【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
もうじき、尖兵戦が終わる。
フボール地方全体で発生した先の大攻勢では、都合三体の特異個体が討伐される結果となった。
ミッド平原に現れた“銀貨泥棒”。カッサ中央砦を直接襲ってきた“茨の根”。同じく突如としてカッサ荒野に出現した透明クラゲこと“不定の石英”。
それぞれ、一体目の“銀貨泥棒”は上級天使部隊が討伐したそうだ。カッサ荒野の“茨の根”はフライシュ侯爵家が倒し、三体目の“不定の石英”は草薙の剣が倒した……という事になっている。ついでに俺がUターンして暴れたのも第三王子の命令って事になった。
数に合わない八体目のクラゲ君だが、奴さんは元々南部戦線にいた特異個体だったらしい。そいつが何故か瞬間移動してきて、大して活躍できずにああなったという訳だ。
王子と侯爵による口裏合わせは、当事者である俺がメッセンジャーとなり紙面によって交わされた。現場からは褒められたが、エージェント・メイドさんは複雑そうな顔をしていた。申し訳茄子と言わざるを得ない。
今現在、フボール地方の戦線は安定している。
特異個体は残り一体となったが、肝腎の統率個体は未だ討伐できていない。超級の脅威は数を減じたものの、通常の主級とザコモンスは今でも元気に暴れ回っている。
他地方の戦線と比べ、第三王子の戦場は消耗が少ないらしい。全ての脅威が祓われた暁には、一部戦力が第一王子の援軍に向かう予定であるそうだ。
また、来たる災厄本戦に向かう予定の各国の最高戦力に消耗はないらしい。噂によると、現ラリス王は最前線に行きたがっているそうだが、臣下総出で止めているとか。フライシュ侯爵曰く、「極めてラリス王らしい御方」だそうな。
尖兵戦は人類優勢である。勝ったなガハハと風呂に入りたいところだが、まだまだ予断を許さぬ状況である事に変わりはない。
大攻勢の無双プレイで感覚おかしくなっちゃってるが、本来主級一体だけでも街一個くらい余裕で潰せる規模感なのだ。マクロな戦況はともかく、ミクロな戦場は未だに常にカツカツだった。兵站輸送の鹿の止まる時が無ぇな。
なので、俺は銀細工らしく暴で以て解決する事にした。
勿論、王子の許可付きである。兵站輸送のサブクエとして、メインクエストに支障が出ない程度に戦ってヨシと相成ったのだ。
銀細工らしく、というのがミソである。
英雄らしく民を救わず、銀細工として暴を振るう。これは俺の希望を勘案して第三王子とフライシュ侯爵が立ててくれた作戦だ。
ただ英雄的に戦っては、俺個人の名声が否応なく高まってしまう。すると報酬とか何やらで上も下も困っちゃうので、制御できない怪物を演じようというのだ。こうする事により、「こんな気まぐれな銀細工を御せるラリスすげー」となる訳である。なってくれるといいな。
何が嫌いかをハッキリと示し、何が好きかを明確にする。ある種の銀細工ロールプレイと言えようか。畢竟、高めるべきは栄誉ではなく畏怖なのである。
で、その結果はというと……。
「主様はアレじゃな。大根じゃな」
「ん、マスターは人間。根菜じゃない」
「演技が下手って意味ッスよ」
「忍びねぇ、忍びねぇ」
ルーゴウン西砦の救援においては、お楽しみ中の夜に中央砦から向かった次第。現地ではアハト・アハトこと新型光力銃を使い、迅速かつ丁寧に敵の戦力を削ぎましたとさ。
で、俺なりに銀細工らしさを表現してみたつもりだが、全く以て自信を持てなかった。セリフ棒読みだったし、用意してた台詞とか全然言えてないし、そもそも殆ど語録だし。俺、ただの迷惑おじさんになってないか。そのうち病院を練り歩いてるだけで騒がれそうな。
今回が初めてって訳じゃあないのだが、イマイチ締まらないんだよなぁ。ロール中は自信満々なのに、一旦冷静になると頭を抱えてゴロゴロしたくなる。
「俺、銀細工向いてないのかな……」
「孤高こそ強者の誉れよ。寧ろ畏れを愉しみなさい」
「エリーゼはお気に召しているようですよ」
触らぬ銀に祟りなし。定時退社絶対遵守マン。人類の脅威に対する理由のない暴力装置。
以前の完全兵站輸送係よりも気分的には楽チンだが、性根に合ってないのはしょうがない。お仕事として割り切るしかないね。
何より、王子様達にここまで気を配ってもらってるのだ。今度こそやり抜かないと。
「そろそろ休みなんスよね。この戦車もメンテしてもらわないと」
「ああ。一回ルーゴウン戻って、そこから圏内だな」
程よく戦ってるお陰か、長期休暇に入る事に罪悪感はない。
尖兵戦はもうじき終わる。後始末も何とかなるだろう。休むのもまぁ仕事のうちだと思えるようになった。
帰ろう、帰ればまた来られるから。
〇
二度目の長期休暇も淫魔王国内で取る事となった。
此処にはシャロやユゥリンがいるし、復帰時には淫魔王国から物資集積所へ食糧を運ぶ事もできるのだ。
そんで、いつものようにケフィアム城に入れてもらった俺達は、早速とばかりに夜のパーティを……。
「イシグロ様、お時間よろしいでしょうか」
できなかった。
どうやら、休養より先に地下室でお話をしなくちゃいけないらしい。
さもありなん、である。
「ずいぶん派手にやったようだね」
例の地下室で、俺は雇用主である第三王子と再会した。
現在、この場に淫魔女王の姿はない。優雅に座す殿下の後ろには、やたらと胸の大きなメイドさんが控えている。
久々に対面した殿下は、毎度お馴染みの女装をせずに王族らしい豪華な衣服を身に纏っていた。
怒っている風ではないが、その面貌は全くの虚無を形作っている。王族としてのジノヴィオス殿下がそこにいた。
「英雄扱いをされたくないと、そう言ったのは君だったと記憶しているが……」
仰る通りである。
今から約二年前、俺は第三王子と契約を交わした。政治的な後ろ盾を報酬とした雇用契約である。
目立ちたくない俺と、目立たせたくない王子。二人の関係は理想的なウィンウィンだった。そこに来て当の俺が誰の了承も得ずに英雄の如く暴れ出したのだ。王子的に、話が違うって話である。
「戦後、我々は君に褒美を与えないといけなくなった。理由は分かるよね?」
兵站輸送の域を超えて働いたとしても、契約上俺に追加報酬など支払われない。しかし、事ここに至っては周囲に示しをつける必要があった。
英雄を祖とするラリス王国が英雄を蔑ろにしては、国家の沽券に関わるというのだ。最早、これは個人の感情の問題ではなかった。戦功とは、ラリスにとってはそれ程までに重い意味を持つのである。
「望みを言うといい。実質的に一党単位で砦の窮地を救い、二体の特異個体討伐に相応な、誰の目にも明らかな褒美を」
机に両肘をついて、じっと見つめてくる。
貴種としてのオーラか、あるいは洗練された所作がそうさせるのか。俺より小さな彼は、俺より遥かに大きく見えた。明確に、彼は俺を威圧していた。
だが、外での戦いを経た俺は既に覚悟を決めている。迷わない、惑わない。腹に力を籠め、口を開く。
「我々は、ただ静かに暮らしたいのです」
英雄的行いを自覚して尚、俺の望みに変わりはない。
けれども、そこには明確な心境の変化がある。
「貴族としての地位も、英雄としての名誉も、我々にとっては邪魔でしかありません。知らない人に声をかけられるとか、話した事もない人に期待されるとか、そういうの全部御免です。誰にも脅かされる事のない、安心して子供を育てられる環境が欲しいだけなのです」
ここまでは以前と同じだ。
この先を言う覚悟を、決めてきたのである。
「なので、それを邪魔する奴をぶちのめす許可を頂きたい」
拳を握り、言い切る。
強いて感情を抑え、俺は冷たい目の王子と対峙した。
「私の家族を害する者、安泰な暮らしを脅かす者、私に英雄性を強いる者……誰であっても報いを受けてもらいます。ですが、被害が出てからでは遅きに失する。故に他ならぬこの私に法より先に動く権利を与えて頂きたいのです」
殺人許可証、報復許可証、あるいは積極的自衛権。
その名称はともかく、現代日本に住んでいた身からして色々とガバい権利を要求している事は自覚している。その上で、俺にはこれが必要なのだ。
今更、一般人には戻れない。後ろ盾に限界があるのなら、限界を超えた先の杖が欲しい。法による自己防衛と、暴による自力救済。この二つがあってこそ、真に安心できるというものだ。
「……君は、君達は静かに暮らしたい。そう言ったね」
「はい。依然として変わりなく」
「誰にも干渉されたくないから、干渉されないような立場に身を置きたい」
「はい。これも以前と同様です」
「つまり、君は君達を害する全てを……君が危険だと思った奴を問答無用で排除する権利が欲しい訳だ」
「はい。その危険性は理解しているつもりです」
真剣に頷き続ける俺を、王子は表情を変えずに見ていた。
そして、右手の指輪に手をかけた。
「誰であろうと、報いを受けてもらう。それは、例え僕であってもかな?」
そっと、王子は自身の指輪を外した。
瞬間である。膨大に過ぎる武威が解放された。最上級職になってなお、ラリス王族の力は圧倒的だった。
しかし、俺は彼から目を逸らさずに見つめ返し、以前のように椅子から腰を浮かせる事もしなかった。
ただ真っすぐに、虚無を湛えた王子の瞳の奥を覗き込んだ。
ラリス王国第三王子、ジノヴィオス・アレクシスト・ラリステトラ。
殿下は強い。今の俺でも、間違いなく勝てない。ゲルトラウデ師匠でも無理だろう。銀竜剣豪ヴィーカさんなら、どうか。要するに、そういう領域に立つ戦士なのだ。
だが、太刀打ちくらいはできると思う。皆が逃げる時間くらいは稼げるはずだ。
故にこそ、俺はもっと強くなる。俺の愛する全てを守る為、皆を害する全てを殺す為、まだまだ上を目指すつもりだ。
あの日、皆に誓った事を思い出す。一国一城の主、即ちロリコンの王となる決意を。
王とは、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する、清濁含めてヒトの臨界を極めたる者。畢竟、退かぬ媚びぬ顧みぬ。
我が妃、我が城、我が一族への攻撃は全て侵略行為と見なし、相応の報いを受けてもらう。事実はともかく、そのように認識してもらう。誰あろう、第三王子に。
「これはもう、僕の器量の問題かな……」
王子が指輪をはめ直すと同時、あまりに濃密なラリスオーラが収まった。
背もたれに体重を預けた王子が優雅に足を組み替える。それから、白馬の王子様って感じのスマイルを浮かべてみせた。
「よろしい、そのように計らおう。キルスティン、準備を」
「かしこまりました」
交渉成立である。俺は無意識に止めていた呼吸を再開した。
王子の命令に、背後で控えていた緑髪爆乳デカ尻むちむちメイドさんが応え、胸の谷間に手を突っ込んで魔術的拘束力を持つ契約書を取り出した。
「幸い、ラリス王国は良くも悪くも結果を重視する。君が何もしないなら、何も干渉しないと約束しよう。まぁこれでもイシグロさんは無欲な方だよ。君より無能で、君より扱いづらくて、君より多くの権利を要求してくる英雄なんて、この世界には沢山いるからね。あいつら全員にイシグロさんを見習ってほしいくらいさ」
反応に困る。何か適当に返そうとしたところで、王子は「その代わり」と続けた。
「けれど、ラリス王ならぬ僕の裁量には限界がある。なので、イシグロさんには今後も僕の下で働いてもらう事になる。そうじゃないと厄介なお偉方から守ってあげられなくなるからね」
「承知しております」
「難儀な性分だねぇ、イシグロさんも」
そのまま、俺と王子は契約の内容を詰めていった。
契約内容は、ざっくり以下のようなものである。
俺は冒険者身分を維持しつつ、ラリス王国における永住権を得る。冒険者身分と庶民身分の良いとこ取りが出来る訳だ。これは以前から契約に含まれていたご褒美の範囲である。
もう一つ、こっちが本命だ。俺は俺とその一族を害する者に、無条件で無制限の武力を行使する権利。この行為が不正と見做された場合は、例外なく罰金刑を受けるものとする。例え誤チェストしても牢屋に入らずお金で済ませられるというのだ。法治国家にあるまじき措置と言えよう。
また、これらの権利は俺の世帯の全員に付与される。ルクスリリア達も俺と同じ身分になるって話だ。
その他、細々した項目が続く訳だが、まぁ大体こんな感じ。
あと、この契約内容は第三王子の名において正式に公表される事となる。
俺にちょっかいかけてくる奴は、第三王子公認で殺していいのだ。俺に言うこと聞かせたいなら第三王子連れてこいってな具合である。
「それはそれとして、イシグロさんが暴れちゃったせいで尖兵戦での君の居場所がバレてしまったね。道中はくれぐれも気を付けておくれよ」
言われるまでもない。こうも派手に動いてしまえば、俺が今どこで何をしてるかなど確定的に明らかである。
誰の恨みを買ってるか分からないのだ。猫又シスターズの残りが襲ってくるかもしれないし、可能性は低いがパレエスやミヅチの仇討なんかをされるかも。
そこは自力救済の範囲である。以前と同様、邪魔するなら殺す所存。こっちは以前から合法チェストにごわす。
「本当に、家族の為なら何にでも成れちゃうんだね。イシグロさんは」
そう言う殿下の双眸からは、子供らしからぬ複雑な感情が見受けられた。
遠い景色を見るようで、理解できないものでも見るような。
その時、王子は俺の目に何を見たのだろうか。
〇
「あ、ご主人おかえり~ッス」
ケフィアム城にある客間に戻ると、そこではいつもの皆が勢揃いしていた。
我が一党に加え、シャロとユゥリンとファリナさんとチィレンさんで全員参戦。皆さんリラックスしていらして、現在進行形で茶などしばいていた。
「入城するなり呼び出しとか何か怖いですね。そんなにやらかしちゃったんですか?」
「いやまぁお叱りとかではなかったよ」
圏外での出来事は皆から伝えられているはずだ。それを踏まえて、俺は先ほどの王子との契約についてお話した。
ご褒美として、俺専用の特別な身分がもらえる事。その身分は俺の家族全員に与えられる事。その権利に相応な義務の事も。
「圏外での事も、契約の事も、全部俺が勝手に進めてしまった。本当に申し訳ない。それでも、皆には引き続き俺と一緒にいてほしい」
それら全部を説明し、俺は二人とその家族に頭を下げた。
頭頂部を向けた先で、僅かに身動ぎする気配があった。
「あの~。お先いいですか?」
頭を下げたままゆっくり見上げると、ユゥリンが控えめに挙手していた。
「結論から言うと、今のままでお願いします。そっちのが楽ですし、何もないパンピーとして生きるのもそれはそれで危ないかなって思いますし」
自分の意思を伝えつつ、黒髪の瑞獣は「ただ……」と続けた。
「変な話、そこまで責任感じる事ないと思うんですよね。リキタカさんが家の主柱って自負は尊重しますが、別に柱一本で何とかする必要はないというか、う~ん……」
言いたい事を整理するように唸るユゥリン。
やがて腑に落ちたように一つ柏手を打った。
「だから、ワタシもパワーレベリングしてほしいなって思いました。ぶっちゃけ、ステータス? さえ上がればグーラさんに次ぐ戦力だと思うんですよ、ワタシ。まぁ客観的に見て?」
「実際わしより強いしのぅ。いや本気陰陽術使っていいなら何とかなると思うんじゃが」
「ん、ユゥリンは強い。認めざるを得ない」
「強いっつか上手いんスよね。フェイント通じねぇッスし」
「ふへへ、嵐極拳士に同じ技は二度通用しませんからねぇ」
「でも私の魔力障壁は破れてないわよ。精進なさい」
「それはもうグーラさんの領域というか、堪忍してつかーさい」
「筋力、筋力ですよユゥリン」
彼女は自身の能力を有効活用し、俺達を支えてくれるという。
ユゥリンが考え、ユゥリンが決意した事だ。その想いを無碍にはできまい。
「ああ。よろしく」
「やりました。あぁでも前みたいに週何回も迷宮行くとかは嫌ですよ? 程々でお願いします。三食昼寝とおやつ付きで」
尖兵戦前もちょこちょこやっていたが、更なるレベリングが決定した瞬間である。
彼女はまだ最上級職になっていない。彼女の場合、一体どんなジョブが生えてくるのか、今から楽しみである。
「お姉ちゃん的にはもう戦いから離れて欲しい気持ちあるけど、クーシェンでの事を考えるとねぇ」
「私もそうかな。あ、ナッテとリンもそう言ってるよ」
チィレンとファリナさんは、家族の係累扱いだ。彼女達に害があった場合も、俺は犯人に報復できる権利を持っている。
二人も二人で色々あった人達だ。ユゥリンの意向には困惑しつつも賛成していた。
「なぁ、亭主殿」
そんな中、これまで黙って成り行きを見ていたシャーロットが口を開く。
本来の色に戻ったルーンの瞳で、彼女は真っすぐ俺を見ていた。
「アタイもユゥリンと同じだ。そういう身分になれるんなら、強くなる事に否はねぇ。亭主殿の負担を軽くするって意味でも、力をつけるんに越した事はねぇからな」
今現在、止まり木の学校を卒業した彼女は、ルーン使い代表として王都の学者相手にルーン関連のアレコレを教授しているそうだ。
それだけではない。シャロが属していたケナズ一族以外のルーン使い達ともお話し、王家主導で何かしらルーン関連のプロジェクトを進めているそうだ。
俺の知らぬところで、彼女は彼女に相応しい立場を得ているのだ。当初俺が促してた通り、彼女は立派に自立してみせたのである。
「ユゥリンじゃねぇけどよ、アタイにも皆を守らせてくれよ。ルーンとかはもう、アタイがいなくても何とかなってんだ。もうさ、アタイが居ねぇトコで家族が死ぬなんざ、嫌だからよ……」
そんな彼女は、これまで築いてきた立場より俺達との関係を優先してくれていた。
彼女は守ってもらう系ヒロインではない。どっちかというと、頼ってもらいたがる系ヒロインなのだ。
「その為に、色々やってんだぜ。今はまだ、言えねぇけど……」
ルーン・プロジェクトの話か。
曰く、淫魔王国に来てからずっとそれ関係の仕事をしているらしい。淫魔王国に来ているというのに、彼女は全く遊んでいないというのだ。
なお、彼女の護衛であるユゥリンは律儀に城内に籠っているらしい。変なところで真面目である。
「ああ。その気持ちだけでも嬉しいよ」
「いやマジで凄ぇんだって。今は何も言えねぇけど」
「だからリキタカさんから離れられなくなっちゃったんですよ。頭良い人って集まるとバカな事しがちですよねぇ」
「うるせぇやい」
そうだ。俺は俺なりにカッサ荒野の戦いで学んだのである。
本当に共有すべきは、報連相の次のこと。皆と一緒に同じ方向へ歩くのだ。“進む”ではない、“歩く”。少し止まるくらいが丁度いい。
家内安全の何と難しいことか。異世界まで来て、父の偉大さを思い知る事になるとはね。
「さて、明日はルクスリリアの実家に行く予定だったな。シャロも行こうな」
「なんも面白いモンないッスけどね」
「いやアタイは家畜の世話とかすんの好きだぜ」
「ラグニアさんの搾りたて牛乳、美味しいですよね~!」
家族の話でいうなら、お義母さんにもお話ししないとな。まぁ色々と伏せるけども。
しっかり挨拶して、頻繁に会って、いつか孫の顔も見せてあげないと。
家族仲は良いに越した事はないのだ。
そうして、俺達は淫魔王国で英気を養うのであった。
あと、久しぶりに大声出して楽しめたし、余は満足じゃ。
〇
秋と冬の中間になっても、俺は圏内と圏外を飛び回っていた。
相変わらず、圏外における魔物の攻勢は止まる事を知らない。
が、良いニュースもあった。フボール地方で観測された最後の特異個体が討伐されたのだ。名を“赤髭”。ミッド中央砦のデアンヌさんとその一党が倒したらしい。
これにてフボール地方の特異個体は全滅した訳だ。しかし、未だ“笛吹き”と名付けられた統率個体は討伐されていなかった。
例によって、フボール地方の戦線は一進一退の様相だ。
他地方に比べると被害は少ないらしいが、それでも全くのノーダメージとはいかない。俺一人が頑張ったところで、世界を救える筈などなかったのだ。
もうすぐ終わる。そういう希望を努めて強く抱くしか、健常な精神を保つ術はなかった。
「境目のあたりは真っ白だったのに圏外は雪降らないの何でなんスかね?」
「さぁ? そういうものなんじゃないの」
「中には常に雪降ってるとこあるらしいぞ。そこの戦線とかマジで地獄だろうな」
そんな中、覚悟を新たに再出発した俺達はカッサ荒野上空を飛んでいた。
迷宮化こそ解けたものの、未だ荒野に平和は戻っていない。相変わらずリポップする魔物はバカの一つ覚えみたいに砦を襲ってくるし、東西南北の砦を奪われては中央からの逆撃で取り返すをループしている。
けれども、ミッド平原よりはマシだと思った。本部の予測通り、あそこが最も過酷な戦場である。
「ん、視えた。今回は襲われてないね」
「そしたらラリスももっと軍隊寄越すじゃろ」
そろそろ夕方という頃、フライシュ侯爵のいるカッサ中央砦に辿り着いた俺達は、旗振り兵に迎えてもらって門を潜った。
ここの兵士とはすっかり顔見知りである。とはいえ物理的・精神的距離は保たれていた。イシグロ・リキタカなる銀細工は五月蠅くするとキレるという設定なのだ。
ちな、これら設定は各盟主とは共有済みである。この話をした時のアリエルさんは何故か上機嫌そうにしてたのが印象的だった。
「以前よりも兵士の数が少ないですね」
「遠征中でな。そろそろ戻ってくる。せっかくだ、門の近くで迎えよう。貴殿がいれば士気も上がる」
いつものように荷物を届け、いつものようにフライシュ侯爵にご挨拶。
現在は駐在兵が周囲の魔物を狩って回ってるらしく、帰還の合図を聞いた御当主様は自らお出迎え。俺達も同行する事に。
広い砦の門前広場で待っていると、門が開いてゾロゾロ兵士が戻ってきた。
彼等は一様に土埃に塗れ、心身共に疲弊しているように見えた。それでも上官に言われてすぐ整列したあたり、よく訓練されている事が分かる。
「ご苦労、諸君。先ほど淫魔王国から上質な牛肉が届いた故、本日はこれを肴に宴を行う。禊の後、広場に集合するように」
短い慰労の言葉の後、宴があると聞かされた兵士達は静かにテンションを上げていた。
実際、フライシュ家が守護する砦は料理が美味いのだ。というか砦ごとに飯の味付けに個性があるの面白いんだよな。前世、友達と海軍カレーを食べに行った思い出が蘇る。
「ん?」
なんて思い出に浸っていると、俺の敵味方反応レーダーに感があった。
すぅと心が冷えてくる。この砦の中に、俺に敵意を持った奴がいるらしい。
気付いた事がバレないように、目だけ動かしてソイツを捜す。ややもあり、見つけた。レノに耳打ちし、皆に情報共有してもらう。
エリーゼの魔力。イリハの仙氣眼。レノの透視。そんで俺のチートで答え合わせ。
確定だ。一般兵の姿をして、紛れ込んでいる。
今すぐ排除したいところ、一旦冷静になってフライシュ侯爵に報連相せねば。
俺がレノに目配せしようとした……その寸前のこと。
そいつと、目が合った。
どう見てもモブ兵だ。若い男だ。にやりと、邪悪に嗤っていた。
ポーチから何かを取り出している。ナイフのように見えるが、違う。それは毒々しい色の杭だった。
それが何の為の道具で、何をしたいのか分からない。だが、ロクなもんじゃないのは確定的に明らかだ。
「動くな!」
そうはさせない。俺はナイフホルダーから投擲特化短剣“熊鷹”を引き抜き【投剣】した。
銃弾より速く飛んだ短剣は狙い違わず敵兵の腕に突き刺さり、持っていた杭を取り落とした。
「拘束!」
兵士がどよめくより先に、仲間の魔法が放たれる。淫魔固有の束縛魔法。エリーゼの魔法鎖。陰陽術結界。天使のサイコキネシス。それらが敵兵の動きを縛り、逃げも自爆も封じてのけた。
跳び、迫る。唖然となってる兵士を押しのけ、眼前に。俺は収納魔法から一本の匕首を引き抜き……。
「ぐぎゃ!?」
そいつの腹に突き刺した。
幻影が解ける。フライシュ領兵に紛れていたソレは、魔導士っぽい服を着た猫又女だった。
「じゃ、ジャイムズ!? いや誰だお前!」
「退け! こいつは危険だ!」
言葉と威圧で兵士を下がらせ、痺れて倒れた猫又女を専用拘束具で確保する。
下手に攻撃すると覚醒してしまうかもなので、素早く且つ丁寧に。
「何事だ」
事態を見ていた侯爵が歩み寄ってくる。
俺は警戒を保ったまま立ち上がり、侯爵に同派閥所属を意味するジェスチャーを行いながら口を開いた。
「旧魔王軍です」
「ふむ、そうか。然るべきであるな」
戦場の無礼で耳打ちさせてもらい、情報を共有する。
彼は解放軍を僭称する魔王軍残党の事を知っているので、事情を説明したらすぐ納得してくれた。
「案ずるな。どうやら、下賤な野良猫が迷いこんだようだ。本物のジャイムズは何処に?」
「はっ! 私がジャイムズであります!」
兵士の事は侯爵に任せ、俺達は各々武器を下げて猫又を警戒する。
ここにきて、因縁のある旧魔王軍が現れたか。何とかバトル無しで捕らえる事ができたものの、危ないところだった。チート様様やでほんま。
「ほう、呪いによる拘束かニャ。なるほど道理で姉様達があっさり捕まった訳ニャ」
声がした。猫又だ。パチッと目を開け、牙を剥き出し嗤っている。
おかしい。猫又特効の麻痺付与に、王家謹製の拘束具だぞ。何故に目覚めて、何故に喋れる?
「だが、アテシには無意味だニャ~」
拘束できていない。そう悟った瞬間、俺の身体は第二案を実行していた。
俺は対魔族用武器である【対人棍・雷式】を取り出し、猫又の頭を潰そうとした。
まず外装を剥がし、中身を引きずり出して再度拘束する。それが出来なかったら殺害だ。
判断は早かった。実行もできた。結果として、猫又の頭は派手に潰れた。
だが、俺は魔族の性質を見誤っていた。
「此ぉ処ぉニャアアアアアアアアアアアッ!」
遅いとか早いとかではない。既に奴の行動は完了していたのだ。
漆黒の猫又は頭部を潰された状態で喉を震わせ、超音波めいた鳴き声を発した。
例えるなら魔物の咆哮。あまりの音量に砦の兵士は倒れ伏し、俺も一瞬硬直してしまった。
いや、音じゃない。この感覚、パイモさんが作ったプロトタイプの魔導通信機を作動させた時のような。
そう、魔力波だ。曰く、魔導通信機を使用すると、範囲内の魔物を呼び寄せてしまうという話だったが……いや拙いだろ。
「にゃあっはっはっはっはぁっ! にゃは! にゃは! にゃはははははは!」
「うるせぇええええ!」
何度も、何度も、猫又の頭を破壊する。
エリーゼに消し飛ばされても、グーラにすり潰されても、もう一度匕首をぶっ刺しても、猫又は不気味な笑声を止めなかった。
「にゃひ♡ アテシの勝ちニャ♡ クソゲス野郎♡ 死ね、速やかに」
次の瞬間、猫又の身体が爆発した。
慌ててバリアし、爆風で吹き飛ばされる。それ自体に大した威力は無かったが、爆心地に猫又の痕跡は残っていなかった。
「何か来る……上よ!」
エリーゼが声を上げる。遅れて、氷の手で心臓が握られたような感覚を覚えた。
とんでもない量の魔力反応。上空、砦の結界の先だ。見上げた視界いっぱいに、真っ白な光。
光が、落ちて来る。
「備えよ!」
侯爵の声が響いたと同時、カッサ中央砦が白く染まった。
轟音、衝撃。耳がキンとなって何も聞こえなくなり、頑丈なはずの砦が激しく揺れる。
砦を覆う結界に罅が入っていた。小さな亀裂が大きくなって、間もなく割れるだろう。
「エリーゼ! 防御だ!」
アレは受け流せない。阿吽の呼吸で集合し、予測着弾地点で上向きの防御結界を生成する。
エリーゼの“祝福”付き【魔力の盾】を軸に、ルクスリリアがクッション代わりの多重魔力障壁を生成。イリハの結界とレノの光力障壁で包み込み、俺が盾を構えて魔防バフスキルを展開し、グーラがエリーゼの背中を支える。
即席バリアが完成した瞬間、ガラスのように結界が割れ、光の柱が落ちてきた。
「うぉおおおおおお!?」
「こんなの無理ッスぅうううう!」
「大丈夫よ! 私の魔力は尽きないわ!」
光の柱を防御する。防がれた光が周囲に飛び散り、幾筋の線となって砦内部を破壊し尽くす。
まるで重力が何倍にもなったかのような感覚。ゴン太ビームを防いでたユニコーンの気持ちが分かる。
そんな時間が数秒続き、やがて光は収まった。
「皆、大丈夫か」
「何とかッス。腰痛いッスぅ……」
焼け焦げた盾を提げ、周囲を見渡す。砦の内壁はボロボロだったが、侯爵を含めて兵士は無事っぽかった。
「今の魔力は……」
呆然と、エリーゼが空を見上げている。
彼女の視線の先、赤く染まった空から、ヒトガタの影が降りてきた。
ゾクッと、チートに由来しない危機察知が俺の生存本能を揺り動かす。喉がヒクつく。横隔膜が重い。アレとは、波長が合わないという確信があった。
「戦いに値するようで安心したわ……」
音に蜂蜜を溶かしたような、美しい声が響いた。
側頭部から伸びる双角。左右一対の翼。滑らかで、それでいて金属的な鱗の鎧。紛れもなく、竜族の戦闘形態だ。
夕陽の逆光。双眸が光を放っている。翼を広げた竜族が、結界のあった位置からボロボロのカッサ中央砦を見下ろしていた。
「お母様……」
かすれた声で、エリーゼが呟く。
心臓が跳ねる。母親? あの如何にも魔王軍幹部っぽい奴が?
俺の驚愕を置いて、竜族は兜を魔力に還して素顔を晒してみせた。
「久しぶりねぇ、エリーゼ」
銀色の髪が風に舞う。
その顔は、とても美しかった。客観的にアリエルさんと同じくらい。けれども、俺の性癖とは無関係に、全く魅力のない顔に見えた。
心は顔に表れる。その言葉の意味が分かった気がした。
「ふぅん。奴隷に堕ちた身で、随分と着飾らせてもらっているようじゃない。男のくせに、貴女の主人はお人形遊びが好きなのかしら?」
「お母様、何を……?」
母と呼ばれた女は、娘であるはずのエリーゼを、温度のない目で見下ろしていた。
いや、そもそもアレは本当にエリーゼの母なのだろうか。娘と再会した母親があんな顔をする訳がない。
親は子供を愛するものだ。ネグレクトされていたと聞いているが、大なり小なり親子の情は残っていて然るべきだろう。
なのに、エリーゼを見るあの目は何だ。正の感情どころか、負の感情さえ宿っていない。愛も憎しみもない、あの瞳は何だ。
「最後の親孝行よ……」
宝銀竜、テレーゼ。
銀竜剣豪ヴィーカの娘にして、“祝福”の権能を持つ銀竜一族の才媛。
銀の髪の女は、腰の剣を引き抜き、その切先を娘に向け……。
「死になさい、エリーゼ」
………………。
…………。
……。
「……は?」
戦場になった砦で、死の脅威を前に、義母の言葉を聞いた時。
俺は、頭が、真っ白になった。
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