【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回も三人称です。
よろしくお願いします。
つつがなく、とは言えまいが。
武帝祭は時間通りに進行し、後は午後の部に行われる決勝戦を残すのみとなった。
決勝前の昼休憩。現在、観客席では武帝祭限定の弁当が売り歩かれ、観客達は昼飯を食べつつお喋りをしていた。
話題は勿論、先の戦いについてである。やれ嵐極拳の技がカッコ良かっただとか、やれユゥリンは家族想いで立派だとか。ちょっとディープな武術ファンなどはイシグロが魅せた謎防御技についてアレコレ議論を交わしていた。
一般客はそんな感じで、来賓達も似たようなものだった。各国各業界の重鎮達は別室にてクーシェン流の豪華な食事を摂りつつ、政治色抜きのトークをしていた。
話題は勿論、先の戦いである。古今東西、異世界人は最強議論が大好きなのだ。中でも、とある上森美女はイシグロの試合の感想を早口で述べていた。諸々の事情を知っている淫魔女王は苦笑していた。
そんな中、クーシェン城にある円卓の間では、来賓席を離れた武王達が集まって会議をしていた。
議題は勿論、先の戦いである。何だかんだ朗らかに話している来賓とは異なり、こっちはガチガチの政治トークだった。
「どうするのですか。このままでは本当に嵐極拳が勝ち上がってきますぞ」
「まさか、弟子のみで勝ち上がって来るとは。親善試合があるとはいえ、このままでは足を掬われてもおかしくない」
「それも策略でしょうな。釘は打ったと聞いたはずだが?」
「ラリスの銀です。効かぬかと」
イシグロの想像通り、嵐極拳チームの優勝は武王達には望まれていなかった。
何故ならば、今回の武帝祭は予め優勝武館が決まっていたからである。トーナメント表を弄ったり細かくルールを変更したり、その他小さな裏工作などしてみたものの、イシグロ達は空気も読まず上がってきたのだ。
かといって仮にイシグロ達に八百長試合を持ちかけ、これまた仮に了承されたとしても、今回に限って何故か来ているアリエルやライドウに見抜かれてしまうだろう。
そうなると、これまでクーシェンが誇示してきた武力に疑念を持たれてしまう可能性がある。傭兵業を国家事業にしているクーシェンにとって、武威の失墜はつまり死活問題に他ならないのだ。
「そもそも今年は拳士の質が低くないか? 如何に銀細工とはいえ、武館に入って二ヵ月の奴隷に負ける奴があるか」
「有力な流派には参加を見送るよう密約を交わしていただろう。ほれ、百八星の御大尽が」
「それ以前に、じゃ。何故ラリスの銀が出ているのじゃ。先に弾いてしまえばよかったろうに」
「それが、誰も違反行為をしておらんのです。勁鱗の習得には早くても数年必要なはずで、素質と言ってしまえばそれまででしょうが。次回からは修行年数の規定も設けるべきでしょうな」
「そんな事をすれば武館同士の均衡が崩れてしまうではないか」
「次より今だろ。困った事に、決勝は全ての武装が解禁される。自前の剣と鎧を持つ迷宮狂いを誰が止められるというのだ。誰ぞ、策はないか?」
「だから勝てぬと。それこそ、今の話をするならユゥリンとか言う小娘の情報です。言っておきますが、我が流派と嵐極拳の相性は最悪です。勝てませんよ、私は」
「発勁もそうだが、奴は麒麟族だぞ。警戒すべきはそっちだ。親善試合で上手く引き出してくれればいいが。しかし不義理な……」
「むむむ……」
「何が“むむむ”か」
「つーか嵐極拳って何だよ」
「かぁーっ、これだから最近の若造は! いいか? 嵐極拳というのはのう……!」
最悪な事に、決勝でのルールは本気武装および全ての制限の解禁である。したらばラリス銀細工のイシグロはルールの枷から解き放たれてしまう訳で。
情報によると、イシグロは剣術や拳法だけでなく様々な武器や魔法を使いこなすという。獣系魔族は大剣使いで、狐に至っては陰陽術師なのだ。そんな奴等と素手でやって一勝も出来なかったのが準々決勝と準決勝である。本領を発揮できる黒剣一党が相手となれば、何をかいわんや。
「白面衆を出すか? 罪をでっちあげて、捕らえるというのは?」
「止めましょう。怪しまれますし、ラリスの来賓が見逃すはずがない。仮に成功したとしても、被害に見合う利がありませんよ」
恐喝材料としてイシグロの奴隷達を人質にしようかとも考えたが、どういう訳か奴等は手練れに警護されている上、そもそも件の奴隷達もまた銀細工級の強さと予想されている。実際、銀竜娘はユゥリン以上の回数迷宮に潜っているので、そう簡単に捕らえられるとは思えない。
ならば嵐極拳師範の目的とする妃候補を使って脅すのはどうかとも考えられたが、それは他ならぬ武帝の一声で実行に至る事はできなかった。
「こうなれば、百八星の者には自力で勝ってもらうしかなかろうな。可能な限りの補償を約束して」
結局、今回ばかりは潔く試合を行うしかなかった。文字通り事故に遭ったようなものなのだ。どうしようもない。
「やっぱ問題は後の戦だろ。八百長はともかく、誰が相手をするんだ? 奴の目的はあくまで武王、対戦相手の交渉は可能なはずだろ」
「言っておきますが、私は最新の武王です。此処は一つ、老王様が隠居しては如何かと」
「ふざけるなよ若造! これまでワシがどれだけの働きをしてきたか忘れたか!」
「流行りませんよ、年功序列なんて」
ギスギス武王である。ここにきて、八人の武王達は喧々諤々の会議……もとい罵り合いもとい足の引っ張り合いもとい蹴落とし合いを始めた。
本戦以降、嵐極拳師のユゥリンは一度も戦っていない。予選の動きは参考にならぬ。武王の誰も、勝てるかどうか分からない戦などしたくはなかった。一度見たとしても、それで絶対勝てる保証にはならないのである。
そんな八人の武王達を、円卓に座す武帝は無言で睨みつけていた。
ふと、武帝の獣耳が揺れ、次いで驚きに目を丸くした。
奴が来たのである。
「別に良いではありませんか」
がちゃり、と。
扉が開くと同時、円卓の間にやけに涼しげな声が響いた。何の連絡もなく、見知らぬ男が入ってきたのだ。
次の瞬間である。一切の躊躇もなく、椅子から立ち上がった武帝はクーシェン流のお辞儀姿勢を取った。武帝に続き、老齢の武王もまた同じく拳を抱えて目を伏せた。
対して、残る七人の武王は唖然としていた。誰だこいつは? 何故、武帝が頭を垂れている?
それより、何だ? この、吐き気を催すような血の臭いは?
「話は聞かせてもらいましたよ。良いではありませんか。普通に戦って、普通に決めてしまえば。貴方達はそういうのが好きで生きてるのでしょう? 負けたら終わり、勝てば総取り。うんうん、分かりやすくて大変結構」
男は無遠慮な足取りで武帝に近づき、上機嫌そうにターンなどして武王達を見下ろした。
長い髪の、背の高い男だった。所作一つ、歩き方一つとっても素人感丸出しで、全く以て武侠のソレとは思えない。
にもかかわらず、この場の誰もこの男を殺せる気がしなかった。
「それより、私はイシグロさんをこそ取り込むべきだと思いますね。嵐極拳はそのおまけです」
「……よろしいのですか?」
「ええ、ええ、楽しみですとも! これも運命でしょう! ねぇ、貴女もそう思うでしょう? えぇと……チィ
男の視線の先、開き放しだった扉には武王達にも見覚えのある顔があった。
そこには、シエジー組を任せている大角族の男と、麒麟族の娘が立っていた。
「妹さんが頑張っているのです。応援してあげてください、家族ってそういうものなのでしょう?」
「はい……」
麒麟族の娘――チィレンは、表情を変えぬまま頷いてみせた。
半ば伏せられた双眸に先日まで確かに在った可憐さはなく、ただただ現実に打ちのめされて生じた諦観だけが満ちていた。
チィレンの背後、大角族の男は後ろ手に拳を握った。
決して誰にも見られぬように。
血が滲むほど、強く。
〇
決勝が始まり、もうじき終わる。
戦いの最中、地下武闘場には割れんばかりの歓声が響いていた。
英雄を湛える声が、推しの活躍に歓喜する声が、新たな武王を歓迎する声が。
そんな観客の期待を、百八星拳老師――コウソは眉根を下げて聴くでもなく聞いていた。
「これじゃ僕等が悪役じゃないの」
まぁ事実だからしょうがないけど。コウソはホームなのにアウェーになってる会場で内心嘆息した。
つい先刻、武王達と交わした契約が破棄された。十分な補償はされるらしいが、今回は我慢して次まで待てというのである。
偏に、嵐極拳が強すぎた為だった。
「頼む、頼む勝ってくれ!」
「ここで負けたら赤っ恥だろ!」
「逃げるな! 打て、攻めろよ!」
悲痛な面持ちで声援を送る弟子達を横目に、コウソは目の前の光景を諦観の眼差しで眺めていた。
手塩にかけて育てた弟子が、奴隷身分の娘にボコボコにされている。否、他の弟子と比べれば戦えている方だ。彼の技前を鑑みるに、賞賛すべき光景だった。
それくらい、差があったのだ。
武帝祭本戦、決勝。百八星拳は一矢報いる事さえできていなかった。
一戦、クーシェン剣術を得手とする弟子は、イシグロの剣の前に敗れた。【受け流し】からの一発、それで終わりだった。
二戦、大力自慢の弟子は獣系魔族と武器を合わせた瞬間、鍔迫り合いすらできず力負けした。
三戦、発勁弾幕を対処している間に大規模陰陽術を編み上げられ、何もできずに敗北した。
四戦、空を飛んで有利を取った鳥人の弟子だったが、空中に躍り出たイシグロに切り刻まれてしまった。
そして、五戦目の現在、ここで負ければ敗北という場面で、弟子は必死に逃げ回っていた。小枝みたいに振られる大剣が恐ろしいのだ。さもありなん。まぁ遠からず負けるだろう。
コウソが教えている百八星拳は、嵐極拳と同様にグウィネスの九英雄を祖とする古武術である。
クーシェンの建国当時から存在する流派であり、けれども嵐極拳とは異なり時代と共に練磨を続けてきた。実際、百八星拳からは何人も武帝を輩出しているし、戦場帰りの評価も高い実戦流派だ。
百八星拳自体は決して弱くはない。しかし相手と状況が悪かった。
ちらりと、コウソは来賓席の方を見た。そこにはコウソでも知っているような大物が沢山いて、中には武帝に劣らぬ戦士――数あるラリス貴族の一人だ――の姿もあった。こんな状況で八百長はできまい。
まさか、ここまで集まるとは。コウソは視線を戻し、一発逆転の反撃を試みる弟子の勇姿を目に焼き付けた。
昔と比べ、武帝祭の注目度は低くなった。
政治の事は分からないが、ラリスもリンジュもあまり武侠会と仲良くしてくれないらしい。城勤めの友人曰く、ラリス王家とは災厄戦関連で揉めているそうだ。そのせいで、最近の武帝祭はどこに招待状を送っても適当な名代を寄越されるばかりで、こうも豪華なメンバーが集まる事はなかったのである。
にも拘わらず、今年は要人がやって来た。その理由はコウソにも理解できる。一〇〇年前ならいざ知らず、こと当代は軍隊よりも一人の英雄が価値を持つ時代だ。クーシェンが注目されているというより、イシグロ個人とその一党の動向が注目されているのである。
ある意味、釘を刺しに来たのだろう。黒剣の英雄を独占するなよ、と。
「勝負あり!」
今、決着がついた。地鳴りのような歓声。五回戦、百八星拳は敗れ、嵐極拳は武王への挑戦権を手に入れた。
結局、百八星拳は良いトコ無しで負けた訳だ。完全に前座扱いである。
「コウソ老師! どうか仇を取ってください!」
「お願いします! これじゃ俺、父上になんと報告すればいいか!」
「老師!」
契約の事を知らない弟子達が、縋るような眼で師範を見ていた。
彼等はまだまだヒヨッコである。圏外戦では補給隊の護衛を担当しただけで、一度も実戦を経験した事がない。彼等の親に言われ、箔をつける為に出場させた結果がこれだった。
せめて今なお圏外で戦っている弟子と共に挑んでいたら、イシグロ達とは武帝祭らしい戦いになったかもしれない。そのせいで、彼等に恥をかかせてしまった。それ以前に、老い先短いからと欲をかいてしまった自分が悪いのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。何だかんだ言って、真面目で可愛い弟子なのだ。未来がある。これ以上の傷はまだ早いだろう。
自分の尻は、自分で拭かねば。
「続きまして、百八星拳と嵐極拳による親善試合を行います」
もう武王にはなれない。
だが、善き師には戻れるはずだ。
ゆらり、と。収めていた気迫を解放したコウソは、紅白二対の棍棒――硬鞭を手に取り立ち上がった。
「やるだけやってみるよ。よく見ておくように」
武侠国クーシェンには、不敗の名将が存在する。
外の戦にて百戦無敗。常に殿を務め、彼のいる戦場に無様な敗者は存在しなかった。
百八星拳正統後継者。元銀細工持ち冒険者、“天快星”のコウソ。
武侠国クーシェンが誇る古強者である。
「試合前に言うのもなんだけど、うちの子の為に勝ちを譲ってくれないかな?」
「い、いいえ、それはできません。ワタシにも支えてくれる人達がいるので……」
「だよね、いいと思う。じゃあ……やろうか」
戦の舞台の真ん中で、向かい合った二人が言葉を交わす。
これから始まるのは、勝ち負けのない試合だ。例えコウソが勝ったとしても、武帝祭には何の影響もない。古風な武侠なら善き試合を演じて相手に花を持たせるものだが、残念ながら嵐極拳の師は昔気質の武侠ではなかった。
そして、確信する。武王からはユゥリンの技を引き出すよう言われているが、そんな余裕はなさそうだった。
「はじめ!」
銅鑼が鳴る。本戦初となるユゥリンの戦いに、観客達は今日一番の歓声を上げた。
お互い、武器を構える。ユゥリンの手にあったのは純白の槍だった。百八星拳の情報筋によると、それは彼の有名な“白銀の狂犬”が持っていた深域武装らしい。彼女を支援しているのであろうイシグロは、自身の戦利品を譲ったのである。何ともまぁ気前がいい。
残念ながら件の槍が如何なる権能を持っているかは不明だが、コウソの硬鞭とて強力な深域武装である。左の紅鞭、右の白鞭。左右一対の打撃武器である。両者に武器の差はないはずだ。
「かかってこないの? 緊張してるのかな?」
「いえ、左の硬鞭で受けようとしてるようなので、どうしよっかな~って考えてたところです」
「それはどうかな?」
何で分かるんだよ。コウソは微笑みの裏で嘆息した。これだから勘のいい天才は嫌いなのだ。
ユゥリンの見立て通り、コウソの深域武装は防御的な性能を有している。だからといって攻めが弱い訳でもないが。
さて、と。気を取り直し、コウソは油断なく相手を観察した。
嵐極拳士との戦いは初めてだが、技の内容は把握している。例えそれが秘中の秘であってもだ。嵐極拳という武術は、それほどまでに古くて変化のない流派なのである。
コウソから見て、眼前の幼き師は嵐極拳の基本に忠実なように思われた。しかれど、先代の教えに愚直に倣っている訳でもないようにも見える。自信はないが、余裕があるのだ。恐らく、迷宮踏破の経験で嵐極拳の有用性を感得したからだろう。
故に、教本通り。彼女の技に我はなく、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しようというのである。さすれば勝利は与えられんと、そういうつもりで相対しているようだった。
「はッ!」
「おっと!?」
刹那、コウソの眼前に指向性ある発勁嵐が迫る。
反射的に紅鞭で打ち払うと、それは何事も無かったかのように消失し、紅鞭内の魔力は自動的に右の白鞭に移動した。その様子を、ユゥリンの青眼が
ヤバい、視られた。気を緩めたつもりはなかったが、少し思考に潜った瞬間撃ってきた。コウソ視点、隠してたのに何で拍子が分かるんだって話である。
「今、発勁ごと魔力を吸収しましたね。白鞭に溜めてる感じですか? 魔法に変換して解放されるとか、あるいは威力に変換されるとかでしょうか。身体を通ってないあたり肉体能力の底上げって感じはしませんけど……」
「そ、それはどうかな」
「とりあえず検証」
「おわ!?」
探偵か何か? 冷や汗を垂らすコウソに向けて、今度は光の矢を放ってきた。詠唱はない、これは槍に装填された魔法だろう。再度反射的に紅鞭で打ち払い、先と同じ事象が起こった。
このままだと一方的に手札を晒す事になる。可能ならもっと受けたかったコウソだが、バレちゃったんなら仕方ない。此方から攻める事にした。
「百八星拳・奥義【流山爆】ッ!」
戦闘中のお喋りを止め、コウソは裂帛の気合と共にその場に足裏を叩きつけた。すると舞台全体が震動し、ユゥリンはほんの僅かに姿勢を崩した。
転瞬、コウソは身体全体で全速前進。右の白鞭を振りかぶる。
「ラァアアアアアッ!」
小さな破裂音の次、大きな破砕音が響き渡る。コウソの一撃が頑丈な床に大きなクレーターを生じさせたのだ。対するユゥリンは足裏発勁の要領で緊急回避していた。
「膂力によるものじゃないですよね、今の」
「家宝なんだ、凄いでしょ!」
事実、先の破壊は紅白硬鞭の性能によるものだった。
紅の鞭で魔力を吸うと、白の鞭の物理威力が上がるのだ。また、この効果は一定時間継続する。だから序盤で遠隔技を受けて、後半に一撃で沈めたかったのであるが、その戦術はもう使えない。
「ぬぅん!」
二打目、再度の地均し攻撃を、ユゥリンは跳躍して避けた。次いで、天高く跳びあがった麒麟の背に嵐のような翼が生成された。
そうだ、麒麟は空を飛ぶのだ。追撃せんとしたコウソの視線の先で、ユゥリンが不可思議な動作を見せた。
「すぅーッ……!」
コウソの頭上、魔導照明の真下、小さな麒麟は肺いっぱいに息を吸った。
ぞくりと、嫌な予感がした。そうして。思い出す。
麒麟族は。火を吹くのだ。
「フゥウウウウウウウッ!」
空爆ならぬ空焔。ボウと、それは派手な火吹き芸のように放射された。
火炎の驟雨が降り注ぐ。これまた紅鞭で打ち払おうとしたコウソだったが、何故か狙いが逸れている。床に着弾した炎は収束し、やがて熱線となって武帝祭の舞台に破壊の限りを尽くし始めた。
「嘘ぉおおおおお!?」
直撃ならともかく、自分以外に向かった属性攻撃は吸収できない。地面に当たって拡散する火炎に対し、コウソは左右の硬鞭を振って凌いだ。
しかして熱線は軌道を変え、木製の舞台が穿たれ燃やされ壊れていく。遅れて気付いた、こいつ此処を炎耐性持ちの麒麟族好みの戦場に変えようとしていやがる。
確かに「ステージ壊しちゃいけません」なんてルールはないが、普通伝統ある舞台を壊す気で壊すかよって感じである。教えはどうなってんだ、教えは。
「ちぃ!」
気づいたところで、もう遅い。炎が途切れたと同時、コウソに向かって再度飛来する影あり。奇襲魔法かと思い紅の鞭で打ち払うと、あまりの威力に持ち手が負けて家宝の武器を取り落としてしまった。
槍だ、投げてきたのだ。足場を悪くし、踏ん張りを利かせないようにして、その上で虚を突いてきたのである。しかも狙いは持ってる武器ときたものだ。
割と温厚なコウソだったが、生まれて初めて「このメスガキ!」と怒鳴りそうになった。
「【百列旋風勁】!」
間髪入れず飛ぶ発勁が飛んでくる。何とか回避するも、紅鞭がなければ防戦一方だ。
空中からの発勁乱打。さながら小さな流星群のよう。綺麗だが、かなり怖い。未だ燻る舞台を駆けるコウソは、何とか紅鞭を拾えないか視線をやった。
瞬間、頭上にいたはずのユゥリンが消失していた。
「ぐぉおお!?」
コウソの背に、焼けるような痛みがあった。刺されたのだ。さっきまで飛んでいたユゥリンは、いつの間にかコウソの後ろで槍を握っていたのである。
コウソの脳裏に様々な思考が浮かんで消える。瞬間移動? 深域武装の権能か。今のは本命? その割には威力が低い。それはさておき……!
「離れろぉおおおお!」
戦士としての猛りが勝る。コウソは激情のまま身をよじると、ユゥリンはあっさり槍を引いた。
かと思えば唐突に半焼半壊の舞台を疾駆して、落ちていた紅鞭にサッカーボールキックをぶちかました。勢いよく飛ぶ百八星拳の宝鞭はやがて、舞台の結界に阻まれて落下した。
武闘家スキルで傷を塞いだコウソは、ユゥリンの所業に唖然となった。流石に取りに行けないし、何なら普通に失礼である。先祖代々の宝やぞ。
「女の子に言うべきじゃないけどさ! 君、性格悪くない!?」
「良い人って、戦い向いてないと思うんですよ。なので降参してください」
「良い性格してんねぇ!」
言葉の応酬と共に、両者は今度こそ正面切って激突した。
片割れの武器を失ってもコウソは国を代表する英雄であり、最も武王に近い男なのだ。白槍と白鞭が擦過し、大小の火花が派手に散る。瞬き一つ無い両者の瞳に、殺しの道具が煌めき映った。
力はコウソが上だ。技は若干ユゥリンが優位にある。しかし武装は麒麟が勝っていた。少しずつ、コウソは押し込まれていった。しかし、老兵はここからが強いのだ。劣勢になるにつれ、コウソは怒れる鬼人の如き凄絶な笑みを浮かべ、知らず硬鞭に込もる力が強まっていた。
「舐めてんじゃねぇぞゴラァッ!」
ドガァアアアアア!
渾身の一打。柄で防御された。しかし逃がさぬ。ジリジリ押しつぶす。コウソはここで決着をつける気だった。否、ここしかない。ここで決めねば、負けてしまう。
対し、クーシェン随一の重圧を受けるユゥリンの表情は、深い湖のように凪いでいた。戦いの熱に酔っているコウソと異なり、彼女はこの戦いに武侠らしい猛りを抱いていなかったのだ。
怒れば、悲しめば、思いつめれば、そうすれば勝てるのか? 否、戦は勝てる方が勝つのである。故にユゥリンは、そうする事にした。
「仕方ないですね……」
ほんの小さな呟き。次の瞬間だ。
ブオン! 古強者の白鞭は空を裂き、一点に集まった力が空振りした。
流された? 否、透かされたのだ。コウソの停滞した視界の中、ユゥリンの手は短剣サイズに
また、隠し札。流石にそれは読めなかった。ここにきて、コウソは完膚なきまでの敗北を認めた。
「ぐふ!」
コウソの横腹に発勁の籠った掌底が直撃し、麒麟由来の雷が全身に伝播する。
次いで小槍がコウソの腹を穿ったかと思えば、その槍は瞬時に巨大化し、老兵の腹に深々突き刺さった。グイと、穂先で固定されたコウソが力任せに持ち上げられる。
「はぁ!」
「ぐぉおおおおおお!?」
轟! という爆音。
狩りで仕留められた獣の如く掲げられ、コウソの肉体にゼロ距離発勁嵐が放射された。
結果、クーシェンの英雄は発勁爆発と共に宙を舞った。綺麗な発勁エフェクトに騙されてはいけない。普通に残虐ファイトの極みである。
「最近の娘は怖いなぁ……」
完全に過剰暴力である。けどまぁ銀細工級の戦士はこれくらいじゃ死なないので安心だ。
気を失う寸前、コウソは笑っていた。言いたい事が無いではないが、楽しい戦いではあったのだ。
どさりと地に落ちたコウソ。銅鑼が鳴り響く。観客が沸く。来賓席の武王達は、顔色を悪くしていた。
無惨に破壊された舞台の中心で、ユゥリンは石突を燻る床に突き立て、一礼した。
「見ててくれたよね、チィ姉……」
ユゥリンは、来賓席を見上げた。そこには、黒のベールで顔を隠した姉の姿があった。
姉を想うと、ユゥリンの中に決意が漲った。
姉の想いとは、裏腹に。
〇
嵐極拳チームが武帝祭に優勝した事で、師範であるユゥリンに武王に挑む権利が与えられた。
武王の中から誰と戦うかを選び、後日戦って勝てば武王に成れるのだ。
その前に、優勝したチームは武帝祭関係者の集う祝勝会に出る決まりである。
「よし、これでいいわ」
「ありがとうございます。自分でやると歪んじゃって……」
「ん、わたし達はこの恰好でいいの?」
「戦士にとっては戦装束が礼服なんですよ」
「ユゥリンとご主人は着飾らなきゃッスけどね」
エリーゼ達待機組含めた嵐極拳関係者は、クーシェン城のとある部屋で待機し。各々正装に着替えていた。
ユゥリンはクーシェンの伝統衣装。弟子であるルクスリリア達は迷宮用の防具である。しかし、頭目の装いは尋常ではなかった。
「すげぇゴテゴテしてんだけど、いいんすかねこれ」
「よく似合っておるぞ、主様」
黒剣一党の頭目、イシグロは古代ラリス風の正装を身に纏っていた。
それだけなら何もおかしくないのだが、その胸には準淫魔騎士勲章や止まり木協会のバッジや桜闘会の優勝証などが着けられて。腰には銀竜一族の盟友を意味する剣が下げてあったのだ。おまけに嵐極拳使いを意味する腕章なんかも巻いている。
現代人からすると、さながら歴戦のエリート軍人といった風体である。こんな格好、別にしたくてしている訳ではないが、手っ取り早く身分を示す方法がコレなのだ。
「さて、どう来るかな」
仲間しかいない部屋で、イシグロは沈思黙考した。
祝勝会とは言うものの、その内容は恐らく裏工作パーティに違いない。アリエルや淫魔女王がいる手前、分かり易い八百長交渉が来るとは考え難いが、チィレンの身を使って何かしら要求される可能性はあるだろう。
無論、対策はしてきた。最悪のケースも想定済みだ。普通に戦ってくれるなら、それが一番だが……。
「ん?」
なんて考えていたところ、イシグロは扉の向こうから接近してくる人の気配を感知した。
遅れて数度のノックが響くと、緊張であたふたしていたユゥリンは一瞬で冷却されていた。陰キャ流精神鎮静である。
「失礼します。お迎えに上がりました」
「どうぞ……」
優雅な所作で入ってきたのは、イシグロ達にとって覚えのある顔だった。シエジー組の頭、ドウジュンである。
部屋に入ってきた彼は、丁寧な所作で扉を閉めて……。
「失礼……」
突然、彼は自身の口の前で人差し指を立ててみせた。地球と同様、「静かに」のジェスチャーだ。
何事かと警戒を強くするイシグロ達の前で、ドウジュンは油断ない眼光で部屋を見渡した。
次いで、音のない歩法でイシグロに近づいてくると、有無を言わせず何かを手渡してきた。
「時間がありません。これをアリエル様に」
呆気にとられるイシグロの手に、薄い紙の感触があった。何故か、ドウジュンがメモ紙を渡してきたのだ。
「これは……?」
「ご確認ください。そして、どうか信じて頂きたい。チィレン様を救うには、この方法しかありません」
「チィ姉……!?」
大きな声が出そうになり、慌てて口を覆うユゥリン。
渡された紙を開き、イシグロ達はその中身を検めた。
そこには、簡素な文章でこのような旨の内容が書いてあった。
現在、我が国は人類平和条約に違反している。
当代武帝と一部武王は旧魔王軍残党と関係している。
当方には、証拠を提示する用意がある。
「今のクーシェンは、とある男に乗っ取られています。私を含む同士達は、この機に乗じて蜂起する予定です。イシグロ様にも、どうか協力して頂きたい。このままでは、遠からずチィレン様は心を喪う事でしょう」
旧魔王軍関係者の名は、“天噛み”のミヅチ。
初代魔王軍幹部の一人にして、リンジュの建国英雄譚から名を消された者。
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作者のやる気に繋がります。
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・ラリスの農民
貴方は物心つく頃から畑や家畜と触れ合ってきた。
体力は有り余っているが、文字が読めず戦いの心得もない。ついでに金もない。貴方にあるのは自由への渇望だけだ。
・リンジュの道場通い
歩けば即武道。幼き日から、貴方は道場で武芸を磨いてきた。
貴方は武骨者だ。武芸に秀で、礼節を重んじ、強い精神を持っている。一方、貴方は世渡り下手で、戦い以外の能がない。
・クーシェンの武侠
武館で拳法を修め、傭兵として奉公し、貴方は国の外で暮らす権利を買い取った。
貴方は拳法をはじめとした武術を体得しているが、その功夫はクーシェン傭兵の域を出ていない。傭兵稼業の経験で、潤沢な資金とそれを騙し取られない程度の知恵が養われた。
・没落商家の子
貴方は没落した商家の生まれであり、紆余曲折あって天涯孤独となった。
読み書き計算は勿論、貴方は交渉術や審美眼を持ち合わせている。多少の護身術や魔術知識も修めているが、貴方は喧嘩一つした事がない。
・奴隷身分
貴方は解放奴隷だ。主人が死んだ事で自由を得た。
学もなければ力もない。けれども貴方の胸には鋼鉄の如き精神が宿っている。