【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が執筆の原動力になっております。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


炉利魂者は軽やかに

 夏の太陽は燃えるほど暑く、空はどこまでも遠かった。

 

 ラリス王国は王都アレクシスト。四方を巨大な壁に囲まれたその街は、オタク君が好きそうなファンタジー要素に満ちていた。

 よく整備された綺麗な石畳に、透明な水が流れる水路。橋を渡る人々の頭部は実にカラフルで、中には鼠牛虎兎種々様々な耳が屹立してたりする。

 街往く冒険者は平然と剣や斧を携帯し、冒険者じゃない人もベルトや脚に短剣を装備していた。パトロール中と思しき衛兵が兜を脱いで噴水の水を浴びている。平和なような、そうじゃないような。

 左右上下、どこを見ても現代日本にない光景。これこそ、かつて憧れたファンタジーであり、もはや見慣れた異世界だった。

 

「ん、街の誰もエッチしてない。不思議」

「これが普通なのよ」

「まぁ探せば物陰でヤッてたりするッスけどね。ほらあそこ」

「うわっ、知らん方がよかったのじゃ!」

「気付いてなかったんですね。隅っこで客と給仕が媾ってる料理店とか普通にありますよ」

「その店はもう行かないようにしよう……」

 

 ファンタジックな街並みを、俺達黒剣一党はお手々繋いで歩いていた。お仕事前の挨拶回りの為である。

 先刻は戦車工匠・ケイン氏と会ってきたところだ。彼には新車の開発と並行し、既存の空戦車をカスタムしてもらっていた。

 ケインさんによると自転車の売り上げはボチボチなようで、旅人の冒険者にはウケがいいらしい。

 

「シャーロットも少しは休めるといいのだけれど」

「ルーンの研究も再開してるって言ってたな。適性なくても使えるようにとか何とか。当のパイモさんは幽霊部員らしいけど」

 

 シャロやファリナさんや麒麟姉妹には、淫魔王国で待機してもらっている。これは尖兵戦を見越した安全確保の措置である。

 現在、シャロはケフィアム城でルーン関連の論文を書いてる。そんでユゥリンは止まり木に代わり彼女の護衛。その間、せっかくだからとチィレンさんも勉強を始めたそうだ。ぐーたらしたがる妹と違い、彼女は何事もアグレッシブである。で、ファリナさんと天使達は牧場の体験学習をするらしい。

 もしもの為に“迷宮狂い”のスキルでシャロを追加一党員にしたから、各種チートが共有されて一応は安心である。ユゥリンはチートの有無で戦闘力そんな変わらんしな。

 

「と、着いたな」

 

 お話ししながら歩いていると、目当ての店の前に到着した。

 看板の上には、“武器工匠のアダムス”と書いてある。

 

「お邪魔します」

「ん? あぁイシグロの旦那じゃねぇですかい。淫魔王国に行ってたんでしたね」

 

 馴染みの店の扉を潜ると、馴染みの声が聞こえてきた。声の主は受付机で書類仕事をしているところだった。

 服装といい雰囲気といいドワーフみたいなエルフ――略してドワルフだ。正式名称をアダムスと言う。

 相変わらず輝かんばかりの爽やかイケメンぶりだが、そのくせ「へっへっへっ」とちゃきちゃき江戸っ子笑いをする謎キャラだ。

 

「今日はどうしたんですかい? 何か整備したモンに問題でもあったんで?」

「はい。その前に、まずこちらをお受け取りください」

 

 収納魔法から木製重箱を取り出し、机の上を滑らせるようにして譲渡する。

 促して開けてもらう。すると、ドワルフは目を丸くした。箱の中には土産物のお菓子みたいに希少金属の数々が入っていたのである。

 

「こ、こいつぁ……」

 

 何度も扱っているはずの金属でも、ホイと渡されれば呆けてしまうらしい。

 希少金属の内訳は真銀(ミスリル)を筆頭に聖銅(オリハルコン)輝銀魔石(シルウィタイト)等々を沢山。これらは迷宮ギルドの銀行に預けていたもので、無論の事ただのお土産ではない。

 

「俺に何かあった時は、これを使ってシャーロットの武器を整備して頂きたいんです。料金も先払いしますので、どうか」

「先払いって、そりゃあ……」

 

 ユゥリンには深域武装の槍があるが、シャロの短剣は希少金属モリモリのオーダーメイド品である。自動修復の補助効果があるとはいえ、通常武器は定期的に整備しないと壊れてしまう。故に、金と素材を先払いで以降のメンテを予約しようというのだ。

 言ってしまえば、これはもしもの為の保険である。俺がいなくなった後も、シャーロットの安全性を維持できるようにしたいのだ。

 ややあって、ドワルフは表情を真剣なものへと切り替えた。

 

「残念だが……旦那、こいつは受け取れませんぜ」

 

 スッと希少金属入りの箱を押し返される。

 だが、俺はまだ何も言っていない。尖兵戦の事を隠しつつ事情を説明しようとしたところ、腕を組んだドワルフは言葉を遮るようにどっかりと深く腰掛けた。

 

「旦那ぁ、いい戦士の条件を知ってますかい?」

 

 唐突な問いである。これまた何も返せない俺を置いて、貴公子然としたエルフが続ける。

 

「何て事ぁねぇ。武器を武器として扱える、それだけでさぁ」

 

 それは武器工匠らしい考えだと思った。

 ドワルフの中では確信があるようで、その口ぶりに淀みはなかった。

 

「武器は戦いの道具で、それ以上でも以下でもねぇんだ。そこにきて旦那は自分の持つ武器の価値に振り回されてねぇ。ちゃ~んと使いこなしてる。予備なら分かるがよ、中にゃあ壊したくねぇ勿体ねぇっつぅクソみてーな理由で倉庫の肥やしにしやがる馬鹿がいんだよな。旦那は武器の使い時を分かってる。何の為の戦いで、何の為の剣かってな」

 

 暫しの沈黙。常にない怜悧な瞳のアダムスは、じっと俺の目を見ていた。

 店主が顧客を見る目ではない。剣の良さを語り合った相手を見る目でもない。ただ、男を漢として見る目をしている気がした。

 

「だから、これはまた別の機会に使わせてもらうぜ。まだまだ欲しいんだろ?」

「分かりました。その時は、またよろしくお願いします」

 

 結局、保険の鉱石は受け取ってもらえず、再会を約束してからやんわり追い出されてしまった。

 

「ドワルフは尖兵のこと知ってるのかな」

「さぁ? でも、覚悟はしているのでしょう。あの工匠だけじゃない。ここにいる民草も」

 

 曰く、この世界の人々の魂には古の災厄の記憶が刻まれているらしい。本能で以て終末が近い事を感じ取っているというのだ。

 だからこそ、彼等はいつも元気なのだろう。捨て鉢になっているというより、今という時間を全力で生きている印象だ。基本ポジティブなのだ、異世界人は。

 

 冒険者とすれ違いながら歩き、転移神殿に到着。開け放しの大扉を潜って中に入ると、冷房魔道具でも相殺できないくらいの熱気が肌を撫でた。

 

「どうも。手続きよろしくお願いします」

 

 いつものように受付スペースに行き、いつものように空いていた受付おじさんの所で帰還手続きをする。

 銀細工は街を出る度に出発と帰還の手続きがいるのだ。まぁ別にしなくてもペナルティないし、やってない冒険者のが多いらしいが。

 

「今日は迷宮には潜らねぇのか?」

「そうですね。しばらく潜る予定はなさそうです」

「しばらくか。そうか」

 

 ドワルフ同様、受付おじさんも俺を見て何かに気が付いたような顔をしていた。そんなに分かりやすいかね。

 そして、おじさんは俺の後ろにいる皆を見てから、にやりと笑んだ。

 

「へっ、そういう事かよ」

 

 何が分かったのかは分からない。けれど、おじさんは俺を見て何かを確信し、納得したようだった。

 

「行ってこい。あの日からずっと、その為に戦ってきたんだろう。俺の耳に届くくらい、派手に頼むぜ」

「は、はあ」

 

 したり顔で決め台詞っぽい事を言うおじさんに、俺は困惑以外の反応を返せなかった。

 まさか第三王子の依頼の事を話せるはずもなし。あるいは、察しているのかもしれないが。

 

「ん、いつも通り。本日も異常なし」

「それが一番なのでしょうね」

 

 受付を離れ、何となしに冒険者用の掲示板など眺めてみる。また王家からの斥候募集があるんじゃないかと思っていたが、その類いの依頼は見つからなかった。

 その代わり、新素材とか何とかって書いてある紙を発見した。高価買取中と……。

 

「あっ、イシグロさん! いいところに!」

「え? なに? 何なの……」

 

 突然声をかけられた。声の主は羊人少女一党の大剣使いことディエゴくんだ。誘われるままついていくと、大きなテーブルの周りに冒険者が屯っていた。

 そこにいたのは羊人少女一党だけではなかった。双子淫魔と槍使い少年のおねショタ一党に、一人称が「オデ」の銀細工持ち冒険者。中にはウィードさんやラフィさんの姿もある。

 

「何が始まってるんです?」

「それがですね。先日、雲羊迷宮が枯渇しまして、新しい迷宮が生まれたんですよ。今はそこの調査をしているところです」

「どうせならイシグロが作った攻略本みたいなの作ろうぜって流れでな。お前も潜るか? 今度の迷宮は中位相当らしいからな、競争だぜ?」

 

 どうやら、新規迷宮の調査をしているらしい。そっか、あの迷宮にはもう潜れないんだなって。失って初めて気づく大切さ……いやもう二度と潜りたくねぇわ。

 新迷宮か。最近も完全初見の機球迷宮に潜ったっけ。実際、初ダンジョンの初踏破には興味あるんだよな。初回クリアは深域武装がドロップしやすいらしいし。あと純粋に楽しい。

 

「いえ、迷宮稼業はしばらくお休みしますので」

「あ、そうなんですね。イシグロさんに潜って頂ければもっと早く攻略が進むんですが」

「いやいや、冒険してこそ冒険者だろ。イシグロに頼ってばっかじゃあなり上がれんぜ、後輩」

「ウィードの奴、機球迷宮じゃ日和ってたくせに吠えやがる」

「ほら、今度のは斥候が重要そうな迷宮だから」

「うるせぇよ! ゼロ距離でクロスボウぶっ放すぞゴルァ!」

「痛くねぇわ。あとそんなクソ武器さっさと山に捨ててこい」

「あっ、テメェ今俺のクロスボウを馬鹿にしやがったな!? 会員かき集めて一斉射撃してやる!」

「その人数で囲んで棒で叩く方が強いと思うんですけど」

 

 断りを入れると、周囲の冒険者は落胆半分奮起半分といった反応を返し、その後に仲良く喧嘩を始めた。

 ていうか、なんだか雰囲気良くないか? 俺が転移したばっかの頃はもっとこうザ・荒くれって感じだったのに、最近の冒険者は民度が高い。いや良い事なんだけども。

 

「じゃあ、俺達はここで」

「おう! またなイシグロ!」

「今度昇格祝いに模擬戦やってくださいよー!」

 

 冒険者達の声を背に、熱気のある転移神殿を出る。

 神殿の外は眩しいくらいの太陽が浮かんでいた。大階段の上から、沢山の屋台が軒を連ねる噴水広場の風景が見える。

 荒っぽい冒険者が喧嘩している横で、親子連れが氷菓を食べている。噴水の縁でイチャついてるカップルもいれば、止まり木の学生がアレコレ話しながら歩いてもいた。

 うん、好きな景色だ。

 

「いい匂いですね。ラリスサンドの新メニューでしょうか」

「かもな。とりま此処でなんか食べようか」

「さんせーッス!」

 

 ここの飯もしばらく食えないのだ。せっかくなので屋台飯を食おうとなった。

 が、そこに醤油森人・シュロメさんの姿はなかった。もしかしたら、彼女も圏外に向かったのかもしれない。異世界みたらし団子、また食べたいな。

 

「むむ! これ、中にチーズが入ってますね! こっちはスネークサーモンの燻製でしょうか? 香ばしくて美味しいです!」

「ん、とても美味しい。同じリンゴでも土地によって味が違うのは興味深い」

 

 適当に買い込んで、そのへんのテーブルで異世界屋台飯を食い散らかす。この世界は全体的に飯が美味しくてよかった。

 そうしてラリスサンドを頬張っていると、噴水広場に見覚えのある顔を見かけた。

 

「うッス! ニーナ先輩! 今日もおっぱいデカいッスね!」

「こんにちは、ルクスリリアさん。イシグロさんに、皆さんも」

「む、あのルーン使いはいないのか。軽く冷やしてもらおうと思ったのだが」

 

 常識人枠淫魔のニーナさんと、百合吸血鬼クリシャナさんだ。後者は吸血鬼らしく日傘を差していた。

 と、再会したニーナさんの姿に違和感があった。よく見れば、彼女の豊満な胸の上に先日俺が受け取った黒い冒険者証――準金細工が乗っかっているじゃないの。

 これは王家が発注した冒険者依頼を受けているという証であり、ニーナさんが着けているのは俺のとは意匠が異なっていた。恐らく俺が持ってるのよりワンランク下のやつだろう。

 

「これですか? つい先日、ギルドからお誘い頂きまして」

 

 何のお誘い? 首をかしげる俺に対し、小学生みたいに日傘を回した吸血鬼が胸を張って応えた。

 

「ふん、その様子だとイシグロには来ていないようだな。ニーナさんはその美しさと気高さと善良さがギルドに認められ、ギルド長たっての懇願で街の巡回警備を任されたのだ。凄いだろう」

 

 曰く、ギルドから素行を認められた冒険者には、日給制の警備依頼が来ているそうな。

 

「私の知っている範囲ですと、トリクシィさんは受けていないようでしたね。孤高の銀細工がどうのと言って。あとグレモリアさんは淫魔王国でお仕事があるとかで……」

「おう、その話か!」

 

 ニーナさんから西区冒険者の情勢を聞いていると、そこに不良冒険者代表みたいなリカルトさんがヌッと口を挟んできた。彼の胸にも黒い冒険者証が下げてある。

 

「てか基本、西区の銀細工には来てんだよ。街ぃブラついてるだけで金もらえるとか最高だよな。ラフィの奴は新しい迷宮に潜るっつって断ってたが、おじさんからすりゃ受けねぇ理由がねぇ訳よ」

「貴様、ニーナさんの言葉を遮ったな! 影に入れ、叩きのめしてやる!」

「おんやぁ? 血吸いコウモリちゃんは日向が怖いのかなぁ?」

「まぁまぁ、当の冒険者が喧嘩したら重い罰金が課せられますよ」

 

 どうやら、件の警備依頼には不良冒険者隔離の意味合いもあるようだ。狂犬クリシャナがリカルトさんに噛みついている。一応、お二人とも衛兵の助っ人枠なはずだが。

 どやどやと騒がしくなる中、ニーナさんは俺を見た。

 

「もしや、イシグロさんは……」

 

 何かに気付いたような顔。ニーナさんは俺の銀細工を見て、これまた納得したような表情を浮かべた。

 いやあの、俺ってばそんなに分かり易いんですかね。守秘義務の意味が……。

 

「祖たる捻じれ角。この地より、健闘を祈っております。また戦いましょうね」

「今度は生のアタシで勝ってみせるッスよ!」

「ん、次こそその心臓をぶち抜く」

「はい、楽しみにしていますね♡」

 

 昼飯を食ったところで、広場を離れる。

 間違いなく、件の警備依頼は尖兵戦の影響だろう。ニーナさんは色々と察しているようだったが。

 

「え~っと、淫魔ウナギは必須じゃろ。あとコレとコレとコレとコレと、できればナスやキュウリとかも欲しいところじゃが……」

 

 家に帰る前に、商店街でお買い物。

 ドカ食いできるのは今日くらいなので、あちこちの店で散財した。あらゆる肉とあらゆる魚を購入し、郊外で採れた新鮮な野菜も即買いだ。

 

「おや、そこにいるのはイシグロさんではありませんか。久しぶりな気がしますねぇ」

 

 なんてやってたら、ピンク髪の狐人と再会した。シラヌイもといマスクド・テンコもといシラノイさんである。なんか今日は妙に知り合いと会うな。

 彼もまた買い物中だったようで、網籠の中に大量の淫魔ウナギを入れていた。

 

「お話は伺っておりますよ。くれぐれもお気をつけくださいませ」

 

 挨拶もそこそこに、彼は狐耳を三度掻きながら忠告してきた。

 リンジュ抜けした彼は第三王子派閥のエージェントを務めており、現在も冒険者の立場で色々と動いているそうだ。とはいえ本人は割と自由に働いてるようだが。

 

「そういえば、シラノイさんはラリスの外に行った事があるんですよね? どんな感じでした?」

「ええ。何度か、ですが」

 

 確か、この人は以前から圏外で戦っていたと聞く。何かしら生の声を聴けないものだろうか。

 そして、眉間の皺を深くした。

 

「そうですねぇ。私がいたところは、地獄そのものでした。働いてる時もそうですが、外は心が休まらないんですよね。ほら、迷宮稼業なら転移神殿に戻ったら安心するじゃないですか」

 

 嫌な記憶を思い返すような、重い声音だ。

 前世で聞いた話によると、戦場ではストレスを感じやすいらしい。確かに、いつ魔物が攻めてくるか分からない環境では休まるものも休まないだろう。

 なら、尚のこと補給が大事になるか。兵糧だけじゃなくて、娯楽とか嗜好品とか。チョコ一つ食うだけでもストレス解消になるって聞くし、そういうのこそ俺の役割と言えるか。

 

「ですが、本当につらいのはそこじゃないんです」

 

 そう言ったシラノイさんは、かつてしていた仮面のような笑みを浮かべてみせた。

 

「外から家に帰ってきた時にね、思う訳ですよ。なんでコイツら守る為に必死こいて戦ってたんだろうってね。街の連中も同じでした。どいつもこいつも安穏無事に生きやがって、死んだ戦友の数だけ殺してやりたくなりましたねぇ」

「それは……」

 

 曰く、かつての彼は実家の命令に従って圏外で戦ってきたらしい。

 お勤めで戦って、帰ってきても傲慢な上役に頭を垂れる生活。変な話、守りたくなくなっちゃったのか。彼の境遇を鑑みれば、そうなっても無理はないと思える。

 

 彼の話を聞いて、思い知る。

 だから、ラリス貴族は民に慕われているのだ。ノブリス・オブリージュで以て戦って。民の安寧を守り、それを誉れとして生きている。

 未だ誉れ第一主義の考え方は分からないが、尊敬すべき人達だと思う。王家もまた、同様に。

 

「ええ、承知しております。当時は心が危うい状態でしたから。戦う理由もなく生きて帰った結果、そうなってしまったのです。そこも含めて、くれぐれもお気をつけくださいね」

 

 仮面が外れた天狐が言葉を継ぐ。

 

「戦いますよ、今度は私の意思で。なんせ、王都がなくなれば娼館がなくなってしまう。彼女達の為なら、私はいつでも戦う所存です」

 

 おちゃらけた風に言うシラノイさんだが、真理の一つではあると思う。

 何を生きがいとするかなど人による。ヒーローが正義の為に戦うのと彼が娼館通いの為に戦うのは、本質的には同じである。

 ギュッと、レノと繋いでいた手に力が籠った。不思議そうに見上げて来る天使に、俺は目で謝罪した。

 

「どうです? 帰ってきたら、一緒に。お勧めの店紹介しますよ。イシグロさんにも大きなお胸の魅力をですね……」

「いえ、結構です」

 

 それはそれ、俺は連れ風俗を断った。

 ともかく楽しそうで何よりであり。彼には彼の、俺には俺の戦う理由がある。この想いに貴賎などあろうか。いや無い、反語。

 

「ただいま~ッス」

 

 時刻は昼過ぎ。全ての用事を終え、俺達は我が家に帰還した。

 帰宅して早々、次なる準備に取り掛かる。イリハは夕飯を作りはじめ、その他五名は家の片付けである。

 

「じゃあ、本棚の中身全部入れるから、適当に出しちゃってくれ」

「いえ、本はこの家に置いておきましょう」

 

 片付けを開始してすぐの事。蔵書を収納魔法に入れようとしたところ、当の本読みグーラが待ったをかけた。

 言っちゃアレだが、収納魔法はこの家の書斎よりセキュリティがしっかりしている。向こうで暇な時に読めるし、持って行って損はないと思うのだが。

 

「なんでッスか? 最悪ドロボーされるかもッスよ」

「それでも、です」

 

 不思議そうにするルクスリリアに、グーラは“獣拳記”を抱きしめながら言った。

 

「これまでご主人様の収納魔法は底なしでしたが、いつ限界が来るか分かりません。それで肝腎の荷物が運べないとなれば、多少なり任務に差し障ってしまうでしょう。いい機会なので、むしろ収納魔法の中身を減らす方がよろしいかと……。すみません、差し出がましい事を」

「いや、グーラの言う通りだ」

 

 言われてみれば、である。

 原則、収納魔法には容量の限界があるらしい。今のところ俺のアイテムボックスに限界はないが、それがどれくらいかは分からないのだ。肝腎の兵站輸送に支障があれば大問題だろう。

 

「なら、中身を減らして大切なものだけ持っていこうか」

「ん、いいと思う。わたしは画材一式を持っていきたい。余裕があればスケッチする」

「ならボクは“獣拳記”と、“銀竜録”とあと……」

「結局たくさん持っていくんじゃない」

「そんじゃイリハにも訊いてくるッス!」

 

 コンソールを呼び出し、久々にインベントリを確認する。

 そしたら出るわ出るわ要らん物。確実に必要な物以外、一旦外に出してみた。

 

「おっ、見ろよ。これエリーゼが初めてエンチャ成功させた剣だよ」

「懐かしいわね。取っておきましょう」

「レノが描いてくれた似顔絵だ。これも取っておこう」

「や、そういうのは倉庫でいいと思う」

「ご主人~、イリハは漬物持ってきたいって言ってたッス~」

「今年の大掃除からはアイテムボックスの整理もやるか」

 

 そんな風に整理整頓してみた結果、中身は殆どポイとなった。

 ゴミの殆どはエリーゼが権能練習で壊した物品の数々である。一回ヴィーカさんと戦ってる時に使ったから、役に立たない訳ではないんだが。いやそれはそれで専用のお邪魔アイテムを用意すべきか。

 

「これらは一旦この家に置いておきましょう。帰ってから処分すればいいわ」

 

 そういう事になった。

 

「皆の者~、夕餉が出来たのじゃ~」

 

 そういう事にした頃には、すっかり夜ご飯の時間になっていた。

 ダイニングテーブルに色とりどりの料理が並んでいる。皆の好物をメインに、縁起物としてカツも作ってもらった。敵に勝つという心意気だ。

 

「このゴマダレとても美味しいですね! サラダにもお肉にも合う万能ソースじゃないですか!」

「ご主人、タルタル取ってほしいッス」

「レノもすっかり食器の扱いが上手になったわね」

「ん、まぁね」

「とりあえず、その辺はエリーゼにお任せでいいですね。ねぇご主人様?」

「って言っとるけど、主様からは何かあるかのぅ?」

「まぁうん、いいと思う」

 

 皆で食卓を囲む。美味しそうに、楽しそうに食べている。

 こういう時、心の底から幸せを感じる。彼女達はこの世の何よりも綺麗で、世界一尊い存在なのである。

 エリーゼの呪いは解けた。レノの体内も時と共に成熟する。グーラとイリハもその気だし、ルクスリリアにはずっと待ってもらっていた。

 そろそろ、いいだろう。覚悟が道を切り開く。

 

「んっ、んっ! ぷはぁ~! 風呂上りの淫魔牛乳は最高ッスね~!」

「豆乳じゃろ豆乳。次リンジュ行った時また買い占めないとじゃな」

「やっぱりフルーツヨーグルトでしょう。例によってご主人様のお力がなければ不可能な贅沢ですが」

「ん、マスターお水」

「ありがとう。俺はレノの聖水が一番かな」

「私も今日は聖水にするわ。明日は早いのだし」

 

 明日出発する訳だが、ナイトルーティンに変更はない。

 風呂に浸かり、サウナにも入った。それから、ムードが出てきたら寝室に行くのだ。

 

「こっちもゴブサタになるかもッスからね♡」

「たくさん愛し合いましょう? ん、ちゅぅ♡」

「あっ、またエリーゼが最初のキスをしています!」

 

 勁鱗の要領で全身房中術を発動できる俺は、受動的な攻勢の実現に成功していた。イリハなど、俺の胸に吸い付くだけで発情している。指先一つ使わずに、舐めてもらって絶頂させる事だって可能なのだ。

 代わり番こに、順繰りに、第二形態になった俺は一人一人の存在を確かめるように愛を注いだ。

 

 最愛の人だ。かけがえのない女性だ。

 旧魔王軍だの災厄だの、下らない。

 俺の好きなもの全て、絶対に失ってなるものか。

 

 その為にこそ、頑張ってきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 朝になった。

 

 王都西区の門前広場。

 有翼人用の滑走路に、有翼ヘラジカが立っている。その体躯は一昨年までとは様変わりしていた。以前までのラザニアは少し大きい程度のマッチョヘラジカだったのに、現在では鹿の神みたいな威容を放っている。左右の翼も気持ちキラキラ光っていた。

 

「皆、準備はいいな?」

 

 そんな鹿の神に、カスタムしたばかりの空戦車を繋ぐ。

 改修した空戦車に、目立った外観の変化はない。ただ各種仕様を戦闘用に調整し、車体の中に収納スペースを作っただけだ。

 巨大ヘラジカと空飛ぶ戦車。これこそが対尖兵戦仕様の兵站輸送車である。

 

「はいよー! いざ往かん、遥か万里の彼方までッスー!」

 

 全員乗っていざ出発。淫魔が手綱を操って、鹿が一気に駆け出した。

 翼を広げ、大きく大きく羽ばたいた。ふわっと宙に舞い上がり、次いで風の結界が戦車全体を覆う。

 ギアが上がっていく。二速から三速へ。やがてトップギアになった空戦車は、時速二〇〇キロ前後の速度で巡行移動を開始した。

 

 ふと、背後の王都を振り返る。

 今は遠くて小さく見えるが、中身は大きな都市である。

 俺の好きな異世界ナーロッパだ。冒険者がいて、知り合いがいて、まだ見ぬロリが住んでいる。

 

「あぁ、そうか……」

 

 その時、昨日のシラノイさんの言葉を思い出した。

 俺が転移した噴水広場も、迷宮ギルドも、ニカノル大浴場も、王立図書館も、俺達の家も……。

世界が滅びると、王都も滅びるのか。

 

「それは……嫌だな」

「どうしたんですか? ご主人様」

「何でもない。ただ……」

 

 まぁ、だからといって勇んで戦うつもりはないが。

 俺という男はどこまでいっても小市民なのだ。この手で守れる範囲しか守れない。身の丈に合った仕事をすべきだろう。

 

「頑張ろうって思った。それだけ」

 

 空を駆ける。

 人類の脅威が迫る、最果ての戦場へ。




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