【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
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キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
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よろしくお願いします。
リュドミーラにとっての決戦当日。
朝食後、イシグロの借家を出たリュドミーラは、風呂敷に包んだ荷物を持って“荒野の牙”が滞在している宿に向かって行った。
入都当初は首を痛めるほど見上げて歩いていた王都アレクシストも今となっては慣れたもの。すっかり王都の歩き方をマスターしたリュドミーラは、人の流れに負けずに迷う事なく帰還した。
「ミラか。身支度を終えたら報告に向かえ。部屋は二階の突き当りだ」
宿の入り口には、どういう訳か――妹の帰りを待っていた――姉であるエフィーエナの姿があった。
報告とは、イシグロの調査報告の事である。長の命令で、リュドミーラはイシグロおよび“草薙の剣”の内情を探っていたのである。とはいえ、それほどガチなものではなかった。イシグロの好物やら何やらを調べてくる程度で良かったし、命令した方もそこまで期待していなかった。素直が過ぎるミラにスパイが勤まる訳もなし。
実際、ポンコツスパイ・リュドミーラはボロを出しまくっていたので、イシグロはアイドルのインタビュー記事程度の情報しかお出しししていなかった。
「その前に、厨房を貸してほしいのだ」
「厨房を? まぁ掛け合う事はできるが、何故だ?」
「母ちゃんに訓練の成果を見せたいんだぞ」
それはそれとして、リュドミーラのメインクエストはこれまでの頑張りをお見せする事である。
ややあって長の許可を得たリュドミーラは、宿の厨房の一角で昼食の準備を開始した。
献立は決めてある。レシピも頭にある。食材も問題ない。キュッと、リュドミーラはイリハに縫ってもらった三角巾を頭に巻いて、最後に左右の頬をペシッと叩いて気合を入れた。
「よし……!」
そうして、矮躯の鬣犬は調理に取り掛かった。
その姿を、実姉のエフィーエナが優しい瞳で見守っていた。
当初、リュドミーラは料理人という存在を軽んじていた。軽蔑していた訳ではないが、鬣犬の戦士ほど尊敬できる職業とは思えなかったのである。
鬣犬族の文化において、料理は男がやるものである。鬣犬の男は虚弱で軟弱で、女が守ってやらねばならない生き物だ。そんな奴等の務めなのだから、料理なんて簡単だと思っていたのである。
けれども、いざ始めてみた料理は覚える事が矢鱈と多く、狩猟や戦闘と同じくらい奥深い技術だったのだ。
何度も失敗した。覚えるまで頭に叩き込んだ。料理を練習する度、自身の考えが如何に浅はかだったかを思い知った。
そして、今のリュドミーラだからこそ分かった事があった。
故郷の男共は適当な仕事をしている。
怠惰だった。工夫がなかった。奴等の造る料理には、責任と矜持が存在しなかったのだ。
戦士への敬意はあれど、仕事への気概がない。長に恭順こそすれど、命がけで守ってもらえる事を当然と考えている。
このままではダメだ。何とかせねばならない。リュドミーラは嫌われ者になる覚悟を決めた。
それと同時に、故郷の男衆の話を聞き、事情を知る必要があると確信した。戦士には戦士の、男衆には男衆の言い分があると思ったからだ。それはイシグロ達と交流した事で得た学びだった。子供は大人の背中を見て育つのだ。
「で、これがお前の成果か」
そうして出来上がった料理を執務室に持っていくと、背後に護衛を控えさせた盟主が無感情に言った。
執務机の上には出来立ての料理が三つ。それぞれ、健康維持を目的とした料理とエネルギー補給用の戦士飯。最後の一つはナターリアに向けて作った料理だ。
「はい。一つ一つ解説させて欲しいのだ」
「いいだろう。続けろ」
上手くできたはずだ。失敗はしなかった。けれども、厳しい顔の盟主を前にしては、徐々に不安になってしまう。
たどたどしく料理の解説をする娘を、荒野の牙の長は黙って観察していた。
「食べてみて欲しいのだ」
「ああ」
鬣犬に食前の儀式等は存在しない。ナターリアは匙を取り、盛られた料理を黙々と食していった。
如何にも豪快な女傑といった佇まいのナターリアだが、その食事風景は竜族や吸血鬼族を思わせるほど洗練されていた。各国の王と会食する事もある盟主は、当然としてテーブルマナーを習得しているのだ。
やがて、食事を終えたナターリアは食器を置いた。ごくりとリュドミーラの喉が鳴る。鬣犬の長は腕を組み、暫しの沈黙の後に口を開いた。
「長としての意見と母としての感想、どっちが聞きたい?」
「長として、お願いするのだ」
迷わず返すと、ナターリアの眉が震えた。
親子のコミュニケーションではない。そう覚悟しての返答だった。
色のない目のまま、鬣犬が牙を剥く。
「そうだな。まず、味が薄過ぎる。お前としては戦場の飯で変になった舌をマトモにしてやりてぇんだろうが、鉄火場から帰って安心したところにコレが出てきたら、血の気の多い奴等はキレて暴れるぞ。これなら回復薬だと思ってクソ不味いモン食う方がマシだな」
ナターリアが指摘したのは、一皿目の戦士用健康食だった。
これは獣人に不足しがちな栄養を摂る為の料理である。また、強い塩気によって鈍感になった舌を戻す為に薄味にもしてあった。イリハやユゥリンから高評価だっただけに、盟主からの低評価はショックだった。
「次、こっちは肉が少なすぎる。これじゃ狩りで失った血肉を取り戻せねぇ。ラリス騎士の戦闘糧食を基準にしたんだろうが、獅子人や虎人からすりゃ野菜の量が多すぎる。荒野の牙には鬣犬族以外の獣人も大勢いるんだぞ。そのへんは考えなかったのか?」
二皿目は前線砦で食わせる事を想定した戦士飯だ。指摘された通り、リュドミーラは他種族への配慮を忘れてしまっていた。
「あとなぁ、最前線でこんな贅沢に食材使えると思ってんのか? 蔵ん中を総とっかえする時はいいが、後方から補給が届かない時はどうすんだ? そもそも、戦士ってのは多少バカ舌な方がいいんだよ。グルメな奴は粗末な飯に耐えられねぇからな。そのへんフライシュのお坊ちゃんだって弁えてんだぜ」
確かに、尤もな意見だった。
つくづく考えが足りなかった。どだい前線砦には多くの場合ラリス軍の糧食班がいる訳で、リュドミーラは一皿目のような料理に専念すべきではなかったか。
「あの……」
「なんだ?」
「な、何でもないのだ……」
そして、最も聞きたかった三つ目の料理については、何の言及も無かった。リュドミーラにはそれが一番ショックだった。
三つ目の皿には、ナターリアの五臓を癒やす為の薬膳料理を用意していたのだ。やはり、味が薄かったのだろうか。
「お前、草薙の剣で何を鍛えてきた? 戦士になれねぇから、料理人になりてぇって話か? 後方で陰口叩かれんの嫌だから、男衆から逃げてんじゃねぇだろうな。それとも……」
「それは違うのだ!」
「ほう……?」
反射だった。つい、リュドミーラの口から否定の言葉が出た。
長の言葉を遮った事を自覚して顔を青ざめさせる娘を、鬣犬の女傑は威嚇するように睨みつけた。
「続けろ」
声音低く、命じられる。長の命令は絶対だ。
息を飲み、拳を握る。ここが正念場だと、リュドミーラは腹を括った。
「お、オイラには目標があるのだ。鬣犬族の食文化を改善するのだ。そうじゃないと、みんな故郷で身体を悪くしちまうんだぞ。それは、とても良くない事なのだ。それに、それに……」
言葉を紡ぐにつれて、ナターリアの視線は鋭さを増していった。
喉から出た声が遠い。視界が揺れている気がする。リュドミーラ自身、もはや自分が何を喋っているのか分からなくなっていた。ただ、思いのたけを吐き出し続けていた。
「もういい。黙れ」
長の命令が飛ぶ。リュドミーラは反射的に沈黙した。
「下がれ」
続く指示は、背後で控える野牛護衛へのもの。長を超えるほど大柄な彼女はキビキビと一礼し、静かに退室した。
ドアが閉まり、沈黙が過る。我知らず足を震わせるリュドミーラの前、やおらナターリアは立ち上がった。
見ていると、彼女は棚に置いてあった瓶と杯を持って応接用のソファーに座った。
「ミラ、お前もこっち座れ」
「はい……」
指示通り、リュドミーラは長の対面の席に座った。
距離の近くなったナターリアは、先程までと異なり気の抜けた表情を浮かべていた。
再度、沈黙が落ちる。肩をすぼめるリュドミーラの眼前、大柄な女傑はボーッと天井を見上げていた。母が考え事をする時の癖である。
「あの……」
「ん? あぁ」
声をかけられたナターリアは、背もたれに身を預けて足を組んだ。
真っすぐリュドミーラを見る双眸には、先程まで在った厳格な長の仮面が剥がれていた。
「あぁ~……分かっちゃいるだろうが、お前はまだまだ未熟者だ。戦士としても料理人としても。だ。それは分かってるよな?」
「はい……」
「はっ、つまり彼奴は真面目に仕事をした訳だ。想像以上に切れるじゃねぇか」
言いつつ、放置していた酒を杯に注ぐ。次いでもう一つの杯には保存魔法のかけられた高級オレンジジュースを注いでやった。視線で促される。ミラの飲み物だ。
「分かってんだろうが、他所の奴から料理人と認められるようになるには血の滲むような鍛錬がいる。今までとは別の、一生続く努力が必須だ。はっきり言って、後方で暮らす方が楽だぞ。それでも、お前は料理人になりてぇってのか」
「はい。オイラ、食うより作る方が好きなのだ」
娘の返事を聞いたナターリアは、小さく「そっか」と呟いた。
グイッと杯を呷り、熱い息を吐く。リュドミーラもジュースを飲んだ。清涼感のあるオレンジの甘酸っぱさ。これ一つ作るのに、どれほどの時間と労力がかかっているか、リュドミーラには想像すらできなかった。
「よし! なら、お前まずラリス大学行って食学を勉強しろ。そのまま薬草学とか五行本草学とかも習ってこい。ああ、嵐極拳の修行もサボんじゃねぇぞ」
「……え? えぇ!?」
唐突な命令。困惑するリュドミーラを置いて、ナターリアは続けた。
「大学にはあたしから言っとく。まぁそれまでお前には家庭教師つけるがな。卒業した後はフライシュ領で修行してこい。言っとくが、一年やそこらで終わるモンじゃねぇぞ。んで帰ってきたら実績作って同志を募れ。まさかお前一人で何とかなるとか思ってねぇだろうな?」
上機嫌そうなナターリアには、長としての威厳と、母としての慈愛が矛盾なく同居していた。
一流の戦士しか認めないナターリアは、料理人にも一流を求めていた。その過程に妥協は許されないのだと、鬣犬の目は雄弁に語っていた。
「お前がやるんだ、ミラ」
熱い瞳に射抜かれて、リュドミーラは咄嗟に返答できなかった。
というか、母の言う単語の意味を咀嚼するのがやっとで小さな脳みそがフリーズしてしまったのだ。ミラはまだ幼く、そんなに頭が良くなかった。けれども、努力は人一倍にできる子だった。
「あの、それって認めてくれるって事なのだ……?」
「バカが。認めてやるのはその後だよ」
「本当にいいのだ?」
「あん? いいに決まってんだろっと」
「のだ!?」
次の瞬間である。突然立ち上がったナターリアは、対面に座っていたミラの首根っこを掴み上げ、ぽすんと膝の上に乗せた。
成獣と仔獣の体格差だ。リュドミーラの身体は女傑の懐にすっぽり収まって、そのままグリグリと頭を撫でられる。
「いいか? あたしは鬣犬の族長で、“荒野の牙”の盟主だ。戦場が住処だ。死ぬ気なんかサラサラねぇが、いつ死んじまうか分からねぇ。だからな、いつ死んでもいいように、死んだ後も群れを守れるように色々と備えとくんだよ」
リュドミーラの頭上から、母が娘に言って聞かせる。
「同じくらい、あたしは母親なんだ。お前の幸せがあたしにとっての幸せだ。お前の意思で選んだ道だ。長としてある程度まで導いて、母として見守ってやる。よく決意できたな、偉いぞ」
「母ちゃん……」
優しい声音だった。
ミラが恐る恐る見上げると、優しい三日月と目が合った。
「薬膳だったか。あれ、今まで食った飯の中で一番美味かったぜ。お陰で帰る理由が一つ増えた。楽しみにしてるぜ、ミラ」
大きな身体に、戦士らしい肉体。紛れもなく、ナターリアは理想的な鬣犬女傑そのものだった。
けれど、リュドミーラはこうはなれない。そう確信して、それでいいと娘は思った。つい最近まで、愚直に追いかけてた背中だったのに。
「のだ! オイラ、世界一幸せな料理人になるのだ!」
リュドミーラは、元気いっぱいに宣言した。
次に作る献立を考えながら。
これにて、クエスト達成である。
ギルドに提出する書類には、“極めて良好”という評価が記されていた。
鬣犬の戦士は世辞を言わないものである。
〇
時は昼過ぎ。風呂敷を宿に置いてきたリュドミーラは、イシグロ達の待つ借家に向かっていた。イシグロと合流して、それからギルドに報告して、そうして依頼完了となるのである。
妙に迂遠な方法を取っているのは、言ってしまえばミラちゃん初めてのおつかい的な意味合いがあった為だ。何だかんだ言いつつ、ミラはまだ子供なのである。
「ふんふふ~ん♪」
人通りの多い道を、鬣犬ロリは尻尾をフリフリしてご機嫌に歩いていた。
今の今まで報われぬ努力を続けてきたミラにとって、頑張ってきた成果を認められた経験は何にも勝る甘露と言えた。何より、未来へ続く道が開けたのだ。嬉しくもなろう。
「よう。止まりな、新人」
そんなガチ幼女の前に、同じく木札の冒険者トリオが立ちはだかった。
ミラから見て真ん中が肩パッドモヒカン男で、右がスキンヘッド巨漢。左がロン毛スレンダーマンである。
ミラ視点、見覚えのない顔だった。そして、誰がどう見ても不良冒険者だった。
「何か用なのだ? オイラこれでも忙しいのだ」
「おいおい、新入りの分際で何がどう忙しいってんだ? あとテメェみてぇな田舎モンは知らねぇだろうが、王都じゃあ先輩冒険者に会ったら挨拶するのが常識なんだよ。何か言う事あんじゃねぇか?」
「のだ? それは初耳だったのだ。こんにちわ!」
「バカ野郎、素直に挨拶してんじゃねぇよ! 俺が言ってんのはもっと頭下げる方!」
「お、オレもそう思うんだな!」
「へへへっ、土下座しろオラァン?」
大仰な身振り手振り。腹から出ている声。なんともまぁ分かり易いチンピラ演技だった。
周囲の人間は「お芝居の稽古かしら?」と事態を眺め、当のリュドミーラも「何なのだこいつら?」と首をかしげていた。
その後も三人は事前に決めてあったような言葉を並べていた。やれ「気に入らねぇ」とか「調子こいてっと殺すぞ」的な安い暴言である。
「ここ通りてぇなら通行料払いな。お前、金持ってんだろ。族長の娘なんだからさぁ」
「お、オレもそう思うんだな!」
「へへへっ、次の台詞飛んだぜぇ?」
同じ台詞しか喋らない巨漢と大根スレンダーマンはともかく、世紀末モヒカンの恫喝は存外サマになっていた。ハキハキした声にはしっかり感情が乗っていて、表情に作り物めいた違和感がない。もはや舞台役者である。
一方、ミラの脳内は混乱していた。いくら純真ロリでもこれが演技なのは分かる。どだいじめっとした悪意が感じられないのだ。しかし、である。こうも注目を浴びた状態では、此方も何か返さねばと思う。とにかく舐められちゃいけないんだぞ、と。
「返事はどうした? あ? それともビビッてんのか? 荒野の牙なんだろぉん?」
ずずいと、モヒカン男が顔を近づけて凄んできた。石鹸の匂いがする。事前に銭湯に行っていたらしい。歯磨きもしたばかりなようで、真っ白な歯がキラリと光る。
対し、ミラは胸を張って応えた。
「そんなの知らないのだ! いいからそこを退くのだ!」
言ってやったぜと言わんばかりのロリである。
その時だ。ミラの返答を聞いた男達は、にやりと演技ではない笑みを浮かべた。
「なら! 力ずくでやってみなァ!」
言うが早いか、モヒカン男が拳を振りかぶった。
演技じゃない。寸止めの気配がない。訓練による脊髄反射、ミラは一歩前に踏み込み、男の腹に掌を突き出した。
「ふん!」
「ごばぁ!?」
攻撃を受けたモヒカンは水平方向に吹っ飛び、王都の頑丈な石壁に衝突した。一撃KOである。
嵐極拳式掌底。発勁の籠っていない通常攻撃だが、銀細工級の膂力によって放たれたソレは、並みの木札を一撃で昏倒させるに充分な威力があった。
ミラは落第戦士ではあれど、身体スペックは高いのだ。
「オレも蹴るぞお! 右足キィーック!」
「遅いのだ!」
「ぶほぉ!?」
続いて巨漢によるヤクザキックを回避し、隙だらけの股間に肘を当てた。結果、巨漢は白目を剥いて倒れた。
「お前も遅いのだ!」
「えっ僕まだ何もグバァ!」
引き抜いたナイフを取り落としてアタフタしているスレンダーマンには、ミラの嵐極拳式ストレートパンチが突き刺さる。スレンダーマンはモヒカン男と同じ末路を辿った。
おお、と周囲のモブが感嘆する。ロリなのにやるやんといった視線。注目の中、ミラは誇り高き鬣犬族としての言葉を脳内検索し……。
「お、オマエ等なんか全然怖くなかったのだ! バ~カッ!」
鼻息一つ。控えめな拍手を背に、リュドミーラはクールに去っていった。
まぁ喧嘩なんて日常茶飯事だしと、不良冒険者など放っておいて通行人達も歩き去った。これくらい王都では日常茶飯事だし。
「いてててて、マジで強いのかよあいつ……」
「お、オレのタマが一個ないぞぉ……」
「引っ込んでるだけだよ。ていうか、僕なんも出来なかったんだけど。やっぱ安物の鞘はダメだな……」
ミラが遠ざかったところで、三人組はよれよれと立ち上がった。
そこに近づく影あり。
「カット~。はぁいお疲れ~。いやぁ初めてにしては悪くなかったよ~」
イシグロである。何故か片手にグルグルに巻いた紙束を持っていた。
次いでイシグロは奇妙な形の杖を構え、クロスボウを撃つようにして治癒魔法を放った。三人の怪我が治っていく。
「約束通り怪我治してあげたから、恨みっこなしね」
「うっす。あの、本当にこれで良かったんすか?」
「うんうん、完璧完璧。あー君、良い芝居だったよ~。何かやってたの? なんか凄い良い声だけど」
「うっす。実は俺、元々役者志望だったんす。けど、家が魔物に壊されちまって……」
「あぁそう。いやでも、君若いからまだやれるって」
言いつつ、プロデューサーと化したイシグロはモヒカン男の肩に馴れ馴れしく手を置いた。
モヒカン男はというと、ビクビクと身体を丸めていた。内からの恐怖をこらえるように。
「ほら、これ報酬ね」
「「「おぉ~」」」
それから、イシグロは三人組にパンパンに膨らんだ麻袋を握らせた。袋の中には新人冒険者が目を輝かせるくらいの貨幣が詰まっている。
「あ、ありがとうございます。イシグロさん」
「良いって良いって。いや君ホントに上手かったよ。ボイスドラマとか出したら売れるんじゃない? 知らんけど」
「へ、へえ。ぼいすどらごん……?」
イシグロは笑顔だ。恐怖で緊張していた三人組からも笑みがこぼれる。
「だから、ねぇ……?」
「ぐぎっ……」
ギリッと、モヒカン男の肩から嫌な音が鳴った。
見れば、迷宮狂いの漆黒の目がモヒカン男の双眸を覗き込んでいた。
「これ以上アホな事しないよね? 賢いもんね? 君達さ」
「も、もちろんですぜ」
「お、オレもそう思うんだな!」
「へへへっ……」
「そう? じゃ、そういう事で」
恐怖をぶり返したモヒカン達を置いて、男は去って行った。
銀の圧から解放された三人は、ほっと安堵の息を吐いた。
「まぁでも、受けて良かったな。迷宮行くよりずっと稼げるぜ」
「これだけあれば暫く迷宮潜らなくてもいいな」
「僕は何買おうかな~」
のど元過ぎれば熱さ忘れる。イシグロの背中が見えなくなると、三人は元気を取り戻した。
手に入れた金で何を買おうか。今まで行けなかった高級娼館とかどうだろう。
そこで武装を整えるという選択肢が浮かばないあたり、彼等が木札である理由が分かるというもの。
「っと、どこ見て歩いてんだテメェ!」
そんな風に浮かれていると、モヒカン男は通行人と正面衝突した。
眼前に壁。否、壁と見紛う程の筋肉。見上げると、三人を見下ろす雄々しい双角があった。
モヒカン男の瞳に、“荒野の牙”の同盟紋が反射する。
「あ、え……?」
その身長、二メートルオーバー。荒野の牙所属の野牛族女戦士にして、盟主の護衛を任せられる程の傑物。現役の銀細工持ち冒険者にして、彼等にとっての大先輩。略して野牛先輩である。
「ボスから伝言だ」
「え、何だいきなりぐぇ!?」
おもむろに胸倉をつかまれ、ラリス人平均身長のモヒカン男が人形めいて持ち上げられる。
足をプラプラする男を、野牛の眼光が射貫く。
「今日のはじゃれ合いだ。覚えておけ」
「は、はいぃ!」
ポイと放られ、モヒカン男は尻もちをつく。
野牛先輩が去っていく。わざわざ伝言を届ける為だけに来たらしい。
それくらい、ガチって事だ。
「お、俺もう冒険者やめようかな。もっかい役者目指してみるわ」
「お、応援するんだな」
「へへへっ、僕はどうすっかなぁ」
そうして、三人は冒険者証を返却する事を決めた。
元々、向いてなかったのだ。
迷宮踏破数がゼロであるからして。
〇
時は進んで夜である。
何も知らずにイシグロ宅に戻ったミラは草薙御一行と合流――イシグロはダッシュで帰った――し、諸々の書類を提出すべく転移神殿へ向かった。
そこで適当に手続きを済ませ、イシグロに報酬が支払われ、これにて依頼完了である。
「兄ちゃん、今までありがとうなのだ。お陰でオイラやりたい事が見つかったのだ」
荒野の牙が泊っている宿の前、今度こそお別れである。
ミラのことを我が子のようにかわいがっていた草薙一行は、各々しんみりと寂しそうにしている。一人一人、別れの挨拶を交わしていった。
「えっと。兄ちゃんに渡したいものがあって……これ、貰ってほしいのだ。」
「ん? あぁ、ありがとう」
そして、最後にイシグロと相対したミラは、掛けていた鞄から何かを取り出し。ずいと差し出した。それは巾着サイズの麻袋だった。
紳士的に膝をついて、恭しく受け取る。促され、イシグロは袋の中身を検めた。
「これは……?」
「鬣犬族伝統の首飾りなのだ。これを持ってる奴は、荒野の牙の友達って認められるんだぞ」
袋の中には、何かの獣の牙が入っていた。その牙には件の同盟のエンブレムが彫られていて、ネックレスのように紐を通してある。
要するに、ヴィーカに貰った銀竜盟友剣や止まり木バッジみたいなものだった。後ろ盾になってくれるという証である。どうやら、ナターリアは依頼一回でイシグロを認めてくれたようだった。
「これ、オイラが初めて狩った獲物から作ったやつなのだ。ちょっと不格好だけど、できれば大事にしてほしいのだ」
「ああ。もちろん。大切にする」
ここにきて、イシグロもちょっとウルッときてしまった。
イシグロの中に父性と似て非なる兄性が溢れた。これもまた、ロリコンとしての本懐である。
「つ、つけてあげるのだ……!」
言って、首飾りを手に取ったリュドミーラが、牙の首飾りをイシグロの首に通した。
紳士然と目を瞑って受け入れるイシグロに対し、ミラの顔は真っ赤だった。
そして、紐を通し終えた時。
「ちゅっ……♡」
右の頬に、僅かに湿った感覚。それはほんの一瞬で、イシグロが目を開くと同時にミラは嵐極拳仕込みの足捌きで後退していた。
つまり、イシグロはほっぺにチューされたのだ。
「じゃ、じゃあな!」
言葉より先に、ミラは返事も聞かずに宿の扉を潜っていった
扉が閉まった三秒後、ミラはひょっこり顔を出した。
真っ赤な顔に、抑え切れない喜びの笑み。リュドミーラは極めて素直な性格なのである。
「ありがとな、兄ちゃん! 大好きだぞ!」
間違いなく、ラブではなくてライクだろう。
此方も手を振り返す。やがて、ミラは中に入っていった。
「かぁ~! 今のキス下心ゼロ! 世界一ピュアなキスじゃないッスか!」
「初々しいのぅ、初々しいのぅ! 愛い奴じゃのぅ、ほんに!」
「惜しかったんじゃない? アナタ」
「少なからず可能性はあったかと」
「ん、ミラも混ぜる?」
「バカ言うんじゃあないよ」
イシグロは、遠くに旅立つロリに背を向けた。
「どれだけ可愛い妹も、いつか兄離れするもんだ」
なんて、会心のイケメン顔ですっげぇキモい事を云った。
草薙の面々は肩をすくめた。皆はイシグロのこういうところも好きだった。
惚れた弱みである。
一方、そんな光景を見つめる影が三つ。
「おいおいおいおい……今の見たかよ。おじさん、イシグロのあんな顔初めて見たよ」
「おう。ばっちりだぜ。さっそく皆に報せねぇと」
「なるほど、イシグロはそういう性癖だったんだな……、どーりでそれっぽい奴隷買ってる訳っすわ」
先に言っておくと、先の不良冒険者ではない。
古参のバカだ。
〇
翌日である。
「あばばばば。あばばばばばば、あばばばば……!」
借家のリビングで、イシグロは座礁したクジラみたいになっていた。その表情はこの世全ての絶望を享受しているかのようである。
動悸、息切れ、気つけ……。迷宮踏破後に冒険者病を発症していた時のミラにそっくりだった。
「大きな星が、ついたり消えたりしている……。あははは、大きい……! 彗星かな? いや違う、違うな。彗星はもっと、ぱぁーって動くもんな……」
「重症なのじゃ……」
癒者イリハの診断によれば「妹ロスによる精神への負荷」が原因でこうなってるらしく、即ちロリコンという名の病気だった。
これには皆も呆れ顔である。昨夜潔くミラを送り出したイケメンは何処へ行ったのか。自称兄こそ妹離れできていないではないか。
「ほら起きなさい。元気出しなさいな」
「今日はご主人様の新しい武器を受け取りに行く日ですよ。ずっと楽しみにしてたじゃないですか」
「じゃあ、今夜はご主人のこと“お兄ちゃん”って呼んであげるッスよ♡」
「ドワルフの店か。いつ出発する? 俺も同行しよう」
「ん、急に元気になった」
今夜のプレイが決まったところで、イシグロは完全復活した。ロリコンにはロリをぶつけんだよ。
で、だ。いつものように外行きの武装を整えた草薙御一行は、ドワルフの店に行って完成した新武器を受け取り、例の如く鍛錬場のある西区転移神殿に向かった。
「なんか静かですねぇ」
「火星戦力軒並向回」
「ん、冒険者が少ない」
「しかも何かこっち見てるのじゃ」
「お?
「魔法剣の錆にしてあげるわ」
道中、転移神殿近くの雰囲気には違和感があった。
いつも冒険者で溢れている噴水広場に冒険者の姿がないのだ。いや、厳密には普通に見かけるのだが、不自然に新人冒険者だけが見当たらないのである。さながら独裁者のスイッチを押されたかのように。
そんなこんなで転移神殿に入ると、何処からか「おい来たぞ」「よし出番だ」といった声が聞こえて生きた。
何だよと思った次の瞬間、イシグロ達の行き先を防ぐようにザッと人の列が形成された。
「え? なに? なにこれ?」
人の列は男の列だった。
厳密に言うと、各々女性用の衣服を身に纏った男性が整列していたのである。
その多くは木札の新人冒険者で。中には男の娘レベルの冒険者もいるのだが、女装男子の殆どは血気盛んな肉体派男子である。
そして、彼等は渾身の媚び媚びスマイルを浮かべてみせた。
「「「おかえり、お兄ちゃん♡」」」
ある日突然、あなたに二〇人以上三〇人以下の妹ができたらどうしますか?
「兄貴♡ お、俺の……これ、似合ってるか?」
それも……とびっきりガタイが良くて、
「兄者♡ 小生、兄者のことをお慕い申しているであります♡」
とびっきり質実剛健で、
「兄やん♡ ワシの紋々見てくれや♡」
とびっきり厳つくて、
「兄さん♡ カジノ行くからお金ちょうだい♡ あとオレの借金返しといて♡」
とびっきりの社会不適合者。
しかも、そのうえ……。
「「「私達を同盟に入れてほしいのだ!」」」
彼等はみんなみんな、とびっきり!
「……は?」
その時、イシグロの脳内に様々な感情が湧き上がり、理性や良識やその他諸々が渋谷スクランブル交差点のように混ざって絡まってグチャグチャになった。
理由はともかく、女装をするのはいいでしょう。それこそ個人の勝手である。イシグロの知った事ではない。
わざわざ待ち伏せして女装を見せつけてきたのも……まあいいでしょう。無視すればいいだけだ。
だが しかし、けれども、である。
兄呼びだけは、嫌悪感がカンストだ。
「こふっ……」
結果、イシグロは吐血した。
「ごしゅじぃいいいん!?」
「
治癒魔法を施すも効果がない。女装冒険者リアリティショックによって、イシグロは身体中の穴という穴から血を流していた。
間違いなく、今のは魂の輪郭を捉えた攻撃だった。銀細工にダメージを与えるあたり、相当な威力である。
「あれ? おかしいな。イシグロさんは兄呼びされるのが好きと聞いていたんですが」
「俺もそう聞いたぜ。だから妹みたいな奴隷を買ってるって」
「まさか、イシグロさんは男は対象外……ってコト!?」
「バカな! なら、なんでニーナさんに靡かない!?」
「ならオレの借金は誰が肩代わりしてくれんだよぉ!」
外野が何か言っている。だがイシグロの耳には入らなかった。
「ぎゃはははは! なんだお前、なんで吐血してんの?」
「いやぁ、おじさん達イシグロを喜ばせようと思ってさ」
「おっかし~なぁ。とうとうイシグロの性癖見つけたと思ったんだけど」
妹ロスで傷ついたイシグロの前に、見知った冒険者三人組が近づいてきた。
犬人斥候ウィードと、性悪戦士リカルト、鬼人剣士ラフィ。三人とも、異世界一年目で知り合った仲である。
しかも女装姿で。しかも女装姿で。
「こ、これはあなた方が……?」
「ああ。こいつら草薙の剣に入りてぇって連中でよ。お前に気に入られようって必死なんだよ。許してやれや」
「いやなんで三人も女装を?」
「男は度胸。何でもやってみるもんさ」
凄まじいチャレンジ精神である。アホトリオは今日もアホだった。
「皆さん、とてもお似合いです。ああいった格好の男性を見るのも味わい深いですね」
「うぅむ、あの中からハマッてしまいそうな奴もいそうだが……」
「イシグロ……お前これどうすんだよ」
ふと、同じく顔見知りの女性陣が此方を見ていた。ニーナは苦笑いで、クリシャナは呆れ顔。
一方、ミラの姉である鬣犬族次期族長・エフィーエナは、何か痛ましいものでも見るような顔をしていた。
「むほっ♡ むほほ♡ むほほほほほほぉ♡」
その時、女性陣の近くにいた羊人少女一党の白金髪少女ヒーラーが満面の笑みでイシグロ達を見ていた。名前は確か、イングリット。
目が合うと、彼女はビシッとサムズアップした。
「イシグロ様、ファイト♡」
何がファイトなのだろう。
聖腐女子・イングリットは今日も今日とて絶好調だ。
「で、この中にお前好みの妹はいたか? 男が漢ぉ見せてんだ。応えてやれよ」
リカルトおじさんが何故だか真剣な顔で聞いてくる。
仲間の治癒を受けたイシグロはよろよろと立ち上がった。
「ち……」
「ち?」
注目の中、イシグロは銀細工の腹筋に思いきり力を入れ……。
「チェンジで!」
そして、西区の転移神殿に最大限配慮した拒絶の言葉が木霊した。
ここでキレない理性がイシグロにも存在した。
その日、イシグロは女装男子全員を分からせた。
股間の剣ではなく、斬っても死なない木刀で。二度と同盟入りを希望してこないよう、念入りに。
草薙の剣体験コーナーの後、同盟の参加希望者はゼロになった。
この手に限る。
ちなみに、その夜のイシグロ達はシャロとユゥリンも誘って禁断の兄妹プレイを敢行した。
どちゃクソに盛り上がった。
傷ついた兄の心は全快した。
めでたし、めでたし。
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