【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆の励みになっております。
 誤字報告もありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 前半三人称、後半一人称です。
 よろしくお願いします。


蒼の瞳、虹の扉(下)

 夕焼け空に星が見えた頃、戦場の混沌は勢いを増していた。

 これまで軍隊じみて動いていた魔物が文字通り統率を失ったのである。それは“笛吹き”が討伐された事を意味していた。

 その為、冒険者は本領を発揮して、フライシュ侯爵率いるラリス軍は勝ち戦のウイニングラン状態で、有体に言ってバイブスを上げていたのである。

 

「クソ! クソ! あのバカ鼠殺されやがったな! 助けてやった恩を忘れたかニャ!」

 

 一方、魔物の大恐慌の影響はイシグロ達と猫又の戦いにも波及していた。

 イシグロ達に襲い掛かって来るのは当然として、あろうことか混沌の魔物は猫又ドラゴンにも襲い掛かっていたのである。その多くは猫又ドラゴンの弾幕に撃墜されており、まさに飛んで火にいる夏の虫といった様相だ。

 

「有象無象以下のゴミ共が! よりにもよって今! 狙うならあっち狙えニャ!」

 

 謎バリア持ちで無敵なはずの邪銀龍だが、その弾幕は魔物にも向けられていた。どんな小さな魔物であっても、異様なほど丁寧に潰していたのである。

 そんな中、全長三メートル程の鷹型魔物が弾幕を掻い潜って猫又ドラゴンの背中に回転クチバシアタックを敢行し、見事に直撃させていた。鱗が弾け飛び、中の肉がぶち撒けられる。ヒットアンドアウェイで離れた鷹は、迎撃の追尾弾に当たって消滅した。

 イシグロは一連の光景をしかと観察していた。鷹型魔物の攻撃は猫又ドラゴンのHPをごっそり減らしていたのである。なんと、その与ダメージはグーラの攻撃をも凌いでいた。

 

 元より、一般魔物の攻撃は一般人類のソレとは桁が違う。それはザコエネミーであっても同様だ。

 だが、グーラと比肩する程の魔物は主級を除き殆どいない。にも拘わらず、それら二つを超えるダメージをあの鷹型魔物は猫又ドラゴンに与えたというのである。

 間違いなく、あの謎バリアにはまだカラクリが残っていた。

 

「どぉも宅配便ですー。ハンコお願いしますー」

「ニャ!? くぅっっっさ! 何してんだテメェエエエエ!?」

 

 その謎を探るべく、空飛ぶ槍に跨ったイシグロは猫又ドラゴンの背中に魔物誘引用の臭くベタつく謎液を爆撃めいてぶっかけた。攻撃は通らずとも、こういう効果は受け付けるのが謎バリアだ。

 激臭爆撃の結果、イシグロ達を襲っていた魔物は猫又ドラゴンに殺到した。その光景、まさしくエサに集るハトの群れ。邪銀龍は何とか弾幕で凌いでいるが、そのうちの数匹が銀龍の身体に攻撃をかましていた。

 そこで、もう一つ発見があった。猫又ドラゴンに直接攻撃した魔物は謎バリアの干渉を受けていないように見て取れ、加えて攻撃時に身体の傷を再生させていたのである。さながら迷宮内の魔物のように。

 

「な~る」

 

 そして、見切った。

 これまで、イシグロは件の謎バリアは特殊な防御魔法か重力操作によって使用者の周辺に圧縮空間か時空の歪み的なモノを作っているのだと思っていた。

 しかして、実際にはそれとは似て非なるものだと思われた。猫又は自身を主として周囲を迷宮化させているのではないか。いわば今の猫又ドラゴンは歩く迷宮とその主なのではないか。それが今のイシグロの考察だ。

 かつて魔道賢者ゼノンが造りたもうた人工異境。リンジュの建国英雄である九尾のシュリはそれを再現してのけたのだ。なら、旧魔王軍にもそういった技術があってもおかしくない。あり得ないなんてあり得ないのだ。

 

「やってみるか……!」

 

 迷宮あるいは人工異境。覚悟を決めて呟いて、イシグロは一本の杭を取り出した。かつてウェルン島で使った現世と異境を繋げる“結びの杭”の簡易版だ。何が起こるか分からんが、とりあえず使ってみようというのである。

 

「しっかり掴まってろよ! シャロ!」

「あいよ!」

 

 噴射炎が爆ぜる。薄くなった弾幕に突っ込んで、龍の懐に潜り込む。通り過ぎ際、イシグロは異境繋ぎの杭を巨大銀龍の横腹に突き刺した。

 瞬間、杭とバリアの間が激しく発光した。これまでとは全く別の反応。すり抜けるでも落ちるでもない。杭が食い込んでいるのである。

 

「術式に綻びだと!? なにぃいい!」

 

 数秒後、結びの杭は弾け飛び、発光現象は収まった。

 考察し、検証し、観察した。結果、効果ありといったところ。

 

「ほい。じゃあシャロは槍使えるジョブに変えといたから、運転任せたよん」

「えっ、ちょおいぃいいい!?」

 

 突撃槍の操縦を後部座席のシャロに任せ、イシグロは単身猫又ドラゴンに突貫した。

 空中階段を蹴り、弾幕を縫い、龍の背中に飛び乗った。妙にフワフワしている。足裏と鱗の間に反発する磁力のような隔たりを感じた。ともかくとイシグロは杭を振りかぶり、思い切り突き刺した。

 発光。次いで足裏が鱗に着く。突き刺した杭を中心に、半径数メートルのバリアが解除されたのだ。つまり、ここなら攻撃が通る。

 

「ふん!」

「痛ッ!? このクソ! 貴様どうやって破った!?」

 

 嵐極拳式溜め拳打。確実に、明確に、がっつりダメージが入った。

 迎撃魔法から逃れるべく退避すると、程なく杭は弾け飛んだ。

 付けた傷は治っているが、HPは減っている。一つ、殺しの手段が見つかった。

 

「ただいま。じゃあ運転代わるぞ」

「早くしてくれぇ……!」

 

 必死に運転していたシャロの槍に帰還し、イシグロは運転役を交代した。

 一回のアタックで杭一つを消費するのがネックである。ともかく殴れる方法が見つかったのだ。一回攻撃する度に一般王都民の月収が吹っ飛ぶが、トップオブ億万長者のイシグロにとってはジュース一杯の消費に等しかった。

 

「まぁいっぱいあるんですけどね! 皆さん配給配給!」

 

 そんな訳で、イシグロはレノの【念話】経由で作戦を伝え、一党の前衛組に杭を配った。

 杭と攻撃で二手必要だが、ミヅチ戦に比べればマシである。シャーロットを除き、ここのメンバーはあの害悪龍とも戦った事があるので、何とかなるだろうと楽観ではない信頼があった。

 

「方針は変更なし! いくぞ!」

「あいッス!」

 

 草薙の剣、一転攻勢である。

 攻撃手段を持った事でルクスリリアはより警戒すべき対象として立ち回り、グーラは火力要員としての役割に回帰した。イリハとユゥリンが前に出て杭を打ち、そこにレノが射撃を加える。そして、エリーゼは黙々と“呪詛”を蓄積させていた。

 害悪トレインでお邪魔物の数を減らさせ、その間の検証で弱点を見つける。この時、イシグロのプレイングは完璧だった。戦闘者としてではなく、戦術家として。

 

「堕ちろ! 堕ちろ! あぁクソ! 何故当たらんのニャ!」

 

 一方、猫又ドラゴンはロクに抵抗できていなかった。

 反逆してきた魔物を蹴散らしたところで、イシグロ達はどういう訳か人工迷宮の仕様に気付いたようだった。そこまではいいが、すぐさま攻略法を発見して実践してきたのである。

 そのせいで、これまで無視してきた面々を無視できなくなってしまった。未だ頭部周辺を飛び回る淫魔など、いつ杭を打ってくるか分からない。

 何より、最も厄介なのが。

 

「行くわよ! やぁあああッ!」

 

 エリーゼだ。矮躯の銀竜は青白い魔法剣を二刀流に構え、顎から股下にかけて回転連続斬りを敢行した。どこぞの某兵長のようなスタイリッシュ斬撃はしかし、意外や意外合理的であった。

 何故なら、エリーゼの目的はあくまで“呪詛”の蓄積なのだ。与ダメはさほど気にしていないので、手数重視で斬ればいい。これまたイシグロの読み通り、呪詛は遠隔魔法より近接魔法で殴った方がよく通ったのである。

 

「あぁもう鬱陶しい!」

「ちゃんと殺す気で狙いなさい。でなきゃ当たるモノも当たらないわよ」

 

 魔龍の性能にモノを言わせ、弾幕魔法を撃つ撃つ撃つ。魔力翼を閃かせ、稲妻の如く飛翔するエリーゼはそれら魔法を余裕で避けていた。

 命懸けの戦場で、魔物が近くにいた状況で、どうしてああも最適解を打てたのか。魔龍頭部に座する猫又呪術師は、イシグロの精神性とそれに追従できる郎党の異常さに心底震えていた。言ってしまえば単なるボス攻略におけるゲーマー思考に過ぎないのだが、そんなこと猫又に分かる訳はなかった。

 怒りの沸点は当に超えている。冷静さなど保てない。猫又呪術師を動かしているのは、ただただ純粋な復讐心だった。

 

「多少の損傷は仕方ない……邪魔ニャ吹き飛べぇッ!」

 

 全方位の大魔法陣全門から衝撃波を放ち、最接近してきたイシグロ一党を吹き飛ばす。

 猫又視点、“呪詛”はあらゆる状態異常の中で最も警戒すべきものだった。

 

 呪詛とは、傲魔竜アヴァリの竜族権能である。

 その効果は多岐にわたり、不死殺しや異能封じやらその気になれば使用者が思った通りの状態異常を付与できる。

 高い汎用性もさることながら、根本的な対策が不可能な点が最も厄介なのだ。毒や麻痺と異なり、この世界に呪詛への絶対耐性など存在しない。このバリアとて、その一環だったのだ。

 

「チェエストォオオオオッ!」

「ぐぶがぁ!?」

 

 エリーゼに向けて弾幕を集中していると、突如として魔龍の頭は強か大地に叩きつけられた。

 鎖に杭を付けて突き刺してきたグーラが、銀龍の後頸部に鉄塊剣をフルスイングしたのである。

 エリーゼを警戒すれば杭を使って攻撃され、杭持ちを警戒すればエリーゼの呪詛を浴びせられる。数で押しつぶすつもりだったのに、都合よく向こうの数が増えた。あまりにも理不尽ではないか?

 このままでは、復讐を果たせず終わってしまう。

 

「もう一回! 今度こそぶっ潰します!」

「やめろこのバカぁあああ!」

 

 どうしようもなかった。グーラの再アタックに対し、猫又ドラゴンは迷宮結界をパージして対抗した。

 次の瞬間、空間の歪みが生じて龍を中心に爆発めいた衝撃波が発生した。周囲のチビ共全員を吹き飛ばし、銀竜の防御ギミックは解除された。

 強みを失った。だが身動きが取れるようになった。猫又ドラゴンは翼を羽ばたかせ、魔龍らしく飛び上がった。

 

「まずはお前ニャアアアア!」

 

 今が好機である。そして、恐らく最後の逆転チャンスだ。

 息吹を溜める時間はない。猫又ドラゴンは空いたリソースの全てを魔法行使に集中した。

 主砲扱いの魔法陣を機銃の数だけ展開する。過剰な魔力運用に魔竜の心臓であるテレーゼの魂が悲鳴を上げているが、そんなのはどうでもいい。所詮、炉にくべられた炭なのだ。燃え尽きるまで使ってやる。

 全砲門、目標エリーゼ。カッサ荒野に異常で異質で規格の外れた魔力が吹き荒れ、そして……。

 

「死ィんねぇええええ!」

 

 刹那、世界が暗転した。

 それは、一つ一つがエリーゼの【魔導極砲】に匹敵する追尾魔弾だった。その全てが小さな銀竜一人に殺到する。対するエリーゼは身を庇うように青白い魔力翼を畳んで防御を試みた。

 衝突し、激しい閃光が弾ける。その光景は嵐の豪雨を巨大な傘で防いでいるようにも見えた。

 

「にゃっはぁ! お前なら防ぐと思っていたニャ! 下手に避けたらよわよわ兵士が死んじゃうもんニャ~? にゃは! にゃはっ! にゃ~っはっはっはぁ!」

 

 総八百万の連続花火が爆ぜ続けているような轟音。母の魂を削った魔弾を、娘の翼が受け止めている。如何に莫大な魔力があろうが、どだい耐えられるものではない。

 その時、魔龍の中の猫又は嗤っていた。その時、イシグロもまた笑っていた。

 互いに、勝利を確信して。

 

「そう来る事を……」

 

 エリーゼの翼が光を増す。

 鈴の音が鳴り響く。重なり、高まり、呼応する。

 月光の束が臨界を迎えた……その時だ。

 

待っていたわ(・・・・・・)!」

 

 バサリと、まるで扉を開くように、カッサ砦を覆う程の巨大翼が開かれた。

 同時、膨大な魔力の籠った風が魔龍を襲った。発射中だった追尾魔弾は吹き消され、魔法陣は消失し、頑強な鱗が次々に剥がれ飛ぶ。

 自分が撃った魔法の全て、そっくりそのまま返ってきたのだ。

 

「馬鹿ニャアアアアア!?」

 

 あまつさえ、風に含まれた“呪詛”が猫又ドラゴンの隅から隅までを侵食した。

 猫又は知らぬ事だが、これこそがエリーゼの翼の本領である。

 

 エリーゼは鱗を持たぬ銀竜である。

 かつて魂の進化を願った時、彼女は鱗鎧分の力を翼一つに集約させたのだ。その結果として、彼女は魔法を蓄積し権能を籠めて跳ね返す亜種竜鱗を得たのである。

 魔法限定の当て身技。エリーゼの切り札であり、あまり使いどころのない必殺技。そう、エリーゼは魔法戦において最高の戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)を持っているのである。

 たられば、二択だった。龍の息吹だったらイシグロが【受け流し】てアイコだった。魔法だったから負けたのだ。もし一目散に逃げていれば、まだ生き残れる道もあっただろうが、そうはならなかった。そうはならなかったのだ。

 

「迷宮結界! ダメだ作動しない! エリーゼまたお前かぁあああ!」

 

 鱗が剥げ、肉が削がれる。猫又ドラゴンは咄嗟にバリアを張ろうとして、何故か何もできなかった。

 封じられているのだ。蓄積しきった呪詛が安易な防御を許さない。

 

 結果的に、イシグロは猫又のバリアギミックを解除できなかった。その前に猫又側が破棄して、エリーゼが復活不可能にしたからだ。

 バリアの攻略は同時進行だった。イシグロが仮説と検証で正攻法を探る中、エリーゼは邪道のゴリ押し攻略を続け、後者が勝ったという話。例えるなら、ダンジョンの壁を爆弾で壊し、通れない道をケツワープで抜け、キーアイテム無しでボスを倒すようなもの。

 無論、イシグロ的には全然オッケーである。手段は問わぬ。最終的に殺せればいいのだ。

 

「見ろ! 邪悪な権力の犬が正体を現したぞ! フォーメーション・シータ! エッチなのはダメ! 死刑!」

 

 破壊の風が止んだ。ギミックが壊れたなら総攻撃だ。

 各々、武器を持って動き出す。猫又も慌てて逃げようとしたが、身体が痺れて動けない。呪詛の効果により、これまで地味に蓄積していた麻痺や毒や睡眠やらが突然牙を剥いたのだ。

 これこそが、銀竜一族において当代最強と言わしめたアヴァリの権能にして、エリーゼの真骨頂である。呪詛は雑に強いのだ。

 

「嵐極拳は戦場拳法。試合じゃ使えない技とかもあるんですよねぇ」

 

 処刑の初手はユゥリンだ。魔龍の眉間に槍の権能で転移した彼女は、既に拳を構えていた。

 引き絞られた矢のように、右の拳に嵐を纏う。ただ一点、殴るべき部位を見定めた。

 

「嵐極拳奥義、【抜山蓋世】!」

「ひぎぃ!?」

 

 轟! という爆音と共に、魔竜の頭から尻尾へかけて異常な衝撃が貫通する。

 溜めて、打つ。超高速バトルが横行する異世界において、あまりにも非実戦的な防御貫通技。しかし隙に見合った効果はあった。麻痺硬直に加え、耐性の高い魔龍にスタンが入ったのだ。

 

「あとはお任せしま~」

「ん、ずっとスタンバってた」

「ひぐ! ギャアアアアアアアアアアア!」

 

 スタン入ったトコでユゥリンが退避するなり、龍の右眼にクソデカ圧縮光弾が直撃した。

 戦場の遠く、【念力】で設置した光力版アハト・アハトによる遠距離狙撃である。 

 

「魔龍は尻尾が無いと魔力操作が下手になるんでしたよね! 頂きます!」

「ぐぎぃえええええああああ!?」

 

 致命の連撃。魔龍の背後に回ったグーラは、蒼炎纏うぶちぬき丸を尻尾の根本に叩きつけた。

 斬ッ断ッ! 龍の尻尾は見事に切り裂かれ、その断面を蒼炎が舐め尽くす。燃費が悪くて最近使っていなかったが、この蒼い炎は強力な不死殺しの炎なのである。当然、素で再生力の高い龍にも特効だ。

 

「淫魔にしてはいぶし銀の活躍! 見せてやるッスよぉおお!」

「なんニャアアアアア!」

 

 全身の魔力を溢れさせ、超淫魔化したルクスリリアが突撃する。

 ヘラジカと淫魔によるダブルアタック。一対の翼を両断された魔龍は大地に落下し、どっしーんとカッサ荒野を揺らした。

 

「どうしてこう他人に迷惑しかかけんのじゃお主等は。悪い子は……こうじゃ!」

「ぐぎぎぎぎぎ!? 動けんんんんんッ!」

 

 濛々と上がる土煙が楔に変じ、地に落ちた魔龍を縛り上げる。イリハによる大規模土氣陰陽術だ。

 麻痺やらスタンやらで動けない中、翼と尻尾を部位破壊され、おまけに大規模陰陽術で縛られている状況。猫又ドラゴンは藻掻く事さえできなかった。

 

「お覚悟をォオオオオッ!」

 

 そこに、サーフボードのように突撃槍に乗ったイシグロが接近する。その手はクッソ長い刀を握っていた。

 煌めく刀身に発勁を纏わせ、煉獄の炎が刃となって伸びていく。

 かつて、空を斬った技。カッサ中央砦防衛戦からこっち、溜め込みまくった生命力を放出する。

 

 名を、【煉獄星降(れんごくほしくだ)り】。

 溜めに溜めた【煉獄送り】を、溜めに溜めた一撃で以て使い切る。

 文字通りの必殺魔剣である。

 

「かはっ……」

 

 斬! 音が消え、炎が消え、一瞬後に首が断たれた。

 ずるりと、龍の首が落ちる。その断面からは、一滴たりとも血が出なかった。元より通っていなかったのだ。

 

「で、アタイがキャッチするってな!」

 

 龍の頭を見上げる位置で、大地に立ったシャーロットが虹色のルーンに腕を突っ込む。引き抜かれた腕は、猫又呪術師の首を掴んでいた。

 バリアを剥がし、首を落とし、動けなくなったところで本体を引きずり出す。ぶっちゃけ、倒すだけならもっと楽だった。ちゃんと殺すまでが遠足である。

 

「えっ、は……?」

 

 猫又が引っぺがされたと同時、魔龍の巨躯は電源コードを引っこ抜かれた電化製品のように身動ぎを停止させ、末端から徐々に粒子に還っていった。

 

「ま、拙い! 離せこのブス!」

 

 状況を把握した猫又は、シャーロットの腕を振りほどいて距離を取った。

 如何な猫又呪術師でも、魔龍を失った現状でイシグロ達に勝てるとは思っていなかった。

 つまり、最適解は……。

 

「仕方ないけどここでお別れ! 残念無念また来週ってニャ!」

 

 ドッガァアアアアアン!

 自爆である。舌を噛んだと同時、猫又は特撮怪人のように爆発した。

 肉体は滅びるが、魂を帰還させる事はできる。次女の将校猫又と違い、知性派を自認する猫又呪術師は自身の敗北を認める事ができるのだ。

 確かに、最適解だった。勝てなかったが負けもしなかったのだから、間違いなく英断と言えよう。

 

癒されよ(・・・・)

 

 だが、彼女は銀竜に祝福されていた。

 淡い光が散り散りになった身体を包み込み、次の瞬間には全快した。ご丁寧に装備まで修復されている。

 爆発して散った肉片から、五体満足まで回復したのである。

 

「え? え? あれ? ここは、何で? 戻って……ない!?」

 

 自爆して逃げようとした猫又は、辺りをキョロキョロと見渡した。

 空からイシグロ達が近づいてくる。猫又の近くに幼銀竜と幼森人がいて、二人して性悪女のように微笑んでいた。

 

「逃げてもいいぜ。首根っこ掴んで引きずり戻してやるがよ」

「自爆してもいいわよ。何度でも治してあげるから」

 

 ルーンの短剣を弄び、ここぞとばかりにドヤ顔するシャーロット。王笏を地に突き立て、アーサー像のポーズでドヤ顔するエリーゼ。

 エリーゼの【聖光の極大治癒】は、古傷さえ癒す最上級治癒魔法。その精度と出力は王都一の治癒術師が一日に一回しか発動できない程で、エリーゼはそれに“祝福”を付与して使えるのだ。そう、先の通りエリーゼは肉片になった人も治せるのである。

 現状の猫又呪術師に、治癒魔法を弾く手段は存在しなかった。

 

「うわぁああああ!」

 

 その事を悟った猫又は再度自爆した。そして、全快した。またやけになって自爆し、回復した。

 自爆、回復、自爆、回復……。そのサイクルは両手の指の数ほど続き、その都度エリーゼは楽しそうな顔で猫又呪術師を祝福していた。

 

 エリーゼは気づいていた。この猫又こそが、彼女に不胎の呪いをかけた張本人だ。

 イシグロに会えた事から竜族兄弟には感謝しているくらいだが、不胎の呪いに関しては恨み節全開なのである。

 なので、何度も祝福してあげた。祝いと呪いは紙一重である。

 

「クソおおおお!」

 

 ダメだ、エリーゼの魔力が尽きる前に精神が殺られる。猫又呪術師はエリーゼに背を向け、全力疾走した。みっともなく逃走したのである。

 獣系魔族だけあって、猫又呪術師は足が速かった。対し、何故かエリーゼとシャーロットは棒立ちしたまま追撃しなかった。

 

「ぐべ!」

 

 逃げられると思った瞬間、猫又は何かに躓いて転倒した。

 顔を上げる。見上げた先、眉を八の字にして微笑む淫魔の姿があった。

 

「アレだけ大口叩いといて逃げるとか、猫又族にプライドとか無いんスかぁ~?」

 

 煽りである。稚拙な煽りだが、猫又には効いた。

 

「遅いッス!」

「がぁ!」

 

 反射的に殴ろうとしたら、カウンターのヤクザキックで元いた場所まで蹴り飛ばされた。このメスガキ、何気に無月流の鍛錬は真面目に続けているのである。

 ズサーッと地を滑り、止まる。猫又に影が差す。恐る恐る、猫又は泥塗れの顔を上げた。

 

「逃げるな、戦え。少なくとも、お前の同胞は最後まで戦ってみせたぞ。立ち上がれ、ガッツを見せろ。誇り高き解放軍の一員なんだろ」

 

 イシグロである。

 槍から降りた迷宮狂いはヤンキーみたいに木刀を担いでいた。

 ロリとロリコン。彼の隣には、背の低い女達が整列していた。歴代ヒーローに相対する一般戦闘員みたいな構図である。

 

「お前ぇ! おま、お前なぁあああ!」

 

 最早ヤケクソである。地面を殴って立ち上がった猫又呪術師は、姉がやっていた武術を真似て襲い掛かった。

 

「お前のせいでアテシの姉は死んだんだぞ! まだまだ生きられるはずだったのに! クズが! こちらには復讐の権利がある! 大人しく殺させろよ! 家族を返せぇえええ!」

「うっせ」

「ぐぶぅ!」

 

 脳天に面。猫又は再度土を舐め、その衝撃で地面に放射状の亀裂が走った。

 イシグロは木刀の峰で自身の首をポンポンしながら、心底不愉快そうに口を開いた。

 

「リアルで敵の心情とか境遇とかどうでもいいんだよな。ただお前は俺達の邪魔をした。だからこうなる。あと一つ、お前は多くの人に迷惑をかけた。不幸にした。自由を奪った。例えどんな事情があったとしても、大人しく死ぬべきはお前だよ。シャロ、やってくれ」

「あいよ」

 

 頭目に言われ、シャーロットは幾何学的なルーン・コードを描いてみせた。

 やがて七色に光る炎が生成され、それを見た猫又は全身の毛を逆立てた。本能で、アレはヤバいと確信したのだ。

 

「この炎は熱くねぇよ。だが、一度引火すると時間感覚が遅くなって、その間は全身を焼かれる幻を見続ける。言っちまえば魔族殺しの炎だな」

 

 猫又含む魔人種は体内魔力さえ残っていれば再生し続ける。それ故、魔王戦争の際には効率よく魔族を殺す技術が洗練されていった。

 結論、心を殺すのが手っ取り早い。絶望させ、自死を乞う程の苦痛を与えるのだ。

 

「待て、そんなの人に使っていい技じゃないニャ! ルーニアの誇りはどうしたのニャ!」

「あ? んなもん無ぇよ」

 

 ポイッと。無造作に、道端の石ころでも放るように

 虹色の炎は猫又に引火し、その身体に纏わりついた。

 

「ぎゃあああああ! 痛い痛い痛いぃいいあああぁああ!? あぐぁあ! ひぁ助け 皆助けひぇえええああ!?」

 

 身を焼かれ続ける痛みに、ゴロゴロとのたうち回る猫又。

 一秒、二秒、三秒……活きが良かったのはそこまでで。猫又呪術師はうつ伏せに倒れてピクピクしていた。猫又の時間間隔では、既に丸三日以上焼けている頃合いなのだ。

 

「ルーンはルーンっていう技術体系であって、以上でも以下でもねぇんだよ。要するに、使い手次第ってこったな。呪術だってそーだろ」

 

 シャーロットは猫又一味によって故郷を滅ぼされたのだ。復讐は済んだが、それはそれとして旧魔王軍の猫又には残酷になってしまう。この場に、猫又呪術師を哀れむ者はいなかった。

 ややもあり、ゲーミング炎上猫又はイシグロを見上げた。

 

「お願い、死なせて……」

 

 ふんと鼻息一つ。

 猫又の前でヤンキー座りしたイシグロは、よく聞こえるようハッキリと返答した。

 

「死なせてやらない」

 

 言葉は届いたようである。猫又呪術師は極めてオーセンティックな絶望顔を晒し、自力で動けぬまま焼かれ続けた。

 決して逃がさない。肉体は殺さない。ただ心だけを殺す。そうやって、圏外砦を守り抜き、見事に散った勇士達の手向けとするのだ。

 異世界に地獄があるならば、向こうでも詫び続けるべきである。

 

 第二次カッサ中央砦防衛戦。

 主犯猫又、討伐完了。

 草薙の剣の勝利である。

 

 

 

 

 

 

 カッサ荒野に夕陽が落ちて、空が紫っぽくなってきた。

 圏外にしては珍しく、一等星が綺麗である。

 そんな幻想的な星空の下で……。

 

「へっ、いい燃えっぷりじゃねぇか。このまま毎日猫又焼こうぜ?」

 

 俺達は猫又キャンプファイヤーをやっていた。

 

「よく分からないんですけど、この猫又の人そんなに悪い人なんですか? リキタカさんがこうも言うって相当だと思うんですけど」

「まぁアタイの故郷燃やした奴ではあるな」

「わしは目ぇ抉られそうになったのじゃ」

「レノの身体を弄って機械仕掛けにしたのもコイツ等よ」

「うげっ! 思ったよりやべー奴じゃないですか! えんがちょえんがちょ!」

「つーか、コイツ等ってホントに猫又族なんスかね? 猫又って尻尾二つなのに、実は亜種なんじゃないッスか?」

「一応猫又特効の匕首は効いたから猫又なんじゃないかなぁ。オラ、【鎮静】!」

 

 七色に燃える薪を眺めながら、時折メンタル回復魔法をかける。

 一時ドラゴンと化していた猫又呪術師だが、カッサ砦に侵入していた奴と同個体だったら拘束具が効かないかもなので今尚こんがり焼いてる次第。

 

「向こうは元気ッスね。援軍来ても魔物いねーじゃんってなりそうッス」

「ゲルトラウデも上手くやったようね」

 

 特撮怪獣と戦っている最中、俺達は何だかんだ遠くまで移動していたらしい。砦の方を見れば皆さん元気に戦っていた。

 中には勝鬨を上げている人もいて、ラリス軍は笑顔で追撃戦をしていた。さっきまで空でスパーキングしてた竜族もいつの間にかいなくなっている。師匠が負けるビジョンが視えないので、まぁ勝ったんだろう。

 

「ん、連れてきたよ」

「命に別状はなさそうです」

 

 ちょくちょく回復をかけつつ猫又キャンプファイヤーを眺めていると、レノとグーラが戻ってきた。グーラは銀竜の女性をお米様抱っこしている。俺達が火の世話をしている最中、彼女達にはエリーゼママを迎えに行ってもらっていたのだ。

 透視ができるレノに曰く、彼女は魔龍のジェネレーターに使われていたらしい。一応生きてはいるようだが、ぶっちゃけ死人みたいだった。銀色だった髪から艶がなくなり、バサバサの白髪になっていた。

 

「はえ~、竜族って魔力無くなると白髪になるんスね~」

「そこ? まぁ私も初めて見たけれど。殆ど魔力が無くなってるじゃない。回復もしてないようだし、どういう事かしら?」

 

 なんて話していたら、空中から味方の反応が近づいてきた。

 

「終わったか」

 

 見れば、ゲルトラウデさんとエリーゼ・クローンことレギーナが飛んできた。

 無傷の師匠に対し、レギーナの鎧はボロボロだった。黒騎士が戦いに負けたのは一目瞭然で、その為か先の暴走はどこへやらって感じに大人しい。 

 

「お母様……」

 

 髪が白くなってる母を見て、レギーナは複雑そうな面持ちで呟いた。

 

「貴女、もう大丈夫なの?」

「うっ……」

 

 エリーゼが声をかけると、大人版エリーゼみたいなレギーナは小銀竜の視線を恐れるように師匠の背中に隠れた。前世の従妹にそっくりな人見知り仕草である。

 ガチのクローンなのかどうか知らないが、そりゃまぁ元になった人と話すのは気まずいよな。そのへん当のエリーゼは全然気にしてないの実に心が強ぇ竜族である。

 

「大丈夫なんですか?」

「うむ、問題ない」

 

 危険性について小声で問うと、師匠からはお墨付きを頂いた。ならまぁ平気だろう。

 それより、師匠も皆も灰になった竜族美女が気になるようだ。そんな灰を平坦な地面に横たえさせ、俺はエリーゼに目配せした。

 

「起こすわよ」

 

 王笏を振り、祝福付きの治癒魔法をかける。

 淡い光がテレーゼを包むと、白髪が銀髪に変わっていき、元の肌艶を取り戻した。

 やがて、彼女はパッと目を開いた。

 

「ふぁ……何? 戦にはまだ時間が……」

 

 ぼやきつつ、テレーゼは気怠い朝が来たかのように上体を起こした。

 次いでぼんやりと周りを見渡した。エリーゼと視線が合って目を見開き、近くにいた師匠を見てはさらに驚愕に目を丸くしていた。

 

「ゲルトラウデ……!?」

「お久しぶりでございます。テレーゼ様」

 

 流麗な礼をする師匠に対し、テレーゼはバッと立ち上がって身構えた。

 鱗鎧を纏おうとしたのだろうか。全身に魔力を流していたが、上手くできなかったようだ。

 

「何? 魔力が無くなってる? う、嘘でしょ!?」

 

 エリーゼの見立て通り、目覚めても魔力を回復できていないようだ。龍化の後遺症とかだろうか。

 

「お母様、お身体はご無事でしょうか」

「れ、レギーナ? これはどういう事!? そ、それより何よこれ? どうなっているのよ!」

 

 レギーナに視線を向けた彼女は、勢いよく詰め寄って両肩を掴んで揺さぶった。

 対し、エリーゼそっくりな娘は小さく頭を振った。

 

「レギーナは……もう戦いたくありません」

「なっ?」

 

 母の問いには答えず、レギーナは恐る恐る返答した

 ややもあり、テレーゼの美貌がみるみるうちに怒りに染まっていく。

 

「何言ってるのレギーナ! 今すぐコイツ等を殺しなさい! 貴女を育てるのにどれだけ手間暇かけたと思っているの! ちゃんと返しなさいよ! ゲルトラウデを付けるわ! だから頑張りなさい!」

 

 猿の鳴き声のような、キンキンとした声が響く。肩を掴まれ、正面から迫られているレギーナは足を震わせていた。

 どれだけ美人でも、ヒステリー起こしてる時の女性はこの上なく醜い。甲高い声を上げるテレーゼを見た時、俺は心底そう思った。

 

「それでも、嫌です……」

「なん!? この役立たず!」

 

 その時だ。テレーゼは右手を大きく振り上げた。

 流石に、ちょっと見てられない。俺はテレーゼの手を掴んで止めた。

 そういうの地雷なんだよな、俺。

 

「人間が! この放せ下郎!」

 

 言われた通りに手を離すと、彼女は汚いものに触れたように掴まれた手首を拭っていた。

 

「それより、私から貴女にお話があります。聞いてくださいませんか」

「なによ」

 

 レギーナから俺に注意が移ったところで、真っすぐに彼女を見て言った。

 ある意味、今しかないかもしれないのだ。だから、できるだけ真剣に。

 

「王都に戻り次第、私とエリーゼさんは結婚する予定です。どうか、その事をお認め頂きたいのです。娘さんを私に下さい」

 

 それから、頭を下げた。

 ここは異世界で、相手は竜族だ。ヴィーカさんの言ってた通り、結婚に親の了解を得る必要はない。完全にエゴである事は自覚している。実際、エリーゼは気にしていない。それでも、エリーゼの未来を思えば親の承認はあった方がいいと思うのだ。

 

「……は?」

 

 暫く後、呆けたような声が聞こえた。

 ゆっくり視線を戻していくと、テレーゼは心底理解できないものでも見たような表情を浮かべていた。

 遠く、戦場の声が聞こえてきた。

 

「エリーゼを? 何故……はっ!? お前、銀竜一族に取り入るつもりね! けど残念ね、アンタなんかお父様が認める訳ないわ!」

「銀竜一族に加わる予定はありません。それと、ヴィーカ様の許可は頂いております」

「嘘を言うな! お父様がお前みたいな人間を認める訳ない! そもそも、何の利益もなくエリーゼと結婚なんて信じられないわ!」

 

 価値観の齟齬は仕方ないとして、俺からエリーゼへの想いを否定されたくはない。

 俺は収納魔法から銀竜の盟友剣を取り出した。これはヴィーカさんに貰ったもので、その名の通り銀竜一族の盟友たるを証明する剣である。

 

「は、はぁ? うそよ! お父様が、アンタなんかを……」

 

 手渡す。彼女は剣身を抜き、見分した。

 お嬢様らしく審美眼があるのか、彼女は過去一目を小さくしていた。本物だと分かったのだろう。

 

「なら、何故エリーゼを……」

「私が、彼女を、愛しているからです」

 

 即答する。テレーゼはますます分からないという顔になっていた。

 あるいは、彼女にとってエリーゼは愛されるに足る存在とは思えないのかもしれない。なんかこの人、自分以外の価値観には不寛容な雰囲気あるし。

 煮える腹を抑え、俺は努めて冷静に続けた。

 

「エリーゼは素晴らしい女性です。将来の伴侶として、そして彼女の生涯の支えとして、私は永遠の愛を誓っております。非才の身ですが、今後とも精進して参ります。どうか、私との結婚をお認めください」

 

 再度、頭を下げる。

 何でもいい。娘を祝福してほしい。皆の中で家族が生き残っているのはリリィとエリーゼ、ユゥリンだけなのだ。ならせめて、少しだけでも親らしい愛を与えてやってほしい。

 一分か、二分か。俺の言葉を聞いて、長い間を空けたテレーゼは……。

 

「気持ち悪い……」

 

 僅か低声で、吐き捨てるように呟いた。

 俺の背後で、仲間が身動ぎする音が聞こえた。

 

「本当に気持ち悪いわ。アンタ、こんな子供みたいな女に発情するの? いくら人間族ったって限度があるでしょう? アンタが父でエリーゼが母とか、生まれてくる子供が可哀想じゃない。身の程を弁えなさいよ」

 

 まぁ、うん……。

 ある意味で正当な反応だと思った。

 ロリコンは気持ち悪がられて然るべきだと思う。そうというだけで迫害すべきとまでは思わないが、法を犯した奴は極刑でいいと思う次第。

 だが、当のエリーゼとその恋人に言う事ではないと思う。彼女はロリだが、それだけが彼女ではないのだ。年齢は俺より年上なのだし、その物言いはエリーゼ以外の幼い容姿の大人の女性に失礼である。

 どだいそれじゃあ、彼女を人として見てないみたいじゃないか。

 

「エリーゼ? やめておきなさい、こんな気持ち悪い男。コイツみたいなのしかいないなら、独り身の方がマシ……」

 

 次の瞬間だった。

 パァン! と、水袋を割ったような快音が響いた。

 母が娘の方を向いた時に、エリーゼが母の頬を打ったのだ。その勢いは凄まじく、俺より背の高いテレーゼが倒れてしまうほど。母を支えようとしたレギーナを師匠が制していた。

 

「……え?」

 

 グラビアポーズみたいになったテレーゼは、自身の美貌に手を添えて呆然としていた。

 彼女が見上げた先、エリーゼは怒りの魔力を噴出していた

 

「私を憐れむのは構わないけれど、この人を蔑むおつもりなら……今すぐ死んで頂きますわ」

「ひっ……?」

 

 テレーゼが見上げ、エリーゼが見下ろしている。

 魔力の差にビビッたか、テレーゼの顔色は真っ青になっていた。

 かと思えば、青い瞳と視線を交わしたテレーゼの顔は徐々に赤く染まっていった。

 

「何よ、その目は! 何なのよ一体! 皆して、いつも私に訳の分からない事を! もう、うんざりよ!」

 

 怯えの次はまた怒り……かと思えば、ちょっと様子が違う。

 じわりじわりと、テレーゼの目尻に涙が溜まっていくではないか。

 

「皆、私が悪いって言う! そんなのおかしいじゃない! 私ちゃんとしてたのに! ずっと頑張ってたのに! もう何なのよ! 何でいつもこうなのよ! 早く誰か何とかして! アヴァリ! お父様ぁ! 助けてよぉおおお!」

 

 戦場には相応しくない、虚しい叫びが響き渡った。

 銀竜の頬を涙が滑っている。それを見た俺は、有体に言って……萎えてしまった。

 別に同情したとか、そういうのではない。未だ怒りは消えていない。ただ、エリーゼの母親であり絶世の美女であるテレーゼが心底哀れに思えたのだ。なんだろう、こうはなりたくないなって。

 そう思ったのは俺だけではないようで、俺以外の皆も呆れ半分哀れみ半分といった感じ。師匠はというと、複雑な顔で首を振っていた。

 

「嫌! 嫌! あの猫又もいないし! レギーナもおかしくなっちゃったし! 私なんの為に頑張ってたの! いやぁあああ……!」

 

 なんというか、場が白けていた。

 が、この叫びを聞き届ける者がいた。

 

「戦場で涙を流すものではない。そう教えたはずだがな」

 

 空から声がした。

 見上げると、黒い外套の男が翼を広げて浮いていた。

 フードを取ったその顔は、見覚えのあるイケメンだった。

 

「お祖父様!?」

「うむ」

 

 銀竜剣豪ヴィーカさんである。

 いきなりのレジェンドエントリーに、一同固まってしまった。アイサツとかすべきだろうか。

 

「ルーンの門だったか。あれを潜って、空から戦場を見ていたのだ。誠に善き戦であった」

「あ、ありがとうございます」

 

 来て、観てたらしい。そんで戦いぶりを褒められた。なんだろう、素直に嬉しい。

 当のシャーロットはヴィーカさんが来てた事を知らなかったようでポカンとしている。ユゥリンも宇宙麒麟だ。ゲルトラウデ師匠は膝をつくべきか否か迷って変な姿勢になっていた。

 

「お父様! 来てくれたのね!」

 

 他方、テレーゼは歓喜の声を上げた。さっきまで流していた涙が綺麗さっぱり消えている。

 

「あぁ! お父様、助けてください! この男に犯されるところだったのです! その上、エリーゼを娶って銀竜一族に取り入ろうなどと!」

 

 あからさまに哀れっぽく、テレーゼは伝説の剣豪に膝立ちで縋りついた。

 対するヴィーカさんの目は……ゾッとするほど冷たかった。

 

「竜の盟約を破ったようだな」

「……え?」

 

 外套の裾から手を離す。

 銀竜剣豪の視線に気圧されたか、テレーゼはぺたんと尻もちをついていた。

 

「一族の長から、貴様が居なくなったと聞いた。魔王軍の残党に与したか。貴様の選んだ道だ、それ自体に否はない。だが……」

 

 絶対零度の瞳が宝銀竜の双眸を射貫く。

 目を向けられていない俺まで背筋が凍る心地だった。

 

「貴様は、銀竜の血を穢したな。敗北を認められぬ醜き残党共に、我等の血を与えたな。その娘の父は誰だ? 答えてみよ、テレーゼ」

「ひぅ!?」

 

 対し、テレーゼは両手で頭を庇っていた。まんま親の叱責に怯える子供そのものだった。

 

「何故だ。何故、そのような愚かな事をした……」

「だ、だって、そうしないとレギーナを作れないから、一族の者として立派な子を育てなきゃって……」

 

 冷ややかなヴィーカさんの瞳に、今度は炎のような熱が宿る。

 テレーゼは強張った笑みを浮かべ、父のご機嫌を窺っていた。

 

「理由は、それだけか」

「わ。私は、だって、その……! エリーゼが、小さくて、出来損ないで。アヴァリも全然言う事聞いてくれなくて……!」

 

 ヴィーカさんに、安易な媚びは通用しない。

 しどろもどろに言い訳を並べようとして、彼女はさっきまでの勢いを失っていった。

 嵐の前の静けさ。パンパンになった風船が膨らんでいくような雰囲気。

 やがて、竜族美女は弾けた。

 

「わっ、私悪くないもん!」

 

 責任転嫁である。

 親の視線から逃れるように、母は娘であるエリーゼを指差した。

 

「え、エリーゼが悪いのよ! だって銀竜として欠陥があるじゃないの! どう考えても生きてる価値なんか無いわ! だから新しいの作ろうって言ってもアヴァリは聞いてくれないし! 不貞なんてしてないのに皆私を悪く言う! だからよ! レギーナを作ったの! 褒めてよ! 最高の銀竜になるんだから! 私だって頑張ったの! お父様なら父親らしく褒めてくれたっていいじゃない!」

 

 美形の多い異世界においてトップクラスであろう美女が、ワガママお姫様のようにキレ散らかしている。

 ぶっちゃけ、ちょっと引いてしまった。萎えて、呆れて、今はなんだか悲しい気持ちになっていた。

 エリーゼとレギーナを見れば、二人とも同じ目をしていた。ジト目、である。その顔には「えぇ……?(困惑)」と書いてあった。エリーゼが傷ついてなさそうなのが幸いか。ちょっとでもショック受けてたらヤバかった。

 

「アヴァリを殺したのは貴様だな」

 

 が、ヴィーカさんは眉一つ動かさずに言った。

 って、えぇ!? アヴァリを殺したのは蛮族竜兄弟と聞いてるけど、何でここでテレーゼ君が?

 

「な、何故それを……!」

 

 一部を除き一様に驚愕する一同の中、テレーゼは別の表情を浮かべていた。

 もう語るに落ちてるじゃんよ。

 

「確かに、決闘でアヴァリを討ったのは幻魔の兄弟だ。二人を唆したのは、旧魔王軍の手先だった。貴様は、その猫又に、手を貸したようだな」

「そ、そんな事ないわ! お父様、私がアヴァリを殺すなんてあり得ないでしょう!? だって私はあの人の妻で、ずっと愛してあげてたんだから!」

「幻魔龍から話を聞いた。殺さない、という契約でな」

「なぁ!?」

 

 どうやら、ヴィーカさん自ら当人達にインタビューしたらしい。想像しただけで怖過ぎを超えた怖過ぎである。

 

「ともあれ奴は敗れた。それはいい。アヴァリとの決闘に手を貸したのも構わん。少々の不利で負けたのなら、アヴァリもそれまでの竜だったのだろう。だが、母が実の娘に呪いをかけさせるなど……。今になって殺しにかかったのは勝てる算段がついたからか? 新しい魔王とやらは、私よりも強いのか? であれば今すぐ連れてこい。貴様の目の前で木っ端微塵に刻んでくれよう」

 

 銀竜剣豪の瞳に、荒れ狂う憤怒が渦巻いている。

 目を逸らそうとするテレーゼだが、蛇に睨まれたカエルのように硬直していた。

 

「銀竜の恥さらしが……」

「ひぁ……!?」

 

 重い低声で言われ、テレーゼはびくりと身を震わせた。

 やがて、彼女の股下に水溜まりが広がっていった。

 ん? おかしいな、竜族に排泄機能はないはずだが、恐怖のあまり失禁しちゃってるじゃないか。あれは尿なんだろうか? ちょっと気になる。

 なんて思っていたら、

 

「だってだって、アヴァリはエリーゼを間引くのに反対したから……。あんなの生きてたってしょうがないでしょう? 欠陥があるのはエリーゼじゃないの。勝手に期待して、勝手に私のせいにして……」

 

 この期に及んで、弱々しい言い訳を並べていた。

 夫を謀殺し、娘に呪いをかけさせ、今度は一族に多大なる迷惑をかけた。典型的な他責思考。あろうことか、その責任を娘に転嫁していた。

 ロリコンの俺が言うのもなんだけど、銀竜として親として人として、それはどうなのよ。

 

「エリーゼなんか生まれてこなければ良かったのよ!」

「もういい」

 

 低く小さな呟きが、腹の奥まで響いた。

 普段無表情なヴィーカさんだが、今は苦虫を嚙み潰したように強張っていた。

 

「……これ以上、失望させるな」

 

 言って、ヴィーカさんは懐から一本の短剣を取り出した。

 鞘まで美しいソレを、テレーゼさんに放り投げる。

 そして、厳かな声で。

 

「自裁せよ、テレーゼ」

「……は、え? じ、さい?」

 

 呆けるテレーゼ。

 ヴィーカさんは真剣だった。あまりにも真剣で、誰も止められないくらい。

 

 半分不死身の竜族だが、心臓を壊せば死ぬのである。毒の効きが悪い竜族にとって、自殺するなら剣による一撃が合理的なのだろう。

 ある種、慈悲なのかもしれなかった。

 

「あ、あぁぁ」

 

 父の視線に押されるように、テレーゼは短剣を手に取った。鞘を抜く。鏡のような剣身には恐怖でぐちゃぐちゃになった美女が映っていた。

 両手で逆手に持ち、心臓に近づけていく。かたかたと、剣先が震えている。

 

 もう少しで刺さるという時、ちらりとレギーナを見た。娘は何も言わず、目を逸らした。

 エリーゼを見た。彼女は神妙な面持ちで見守っていた。

 ゲルトラウデ師匠も助けるつもりはないようだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 テレーゼの息が上がっている。

 美麗な顎先から、汗が滑り落ちた。

 大きく、振りかぶる。

 止まって、震えて。

 そして……。

 

「いやぁ!」

 

 ぶん投げた。

 放物線を描き、自裁の短剣は虚しく落ちた。

 

「酷いわ! 自裁なんて! 私悪くないって言ったじゃない! なんで私が死ななきゃいけないのよ! もう馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! お父様なんか大っ嫌い!」

 

 大嫌い大嫌いと、ソシャゲでセルラン一位取れそうなビジュの美女が首を振って喚いている。

 ヴィーカさんが溜息を吐いた。懐に手を入れ、中から湾曲した刀を取り出している。

 これはもう、止められない。エリーゼと師匠は神聖な儀式でも見るようにしているし、そういうとこ結構竜族だよねって。

 

「お、お止めください。銀竜剣豪、ヴィーカ様……!」

 

 その時だ。これまでじっとしていたレギーナが口を開いた。

 ヴィーカはエリーゼそっくりな女剣士を睨んだ。

 

「わた、私は、お母様に色々な事を教わりました。剣に、学に、銀竜一族かくあるべしと」

 

 たどたどしく語る彼女は、緊張しているのが丸わかりだった。

 超然とした雰囲気が抜け、感情に振り回されていた印象も抜け、今は強張った声で遥か格上の超越存在に語り掛けていた。

 彼女の過去に何があったのかは分からない。多分、ロクでもないだろうが。それでも、彼女の声音には母への愛が垣間見えた。

 

「お母様は、エリーゼ様に決闘を挑み、敗れました。竜族たるもの、潔く勝者に従うべきかと存じます」

 

 存在が罪の証である彼女が、ヴィーカさんに意見具申したのだ。

 空気が張り詰める。テレーゼは自身の娘を呆けたように見上げていた。

 

「……で、あろうな」

 

 何を思ったのだろうか。僅かに表情を緩めたヴィーカさんは、ゆっくりと刃を収めた。

 その瞳は、エリーゼを見るのと同じ色をしていた。

 

「エリーゼ、お前に任せる」

「ええ。任されました」

 

 ヴィーカさんに言われ、エリーゼは気のない返事をした。

 彼女も彼女で萎えているのかもしれなかった。さっきまでの荘厳な雰囲気もなくなっている。

 

「え、エリーゼ? 分かっているわよね? 貴女に命を与えたのは私よ? その男に会えたのも、私のお陰みたいなところあるじゃない? 親殺しなんて、そんな事しないわよねぇ……?」

 

 縋るような、脅すような目だった。

 何かがあってこんな性格になったんじゃなくて、元々こういう性格だったんじゃないか。俺には、そう思えてならなかった。

 

「はぁ……」

 

 夫殺しの母は、娘の溜息にまで怯えていた。

 そして、決闘の勝者が口を開いた。

 

「鱗と翼を剥がして、あと力も封じて……」

 

 さも適当と言った風に。

 心底どうでもいいというように。

 

「銀色のお宝として、牢で暮らせばいいんじゃないかしら」

 

 ぱさりと、祖父譲りの髪を払い、云った。

 

「ざっと百年くらい?」

 

 俺視点、甘い判決だと思った。

 もし第三王子が捕まえてたら、もっと酷い目に遭ってたと思うし。

 しかし、宝銀竜テレーゼは。

 

「嫌ぁあああああ……!」

 

 絶望したように、泣いていた。

 泣いても、泣いても。

 誰も、手を差し伸べてはくれなかったが。

 

「お母様、共に罪を償いましょう……?」

 

 いや、一人いた。

 当の母は返事もせずに泣きじゃくってたが。

 本当、誰も救われない。

 

 これにて、俺達の尖兵戦は終了した。




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