【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

255 / 322
 感想・評価など、ありがとうございます。皆様の反応が執筆の励みです。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 前半一人称、後半三人称です。
 よろしくお願いします。


母、娘、そして(下)

 紛れもなく、ロリコンは“悪”である。

 何故なら、世の大多数の人がロリコンを不快に思うからだ。

 経歴も精神性も関係ない。ロリコンの存在はマトモな人を不快にさせる。

 

 古今東西、大多数の誰かが不快に感じる人や物事が社会的な悪とされるのだ。

 残念ながら当然に、正義と悪は対立軸にないのである。

 

 俺はロリコンだ。俺は俺の悪性を自覚しつつ、努めて遵法精神を保ち、恥の多い生涯を送っていたと思う。

 現代日本は生きづらかったが、生きづらいなりに楽しんでいた。同じくらい、生きてる事を申し訳なく思っていた。

 

 ロリコンは悪だ。そして、俺の存在は不特定多数の健常者を不快にさせる悪人だ。

 俺の本性を知ったらば、多くの人が俺を嫌う。そうであるべきだ。俺みたいなのが許容され得る社会など、どこか何かがおかしいのである。

 

 それでも……。

 そんな俺でも、こんな俺ですら、吐き気のする“悪”は分かる。

 吐き気のする“悪”とは、子供を大切にできない者の事だ。

 

 前世、幾度となく報じられていた。

 児童虐待。児童誘拐。いじめ問題、それを隠蔽する大人達。夏場の車内に子供を放置したという事件を知った時など心底内臓が凍った。

 そんな大人が世間には大勢いて、正義面して美徳を語る。相も変わらず世の中クソだな。

 

 中でも、子供を愛さない親。

 これはもうヒトとして欠陥があるとしか考えられない。

 そんな奴に親になる資格はない。誰が何と言おうが、これだけは間違いない。

 

「お前なぁ……」

 

 宝銀竜テレーゼは、ヴィーカさんの娘であり、エリーゼの母である。

 彼女はエリーゼが一〇歳になる前に、娘の前から姿を消した。育児放棄したのである。

 貴人の価値観なら、何の問題も無いのかもしれない。竜族の生態なら、文化なら、弱い子は見捨てて当然と考えるのかもしれない。

 だが、愛は与えて然るべきだった。

 

 愛されて生まれ、愛を失った悲しみを。

 あの日のエリーゼの冷たさを、誰が最初にもたらしたか。

 この女は、自覚しているのだろうか。

 

「ライン越えたぞ……今」

 

 まして、あろうことか、言うに事かいて、実の娘に「死ね」と言う。

 ムカつくとか、腹が立つとか、最早そういう次元の話ではない。

 瞬時に、際限なく、俺の精神は憤怒に侵略された。怒りが振り切れて冷静になり、再度怒りが心を乱す。

 やがて最適な戦闘思考さえ覚束なくなった……その時だ。

 

「お母様、仰る事の意味が分かりませんわ」

 

 凛とした声が聞こえた。

 エリーゼだ。俺達の先頭に立ち、王笏を地面に突き立て、銀の髪をなびかせる銀竜は真っすぐに母と相対していた。

 そんな彼女の気高い姿を前に、俺はようやっと冷静さを取り戻した。

 

「聞こえなかったかしら? この母が命じたのよ」

「ええ、その意味が分からないと言っているのです」

 

 母娘で睨み合っている間に、冷静になった頭で状況把握を行う。

 カッサ中央砦の城壁に、宝銀竜テレーゼが舞い降りた。猫又の後に現れたあたり、旧魔王軍の関係者である可能性が高い。

 俺のすぐ近く、グーラとイリハとレノは宝銀竜を見上げて硬直していた。堂々と仁王立ちするフライシュ侯爵はじっと状況を窺っており、砦の広場では気絶した兵士が倒れている。

 一方、ルクスリリアは笑っていた。笑って、テレーゼの方を見ていた。だが、いつもの笑顔じゃない。本来、笑みとは獣の威嚇に由来するって説を思い出す笑顔を浮かべていた。

 我が一党も、砦の人達も、皆してテレーゼを見上げていたのだ。

 

「今の私は銀竜一族(ミラヴィーカ)のエリーゼではありませんし、見たところお母様もそうなのでしょう? 旧魔王軍の手先風情に、イシグロ・リキタカの奴隷である私が従う道理はありませんわ」

「貴女に命を与えたのは誰か、忘れたのかしら?」

 

 銀色の母娘が注目を集めている。

 直感だった。この状況、敵からしたら奇襲の好機なのではないか?

 警戒し、索敵する。大規模魔法の残滓、台風のような魔力の揺らぎ。兵士の呻き、砦の軋み。瘴気を含んだ風が吹く。

 瞬間、俺の脳裏に過去一の警鐘が鳴り響いた。

 

「エリーゼ!」

 

 言うより早く、エリーゼを突き飛ばす。同時、危険を感じた方に盾を構える。

 衝撃。ガードが崩れた。いや、違う。盾が真っ二つになったのだ。僅かに貫通した刃が、俺の上腕を斬った。傷は浅い、全然動ける。

 

「らぁ!」

 

 痛みをこらえ、空いている手で【剛掌波】を発動。見えない下手人にカウンターヒット。敵を吹き飛ばした手応えがあった。

 

「アナタ……!?」

「問題ない」

 

 見事に壊れた盾を投げ捨て、自前の治癒魔法で傷を癒やす。

 視線の先、魔法由来と思しき透明化が解けていく。

 ふわりと、銀色の髪が舞い上がった。

 

「勘がいいのね。あの蛇とは大違い……」

 

 漆黒の刀を提げた、女剣士だった。

 身長は俺と同じくらいだろうか。身体のラインに沿った黒い鎧を纏って、頭から竜族の角が生えている。両眼を覆う装甲には、先ほど俺が付けたと思しき罅が入っていた。

 やがて、硬質な目隠しが落ちた。

 

「え……?」

 

 夏空のような深い青の双眸。月光を束ねたような銀の長髪。陶器のように白く滑らかな肌。

 そうして露わになった面貌は、エリーゼそっくりだった。

 彼女が大きくなったらこうなるだろう。そんな姿形をしていた。

 

「合格よ。良い経験値(・・・)になってくれそうじゃない」

 

 一転、上機嫌そうなテレーゼの声がした。

 銀髪の竜族に挟み撃ちされている構図だ。

 

「その子はレギーナ。やがて銀竜剣豪をも超える最強の竜族。貴女なんかと違って生まれてすぐに翼で飛べたし、銀竜剣術も修めているわ。自慢の娘よ」

 

 レギーナと呼ばれた女が漆黒の刀を構え直す。無言のまま、臨戦態勢を整えていた。

 何となく、理解った。テレーゼに背を向けながら、首を捻って睨み上げる。

 笑顔の女がいた。しかし、内心穏やかでない事は顔色を見れば一目瞭然だった。目が笑っていないのだ。

 嘆息ひとつ。凍った空気の中、口を開く。

 

「……要するに、アレだろ。差し詰め旧魔王軍の技術でエリーゼ複製した感じか。楽園計画と繋がってんのかね。ヴィーカさんがそういうの許すとは思えないし、銀竜全体の意向って訳でもないんだろう。んで上に媚び売るのに俺か砦を陥としに来て、ついでに娘も始末しようってか。控えめに言ってクソ女じゃんね」

 

 振り返りつつ無銘を引き抜き、母が娘にそうしたようにその切先を突き付ける。

 俺の発言に、テレーゼは表情を歪め、すぐに余裕げな笑みを取り繕った。

 剣呑な空気が、カッサ砦に充満する。

 

「いいわ。どうせ、ここで死んでもらうつもりなのだし……ねぇ!」

 

 言ってテレーゼが巻物を取り出し、バッと展開してみせた。解かれた巻物が発光した次の瞬間、光は俺の身体に巻き付き、魔力的に縛り上げた。

 痛みはない、危機察知も反応しない。剣で斬れなかった。光が消失した後、ただ違和感だけが残った。

 

「やりなさい、レギーナ」

 

 そして、緊張の糸が千切れ飛んだ。

 敵も味方も一斉に動き出す。エリーゼが母に魔法を撃ち、テレーゼが娘からの攻撃を避け、レギーナが俺に襲い掛かってきて。フライシュ侯爵が砦の兵士に号令を発した。

 乱戦開始である。

 

「クソ!」

 

 黒騎士の刃を受け止める。その時、違和感の理由に思い至った。

 危機察知チートが機能していない。軌道予測も、モーションアシストも、それら皆と共有しているチート全てが無効化されている。

 

「邪魔……!」

「うお!?」

 

 一瞬の動揺を突かれ、剣ごと弾き飛ばされる。黒の剣士はグーラのジャンプキックを【受け流し】、続く鎌と光弾を避けていた。尋常ではない反応速度。その刃はどれも理想的な軌道を辿っていた。

 案の定、チートを切られた皆の動きはぎこちなかった。

 

「ははははは! 下等種族が! たかが異能で調子に乗るからそうなるのよ! ついでにこれもプレゼントするわ!」

 

 上空に飛んだテレーゼが指パッチンすると、彼女の周囲に生じた魔法陣から魔物が出現した。その数、いちにーさんしーとにかく沢山。

 いつぞやの人工魔物だ。そいつらは広場に着地すると、気絶している兵士に襲い掛かった。動ける騎士が押し止めようとするも、人工魔物の装甲が騎士槍を弾く。

 

「決闘をしましょう、エリーゼ。門の外までいらっしゃい。潔く自裁できないなら、母が手ずから殺してあげるわ」

 

 金色の魔弾で門を破壊し、テレーゼはわざわざ門を潜って出て行った。

 砦中、怒号と悲鳴が溢れている。遠征帰りの兵士は疲れた身体に鞭打って使命を全うしていた。

 

「全く隙がないのじゃ!」

「ん、すばしっこい! 慣性無視してる!」

「速いだけです! 功夫は然程でも!」

 

 その間も、俺達はレギーナの剣を凌いでいた。

 六対一だというのに、俺達の誰も黒騎士を捉えられなかった。これまで共有していたチートが使えないというのもあるが、何よりレギーナが速過ぎるのだ。

 

「ちっ、ハエかトンボかゴキブリか……!」

「言い方……」

 

 レギーナの鎧は竜族鱗鎧ではない。恐らく人の手になる防具だろう。しかしその翼はヴィーカさんを彷彿とさせるオリジナル形状で、その性能はあからさまにスピード特化だった。

 それだけではない。彼女の動きには緩急というものがなく、加速の過程も無しにトップスピードを維持している。前後に動く際も常に最高速なのだ。

 加えて言うと異様に眼が良く、レノの圧縮光弾さえ見てから回避される始末。あの目、両方とも魔眼だ。

 

「何で今の避けれんスか!」

「無月流と嵐極拳を信じるのじゃ!」

 

 アイテムボックスを探ろうにも、それすら縛られている。

 頼れるのは無銘と銃杖。各種アサシンナイフのみ。対竜族用に保管している呪具さえ使えればもっと上手く立ち回れただろうが。

 

「甘いわ小娘!」

「ぐっ……!?」

 

 その時だ。レギーナの翼が弾け飛ぶ。フライシュ侯爵がレギーナにバックアタックを当てたのだ。しかし瞬きの後に翼は完全再生していた。

 三秒六合。竜と刃を交えた侯爵は、敵の反撃に合わせて瞬時に退避した。追撃せんとするレギーナにルクスリリア達の魔法が殺到する。

 

「時間がない故、端的に話す。現在、カッサ砦は先の大攻勢と同じく魔物に包囲されている。しかれど、当方にはこれを打破する策がある。問おう、貴殿に英雄となる覚悟はあるか」

 

 唐突な問いだった。

 真剣な目だ。迷っている時間はない。

 

「はい。それが皆を守る為なら」

「了解した」

 

 フライシュ侯爵が地に石突を叩きつけた。

 思い切り息を吸って、そして。

 

「籠城する! 皆、剣を持って抵抗せよ!」

 

 うぉおおおおおお! 騎士と兵士が声を上げ、今ので気絶していた兵士が起き上がった。

 その時、レギーナは何故か動きを止めていた。刀を構えつつ、不思議そうに首をかしげている。

 

「撤退ではなく!?」

「うむ。すまんが、あの娘は余には荷が重い故、足止めを頼む。倒してしまっても構わんぞ」

 

 言うなり、フライシュ侯爵は人工魔物に突貫した。展開が早くて置いてかれそう。だが逡巡している暇はない。

 貴族の命令に、部下は迅速に応えていた。騎士の指示が引っ切り無しに響き渡り、動ける兵士が動けない兵士を邪魔にならない場所に運んでいた。

 

「私がお母様を止めに行くわ」

 

 黒騎士を足止めしている最中、同じく魔法を撃っているエリーゼが耳打ちしてきた。

 母が申し込んできた決闘を受けようというのだろう。しかしあまりにも怪しい。向こうにはエリーゼを殺す策があるに違いない。逆に無かったら笑う。

 

「待て、黒いの殺してから囲んで棒で叩こう」

「さっきの光を落とされたら、今度こそ終わりよ」

 

 砦の結界は張り直されているが、例の攻撃をされては二の舞になってしまう。だから釘付けにしなければならない。

 

「なら、せめて二手に分かれ……」

 

 その時だ。エリーゼの瞳を見て、俺は言葉を失った。

 すぐ近くで、世界一凛々しい少女が微笑んでいた。

 

「大丈夫よ。私を信じなさい」

 

 さっき攻撃してたとはいえ、娘に母を殺させる事になる。

 そんな俺の憂慮はお見通しだと、彼女の目は雄弁に語っていた。

 俺より、よっぽど覚悟が決まっている。

 

「行け、エリーゼ」

「ありがとう」

 

 凛、と。鈴の音を響かせて、青白い魔力翼を展開したエリーゼは、テレーゼに壊された門へ飛んで行った。その直線移動は極めて速い。

 そんな彼女を、当のレギーナは無視していた。ここにいる全員、外に逃がさず立ち回っていたのに。

 

「いいのか」

「お母様が、そう言ったもの……」

 

 五対一になった。今まで足止めしかできなかったので、現状かなり不利である。

 改めて思うが、この娘は立ち回りが上手い。イリハに大陰陽術を組ませず、常にレノの射撃を警戒し、ルクスリリアとグーラの攻撃を的確に対処している。

 例えチートが残っていても、タイマンじゃ負けるだろうな。

 

「配慮に欠ける質問で申し訳ないけどさ。君、虐待されてない?」

 

 なので、口で攻撃させてもらう事にした。

 ちょっと、いやかなり心が痛むが、訊かずにはいられなかった。

 

「虐待って、なに?」

 

 ルクスリリアの不意打ちを回避し、無表情で返してくる。

 

「理不尽に怒られるとか、ちょっと失敗しただけで叩かれるとか、過剰な勉強とか運動を強いられるとか……」

 

 すると、レギーナは黙った。

 そこにグーラの爪撃が迫り、彼女は正面から受け止めた。炎の爪と黒の刀が鍔迫り合う。

 

「……愛されている、と思うわ。私は、そうあれかしと造られたのだから」

 

 グーラの攻撃をいなし、隙を突いて迫る光力を首を捻って回避。迫る陰陽術を切り裂いた。刀身に青紫の魔力が纏われている。あの魔力、遠隔攻撃全般を斬るのか?

 

「エリーゼのようにさせず、アヴァリより強く、ヴィーカのように。完璧な、最強の銀竜になるべくデザインされた、そうじゃないと、お母様の心が壊れてしまうから」

 

 黒騎士の手のひらに、青紫の魔力が凝集する。

 それは、エリーゼの“呪詛”に似た魔力だった。

 

「私はお母様の幸せの為に生まれてきたのよ。だから、お願い……」

 

 事もなげに大魔法を放ってくる。見間違えようもない、あれは【魔導極砲】だ。

 回避する。背後、砦の壁にぽっかりと穴が空いていた。爆発も破砕音もしなかった。破壊と言うより、被弾箇所だけ消されたかのような。

 

「殺す気で戦って」

 

 凄まじい剣の腕に、異常な程のスピード。無詠唱魔法に、あまつさえ仮定極悪権能ときた。

 これ、俺のチートよりよっぽどイカレスペックじゃないか。

 

「ああ。だいたい分かった……」

 

 だが、やりようはある。やれるかどうかじゃない、やらねば。

 剣を構え直す。モーションアシスト無しの戦闘は常々練習してきた。それは皆も同様だ。こうも戦えば、いい加減慣れてくる。

 パターンも見えてきたしな。

 

「外へ行こうぜ。ここじゃ物が壊れる」

「うん、分かったわ」

 

 素直だった。

 

 

 

 

 

 

 落ち往く夕陽を背に、砦を見下ろす位置で滞空する宝銀竜は翼を広げて佇んでいた。

 眼下では大量の人工魔物が整列しており、彼女の周囲には飛行可能な魔物が回遊していた。

 全て、宝銀竜の指揮下にあった。

 

 やろうと思えば、今すぐにでもカッサ中央砦を陥落させる事はできる。

 先の大規模魔法を叩き込み、全ての手駒を送り込めばイシグロもエリーゼも倒す事ができるだろう。

 だが、そうはしない。何故なら、テレーゼには目指すべき野望があるからだ。その為には愛する娘であるレギーナの成長が必要で、成長には良質な実戦経験が不可欠だからだ。

 難しいからといって、何でも母がやってしまうのは子供の為にならないのである。だからこうして、親らしく見守っているのだ。

 

「ん?」

 

 その時だ。カッサ砦の城門から飛び出た閃光が見えた。

 青白い魔力翼。流れる銀の髪。エリーゼだ。どうやら、飛べるようになったのは本当の事だったらしい。

 

「噂は聞いているけれど……」

 

 常のように抑える事をせず、莫大な魔力を垂れ流しながら迫ってくる。今度はきちんと言う事を聞く気らしい。

 エリーゼは魔法を使えない欠陥品だった。奴隷に堕ちた現在はラリスが編み出した技術で魔導士ごっこをやっているらしい。

 実に、情けない。道具に頼らねば戦えないなど、銀竜にあるまじき醜態である。竜族とは、奉仕種族たる翼竜族が献上する武器を振るい、自前の鱗鎧を纏って戦うのが伝統であり誇りなのだ。

 テレーゼ視点、今のエリーゼは玩具の剣を振り回して遊ぶ幼児にしか見えていなかった。

 

 遠間である。エリーゼが杖を向けてきた。王笏めいた杖に莫大な魔力が籠められる。

 受けて立とう。テレーゼは人差し指を向けて【魔力の盾】を展開した。力の差を見せつけるよう、“祝福”を籠めて。

 

くたばれ(・・・・)……!」

 

 一条の光線。【魔導極砲】が解放される。

 次の瞬間、青白い奔流が黄金の魔力障壁に激突し、見事に防いでみせた。

 受け止めた。しかし、違和感があった。思ったよりも威力が高いし、【魔力の盾】の表面が解れている。

 

「え? ちょ……!?」

 

 ヤバいと思った次の瞬間には、竜族権能を纏わせた魔力障壁がガラス窓のように破砕されていた。

 何だ、今のは。威力も然ることながら、ただの魔法ではなかった。量ではなく、質。尋常ならざる魔力。攻撃的で、支配的で、“祝福”を貫通する程の圧倒的な威があった。

 あれは、まるで……。

 

「お忘れですか? 私はお父様の娘でもあるのですよ?」

 

 にやりと、エリーゼは竜族らしい笑みを浮かべていた。

 

「貴女、アヴァリの権能を継いでいるの!?」

 

 欲しても得られなかった力を前にして、テレーゼの頭は大いに混乱した。

 誰あろう、エリーゼはアヴァリの子なのである。権能を継いでいてもおかしくはなかった。なら、何故もっと早く発現しなかったのか。

 

 傲魔竜アヴァリ。もう二度と会えない、テレーゼの心を裏切った男。

 感情が振り切れる。強いて封じていた記憶が蘇る。

 

『我々が愛さずして、誰があの娘を愛するというのだ。仔を守るのは親竜の務めであろうが』

 

 世界が反転する。愛が憎に変わる。

 振り切った過去が、追い掛けてきた。

 

「貴女まで私を裏切るの!?」

 

 翼を広げて相対した母娘は、ノーコン同士で魔法弾幕戦を開始した。

 盾は役に立たない。宙を掴み、回避する。一瞬の隙を見てとったテレーゼは、“祝福”を籠めた魔法を撃ち返した。

 決して砕かれぬ魔弾だ。“呪詛”ほどの攻撃性はないが、充分な威力がある。

 

「防御は、こうするのよ!」

 

 テレーゼ渾身の魔法を、エリーゼは“祝福”を籠めた【魔力の盾】で【弾き返し(パリィ)】た。

 見せつけるように、あまりにも容易く。

 

「何よソレ! 冗談じゃ……!」

 

 エリーゼは、父の権能を持っている。

 エリーゼは、母の権能まで持っていた。

 鱗も翼も力もなかった娘は、鱗の代わりに父母の力を継いでいたのだ。

 

「どういう事!? 何で今になって権能を? それなら私だって愛してあげたのに! 今さら銀竜一族になんて戻れないのよ!」

「結構です。世界一の主人に見出されましたので」

 

 ミドルレンジ。空中で舞い踊るように魔法を撃ち合う。例えるなら、大会用の打ち上げ花火を互いに向けて一斉掃射しているような光景だ。

 エリーゼの手札は単調だったが、その全てが強力無比であった。徐々に、徐々に、テレーゼの択が狭まっていく。

 流れ弾が魔物にヒットし消し飛ぶが、誰も何も気にしていなかった。命令あるまで待機なのである。

 

「ぐううううう!」

 

 魔力は精神の影響を強く受ける。動揺したテレーゼは元の戦闘力を発揮できていなかった。

 すると、どうなるか。本性が表れる。

 

「その女を押しつぶせ!」

 

 魔法戦などやっていられない。テレーゼは周囲の魔物に指示を出し、それら全てに“祝福”を添加した。

 無敵の軍勢だ。先ほどまで不動だった魔物が宙を舞うエリーゼに殺到する。

 

「無駄なこと……」

 

 月光の翼を羽ばたかせ、エリーゼは瞬間移動めいて退避した

 そして、腰の小剣に手をかける。柄を握った瞬間、強く光った剣は王笏へと変じ、エリーゼは二挺となった魔法触媒を構えてみせた。

 

消えなさい(・・・・・)……!」

 

 禁断の【魔導極砲】同時撃ち。触れれば即死の破壊光線がローリングしながらぶっ放された。余波を受けた空の魔物はあっさり墜落し、直撃した地上の魔物は肉片一つ残さず消滅。

 その光景を、追撃せんと魔力を練っていたテレーゼは呆然と眺めていた。

 

「り、リギウの偽宝剣……!?」

 

 宝銀竜は、その剣の名を知っていた。

 父が持っていた深域武装だ。成竜祝いの際、強請っても貰えなかった宝である。

 だのに、何故にエリーゼが持っていて、あまつさえ実戦で使用しているのか。もっと大事に保管すべきではないのか。馬鹿な娘、宝の価値を分かっていない。

 

「これですか? お祖父様からお譲り頂いたのですよ」

「なぁ!?」

 

 大口を開けて驚愕するテレーゼ。

 やがて、般若の如き表情になった美貌の銀竜は、全身から剣呑な魔力を迸らせた。

 

「ふざけるんじゃないわよ!」

 

 甲高い怒声。新たに人工魔物を召喚し、エリーゼに突っ込ませる。

 次いで剣を構え、突貫した。テレーゼは淑女の嗜みとして銀竜剣術を修めているのだ。

 

「まぁそう来ますわよね」

 

 だが、ヴィーカ流剣術を習っていた訳ではない。

 魔力の起こりを察知したエリーゼは、師の教えの通りタイミングよく【斬滅の魔導剣】を振るった。

 

「ぐぁ!?」

 

 衝突し、反発した。破壊特化の近接魔法が宝銀竜の宝剣を破壊し、母は娘に地に堕とされた。

 大地に墜落したテレーゼは咄嗟に上空を見上げた。そこには、青白い魔力翼を広げる銀竜令嬢の姿があった。

 

「お労しいですわ。お母様……」

 

 砦での構図と逆だった。

 この段になって、テレーゼは自身の劣勢を認めざるを得なかった。

 翼も権能も深域武装も、そんなの聞かされていない。こうも娘が強かったなら、全部レギーナに任せていたのに。

 

「れ、レギーナ!? 何処にいるの!」

 

 見れば、いつの間にかレギーナは砦の外で戦っていた。

 どういう訳か、イシグロ達は防御に徹しているようだった。レギーナの攻撃を見て、凌ぎ、全く攻めていない。

 何故、まだ決着がついていないのか。人間の男とその奴隷など、銀竜なら圧倒して然るべきだろうに。

 

「何をしているのレギーナ! 此方に来て、母を助けなさい!」

 

 レギーナが此方を見た。瞬間、イシグロ達は一気呵成に責め立て、黒騎士の離脱を阻止し始めた。

 金髪の淫魔がこっちに振り向いてベーッと舌を出していた。テレーゼは下等種族の煽りに更にもう一周分ブチキレた。

 あの男、エリーゼに親殺しをさせるつもりなのだ。

 

「私のそっくりさんはお強いようですけれど、お母様は鍛錬不足でなくって?」

 

 言いながら、エリーゼは上から下に“呪詛”の籠った魔法を撃ち下ろしてきた。

 テレーゼにとって、アヴァリの権能は天敵である。防御は意味を成さない。一度でも当たれば再生が阻害されるのだ。

 それこそ、羽虫のように逃げるしかなかった。

 

「……愛する主人の下、私はずっと鍛えてきましたわ。友と切磋琢磨し、リンジュの道場で剣術を習い、そうしてお祖父様に認めて頂いたのです」

 

 拘束魔法がテレーゼの脚に絡みつく。動きが止まる。迫る魔法を防御する。テレーゼの守りが壊されていく。

 

「お祖父様に認めて頂きたいのなら、それは自分で叶えるべきでしょう。お母様こそ、銀竜失格ですわ」

「違う! 私は認めてほしいなんて思ってない……!」

 

 娘の煽りに、母はカッとなって言い返した。

 瞬間的に魔力を暴発させ、拘束も追撃も跳ね除ける。両手を合わせ、【魔導極砲】を充填した。

 エリーゼもまた、一本になった王笏で【魔導極砲】を構えていた。

 二条。古の究極魔法が衝突する。だが……。

 

「魔力の桁が……」

 

 生まれつき魔法を使えないエリーゼは、触媒に装填された魔法を使用する。そうせざるを得なかった。

 彼女の王笏に込められた【魔導極砲】は、王都一の魔工師が一日に一回しか使用できない程の魔力消費度外視仕様である。それをエリーゼはクールタイムが終わる度に発動できるのだ。加えて“呪詛”という害悪デバフ属性まで付与可能である。

 そんな魔法と、キレて放ったヤケクソ魔法。

 

「違うのよ……!」

 

 どっちが勝つか、自明であった。

 

「うわぁああああああ! 痛い痛いぃいぁあああああ……!」

 

 魔法を正面突破されたテレーゼは、ロクな魔力障壁もなしに【魔導極法】の直撃を食らった

 反射的に自身を“祝福”してダメージの大部分を逃がしたものの、彼女の誇りであった竜族鱗鎧は爆発反応装甲めいてパージされてしまった。“呪詛”の権能が鱗鎧の再生成を阻害する。

 ふわりと、気を失った。翼の制御を手放したテレーゼは、脳天から不時着した。

 

「今のうちに殺してあげますわ。お母様、どうか安らかに……」

 

 冷血竜族が呟く。エリーゼは王笏を構え、次なる魔法を行使した。

 心臓を穿つ、致死の魔法が発射される。

 

「そんなウソでしょう……?」

 

 瞬間、意識を取り戻したテレーゼは、自身の心臓を壊すべく迫る魔法を見るでもなく眺めていた。

 死ぬ。心臓があれば不死身の竜族が、娘に心臓を壊される。そんなのあまりに酷いではないか。理不尽で、不公平だ。そうでなくとも、“呪詛”は竜族の身体さえ蝕むというのに。こんな事なら、アヴァリの反対を押し切ってでも幼竜の時分に間引いておくべきだった。

 致死の魔法が眼前にきて、そして……。

 

「お困りのようニャね~」

 

 不可視の障壁が、エリーゼの魔法をかき消した。

 気づけば、テレーゼの目の前に見知った人影が立っていた。猫耳で、三本の尻尾を生やした呪術師の女が。

 やがて、気を持ち直したテレーゼは会心の笑みを浮かべた。

 

「や、やった! よくやったわね! 助かったわ! レギーナが来るまで援護なさいな!」

 

 エリーゼは追撃の魔法を撃ち続ける。その全てを猫又の障壁は無効化していた。

 

「えぇ~。それ面倒じゃないかニャ?」

「貴女と私が組めば勝てるのよ! 貴女は馬鹿なんだから、大人しく言う事を聞きなさい!」

「そっちがニャ~」

「……え?」

 

 振り返った猫又。その手に、毒々しい色の杭があった。

 そして、その杭をテレーゼの腹に突き刺した。

 ドクンと、銀竜の心臓が跳ねる。

 

「え? え? なに、これは……痛くない!?」

 

 杭はテレーゼの腹に埋没していき、やがて一体化した。衝撃で心臓を抑えるテレーゼに対し、猫又はニヤニヤと嗤っていた。

 

「はぁ~、今の今までど~れだけお前の我儘に振り回されてきたことかニャ。やれアレが欲しいだのコレが欲しいだの。無能のくせに有能ぶって、ほんっとウザかったニャ。それによくもまぁアテシの前で毒親かましてくれやがったニャ。まぁでも苦労してきただけあって、お釣りが出るくらいの成果ニャね~」

 

 銀竜の目から、美女の口から、鼻から耳から股ぐらから……。

 テレーゼの全身から、赤黒い泥が進出する。それはやがて大地に広がっていき、周囲の魔物を飲み込んでいった。

 

「さぁさぁ皆様ご覧あれってニャ♡」

 

 二挺杖になって激しさを増すエリーゼの追撃を無効化しつつ、自らも泥に呑まれながら、漆黒の猫又はリンジュ歌劇のように両手を広げた。

 カッサ砦へ、イシグロ・リキタカへ、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィアだった女へ。

 世界へ、自身の作品を自慢していた。

 

「真なる銀竜の御登場♡」

 

 泥が収束していく。テレーゼと猫又、それから魔物の群れが消失する。巨大な泥玉は心音を響かせ肥大化した。

 やがて、卵の殻が割れるように、泥塊に亀裂が走る。

 

 脚が、腕が、翼が飛び出る。

 頭が這い出て、殻を破って咆哮した。

 

 それは、一頭の魔龍だった。

 穢龍ミヅチとは全く異なるシルエット。太く強靭な後脚に、細く長い前脚。自身を覆えるほど広い翼に、長く伸びた首と尻尾。

 銀の鱗を纏いし、双角の人工銀竜。牙を剥き出し、嗤っている。その全身は、余すところなく“祝福”されていた。

 

「さぁ、共に復讐を成そうニャ……♡」

 

 猫又の声が響く。

 銀龍の口に、尋常ならざる光が灯る。

 破壊の魔力だ。“祝福”の権能が付与された黄金の光である。

 

「記念すべき第一射♡ ド派手にいくニャアアアアア!」

 

 龍の息吹(ドラゴン・ブレス)である。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
 ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
 作者のやる気に繋がります。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551



 こっちも投げてくれると喜びます。

 X(旧ツイッター)はじめました。よければフォローしてやってください。
 更新通知とか、更新の予告とかします。

https://twitter.com/iraemaru



 手駒無しテレーゼは一年目夏のイシグロ(フルチート状態)でも倒せるくらいの強さです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。