【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が原動力でございます。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かっています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称、貴方視点です。
 よろしくお願いします。


伝説への序曲(承)

 イシグロの指導を受けた二日後、貴方は一人で鍛錬場にやってきた。

 以前は闘技場風の場所に連れてこられた訳だが、今回貴方が選んだ鍛錬場は澄んだ青空の広がる草原だった。

 利用目的はもちろん鍛錬である。此処を木札は格安で借りる事ができるので、王都の運動公園を利用するよりこっちを使う方が安上がりなのだ。

 

 それにしても、人工異境とは思えぬ精巧さである。暫し無風の草原を見渡していた貴方は、時間制限がある事を思い出して肩に掛けていた棒状の物体を手に取った。

 それは、貴方の身の丈ほどもある長さの槍だった。柄はアルヴ産の木製で、穂先には精錬された鋼が鈍い光りを湛えている。

 この槍は小剣を質に入れ、且つ大枚叩いて購入した逸品である。本当はもっと長い槍が欲しかったのだが、今の貴方の身体ではこの長さの槍が限界だった。

 

 一昨日はイシグロの指導を受け、昨日はギルド所属の教導官(ドクトレ)からラリスの伝統槍術を習った。平坦な場所に移動した貴方は、二人の指導を思い出しながら基本の型をなぞった。

 やはり、槍と小剣では扱い方が全く異なる。重心が先端に偏っているので、勢いを乗せて大きく振り回すと容易く姿勢が崩れてしまい、下手に突き出すとすっぽ抜けそうになる。貴方は柄を握る手の位置を意識して、まず重心に慣れる事から始めた。

 ひと通りの型稽古を終えたところで、貴方は石突を地面につけた。例によって、重い槍を振り回したはずの貴方に疲労の色はなかった。これなら休みなく鍛錬を続けられるだろう。

 

 イシグロ曰く、貴方は小剣よりも槍に向いているらしい。というより、槍で扱える技能(スキル)とやらに適性があるらしいのだ。

 基本の構えを取りつつ、貴方は昨日見たイシグロの槍捌きを思い浮かべた。イシグロが言うところの能動的技能――貴方には何かしらの武術流派の奥義に見えた――を再現しようというのだ。

 一昨日の指導にて、貴方が最初に見せられたのは【跳躍槍撃】なる不可思議な槍技だった。上方への刺突と同時に跳躍し、次いで鋭角的な軌道で下方に落下攻撃を行う技だ。見様見真似で試してみたが、跳躍中に姿勢を変えられず普通にジャンプしただけで終わってしまった。何度か挑戦してみたが、全く以て手応えがない。

 続いて、【飛び込み突き】をやってみる。槍を片手で持ち、前方に跳躍し身を投げ出すように刺突する。覚悟を決めて思い切りやってみたが、刺突の際に槍の重さに引っ張られて貴方は着地に失敗してしまった。数度挑戦してみて動き自体は真似できたが、イシグロがやってみせた技とは何かが異なっていた。

 その後も、貴方は見様見真似で槍の技能を模倣し続けた。

 

 剣も、槍も、クーシェン拳法に至るまで、イシグロ・リキタカは技の宝庫だった。

 高速で左右にステップする【猟犬跳歩】。槍を構えて駆ける【突撃疾走】。石突を地面に叩きつけて加速する【猫跳び】。これらも先の技能同様それっぽく真似してみたが、いまいちピンと来なかった。ただただそういう風に動けただけで、技として成立していないように思えた。

 見せられたのだ、学ばねば。どれ一つ取っても、おいそれと他人に伝授して良い技ではないだろう。

 イシグロが言っていたように、今の貴方には魔物を屠るに肝要な決め手は無い。そこで、貴方は伝授された技の中で唯一の攻撃技である【飛び込み突き】の模倣に集中する事にした。

 

 勢いよく前方に跳んで、身体全体を使うようにして槍を突き出す。助言はない、なら繰り返すしかない。普通なら数回で疲れるだろうこの動作を、貴方は体力任せに反復し続けた。

 跳んで、突く。跳んで、突く。貴方は【飛び込み突き】で鍛錬場の草原を移動していた。足裏が痛い。握る手の皮が擦り剝けている。だが、魔物に噛まれるよりはマシだったので、貴方はそれらを雑念と断じて強いて無視した。

 

 槍技の模倣が都合一〇〇回を超えて久しい頃、突如として貴方の背骨に謎の閃きが過った気がした。

 無根拠に、次は成功するという確信。腰を低くし、地を踏みしめる。一歩、前に跳ぶ。地面が抉れ、異境の草が舞い上がった。全身全霊を籠めて槍を前に突き出す。気のせいか、穂先が光って見えた。

 なるほど、今のが【飛び込み突き】か。石突を地に立ち止まった貴方は、胸に染みるような達成感を味わった。そして、嬉しくなった貴方は年齢相応にはしゃいで【飛び込み突き】を連発した。

 

 貴方は技能の習得に熱中した。

 繰り返せば成果が出るのだ。練習しただけ得をするとなれば、若干効率厨なトコのある貴方は無我夢中で技能の習得に勤しむ事となった。

 やがて、貴方は【飛び込み突き】に続いて【猟犬跳歩】を習得した。これは槍を構えながら左右に高速ステップを踏む技で、背中を見せる事なく移動できるのだ。

 ふと、ここで貴方はオリジナリティ溢れる超カッコいい必殺技を思いついた。【猟犬跳歩】から【飛び込み突き】をすれば、なんかいい感じの技に昇華するんじゃないか?

 

 実際にやってみた。稲妻の軌道で左右に動き、グッと飛び込んで全力刺突。中々スタイリッシュだ。

 イシグロの言っていた通り、先の技能は確かに体力の消耗が激しい動きだったが、貴方にとっては鼻息一つでお釣りが出る程度の消耗に過ぎなかった。生まれてこの方、貴方は疲れた覚えがないのである。

 次だ。貴方は魔物との戦いで如何にして今の動きを利用するか考え、想像しながら反復した。

 

 なんて夢中で鍛錬していると、鍛錬場にある転移水晶が警告音を発した。時間制限だ。このまま此処に居続けると、貴方は帰還できずに死んでしまう。

 まだまだ体力は残っている。けれど気づけば空腹だった。名残惜しいが、貴方は神殿に戻る事にした。

 

 転移神殿に戻ると、外はすっかり夜になっていた。

 空腹だが、疲れていない。このまま宿に帰ろうと思った時、貴方の頭に商家生まれとしての勿体ない思考が過った。疲れてないのに休むなど、時間が勿体ないではないか。

 無自覚にハイになっていた貴方は、ギルドの職員に夜間の鍛錬場の使用を申請した。すると、その場合は例え木札でも高額な利用料金が取られてしまうらしい。それはそれでお金が勿体ない。

 しかし、動けるのに動かないのは時間を無駄にしている気がする。どうしようかと思った時、貴方は閃いた。

 そうだ、迷宮に行こう。夕食を摂った貴方は、何食わぬ顔で迷宮に潜った。

 

 迷宮に入った貴方は、帰還水晶の近くで技能の習得に励んだ。

 練習しているのは、【猫跳び】である。これは槍の石突を使って加速するという技能で、【猟犬跳歩】と同じ移動技だ。普通に足で踏み込んだ方が速い気もするが、当のイシグロはこれを使って急発進急加速してみせたのである。応用として壁や人に【猫跳び】を使って立ち回る事もできるとくれば、是非とも習得したいと思える技能だった。

 練習中、遠くから獣の唸り声が聞こえてきた。魔物が近づいてきている。なので、貴方は大人しく帰った。

 

 転移神殿に戻ったら外はまだ夜だったので、貴方は迷宮に潜り直した。転移の直前、ドン引き顔のギルド職員と目が合った。

 再度潜った迷宮で、貴方は壁面を使って【猫跳び】の練習をした。結果、貴方は件の能動的技能を習得した。

 ジグザグに動く【猟犬跳歩】と、床か壁があれば加速できる【猫跳び】。【飛び込み突き】を合わせたら、約一日で三種の能動的技能を身につけた訳である。相当な儲けと言えよう、貴方はホクホク顔だった。

 

 そうして戻ったら朝になっていたので、貴方は木札価格で鍛錬場を借りた。

 二日目の鍛錬場では、強化魔法の鍛錬を行った。魔術の師の教えを思い出しつつ、イシグロにお勧めされた敏捷性の強化に勤める。

 槍を持った上で、魔法込みの走力を鍛える。オンとオフ。加速と減速。強化状態での攻撃動作を練習したり、同じく【猟犬跳歩】からの【猫跳び】を同時使用した【飛び込み突き】コンボを連発したりした。

 三種の技能を連発すると流石の貴方も身体が怠くなったが、息を吸って吐いたら元に戻った。なるほど、これが“疲労感”というやつかといった感じ。

 疲労からの回復が気持ち良くて、貴方は何度も強化と技能をぶん回した。貴方は徹夜テンションになっていた。

 

 時間制限が来て転移神殿に戻ると、例によって夜になっていた。最近、やけに一日が早い。流石に眠くなってきたので、貴方は宿で寝るべく帰路を歩いた。

 頭がボーッとする。魔力枯渇かもしれない。あるいは寝不足なのか。体力はあるのに、心と頭が疲れている。

 そうやってぼんやり歩いていると、貴方の視界に清潔な身なりの家族連れが入ってきた。風呂上りなのか、その肌は上気していた。

 

 思えば、王都に来てからというもの貴方は一度も風呂に入っていない。せいぜい宿で湯を貰って身体を拭う程度だった。

 その事に気付いた貴方は、無性に自身の体臭が気になってきた。防具が臭い。控えめに言って不潔だ。こんな身なりじゃマトモな交渉など出来ようものか。

 幸い、財布には余裕がある。貴方は家族連れが来た道を辿って銭湯を探した。

 

 ややもあり、貴方は小さな共同浴場を発見した。

 入浴料を払って更衣室に入ると、冒険者向けなのか防具を洗ってくれるサービスがあったので、料金を払ってお願いする事にした。すると、クッソ汚かった防具は【清潔】一発で一気に綺麗になって、暫し貴方は呆然とした。自分もその魔法を使いたかったが、魔術の師から貴方に強化魔法以外の適性は無いと言われた事を思い出した。

 

 そう広くも無い浴場は薄暗かった。やけに音が反響している。貴方は筋肉質な男達とぶつからないように歩き、湯に浸かる前に石鹸を使って身体を洗った。

 浴槽の隅に浸かった瞬間、貴方の喉奥から中年男性のような呻き声が漏れた。疲れ……いや、迷宮で吸い込んできた毒が溶けていくかのようだ。

 貴方の実家にも風呂はあったが、入浴に際してこれほどの心地よさを覚えた事はなかった。

 

「あっっっつぅ……! ふぁあ~、ここの蒸し風呂マジでやべーぜ!」

「水! 水! 早く水を飲まないと死ぬぜ!」

「その前に冷てぇ水を浴びるんだぜ! その後に寝っ転がるんだぜ!」

「「「整うんだぜ!」」」

 

 声のした方を向くと、浴場の隅にある扉から出てきた三人組が頭から液体を被っている光景が見えた。ずいぶんと楽しそうだ。

 看板を見るに、あの小さな部屋は蒸し風呂らしい。ドワーフ式と書いてあったが、貴方は蒸し風呂に入った事がなかったので何が何やらだった。

 せっかくなので、貴方は三人組と入れ違いに蒸し風呂に入ってみた。

 

 蒸し風呂の中は異常なまでに暑かった。鼻から入る蒸気が火のようで、迷宮とは別の息苦しさがあった。

 中に貴方以外の利用者はいない。よく分からないが、貴方は隅っこに座った。

 

 さて、蒸し風呂ではこれから何を楽しむのだろうか。

 暑い、いや熱い。いやこれ普通に拷問では? 貴方は額にかかる汗を拭った。何故あの男達はああも楽しそうだったのか。苦しいだけではないか?

 

「おい、お~い。お前、大丈夫か? 死んでねぇだろうな? 蒸し風呂で死なれたらこっちが迷惑なんだけど」

 

 ボーッとしていると、いつの間にか貴方の眼前に鬼人の青年がいた。

 どうやら死ぬんじゃないかと思われたらしい。実際に死にそうだったので、貴方は礼を言った。鬼人はラフィと名乗った。同業者らしく、その身体は鋼のように逞しかった。

 蒸し風呂の外に出ると、貴方は何とも言えない解放感を覚えた。

 

「とりま出たら水被るんだよ。こうやってな」

 

 同じく蒸し風呂を出た鬼人青年ラフィは、桶にすくった水を被ってみせた。

 思い切って貴方も水を被ってみれば、ぶわっと毛穴が開いて筋肉が縮む感覚がした。やがて身体の奥底からじんわりと熱を感じる。気持ちいいのだろうか、よく分からない感覚だった。

 

「デカい銭湯には水風呂があったりしてな、蒸し風呂の後はそこに飛び込むのが本場のドワーフ式なんだが……まぁラリス人はあんまやらんみたいだな」

 

 なんて、鬼人青年は笑っていた。どうやら彼はこれを繰り返すつもりらしいが、貴方はもう出る事にした。

 再度浴槽で汗を流した貴方は、受付に戻って冷えた茶を飲んだ。久々の水分が身に染みるようだった。

 

 身も心も綺麗になった貴方は、宿に向かって夜の王都を歩いた。

 途中、金細工の眼帯森人がやっていた屋台で鳥肉の串焼きを買い食いした。あまりにも美味かったので、ついつい他の串焼きも注文して食べた。肉に絡んだタレはリンジュ共和国発祥の調味料らしく、新鮮な味に魅了された貴方は計八本も食べてしまった。

 

 馴染みの安宿に帰った貴方は、部屋に着くなり横になった。

 明日、迷宮を潜ろう。生まれて初めて、前向きな気持ちで迷宮探索を決意した。

 

 程なくして、貴方は深い深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、貴方はスッキリと目覚める事ができた。

 意識が明瞭だ。身体も重くない。起床と同時に腹が減って、全身に気力が湧き上がっていた。

 身だしなみを整え、装備を身に纏い、立て掛けていた槍を手に取る。宿を出た貴方は、転移神殿へ向かった。

 

 転移石板の前で、貴方は深呼吸した。

 もう一度、風呂に入って焼き鳥を食ってやる。酒の味も分からぬまま、死んでたまるか。

 貴方は迷宮に挑んだ。

 

 

 

 相も変わらず息苦しい迷宮に潜った貴方は、槍で壁の間隔を確かめながら洞窟のような通路を歩いた。

 忍び足で魔物の群れを避けて進み、やがて遠くに単独で歩く魔物を発見した。

 何度も狩った事がある、異様に太った雄鹿型の魔物である。

 

 件の雄鹿は貴方に背中を見せている。力は強いが鈍いのだ。隙だらけ、貴方は槍をしごいて敏捷性を強化し、魔物目掛けて突貫した。

 鹿が振り向く。角の間合いは分かっている。勢いそのまま、貴方は雄鹿型の魔物に【飛び込み突き】をぶちかました。

 会心の一撃(クリティカル)。振り回される反撃の角を、貴方は後方への【猟犬跳歩】で回避。怒った鹿が蹄で地を掻き追撃せんとした瞬間、【猫跳び】で接近し【飛び込み突き】を入れる。

 二連続の会心攻撃。けれども鹿はまだ生きている。蹄の攻撃を慎重に避け、通り過ぎざま斬りつけ後退。槍を構え直した貴方の前で、太った雄鹿は倒れて粒子に還っていった。

 その場に、小さな角を残して。

 

 穂先を巡らせ、周囲を警戒する。

 あっさりと勝ってしまった。魔力の消耗はごく僅か。治癒薬も残っている。

 この戦い方はいけるぞ。貴方は鍛錬の成果に手応えを覚えた。

 

 それから、貴方は迷宮を探索して狩りを続けた。

 二体以上の魔物は見つけ次第逃走し、単独の獣を狙って狩る。戦いの最中に他の魔物が乱入してきた時は一匹ずつ逃げながら仕留めた。

 狩りは順調だった。今日だけで何日分の稼ぎになっただろうか。貴方には収納魔法がないので、持ち帰られる限界まで続ける予定だった。

 

 そうして次の魔物を殺した瞬間、貴方の背筋に嫌な予感が迸った。

 薄暗い広場に、うっそりと現れる二足歩行の野犬……いや、大狼だ。

 以前、図鑑で見た事がある。この迷宮に出る魔物の中で、主を除いて最も強い魔物である。

 タイマンとはいえ、やれるだろうか。いや、やるしかない。どのみち逃げても追いつかれる。貴方は指導官に教わった構えを取った。

 

 何の合図もなく、戦いが始まる。

 命と心の消耗戦だった。縦横無尽に駆ける貴方に対し、果敢に突撃してくる狼。槍と爪が火花を散らし、すんでのところで牙を避けるも浅い傷が増え続ける。

 未だ体力に問題はないが、貴方の心は徐々に追い詰められていった。何度突いても何度斬っても眼前の狼は怯まない。あとどれだけ戦えばいいのだ。

 

 巨体が迫る。貴方は反射的に敏捷を強化して回避し、その背を壁にぶつけてしまった。初心者丸出しの凡ミスだ。

 動きを止めた貴方目掛け、獰猛な大狼が突進してくる。左右に避けるスペースがない。 カウンターを入れるか? いや、相打ちになってしまう。ジャンプして避けようにも、巨大な狼を跳び越えられるとは思えない。

 どうする? どうすればいい? その時、窮地に立った貴方の脳裏に過去の情景が思い浮かんだ。

 

 ――【跳躍槍撃】。

 

 貴方はその場で強く踏み込んで、垂直方向に槍を突き出し跳躍した。狼が壁に激突する。転瞬、洞窟の天井に石突を押し当て【猫跳び】を発動。荒ぶる視界の中、貴方は全身全霊の力を籠め、獲物を見失った狼の脳天に槍を突き刺した。

 

 頭蓋を抉る。肉を貫いた。会心の一撃(クリティカル)である。

 地に足をつけた貴方は即座に退いた。槍を向けた方、狼は青白い粒子に還っていった。そこに、絨毯のように毛皮が落ちていた。

 どうやら、貴方は生き残ったらしい。

 

 緊張の糸が緩んで、貴方は腹の底から大量の息を吐き出した。

 肺が痛い。心臓が悲鳴を上げている。冷や汗が背筋を流れていった。危うく、死ぬところだった。

 

 息を整えた貴方は、狼が落とした聖遺物を見た。

 大きな毛皮だ。モフモフしている。これを持って主に挑む事はできないだろう。

 ようやく、貴方は凱旋できる。

 

 我知らず、貴方の口角は上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 その日から、貴方は迷宮の攻略を開始した。

 生活費を稼ぐ為の狩りではなく、踏破の為の探索。小さな聖遺物は袋に入れて携帯し、持ち運びが難しい聖遺物が出た時は潔く帰還する。

 少しずつ、貴方の財布が潤ってきた。

 

 資金に余裕ができると、以前のように毎日迷宮に行かなくなった。

 休日は鍛錬場に籠って鍛錬するか、教導官に槍の稽古をつけてもらう。

 夕食前は銭湯で汗を洗い流し、蒸し風呂で体の淀みを出しきる。

 そうやって身も心も綺麗にした翌日に、迷宮へと挑むのだ。

 

 充分に英気を養った翌日、鎧姿が板についてきた貴方はその日も転移神殿の扉を潜った。

 粗野な笑い声が響いている。煙草の匂いにはもう慣れた。早朝から喧嘩を始めた冒険者を横目に、貴方は目当ての転移石碑へ向かった。

 

「あれ? 君は確か……」

 

 途中、貴方はイシグロと遭遇した。

 神殿内で見かける事は何度かあったが、ばったり会うのは模擬戦以来である。貴方は幼少の頃から仕込まれた礼儀作法で挨拶すると、イシグロも同じように返礼してきた。強さの割に腰の低い男だった。

 珍しく、イシグロは一人だった。いつもの防具を身に着けておらず、普段着のベルトに剣を下げているだけ。どうやら彼は何かの手続きが終わるのを待っているようだった。

 ともかく、これはチャンスである。強者との友好関係を深めるべく、貴方は商人流の話術で以てイシグロと世間話を始めた。

 

「なるほど、あの迷宮を攻略中なんですね」

 

 イシグロが好む話題を探りつつ迷宮の話をすると、彼はおもむろに収納魔法へ手を突っ込んだ。

 それから、イシグロは貴方の手に何かを握らせた。

 

「なら、これ差し上げますよ。適当に使ってやってください」

 

 それは小瓶に入った液体だった。匂いを嗅ぐと、強い酒を彷彿とさせるツンとした刺激臭が貴方の鼻孔を貫いた。

 イシグロ曰く、これは武器用に調整された発火油との事で、刃に塗り付けて武器に炎を纏わせる事ができるらしい。

 

「いや、いいですよ。これ、ずっと前に買ってからこっち収納魔法に放置してたやつなんで。炎エンチャの魔法覚えてからその手のアイテム使わなくなってたのもあったり」

 

 無料より怖い物はない。貴方は「受け取れない」と言って返そうとしたが、イシグロは頑として受け取らなかった。

 

「じゃあ、もし今日の探索で深域武装が出たら一回俺に見せて下さい。有用なやつだったら相場より高く買い取りますよ」

 

 深域武装とは、迷宮の主が落とす中でも一等希少な聖遺物の事である。まさか、貴方が入手できる訳もない。

 イシグロらしい落としどころだ。貴方は不承不承従った。

 

「健闘祈ってますよ。アンバサ~」

 

 言って、イシグロは去って行った。

 貴方は発火油を取り出しやすい道具入れに収納し、今度こそ転移石碑に向かった。

 今日こそ踏破してやるのだ。

 

 

 

 結論から言うと、貴方は迷宮の踏破に成功した。

 

 主は“三頭猛犬”だった。三頭猛犬は熊ほどある大きさの三つ首狗で、屈強な冒険者を金属鎧ごと噛み砕くほど顎を持つ魔物である。

 そんな魔物を相手に、貴方はボス部屋狭しと駆け回り、奴が疲れたところに槍を入れるなどして立ち回った。

 これにもイシグロに伝授された槍の技能が役立った。【猟犬跳歩】で三つ首を混乱させ、隙を見て【飛び込み突き】で攻撃し、【猫跳び】で距離を取る。

 決め手は発火油だった。炎を纏わせた槍で片側の目を焼いて、見えてない方の首を集中して攻撃し、やがて迷宮の主は青白い粒子に還っていったのである。

 

 主を殺した貴方は、次の瞬間えも言われぬ快感を覚えた。

 聞いた事のある話だ。迷宮の主を屠った事で、貴方は肉体と魂の位階が上がったのだ。この快感はその証拠である。

 実際、少し槍が軽くなった。足が速くなった気もする。貴方は強くなった事を自覚した。

 

 さて聖遺物は何処だと見渡してみたら、なんと三頭猛犬は通常の聖遺物を落とさず、謎の物体――深域武装らしき聖遺物を落としていた。

 もしや大儲けのチャンスかと目を輝かせた貴方だったが、持って帰ってギルドに査定してもらったところ、それはとんでもないハズレ深域武装だった事が判明したのである。

 そして、約束通りイシグロに見せたところ……。

 

「これは要らないなぁ……」

 

 と、言われてしまった。

 ひとまず性能の検証をしようとなって鍛錬場に来た訳だが、ギルドの見立て通り貴方が入手した深域武装はイシグロから見てもクソ武器で、呆気なく買取拒否されてしまった。

 同じく鍛錬場に来ていた少女奴隷達も変な顔をしている。何なら貴方も微妙な顔をしていた。それというのも、貴方が入手した深域武装は、性能が悪いだけでなく驚くほど見てくれの悪い武器だったからだ。

 

「にしてもすっげぇキモいデザインッスね! こんなん使ってる奴いたら笑っちゃう自信あるッス!」

「ん、魔法触媒にならないあたり素直にゴミ」

「ボクも同意します。それにコレを使っているところを見られたら死霊術師と勘違いされてしまうかもしれないので、所持すること自体が危険かと」

「いやもう見るからに禁忌の呪物じゃからのぅ。せめて獣の骨であれば恰好もつくんじゃろうが……」

 

 それは、大槌に分類されるであろうサイズのウォーハンマーだった。

 ただのウォーハンマーだったら良かったのに、槌の頭部分は巨大な人間の頭蓋骨になっていて、柄そのものも骨っぽかった。しかも僅かに発光していて、影の中だと白さが際立つ。

 

 加えて言うとこのスカルハンマーは握るだけで使用者の魔力を吸うらしく、攻撃すべく振りかぶったら頭蓋骨部分の目や口や鼻や耳の孔から青白い魔力光が吹き出るのだ。

 最もダメなところは肝腎要の異層権能で、スカルハンマーの権能は動物の鳴き声を再現するというものだった。あまつさえ鳴き声を発する時は歯並びの良い顎をカクカクさせるという間抜けっぷり。

 きっと有用な効果があるに違いないと何度も検証した結果、本当に鳴き声を出すだけであり、せいぜい魔力を籠めた分だけ大きな音が出る程度だった。これじゃあ警笛以下である。

 

「物理攻撃力に魔力値を参照するのは面白いけど、持ってるだけで使用者のMPを吸うのは頂けないな。権能もウンチョス・オブ・ジ・エンドだし、当の補正倍率も微妙だし……。エリーゼこれ使ってみる?」

「嫌よ……」

 

 主人に勧められると、銀髪の竜族少女はぷいっと顔を背けた。使いたくないらしい。

 確かに、例え貴方がスカルハンマーに適性のある戦士だったとしても、こいつを振り回したいとは思わないだろう。人としての品性を疑われる。

 

「まぁ普通に売却すればいいんじゃないでしょうか。こんなカスレア武器でもギルドは買い取ってくれるので」

 

 結局、そのようにさせてもらう事にした。

 借りは返せないが、イシグロ的には本当に冗談のつもりだったらしく貴方が律儀に深域武装を見せてくるとは思ってなかったようである。

 

 少なくとも、下位迷宮の聖遺物よりは良い稼ぎになる。

 兼ねてから考えていた計画を前倒しにしよう。

 貴方は冒険者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 月日が過ぎて、貴方は行きつけの武器屋に来ていた。

 店主経由で頼んでおいた新装備が届いたのである。

 

「おう、一端の冒険者らしくなったじゃねぇか」

 

 店主の言った通り、今の貴方の装備はかつてとは様変わりしていた。

 全身、獣革製の鎧である。動きやすいブーツは貴方の踏み込みに耐える構造をしており、両手には獣の骨で組んだ籠手が嵌められている。腰には道具入れを吊るすベルトがあり、両肩に狼の戦利品である毛皮のマントを掛けている。

 それに槍を加えた姿が今の貴方の完全装備だった。

 

 この装備は、迷宮にいる魔物の聖遺物で繕ってもらった貴方専用防具である。

 ぶっちゃけ大して高性能ではないし、サイズ調整以外の補助効果を付けていない安物だ。しかし、少なくとも前の防具よりは頑丈で、貴方用に設計された分とても動きやすく仕上がっている。

 それにしても、注文から完成まで矢鱈と早かったように思う。普通、特注の服を作るには何度も店に通って身体情報を計測し、忘れた頃に出来上がるはずだが。

 

「いやこれくらい普通だぞ。ていうか、ロクに補助効果も付いてねぇ防具に何日もかかるような職人は王都じゃ食ってけねぇんだよ」

 

 らしい。貴方は「やっぱり王都って凄い」と思った。

 

「新しい鎧着たからって坊主が強くなった訳じゃねぇ。これからも、まぁ程々に気張って生き残れや。槍が欲しくなったらまた来い。坊主が鋼鉄札になった時ぁ、アダムスまで繋いでやっからよ」

 

 アダムスとは、あの武器工匠のアダムスだろうか。商人界隈では知らない者のいないビッグネームに、貴方は目を丸くした。

 そんな貴方を見て、武器屋のドワーフ店主は豪快に笑っていた。

 

 

 

 帰路、真新しい装備を身に纏った貴方は、新鮮な気持ちで王都を歩いていた。

 風が吹く。マントがなびいた。見上げた空は、どこまでも遠かった。

 

 転移神殿前の広場では、今日も今日とて冒険者が乱痴気騒ぎをしている

 いつ死ぬか分からないから、悔いのないよう好きなだけ飲み食いしているのだ。

 これが冒険者の生き方だ。そんな彼等を、今の貴方は愚かとは思えなかった。

 

 ひとまず、すぐ無一文になる状況は脱したと言える。

 当座の目標としては、もっと強い槍が欲しいところだ。高望みするなら、【炎の武器】が装填された真銀製の槍がいい。貴方は三頭猛犬を屠った炎属性武器に脳を焼かれていた。

 すっかり気に入ったこの防具も、あくまで繋ぎなのである。次は主の素材を使った防具を繕ってもらおう。その時は貴方の戦闘スタイルに合った補助効果を付ける予定だ。

 あと、もう少し良い宿に住もう。成長期なのだ、もっと沢山飯を食おう。家が没落してからこっち諦めていた趣味を再開するのもアリかもしれない。

 

 貴方は商家生まれで夢も信念もない新人冒険者だ。

 魔の一ヵ月を生き延びた。先達からの薫陶も受けた。明日に希望がある。

 迷宮稼業を、続けようと思った。

 

「おっ、この前の坊ちゃんでござるか! その鎧、似合ってるでござるよ! せっかくだからウチで新武装祝いするでござる!」

「おいおい焼き鳥食うのに酒呑まねぇとか人生損してるぜ? え、まだ酒呑んだことねぇのかよ!? じゃあこの俺が奢ってやるから吞めよオラァン!」

「ラフィさん、それアルハラですよ。断っていいですからね? あと新防具の購入おめでとうございます。これからも生き残ってくださいね」

 

 気づけば、周囲から覚えのある声が聞こえてきた。

 屋台の金細工森人に、蒸し風呂で出会った鬼人。貴方に槍技を教えてくれた迷宮狂い。

 腹が鳴る。明日を生きるべく、腹ごしらえをしなければ。

 

 その夜、貴方は冒険者流の暴飲暴食を初体験した。

 驚くべきことに、全部腹に入った。冒険者は大食漢になるというのは、本当だったらしい。

 

 夜も深まった頃、ワンランク上の宿のベッドで、貴方は安らかな眠りにつくのであった。

 幸せな夢を見た。

 

 

 

 時に、貴方は既に不可逆な“迷宮の狂気”を発症している。

 迷宮の狂気は人のエゴや欲望を増幅させる。それは人の本能に根差す欲にこそ顕著である。

 食事、睡眠、名誉、支配、暴力、愉楽。自由、金銭……。

 もう一つ、大きな欲望がある事を、無邪気に眠る貴方はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、貴方は股間の違和感に目を覚ました。

 見ると、そこには山があった。突っ張ってて痛かった。

 湖の痕跡があった。ガビガビに乾いていた。

 

 貴方は混乱した。

 何故か下着が汚れている。まさか、この歳で寝小便などするはずもない。

 仕方ないので共同スペースで下着を洗濯していると、近所の奥様方が貴方を見て微笑ましそうにしていた。

 訳も分からず、貴方は恥ずかしくなった。あまりにも惨めだった。今日ほど【清潔】の魔法を羨ましく思った日はなかった。

 

 おめでとう。貴方は大人の階段に足を掛けた。

 おめでとう。貴方は男になった。

 そして、全ての思春期男子達(こどもたち)に――おめでとう。

 

 のっぴきならない事態であった。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
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