【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。助かっています。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
三人称。
よろしくお願いします。
カッサ中央砦周辺は、今最もアツい戦場であった。
砦と柱列が向かい合い、それぞれ人類と魔物で大合戦の真っ最中。茜色の空では竜族剣士二人がハイスピードバトルを繰り広げ、雲の上から魔物の群れに落雷のような疑似衛星攻撃魔法が降り注ぐ。砦の胸壁では一国の女王が他国の砦を守護し、軍馬に跨るラリス貴族が血と土に塗れながら高貴な者の義務を全うしている。
どこもかしこも大激戦。あっちこっちで大熱戦。絶え間なく響く咆哮は人か獣か定かでなく、今現在人類は一丸となって戦っていた。
そして、その熱の中心は空に聳える巨大魔龍だった。
「何がラリスか! 何が最新の英雄か! 迷宮狂い何するものぞ! 貴様等全員、圧倒的火力で押しつぶしてやるニャ!」
翼の生えた旧ティラノシルエットの猫又邪銀龍が吠え、身体の周辺に大中小の魔法陣を展開する。その数、大二門中九門小数えきれん門のトンデモ弾幕仕様。あまつさえ口腔内では龍の息吹を圧縮していた。
「一斉掃射ぁああああ!」
ピカッと光り、ソレは横向きゲリラ豪雨のように放射された。狙いは一点、イシグロとその郎党共だ。
竜の息吹&大規模魔術の多重行使。魔龍の内燃機関と銀竜の魔法適性にモノを言わせた大艦巨砲主義的フルバースト。加えて主砲魔弾から機銃魔弾に至るまで“祝福”の権能を付与してあるので、魔弾一つ一つが同魔力攻撃による相殺が不可能な厄介弾と化している。
「当たらなければどうという事もないが、アレをバラ撒かれたら迷惑だな」
対し、イシグロ一党は余裕を持って回避していた。元より狙いが雑だったし、魔弾一つ一つの軌道を予知できる身からすれば弾幕ゲーなどヌルゲーだった。
しかし、戦場への影響は如何ともし難い。上から下に撃たれてしまえば、地上の冒険者に流れ弾が当たってしまう。
「ご主人様、近づいて殴りましょう!」
「しかねぇよなぁ! 総員、バラけて接近するぞ!」
なので、イシグロ達は正面から突っ込んだ。さながら戦艦に接近する艦上攻撃機のように。編隊を組まず各々好きな間隔で飛ぶのが黒剣流だ。
魔弾による弾幕を縫う、縫う、縫う。空飛ぶ槍に跨ったイシグロは覚悟ガンギマリのエースパイロットのように突撃し、他の面々も無駄に避けずに殆ど真っすぐ突っ込んでいた。するとどうだ、みるみるうちに彼我の距離が詰まっていくではないか。
「羽虫がぁ!」
魔法弾幕を撃ち続けながら、猫又ドラゴンは左右一対の翼を動かしてブオンと突風を生み出した。先のフライシュ騎馬隊同様に、これで墜落させる腹積もりなのだ。
だが無意味だ。イシグロ達には視えている。各々ぬるりと旋回し、波に乗るサーファーのように突風攻撃を回避した。
「ヒャッハー! そんな風じゃあアガらねぇんスよぉ!」
向かい風の中、一切減速せずに突貫したのは有翼ヘラジカに跨る純淫魔ルクスリリアだ。
何故そんな芸当ができたか、風の結界である。風属性ヘラジカにとっては翼団扇による突風など無きに等しい。結果として、邪銀龍の接近拒否は淫魔の接近許可になってしまった。
「一番乗りぃいいいいッス!」
魔龍の頭部に切迫するルクスリリア。噛みつき攻撃の機を計る猫又。死神めいた鎌を担いだ淫魔は得物を構え……特に攻撃せずに猫又ドラゴンの噛みつきをバレルロールで回避した。
何かしてきそうに見せて実際には何もせず回避に集中し、相手に何かさせて動きを封じてのける。ヘイト管理職人ルクスリリアの芸が光る神業であった。
「な~んてね! 引っかかった引っかかったバ~カバ~カ!」
「この場面で何なのニャお前ぇ!?」
けれども効果は抜群だった。このメスガキ、とにかく邪魔なのである。例えるなら耳元で蠅が飛んでいるような。ヒトガタ形態なら両手でパチンと殺せただろうが、龍の短いお手々ではパチンできなかった。その為の機銃魔弾も例によって通じていない。
「オラッ、【淫濃霧】」
「あぁもう鬱陶しいニャ!」
猫又が他にヘイトを向けた途端、ルクスリリアは魔龍の頭部周辺にピンク色の煙を散布した。魔力感覚を妨害し、前を見えづらくする淫魔固有の妨害魔法だ。
回避タンク兼ヘイト管理要員。ルクスリリアは“迷宮狂い”の冒険を支えてきた縁の下の力持ちなのである。
「純魔力属性は効かないんだったな」
「ええ。フライシュ侯爵の槍は防いでいたけれど」
「一個ずつ調べるしかないのじゃ!」
淫魔と猫又がじゃれ合ってる間に、イシグロ達は各々の射程距離まで接近していた。
イシグロは銃杖を、エリーゼは闇属性の杖を構える。ルクスリリアを除く全員で、それぞれ別の属性攻撃をぶっ放す。
ダメージ目的ではない。まずは検証。属性診断は何においても最優先なのだ。
「にゃっははぁ! 残念! 今のアテシに弱点などなぁい!」
案の定、その殆どは搔き消され、不可視バリアを抜けても鱗に弾かれてしまっていた。
だが、全く効いていない訳でもなかった。イシグロのHUDには、猫又の身体に各種付帯効果が蓄積しているという情報が表示されているのだ。一方、与ダメージはミリ単位で、瞬きのうちに回復されてしまう程度。
イシグロは遠隔無効と予想していたが、少々様子が異なっていた。龍本体との間に見えない膜があって、それが悪さしているように見受けられる。
「呪詛は入ってるわね。闇属性も効いていないわ」
「焼石に水か。状態異常は蓄積してるが抵抗値が高すぎて実質無効化だな。ちゃんと通ってるのは呪詛だけだ」
「圧縮光弾は貫通してる。けど全然ダメージ入ってない」
「無敵のルーン・コードで何とかなりませんか?」
「ダメだな。試しちゃいるが全く反応がない。ルーン対策って風でもねぇが」
「ていうか、足遅くないですか? ドラゴンのくせに空飛べないんですかね?」
ルクスリリアに弄ばれ、一方的に攻撃を受けて尚、銀龍は一切の回避動作をしていなかった。
それどころか、何をするにもスロウリィであった。さながら昭和の怪獣着ぐるみでも着ているかのよう。龍の身体が重いのかと思っていたイシグロだったが、それにしたってらしくない。この世界の魔物は総じて足が速いのだ。そんな中でああも鈍重な魔龍は珍しい超えてツチノコである。
その分、火力と耐久力は桁違いだった。角から尻尾まで全方位に魔法陣を展開し、無尽蔵の魔力で魔法を撃ちまくる。その姿はまさに陸の戦艦。ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしない。必要がないから回避していないのかもしれなかった。
「とりま呪詛は効くからエリーゼは正面から撃ち合っててくれ。こっちは別の攻撃だ! ユゥリン!」
「お任せくだち!」
ともかく、検証再開である。その他遠隔攻撃の検証は仲間に一任し、イシグロはユゥリンを伴って格闘距離まで突貫した。
「【真空・旋風勁】!」
至近距離まで近づいたところで、嵐の翼を羽ばたかせたユゥリンは戦艦魔龍に遠隔発勁を発射した。
結果、魔龍の鱗を剥がすに至った。即座に再生されたが、明確に一歩進んだ証左であった。
「っしゃダメージ入ったぞ!」
「やはり嵐極拳! 嵐極拳は全てを解決しますねぇ!」
殆ど無効化されている魔法攻撃に比べ、遠隔発勁はある程度通った。しかし特効という訳ではなく、決め手とするには聊か威力が足りなかった。
とにかく、あの謎バリアには発勁と圧縮光弾が届いて他が届かない理由が存在するのだ。それを調べれば突破できる。イシグロは通り過ぎざま矢を射かけ、機銃に撃ち落とされぬよう退避した。
「おのれ! ミヅチを討ったのはお前かニャ!」
「うお! 急に凄い弾幕! 弱点かな? 正体見たりって感じですねぇ」
ドヤ顔を決めるユゥリンに対し、猫又怒りの魔法弾幕が殺到する。嵐極拳の正統後継者は新体操選手のように槍を回転させ、雨のような弾幕をガードした。
発勁が効くのがバレて焦ったのか。この中で純発勁の遠隔攻撃が出来るのはユゥリンとイリハだけである。普段ならこの二人を軸に戦術を組み立てるのだが、当の発勁は効くには効くが特効じゃないあたりイシグロには気がかりだった。
「格闘も検証するぞ! グーラ、ついてこい!」
「了解です!」
すぐに殺したいが、殺すのは万全を期してから。まだ早い。まだ
「くっ、何でこうも魔弾が当たらん! 何か手は……!」
その時だ。猫又ドラゴンが展開していた魔法陣が変容した。シンプルだった弾幕が止まり、次いで飛び出てきたのは見覚えのある束縛魔法だった。
「範囲拡大、範囲拡大、範囲拡大……【雷網】!」
それは、イシグロも愛用する雷属性拘束魔法【雷網】だった。
【雷網】とは、蜘蛛の巣状の雷を投網のように発射する魔法で、飛行エネミーやスピード系の足止めに有効な手段である。
そんな魔法を対空砲めいて放ってきたのだから堪らない。イシグロは咄嗟に身を翻し、地獄のビリビリ包囲網から脱した。アレに絡めとられたら一瞬でハチの巣だ。
「やぁああああああ!」
そこに突っ込む影あり。害悪弾幕を前に、ぶちぬき丸を構えたグーラが突貫する。
空を駆ける雷の疾走。当然としてグーラにも【雷網】が殺到し、接触し……彼女の種族特性により無効化された。
グーラは獄炎犬と轟雷獣の混合魔族であり、その両方の特性を有している。要するに炎雷無効なのだ。
「チェストォオオオオオ!」
「ぐっ、そうか貴様は雷の!」
鉄塊の如きぶちぬき丸が、異常効果のバリアをぶち抜いた。先の発勁を上回る与ダメ。龍の鱗が弾け飛ぶ!
が、しかし、である。
「ダメージが低い!?」
思った程の火力が出ていない。
グーラの通常攻撃とはつまり、耐久自慢の魔物を一撃死させるパワー・イズ・ジャスティス攻撃だ。にも拘わらず、銀龍は数秒で全快する程度のダメージしか受けていなかった。
イシグロの勘が言う。本体には物理耐性はない。物理無効バリアもない。また、グーラの超腕力がバリアを粉砕した訳でもない。
「エリーゼぇええええ!」
息吹を放つ猫又ドラゴン。そのターゲットはエリーゼだ。
エリーゼは翼の高速移動で回避し、呪詛を蓄積させるべく闇魔法を撃ち返した。この期に及んでも、猫又はエリーゼを警戒していた。呪詛が効くのは身に染みているのだ。
「イリハ、なにか見えたか?」
「なにも変わっとらん。それがおかしい」
「というと?」
「普通、攻撃食らったら氣が移動するんじゃよ。当たった部位に集まって傷を浅くしようとする。奴さんにはそれが無かったのじゃ」
仙氣眼持ちのイリハに観測結果を訊いてみたイシグロだったが、ヒントになるかどうか分からない答えが返ってきた。
ゲーマーの勘だ。猫又ドラゴンには何か特別なギミックがある。弾幕を避けながらイシグロは記憶の奥底にある防御系異能フォルダを開きつつ、集めた情報を精査していった。
各属性魔法は悉く効かず、圧縮光力弾は通るが威力ほぼゼロ。ルーン魔術は無反応で、発勁は通るがダメージは低い。見るに純物理も効果が薄い。そのくせ麻痺や凍結といった状態異常は蓄積し、エリーゼの呪詛も着実に入っている。与ダメは低いのに付帯効果は通っているのは何故なのか。
「レノ、水持ってきて」
「ん、分かった」
ややもあり、イシグロの脳裏に一つ思い浮かぶものがあった。映画監督のような無茶振りに、レノは淀みなく応えた。
テレポートで近づいて、ビュービューと聖水鉄砲を撃ち込む。左右上下から水を撃ち込み、例によって見えない膜で阻まれる。
仮説、検証、その結果。
「よし! だいたい分かったぞ!」
レノの水鉄砲は透明な膜に当たり、そのまま下に落ちたように見えた。そのくせ上から浴びせた水は当たっていて、魔龍の背中だけが濡れている。
要するに、見えないバリアは既存の耐性能力ではなかったのだ。
そして、確定ではないが大体は分かった。
仮想・時空間防御能力。
恐らく、猫又ドラゴンの周囲にはイシグロが観測できない空間が存在している。剣が届いたあたり実際に距離が空いているのではなく、異能か魔術由来の概念的な空間があるのだろうと思われた。あるいは高重力か時間の速さが異なるのか。ともかく、それらを“時空間防御”で括るとしてだ。
遠隔魔法が効かないのは、距離減衰で威力が落ちているから。近接ダメージが低いのはモーション値に大幅な下方修正が効いてるから。発勁には大きな距離減衰は起こらなかったが、それは氣か魔力障壁が何かしら干渉したせいかもしれない。一方、付帯効果が通っているのは距離減衰の影響を受けなかったからか?
ガバガバ仮説だが、高速戦闘中の考察としては及第点だろう。要するに相手を殺せれば何の問題もない。異能バトルは勝った奴が勝者なのだ。
「面倒臭いな! やっぱエリーゼ軸で殺すぞ! まずは呪詛の結果を見る! エリーゼ、お前が頼りだ!」
「ええ」
という訳で、レノの【念話】を経由してメンバーに新戦術を伝達した。
エリーゼは剣杖を取り出し、バシューッとビーム剣を伸ばした。ヴィーカ流剣術のお披露目である。
何故ここで剣か? 魔法剣にはモーション値は発生しないので、時空間バリアの減衰効果を受けないと踏んだのである。
これが通らなかったら、次の作戦を考える。最悪、皆で囲んで棒で叩けばいい。
「何なのニャお前ら!」
草薙の剣は、龍退治の前準備に入った。
〇
一方、カッサ中央砦の戦場は、まさにカオスの権化だった。
殴り合う巨人同士の足元で、ラリスとリンジュとクーシェンの冒険者が戦っている。群れる魔物に雷が落ち、空飛ぶ亀からエレキギターの演奏が鳴り響く。飛ぶ斬撃、発勁ビームが花火のように乱れ飛び、淫魔固有の緊縛魔法が厄介な魔物をキャッチする
連携できてるようで、実はノリでやっている。力のまま暴れ回る人類よりも、魔物の方がよっぽど統制が取れていた。
「殺せぇ! 一匹たりとも逃がすなぁ!」
そんな中、フライシュ侯爵率いるラリス軍は大地を埋め尽くす魔鼠の群れを集中的に討伐していた。
今の今まで姿を見せなかった統率個体“笛吹き”が、とうとう表に出てきたのである。なら今殺らずにいつ殺るというのか。デアンヌの疑似衛星攻撃魔法で白い鼬こそ討伐されたが、未だ戦場の魔物共は規律ある動きをしているのだ。つまり統率個体は死んでおらず、鼠が本体である可能性が高いという事。
当の笛吹きには特異個体のように分かりやすい見てくれの変化がないのだ。木を隠すなら森の中理論で、この戦場にいるどの鼠が“笛吹き”か分からない。故に、フライシュ侯爵はてんでんばらばらに逃げる鼠を死に物狂いでしらみ潰しにしているのである。
「彼奴を殺せば此度の尖兵戦は終わりだ! 奴に殺された戦友の顔を思い出せ! 仇を取れ! 応報せよ! ここが最後の戦場である!」
狂気じみた怒号が飛び交う中に、同胞に紛れて動く鼠が一匹。
その瞳は、魔物にあるまじき理知の光を湛えていた。統率個体、“笛吹き”の本体である。
笛吹きと呼ばれる鼠は、さも一般鼠でございとばかりに群れに紛れ、あえて迂回して唯一残っている柱に向かっていた。
目的は一つ、撤退である。柱の中に入り、そのまま転移で逃げるのだ。
逃げて、生き延びる。そうして再度襲撃し、より多くの人類を殺すのだ。
人類に“笛吹き”と呼ばれるこの鼠には、確固たる目的意識と戦術的思考が存在していた。
「次はあの群れだ! 粉砕せよ!」
柱まであと少しというところで、凶笑を浮かべたフライシュ騎馬隊が笛吹きのいる方に駆けてきた
フライシュ侯爵の眼を見た笛吹きは、欺瞞工作をかなぐり捨てて一目散に逃げた。
笛吹の背後では同胞が虐殺されていた。構わない。柱へ、柱へ。
笛吹きが柱の眼前に辿り着いた……その時だ。
ドォオオオオオオオオオオオオオン!
目を焼く光に遅れて凄まじい轟音が響き、殴りつけるような突風が笛吹きの躯体を吹き飛ばした。
光が収まって見えたのは、ガラガラと倒壊していく柱だった。
言わずもがな、ミッド中央砦に座するデアンヌの疑似衛星攻撃魔法である。
統率個体が生きているなら、逃げて再起を図るだろうという予想。逃げるのなら魔物を輩出していた柱に向かうだろうという予測。だからあえて柱を残し、そこに笛吹きを誘導したのだ。
畢竟、デアンヌが一枚上手だったのである。高い知能を持つ統率個体といえど所詮は魔物。人間で例えるなら、せいぜい九歳児くらいの知能しかないのである。これでも本能で動く魔物にしてはかなり賢い方なのだ。
「槍を構えよ! 往くぞぉおおおおおお!」
ドドドドド! 馬の蹄が大地を揺らす。フライシュ侯爵を先頭にした騎馬隊が笛吹きのいる群れに突撃してきた。
統制を喪い、散り散りになる鼠の群れ。なまじ知恵があるからこそ、笛吹きは知能戦で負けた事にショックを受けて固まってしまった。
そう、中途半端に知能が高いと、本能が鈍って判断が遅れてしまうのである。
「邪魔だぁ!」
次の瞬間、笛吹きはフライシュ侯爵の愛馬に蹴り飛ばされた。
どこにでもいる雑魚として、十把一絡げの魔物として、戦いではなく駆除として。
特級統率個体、“笛吹き”は討伐されたのである。
宙を舞い、足先から粒子に還っていく笛吹き。
やがて来たる死を前に、笛吹きだった鼠はソレを見た。
魔龍と化した猫又。己を捕らえ、呪いで縛り使役した者。不倶戴天の敵。
そして、笛吹きは理性を捨てて本能に従った。この戦場の全ての魔物に、最後の指示を出したのだ。
魔物の本能とはつまり、人類の殲滅である。当然、その対象は猫又も含まれる。
憎むべき猫又に、死出の旅路に付き合ってもらおうというのだ。
「うわ! なんだこいつら!?」
「落ち着け! 力が増してるだけだ!」
「あそこ魔物同士で仲間割れしてません!?」
笛吹きが死んだ直後、カッサ砦を襲っていた魔物は一斉に暴走した。
軍隊じみた規律はなくなり、ただ本能で動く存在に戻ったのだ。人類はおろか、魔物なりに共闘していた人工魔物にさえ牙を剥く始末。
中には猫又ドラゴンに襲い掛かる個体もいたが、それらは魔龍弾幕の前に無駄死にしていた。
「抑えられません! 隊長!」
「支援魔法まだか!」
「負傷者あり! 回復頼む!」
魔物の動きが変わった。攻撃全振りになったのだ。自身が死ぬ事を厭わず、全身全霊で襲ってくる。
これまで押していた兵士が勢いを減じた。指揮官が声を上げ、何とかして体勢を立て直そうと声を張っていた。
その、一方で……。
「はっ、やっとらしくなってきたじゃねぇか! 狩り甲斐があるってもんよ!」
「そうそう、これこれ! な~んか今まで気持ち悪かったんだよな!」
「魔物ちゃんはこうでないと! よ~しよしよしよしよし! 可愛いね、死ね!」
冒険者達は、むしろ本領を発揮していた。
暴走状態など、迷宮では日常茶飯事である。基本、迷宮の魔物は攻撃全振りなのだから。変に綺麗だった動きが無くなって倒しやすくなったまである。
「あそこまだ残ってるな! 手柄頂きぃいいい!」
「「「俺のもんだぁあああああ!」」」
魔物がらしくなって、冒険者もらしくなった。
怪物退治は迷宮潜りの十八番なのである。
他方、カッサ荒野の空では二体の竜族が刀を持って仕合っていた。
片や漆黒の鋭利な刀。片や何処にでもあるような木刀。一見して武器の性能差は瞭然でありながら、両者の戦いは拮抗しているようであった。
「がああああ! いぁああああああ!」
レギーナが斬り込み、ゲルトラウデが捌く。
互いに竜族魔翼を展開し、戦場狭しと跳び回り刃を交わす。端からは拮抗して見えるものの、その速さはレギーナの方が圧倒的に上だった。
例えるならジェット戦闘機とプロペラ戦闘機。当初は「8」の字軌道で戦っていた二人も、現在は「$」の軌道でレギーナが一方的にヒットアンドアウェイ攻撃を繰り返していた。
「ふむ。貴様の剣はアレだな、底が浅いな」
防戦一方のゲルトラウデはしかし、一振りの木刀で以て悠々凌いでいた。
ゲルトラウデ視点、目で負えない速度で動かれているはずだが、彼女の表情には一切の焦燥がなかった。むしろ異常なスピードで飛び回り、一方的に攻撃しているレギーナの方が消耗しているようであった。
「剣も、翼も、ただ速いだけで止まってしまっている。鍛錬の形跡はあれど、試行錯誤が欠片も見受けられぬ」
レギーナの刀に青紫の光が宿る。あらゆる物を両断する虚無の刃だ。それを、ゲルトラウデは真正面から受け止めた。
暴走しながらも断ち切れない事を悟ったか、レギーナは自身の得物に更に魔力を注いでいった。有り余る力でギリギリと押し込んでいくが、ゲルトラウデの手にある木刀は軋み一つ上げなかった。
「最短距離で放つ最高速の一撃。うむ、合理的だな。一つの最適解と言えよう」
ギィン! 漆黒の刃が弾かれ、木刀が翻る。
「だが、それだけだ」
「ぐぶっ!?」
反撃の木刀を受けた瞬間、不意打ちじみた竜族魔翼で打ち据えられるレギーナ。
勢いよく吹き飛ばされながらも咄嗟に是正し、追撃阻止の魔法を放つレギーナ。対する元近衛騎士はその全てを切り払った。
「無月流は己より速い相手との戦いも想定している。攻撃パターンも少ないな? 同じ敵としか戦っていなかったか。あるいは負け方を知らないのか? 圧倒的な勝利は戦の勘を鈍らせるぞ」
「がぁあああああ!」
このままでは勝てない。故に、もっと速度を上げる。
暴走レギーナはどうやっても破れぬ剣の結界の周囲を超高速攪乱軌道で飛び回った。言ってしまえば、スピードキャラにありがちなグルグル作戦である。
そんなテンプレを知っている訳もなかろうが、ゲルトラウデは小さく呼気してぼんやり木刀を構えてみせた。
「剣も人も、孤独のままで強くはなれぬ。故に、貴様の剣は脆い……!」
「ぐぁ……!」
背後から斬りかかる黒騎士。それより先に木刀を振るう近衛騎士。後の先を取られたレギーナの額に、硬質な木の棒が直撃した。
モロに、当たった。ダメージこそ小さいが、その衝撃たるや凄まじい。そのせいかレギーナの暴走状態は解除され、過剰な魔力放出が収まった。
「うる、さい……!」
暴走は収まったが、彼女の心は今なお激情に支配されていた。
戦いは終わらない。母が戦えと言ったのだから、そのようにするしかない。刀を握り直したレギーナは、先の半分程の速度で再度斬りかかった。
「私にはお母様しかいない! お母様の望みで、お母様の夢の為に生かされてる!」
より直線的に、より単調に。
怒りに呑まれたレギーナの剣はあまりにも真っすぐに過ぎ、ゲルトラウデにとってはあまりにも容易かった。
「父親は?」
「知らない! 私を作る為に、お母様は辱めを受けた! だから、良い子だから従わないといけない! それが愛情で、子供の義務だって!」
一旦引いたレギーナは、【魔導極砲】を連射した。流石にこの攻撃にはゲルトラウデも驚愕し、グイッと上体を反らして回避。そして、我知らずニヤッと笑った。
己より速き剣に加え、及ぶべくもない魔法の才。とんでもない怪物であった。そうだ、この幼子は鍛え甲斐がある。
「親子はそういうものなんでしょう!」
涙を散らせながら、大上段で斬りかかる。
その一撃を、ゲルトラウデは真正面から受け止めた。
「いいや、間違っているぞ」
美竜同士の顔が近い。火花を散らせて鍔迫り合いつつ、家に娘を待たせている母竜は癇癪を起こした幼竜に語りかけた。
優しく、されどきっぱりと。間違いを指摘するように。
「母とは、親とは子を愛する者だ。育み、慈しみ、共に学ぶ者の事だ。女から母へ、子の幸せを至上の命題として第二の生を歩む。断じてその逆ではない」
「分からないわ!」
「では分かるように言ってやろう!」
グイと姿勢を入れ替え、ゲルトラウデが上から押し込む。
母である竜の眼前に、滂沱の涙を流す銀竜の娘の美貌があった。
「子供は! 母親の物ではない!」
「くっ……!」
急上昇した剣圧に吹き飛ばされるレギーナ。
魔力を吹かして体勢を戻し、縋りつくように柄を握り直した。
「じゃあ。お母様は間違っているというの!?」
「そう言った! いいか? 親は絶対ではないし、時に愚かな間違いを犯す! だから共に歩むと言った!」
「なら! 間違いで生まれた私は! お母様の望み以外の何になれるというの! 上から目線で分かった風に! もうどうしようもないじゃない!」
まるで、初めて道場に来た子供のように刀を振りかぶり。
レギーナは初めて正面から話してくれた相手に突っ込んでいった。
「うわぁああああ!」
悲鳴だった。歪んだ愛で生まれ、歪んだ愛で育まれ、愛を知らぬまま生きてきた娘の。
刹那、呼吸を止めたゲルトラウデは芯が通ったように上段に構え、そして。
「はぁッ!」
正面から、技で以て打ち破った。
ドッゴォオオオオオオ! ゲルトラウデの眼下にクレーターが生まれた。
その中心で、大の字になったレギーナが呆然とゲルトラウデを見上げていた。
彼女の近くに、半ばで断たれた漆黒の刀身が突き刺さった。
「……どうしようもないなど、言ってくれるな。何になれるか、いやなりたいかは子自身が決めるものだ。己で見つけ、歩いていけるように、子は親に守ってもらうものだ。義務とか命令とか、子供が気にするものではない。まして、生まれた事に負い目など」
クレーターの中心に、ゲルトラウデが舞い降りる。
鱗鎧を魔力に還し、元のリンジュ衣装の姿に戻っていく。傷一つない木刀を帯に戻し、ゆっくりと歩み寄った。
「私は、愛されてはいなかったのね……」
「かもしれん。だが、実際のところは分からん。母の心など、子が知れる訳もないのだからな」
「……貴女の言った事、半分も分からないわ」
「そんなものだ」
夕暮れの静寂、戦場の喧噪が聞こえてくる。
レギーナの視線の先、遠い空に一番星が輝いた。
「貴女には、娘がいるのね……」
「うむ」
「愛しているの?」
「無論だ」
一拍置いて、ゲルトラウデは視線を逸らした。
「あぁは言ったものの、母親としては落第なのだが……」
「そう……」
「今でも料理は娘に作ってもらっているし、洗濯もやってもらっているし、長い間娘に養ってもらっていた。いや、最近は私もちゃんと稼げているのだが」
「そう……」
「それでも、何があろうと、私はあの子の母親だ。私にとって、あの子は世界で一番のかけがえのない宝だよ」
「……そう」
呟き、レギーナは刀を握っていない方の腕で自身の目を隠した。
目隠しをせずに見つめ合うのは、どうしようもなく辛かった。
「もう……」
思い起こした記憶は、どれも痛みが伴って。
昔はあった望みや願いも、いつの間にか忘れてしまった。
今は、ただ……。
「疲れた。休みたいわ……」
「うむ。なら、そうするといい」
「いいのかしら。戦えと、そう言われているのだけれど」
「良いに決まっているだろう。お前の心、お前の望みだ。何であれ、それは祝福されるべきものだ」
「そう……なら、いいけれど」
おずおず、と。
戦う為に生まれた少女は、折れた刀を手放した。
自ら握りしめていた呪いの鎖を手放したのである。
「綺麗な星……」
一番星に手を伸ばす。
初めて彼女が見上げた空は、どうしようもなく美しかった。
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