【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。感想こそ執筆の燃料でございます。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称。
 よろしくお願いします。


蒼の瞳、虹の扉(上)

 龍の息吹(ドラゴンブレス)とは、魔龍に共通する必殺技の総称である。

 瞬間的に体内魔力を循環し、口腔内で圧縮させて放つ、魔法とは別枠の種族固有能力。魔龍を人類の脅威たらしめる最大の要因である。

 その威力たるや城壁のない町なら一撃で塵芥に還す程。あまつさえ、仮称・銀龍テレーゼの息吹には、本来あり得ざる権能――“祝福”が付与されていた。

 

「発射♡」

 

 臨界の閃き。刹那の静寂。破壊の権化が今、解き放たれた。

 耳を劈く轟音。反動で銀龍の身体が後退する。解放された黄金魔弾は音の壁を超え、城門目掛け切迫した。

 

守りを(・・・)!」

 

 凛。魔力翼を輝かせ、迸る息吹の眼前に瞬間移動したエリーゼが【魔力の盾】を張り【弾き返し(パリィ)】を試みる。

 が、如何なエリーゼにも限界はあった。過剰に堅牢な盾であれど、極めて強力な権能があれど、出力の桁が違う攻撃を完全に防ぐ事など不可能である。

 

「ぐぁ!」

 

 爆発めいた刹那の衝突。息吹をガードしたエリーゼは盛大にノックバックし、カッサ砦の城門に強か叩きつけられた。

 結果として、砦は守られた。エリーゼの献身により龍の息吹の軌道が逸れて、結界上部の擦過に止めたのである。しかし砦の防御は剥がされ、ドーム状に展開された結界は息吹一つが掠めただけでガラス窓のように砕け散ったのである。

 まさに、危機一髪。もう一度やって再現できるものではなかった。

 

「おっとと、ちょっと圧縮し過ぎたかニャ。リミッターかけないと自滅しちゃうニャこれ。空中で撃ったら最悪墜落しちゃうかも~」

 

 地割れのような轍を刻み、息吹を撃ち終えた銀龍は歯や鱗の隙間から蒸気を漏らしていた。

 銀の鱗が夕陽に染まる。輪郭は陽炎に揺れ、太陽の逆側を色濃い影が覆っていた。影の中、真っ赤な瞳が輝きを増す。

 その威容、まさしく邪龍であった。

 

「「お母様……」」

 

 そんな姿になり果てた母を、娘達が呆然と見上げていた。

 空中で立ち尽くすレギーナの前、イシグロ達も事態を把握すべく集合していた。すぐにでもエリーゼの下に馳せ参じたいところ、漆黒の剣士の動向を警戒して動けなかった。

 

「レギぃーナぁ?」

 

 未だ熱を発している銀龍の口から、蜂蜜のような甘い声が聞こえてきた。その声に、ぼうと佇んでいたレギーナが反応する。

 

「お母様、大丈夫なの? その、常とは御姿が……」

「ええ、問題ないわ。それより、早くそいつらを殺しなさい」

「え? でもお母様は決闘に負けたから……」

命令(・・)よ」

 

 そう、銀龍が言った時、レギーナは反射的に身を震わせ、徐々に瞳から光を失くしていった。

 親から子への、絶対遵守の命令。それはジョブ由来のスキルでも、魔法でもなかった。まして、契約や呪術の類いですらない。

 偏に、教育の賜物であった。

 

「……分かったわ」

 

 言うが早いか、レギーナは再度イシグロ達に襲い掛かった。

 戦闘機の動きを高速再生したらこうなるという光景。エリーゼの下へ向かおうとするイシグロを鳥籠に封じるようにして、青紫の尾を引くレギーナが飛び回る。

 五秒で五人に都合五撃。武ではなく舞。今のレギーナからは、先程までは確かにあった鍛錬の形跡が見受けられない。まるで何かから逃避するかのように急接近と急旋回を繰り返していた。

 

「待て待て待て! 今の明らかにマトモじゃなかっただろう! 声真似とか操り人形とかそういうの!」

「お母様の命令だから……!」

「母の声で命令すれば、それは母の命令になるのでしょうか? 難しい問いですね」

「言ってる場合じゃねぇッスよ!」

 

 高速機動中、機銃代わりの【魔導極砲】が連射される。エリーゼを除く黒剣一党は致死の弾丸を必死になって避け続けた。

 これまでの戦闘で、イシグロはレギーナの権能を凡そ把握していた。“虚無”と仮称したその竜族権能は、自身か武器か使用魔法に虚無を付与する事ができるものだった。

 虚無の効果は多岐にわたる。自身にかかる空気抵抗をゼロにし、武器攻撃のヒット時に物体の耐久度をゼロにし、虚無魔法が当たった対象の魔法防御力をゼロにする等々。要するに、任意の対象の任意の数値をゼロにする超絶極悪能力だ。

 イシグロ視点、インチキ効果も大概にしろって気持ちだった。それぞれ併用はできない様子だが、一つだけでも強すぎるし応用が利き過ぎる。虚無属性の使用には青紫のエフェクトが出るのが唯一の救いだった。

 

「エリーゼ!」

「身体は大丈夫! こいつの対処は任せなさい!」

 

 勇ましい声を伴い復帰したエリーゼの王笏から、“呪詛”の籠った【魔導極砲】が発射される。ノーコンなりに狙いすました一撃は、見事邪銀龍の頭部に直撃した。

 しかし、僅かな抵抗こそあれ無効化されてしまった。“呪詛”は効いているが魔法は通っていない。遠隔耐性か魔法耐性である。以前、アルヴの森で猫又ゴーレムがアリエルの一撃を防いだ時と同じだった。

 畢竟、撃ち込み続ければ破れるはずだ。エリーゼは再度祖父の宝を引き抜こうとした。

 

「はん! だぁれがお前と戦ってやるかニャ!」

 

 巨大な翼をひと払いし、大きく一歩バックステップ。龍の意で以て生み出された突風が接近を試みたエリーゼを吹き飛ばす。

 そして、ギラリと銀龍の目が光った。

 

「さてさて、アテシってばバカな姉と違って油断とかしない猫ちゃんなので~、お前等みたいにお仲間呼んじゃいますニャ~。すぅぅぅぅぅ……!」

 

 空を吸い込むような過吸気音。次いで、龍の咆哮が轟いた。

 黒板をひっ掻いたような不快極まる鳴き声。それはカッサ荒野全体に響き渡り、文字通りに大地を揺るがした。

 

 咆哮に乗じて邪悪な魔力が広がっていく。すると、どうだ。龍の背後から巨大な柱がせり上がってきたではないか。

 聳え立つ柱はさながら高層摩天楼。柱の隙間から、頂上から、大地に刺した黒い影から、大量の魔物が這い出てきた。それら全て、装甲纏わぬ尋常の魔物であった。

 やがて現れた鼠の群れ。その中心には、大軍を率いる将のように純白の鼬の姿があった。

 鼬の頭上に、矮小な鼠が座している。知性ある鼠は醜い牙を剥き出して……嗤っていた。

 

 特級統率個体、“笛吹き”。

 あれこそは、災厄の尖兵そのもの。

 生存圏を脅かす邪知暴虐の魔の主が、猫又の召喚に応じたのである。

 

「でも~、これじゃ足りないかもだから、処分がてら実験とかしちゃうニャ♡」

 

 猫又の救援は続く。邪銀龍の足元に多数の魔法陣が展開され、そこから数え切れぬ程の棺桶型の箱が召喚された。

 やがて棺桶から赤黒い泥が滲出し、球形となり、肥大化し……そうして殻を破って現れたのは、ひと周り小さな邪銀龍だった。

 その数、合計十五体。生まれたての魔龍が産声をあげる。

 

「銀竜は造れる! 魔龍も造れる! 素材に使えば真なる銀龍の完成ニャ~! んっん~、いい時代になったものニャね~!」

 

 そうして生まれてきた小銀龍は、何の指示もなしにイシグロ達に襲い掛かってきた。

 各々対処するイシグロ一党。銀龍の動きには理性の一片も感じられず、あまつさえ魔法や息吹の類いさえ使ってこない。原始的な爪牙のみを振るってきたのである。

 

「くっ、何故……!?」

 

 かと思えば、小銀龍の一体がレギーナに襲い掛かっていた。

 不意を突かれ、片翼を噛み千切られるレギーナ。竜族らしく即座に再生するも、彼女の戦闘意識は途切れ、自慢の超高速機動は大いに鈍る事となった。

 

「あっ、そうだ。ごほん……その仔達には反撃しちゃダメよ」

 

 邪悪なる銀龍から、テレーゼの声が響く。

 理不尽な命令だが、刷り込まれた身体に反抗の選択肢は存在しない。レギーナは小銀龍の首を刎ねようとした刀を制し、強いて小銀龍を無視してイシグロに斬りかかった。

 ガギン! らしくもない鍔迫り合いが発生し、二人の間に火花が散る。

 

「味方じゃないんだろ! 対処しなきゃやられる!」

「お母様の命令は、絶対!」

「そいつは何処にいるんだよ!」

 

 三つ巴のような乱戦である。他方、エリーゼもまた襲い来る小銀龍に対処していた。

 

「う~ん、でも成功したのは半分に満たないし生まれてきたのも思ってたより小さいニャね。魂が弱いからかニャ? 言うこと聞かないし砦襲ってくれないし、今のところコストの割に足止め要員以外できそうにないから、まぁ改良の余地ありってことで。とりま、そろそろ次弾いっちゃいますかニャ。今度は少し威力を抑えて……ん?」

 

 冷却を終えた猫又ドラゴンが次なる息吹の準備に入る。

 その時だ。カッサ砦の城壁から何者かが飛び出てきた。武装騎馬隊だ。軍馬に乗った精鋭騎士が、飛越競技のように城壁を飛び越えてきたのだ。

 

「目標、巨大魔龍! 龍退治は戦士の誉れぞ!」

「「「うぉおおおおおおおおおおお!」」」

 

 騎馬隊の先頭にはフライシュ侯爵の姿。後衛の騎馬魔導士が足場を作り、空に続く高速道路を馬に乗った武装集団が疾駆する。

 その切先の向く先は、今にも砦を破壊せんとする銀龍だった。

 

「邪魔すんニャ! クソヒゲジジイ!」

 

 ブオン! 銀龍が左右の翼を羽ばたかせると、風に煽られた騎士が何人か墜落した。落ちた騎馬に柱から侵攻してきた魔物が殺到する。今現在、地上はモンスターハウスの様相と化していた。

 

「怯むな! 進めぇええええ!」

 

 次々と脱落していく騎馬隊。やがて銀龍を射程に収めたフライシュ侯爵は、馬の鞍を足場に跳躍した。

 突貫、一撃。槍が銀龍の眉間にヒットする……寸前、“祝福”の付与された【魔力の盾】がラリス貴族の渾身の槍を防いだ。

 

「ざぁんねん♡」

 

 銀龍の頭突き。フライシュ侯爵は地面に叩きつけられ、落ちた戦士は汚らしい鼠の群れに纏わりつかれた。

 

「この程度で屈すると思うたか!」

 

 次の瞬間、鼠の群れが吹き飛んだ。全身傷だらけのラリス貴族は、なおも闘志を燃やしていた。

 フライシュ侯爵だけではない。その血に連なる騎士もまた、満身創痍になりながらも地上の魔物を掃討していた。主を失った馬もまた、自発的に魔物と戦っている。

 

「はっ、温室培養の英雄モドキが! お前等如きに何ができるニャ!」

 

 面倒そうに巨躯を揺らす銀龍が鼠風情に必死になっている貴族を見下ろした。

 対し、名門のラリス貴族は、これ見よがしにニヤリと笑い返した。

 

「そら、貴様の時間を奪ってみせたぞ!」

 

 時間稼ぎか。ハッとなった猫又ドラゴンが砦の方を見ると、いつの間にか城門前にイシグロの姿があった。

 自ら生み出した魔力の足場に立ち、両手で武骨な剣を構えている。元々その位置にいたエリーゼは小銀龍共々レギーナの足止めをしていた。

 人間風情が、竜族に代わり、たった一人で龍の息吹を止めようというのだ。

 

「しゃあ来いオラァ!」

 

 僅かに裏返った声。恐怖を紛らわせている。紛れもない弱者の証左であった。

 滑稽な抵抗を見た猫又ドラゴンは牙を剥き出しに嗤った。歯の隙間から黄金の魔力が漏れている。

 

「そっちがその気なら、耐久実験といこうかニャ……!」

 

 既に息吹は溜まっている。いつでも発射可能だ。

 大地に爪を食いこませた銀龍は、加減を確かめるように一射目の半分の圧縮率で龍の息吹を撃ち出した。先と同じく、銀龍の巨躯が後退した。

 ギィイイイイイン! 掠れば即死であろう龍の息吹を、イシグロは一本の剣で【受け流し】てみせた。

 

「やるニャ。では続けようか」

 

 もっと加減してブレスを撃つ。反動はない。三射目もまた、イシグロは見事に【受け流し】た。

 剣を持つイシグロの顔は苦悶に満ち、額に汗をかいている。僅かでも機を違えれば死んでしまうのだ。怖いのだろう、怯えているのだろう。魔族特性を持っているとはいえ、全身に返ってくる衝撃は如何ほどか。 

 

「何故、その砦を守る? ラリスの民が何人死のうがお前には関係ないだろう。例えこの砦が陥落しようが、此度の尖兵は打倒できよう。多少の犠牲は許容して大人しく傍観していればいいものを。貴族ならぬお前にここで命を張る理由があるか?」

 

 四射、五射、六射。全て、一人の剣士が凌いでのける。

 見れば、イシグロの持つ剣は悲鳴を上げるように赤熱し、柄を握りしめる掌は手袋越しに火傷を負っているようだった。

 歯を食いしばって、耐えている。圧倒的上位者は、その虚勢と忍耐がどれだけ保つか観察していた。

 

「英雄気取りか? 貴族ごっこか? ガキみてぇな女を保護しているのは善人と見られたいからか? そんなに子供が大切なら、こんな所に連れて来ないで家に残しておけばよかったろうに。バカめ、クズめ、偽善者め。貴様の成してきた事全て、虚しい一人遊びに過ぎんのだ!」

 

 邪悪な銀龍の罵倒に、イシグロは必死さを隠さぬまま剣を握りしめていた。

 息吹の回数が九を超えた頃、じっくりと観察を続けていた邪龍はようやく最も費用対効果の高い圧縮率を算出した。

 これで終いだ。僅かな溜めの後、猫又と同化した銀龍は最高効率の龍の息吹を撃った。

 

「うぉおおおおおおおおおお!」

 

 迫る死の弾を前に、イシグロが吠える。

 危機察知も軌道予測もない現状、【受け流し】のタイミングは完全に勘任せだった。これまで成功していたのは経験の蓄積と偶然の産物に他ならない。

 イシグロの中の冷静な部分が囁く。確かに、今ここでカッサ砦を守る理由はない。その気になれば皆を連れて逃げられる訳で、命懸けのバッティングセンターを敢行するなんてのはナンセンスだ。

 

 だが、逃げられない。

 何故と自問して、すぐに分かった。

 あの龍の中にいる、あの毒親を殴る。引きずり出して反省を促す。そして、認めさせてやるのだ。

 娘の存在、その幸せな未来に繋がる言葉を。

 例えエゴと言われようが、当人が望んでいなかろうが。

 結婚には祝福が必要なのだ。

 

「ぐぅううぁああああああッ!」

 

 ギイイイイイイイイイイイイイン!

 受けて、流した。竜の息吹を左方向に流し打つ。圧縮魔弾がカッサ砦の城壁を掠め、軌道に沿って赤熱している。

 守り切った。成功した。次は来るのか。まだ続ける必要があるのか。侯爵の言ってた策はまだ成らないのか。

 逃げられない。決めたのだから、信じるしかない。イシグロは心を押し固め、決意を漲らせた。

 

 その時だった。

 バギッと、無銘の剣身から断末魔の悲鳴が聞こえた。

 

 構えた無銘が、やけに軽かった。

 見れば、その剣は半ばで折れていた。

 これまでイシグロの戦いを支えてきた愛剣に、ついに限界が訪れたのである。

 

「命冥加な奴! だが、とうとう終わりの時が来たようだな!」

 

 実験は成功だ。あとは趣味の時間である。因縁の相手にトドメを刺すべく、怨讐に染まった猫又龍はオーバーヒート覚悟で息吹の圧縮率を高めていった。

 対し、イシグロは反射的に収納魔法を使おうとした。しかし、その手は何もない虚空を掴んだ。謎のスクロールによって、イシグロの異能は封じられているのだ。対呪術用の呪具は収納魔法内に入っていた。

 この段になって、イシグロは心胆を寒からしめる感覚に見舞われた。

 

 現在、イシグロが使えるのはアサシンナイフと銃杖のみである。

 短剣では龍の息吹を受け流せない。【魔力の盾】で弾くしかないが、エリーゼの盾の半分の強度もないイシグロの盾で【弾き返し】など出来ようか。

 

「家族の仇! これで……」

 

 息吹の圧縮が臨界を迎える。

 考える暇もなく、イシグロは銃杖を引き抜いた。

 

 何故か、レギーナが動きを止めていた。

 ルクスリリア達が息吹を止めんと動こうとした。

 フライシュ侯爵が槍を投げようとした。

 だが、それら全て……間に合う事はなかった。

 

「終わりニャアアアアアアア!」

 

 閃光だった。それは音よりも速く迸り、イシグロ諸とも人類の砦を破壊せんと迫り来た。

 瞬間、イシグロの脳裏に様々な感情が湧き上がっては通り過ぎた。チートが無くても分かる。アレを食らえば死ぬ。パリィできるのか。例え出来ても死ぬんじゃないか。チートがない人達は、いつもこうやって戦っているのか。意地を張らず逃げるべきだった。

 次いで、エリーゼの顔が過った。初めて会った時、共に戦った時、皆と旅をしていた時。解呪が成って、子を宿せると喜ぶエリーゼの顔が、眩しいくらい鮮明に。

 死ねない。絶体絶命でも、最後の最後まで抗う。まだ万策は尽きていないはずだ。次の瞬間にはチートが戻るかもしれない。発勁を併用すれば防げるかもしれない。希望を捨てるな。戦い続けろ。ギリギリまで頑張って、それでダメでも立ち上がるのだ。

 

 そう、イシグロが決意した。

 その時である。

 

「そいつぁ無効(・・)だ」

 

 フッと、龍の息吹が消失した。

 まるで、そんなものは最初から存在しなかったかのように。熱も、光も、魔力さえ、この世界から消去された。

 ただ、息吹によって生じた突風だけが残った。

 

「よう、亭主殿」

 

 聞き馴染みのある声。

 振り返る。カッサ砦の胸壁の上、緑のマントが靡いている。

 深い紅の双眸が、ただ一点に主人を見ていた。

 

「お困りみてぇだな。助けに来たぜ」

 

 シャーロットである。

 呆気に取られるイシグロのすぐ傍に純白の槍が通り過ぎ、次いで転移してきた麒麟少女が彼の足場に着地した。

 

「ワタシとシャロさんで皆を助ける。ある意味最強、なんですが……」

 

 完全武装のユゥリンが、クイッと親指で城門を指し示す。

 そして、これ以上ないドヤ顔で言った。

 

「ワタシ達以外も、来ちゃったみたいですよ。貴方達を助けに」

 

 カッサ砦、その門前。

 そこに、門と同サイズの虹色ルーン・ゲートが展開されていた。

 見覚えがある。使った事がある。あれは、アルヴの森で大活躍した転移のルーン。

 

 一歩、ルーン・ゲートから誰かの靴が出てきた。

 もう一歩、深い霧を潜るようにして、確かな足取りで、姿を現した。それは緑色の髪をした犬人の斥候職冒険者だった。

 一人じゃない。二人、三人、やがて数えきれぬほど沢山。

 彼等彼女等、逆光の中心に、ラリス意匠の冒険者証が輝いていた。

 

「ウィードさん!? ラフィさん! リカルトさんまで!?」

 

 行軍する兵士のように。

 物見遊山に来た観光客のように。

 あるいは、迷宮を潜る冒険者のように。

 西区のやべーやつらがエントリーしてきたのだ。

 

「バカな!? ルーン転移にそれほどの出力はないはず! 始祖の書にもそれらしい記述はなかった! 一体、何をどうして……!」

 

 心身共にオーバーヒートした銀龍が狼狽している。

 統率された魔物の群れが動きを止める。刀を提げ、呆然とするレギーナ。小銀龍を全滅させた黒剣一党もまた、呆然とカッサ砦の方を見ていた。

 静止した戦場に、熱い風が吹いていた。

 

「リキタカさん、あの人達に何か言ってあげてください」

 

 イシグロの隣で、ユゥリンが言う。

 ピンチの時に、大勢の仲間が駆けつけてくれる。こんな体験、イシグロは初めてだった。

 何を言うべきかは分かっている。かつて楽しんでいたサブカル作品の中から、気の利いた台詞が思い浮かぶ。

 けれど、それは自分の言葉じゃない。今は、イシグロ・リキタカとしていうべき言葉があった。

 

「皆さん、すみません!」

 

 折れた剣を提げ、情けない背中を向けたまま、巨悪に立ち向かう迷宮潜りが叫ぶ。

 この戦場にいる者全員、彼の言葉を待っていた。

 

「困ってます! 手を貸してください! 助けてくださぁああああい!」

 

 ちょっと情けない、英雄らしからぬ懇願が響き渡る。

 だが、この場に彼を軽蔑する者はいなかった。

 

 西区の冒険者は、彼の人格をよく知っている。

 そして、故にこそ盛大に勘違いした。

 

 王都まで届く終末の空気。カッサ荒野の惨状。遠く聳える如何にも邪悪な巨龍。

 これまで、“迷宮狂い”が何の為に迷宮に潜っていたのか。何故、ああも我武者羅に強くなろうとしていたのか。

 そして、皆揃ってこう思ったのだ。

 そういう事(・・・・・)かよ、と。

 

「よっしゃ任せろぉおおおおおおい!」

 

 一気に、一挙に、一斉に、冒険者達が動きだす。応じて魔物の侵攻が再開した。

 一番乗りはラフィだった。大剣を担ぎ、古代戦車めいて走り出す。迷う事なく先陣切って、剛剣一薙ぎで魔物の群れを跳ね飛ばした。

 

 言わずもがな、冒険者は箍が外れている。ぶっちゃけノリで生きているのだ。だからこそ、こんなシチュエーションには勇んで参加してしまう。

 一般迷宮潜り視点、これはもう命懸けのフェスに見えていた。

 

「貸し一つってトコだな! 安酒一杯じゃ足りねぇぜ!」

 

 双斧を手に跳び上がったリカルトが、恐竜型魔物の頭蓋を粉砕する。元々、彼は西区転移神殿内なら上から数えた方が早いくらいには強いのだ。

 

「今こそ新型クロスボウの力を見せてやる! あとこれを機に倶楽部の新メンバーゲットっすわ!」

 

 イシグロに譲ってもらった金剛鉄で新調し、それから幾度となくカスタムしまくった弩をぶっ放すウィード。なお、弩のDPSは圏外戦でもカスである。

 

「フライシュ侯爵をお助けしろぉおおおお!!」

「皆! 青竹は持ったか! いくぞぉ!」

「私が加勢すれば勝率は百割百分百厘を超えるでしょう」

「旨味の波で押し流してあげるわ!」

「これが表の美食四天王かぁ。まっ、フライシュ侯爵には恩があるし! がんばっちゃうぞっと!」

 

 西区だけではない。王都の名物冒険者グレイソンが駆け出すと、彼の盟友に加え志を同じくする美食家冒険者達が後に続いた。

 頼もしいグレイソンの背中を見て、その他圏外の瘴気にビビッてた冒険者も気合を入れていた。

 

「おいおいおい……!」

「死ぬわ、俺ら……!」

 

 顔の濃い武闘家冒険者が駆ける。

 

「あれ特異個体か?」

「魔龍にしては動きが人間的過ぎやろ」

「ほな特異個体ちゃうか」

 

 イシグロが冒険者登録した時から神殿に居座っていた仲のいいコンビが駆ける。

 

「来たぜ、ヌルリと……!」

「狂気の沙汰ほど面白い!」

 

 ギャンブルで全財産失くした冒険者が駆ける。

 まだいる。まだまだいる。アゴの尖った冒険者を、巨大な棍棒を担いだ巨漢とその仲間達が追い越した。

 

「ゲゲゲッ! オデ、セカイ、マモル!」

「グーラ先輩! こんなトコにいたんすね! ご指導ご鞭撻!」

「我が名はカント! 無月流剣術免許皆伝! いざ参る」

「兄貴!」

「にぃに!」

「お兄様!」

「兄さん!」

「兄者!」

「「「お兄ちゃんッッッ……!」」」

 

 冒険者の軍と、魔物の群れが激突する。

 だが、砦の駐在兵ほど上手く足止めできていなかった。元々、冒険者にチームプレーなどという言い訳など存在しない。有るのはスタンドプレーから生じるチームワークだけだ。本場王都の迷宮潜りに、六人以上の連携など不可能なのである。

 

「空から攻めてきてるぞ! こっちを狙ってるぜ!」

 

 だからこうなる。地上にばかり目を向けていたせいで、空飛ぶ魔物が砦の方に襲いかかってきた。

 フライシュ軍の弓兵が矢を射かけるが、統率個体に直接指揮された魔物はそれらを容易に掻い潜る。

 巨大カブトムシが、結界に向かって突っ込んできた。

 

「【流星刃・一式】……!」

 

 刹那、その身体が真っ二つになった。

 弓でもなく、魔法でもない、単なる斬撃の延長線上。王都西区の冒険者で、こんな芸当ができるのは……。

 

「遠き刃! お前も来てたのか!」

「“流星刃”です。お間違えなく」

 

 銀細工持ち冒険者、“遠き刃”のトリクシィである。

 こんな面白そうなイベントに彼が参加しない訳がなく、カッコよく登場できるように物陰でスタンバッていたのだ。

 彼の隣では、「あらあらうふふ」とばかりにお姉さん系の淫魔が微笑んでいる。

 

「オラァアアアアアア!」

 

 ドゴォオオオオオオ!

 獣の如き咆哮に続き、地を揺るがす重低音。城門に迫っていた巨大骸骨が押し止められた。

 翻るマント。鉄塊の如き大剣。羊人少女一党所属、“城砕き”のディエゴの通常攻撃により、城門破壊に特化した魔物が体勢を崩した。

 

「今よ! ファイアファイアファイア!」

「言われずとも! 突っ込むならこの後でね!」

「懐かしいですね、圏外の空気」

 

 若い魔導士が炎を操り、聖腐女子がメイスを振るう。前衛でトンファーを振るう羊人少女が指示を出し、大剣使いの戦士は次なるデカブツを叩きに掛かった。彼等の連携は西区随一である。

 

「ひゃー、ここが圏外かぁ。すっごい空気悪いけど、二人とも大丈夫?」

「んぁ~」

 

 カッサ砦上空、宙を泳ぐ亀の甲羅に三人の冒険者が乗っていた。双子と思しき淫魔二人と、獣革マントを靡かせる年若き少年である。

 

「じゃ、行ってらっしゃい」

 

 淫魔に見送られ、槍を担いだ少年が飛び降りた。すると彼は空中を蹴って戦場に舞い降り、荒野狭しと上下左右縦横無尽に駆け回りだした。天才的、というか変態的な機動力である。

 次いで空飛ぶ亀からギュインギュインと雷鳴琴(エレキギター)の音が響き渡り、この場の勇士達に加護を授けた。混沌とする戦場にイカした音楽が鳴り響く。

 

「ザコが集まったところで!」

 

 そんな中、謎の急展開に猫又ドラゴンも黙ってはいなかった。

 オーバーヒートの硬直を押して、今放てる精一杯の息吹をカッサ砦にぶっ放した。小賢しい事に、イシグロに防がれぬよう角度をズラして。

 慌てて動いたイシグロだが、遅すぎる。小息吹はカッサ砦の結界に直撃し、爆音と爆風と爆発が起き……壁に僅かな罅を入れただけで、見事耐えきった。

 

「何ぃいいい!?」

 

 威力が足りなかったのか? 制御をミスったか? いや、そんな事はないはずだ。

 今度こそオーバーヒートした銀龍の視線の先、胸壁に立つルーン森人の隣にドエロい爆乳淫魔の姿があった。

 

「守りは任せて頂戴! 砦の守護は私の本領よ!」

 

 淫魔女王その人である。

 彼女の背後ではアナルの弱そうな淫魔騎士が控え、砦の歩廊にはこれまたアナルの弱そうな淫魔騎士団が整列していた。

 大規模連携防御魔術。淫魔女王が守護する砦は、ラリス王ですら突破不可能な不落の城塞と化すのである。

 

「あと、淫魔王国からも助っ人よ!」

 

 門前に新たなルーン・ゲートが展開され、そこからゾロゾロと大所帯が現れる。

 皆、淫魔だった。皆、昂っていた。皆して、うっすら発情していた。

 

「ほぉ~う、強敵登場だな。少しは舐めごたえのある雄なのか? イクゾー!」

「なんと! どこからも童貞の匂いがしませんぞ! これはもう新たな扉を開発するしかありませんな!」

「思ってたよりシリアスな空気! まぁいいか! よろしくなぁ!」

 

 男日照りの乳食系淫魔が圏外の加勢に参ったのだ。

 次の異種族交流会参加を約束され、戦闘力の高い淫魔が選抜されて参戦しにきたのである。

 

「さぁ行きなさい! 生きて帰ってイキまくるのよ!」

「「「しゃあああ! 玉獲ったらぁ!」」」

 

 金の玉を掴むべく、男に飢えた淫魔軍団が走り出す。残念ながら、彼女等に空を飛ぶ翼はなかった。

 だが、男を緊縛する術なら備えている。

 

「「「オラッ! 緊縛!」」」

 

 乳食系淫魔による大規模連携束縛魔法が、群れに群れた小型魔物を絡め取った。

 そこに攻撃魔法が殺到し、魔物の殲滅をサポートする。淫魔は拘束魔法にて最強なのだ。

 

「安心して。ちゃんとした戦力も来てるから」

 

 その時だ、ルーン・ゲートから飛び出る美女の姿あり。

 淫魔二人と、吸血鬼一人の美女トリオ。即ち、ニーナ&グレモリア&クリシャナである。

 

「選り取り見取り♡ 空の守りが薄いようなので、私達はそっちに回りましょうか♡ 囮役は勿論、私が行きます♡」

「雄は宝! それを壊すなんてとんでもありませんわぁ!」

「ニーナさんの肌はぼくが守る!」

 

 先陣を切ったのはニーナだった。深域武装である眼鏡を光らせ、この中で最も攻撃力の高い魔物を検索し、喜び勇んで突貫する。グレモリアは幻術蝶々を召喚し、計算高くも向こう見ずなニーナをサポートした。

 一方、ニーナに続いて空を飛ぶクリシャナは、腰のホルスターからひん曲がった筒――否、一挺の銃を取り出した。

 

「赤弾装填。我が身を以て鉛となし、我が血を以て火薬となす。鮮血よ、その疾走を……」

 

 銃身の中折れ機構を作動させ、筒の後部に鮮血を押し固めた弾丸を装填。手首のスナップでガシャンと畳み、その銃口を魔物に向ける。

 

「――歓迎する」

 

 BLAM! 刹那、鮮血の弾丸がニーナを狙っていた有翼魔物の脳天を貫通した。

 声もなく「当たった!」と喜ぶクリシャナ。「当たった!?」と驚くグレモリア。「当たった……!」とニーナは羨ましそうな顔を浮かべていた。

 

「あの、多くない?」

「まだまだ来ますよ。ほら」

 

 困惑するイシグロ。ユゥリンが指差す先で、新たなルーン・ゲートが展開した。

 その中から複数の影が飛び出てきて、一瞬の逡巡もなく戦場に向かって駆け出した。

 

「俺達の嵐極拳は最新式だ! 舐めるなよぉおおおお!」

「おい酒持って来いやぁああああ!」

「ヒャッハー! 死にてぇ奴だけかかって来いやボケカスがぁあああ!」

「ここにはいっぱい人いるんですから、誤射だけはせんといてくださいよ!」

「だったら前行くしかねぇよなぁ!」

「おっ、可愛い吸血鬼見ぃつけた。あとで声かけよっと」

 

 ズドドドドドドドド! 先陣切った集団、揃いの漢服を纏った武闘家達は、西部劇のガンマンのように左右の人差し指から発勁ビームを乱射しまくった。

 その後ろでは酔拳使いの集団がワイン瓶をラッパ呑みし、咥えタバコの金髪美女が過剰改造クロスボウを乱射。前衛として猿人猪人魔人のトリオが各々の武器を振り回す。

 クーシェン武侠に冒険者。何故彼等がここにいるのか? 現武帝代行・ドウジュンによる差配である。

 

「リンジュからも連れてきたでぇ!」

 

 続いて、イシグロ達に覚えのある声が聞こえてきた。別のルーン・ゲートから、白虎族の美女が出てきたのだ。無月流のミアカである。

 先発でエントリーした彼女が流れるように道を開けると、規律正しくリンジュの冒険者がやって来た。

 

「おぉ、マジでイシグロいんじゃん! 見ろよ、あいつ俺のマブなんだぜ?」

「多分、向こうはそう思ってないのだ」

「人生の悲哀にござる」

「バカな方が生きやすいじゃんよ」

「イシグロ殿、修行の成果をお見せしよう」

 

 槍使いのヨタロウ。忍者とニンジャとNINJA。あと編み笠侍ジンエモン。皆、イシグロの助けになると聞いて危険な圏外までやってきたのだ。

 勇を見てせざるは勇無きなり。リンジュ魂もまたラリスの影響を受けていた。

 

「澄刃流奥義……【冷泉憤怒】!」

 

 バッシャアアアアアン! 次の瞬間、瀑布の如き高圧水流剣がリンジュ冒険者の進むべき道を切り開いた。

 飛び散った水がキラキラと夕陽に輝いている。爽やかスマイル、水も滴る良い男。ゴリマッチョバイエルフこと、澄刃流・デイビット参戦である。

 

「すみませんイシグロさん! 弟子がご迷惑をかけた事、今一度謝らせてください!」

 

 彼の背後から、揃いの道着を纏った剣の門徒が歩いてきた。汚名返上名誉挽回。澄刃流、概ね全員参戦である。

 

「うげえええええええ! なんじゃありゃあああああ!」

 

 ドッシイイイイイイイン! カッサ砦に唐突な揺れと轟音が響く。

 リアクションの激しい冒険者が指差す方から、いつの間にか召喚されていた超巨大ゴーレム――アルヴの森で暴れてた猫又ゴーレムと同型機――が走ってきた。

 あのまま悪質なタックルを決めて城門を破壊する気なのだ。

 

「あ。ボクの出番ですね」

 

 他方、ぽつんと佇む人影が気負う事なくぽつりと呟く。

 鎌倉武士めいたガチガチの重武装。件の武者が歩き出すなり、みるみるうちに身長を伸ばし、伸ばし、伸ばし……!

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオム!」

 

 咆哮と共に、重装武者は猫又ゴーレムと同じサイズにまで巨大化した。巨人族の末裔、大羅山人(ダイダラボッチ)による規格外の巨大化能力である。

 急に特撮規模になった大羅山人は同じく特撮規模のゴーレムにダッシュで接近し、活鬼流のツッパリをぶちかました。ぐわっと浮き上がった猫又ゴーレムが倒れると、先に倍する地震が起きた。

 

「四号ちゃんカッコいい!」

「素敵だわー!」

「抱いて!」

 

 デッカいのはカッコいい。巨大化展開にテンションをブチ上げた冒険者が声をあげる。

 対し、四号ちゃんと呼ばれた大羅山人は兜の面頬を外し彼等を見下ろして、一言。

 

「ボク、女です」

 

 女の子だった。

 

「総員! 突撃ぃいいいいい!」

「「「反撃の時間だオラァアアアア!」」」

 

 時は満ちた。カッサ砦の門が開き、中から兵士が突撃してきた。

 籠城戦は反撃までの待機時間である。これまでずっと守られてきたラリス兵が鬱憤を晴らすように剣を取ったのだ。

 

「ドーモ、ゴブサタしています。シラノイです。実は私、シャーロットさんに誘われてこの計画に参加しましてね。褒めてくれても構いませんよ」

「亭主殿!」

 

 呆気に取られるイシグロの近くに、虎に跨ったシラノイが降り立った。

 その虎に相乗りしていたシャーロットがイシグロの胸に飛び込んだ。ああも見得を切って見せた彼女だが、実際は心臓バクバクだったのだ。

 

「あー、やっちまった! アタイやっちまったよぉ!」

「うん、まぁ、そうだな」

 

 彼女の言った通り、かなりやらかしたと言える。

 ワープによる人員輸送など、どこの国も欲しがる超技術だ。以前と以後では戦のやり方が変わってくるに違いない。

 要するに、以前彼女が言っていた「今は言えないルーン関係の仕事」とはコレの事だったのだ。第三王子資本で始めたらしいルーン・ワープ・プロジェクト、その中心人物の価値など何をかいわんや。

 

「けど、亭主殿なら守ってくれるよな……?」

「ああ。当然だ」

 

 やっちまった感に怯えるシャロを、イシグロはぎゅっと抱きしめた。

 そうだ、彼はもう決めたのである。彼女等全員を守り、共に幸せを掴むべく戦う覚悟を。

 

「んー? 亭主殿、やっぱなんか縛られてるな。ほいほいっと、治ったぜ」

「ファッ!?」

 

 そんな風に決意を再確認していた時、シャロは人差し指で軽~くルーンを描いてみせて、イシグロに絡まっていた異能封じの呪いを解除した。

 やけに、あっさり。猫又由来の呪術など、既に解析済みである。シャロは淫魔王国の滞在中に勉強してたので解けちゃったという話だ。

 

「ヒャッハー! こうなったらこっちのもんッスゥウウウ!」

「やっと当てられるわ。嫌ね、母譲りの不器用は」

「これで陰陽術に集中できるのじゃ」

「あんまり変わった感じはありませんが。ご主人様! ぶちぬき丸をお願いします!」

「ん、援護する」

 

 復元したイシグロのチートが共有され、皆の動きがあからさまに良くなった。

 危機察知に軌道予測。今の黒剣一党は目を瞑っていてもレギーナの動きが手に取るように分かる状態になったのだ。

 

「まぁそれでも勝てるか怪しいけどなっと」

 

 ぼやきつつ、イシグロは壊れてしまった無銘を収納し、アイテムボックスからヴァルゼアの突撃槍を引き抜いた。

 魔女の箒のように跨って、後部座席にシャロを乗せる。ユゥリンは背中に嵐の翼を生成した。シラノイは空気を読んでとっくに移動している。

 黒剣一党――否、“草薙の剣”全員集合である。

 

「ちっ、勿体ないけど……レギーナ! 全力で殲滅なさい!」

「な、何!? うぐぅ……あっ、ああああああああ!」

 

 巨大銀龍からテレーゼの声が響く。次の瞬間、レギーナの全身から莫大な魔力が溢れ出た。

 見るからに暴走状態。スピードアップしたレギーナが動き出し、その姿がかき消えた。否、そう見えるくらいスピードアップしたのだ。

 

「この! 目で追えねぇッス! あぎゃ!?」

 

 鎌と刀で火花が咲く。ルクスリリアが跳ね飛ばされた。暴走レギーナはあまりに速く、チートが反応しても身体が対応できなかった。

 閃く刃をレノが【瞬間転移】で回避するも、転移先に既にレギーナが迫っている程の速さ。完全に人類の域を超えていた。

 

「しまっ、のぉおおおお!?」

 

 続いてイリハの無月流防御が崩され、ノックバックで地面に激突する。

 即座に追撃に備えたイリハだったが、当のレギーナは痛みをこらえるように頭を押さえていた。

 

「痛い痛い痛い痛い! たすっ、助けてお母様ぁ……!」

「何をしているの。戦いなさい、レギーナ」

「いやぁああああ……!」

 

 レギーナが再起動する。速すぎる動きがエリーゼの魔法を振り切って、レノの光弾にさえ並走せしめる。銀龍のその命令は、教育と称して鞭で子を打つ親そのものだった。

 例えチートが戻っていても、時間稼ぎが精一杯だ。草薙が全員集まったところで、果たして倒せるものだろうか。

 そんな風に憂慮するイリハの下に、懐かしい気配が近づいてきた。

 

「ここは私に任せてもらおうか」

 

 すたりと、降り立つ竜一人。

 燃えるような赤毛に、ひと房の銀髪。イリハの隣に、いつもと同じ格好をしたゲルトラウデが立っていた。

 

「「「師匠!」」」

「うむ。呼ばれたのでな、参った次第」

 

 歓喜するイシグロ達に返しつつ、ゲルトラウデはこの戦場を観察した。

 見渡す限り、乱戦だ。あっちこっちで冒険者が暴れ、ラリス兵が怒号を飛ばし、妙に規律ある動きをした魔物が流動的に連携している。質と量が拮抗していた。

 ややもあり、無月流の創始者は此方を見下ろす邪銀龍と目を合わせた。

 

「……テレーゼ様、なんとお労しい。あの後も私がお仕えしていれば……いや詮無き事か」

 

 首を振る。次いで、命を削って戦わされている娘を見た。

 

「歪な剣だ。殺しの術しか教わらなかったのか。哀れな……」

 

 やがて、ゲルトラウデの身体に、深緑の鱗鎧が纏われていく。

 それはさながら、生物系特撮ヒーローの変身シーンのようで、ピカッと光って形を成した。

 元宝銀竜近衛騎士筆頭・ゲルトラウデ。戦闘形態である。

 

「どれ、ひとつ稽古をつけてやろう」

 

 一歩、歩み寄る。すらりと得物を手に取って、ゲルトラウデは正眼に構えた。

 その得物は、何の変哲もない木刀だった。

 

「うわあああああ!」

 

 翼を広げたゲルトラウデと、強者の匂いをかぎ取った暴走レギーナが激突する。

 空も大地も狭すぎる。「∞」の軌道でぶつかり合う両者は、戦場全体を使って丁々発止の斬り合いを開始した。

 

「よう、待っててくれたみたいだな」

 

 銀龍の前に、空飛ぶ槍に跨ったイシグロが現れる。無論、龍退治のメンバーは彼だけではなかった。

 大鎌を手に、ラザニアに跨ったルクスリリア。

 月光の翼を展開し、王笏を構えるエリーゼ。

 やっと愛剣を手にし、重さを確かめるようにブンブンするグーラ。

 深域武装の権能を使って炎の翼を生成するイリハ。

 丁寧な動作で光力銃をリロードするレノ。

 空飛ぶ槍でイシグロと二人乗りするシャロ。

 チンピラのように槍を担ぎ、つまらなさそうに銀龍を見上げるユゥリン。

 下の魔物は味方に任せ、今ようやっと戦えるのだ。

 

「馬鹿め! 待っていたのではないニャ!」

 

 対して、邪銀龍は莫大な魔力を迸らせた。

 オーバーヒートは治った。魔力も充分にある。ちゃんと戦えるように、準備していたのだ。

 

「ルーン転移は打ち止めのようだな! 魔導通信の援軍もまだまだ来るまい! 対して此方には無限の軍勢! それまでの間に殲滅してやればいいだけのこと!」

 

 猫又ドラゴンが大地を踏むと、カッサ荒野に新たな柱が生成され、影から影から人工魔物が這い出てきた。

 この地は既に掌握しているのだ。この程度、造作もない。

 

「バカめ。こっちにもまだ援軍があるぞ」

 

 イシグロもまた、挑発的に言い返した。

 使えるようになった収納魔法から、カード状の魔道具を取り出し、ドヤッと見せつける。

 それは、統率個体“笛吹き”発見の報を伝達する為の魔道具だった。

 

「はん、ソレがいつ来るというのニャ? そもそも届いてるのかニャ? それって本当に来るのかニャ~?」

 

 親機の場所は、ミッド中央砦。

 その砦には、超強力な遠隔魔法使いが駐留している。

 彼女なら、彼女達なら問題ない。いや信じるしかない。だから、あえてイキッてみせた。

 

「もちろん……三五秒前に実行済みだ」

 

 ドッガアアアアアアアアン!

 本日、何度めかの轟音。音の発生源の方を、銀龍が振り返る。

 

「……は?」

 

 一本目の柱の下、ちょうど統率個体がいた場所にクレーターが出来ていた。鼠の殆どが粒子に還っている。空から地へ、高威力の魔法が落ちてきたのだ。

 即ち、デアンヌ・フォレ・ランベールによる疑似衛星攻撃魔法である。

 

 天高くから、遠い遠い空の先へ、ミッド平原の中心にて。

 黒髪メカクレ陰キャ魔女は、既に銀龍を捉えていた。

 必ず殺す技で以て。

 

「おのれ……」

 

 怨嗟の声が、冷たく響く。

 

「おのれ、おのれ、おのれ……」

 

 憤怒が同期する。苛立ちが共鳴する。

 猫又とテレーゼの声が重なった。

 

「「おのれおのれおのれおのれおのれおのれぇ……!」」

 

 どしん! 邪悪なる銀龍こと猫又ゴーレムことテレーゼこと人類のお邪魔虫は、子供のように地団太を踏んで。

 そして……。

 

「「この! 下等種族共がぁああああ!」」

 

 癇癪を起こした。

 制御下にない魔力が垂れ流され、こっそり構築していた魔術式が崩壊する。三本尻尾の例に漏れず、挑発は効果抜群だった。

 

「エアプ・テレーゼか何か?」

「よく分かんねぇッスけど、やっちまっていーんスよね?」

「いいんじゃない? どのみち救えないでしょうし。とりあえず王笏は効きそうにないから、良いのを探りましょう」

「物理耐性はどんなものでしょうか」

「凄まじい氣じゃが、ちと歪じゃな。そこを突けばいけるかの?」

「ん、猫又は頭部、テレーゼは胸の奥にいる、どうする?」

「アタイが引きずり出すってのもアリだが……」

「さっきから見てたんですけど、あの人たぶん接近戦下手ですよ。龍の身体に慣れてないっていうか、とにかくザコですね」

 

 ゆるい会話で、ガチの戦意を滾らせる。

 いつものイシグロ達だった。

 

「援軍のお陰で検証できるな。皆、いつも通りご安全に」

 

 異口同音の返事が響く。

 大規模レイド戦の始まりだ。




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