【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が執筆の力になっております。
 誤字報告もいつもありがとうございます。とても助かっています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 三人称です。
 よろしくお願いします。
 三人称ばっかじゃねぇかよ最近んんんッ!


魑魅魍魎の王がいた(下)

 古来より、魔龍は人類にとって不倶戴天の敵である。

 迷宮内外に関わらず、魔龍は人の群れなど息吹一つで吹き飛ばす。その身の鱗は強靭で、尋常ならざる心臓は絶えず魔力を生み出し続ける。故にこそ、これを討つ者は英雄と称えられるのだ。

 グウィネスの九英雄もまた、同じく。

 

「状況開始! 陛下、後お願いします! 連絡はレノを通してくだされば!」

「りょーかーい! 下の護りは任せて頂戴!」

 

 作戦会議が終わると同時、英雄達が動き出す。イシグロは空飛ぶ槍に跨って、エリーゼは青白く輝く魔力の翼を羽ばたかせる。ルクスリリアは守護獣ラザニアにグーラを乗せて飛び立った。他一党員も各々自前の飛行手段で以て龍を討つべく躍り出た。

 異世界スモウレスラーのライドウは半ば雷と同化して急上昇し、上森美女アリエルは純白の一角獣に乗って流鏑馬スタイルで宙を駆ける。淫魔女王は祝勝会に出席していた魔術師達を率いて国家防衛規模の結界を展開した。

 

「哀れな。今こうして私が操る穢龍が一五〇〇年前と同じだと思っているのですか?」

 

 向こう見ずな英雄を見下ろしながら、穢龍と一体になったミヅチが呟く。

 次いでクーシェン城を一周できる程の巨躯をうねらせて、龍鱗の隙間から都合一〇〇個の泥爆弾を投下。突如として落ちてきた驟雨を、淫魔を筆頭に小回りの利くメンバーが迎撃し、街全体を覆う結界がその役割を全うした。

 

「視えていますとも」

 

 各々泥を対処する一党を、穢龍の額に在る第三の眼が睨みつける(・・・・・)

 次の瞬間、邪眼に目を付けられた面々に種々様々な負荷が圧しかかる。熱病、鬱病、毒・麻痺・睡眠……一般人なら即死する量のデバフオンパレード。何かしら耐性を持つ種族でも、どれか一つは確定罹患する出し得技だ。

 

「気にせず進みなさい! 癒やしを(・・・・)!」

「何と……?」

 

 だが、それらはあっさり解除された。それどころか、銀竜の“祝福”を受けた戦士達は二度と邪眼が効かなくなった。こっちもこっちで出し得技である。

 哀しい哉、魍魎の邪眼は時代遅れの環境外れ。第二次魔王戦争で猛威を振るった害悪戦法は、今のバトル環境についてこれなくなっていたのだ。ミヅチが現役だった時代に全状態異常回復なんて治癒魔法は存在しなかったのである。

 

「ぬぅううううんッ!」

「うん? また貴方ですか。いい加減、私に勝てない事を認めるべきでは」

 

 驚愕に第三の眼を瞬かせるミヅチ。その隙に、雷と化したライドウが急接近し、穢龍ミヅチの横っ面に強か張り手を直撃させた。

 吸収対策の為に雷を切って放たれた打撃はしかし、鱗一枚を剥がす程度しか威力を発揮しなかった。鱗の内側、ミヅチ本体にダメージが入っていない。

 反撃の泥ビームを避けたライドウの後ろで、槍に跨るイシグロは穢龍を観察していた。

 

「鱗の中に泥の膜があるな。なら二段攻撃、行くぞ!」

「はい!」

「のじゃ!」

 

 動き回るミヅチの前で、目晦まし代わりに雷を爆ぜさせるライドウ。同じくミヅチの眼球に矢を撃ちまくるアリエル。頼れる前衛に隠れつつ、イシグロは穢龍の腹に装甲破壊特化の短剣をぶん投げた。

 ズガッ! と着弾。鱗が剥げ、晒された泥膜にユゥリンの嵐発勁とイリハの飛ぶ発勁が直撃した。泥が解け、内部の肉が露出する。

 しかし、多少のダメージこそ入ったものの、二撃目の発勁は想定ほど泥を突破できていなかった。見るに、ユゥリンの嵐発勁が無効化され、イリハの飛ぶ発勁が効いたようだ。どうやら、発勁攻撃自体が通っている訳ではないようだった。

 

「皆さん寄ってたかって私をいじめる。ズルいですよね。私も仲間を呼びましょうか」

 

 言うが早いか、傷口を再生させた穢龍の泥膜から祝勝会の広間で出現した泥人形が這い出てきた。あまつさえ新生泥人形の背にはコウモリめいた翼があり、バサリと飛翔してイシグロ達に襲い掛かった。

 

「ルクスリリア!」

「雑魚狩りなら任せろッス!」

 

 餅は餅屋、雑魚狩りは専門家に任せる。イシグロ達は短い声掛けで各々の役割を定め、完璧な連携をみせた。

 淫魔の大鎌が分裂し、有翼泥人形の背中が削ぎ取られ、結界によって弾けて消える。一瞬、援護に回ろうとしたアリエルが瞠目するくらい完璧な裏方仕事ぶりだった。

 

「なるほど、一定以上のダメージは鱗が肩代わりする訳だ。そんで泥膜は従来通りの性能で、案の定物理も魔法も受け付けないと。グーラ、一回試してみてくれ!」

「分かりました!」

 

 指示を受けたグーラは守護獣の背から跳び発ち、空中で嵐極拳を構えた。そして、雷の疾走で穢龍の胴に攻撃した。通常攻撃と炎雷発勁による二連撃である。しかし、一撃目の攻撃で鱗を剥がせても、二撃目の炎雷発勁は泥膜によって無効化された。

 検証の結果、イシグロとイリハの通常発勁は通り、ユゥリンの嵐発勁とグーラの炎雷発勁は効かなかった。つまり、今回の戦いでは通常発勁使いじゃないとアタッカー足り得ない訳だ。

 

「厄介な。イシグロ殿、どう動く?」

「想定の範囲内です。次いきましょう」

 

 落ちて来るグーラを回収しつつ、馬上のアリエルは執拗にミヅチの目に矢を当てまくっていた。鬱陶しそうにしているミヅチだが、ダメージは入っていないようだ。

 

「無駄ですよ。我が肉体には一億と二〇〇〇万の人魂があるのです。あらゆる攻撃の耐性を取り入れた私に弱点はありません」

 

 巨龍の身体でバレルロールやインメルマンターンをしてライドウを振り払ったミヅチは、全身の鱗から赤黒い泥を垂れ流して先の有翼泥人形をタンポポの綿毛のように散布した。

 流石のルクスリリアも捌き切れない量である。その光景はさながら大規模落下傘降下。泥雨めいた攻撃に顔を青くする結界役魔術師の目に、月光の翼を広げた竜族の背が映る。

 

「弾けて、消えろ(・・・)!」

 

 銀竜が聖なる杖を掲げ、装填された魔術式を起動する。すると杖の先端から小さな光の粒が射出され、やがて先んじて落ちてきた泥人形に着弾した。

 瞬間である。対象に着弾した光粒は即座に膨張し、眩い閃光と成って周囲の泥人形を飲み込んだ。遅れて聞こえた爆音の後、光に呑まれた泥人形は跡形もなく消失していた。

 エリーゼお気に入り魔法の一つ、“掃滅極光”である。結界の中、何処かの誰かが「芸術だ……」と呟いた。

 

「ふぅん? 攻撃属性によって吸収効率と蓄積の閾値が違う訳か」

 

 再度ライドウとドッグファイトし始めたミヅチを眺めながら、槍に跨ったイシグロは穢龍の攻略法を考察していた。

 身代わり鱗と超耐性の泥膜。本体は例によって各魔法属性を吸収し、通常発勁は効いて属性発勁は無効化される。

 ならばと、イシグロは次の検証に移行した。

 

「レノ! 例の作戦でいくぞ!」

「了解!」

 

 頭目からの合図。ミヅチに相対する面々にレノからの【念話】が伝わって、各々そのようにすべく動いた。

 とはいえ、やる事はさっきと同じである。前衛がボスのヘイトを買っているうちに、発勁を使えるアタッカーが攻撃するのである。

 

「はぁ!」

 

 槍に跨ったイシグロは穢龍の右横腹に無銘を突き入れ、そのまま鰻を捌くようにして斬っていく。継ぎ目を斬られた鱗がボロボロと落下していった。

 

「浅く広くです! 行きますよ!」

「手でやった方がやりやすいのぅ!」

 

 穴の空いた鱗の間に、麒麟と仙狐による飛ぶ発勁が迸る。通常発勁を受けた泥膜は、例によって真水が蒸発するように弾け飛んだ。

 

「狙い撃つ!」

 

 鱗と泥がなくなって、龍の肉が露わになる。そこに、レノの圧縮光弾が突き刺さった。

 

「ぐは!? な、何故当たったッ?」

 

 狙い通り、作戦通り。圧縮光弾は龍の肉を貫き、空けられた穴から通常形態のミヅチ本体が垣間見えた。魍魎の腹にも穴が空いている。光力は通った。しかし見た目ほどのダメージはない。与えられた被害はあくまで部位破壊のみだ。

 

「動きが鈍った! 好機!」

 

 本体がダメージを受けたからか泥の制御が甘くなり、露わになった龍の肌肉にライドウの突っ張りが炸裂。

 ドゴォ! 久しく入った衝撃で正気に戻り、ミヅチは即座に龍の肉を再生させて身体の奥底に引きこもった。

 

「マスター、本体は龍の中を自由に動けるみたい。鱗が守ってるから狙撃は無理」

「今ので外に出せてたら良かったが、検証結果としちゃ充分だ。よし、プレッシャーかけてくぞ」

 

 流石に身の危険を感じたらしく、ミヅチは龍の体内を動き回っていた。

 何故、イシグロがミヅチ本体を攻撃できたか。理由は単純、レノの魔眼による透視である。かつて解放軍の猫又が移植した目が、解放軍の協力者に牙を剥いていた。

 

「ブレス来るぞ! 警戒!」

 

 ややもあり、穢龍は怒り状態に入ったようである。鱗の上から更に泥膜を纏い、追撃せんとした前衛組を泥弾幕で追い払う。邪魔者を退かせ舞い上がったミヅチは、龍の口に魔力を溜めていた。ブレスの予兆である。

 

「少々勿体ないですが、諸とも焼け死んでしまいなさい!」

 

 上空からクーシェン城へ。尋常ではない魔力。何が飛び出てくるか分からないが、結界を壊されれば民の被害は甚大である。そのはずだが、イシグロ一党は大して焦っていなかった。ブレス対策など、龍退治の必須要項である。

 ミヅチの眼前に純白槍が通り過ぎる。瞬きの刹那、そこに少女が出現した。その右足には、キラキラ輝く発勁エフェクト。槍投げによる簡易テレポートからの急襲である。

 

「無警戒に大技打つとか、もしかしなくても馬鹿なんですか?」

「ぐわぁあああああ!」

 

 轟ッ! 第三の眼に発勁キックが炸裂し、溜めていたブレスが穢龍の口内で霧散する。

 薄く泥を纏っただけの眼球では、泥特効の発勁を防げなかった。しかも何気に大ダメージである。

 

「この! 暴力はいけない事なのですよ! なんて育ちの悪い!」

「すぐそうやって注意を逸らす」

「ぐぶ!?」

 

 反撃すべくユゥリンを睨みつけたと同時、ミヅチ本体にダメージが入った。レノとイリハとイシグロによる本体攻撃である。その間にユゥリンは退避して、穢龍の顔にまたもライドウやアリエルの妨害が加わった。

 

「何故、本体の場所が分かるのです!」

「色々あるが、一言で言うと心眼だ」

「魔眼持ちですか! ますます惜しい!」

「嘘だゾ。本当はお前の体臭がヤバすぎてバレてるんだゾ」

「バカなッ、私は毎日入浴しています!」

「嘘だゾ。本当はライドウさんが魔眼持ちで心の声で教えてくれてるんだゾ」

「そうでしたか! ならあの鬼人を殺せば!」

「嘘だゾ。本当は……」

「人間族っていつもそうですよね! 魔族のこと何だと思ってるんですか! ぐぼぉ!?」

 

 三度目、ミヅチ本体に三連撃が叩き込まれる。

 本体にダメージを与えつつ、イシグロは穢龍討伐の為のチェックリストを埋めていった。

 穢龍討伐隊優勢のように見えるが、実際のところ現状は薄氷の上にあった。この魔族は生命力が高すぎて、シンプルに殴りまくって殺せる相手じゃない。

 必要なのは、情報だった。

 

「まあ、お前が馬鹿でよかったよ」

 

 少しずつ、殺しの手段が見えてきた。

 イシグロは次の検証をすべく、収納魔法に手を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 真紅の月の戦いの影、クーシェン城では武侠同士の熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 凄惨な殺人現場のように魍魎の泥がまき散らされ、白面と黒面の死体があちらこちらで倒れている。打撃の余波で壁や天井や床に穴が空き、歴史ある城はズタボロになっていた。

 最も激しい戦いは、武帝とドウジュンの殴り合いだった。当初は広間の出入り口付近で戦っていた二人だったが、いつの間にか何枚も壁を壊し何度も床を抜け縦横無尽に城内を駆け回り戦いに戦った果て、奇しくも両者はミヅチの温室に辿り着いた。

 

「驚いたな、君がそれほどまで功夫を練り上げていたとは」

「いいえ、武帝が弱くなられたのです」

 

 派手に踏み荒らされた花壇の中心、大角族のドウジュンはボロボロの身体を満身の力で立ち上がらせた。

 対する角獅子人の武帝は、後ろ手を組んだ姿勢で同門の武侠を見据えていた。

 その技前の差は歴然である。

 

「既に、奴を見られた。ラリスを筆頭に条約を笠に着た獣共が詰めてくるぞ。すると、どうなる? 皆の愛したクーシェンは終わりだ。今ここで私を倒したところで、何も変わらんぞ」

「私の気が済みましょう」

「で、あろうな」

 

 折れた歯を吐き捨て、肩で息するドウジュンは拳を構えてみせた。

 怒りなど、憤りなど、吐き切れぬほど溜め込んでいたのだ。ここで折れるような精神はしていない。

 

「なぜ……何故、武帝は我が姉を見殺しにしたのです。貴方にとって、その程度の人ではなかったはずでしょう」

「然り……」

 

 ドウジュンの詰問に、武帝はおもむろに自身の漢服を脱ぎ捨てる事で応えた。

 武帝の衣に隠されていたのは、不可思議な文様が刻まれた肉体だった。心臓の拍動に合わせ、漆黒の線に赤黒い光が迸っている。

 明らかに、クーシェンの帝は尋常な状態ではなかった。

 

「代々、武帝の座に就いた者は、この呪いに縛られる。義も、意思も、獬地の技さえ。戦わねばならんのだ、あの男の敵とな」

 

 腹の文様を摩り、武帝は無感情に言う。

 角獅子人の逞しい肉体はしかし、ドウジュンの目には痩せた獣に見えていた。

 そして、気づいてしまった。

 

「故に、君に組を任せた」

「先に示して下さればよかったでしょう! 今、この時のように!」

「さすれば今宵、抗ったかね? 外から機が来たからこそ事を起こしたのだろうに。少なくとも、君の姉上は私に牙を突き立てたぞ。誇り高きクーシェンの武侠としてな」

「くっ! うぉおおおおおッ!」

 

 得体の知れぬ激情に押され、ドウジュンは兄弟子に殴りかかった。

 同じ構え、同じ技、同じ流派の拳である。対策を重ねて勝機を見ていたドウジュンだったが、いざ相対した武帝の功夫には手も足も出なかった。

 

「小の犠牲で国が栄えるのだ! 民とて本望であろうに!」

「心にもない事を言うな! 愛した女一人守れぬ男が何を賢しらな! 貴様に武侠を名乗る資格はない!」

「然り! 我は武侠にあらず! 今ここに立っているのは、名誉に眩んで罠にかかった負け犬よ!」

 

 角獅子の聖なる拳が敵対者の胴を打ち据え、吹き飛ばす。だが、その拳はドウジュンの身体を傷つけること能わなかった。

 武侠の道において、悪とはつまり帝に他ならず、帝となった角獅子の爪は封じられていたのである。

 

「何をしている! 立て! 立って戦え! 拳を構え、心の猛るまま殴って来い! 英雄になってみせろ! ドウジュン!」

「言われずとも!」

 

 激突! 二人の武侠は兄弟の殴り合いを再開し、やがて外に飛び出て、クーシェン城の縁で戦いを始めた。

 武帝とドウジュンが戦っている。かと思えば他の武王も参戦し、徐々に武帝が追い詰められていく。

 武侠の帝は、己の戦いぶりを見せつけていた。この国にいる全ての者に。

 

 

 

 一方、クーシェンの街はB級ゾンビ映画めいた大パニックの様相を呈していた。

 路地裏から下水道から、人の目の届かない至るところから、不気味な泥人形が溢れてきては武帝祭に浮かれていたクーシェン民に襲い掛かってきたのである。

 しかし、クーシェンは武侠の国である。突然の荒事への耐性は王都民をも凌いでいた。

 

「「「ハイヤーッ!」」」

 

 ボッ! ボッ! パンッ! 今にも泥人形に殺されそうだった親子連れの前に三人の武侠が颯爽と現れ、その身の功夫を振るってみせた。

 その技を、紋章を、クーシェン民はよく知っている。武帝祭の決勝で。嵐極拳に敗北していた百八星拳である。

 当然、その老師の名も。

 

「ここは任せて逃げるんだ!」

「コウソ様! ありがとうございます! ですが、あの数は……」

「安心なされよ! この程度の軍勢、ワシは何度も跳ね除けてきた!」

 

 紅白の双鞭を振り回し、百八星拳老師――コウソは次々と泥人形を倒しまくっていた。その姿、まさしく英雄であった。実際、コウソはそう見えるように演技していた。

 見れば、コウソ以外にも武侠達が市民を守っている。トレンディ発勁使いを名乗る拳士は左右の人差し指から発勁ビームを乱れ撃ちし、酔うと強くなる拳法家はクーシェン黄酒をラッパ飲みしながら大暴れ。中にはクーシェンとは縁もゆかりもない予選落ち拳士も義侠心で以て各々功夫を振るっていた。

 

「ヒャッハァーッ! アテクシ様謹製の爆裂矢を食らいなぁあああ!」

「痛い! 痛いですよ姉御! 誤射ってます誤射ってます! いくら僕でも当たると痛いんですからね!?」

「うるせぇ豚野郎! お前もビビッてねぇで戦え!」

「ほら、あのバカ共が暴れてる間に逃げな」

「あ、ありがとう、お兄さん……!」

 

 他方、ギルド付近では冒険者達も泥人形と戦っていた。

 咥えタバコの金髪巨乳美女が改造クロスボウを連射し、猪人の武闘家が巨大泥人形を押さえる。棍を持った猿人は単騎で大暴れし、赤毛の魔人は将来美女になるだろう少女を避難誘導していた。

 彼等以外の冒険者も積極的に市民を守っていた。不良冒険者さえ、義を見てせざるは後々何か言われるので頑張ってたりしている。

 

「皆さん、訓練を思い出してください! あの泥人は野盗よりずっと弱い!」

「は、はい! うぉおおおお!」

 

 戦っていたのは武侠や冒険者だけではない。いつの間にか城から抜け出たラリス貴族も、義を見てせざるは勇なきなりとラリス的ノブリス・オブリージュで参戦していた。

 ミラクム率いる貴族子息部隊は屋根から屋根を飛び渡り、大きな泥人形を優先して破壊していた。一人が弱くとも指揮バフがあれば強くなるのが異世界の集団戦である。

 

「そこにいるのは“巡り舌”のモニカさん!? いらっしゃったのですね!」

「フライシュ家の! あ、ロースカツ美味しかったです」

「それは良かった! またフライシュ領に来て下さい。新しい肉料理をご馳走しますよ!」

 

 顔見知りとの出会いなどありつつ、武侠も冒険者も貴族も一丸となって戦っている。

 だが、街に出た泥人形は全体から見ればほんの一部に過ぎなかった。

 

「お、おいアレ……」

 

 クーシェンの見張り塔から、兵士が遠く地平線を指差した。

 兵士の視線の先、真っ赤な月光に照らされて、泥人形の軍がクーシェン目掛けて歩いていたのだ。

 現状、ただでさえ苦戦しているのに、あの数などどう対処すればいいというのだ。

 

「狼狽えるな!」

 

 絶望しかける兵士だったが、そこにピシャリと一喝が入る。

 声の方を見れば、外壁の上に翼人の武王が腕組み仁王立ちしていた。

 

「シャーペイ様! シャーペイ様がいらしたぞ!」

「武王きた! これで勝つる!」

「カッコいいなぁ憧れちゃうなぁ!」

 

 しかもガッツリ完全武装で、やる気モード全開であった。

 そんな中、当の翼人武王は内心めちゃくちゃ焦っていた。ここで上手く立ち回らないと、後々色んな国から詰められるのだ。クーデターはばっちり見られたし、知らなかったとはいえ禁忌種が出た現状、積極的に戦って身の潔白を証明するしかないのである。

 つまるところ、武王は得点稼ぎをしていたのだ。兵士だけではなく、来賓達の。

 

「街の化け物を掃討した後、打って出る! 安心しろ、他の武王もじきに来る! とにかく今は私の指示に従え!」

「は、はっ!」

 

 士気が上がり、元気よくかけていく兵士達。

 とにかく、今は目の前の敵を何とかせねばならない。

 国政も何も、破壊されてはどうにもならないのだから。

 

 

 

 外壁の下、アリエルに同行してきた止まり木協会は、泥人形に対処しつつ被害者の救助を行っていた。

 今のところ人命自体は無事ではあるが、街の被害は皆無とは言えなかった。

 

「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言えばいいか!」

「いいって事よ」

 

 子供を救助された母親が、止まり木協会員に頭を下げる。その者は矮躯の森人だった。

 笹の葉のような耳。赤い髪、緑のマントがたなびく。彼女が短剣を振るうと、虹色の魔法陣が消失した。

 この森人が、瓦礫に埋まっていた子供を異端の御業で救ったのである。

 

「怖いよ、お母さん……みんな戦ってくれてるけど、大丈夫かな? 負けちゃいそうだよ?」

「なぁに、大丈夫さ」

 

 不安げな子供に、赤毛の森人は明るい声音で返した。

 遠く見上げた先、そこでは英雄達が戦っていた。

 

「亭主殿は最強だからな」

 

 言って、赤髪のルーン使いは自信たっぷりに微笑んだ。

 確信しているのだ。あの男が、ここで終わるような器ではない事を。

 

 

 

 

 

 

 真紅の月下の戦いは熾烈を極めていた。

 絶えず生み出される有翼泥人形はルクスリリアとエリーゼが対処して、時折落とされる魔法は淫魔女王率いる魔術師隊の結界が防いでいる。

 突然現れるユゥリンを警戒してブレスを撃てずにいるミヅチは、ライドウとアリエルによる嫌がらせに苛立っていた。そんな前衛に隠れて、イシグロ達アタッカー組が攻撃の機を窺っている。

 時が経つにつれ、ミヅチの動きは精彩を欠いていった。穢龍の操作に集中すると本体を攻撃され、狙われぬよう動き回っていると穢龍の操作が疎かになる。結果として、ひたすらに召喚獣を生産する事しかできていなかった。

 

「鬼人風情が! 邪魔をしないで頂きたい!」

「ふぬぁああああ! まだまだぁああああ!」

 

 けれども、戦況はミヅチ優勢に傾いていた。

 穢龍の体内には言葉通り一億二〇〇〇万人分の命があり、召喚獣は低コストで大量生産できるのだ。むしろ持久戦こそがミヅチの本懐であった。

 実際、最も消耗の激しい役回りのライドウは苦しそうに肩で息をしているし、流鏑馬でミヅチの目を射るアリエルの魔力も大分減っていた。

 魂には余裕がある。このまま続ければ、ミヅチが勝利するだろう。それは素人目にも明らかだった。

 

「アリエルさん、今の技もう一回お願いします」

「わ、分かった。だが効果の程は期待するなよ」

 

 そんな中、イシグロは観察と考察を続けていた。

 実験動物でも見るような。あるいは魔導院の学者のような、人間らしからぬ色のない目である。いずれにせよ、敵と戦う戦士の面持ちはしていなかった。

 それがどうにも、得体が知れない。ミヅチはこの感情の靄を言語化できなかった。

 

「皆さんお疲れのご様子。そろそろおしまいにしましょうか」

「しまった! ぐおおおお!?」

 

 巨大な身体をうねらせて、反応が遅れたライドウを叩き落とす。次いで、イシグロ目掛け突進した。

 最早捕縛は叶うまい。穢龍ミヅチはこのまま噛み殺す所存だった。

 

「ふぅん? 行けそうだな。レノ、次の作戦だ」

「わかった」

 

 対し、空飛ぶ槍に跨ったイシグロもミヅチに向かい突貫。例によって彼の後ろにアタッカー組が続く。

 大の個と小の群、巨大龍と戦士隊が急接近する。普通に考えれば、小さなヒトに勝ち目はないように思われた。

 

「はぁあああ!」

 

 しかし、そうはならなかった。ミヅチ渾身の突撃はあっさり躱され、穢龍の顎は虚空を噛んで通り過ぎた。すれ違う最中、イシグロは片手に持った直剣を突き刺した。激しい火花が散り、継ぎ目を斬られた鱗が剥がれていく。

 

「ははっ、それは失策ですよ!」

 

 ミヅチとて、こうも戦っていれば学習する。鱗を斬られる途中、ミヅチは食い込んでいる剣に泥を纏わりつかせた。するとイシグロの剣撃は勢いを減じ、やがてつんのめるように停止した。

 小さな人間が空飛ぶ巨龍にしがみついている構図だ。当然、このまま潰す。ミヅチは剥がれた鱗の再生を後回しに、赤黒の泥を活性化させて黒髪の剣士を羽交い絞めにしようとした。

 すると、どうだ。剣を手放して逃げると思われたイシグロはしかし、己の剣をより深くへと突き入れたではないか。確かに突き刺された刃はミヅチ本体に近いものの、当たらなければどうという事はない。全く以て無意味な刺突であった。

 

「これで終わりですよ! さぁ、共に永劫を生きましょうか!」

 

 穢れた泥がイシグロを覆う。取り込んでしまえばこっちのものだ。そのまま補食してしまえばよい。

 ミヅチが勝利を確信した。その時だった。

 

「対象指定、魔力過剰充填……」

 

 剣士が呟き、魔力を漲らせる。

 そして、詠唱した。

 

「【清潔】……!」

 

 瞬間、イシグロの握る剣から汚濁を滅する清浄な光が解き放たれた。

 自動的に吸収された魔力がミヅチの泥を消し飛ばしていく。さながら石鹸泡を前にした雑菌のように。

 ボロボロと、サラサラと、龍の穢れが洗い流される。

 

「なにぃいいいいい!?」

「実験は成功だ」

 

 あまりの驚愕に絶叫するミヅチとは対照的に、イシグロはごくごく冷静に検証結果を確認していた。

 泥が消えただけだ。ダメージはない。攻撃を受けた訳ではなかった。

 環境に有害な汚れを取り除かれたのである。

 

「発勁の時に違和感があった。そんで色々試してみて、ある程度確信を得られたよ。お前には吸収できるモノとそうでないモノがあるんだ。分解酵素みたいにな。結論、お前は支援魔法や治癒魔法を吸収できない。だから【清潔】が効果抜群なんだ。なんたって、これは汚れを綺麗にするだけの魔法だからな。この魔法の半分は優しさで出来てんだよ、覚えとけ」

 

 かつて、世界最強と名高い銀竜剣豪ヴィーカは、パレエスの催眠権能を回避できず敗北した。件の権能はトラウマ治療用の回復技であり、彼はそれを攻撃として処理できなかったのだ。

 治癒や支援魔術も同様で、プラスな効果は拒めない。【清潔】は汚れを除去する解毒系魔法であり、汚濁そのものであるミヅチにとっては効果テキメンだったのだ。

 あまつさえ、諸々の事情でイシグロは世界有数の【清潔】マスターなのである。龍一匹を綺麗にする程度、全く全然余裕だった。

 

「で、発勁は身体に纏う氣と魔力の防御膜だ! それ自体に攻撃判定はない! だから接触時に泥が相殺されて打撃が通るって寸法よォ!」

「ぐぶぅ!」

 

 脆くなった龍体を貫き、イシグロは剣を引き抜くようにしてミヅチ本体に発勁キックをぶち込んだ。

 あばよと手を振って離脱するイシグロ。あまりの事態に動揺し、何も考えず穢龍が逃げた先には大剣を構えた獣人の姿があった。

 天を衝くように構えたその姿は、バッターボックスに立って逆転サヨナラホームランを狙う打者さながら。バットは大剣。ボールは龍。キラリと、グーラの目が光る。

 

「斬るんじゃなくて打つんですよね! やぁあああああッ!」

「ぐばあああああ!?」

 

 グワァラゴワガキィーン!

 タイミングばっちり。泥の無くなった穢龍ミヅチに、ぶちぬき丸のフルスイングがぶち当たる。強振で以て真芯で捉え、強打者グーラは穢龍の顎を思い切りかち上げホームランした。

 結果、巨龍ミヅチは横から見て「U」の字になった。もはやギャグ領域のパワーである。

 

「す、凄まじき膂力! 並みの獄炎犬を優に超えている……!?」

 

 顎が上がって見上げた先では、銀竜と狐と天使が各々キメ顔を浮かべていた。

 

「清浄なのが嫌いなようね……」

「聖水と言えば天使の出番」

「洗濯陰陽術の使い時じゃ!」

 

 聖なる杖が掲げられ、【清潔】と同じ効果が付帯された回復雨が降り注ぐ。清浄雨を身に浴びて、少しずつ戻っていた龍の汚泥が洗い流される。

 かと思えば、仙狐の水行陰陽術が聖なる雨を再利用して濁を清に反転させ、天使由来の聖水操作がミヅチの身体をドラム式洗濯機のように過剰に激しくウォッシュした。

 洗い、すすぎ、また洗い。穢龍は清龍に生まれ変わり、水中で藻掻くミヅチはロリンランドリーのせいでみるみるうちに痩せていった。

 

「ええい止めなさい!」

 

 犬のようにブルブルと身を震わせて水気を払ったピカピカ龍は、体内の深部に泥を隠す事で対処した。

 

「くっ、今ので相当減ってしまった。補充した方がいいですかね……」

 

 泥が減ってスリムになったドラゴンミヅチは、クーシェン目掛け一目散に急降下した。途中、ライドウとアリエルの妨害があったが、鱗任せに無視をきめる。

 命のストックこそあれ、泥の回復には時間がかかる。このまま結界に体当たりして、市民を食って失った泥を補うのだ。

 

「ぶっつけ本番! あれを使うぞ、ユゥリン!」

「はい! イシグロさんとなら大丈夫です!」

 

 しかし、その行動を読んでいる者がいた。

 クーシェン城のてっぺんに、二つの影。どういう訳か、イシグロとユゥリンが社交ダンスのように向かい合って掌を重ねていたのである。

 重なる掌の隙間に、可視化できるほどの光が輝いている。それこそは、二人の氣を還流させて生み出した純粋発勁。発勁繋ぎのその先、発勁重ねの光である。

 

「「嵐極拳・最終奥義……!」」

 

 それは、ユゥリンの母が残した教本に載っていた技である。

 発勁繋ぎを前提としたロマン技にして、愛し合った者同士でしか発動できないロマンス技。

 二人の拳が真っ赤に燃える! 幸せ掴めと轟き叫ぶ! 

 

(シン)!」

(クウ)!」

「「琴瑟(キンシツ)!」」

 

 同時、掌を重ねた二人は、上空へ向かって掌を振り上げた。

 

「「烈風勁(レップゥケェェェイ)ッ!」」

 

 グォオオオオオオオオッ!

 空へ飛ぶ龍の如くに、二人の放った飛ぶ発勁が轟音と共に舞い上がる。

 その光、まさに愛の結晶であった。

 

「ぐわぁああああああ!」

 

 愛無きボッチに回避できる訳もなし。穢龍と一体になっているミヅチは、真正面から迫る光にぶち当たった。

 凄まじき威力。凄まじき衝撃。そして魍魎特効に過ぎる異常なまでの発勁技。鱗も泥も関係ない、穢龍の身体が頭から徐々に消失していく。

 崩れゆく龍の体内、即座に尻尾の方に移動したミヅチ本体は、何とか尾の先端から脱出し、ラブラブ烈風勁を回避した。

 

 泥を補充しようとして、余計に失ってしまった。今ので一五〇〇万の生命が消えた。先の戦闘での損失を含め、残る命は一億人分である。穢龍を失った現在、まともに使える召喚獣は存在しなかった。

 

 完膚なきまでの敗北である。だが、身体があればやり直せる。業腹だが、猫又の所に行けば新たな召喚獣を製造できるだろう。箱庭に残した魂は惜しいが、また作り直せばいい。それはそれで楽しめる。

 なので、ミヅチは即座に泥巨人形態となり、その背に翼を広げて逃走した。

 

「って考えるッスよね! アタシみたいな三下は!」

「なんっ……!」

 

 だが、そんな思考は性格の悪いメスガキに見抜かれていた。

 気が付くと、ミヅチの足首に分裂した刃が絡まっていて、魚のように釣りあげられていた。

 計三つの目をパチクリさせて驚愕するミヅチを、いやらしいメスガキが嗤っていた。艶やかな唇が動く。卑小な魔族は小さな声で「ざぁこ♡ ざぁこ♡ 知能スカスカ♡」と言っていた。

 

「下級魔族が! 離しなさい!」

 

 虚を突かれたが、力はミヅチの方が上である。咄嗟に足をバタつかせ、魍魎の王は三下淫魔を振り払った。

 一瞬、動きを止めてしまった。

 

「一億の命があると言ったな……!」

 

 しかし、一瞬あれば事足りる。

 下方、翡翠の双眸と視線が重なる。その時には既に、ミヅチの腹に矢が突き刺さっていた。

 瞬きの間に、頭胴腕足すべての部位に次々々々々々々々々々矢が矢が刺さって刺さって刺さりまくる。痛みはない。ダメージもない。つまりこれは、攻撃ではない。イシグロの【清潔】と同じだ。これは、善なる利他の魔法である。

 

「その命、クーシェンの大地に還すのだな!」

「今度は何ですかぁああああ!?」

 

 気付いた頃にはもう遅い。突き刺さった矢が輝いて、ミヅチの中にあった生命力が光の粒となり空に散る。

 雨か、雪か、桜の花か。やがて光が降り注がれたクーシェンの地に命が宿り、穢れによって腐っていた作物が元気を取り戻した。

 それだけではない。長らく不毛の大地だったクーシェンに青々とした草花が芽吹き、龍脈を通って循環し始めた。魍魎に囚われていた人の命が故郷に還ったのである。

 

「こんなものぉおおお!」

 

 必死になって矢を引き抜くミヅチだったが、抜いたそばから次々延々と撃ち込まれる。消せば増えるならぬ抜けば刺さる状態だ。

 空飛ぶ馬で流鏑馬しながら、百発百中の秒間一六連射。これこそが、遠隔最強と名高いアリエルの技前であった。

 

「これは私の命です! 私の為に生まれ、私によって育まれた命なのですよ! それを貴女が! 他人が! 何様のつもりですか! 余所者が家庭の事情に首を突っ込まないで頂きたい!」

 

 手で引き抜くのを止め、矢の刺さった部位を自切し泥の翼で逃げようとするミヅチ。次の瞬間にはまた矢が刺さり、どんどん命が大地に還る。

 翼を広げ、光の粒子を撒き、不浄の大地を蘇らせる姿。誰にとっても聖人のソレに見えた事だろう。

 

「せっかく集めた魂が! 厳選した魂が! なんて勿体ない事をぉおおお!」

 

 訳も分からず舞い上がり、クーシェンの夜に眩い星が新生する。

 淫魔女王が見上げる。倒れた武帝が見上げる。傷だらけのドウジュンが見上げる。民が、貴族が、武侠が、冒険者が。

 皆が生命の星を見上げていた。

 

「私だけの魂がぁあああああ!」

 

 そして、星は爆発した

 結果、ミヅチは都合二〇に分割した。ほんの一秒、一六のダミーに矢が突き刺さり、それは光に還っていった。

 賭けは成功だ。このまま逃げ切る、逃げ切れる。そう確信したミヅチ本体の背中に、純白の槍が突き刺さった。

 

「嫌ですねぇ、ワタシが当たりを引いちゃうなんて。暴力は嫌いなんですよ」

 

 次の瞬間、ミヅチの背後に麒麟族の少女が転移してきた。

 思わず、振り返る。呆ける魍魎。空中で向かい合う二人。残る分裂体には、天使の射撃が直撃していた。

 麒麟の右足に、発勁由来の光が宿る。

 

「母の教本に載ってたんですけど、男性ってここ蹴られると痛いらしいですねぇ」

 

 にちゃ~っと、瑞獣少女は汚い笑みを浮かべた。

 何か言い返す前に、ミヅチは人生初めての壮絶な痛みを感じた。

 唯一無二の友達(ゴールデンボール)に、オーバーヘッドシュートを食らわされたのだ。

 

「チィ姉の耳! 玉で償えぇえええッ!」

「ぐわああああ!」

 

 勢いよく、ミヅチは地面に向かって落下した。

 コンマ以下秒、魍魎の腹に矢が刺さる、刺さる、刺さる。

 光る星が、堕ちた。

 

 着弾、轟音。そして、生命誕生の大爆発。

 塔のような、大樹のような、大きな大きな命の幻花が咲き誇る。

 

 温かな風が吹いた。

 クーシェンの冬に、せっかちな春が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 満天の星空だ。

 月光に輝く純白の花畑で、魍魎族の男は仰向けに空を眺めていた。

 

 夜風と共に、花弁が舞う。

 大地が潤っている。止まっていた水脈が息を吹き返した。やがて地の底で水が生まれ、遠くに行っていた生き物が戻ってくるだろう。

 綺麗だった。魍魎が創った箱庭より、ずっと。

 

「好きに生きた結果だ。受け入れろよ」

 

 誰もいなかった花畑に、黒髪黒目の男が踏み入ってきた。

 ゆっくりと上半身を起こしたミヅチは、残る命を悟って薄い笑みを浮かべた。

 

「悪は討たれ、正義は勝つというやつですか。さすがラリスの英雄様ですね」

「いや、別に正義が勝った訳じゃないぞ」

「なに?」

 

 嵐極拳士の殺戮圏内。花畑の縁で立ち止まったイシグロは、ミヅチを見下ろしながら口を開いた。

 

「結局、俺のエゴだけじゃ倒しきれなかった。強いて言うなら法律がお前を許さなかったんだな。仮にこの世界がラリス基準の価値観で動いてなかったら、お前のやってた事は正義の善行になったのかもしれない」

「法、法、法……なんと不自由な。そんな曖昧で不完全なものに縛られて、皆さん生きてて楽しいんですかね?」

「それをお前が決めるべきじゃなかった。想像力不足なんだよ」

「そのようですね……」

 

 言いながら、ミヅチは立ち上がった。

 一片の泥もない、痩せた肉体が月光に晒される。

 

「箱庭の子供達は……」

 

 言おうとして、止めた。

 ミヅチは哀れなものを見る目でイシグロを見た。

 

「恨まれますよ」

「覚悟の上だ」

 

 人間族と魍魎族。相容れない性質を持つ二人は、しかし男同士だった。

 言葉はいらない。どちらともなく拳を構えた。

 片や師匠に習った拳を、片や見様見真似の拳を。

 そして、同時に駆け出した。

 

「「うぉおおおおおっ!」」

 

 当然というべきか。

 リーチに勝るミヅチだったが、あっさりイシグロの攻撃を食らった。

 吹き飛んで、落ちる。どさりと、魍魎の身体が倒れた。

 

「はははっ……何ですか。戦いというのは、存外楽しいじゃないですか……。食事以外も、もっと色んな事をやっていればよかった……」

 

 つま先から、少しずつ、魍魎の身体が魔力に還っていく。

 人魂喰らいの双眸が、イシグロを見て微笑んだ。

 

「ご主人!」

「イシグロさん!」

 

 イシグロの後ろから矮躯の一党員が駆けてくる。

 淫魔。銀竜。魔獣。仙狐。天使。彼女等がイシグロを見る瞳は、これまでミヅチが向けられた事のない目をしていた。

 

「なるほど。私には、ソレが無かったのですね……」

 

 その時、ミヅチはイシグロの本質の一部を感得した。

 道理で分かり合えない訳である。

 

「お気をつけください。時代が変われば、いずれ貴方は悪となり、法によって裁かれる。努々、忘れぬ事です……」

「分かってるよ」

 

 魍魎が消えていく。

 塵になるまで、信頼しきった目で、イシグロを見ていた。

 

「俺は、ずっと前から異常者(ロリコン)だからな」

 

 こうして、一人の魔族が死んだ。

 死に際、魍魎は誰にも何も残さなかった。

 覚悟はある。男に二言はなかった。

 

「……さぁ、帰ろっか。今からもっと忙しくなるぞ」

 

 それから、龍を倒した一党は花畑を去って行った。

 不自然に生まれた大自然だ。それでも、やがて蜜を求めて蝶が集まり、命を繋げる事だろう。

 武侠の国は強いのだ。

 

 かつて、魑魅魍魎の王がいた。

 花となって、散ったのだ。




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