【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応のお陰で継続できております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。
 よろしくお願いします。

 前エピソードの最後に追加シーンあります。


炉りんごとお姫さま

 広く深い空間に、絶え間ない剣戟の音が反響する。

 乱れる銀の髪。閃く黒の刃。漆黒の鎧を纏った騎士がヒトガタの人工魔物と戦っている。両眼を覆う装甲からは、如何なる感情も読み取れない。

 

 一閃、胴を薙ぐ。鎧武者の魔物が倒れ伏し、青白い粒子に還る。

 大きく呼気をついた銀髪の黒騎士は、刀を杖に膝をついた。空いた手で装甲に覆われた目元を押さえている。

 

「次……」

 

 黒騎士の頭上から声が落ちてきた。

 やがて、影から影から多数の魔物が這い出てきて、黒騎士に向かい戦意を滾らせた。それら全て、身体のどこかしらに人工的な装甲を纏っていた。

 戦いは終わらない。ゆっくりと立ち上がった黒騎士は、血濡れの刀を中段に構えた。

 戦いが再開される。その光景はまるで、浮世離れした演劇のようであった。

 

 そんな黒騎士の戦いを、白銀の鎧を纏う人物が見下ろしていた。

 頭から爪先まで、白銀の装甲に覆われている。身体のラインに沿った鎧の輪郭から、着用者が女である事は明らかだった。また、その側頭部には彼女の種族を表す双角が生えていた。鱗鎧を身に着けた、竜族の女である。

 彼女は鎧姿のまま椅子に座って優雅に足を組んでいた。 

 

「まだよ、貴女はまだお父様には程遠いのだから……」

 

 白銀鎧の女が見下ろす先で、不意を突かれた黒騎士が腹に穴を開けられていた。反撃の刃が迸り、件の魔物は一刀両断。隙と見た他の魔物が四方八方から殺到する。黒騎士はただ一振りの刀で以て凌いでいた。

 純戦闘種族たる竜族にとって、戦い続ける事は苦ではない。けれども生物である以上限界はある。文字通りに三日三晩戦えば、当然として消耗するし遠からず限界も訪れる。黒騎士は、文字通りに三日三晩以上戦っていた。

 もはや処刑であった。しかし、白銀騎士に言わせると、これは英才教育に他ならなかった。

 

「今度こそ、今度こそ、完璧な竜にしてあげるわ」

 

 兜の奥に隠れた瞳は、暗い輝きを発していた。

 白騎士の期待に押されるように、黒騎士は刃を振るう。そうすれば、母が喜んでくれるから。

 

「よう、やってるかニャ~?」

 

 その時だ。白騎士の背後にあった扉が開かれ、場にそぐわぬ陽気な声が入ってきた。

 声の主は黒髪の猫又女だった。その背では三つの尻尾が揺れている。古代ディング式の呪術師の恰好をした彼女は、誰の了承も得ずに竜族女と対面の席に座った。

 

「今忙しいのだけど」

「そうは見えないけどニャ~」

 

 白騎士は一瞥もせずに応えた。

 二人の間、豪奢な造りのティーテーブルには茶も何も置かれていない。

 

 視線の先、黒騎士はゴーレム剣士を一刀両断していた。

 その光景を見た白騎士が鼻を鳴らす。

 

「ダメね、慣れてきているわ。もっと強い相手は用意できないの?」

「贅沢言うニャ。この装置造るのにどれだけの手間がかかってると思ってるニャ」

「此処のとは別の、よ」

 

 ゴーレム剣士を斃してみせた黒騎士が新たに出現した装甲付きの鉄拳大熊と相対する。まだ戦いは終わらない。

 半永久的に人工魔物を生成し続ける疑似戦場――輪廻天元。現代に再現された人工異境にして、小規模な人工迷宮である。

 魂の拡張は発生しないものの、永劫続く戦いにより戦士としての技は磨かれる。実際、黒騎士の成長は著しいものがあった。しかし、最近は以前ほどの効果は見受けられなかった。

 

「本格的に始まる前に、もっと仕上げておきたいのだけれど。貴女達にとっても悪くない話でしょう?」

 

 とは言うが、それが本心でない事は猫又には丸わかりだった。

 竜族は魔力さえ制御すれば本音を隠せると思っている節がある。外に出た事のない竜族など、その典型だった。畢竟、竜族は戦い以外の事に頭が回らないのだ。

 なので、呪術師の猫又はあえてバカな風に笑んでみせた。

 

「それなんだけどニャ? ちょうどいい相手がいるんニャよ~。それも倒せばご褒美付き! これはもう乗るっきゃないニャ~」

「そう……」

 

 渡りに船の提案なはずだが、白騎士の反応は淡泊だった。直近の相手が期待外れだったからだろう。

 当然、織り込み済みである。呪術師の猫又は囁くようにして言葉を紡いだ。

 

「エリーゼ」

 

 ガタッと、白騎士は椅子から立ち上がった。

 兜の奥の両眼が、猫又の目を射貫いている。彼女の鱗鎧から感情の混ざった魔力が漏れていた。

 

「どういう事よ……!」

 

 悲鳴のような甲高い声。眼下の戦場では、白騎士の声に反応した黒騎士が魔物の攻撃を食らって吹き飛ばされていた。

 

「人間族の奴隷になったと聞いたけれど、何故その名前が出てくるのよ! さっき相手といったけれど、そういう事なの!?」

「そう、その主を殺してほしいのニャ」

「……話を聞こうじゃない」

 

 ややあって、冷静さを取り戻したらしい白騎士は椅子に座り直した。

 今度は向かい合って。

 

「レギーナ、訓練は終わりよ」

 

 鈴を鳴らし、言う。

 レギーナと呼ばれた黒騎士は、最後の魔物を斬ってから観覧席を見上げた。

 装甲に隠された両眼が、母の対面に座る猫又を素直に訝しんでいた。

 

「お客様よ、茶を持ってきなさい」

「承りました」

 

 古代竜族式の丁寧な一礼。血振りをした刀を提げたまま、黒騎士は無機質な壁に開いた穴に消えていった。

 じっと猫又を睨む白騎士は、去り際の娘が片足を引きずって歩いていた事に気付いていないようだった。

 

「給仕の仕事なんて使い魔にやらせればいいのニャ。それも用意したはずニャけど?」

「それじゃあの子の為にならないわ。淑女教育の一環よ」

 

 あっけらかんと、続ける。

 

「今度こそ、どこに出しても恥ずかしくない子に育てなくちゃいけないの。それが母の義務なのよ。子供のいない貴女には、分からないでしょうけどね」

 

 頬杖をついて、ふふんと鼻を鳴らす白騎士。

 曖昧な生返事を返す猫又に気を良くしたか、白騎士はレギーナと呼んだ黒騎士の成長記録などを語り出した。

 まさに、我が子を自慢する親そのものだった。けれども白騎士の本性を知っている猫又からすれば、彼女の言う淑女教育とやらには薄ら寒いものを感じざるを得なかった。

 三つの尾の猫又は、外道であっても家族を愛する性分である。そんな彼女をして、白騎士は自分以下の腐れ外道に思えてならなかった。

 

「お待たせしました」

 

 ややもあり、カジュアルドレスを身に纏ったレギーナがティーセットを乗せたトロリーを押して入室した。

 何も置かれていないテーブルまで来たレギーナは、洗練された所作でティータイムの準備を整えていった。

 流れるような銀の髪に、夏空のような深い青の双眸。粛々と茶の用意をする黒騎士は、誰がどう見ても銀竜令嬢そのものだった。

 

「合格よ」

「ありがとうございます」

 

 

 白騎士の平坦な声に、レギーナはしずしずと頭を垂れた。

 二人の間に、湯気を立てる茶が置かれている。ティースタンドに載っている菓子類は保存魔法のかかったものだろう。

 湯気の立つ茶を前にしても、白騎士は兜を取らなかった。

 

「その兜いつまで被ってるニャ」

「外は埃っぽいのよ、まぁでも、これじゃ味も香りも分からないわね」

 

 言って、白騎士は兜から露出している右角に触れた。すると、彼女の頭部を覆っていた鱗鎧が魔力になって霧散する。軽く頭を振ってみせれば、眩い程の銀の髪が舞った。

 そうして露わになったのは、同性の猫又でも思わず息を飲んでしまう程の美貌だった。すっと通った鼻に、薄く艶のある唇。紫水晶のような瞳は、鋭利な刃を思わせる輝きを湛えていた。

 久しぶりに白騎士の素顔を見た猫又は、「世界三大美女を決めるなら真っ先にアリエルとこいつが入るんだろうな」などと思った。

 

「ん?」

 

 などと猫又が益体も無い事を考えている途中、上機嫌そうにカップを手に取った女の眉根が寄った。

 そのまま、表情を変えずにゆっくりとカップに口を付ける。

 瞬間、白騎士だった女は柳眉を逆立て目を見開いた。

 

「何よこのお茶は!」

 

 突然立ち上がった女は茶の入ったカップをレギーナの頭に投げつけた。

 避けもせずに熱湯を浴びたレギーナは、数度瞬きした後に顔色を青くして口を開く。

 

「ごめんなさい……」

 

 先程の超然とした佇まいはどこへやら。銀髪の娘は上位者の許しを乞うように頭を下げた。

 

「いやしくも竜族たる者が! ごめんじゃないでしょう!? 貴女ねぇ、何度やったら覚えるのよ! 本当に剣以外は全然ダメね!」

 

 翡翠魔弓に匹敵する美貌の女は、その顔を限界まで醜悪に歪めて娘を罵っていた。

 何がダメだったのか説明する事もせず、女はなおも喚き続ける。それは折檻のようで、癇癪を起した子供の様相だった。

 

「どうして私の言う通りに出来ないの!? 私が貴女を作るのに、どれ程の恥辱に耐えたか分かってるの!? 何で私ばっかりこんな目に遭うのよ! あぁ、お父様! お父様はどこにいるの……!」

 

 徐々に、甲高い声が籠っていく。女の目から一筋の涙が流れていた。

 それを見て、つまらなさそうに頬杖をついていた猫又は露骨に嫌そうな顔になった。

 

「完璧にしてって言ったのに! 権能も同じにしてって言ったのに! なんで貴女はそうなのよ! それに、あの子ならずっと前から出来て……」

 

 ややあって、その場に崩れ落ちた女は滂沱の涙を隠すようにして顔を覆って俯いた。

 対し、レギーナは仕様にない命令を出されたゴーレムのように固まっていた。

 

「お、お母様……申し訳ございません。わた、レギーナが至らぬばかりに……」

 

 慰めるように、娘は女の背を撫でた。

 媚びるような目をして顔を上げる女。無表情を保つ娘。同じ銀髪で、違う色の瞳。

 二人の目が合った……次の瞬間である。

 

「青い瞳で私を見るなぁ!」

 

 勢いよく立ち上がり、大きく手を振り上げた女は、容赦なく娘の頬を打った。

 母の平手打ちを受けたレギーナは、その場に倒れ伏して呆然と女を見上げた。

 膨大な量の魔力を噴出する女は、狂気に染まった憤怒を発していた。

 

「私と話す時は目隠しを付けるよう言ったでしょう! 本っ当に馬鹿ね! あぁもう何度言ったら学習するの! こんな事なら別の魔眼にしてもらえばよかったわ!」

「で、でもお客様が来た時に目隠しは……」

「母に向かって! その口の利き方は何!」

 

 げしげしと、銀竜の美女が銀竜の娘を足蹴にしている。

 猫又は知っている。この光景は、二人の世界ではありふれた日常に過ぎない事を。そもそも、茶を淹れた段階で女は目隠しの事を何も言わなかっただろうに。

 猫又は内心で溜息した。これでは話が進まない。

 

「別にそこまでしなくてもいいんじゃないかニャ~?」

「黙れ下等種族! 銀竜の私に意見するな!」

 

 猫又の存在によって正気を取り戻したか、あるいは単に冷めたのか。女は娘への暴行を止め、一切の優雅さを感じられない所作で椅子に座り直した。

 その気になれば反撃して殺せるだろうに。無傷のレギーナは常より感受性を失った瞳で立ち上がった。

 

「その目を隠して、お茶を淹れ直してきなさい。前に教えた通りに」

「かしこまりました」

 

 女の命令に、レギーナは従者のように頭を垂れて従った。

 ティーテーブルを片付けて、レギーナが部屋を出る。

 

「さて、あの娘が戻ってくる前にお話を進めましょうか」

 

 そして、女は何事も無かったかのように優雅に足を組んでみせた。相変わらず、その顔は非現実的なほど美しかった。

 どの口が言うんだという言葉を抑えるべく、呪術師の猫又は残っていた自分の分の茶を飲んだ。

 

「……悪くないニャね」

 

 存外、優しい味がした。

 

 

 

 

 

 

 人類生存圏外、南西。

 ルーゴウンの森はフボール地方西南西の大部分を占める大森林である。

 地図上で隣接しているミッド平原とは大河によって隔たれており、同じく圏外の西部とはオウン山脈を挟んで繋がっている。

 故に、ルーゴウン西部にある砦の役割は、山脈を越えて襲ってくる魔物への対処が主であった。

 

「第一弓兵隊、撃てぇーッ!」

 

 鏃の光った矢の雨が薄明の森に降り注ぐ。

 夜明け前だった。ルーゴウンの森、西部。オウン山脈に面するルーゴウン西砦は、現在進行形で魔物の襲撃を受けていた。

 高い山脈を越えてくるような魔物は、概して高い登攀能力を持つか飛行能力を持っている。それらの脅威から人類を守る西砦には、相応の備えこそあれ対応可能な魔物の数には限界がある。

 砦の中央に聳える射撃塔からは、外の状況がよく見えた。四方八方、空に陣取る主級魔物の取り巻きが数えきれぬほど飛び回っていた。

 

「司令、今の射撃で追尾矢が尽きました!」

「拡散矢を使え。まだ残っているだろう」

 

 戦況は劣勢である。それというのも、砦に駐在する最高戦力が直近の戦いによって負傷してしまったからだ。

 だが、砦を放棄する程の窮地か否かはイマイチ判断がつかなかった。事実として、件の戦士はもう少し時間をかければ復帰できる見込みなのだ。

 かといって持久戦は悪手である。このまま防戦を続けていれば、やがて矢が尽きて魔物の餌食になってしまう。砦を任された指揮官エルフは、決断を迫られていた。

 

「司令! 山の方から飛行する魔物の群れ! 主級が率いてます!」

 

 その時だ。射撃塔にいる弓兵がオウン山脈の方を指差した。

 視線の先、光のない山々から魔物の群れが飛んでくる。両手の指では全く足りない群れの先頭には、二羽一対の主級魔物――比翼連禽の姿があった。

 ここにきて比翼連禽、害悪中の害悪である。半魔力生物属性を持つこの魔物は、圏外戦でも最上級の嫌われエネミーだった。

 

「司令、指示を」

 

 やや劣勢な戦況が、完全な劣勢に傾いてしまった。最早、最高戦力の回復を待っている時間はない。

 撤退準備は整っている。囮の用意もある。果たして何人の兵士が生きて帰れるだろうか。いや、事ここに至って逡巡する暇などあろうか。

 

「総員……」

 

 息を飲む。腹をくくった。

 指揮官エルフが撤退を決意した。

 その時である。

 

「もう大丈夫!」

 

 西砦全体に、大きな大きな声が響き渡った。

 男の声だ。歴戦の圏外指揮官が放つような大音声である。

 そして、指揮官エルフを含めた西砦の兵士には、多少なりその声に聞き覚えがあった。

 

「何故って?」

 

 空が白む、闇が晴れる、暁の太陽が姿を現した。

 砦を襲っていた魔物達が太陽の方を向いた。

 赤く燃えた東方から、英雄の影が迫ってくる。

 

「我々が……来た!」

 

 瞬間、影から青白い光線が放たれて、門に殺到していた魔物を消し飛ばした。その余波で周囲の兵士まで吹き飛ばしてしまったが、幸い怪我人は一人もいなかった。

 その光景を見た魔導士が瞠目する。【魔導極砲】による遠距離狙撃。籠められた魔力量も然ることながら、如何にして遠くを狙って撃ったのか。

 

「アリエル様から援軍か!? いや、あれは……」

 

 そのシルエットには見覚えがあり、先の声にも聞き覚えがある。

 冴えない男にチビ五人。兵站輸送でお馴染みイシグロ一党である。

 

「開けろ! 支援物資のデリバリーだ!」

 

 続くイシグロの大音声に、訳も分からぬまま兵士は慌てて門を開けた。

 すると、砦の上空を通り過ぎた空戦車から頭目と天使が飛び降りて、ササッと内部に入ってきた。

 

「お届けものです。ハンコお願いします」

「あ、どうも」

 

 兵站輸送である。矢が補充できる。これなら撤退せずに済む。そう思って喜ぶ倉庫番に対し、イシグロは挨拶もそこそこに勝手に段取りを進めていった。

 倉庫じゃない所に木箱を投棄して、顔見知りの倉庫番に無理やりハンコを押させる。これには担当兵士もビビッた。

 

 門の外では砦の周囲を飛び回る空戦車が暴れ回っていた。

 これまでとは異なるイシグロの態度といい、何故か戦ってる空戦車といい、今日の“草薙の剣”は異様だった。

 

「あの……」

 

 困った顔の倉庫番の眼前、イシグロはじっと空を見上げていた。

 人差し指でこめかみを叩き、瞑目し、やがてパチッと瞼を開く。

 そして、一言。

 

「うるさいですね……」

「え?」

 

 何度かイシグロと話した事のある倉庫番からして、今のイシグロは以前までの彼ではないように思われた。

 人の話を聞かず、此方の目を見ているようで見ていない。この感覚には覚えがあった。王都にいる銀細工と同じだ。これまで感じた事のない歪みを、今のイシグロはこれ見よがしに放散していたのだ。

 

「ああも五月蠅いと熟睡できないねぇ。あいつ等に一発食らわしてやりたいんですけど、構いませんね?」

「え? いやちょっと待っ……」

 

 言うなり、イシグロとチビ天使は砦中央の射撃塔の壁を登っていった。

 イシグロは反り立つ射撃塔の壁面をダッシュで登り、天使は飛んでついていく。やがてテッペンに到着した二人は、動揺する弓兵を押し退けて山脈側の射撃位置を占拠した。

 

「い、イシグロ殿、何をする気です!?」

「いいからいいから、大丈夫だって、大丈夫だって」

 

 何事か問うてくる指揮官エルフを無視したイシグロは、周囲の弓兵を退かせて収納魔法から何か巨大な物体を取り出した。

 それは何かの台座のようだった。十字型の脚に、祭壇のような台が付いている。続いて、件の男はより大きな物体を引っ張り出した。

 指揮官エルフ視点、それは柱のように見えた。いや、筒だ。あるいは巨大な杖のようでもあった。ずるりと、イシグロは自身の身長を遥かに超えるそれを取り出して、その頭部分を先の台座に固定した。

 形は初見でもその用途はあからさまだった。射撃台をはみ出すように設置されたのは、巨人用の杖――バリスタめいた魔法触媒だった。

 

「ヨシ!」

 

 組み立てを終えたイシグロが指差し確認する。

 それは、あまりにも大きな魔法触媒だった。大きく、分厚く、重く、大雑把過ぎる杖だった。

 それは、まさにアハト・アハトだった。

 

 全長、約六メートル。

 口径、約八八ミリ。

 旋回角、九〇度。

 

 試製零式光力銃。

 名を、レーゼンヴィー。

 遠距離狙撃特化、拠点防衛用光力銃。銃というより砲である。

 

「マスター、サポートお願い」

「っけい。とりまボスから狙ってけ。奴さんまだ気づいてないぞ」

 

 翼を広げた天使は片手で謎砲のグリップを握った。砲の向く先は、未だ遠くに見える比翼連禽だ。

 イシグロは手で筒を作りながら遠くの魔物の群れを観察した。素人なりに観測手の役割をやろうというのである。

 

「視えてるか? 雄からいくぞ」

「ん、いつでも」

 

 天使の翼が発光する。グリップ内部の光力触媒が砲身内に詰め込まれた圧縮機構に充填されていく。

 砲口から黄金の光が漏れる。天狗族の兵士が引き笑いの表情で青ざめていた。とんでもない光力圧縮率。アレを、撃つつもりなのか。

 

「撃て」

 

 観測手が言うと同時、過剰に圧縮された光弾が発射された。

 目を焼くような閃光。銀細工でも反応できない異常な弾速。それは比翼連禽の片割れ、その身体の中心に直撃した。首を斬っても死なない鳥、その存在核を撃ち抜いたのだ。

 たった一撃で。

 

「直撃。討伐完了」

 

 淡々と言うイシグロ。唖然となる指揮官エルフとその周辺。天使がグリップ付近のレバーを引くと、右側に開いた孔からブシューッと蒸気が噴出した。

 蒸気に驚いた指揮官エルフは、慌てて状況判断して射撃塔の弓兵に他方向への射撃にあたるよう指示を出した。

 

「警戒してるぞ。小出しで行け」

「ん、分かってる」

 

 片割れを失った事で強化された二体目は、意味不明な遠距離狙撃を警戒しランダム飛行に切り替えていた。

 先の一撃と異なり、続く二射目以降は圧縮率の低い通常光弾だった。必死に回避する片割れの動きを、天使の目は逃がさない。

 

「直撃。撃て、撃て、撃て」

 

 観測手が言う。翼に穴が開いた比翼連禽が切り切り舞で落ちていく。

 間髪入れず連射された光弾の全てが存在核に命中し、それは魔力の鳥が粒子に還る寸前まで続けられた。

 

「ついでに他のも堕としとこう。右から左、オバヒまで好きなの撃ってけ」

「りょ~」

 

 閃光、直撃。閃光、直撃。四秒に一発のペースで致死の光弾が放たれる。山脈を越えてきた魔物は四秒に一体消滅した。謎の砲の威力は絶大だった。

 また、空戦車の制圧力も圧倒的である。今なお暴れている空戦車は周囲の魔物を撃墜しまくり、そこから飛び降りた獣人が鉄塊の如き剣で以て陸の主級を圧壊していた。

 戦いというより、駆除だった。

 

「よし、もう五月蠅いのは消えたな。帰るぞ、レノ」

 

 まだ魔物を全滅させてはいないのだが、イシグロは件の砲を片付け始めた。

 え? と驚く指揮官エルフ。何だかんだ救援に来たのではないのか? そう顔に書いてあった。

 だが、知った事かと知らんぷり。

 

「じゃあ自分はこれで」

「あ。ああ。物資を運んでくれてありがとう」

 

 司令にお別れを言って射撃台を飛び降り、二人は門に向かって歩いていった。

 

「あ、あの……」

 

 その時、砦の中にいた兵士がイシグロに駆け寄ってきた。

 歩みを止めて、一瞥くれる。新米と思しき兵士は、顔を紅潮させて続けた。

 

「あ……あの自分……ファンなんすよ。握手してもらっていいスか」

 

 が、しかし、対するイシグロの表情は渋い。

 再度歩き出して、口を開いた。

 

「俺は今メチャクチャ機嫌が悪いんだ。そういうことはスキモノのガキにでも言ってもらおうか」

 

 それだけ言って、イシグロはファンの兵士をあしらった。兵士はショボンとしていた。

 睨みを利かせて開けてもらった門を潜り、待機していた空戦車に乗り込む。そして、イシグロはそのまま飛び発って行った。

 離陸の途中、邪魔だった魔物を消し飛ばしながら。

 

「な、何だったんですかね……」

「分からん。だが、とうとうイシグロも銀細工らしくなったようだな」

 

 嵐のように現れて、嵐のように薙ぎ払い、嵐のように去っていく。まさに、暴の化身の如くであった。

 それでもザコは残っている、あるいは残したのかもしれないが、ともかく砦の守護を任されたエルフは気の抜けかけた兵士達に指示を飛ばした。

 

「何やってる! まだ魔物は残ってるぞ! まさか、ここで死ぬような奴はいないだろうな!」

 

 遠ざかっていく影は、気に食わない者を皆殺しにし、そのついでに人を救ってみせた。

 これもまた、ラリスにおける英雄らしさの好例であった。

 ある意味わかりやすいので、現場としては有難かった。

 

 理解不能な怪物が、触れ得ざる英雄に変わった瞬間である。




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・零式光力銃・レーゼンヴィー
 レノの新型光力銃。片手で持てるコンパクトな光力触媒……とは真逆のコンセプトで設計され、拠点防衛用の固定砲台と割り切って開発された。
 その火力はクレイグ&ブロスナンとは桁違いに高く、充填・圧縮可能な光力の量も膨大。腕力的にも光力的にもレノだからこそ扱える欠陥武器である。
 外見はほとんどアハト・アハト。台座の上に砲身を設置し、根本のグリップを握って光力を流す。光力圧縮機構は砲身内にすっぽり収まっており、オーバーヒート及びリロードの際は砲身を丸ごと後退させ排莢する。グリップ近くのレバーを引くと冷却機構が作動しある程度の排熱がされる為、リロードしなくても継戦能力は高い。
 なお、光弾発射時に本家アハト・アハトのような反動はないので、やろうと思えばマシンガンのように連射可能である。
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