【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝の極みです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


蜃気炉(上)

 中世ヨーロッパと比較すると、この世界の輸送手段は多岐に渡る。

 食糧然り建材然り、主な輸送方法は由緒正しい馬車隊式で、異世界ホースなら地球産ホースよりちょっと速いくらいの速度で運搬できる。兵隊の行軍もまた同様に。

 空を飛ぶ人が多い世界観。なら荷物も空から運べばいいじゃないかと考えるかもしれないが、それは現実的ではないようだ。当然として全異世界人が飛べる訳ではないし、まして飛べる人も飛び続けられる訳ないのである。

 以前に王都とヴィンス市を行き来してくれた天馬兄貴は言うに及ばず、天津島捜査作戦の際にキルスティンさんが乗ってたグリフォンなどはコストの高さ故に数を揃えられず、加えて言うと飛行ユニットは概して多くの荷物を載せられないのだ。

 同じく収納魔法要員は万年人手不足であり、兵站輸送に使う余裕はない。どだい収納魔法の容量は個人差が激しく、その殆どは馬車一台分も収納できないというのだからどうしようもない。

 最高なのは大容量収納魔法持ち兼そらをとぶ要員なのだが、それこそスーパーレアなので貴重品専門の運搬係に回されるそうだ。

 

 そんな中、俺は馬車隊レベルの容量がある収納魔法の使い手であり、長時間飛行可能な銀細工上位勢の戦闘力を持つ一党の頭目だったりする。はえ~って感じ。

 確かに、この世界の運送事情を知ったらば、我がアイテムボックスと守護獣ラザニアのシナジーが如何に有用か分かろうというものだ。であるならば尚の事、俺個人としてはよりいっそうの政治的な後ろ盾がほしいところ。

 

「はえ~、生存圏の隅っこってこうなってたんスね~」

 

 王都を出てしばらく。フライシュ領からの荷物を受け取った俺達は、王都から見て南西にある物資集積所に向かっていた。

 人里離れた現在位置はラリス王国内ではなかった。かといってグウィネス部族連合やディング魔族国の領地でもない。いわゆる無主地である。

 

「本当にこっちで合っとるんじゃろうか」

「一応、方角的には……」

 

 見渡す限り青と緑。空飛ぶ戦車の眼下には手つかずの森林が広がっている。

 この緑一色の中に物資集積所があるらしく、且つその場所は幻影魔術で隠蔽されているそうだ。関係者用に幻影看破のアイテム――メガネ型の魔道具――を貸与されたので、地図と見比べながら【遠視】持ちのレノに見てもらっていた。

 

「ん、視えた。左に二度修正。マスターも視てみて」

「ホントだ。メガネ無しだとさっぱりだが。グーラ、旗頼む」

「お任せください」

 

 そんなこんな、原生林の中にぽっかり空いた土地を発見した。メガネ無しだとただの森だが、メガネ有りだと丸見えだ。

 近くに行って旋回しながら旗を振る。すると集積所の見張り台の人も旗を振り返してくれたので、運転手にメガネを掛けてもらい誘導に従って滑走路に着陸した。

 

 森の中の物資集積所は、ブロック玩具で組んだような石壁で覆われていた。専用の建材を使わずに魔法で造ったものだろう。

 なんて思いつつ空戦車から下りると、槍を持った兵士が寄ってきた。

 

「その風体、イシグロ・リキタカのようだな。準金細工の確認をさせてもらうぞ」

 

 準金細工と証明カード、それからフライシュ領の割符を手渡す。厳めしい顔の兵士はそれぞれにバーコードリーダーみたいな魔道具を当て、最後に割符を合わせて「行ってよし」となった。

 門を潜った先には、倉庫街と建設現場が合わさったような光景が広がっていた。ゴーレムの肩に乗った魔術師が大きな荷物を運搬し、輝く兜の猫人兵があちらこちらで指差し確認している。指示や声掛けが重なって、皆さんとても忙しそうだ。

 門番から「少し待て」と言われた俺達は、現場で汗を流す人達の邪魔にならないところで待機する事にした。

 

「お待たせしました。イシグロ・リキタカ様ですね。どうぞ、こちらに」

 

 ややあって声をかけてきたのは、兵卒ファッションをした第三王子派閥のメイドさんだった。天津島捜査作戦の時とルーンの里の調査で一緒した人である。

 挨拶もそこそこにエージェント・メイドさんについていくと、一戸建てサイズの木造倉庫に案内された。

 

「ここにフライシュ領で受け取った物資を置いていってください。後に整えますので、ひとまず適当で構いません」

 

 言われた通り、そこにフライシュ領からの荷物を出していく。適当にポイしていいと言われたが、射手座のA型である俺は整然と並ぶよう荷を下ろす。こういうの綺麗に揃えないと気持ち悪いだろう。

 

「数はピッタリですね。中身も無事と。それでは、砦の方に運んで頂く荷物が置いてありますので、ご案内いたします」

 

 パンパンになった倉庫を出て、お次はちょっと遠くにあった巨大倉庫である。サイズ違いの同型倉庫だが、こっちは厳重に鍵がかけられていた。

 頑丈そうな錠前を外し、扉を開く。中を見た我が一党員達がぽかんと口を開ける一方、俺は前世で見た事のある光景を思い出していた。

 

「異様ね。これだと却って殺風景に見えるわ」

「まぁ住む訳じゃないし、多少はね?」

 

 倉庫の中には、コンテナのような大きな木箱が所狭しと重ねてあった。それこそ某密林の倉庫みたいに、ギュウギュウと。人によっては何かしらの恐怖症に引っかかりそうな光景だ。

 件のコンテナの側面には見覚えのあるマークや見覚えのないマークが描かれている。止まり木マークに荒野の牙マーク、あと砦の名前も書いてあった。なるほど、箱を規格化する事で効率的に運べるようにしてるんだな。

 

「過去の情報からイシグロ様が収納可能な容量を逆算いたしました。可能でしょうか?」

「はい。問題ありません」

 

 数こそ多いが、俺からしたら余裕である。実際、アルヴの森の復興支援にはこれくらいの量の物資を運んだしな。あの時の物資輸送は何度も往復する想定だったらしいが、一回で完了しちゃったんだよな。

 その後、王子から「イシグロさんの収納魔法の容量が他所にバレたら色々拙いから自重してね」と言われたので、現状の最大容量は表向きこれが限界って事になっている。

 

「収納には此方で手配した者が来るはずなのですが……申し訳ありません、現在は別の作業をしておりまして。今しばらくお待ち頂ければ」

「いえ、手早く終わらせましょう。皆、頼めるか」

「力仕事ならお任せください!」

「ん、天使族は建設現場で大活躍」

 

 応援の作業員を待たずに作業開始。エージェントメイドさん指揮の下、流れ作業でコンテナ木箱を収納していく。

 レノとルクスリリアが上にあるコンテナを下ろし、イリハが張った結界で受け取ってグーラにパス。最後に俺と一緒に収納魔法にシュートである。エリーゼは雑に指揮バフを撒いていた。

 地球ならリーチスタッカーのような働く車が必要なところ、冒険者なら人力で可能なのである。

 

「お待たせしました~。すぐ始めさせて頂きますので~」

「あれ? もしかして、もう終わってる?」

「早過ぎぃ!」

 

 という訳で、応援が来る前に終了した。エージェント・メイドさんの「皆さん休憩して頂いて結構ですよ」という言葉に、作業員達は無邪気に喜んでいた。

 

「それでは、イシグロ様に運んで頂く砦とルートについてですが……」

 

 受け渡しと積み込み作業は終了し、出発は翌日の朝である。俺達一党に宛がわれた小屋の机に、メイドさんが圏外地図を広げてみせた。

 その地図はかなり精巧に描かれていた。具体的な地理情報に加え、注意すべき魔物まで記載されている。

 

「イシグロ様には、まずルーゴウンの森にある砦に向かって頂きます。砦は大きな木の根元にありますので、それを目印に飛んで頂ければ。然る後に森を抜け、ミッド平原にあるキパ砦に兵站を届けてください。それぞれ、ルーゴウン砦にはアリエル様が、キパ砦にはナターリア様がいらっしゃる筈です」

 

 まずはアリエルさん率いる止まり木同盟の砦に荷物を運び、それからミッド平原にあるキパ砦へ。後者の砦にはナターリアさん率いる“荒野の牙”が駐在しているそうだ。

 ルート上にはその他中小の砦もあるらしいが、それらは全部無視してこの二ヵ所に運んで戻ればいいんだな。物資集積所を含め先の二ヵ所を線で繋ぐと鋭角三角形になるイメージだ。

 

「今回は初の圏外入りとなりますので、イシグロ様には砦の位置関係を覚えて頂ければと考えております」

「承知しました」

 

 別の紙にメモを取り、件の圏外地図を受け取ってブリーフィング終了。メイドさんは去っていき、小屋には俺達だけになった。

 

「圏外から、魔物が攻めてきているんですよね。実際の圏外はどんな所なんでしょうか」

「つっても行って帰ってくるだけッスよ。そう構える事ぁねぇッス」

「心躍る戦いがあればいいのだけれど」

 

 初の圏外行きを前に、グーラはそわそわエリーゼはワクワクしていらっしゃる。ルクスリリアは緊張しておらず、他二名は黙って地図を眺めていた。

 俺はというと、努めて脱力していた。無駄に力むと続かないって好きな映画で言ってたので、無理せず安全に輸送しようと思う。

 

「お世話になりました」

 

 時は進んで翌朝である。

 物資集積所で一泊した俺達は、空戦車に乗り込んで滑走路を飛び出した。

 天気は生憎の曇り。雨が降りそうで降らないような微妙な空模様である。

 

「ん、無人の砦がちょこちょこ視える。負けたらこっちに籠るのかな」

「こうも景色が変わらないと退屈ね」

「とはいえ悠長に読書する訳にもいきませんし……」

 

 ルート通り、ルーゴウン砦へ一直線に向かって行く。

 地図によると、現在俺達が飛んでいるのは圏外と圏内の境目といったところ。眼下には相変わらずネイチャーなグリーンが広がっている。

 それぞれの輸送ポイントの間には都市と都市くらいの距離がある。時速二〇〇キロ超えの空の旅でもそれなりに時間がかかる見込みだった。なので結構暇である。

 

「うぐっ……!?」

 

 なんて思っていたら、突然イリハが苦しげな呻き声を上げた。

 見ると、彼女は邪気眼でも開いたかのように右眼を押さえていた。仙氣眼を開いたのだろう。

 

「今、境界線が視えたのじゃ。向こう側には、凄まじい陰の氣が漂っておる。もうすぐじゃ」

 

 エリーゼの回復を受けつつ、イリハは嘔吐を耐えるような声音で言葉を発した。

 こういう時のイリハは冗談を言わない。どうやら、そろそろガチで圏外に出るようだ。その上、そこには嫌な気配が漂っていると。

 警戒レベルを引き上げる。俺は銃杖を握り、エリーゼは杖を持つ。レノもまた片手に光力銃を持った。

 

 ややあって、目に見えない膜を通った感覚がした。まるで迷宮のボス部屋に入った時のようだ。

 そして、空戦車のスピードが一気に落ちた。

 

「うわっと!? どうしたルクスリリア?」

「分かんねぇッス! なんかいきなり空気が重くなったみたいッス!」

 

 風結界が綻び、ガタガタと空戦車が揺れる。安全バーを握りながら問うと、ルクスリリアが苦しそうに返した。

 やがて元の風結界が厚めに張り直され、揺れは収まって安定した。けれどもその速度はかなり鈍っている。

 

「飛行ペナルティエリア? いや、そこまでキツい感じはしないな」

「う~ん? ラザニアが言うには、なんか風が重くて走りにくいらしいッス。あと魔力が濁ってて気持ち悪いって」

「魔力が濁ってる、というと?」

「言わんとする事は分かるわ。普段私が視てる魔力が川だとすれば、ここの魔力は沼のようね」

「とりあえず結界張れば何とかなるっぽいな。速度的に魔物が来たら振り切れそうにないから、俺とレノで警戒を強くしよう。イリハは防御の準備しといてくれ」

「ん、了解」

「わかったのじゃ」

 

 スピードメーターが無いので分かりづらいが、現在の速度は体感六〇キロは超えていないように思う。だいぶデバフ食らったな。

 これだとスピードタイプの魔物から逃げられないので、迎撃重視で進んでいく。見つけ次第、襲われる前にこっちから殺るべきだ。

 

「あの鳥、何よさっきから。来るなら来ればいいのに……」

「ん、警戒してる。エリーゼの魔力のせい?」

 

 途中、何度か空を飛んでいる魔物と遭遇したものの、一度も戦う事はなかった。

 内の魔物は見敵必殺とばかりに襲ってくるのに、外の魔物はこちらを見ているばかりで攻撃してこなかったのだ。

 

「ルクスリリア、魔力の方は問題ないか?」

「まだまだ余裕ッス。ただずっと座りっぱなしなんで、お尻が痛くなってきたッス」

「休憩は……できそうにないわね。飛び続ける方が安全かしら」

「ラザニアバリアを張るにはルクスリリアが座ってないといけないからな」

「それはいいッスけど、夜になったら何発か貰うッスよ!」

「お手伝いしますね」

「やり方は色々あるからのぅ」

「今宵は奉仕の夜になる」

 

 草薙宅配便は朝からぶっ通しで飛んでいる。牽引ヘラジカ・ラザニアは平気そうだが、エンジン淫魔・ルクスリリアは精神的に辛そう……というか眠そうだ。

 本来なら休憩を入れるべきなのだが、残念ながら人類生存圏外にサービスエリアは存在しない。目的地に着くまで飛び続けるしかないだろう。この任務、ルクスリリアの負担が一番デカい気がする。

 

「あそこ、あれがルーゴウン大河か」

「生えてる木が変わっていますね。以前行ったテオファノ大浴場に似ているような……」

 

 変わらぬ景色の上を往き、しばらく。目印にしていたルーゴウン大河を発見した、見ると、件の森はさっきまでの森とは様相が異なっていた。

 いきなり川を境に熱帯雨林に切り替わったような感じ。あと、ラザニアの速度が上がった気がする。魔力の淀みが軽くなったのかもしれない。

 

「ん、あそこじゃない?」

 

 ややもあり、視界の奥に大きな樹が見えた。

 高層ビルめいた威容。地図に描かれたスケッチと見比べる。間違いない、あそこだ。

 

「なんか上森神樹(アルヴヘイム)に似てないか?」

 

 なんて感想を抱きつつ、近くに行って旗を振る。次いで誘導に従い滑走路へ。

 ルーゴウンの森中央にあるこの砦は、森林エリア内で最も大きな拠点である。その構造は大樹を中心としたドーナツ型で、壁は森人式の木造建築だった。

 

「イシグロさんか。まぁ一応規則だからさ、冒険者証とか確認させてくれよな」

 

 見張り台から声をかけてきたのは止まり木協会の盟友で、顔見知りの森人だった。ササッと身分を証明して、砦の中に入れてもらう。

 砦の中にはピリッと張り詰めた空気が流れていた。少し待つよう言われ、何となく大樹を仰ぎ見た。

 デカい木だ。その周囲にはツリーハウスみたいな小屋が建てられていて、根には地下に繋がってるっぽい洞が空いている。

 

「イシグロ殿、やはりお主も外に来たか!」

 

 そうこうしていると、俺達の前に顔見知りの侍が現れた。立派な角に巨大な乳房。牛鬼剣客・イスラさんだ。

 彼女は元は剣鬼道場の高弟で、リンジュの銀細工である。そんで色々あって、現在は止まり木同盟に所属しているのだ。

 

「本当にイシグロ殿が届けてくれるとはな。いやしかし迅速だ。来てくれ、倉庫まで案内しよう」

 

 案内された木造倉庫で例のコンテナを出すと、イスラさんは目録見ながら一つ一つ指差し確認していた。

 そんでお互い書類にサイン。マジで配達員である。災厄後に世界が広がったら砦同士を国道で繋ぐのかもしれないな。夢が広がる。

 

「今日は泊っていく予定だったな。ついでだし、砦の中を案内しよう」

「よろしくお願いします」

 

 その後、イスラさんの案内で俺達は砦を見て回った。

 ルーゴウン砦は砦というより町か村みたいだった。馬房や武器庫はイメージ通りだが、動物の飼育エリアや大きな畑なんかも設えてあり、木造メインの建築物も相まって何となく牧歌的な雰囲気だ。

 大樹の洞の奥には水浴び用の泉があるらしく、外の汚れはそこで清めるらしい。曰く、圏外の汚れは万病に繋がるから清潔にしないといけないんだとか。

 

「冷た……くないッスね! すげぇいい感じッス!」

「温かいような冷たいような。身体にこびりついていた淀みが清められるようです」

「まったくね。外の魔力があんなにも気持ち悪いとは予想外だったわ」

「これはまた綺麗な水じゃのぅ」

「光力が回復する……」

 

 そんな訳で、俺達も洞の泉を使わせてもらった。日光の届かぬ根の下で、淡く輝く泉で水浴びをする皆はさながら妖精のようだった。

 実際、この泉で身体を洗うとさっきまで感じていた魔力的な息苦しさは綺麗さっぱり無くなった。純淫魔契約の影響で、俺も魔力には敏感になっているのだ。

 

「この大樹によって疑似的なアルヴの森を再現しているそうだ。実際、砦の中は空気が美味いだろう? 匂いもいい」

「確かに」

 

 昼食後、イスラさんに砦の案内の続きをしてもらった。

 彼女の話によると、ルーゴウン砦の大樹が上森神樹に似ているのはそういう仕様らしく、小神樹とも言うべき霊験あらたかな木なんだとか。災厄に備え、一〇〇〇年前からコツコツ育ててきたんだとか。

 で、この小神樹は外の瘴気を防ぐ力を持っていて、砦内部だけでなくルーゴウンの森全体を清めているという。だから大河を境に森の植生が変わっていたんだな。

 

「アリエル様の御帰還だ! 皆、盛大にお出迎えしろ!」

 

 一通りの案内が終わった頃、ちょうどいいところにアリエルさん帰還の報せが届いた

 砦の門が開かれると、一角獣に乗ったアリエルさんが戦士を従えて現れた。その顔は土や泥に汚れていたが、彼女の美貌は一切損なわれていなかった。

 砦内の兵士の多くはラリス兵のようだが、戻ってきた人たちは止まり木の精鋭で構成されているようだった。その中には見覚えのある灰髪エルフさんの姿もある。名前は確か、ネフリティスさん。

 

「予言にあった“灰頭(はいかぶり)”の狂怨亡獣は、止まり木の戦士が討ち取った! また一つ災厄の影は祓われた! 我等の勝利だ!」

 

 アリエルさんの勝利宣言に、砦中の兵士が歓声を上げた。

 なんと、彼女は特異個体の魔物を討伐せしめたというのだ。しかも死傷者無しで。

 まさに凱旋。まさに英雄。砦は一気にお祭りムードへ突入し、続くアリエルさんの指示で兵士達は宴の準備を始めていた。

 にしても凄い人気である。あれが英雄の威厳ってやつなんだろうな。そんな風に見ていると、俺と目が合ったアリエルさんはピクリとエルフ耳を震わせて、召喚獣から下りて歩み寄ってきた。

 

「イシグロ殿か、よくきてくれた。かねてより存在が確認されていた特異個体を今しがた討ったところでな。宴を催す故、貴殿にもぜひ参加してほしい」

 

 なんだか、アリエルさんは上機嫌そう。平然としているように見える彼女も、ああも称えられたら内心誇らしくて仕方ないのかもしれない。

 

「そうか、物資を。つくづく丁度いいな。イシグロ殿のお陰で盛大な宴ができるだろう。それはそうと……」

 

 かと思えば、その場に止まったアリエルさんは世間話ターンに突入した。何故? 後ろで灰髪のエルフさんが俺を睨んでるんですが、それは大丈夫なんですかね。

 

「ところで、砦には来たばかりだな。よければ私が案内しようか。なに、この砦は庭のようなものでな。禊を終えたらすぐにでも……」

「アリエル様の手を煩わせないよう、案内は私の方でさせて頂きました」

「そ、そうか」

 

 褒めて欲しいとばかりにドヤ顔をかますイスラさんが報告すると、アリエルさんは僅かに耳を垂れさせていた。戦勝の昂りのせいか、いつものアリエルさんとは雰囲気が違う気がする。

 

「ともかく、イシグロ殿が輸送してくれるようになったのは非常に有難い。加護のあるルーゴウンと違い、平原と荒野は今も厳しい状況だろうからな」

 

 言って、キリッとなったアリエルさんは部下と共に洞に入っていった。あの泉で身を清めるのだろう。

 

「よぉしお前ら好きなだけ食えーっ! 追加の支給があったばっかだ! 酒もじゃんじゃん呑んでいいぞぉ!」

 

 ややあって、特異個体討伐を祝した宴が始まった。

 各地にキャンプファイヤーが焚かれ、大きな肉が焼かれている。樽ごと酒が配られて、さっそく酔っ払っている兵士の姿も見受けられた。

 

「おぉ、フライシュワインじゃないか! こいつには旅をさせてはいけないのに、まさか収納魔法の輸送か!?」

「それな。あそこのイシグロが運んできてくれたんだよ」

「そうか。お~い! ワインありがとな~!」

 

 律儀に礼を言ってくる顔見知りに手を振り返しつつ、俺達も少し早めの夕食を頂いた。

 ふと見た先には、屋台みたいな所で嗜好品が配給されていた。それこそ漫画かアニメの購買部のノリである。配給品はタバコにお菓子に色々だ。

 

「アリエル様! 席は用意してありますぞ! さぁさぁいらしてください!」

 

 陽が落ちかけた頃、本日の主役であるアリエルさんが姿を現した。珍しい事に、彼女の顔にはうっすら化粧が施されていた。

 広場では兵士達が特異個体を討伐した英雄達を囲んでいる。そのうち話は戦いの内容にシフトして、討伐戦に参加してたらしい森人がリュートを持って即興の弾き語りを始めた。なんだろう、すごい楽しそう。

 

「ここの戦況は優勢なようですね」

「つっても酒など呑んでよいのじゃろうか」

「戦場で宴を開くのなんて普通じゃない?」

「俺達は警備でもしてようか」

 

 夕食を食べ終えた俺達は、楽しげな宴を見るでもなく眺めていた。

 俺達の仕事は兵士が実力を発揮できるよう裏から支援する事だ。もしもの為の警備役として、努めて酒は控えておく事にした。エリーゼは呑みたそうだったけど。

 

「イシグロ殿、少しいいかな」

 

 すると、宴から抜けてきたらしいアリエルさんに声をかけられた。彼女の手にはワイングラスがあった。

 慌てて古式の再会礼を取ろうとしたら、当の上森人に手振りで遮られた。

 

「構わんさ。それより、イシグロ殿が持ってきてくれた酒だ。気兼ねせず呑むといい」

「いえ、任務中に手をつける訳には参りません」

「そうか。貴殿らしいな」

 

 言って、アリエルさんは酒気を帯びた顔で微笑んでいた。

 

「真面目なイシグロ殿には不思議に思われるかもしれないが、圏外の兵にはこのような宴が必要なのだ。いつ襲ってくるか分からぬ砦にあって、常に気を張る訳にもいかんからな」

 

 宴は続いていた。楽器を演奏する森人がいれば、キャンプファイヤーの周りで踊る兵士もいる。あちこちで乾杯の音頭が取られ、その都度明るい声でアリエルさんへの賛辞が唱和されていた。

 勝利を祝うこの宴に、ラリス人も森人も獣人もない。誰もが等しく、楽しそうに杯を交わす平和な光景があった。

 また、広場の隅っこでは俺達と同じように警戒を続ける兵士もいた。見張り台にいる弓兵は鋭い目で壁の外を睨んでいる。

 

「……主様、空を見るのじゃ」

「空?」

 

 その時だった。

 イリハに言われて上を向くと、夜の曇天に稲光が見えた。

 一拍遅れ、圏外に入ってすぐに感じた不快感が俺の全身を撫でた。

 

「……嵐か。厄介な」

 

 アリエルさんが忌々しげに呟く。ぽつりぽつりと、雨が降ってきた。普通の雨じゃない、黒い雨だ。遠くの空で雷が鳴り始めた。

 しかし、砦の中に雨水は入ってこなかった。砦の結界が雨を弾いているのだ。

 

「これが圏外の空だ。砦の中は障壁に守られているので問題ないが、あの雨に触れると武具は溶かされ臓腑に病を患うぞ。それだけではない。雨を浴びた魔物は活性化し、常よりずっと凶暴になる」

 

 宴の雰囲気は途切れ、水を差されたような空気になっていた。

 宴の中止が宣言され、兵士達は文句一つ言わず粛々と撤収作業を開始した。

 

「明日も戦い続きだろうな。イシグロ殿も早めに眠るといい」

「承知いたしました」

 

 促され、俺達もツリーハウスで眠る事に。

 俺達に宛がわれた部屋は一党単位の大部屋だった。ご丁寧にベッドは人数分置いてある。

 

 断続的な稲光が鬱陶しかったので、開けっ放しだった窓の木板を閉める。どこかに落雷があったようで、壁越しに激しい雷鳴が聞こえてきた。

 暗闇の中、ベッドをくっつけて眠る。ラリス王国は夏だったが、外はなんだか寒かった。

 

「早寝早起きはいいッスけど~、約束は守ってもらうッスよ~♡ はぁい、いっただっきまぁ~す♡ はぁ……んむ♡ ぢゅうぅぅぅ♡」

「ん、マスターこっち向く♡ 口開けて、舌伸ばして♡」

 

 それはそれとして、ルクスリリアの魔力供給は行った。

 声を抑えるのは俺の方である。まぁその口も塞がれるから喘ぎ声は出せないんだけども。

 結局、都合三発ほど飲み込んでもらい、淫魔タンクへの給油は完了した。最後に【清潔】を使い、今度こそ就寝である。

 

 明日はミッド平原に向かうのだ。

 程々で済ませるべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 俺の頭の奥底で、フレクサトーンの音が鳴る。剣呑な怖気で目を覚ましたのは生まれて初めての経験だった。

 遅れて現実の警鐘が鳴り響き、砦内が一気に騒がしくなった。

 

「敵襲! 敵襲! 弓兵隊、配置につけぇ!」

 

 急ぎ装備を整えて外に出ると、森人弓隊が壁の上に登っている姿が見えた。怒号のような指示が響き、昨夜宴をしていた広場のあちこちで武装した兵士達が走り回っている。

 夜明けと共に魔物の襲撃が来たらしい。かといって俺達に出来る事はない。邪魔しないように待機しておくべきだろう。

 

「流石、既に装備を整えていたか。お察しだろうが、主級の魔物共が攻めてきている。この様子だと、まだ増えるだろうな」

 

 そこに、同じくフル武装のイスラさんがやって来た。

 例によって例の如く、昨夜の嵐が魔物を活性化させたらしい。また今日一日は森中が騒がしくなる見込みであるとかで、皆さん戦意に満ちていた。

 

「ちょっと失礼。レノも来てくれ」

「ん、わかった」

 

 魔法で空を飛び、邪魔にならない位置で壁の外を観察する。

 森の奥、魔物によって大きな木々が薙ぎ倒されている。迫ってきている魔物の多くはザコのようだが、中には主級の魔物がチラホラ見える。どいつもこいつも討伐経験のある魔物だった。

 

「放てぇーっ!」

 

 そこに、大量の矢が発射された。爆撃のような矢の雨が森に突き刺さり、地面を抉って土煙を舞い上がらせる。矢というか迫撃砲みたいだ。

 すると、土煙の奥から魔法が撃ち返された。轟音を伴い砦の壁にヒットするが、多少揺れこそしたもののバリアによって防がれる。件の魔法を放った魔物はお返しの一斉射撃によって殺されていた。

 

「魔物の襲撃はここだけではない。すぐに救援に向かう。突撃を敢行する故、イシグロ殿も準備を」

 

 地面に下りると、前衛職の兵士は準備万端なご様子だった。機を見て攻勢に転じるらしい。その突撃に便乗し、俺も砦を出るように言われた。

 武器の点検をする兵士達には、尋常ではない気迫が漲っている。

 

「あと、飯を食べなされ。腹が減っては戦はできないぞ」

 

 言われた通り飯を食べ、俺達は空戦車に乗り込んだ。

 門の前に、武器を持った戦士衆が整列していた。軽口を交わしつつ、その時を待っている。ふざけてる訳ではない、気負っていない証だ。

 やがて、突撃開始の鐘が鳴り響いた。

 

「いくぞお前ら! 突撃ぃーッ!」

「「「うぉおおおおおおッ!」」」

 

 門が開き、前衛戦士が突貫する。

 槍兵のスキルで小さい魔物を跳ね飛ばし、剣士の一撃が中型魔物の首を刎ねる。主級の魔物にイスラさんが蜻蛉の構えで突っ込んだ。

 

「ぶっ飛ばせ! ルクスリリア!」

「昨夜貰った分! 使わせてもらうッスよぉッ!」

 

 隙が出来た。超淫魔化したルクスリリアがラザニアに魔力を注ぐと、角を輝かせたヘラジカが駆け出した。凄まじい重力加速度がかかり、グイと背もたれに押し付けられる。

 地を駆け、門を出る。襲い掛かってきたモモンガ型魔物を跳ね飛ばし前へ前へ。異常な速さの助走をつけて、有翼ヘラジカは雄々しく空に舞い上がった。

 

「背後! 魔物が追いかけて来てます!」

「任せて……!」

 

 あっと言う間にルーゴウン砦を見下ろす高度になる。だが、ラザニアより速い魔物が追い掛けてきた。

 レノが背後に銃を向けた瞬間、件の魔物の頭部を矢が貫通した。見ると、小神樹の枝に立ったアリエルさんが弓を構えている姿が見えた。

 遠ざかるルーゴウン砦では、今なお激しい戦いが繰り広げられていた。

 

「圏外の兵士は、こんな環境で戦っているのか」

 

 アリエルさんがいるから大丈夫。それに間違いはないと思う。だが、余裕な訳ではないようだ。彼女がいて尚、苦戦するのが圏外なのか。

 ルーゴウンの兵士は、この戦いの後に他の砦の救援に行くらしい。決して楽な戦いではないはずだ。俺に頼めば早く済んだだろうに、そうしなかった。それは連携云々もあるだろうが、俺が補給要員だからってのもあるだろう。

 ルーゴウン砦の兵士達からは、職務を全うせんとする高潔な矜持が感じ取れた。

 

「すげぇな、マジで」

 

 ならば、俺も俺の仕事を全うしよう。

 大荷物を載せた空戦車は、次なる戦場に向かうのであった。




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