンは内向的な陰の小者」

「ふへへ、酷い言われようですね。まぁ事実だからしょうがないですが」

「これも成長よ。溜め込んで自責に走るよりはいいじゃない」

 

 しかし、良い事ばかりでもなかった。

 急激なレベルアップの影響か、最近のユゥリンは食事量が異常に増大しているのだ。これまでのユゥリンが天津飯半分で済んでいたところ、今はボウル一杯の天津飯をおかわりしてもまだ足りないくらいなのである。

 あと、めちゃくちゃ寝るようにもなった。睡眠欲が強まったのだ。その気になれば三秒で眠れる。あったかい布団でぐっすり眠れる。こんな楽しい事が他にあるかといったところ。

 

「ふわぁ、おやすみなさい。くぅ……」

「ん、早過ぎ……」

 

 その日もまた、ユゥリンは暗闇に怯える事なく眠りにつくのであった。

 めっちゃ動いてしこたま食って、朝までぐっすり眠る。当人に自覚ないが、今のユゥリンは充実していた。

 

 

 

 夜である。ベッドの上で、ユゥリンはレノと一緒に眠っていた。

 そんな中、ユゥリンの耳が震え、やがてゆっくり目を開けた。迷宮踏破で強化された耳が、今宵もあの声を探知したのだ。

 

「今日もやってる……」

 

 イシグロに貸した部屋から、抑えたような悩ましい声が聞こえてくる。

 曰く、夜間に発勁合わせをしているらしい……が、ぶっちゃけイシグロが部屋でエッチな事をやっているのには気付いていた。それでも発勁の練度が上がってるあたり、全部が全部嘘ではないのだろうが。

 

「んぅ……」

 

 何となく気まずくなって、声の方に背中を向ける。

 ユゥリンとて、年頃の乙女である。そういう事に興味がない訳ではなかったが、これまで一度として異性と関係を持った経験はなかった。モテまくりだった姉と違い、妹の青春は灰色だったのだ。

 

「もう、チューとかしてるのかな。訊いてもいいのかな……」

 

 しかしながら、未だ発情期を経ていないユゥリンは性の知識に偏りがあった。これまた友達がいなかった影響である。故に、一党の皆がイシグロとハグとかチューとかしてるのを想像すると何故だかムズムズしてしまう。

 今のところ、ユゥリンはイシグロに好意を抱いている。しかし、恋をしている訳ではなかった。ユゥリン視点、イシグロは意識している男性というより、近くにいる憧れのお兄さん的ポジションだった。

 

 迷宮での戦いぶり。皆に向けている優しさ。あと、首や腕らへんの筋肉がエッチである。瞼の裏で彼の裸を妄想すると、鼻息が荒くなって身体が熱くなる。有体に言えば彼女は彼にムラムラしている訳だが、ユゥリンは自身の性欲には無自覚だった。何かを発散したくて堪らない。

 何にせよ、これは表に出してはいけない欲望であると直感していた。憧れのお兄さんに迷惑をかけたい訳ではないのだ。

 

 ベッドの中、ユゥリンは瞼をギュッと閉じ、眠りの世界に戻るのであった。

 あの日、合わせた手の感触を思い出しながら。




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