【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の感想が継続の力になっております。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称、貴方視点です。
 よろしくお願いします。


伝説への序曲(結)

 瞼越しの光。そよ風が頬を撫でる。

 朝が来た。貴方は股間の違和感に目を覚ました。

 

「ぷはぁ……♡ おはよぉ♡ 今日も朝から元気だね♡ ご飯先にもらってるよ♡」

「ぢゅぷ♡ ぢゅぷ……じゅるるるる♡ ぷぁ♡ うぃ♡ はむっ♡ ちゅぅううう♡」

 

 シーツをめくると、白黒の双子淫魔と目が合った。

 寝起きの倦怠感のまま、貴方は淫魔に朝食を提供した。

 

「うぅ~ん、はぁ……♡ はい、【清潔】♡ ラバーも【清潔】♡ ちゃんと貴方のご飯もできてるからね♡」

 

 現在、貴方達は王都の宿屋で三人暮らしをしている。

 二人が王都に来てから、貴方の食生活は双子によって管理・改善されている。そのお陰か、貴方は今朝から絶好調だった。昨夜は五回戦もしたのに、である。会えない時間が愛息を育てたのだ。

 

「今日はギルドに行くんだよね。ん~、銀細工の人かぁ、怖い人じゃないといいけど」

「うぃ……」

 

 モーニングティーの後、貴方達は西区の転移神殿に向かって行った。

 貴方はいつもの冒険者スタイルで、双子は伝統的淫魔ファッション。彼女等の首には木製の冒険者証が下げられていた。

 そう、本日からアビーとラバーは冒険者としての活動を開始するのである。

 

「おはようございます。お話は伺っております。私、イシグロ・リキタカと申します。イシグロが苗字で、リキタカが名前です。どうぞよろしくお願いします」

「わっ、こちらこそうちの子がお世話になってます~」

「おいッス~。交流会で二人同時ってマジだったんスね~」

 

 イシグロには特異な観察力があるとの事で、迷宮稼業開始と共にラバーの異能の詳細を視てもらおうとなったのだ。技能実験の進捗確認と同様、イシグロはこれを喜んで快諾してくれた。

 教導官向きというか何というか。貴方との関係性を見るに、イシグロは自分が見出した者が育つのを見るのが好きみたいだった。

 

「へぇ、鍛錬場ってこんな感じなんだぁ。リリィちゃんはいつも此処で訓練してるの?」

「うッス。ずっと前から使ってるッスよ」

 

 アビーは流石のコミュ強ぶりを発揮し、出逢って数分でイシグロの所有奴隷と仲良くなっていた。

 中でも矮躯の淫魔とはウマが合うようで、貴方の知らないうちに気安い仲になっていた。

 

「え~っと、ラバーさんでしたよね。鍛錬の前に視ましょうか」

「うぃ……」

「よ、よろしくお願いします」

 

 ややあって、イシグロによる視診が始まった。

 ラバーは言葉を喋る事ができない。淫魔の医師はこれを異能の影響と診断したが、当の異能の詳細は未だ分かっていないままだ。一縷の望みに賭けて、イシグロに頼み込んだのである。

 緊張する姉妹の前、イシグロは指で虚空に触れつつラバーの瞳を視ていた。

 

「なるほど。多分、これの事だな……」

 

 何か分かったらしい。

 期待半分不信半分といった双子の視線を受けながら、イシグロは事もなげに言った。

 

「どうやら、ラバーさんには言葉が喋れない代わりに音楽の才能があるようです。楽器全般に適性があり、既にいくつかの楽器系技能や魔法を覚えていらっしゃいますね」

 

 音楽? 楽器系技能? 予想外な診断結果に、双子淫魔は首を傾げた。

 楽器とは、あの楽器だろうか。ラバーはこれまで楽器に触れた経験があるかと訊いてみると、今まで一度も無かったらしい。せいぜい馬を呼ぶ用の笛程度だと。

 

「ほんじゃ一回試してみましょう。はい、どうぞ使ってみてください」

「あぇ?」

 

 イシグロが収納魔法から取り出したのは、貴方も知っている弦楽器だった。リュートである。

 吟遊詩人が愛用する伝統的な楽器で、彼等はこれを爪弾いて英雄譚やら世界情勢やらを物語ってみせるのだ。

 商家教育による審美眼によれば、イシグロのリュートは相当上等な代物に見えた。

 

「あぁ~まずこの部分を左手で押さえてじゃな。そうそう、そしたら右手で……」

 

 何をどうすればいいか分からないラバーを桜髪仙狐がフォローする。

 斜めに抱えるようにリュートを構え、そうしてラバーは恐る恐る音を鳴らした。

 

 ポロロ~ン。

 

 その音色を聴いた瞬間、貴方は驚愕と感動によって全身を震わせた。

 肌を通し、魂に響くような音だった。不思議な感覚を覚えたのは貴方だけではなかったようで、イシグロ達も目を丸くしている。何なら当のラバーもきょとんとしていた。

 

「へぇ、音の波に魔力が乗っているようね。それも混じりっ気のない綺麗な魔力。弦を通す事で濾過されてる感じかしら。ここまで澄んだ魔力は相当上位の魔術師じゃないと出せないわよ」

 

 やがて、銀髪竜族が感心した風に呟いた。

 音に魔力を乗せられる。これがイシグロの言うラバーの異能なのだろうか。

 

「凄いよラバー! やっぱり異能で合ってたんだ!」

「ふぅむ、ただ鳴らしとるだけなのに良い音しとるのぅ」

 

 促され、ラバーは続けて一弦ずつ弾いていった。

 指が滑り、弦が鳴る。ラバーの演奏とも言えぬ音出しは、貴方の耳朶に心地よく響いた。

 

「貴方ねぇ。もう少し抑えなさいな……」

「うぃ♡」

 

 竜族の指摘に、ラバーは顔を赤くしていた。何か分からないが、恥ずかしいらしい。

 

「ところで、その……楽器系技能って何ですか?」

「楽器を使って発動する技ですね。基本的には戦いで使います」

「へぇ。ん? 楽器って武器になるの?」

「一応、陛下と騎士団長はそう使ってるッスね」

 

 驚くべき事に、楽器を持って迷宮に潜る冒険者は実在する。

 実際。貴方は背中にリュートを背負っている冒険者を見た事があった。てっきり酔狂で持っていると思っていたが、あながち伊達ではなかったらしい。

 

「現在ラバーさんが習得している技能には【勇気の旋律】ってやつがありますね。何となく使えそうな感じしませんか?」

「んぅ~? うぁ~……」

 

 逡巡し、掻き鳴らし、何か違うと首をかしげるラバー。

 イシグロは楽器系技能を習得していないというので、貴方の時のようにやってみせる事はできない。とにかくラバーの感覚任せだ。

 やがて適当に爪弾いていると、ラバーを中心として緋色の魔力波が放射され、貴方達に何かしらの魔法効果を施した。

 

「おぉ~、これが技能?」

「発動しましたね。効果は精神異常耐性の付与か。副作用として士気高揚も付いてるな」

 

 これが楽器系技能。何となく勇気が湧いてくる。ボスに挑む前に使ってもらえば、恐怖や緊張を克服できる気がした。

 

「あと、ラバーさんは音魔術と雷魔術に適性があるっぽいですね。それも既に何個か覚えてますよ」

「で、でもラバーは魔法を使えない淫魔で……」

「魔法を使えないのではなくて、詠唱ができないから魔法が発動しないのでしょうね。鑑みるに、演奏が詠唱の代わりになるんじゃないかしら?」

「ん、雷は分かるけど音の魔術ってなに?」

「さぁ? 俺も覚えてないからなぁ。確かシャロは使えるはずだけど」

「ご主人お得意の【静寂】も音魔術の一種ッスよ。風の派生属性ッス」

「音は風扱いなのか。納得できるような、できないような」

「その楽器は魔法触媒ではないけれど、一度試してみてはどうかしら」

「うぃ」

 

 先ほどと同じように、魔法を使う要領で弦を弾く。

 すると今度はあっさり発動し、ピッキングと同時にリュートから半透明の球が発射された。

 その球はフワフワまっすぐ進み、やがて爆弾のように弾けて消えた。

 

「す……すごいすごい! ラバー、今まで魔法使えなかったのに! やったね!」

「うぇ、えぃ……!」

「やっぱり演奏が詠唱の代わりになっているのね。弦を通して詠唱特有の揺らぎが流れていたわ。多分だけれど、演奏の練度がそのまま詠唱の精度になるんじゃないかしら」

「ほう、実質無詠唱ですか。大したものですね。ちゃんとした触媒でやればもっとしっかり使えそうな」

「うぃ、うぃ」

「とりま他のも試してみるッスよ」

 

 そのまま、ラバーは言われるがまま自身が知らぬまま体得していた魔法や技能を勢いのままに我儘に試しまくった。

 楽器技能については、主に支援系の効果が見受けられた。精神強化や状態異常の回復。中には純粋な火力上昇技なんかも存在した。

 魔法に関しては、イシグロの言った通りいくつかの音魔法と雷魔法が使用可能だった。楽器技能とは対照的に、此方は主に攻撃系が揃っている。

 

「一弦ごとに詠唱判定がされてるっぽいから、やろうと思えば弦の数だけ連発できるのか。速弾きしたら凄い事になりそう。実に面白い……」

「ですがご主人様、連発できても消費魔力は据え置きなので、不用意に使うと急激な魔力減で酔ってしまう恐れがありますよ。それをするなら、もっと魔力が増えてからかと」

「そうね。なら一弦を弾く詠唱より、演奏による詠唱の方がいいわね。溜めて出す要領でやってみなさい」

「うぃ」

 

 仮説を立て、検証し、実験は順調に進んでいった。

 当初、ラバーは魔法を使わず武器を持って戦ってもらう予定だったが、楽器を触媒とすれば魔術師として働く事ができるそうだ。

 それもこれも、イシグロの観察力のお陰である。貴方は改めてイシグロに礼を言おうとして……。

 

「「「あ……」」」

 

 その時、リュートの弦が切れた。

 サーッと、貴方達の顔が青ざめた。

 

「ふぅ~ん、触媒以外を魔法触媒として使うと壊れやすい訳か。ああ、実験で出た被害はこっち持ちなのでお気になさらず。リュートだけだと実験不足なので、次はこれを使ってみてください」

 

 慌てて弁償を申し出た貴方だったが、断られてしまった。かと思えば、実験の続きとばかりに別の楽器を渡してきた。

 ポイポイと、次々と色んな楽器が取り出される。中には貴方も知らないようなマイナー楽器まであった。なんでそんなに持っているのか。

 

「それにしても良い音色ね。実家にいた音楽家の方が上手だったけれど、聴くなら断然こっちね」

「ん、よく分からないけど良い」

「ゆくゆくは音楽団から勧誘が来る腕前じゃなぁ」

 

 色々試してみたら、ラバーはその全てで技能と魔法を使う事ができた。グランドピアノで魔法が発動した時は変な笑いが出た。

 時は過ぎ、休憩を取って、お次はアビーの番になった。

 

「次はアビーさんですね。どれどれ……っと、アビーさんには召喚術に適性があるみたいですよ」

「召喚術、ですか?」

 

 召喚術とは、契約した召喚獣を呼び出したり使役したりする魔術体系の事だ。

 アビーはこれをやった事はないようで、怪訝そうに首をかしげていた。

 

「一応、私は競走馬の調教師だったけど。それって関係あるのかな?」

「何かこう、言うこと聞いてくれやすいとか?」

「あー、あったあった! 前にすっごい暴れん坊な仔がいてね? でもその仔、私が手綱握るとちゃんと走ってくれたのよ! ドウテイプレデターって名前なんだけど」

「ど、ドウテイプレデターの調教師だったんスか! すげぇ! サインくださいッス!」

「ただの調教師だって」

「あと水魔法と治癒魔法が使えるみたいですね」

「そういえば、夏バテ中の馬も私が出した水は飲んでくれたんだよね。馬のお世話に役立つから、【清潔】とかも覚えたり。攻撃魔法は最近練習始めたばっかりだけど。ほら、【水の礫】!」

「なかなか上手じゃない。長じれば無詠唱ができるかもしれないわね」

「確かに綺麗な水氣じゃ」

「えへ、褒められちゃった」

 

 召喚術は今ここで検証できないので、本日の実験は一旦終了である。

 

「じゃあ、各々練習を始めましょうか」

 

 ややもあり、貴方達は合同トレーニングを開始した。

 アビーは銀髪竜族に魔力の流れを見てもらい、ラバーは桜髪仙狐に弦楽器の演奏を習っていた。

 一方、貴方はイシグロに新たな技能を教わっていた。これまた体力を消費する技で、双剣を握って跳ねる【クイックステップ】だ。曰く、習得した後は槍を持った状態でも使えるらしい。

 

「今日はこれくらいにしましょう」

 

 訓練が終わると、姉妹は魔力切れ寸前になっていた。それくらいシゴかれたのだ。

 

「あぁん魔力が無くなっちゃったよぉ♡ 補充したいなぁ♡」

「うぃ~♡」

 

 終了直後、双子姉妹が貴方にしなだれかかってきた。そのままキスしようとしてくる二人を諫める。イシグロ達が見ているのだ。流石にここで始める訳にはいかない。

 ふと見れば、イシグロは顎に手を置いて何事か思案しているようだった。

 

「純淫魔が増えれば淫魔女王もお喜びになるだろうし、どうせなら媚び売っとくべきか。媚びは媚びられる時に媚びるべきだもんな、うん」

 

 すると、やおら柏手を打ったイシグロが言う。

 

「今度、一緒に迷宮行きましょうか」

 

 引率してくれるらしい。

 願っても無い話であった。

 

 リンジュ人ではないが、イシグロへの恩義が積み重なっていく。いつか返せる日は来るだろうか。

 当人に言わせると、気にしなくていいらしいが。

 

 

 

 

 

 

 貴方はイシグロと一緒に迷宮に挑む事になった。

 四人で潜るのか訊いてみると、残り二人は彼の奴隷ではなく別の一党を誘うらしい。

 予定日に間に合うように、貴方は準備を始めた。

 

 迷宮探索には人事を尽くして然るべきだ。

 そうと決まった日のうちに二人の防具を注文し、帰りの道中で貴方達は本屋に寄った。

 召喚術や音魔術などについて、最低限の知識を得る為である。

 

「さすが王都ねぇ。真面目な本ばかり置いてるわ。見て、エッチブックコーナーが見当たらないの、凄くない?」

「んぇ~」

 

 残念ながら本格的な魔術教本は置いていなかったが、初心者用なら見つかった。

 その中で、貴方は魔術教授ヘカテーニャ氏が書いた“馬でも分かる召喚術”と“音魔術のつかいかた”と“ヘカテーニャ先生の完璧なるビリビリ講座”の三つを購入した。

 

「召喚術って言っても、契約した後は普通の動物みたいに信頼関係築かないといけないんだって~。なんか面白いね」

「うぃ」

 

 食後の時間に読書する。

 本に曰く、召喚術は各種属性魔術とは異なる特殊な魔術体系で、使役者はそれぞれ召喚獣と契約しなければならないそうだ。

 音魔術と雷魔術に関しては、二人が淫魔学校で習った学問の応用だったので理解しやすかったそうだ。今後、新しい魔法を覚えるには誰かに教えを乞う必要があるが。

 

「お勉強もいいけどさぁ♡ そろそろ私達もご飯食べたいなぁって♡」

 

 読書もそこそこに、貴方は双子の淫魔が満腹になるまで精を注いだ。

 ちなみに、貴方は余裕だった。最後に眠ったのは貴方である。

 

 

 

 翌朝、貴方達は各々の武器を整えるべく外出した。

 

 最初に向かったのは、“馬でもわかる召喚術”に書かれていた召喚獣専門店だ。

 入ってみると、そこには召喚獣が納められている巻物や水晶などが並んでおり、それらの近くには簡易な説明書きが置いてあった。

 偏に召喚獣と言っても色んな種類があるようで、中には非戦闘用の召喚獣なども存在した。

 

「あ! 馬の召喚獣があるよ~って、高っ! ドウテイプレデターより高いよこの馬!」

「うぃ~」

 

 如何にも脚の速そうな馬や如何にも強そうな龍など、これら召喚獣は元となった生物を模した純魔力生物であり、使い魔と似て非なる心を持った人工生命だ。当然、その生育には餌や水を必要とせず、維持にかかるコストは契約者の魔力だけである。

 そして、召喚獣の格はピンからキリまで存在する。軽く値段を流し見たら、一級召喚獣は目玉が飛び出るほど高額だった。

 

「お嬢ちゃん召喚獣は初めてかい? なら小さいのにしときな。そいつぁお嬢ちゃんにゃあまだ早ぇよ」

 

 店主によると、格の高い召喚獣は能力相応に気位が高いらしく、新米召喚士では使いこなせないらしい。

 ただ、そんな奴でも契約した召喚士が強ければ言う事を聞くようで、そのあたりの仕様も使い魔とは異なっていた。

 

「う~ん、君はどれがいいと思う? 迷宮に役立ちそうなのってどんなのか、私には分かんないからさ」

 

 言われ、考える。

 現状の一党は、貴方が前衛でアビーとラバーが後衛魔術師という編成だ。であるならば、迷宮を探索してくれる斥候役が欲しいところ。

 何度も屋内迷宮を潜って分かったのだが、例え順調に迷宮を探索していてもボス部屋が見つからない事態がままあるのだ。世に斥候募集が絶えない理由を思い知った訳である。

 

「お嬢ちゃんは水に適性があって、斥候向きの召喚獣が欲しい……ねぇ? なら、こんなのぁどうだい?」

 

 そう言って店主が広げた巻物には、蜷局を巻いた蛇が描かれていた。次いで店主が巻物に魔力を流すと、浮かび上がった魔法陣から件の蛇が召喚された。

 青い宝石のような鱗を持つ半透明の蛇だ。蜷局を巻いたそいつは、シューシューと舌を出しながら円らな瞳で周囲を見ていた。迷宮の魔物と異なり、この蛇には何とも言えない愛嬌があった。

 

「戦闘力は皆無だが、こいつは身体を透明にして動く事ができるんだ。動かす時の負荷も少ねぇし、目が良いから魔物を探すのに向いてるな。あと身体に巻き付かせれば、契約者が使う水魔法を強化してくれるっつーオマケ付きだ。水飲ませるだけで懐くしな」

 

 聞くだに極めて有用である。値段の方も納得のいく範囲だ。

 そんな感じで皆と相談し、貴方はこれを購入した。金を払ってすぐアビーは蛇を契約し、いつでも召喚できるようになった。

 

「よろしくね、ナイトコール」

 

 契約した透明蛇に、アビーはさっそく名前を付けていた。

 

 召喚獣の次は、ラバー用の魔法触媒だ。

 そこで、貴方達は馴染みの武器屋に教えてもらった触媒専門店にやってきた。

 

「うちに来たって事は杖以外をお探しだね」

 

 その店は、主に杖以外の触媒を取り揃えている一風変わった触媒屋だった。

 魔導書や箒など、実に様々な魔法触媒が並んでいる。触媒に使える楽器はあるか訊いてみると……。

 

「おや楽器使いとは珍しい。なら、これなんかどうだい?」

「んぅ?」

 

 店主が勧めてきたのは、リュートによく似た弦楽器だった。

 基本となる素材はリュートと同じく何かしらの木のようだが、見たところ弦は謎の金属らしき糸で出来ている。弦の数は六本で、そのボディは全体的に角ばった形状をしていた。

 

「こいつはディングで生まれたばかりの六弦琴(ギター)っつー楽器でね。ちょいと弄って魔法触媒に仕上げてやった代物さ。おあつらえ向きにお嬢が得意だっていう音魔術と雷魔術に特化した逸品で、運命感じるくらいピッタリじゃあないか。その名も、雷鳴琴(エレキギター)!」

 

 確かに、あまりにも都合が良い。詳しく聞いてみると、製作者は駆け出しの触媒職人で、若気の至りで作ってしまったらしい。音と雷に特化してるのは失敗の産物で、元は風を基本にその他属性でも使えるようにするつもりだったそうだ。

 ラバーに試奏させてみたところ、普通に弾くだけだとピンピンと控えめな音が出て、魔力を流しながら弾けばギュインギュインと特徴的で甲高い音が鳴った。あまつさえ演奏中はバチバチと雷が迸っている。

 

「いいね、似合う似合う! なんかいつもと雰囲気変わるね!」

「うぃ~」

 

 頬を上気させて雷六弦琴を弾くラバーは、すっかり気に入ってしまったようである。

 無論、購入した。これで貯金はすっからかんだ。

 

 三人の武装が揃ったところで、約束の日まで鍛錬場でトレーニングを行った。

 ラバーは楽器の演奏技術がそのまま魔法詠唱の精度になるので、イシグロの仙狐に言われた通りに練習した。今は何とかという演奏法で躓いている。

 アビーは召喚獣とのコミュニケーションを試みて、指示出しや感覚同調の練習をした。

 貴方はイシグロに習った技を習得すべく、ひたすらに反復練習だ。双子に声をかけられるまで、貴方はずっと同じ動きをしていた。

 

「わぁ~、これ迷宮の素材だよね? ありがと~! すっごく嬉しいよ!」

「んぇ……♡」

 

 イシグロとの迷宮探索の前日には、二人の専用防具が出来上がった。

 その素材は貴方と同じ獣革で、淫魔伝統の戦装束を模したものである。

 地味な革鎧の貴方と異なり、双子姉妹は実に似合っていた。やはり、着る人が重要なのだ。

 

 武器はある。召喚獣も買った。防具も揃えた。

 そうして、出来る範囲の準備は整った。

 

 

 

 約束の日。

 

 貴方達三人が完全装備で転移神殿に到着した頃には、そこには既にイシグロの姿があった。

 そして、イシグロの他にも貴方が知らない顔がある。双子と同じ淫魔族の女性と、獣人の剣士だ。

 

「御久しぶりです。アビーさん、ラバーさん。二人とも、良い男性と巡り会えたんですね」

「ヴィーネさん!」

「うぃーぇ」

 

 と思って挨拶したところ、なんとヴィーネと名乗った淫魔と双子姉妹は顔見知りだった。

 曰く、ヴィーネの実家は馬産牧場を営んでおり、競馬場で働く二人とはその縁で顔見知りだったようである。

 ヴィーネの話によると、彼女もまた異種族交流会で運命の男と出会ったとの事で、その相手は件の獣人剣士なのだと紹介してくれた。

 

「我が名は“流星刃”のトリクシィ。影の爪牙を知るがいい。ククク……」

「ギルドに付けられた二つ名って“遠き刃”でしたよね?」

「ククク、ギルドがそう言ってるだけです……」

 

 トリクシィと名乗った鼬人は、夏だというのに漆黒の外套を纏う剣士だった。恐らく、暑さ対策の補助効果を付けているのだろうが、見ただけで此方まで暑くなりそうである。また、その胸ではラリス様式の銀細工が鈍い光を湛えていた。

 

 銀細工が二人。鉄札が二人。木札が二人の六人一党だ。

 フルメンバーで挑む迷宮を前に、貴方は緊張していた。

 

「会議の前に、皆さん準備はいいですか? 後でもう一回確認しますが、今のうちに確認しておいて下されば」

 

 これから挑む迷宮は、屋内型の中位迷宮で、イシグロが言うには「経験値は渋いが踏破は簡単」な迷宮らしい。無論、貴方はイシグロの言う「簡単」を信じていない。

 

「今回、俺は前衛に徹しますので、指示を出す頭目役は俺以外でお願いします」

「あー、じゃあトリィくんが頭目役やるのは止めといた方がいいですね~。この子、不器用だから」

「ククク、流星は孤高なのだ……」

「うぃ~」

「ラバーは喋れないし、私は迷宮処女だから……」

 

 臨時一党の作戦会議中、五人の瞳が貴方を射貫いた。

 

「任せましたよ、頭目」

「頑張ってね、リーダー」

「ふん、好きに使え……」

 

 同調圧力だろうか。貴方は成り行きでこの一党の頭目役になってしまった。

 とはいえ、イシグロを含め銀細工二人に引率してもらえる絶好の機会だ。文句など言えようはずもない。

 気合を入れた貴方は頭目らしく最低限の連携を決めて、件の迷宮に挑んでいった。

 

 

 

 鎧獣迷宮。

 この迷宮は四足歩行の獣のみが出現する屋内型迷宮で、その名の通り出現する全ての魔物が身体各部に鎧のような甲殻を纏っている。

 ただし、鎧と言われるだけあり身体の一部は通常個体と同じなので、明確な脆弱部位を突けば簡単に――イシグロ基準――倒せるそうだ。

 

 転移直後、頭目役の貴方はアビーに召喚獣を使って探索するよう命令した。

 案の定、イシグロは何も言ってこない。貴方の自主性に任せているのだ。

 

「分かった。ゆけ、ナイトコール!」

 

 アビーが地面に杖を突くと、足元に現れた魔法陣から半透明の蛇が召喚された。

 契約者に従い、蛇は背景に擬態してシュルシュルと探索と索敵を開始した。

 ナイトコールの案内に従って進む。前衛はイシグロとトリクシィで、中衛は貴方。後衛は残る淫魔三人である。

 

「おっ、美味しいの出てきたな。どうしますか? 頭目」

 

 やがて、蛇は魔物の群れを発見した。

 鎧を纏った牛型魔物が数体。貴方一人なら確実に逃げていた面子である。

 だが、ここには頼れる仲間がいる。貴方は戦闘開始を宣言した。

 

「合わせますね、アビーちゃんの好きなタイミングで撃ってください」

「わかりました。魔力過剰充填……【水の矢】!」

 

 初手はアビーとヴィーネによる攻撃魔法だ。魔法発動と同時、ラバーが雷鳴琴を掻き鳴らし、突っ込んでいった男連中を強化する。

 木刀を持ったイシグロが魔物の敵視を集め、貴方とトリクシィが鎧の隙間を縫って魔物を屠っていく。後衛を狙う魔物にラバーの妨害雷が着弾し、足が止まったところでアビーとヴィーネの攻撃魔法が突き刺さる。

 臨時一党による初めての集団戦は、銀細工の層が厚すぎて一切の危なげがなかった。もし貴方が最初からこのメンバーで挑んでいたら、遠からず慢心して死んでいたと思える。それくらい圧倒的だった。

 

「大物来ちゃったけどぉ!?」

 

 アビーの声。次の瞬間、貴方達が戦っていた空間に一体の巨大鷲獅子が現れた。

 それもただの鷲獅子ではない。翼以外を鎧で覆った強化個体である。

 貴方がマトモに相手をできる魔物ではなかった。イシグロに任せると、彼は「あいよ」と返答し、鎧鷲獅子の頭突きを木刀で【受け流し】ていた。

 重さも力も上の突進を、木刀一本で受けて流している。剣術に詳しくない貴方からしても、彼の剣技は尋常の腕前ではなかった。

 

「奥義……【流星刃・参式】!」

 

 トリクシィが刀を振るうと青白い光が飛んでいき、それは鷲獅子の翼を切り裂いた。

 これもまた、貴方の常識を凌駕する絶技であった。

 

「うぃ」

 

 呆けている場合ではない。貴方はラバーに対空用の魔法を命じると、彼女は雷鳴琴を爪弾いて音の泡を発射した。

 音の泡は鷲獅子の頭に着弾し、破裂と同時に甲高い爆音を響かせた。文字通りの爆音に昏倒したか、空中の鷲獅子は真っ逆さまに落下した。

 

 瞬間、予め【突撃疾走】で助走をつけていた貴方の【飛び込み突き】が鷲獅子の目を貫く。会心だが、殺せていない。貴方は【猟犬跳歩】で退避した。

 四肢で踏み込みイシグロから逃れた鷲獅子。そこにラバーの甲高い速弾き雷魔法が直撃。ほんの一瞬動きを止めた鷲獅子は、続く水魔法攻撃によって粒子に還っていった。

 

「か、勝っちゃった……! 魔物倒しちゃったよ! しかもトドメ……!」

「よく頑張りました。えらいえらい」

「うい~」

「またつまらぬ物を斬ってしまった……」

「ナイス連携! どんどん行きましょう!」

 

 探索は順調だった。

 道中の魔物は見つけ次第に力を合わせて討伐し、斥候のお陰で迷わず惑わず進めている。一人でやるよりずっと楽だった。やはり、迷宮は単独で潜るものではない。

 ただし、狭いところでの戦闘は気を付けなければならなかった。前衛は後衛の魔法に当たらないよう立ち回る必要があったし、後衛は前衛に当てないようにしなければならない。そのように訓練していたはずだが、貴方は更なる訓練の必要性を感じていた。

 

「この奥に迷宮の主がいるの?」

「そうですよ。全部四足の獣だけど、翼があるのは中位かな~」

 

 やがて、貴方達は主がいる部屋の前に辿り着いた。

 貴方は殆ど消耗していない。体力は言わずもがな、今日は一度たりとも魔物の攻撃に当たっていないのだ。このまま主に挑める状態である。

 よし行こうと言おうとした貴方は、一度周囲を見渡してから小休止を宣言した。

 

 貴方はともかく、アビーとラバーは初の迷宮探索なのだ。魔力の余裕はあるようだが、精神は疲れているだろう。

 これから主と戦うのだ。貴方以外も万全の状態で挑まねば。

 

「そうですか。なら、俺が見張りしとくんで休んでおいてください」

 

 休憩中、イシグロが周囲を警戒してくれた。

 お陰で充分に英気を養う事ができた。

 

 しばらくして、貴方達は各々武器を手に取った。

 そして、迷宮の主に挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 臨時一党による探索の結果、貴方達は見事に鎧獣迷宮を踏破した。

 主との戦いにおいて、貴方達は全く苦戦しなかった。イシグロが前に出て、貴方とトリクシィがかく乱し、後衛が前衛を支援する。最初から最後まで、危なげなく動いて倒せたのである。

 やはり、戦いは数だった。

 

「それでは、自分はこれで。家に皆を待たせていますので」

 

 言って、イシグロは去って行った。

 彼が何を思ってこのような取り組みをしたのか、それは分からない。

 交流会の最終日に、純淫魔についての説明は受けている。イシグロは純淫魔契約者候補である貴方の生存率を上げて、淫魔王国との繋がりを強くしたいという思惑があるのかもしれない。

 

「じゃあね、三人共。また一緒に迷宮行きましょうね。それだけじゃなくて、普通にお茶とかしましょう?」

「ククク、せいぜい生き足掻くがいい」

「トリィくぅん? 今の台詞はちょっと良くないなぁ~?」

「はい、すみませんでした……」

 

 ヴィーネとトリクシィの二人とは、機会があれば一党を組める仲になった。

 まだまだ仲間集めに苦戦しているところ、これは非常に有難かった。

 

「せっかくだし、今日は豪勢にいこうよ! 精の付くもの食べよう! 精の付くもの!」

「うぃ、うぃ」

 

 迷宮で得た金銭は、綺麗に六等分される事となった。

 中位迷宮の稼ぎは莫大である。貴方一人分であっても、下位迷宮数回分に相当する程の利益である。三人分を合わせれば、すぐにでも誰か一人の装備を更新できるくらいだ。

 使い道は色々あるが、ひとまず貴方はアビーとラバーを労う事にした。

 

 勿論、ベッドの上で。

 

 

 

 それから、貴方は迷宮毒の浄化を試みた。

 曰く、適度に身体に溜まった膿を出さないと心が荒むらしい。

 これには思い当たる節があったので、これまで行けなかった遊び場に行こうと思ったのだ。

 西区ニカノル大浴場である。

 

「えへへ、どうかな? ラバーと一緒に選んだんだけど」

「んぇ~」

 

 ニカノル大浴場は、男女共用の銭湯である。脱衣所すぐの広場で二人と合流した貴方は、今朝鎮めたばかりの愛息を強いて制御する必要性に駆られた。

 極薄の革で繕われた風呂用衣装である。水着姿の二人の肌面積は殆ど裸めいており、豊満な胸や尻やらが惜しげもなく晒されている。

 当然として、アビーとラバーは周囲の男達の視線を釘付けにしていた。一方、当の二人は貴方の初々しい反応にご満悦だった。

 

「うん♡ じゃあ行こっか♡」

 

 左にアビー、右にラバーで腕を組み、三人は大浴場に向かって行った。

 この時、男達の嫉妬の注目を浴びていた貴方は、生まれて初めて男性としての優越感を覚えていた。

 貴方の自己肯定感が大きく上昇した。

 

「はえ~、広~い! すっごーい! それしか出てこないのちょっと申し訳なくなるね!」

 

 この日のニカノル大浴場は盛況で、どこを見ても娯楽に満ちていた。

 今日はここで思い切り遊ぶのだ。

 

 大広場の舞台で音楽隊の演奏を聴き、狭い浴槽でぎゅうぎゅうになって浸かった。

 大衆浴場とは段違いに広い蒸し風呂では、アビーとラバーによって貴方の肌に滴る汗を舐め取られた。リラックスできなかった。

 運動用の水泳場では、三人ともに泳げなかったので浅い場所で遊んだ。貴方はいつか泳げるようになろうと決心した。

 

「うぇ~……」

「うん、わかった。私達はここで待ってるね」

 

 お疲れの姉妹を休ませている間、貴方は飲み物を買いに行った。

 ややあって二人を待たせている場所に戻ってくると、姉妹の近くに三人の男が集まっている光景が見えた。

 

 ニヤついてる男達と、困り顔の姉妹。

 確か、アビーもラバーも淫魔にしては珍しく如何にも強そうな男性が苦手らしい。

 無言のラバーと、目が合った。

 

 その時だ。貴方の胸中に得体の知れない激情が湧き出たのは。

 らしくなく感情に支配された貴方は、移動系技能を使って双子と男達の間に滑り込んだ。

 

「お、お前は、あん時のガキ……!」

 

 そうして相対した相手は、以前貴方の短剣を奪おうとしてきた木札冒険者連中であった。

 対する男達はというと、突然の貴方の登場に面食らっている。

 

「けっ、交流会の噂ぁマジだったのかよ。つー事ぁコイツ等はお前の女か」

「身長差エグ過ぎだろ。身の程弁えろよな、それこそイシグロんとこの奴隷とかお似合いだぜ」

「良かったな。女の前で恥かかずに済んで。お前、後ろにイシグロがいなかったら今頃死んでるぞ」

 

 どうやら、男達はイシグロの武威が怖くて貴方に手を出せないらしい。

 実際の貴方はイシグロの威光に守られている訳ではないが、周囲からはそういう風に見られているのだ。最近はトリクシィとも知己を得たので、余計ちょっかいを出せなくなっている事だろう。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 そう思い至った瞬間、この時の貴方はこれまた貴方らしくない感情に支配された。

 紛れもない、憤怒である。

 要するに、この男達は自分より弱い者しか殴れないというのだ。しかも、集団で。

 それは、これまでずっと単独で迷宮を潜っていた貴方とは正反対だった。

 

「あ? 今、お前なんつった?」

「馬鹿、おい止めとけって……!」

 

 その旨を指摘すると、男のうち一等ガタイが良い男がいきり立った。

 近づいてきた、殴れないくせに。貴方は戦闘になるかもしれないという警戒より、男と双子淫魔の距離が接近する事に意識を取られていた。

 

「げぶう!?」

 

 故に、蹴っていた。

 気付いた頃には能動技能の蹴り技を使用し、貴方は大男の顔面にサマーソルトキックを食らわせていたのである。

 この時の貴方の精神テンションは迷宮探索中のソレであり、考えるより先に身体が動いたのだ。

 

「何しやガボォ!」

「いきなバギャ!」

 

 大男を捉えて間髪入れずに低空【隼狩脚】を発動。二人目の腹を吹っ飛ばした後、着地と同時に膂力強化付きのカエル跳びパンチを三人目の顎にぶち込んだ。

 男達はあっと言う間に倒れた。しかし、ダメージこそあれ気絶していない。立ち上がる男達を前に、貴方は無意識に槍を握るようにして構えていた。

 大丈夫だ、素手でも殺せる。

 

「貴様等! そこで何をしている!」

 

 第三者の声。ここにきて、貴方は王都民としての常識を取り戻した。

 当たり前だが、公共施設での暴力沙汰は相応に重い罪を問われる。それは冒険者身分なら尚の事で、貴方は結構な額の罰金刑に処されるだろう。

 

「こいつ! こいつが先に殴ってきたんだ! 俺達ぁ被害者だ!」

 

 得たりと、怒り顔を取り繕った男達は貴方を指して浴場警備兵に言い募った。

 反論できなかった。実際、貴方が蹴った事に間違いはないのだ。ここは素直に認めるべきだろう。

 

「確かに、怪我は其方側にしかないようだな。君、此方に来てもらうが」

「え? え? ちょっと待って、あれくらいの喧嘩、王都じゃ日常茶飯事なんじゃないの?」

「悲しい事に確かにそうですが、此処は共同浴場です。そのぶん厳しく罰されるのですよ」

 

 二人には先に上がるよう伝え、幸い拘束されなかった貴方は警備兵の後ろについて行った。

 他方、男達は嗤っていた。その目には貴方への軽侮と、隠しきれない程の双子淫魔への下心があった。

 再度、貴方の胸中にドス黒い激情が湧いてきた。今度こそ殺してやる。

 

「よう、楽しそうだな」

 

 その時、覚えのある声が聞こえた。

 警備兵の歩みを邪魔するように現れたのは、鋼のような肉体の男だった。くすんだ髪、小汚い無精ひげ、肥溜めのような瞳。

 

「リカルトさん!?」

 

 銀細工持ち冒険者、“猟斧”のリカルトである。

 何故か、その手には期間限定のトロピカルジュースがあった。

 

 

「職員さん、そいつらぁ知り合いでしてね。ちょ~っとだけ待ってもらえませんかねぇ?」

「え? あぁ、まぁ構わんが」

 

 警備兵に何かを握らせ、その歩みを止めさせる。

 何を考えてるのかと思えば、リカルトは貴方を素通りして件の三人組の前まで歩み寄った。

 

「なぁ~? おじさんさぁ、こいつにちょっかいかけんなって言ったよね? なに、昨日の今日で忘れちゃったワケ?」

「は、はい。言ってました……!」

「なのに、なんでこんな事なってんの? おかしいよね? もしかして、おじさんの方が記憶違いしてた感じ?」

「そんな事はありません!」

「じゃあさ、なんでこうなってんの?」

「それはこいつが先に……!」

「過程とかどうでもいいんだわ」

 

 言いながら、リカルトは大男の頭にジュースをぶっかけた。

 ジュースが目に入って瞬きしようとする男に、リカルトの瞳は「目ぇ閉じたら殴る」と言っていた。

 

「あぁ~あ、せっかくの限定品だったのに、お前等のせいで零れちゃったじゃん。悲しいなぁ、おじさん悲しくて仕方ないよ」

「い、今のはリカルトさんが……」

「……何言ってんか、分かんないの?」

「ひぃ!?」

 

 視線で促され、男達は飲み物売り場の方向に逃げて行った。

 警備兵を含め、此処にいる面々は銀細工の横暴に気圧されていた。

 

「あ、あの~、そろそろいいですか? これも仕事なんで」

「あぁすいませんねぇ。もうちょっとなんで」

 

 言いつつ、銀細工のリカルトは表情を変えずに貴方の前に立った。

 貴方が見上げるような身長差である。貴方を見下ろす瞳は、銀相応の淀みが沈殿していた。

 

「お前……」

 

 まるで、凶暴な肉食獣が唸りを上げたかのような声。

 場に緊張感が満ちる。リカルトの瞳は貴方の全容を捉え、いつでも殺せる構えを取っていた。

 時間感覚が曖昧になっていく中、ついにリカルトが口を開いた。

 

「どんな女が好みだ?」

 

 予想外の問いに、貴方は硬直した。

 リカルトの鋭い眼光は、貴方の悠長な思考を待ってはくれなかった。

 

 以前と同じだ。変な事を言うと、殴られる。

 焦って応えようとして、ふと思う。

 考えるまでもないではないか。

 

「ほう、そんで?」

 

 貴方は、「黒髪の淫魔が好きだ」と答えた。

 貴方の視界の隅で、白髪のラバーが僅かに嬉しそうな顔をした。

 

 次いで、「同じくらい白髪の女性が好きだ」とも答えた。

 また同じように、黒髪のアビーが嬉しそうな顔になった。

 

 続けて言う。

 赤い目が好きだ。緑の目が好きだ。

 大きな胸が好きだ。柔らかな尻が好きだ。

 

「あ、あのぅ……もう、いいんじゃないかなぁ?」

 

 尻尾を触ると簡単に気をやるところが好きだ。

 貴方の健康を気遣った料理を作ってくれるところが好きだ。

 妹想いな姉が好きだ。姉想いな妹が好きだ。

 

「うぇ……♡ うぅ……♡」

 

 一緒に起きて、一緒に食事をして、一緒に眠ってくれる女性が好きだ。

 貴方と共にいて幸せを感じてくれる女性といると、貴方はこの上ない幸福を感じる。

 故に貴方は、貴方と一緒にいて幸せになってくれる女性が好みなのだ。

 

「あわわ、あわわわわ♡ いくら淫魔でも、こういう羞恥プレイは流石にヤバいって♡」

「あぅ……♡」

「え~、私ただの警備兵なんですが……」

 

 暫しの間、思ったまま答えていくと、双子姉妹は顔を真っ赤にして狼狽していた

 何なら職員まで赤面していた。

 

「ふんっ……」

 

 リカルトは鼻で笑った。

 一歩、近づいてくる。

 そして、その大きな手を貴方の肩に置き、馴れ馴れしく体重を預けてきた。

 そして、にやりと歯を見せて……。

 

「合格だ」

 

 なんか合格した。

 

 

 

 その夜、貴方は生まれて初めて魔物以外に殺されそうになった。

 貴方は何度も敗北した。

 疲労困憊になって、眠った。

 

 貴方は幸せ者だ。

 

 

 

 

 

 

 その後の話である。

 

 貴方達一党は、迷宮稼業を続けていた。

 トリクシィとヴィーネの二人組と五人一党を組んだり、貴方達三人で別の下位迷宮を踏破したり。シラノイやラフィやウィードやリカルトや、羊人少女一党の面々と共に迷宮に挑んだりもした。

 

 当然として、貴方達の武装は少しずつ整っていった。

 頭目たる貴方だが、ひとまず装備を一新する事にした。全身革の装備はそのままに、使用素材を迷宮の主による聖遺物で統一し、トレードマークとなった毛皮のマントを羽織っている状態だ。

 

 アビーは斥候蛇に続いて新たな召喚獣を購入した。二体目は壁役の召喚獣で、物理耐性特化の水銀粘体だ。こいつのお陰で貴方は安心して前衛ができる。

 また、私生活においては彼女の【清潔】には毎日助けられている。

 

 ラバーは雷鳴琴の練習を続け、現在はギルドの教導官から新しい魔術を習っている。速弾き演奏詠唱による爆音激雷魔法が彼女の必殺技だ。

 最近は趣味で他の楽器にも手をつけた。似た者同士の姉妹だが、二重の意味でラバーはアビーより笛を吹くのが上手くなった。

 

 また、資金が安定してきた貴方達は、ワンランク上の宿に住まいを移した。

 というより、前の宿の住民から大量の苦情が来たせいで半ば追い出されたのであるが。

 結果オーライというやつで、現在はある程度の防音ができる部屋に住んでいる。楽器も鳴らし放題だ。

 

「レアドロップだって。すごい儲かっちゃったね!」

「んぃ、んぇ」

 

 そして、貴方達は本日も命がけで迷宮を潜っていた。

 双子姉妹の胸には、貴方と同じ鉄札が掛かっていた。

 腕を組んで並んで歩く貴方達は、どこの誰から見ても冒険者だった。

 

 双子姉妹を侍らかす貴方は、この上なく幸せだった。

 今なお、貴方に夢などない。同じく信念も存在しない。

 ただ、この二人を守りたい、惚れた女を独占したい。そういう、極めて人間的で男臭い願望があった。

 実家を継げなかった貴方だが、商人としての技術以外にも父から受け継いだものがあったのだ。

 

 今後、貴方の前には色んな苦難が待ち受けている事だろう。

 旅先で変な事件に巻き込まれたり、吸血鬼に貴方の血を狙われたり、中淫魔に進化した双子淫魔にガチ恋したイケメンが現れたり……。

 けれど、二人がいれば、三人ならば大丈夫だ。根拠はないが、貴方にはそんな確信があった。

 

 貴方の冒険者生活は、これからだ。




 貴方の物語、完ッ!

 ここまで本作を追ってきて頂いている読者様ならご存じでしょうが、本作は再序盤から主人公がかなり強い状態でスタートした為、ビギナー時代のハクスラ部分をあまり描写していないという半タイトル詐欺作品になってたんですよね。早々にヒロイン出さないと死ぬぜって判断で。
 なので、今回はそこを新人冒険者の貴方視点で描写し、ありふれた(?)冒険者の一人として迷宮稼業を営む様子を書きたかった訳ですね。お楽しみ頂けたなら幸いです。
 以降の貴方はサブキャラとして出たり出なかったりします。ディエゴとかモニカみたいなポジションだったって感じです。

 以下、読まなくてもいい貴方関連の設定です。
 貴方の本名も載せてるので、貴方のままにしておきたい人は見ない事をお勧めします。



◆貴方あれこれ◆

・ユア
 貴方。身長155㎝の12歳ショタ。家族が死んだショックと夢も信念もない精神性が負のシナジーを発揮し、入都当初は軽度の希死念慮を抱いていた。
 境遇や年齢やアライメントの影響で早々に不可逆な迷宮の狂気を発症し、最初はかなり危険だった。精神の均衡を保てていたのは商家教育による理性の賜物。曲がりなりにも護身術と魔術を習っていたので、何とか生活できていた。
 イシグロとの邂逅で技能習得(努力が報われる成功体験)を知った事で少しだけ持ち直し、風呂や食事で一時的にメンタルが整う。その後、紆余曲折あって双子淫魔と情を交わした事で生きる意味を見出した。
 狂気の方向が定まった事で、性欲・精力共に強化される。体力無限異能も相まって、例え負けても最終的に勃っているのはこっちである。後天的なデカパイ・デカケツ信徒。
 アンケで錬成した貴方さんだが、作者の予想は全て外れていた、てっきり最強女竜族になるものかと。

・アビー
 黒髪ロングの双子淫魔姉。
 童貞厨として処女をこじらせていたところ、ユアと出会って二日で吸精。淫魔の本能ではなく母性本能でユアから離れない事を覚悟した。現在は女としてユアに惚れ込んでいる。もう少ししたら中淫魔になる予定。
 武器は杖。水魔術と治癒魔術。召喚術を使える。今のところ手持ちは斥候蛇とタンクスライム。
 実は召喚獣関連は初期案エリーゼでやる予定だったが、これ際限ないなって思ってずっと放置していた。

・ラバー
 白髪ロングの双子淫魔妹。
 言葉を話せない事がコンプレックスだった。才能を開花させてくれたユアに感謝している。現在は姉と同じくユアに惚れ込んでいる。もう少ししたら中淫魔になる予定。文字での意思疎通は可能だが、その時の口調はアビーと同じ。
 楽器全般に高い補正と適性があり、常人の三倍以上のスピードで習熟可能。武器はエレキギター。弦を弾く事で詠唱と成し、実質無詠唱の魔法を連打できる。音魔術と雷魔術と支援魔術が可能。元ネタはDMCのアレ。
 実はエレキギターは初期案ルクスリリアの武器だったので、ようやく供養できた感じ。



・跳躍槍撃
 ランサースキル。ジャンプからの落下攻撃。ジャンプ方向は前後左右斜め45度まで変更可能。ジャンプキャンセルからのジャンプも可能。
 FF竜騎士のイメージ。多分上B復帰技。スタミナ消費の激しさと動きの単調さから、イシグロはこれを封印技判定している。

・飛び込み突き
 前方に跳躍して片手突きを行う。この時、槍の先端に貫通属性が付与される。ダメージ計算には膂力・技量に加え敏捷も加算される。また、与ダメ時に最高速度ボーナスも乗る。
 ランサー版の【切り抜け】にあたるスキル。その割にデメリットが大きかった為、イシグロはこの技をダメ技判定した。

・猟犬跳歩
 ジグザグの軌道でステップする。片足が地についていれば発動可能なので、仕切り直しや攻撃前動作として有用。
 スタイリッシュ反復横跳び。速度は良いが移動距離の割にスタミナ消費が激しい為、イシグロはこれを封印技判定した。

・突撃疾走
 槍を構えてダッシュする。この時、槍の先端に貫通属性を付与し、使用者の身体に吹き飛ばし効果を付与する。
 モンハンランスの突進。うんこみたいなスタミナ消費とゲロカスな単調動作の為、イシグロは秒でクソ技判定した。

・猫跳び
 石突を地面や壁に打ち付けて加速するスキル。僅かな予備動作で動ける。
 足じゃなく槍で行う壁ジャンプみたいなもん。

・薪の呼吸
 スタミナとカロリーを消費してHPとMPを回復する。
 ニンジャスレイヤーのチャドー呼吸に近いが、あそこまで優秀ではない。回復効率が悪く、イシグロ的にはポーションが無い時の緊急手段。

・隼狩脚
 空中でのみ発動。片足を向けた先に直進する蹴り技。移動距離に応じて威力上昇。
 ライダーキック。落下速度が速いので立ち回り技として使える。ただし着地時の技後硬直が長いので、別途スキルやPSでフォローする必要がある。
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