【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

247 / 322
 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


黄金炉利旗の下に

 ケフィアム城はオープンなお城である。

 淫魔女王の居城は国の真ん中の小高い丘の上に在り、その建築様式はバロックな感じで厳めしいというより美しい。ざっくり例えると、ケフィアム城は幸せいっぱいなプリンセスが住んでそうなお城なのだ。

 城壁も厚くないし、高くもない攻め落としやすそうな構造だ。実のところ、これは淫魔族全体がラリス王家に頭を垂れている構図であり、本土の防衛戦は淫魔女王にお任せって側面もある。決戦兵器たる玉座に座った淫魔女王はクッソ強いらしいし。

 

 そんなケフィアム城の門から、ぱっかぱっかと馬車の列が入ってきた。

 一台、二台、三台……ゆっくり優雅に停車する。次いでひときわ豪奢な馬車の扉が開かれて、中から天使族のメイドさんが降車した。そして、如何にもシゴデキメイドな天使は反対側の扉を開けて恭しく手を差し出した。

 メイドの手を借りてタラップを下りたのもまた、天使族の美女だった。空色の髪に、かつて見た勇者パーティ僧侶枠さんにそっくりな顔立ち。それこそ天使みたいな羽衣を纏っている女性は、今はファリナと名乗るレノの母兼姉であった。

 

「ファル! リン! ナッテ! 会いたかった!」

「久しぶり、レノ。大きくなって……やっぱりないわね!」

 

 完全にお姫様扱いされてたファリナさんに、レノが勢いよく抱き着いた。ここぞとばかりに胸に顔を埋めている。彼女は巨乳が好きなのだ。

 紆余曲折あって、ファリナさんは一つの身体に三つの魂を持っている。喋りたい事がある時は都度人格を切り替えているそうだ。現在は第三王子に匿われており、尖兵戦に合わせて淫魔王国にやってきたのである。

 

「ファリナとは話したい事が沢山ある。手紙で話せなかったこと、いっぱい。そっちの話も聞かせてほしい」

「ええ、ええっ。満足いくまでお話しましょう」

 

 抱き合って笑顔を向け合う二人。キマシの塔が建ちそうだ。レノにとってもファリナさんにとっても、お互いが心の支えだったのだ。精神的・物理的距離が近いのもむべなるかな。

 続いて、別の馬車からも天使族の女性達が降りてきた。彼女達はケフィアム城の美しさにキャッキャとはしゃいでおり、どことなく修学旅行中の女子高生のよう。彼女達もファリナさんと同様に王子に匿ってもらっている。現在は勉強したり訓練したりで手に職を付けてる最中で、淫魔王国入りもその一環という事になっている。

 

「お久しぶりです。イシグロさん。ところで他の子はいないようだけど、どうしたの?」

「はい。ちょっと事情があって、部屋で待機してもらってます」

 

 登城してきた天使達は二組に別れて城に入っていった。ファリナ組とその他天使組である。姦しくも真面目な天使達は淫魔騎士の誘導に従っていた。

 

「皆様こちらでお待ちです。扉の前で待機していますので、ご用の際はお声かけ下さい」

 

 騎士に案内されて入った部屋は、我が愛しき家族用の客室だ。中にはファリナさんと初対面であるシャロと麒麟姉妹の姿もある。

 それぞれ挨拶を交わすと、総勢九名の女子は各々お茶などシバきながらすぐに会話に花を咲かせた。唯一の男性である俺は黙秘権を行使である。

 

「クーシェンの亭主殿はそれはもう大活躍でな。よく分かんねぇ槍に跨って龍と戦ってたんだぜ。しかも淫魔女王と一緒だった」

「まぁ! 活躍してたとは聞いてたけれど、なんだか凄い人達と肩を並べていたのね!」

「ん、わたしも戦った。汚い龍を洗った」

「それだと急に牧歌的な光景になっちゃうね」

 

 異世界の女子会は戦いトークも普通に飛び出る。天使と麒麟の陽キャを中心として、皆も俺達の戦績で盛り上がっていた。その間、ちょこちょこ俺への賞賛が混じってて微妙に気まずい。俺が飲むケフィアムのコーヒーは苦い。

 

「イシグロ様、準備整いましてございます」

 

 ややもあり、ノックして失礼と淫魔騎士が入ってきて、軍属らしい所作で俺に耳打ちしてきた。

 仕事の時間である。俺は貧乏性を発揮してコーヒーを飲み干すと、皆に断りを入れてから立ち上がった。

 

「じゃ、行ってくるよ」

 

 お話に夢中な面々から軽い返事を頂き、俺はそそくさと部屋を出た。

 淫魔騎士に先導されて、ケフィアム城の廊下を歩く。一階から階段を下り、「どうぞ」と言われてファンタジー・エレベーターで地下に下りた。エレベーターの中、淫魔騎士が俺の股間をチラチラ見てきた。

 

「ここからはお一人で向かわれますよう」

 

 地下深くまで来たという確信。扉の先には薄暗い廊下が続いており、以後は先導無しらしい。

 王城の地下通路を一人で歩く。どことなく魔力の流れが変な気がする。今にも格子状のレーザーで切り刻まれそうな雰囲気。センサーでもついているのだろうか、何者かに監視されてる印象を受ける。

 通路の先にあった扉を潜ると。その先もまた通路だった。やけに響く靴音を鳴らしながら進んでいき、やがて灯りのついた扉を発見した。

 十中八九ここだろう。

 

「ふぅ」

 

 ひと呼吸。気持ちを整える。

 何度繰り返しても、偉い人とのコミュは緊張する。エリーゼのマナー教室を思い出し、腹から全身に気合を入れる。大丈夫、多少やらかしても死にはしないはず。

 そして、俺は丁寧な所作を意識してノックした。

 

「イシグロです」

「ええ。入って頂戴」

 

 扉の奥から淫魔女王の声。扉を開けようとして、ドアノブがない事に気付いた。

 かと思えば、それはプシューッと開かれた。SFっぽい自動ドアだ。驚きながらも何故か薄暗い部屋に入ると、そこには見知った顔があった。

 

「いらっしゃい。こんな暗い地下に呼び出しちゃってごめんなさいね。色々あるって察してくれると嬉しいわ」

 

 泰然自若と座す淫魔女王と……、

 

「やぁ、僕ともクーシェンぶりかな。見たところ以前より強くなったようだけれど、また迷宮に潜っていたのかな」

 

 何故か女装している王子である。

 それから、第三王子付きのメイドである魔牛族のキルスティンさんがいて、女王付きの騎士は壁際で直立不動だ。

 

 今から行われるのは、尖兵戦における俺の仕事内容の説明である。何故か知らんが、わざわざ俺一人の為に二人に時間を作ってもらっちゃってる。

 緊張するのはそれはそれとして、なんかスパイ映画のワンシーンみたいで面白かった。

 プシューッと、背後の自動ドアが閉まる音がした。

 

 

 

 

 

 

 異世界の情勢は常時戦時下である。

 それというのも、絶える事なく四方八方から人類の脅威が生存圏に攻めてくる為だ。魔物との戦い=人類史といっても過言ではない。

 その最たるものが“災厄”および“災厄の尖兵”である。

 

 災厄とは、一〇〇〇年毎に発生するアニバーサリー・レイドイベントである。

 このレイドイベントの内容は毎度ランダムなようだが、基本的には元凶となるボスを異世界最強ランカー達が出張って倒すのが習わしだ。

 この時、人類側が勝ったら一気に人類生存圏が広がるらしい。あと、第二大災厄の際はあんまり広がらなかったそうな。ギリギリの辛勝だったとか。

 

 災厄戦がレイドイベントなのに対し、尖兵戦は大規模タワーディフェンスだ。

 これを如何に消耗せずに突破できるかで災厄戦の難易度が変わってくる。故に、尖兵戦においては国の一般兵や在野の冒険者を徴用して防衛するのだ。最高戦力を出撃させず、二軍で戦うという話。

 

 で、肝腎の尖兵戦は砦での防衛戦が基本となる。

 俺視点だと防衛戦なら余裕じゃんとか思っちゃうが、実際は負け戦が多いらしい。砦の兵士は全滅する前に砦を放棄して撤退するそうだ。そしたら後方で態勢を立て直し、奪われた砦を奪い返す。これの繰り返し。魔物は砦を無視しないらしく、文字通りの陣取り合戦の様相だ。

 これが、俺が知る範囲の尖兵戦の概要である。

 

 第三王子との契約では、尖兵戦における俺の主な役割は後方支援の予定である。

 空戦車で物資を運搬する輸送係だな。前線で戦ってる兵隊さんには申し訳ないが、俺は命がけの陣取りゲームに参加する気にはなれない。まして、軍の命令で死ぬまで戦うなど以ての外である。

 約束、守ってくれると嬉しいが。

 

 

 

 ケフィアム城の地下室は、軍議用に設えられた密閉空間になっていた。

 部屋の中心にはビリヤード台のような四角いテーブルがあり、四方に簡素な椅子が並んでいる。椅子の隣には小さなテーブルがあって、殿下と陛下のテーブルには氷入りのお茶が置かれていた。たぶん麦茶だアレ。

 

「契約により参じました。準淫魔騎士、イシグロ・リキタカです。この度は陛下のお目通りが叶いまして、光栄に存じます」

「うんうん、綺麗なお辞儀ね。けど今私が座ってるのは玉座じゃないから、そう畏まらなくてもいいのよ」

 

 入室早々、俺は城主である女王にラリス戦士風のお辞儀をした。

 ラリス流のアイサツ・マナーは強い順に頭を垂れる訳だが、ホストがいる場合はそっちを優先するのである。

 

「ヴィヴィ様も御久しぶりでございます」

「うん? あぁ、見た目は外交官だけど、扱いはジノヴィオスで結構だよ」

「承知いたしました」

 

 お次はジノヴィオス殿下に汎用的なお辞儀。お忍びで来るとは予想していたが、まさかこの時も女装してくるとは思っていなかった。陛下を前にそこまで身分の隠蔽を徹底する必要があるのだろうか。

 

「どうぞ」

 

 促されて着席すると、メイドのキルスティンさんが俺のテーブルにもお茶を置いてくれた。

 改めて部屋を見ると、五名のうち二名が王と名の付く立場の御方だった。俺なんて日本生まれ日本育ちの一般ピーポーである。

 仕事の説明と聞いて来てみれば、思ってたんと違う状況だ。それこそ有名スパイ映画のミッション説明シーンみたいに王子の名代から一方的に指示されるものとばかり。

 

「来てもらってありがとう、イシグロさん。まさか王城に呼び出す訳にも行かなかったし、他の面々は早めに前線に出張ってもらっててね。まぁ顔合わせは済んでるし大丈夫だよね」

 

 王子が帰ってくるのと入れ違いに、アリエルさんやナターリアさんは圏外の防衛砦に向かったそうだ。

 顔を知ってる人が戦場にいるってのを聞くと、それが彼女達の日常であっても俺の主観の日常からは離れていく気がした。あー、本当に始まったんだなって胸がざわざわする。

 だが、もう他人事ではいられない。俺は強いて意識を切り替えた。

 

「さっそくだが、状況を説明しよう。キルスティン」

「こちらに」

 

 王子の発言に合わせ、有能メイド・キルスティンさんが四角いテーブルの上に大きな紙を広げた。

 羊皮紙の地図である。それは王都から見て南西をフォーカスした地図で、その範囲は圏外まで及んでいた。

 にしても相変わらず読みにくい。前世で使っていた地図アプリが如何に分かり易かったか実感するね。

 

「おぉ……!?」

 

 なんて思っていたら、地図を置いたテーブルが淡く光って地図越しに立体映像を投影したではないか。

 さながらホログラムのミニチュアセットである。青白い立体地図は山々の高低差に加えて各地の主要都市なんかも分かり易く表示していた。今俺達がいるケフィアム城もデフォルメ表示されている。

 まさに、ファンタジー舐めんな地球って感じである。どういう仕組みなんだこれ。

 

「これを見るのは初めてかな」

「え、ええ」

 

 女装王子は得意げに口角を上げた。

 

「この台は地形映写台って言ってね。作られたばかりの魔道具だよ。試作品は前からあったんだけど、完成品を使ってるのは僕の派閥だけかな。昔気質の軍人さんには不評でね」

「ちなみに、これの原型を作ったのはパイモちゃんよ。あの子は羊皮紙そのものを立体地図にしようとしてたけど、なら紙と台のセットでいいじゃないのって感じで~」

 

 そこでも出てきたパイモさん。相変わらず凄い開発力である。

 ともかく、俺としては線で描かれた地図よりミニチュアの方がイメージしやすい。王都からケフィアム城の距離感が分かれば、その他の地理も頭に入りやすいしな。

 

「改めて、と。現在、圏外から災厄の尖兵が攻めてきている。尖兵については?」

「使者の方から説明を受けております。それから、本に書いてある程度には」

「よろしい。例によって、僕達はこれを何とかしなきゃいけない訳だ。僕は父上より圏外南西にあるフボール地方の守護を任されている。僕個人はあっちこっち飛び回るんだけどね」

 

 王子がホログラムに触れて指を動かすと、件のフボール地方が拡大表示された。

 当然ながら人類生存圏外には街や村は存在せず、陣取り合戦で使う防衛砦が点在していた。

 続いてキルスティンさんが三国志のゲームでよく見る赤い駒を地図の端に配置すると、ホログラム上に赤アイコンが表示された。続く操作で赤アイコンの進軍ルートが示される。その行き先はフボール地方の防衛砦だ。

 

「実はこの防衛戦、英雄級の戦力を自力で集めなきゃいけないんだよ。それも王に必要な資質なんだって、酷くない? どう考えても三男の僕が不利じゃないか」

「殿下、それ以上は……」

「誰が聞いているというんだい?」

 

 軽くお喋りなどしつつ、王子は青い駒を持って圏外の森にある砦に配置した。ホログラムマップにマークと名前が表示される。

 そのエンブレムには見覚えがあった。“止まり木同盟”と盟主アリエルさんだ。なるほど、こうやって誰が何処にいるか分かるようにしてるんだな。

 

「ここはルーゴウンの森と名付けられた圏外の樹海だ。ルーゴウン内の砦はアリエルさん率いる止まり木同盟が守ってくれる。森の戦いで彼女達の右に出る者はいないからね」

 

 今度は画面端に黒い駒が置かれた。すると、新たに表示された魔物マークはアリエルさんへの進軍ルートを示した。

 青い駒は味方。赤い駒は主級の魔物。黒い駒は特異個体の魔物って感じか。進軍ルートまで分かってるのは異世界不思議パワーによるものだろう。

 

「イシグロさんは以前に一度会ったと聞いてるけれど、デアンヌさんを覚えてるかな? 彼女にはミッド砦を守ってもらう」

 

 続いて、王子は森の隣の平原にある砦に駒を置いた。砦の名前はミッド砦、担当の名前はデアンヌ・フォレ・ランベールさん。

 そんでデアンヌと聞いても誰の事か分からなかった。ちょっと記憶を探って……出てきた。アレだ、王都でイリハが誘拐されかけた時に助けてくれた金細工の有能陰キャ魔女さんだ。エリーゼの魔力見て興奮してたっけ。

 

「異能者達の予見眼に竜族権能の未来予知、それから天文台の占星術。あらゆる予測が示したように、ミッド平原の戦が一番激しくなる見込みだ。なので、此処の守りを一番厚くする。差し当たって、平原全体の遊撃部隊としてナターリアさん率いる“荒野の牙”に待機してもらう」

 

 デアンヌさんの後方では、先日お会いした鬣犬族のナターリアさんがスタンバってくれると。

 そして、ミッド砦を中心として平原にある砦にどんどん味方の駒が配置されていった。

 

「森の中継砦にカトリア伯爵。ヴァレンシュタイン男爵はここ。ゲパルト男爵もご子息を出してくれる約束だ、聖輪郷からは上級天使数名とその戦闘部隊が来てくれる。そして、最前線であるフォード砦にはクーシェン武侠会のトンナンが配される。“地響”のトンナン、元武帝の彼さ」

 

 どうやら、ついこの前まで武帝だった角獅子族の彼は戦闘奴隷の身分で尖兵戦に参じているらしい。

 また、元武帝以外にも有力な武侠が来てくれるようで、中には武帝祭でユゥリンが戦った人の名前もあった。あと武王の一人も参加してる。

 

「カッサ荒野はフライシュ侯爵に守ってもらう。こちらは平原から逃げてくる魔物が多いはずだから、砦の層は薄めかな」

 

 平原の隣、森から離れた荒地にフライシュ侯爵家の駒が配置された。

 また知っている名前だ。フライシュ侯爵といえば、美食貴族でお馴染みである。領主様にはカレーやカツのレシピを買い取ってもらい、異世界にカツカレーを根付かせてもらった。次に渡すレシピも用意しているので、是非とも生き残って異世界グルメを発展させてほしいところ。

 

「まぁイシグロさんに関係ある範囲だとこんな感じかな」

 

 並べてみると、そうそうたる面子である。文字通り層が厚い。

 しかし、それは地図を見たからこそ言える感想である。砦との間には距離があるので、実際には孤軍で奮闘する事になるのだろう。

 

「そして、緊急時の連絡手段にはコレを使う」

 

 なんて考えていると、王子の合図に応じてキルスティンさんがテーブルの隣に見覚えのある物体を設置した。

 鉄っぽい箱である。上面にアンテナが生えていて、側面にはつまみとトグルスイッチみたいなのが並んでいた。

 これもまたパイモさんが発明したモノだ。まだ未完成だと聞いていたが……。

 

「魔導通信機。親機と子機で特定の魔力波を送受信できる。これも開発者はパイモさんだね。元は遠くからでもお話ができる魔道具を造ろうとしてたそうだが、現状でも充分な性能を持っている。しかしこれほど画期的で有用な魔道具は無いね」

 

 鑑みるにポケベル以下の性能しかないらしいが、島津とか織田とかが出てくる俺の好きな漫画でも語られてたように無線の有用性は俺の頭でも理解できる。

 以前までは早馬なり何なりで連絡していたところ、コレがあれば簡単に信号を送り合えるのだ。

 

「これまで天使族にしか出来なかった戦略を僕等もできるようになった訳だ。とはいえ頼りきる事はできないから、現状いざという時の狼煙代わりかな」

 

 ただ、使ったら魔物を誘引してしまうらしいので、ご利用は計画的にって感じか。 

 

「これらで以てフボール地方を死守する。最終防衛ラインはここ。できれば森だけは守りたいかな」

 

 王子が砦のある一帯をなぞると、指定された範囲が青く染まった。

 これは陣取り合戦なので、撤退も考慮されている。この青いエリアがゼロにならないよう防ぎ切れば勝利だ。

 

「で、イシグロさんには、ここからここまでの補給線を直で繋いでもらう」

 

 とうとう俺の出番である。

 王子が砦と砦を指でなぞると、その間に白いラインが引かれていった。これも三国志のゲームで見た事がある。拠点間を繋ぐ兵站ラインだ。

 そして、その兵站ラインは圏内まで続き、圏境にある物資集積所からフライシュ領とヴァレンシュタイン領まで繋がっていた。

 最後に、件の物資集積所に青い駒が置かれた。突き立つ剣と月桂冠。エンブレムの下には、異世界語で“草薙の剣”と書かれている。紛れもなく、俺を示すマークだった。

 

「以前から言ってた通り、イシグロさんの仕事は兵站輸送になるね。食料に武器に建材に、運んでほしい物は山ほどある。勿論、イシグロさんはあくまで予備の補給だから、君に頼りきるなんて愚行はしないよ」

 

 当然ながら、メインの兵站係は他にいて、俺はその裏方として働くと。

 良かった、俺に出来る範囲の仕事だ。ひとまず安心である。

 

「しかし、当初の想定より危険な役割かもしれないとは伝えておく」

 

 なんて思っていると、ゲンドウポーズを取った王子は厳しい顔になって眉根を寄せた。

 

「先月、僕派閥の金細工冒険者が国内での任務中に行方不明になった。現場の痕跡は不自然なほど消されていて、死んだか逃げたか分からない状態だ。最悪、我々を裏切った可能性もある」

 

 金細工と言えば、平均すれば銀細工より強い傾向にある冒険者位階である。それがラリス国内で行方不明になったと聞けば、きな臭すぎて鼻が曲がる心地だ。

 しかも、よりにもよってこの時期にって感じである。それとこれと何が関係してるのか分からんが、分からんなりに俺の警戒心は引き上がった。

 

「少なくとも、傭兵としての彼が理由もなく契約を破るとは考え難い。捕縛されたか、殺されたか。彼を殺せるのだとすれば、単に強いだけでは無いだろう。魔物じゃない、人類だ。僕を、あるいは人類の足を引っ張りたい連中がやったと考えるのが妥当かな」

「解放軍でしょうか」

「と、名乗る旧魔王軍残党の集まり……かもしれないね。聖輪郷は大人しいし、リンジュにそんな度胸はない。地下都市も協力的だ。理由は分からないが、空気を読まずにちょっかいかけてくるのはそこくらいだね」

 

 金細工を襲ったのは旧魔王軍の可能性が高いと、王子はそう言った。

 しかし、前に戦った将校猫又の言ってた事が合っているなら、奴等の狙いは災厄後の建国にある。災厄の尖兵を前にした現在、わざわざ重要な防衛戦力を削る理由などあるだろうか。

 いやまぁお邪魔で言ったら超重要戦力たる上森人王を暗殺したりしてんだけども。それに比べれば金細工暗殺は規模が小さい。イリハと同じで、件の金細工のパーツを欲しがってたとかだろうか。

 

「尖兵戦そのものを邪魔したいのか、僕個人が気に入らないのか。ともかく、後方も今以上に警戒しなければならなくなっちゃったね」

 

 渋い顔の王子は、再度ホログラムを操作して圏内の兵站ラインを緑の枠で括った。

 

「だから、此処から此処までに転移阻害領域を展開する。少なくとも、この範囲内にいきなり魔王軍残党が現れて襲撃してくる事はない」

 

 元々、主要都市には転移阻害の結界が張られているそうだ。しかし、シャロの故郷や以前までの淫魔王国は転移で入り放題だった。

 天使族しか使ってこなかった転移を魔王軍が使ってくると分かったのだ。よりいっそう警戒して対策すべきとの判断だろう。

 

「イシグロさんの具体的な仕事内容だけど、物資を運ぶ際は現地の責任者に運搬ルートを決めてもらってくれ。時に遠回りする事もあるだろうが、件のお邪魔虫を攪乱する必要があるんだ」

「承知いたしました」

 

 同じルートで運搬したら、それこそ解放軍の誰かしらに待ち伏せされるかもって話か。

 楽観している訳でもないが、言うてそこまですべきだろうか。メインの輸送隊を守るのは当然だが、最速で空を往く俺はそこまで気を張らなくてもいい気がする。なんたってうちのラザニア宅急便は時速二〇〇キロ超で空中を巡行移動できるのだ。これに奇襲できる人なんてヴィーカさんくらいなものである。

 

「補給はね、絶やしちゃあいけないんだよ」

 

 そんな俺の表情を見て取ったか、王子は諭すような面持ちで言った。

 

「圏外には瘴気の風が吹いている。保存魔法を施したとしても食糧は通常より腐りやすいし、砦に帰った時に入り込んだ虫がわいたら倉庫の兵糧は全滅する。加えて瘴気のせいで武器は壊れやすくて、砦の復旧には建材を消費するんだ。少しでも補給が途絶えると、その砦は撤退せざるを得なくなるんだよね」

 

 マジか、である。圏外は修羅の国と聞いていたが、そこまでヤベー環境だったのか。

 食糧も武器も消耗しやすいなんて初耳だった。

 

「その上、輸送には護衛も必要だ。収納魔法持ちは貴重だし、そもそも沢山の荷運びには不適格だ。そこにきてイシグロさんは輸送隊レベルの仕事を一人でできちゃうんだから、これはもう徴用しない理由がないよ」

 

 重ねて言われると、俺は俺の利用価値の高さを自認せざるを得なかった。

 収納魔法や保存魔法の存在で希薄になっていたが、ファンタジー異世界でも食べ物は腐るのだ。そんで圏外は保存魔法が効かず通常より腐りやすい環境なのだとしたら、兵站ラインなんてナンボあってもええですからねとなる。

 あと、人はパンのみに生きるにあらずだ。俺の収納魔法だったら新鮮な野菜も届けられる。美味しいご飯は士気を上げるって何かのラノベで読んだ気がする。

 

「それにね……君は既に猫又を複数体捕縛しているじゃないか。私怨でも何でも、狙われてる可能性は否定できないよ」

「はい。それは覚悟の上ですが……」

 

 確かに、何から何まで合理的な損得勘定で動くとは限らない。旧魔王軍サイドからしたら、仲間である猫又を殺された恨みで襲ってくる可能性もあるのか。

 活躍したから。狙われる。安泰な生活を目指すなら努めて避けるべきものだったと思う。けれど、それが無ければエリーゼの解呪は出来なかった。後悔など、あろうはずもない。

 ここにきて、むしろ来るなら来いという気持ちになってきた。その為にこそ鍛えてきたのだ。

 

「それに、イシグロさんの銀竜の呪いは旧魔王軍由来の魔術体系だったんだろう? どうやら、君には最初から彼奴等との因縁があったようだね」

「そうですね」

 

 たられば、だが。

 遅かれ早かれ、どのみち俺はエリーゼの解呪を調べるうちに旧魔王軍と対峙していたように思う。

 だとしても、これまた腑に落ちない要素があった。

 

「なんでエリーゼを殺さなかったのかは、分かりませんが……」

 

 そこである。考えるだけで腹が煮えるが、考えずにはいられない。

 不胎の呪いをかけるくらいなら、最初から殺せば良かっただろう。もしくはイリハのように欲しいパーツを奪ってハイサヨナラとか。だとしても処理すべきだったのでは?

 あるいは、俺の想像できない策謀が巡っているのか。旧魔王軍の動きには、どうにも一貫性がないように思える。

 

「そりゃヴィーカ様が怖いからだろう」

「怖い、ですか?」

「うん、怖いのさ」

 

 ふと漏れた呟きに、王子はあっけらかんと言ってのけた。

 驚いたのは俺だけだったようで、聞きに徹していた淫魔女王はうんうんと頷いている。

 

「実のところ、あの御方は我々ラリスの味方じゃあないんだよね。だから旧魔王軍を絶対的な敵とは見做していない。魔導人機の一件がなければパレエスと戦ってはくださらなかっただろうしね。だが、正当な理由もなく孫娘を殺されて黙っているような人でもない。要するに、銀竜の逆鱗が怖いのさ」

「なるほど……」

 

 その時、俺はエリーゼお迎え前に交わしたクリシュトーさんとの会話を思い出した。

 竜の逆鱗。厄ネタを押し付けられた奴隷商人と同じく、旧魔王軍もヴィーカ爆弾を抱えたくなかったのかもしれない。

 もし、竜族の流儀ではない方法でエリーゼを殺していたら、キレたヴィーカさんが旧魔王軍絶対殺すドラゴンと化してたのか。

 なら、そもそもエリーゼに近づかない方が良かったように思うのだが。ほとほと迷惑な連中である。ファーストフード店でバイトしたり一番後ろの席に座ってるような善玉魔王様を見習ってほしいところだ。フィクションならともかく、リアルで悪の魔王は勘弁である。

 

「申し訳ありません。話の腰を折ってしまって」

「いや、疑問を抱えているよりずっといいさ」

 

 と、変な思考に耽っていた事に気付いて慌てて謝罪すると、王子は背もたれに体重を預けた。

 

「イシグロさんの輸送任務にはコレを用意しておいた。キルスティン」

「こちらを」

 

 すっと、メイドさんに小箱を差し出される。

 手に取って開いてみると、中には黒いカードと黒い冒険者証が入っていた。

 

「これは……?」

「準金細工証。まぁ素材は鋼鉄だけどね。要するに、この任務の時だけ金細工相当の権力を持ってますよって証。単に冒険者依頼として働いている証明でもある。基本的にはソレの弱い版が王家からの依頼に使われる事が多いね。ほら、王家からの斥候募集の依頼とか見たことない?」

 

 関係者証みたいなもんか。これを見せれば荷物の受け渡しがスムーズになると。

 

「まとめると、こうだ」

 

 言って、王子はホログラムを操作して南西全体を映してみせた。

 

「イシグロさんには、圏内と圏外の補給線を直に繋いでもらう。役割自体は裏方の裏方だが、その効果は抜群だ。約束通り、此方としてはそれ以上を望まない。うまくやってほしい」

「はい。必ずや」

 

 俺は椅子から立ち上がり、エリーゼに教えてもらった古式の一礼を取った。練習しててよかった。

 うんうんと、王子と陛下は満足そうに頷いている。

 

「いやぁ~、イシグロ君ってば一国に一人は欲しくなるわよね~。真面目だし、几帳面だし、責任感強いし。ねぇ、尖兵戦が終わったら正式にウチの騎士にならない? 私と契約してアイドルになってよ!」

「ご冗談を……」

 

 申し訳ないが、俺はビジネスの場でジョークを交わせる精神性を持ち合わせていなかった。こういう時、サラッとユーモア発揮できる人ほんとに尊敬する。

 

「あの……」

「何だい?」

 

 そうやって和んだ空気の中、俺はモロ平民な所作で口を開いた。

 王族に対して失礼かと思えるが、今更である。

 

「エリーゼの解呪のご協力、ありがとうございました」

 

 第三王子に対し、今度は日本式のお辞儀をした。

 元より、王子とはエリーゼの解呪を手伝うという条件で契約を交わしたのだ。その中で、やろうと思えば王子は解呪を長引かせてその間俺をこき使う事だってできた。それをしなかったのは、王子から俺への誠意のように思える。誠意には誠意を返したくなるのが人情だろう。

 手のひらの上でコロコロされているような気もするが、まぁ別に害がないなら進んで転がっちゃう所存。

 

「そういう契約だったろう。それに、僕にも利益があった」

 

 鷹揚に言って、王子はミッド砦周辺を指し示した。

 

「聖輪郷の上級天使に、クーシェンの元武帝。一部の若年貴族は君に触発されて迷宮に潜ったらしい。フライシュ侯爵も君のことを高く買っている。もしイシグロさんがいなかったら、行方不明になった金細工の穴を埋められなかっただろう」

 

 カトリエ伯爵はグーラを討伐しかけた貴族家である。色々あって、当主自ら砦を守ってくれるらしい。今にして思うと、そこの長女であるエレークトラさんには申し訳ない事をした。

 ヴァレンシュタイン家はグーラの故郷があった領の貴族だ。ゲパルト家はシャロの里のお隣さんで、炎爪の一件で協力してくれた貴族。フライシュ侯爵はがっつり顔見知りである。

 上級天使と元武帝とはそこまで関わりはなかったが、俺がいなければ第三王子の派閥には組み込めなかったそうな。

 いまいち実感はないが、エリーゼの解呪同様これも俺が戦ってきた成果なのかもしれない。あと、わざわざ言うものでもないが魔導通信機もそうなのか。

 誇らしいような、申し訳ないような心持。こういう時どんな顔をすればいいか分からない俺は、やはり英雄に向いてないのだろう。

 

「まぁ今回も上手くいくだろう。各々が各々の働きをすれば必ず勝利できるはずさ。多少の誤差も織り込んで作戦を練ってあるしね。なんたって僕の立てた防衛計画は元帥手ずから訂正されまくったんだから」

「殿下、それ以上は……」

 

 あっけらかんと、朗らかな顔の王子は氷の解けた麦茶を飲み干した。

 本気で挑むのは当然として、王族にとって本番は災厄戦なのだ。突破が前提である以上、如何にして勝つかが課題なのだろう。こういう気構えこそ適切なのかもしれない。

 

「それよりさ、もうイシグロさんに後ろ盾以外に渡せるものが無くなっちゃったよね。出来れば以降も僕の下で働いてほしいけれど、それは尖兵を越えた後かな。お互い生き残って、後のお話をしようじゃないか」

 

 そして、王子は茶目っ気たっぷりにウィンクしてきた。

 女装王子である。すごく似合っている。その仕草は非常に可愛らしくていらっしゃった。

 だが男だ。俺にそっちの趣味はないのでノーダメージである。

 

「ぶほっ♡」

 

 後方、キルスティンさんがくしゃみをしたのかハンカチで口元を押さえていた。

 その姿が面白かったのか、淫魔女王もくすりと笑った。

 少し、肩の力が抜けた気がした。良い意味で。

 

 

 

 その後、細々とした確認をして尖兵戦のブリーフィングは終了した。

 曰く、俺の後にも仕事を依頼する人がいるらしい。俺の知らない協力者だ。知らない方がいいのだろう。

 

「荷運び、か……」

 

 淫魔騎士の先導で部屋に戻る途中、我知らず小さな呟きが漏れた。

 俺の想定より、尖兵戦での戦力は充実しているように見えた。魔物の群れが襲ってくるとの話だったが、アリエルさんなら特異個体も余裕だろう。

 だが、もしもの可能性は存在する。

 

 もしも、である。

 いざという時、俺は俺以外の為に剣を取るべきだろうか?

 

 魔王軍残党暗躍の可能性。金細工の行方不明事件。警戒すべきは目の前の敵だけじゃなくなっている。

 俺からしたら過剰戦力に思える味方がいて尚、楽に勝てると断言できないのが尖兵戦だ。苦戦は必至なように思える。

 

 もし、俺が魔物の群れに苦戦する兵士を前にしたとして、俺は王子に言われた通りに輸送係の職務を全うすべきなのだろうか。

 理屈で考えれば、兵站輸送に専念すべきだと思う。一人一人が役目を果たす事で勝利できるのなら、俺もそれに従うべきだ。あるいは、そんな前提の考えこそ職業軍人に対して礼を失しているのか。

 俺が戦う事で救える命と、俺が兵站輸送して救える命を天秤にかける時がくるかもしれない。俺の感情だけじゃない。皆の心は、どう感じるだろう。

 

 いやいや、発想と妄想が飛躍してこんがらがっている。命がけの陣取り合戦は勘弁って思ったばかりじゃないか。何にせよ初志を忘れてはならない。

 俺が目指しているのは、あくまでも皆との安泰な暮らしだ。守るべきは皆の安全であり、これはそれを成し遂げる為の仕事であり試練であり過程である。何があっても、俺は俺の仕事に集中するべきだ。

 いざという時は、逃げる。何があっても戦わない。そう、心に留め置いた。

 例え、皆の心を傷つけても、俺にはその責任がある。

 

「ご主人、おかえり~。意外と短かったッスね」

「今から王城にきた天使達と昼食を摂るのだけど、アナタもどうかしら?」

「ご主人様! ビュッフェですよ、ビュッフェ!」

 

 この世で最も大切なのは、彼女達なのだから。

 改めて決意する。俺は生きる。生きて皆と添い遂げるのだ。

 

「そうか。楽しみだな」

 

 その上で、だ。

 仮に、王子が懸念してたように、解放軍を僭称する魔王軍残党が俺達の邪魔をしてきた時は、全身全霊で以て撃滅する。

 それこそ皆との安泰な暮らしの為に、だな。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
 作者のやる気に繋がります。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551



 こっちも投げてくれると喜びます。

 X(旧ツイッター)はじめました。よければフォローしてやってください。
 更新通知とか、更新の予告とかします。

https://twitter.com/iraemaru
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。