【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の応援あっての本作でございます。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 三人称です。
 よろしくお願いします。


魑魅魍魎の王がいた(上)

 首が取れると確実に死ぬ地球人と異なり、異世界人の中には斬首されても死なない種族が存在する。

 名実ともに異世界最強種の竜族など心臓を潰されない限り不死身であり、吸血鬼は一滴でも血が残っていれば首が無くても復活する。そういう種族じゃないにしても、切られた首も即くっ付けたらギリ死なないのが異世界強者勢の治癒能力である。

 同じく、魔族も首を斬っても死なない種族の代表格であり、魔力が残っている限り生き続ける。けれども治癒再生には体内魔力を消費するので、何度も斬首すれば魔力不足でそのうち死ぬ。

 

 当然、イシグロは魔族の殺し方を履修済みである。

 鋭利な刃物で切りつけても、綺麗な傷では微小な魔力消費で再生される。例え手足を切断しても、再生コストは意外と安い。焼いたり凍らせたりするのも悪くはないが、基本魔族は魔防が高く非効率だ。

 魔族殺しの最適解、それ即ち……。

 

「死ねオラァアアア!」

「待ってくださ話を聞いゲブァ!?」

 

 打撃である。

 一方的な殺戮宣言の直後、イシグロは収納魔法から取り出したメイスを振りかぶり、未だ混乱中のミヅチの脳天に叩きつけた。瞬間、ミヅチの身体に清浄なる炎が駆け巡り、頭蓋から足先にかけてその身を激しく燃焼した。

 対魔族戦は下手に首や手足の両断を狙うよりも骨や臓器を破壊した方が再生コストをかけられるので効率よく殺せるのだ。故にこその“アンデッド絶対殺すメイス”である。

 だが、当のミヅチに対しては打撃はともかく属性ダメージの効きが悪いように見受けられた。その謎を探るべく、怒りに支配されていたイシグロの脳はゲーマー的殺戮思考の奥地へと向かっていった。

 

「げぼ、ぐばぁ!? わ、私は貴方と友人になりたかっただけなのです! イシグロ君も少女が好きなのでしょう? 私が作り、貴方がしつける! 良い関係になれるはずなのに、何故!?」

 

 竜族並みの再生速度。自動治癒の最中、筋繊維の継ぎ目が悲鳴に似た声を発した。

 

「それが分からねぇから友達いねぇんだよミレニアムクソボッチが!」

 

 対し、イシグロは武器を切り替えながら返答した。紫電を帯びる棍が、なおも何かを言おうとした顎を打ち据える。

 打突打突打突! 絶え間ない連撃でノックバックするミヅチは、両腕を上げて亀のような防御姿勢になった。隙だらけだ。頭がダメなら腹を突く。地球人ならワンタッチで感電死するだろうロングスタンロッドが魍魎の臓器と骨を破壊し破砕し粉砕する。

 

「私には! 魍魎族には魂が必要なのです! 表に出て食事ができない以上、裏で作って食べるしか!」

「なら今ここで潔く死ね! お前の存在そのものが鬱陶しいんだよ!」

「管理して子供を作らせるのはそれほどの罪なのですか!? ですが、人類も同じ事をしているでしょう! 国家規模で畜産をしている淫魔王国が許されて、何故私の箱庭がダメなのです!?」

「うるせぇ死ね! 俺がお前を気に入らねぇ! それ以外の理由がいるか!」

「麒麟の娘! あの娘の姉であるチィ()ンさんと、生まれて来る子も幸福にして差し上げます! 武帝とはそういう契約を交わしました! それに、私が手を差し伸べねば麒麟族は衰退し絶滅してしまいます! 保護してるんですよ私は!」

「それを本人が望んでると思ってんのか! 主語ばっかデカいクソカス野郎のド迷惑な余計なお世話なんだよボケ老害!」

「民の命は好きにしていいと、三代目の武帝はそう言いました! 私は契約を遵守しています!」

「尚のこと腐れ脳みそじゃねぇか! 頼むから死んで俺をハッピーにしてくれよな!」

「私がいたから生まれた命があります! 私がいるから幸せになった子もいます! 苦しんで生きるより楽しんで死んだ方がいいでしょう!?」

「全部テメェの都合だろうが! 死ィねぇえええッ!」

「ゴボォーッ!?」

 

 感情的なレスバの果て、ミヅチの顔面に雷棍フルスイングが直撃する。武器に付帯した雷属性が魍魎の身体を駆け巡り、種族特性由来の治癒能力が阻害された。

 勝機である。攻勢を強めんとしたイシグロの脳裏に、飽きる程に感じた警鐘が木霊する。範囲攻撃、離れねば。

 

「ガァアアアアアッ!」

 

 次の瞬間、両手を広げたミヅチの胴体から、赤黒い雷が全方位に放散された。

 これを予期していたイシグロは、バックステップで範囲を抜けつつ棍を振って雷波を打ち払った。見ると、ミヅチの体内に蓄積していた雷が綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「属性攻撃の吸収と蓄積、そんで閾値超えたら放出と……なら!」

 

 イシグロは雷棍を収納し、そのまま拳を構えた。

 聖火も雷電も吸収されて反撃チャンスを与えてしまうなら、拳一つの殴り合いだ。武闘家ジョブに切り替えたイシグロは、唯心無月流を構え直進。

 

「ああ……そうですか。イシグロ君も。他の人と同じだったのですね……」

 

 幻惑歩法からの掌底一打。その時だ。ぬるりと、ミヅチの鳩尾にヒットしたイシグロの攻撃が、不可思議な感触と共に無効化された。

 手に、湿り気。ミヅチの体内から染み出た赤黒い泥が、イシグロの掌底を止めていたのだ。初見の防御技である、拳を引いて反射的に飛びのいたイシグロは、生理的嫌悪感で両手に【清潔】をかけた。

 

「ならせめて、私の手で……」

 

 イシグロが機を窺っていると、不浄な泥はミヅチの全身を覆っていき、やがて筋肉が膨張するようにしてムクムクと巨大化していった。

 過剰に膨れ上がった両腕は膝より下まで延長され、ただでさえ長かった髪が泥を纏って舞い上がった。顔まで覆った泥の顔に、人魂のような眼光が二つ。次いで額が縦に裂け、第三の眼を形成した。

 

「……かつて、魔王国はラリス以上の実力主義社会でした。その国で、私は軍の幹部を務めていたのですよ。バリバリの武闘派だった訳ではありませんが、相応の力を持っている自負があります。そして、今の私は現役時代より強い……」

 

 耳も鼻も口もない、身長三メートルを超える三眼巨人。泥を纏った頭髪が意思在るように畝っている。

 これこそ、魍魎族の戦闘形態であった。

 

「おっと、器用なんですね」

 

 問答無用とミヅチの心窩部に矢が飛来し、それは刺さる事なく落下した。弾いたのではない、泥の鎧が無効化したのだ。

 舌打ち一つ、イシグロは弓を収納した。ガードもせずに矢を受けたミヅチにはダメージを受けた様子もなければ一歩たりともノックバックしていない。当然、鏃に塗った麻痺毒も入っていないだろう。

 

「あとで治しますので、イシグロ君には一度倒れてもらいましょうか。奴隷共々、散華館で食べてあげますよ」

 

 間合いの外、ミヅチは大袈裟に拳を振りかぶった。危機察知、魍魎の腕が突き出されると同時、柱の如き泥腕が質量を増して伸び迫る。

 見た、来た、読んでいた。イシグロは余裕を持って回避。さっきまでイシグロがいた場所に魍魎の泥腕が新幹線めいて通過して、背後にあった花壇と壁が粉砕された。チート由来の計測では、イシグロ程度の耐久力だと一撃必殺技である。だが、それだけだ。

 

「流石、小さいだけあってすばしっこいですね」

 

 右、左、右右左! 泥の両手が双子の大蛇のように暴れ狂う。恐ろしく雑な泥腕ラッシュを回避しながら、イシグロは(けん)に回って思案していた。

 物理耐性か、遠隔無効か、少なくとも矢による射撃は効かなかった。検証の余地こそあれ、泥纏いミヅチにノーマル状態にあった属性吸収がないとは考え難い。あまつさえ技はクソだが力はある。

 なるほど、物理偏重の歴代武帝が抗えなかった訳である。

 

「逃げ回るだけでは勝てませんよ。それに人間は動けば疲れるのでしょう? 転んで怪我をする前に、大人しく捕まってくださいませんか?」

 

 ラッシュのパターンを把握し、剣を振りながら考える。チートじみた耐性持ちのミヅチだが、しかしてこいつは敗残兵だ。最強でも無敵でもないはずである。

 

「ナントカ拳だとか、カントカ流だとか、皆さん武術がお好きですよね。運動して肉体を磨くのはいいですが、戦いの為に技を鍛えるなんて無意味で虚しいだけですよ。どうせ私には効かないのですからね」

 

 魍魎の髪がうねり、掲げた右腕に巻き付いた。そうして放たれたドリルヘアパンチを、無銘で【受け流し】て反撃する。ジョキンと泥腕髪を斬ったものの、与えたダメージはごく僅か。

 同じ要領で魔法を撃ってみたものの、案の定雷同様に蓄積されて放出された。少しずつ、イシグロの手札が晒されていく。

 

「危ないですよ、そういうのは」

「しまっ……!?」

 

 危機察知の間隙を縫い、後ろに回ったミヅチの髪の毛が無銘の鍔に絡まった。力任せに引っ張られ、イシグロは愛剣を手放してしまった。

 

「ここまでよく逃げずに戦ってくれました。では、これにて終わりです。おやすみなさい」

 

 剣を失ったイシグロの眼前、下手くそなステップで接近してきたミヅチがテレフォンパンチを打ってきた。

 無手になったイシグロは瞬時に意識を切り替え、あえて潜り込むように前に出た。拳が迫る、機を見る。思考より速く、打ち上げるように!

 パァン! 下から受けられた泥腕が弾け、ミヅチの姿勢が崩れた。

 

「何ぐばぁ!?」

 

 攻防一体、上段受けからの発勁突きである。異界炉魔空手の発勁技が、魍魎の腹に突き刺さった。

 予期せぬ反撃を食らった魍魎は先と同じく水平方向に吹っ飛んで、やがて温室の壁をぶち抜いて廊下の壁に衝突した。

 

「なに、何です今のは? 発勁というやつでしたか? しかし普通の発勁とは何かが違う。まさか、痛みがある……!?」

 

 魍魎の右腕、接触部位の周辺の泥が消えている。焼き鏝を当てられた雪のように、一瞬で溶けて消えたのだ。泥の補充は始まっているが、魍魎の鎧を貫いた理屈が分からない。

 呆けたまま視線を戻すミヅチ。破壊された壁の先、色鮮やかな花壇に囲まれたイシグロは、攻略法を見つけたゲーマーのような会心の笑みを浮かべていた。

 

「ふぅん……?」

 

 剣撃に耐性。矢も無効。しかし発勁は有効だった。手札切れが近かった現状、ようやく見つけた攻略法である。

 殴るべき奴がいる。殴り方も分かった。なら、やるべき事は一つ。

 

「……だいたい分かった」

 

 麒麟の如き鎧をまとい、イシグロは師匠直伝の拳を構えた。

 

 

 

 

 

 

 一方、武帝祭祝勝会の会場では、来賓達の前でクーシェンの建国物語が上演されていた。

 演壇の上、この日の為に練習してきた役者達が歌ったり踊ったりして場を盛り上げつつクーシェンの歴史を紹介する。魔王戦争時。魔王がけしかけてきた召喚獣を九人の英雄が討伐し、残された要塞に国を興した。それが武侠国クーシェンである。巧みな照明技術や幻影魔法などを使って織りなされる演劇は、その手の芸事に厳しいエリーゼから見ても迫力満点だった。

 

 物語は進み、演者達は一礼して去っていく。ややあって再開したのは、建国物語のアフターストーリーだ。

 舞台の外、ナレーターがあらすじを読み上げる。その内容は典型的な恋物語で、姫の婚姻をかけて武侠同士が戦うというものだった。

 ややあって、演壇の中心に姫役の女が現れた。黒子によって姫が被っていたベールが脱がされると、麒麟族の美女――チィレンの美貌が露わになった。

 姫に続き、演劇衣装を纏ったユゥリンが演壇に上がった。そこに八人の当代武王が相対する。これは物語の再現だ。今ここで、武帝祭の優勝者がどの武王と戦うかを発表するのである。

 

 荘厳なバックグランドミュージックが鳴り響く。

 ピュアな来賓は息を飲んだ。裏側を知っている来賓は誰にどれだけの注目が集まっているかを観察していた。

 緊張の糸が張り詰める。その時だ。

 

 会場にいた武侠の魔道具に、無音の反応があった。ついに、始まってしまったのである。

 イシグロから関係者へ。目標確認、戦闘開始の報せは止まり木に伝わり、淫魔女王に伝わり、やがて第三王子派閥全体に伝わった。

 

 音楽が停止した瞬間だ。ダン! 会場全体の魔導照明が灯り、大広間の扉が開かれ、廊下から完全武装の戦士達がなだれ込んできた。

 予定になかった事である。狼狽する武王とは対照的に、事前に知らされていた面々は冷静だった。舞台の上のユゥリンもまた、当然に。

 

「我々はクーシェン監査部隊、黒面衆です! 現在、武侠会には平和条約違反の疑いがかけられております! 武帝および武王におかれましては、どうか我々の調査にご協力頂きたい!」

 

 騒然とする会場の中、戦士達は八人の武王を取り囲んだ。

 身に覚えのない武王は狼狽し、身に覚えのある老王は憤怒によってはらわたが煮えくり返ったとばかりの赤ら顔になっていた。

 

「チィ姉、こっちこっち」

「なっ、ユゥユゥ? あの人達は誰なの……!?」

 

 そんな中、ユゥリンはこっそり姉を回収し、演壇を下りて仲間達の近くに連れて行った。

 

「何の事だ? 私は平和条約になど何も……ハッ!? こっそり造っていた禁酒がバレたか!」

「その件については後で伺うとして、ご同行願います」

「誰に刃を向けておる! わしは武王じゃぞ! 誰の命令じゃ!」

 

 何の事だか分からない武王と異なり、老王は己の功夫で以て激しく抵抗していた。

 錯乱している者を見ると、かえって冷静になるものだ。裏でドウジュンと繋がっていた若王は冷静に周囲の状況を把握し、沈没船から一抜けする決意を固めた。つまり、あの男がそう(・・)だったのか。

 

「ふざけるな離せ! 触れるな痴れ者が!」

「何となく話が見えてきましたよ。どうかお許しください。ハイヤーッ!」

「ぐば! わ、若造め、裏切ったか……!」

「つまりコイツが悪いのか! 加勢するぞオラ!」

「ごぼぉ!」

「前々から気に入らなかったんだよジジイ! 食らえ【剛毅飛燕脚】!」

「アバババババッ!」

 

 若王に続き、挽回不可能と判断した他武王が裏切り武王に殴りかかる。ここまで謀反を察知できなかった以上、最初から身の潔白を表明した方が傷は浅いと考えたのだ。

 醜穢武王が潔白武王にフルボッコされている一方、謀反軍の手は武帝にも迫っていた。

 

「武帝、来賓の皆様が見ています。ご同行頂けますね?」

 

 全方位から武器を突きつけられる中、角獅子の武帝は椅子に座したまま周囲を睥睨していた。

 当代では初のクーデターだ。祝勝会の会場に侵入されているあたり、対策部隊が機能していない事が分かる。来賓達も驚いている者と冷静な者に二分されている。どうやら根回し済みらしい。

 首謀者は誰だ。見ていると。本来この会場で謀反軍を制圧しているべき男がいない事に気付いた。

 

「やりおったな、ドウジュン……!」

 

 牙を剥いた武帝の口から、大型肉食獣を思わせる唸りが漏れた。腐っても武侠の長である。その圧力は他国の王と同格だった。

 しかし、不機嫌そうな声音の割に、武帝の口角は僅かに上がっていた。

 

「そうか。ならば……」

 

 ゆっくりと、立ち上がる。

 そうして、武帝はこれまで身に収めていた武威を解放した。

 

「武侠らしく、拳で語り合おうではないか」

 

 ドッゴォオオオオッ!

 武帝が拳を構えた瞬間、会場全体が揺れ、衝撃音が響いた。次いで広間の壁が粉砕されると、中から赤黒い巨体が飛来して反対側の壁に激突した。

 

「ぐぶ! どういう訳ですか! 発勁には耐性をつけたはず……」

 

 濛々と舞う土煙の中、壁を背に立ち上がったのは赤黒い泥を纏った巨人だった。

 反対側、巨人が通った穴に影。瓦礫を押しのけ入って来たのは、地味な革鎧の男――さっきまでこの会場にいたイシグロである。

 誰もが、周囲を警戒していた。注目を集めたイシグロは、状況確認の後に大きく息を吸った。

 

「禁忌種発見! こいつは魍魎族だ! 人類平和条約に則り、これを討伐する!」

 

 銀細工の肺活量で以て発せられた殺害宣言。この会場に、これを聞き逃す者はいなかった。

 人類平和条約とは、第二次魔王戦争後に定められた国家間の取り決めである。その中には、このようなルールが存在する。

 特定禁忌種は、見つけ次第殺すべし。

 

「助太刀しますぞ! ぬぉおおお!」

「ぐぁ!? 誰です貴方!」

 

 ピュア来賓の動揺を切り裂きこの場の誰より一目散に、鬼人闘士のライドウが赤黒の泥を纏う魍魎族にスモウタックルをぶちかました。

 唐突なクーデターと唐突なバトル展開。なるほど条約違反とはこの事か。ここまで来れば覚悟も決まる。軟弱とは対極にある来賓達は、各々この戦場における最適な行動を開始した。即ち邪魔にならないように退いたのである。

 

「酒浸りの濁り魂め! 離しなさい!」

「ぬぅうううう! この者、私より力が……!」

「ライドウさん、そいつは雷を食います! とにかく押し込んでください! リリィ!」

「あいッス!」

 

 ライドウにミヅチの情報を話しつつ、イシグロは自身の一党員に武器を渡していった。

 ルクスリリアは大鎌を担ぎ、エリーゼは魔法剣杖。グーラとイリハに各々深域武装を渡し、レノにはホルスター共々光力銃を装備させる。

 

 他方、祝勝会は乱闘騒ぎでドッタンバッタンし始めた。

 アリエルを中心とした止まり木組は暴れ回る武帝を押さえ、広範囲技を撃とうとするミヅチをライドウの突っ張りが掣肘。かと思えば天井から床から白い仮面と黒い仮面の武侠達が出現し、白組と黒組で丁々発止の殴り合いを始めた。

 

「ユゥユゥどうなってるのこれ? 祝勝会は? 武帝祭はどうなっちゃうの!?」

「恨みを買い過ぎたんだね。まぁ悪い事してたのはあのドロドロマンで、武帝は黙認してただけらしいけど」

 

 完全に乱戦の様相である。混沌とする戦場の隅で、ユゥリンは頭目から手渡された深域武装を握り、姉を背にして庇っていた。時折飛んでくる流れ魔法をガードする勇姿は、夏までの彼女とは別人である。

 

「ああ、イシグロ君は最初からそのつもりだったのですね。悲しい、悲しいですよ私は……」

「今よライドウくん!」

「ごっつぁんです! ふんぬッ!」

「さっきから邪魔ですね貴方!」

 

 淫魔女王のバフを受けたライドウによって、ミヅチは一方的に殴る蹴るの暴行を受けていた。しかし、特にこれといったダメージは通っていなかった。

 殴られつつ悲しみに暮れて世を儚むミヅチ。そして、魍魎の第三の目が顰められ……。

 

「そろそろ、鞍替えですかね」

「ぬぅううううううう!?」

 

 額の眼が見開かれると同時、ミヅチの全身から凄まじい量の泥が放出された。

 さしもの重量級のライドウも泥の激流に押し出され、少なからぬダメージを受ける。次いで、爆心地のミヅチからバケツをひっくり返したように赤黒い泥が広がっていき、泥溜まりから大量の泥人形が湧き出てきた。会場の半分以上がドロドロである。

 

「「「ギェアアアアアッ!」」」

「ぐぁ!? 何だ、こいつ! 魔物か!」

 

 やがて口らしき部位を開いた泥人形は周囲の武侠に襲い掛かり、あろうことか噛みつこうとしていた。その光景はゾンビパニック映画さながら。ただでさえ乱れていた戦場が更に混乱する。

 人語も介さぬ叫びを上げ、泥人形は年少のラリス貴族にも襲い掛かった。

 

「させん!」

 

 跳びあがった泥人形の胴体に清浄なる矢が突き刺さり、頭部が壊れて落下する。アリエルによる速射であった。

 

「イシグロ殿、アレは一体!?」

「分かりませんが、あの魍魎は召喚士だったようです。見た感じ通常攻撃も効きそうですね」

「では私も前に出ていいな! ヒィハァーッ!」

 

 とは言うものの、泥人形はアリエルの矢一発では死なず、イスラが剣鬼流の追撃で叩き斬って倒せる程度には硬かった。しかも、一体を倒しても泥人形は次から次へと量産されていた。

 猛って暴れる武帝。武帝と相対し始めた潔白武王。黒面衆に拘束される老王。ライドウは回復中で、ミヅチは生成した泥団子の中に入っていった。追撃せんとしたイシグロ一党の前に、他泥人形とは別格の泥巨人が立ちはだかる。

 

「邪魔だ、退けぇい!」

「「「「「グワーッ!」」」」」

 

 混沌度数が増した戦場で、潔白武王を鎧袖一触した武帝が会場の出入り口に向かってダッシュした。逃げようというのである。

 武帝の駆ける先、その足元に白銀の槍が突き刺さり、瞬時に麒麟少女が転移してきた。

 

「クーシェンは法治国家なんですから、責任者が責任を取るべきだと思うんですけど、武帝的にはそのへんどうお考えでしょうか」

「ふん、小娘か。君が仕組んだ訳ではないのだな」

「そうですよ、武帝。ユゥリンさん、ここは私に任せてください」

 

 ユゥリンの背後から声。またも謀反軍の参戦だ。扉から大角の男が現れる。

 丁寧な言葉とは対照的に、その男は如何にも荒くれ者といった風に拳をゴキゴキ慣らしていた。よくよく見れば、ドウジュンの額には青筋が浮かんでいる。

 

「やはり、ドウジュンか。とうとう私の番が来たという事だな。ならば止めてみろ。私も、あの男も!」

「ユゥリンさんはイシグロさんの援護を」

「はい、喜んで!」

「果断は美徳ですが、少々薄情では……」

 

 広場の入り口付近で武帝とドウジュンが激突する中、武帝の逃走を阻止したユゥリンはあっさり離脱しイシグロの近くに戻っていった。

 拳士ユゥリン、勝てない相手とは戦わない主義であった。

 

「ふむ、最近の戦士は質が高いですね。今のままでは荷が勝ちますか。では……」

 

 泥溜まりの中心、巨大泥団子に引きこもっているミヅチが呟く。泥巨人を打倒し徐々に迫ってきたイシグロを目にして、ミヅチもまた離脱を選ぶ事にした。

 しかし、負けを認めて逃げるのではない。勝つ為に逃げるのだ。ミヅチは泥団子形態のままその場でボヨンと垂直跳躍し、そのままズドンと地面に落下した。

 震動と轟音。広場の床をぶち抜いたミヅチは、地下へ地下へと下りて行った。

 

「スリーマンセル! 陸空!」

「分かったわ!」

 

 首魁を逃がすのは流儀に反する。号令一つ、イシグロとレノとルクスリリアが逃げるミヅチを追いかけて、新たな大穴に潜っていった。

 断続的な破壊音。堅牢な石床を破壊し続け、ミヅチは城の深部に潜っていく。その上からイシグロ達が追い掛けるが、ミヅチは地下へ地下へと潜って行った。

 

「やはりイシグロ君が追いかけてきてくれましたね。ところで、クーシェンの歴史についてはどれほどご存じで?」

 

 重力を背に下りていくイシグロ達。やがて灯り一つない広大な深淵に辿り着き、闇の底からミヅチの笑声が聞こえてきた。

 

「何故、二代目武帝は私に国家の守護を乞うたか。何故、クーシェンの大地に未だ作物が育たないのか。何故、私が武侠国を支配できていたか……」

 

 深く潜るにつれ、天使であるレノの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

 ルクスリリアは気分の悪くなる魔力を感知し、イシグロも得体の知れない怖気を覚えていた。

 奥に、何か(・・)が在るのだ。

 

「真実をお見せしましょう」

 

 次の瞬間、身の毛もよだつほど邪悪な魔力が間欠泉のように吹き上がった。

 純粋魔力だ。浴びてもダメージはない。だが、可視化するほど濃い魔力は如何にも触れたらヤバそうだった。

 

「汚いの来る! 後ろに!」

 

 咄嗟に張られた光力障壁が、暗黒の魔力を遮った。しかして魔力噴流の勢いは凄まじく、魍魎の意で以て魔法と化した暗黒魔力に押されて光のバリアは急上昇、三人は光力足場に乗って、さっきまで下りていた穴を戻されていった。

 

「な、何ッスかあれェ!?」

 

 その時、イシグロ達は見た。

 巨大な何かと、目が合った。

 深淵を覗いた時、怪物もまた此方を見ていたのだ。

 

 伝説の再来である。

 

 

 

 

 

 

 武帝祭の夜。

 突如、クーシェンが揺れた。

 お祭り騒ぎの真っ最中、突然の地震に驚く民の中には、城の方から得体の知れない気配を感じ取る者もいた。

 

「母さん、クーシェン城が……」

 

 子供が指差す方、毎日見上げていた城の頂上から漆黒の何かが飛び出した。

 周囲の民が気付いた頃には、ソレの放つ邪気が武侠国を覆っていた。

 

 満月が真紅に染まる。

 逆光の影、漆黒が蜷局を巻いていた。

 

 それは、巨大な蛇のようであった。

 しかし、その頭部には角があり、髭があり、尋常の蛇らしからぬ堅牢な鱗を纏っていた。

 ギョロリと、額の邪眼が開かれる。その姿を、クーシェン民は知っていた。御伽噺で、壁画で、伝説で。

 彼の龍、かつて魔王が差し向けた召喚獣。建国英雄が討伐したはずの、邪なる魔龍である。

 

「クーシェンの英雄譚は虚飾に塗れています。実際のところ、初代武王はこの子を殺せませんでした。彼等は魔王に頭を垂れたのです。その後、彼等は定期的にラリスの情報を流してくれたそうです」

 

 音ならぬ声が響く。

 第三の眼が光り、魍魎族の権能が行使された。

 国中の龍脈が起動する。やがてクーシェンの地に実っていた数少ない作物が枯れ、腐り落ちた。

 

「箱庭を思いついた後、私はこの子を城の地下にずっと隠していたのですよ。魔王亡き後も生きられるよう、クーシェン全土の命を食べさせて。だから此処には森がない、花がない。生きるに充分な農作物が育たないよう計らいました……」

 

 クーシェン城を中心に、武侠国の大地から赤黒い汚濁が染み出てくる。やがて中から泥人形が這い出てきて、故郷目掛けて歩き始めた。

 泥人形が出現したのは街の外部だけではなかった。クーシェン城の地下からも、一体また一体と泥人形が地上を目指して行進を始めた。

 

「この地を去れば良かったものを、他者の賞賛を忘れられぬ愚王共は、あろうことか王を僭称していました。なので、その子供等を美味しく頂く事にしました。枯れた大地で、国を害する全てから、この私が守ってあげますよと」

 

 魂喰らいの魍魎、その真価。命無き軍の首領にして、穢れた大地の創造主。

 魑魅魍魎の王、穢龍ミヅチ。

 魔王戦争の生きた伝説である。

 

「全く以て、過ぎた欲は身を滅ぼします。そうは思いませんか? 貴方達も」

 

 深紅の月を背に、黒の龍が睥睨する。

 見下ろす先、崩れかけたクーシェン城の頂上に、当代の英雄達が集結した。

 

「箱庭とやら、見させてもらったぞ! 外道めッ、今すぐ殺してやる!」

「女王陛下、指揮は任せてよろしいですな。私、不器用ですので」

「うん、任せて。あーでも、大まかな作戦はイシグロくんに立てて貰った方がいいかな」

 

 弓を構えた上森人。雷を纏う鬼人。妖艶なる淫魔の王。

 続いて、黒剣一党も城の頂上に登ってきた。

 そして最後に、尖塔の先端に麒麟族の嵐極拳士が降り立った。

 

「皆、準備はいいか?」

「うッス! よく分かんねぇッスけど、アタシはいつも通りやりゃいいんスよね?」

「龍退治は戦士の誉れよ。楽しみね」

「ん、アレは後の世界に禍根を残す。殺せる時に殺すべき」

「ボクもそう思います。災厄後にあの龍が暴れるだけで、世界秩序は大ダメージを受けるかと」

「ユゥリンも緊張する事ないのじゃ。迷宮での戦いと一緒と思えば良い」

「は、はい! 怖いですけど、地下にあいつがいる国じゃ安眠できませんからね……!」

「よし、いつも通り練習通り……ご安全に!」

「「「「「ご安全に!」」」」」

「ご、ごあんぜんに……!」

 

 最新の英雄VS伝説の残骸。

 クーシェンを巡る最終決戦が始まった。




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 二周年ですね。
 二周年!?

 そんな感じで連載開始から二年が経ちました。
 こういう時に毎度言ってる事なんですが、ここまでやってこられたのも皆様の応援があっての事でございます。

 本作は読んでる間ほんのり楽しい小説を目指しているので、ぼんやり面白がってってくだされば幸いです。
 それでは、今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。
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