【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
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たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚
色々あって再度タイトルが変更されました。
メインタイトルはこれで確定で、この後にサブタイが付く予定です。「ですます」系サブタイにはなりません。
ルーゴウン砦が見えなくなって、どれくらいの時が経っただろうか。
昨日聞いた通り、小神樹は瘴気を祓っているらしい。大樹から離れるにつれて全身に感じる空気と魔力が重くなっていき、ラザニアの速度も遅くなっていった。
同じくして空の魔物との遭遇率も高くなり、空戦車より速い有翼魔物があちらこちらを回遊している。言ってしまえば制空権を取られている状況である。残念ながら、こっちのアーチャーは撃った矢を戦闘機に変えて操作する事はできない。
「マスター、視えたよ」
「ああ、こっちでも確認した。もう一回かけるぞ。魔力過剰充填……【隠形】【静寂】」
ルーゴウンの森を移動している最中、俺はラザニアを含めた空戦車全体に各種隠形魔法をかけ続けていた。
お題目は空にいる魔物の目を逃れる為なのだが、実際はそれとは別の理由が主であった。
「見るに優勢のようだけれど」
「一人強い戦士がいますね。狼人の曲剣使いです」
「逆に言うと、あの者が倒れたらおしまいじゃな」
砦にいる人に、見つからない為である。
ルーゴウン砦とキパ砦の間には中小の砦が複数存在する。それらの砦もまた昨晩の嵐で活性化した魔物の被害を受けていた。俺は彼等の目から逃れる為に姿を隠していたのである。
今朝、ルーゴウン砦に魔物の襲撃があった際、現場の指揮官はアリエルさんに次ぐ戦力であろう俺の参戦を乞わず、キパ砦への兵站輸送を急ぐよう指示してきた。
しかし、他の砦視点だとどうだろう。ピンチの時、空に見えた味方が自分達を無視して去って行ったら、ヘイトを溜めて然るべきだと思う。少なくとも俺なら恨む。
なら、ハナからそんな感情向けられない方がいい。命令通り粛々と、作戦通り黙々と、俺は俺の任務を全うするべきだ。保身であり、自衛である。
「大丈夫ですか? ご主人様」
「問題ない。グーラこそ、平気か?」
「はい。彼等も戦士です。我々は先を急ぐべきかと」
また一つ、苦戦中の砦を通り過ぎた。思ってたよりメンタルにくる光景だ。
義を見てせざるは勇なきなりとは言うが、独断専行は重罪である。分かっているが、どうしても見捨てたような気持ちになってしまう。
俺一人なら、いくらでも冷淡になれる。しかし、我が一党には善性の塊であるグーラやレノがいるのだ。彼女達の心こそ、俺は心配でならなかった。
「すまんルクスリリア、急いでくれ」
「それはいいッスけど、もっかい
「頼む」
古今東西のアニメ作品……とりわけひと昔前のアニメにおいては上役の命令に背いて人情を第一に行動する主人公が沢山いて、そういった主人公の独断専行は往々にして見逃されていたように思う。
当時、そういう展開のあったアニメを観ていた俺は、そんな主人公達の感情的な行動にモヤモヤした感情を抱いていた。仮にも軍事作戦に従事ずる立場の者が個人の感情で動くべきではないだろうと子供心に考えていたからだ。命令を受けた以上、決められた事をやるべきだと思う。
しかし、いざアニメで見たような窮地を前にしてしまうと、どうしても感情が揺さぶられる。同時に、自分自身の傲慢さも自覚させられる事となった。
多分、砦の中にロリがいたら俺の嫌いな主人公と同じ事したんだろうな。グーラとイリハとレノの時もそうだったし。
「俺はもっと悩み少ない奴だったはずだけど……」
エンジンに負荷をかけつつスピードアップし、気付いた頃にはルーゴウンの森を抜けていた。
人類生存圏南西、フボール地方。ルーゴン大河を越えた先、ミッド平原には殺風景な大地が広がっていた。
ルーゴウンの森がアマゾンだとしたら、ミッド平原はサバンナって感じだった。河を挟んで世界観が変わったという印象を受ける。
ミッド平原はサバンナっぽいとは言ったが、実際にはポストアポカリプスのサバンナと表現する方がしっくりくる。空も地面も色味が薄く、生命の息吹を感じない。まるで、日光を浴びた事の無い植物が草原を真似しているような、寒々しい風が吹いていた。
「見晴らしは良いッスけど、良すぎるせいで目のいい魔物に狙撃されるかもッスね」
「大丈夫じゃ。防御結界はいつでも張れるようにしとるからの」
息絶えたような平原には馬車隊が通れる広さの土道が敷いてあった。砦と砦を繋ぐ道だ。これに従っていれば何処かの砦に辿り着くはずである。
「あそこ、誰か歩いてる」
そうやってキパ砦に向かっている途中、レノが眼下に何かを発見したようだ。
彼女が指指す方に目をやると、件の道を行軍している部隊が見えた。獣人オンリーの部隊である。彼等はサラブレッドサイズのドードーに騎乗して、綺麗に隊列を組んでいた。
「あれは……エフィーエナさん、でしょうか?」
最も立派なドードーの上には、見覚えのある女性が乗っていた。エフィーエナ・ファーリ。俺の妹であるリュドミーラの姉で、鬣犬人の族長であるナターリアさんの娘だ。
俺が向かっているキパ砦には、彼女が所属する“荒野の牙”が駐在している。どこに向かっているかは分からないが、彼女はルーゴウンの森の状況を知らない可能性が高い。嵐の影響がこっちまで届いているかもしれないので、警戒を促す為にも森の状況を伝えておくべきだろう。
急いでいるのだ、手早く済ませる。俺は空戦車のステルスを解除し、下降しながら旗を振った。すると、向こうも手を振り返してくれた。
「イシグロ! お前、イシグロじゃないか! 補給部隊と聞いていたが、まさかもう来たとはな!」
デコボコ土道に着陸し、お互い騎乗したまま声をかける。挨拶もそこそこに、俺はルーゴウン砦での出来事を共有した。
活性化した魔物がこっちまで来るかもしれない。森に近づくのなら気を付けてほしい、と。
「把握した。実は昨日、我々は特異個体と戦ってな。その戦いで薬の備蓄が心許ないんだ。いや助かったぞ」
次いでキパ砦へ補給しに行く旨を話すと、エフィーエナさん含めドードー部隊の人達は安堵したような顔になっていた。
曰く、昨日はアリエルさんと同様にナターリアさんもミッド平原の特異個体と戦ったらしい。討伐こそ出来なかったが、深手を負わせる事には成功したそうだ。また、そのせいで物資が減ったという。
ちなみに、首や腕を切断してもすぐ再生する迷宮の魔物と違い、外の魔物は回復に時間がかかる。なので討伐対象をジワジワ追い込むのは普通にアリな戦術である。
「頼んだぞ。母上によろしく言っておいてくれ」
三分間も話さず、エフィーエナさんと別れる。彼女は件の魔物を監視している斥候部隊と合流し、周囲の環境を偵察しに行くらしい。
道に沿って飛んでいくと、やがて目的地のキパ砦が見えてきた。木造だったルーゴウン砦と異なり、こっちはサンマルコス砦を思わせる石造りだった。
「お嬢ん時の銀細工か! あん時は世話になったな!」
誘導に従って滑走路に着陸し、各種証明書を出してキパ砦に入れてもらう。
キパ砦は規律に厳格な軍事基地って雰囲気だった。バラバラな種族が集まっていたルーゴウン砦とは対照的に、こっちは一般ラリス兵に至るまで獣人で構成されていた。鬣犬人の女戦士を中心に、獅子人や虎人など強そうな肉食系が多い印象。
また、砦内の空気は外よりずっと清浄で、ルーゴウン程ではなくとも気持ちの良い呼吸ができた。
「よう、話は聞いてるぜ。風見鶏かと思ってりゃあ、まさか此処まで飛んできてくれるとはなぁ」
倉庫番の猫人兵にコンテナ置き場まで案内してもらっていると、荒野の牙の盟主たるナターリアさんがやって来た。
今日も今日とて二の腕と太ももがバキバキである。そんな彼女の姿を見て、俺は驚愕に顔が強張るのを自覚した。
以前会った時と変わらぬ覇気のある顔に、毒々しい色の切り傷が付いている。それだけではない、首や腹に赤黒い痣があり、左の上腕には包帯が巻かれていた。
全身怪我だらけなのに、当の本人は女ボスオーラ全開で覇気たっぷりなの脳がバグる。俺より元気そうじゃん。
「とにかく、すぐに治癒を……」
「あー、そいつぁ必要ねぇ」
凄い怪我である。エフィーエナさんからは物資不足と聞いていたのでエリーゼにチートヒールをお願いしたら、怪我人であるはずのナターリアさんにきっぱり止められた。
それから、トップオブ女傑の鬣犬は首にある痛々しい傷をガシガシと掻きながら言葉を継いだ。
「こいつぁ“歌う髑髏”って魔物の……いや知らねぇか。なんつーか特別な傷でな。今んトコどんな治癒魔法でも直らねぇ類いの傷なんだ。代わりにソレ専用の魔法薬があれば簡単に治せるんだがよ、ちと数が少なくてな」
「そ、そうなんですね」
「ああ。昨日の戦いで大分やられちまった。あたしのは軽いから日にち薬でいいだろうって後回しにしてたんだが、まぁ早ぇに越した事ねぇわな。助かったぜ、イシグロ」
族長手ずから荷物置き場に案内され、支援物資の入ったコンテナを出していく。
焦らず急いで荷下ろししていたら、補給が来ると聞いて寄ってきた兎人薬師が飛びつくようにしてコンテナの中身を物色し始めた。
「おぉ、おぉ! 素晴らしい! マフユスズランにオオミツヒマワリ! 早速量産いたしますので、少々お待ちを! 皆、希望の光が見えたぞぉーッ!」
兎人薬師は薬の原材料を奪い取り、盟主や俺に見向きもせずに倉庫を出て行った。
中身を出すのは確認の後のはずだが。掟に厳しいらしいナターリアさんの方を観たら、軽く肩をすくめていた。専門家の現場判断は尊重するらしい。
「とりま飯の前に風呂入ってこい。多分ルーゴウンでもやったろ。穢れが残ってたら色々拙いんだ」
全てのコンテナを外に出した後、ナターリアさんに瘴気の汚れ――“穢れ”を落とす為に“禊”を行うよう言われた。ルーゴウン砦での水浴びがソレだ。
キパ砦の禊場は、異世界でも大人気のサウナだった。熱した石に専用の水を落とし、蒸気を浴びながら身体を拭くのだ。
意外と広かったサウナでは、まず皆に俺を洗ってもらい、その後に各々の肌を拭っていった。魔力に敏感な魔族勢と竜族令嬢が気持ちよさそうにしていた。
なるほど、魔族は普通のサウナは楽しめないが、水を工夫したら楽しめるのか。マイサウナ造る時はロウリュにしよう。
「お前ら喜べ! 今日の晩飯にはなんと……肉があるぞぉおおおお!」
「「「うぉおおおおおおおッ」」」
「しかもフライシュ産だぁああああああ!」
「「「シャオラァアアアア!」」」
ややあって、砦内の食堂で少し早めの夕飯が配られた。
新鮮なフライシュ産の肉に、肉食系の戦士達が体育会系のノリで喜んでいる。俺達も人数分頂いて、砦にいた戦闘奴隷達と一緒に飯を食べた。
飯の匂いに誘われたか、治療を受けたばかりの負傷兵が食堂に入ってきた。そんでガツガツ肉を食う。病み上がりとは思えない食いっぷりである。
「そうか、アリエルの奴は“
食後、盟主専用の部屋に呼び出された俺達は、瘴気の傷を綺麗に治癒したナターリアさんから件の特異個体の話を聞かされた。
昨日の戦いでは死者こそ出さず凌ぎ切ったそうだが、頼みの精鋭戦士はナターリアさんと同じ傷を負わされたのだ。
すぐにでも追撃したいところ仕方なく次の補給まで引きこもる予定だったらしいが、草薙宅急便が来た事で方針を転換し、準備が整い次第早急に仕留めるつもりだという。
「“歌う髑髏”……奴の動きは頭からケツまで妙だった。確実に統率個体が糸引いてる。お前、統率個体については?」
「はい。存じております」
尖兵戦に限らず、この世界には“統率個体”なる魔物が時たま出現するそうだ。
統率個体とは、魔物とは思えぬ知性を持っていて、その名の通り主級の魔物を群れとして統率する事ができる個体である。統率個体に率いられた魔物は、魔物らしからぬ軍隊のような動きを見せるそうだ。
ナターリアさんの勘によると、件の“歌う髑髏”の動きには統率個体に指揮されている気配があったらしい。その存在は元から予測されていたが、そいつは当初の想定より前線に近い場所にいるかもしれないというのだ。
ただでさえ多い主級の魔物に、ナターリアさんが仕留めきれなかった特異個体。加えてその裏には統率個体なる指揮官がいるらしい。
ますます、きな臭い。俺視点、無敵のラリスパワーで何とかして下さいよって気分である。ギリギリまで頑張らないとラリスマンは助けてくれないのかもしれない。
「族長!」
突然、食堂すぐの族長室にエフィーエナさんの部隊にいた鬣犬人が入ってきた。急いでいたのか、彼女の息は荒かった
彼女はナターリアさんの前にいる俺を見てから、族長を見た。立ち去ろうとしたところ、鬣犬女傑にその場にいるようハンドサインされる。
「“歌う髑髏”の住処を発見しました。まだ回復しきっていないようでしたが、以前と同じように雑魚を集めて食っていました。取り巻きに主級の影を複数体確認。その数、最低でも四」
グッドニュースなのかバッドニュースなのか、逃げた特異個体を発見したらしい。
にやりと、ナターリアさんは女傑らしい凄絶な笑みを浮かべた。
「いい流れだ。手前は幸運まで運んできたらしいな。明日の朝、西砦に向かう。走れる奴かき集めろ」
「はっ」
盟主の指示に、荒野の盟友は即座に行動を開始した。早朝出撃の命令を受け、病み上がりの戦士達は得たりと肉をかっ込んでいた。早食い、早便、早寝である。
続いて、食堂に戻ったナターリアさんは矢継ぎ早に指示を出していった。急な事態だろうに、彼女の指揮には一切の迷いがなかった。
「イシグロ、お前は圏外は初めてだったな」
「はい」
ひと通りの指示を出し終えた頃、彼女はルクスリリア達を含めた黒剣一党に目を向けた。
俺達を見て何を思ったか、ナターリアさんは大きな鼻息を一つ吹いてみせた。
「あたし等はそんなヤワじゃあねぇ。安心しな、嬢ちゃん」
そして、心配そうにしていたグーラの頭を撫で、食堂を去って行った。
ナターリアさんは、厳格な族長であり、頼れる盟主であり、同じくらい立派な肝っ玉母ちゃんだった。
あれもまた、カリスマってやつなんだろう。部下に慕われてる理由が分かる。
禁欲二日目の朝である。
キパ砦で迎えた早朝、空戦車に乗り込んだ俺達は、“歌う髑髏”討伐隊と共に門を潜った。
「後ろは任せたぜ。補給を絶やすのはいい。とにかく死ぬんじゃねぇぞ、イシグロ」
「はい。ナターリアさんも、ご武運を」
部隊内でも一等ゴツい愛ドードーに乗ったナターリアさんと別れ、空戦車は物資集積所のある北へ飛んだ。
途中、不用意に近づいてきた空の魔物を撃ち落としていく。昨日までの魔物と比べ、今朝の魔物は攻撃的になっている気がした。
遠くから見られ続けるより襲ってくれた方が気が楽だ。エリーゼなど相当フラストレーションが溜まっていたと見え、遊園地の射的アトラクションめいて魔法を乱射しまくっていた。
「無事に戻れましたね……」
平原を抜け、原生林に到着し、やがて不可視の膜を通り抜ける。
我知らず、安堵の息が漏れた。今、俺達は人類生存圏に戻ったのだ。
見上げた先には深い青の空があり、灼熱の太陽が浮かんでいる。
リミッターを解除されたラザニアが元のスピードを取り戻し、これまでの鬱憤を晴らすように爆走し始めた。
そうそうこれこれ、時速二〇〇キロオーバーのスピード感こそ空戦車だよ。あっという間に通り過ぎる緑が実に爽快である。
「陽の氣が眩しくて、肌が焼けるのじゃ~……」
「ん、いい太陽。天使的に元気出る」
俺達のやった事といえば、圏外に行って戻っただけである。だというのに、俺は己の中に沈殿するストレスを自覚した。
全体的に暗く淀んで陰鬱だった圏外の空に比べると、圏内の環境は夏の太陽さえ極楽に感じる。うん、言い過ぎた。クソ暑いわコレ。
「到着~ッス。もうお尻が痛くてしょうがねぇッス」
ややもあり、俺達は原生林の中に隠された物資集積所に到着した。
滑走路への着陸には慣れたもの。続いて一度目と同じく各種身分証明を提示して、集積所に入れてもらう。
中で待つよう言われて待てば、光の巨人が帰るより早くエージェント・メイドさんがやって来た。
「はい、確かに。お疲れ様でした、イシグロ様」
エージェント・メイドさんに各砦からの報告書とほしいものリストを渡し、上司からの「もう上がっていいよ」のお声が甘美に響く。これにて一度目の兵站輸送任務は完了である。
お仕事終わり、凄まじき解放感。流石に達成感があった。そう思ったのは俺だけではなかったようで、一同背伸びなどして満足そうだ。間違いなく、今回のMVPはルクスリリアだな。
「ルクスリリア、何か欲しいものとかある?」
「ん~? とりまご主人のバナナジュースと、ご主人の特濃ミルクと、あとご主人の白くベタつく何かが欲しいッス♡」
「要するにスケベな事したいだけじゃろ」
「でも分かります。圏内に戻って安心したら、ボクもちょっと……」
そういう事になった。
まぁ俺に宛がわれる小屋は他と距離があるし、ガッツリ本番しても大丈夫だろう。
ウキウキしていると、別の兵士に話しかけられた。
「すまない、言うのを忘れていた。圏外から帰った時も禊をしてもらう必要がある。場所はあそこだ」
「あ、はい」
砦と同じく、圏外から帰った後も禊を行う必要があるらしい。
圏内の禊はどんな感じかなと思ったら、なんか霧を噴霧されながら短い通路を歩かされた。風呂というより消毒である。情緒がないよ。
「やっとゆっくりできるのじゃ」
「外は戦いも酒もなくて退屈だったわ」
「遊べるトコもあるらしいッスよ! 見に行くッス!」
物資集積所には多くの兵士が駐在している。以前案内してくれた兵士に曰く、規模相応の娯楽があると聞いている。
忙しそうな現場を抜けて娯楽専用の建物に入ると、売店みたいな感じで色んな物が売っているコーナーを発見した。
「おぅこんなトコに随分かわいらしいお嬢ちゃんがいたもんだ。どうだい、お菓子いっぱいあるよ?」
おやつの貯蔵は充分だが、現地のお菓子も食べるスタイル。何個か購入し、皆で仲良くゆったり食べた。
続いて娯楽室に入ると、そこは大人の酒場みたいな感じの部屋だった。ステージでは歌手が歌を披露して、バーテンがシェイカーをシャカシャカやっている。
久々の飲酒というのもあり、ウキウキのエリーゼに便乗して俺も酒を呑んだ。
「美味ぇ……」
「ええ。悪くないわね……」
そう良い酒って訳でもないだろうに、バーテンに出してもらった酒はめちゃくちゃ美味しく感じた。
体の疲れにはビールが染みるが、心の疲れにはウイスキーがよく染みる。酒場の音楽を聴きつつバーテンの話を聞くに、広場ではミニ競馬をやったりもするらしく、淫魔王国産の馬がいるんだとか。動物好き勢がワクワクしていらっしゃる。
その他、広場でスポーツに勤しんだりトレーニングをする人もいるらしい。待機中も安心して鍛錬できるな。数日分の遅れを取り戻さなくては。
「イシグロ様、お時間よろしいでしょうか?」
なんてゆっくりしていたら、夕食はまだなのにエージェント・メイドさんに声をかけられた。
彼女の顔は氷のように強張っていた。その表情からして、あまり良くない話なのが分かる。
時間にして一刻と少し、それが俺達の休養期間だった。
「何かありましたか?」
「お休みのところ、申し訳ありません。他ならぬイシグロ様にお運び頂きたい荷がございまして……」
俺の部屋に移動し、話を聞く。
言いつつ急いでフボール地方の地図を広げたメイドさんは、ミッド平原のキパ砦を指し示してから東南東へ指を滑らせた。
「カッサ砦から伝令が来ました。現在、カッサ荒野に大規模な魔物の襲撃があったようで、当初の想定より物資の減りが激しいとのお話でした。荒野を守護しているのはフライシュ侯爵でございます」
知り合いの貴族の名前が出た瞬間、背筋が冷える感覚がした。
尖兵戦は激戦区であるミッド平原に戦力を集中させており、カッサ荒野はフライシュ侯爵家率いるラリス王国軍だけで荒野全体を守護している。当然として、そこにはご子息も参加しているはずだ。
ミラクム・リント・フライシュ。異種族交流会で知り合った貴族子息だ。そう親しい関係って訳でもないのに、彼がピンチと聞くと胸がざわついた。
「準備が整い次第、イシグロ様にはカッサ荒野にある全ての砦に兵站を運んで頂きます」
そう休む暇もなく、俺は新たな任務を承った。
兵站輸送と、状況確認。小市民には荷が重い、超重要な任務である。
〇
俺が物資集積所を出たのは、カッサ砦の窮地を聞かされてから二日後の朝だった。
遅れてきた続報によると、カッサ荒野全体の砦が大規模な魔物の襲撃を受け、医薬品を含めた各種物資が枯渇しているというのだ。
現在は被害の少なかった他の砦から支援してもらって何とかしているが、このままだと枯渇するかもしれないので急ぎ追加の兵站を支給してほしい旨の要請があったのだ。
初めて物資集積所に連絡が届いたのは、俺が帰還した当日の夕方である。件の砦から集積所までの距離を鑑みるに、実際にピンチになったのは何日も前の事だろう。
また、キパ砦にいたナターリアさんからはカッサ砦の状況を聞かされていない。地理的にそっちが先でもおかしくないはずだ。隠されていたのならどうしようもないが、あの性格の人が俺に味方の窮地を伝えないとは考え難い。彼女もまた知らなかったのだろう。
電話もネットもない異世界だ。情報伝達の速度と精度は現代日本とは比べものにならないほど劣っている。迅速で正確な情報など望むべくもない。今はただ、一刻も早く支援する事に集中すべきだ。
「もどかしいな……」
「でも多分、これアタシが強くなってなかったらもっと遅かったと思うッス。最悪、圏外じゃ飛べなかったかも」
「焦ってはいけません、ご主人様」
全速力で空戦車を飛ばしているものの、例によって圏外ではスピードダウンしてしまっている。
加えて言うと、空の魔物が以前にも増して積極的に襲ってくるようになっていた。今のところレノとエリーゼの迎撃で何とかなっている範囲だが、空戦車を壊されないよう立ち回る必要があるので真っすぐな移動はできなかった。
「イシグロ、もう戻ったのか。その様子は……何かあったようだが」
幾度の襲撃を乗り越え、その日のうちに何とかキパ砦に到着した。
盟主に代わって砦の指揮を執るエフィーエナさんに集積所からの手紙を渡して事情を説明し、キパ砦で一泊させてもらう。どうやら、彼女もカッサ砦の事は知らなかったようだ。
翌日未明、暗視持ちの多い我が一党はキパ砦から見て東東南東方向に向かった。
いくつかの砦を通り過ぎ、止まる事なく移動する。カッサ荒野に近づくにつれ、魔物の襲撃は多くなっていた。
俺は襲ってくる魔物を弓矢で迎撃し、エリーゼは魔法で、レノは光力銃で邪魔な奴等を射貫いていく。圏外の空気も相まって、道中は気が休まる暇がなかった。
「皆、気を強く持つのじゃ……!」
平原と荒野の境目に辿り着くと、強張った顔のイリハが忠告してきた。
程なくして、俺は得体の知れない不可視の膜を過る感覚を覚えた。
心臓が冷える。不快感に目を瞑ると、次の瞬間には両目を見開く事となった。
「酷いッスね、こりゃあ……」
世界の彩度が落ちている。
比喩ではない。実際に、空も大地もくすんでいるのだ。
平原からは見えていなかった。何故か、膜を潜った瞬間にこうなったのだ。
振り返る。ミッド平原もまた、彩度が落ちて見えた。
まるで、安い箱庭ゲーのフィールド移動のように、世界の景色が一変したのである。
「恐ろしい景色です。災厄の体現でしょうか」
「ん、太陽の光が届いてない。迷宮そのもの」
「汚らしい魔力ね。迷宮よりずっと気色悪いわ」
空から見下ろしたカッサ荒野は、荒野というより地獄の方がしっくりくる光景が広がっていた。
雲一つない空は仄暗い灰色で、草一つ生えていない大地はどこもかしこも荒れている。
かと思えば各地にコールタールのような黒い水たまりがあって、そこから迷宮でよく見る骸骨兵が這い出ていた。
「おかしい。地図にはこんな情報書いてなかったはず……」
慌てて地図を確認する。やはり、それらしい情報はなかった。黒い水たまりの事も書いていない。森と平原の情報は完璧だったのに。
つまり、地図に追記される前、つい最近こうなったという事だ。
「見つかった、あそこだ」
「砦は無事なようだけれど」
やがて、目的地であるカッサ西砦が見えてきた。情報通りなら、現在あそこにはミラクムさんがいるはずだ。
近くに行って旗を振ると、見張り台の兵士が必死な形相で歓迎の旗を振り返してきた。
「おぉい! ここだ! 早く入ってくれ!」
身分証明の確認もそこそこに、門を潜って砦に入る。
空戦車ごと入れてもらうと、俺達は広場にいる兵士から注目を浴びる事となった。
「本部からの伝令かな?」
「補給なら有難いが、そうだとしても収納魔法なら数は知れているだろうな」
「チビの淫魔に銀髪の竜族……あいつイシグロじゃないか? 前にうちの店に食いに来たって母ちゃんが言ってた通りの出で立ちだが」
俺達を見る兵士達の双眸は、うっすら濁っていた。
表現として相応しいかはともかく、まるでコールド負け寸前の野球チームのような雰囲気だ。俺でも分かるくらい士気が低い。
「イシグロさん!」
倉庫で荷下ろしをしていると、フライシュ侯爵子息のミラクムさんが姿を現した。
見たところ、彼は無事だった。ナターリアさんのような怪我もないし、瞳の輝きも失っていない。俺を見る彼の顔には、安堵の感情が浮かんでいた。
一党総出でコンテナを運び出す。一個二個と出していくと、それを見ていた倉庫番から歓喜の感情が溢れていった。
「剣だ! 槍だ! ヴァレンシュタイン領の武器が沢山入ってるぞ!」
「薬もあるぞ! 食糧もだ!」
「良かった、あぁ助かった……!」
コンテナの中身を確認する兵士の顔が、みるみるうちに明るくなっていく。
正の感情は砦全体へと伝播していき、コールド負けしそうだったチームが同点になったかのように盛り上がった。
「上役からは情報を持って帰るよう仰せつかっています。何があったか、お話頂けますか?」
「それが……」
兵士から離れた場所で問うと、ミラクムさんは苦々しい顔になって語り出した。
「結論から言うと、伝令を出した後にもう一度大規模な襲撃があったのです。何とか少ない犠牲で凌ぎ切れましたが、食糧はともかく剣や矢が枯渇してしまいました」
魔物との戦いで、犠牲者が出たらしい。
心臓が重くなった。そんなの自然で当然だろうに、どだい他人事だろうに、何故こうも感情が揺さぶられているのだろう。
「まず巨像を筆頭とした重装甲の軍勢が現れ、ただでさえ消耗していた我々の武具を破壊していきました。武器を消耗したところに、今度は弓や魔法を必要とする群れが襲ってきたのです」
悔しそうな声音で、若き貴族は続けた。
襲撃の内容はこうだ。まず巨像迷宮のゴーレムが現れて、兵士が持つ武器を壊していった。そいつらは魔法部隊が何とかしたが、今度は魔法に弱く物理に強い魔物が攻めてきたというのである。
災難と言うには、あまりにも作為的なものを感じる。
「統率個体……」
その時、俺はナターリアさんが言っていた統率個体なる魔物の事を思い出していた。
魔物を指揮する魔物。そいつに率いられた魔物は、軍隊のような動きを見せるという。
「ええ。平原にいると聞いていますが、何故か此方の魔物にもそのような動きが見受けられました。最悪、二体以上存在するのかもしれません」
距離的に考えて、ミラクムさんは平原とは別の個体である可能性が高いと見ているそうだ。
統率個体の出現は特異個体以上に稀である。同時期に二体など、確率的にはあり得ないとさえ言える程に。しかし、現在カッサ荒野はそうとしか考えられない状況に見舞われている。あり得ないなんて事、あり得ないのだろう。
「ですが、イシグロさんのお陰で万全の状態で戦えるようになりました。素手で戦う事に怯える必要がなくなったのですからね」
言って、ミラクムさんは貴族らしい強者の笑みを浮かべてみせた。
支援物資のお陰で、砦の士気も上がっている。早速支給された武器を確かめる者や、薬を持って駆けまわってる軍医の姿もある。しかし、この勢いは俺には薄氷の上の士気に見えていた。とても危うい状況で、何とか心を保っているような。
そも圏外の環境で武器破壊装甲を持つ巨像の群れは無法に過ぎる。これがSLGの対戦なら人の心とか無いんかってレベルの所業だ。
何とか、できないものだろうか。
その時、俺の脳裏に彼の家が治めるフライシュ領の光景が思い浮かんだ。
肥沃な農耕地。色鮮やかな果樹園。そして、数多くの料理店が軒を連ねるリント市。牧歌的で、活気があって、それでいて優しい街。
フライシュ領のリント市は、これまで見てきた街の中で最も俺好みの街だった。
フライシュ侯爵も、ミラクムさんも、この砦にいる兵士も、できれば死んでほしくないと思う。
けれど、俺は戦う事ができない。何故なら、俺はこれからフライシュ侯爵のいる砦にも支援物資を届けなければならないからだ。この調子だと、俺が休める時間など無いのではなかろうか。
何か、何かできる事はないか。そう思った時、一つ思いつく事があった。
「皆、ちょっといい?」
おもむろに、一党員全員に振り返る。
お話中に失礼して、彼に聞かれないよう皆に小声で相談する。
「はい。ボクはそれでいいと思います」
「ん、右に同じく」
「アナタの好きになさい。それが強者の特権よ」
「そうか、ありがとう……」
ホウ・レン・ソウ。
そして、皆の了承を得た。
「失礼しました。ミラクムさん、こちらに来て頂けますか?」
「何でしょうか」
彼を連れ、倉庫に向かう。
倉庫には空になったコンテナがあった。本来なら、俺はこれを回収し、すぐに次の砦に向かう予定である。
俺は最も奥にあるコンテナに近づき、その中に大量の嗜好品を放出した。
「イシグロさん? 何を……」
「どうやら、まだ運び終わっていないようですね」
みるみるうちに、コンテナの中は嗜好品で埋め尽くされた。
クッキーに、チョコレートに、各種フルーツのハチミツ漬け。それら全て、迷宮で食べる用の保存食兼おやつである。士気高揚の為、俺はこれをプレゼントしようと決めたのだ。
ぶっちゃけ、放出した嗜好品は手持ちの四分の一にも満たない。状況によっては、他の砦でもやるつもりだった。
「これは……?」
突然の奇行に、ミラクムさんは目を丸くしていた。嗜好品の中には、生産から加工までフライシュ領で造られたお菓子なんかもあったのだ。
無言で見つめ、頷いてみせる。すると、俺の意を汲み取ったミラクムさんは、胸に手を当てて深々とお辞儀をしてきた。
「幸甚の至りです。イシグロ様に、最上の感謝を」
それから、俺とミラクムさんは密約を交わした。
この事は秘密にするように。全て腹の中に入れて隠すように。俺の名前は出さないように。
さっそくとばかりに、ミラクムさんは倉庫番を呼びつけ、約束通り使うよう指示してくれた。
「私、ミラクム・リントフライシュは、この御恩は決して忘れません。叶うのであれば、家の名に誓わせて頂きたいのですが」
「忘れてください。どうか、くれぐれも内密に」
今度こそ空になったコンテナを収納し、俺達は戦車に乗り込んだ。
カッサ西砦が遠ざかっていく。見張り台の兵士が笑顔で手を振っていた。ミラクムさんも見送ってくれている。
「よかったですね」
「ああ……」
嬉しそうなグーラとは対照的に、俺の心は決して穏やかではなかった。
いい事した、という感覚はなかった。俺の胸中には、ただ辛い現実から逃げたような後ろめたい気持ちが渦巻いていた。
多少心が軽くなったが、その行い自体にも言語化の難しい感情を抱いてしまっていた。
「ああ、ダメだ。これ以上は止めよう」
物事を深く考えないのが俺なはずだ。異世界来てからも、そうだっただろう。
頭を振って、余計な思考を追い出す。イキるな、調子に乗るな、増長するな。それだけを己に言い聞かせ、強いて楽しい事を考える事にした。
「迷宮行きたい……」
「そうね。いい加減、戦いがあればいいのだけれど」
「遊びで行く場所じゃないんじゃがのぅ」
なんてお話をしつつ……。
俺達を乗せた戦車は、彩度の低い地獄を飛んで行った。
フライシュ侯爵のいる砦へ。
〇
逢魔が時が終わり、夜の帳が落ちてくる。
ミッド平原の最前線。赤黒い太陽が姿を隠し、色濃い闇が大地を覆っている。
崩れかけの砦の中に、文字通りの屍山血河が再現されていた。
右を見ても左を見ても躯ばかり。死が満ちた砦の中央に、獣のような荒い息遣いが響く。
血と泥に汚れた、満身創痍の男。かつて武帝と呼ばれた獣人が、独り生き足掻くように立っていた。
「まさか、私が生き残るとはな。だが存外、悪くなかった……」
負け戦だった。
どうしようもない敵を前に、若い武侠にクーシェンの未来を託した老兵は、己と同じ老いた武侠達と共に戦い抜いた。
結果、男を除いた全ての存在が死んだのだ。
「さて……」
重い身体を引きずって、仲間が持っていた治癒薬を飲み干した。
低級の治癒薬だ。時を待たねば効果は出ない。休む暇さえ与えられれば、生きて帰る事もできるかもしれなかった。最早、生きるか死ぬかは運任せである。
充足感があった。国を裏切り、民を踏みにじってきたこの身が世界を守る礎になれたのだ。罪人にしては、過ぎた最期である。
一度武の頂点に立った老獅子は、静かに目を瞑った。
次の瞬間である。
「ぐ、がぁ……!?」
背後から、何かを突き刺された。
視線を下げる。鋭利で、太い針が見える。無明毒蠍、その尻尾が背中から腹を貫通しているのだ。
毒が回る。痛みはそのままに、身体の自由が失われる。手放された治癒薬の瓶が、地面に落ちて砕け散った。
「ぐぉおおおお……!」
針を引っかけた巨大蠍に、瀕死の老獅子は吊り上げられた。
さながら、磔刑に処された罪人のように。
あるいは、貴人に献上される財宝のように。
空が近い。
あまりに大きな真紅の月が、あまねく魔の夜を照らしていた。
故郷の旗が舞い落ちる。
視界の奥、掲揚していたクーシェン旗が折られている。
尖塔の上、ソレと目が合った。
軍馬程の大きさの白い獣、鼬に似ている。覚えがあった、中位迷宮の主“呪血白鼬”だ。
悪意を剥き出しに、純白の鼬は献上された獲物を見下ろしていた。
いや、違う。
武帝としての直感が、否と言っている。
白鼬とは比較にならない程の悪が、すぐ近くに存在している。
かすみそうになる目を凝らし、しかと見た。
純白の鼬の頭部に、もう一匹。
猫程の大きさの鼠である。漆黒の毛並みで、酷く痩せたみすぼらしい獣。血のように赤い双眸は、紛れもなく理知の光を湛えていた。
そいつが、小さな鼠風情が、主級ですらない弱小の魔物が。
口の端を歪め、命を懸けて仲間を守った老獅子を嗤っていた。
嘲笑している。
愚弄している。
蔑視している。
にちゃり……と。
自分より強い存在に騎乗する鼠は、あまりにも人間的に笑っていた。
「ぐぶっ!」
鼠が鞭のように尻尾を振る。すると、吊り上げられていた男は砦の中央に投げ捨てられた。
意識が残っている。むしろ鮮明だった。だが、身体が動かない。
視界の中、見えた。鼠の群れが近づいてくる。汚らしい牙を晒し、食欲に狂った瞳で、耳障りな鳴き声を上げている。
「ね、鼠風情が……! 例え我が肉体何万回貪られようが、武侠の誇りまでは、奪わせんぞ……!」
やがて、かつて武帝と呼ばれた男は、悍ましい鼠の群れに埋もれていった。悲鳴一つ、上がらなかった。
それが男の最期となった。
純白の鼬の上で、鼠の王が嘲笑う。
宣戦布告ですら、なかった。
逆襲でもない。復讐でもない。報復でもない。
それは、純然たる悪意の発露であった。
鼠は笑う。目を細め、牙を剥き出し、嗤っている、
心の底から、楽しんでいた。
人類の虐殺を。
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切り裂き公ラジアード、死亡。
元武帝トンナン、死亡。