【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が執筆の原動力になっております。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 紛らわしかったので、特異個体の名前をちょっと変えました。
 よろしくお願いします。


ヘーロース・エクス・マキーナ(上)

 カッサ荒野の砦は、どこも同じような状況だった。

 砦そのものや兵士の命は無事だったが、とにかく物資が枯渇しかけていたのだ。

 

 西砦には武器破壊装甲持ちの巨像が攻めてきたそうだが、他の砦にも酸を吹いてくる魔物や毒特化の魔物が来て特性による兵糧攻めをしてきたというのである。中には“飢餓”の状態異常を誘発させて食糧の消耗を強いる魔物まで現れたという。

 そんな状況の砦に物資を運ぶと、砦の司令官は俺達を手厚く歓迎し、すぐさま兵士を鼓舞して回っていた。カッサ荒野の防衛はフライシュ侯爵家の関係者で構成されているので、彼等彼女等は皆ミラクムさんの異母兄弟である。

 

「礼を言う。祭の時もそうだったが、貴殿にはいつも助けられているな」

 

 荒野最大の拠点であるカッサ中央砦では、フライシュ侯爵家の御当主様と面会した。

 情報共有の為に本部やキパ砦からの文書を渡すと、同じくカッサ荒野の現状を書いた報告書を俺に持たせてきた。曰く以前から各地に伝令を送っているそうだが、キパ砦にすら届いてなかったあたり察するに余りある。

 

「今のところ、カッサ荒野がこのような状態になった原因は不明である。気付いた頃には雲が太陽を隠すように、突然こうなっていたのだ」

 

 フライシュ侯爵によれば、カッサ荒野が地獄の様相になったのはごく最近の事らしい。

 同時に、これまで観測していた主級の魔物の足取りが消え、空気に含まれる瘴気が強くなったという。砦に駐在する知恵者によると、これまでに例を見ない現象であるらしかった。

 

「何にせよ、貴殿の働きによってカッサ荒野の防御は保たれた。今一度、礼を言わせてもらおう」

 

 報告書を受け取った俺達は、翌日にはキパ砦を経由して物資集積所に戻った。

 第二の統率個体に、突如として発生したフィールド変化。限界突破しているきな臭さが次世代ハードに移行したような心地だった。

 自惚れる訳ではないが、俺がいなかったらどうなっていたのだろうか。皆で中央砦に引きこもって、なかなか届かない援軍を待っていたのか。ぞっとしない話だった。

 

 

 

 カッサ荒野への補給の後も、俺達は圏外と圏内を行き来してフボール地方を飛び回っていた。

 元の補給線の存在もあり、カッサ荒野のように致命的な不足に陥っている砦はなかったが、物資を運ぶ度に俺達はどこへ行っても歓迎された。

 中でも喜ばれたのが、酒や煙草といった嗜好品だった。砦の防衛には食糧や武器などの必需品が優先される為、兵士達は娯楽に飢えているのだ。いつ人類の脅威が迫ってくるか分からない隔離空間において、健常な精神を維持する事の何と困難なことか。

 

 補給線は盤石な一方、フボール地方の戦況は一進一退の様相だった。

 陥落した砦を奪い返したかと思えば、翌日には再度撤退した旨の報が届く。幸い魔物は砦を占拠し続ける事はないので、この陣取り合戦はルール的には人類有利だった。

 

 我が一党の輸送任務は順調だったが、決して安楽な訳ではなかった。

 防衛戦中の砦を無視した回数は両手の指では最早足りない。撤退戦中の味方を見捨て、別の砦に向かった事もある。その時見捨てた兵士が全滅したと聞かされた時は流石に心が痛んだ。

 しかし、当時俺達が向かっていた砦も補給がないとヤバかったので、これはもうどうしようもない。そう思い込むしかなかった。

 

「お疲れ様です、イシグロ様。じきに案内の者が参りますので、しばらくお待ちください」

 

 そんな中、俺達はミッド中央砦に呼び出された。

 ミッド中央砦はその名の通りミッド平原の中心にある砦で、フボール地方最大の拠点である。その構造は丸い多層構造になっており、それこそ中世ヨーロッパのお城のようだった。この砦の周りに家を建てていけば、立派な城下街になりそうだ。

 

 大きく分厚い門を開けてもらい、砦の中に入る。いくつかのヘアピンカーブを曲がりつつ、馬房の近くで戦車を下りる。

 言うて此処に来るのは初めてではない。以前と同じように巨大倉庫で荷下ろしし、顔見知りとなった倉庫番の兵士に確認してもらった。

 

「イシグロ様、デアンヌ様のご準備が整いましてございます」

 

 全てのコンテナを運び終えると、俺達の下に身なりの良い騎士が現れた。

 案内されるまま内部に入り、絨毯の敷かれていない廊下を歩く。ややあって、俺達は一等頑丈そうな扉の前に辿り着いた。

 

「ご、ご、ごきげんよう、イシグロさん。ほほ、本日はお日柄もよく、鼻孔を撫でる風に花の香りが……」

「デアンヌ様、現環境では圏外の挨拶デッキが適当かと」

「あ、そそそ、そうでした……!」

 

 案内された応接室には、黒髪の魔女の姿があった。

 彼女の名は、デアンヌ・フォレ・ランベール。ラリスの金細工持ち冒険者で、ランベール侯爵家のご令嬢だ。

 黒髪ロングのメカクレ魔女で、雰囲気からして如何にも陰キャ。その胸は豊満だった。

 

「ど、ど、どうぞおかけください」

 

 如何にも陰キャな黒魔女さんだが、彼女は相応の教育を受けた貴族令嬢である。皆と一緒にソファーに座ると、メカクレ魔女も向かいに腰を下ろした。

 デアンヌさんと初めて会ったのは、レノ加入前の王都だった。当時、何だったかっていう元冒険者一党にイリハを誘拐されかけて何やかや刃傷沙汰が起き、偶然そこにきた彼女に色々と助けてもらったのだ。

 

「さ、早速ですが、こちらを見てください。とて、とても重要なので」

 

 後ろに控えていた騎士に紙束を渡される。デアンヌさんに目配せした後、俺は皆にも見えるようソレを手に取った。

 そこには、指名手配書のような構図で魔物の絵が描かれていた。頭上にネズミを乗せたイタチ。あるいはイタチの頭上に座るネズミだ。

 

「せ、先日、統率個体らしき魔物が発見されました。フォワ砦の撤退戦の折、殿を務めた元武帝トンナンが、件の存在に敗れました。そ、その時に、発見したのです、はい」

 

 その時、俺は自身の目が見開かれたのを自覚した。驚愕の情報を連続でお出しされればそうもなろう。

 クーシェンの元武帝が最前線で戦っている事は知っていた。彼が戦死したのは悪いニュースだが、統率個体発見は良いニュースである。

 

「ここ、この絵は我が一党の竜族が視た光景を、別の一党員の異能で描き写したものになります。か、か、かなり正確かと」

 

 どうやら、この手配書は竜族権能を含めた様々な観測系異能を併用して描かれたものらしい。

 話によると、デアンヌさんは各種観測異能を併用した広範囲爆撃を得意とするとか何とかで。彼女もまた魔法関係にアドのある魔眼持ちだ。

 

「かん、観測した限りでは、件の統率個体は共に描かれている鼠に加え、主級の魔物を操っていたそうです。わ、我々はこの統率個体を、“笛吹き”と名付けました」

「笛吹き……」

 

 今一度、“笛吹き”と名付けられた魔物の絵を見た。描かれているイタチもネズミも覚えがあるし、迷宮で倒した事もある。

 イタチの方は“呪血白鼬”といって、中位迷宮の主として出現する獣系魔物だ。血液に毒を持っているが、それ以外は特に注意すべき点のない弱ボスである。

 ネズミの方は“貪食鼠”という名で、こっちは単なる獣系ザコエネミーだ。一体一体は大して強くないが、群れで襲ってくると厄介である。まぁ群れたところでエリーゼの餌食な訳だが。

 

 縮尺の都合上、手配書でフォーカスされて描かれているのは呪血白鼬の方だった。普通に考えるなら、主級である白鼬が統率個体であるように思える。

 だが、実際にはその逆というパターンもある。あり得ないなんてあり得ない。そういうのもあって、イタチとネズミをセットで描いたのだろう。もしくは一心同体説もあるか。

 

「これはどちらが主でどちらが従なのでしょうか?」

「わわ、わかりません。なので、これを使って討滅します」

 

 言って、デアンヌさんは自身の収納魔法からスマホみたいな板を取り出し、机の上に置いてみせた。

 

「これは?」

「と、特別仕様の魔導通信機の子機です。特定の操作で、特定の魔力波を飛ばします。そしたら、此処に置いてある親機に連絡が届きますので、仲間に支援してもらって私が鼠ごと殲滅します」

 

 手に取るように促され、手に取ってみて観察する。厚さも重さもまんまスマホだった。液晶部分の真ん中には操作用と思しきクボミがある。

 ルクスリリア達はピンと来ていないようだが、要するにマーカーのようなものだろう。ここに笛吹きがいますよって伝えて、件の権能で狙いを付けたデアンヌさんが範囲攻撃で焼き払う、と。口に出した以上、彼女はそれができるのだろう。

 

「よ、よろしくお願いしますね。エリーゼちゃんもまた今度~」

「え、ええ……」

 

 お互い別れの挨拶をして、俺達は応接室を出た。

 陰の濃い廊下から、ミッド砦の広場を見て思う。やはり、兵士達は疲弊していた。軍隊らしい規律こそ保っているが、瘴気の影響がないとは考え難い。

 以前話した兵士によると、此処には男女共用の息抜き宿(・・・・)があるらしい。そこには見目の整った奴隷が居るんだとか。恐らく、ヤバくなったら囮に使われるのだろう。

 

 その夜、倉庫番の兵士からお楽しみ(・・・・)に誘われたが、丁寧に断って静かに眠った。

 明日も仕事である。

 

 

 

 兵站輸送は続き、終わる気配は未だない。

 ミッド中央砦に運搬した翌日、俺達は“荒野の牙”が守護するキパ砦へと向かっていた。

 毎度お馴染みの倉庫番に迎えられ、荷下ろし後はナターリアさんとご対面。傷も痣もない彼女は、先日“歌う髑髏”を討伐したばかりだというのに元気いっぱいだった。この人に“疲労”の概念はないのかもしれない。

 

「そうか、トンナンの野郎が逝ったか……」

 

 そこで、デアンヌさんからの報告書をお渡しした。

 続いて統率個体の情報が書かれた文書を読んだナターリアさんは、ガシガシと頭を掻いていた。聡明な彼女の事だ、誰に説明されるまでもなく“笛吹き”の厄介さを理解してしまったのだろう。

 鼬と鼠のどちらが主でどちらが従か分からないのだ。例え統率個体らしい気配が無くなっても、鼠を全滅させるまで安心できない。

 

「妙に鼠共の数が多いと思ってたが、こいつのせいかよ。まさか情報を集めて作戦を練ってる……とまでは考えたくねぇが、カッサ荒野の事もあるし強ち的外れでもねぇってか」

 

 キパ砦の広場からは、威勢のいい声が聞こえてくる。訓練をしているのだろう。疲弊していたミッド中央砦と異なり、此処とルーゴウン砦は高い士気を保っていた。

 本当に、砦にいる人達は尊敬に値する。輸送が終われば圏内に戻れる俺達と異なり、彼等はずっと圏外にいるのだ。タフという言葉は彼等の為にある。

 

「イシグロ?」

「……あ、はい」

 

 ぼんやりしていたつもりはなかったが、返事が遅れてしまった。

 怒られるかもと縮こまる俺を見て、ナターリアさんは訝しむような目を向けてきた。

 

「イシグロ、お前……」

 

 ややあって、口を開く。

 

「戦いてぇのか?」

「え?」

 

 唐突に放たれたそれは、どうにも不可解な問いだった。

 ナターリアさん自身も不思議に思ったのか、鬣犬の女傑は己の言葉の意味を確かめるように続けた。

 

「いや、そういう訳でもねぇのか。だからといって此処から逃げたい訳でもねぇ。あー、頭と心が喧嘩してんだな」

 

 目を見て、言葉を紡ぎ、やがて彼女は俺の本心を看破し、納得していた。

 ふんと鼻息一つ。つまらない映画でも見終わったように腕組みしたナターリアさんは、ぎしりと音を立てて椅子に体重を預けた。

 

「言っとくがな、義務や責任で戦おうなんて思うなよ。でなきゃお前、一生後悔するぜ」

 

 酷く断定的な言葉だった。

 全く以て反論の余地がない、納得のできる助言だった。

 

「確かに、お前が剣を取ればフボール中の兵士が助かるだろうな。お前の気も晴れるだろう。感謝されるし、場合によっちゃあ褒美も出るか。女兵士から惚れられちまうかもしれねぇな」

 

 そうだ。俺は胸中に渦巻く罪悪感を、この気分の悪さを払拭したがっている。

 だが、俺には兵站輸送の任務があるのだ。俺が戦って救えたかもしれない命があるのと同じように、兵站を届けて救われる命だってあるはずだ。カッサ荒野の砦など、まさにそうだったじゃないか。

 あるいは、任務にこそ逃げているのかもしれない。人命より保身を優先する自分を見ないように、真面目ぶっているだけなのか。

 

「王子から聞いたぜ。お前、目立ちたくねぇんだってな。だがな、一度でも戦ってみろ、したらお前は英雄様だ。上の王子も、馬鹿な王女も、何なら他国の偉いさんも、だぁれもお前を放っておかねぇ。何かにつけてお前の情に訴えかけて、今以上の戦場に放り込まれるぜ。お前はそれがお望みか?」

「それは……」

「具体的に言ってやろうか? どこそこで哀れな子供達が危険な目に遭っています、助けに行ってあげてください。そんなに強い力があるんだから、相応の責任を果たしなさい……ってな。つっても今のは優しい方だ。最悪のケースも教えてやろうか?」

「いえ……大丈夫です。想像はつきますので」

「なら、いい」

 

 俺が目立ちたくないのは、皆と安泰な暮らしをする為だ。その為に第三王子と契約し、政治的な後ろ盾になってもらったのである。

 彼の力は絶大だが、限界はあるだろう。度を過ぎた場合、否応なく祭り上げられる可能性も否定できない。

 どこかで、頭目らしい冷徹な判断をしなくてはならないのだろう。

 

「だからな、戦いはあたし等に任せろ。実際、お前からの補給はめちゃくちゃ助かってる。例えどっかで兵が死んでも、それはお前のせいじゃねぇ。頭じゃ分かってんだろ? お前もさ」

 

 続くナターリアさんの言葉は、深い母性を感じる優しい声だった。

 ママというより、母ちゃんといった雰囲気。ロリじゃないのに甘えたくなるくらいの包容力があった。

 もう、何もかも彼女の判断に任せたいという気持ちになる。だが、そういう訳にはいかない。俺は草薙の剣の盟主なのだ。俺達以外に、俺達の生殺与奪の権を握らせるな。

 

「そう、ですね……」

 

 葛藤も、罪悪感も、全て飲み込まないといけない。

 超人のように強くなっても、心は凡人のままだった。

 むしろ、弱くなった気さえする。

 

 

 

 もう何度目の来訪だろうか。キパ砦の次に、俺達はフライシュ侯爵のいるカッサ中央砦にやって来た。

 砦の外は相も変わらず地獄のようだったが、砦にいる兵士には活気があった。ルーゴウン砦やキパ砦とは印象の異なる士気の高さがあったのだ。

 というのも、カッサ荒野の戦況がフライシュ優勢で進んでいたからだ。元々フライシュ家の子息は精強で知られており、物資さえ何とかなれば余裕を持って防衛出来るのである。

 加えて言うと、近々増援が来るというのもあるだろう。第二の統率個体の存在を示唆された本部からは、傭兵団の団長だったらしいラジアード氏が亡くなって以降行く当てのなくなった傭兵を再雇用して投入するとの話があったのだ

 

「よく来てくれた、イシグロ殿。さっそく楽しませてもらっているよ」

 

 いつもの荷下ろしの後、俺とフライシュ侯爵はいつも通りに面会した。勿論、ルクスリリア達も同席している。

 上品にワインを燻らせる侯爵は、どこぞの吸血鬼の旦那を思わせる色気むんむんダンディであり。異世界人の例に漏れず凄まじきイケおじだった。

 ワインを呑みつつ報告書を読む彼の眼力は鋭く、その立ち振る舞いは常在戦場とばかりに隙がない。ラリス貴族ここにありって感じだ。

 

「特異個体についてだが、こちらからも話がある。念の為、貴殿にも共有しておきたい」

 

 統率個体やら各地の情報やらの文書を読み終えると、彼の部下からも魔物の手配書を渡された。

 そこには、荒野に生えた枯れ木が描かれていた。特徴というと、根っこが妙にギザギザしているところくらいか。

 

「先日、余の斥候部隊が特異個体らしき魔物を発見した。刺激せぬよう調査したところ、カッサ荒野の現状は此奴が原因である事が分かった」

 

 フボール地方の特異個体については、輸送任務を請け負った際に話を聞いている。

 未来予知やら占星術やら色んな手段を用いた予測によれば、フボール地方には七体の特異個体が存在するらしい。そして、現時点で討伐した特異個体は計三体だ。

 それぞれ、アリエルさんが倒した“灰頭(はいかぶり)”。ナターリアさんが倒した“歌う髑髏”。カトリエ伯爵とヴァレンシュタイン男爵が共闘して倒した“鉄の長靴”。

 今現在、残る四体の中で存在が確認されているのは三体だ。未確認である残り一体は姿を見せていなかったのだが、フライシュ侯爵に見せられた枯れ木が未発見の一体らしい。

 

「元になった魔物は、“槁木樹霊”。知っているだろう、戒森迷宮を形成する主の事だ。奴は大地の養分を吸い取り、能力を用いてカッサ荒野全体を迷宮化しているのだ。その異様な姿から、我々はこの樹霊を“茨の根”と名付けた」

 

 もう一度、“茨の根”のスケッチを見る。一見して変な形の枯れ木に見えたコイツは、なんと戒森迷宮に登場する巨大大樹だった。

 戒森迷宮と言えば、エリーゼが度々焼き払っている迷宮である。迷宮そのものがボスという特性を持っており、最終的に特撮怪獣クラスの大樹ボスと戦うのだ。俺の認識ではエリーゼのご機嫌を取る為のおやつである。

 ソレが圏外に出現し、しかも特異に進化したというのだ。自分を大きくするのではなく、深く広く根差す形で。その結果として、この地獄のようなフィールド変化が起きているそうだ。

 なら、魔物の戦術的侵攻も第二の統率個体ではなくこいつのせいではと思ったが、観察した限り茨の根はあくまで魔物の本能に忠実で、兵糧攻めをするような知性は見受けられなかったらしい。

 最悪、カッサ荒野の脅威は特異個体と統率個体のタッグである可能性が高いというのだ。こんなの素直におファックではなかろうか。

 

「厄介な事に、奴が生成した圏外迷宮は時間と共に拡大している。我々は明日にも討伐に動く予定だ。いや伐採かな、ふふ……」

 

 幸い、茨の根は樹系モンスの例に漏れず足が遅く、追跡自体は容易らしい。このまま放置すると迷宮を広げてしまうので、早いうちに討伐する予定であるという。

 しかし、第二の統率個体の存在が懸念される以上、向こう側が伐採対策をしていないとは思えないのだが。

 

「僭越ながら、援軍が来るまで待つべきかと存じます。罠を張っている可能性がございます」

「承知の上だとも」

 

 そう言った侯爵の眼を見た俺は、我知らず息を飲んだ。

 その辺の銀細工とは全く別次元の武威。特に何をしたという訳でもないのに、フライシュ侯爵からは得体の知れないプレッシャーを感じ取れた。

 

「時に、貴族の務めとは何か分かるかね?」

「いえ……」

 

 一応、この世界の貴族事情は勉強している。要約すると、強いから偉いのだ。

 通り一辺倒の回答は可能だが、侯爵が言っているのはもっと本質的な話だろう。

 

「第一に、勝つ事だ。強い事、誇り高い事は大前提であるな。然るに、卑しき者、弱き者、人民を守れぬ負け犬は貴族などでは断じてない」

 

 強い事は条件であり、前提。実力主義なラリスにとって、能力は結果で判断される。

 そう語るフライシュ侯爵の瞳には、確固たる信念の炎が燃えていた。

 

「そして、その力の源泉は何か。即ち、愛である」

 

 何故そこで愛!?

 とは、ならなかった。何故なら、俺もそうだからだ。皆の為なら、どれだけ辛くても強くなれる。

 ノブリス・オブリージュの源泉に納得する俺に対して、彼はうっとりと自領産のワインを揺らしながら続けた。

 

「君も食べた事があるだろう、フライシュ領の農作物を。あれらは、我が領民が春に鍬を持って畑を耕し、夏に滝のような汗を流し、秋に腰を痛めて収穫し、冬を越えて作られるものだ。いわば民の命そのものである。風が吹くだけで死んでしまうような弱き者が、命をかけて鍬を振るう。だからこそ、ああも美味なのだ。まこと尊敬に値するとは思わんか」

 

 フライシュ侯爵の眼は、郷土愛によって輝いていた。

 上位者の目線とは感じなかった。俺の知っている貴族とも異なっていた。書物には書かれていない、ラリス貴族の一面だった。

 

「貴族は剣を持ち、人民は鍬を持つ。貴き一族とは言うが、実のところそこに貴賎などないのだよ」

 

 その時、俺は彼に圧倒されていた。

 ガチのノブリス・オブリージュ。本物を見たという感覚。あるいはヴィーカさんに似た意思力さえ見受けられる。

 彼の瞳に、俺は人民として映っていた。

 

「故に我々には一刻も早く事態を解決する義務があるのだ。なに、外の戦い方は熟知している。軽く探って、どれ程のものか確かめるだけだ。目標を達成したら、その時点で帰るとも」

 

 そう言って、真のラリス貴族は笑ってみせた。

 死にゆく者の笑みではない。

 そう、思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 尖兵戦は終わらない。

 

 その後も、俺達は圏外砦への兵站輸送を続けた。

 圏外では何が起こるか分からない。砦の中にいても、俺達はずっと武装したまま過ごしていた。そうしておかないと気が休まらないのだ。

 ひたすら、無心で、運び続けた。

 

 人類生存圏に戻っても俺の心は休まらなかった。

 圏外の砦でまた誰かが死にそうになってるんじゃないか、俺が見捨てたせいで死んだ人がいるんじゃないか。休養中も、そんな事ばかり気にしていた。

 

 現在、フボール地方の戦況は膠着しているらしい。

 第三王子が“千の薔薇”なる魔物を討伐したらしいが、フライシュ侯爵が追っている“茨の根”は健在だ。カッサ荒野の迷宮化は続き、徐々にミッド平原を侵食している。

 そして、統率個体たる“笛吹き”は未だに見つかっていなかった。

 

 気づいた頃には、圏内の太陽から熱が消えていた。

 夏が過ぎ、秋が来たのだ。

 夏らしいことなんて、一つもしなかったが。

 

 

 

 フボール地方では、今なお戦いが続いている。

 そんな中、俺達は淫魔王国はケフィアム城に滞在していた。

 詳しくは教えられなかったが、兼ねてから計画されていた兵隊の再編成をするらしい。一般兵は家に帰れるというのだ。そのついでに、俺にも英気を養う時間が与えられたのである。

 

 任務が無いのでは働きようもない。半ば強制的に淫魔王国に帰らされた俺達だったが、そうしなかったら早晩倒れていたと思う

 何故なら、既に我が一党はボロボロだったからだ。

 

 最も消耗していたのはイリハだった。彼女は生まれつき優れた氣の感知力を持っている為、瘴気の影響をモロに受けていたのである。

 グーラは俺と同じく兵士を見捨てるのにストレスを感じていて、レノも以前のような軽度のサバイバーズギルトを再発させていた。

 

 一方、ルクスリリアとエリーゼに目立った消耗はなかった。本人達もそのように答えている。

 ルクスリリアは連日の魔力消費で慢性的な疲労こそ溜まっていたが、頻繁な吸精のお陰で心身共に健常な状態を保っていた。

 エリーゼの場合、俺やグーラとは別の意味で戦えないストレスを抱えているようだったが、精神的には最も安定していたように思う。流石、戦闘種族といったところ。

 

「ご主人様♡ ご主人様♡ うぁ、はぁん♡」

 

 そうして帰ってきた淫魔王国にて、俺達は我武者羅に愛し合っていた。

 これまでコソコソしていた鬱憤を晴らすように、互いを貪る勢いで身も心も溶け合わせる。

 グーラとイリハの発情期も来ていたので、もう信じられないくらい淫れていた。

 

「おおっ♡ お、おごぉ♡ くるしっ♡ あぁ、もっと♡」

「リキタカさん♡ はむ、ぢゅぅうう♡ まだまだ元気ですよね♡ はぁ、あっ♡」

 

 淫魔王国にはシャロとユゥリンもいるので、ベッドの上には草薙の剣の全員が揃っていた。

 愛し合って、眠って、飯を食う。それの繰り返しだ。かれこれ三日三晩そうしている。

 気づけば、一党の面々は淫れ疲れて眠っていた。砦では決して見られないような、安らかな寝顔だった。

 

「なぁ亭主殿、なにかアタイにできる事はねぇか? 今の皆は、ちょっと見てらんねぇよ」

 

 圏外から帰ってきた俺達を、シャロとユゥリンは労ってくれた。同じくファリナさんやチィレンさんにも心配をかけている。

 危険は無いと伝えたが、いまいち信用されていない感じがした。実際、迷宮稼業よりずっと安全ではあるのだ。

 

「もうさ、逃げちゃってもいいと思うんですよ。他人のせいで気分悪くするとか、馬鹿みたいじゃないですか」

 

 哀しい目だ。

 彼女達に、そんな顔はしてほしくなかった。笑って暮らしてほしいからこそ、頑張っているのだから。

 グーラとイリハとレノはかなり滅入っているようだし、俺とルクスリリアとエリーゼの三人で行くべきかとも相談したが、それは俺以外の全員に却下された。

 じゃあ、どうしろというのだろう。

 

「イシグロ様、お時間よろしいでしょうか」

 

 淫魔王国に来て何日目になるだろうか。

 ある朝か昼の頃、俺達のいる部屋に、控えめなノックが響いた。

 服を着るのも面倒だったので裸のまま扉を開けると、顔見知りの淫魔騎士さんが立っていた。彼女は一瞬目を丸くして硬直したが、やがて丁寧にお辞儀してきた。

 

「女王陛下がお呼びです。ご支度が済み次第、お声かけくださいませ」

 

 淫魔女王からの呼び出しだ。

 なら、休暇はもう終わりか。圏内の移動には毎回異なるルートを通る必要があるので、それの説明だろう。

 皆に言ってからササッと身支度を終えた俺は、騎士に従って例の地下室にやってきた。

 

「イシグロ君、あなた眠れているかしら?」

 

 開口一番、陛下は心配そうな声音で云ってきた。

 前から思ってたけど、俺ってそんなに分かり易いのだろうか。少なくとも、子供の頃の俺は「石黒君は何を考えてるか分からない」と言われていたものだが。

 

「今日は時間が空いたから、イシグロ君とお話をしたいなって思ったの。王子には許可をもらっているわ。圏外のこと、聞かせて頂戴」

「はい。承知いたしました」

 

 女王陛下に促され、俺はここを出て戻ってくるまでの話をした。

 すると、どうだろう。陛下のお人柄によるものか、俺は馬鹿みたいにペラペラと話していた。一国の統治者に対する口の利き方ではなかったと思うのだが、それでも陛下は丁寧に相槌を打ってくれた。なんかマナーとかその辺が頭から抜けている気がした。

 

「……正直、イシグロ君がそこまで気を病むとは思っていなかったわ」

 

 話し終えると、淫魔女王は呟くようにそう云った。

 その声音には深い自責の色が見受けられた。多分、そうだと思いたい。

 

「私の知っているイシグロ君は、もっと冷たい男の子だったわ。彼女達以外に興味がなくて、目に映る世界をどこか遠い場所の出来事だと思っていた。以前までのイシグロさんなら、さっき言ってた事とか全然気にしなかったんじゃないかしら? 多分……いえ、間違いなく人間的に成長した証よね」

 

 陛下の言う通りだ。

 実際、俺もそんな気がしていた。

 だのに、分かっているのに、こうして自覚できるくらい精神をすり減らしている。大人になりきれていない証左だった。

 

「本音を言うと、私はイシグロ君には思いっきり戦ってほしいわね」

 

 意外だった。

 やはりそうするべきなのかとも思った。

 ぼんやり聞いている俺を置いて、女王陛下が続ける。

 

「それは圏外の戦況がどうだからというのではなくて、魔族は心が死ぬと身体が滅びるからよ。覚えてるわよね? 純淫魔契約者である貴方はルクスリリアちゃんと一心同体で、貴方の心身はもう半分魔族なのよ。だから、貴方の心が傷つくと、ルクスリリアちゃんの心も膿んでしまうわ。そうなるくらいなら、怒って暴れていいと思うの。如何にも魔族らしい、無責任な意見だけどね」

「あ……」

 

 瞬間、心臓が凍ったような錯覚を覚えた。

 ぶっちゃけ、失念していた。戦うだの逃げるだの、俺が傲慢な葛藤をしている間に、ルクスリリアの精神に悪影響を与えてしまっている。

 自責の念でどうにかなりそうだった。しかし、それこそ互いの心によろしくない。いったいどうしろというんだろう。

 

「けど、感情のまま戦ってしまっては、イシグロ君の夢は遠ざかってしまう。エリーゼちゃんだって、安心して赤ちゃんを産めないわ。それは何故か、分かるわよね?」

 

 思考の袋小路に入りかけた俺を引き留めるように、淫魔女王が続ける。

 

「王子が守ると言っても、彼の力にも限度があるわ。ライドウ君やヴィーカ様の守りがあっても、無視して迫ってくるかもしれない。一線を越えてしまえば、貴方は民に戻れなくなる」

 

 俺は戦ってはならない。しかし、このままでは俺とルクスリリアの命に関わる。

 ジレンマだった。どっちを取っても、大切なモノを喪う。

 

「でも、覚えておいて。もし、貴方達の夢を邪魔する人が現れても、私は……我が国は貴方の味方をし続けるわ。例え、誰が相手であっても」

 

 優しい声だった。ナターリアさんとは異なる母性。あえて言うなら、慈愛があった。

 彼女は、国ぐるみで俺を助けてくれるらしい。雑に言うと、尻を拭いてくれるというのだ。

 打算ありきの方が信用できるが、彼女の本音は分からない。そも、国のトップが軽々しくそんな事を言っちゃいけない気がする。

 

「ですが、それでは……」

「いいのよ。淫魔って、長生きな人達からは嫌われてるからさ」

 

 諦観したような顔で、淫魔女王はキッパリ言ってのけた。

 自身の立場を悪くするリスクと天秤にかけて尚、俺達の味方をしてくれるという。

 純淫魔に、それほどの価値があるのだろうか。

 

「陛下!」

 

 突然、秘密の会合に淫魔騎士が入ってきた。

 彼女の顔は焦燥感に満ちている。対し、淫魔女王は一瞬で冷静な顔を作った。

 

「入って良いとは言っていないはずだけど?」

「お叱りは後に。先ほど、本部から救援信号が届きました。その、イシグロ様に」

「何ですって……?」

 

 パイモさんが開発し、フボール中の砦に配備された魔導通信機。そこに信号が届いたらしい。

 しかも、俺宛て。

 

「何処で、何が起こったの」

 

 問うと、淫魔騎士は息を飲んでから答えた。

 

「カッサ中央砦。極めて劣勢、と」

 

 魔力波の発信には、魔物を呼び寄せるリスクがあったはずだ。相当ピンチな時しか使わないという決まりである。事実、カッサ西砦にいたミラクムさんも使っていなかった。

 それを使ったという事は……。

 

「イシグロ君、また貴方に頼ってしまうけれど……」

 

 一国の主が、申し訳なさそうな顔をしている。

 シャロ達だけではなく、陛下にまで心配をかけてしまっていた。

 

「さっき約束したこと、嘘じゃないからね。貴方は、貴方らしく生きて頂戴。それが皆の為になるはずよ」

 

 どうするもこうするもない。

 今はもう、何も考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 救難信号を受け取ったその日のうちに、俺達は物資集積所に到着した。

 最低限持っていく物資を積み込みながらエージェント・メイドさんにカッサ砦の状況を聞いたが、未だ続報はないらしい。

 

「援軍は出せないんですか?」

「はい。予備の戦力はミッド平原の方に向かっておりまして」

 

 時を同じくして、ミッド平原でも大規模な侵攻があったそうだ。控えていた天使部隊はそちらに向かわせたので、今すぐカッサ荒野に行ける人員はいないらしい。

 本当に間の悪い。夜の圏外は危ないのを承知で、物資を持った俺達はカッサ荒野へ向かっていった。

 

 焦燥が喉の奥に沈殿している。

 マイナス思考が頭の中で暴れていて、吐きそうなくらい気持ち悪かった。

 空戦車が遅すぎる。

 

「誰もいないようね。人の魔力が視えないわ」

「ん、右に同じく」

 

 未明の頃にカッサ西砦に到着。ミラクムさんがいた砦は、既に陥落していた。

 掲揚されていた旗が無くなっている。ぶ厚い石壁には、獣の爪痕のような大きなヒビが入っていた。

 

「大丈夫だ、何とかなる。きっと、恐らく、メイビー。あぁクソ……」

 

 こんな光景、何度も見てきた。まだ彼が死んだとは限らない。きっと、上手く逃げてくれたはずだ。

 事前の作戦によると、荒野の兵士が撤退する先はカッサ中央砦である。速度を落とさず、空を駆けた。

 

「視えた、囲まれてる……!」

 

 夜明けと共に到着したカッサ中央砦は、魔物の軍勢に包囲されていた。

 その編成に統一感はなく、獣系が居れば植物系や幽体系もいる。最も数が多かったのは、餓死髑髏(がしゃどくろ)等のアンデッド系だった。

 また、軍の中には主級の魔物が複数いて、少なくとも両手の指では足りないくらい確認できる。

 

 石壁の上からは絶えず矢や魔法が飛んでいて、どちらによるものか分からない轟音が遠く此方まで響いている。砦の周囲では騎馬隊が駆け回り、門を壊そうとしている巨大魔物を翻弄していた。まさに、四面楚歌の再現だ。

 よく見ると、荒れた地面には鉄条網みたいな木の根が生えていた。あれが特異個体“茨の根”の身体か。本体はどこだ? 近くにいるのか? それとも遠隔操作? 何も分からない。

 

「あの根、土氣を侵しておるぞ! どんどん大地を穢しておる!」

「ギザギザが深く根差してる。なんであんな事を?」

「逃げられなくしているようですね……」

 

 点を丸で囲うように、“茨の根”は砦を根っこで覆っている。退路を塞ぐと同時に、外側からの侵入を拒んでいるようだった。

 恐らく、銀細工級の人なら突破できるだろうが、一兵卒には困難だ。仮に上手く逃げられたとしても、撤退には尋常ではない犠牲が出るだろう。

 

「ご主人、あそこ!」

 

 見張り台の上を見ると、兵士が俺に旗を振っていた。開門の合図だ。

 次いで砦の門が開き、中から六人の騎馬隊が出撃した。ミラクムさんと軍人淫魔さんがいる。彼等は巧みな手綱捌きで周囲の魔物を翻弄していた。

 

「今だ行け! 入れ!」

 

 滑り込むように門を潜る。すると、戦士達もUターンして戻ってきた。遅れてフライシュ領紋のマントを着けた騎士も戻ってきて、がしんと重い門が閉ざされた。

 下馬した騎士達に多数の癒者が駆け寄っている。馬も荒い鼻息を吹いていた。分厚い石壁の向こうから、この世のものとは思えない鳴き声が聞こえてくる。

 

「イシグロさん!」

 

 騎馬突撃を敢行したミラクムさんが駆け寄ってきた。軍人淫魔さん共々生きている。

 

「状況は?」

「父上は重態。傷が治りません。今はフライシュ家総出で防衛しているところです」

 

 安堵する間もなく状況を問うと、ミラクムさんはハキハキと答えた。

 現在、フライシュ侯爵は半死半生の傷を負って治療を受けているそうだ。その傷は通常の治癒魔法では治らず、既存の魔法薬も効果が薄いらしい。

 その怪我は茨の根と交戦して負ったものだった。その戦いで、当主の一党のうち半数が亡くなったとも。援軍に来た傭兵もまた、大分数が減ったらしい。

 

「よし、よし、よし! 内地の奴等め、分かっている!」

「でも、これだけ渡されたところで、何をどうすればいいんですか!?」

「何言ってんだ! やれる事ぁまだまだあるぞ! 気合入れろ!」

 

 コンテナを出すや否や、中身の医療品を薬師の一団が持って行った。

 本部が現地の状況を勘案して多めに持ってきたのは、薬の調合に使う素材だった。現地の薬師はあらゆる薬を試すつもりらしい。フライシュ侯爵、治ってくれるといいが。

 

「なるほど、ミッド平原はそんな事に……」

 

 ミラクムさんに本部からの手紙を渡すと、彼は渋い顔になった。

 手紙には、ミッド平原でも大規模な侵攻があり、すぐに増援は出せない旨が書かれている。

 しかし、別の戦線にいる王子一党の一人が来てくれるとも書いてあった。それまで耐えてほしい、と。

 

「了解しました。籠城を続けましょう。幸い、物資には余裕がありますからね」

 

 そう言うミラクムさんの双眸には、当主に似た光が宿っていた。

 ラリス貴族としての誇り。強く、民を守る意思力に満ちている。

 

「暫く後、我々で再突撃を仕掛けます。イシグロさんもその時に」

 

 ありったけの物資を放出し、カッサ砦からの文書を受け取った俺達は、やがて空戦車に乗り込んだ。

 気配で分かる、魔物が近い。合図だ、門が開く。騎馬隊に続き、俺達も外に出た。

 瞬間、魔法が飛んでくる。イリハの結界がバリアし、ヘラジカの引く戦車が舞い上がった。

 

「ミッド平原にも伝えないと……!」

 

 一刻も早く、この事を伝えないといけない。現地の情報を持って帰り、本部に繋ぐのだ。それからまた兵站輸送する。

 これまで通り、俺は輸送任務に専念すべきなのだろう。事実、俺が来なかったら侯爵は今より危うかったのだ。まだ希望は繋げている。

 このまま役割を全うすれば、いつかこの戦いも終わるはずだ。

 

 ふと、俺は背後を振り返った。

 そこには、異常な数の魔物の軍勢に立ち向かう戦士達の姿があった。

 

 すぐという訳ではないが、とても強力な援軍が来てくれる予定だ。それまで耐えてくれれば、何とかなる。

 だから、俺は輸送に専念すべきだ。それが俺の役割で、皆を守る事に繋がるから、これが最もベターな選択で……。

 

 ……本当にそうか?

 

 耳鳴りがした。

 音が遠い。

 ぼんやりした視界の中、思考だけがやけにクリアだった。

 

 少なくとも、現状は違うんじゃないか?

 増援はまだまだ先だ。現在進行形で攻められている。物資は潤沢なので、後は気合で何とかするしかないという状況。

 今、彼等が最も求めているのは、即戦力なんじゃないのか?

 

「クソがよ……」

 

 頭を振る。強いて邪念を振り払う。

 だとしてもだ。独断専行はやっちゃいけない。命令に従わねば、軍の規律を乱してしまう。

 俺は、俺の為にも、皆の為にも戦うべきじゃない。

 

 ――戦いはあたし等に任せろ。

 

 そうだ、圏外の戦いは専門家に任せておけばいい。

 いいじゃないか。どこの誰が死んでも。俺には関係ない話だろう。

 だが、多分あの砦の中で一番魔物戦が上手いのは俺等だ。

 

 ――貴方は、貴方らしく生きて頂戴。それが皆の為になるはずよ。

 

 戦ってはならない。俺にはルクスリリア達を守る責任がある。

 そうじゃないと、安泰な暮らしが遠ざかる。目指しているのはスローライフなのだ。

 でも、心を病むと寿命に響く。末永く、幸せになりたい。なるべきだ。

 

 カッサ砦が遠ざかる。

 地獄のような戦場で、彼等は必死に戦っていた。

 俺は、背を向けて、逃げていた。

 

「ご主人様」

 

 グーラの声、心臓が跳ねた。遅れて、身体に血が巡ったような気がした。

 黄金の眼を見た。子犬のようにまん丸な瞳は、今は湖面のように凪いでいた。

 

「ボクはご主人様についていきます。例え、どんなに困難な道であってもです。ずっと、どこまでも」

 

 戦意はなかった。英雄願望を抱いている訳でもなかった。かといって、何から何まで俺に委ねている風でもない。

 彼女は、彼女自身の意思で、共に往く覚悟を決めていた。

 

「わしもグーラと同じじゃな。主様と一緒なら、そこは何処でも都じゃろうしのぅ」

「ん、マスターとなら死んでもいい。洗脳されて言ってるんじゃないよ。わたしなりに考えた」

「前から言っているように、アナタはアナタのしたいようにすればいいのよ。アナタは我等の王なのだから。王は、誰より強欲じゃないと」

 

 皆、俺を見守ってくれていた。

 その上で、寄り添ってくれている

 背中を押してるんじゃない。どんな選択をしても、この先訪れる苦難を共に乗り越えるのだと、そう伝えてくれていた。

 

「正直、ラリスの兵士がどうなろうと、どうでもいいんスよね。アタシはただ、ご主人と一緒にいれるだけでいいんス。そしたら、もうそれだけでハッピーで、自然と楽しい暮らしができるんスから」

 

 守護獣の手綱を握る淫魔は、前を見ながら言った。

 そして、俺の方に振り返り……。

 

「けど、ご主人が楽しくないんなら、それは皆で何とかするべきだと思うッス」

 

 笑顔だった。

 戦場には似つかわしくない、いつものメスガキスマイル。

 彼女の真っ赤な瞳には、世界一カッコ悪い男が映っていた。

 

 ああ、そうか。

 また間違えてしまっていたのか、俺は。

 俺一人で、背負うべきじゃ無かったのだ。

 

 その時、俺の脳裏に異世界転移してから今に至るまでの記憶がフラッシュバックした。

 奴隷商館での出会い。銀竜の肌の冷たさ。月下に佇む獣。ボロボロだった狐。水槽の中で眠る天使。絶望を湛えた灰の目。家族を失った抜け殻の麒麟。

 春は迷宮に通った。暑い夏はプールで泳いで、秋はフライシュ祭で色々やった。寒い冬には温泉に入り、美味しいものを沢山食べた。自転車デート。道場通い。桜闘会で派手に戦って、アルヴの森ではエルフ文化を体験した。

 まさに、異世界ファンタジー。こんなの地球じゃ味わえない。

 

 ――そして、その力の源泉は何か。即ち、愛である。

 

 何度も、何度も、何度も思い知る。そう、異世界生活は最高なのである。

 そんなハッピーなファンタジーを、邪魔する奴が存在する。旧魔王軍も、尖兵も、例え正義の味方であっても、関係ない。

 邪魔なのだ。面倒なのだ。失せろ、消えろ。何様のつもりだ、鬱陶しい。攻撃意思に呼応して、鎧の中に押し込められた肉体が起動し始めた。まるで錆ついた船のようだった。戦う為の身体が、今は酷く重かった。

 

 言うて、砦の人なんて他人である。名前も知らない相手など、実際問題どうなってもいい。俺はそういう奴である。

 だからといって、見捨てたら俺の気分が悪くなるとか、そういう感情に身を任せられるほど俺はもう若くなかった。

 その上で、俺の中には戦う理由が確かにあった。誇り高きラリス貴族にも負けない、最強の意思の源泉が。

 

「危うく、見失うところだった。ありがとうございます、フライシュ侯爵」

 

 俺は、皆の事が好きだ。

 世界で一番愛している。

 

 で、だ。どうやら俺は、皆の次に皆がいるこの世界が好きらしい。

 テンプレ・ナーロッパな雰囲気で、妙にゲームチックで、飯が美味しくて。

 意外と血生臭くて、内も外も危険がいっぱいで、善人ばっかな訳じゃないけど。

 皆がいるこの異世界が、俺はめちゃくちゃ好きなのだ。

 

 そうだ、決意したはずだろう。

 俺と皆の楽しい異世界ハクスラ生活。

 それを邪魔する奴等は……。

 

「皆殺しだ……!」

 

 決めた、今そう決めた。殺すと言ったからには、既に行動は始まっている。

 あそこにいる魔物を殺す。特異個体も殺す。統率個体も見つけ次第ぶっ殺す。

 仮に旧魔王軍が関わってるのだとしたら、ジュ〇ル星人かハニ〇幻人のように惨たらしく全滅させてやる。

 

 情けは人の為ならず。昔の人は良いこと言うね。

 その過程で英雄っぽい事しちゃうかもしれないが、うるせぇ知らねぇ。邪魔するんなら旧魔王軍共々全員死ね。

 ロリの笑顔は世界より重いのだ。

 

「反転しろ! イベント戦の時間だオラァ!」

「しゃあっ、取舵いっぱぁい!」

 

 次の瞬間、ルクスリリアの指示に従ったラザニアが翼を広げてUターンした。

 遠くにカッサ砦が見える距離。【遠視】を使って戦況確認。迫る戦場を俯瞰して、戦闘思考を加速させる。

 

 ああ、良かった。

 どいつもこいつも、倒した事ある奴ばっかじゃん。

 

「ルクスリリアは運転に集中! 俺を中心にグルグル回る軌道だ!」

「うッス! 魔力なくなったら補給よろしくッス!」

 

 指示を出す。短期決戦、すぐに終わらせる。

 真面目系クズを自認する俺は、上役に任された仕事を放棄するつもりはなかった。

 急いで殲滅し、急いで帰るのだ。タイムイズマネー!

 

「グーラは俺と一緒に下りるぞ! 俺が前、グーラが後ろ! マヴ戦術だ!」

「はい! お任せください!」

 

 地上にいる魔物の殲滅ルートを勘案し、オタク流の早口で連携を確認する。

 殲滅力は同じくらいなので、まぁ何とかなるだろう。

 

「三人は戦車から援護! イリハは結界を維持しつつ、先に範囲デバフ系の式を撒いてくれ! 大技は取っておくように!」

「わかったのじゃ!」

 

 ルクスリリアを戦車長兼操縦手にして、残る三人は砲手である。

 イリハは流れ弾対策兼デバフ要員だ。母艦を壊されたら元も子もないからな。

 

「エリーゼは小技で大物狙いだ! 範囲回復は一回だけな! 指揮バフは戻ってきた時によろしく!」

「元よりそのつもりだったわ!」

 

 無限魔力を見られないように、大技は控えて手数を優先させる。

 戦後の自衛もしないとな。その辺、感情に身を任せる間もやっていく。

 

「レノは二挺拳銃で速い魔物を狙え! 新型は温存だ!」

「ん、了解……!」

 

 レノに指示を出し、準備完了。

 カッサ砦が迫っている。周囲の魔物はこっちを見ていない。

 ビシッと、俺は門周辺の魔物を指差した。

 

「あそこから、あそこまで! グルッと砦を一周する! ノンストップでいくぞ!」

 

 加速する、加速する。見張りの人が驚いている。

 空の魔物が振り向いた。既にレノが射貫いている。うちの狙撃手は最強なのだ。

 そして、思い切り、突っ込む!

 

「皆、作戦通り、練習通りに!」

 

 最後に、皆の目を見て。

 いつものように、笑ってみせた。

 

「ご安全に!」

「「「「「ご安全に!」」」」」

 

 俺達の尖兵戦が始まった。




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◆特異個体◆

・灰頭、討伐済み。
・歌う髑髏、討伐済み。
・鉄の長靴、討伐済み。
・千の薔薇、討伐済み。
・茨の根、健在。

 残りの二体も健在。そのうち一体がミッド平原に出現。


◆統率個体◆

・笛吹き、健在。捜索中。
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