【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝の極み。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 一人称、最後三人称です。
 よろしくお願いします。


過去の悲しみは幸福の兆しと共にある

「呪われてるんじゃない?」

 

 クーシェン城の貴賓室、向かいのソファーに座した女装王子ジノヴィオスは冗談めかしてそう言った。

 それは、麒麟姉妹を発端とする一連の事件とその顛末を聞いた王子の感想だった。

 ワイトもそう思います。どうしてこう、行くトコ行くトコ旧魔王軍関連の何かに引っかかってしまうのだ。もう放っておいてほしいところ。

 

「カムイバラもそうだったし、淫魔王国でも夢魔と戦ってたよね。この前はたまたま購入した奴隷が訳ありルーン使いの末裔で、上森人王暗殺事件に遭遇した。今回は偶然入った料理屋の問題に首を突っ込んだ結果、国を巻き込んだ大立ち回り。イシグロさん、君本気で英雄になりたくないって思ってる? 控えめに言って君はもう叙爵レベルの活躍をしてしまっているよ」

「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「責めちゃいないよ。もみ消すのもタダじゃあないけどね。それに、後顧の憂いを断てたのは確かだ。改めて礼を言わせてもらうよ」

 

 王子の言葉の通り、俺が始めた個人的な戦いは最終的に各国重鎮を巻き込むスーパーヒーロー大戦になってしまった。

 武帝祭に出て、黒幕的な存在と戦い、クーシェンに巣食っていた魔龍を退治した。俺個人の戦いはそれだけで纏まるのだが、裏では国家重鎮のスキャンダルが告発されて、クーシェン上層部全体の大捕り物が行われていたのである。

 俺はただ姉妹を助けたかっただけなのに、前々から準備してたらしい反逆軍が便乗してきて炎上したのである。

 

「浮かない顔だね。まぁ君の性格上、戦功を誇る気にはなれないか。良くも悪くも、多くの人生を揺るがしてしまった。罪悪感が勝るんだろう」

「はい。無責任ではいられません」

 

 だからと言って、戦後の責任から逃げた訳ではないけども。

 手の届く限り、俺が出来る範囲の事はやったつもりだ。

 ただ、やっぱり俺の両手は短くて、最近は自分の出来る事が少ない事を実感する事しきりだったのである。

 

「そういうの気にしちゃうあたり、やっぱりイシグロさんは英雄向きではないね。英雄はもっと愚鈍で幼稚じゃないと」

 

 薄く微笑みつつ言って、去年より身長の伸びた彼は優雅にクーシェン花茶を飲んだ。

 この王子、年々女装のクオリティを上げてきている。大人になっても最新の鰤ちゃん並みに可愛く仕上げてきそうだ。

 

「根が小市民なので……」

 

 俺も王子付きのメイドさんが淹れてくれた茶を飲んだ。

 匂いで分かっていたが、それはミヅチが振る舞ってきたのと同じお茶だった。

 甘い匂いの割に、渋かった。

 

 そんなこんな。

 件の戦いから、数ヵ月の時が経過した。

 年末年始はクーシェンで過ごしたし、俺は二四歳になったし、気付けば春になっていた。

 

 本当に色んな事があったし、忙しい毎日だった。

 雲上人なはずの第三王子を前に、俺は今ここに至るまでの出来事を思い返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 地獄のような戦いを終えた俺達を待っていたのは、地獄のような忙しさだった。

 

 俺が戦後すぐ行ったのは、ミヅチが隠していた箱庭の確認だった。

 戦勝ムードに沸く人々を無視して箱庭へ。中には生命維持装置に繋がれていた人もいたのだ。主人がいなくなった事の影響が未知数だったので、不安だったのである。

 幸い、中には既に止まり木協会の人達がいて、箱庭の住人は無事だった。霊安室っぽい所にいた人も目覚めていて、命を落とした人はいなかった。

 が、問題はその後だ。主人なき箱庭の住人の保護に相当難儀する事となったのである。

 

 安全な箱庭で生まれ育った人達にとって、外界で生きる事が幸せとは限らない。箱庭には生まれて間もない子供もいるが、その多くは温室育ちの純粋な大人なのである。そんな彼等彼女等を、まさか放流する訳にもいかないだろう。

 かといって、ずっと箱庭に住まわせる訳にもいかない事情があった。箱庭の運営リソースは穢龍が生み出す魔力に依存していたようで、エネルギー源が無くなった箱庭システムは機能不全に陥っていたのである。清掃使い魔は停止していたし、各種インフラも動かなくなっていた。残念ながら、箱庭にいては早晩水も飲めなくなる。

 

 アリエルさんとの相談の結果、箱庭の住人には歪曲した事実を伝える運びとなった。

 皆さんの主であるミヅチはこの世界を守る為に戦い、散ったのだと。真実を知るのは、大人になってからだ。

 当初、俺は彼等に全てを伝えるつもりだった。それこそが責任の取り方だと思った。だが、アリエルさんに止められた。何も知らない子供に突然親が殺された事実を伝える訳にはいかないだろうと。

 確かに、その通りだ。俺は俺が楽になりたがっていたのを自覚し、自嘲した。

 

 信頼を得るべく、安心させるべく、その後は住人たち一人一人と話をした。

 俺を怖がる子もいれば、ミヅチの死を悲しむ子もいた。出来る限り毎日通って、皆の不安を取り除くべく動いた。

 幸い、箱庭内で勉学に勤しんでいた子等は外の良識はなくとも高い知性を有していた。その中には外の世界に興味津々な子もいたのが、俺にとっては唯一の慰めと言えた。

 

 然る後、箱庭は解体され、住人達は止まり木協会と第三王子が協力して保護する予定だ。

 危険性のない子供はアリエルさんが預かり、外で生きていけるよう教育を受けさせる。孤児救済を掲げる協会には、その手のノウハウがあるのだ。

 

 目覚めたばかりの子や心神喪失状態の住人。それから長く生きてきた住人は第三王子派閥に保護される予定だ。

 保護された住人達は、ある程度常識を身に着けてから止まり木協会や国営の施設で教育を受ける事となる。協会と王子派閥、適材適所である。

 ミヅチが俺にプレゼントしてきた三人の子供達も同様の措置を受ける。彼女達は命令が無ければ飯も食えないのだ。生きていくには治療と教育が必要だろう。

 

 ミヅチを殺した件について、俺がアリエルさん達に追求される事はなかった。

 その気になれば捕縛する事もできたが、俺は自分の意思で奴を殺した。拷問の果てに始末されるより、俺の手で殺すべきだと思ったからだ。

 同情はしない。許しもしない。ただ、ほんの少し共感してしまった。だから殺した。それだけだ。

 

 結局、箱庭に関して俺がやった事なんて大した事はなかった。

 ミヅチの言った通りにはならず、箱庭を壊した俺は住人達に恨まれなかった。故意に事実を隠蔽したからだ。

 今にして思えば、俺は罪を償った気持ちになりたがっていたのだろう。

 

 

 

 箱庭での諸々と並行して、俺達はクーシェン城の外でも大忙しだった。

 

「ここにもあったか。オラッ、【清潔】!」

「ご主人こっちにもあったッス~!」

 

 街に残った泥に片っ端から【清潔】をかけたり、草原が広がるクーシェン領を飛び回ってグウィネスから入って来た魔物を狩ったりした。

 果ては下水道に潜って汚濁の怪物と戦ったり、クーシェン城の地下ダンジョンをハックしてスラッシュしたり、ミヅチが造りかけていた召喚獣を始末したりもした。

 とにかく何処でも人手が足らず、動ける奴はあっちこっちに駆り出されていたのである。

 

「チィレンちゃん! お帰り!」

「待ってたわよ!」

「良かった、本当に良かった……!」

「うん、ただいま!」

 

 ミヅチが倒された事で、いつの間にかユゥリンの目的は達成されていた。

 何やかんやあって今年の武帝祭は有耶無耶に終わり、本戦を含めた試合は全部無効試合になったのだ。

 これには試合を見ていたクーシェン民はお怒りのご様子だったが、チィレンさんが解放された事でユゥリンは武王になる気はなくなって、これまた有耶無耶のまま終わりである。

 ともかく、戻ってきたチィレンさんは住民達に温かく迎えられていた。

 

「はえー、ラリスの職人も良い腕してんだな」

「いえいえ、こちらこそ勉強になりますよ。あのクーシェン城も、どうして倒れないのか不思議なくらいで」

「そりゃもう職人の腕よ! まぁやり方分からなくなって二度と再現できねぇんだけどな! ガハハッ!」

 

 建物の被害は甚大だったが、幸い人命被害はゼロだった。魔物災害に慣れていないクーシェン民の復興作業を手伝うべく、グウィネスやラリスからも職人が来て復興を手伝ってくれた。

 そう、建物の被害は大だったのである。

 

「綺麗に壊れちゃってますね~」

「そうなんだけどさ。ユゥユゥはショックじゃないの?」

「別に? 価値のあるモノなんて無かったし」

 

 悲しい哉、ユゥリンの実家である角端園は完全に崩壊していた。今は瓦礫が撤去されて更地になっている。

 元々、大事なモノは窃盗対策に俺の収納魔法に入っていたので無事である。実家が無くなっても平然としているユゥリンに対し、チィレンさんはかなりショックを受けているようだった。

 

 そんなこんな復興は進み、気付けば年を越していた。

 安定してきた頃を見計らい、クーシェン上層部は当時のゴタゴタを公表する運びとなった。

 

「皆、聞いてほしい! あの夜なにがあったのか! そして、これまで犯してきた我等の罪を!」

 

 クーシェン最大の広場にて、ミヅチ戦でちゃっかり民の信用を得ていた若い翼人武王が代表し、事の顛末を語った。

 その内容は嘘半分真実半分といった感じで、条約違反については自身を含めた武王や武侠会の非を認めつつ、最終的には穢龍討伐の英雄譚としてまとめられた。ちなみに、これはラリスが内政干渉した結果である。条約違反の罰は受けてもらうとして、国自体はしっかり運営してほしいという思惑だろう。

 また、箱庭については詳細を濁して公表された。観衆の中には武侠会に肉親を奪われた者もいて、最中には武王に罵声を飛ばす光景も見られた。普段なら取り押さえられるところ、武王達は黙って民の声を聞いていた。各国の重鎮が見ている以上、受け入れざるを得なかったのだろうが。

 

 武帝の罪に関しては情状酌量の余地があると見做されて、名誉を剥奪し国所有の奴隷身分に堕とす事となった。

 武帝は処刑される事を願っていたそうだが、現実はそうならなかった。生きて償えというやつだろう。

 

「いやじゃ! わしは死にたくない! わしは武王で! 二〇〇歳で! 模擬戦なんじゃぞ!」

 

 一方、がっつり魍魎とつるんでいた老王は、確たる証拠と共に事実を公表され、即日公開処刑と相成った。

 調査の結果、件の老王は一族の娘と箱庭の美女を交換したりして、私欲を満たしていたという。被害者は保護され、治療を受けている最中だ。

 

 この件を受けて、クーシェン上層部は今後の政治体制を改革していく事を宣言した。

 当座の処置として武帝の位を廃止し、徐々に武王や武侠会といった組織を解体し再編する旨が報じられた。

 あと、今後のクーシェンは農耕に手を出す予定であるとも。農業は一日にしてならず、こっちは少しずつ進めていくそうだ。

 

「まぁ、形は変われど武王制度自体は残るでしょうな」

 

 で、暫くの間ドウジュンさんが武帝の代役を務めるらしい。

 彼は各国からの追及に四苦八苦しているようで、会談の際に「修行の時間がない」と嘆いていた。

 

「という事で、間違いありませんか?」

「はい」

 

 詰められたのはクーシェン上層部だけではなく、俺にもインタビューが実施された。

 とはいえ、基本の流れはアルヴの森の時と同じだった。今回はアリエルさんが矢面に立ってくれたので、以前ほど執拗な調査は行われずに済んだ。ライドウさんや淫魔女王も庇ってくれたし。

 というか、最終的にはアリエルさんの指示で俺がドウジュンさんに協力した感じになっていた。今回の事で思い知ったが、マジで真実はスタジオで作られるらしい。悪意とか無しに、混乱を避ける為の措置なのは分かっちゃいるが、小市民の俺としてはモニョッてしまうのも仕方ないと思う。

 

 復興作業、治安維持、箱庭でのあれこれ。

 一応、俺は協会経由で復興基金に寄付して色んな手伝いをしたものの、それだけでは騒動の責任を取った気になれない。問題こそあれ、箱庭という名の楽園を壊した罪は重いのだ。

 しかし、個人でこれ以上できる事はなかった。毎日忙しくして、罪悪感を紛らわせるのも限界だった。

 

「お待たせ。今回も僕が一番乗りかな。イシグロさん、久しぶり」

 

 そこに女装王子がきた。

 で、今ここである。

 

 

 

 

 

 

「あ、ご主人お帰り~ッス!」

「随分と長かったわね」

「まぁ色々話してたからな」

 

 第三王子とのお話の後、俺は宿泊中の宿に戻った。

 広いリビングには各々くつろいでいるルクスリリア達がいて、ユゥリンの隣にはチィレンさんの姿もあった。

 そんで、懐かしい顔も。

 

「よう亭主殿、邪魔させてもらってるぜ」

「ああ。止まり木の仕事はもういいのか?」

「まぁな。つってもアタイのやる事なんて開かねぇ鍵ぃ開く程度だったしな。昨日にはもう終わってたよ」

「ん、普通に無法」

 

 誰あろう、ルーン使いのシャーロットである。

 止まり木協会運営の学校に通っている彼女だが、来賓として呼ばれたアリエルさんについてきてたらしく、武帝祭本戦は一般席で観戦していたそうだ。

 そんでミヅチ戦の最中、彼女はルーンを使って救助活動をしていたとか。戦後はクーシェン城の探索に駆り出され、どうやっても開かない扉や箱等をルーンを使って開錠していたらしい。

 

「とりまお茶の用意するのじゃ」

「あー、お茶なら私がやるわ!」

 

 ルクスリリアの隣に座ると、立ち上がったチィレンさんがお茶の準備をし始めた。

 どうやら、彼女は働いていないと逆にストレスが溜まる性質であるらしく、クーシェン城から解放されて以降ずっと何処かしらで何かしら活動していた。

 

「おう……ヴィヴィ様は何と?」

「上手くやってくれるって。あとドウジュンさんが深域武装プレゼントしてくれるらしい」

「安く見られたものね。もっと吹っ掛けたらよかったのに」

「つっても欲しいもんとか特にないしな。金についてはカツカツだろうし、クーシェンの人の事を考えたら俺が貰う訳にもいかないでしょ」

 

 例によって、今回も俺の功績はアリエルさんに譲る事となり、第三王子にはそのように裏工作してもらった。

 実際、アリエルさんがミヅチにトドメ刺した感あるからな。外から見たらミヅチ戦での俺は空中動き回ってただけだろうし。当のアリエルさんは何とも微妙そうな顔になってたが。

 ドウジュンさん的にも、ミヅチはアリエルさんが討った事にした方が都合がいいらしい。別にいいよって言ったらめちゃくちゃ驚いてた。代わりに今度クーシェン城に保管してる深域武装を貰える事になった。強いのというか、面白いのが欲しいな。

 

「ゆーて、ご主人の人気は相当ッスよ」

「武帝祭での活躍に、穢龍戦での戦いぶり。見られたもんは仕方ないのじゃ」

「うん、まぁそれは最初から覚悟してたから」

 

 武帝祭では普通に目立っていたので、こればっかりはどうしようもなかった。

 街に出たら声かけられるし、復興作業中に手合わせ申し込まれたりもする。ギルドの受付嬢さんなど、露骨な誘惑仕草で酒の席に誘ってきた。丁重に断ったが。

 似たような事はユゥリンにもあったそうで、彼女も俺と同じ感想を抱いたような。

 

「それよりユゥリン。本当にクーシェン出ていいのか?」

「ええ、まあ。やりたい事がある訳じゃないですけど、此処にはもういられないかなって」

「それはいいとして、勿体なくないッスか? あんなん普通やらねぇッスよ」

 

 結局、目的を果たしたユゥリンはこの国を出る決意を固めたようである。

 嵐極拳の知名度が広まった現状、武館を再興する事もできる。角端園を建て直して、以前と同様に料理屋を営む事もできるだろう。

 実際、武侠会からは嵐極拳の指導を続けてくれという打診があったそうだ。でも、彼女はその道を選ばなかった。

 

「嵐極拳の後継者はワタシです。だから、嵐極拳をどうするかはワタシの勝手。武侠会の人がどうこう言える問題じゃないんですよ」

 

 そんなクーシェン武侠会に対し、なんとユゥリンは嵐極拳の教本や奥義書のコピーを無料配布しちゃったのである。

 嵐極拳の技はもう殆ど流出しちゃってるし、それなら正しい鍛錬法を伝授した方が良いとの判断らしい。

 ちなみに、発勁繋ぎの書かれたエロ教本だけは配布しなかったそうな。つまり、例の最終奥義は秘密のままだ。

 

「あと、料理屋も元々やりたくてやってた訳じゃないので。ああも綺麗に壊れたんなら、もういいでしょう」

「うぐっ、ごめんねユゥユゥ……」

 

 はっきりモノを言うユゥリンに、お茶を持ってきたチィレンさんが辛そうに呻いた。

 料理は得意だが好きではないのがユゥリンだ。やれるからやってただけで、姉が残したがってたから続けていただけなのである。

 本音を言えば、ユゥリンは実家も何もどうでもいいと考えていたようである。チィレンさんはそんな妹の本心に罪悪感を抱いちゃってるっぽい。

 

「それはいいとして、ユゥリンは外でどうするのですか?」

「それですよね~」

 

 クーシェンを出るというのは聞いているが、その後どうするかはまだ聞いていない。

 すると、ユゥリンは例の汚い笑みで俺を見た。

 

「イシグロさんにお世話してもらおっかなぁ……なんちって」

「うん、わかった」

「え? 今のネタで言ったんですけど、イイんですかこれ?」

 

 驚きに目を丸くするユゥリンだが、良いも何も俺は最初からそのつもりだった訳で。

 チィレンさんがクーシェン城に連れて行かれる前、俺は彼女に妹を託されたのだ。そのお願いは今でも有効である。

 それ以前に、俺がユゥリンを見捨てる訳がないのだ。

 

「ユゥユゥ、まさかイシグロさんに養ってもらって何もしないつもり?」

「え~っとぉ、自宅警備兵……的な? ほら、お家とか私財を守る人が必要かなって。イシグロさん、めちゃクソに金持ちだし、金目のモンいっぱい持ってますよね?」

「ッスけど、大体武器ッスし全部収納魔法ん中ッスよ」

「ありゃりゃ、金庫番の仕事はできそうにないですね~」

「ん~、でも意外と悪くないんじゃよな」

 

 ユゥリンの提案に、家財を盗まれたせいで奴隷堕ちしたイリハが呟く。

 実際、お家の警備は日本のソレより需要がある。貴族の屋敷には当然として、裕福な家には腕のある使用人が付き物なのだ。

 まぁ、ユゥリンのそれとは違うが俺も似たような提案をするつもりではあった。

 

「俺の家はともかく、仕事が欲しいならシャロの護衛とかどう?」

「え、アタイ?」

 

 唐突な名指しに、異世界ウーロン茶にウイスキーを混ぜていたシャロが声を上げた。

 

「諸事情でシャーロットは希少な魔術使いとして国に守ってもらってるんだ。一応、並みの銀細工程度には強いけど、対人戦や奇襲には弱い。だから信頼できる護衛がいれば安心かなって」

「いや、そんな悪いって。そもそもアタイ今んトコ狙われてねぇから。それに嫌だろお前さんも」

「やらせてください!」

「えぇっ?」

 

 控えめに遠慮するシャロとは対照的に、ユゥリンは食い気味に言った。

 

「ぶっちゃけ、さっさとクーシェンから出たいんですよねぇ。皆ワタシのこと知ってるし、ほっといて欲しいのに話しかけてくるし。いや悪意がないのは分かってるんですけど、それはそれとして面倒臭いんですよ、ご近所付き合いとか。やりたい事よりやれる事でしょ、うんうん」

「わからんでもないが」

「それに、仮に王都で仕事見つけても新しい職場に馴染むのクッソ怠いし。その点、シャロさんならもう顔見知りだから気が楽かなって」

「ん、コネは実際大事」

「あと今のワタシに出来る事って嵐極拳の技をウリにする事くらいじゃないですか。ならイシグロさん経由で雇ってもらえるなら拳士として最高のアガリかなって。あと、示威の為に冒険者証は持っておきたいんで、出来れば今後もイシグロさんの迷宮探索に混ぜてほしいです。とりま銀細工になるまで」

「おいおい、お前さん若ぇのに夢とかねぇのかよ?」

「ふへへ、無いんですよねぇこれが」

「ったく最近の若者はよぉ」

 

 がしがしと、シャロはボリューミーな頭髪を掻いた。自分より若い人には夢を持って生きててほしいと思う年齢なのだ。

 まぁ、誰もが大志を抱ける訳ではないのが現実である。世の中には眠る前のホットミルクとか、飼い猫と暮らす事だけが幸せって人もいるのだ。

 

「まぁでも、こんなワタシにも目標自体はありますよ」

「なんでぇ?」

「チィ姉に幸せになってほしいと思ってます。今まで、さんざん迷惑かけてきたから。そういうのじゃダメですかね」

「それを言われちゃあ仕方ねぇやな」

「もう、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」

「むごっ? 相変わらず凄いおっぱい。しかしこの大きさ誉れ高い……!」

 

 妹の言葉に、姉であるチィレンさんは感激のあまり妹を抱きしめた。

 ユゥリンは我が希薄な女の子だ。故にこそ、家族に対しては利他的なのである。

 

「でも嬉しいわ。ユゥユゥが本音を言ってくれるようになってさ」

 

 武館も角端園も守るつもりはない。

 両方続けたかったチィレンさんだが、妹がそう言うならそれでいいようだ。

 結局のところ、姉妹は互いの幸福を願っていて、両者共に僅かにすれ違っていただけだったのだ。

 

「まぁ殴られても殴り返せばいいって学びを得たので」

「ん?」

「要は今まで弱かったのが問題だった訳で。自衛できるようになった今、もう本音隠す必要とかないんですよね」

「ん~?」

「何より、ムカついてもこいつが生きてるのはワタシが優しいからなんだな~って思ってれば気が楽なんですよね、ふへへ」

「んぅ~?」

 

 確かに、武帝祭以後のユゥリンは本音を隠す事はなくなった。同じく、誰に対しても本性を現すようになった。

 これは迷宮の狂気によるものと思っていたが、どうやら割と素で言っているっぽい。この子、ちょいサイコなのだ。実に気が合う。

 愛する妹がそんな風になっちゃった訳だが、姉は困った顔をしつつも受け入れているようである。

 

「ん~、でもお姉ちゃん的には、ユゥユゥの幸せも願っちゃってるんだよね~。あー、どこかに可愛い可愛い妹ちゃん守ってくれる良い男いないかなぁ~?」

「いやワタシはもう幸せだから」

「え? そうなの?」

「まぁね~」

 

 言いながら、ユゥリンは姉のアームロックを解除して、ストンと俺の膝の上に座ってきた。

 目をパチパチするチィレンさんに向かって、膝上の黒髪ツインテロリは渾身のドヤ顔ダブルピースをしてみせた。

 

「ごめんねチィ姉♡ ワタシ、イシグロさんに()にしてもらっちゃったんですよ♡ お先に失礼♡」

 

 チィレンさんは硬直した。

 俺の股間も硬直しかけた。

 

「……はぇ?」

 

 随分と間抜けな声である。まるで脳破壊でも食らったかのような。

 そんな彼女を、我が一党の面々は各々生暖かい目を向けていた。

 

「モテると伺っていましたが、まだご経験はないようですね」

「いや、チィレンどう見ても処女丸出しじゃないッスか」

「感情の機微には敏いと思っていたのだけれど、意外と鈍かったのね」

「ん、コミュ力の高さと感受性の高さは別の話。むしろ共感能力が鈍いからこそ、ズカズカと他人の領域に踏み込んでいける説がある。つまりチィレンは自称コミュニケーション強者」

「もう少しこう、手心というかじゃな……」

「ちな、ここにいる奴ぁお前さん以外全員亭主殿の女だぜ」

 

 言葉と共に、皆さん俺の身体に纏わりついてきた。前後左右上下ロリロリロリである。膝上のユゥリンに隠れているが、俺のガンスは抜刀状態だ。

 かぁ~っと、チィレンさんは顔を赤くした。

 

「そ、そういう事だったの……? つまり、そこまでいって……」

「はい」

 

 強いて紳士の顔をして、真摯の眼差しで応えてみせる。

 今のチィレンさんに怒っている雰囲気はないが、立ち上がって、座り直し、顔を覆った。

 

「……ユゥユゥには、どれくらいマジなの?」

「彼女が望む限り、どこまでも」

「マジじゃない……」

 

 次いで、彼女はソファーにぐでっと体重を預けた。

 

「相応の力を付け次第、私は一党の皆と結婚する予定です。私を含め、それぞれ事情がありますから」

「け、結婚……」

 

 この事は、ユゥリンには既に伝えてある。シャーロットとの子作り内定についてもお話済みだ。

 

「ユゥリンさんとは、彼女にとって最も良い関係を続けたく思います」

「わぁ凄い甲斐性」

 

 完全に気が抜けている。ショックを受けているというよりは、情報量に混乱してるって印象だ。

 やがて、彼女は明後日の方を向いて口を開いた。

 

「ぶっちゃけていい?」

「はい」

「本気になる前で良かった……」

 

 何に、誰に、とは訊かない。

 なおも赤面するチィレンさんは、シャロからウイスキーを注いでもらっていた。

 

「ユゥリンはそれでいいとして、チィレンはどうするのかしら?」

「うぅ~ん、最初はクーシェンに残るつもりだったんだけど、実家がアレじゃあねぇ~」

 

 ユゥリンと違い、チィレンさんは地元愛が強い。

 そんな彼女だが、全壊した実家を見たら色々と吹っ切れたようだった。

 

「ずっと保留してたけど、うん。私もラリス行こうかな」

「もうクーシェンを出るのにお金かからないよ?」

「いやいや、そうじゃなくてさ。やっぱりまだちょっと、妹離れできてないみたいなんだよね」

「ん、それも良いと思う」

 

 せっかく再会できたのだ。チィレンさんは妹と一緒にいたい気持ちがあるのだろう。

 どっちかというと、家族と離れて寂しいのは姉の方だったらしい。

 

「ふへへ、ならワタシが養ってあげるね」

「うぐっ、ラリスでも早く仕事見つけないと……」

 

 ともかく、クーシェンでの騒動はひと段落ついて、姉妹も揃って幸せそうでよかったよかった。

 こうして、その日も何事もなく過ぎていくのであったとさ。

 

 まぁ、本番はこれからなんだけども。

 

 

 

 時は進んで夜である。

 宿屋の寝室で、俺達は広いベッドの上に身体を横たえていた。

 俺達である。全員である。しかも全裸である。あまつさえシャロとユゥリンも一緒であった。

 

「ふへへ、イシグロさんって本当に絶倫ですねぇ♡ 栄養が全部股間にいってるんじゃないですか? このスケベ銀細工がよ♡」

 

 夜の宿屋、男と女、何も起きないはずがなく。

 究極合体。俺を含め八人同時プレイである。いやマジで来るとこまで来たなって感じ。

 ちなみに、最高でした。最近は忙しくてあんまりしてなかったからね。久々に大満足のパーティだった。

 

「ユゥリンこそ凄かったよ」

「うん♡ ワタシこれ好き♡ 一生イシグロさんと繋がってたい♡」

 

 ユゥリンはすっかりハマッちゃっている。

 というか、彼女は純粋に性欲が強い女の子だった。複数人プレイにも抵抗がなく、むしろノリノリだったまである。

 一度、本気の房中術で分からせた後に房中術返しで分からされたのは実に刺激的でファンタスティックな経験だった。

 

「チィ姉の前、さっきはああ言ったけどさ……」

 

 腕の中、彼女は覗き込むようにして俺の顔を見上げてきた。サファイアのような瞳と目が合う。

 

「ワタシも……予約させてもらってもいい?」

 

 何を、とは訊かない。

 誰の、とも訊かない。

 それくらいには、俺と彼女はお互いを理解し合っていた

 

「嵐極拳の後継者♡」

 

 曰く、人間と瑞獣の間に子供はデキにくいらしい。

 その上で、彼女は他ならぬ俺と嵐極拳の跡継ぎを作りたいと言う。

 

「ああ」

「やった……♡ イシグロさん、ううん……リキタカさん♡」

 

 そんな事を言われたら、愛しさと切なさとその他諸々が大爆発である。

 即了承すると、ユゥリンはよりいっそう密着してきた。

 

 思い返すと、もう半年近くクーシェンにいる。

 武侠国に来てからこっち修行と迷宮と戦いばかりで、慰安旅行とは何だったのかって話である。

 

 いい思い出もあるが、悪い思い出もある。

 助けられなかった子がいた。後悔がないとは言わない。あれは綱渡りの戦いだった。

 それでも、ユゥリンと出会えた事だけは、掛け値なしに幸運だと思う。

 

 王都に帰ろう。

 俺と皆の異世界生活は、まだまだこれから。

 やるべき事、やりたい事もまだまだあるのだ。

 

 色んな事があったけど。

 異世界生活、最高である。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってクーシェン城の一角では、第三王子派閥の特殊部隊と止まり木協会が集まっていた。

 武帝祭から約二ヵ月。最近やっと落ち着いてきた。今は集めた情報を精査している最中だ。

 

 そんな中、急拵えの執務室で、アリエルは腕組みしながら沈思黙考していた。

 瞑想中か? 否、半妄想の回想中である。事実、その口の端は僅かに上向いていた。

 

「うん、楽しく話せたな!」

 

 パチッと開眼し、アリエルはその日に行ったイシグロとの会談にハナマルを付けた。アリエル的にパーフェクトコミュニケーションだったのである。

 イシグロが喜ぶと思ってバッチリ化粧もしてきたし、王都で流行の香水も使ってみた。始めから終わりまで、完璧な上森人ぶりを披露できたと思う。これはもう好感度上昇間違いなし。うんうんと、アリエルは自分のコミュ力を自画自賛した。

 ちなみに、実際の当時のアリエルはイシグロと目が合いそうになると慌てて手元の資料に目をやったり、イシグロが資料を読んでいる間にその顔をガン見したりしていた。

 端から見れば一目瞭然、素直にバッドコミュニケーションである。にも拘わらず満足そうにニヤついている王族を、付き人であるネフリティスは呆れた眼で見ていた。結ばれないの分かってるのに何でこんなに楽しそうなんだ。ネフリティスに推し活の楽しさは理解できなかった。そしてアリエルは推しに認知されたいタイプのオタクだった。

 

「それよりもです」

「む?」

 

 ぱさりと、ネフリティスは執務机に紙束を置いた。まとめたてホヤホヤの極秘資料である。

 それを見たアリエルの表情は、即座にキリッと引き締まった。さっきまでのポンコツエルフぶりとは別人のようである。

 

「かなりの損失かと」

「捨て置く訳にもいくまい」

 

 極秘資料をめくりながら、アリエルは今後の箱庭の事を想った。

 止まり木協会は大きな組織ではあるが、その財源には限界がある。武侠会と第三王子から資金提供されるとはいえ、人員には限りがあるのだ。

 加えて、箱庭出身の子供は他の孤児と同じように扱う事もできないのだ。適材適所とはいえ、協会の負担は相当である。

 

「あの時は、本当に言葉を失ったよ……」

 

 重たい嘆息を吐き、アリエルは初めて箱庭に入った時を思い出した。

 人を人とも思わぬ所業と言えた。どんな理由があったとしても、他人の記憶を好き放題に弄るのは殺人と同義の悪行である。

 それだけではない。家畜のように産ませた子供を自分の思う通りに洗脳し、食われる事で幸せになれると刷り込んでいた。

 アリエル視点、ミヅチなる存在は邪悪の極みであった。種族特性など関係ない。滅して然るべき悪だった。

 

「あのまま箱庭で生きた方が幸せだったでしょうね」

「しかし、放置していては犠牲者は増えていっただろう」

 

 戦後の措置もまた、アリエルの気を重くした。

 ミヅチがいなくなったと知って涙を流す子がいれば、箱庭にいられなくなったと恐怖する子もいた。中には外の世界を前向きにとらえる子もいたが、多くは事態を飲み込めていなかった。

 とてもではないが、外では生きていけないだろう。そのようにしたのは、誰あろう魍魎の男だった。

 

「イシグロ様は覚悟をしているご様子でしたね」

 

 そんな子供達に、イシグロは献身的に接し、気を配っていた。

 身銭を切って資金を提供し、子供達の心をケアし、怖がられても嫌われても毎日箱庭に通い続けた。

 悪者倒して終わり、とは行かなかった。イシグロは、英雄でなくとも善き隣人ではあったのだ。

 

「それで、彼は何も得ていないじゃないか」

「ですが、お陰で収穫はありました」

「……ああ。彼が作ってくれた好機だ。他ならぬ我々が活かさねば」

 

 極秘資料をめくる。そこには、今現在アリエルと第三王子しか知らない情報が記されていた。

 猫又復活の仕様。解放軍の逃亡拠点。ミヅチ以外の協力者。

 クーシェン城に隠されていた全ての情報に、万金以上の価値があった。

 

「イシグロ殿は英雄になりたくないと言う。であれば、私のやるべき事は決まっている」

 

 最後の紙、その中心に指を這わせる。

 覚悟を決める。英雄ではなく、彼が小さな民ならば。

 自然と覚悟も決まろうものだ。

 

 災厄の尖兵が迫っている。




 ユゥリン編、完。



◆貴方は商家の生まれだ。商人の嗜みとして、貴方は武術と魔術を学んできた。僅かながら、貴方には魔術の素地があった◆

・属性魔法
 魔法体系ではなく、属性そのものへの適性だ。
 魔、火、水、風、雷、光、闇。大きく分けるとこうなる。(土や木は特殊枠)
 一つの属性を極めれば、属性によっては付与や強化や召喚など様々な魔法を使う事ができる。
 しかし、相手によっては全く使い物にならない事もある。真に万能な魔法などあろうものか。

・付与魔法
 武器や鎧など、物体に何らかの魔法的効果を付与する。
 付与魔法自体に適性があれば、剣に炎を纏わせたり靴に風を纏わせて空を飛ぶ事もできる。
 しかし、戦闘において付与はあくまで補助に過ぎず、術者が弱ければどうしようもない。

・治癒魔法
 治癒・解毒の御業である。
 折れた骨を戻したり、毒や催眠といった状態異常を解除する事ができる。これを習得していれば、ポーション代が浮くだろう。
 しかし、往々にして治癒は魔力消費が激しく、今の貴方では気休め程度の効果しか発揮できない。

・強化魔法
 対象の身体能力を強化する魔法だ。
 一時的に膂力を底上げしたり、足を速くしたりできる。上達すれば術者以外にも強化を施す事もできるだろう。
 しかし、これ単品で魔物を倒せる訳はない。結局、自分で武器を振るうしかないのだ。

・妨害魔法
 対象の行動を阻害する魔法の事だ。
 火耐性の高い魔物から耐性を弱めたり、対象に状態異常を与えたりできる。地味だが、切り札足り得るポテンシャルがある。
 しかし、強化魔法と同じく結局は貴方自身の力がないと意味がない。
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