【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が継続の力になっております。
 誤字報告もありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は一人称、イシグロ視点です。
 よろしくお願いします。


四年目・災厄の尖兵編
想い、溢れて


 淫魔王国とは、ラリス王国と国境を接する淫魔族単一国家である。

 元々、淫魔族はディング魔族国に住んでいたらしいが、第二次魔王戦争後はラリス王国に土地を譲ってもらい、種族単位でそこに移住して彼の国の実質的な属国となったという経緯がある。

 属国とはいえ統治者の手腕によりその統治は安定しており、宗主国たるラリスとは上手くやっている。温厚で人懐っこい国民性も相まって、国内の治安は大変よろしい。

 

 以前まではラリス王国に国家の防衛を半ば丸投げしていたようだが、現在はラリス承認のもと国土防衛結界が強化され、極めて侵入困難な国になったそうだ。これは交流会の際に発覚した夢魔の侵入を受けての措置であった。

 件の新型結界のお陰で、淫魔王国はラリスより安全かもしれない国になったのだ。男性以外にとって、男性以外にとって。

 

「ぐぉおおおお! 昨日アナニーすんの忘れたぁあああ! アナルが爆発するぅううう! 拙い! このままじゃあ、ここら一帯が吹き飛ぶぞぉおおお!」

「お客様の中に精通済みの男性はいらっしゃいませんかぁ!? この娘には輸ケツが必要なんですぅ!」

「早く挿れろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!」

 

 いやまぁ例え女性でも此処に長居したら頭が淫魔化しそうになるかもだが。

 治安は良いんだよ、治安は。

 

「うわ、うわ、うわ! あの人達、公衆の面前であんな恰好……! あれが普通の淫魔さんなの!?」

「なにあれ、おもろ。その辺の棒とか突っ込んでいいですか?」

「アタイはお前さんの倫理観が怖ぇよ……」

 

 王都から淫魔王国までの旅路はこれ以上なくスムーズだった。

 ラリス国内の移動は第三王子に貰ったパスポートでフリーだったし、準淫魔騎士勲章のパワーで関所からケフィアムまでも完全フリー。その上、交通手段は自動車超えてプライベートジェット超えて最早ファストトラベルの領域である。

 で、今現在の俺達は淫魔王国唯一の街であるケフィアムを目的地に向かって歩いていた。レノの教育に悪いので街の様子はあまり見せたくないんだが、もうどうしようもない。

 

「あん♡ おぉん♡ 分け挿っても♡ 分け挿っても♡ 深いアナル♡ サキュバス心の絶頂句♡ んほぉおおおお♡」

「サイアヌスがやられたようだな」

「フフフ、奴はアナル四天王の中でも最弱……」

「観光客ごときに負けるとは四天王の面汚しよ……」

「くらえー!」

「「「グァアアアアアア!」」」

 

 街往く淫魔さん達は相変わらず楽しそうだ。

 まるで、迫りくる尖兵の存在など気にしていないかのように。

 事実、知らないから気にしていないのだ。

 

 無用の混乱を抑える為、災厄の尖兵については情報統制がされているそうだ。

 尖兵の存在も、それらが近づいている事も知っているが、民草はそれが今であるとは知らないまま過ごしている。

 尖兵戦の結果は退けた後に報じるらしい。契約書にそう書いてあった。なので、チィレンさんにも此処に来た本当の意味を伝えていない。

 俺は、尖兵戦に参じる為に召喚されたのである。

 

「お待ちしておりました。イシグロ様、ならびに一党と盟友の皆様」

 

 目的地であるラリス大使館に到着すると、淫魔騎士さんに連れられてその日のうちに登城した。

 仕事の話は後日になるが、淫魔女王からは早く来るよう言われたのだ。なら五分前行動をするのが俺である。

 

「うへぇ、近くで見たら威厳倍だな。アタイ等も入っていいのか?」

「ええ。イシグロさんと陛下のご希望ですので」

「イシグロさんが凄い人だったって思ったのコレで二回目だぁ……」

「その割に相応の地位じゃあないですよね。何でです? なっちゃえばいいじゃないですか、貴族なり何なり」

「大いなる力は持っててもソレ自体に責任はないと考えられるが。根が小市民だから、家族守るので手一杯かな」

「無欲なんじゃよなぁ」

 

 城内の客室に案内され、その日は二組に分かれて休む事となった。

 流石は淫魔王国と言うべきか、供された夕食はどれも美味しくて且つ冒険者の食事量に配慮されていた。風呂も綺麗だったし、ベッドも広くてふかふかである。

 勿論、ベッドは皆で使った。仕事の前だからチャージせねば。

 

「はぁい、お久しぶり~。クーシェンぶりかな? あの時は大活躍だったわね~」

 

 翌朝、各々正装を身に纏った俺達は淫魔女王と再会した。

 第三王子に呼び出されてきた俺達だが、それはそれとして彼女には私的な用事があるのだ。

 即ち、エリーゼ達の検診である。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

「つっても検診って退屈なんスよね~。もっとこう遊びの要素が欲しいというか」

「や、最新の魔道具は見てるだけで面白い」

 

 陛下はこの世界でも有数の魔術師である。そんな彼女とは、夢魔騒動を解決したご褒美としてエリーゼの解呪に協力してくれる約束をしていた。

 ついでにレノとルクスリリアの状態も診てもらう。ルクスリリアに関しては、女王サイドが純淫魔の情報を欲しているのでウィンウィンである。

 

「エリーゼちゃん、そんな呪いにかかっていたのね」

「知りませんでした。何か気づいてないだけで失礼なこと言っちゃったかも……」

「まぁそういうの気にする気質でもねぇだろ。エリーゼのお嬢ちゃんは」

 

 奴隷身分になる前、エリーゼは不胎の呪いをかけられていた。彼女は俺との子を望んでいる。叶うならば、俺もそうしたい。

 政治的な後ろ盾の獲得と同様に、これを解呪する為にこれまで権力者とのコネを作ってきたのだ。皆の為に何かを残すと言えば、子供こそ最たるモノのように思える。

 その旨をかいつまんで説明すると、ユゥリンとチィレンさんは真に世を憂うような表情を浮かべていた。

 

「お暇でしたら、練兵場をお使いになっては如何でしょう?」

 

 そんなこんな。検診の間はトレーニング場所を貸してもらえる事に。

 城内の練兵場に着くと、そこには訓練に励む淫魔騎士の姿があった。俺達が来た時は女子高に男子来たみたいになったが、上官の一喝ですぐに戻っていた。流石だし、申し訳ない。邪魔しないので許してクレメンス。

 

「シャーロットもやりましょうか。昨日たくさんお酒を呑んでいたでしょう?」

「のじゃ。ちょっと見んうちにまた肝氣が弱っておるぞ」

「る、ルーン魔術はサボッてねぇから……」

「ほら、チィ姉も基本の型だけでもやろう。ちょっとでも体力つけないと」

「こんな素敵なお城でやるのが拳法かぁ」

 

 広い練兵場の一角で、俺達は騎士に負けじとトレーニングを開始した。

 残念ながら当然として、人工異境たるギルドの鍛錬場と異なり此処で激しい模擬戦など出来ようはずもない。やるのは基本のキのみである。 

 

「スゥー、フゥー」

 

 俺達が日々継続しているのは、唯心無月流をベースに嵐極拳の技術を取り入れたアレンジメニューである。

 初めに行うのは無月流の呼吸瞑想だ。この時、腹の奥から発勁を意識するのが肝要である。そうして全身に勁鱗を纏い、これの維持に集中する。

 きっかり五分の瞑想を終えたら、お次は無手による準備運動だ。これまた無月流ベースの嵐極拳アレンジで、意味合いとしてはラジオ体操とかヨガに近い。

 

 準備運動後は格闘術の型稽古である。基本は無月流で立ち回り、嵐極拳で攻めるイメージ。強弱PKが無月流でコマンド技が嵐極拳とでも例えようか。

 で、次は各々得意武器を持って素振りである。俺は直剣で、イリハは刀。グーラはぶちぬき丸をブンブンである。

 鍛錬は続くよ何処までも。素振りを終えたら武器の型、これも三人共異なるものを習っているので習った通りに実直に。その後、俺は槍とか槌とかも練習する。無月流はあらゆる武器の扱いを学べるのだ。学んだ分だけ練習負荷は高くなる。

 

 もちろん、これらは出来る限り毎日やる。免許こそ貰ったがマスターなどしていない。練習方法を体得しただけなのだ。チートに頼ってばかりじゃイキり転移者の域を脱却できぬ。ちゃんとチートを使いこなせるようにしないとな。

 ぶっちゃけ、結構面倒だ。でも続けなければならない。モチベの源泉は、もちろん皆だ。皆がいるから強くなれる。皆の為なら、いくらでも努力できるのだ。

 

「二一番! そこまで絞るには眠れない夜もあったろう! 滴る汗を舐め取りたい!」

「しかし我々にはピクリともきていないご様子。うむ、今晩は無様敗北オナニーで決まりだな」

「ちくしょうちくしょう! 高身長爆乳デカ尻エリート淫魔に生まれたばっかりに! 私もルクスリリアちゃんみたいになりたかった! ヒトオスとの性奴隷生活とか全淫魔の夢じゃんよ!」

 

 こうもやっていれば基礎鍛錬だけでも時間を食う。気付けば俺の稽古着は流れる汗でびしょびしょになっていた。夏だからね、しょうがないね。

 

「淫魔騎士の皆さんが羨望の目で見ていますね。ご主人様の奴隷として、とても誇らしいです」

「あれ、ウチの弟子なんですよ。ふへへ……」

「モテモテじゃな、主様。ほい水と手拭い」

「ありがとう。少し休んだら嵐極拳の稽古しようか」

「ま、マジでガチなんだな、亭主殿は」

 

 イリハから手拭いを受け取り、水分補給して休憩する。基本のキを終えたら発勁の練習だ。

 実に平和である。鍛錬できるのは今のうちなのだ。

 気合、入れないとな。

 

 

 

 時は過ぎ、陽が傾いて空が赤く染まった頃。

 城の案内をしてもらっていた俺達は、別の淫魔騎士に呼ばれてエリーゼ達を迎えに行った。

 診察室みたいな所で合流し、女医っぽい恰好の淫魔女王に説明を受ける。ちなみに、一党以外の三名は部屋で待機中だ。

 

「ルクスリリアちゃんだけど、純淫魔になって以降これまで溢れていた精が殆ど貯蔵されるようになってるわね。こんなに小さい身体なのに凄くない?」

「ふふん、ご主人は毎日お元気で悠々自適ッスわ」

 

 現状、陛下が確認している純淫魔はルクスリリア含めて二人である。純淫魔の生態は、まだまだ謎に満ちているのだ。今後も経過観察を続けていく。

 

「レノちゃんも問題なし。もともと天使族は成長が遅いから、そう焦る事はないわ。ゆっくり待ちましょう?」

「ん、わかった」

 

 レノの身体に関しては、猫又に弄られてた身体を勇者パーティの僧侶枠だったジュスティーヌさんに治してもらったという経緯がある。猫又によって魔術的に抜き取られていた臓器も取り戻し、現在はそれらの成熟を待っている状態だ。

 

「それで、エリーゼちゃんの呪いについてなんだけど……」

 

 二人の説明を終えると、淫魔女王の雰囲気が真剣なものへと切り替わった。思わず息を飲んでしまう。

 その時、エリーゼの背中が僅かに震えた。

 ややあって、淫魔女王はバッと両手を広げて……。

 

「ぱんぱかぱーん! 頑張ってきた甲斐あって、解呪できるようになりましたー!」

 

 パン! パンパンパン!

 軽快な破裂音。背後に控えていた淫魔がクラッカーみたいな魔道具を起動した。おまけに天井に開いた穴から「おめでとう!」という垂れ幕まで下りてきた。

 一同、ポカンである。エリーゼの頭に紙吹雪が積もっている。

 

「解呪できるって! よかったじゃないッスか! エリーゼずっと解きたがってたッスもんね!」

「え、ええ……」

 

 嬉しい事を素直に喜べるルクスリリアのハイテンションに、エリーゼはなおも当惑しているらしかった。

 俺もいきなりの事に驚いている。現実感が無いというか、何というか。

 

「あれ? もしかして、そんなに嬉しくない……訳ないわよね? 今のサプライズ滑っちゃった感じかしら?」

「陛下、魔族と他種族では感情の振れ幅が異なります。もう少し段階を経てお出しすべきだったかと」

「あー、そうだったわ。ごめんねエリーゼちゃん? でも嘘じゃないから、安心して?」

「ええ。嬉しいのは、そうなのだけれど、まだ心が追いつかないわ……」

 

 そのように応えたエリーゼは、内心解呪には希望を持てずにいたのかもしれない。

 王都随一だという呪術師には匙を投げられ、解呪できるかもしれないというアイテムもなかなか手に入らない。ついには淫魔女王に診てもらったが、これも待てしかして希望せよとのお達しだった。

 こんな俺でも、そんな彼女の気持ちを慮る事くらいはできた。

 

「その……」

 

 絶望から身を護るように、凍えそうな心を温めるように。エリーゼは自分の腕を抱いて、目を逸らしながら云った。

 

「本当に、この呪いを解けるというの……?」

 

 それは、普段の彼女は見せない弱々しい仕草だった 

 俺の角度からは見えないエリーゼの表情を見てとって、一瞬優しい笑みになった淫魔女王は、次いで自信満々に大きな胸を張ってみせた。

 

「任せなさい。エリーゼちゃんは何も心配する事はないわ。安心して、幸せになりなさいな」

「そう。そうなのね……」

 

 ぼーっとしたままのエリーゼの肩に、俺は後ろから手を置いた。

 

「エリーゼ……」

「ごめんなさい。これじゃあ、貴方の献身に対して失礼よね。喜ぶべきなのは分かってるのだけれど、いざこの時が来ると……」

 

 後ろから、優しく抱きしめる、振り向いた銀竜の瞳は、迷子のように濡れていた。

 続いて、皆も一緒になってエリーゼを囲んだ。暫し、皆で解呪の報を寿ぐ。

 

「ええ、まぁビックリよね。でも、そう唐突な事ではないのよ。それもこれも、イシグロ君達が頑張ってきたからエリーゼちゃんの呪いを解けるようになったのよ」

「というと?」

 

 ややもあり、淫魔女王は再度真剣な表情に切り替わった。

 

「あの呪いはね、猫又達……もとい旧魔王軍独自の技術だったのよ。だから既存の呪術とは基礎から異なっていて、呪いの根の解析に苦戦させられていたの。そこにイシグロさんが捕縛した猫又から情報を得る事ができて、今こうして解呪に繋げる事ができたのよ」

 

 旧魔王軍と聞いて、俺は驚くやら呆れるやらといった心持になってしまった。

 エリーゼに呪いをかけたのは竜族と聞いていたが、そこでも魔王軍が出てくるのか。ともかく、件の猫又達を捕縛した選択は間違っていなかったようだ。

 

「あの夢魔はロクな情報を持ってなかったけれど、いくつか拠点を見つける事ができたわ。でね、続く猫又の捕縛から一気に進んだの。特に役に立ったのは陰陽術師の猫又で。奴に刻まれた陰陽術に旧魔王軍式呪術の根幹となる技術が隠れていたの。何故、エリーゼちゃんに旧魔王軍由来の呪いが使われたのかは分からないままだけど」

 

 陰陽術師の猫又というと、イリハを狙ってきた奴だろう。そいつとはシャーロットの復讐戦の際に再戦し、初めて生身ごと捕縛した個体である。

 再生怪人枠かそっくりさんかは知らないが、その後は奴の脳に直接訊いたそうだ。なお、尋問には第三王子も同席し、そこで得た情報を陛下に伝えたのも王子の判断らしい。

 

「王子一党の魔導士ちゃんに、倫叡塔のヘカテーニャ教授。色んな人に協力してもらった研究が進められたわ。解放軍に対するカウンターになるかもしれないって。そして、エリーゼちゃんの解呪が出来るようになったのよ。貴女が戦ってきた結果、貴女の夢が叶うのよ」

「そう……」

 

 エリーゼの解呪の研究が解放軍への反撃の狼煙になったのか。世の中、何が何に繋がるか分かったものではないな。

 休憩中にアイスクリームを食べた事で脳科学が進歩し、シャーペンの汚れから抗生物質が生まれ、ニトロが零れてダイナマイトが作られるようになった。

 それらを同一に語る事はできないが、俺達が積み上げてきたモノは全部無駄じゃなかったのだ。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

 なんて思っていたら、椅子に座っていたエリーゼの全身が弛緩して倒れそうになった。

 後ろから支えると、彼女は上目遣いに口角を上げてみせた。

 

「大丈夫よ。嬉し過ぎて、気が抜けてしまったの。どうか、私の分まで喜んでちょうだい?」

「ああ。あぁ……!」

 

 言われてから、改めて喜びをかみしめる。

 ボスを倒して、解呪アイテムをゲットした訳ではなかった。

 壮大な冒険の果てに呪いを解いた訳でもなかった。

 希望を持ち、努力を続け、人と人との縁を繋いできたから、今こうして報われたのだ。

 物語的には落第かもしれないが、これこそが自然な流れと言えるだろう。

 

「ありがとう。エリーゼ、みんな……」

 

 俺の胸には、ただ只管に純粋な感謝だけが溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 そう時間を取るものではないとの事で、解呪儀式はその日のうちに行われる運びとなった。

 

「アナタが心配してどうするのよ」

「そうよ。主人ならもっと堂々としててちょうだいな。それとも私の腕が信用できない?」

「い、いえ……」

 

 解呪用の部屋の前で、エリーゼを見送る。彼女は自分の足で歩いていった。

 扉が閉まる。とても遠くに行ってしまったように感じた。

 

「なぁに暗い顔してんスかご主人」

「陛下に同意。マスターが不安そうな顔すべきじゃないと思う」

「それは分かってるが……」

 

 待機室で待っている間、どうにも落ち着けずにいた俺は部屋中をウロウロしていた。一方の女性陣はどっしり構えており、読書したり茶をしばいていたり各々くつろいでいた。

 時間感覚がおかしい。長い、長くない? 時間の経過に比例して、どんどんマイナスな方向に考えてしまう。

 悪辣な魔王軍の事だ。件の呪いに仕掛けがあって、最後の最後にヤバい事が起きるんじゃないかとか。陛下の手元が狂って失敗しちゃうんじゃないかとか。あるいは淫魔女王が俺達を騙してエリーゼを捕らえたんじゃないかとか。

 エリーゼの身が無事なら、それだけでいい。何なら成功しなくてもいい。どうか彼女と再会できる事を、俺は両手を合わせて祈っていた。

 

「おまた~。いやぁ思ったより時間かかっちゃったけど、別に途中でミスしたとかじゃないから安心してね~」

 

 どれだけ待っていたのだろうか。ノックもなく、待機室の扉が開かれた。

 ハッとして振り向くと、淫魔女王手ずから開けた扉の奥に、術衣を纏ったエリーゼが立っていた。

 

「エリーゼ! 大丈夫だったか……!」

「大丈夫も何も……」

 

 見れば、エリーゼの表情は常と変わっていなかった。

 淫魔女王を見る。彼女は鷹揚に頷いてみせた。

 

「解呪は成功したわ。それはもう、この子に言われて何回も確認したからそこも安心して。だから遅くなっちゃったのよ~?」

「それは、言わないでちょうだい……」

「エリーゼ!」

 

 気付けば、俺はエリーゼの小さな身体を抱きしめていた。

 膝立ちになって、彼女の鼓動を確かめるように。

 あるいは、大の男が少女の胸に縋りついてる風に見えるかもしれない。それくらい、今の俺はセンチメンタルだった。

 

「アナタ、泣いているのかしら……?」

 

 嬉し涙である。

 喉が詰まって返事ができず、俺は彼女の術衣を濡らしてしまっていた。

 

「仕方ない人……」

 

 やっと、彼女の望みを叶えてあげられる。

 こんなに嬉しい事があろうか。

 寧ろ人生はこれからが肝腎な事は分かっているのだが、この瞬間こそ人生の絶頂に思えて仕方がなかった。

 俺の貧弱な脳みそでは、今以上の幸福を想像できなかった。

 

「ルクスリリア、今日は止めておきましょうか」

「ッスね。仕方ねぇッス」

「じゃな」

「ん、わたしも空気を読む事を覚えた」

「亭主殿が暴走しねぇかが心配だな。まっ、流石に大丈夫か」

「うぅ、良かったねぇエリーゼちゃん……!」

「ほらチィ姉、鼻チーンして」

 

 しばらくの間、俺は彼女の腕に抱かれ、涙を流していた。

 世界一情けなくて、世界一幸せな男として。

 

 

 

 そして、夜。

 俺とエリーゼは、二人きりでベッドに腰掛けていた。

 ルクスリリア主導の報連相の結果、今晩は二人でとなったのだ。

 

「私ね、ずっと諦めていたのよ……」

 

 広いベッドの縁で、隣り合う。

 彼女の鼓動さえ感じられる距離。彫像のように白い彼女の肌は、相変わらずひんやりしていた。

 

「けれど、あの時……アナタが喜んでくれた時、呪いが解けて良かったって。そう、心の底から思えたわ」

 

 一緒になる事は、彼女だけの願望ではなかった。

 愛の結晶を育む事は、俺だけの願望ではなかった。

 既に、ずっと前から、俺とエリーゼの幸せは俺達の幸せになっていたのだ。

 

「ありがとう。アナタが誰の為に頑張ってきたか、私も皆もちゃんと分かっているつもりよ」

 

 見つめ合って、同じタイミングで微笑んだ。

 好きとか愛しているとか、これまで何度も言ってきた。勿論、全て本気で。その上で、愛が溢れている。

 思い出す。前世好きだった映画の名シーン。家族がいる幸せを、誰かに分けてやりたい気分だった。

 

「ん……♡」

 

 自然に、唇を重ねていた。

 まるでファーストキスみたいな、初々しいキス。何度も何度も、毎日しているというのに、いつまでもしていたいと思える。

 

「ちゅ♡ ちゅう……♡ んんっ♡」

 

 キスをしながら、ゆっくりと押し倒す。

 ベッドの上に、銀色の髪が広がった。

 

 吸い込まれそうな青の双眸を見つめる。

 とろけていた瞼が瞬きすると、二つの月が次第に憂いを帯びていった。

 

「今言うのは無粋なようだけれど、竜族は子供ができづらい種族なのよ。例え不胎の呪いが解けようと、私がアナタの子を孕めるとは限らないわ……」

 

 告解のような響き。

 銀竜の冷たい手のひらが、俺の頬を撫でた。

 

「そんな私でも、アナタは愛してくださるのよね?」

 

 一転、自信に満ち溢れたような笑みになる。

 かつて、彼女は彼女自身を“財宝”と称した。ただ愛でられる高貴な物であると。

 お互い一目惚れだった。その上で、エリーゼはあの頃よりずっと綺麗になった。俺が与えた自信だ。皆で育んだ自尊心だ。

 今、エリーゼは真の輝きを放っていた。

 

「ねぇ、お願い……」

 

 誘うように、両の腕で抱き寄せられる。

 耳朶に唇が触れる距離で、彼女は甘く囁いた。

 

「私に、アナタの子を産ませて……?」

 

 心の楔が、外されていく。

 どうにかなってしまいそうだ。

 

 そうして、俺とエリーゼは二人きりの夜を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝である。

 

 豪華絢爛な寝室に、眩しい朝日が差し込んでいた。

 その中で、俺は神妙にお縄に着くかのように背筋真っすぐ正座していた。

 

「ご主人様……」

「主様のぅ」

「マスター……」

「亭主殿さぁ」

「リキタカさん……」

 

 皆にジト目で見下ろされている。

 ふいと皆の視線が逸れる。そこには、エリーゼの姿があった。

 

「動けないわ……」

 

 ベッドに横たわるエリーゼは、凄い事になっていた。

 本当に、凄い事になっていたのだ。

 例えるなら、ハイオク満タン。またはオーバーチャージ。もしくはリミッター解除。有体に言って、妊婦さんみたいになっていたのだ。

 要するに、「そんなエロ同人みたいな事ある?」って感じなのだ。なっとるやろがい。

 

「ご主人、アタシ言ったッスよね? ご主人は半分淫魔なんスから、本気出しちゃ駄目ッスよって」

「はい……」

 

 初めてルクスリリアとした時、彼女は潰れたカエルみたいになっていた。

 そして、今の俺は当時より強くなっている。戦闘力だけではなく、精力的な意味でも。

 言ってしまえば弾数無限なのである。抜かずの六連射など、今となっては序の口だった。

 

「本当にごめん……」

 

 謝った。誠心誠意、謝った。土下座である。

 エリーゼは怒っていない。ただ、じっとりした目で溜息を吐いていた。

 

「ちょっと、煽り過ぎたわ……」

 

 皆は顔を見合わせ、頷き合った。

 俺はもう一度頭を下げた。

 本当に申し訳ない。

 

 ついに、念願だったエリーゼの解呪は成った。

 いい加減、人生を次の段階へ進める時だろう。

 その為にも、引き受けた仕事はしっかり終わらせないとな。

 俺は生きる。生きて皆と添い遂げる!

 

「それはそれとして、今晩は一人で寝てもらうッスよ」

「ん、今日はファル姉達も来る予定だから、わたしはそっちで寝る」

「ご自重なさってください、ご主人様」

 

 それはそれ。

 罪には罰が必要だ。

 甘んじて受け入れよう。

 

 一人の夜は寂しいと、異世界に来てから思い知った。




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