【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 貴方は商家生まれで天涯孤独な夢も信念もない申し訳程度の強化魔法が使える体力馬鹿の一般無垢ショタだ。
 これは貴方の物語である。
 さぁ、冒険の時間だ。


伝説への序曲(起)

 この世に悲劇がある限り、迷宮潜りの尽きる事はない。

 本能で人を害する魔物が跋扈し、世界中で軍隊がフル稼働しているような世界では、充分な社会保障など不可能である。

 だからこそ人は迷宮を潜り、一握りの冒険者が成り上がり、恵まれぬ民に夢を見せるのだ。

 

 命を懸けるのは大前提。才と、力と、運があれば、迷宮は巨万の富を生み出すだろう。

 迷宮こそ、この世界を支えるセーフティネット。迷宮こそ、命を賭ける賭博場。今日も何処かで、誰かの夢を食らっている。

 まさに、狂気の坩堝であった。

 

 

 

 王都アレクシストは、ラリス王城を頂く世界一の大都市である。

 都の中心に聳え立つ城から流れる水路は清浄樹により清潔に保たれ、迷宮めいた下水道では専用の人工粘体が人の吐き出す汚れを食んでいる。廃棄されるゴミは分別され、循環し、余すことなくこの世界へと還元する。

 通りには魔導街灯が建てられ、高度に発展した魔道具は薪や炭を必要としなくなった。けれども、人の営みは何処も同じである。

 

 王都民の朝は早い。太陽が昇る前には起床して、各々朝の支度や仕事に出かけていく。

 集合住宅の共同部屋で洗濯をする主婦に大剣を背負った男が挨拶し、石造建築物の屋上にある木造小屋では銭湯勤めの魔人がペットの鳥にエサをやっていた。裕福そうな中年男性が見目麗しい美少年奴隷に髭を整えてもらい、夜勤明けの衛兵が大量の揚げ芋を持って詰所に向かって行く。

 今日も今日とて、王都は人の活気に満ちていた。

 

 そんな王都の西門から、人混みに紛れて一人の少年が現れた。

 人間族の少年であった。年の頃は一二歳ほどだろうか。旅人風の薄汚れた恰好をしているものの、背筋の伸びた歩き方にはしっかりとした教育の痕跡を見て取る事ができる。けれども、その目は尋常のソレとは異なっていた。

 どこにでもある悲劇の残滓。ありふれた絶望の気配。一見して何処にでもいるような少年の双眸は、子供らしからぬ虚無の暗黒を湛えていた。

 少年は、唯一残された希望――迷宮稼業に身を投じるべく王都にやって来たのである。

 

 これは、未だ誰でもない少年の物語。

 夢も信念もない孤独な冒険者の物語。

 貴方の物語だ。

 

 

 

 

 

 

 長い旅路の果て、貴方は王都に辿り着いた。

 貴方は冒険者志望の人間族の少年である。今の貴方に時間を無駄にしている余裕はない。今日中に準備を終えられるように、貴方は人の流れに乗って転移神殿に向かった。

 迷宮稼業を始める為である。

 

 混雑している王都を歩く。誰にも目を付けられないように、目立たないように。財布を盗まれないよう周囲を警戒する貴方は、却って悪目立ちしていた。

 頑張りの甲斐あってか、貴方は何事もなく西区転移神殿に到着する事ができた。

 勇壮な石造り。見上げる程の威容。噂に聞く転移神殿は、今の貴方には場違いな気がしてならなかった。しかし、ここを通らなければ迷宮探索を始められない。貴方は覚悟を決めて開きっぱなしの大扉を潜った。

 

 神殿に入ると、街中とは別種の活気を感じ取った。ギルド職員以外、ここにいる者の殆どが迷宮探索を生業とする冒険者であり、当然のように武器を携帯している。それも護身用ではなく、魔物を殺す為の武器だ。

 粗野な笑い声が響いている。朝から酒を呑んでいる冒険者の姿もあった。どこからか煙草の匂いが運ばれてきて、弱冠一二歳の貴方は咳込みそうになった。こうも酷い空気は初めてだった。

 

「換金お願いします」

「おう、今日も潜ってたか。緑の一番な」

 

 受付の近くに行くと、そこでは凄まじい額の金銭がやりとりされていた。

 小さな聖遺物一つと、異常な量のラリス金貨が交換されている。聖遺物を買い取っているのは迷宮ギルドであり、ギルドはラリス王家の直轄組織だ。つまり、王家にとって迷宮産の物品にはそれくらいの価値があるのだ。聖遺物なる物を何に使っているかは分からないが。

 その光景を見た貴方は、これまで蓄えてきた知識が崩れそうになる錯覚を覚えた。

 

「えっと? お前は字は書けるか? こっちで代行もできるが」

 

 空いた受付職員に、貴方は意を決して冒険者登録をしたい旨を相談した。

 登録料を支払い、手続きを完了すると、冒険者の規則を説明される。どれも事前に知っていた内容だったが、貴方は自身の知識に間違いがないか確かめるべく職員の話を聞いていた。

 

「はいよ。さっきも言ったが、どんな奴でもまずは木札からだ。まぁ、死なないように適当に頑張れ」

 

 規則の説明が終わると、貴方は木製の冒険者証を渡された。最低位階の迷宮潜りを意味する身分証だ。

 これにて、何者でもなかった貴方は冒険者身分になってしまった訳である。社会の境界線に立った。衛兵に守ってもらえなくなった。それだけではない。宿泊費に余計な税がかかるようになり、何をしなくても生きる事の出費が多くなってしまった。

 要するに、冒険者は迷宮に潜らないと明日を生きられない仕組みなのである。

 

 そう、貴方は迷宮に潜らねばならない。

 夢も信念もない貴方だが、生きる為には命を懸けて戦わねばならなくなったのだ。

 その為には、まず武装を整える必要があった。

 

 木札を下げて転移神殿を出た貴方は、冒険者用の武器を購入しに向かった。

 神殿内にある武器屋に並んでいるのは、ガラクタ同然の最低品質の武具である。訳あって多少の目利きができる貴方にとって、そんなナマクラに命を預ける気にはなれなかった。

 

 曰く、良い店は匂いで分かるらしい。

 父の教えに従って転移神殿の周囲を歩いた貴方は、やがて信頼できそうな武器屋を発見した。

 扉を潜ると、そこには引退した冒険者の使い古し武器が置いてあり、しっかりと整備されたソレ等は新品と遜色ないように見受けられた。

 

 命を預ける武器だ。真剣に選ばなければならない。そんな中、とある武器を目にした貴方は驚きに目を丸くした。

 貴方の視線の先、そこには値札に「五〇〇〇万ルァレ」と書かれた大斧が置かれていたのである。

 たかだか武器一つに五〇〇〇万ルァレ……。ぼったくりではないにしても、何故そんな武器を無防備に展示しているのか。そもそもそんな額の武器を誰が買うというのだろう。またも、貴方の常識は崩れかかった。

 

「がはは! そいつぁ新入りのお前さんには早ぇわな! それにタッパも肉も小さ過ぎらぁ! まっ、真っ先にうちに来るあたり鼻ぁ利くんだろうがな!」

 

 斧を見ながら硬直する貴方に、ドワーフ族の店主が話しかけてきた。

 受付机の背後には、元銀細工冒険者を意味する証明書が飾ってあった。仮にこの店で物を盗もうとした場合、店主の剛腕で以て殴り殺されるのだろう。

 気のいい店主の話を聞きつつ、貴方は店主の勧め通り身の丈に合った武器を探した。

 

 貴方は弱冠一二歳の少年である。実家の方針で護身術こそ習っていたが、魔物を狩る技術を修めた訳ではない。

 値段もそうだが、武器種に関しても身の丈に合う物を選ぶ必要があった。貴方は父仕込みの審美眼を使って、質の良い武器を探した。

 

 ふと、店の目立たないところにリンジュ様式の刀が掛けてあるのを発見した。貴方の目には値段不相応の業物に見えるが、残念ながら貴方は刀の扱いが分からない。貴方がリンジュ剣術を収めていたら迷わず購入していただろう。

 同じく良質な短剣を見つけたが、貴方程度の技前ではこれで魔物を殺すイメージが持てなかった。貴方が短剣の扱いに精通していたら間違いなく買っていた。

 その他、いくつか高品質な武器を発見できたものの、貴方に合った武器は見つけられなかった。所詮、貴方は喧嘩一つした事のない子供に過ぎないのだ。

 

「応援してるぜ、新人! 生き残ったらうち来いよな! そん時はサービスしてやるぜ!」

 

 結局、貴方は頑丈そうな小剣を購入した。

 この剣を購入した事で、貴方は資金の殆どを喪ってしまった。

 恐らく、この剣は剣を使う魔術師か軽剣士が二刀流で扱う為の剣だろう。けれども、貴方はそのどちらでもなかった。値段に見合った性能をしているのがせめてもの救いである。

 

 続いて防具屋にも向かった貴方だったが、残高の関係で大したモノは買えなかった。

 どのみち、魔物の攻撃など貴方にとっては全て致命傷である。なら、これで充分と思った。サイズ調整の補助効果が付いている鎧を選んだので、無理なく動く事はできるのだ。

 

 腰の小剣に、最低限の部分鎧。

 今朝まで一般人だった貴方は、如何にも新人冒険者といった出で立ちになった。

 

 買い物に時間を使い過ぎたかもしれない。街が夕闇に覆われる前に、貴方は宿を見つけて一泊した。

 夕食は苦い薬草スープと石のようなパンだった。借りた部屋は大人一人が寝転がれる程度で、当然として風呂はついていない。

 もう、貴方の財布には余裕がない。明日を生きるには、迷宮に潜らねばならなかった。

 

 ボロ布が敷かれた床に寝転がった貴方は、強いて身体を休めるよう目を瞑った。

 疲れていないが、眠らないといけない。父にそう教わったのだ。

 眠る前、貴方はここに来た経緯を思い返した。

 

 貴方はどこにでもいる商家の子だった。

 商売の何たるかを学び、嗜みとしての護身術と魔術を習って過ごしていた。家には一人の奴隷がいて、それなりに裕福な家だった。

 だが、そんな生活はあっと言う間に崩れ去った。

 

 結果から言えば、貴方の家は没落したのである。

 同業者に騙され、財産を失い、残った資産も奪われてしまった。

 最終的には、貴方以外の家族は盗賊に殺されてしまった。

 

 貴方は商家生まれの孤独な少年だ。

 多少の学と父譲りの審美眼があって、嗜み程度の護身術と申し訳程度の強化魔法を扱う事ができる。冒険者だった祖父の血が覚醒したのか体力だけは優れているが、腕力や走力は年齢相応だ。

 冒険者にならずとも、読み書き計算ができる貴方は王都で職に溢れる事はないだろう。真面目に働き続ければ、いつか人並みの生活だってできるかもしれない。だが、商人だった父の末路を見てきた貴方は、真面目に生きる事に得体の知れない虚しさを感じるようになっていた。

 畢竟、貴方は経験からくる人間不信によって、捨て鉢になっているのである。

 

 元来、貴方は夢も信念もない人間だ。逃げるようにして王都にやってきて、何となく迷宮を潜る事を決めたのだ。

 死にに行くようなものである。

 半分くらい、そのつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 早朝、貴方は宿を出た。

 噴水広場に着いた貴方は、最後の食事にならぬ事を願ってコロッケなる少し値の張る揚げ物を食べた。ホクホクの芋に肉汁の味がしみ込んでいて、驚くくらい美味しかった。

 

 昨日と比して人気の少ない転移神殿に入り、依頼掲示板を覗いてみる。そこには地方のギルドにあるような冒険者依頼は少なく、その代わりに聖遺物の買い取り依頼が貼られていた。

 隣にある交流掲示板では、一党員や盟友の募集が貼り出されている。その全ては鉄札以上の冒険者しか募集しておらず、木札の冒険者は弾かれていた。

 貴方は掲示板を離れた。元より、貴方に一党を組む気はなかった。仮に今の貴方に声をかけてくる冒険者がいたとすれば、その者は間違いなく貴方をカモにするつもりだろうから。

 

 冒険前、回復用の魔法薬を購入すると、貴方は本当の意味で無一文になった。

 覚悟などない。高い確率で死ぬだろう。迷宮の情報は頭に入れてある。貴方なりに人事は尽くしたつもりだ。

 貴方は転移石板に触れ、最も難度の低い迷宮に潜って行った。

 

 

 

 迷宮に入った瞬間、貴方は得体の知れない気味の悪さを感じ取った。

 空気が重い。夜の森に一人で取り残されたかのように、一刻も早くこの場を離れるべきだと生存本能が訴えかけてくる。加えて身体は伝染病に罹患したように重怠く、気を張っていないと喉奥から反吐が出そうだった。

 この症状は知っている。以前、護身術の師から聞いた事があった。“迷宮毒”や“迷宮の狂気”と呼ばれるものである。中には迷宮毒に侵されない体質の者もいるようだが、貴方は毒が回りやすい体質だったようである。

 つくづく、馬鹿にしてくれる。貴方は腰の小剣を引き抜き、怒りの情動に任せて先を進んだ。何でもいいから暴力を振るいたい心地だった。

 

 貴方が潜ったこの迷宮は屋内型の下位迷宮で、内部は洞窟のような迷路構造になっている。

 幸い、迷宮の各所には光源があるので暗視ポーションは必要ないが、道中の通路はそれほど広くない。今ここで複数の魔物に囲まれたら一巻の終わりである。

 

 やがて、貴方は通路を曲がった先で一体の魔物と遭遇した。

 例えるなら、二足歩行の野犬。最も弱い魔物の一種である。目が合った獣は、貴方に対して警戒の唸りを上げていた。

 

 黄ばんだ眼球。生臭い獣臭、不潔な涎を滴らせる牙は鋭く、痩せた前足の先に生えた爪は短剣のようだった。

 そんな魔物が、貴方を殺すべく唸りを上げて突撃してきた。覚えがあった、殺気である。生理的な忌避感。貴方は脊髄反射で敏捷性を強化(・・)し、飛び掛かってきた獣の攻撃を避けた。その拍子に、貴方は壁に身体をぶつけてしまった。

 見れば、突進してきた獣は勢い余って真正面から壁に激突し、ただの体当たりで以て壁面にヒビを入れていた。あんな攻撃を食らってしまえば、貴方程度一発で木っ端微塵になるだろう。

 我知らず、貴方の構える剣の切っ先が震えていた。

 

 生き残るには、この獣を倒さなくてはならない。それをするには、とにかく剣を当てなくては。獣が体勢を整えた瞬間、貴方は強化魔法を使って膂力を引き上げた。

 再度、突っ込んでくる。今度は爪による攻撃だ。師との稽古がフラッシュバックする。無我夢中で振った小剣が獣の前肢を切りつけ、真っ赤な鮮血が舞い散った。

 しかし、二足歩行の獣は構わず爪を振り回してきた。貴方の目には何をどう捌けばいいか分からなかった。貴方は爪牙の暴威から逃げるように後退し、師の教え通り獣の周りを駆け回った。いや、逃げ回ったと言った方が正確だろう。

 

 逃げて、攻撃。逃げて、攻撃。一発で致命傷になる獣の爪や牙を、貴方は不格好な回避と情けない剣技で以て凌いでいた。

 師曰く、迷宮では足を止めた奴から死ぬらしい。故に貴方は動き続け、転倒しては受け身を取って、大袈裟に避け続けた。

 貴方は人間族の子供だ。通常こんな戦い方をしていれば、今頃疲弊して魔物の餌食になっている事だろう。だが、今の貴方に息が上がる気配はなかった。昔から、貴方は疲れ知らずだった。ある種の異能であった。

 だが、それだけで成り上がれるほど迷宮稼業は甘くない。獣の動きが鈍くなった。やれると思った瞬間、ふいに貴方は転倒した。地面に溜まった魔物の血で滑ったのである。

 

 隙を見せた貴方に、獣は牙を剥いて襲いかかった。咄嗟に姿勢を整えた貴方は、訳も分からず何らかの強化魔法を駆使して両手で剣を振り回した。

 肉を斬った直感。同時、貴方の肩に鋭い熱感。痛みによって錯乱状態に陥った貴方は、魔力を過剰消費して自身が行使し得る全ての強化魔法を使って剣を振り抜いた。

 両者の鮮血が舞う。膝をつく貴方の傍で、獣が粒子に還っていく。何とか倒す事はできたが、貴方は大怪我を負ってしまった。

 痛みをこらえながら、動く方の手を使って治癒薬を飲んだ。肩の血が止まり、生命力が回復する。痛みが治まると、貴方の脳裏に戦いの恐怖が湧き上がってきた。

 

 最弱の魔物を相手に、貴重な治癒薬を使ってしまった。回復役がいない現状、身の安全を考えるなら今すぐ帰還すべきである。

 しかし、このまま帰ったところで、今日の飯にはありつけない。貴方は無一文なのだ。

 

 せめて迷宮の魔物が落とす聖遺物を持ち帰る事ができれば。貴方はさっきまで獣がいた場所を見た。

 そこには、何も落ちていなかった。収支はマイナスである。商人仕込みの計算が、遠からぬ死と絶望を導き出した。

 

 強張っていた手から剣が落ちる。貴方は乾いた笑声を発した。

 気分が悪い。迷宮毒が回っている。今になって、これまで強いて抑制してきた憤りの感情が湧き上がってきた。

 

 生きるべきか、死ぬべきか。

 理性の箍は、まだ外れていない。

 今は、まだ。

 

 貴方は、不可逆な“迷宮の狂気”を発症した。

 

 

 

 

 

 

 貴方が冒険者になってから、凡そ七日の時が経過した。

 その間、貴方は一度たりとも迷宮を踏破していなかった。

 迷宮にいる最弱の魔物を狙って殺し、何とか必要最低限の聖遺物を確保して、主に挑まず帰還する。それが今の貴方の迷宮稼業だ。

 しかし、この生活は薄氷の上に成り立っていた。

 

 今でこそ安定して狩りが出来るようになっているが、万が一魔物の群れに囲まれたら貴方は間違いなく死ぬだろう。

 何より、貴方の狩りを支えている小剣が壊れてしまえば最後、同じような狩りはできなくなる。その日暮らしの貴方に武器を買い替える余裕などないのだ。

 あまつさえ、貴方の心身は日ごとに衰えつつあった。迷宮毒による影響だ。神経が過敏になり、感情の制御ができなくなり、飯を食っても謎の飢餓感を覚えている。そんな状況でまともな迷宮探索などできようか。

 

 最早、四の五の言っている場合ではない。

 貴方は一党を組むべく行動を開始した。

 しかし、貴方のその試みは早々に破綻した。

 

 貴方は掲示板で募集していた一党に自身を加えてもらうよう頼み込んだが、その全てを断られてしまった。果ては同じ木札の冒険者一党からも断られる始末である。

 曰く、貴方に背中を預ける気になれないらしい。曰く、死にたがりと冒険はできないらしい。曰く、迷宮で子守などできないらしい。

 尤もではあれど、腹の煮える話だった。

 

 結局、貴方はその日も同じ迷宮を潜り、最低限の聖遺物を持って帰還した。

 酷使してきた小剣も限界が近い。体調も悪化の一途をたどっている。何故、自分以外の迷宮潜りはああも羽振りが良いのだろうか。

 もう何もかもが気に入らない。いっそ裕福な家に押入って、子供を人質に金品を奪ってやろうか。荒んだ目の貴方は、いつもの宿への帰路を歩き、夕陽の影に入った。

 その時である。

 

「おっと、失礼するぜっと……オラァ!」

 

 人気のない曲がり角を曲がった瞬間、貴方の顔面に重い衝撃が迸った。

 爪じゃない、拳だ。殴られたのだ。貴方は咄嗟に頑丈さを強化し、続く殴打に耐えた。

 殴ってきたのは、今朝貴方の一党入りを断った木札の冒険者達。相手は三人がかりで貴方を襲撃してきたのである。

 

「へへっ、お前そろそろ死ぬんだろ? ならその前に腰のモン寄越せよな!」

「安心しな、殺しやしねぇよ。何なら迷宮連れてってやろうか? そこなら邪魔ぁ入んねぇもんな」

「おらよっと! おいおい、随分硬ぇなコイツ。強化魔法か? まぁ何とでもなるがな!」

 

 どうやら、彼等は貴方の小剣を奪うつもりらしい。

 目的はハッキリした。大人しく小剣を渡して言う事を訊けば、命だけは助かるかもしれない。しかし、剣がないと貴方は迷宮稼業を続けられなくなる。生きていくには、武器を手放す訳にはいかなかった。

 

 いや、待て、そもそもこれ以上貴方が冒険者を続ける事に意味はあるのか?

 迷宮稼業に夢はなかった。命がけの割に大した額を稼げない。そのくせ必要経費はバカ高く、一度の怪我で継続不可能になってしまう。何だそれは、博打にも程があるではないか。

 ここはもう、剣を手放すべきではないか。今からでも遅くない。どこかの商業組合に駆け込んで、自分の学を売りに何処か誰かの慈悲を乞うべきではないだろうか。

 

 そうだ、そうすべきだ。もう痛いのは勘弁である。剣を渡せ。交渉して、見逃してもらえ。

 そのように考えた貴方だったが、しかし……どうしてか、その“逃げ”だけは出来なかった。

 何故か? 怒りである。

 

「ごぶぁ!?」

 

 刹那、迷宮の狂気に触れた貴方は、目の前の理不尽に力いっぱい蹴りを入れた。

 強化魔法付きの蹴撃である。まともに受けた木札は壁に背をぶつけていた。

 

「あっ、こら待て!」

「逃がすな!」

「クソがぶっ殺してやらぁ!!」

 

 隙が見えた。一瞬の不意を突いて、貴方は逃走した。背後から、三人の冒険者が追いかけてくる。

 衛兵に訴え出るか? ダメだ、冒険者同士の喧嘩と見られた場合、貴方諸とも裁かれてしまう。なら、このまま撒くしかない。

 幸い、貴方の体力は無尽蔵だ。このまま走り続ければ逃げ切れる。

 そのように考えた瞬間、貴方は何者かにぶつかって転倒してしまった。

 

「あん?」

 

 石畳に尻もちをつく。見上げると、その目にラリス様式の銀細工が映った。

 泥沼のような瞳。薄汚い無精ヒゲ。魔物の気配と似て非なる、強者特有の圧。

 ぐしゃりと、彼の手にあったであろう食べ物が石畳に落ちていた。コロッケだった。

 

「り、リカルトさん! どうしてここに!?」

 

 リカルトと呼ばれた冒険者は、落ちたコロッケと貴方を見て、それから追ってきた木札冒険者を見やった。

 その双眸に感情はない。ただ、銀細工らしい狂気と銀細工らしい洞察力があった。

 

「つまり、お前等のせいでおじさんは楽しみにしてたコロッケを落としちまったって訳だな」

「ち、違いますよ! 元はといえばそこのガキが走ってって! 俺等はただ一党に加え……」

「死ねやボケが」

「ぐば!」

 

 一人一発。何の変哲もない殴打。荒々しい拳が各々の顔面を捉え、上級治癒魔術でないと元に戻せない程に変形させた。

 呆然とする貴方に向かって、リカルトは手を差し伸べてきた。恐る恐る、手を取って立ち上がる。

 

「ふん!」

 

 次の瞬間、腹を殴られた。重く響くような衝撃が部分鎧の防御力を貫通し、貴方はその場に蹲って胃液を吐いた。

 そんな貴方の後頭部を、リカルトは容赦なく踏みつけた。

 

「クソガキが……おじさん優しいから今ので許してやるよ。そもそもなぁ、戦う気ねぇなら迷宮潜りなんかやめちまえってんだ、ボケ」

 

 次いで、貴方は文字通り足蹴にされた。

 先の不良冒険者と異なり貴方に対しては力加減がされていたようで、然程の痛みは無かった。けれど、銀細工の言葉はどうしようもなく心に突き刺さった。

 

 ぼやける視界の向こうで、暴虐の銀細工が歩き去っていく。

 圧倒的な強者だ。貴方にも彼ほどの力があれば、こんな思いをせずに済んだのかもしれない。

 存外、憎悪の感情はなかった。ただ羨ましいと思った。

 

 ぼんやりと、父の教えを思い出す。

 どんな最悪な状況でも、最善手を探し続ける。そうしたら一つくらい見つかるもので、あとはそこに賭ければいい……らしい。

 何であれ強者と接触できたのだ。父に言わせれば、ある意味これもチャンスなのではないだろうか。

 

 先の木札は、リカルトの名を知っていた。何かしら接点があったのだろう。彼等はリカルトの事を敬称で呼んでいた。その声音には一定の親しみと畏怖が見受けられた。

 仮に、リカルトが新人の世話を焼く類いの冒険者なら、自分もその輪に入れてもらえないものだろうか。

 最早、四の五の言っている場合ではない。

 

「あ? 何だお前、もし泣いたら殺すけど」

 

 貴方は立ち去るリカルトを呼び止め、手下に加えてもらうよう懇願した。

 自身の状況を説明した。自身の技能をアピールした。最後は哀れっぽく懇願した。

 惨めだった。けれど、野垂れ死によりマシだと思った。

 

「そうだなぁ。じゃあ、質問の答え次第で考えてやるよ。あんまりにも可哀想だからさ」

 

 ややあって、リカルトは懐から葉巻を取り出し、魔導着火機を使って火を点けた。

 葉巻も着火機も、並みの冒険者では手の届かない高級品である。吹きつけられる煙に堪え、貴方は質問を待った。

 やがて葉巻の灰が落ちたところで、リカルトが口を開いた。

 

「お前、どんな女が好みだ?」

 

 意外過ぎる問いに、貴方の思考は硬直してしまった。

 しかし、催促するようなリカルトの目は、悠長な返事を待ってくれない。貴方は必死に考えを巡らせた。

 

 女性の好みなど、考えた事もない。それ以前に、今の貴方はまだそういう感情も欲望も理解できていなかった。

 まず思い浮かんだのは貴方に強化魔法を教えてくれた魔術の師だが、彼女が貴方の好みかどうかは判然としなかった。

 だが、これ以上考えている時間はない。貴方は咄嗟に、「森人が好み」と答えた。

 

「あっそ、じゃあ無しで。せいぜい生き足掻けや」

 

 額に熱。放られた葉巻が貴方の顔に当たったのだ。

 今度こそリカルトは背を向けて歩き去ってしまった。

 

 また、何も得られなかった。

 この程度の傷で魔法薬など使えない。治療院に行こうにも、施術代が勿体ない。何も良い事がなかった。

 

 どうしようもないので、貴方は宿に戻った。

 怒りも、憎しみも、悲しみも、何も感じなかった。

 貴方は泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

 たった数日の冒険者生活だが、貴方にも王都でのルーティンというものが出来ていた。

 朝起きて、装備を纏い、宿を出てから屋台の飯を食う。朝食の麦粥を口に含んだ時、貴方は昨日負った怪我が治っていない事を自覚した。

 

 多分、今日死ぬだろう。

 貴方の心身は限界だった。目覚めているのに現実感が無く、太陽がやけに眩しかった。王都の喧噪が遠く感じる。

 ルーティンに従って動く。転移神殿の扉を潜り、治癒薬を買い、いつもの癖で掲示板を眺めた。

 

 すると、貴方は依頼掲示板の中に一風変わった依頼書を発見した。

 依頼主の名は、イシグロ・リキタカ。現役の銀細工持ち冒険者だ。依頼内容は対人戦の訓練で、なんと彼と戦うだけで金が貰えるというのである。

 

 何だそれは、意味が分からない。

 損得勘定を本能とする商家生まれの血が騒ぎ、狂気に侵されていた貴方の思考が明瞭になっていく。

 銀細工とは、数多存在する冒険者にあって上澄み中の上澄みである。当然、木札や鉄札とは隔絶した力を持っており、かつての戦争にあっては単騎で戦況を左右した一騎当千の英雄候補である。

 依頼内容は理解できる。しかし、銀細工であるイシグロが何故位階を問わずに訓練依頼を? 一体、彼に何の利益があるのだ? 依頼掲示板を前に、貴方の思考は混乱していた。

 

「お前、その依頼が気になるのか?」

 

 背後から声、そこには犬人族の男がいた。

 彼の胸には鋼鉄札の冒険者証が下げられており、使い込まれた装備からは歴戦の風格が見て取れる。

 

「安心できるかどうかは知らねぇが、その依頼にゃ裏も何もねぇよ。普通にボロいぜ」

 

 そう言い、男は「その代わり」と続けた。

 

「死ぬほど痛いぞ。根性あんなら、まぁ儲かる」

 

 ケヒャケヒャと、三下のように嗤った男は歩き去った。

 

 今一度、貴方は件の依頼書を読んだ。

 依頼内容に怪しいところはあれど、契約内容の中に此方に害を及ぼすものはない。あくまで訓練なので、殺しはないという。なんと迷宮ギルドのお墨付きだ。

 再度報酬の欄を見れば、やはり破格である。本当の本当に、イシグロ何某と模擬戦をするだけで下位迷宮踏破に匹敵する程の金額を得られるというのだ。

 怪しい依頼だが、得しかない。受けるべきだ。どのみち、貴方は今日死ぬつもりなのだ。

 貴方は、依頼書を手に取った。

 

「改めまして、イシグロ・リキタカと申します。イシグロが苗字で、リキタカが名前です。よろしくお願いします」

 

 一刻後、貴方は依頼主と対面し、早速とばかりに鍛錬場に転移した。

 件のイシグロ氏は、恰好から何から奇妙な男だった。使い込まれた革鎧に、質実剛健な造りの直剣。大腿には短杖を装備し、空いたスペースに短剣を複数本身に着けている。一見して銀細工持ち冒険者には見えない地味な出で立ちだが、目利きのある貴方にはそれら全ての武装が超が付く程の一級品である事が見て取れた。

 また、奇妙なのは当人だけではなかった。彼は五人の奴隷を連れていて、その全員が貴方より小さな異種族少女だったのである。あまつさえ、彼女達は主人のソレと同等の武装を身に着けており、あろうことか主人が装備していない深域武装まで持っている始末だった。

 あからさまに戦闘用奴隷である。しかし、なら何故こうも小さな少女の奴隷なのだろうか。竜族は分かるが、なぜ迷宮探索に不向きな淫魔族を?

 

「合意とみてよろしいですね? では。いつでもどうぞ」

 

 話は簡便に進み、貴方とイシグロは模擬戦を開始した。

 貴方は唯一の武器である小剣を両手で構えた。イシグロは腰の直剣を収納魔法に入れ、リンジュ土産のような木刀を手に取った。玩具みたいな見てくれの割に、その木刀もまた一級品だった。

 

 胸を借りるつもりで挑んだ貴方だったが、その結果は惨憺たるものだった。

 元より銀細工相手にまともな模擬戦が成立するとは思っていなかったが、それにしても酷い有様だった。対するイシグロは特段速く動いてみせた訳でも、力でゴリ押ししてきた訳でもなく、同じ土俵に立った上で完封してきたのである。この時、貴方は師匠より強い戦士がいる事を身体で思い知った。

 派手に吹っ飛び、受け身を取る。さながらヒトガタの魔物と戦っているような気分だった。直撃を食らわないよう必死に駆け回る貴方を、イシグロは冷淡な瞳で観察していた。

 

「なるほど、だいたい分かった」

 

 小さな呟き。視線と体裁きで誘導され、先回りされ、気付いた時には木刀を当てられた。

 強烈な痛み、貴方は死の確信を覚えた。受け身も取れずに倒れる貴方に、イシグロは短杖を向けて治癒魔法を飛ばしてきた。どうやら、まだ死ねないらしい。

 

「さぁ起きて。まだまだHPは残ってますよ。頑張れ頑張れできるできる」

 

 剣を杖に、貴方は膝をついた。体力には余裕があるのに、立ち上がるだけの気力がない。

 ふと、貴方はイシグロの目を見た。彼の瞳孔の奥底に、かつて邂逅したリカルトに似た淀みが見えた。

 やはり、この男も銀細工なのだ。

 

「主様? 相手は子供じゃし、もっとこう手心を加えるべきじゃないかのぅ?」

「いやいや、めっちゃしてるって。派手に吹っ飛んだけどダイジョブだ。それに痛くても動けないと迷宮じゃ生き残れないってそれ一番言われてるから」

「まぁ、一理あるわね……」

「しかし、あの方もよく持ちこたえましたね。連続で回避しているのに動きに衰えが見えませんでした」

「ん、実はミラみたいに最初から強いタイプ?」

「それは無いのじゃ。身体に流れておる氣は一般人並みじゃが……」

「どしたんスか? 話聞くッスよ」

「いや、な~んか違和感あるんじゃよなぁと。強くないのに妙に元気というか、うぅ~む」

 

 主人であるはずのイシグロは、自身の所有奴隷と妙に親しげに話していた。

 この世界において、奴隷とは人ではなく物である。その扱いこそ主人次第だが、多くは消耗品のように扱われるものだ。

 そんな身分の者にまで、貴方は心配されていた。どうしようもなく惨めだった。反骨精神によって、貴方は歯を食いしばって立ち上がった。

 

「ほら、やっぱガッツあるって。絶望の底から這いあがった数だけヒーローは魅力的になるんだよ」

「何の話をしているのですか? ご主人様」

 

 その後も、貴方は銀細工に挑み続けた。

 師に教わった戦闘術が全く通用しない。これまで戦ってきた魔物と異なりイシグロの動きは多彩に過ぎて、貴方は情けなく逃げ回る事しかできなかった。

 そんな貴方の姿を、イシグロは真っすぐ見据えていた。貴方から何かを学び取ろうとしているかのように。

 その時、感得した。イシグロの目の淀み――心には、純粋なる強さへの渇望が在るのだ。

 

 翻って、貴方自身はどうだろうか。

 毎日毎日、精神をすり減らして生きている。自我が曖昧になって、最近は人と話すのが億劫になった。常に負の感情が胸に渦巻いて、気に入らない人を殴りたくなる事もしばしばだ。

 王都に逃げて、魔物と戦い、夢破れたりと諦めている。元々、夢も信念も無かっただろうに。

 貴方こそ、一体何を求めているのだろうか。

 

「ん? どうしました?」

 

 訓練が終わり、転移神殿に帰る段となった頃。

 一か八か。貴方は、イシグロに向かって自分はこれからどうすればいいかを訊いてみた。

 迷宮でのことを話し、もう後が無い事まで吐露した。こんな事を言われても困らせてしまうだけだろう。気分を害されたと、リカルトの時のように殴られるかもしれない。

 だが、それでいい。今日死んでもいいと思っているのだ。故に、縋ったのである。

 

「……誠に申し訳ありませんが、“草薙の剣”は新人冒険者の支援を行う同盟ではありません。迷宮稼業の相談はギルドか大手の同盟にするのが適当かと存じます」

 

 事務的な返答だった。

 しかし、冷たいとは思わなかった。さっきまで怪物そのものに見えたイシグロの目には、先と一転して申し訳なさそうな色があった。他人事なのに、誠実だった。

 存外、銀細工も捨てたものではないと思った。

 

「ですが、戦法や成長方針に関する助言なら可能ですよ」

 

 信じるも信じないも自由。責任はとれない。報酬も要らない。ただ、恨まないでほしいと。そう、イシグロはクイクイと虚空に指を這わせつつ言った。

 曰く、イシグロには特別な観察力があるらしく、注意して見れば相手の得手不得手が分かるらしい。それで貴方にアドバイスできる、と。

 何でもいい。藁にも縋る思いで貴方は助言を乞うた。

 

「え~っと? なになに……」

 

 貴方の前で、イシグロは虚空に指を押したり引いたりしていた。観察されている、読まれている? まるで、父が若輩の行商人を見ているかのような視線。

 黙って観察される貴方の前、イシグロは眼を見開いた。そして、にちゃりと汚い笑みを浮かべて、言った。

 

「……実に面白い」

 

 何が面白いのだろうか。

 そう思っていると、イシグロは先ほどより幾分上機嫌そうに続けた。

 

「見たところ、貴方には無限に近い体力があるようなので、それを活かした戦法をすべきだと思いますね。これを捨てるなんてとんでもない……」

 

 と、言われてもって感じだった。

 それは知っている。生まれてこの方、貴方はどれだけ動き回っても疲弊した経験がないのだ。実際、師にも指摘されて、逃げ足を鍛えろと言われたものである。

 仮に、貴方にイシグロのような収納魔法があれば、馬要らずで走り続ける行商人でもやっていただろう。

 そう返す前に、イシグロは言葉を継いだ。

 

「幕末志士戦法は有用ですが、それだけじゃあちょっと勿体ない。無限の体力にはもっと良い使い方がありますよ。例えば……ちょっと見ててください」

 

 なんて言いつつ、イシグロは収納魔法からおもむろに槍を取り出して、その場で真上に穂先を突き出しながら垂直跳躍してみせた。次いで、急速落下したイシグロは地面に槍を突き刺した。

 上に跳んで、下に突き刺す。やけに洗練された動きだ。イシグロは槍術まで銀細工級なのか。

 

「今のは【跳躍槍撃】という技で、ジャンプ時にスタミナを消費して発動する能動的技能(アクティブスキル)となります。垂直方向だけじゃなく斜め上にも跳べるし、何より跳躍途中でキャンセルが出来るから立ち回り性能は高いんですけど、如何せん発動時のスタミナ消費がクッソ激しくて通常運用には不向きなんですよね。それに槍出しモーションに入ったらキャンセルが効かなくなるから対人戦だと隙がデカ過ぎて見てから対空余裕されること請け合いで。だから俺は全く育ててないんだけど、無限の体力がある君なら使用時のリソースを踏み倒せるから気軽に立ち回り運用できる。しかもこれ空中発動もできるからジャンプキャンセルからのジャンプの連続でスタミナの続く限り疑似的な飛行ができるんだよな。いや普通に変態挙動だよ。あとこれ、検証した感じ落下距離に比例して攻撃力が上がるらしいから限界まで上昇して攻撃当てれば相当なロマン火力が出るんだよ、まぁお世辞にも使い勝手の良い技能じゃないけど、君なら使いこなせるかなって」

 

 え? 何だって?

 早口だった。貴方はイシグロの発言の意味を咀嚼するのにそれなりの時間を要した。ところどころ分からない部分もあったが、要は貴方向けの技である……らしい。

 

「ランサー系なら【突撃疾走】とか【飛び込み突き】とかもスタミナ消費技だから、君なら実質無料でお得だよね。他にもソードダンサーの【クイックステップ】とか、武闘家系の【魔道呼吸】とかあるし、ジョブ次第でかなりの無法がまかり通っちゃうのよな。いやマジで面白いな。ガチビルド組むなら武闘家と軽剣士通ってランサー育成かな? あぁでも強化魔法も使えるらしいからそっち捨てるのは流石に勿体ないオバケが出る。う~ん……」

 

 何だか知らないが、一人で盛り上がっているイシグロは楽しそうだ。

 視界の隅で、矮躯の奴隷達がやれやれといった表情を浮かべている。主人がああなるのは日常茶飯事なのかもしれない。

 

「あと、事前に動きの練習もしておくべきかな。君、走りと受け身は上手だけど、攻撃動作と回避動作が噛み合ってないんだよな。今まで戦ってきた魔物の動きを思い出しながら、上手くいった時の動きを反復練習するといいんじゃない?」

 

 かと思えば、純粋な鍛錬不足を指摘された。

 言われずとも分かっているが、貴方にはその余裕がないのだ。反射的にそう言い返そうとした時、いや、本当にそうだろうかと思い止まった。

 少なくとも、今回得られる報酬があれば数日分の金銭的余裕を得る事ができる。その時間で何かしら鍛錬をできないものだろうか。もしくは、ギルド専属の教導官(ドクトレ)に武器の扱いを習うとか。

 そのように考え始めると、今の貴方には無数の選択肢がある事に思い至った。最善手が多すぎて、いっそ迷ってしまうほどに。

 

「ついでに強化魔法の使い方も工夫しようか。君は攻撃時と回避時にそれぞれ強化項目を切り替えてるっぽいけど、現状の練度ならいっそ削っちゃった方がいいんじゃねって。実際、小剣で膂力にバフ入れても大してDPS上がらないからさ。膂力強化が活かせるのは斧や大剣とかだし、火力面を考えたら君に小剣は合ってないよ。まぁ立ち回り自体は強いけど、それだけじゃボス倒せないから」

 

 続くイシグロの言葉に、貴方は愕然とした。

 小剣での攻撃時に膂力を引き上げても意味がないのか。言われてみて、気付く。確かに、攻撃する時に力を強化しても小剣の速度が僅かに上がるだけで、最終的に魔物への攻撃回数に差はなかったように思える。

 なら、強化魔法はどのように使えばいいのだろう。イシグロを見る。彼は聞けば答えてくれる。しかも、喜んで。貴方は遠慮なく質問を続けた。

 

「とりま敏捷特化でいいんじゃないかな。あとスピードアップは回避じゃなく攻撃時に使うのがお勧め。こっちの攻撃も当たらなければどうともならないから。可能なら各種感知力も強化したいところだけど、そのへんはオイオイネーって感じか。通常スピードとトップスピードで緩急つけたら純粋な立ち回り強化にもなるし、使いこなせば対人戦でも魔物戦でも相当アドになる。最終的には一速二速みたいに段階的な敏捷強化が出来るようになれたら良いな。うんうん、やっぱ強化魔法捨てるのは勿体ないよ」

 

 その後も、イシグロはやけに熱心にアドバイスをしてくれた。

 最初は対人戦の訓練だったのに、いつの間にか貴方への指導になっていた。終いには他の奴隷も参加して、貴方の選択の幅は広がっていった。

 しかし、これは受け取り過ぎな気がする。無料で受けていい助言ではない。

 

「まぁ気にすんなッス。ご主人、こういう人なんで」

 

 貴方の思考を察したか、淫魔の奴隷はそう言った。

 銀細工は変人ばかりらしい。きっとイシグロもそうなのだろう。

 けど、変なだけではなかった。

 

 王都に来て初めて、貴方は良い思い出を作る事ができた。

 

 

 

 鍛錬場を出ると、もうすぐ夕方といった頃合いになっていた。

 転移神殿の入り口で、貴方はイシグロに礼を言ってから別れた。彼等はこのまま帰るらしい。貴方は報酬をもらうべく受付へ向かった。

 

「お、お前ずいぶんと長い間鍛錬場にいたようだが、大丈夫だったか……?」

 

 何を心配されているか分からないが、貴方は五体満足である。受付おじさんには、鍛錬場でイシグロの指導を受けた事を話した。

 話を聞いた受付おじさんは、心底気持ちよさそうな顔で顎を摩った。

 

「へっ、そういう事かよ……」

 

 中年男性、謎のしたり顔である。何か知っているのだろうか。

 知りたい気持ちもあったが、貴方は何も訊かずに転移神殿を出た。

 これから貴方は買い物をするのだ。

 

「いらっしゃい……おっ、あん時の坊主! 生きてやがったか!」

 

 貴方が訪れたのは、今も腰にある小剣を買った武器屋である。

 用件を訊いてきたドワーフ店主に、貴方は新しい武器を買いにきたと答えた。

 

「他の剣か? 確かにそろそろ壊れちまいそうだが、今うちにソイツより良い小剣はねぇぞ?」

 

 問題ない。貴方は小剣を買い替えに来た訳ではないのだ。

 武器屋には様々な武器が置いてある。イシグロに勧められた武器の中から、貴方は身の丈に合った物を見繕った。

 そこから財布と相談し、一番合うのを買おうというのだ。

 

 一つ目の候補は、槍である。

 イシグロが言うところによると、槍を極めると疾走や跳躍を得手とする特殊な槍使いに成れるそうだ。

 貴方の身長を優に超えるほど長い槍に、貴方と同じくらいの長さの槍。リンジュ式やらクーシェン式やら、細かいところで槍にも色々あるようだ。

 

 二つ目は、曲剣だ。

 イシグロの所有奴隷である獣系魔族によると、無限の体力を有する貴方には激しく動き回る獣人剣術の適性があるらしい。

 これも槍同様にメジャーな武器らしく、武器屋にはクーシェン風のやつやグウィネス意匠のモノ等たくさん置いてあった。

 

 最後に、格闘武器。

 此方は強化魔法の運用に向いているそうで、しかし即戦力には成り難いという。とにかく鍛錬の時間がモノを言うらしい。

 ちょうどラリス式の拳鍔(ナックルダスター)を発見したが、貴方にはこんな指輪みたいな武器で魔物を殺せるイメージが持てなかった。流石にこれは無いか。

 

 良さげな武器を並べてみて、貴方は迷ってしまった。

 それぞれ手に取って、魔物と戦う光景を思い浮かべてみる。

 

 槍のリーチは魅力的だ。しかし、今の貴方に使いこなせるだろうか。

 曲剣は使いやすそうだが、獣人剣術の習得には時間がかかるらしい。

 格闘武器の中には旋棍といった武器もあったが、これでどう戦えばいいか分からなかった。やっぱ無いな。

 

「なんだ坊主、えらく楽しそうじゃあねぇか。あぁ構わんぜ。命預ける武器は吟味に吟味を重ねて納得できるモンを見つけるべきだ」

 

 言われて、気付く。

 こうして使用武器を悩んでいる時間は、意外と楽しいという事に。

 貴方は上向きになった口角を自覚した。

 

 ややあって、貴方は小剣に代わる新たな武器を手に取った。

 計算ではなく、直感で。




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