【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつも助かっています。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
あと、タイトルを変更しました。
「うまい! うまい! うまい! うまい! うまい! うまい! うまい!」
王都西区の高級酒場。そこの二階のVIP席では、鬣犬族の少女が心燃やす系男子めいて美味しそうにご飯を食べていた。
ハクスラ後の飯は実際美味い。チィレンさんがバイトやってるトコで、俺達はついさっき出会った鬣犬ロリと飯を食っているのだ。
名前はミラさん、ガチロリである。突然話しかけられ、いきなり同盟参加を希望してきた。いくらロリとて怪し過ぎる。しかれど、彼女の出自が俺達を酒場へ駆り立てた。世はまさに大晩餐時代。
「んめぇ~! いやぁラリスの料理はどれも最高だな! それに味は濃いけど意外と肉とか葉っぱのバランスが取れてるのだ! 故郷の飯とは大違いだぞ!」
「故郷のご飯というと、グウィネス料理ですか?」
「そうだけどちょっと違うんだぞ! 鬣犬族は部族の男が飯を作るんだけど、同じグウィネスでも戦士衆の好みの飯ばっか作るからスゲェ不味いんだ! だから皆バカ舌になっちまうんだぞ!」
「どんなのがあるんスか?」
「とにかく塩の量がおかしいんだぞ! 日持ちさせる食いモンはともかく普段の料理も塩辛くて仕方ないのだ! それに比べてこの醤油ってのは良いな! よく分からんけど香ばしいのだ!」
「ほう。それは興味深いのぅ。こっちはクーシェン風の味付けじゃが、これも食べるといいのじゃ」
「ん、このイチゴはフライシュ領の大果樹園で穫れたやつ。美味しいからもっと食べるべき」
「ありがとなのだ! 美味しいのだ!」
そうして共に飯を食う事になったリュドミーラさんだが、いつの間にやら皆と仲良くなっていた。
なんだろう、無限にお菓子あげてかまってあげたくなる感じ。何だかんだ合法ロリな彼女達にとって、違法ロリな彼女はガチ子供扱いできて新鮮なのかもしれない。
「ところで……」
なんやかんや。
飯を食い終え、食後のデザートに移行した時分。俺は樽ジョッキに入ったラリスビールを置き、ジュースを飲んでいるリュドミーラさんに目をやった。
「同盟についてのお話ですが……」
「おう! いつでも来いなのだ!」
ここに来る理由となった話題を振ると、彼女は訓練兵めいて姿勢を正した。口元の食べかすをイリハが拭いてやっている。
何も彼女がクソかわロリだったから食事に誘った訳ではない。自己紹介の際、彼女は“荒野の牙”盟主の娘であると名乗ったのである。それが本当なら、少々政治色が出てきてしまう。このまま飯食ってさよならとはいかんだろう。
彼女の母の名は、ナターリア・ファーリ。ラリスの金細工である、現在は俺と同じ第三王子派閥だ。
俺との雇用契約を結ぶにあたり、雇用主である第三王子は同派閥のお人に対して俺への手出しは無用とのお触れを出してくれたはずである。
にも拘わらず、推定その娘が此処にいる。運転も異世界も、かもしれない運転でいくべきだ。俺の性癖がバレてハニトラ仕掛けてきたってパターンも否定できない。
「同盟参加をご希望との事ですが、その理由をお聞かせ願えますか?」
「うん! 強くなりたいから、オイラを強くしてほしいんだぞ!」
「はい。それは伺いましたが」
「それ以外ないぞ!」
「あ、うん」
強くなりたいから強くしてほしい。うん、分かり易いね。真偽はともかく、経緯など聞いて裏を暴こうと思ったのだが、これは質問が悪かったかな。
というか、この子は純粋な違法ロリだ。そしてこの純真な性格。演技だとしたら、よほどのスター子役でもない限り今頃ボロが出てるに違いない。裏も表もなく天然でコレなのだと思っておこう。
「悪意はないようだけれど……」
「でしょうね」
エリーゼは鋭敏な魔力感知の影響で他人の感情を読み取れる。ミラさんのピュア性はそんな彼女のお墨付きで、ほんなら自分から聞き出すべきかなと。
「どうして強くなりたいんですか?」
「ん? 強くなりたいって思うのは普通だと思うのだ」
「あー、まぁそうか。じゃあ、強くなってしたい事はありますか?」
「あるぞ! 荒野の牙に入りたいんだぞ!」
「荒野の牙って、あの……?」
「そのなのだ!」
荒野の牙とは、件のナターリア氏が盟主を務める獣人単一同盟である。
噂に曰く、結構強引な勧誘をする事で有名らしい。一方、荒野の牙の思想はラリス的感覚でも実力主義に振り切ってるようで、才能ある者しか加入を認めないそうだ。野心ある獣人にとって、荒野の牙の盟友入りは憧れであるそうだ。
「けど、オイラは入れなかったんだぞ……」
言いながら、さっきまで幸せそうにピコピコ動いてた犬耳がふにゃんと垂れた。ついでに尻尾も気持ち萎んでいる。
「訓練も真面目にやったのだ。けど入れなかったのだ。そしたら、母ちゃんに家にいろって言われたのだ。長の命令は絶対だから、このままじゃオイラ一回も戦わず大人になっちまう。そんなの嫌だぞ」
書籍に曰く、ミラさんたち鬣犬族は母系制種族である。
鬣犬族は古来から狩猟生活を営んでて、女が狩りをして男が群れを守るらしい。その社会構造は変質しつつも基本的には変わらずに、現代でも女は傭兵として種族を支えているそうだ。また、方々に散ったイマドキの獣人にあって鬣犬族は部族単位で結束力が高く、生まれて来る子は群れ全体の男で育てるとか。
そんな種族なので、戦士になれない鬣犬女性の立場は低いらしい。中には恥のあまり自死する人もいるんだとか。世知辛いのじゃ。
「近く大きい戦いがあるのだ。みんなガチだったのだ。今回ばっかりは母ちゃんも姉ちゃんも死ぬかもしれねぇ。生まれたばっかの末妹ならともかく、その戦いにオイラが出られないなんて末代までの恥だぞ」
かと思えば、なのだ口調で覚悟のキマッたヘビィな話が飛び出てきた。
皆と顔を見合わせる。ミラさんの想いは俺の想像より切実だった。
大きい戦いというのは、恐らく次の“災厄”とその尖兵の事だろう。
災厄とは、この世界における大規模レイドイベントの事である。これは各国の王――異世界屈指の実力者たち――がチームを組んで対処するらしく、去年亡くなってしまった上森人王も当代ラリス王と共に参じる予定だったという。
災厄の尖兵とは、そのイベントの前哨戦だ。これは確定で魔物スタンピードであり、以前王都から斥候ジョブが消えたのはこれの調査の為だったらしい。
そんな中、第三王子と雇用契約を交わしている俺は尖兵戦にて働く約束である。現状、俺は前線を支える輸送係として運用される見込みだ。
「オイラが荒野の牙に入れなかったのは、オイラが弱かったからだぞ。だから強くなって母ちゃんに認めてもらうんだ。戦いは怖いぞ。けど、逃げちゃいけないんだぞ。でも本当に生きるべきなのは姉ちゃんだから、弱いオイラが盾になるべきなのだ」
天真爛漫な性格の割に、随分とシビアな事を言う。言葉の端々からは、彼女の自己評価の低さが垣間見えた。
「こんなオイラだけど、母ちゃんの役に立ちたいのだ! お願いなのだ! オイラを鍛えて欲しいのだぁ!」
そう言って、ミラさんは俺に向かって頭を下げた。
理由は分かった。本気なのも伝わった。しかし、まだよく分からないところがあった。なので、訊いてみる事にした。
「そもそも、それを何で俺に?」
「昨日、母ちゃんが言ってたのだ。イシグロは女子供を教導するのが上手いんじゃないかって。そう思って宿から抜けてギルドに行ったんだぞ」
「そんなピンポイントな。ていうか宿から?」
「そうだぞ。今は西区の宿に泊まってるんだ」
「西区の宿……」
ここにきて、きな臭さが強まってきた。ミラさん本人ではなく、その情報を口にした人からだ。
シャロとユゥリンの件については、第三王子からある程度の情報共有がされているだろう。確かに、そこだけ見ると俺はロリ専門のトレーナーに見えなくもないのか。
しかしねぇ、俺は単に適性を踏まえてパワーレベリングをしているだけなのだから。
「あの、イシグロさん? ちょっとごめんね? 顔見知りの人がきたみたいで」
「ん? 一体誰が?」
なんて考えていると、そこにウェイトレス姿のチィレンさんがやってきた。
誰かは知らんが連れてくるようお願いすると、やがてその人が現れた。
「ミィラァアアアッ! この! 馬鹿野郎! いなくなったかと思えばテメェこんなとこに居やがったか!」
「ね、姉ちゃん!?」
抑えた怒号に、ミラさんが全身の毛を逆立て飛び上がった。俺達の前に現れたのは、鬣犬人のエフィーエナさんだった。
彼女は件のナターリアさんの娘であり、今現在あわあわと滝汗を流しているリュドミーラさんの姉だ。俺と彼女は以前に模擬戦をした仲である。以降はたまにすれ違って挨拶する事はあったが、頻繁に会うような関係ではなかった。イスラさん曰く、醤油森人シュロメさんと一緒に買い物とか行くらしいが。
「飯まで食わせてもらってたのか。晩飯食えなくなるだろ。悪いイシグロ、金はまた後日出すから。ほら帰るぞ!」
「ま、待つのだ! オイラはイシグロの同盟に入れてもらうのだ!」
「近づくなって言われてるだろ」
「聞いてないのだ! それ誰が言ってたのだ!」
「長だよ……!」
「ひぃっ!?」
仔猫めいて首根っこを掴まれたミラさん。手足をバタつかせて抵抗していたが、知らない間に約束を破っちゃった事を聞かされた彼女は全身を硬直させていた。
「命令違反だ。お前にはキツいお仕置きが待ってるぞ」
「嫌なのだぁあああ! 赦してほしいのだぁあああ!」
リュドミーラさん、ガチビビリである。
普通に可哀想だ。助けるべきではなかろうか。しかし、安易な同情で口を出すべきでもない気がしなくもなくも……。
ふと、俺はグーラとイリハに見られている事に気が付いた。
一旦冷静になって、先のリュドミーラさんの言葉を思い返す。
彼女は、母の役に立ちたいから、強くなって荒野の牙に参加したいと言った。その為に俺に頭を下げてきたのだ。
やり方はともかくとして、彼女の想いは尊いと思える。少なくとも、俺に同じ事はできない。間違いなく尊敬できる心根と言えよう。
ここは、エゴを出すべきではなかろうか。アイコンタクトでホウレンソウ。覚悟は決まった。
「失礼。エフィーエナさん、少々お待ちください」
「なんだ? 金については後日ギルドを通して支払うが」
「そうではありません。彼女の話を聞いて、我々はミラさんをスカウトしたく考えております。その件について、姉である貴女と少しお話できればと」
「お前それ本気か? 言っちゃ悪いが、こいつにそこの銀竜みたいな才はねぇぞ」
対し、エフィーエナさんは訝しげだ。
その意見は分からんでもない。何だかんだ言いつつ、俺の一党ひいては同盟には一芸を持ったロリしかいないのだ。そこに落第戦士のリュドミーラさんは分不相応だと、そう思われるのは致し方ない。
が、それを決めるのは俺である。
「それに、こいつは族長の娘だ。いくらこいつが望んだ事でも、長の決定なしには決められない」
「でしたら、ナターリアさんと話をさせて頂けませんか?」
「イシグロ、お前……」
そう来る事は分かっていた。だから、ここは腹を括って直談判である。
それに、呼ばれてるような気もするしな。杞憂である事を願うばかりだが。
「いいだろう。ついてこい」
言って、彼女は店を出て行った。お勘定を終えた俺達も続く。
「ぐぇ~! 姉ちゃん下ろして~」
「我慢しろ。罰の一環だ」
そうして、俺達はエフィーエナさんについていき、荒野の牙の拠点に向かうのであった。
姉に首根っこ掴まれたミラさんと共に。
〇
夜の王都を歩いて、暫くのこと。
食後の俺達が連れてこられたのは、ミラさんの言ってた通り西区にある高級ホテルだった。
一昨年、いい感じの宿を探してる最中に同盟単位で貸し切られてて泊まれなかった高級宿である。もしかしたら、あの時も荒野の牙が占有してたのかもしれないな。
「お前がイシグロか。ああ、ラリス式の長い挨拶は結構だ。此処は今ぁウチのシマだからな。こっちの流儀でやらせてもらうぜ。あたしが良しと言うまで口を開くな。いいな?」
そんなホテルの一室。どことなくヤクザの事務所めいた場所で、俺は荒野の牙盟主のナターリア・ファーリさんと対面した。
現在、この部屋には俺とナターリアさん。それから彼女の護衛と思しき身長二メートル超えの野牛族女傑の姿がある。
護衛と思しき彼女は後ろ手を組んでむっつりと口を噤んでいた。俺への敵意は無さそうだが、俺への警戒心はビンビンである。鋭い目つきも相まってちょっと怖い。
「先に名乗らせてもらうぜ。知ってるだろうが、あたしがナターリアだ。鬣犬族と荒野の牙で頭張ってる。それとラリスの金細工もな」
実際にお会いしたナターリア・ファーリさんは、タッパもマッスルもデカいお人だった。
黒ブチのある茶の髪に、野生の猛獣めいて鋭い眼光。獣人らしく露出された肌は筋肉モリモリで、民族的な印象の入れ墨が彫られている。下世話な話、こういう女性が好きな人けっこう居そうだなと思った。
鬣犬族の族長にして、荒野の牙の盟主。そして、同派閥のラリス金細工。契約上、彼女と俺の関係性は対等である。一応、仲間で味方の同派閥のはず。
けれども、だ。
獣人種を代表する同盟の盟主が、こうも都合よくアポ無しで会えるものだろうか。
ミラさんを使って接触してきたと、元来臆病な俺はそう勘ぐってしまう。悪意とまでは言わないが、何かしら作意があるのではないか。
自意識過剰な杞憂なら、それでいいのだが……。
「ふぅん? なるほどなぁ」
さて、如何にも女ボスって感じで威厳たっぷりなナターリアさんだが、さっきから彼女は俺の顔をやけにジロジロ見まくっていた。値踏みするような、観察するような視線である。無言圧迫面接か何か?
やがて、やおら柏手を打つと、鬣犬の女傑は降参とばかりに両手を挙げた。
「よし分かった。おい、外せ」
護衛の野牛人に命令すると、丁寧に一礼した彼女は静かに去って行った。
部屋には俺と彼女の二人きり……な訳はなく、俺が有する斥候由来の感知力は天井裏にアサシンっぽい人がいるのに気付いていた。猫人系かな?
「はっ、そっちも気づいてんのかよ。いいぞ、お前も下がれ」
再度の命令。ややあって、アサシンキャッツの気配が遠のいていく。
今度こそ二人きりである。多分、俺と彼女がタイマン張ったら俺が勝つと思うけど、俺はこの人を格下だとは思えなかった。カリスマってやつだろうか。不快ではない圧を感じるのだ。仮に戦ったとしても、逃げられるか時間稼ぎされるかしそうだし。
「歓迎するぜ、イシグロ・リキタカ。イシグロが家名なんだってな。前から話がしたかったんだ。楽にしてくれ、あと自由に喋ってくれて構わんぞ。良し、だ」
「はい」
勧められるまま、俺は応接用の黒革ソファーに座った。
すると、立ち上がった彼女は奥にあった魔道具から何かを持ってきて、俺の対面に腰掛けた。
「噂ぁ聞いてるぜ。ラリスでもリンジュでも好きに暴れて、今度はクーシェンで龍殺しときた。止まり木とつるむ聖者気取りかと思えば、実際見てみりゃ真反対じゃねぇか。お前、自分のことロクでなしのクズって思ってる気質だろ。流石に理由は知らんがな」
なんて話しつつ、ナターリアさんは手ずから透明なグラスに琥珀色の酒を注いだ。俺と彼女の二人分である。
呑むべきだろうか。呑むべきだろうな。礼を言った後、俺は酒の入った杯を手に取り、軽く匂いを嗅いでから一気に呑んだ。喉がカッと焼ける感覚。が、これくらい何て事はない。
干した杯を置くと、ナターリアさんは牙を剥くようにして微笑んだ。
「若ぇくせに、こいつの呑み方を分かってるじゃねぇか」
「恐縮です」
「お前程の雄が縮こまんじゃねぇよ。弁えんな、粋がれ」
言葉の割に嬉しそうな顔をして、彼女もまた俺と同じように酒を一気呑みした。
ちなみに、この酒はかなりキツい蒸留酒で、肝臓の悲鳴が聞こえねぇかクラ〇ドさんよって感じのお酒である。塩辛いハムをコレで流し込むのが最高なのだ。エリーゼの晩酌に付き合ってきた成果である。
「まぁ、お互い言いてぇ事あんだろ。いいぜ、お前が先で」
二杯目の酒を舐めながら、言葉を催促される。
論理的な順番で話そうとして、鬣犬族の目が「言いたい事を言え」と言っているような気がした。
なので、思ったまま言葉を発する事にした。
「ナターリアさんは、ミラさんを連絡役に使ったんですか?」
ご機嫌そうなナターリアさんに問うと、彼女は同じ表情のまま杯を置いた。
「さぁな? けどまぁ王都は広くて複雑だから、お前ならミラを送ってくれるって思ってたぜ。なら、客に茶のひとつも出さねぇ訳にゃあいかねぇだろ?」
自意識過剰な杞憂であれば良かったのに、どうやら嫌な予想が当たってしまったようである。
要するに、彼女はミラさんを使って俺をここに誘導したのだ。わざわざこんな迂遠な方法で呼び出して、何をしようと思ってるのかは知らないが。
まぁでも、こんな事されなくても雇用主経由の仕事の話なら菓子折り持って出向きましたけどね自分。そこまで気を遣ってもらわなくていいよって気持ち。
「ひと目見て分かったぜ。お前、頭回る割に腹芸とか苦手……いや嫌ってる節ぃあんだろ。まかり間違っても政治屋向きじゃあねぇな。あぁいや、褒めてんだぜ? そういう真っすぐな男は大好きだ。だからこっちも腹ぁ割って話すべきだと思った。却ってそっちのが安全だろうからな」
けらけら笑って酒を呑むナターリアさんだが、さっきから彼女の眼は俺の全容を捉えて離さなかった。
いつでも殴れるように、蹴れるように、あるいは回避できるようにしているのだ。俺も似たような姿勢だけども。
その上で、お互い手は出さない。ひと息吐き、俺は全身の緊張を緩めていった。ナターリアさんも同様だ。それから、再度視線を合わせる。
「次はあたしだな。単刀直入に言うぜ。お前、ウチの部族に血ぃ入れてくれねぇか?」
「……何です?」
かと思えば、なんか凄いこと言い出した。
一瞬、言葉の意味が分からなかった。吸血鬼の話? とか考えちゃったくらいである。
で、一拍遅れて気づいた。子供を作れって話か。
「なに、お前の気に入った女を孕ませてくれるだけでいい。多けりゃ多いだけ良いな。当然だが、褒美をやろう。深域武装でいいか?」
今、自分がどんな表情をしているか分からない。目を丸くしてるのか、とんだアホ面をかましているのか。あるいは無表情なのか。
そんな俺を前に、彼女はさも良い提案とばかりに笑んでいた。
「待ってください。私には何がなにやら……」
「あん? 別に婿に来いってんじゃねぇよ。それに難しい仕事じゃねぇだろう」
俺にとってはヘラクレスの試練並みの難行である。それはそうと、初対面の他人相手に「うちのサークルメンバー何人か妊娠させてよ」なんて言ってきた訳だ。倫理観バグッてんのかこの人?
なんて思っていたら、彼女は急に笑顔を引っ込めた。
「あ~そっか。お前、好き合ってる同士じゃねぇと嫌って気質か。一応、うちも好き同士で番う事ぁ認めちゃいるが、それはそれとして部族単位で強ぇ血を残すべきって考えてんだ。お前ほどの男なら引く手あまただぜ」
「はあ」
「なんだよ、その顔。まさか童貞坊やって訳じゃねぇだろ」
「ええ。ですが、少々私には難しいですね」
「ハッキリ言う、可能性は低いと思ってたがよ。まっ、うちはいつでも歓迎してるぜ? 強い血を残すのは強者の義務だからな」
機嫌を悪くしたでもなく、彼女は牙を剥くように笑んで続けた。
「まぁいい。本命はお前と話す事だったからな。あたしとしちゃこの時点で大満足だ」
「話す、ですか?」
「ああ」
本当に? それだけの為に? そんな風に感じるのは、俺がまだラリスひいては獣人文化に馴染んでいないからだろうか。
ナターリアさんはソファーの背もたれに身を預け、ゆったりと足を組んでみせた。俺を見下ろす双眸からは、戦士の冷徹さが垣間見える。あとハムストリングスがキレキレだ。
「知ってるだろうが、そろそろ尖兵共がやって来る。今が最後の休暇な訳だ。で、あたし等荒野の牙は最前線で戦う事になってんだ。尖兵戦にゃお前も参戦するらしいじゃねぇか」
「はい、そういう契約になっております」
「王子様がお前をどう扱うかは知らねぇよ。だが、場合によっちゃ共闘するかもしれねぇ訳だ。別に合わせるってんじゃなくてな、んーならイシグロ何某がどんな野郎かくらいは知っときたいだろ。しょうもねぇ奴に背中任せられるかって話だ」
「それは……そうですね」
「だろう? だからだよ」
何となくだが、彼女の言わんとする事は分かる。
ミヅチ戦で俺と共闘した人達は、何だかんだ顔見知りだったのだ。お互いどんな戦い方をするか知っていたから上手に戦えたのである。
逆に、それが戦場で初対面だったと考えると少々辛い。心情的にもそうだし、正確なユニットの情報もなしに作戦など立てられようかって感じである。
「そんな感じだがよ……。いやはや、上手く隠してるようだが、あたしにゃ分かる。お前マジで強ぇな。タイマンならあたしより上だろ」
好戦的な笑顔。表情の変化が激しい人だ。笑顔の種類が多く、そして此方に与える印象を理解してる雰囲気がある。
この時点で、俺は彼女に呑まれていた。既に器バトルで負けている。王子ともアリエルさんとも、ヴィーカさんとも異なるカリスマ。ナターリア・ファーリには確かにそれがあった。
「ますます欲しいな。話戻すけどよ、本当にダメか? 減るもんじゃねぇだろ。同盟に入れって訳でも部族に加われって訳でもねぇんだ」
「お断りします」
「堅ぇなぁ」
報酬とかそういうの以前に、無理なもんは無理である。
ていうか、なんか俺の玉袋金太さんについての話になってきたぞ。
元々、俺はリュドミーラさんの同盟入りについて訊きに来たのだ。話を戻させてもらおう。
「ミラさんについて、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あん? ああ、元ぁその話だったな。なんか同盟に誘うとか言ってたが……チィとばかし、そいつぁ困る」
ナターリアさんは手に取ったグラスの酒を揺らした。
「あいつは娘だ。ファーリの名を継ぐ者だ。理由も無しに他所にやる事ぁできねぇよ。それとも、お前の方に相応の理由があるってのか?」
なのだ口調で天真爛漫なミラさんだが、その身分は族長の娘である。彼女の行動には、どうしても政治的なアレコレがついて回る。
それでも、と俺は思う訳で。
「彼女は荒野の牙に入る事を希望していました。その為に、強くなるべく私を訪ねてきたと仰られました。盟主の思惑はどうあれ、彼女の思いは本物でしょう。ならば、我々草薙の剣はリュドミーラ・ファーリさんの夢を支援したく考えております」
「ダメだ。あいつには群れに残ってもらう。鬣犬族の血を繋げないといけないからな」
仮に、ここが日本だったら時代錯誤だ何だと言い返せただろうが、ここは異世界だ。まして相手は弱肉強食を是とする人で、生きるか死ぬかの世界に身を置いている。個人の感情で血統を絶やす事は許さないだろう。
ならば、なのに何故俺に彼女を寄越したというのだろう? 知り合いの縁でエフィーエナさんを使えば問題なかっただろうに。
俺はそこに、ナターリアさんの思惑と本心が隠れていると思った。
「ですが……」
「あん?」
頭に思い浮かんだのは、あの時のリュドミーラさんの目だった。
浅慮だが、本気だった。口を挟むべきではないと思いつつ、俺はその目を好ましいと感じたのだ。
子供がやりたいと言った事は、やってみせて見守るべきではないだろうか。そう思うのは、俺がロリコンだからではないと思いたい。
「貴女のお役に立ちたいと言っていました」
そう、そこだ。
ミラさんは母を想い行動し、母はミラさんを血統を継ぐ為の子として扱っている。立場と事情故、致し方ないのはその通りだが、俺はそれに否と言いたい。
その為の責任なら、負うべきだ。
「そっか。なら余計にダメだな。そんな考えの奴が戦場にいちゃあ迷惑だ」
厳格な母親の顔と戦士の声音で、彼女はハッキリ言い放った。
そんなナターリアさんだが、不思議と頑固オヤジ的な雰囲気は見受けられない。それどころか、娘を想う優しさがあるように感じた。あるいは、弱いからこそ安全な場所にいてほしいと思っているのかもしれなかった。
それでも、俺は子供の想いを蔑ろにできない。ロリコンはロリの味方である。例えそれが、当人の望みと食い違っていても、道は示してやるべきだと思う。
「……では、一度チャンスを頂けませんか?」
「チャンスだ?」
俺の発言を聞き、彼女は不可解なものを見るような目をしていた。
「鬣犬族の事情は存じています。でしたら、一時的にミラさんの身を草薙に置くというのは如何でしょうか?」
「……仮にあいつが強くなっても、認めねぇかもしれねぇぞ。年齢的に、あいつが最適なんだ」
「納得は全てにおいて優先されるはずです」
「へぇ~?」
この期に及んで、俺の口から俺じゃない人の言葉が出てきた。
中身がない俺の中身がこれだ。けれども、創作物で救われる事だってあるはずだ。
少なくとも、俺はそうだった。
「ならよぉ? 結果がどうあれ、お前がこっちに寄っちまう事ぁ覚悟してんだろうな?」
女傑の眼光。彼女の身体に彫られた入れ墨が発光している。静かに逆立った頭髪からは、威圧的な魔力が溢れていた。
怖い人だ。けど、恐れる事はない。柳に風と受け流せる。何故なら、第三王子やミヅチと比べると、彼女の圧に含まれるエネルギーはごく僅かだからだ。ぶっちゃけ、強者の圧には慣れっこである。
「それだけじゃねぇ。仮にあいつが死んだ時ぁ、お前にはウチに来てもらうぜ。その覚悟があるってのか?」
「はい。覚悟の上です」
目を見て、胸を張って、即答する。
俺はもう、彼女の真意を理解していた。
「いいだろう。ウチがラリスにいるまでの間、あたしの娘を貸してやる。好きにしな」
「ありがとうございます」
謝罪でなく、感謝の念で頭を下げる。やはり、話が通じない人じゃない。
そして、心に刻みこんだ。俺のやるべき事を。
「なぁおい」
「はい」
契約を交わし、杯を干し。去り際、背中に声をかけられた。
振り返ると、ナターリアさんは親戚のおばちゃんのようなニヤニヤ顔を浮かべていた。
「お前、ミラの事どう思ってんだ? 頭はちょっとアレだが、あたしの見立てじゃあと数年でラリス人好みの良い女になるぜ」
対し、俺は微笑を返した。
「私は彼女の幸せを願っております」
「そうか。わかったよ」
表情を見る前に、外に出る。
通り過ぎる野牛女傑やアサシンキャッツ達、荒野の牙の視線を受け流す。男女関係なく、彼等は俺の一挙一動を観察していた。
一人一人、見定める。倒せる。俺は強いて強者然と歩いてみせた。
長の娘を任せるに足る男と、荒野の牙に示すように。
ややあって、俺達はホテルを出た。
夜の王都は相も変わらず騒がしく、俺達は住宅街を目指していた。
「あの、イシグロ……」
帰路には我が一党に加えてもう一人。
頭にたんこぶ。首の後ろに荷物をまとめた風呂敷。仮加入のリュドミーラ・ファーリさんである。
「ミラさん、明日から訓練ですよ。今日はもう休みましょう」
「ありがとうなのだ。あと、もっと親しく? ん~? あっ、呼び捨てでいいのだ」
「そう? ならそうするよ」
「あの、えと……」
もごもごして、もじもじして。
やがて、鬣犬の幼女は口を開いた。
「よろしくお願いするぞ! 兄ちゃん!」
………………。
…………。
……。
「……え? 何だって?」
「よろしくだぞ! 兄ちゃん!」
「に、にいちゃ……」
その時、俺の脳裏に溢れた存在しない妹……。
お兄ちゃん、兄さん、にぃに、おにぃ、兄貴、お兄様、兄上……。
「ああ、兄ちゃんに任せとけ……!」
そうか、俺はミラの兄だったのか。
俺の妹はこんなにも可愛いのだ。兄貴なら妹の幸せを願うのは普通だよな。
「主様、なんであんなに嬉しそうなのじゃ?」
「さぁ? 分かんねッス」
ヤバい、甘やかしそう。
訓練とは別に、前途多難な予感がした。
感想投げてくれると喜びます。
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作者のやる気に繋がります。
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更新通知とか、更新の予告とかします。
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前書きにもありますが、タイトルを変更しました。
・ナターリア・ファーリ
鬣犬族。族長。ラリス金細工。荒野の牙盟主。
身長190㎝超えのマッチョウーマン。
・エフィーエナ・ファーリ
鬣犬族。ラリス銀細工。ナターリアの娘。次期族長候補。
マッチョウーマン。
・リュドミーラ・ファーリ
鬣犬族。違法ロリ。ナターリアの娘。
身も心もロリ。