【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。本当にお世話になっております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
ここ最近の王都は毎日がお祭だ。
何故なら、年明けのご挨拶でラリス王から尖兵戦の終了が報じられたが為である。
千年に一度の大規模レイドイベント“災厄”。その前哨戦である尖兵戦が無事に突破できた訳だ。ここ最近の王都に蔓延していた剣呑な空気を嗅ぎ取っていた王都民は、安堵と歓喜と解放感でフィーバー状態になったのである。
例えるなら、新ファイター参戦ではしゃぐ人々。あっちこっちで王様バンザイがご唱和され、酒とつまみが飛ぶように売れまくった。それくらい盛り上がってて、今尚続いているのである。
続いて尖兵戦における情報が解禁され、数多くの英雄譚が大衆の知るところとなった。
吟遊詩人がリュートを爪弾き、情感たっぷりに歌い上げる。たった一党でいくつもの軍を癒やし続けた東方の三聖者。三日の間独りで砦を守り続けた不死身の勇士。命を削った極大魔法で特異個体を討伐せしめた殲滅の魔導士。中には草薙の剣の詩なんかもあったりして、それに登場するイシグロ氏は信じられないくらい美化されてて草だった。
ちな、草薙の剣の英雄譚はかなりナーフされており、“茨の根”の討伐イベントはほぼほぼカット。で、フライシュ侯爵に「貴殿こそ真の王国無双よ!」と称えられてエンディングである。西区だと一番の人気英雄譚らしい。
無論、尖兵戦における人類側の被害は多大であり、あの戦場は英雄譚ほど綺麗じゃあなかった。
フボール地方だけでも、元武帝トンナンや幾人ものラリス貴族が戦死し、一般兵の被害は計り知れない程だった。止まり木や荒野の牙も盟友の半数を失っている。両同盟の盟主が無事だったのが不幸中の幸いだ。
これでも、他戦線より少ない方なのだ。全ては俺のお陰だとフライシュ侯爵は褒めてくれたが、胸を張って誇れる気はしなかった。
で、だ。
ラリス王による尖兵戦終了宣言を以て、俺の仕事は完了した訳だ。
兵站を輸送し、道中の魔物を討伐し、最終的に統率個体と黒幕とその他竜族を返り討ちにした。ヴィーカさんに褒められるくらいにはよく戦ったのだ。
しかし、例によって戦いの後始末は戦場並みに過酷だった。
あの後……猫又が現れた時から、色んな事があったのだ。
全てが終わった今、俺は改めて尖兵戦での事の顛末を思い返すのであった。
〇
猫又呪術師が襲撃してきて、それを撃退した直後の事である。
あの後、俺達は全速力で駆けつけてくれた第三王子派閥のエージェント・メイドさんに猫又呪術師とテレーゼを引き渡した。
両者を連行するにあたってはヴィーカさんとゲルトラウデさんが監視を務めてくれる運びとなり、レギーナもそれについていった。
詳しい処遇は後々詰めるとして、兵士や冒険者の混乱を避ける為の疾風迅雷の即断即決である。これについては俺の方からフライシュ侯爵に連絡した。
追撃戦が終了すると、カッサ中央砦では盛大な宴が開催された。
宴の参加者は兵士だけではなく、冒険者や淫魔や武侠も一緒である。幸い、砦内部の防衛機構は無事だったのでコミケの行列捌きのように全員分の禊をする事ができた。
ついでに他カッサ砦からミラクムさん率いる援軍が来たので、広い砦がパンパンになってしまった。魔導照明もビカビカで、さながら音楽フェスのようだった。
「おうイシグロ! 呑んでるかぁ! とにかく今日はめでてぇんだからよ! 呑め呑めぇ!」
「大丈夫ですよ、呑んでますよ」
「イシグロさん、災厄の尖兵の討伐、誠におめでとうございます」
「ど、どうも……」
「貴様ニーナさんの酒だぞ!! もっと恭しく受け取って有難くお呑みしろ!」
「あれ、純淫魔契約してなかったら倒れてる量ッスよね」
「お~ほっほっほっ! 不肖グレモリア! アナルで火酒一気飲みしてみせますわぁ!」
「おいヤベーよヤベーよ、あの淫魔マジでやるつもりだよ! いくら魔族でもマジヤベーって!」
「誰だグレモリアに酒呑ませたの!」
「一滴も呑まずにああなってんだよ! 空気に酔ってんの!」
「魔族でもすぐ酔う人いるみたいですね」
「あのアホがアホなだけッス」
「誰がクソザコアナルのグレモリアですってぇ!?」
「言ってねぇんスよファッキン性痔アナリストが!」
「なるほど♡ お尻でお酒を呑むのは危険行為なんですね♡」
「に、ニーナさん? 流石にやらないですよね……?」
宴の席では俺は代わる代わる酒を呑まされた。久々に再会した冒険者と杯を交わし、フライシュ侯爵に乾杯し、俺のファンを名乗る知らん人から挨拶された。その頃には俺の似非銀細工仕草は剥がれていた。知り合いの前で迷惑おじさん演技はキツい。
彼等彼女等の話によると、イシグロ・リキタカなる男は尖兵戦に備えて迷宮探索をしていた事になってるらしい。だから皆に「おめでとう」的な事を言われたのか。酔ってたのもあって、特に考えず返事しちゃったよね。それが件の草薙の英雄譚に繋がったそうな。
「そういえば、援軍に来てくれた淫魔さんは何処へ行ったんでしょう?」
「あの者等なら兵舎の方に行ったのじゃ。よろしくやっとるんじゃろ」
ちなみに、援軍に来てくれた乳食系淫魔さん達はフライシュ領の戦場でハイになってる兵士をゲットして熱い夜を過ごしていたそうだ。まぁ同意アリだったからヨシ。
「みんな~、押さない駆けない死に急がないだからね~? じゃ、出発進行~!」
「「「はぁ~い!」」」
翌朝、カッサ中央砦に集った冒険者達は、門を潜って人類生存圏へ帰って行った。
徒歩で。
「ん、ルーンで送還した方が効率的」
「いやぁ、詳しくは言えねぇけどアタイ一人であの人数は無理なんだよ普通に」
というのも、件のルーン・ゲートは一方通行であるらしく、帰路は自力で帰る必要があるんだとか。
道中は淫魔女王が監督してくれた。その光景はさながら王都西区幼稚園の引率だ。彼等冒険者は圏内の街まで案内され、その後は各々自由行動になったそうである。「いい機会だから娼館巡りしてくるっすわ」とはウィードさんの談。
「では、くれぐれも頼んだぞ」
「お任せください。ルクスリリア、飛ばしてくれ」
一方、例によって俺達は各砦を繋ぐ伝令役として働いていた。
カッサ中央砦の状況はデアンヌさん経由で伝わっているだろうが、より詳細にお伝えするにはフライシュ侯爵からのお手紙が必須なのだ。例の戦いの後、侯爵は不眠ポーションの副作用で目がパッキパキにキマッていた。
結局、王都に帰ってこられたのは尖兵戦終了宣言の前日だった。年明け直前まで働いでいたのである。
まぁ帰還直後はリカルトさんに絡まれて宴会に参加させられたりしたんだが。援軍に来てくれたお礼にその日の食事代は全額俺が払う事にして、翌日ギルドから届いた請求書見て瞠目したよね。まぁ武器より安いし全然いいんだけど。
次、旧魔王軍の猫又呪術師について。
先述の通り、これはテレーゼ共々極秘に捕縛し、以後の処遇は第三王子派閥の人とヴィーカさんに丸投げした。
受け渡しまでずっと猫又を焼いてた訳だが、恐る恐る炎を解除したら猫又は生きながらにして死んでいた。現実時間で三十分近く焼いてたから、燃えない炎の仕様上猫又は体感で千年以上焼かれ続けた計算になるか。命じたのは俺だが、ゾッとする話だ。まぁ日本の地獄よりマシだろ(適当)
殆ど遺体だが、一応調べる価値はあるそうだ。例によって例の如く、俺は猫又捕縛のボーナスを貰える運びとなった。尖兵戦が終了した現在、猫又は姉妹と同じ収容所にぶちこまれている。
最後、テレーゼについて。
ぴーぴー喚く銀髪美女を確保した後、第三王子の名代とヴィーカさんで検討した結果、彼女は第三王子派閥で訊問してから銀竜一族で幽閉する流れになった。なお、百年経ったら銀竜一族からのお仕置きが待っている模様。お先真っ暗とはこの事だ。
「何であれ、子の罪は親が背負うものだ。その逆は断じてあり得ん」
本人への罰とは別に、テレーゼが犯した罪は父親であるヴィーカさんが償う事になった。
内容は肩叩き券ならぬ敵叩き斬り券である。ヴィーカさんが提供できるのは戦闘力しかないのだ。以降、第三王子は好きな時にヴィーカさんを召喚できる権利を得た訳だ。それで許されるあたりヴィーカさんの大きさが分かるというもの。
あと、レギーナに曰く第三王子派閥にいた金細工を殺したのはテレーゼだったらしい。彼女もヴィーカさんと同じく罪を償おうとしたそうだが、当のヴィーカさんに止められていた。彼女については第三王子も不問とするそうだ。
「リンジュはいいところだぞ。風土が合うのか、実際に移り住んでいる竜族は多いからな」
「うん……」
母親と離れ離れになったレギーナだが、彼女はヴィーカさんが後見人となり、ゲルトラウデ師匠の下で暮らす運びとなった。
その前にヴィーカさん直々に稽古をつけてもらうとの事で、力の使い方をマスターしたら一般無月流門弟として再スタートするそうだ。
「……で、なんでアンタ達が私のところに来るのよ」
そんな中、俺達は取り調べ中のテレーゼと面会した。
彼女はゴツい首輪と手錠をつけられていて、それこそ奴隷のような質素な服を着ていた。アメコミのヴィランみたいで初見の時ちょっと笑っちゃいそうになった。
意外な事に、彼女は王家からの訊問には協力的らしい。旧魔王軍についても問われた事は素直に答えているそうな。これらは然るべき時に教えてもらう予定である。
「好きにしたら……」
その際、彼女には俺とエリーゼの結婚を認めてもらった。
これについて熱心だったのは俺だけで、テレーゼからしたら鬱陶しいから許可したという感じなんだろう。何はともあれ、これで親公認となった訳だ。
「まぁ百年くらいすぐですわ。その間にご自身の罪と向き合うのがよろしいかと」
「ふん……」
訊問に対する態度も、娘の婚姻への姿勢も、捨て鉢になっているから一周回って素直になってるという印象だ。とても素っ気ない。
反省しているようには見えないが、父に見捨てられたのはかなり効いたようだ。牢屋の中でも非常に大人しいらしい。
「それで、私はゲルトラウデの家に住まわせてもらう事になったわ。色々と学び直して、好きなように生きればいいって言われたの」
素っ気ないのは俺やエリーゼに対してだけではなく、彼女なりに手塩にかけて育てていたはずのレギーナ相手でも同様だった。娘と相対する彼女は、一秒たりともレギーナの方を見なかった。
レギーナ曰く、猫又の技術で彼女に移植した魔眼がエリーゼと同じ色になって以降、母親は目隠しした状態じゃないと話してくれなくなったらしい。なんじゃそりゃ。
ちなみに、両者についていた猫又由来の契約魔術は淫魔女王の施術で解除済みだ。これで旧魔王軍から操作されるなんて心配はなくなった訳だ。
「レギーナ」
「うん」
面会室からの去り際、突然テレーゼが口を開いた。
彼女は一度だけ娘を横目に見て、すぐに再度そっぽを向いた。
「……何でもないわ。好きにすればいいじゃない」
「……はい。また、お会いできる事を願っております」
「そう……」
これにて、最初で最後になるテレーゼとの面会は終了した。
訊問が終わり次第、テレーゼは銀竜一族に捕らえられる。その間は面会もできないらしい。次に会えるのは最速で百年後だ。
レギーナは母親を愛していた。
テレーゼから娘への愛もあったのかもしれない。
ただ、それは主人と奴隷間における主従愛に近いように思われた。
畢竟、テレーゼは夫も娘も自己実現の道具としてしか見ていなかったのではないだろうか。利用価値がなくなった事で、彼女にあった愛は何処かに消えたのだろう。
他人事ではない。努々、俺も気を付けなければならないと思った。
「エリーゼ様、どうかお健やかにお過ごしください」
「行ってきます。その、お姉様……」
「ええ。貴女も達者でね」
それから、レギーナはゲルトラウデ師匠と共にヴィーカさんの下に向かって行った。
レギーナの稽古は師匠も見学させてもらうらしく、珍しく鼻息を荒くしていた。生ヴィーカ流剣術を見て無月流をアップデートする気なのだろう。俺も参加したかったが、レギーナに集中したいからと断られてしまった。
戦後の処理に、猫又の処分に、銀竜母の処遇と娘のアフターケア。
顛末はそんな感じ。
残るは諸々のリザルトである。
「久しぶりだねイシグロさん。いやぁ最近ほんっとに忙しくてさ。実はまだ仕事が残ってて、いつもみたいに女装する暇が無かったんだよね。あははは!」
「は、はあ」
終戦祝いで王都が盛り上がっている中、俺達は第三王子と再会した。多忙なスケジュールの間隙を縫ってのご対面である。
約束通りに契約を更新し、以降は今後の俺の待遇について確認した。この日を以て、俺は特殊な身分を得る事になった。まぁ前とそんなに変わらない訳だが。
「そう大々的にって訳ではないけれど、以降は僕が君の雇い主と表明する事になるね。順序としては、君が沢山働いてくれたから僕が君の社会的立場を保証するって流れだ。ここまでは前話したと思うけど、行き違いになってるところとか考えが変わって直したいところとかはあるかな?」
で、俺は正式に第三王子派閥所属の冒険者となった。
金細工のアリエルさん達と違い、銀細工としての専属契約だ。俺に依頼を出したいなら、誰であっても第三王子の許可が必要になる。この場合、俺が仕えてるのはラリス王家じゃなくジノヴィオス殿下個人って事になるか。
「あー、アレねぇ。実はイシグロさんが思っているほど使い勝手はよくないんだ。あくまでも切り札か隠し札って扱いになるかな。安心して、シャーロットさんを拘束する必要はないから」
その折、カッサ中央砦で使われたルーン・ゲートについて訊いてみると、どうやらアレはあまり使い勝手のいい技術ではないとの話を聞いた。
どうやら一度の使用でかなりのリソースを食うそうで、そう安易に使えるものではないらしい。先の使用はテストの一環として使ったとか。他国に技術を与えたところでラリスやリンジュといった大国以外は使いこなせないそうな。
また、ルーン・ゲートの使用にシャーロットの存在は必須ではないようで、重要なのはリソースの方らしい。以降の扱いは知らないが、シャロの自由が保証されて嬉しい限り。
「お待たせいたしました。イシグロ様」
そうやってお話ししていると、魔牛族メイドのキルスティンさんがお茶会のワゴンみたいなのを押してきた。
ワゴンには真っ白な布がかけられており、こんもり盛り上がっていて如何にもなサプライズ・プレゼントっぷりである。
まぁ中身は知ってるんですけどね。
「これが今回のイシグロさんの報酬さ」
布を取れば金銀財宝ザックザク。なんとも気持ちのいい事に一括現金報酬である。
それが山脈の如く積まれているのだから俗悪ながらに壮観至極。ルクスリリアとユゥリンなど、両眼をキラキラ輝かせていた。
なのだが、ちょっと事前に提示されてた報酬より多くて困った。しかも持ってこられたのはラリス金貨の中でも最も価値の高い特別貨幣だ。そんなもんが積み上げられてたのだからさぁ大変。
「いいや、金額に間違いはないよ。予め契約してた通りさ」
王子曰く、本来はもっと贈るべきだが上限に達しちゃっていて、足りない分は別途報酬を用意するとのこと。
吟遊詩人が歌ってた俺の戦功は実際よりナーフされている。公的な俺のリザルトは龍殺しと“不定の石英”の討伐。それから“茨の根”の討伐アシストとその他魔物の討伐である。これらの報酬は特別な権利の授与で充分かと思っていたし、事実契約更新以前の討伐数はカウントされていないはずである。
その上での、凄まじき報酬。相変わらずの強者優遇社会である。個人にそんな多額のお金を持たせちゃっていいものだろうか。
「失礼に聞こえるかもしれないけど、イシグロさんのお金の使い道なんて知れてるしね。何より素直にラリス銀行に預けてくれてるから。こっちとしては何の心配もないかな」
遠まわしにその旨を訊いてみたら、あっけらかんと返された。
確かに、俺の主な金の使い道はオーダーメイド武器の購入だし、貯蓄もマイホームと子育てと生活資金だけである。王家的には儲けを隠さない限り文句はないのか。
「別の形の報酬だが、これが次にイシグロさんが持つ事になるだろう武器の製作支援でどうだろう。一般には流通しない素材とかもあるからね。アダムスさんも喜んでくれるんじゃないかな?」
別途報酬については、どうやら俺のメインウエポン製作の支援をしてくれるそうだ。あくまで支援というところに王子からの配慮を感じる。
猫又ドラゴンブレスのせいで俺の愛剣はオシャカになってしまったのだ。打ち直しになるか新規作成になるか分からないが、無銘に代わる俺の新しい剣が必要だろう。その時に素材や技術関連で融通を利かせてくれるらしい。ドワルフならきっと喜んでくれるはずだ。あと地味に盾も壊れてるんで、そっちも新しいの買わないと。そう思えば最終的な収支は然程でもないのかもしれない。
「殿下、そろそろ……」
「おっと、今日はここまでだね。しばらく僕は王都にいるから、何かあったら連絡してほしい。こっちから呼び出す事もあるだろうから、その時はちゃんと女装してくるね」
そんな感じで、俺は女装してない女装王子とお別れした。
現在、彼は色々とお忙しいそうだ。曰く第三王子派閥は他派閥より被害が少なく、相対的に力が強くなったから……らしい。
ラリスの王家ってのは本当に忙しいのだ。戦いもそうだが、現王はいつ政務をしているのだか。きっと超人なのだろう、知らんけど。
何にせよ、問題なく契約を更新できてよかった。
〇
夏と秋を戦場で過ごし、帰ってきた王都には雪が積もっていた。
吐く息は白く、踏みしめる石畳にはザクザクと雪の感触がある。
帰ってきた、という感じがした。
尖兵戦は終わった。
王子との契約を更新し終え、報酬も貰って懐も潤った。
猫又案件の引き継ぎは無事に完了し、テレーゼさんの問題も後は銀竜一族で何とかする。
圧倒的な解放感。やっと自由になれたのだ。
そう、やっとだ。
やっと、皆との関係を進められる。
その為に、俺達は奴隷商館にやって来た。
「本当に、よろしいのですね?」
「はい、よろしくお願いします」
そこで、俺は皆の奴隷証を返却した。
ラリス王国および異世界の法律では、奴隷身分との子作りはできるが奴隷と結婚する事はできない。結婚するには、皆を解放する必要があるのだ。
ちなみに、重婚は余裕でオッケーである。そのへんの法律はちゃんとお勉強したのだ。
「あー。これで屋台の割り込み阻止できなくなったッスねー」
「銀細工を下げればいいでしょう。せっかく特別な地位を得られたのだし、あれも立派な武威になるわ」
「ん、安全の為にも一刻も早く結婚して冒険者位階も上げるべき」
「それはそうと、これからは僕達にも色んな義務が課せられる事になりました。何せ一級国民ですから」
「主様の奴隷身分が居心地良過ぎなんじゃよなぁ」
奴隷証を返した事でスタメン五人はイシグロ家の奴隷という身分ではなくなり、現在は一般王都民以下の身分になった。この場合、不思議な事に俺の奴隷の方が社会的地位が高いらしい。
王子との契約により、現在の俺は冒険者身分とラリス一級国民の二刀流身分になっている。一級国民とは、ざっくり言うとラリス王家から認められた優良庶民のことで、ざっくりパンピー以上貴族以下の地位にあたる。
で、俺と皆が結婚すれば、彼女達も同じ身分が付与される仕組みだ。自衛の為にも、すぐにでも得るべきだろう。
「皆、渡したいものがある」
奴隷商館から家に帰り、シャロとユゥリンが合流したところで切り出した。
真剣な雰囲気を悟ったか、皆俺の方に注目した。
「これを……」
収納魔法から、一つ一つデザインの異なる小箱を出していった。
中身に関してはもうバレている。渡す事も明言し、何なら一緒にサイズを計ったりしたのだ。
「あ、前に言ってたやつッスね! いつの間に取りに行ってたんスか!」
ルクスリリアのを開ける。中には赤い宝石が付いた婚約指輪が入っていた。
婚約指輪も結婚指輪も、この世界には存在しない風習である。それ以前に、この世界は宝飾品関連の価値が軒並み低い。ただ綺麗なだけの石ころに異世界女子はトキメかないのだ。
その上で、俺はドワルフ経由で指輪職人を紹介してもらい、皆の分の指輪を作ってもらったのだ。一人一人、彼女達の目と同じ色の宝石を付けてもらって。
「ルクスリリア」
「あいッス! まぁ一番奴隷から渡すのが丸いッスよね~」
「もう奴隷じゃないだろ」
「あ、そうだったッス! すっかりこっかり!」
名前を呼び、傅いて、彼女の薬指に指輪をはめる。
決してロマンチックな出会いという訳でもなかったし、当時はお互いに性欲塗れだった。けれど、今では死が二人を分かつまで一緒にいる事を誓う仲になれた。
本当に、あの日彼女と出会えてよかった。今の俺があるのは、全部ルクスリリアのお陰である。
「エリーゼ」
「ええ……私にも傅いて頂けるのかしら?」
「もちろん」
「ふふっ、悪い気はしないわね……」
お望み通り、気取った所作で指輪をはめる。薬指で光る指輪を見て、彼女はうっとりと目を細めていた。
指輪関連の話を聞いて、一番テンションを上げていたのが彼女だ。よほど楽しみだったのか、普段完璧に制御されている魔力が漏れまくっていた。
「グーラ」
「はい! よ、よろしくお願いします!」
「そんなピーンってしなくていいから」
傷一つ無い綺麗な手を取って、金色の指輪をはめる。
お迎え当初から彼女は母親になりたがっていた。まだ叶えてやれそうにはないが、これでようやっと一歩目を踏み出せたと言えよう。
「イリハ」
「うむ。随分と大仰な儀式じゃが、主様は次来る娘にも同じ事するんかのぅ?」
「流石にこれ以上は増えないよ」
「信用できんのぅ。まぁ、わしとしては主様にこそ可哀想な子を救ってやってほしいんじゃが」
様々な苦労を重ねてきて尚、たおやかな指に指輪をはめる。
彼女は人生の半分を奴隷身分で過ごしてきた。そんなイリハは、自分の身に奴隷証が付いてない事に違和感があるようだった。これから先、民としての生活の方が長くなってほしいと思う。
「レノ」
「ん、なんか不思議な気分」
「そう?」
「ん、この指輪には何の機能も無いのに、今まで貰った物の中で一番嬉しい」
「そうか。なら、よかった」
病的に白い手を取り、小さな指に指輪をはめる。
聖女復活の贄として造られ、つい二年前まで兵器として運用されていたのが彼女だ。自ら進んで俺の奴隷になり、その上で俺と恋をしたいと言ってくれた。その証を眺める彼女は、うっすら微笑んでいた。
「シャロ」
「ああ。にしても凄ぇ指輪だな。これ誰が作ったんだ? いい腕してやがるぜ」
「恥ずかしいのは分かりますけど、シャロさん空気読みましょうよ」
「お、おう。すまねぇな」
続いて、とっくの昔に奴隷証を返却したシャロの左手にも指輪をはめた。
この中で最年長の彼女は、これまでずっと結婚を諦めていたそうだ。そこに来て俺と結婚できるとなり、彼女は年甲斐もなく浮かれていた。
「ユゥリン」
「はい。ふへへ、なんか特別感ありますねぇ」
「売るんじゃねぇぞ~」
「しませんよ。まぁ値段は気になりますけど。ちなみに、おいくらでした?」
「給料三ヵ月分」
「ぴえっ!? リキタカさんの三ヵ月分って王都民の年収何年分ですか!」
「嘘だよ。一応、一番高いやつだけど」
嵐極拳士の手を取って、柔らかな指に指輪をはめる。
彼女は姉の心を守る為、自分の心を殺して生きていた。今こうして元気にしてるのは、迷宮探索の副作用もあるだろうが実際はただ素が出ているだけである。ありのまま、自分のまま生きられるようになったのだ。
「宝石ってなぁ綺麗なもんなんスね~。これどんな補助効果付けられ……ハッ! いつの間にかアタシもご主人みたいな考え方になってたッス!」
「結婚指輪の方は凄い事になってるから、楽しみに待っててくれ」
「アナタらしいわね」
「この指輪の石、全部ボク達の目の色と同じですよ!」
「うお、マジじゃねぇか! なんか恥ずいな……!」
「ワタシとエリーゼさんのは同じ青でも微妙に違いますねぇ」
「ん、わたしのは宝石二つある」
「主様には申し訳ないけど、これ以上着けるのは怖いのじゃ。箱に戻しとくのじゃ」
「普段から着てる防具のがよっぽど高いけどな」
皆、俺が贈った婚約指輪を喜んでくれた。指輪を眺めながら、キャイキャイとはしゃいでいる。
ここにいるのは、全員俺のハーレムメンバーだ。しかも皆幼い容姿をしており、ロリハーレムとかいう不誠実と不人道のダブルパンチである。けれども、そこには確かな愛が存在していた。
ふと、ロリハーレムは前世から抱いていた俺の夢だった事を思い出した。けど、当時の心境とは何もかもが違っている事にも気づいた。
これでいいと思う。これがいいと思うのだ。申し訳程度だが、大人になった証左である。
「これまで、俺の我儘に付き合ってくれてありがとう。迷宮とか、そのへんもさ。俺のせいで危険な戦いにも参加させてしまった。だけど、あぁ……なんだ。結局なにが言いたいのかっていうと……」
改めて愛を誓おうとして、用意してた台詞が飛んでしまった。
感謝の次に謝罪して、そのあとどういう流れで〆るんだっけか。
ふと、皆の目を見て、肩から力が抜けた。素直に本音だけ話せばいい筈である。
「皆、結婚しよう」
もう一度、関係を築こうと思う。
主人と奴隷ではなく、夫と妻として。
既に答えは聞いているのだが、俺はそれでも緊張していた。
「あいッス! まぁ前々から決まってた事なんスけど」
「いいじゃない。こういうのは何回やっても足りないくらいよ」
「何であれ特別な日は必要かと」
「母上は、毎日愛を囁き合ってたそうじゃのぅ」
「ん、それうちの日常じゃ?」
「ひゃ~、そいつぁ怖ぇな。幸せ過ぎて爆発しちまうぜ」
「ですね。けど、それを普通だと思うべきじゃないですね。クーシェンでも、いやラリスでもワタシ達は特別幸せ者だと思いますから。お互い頑張りましょうね、リキタカさん」
すぐにわちゃわちゃし出す皆を見て、俺の心にあった小さな不安が抜けていった。
疑っていた訳ではないのだが、我ながら恥ずかしい限り。
「ああ……今後ともよろしく」
そうだ、今後ともよろしくだ。
こんなに良い言葉ないよ。
かつて、俺は皆にとっての王になると誓った。
それは、この世界において安泰な暮らしをする為に必要不可欠な力を得るという誓いだった。
ぶっちゃけ道半ばである。レギーナにタイマンで勝てる気しないし、師匠への恩返しも済ませていない。いつも思う。むしろ、ここからなのだろう。
前世日本でよく聞くように、結婚こそがスタートラインなのである。
度し難い異常者と、訳ありな元奴隷達との結婚。
歪な関係性だ。人によっては、俺を酷く嫌悪する事だろう。それでいいと思う。それこそが人として正しいはずだ。
だが、俺達にとってはこれで良い。どうしようもなく欠けていて、どうしようもなく分かち難い。誰が何を言おうが、俺達の幸せはこういう形をしているのだから。
ロリコンと奴隷少女の楽しい異世界ハクスラ生活は、これでおしまい。
けれど、俺達の旅はまだまだ続く。
枷から指輪へ。これからも一緒に生きていく。結婚し、子供を育て、まだ見ぬ我が子を見送るのだ。
長い人生、まだまだこれから。
たのしく、真摯に、紳士的に。
好きな人と、生きていく。
それが俺の新たな夢だ。
災厄の尖兵編、完ッ!
あと250万文字達成!
尖兵戦あれこれは次エピソードで。