【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。こんな作品を250万文字もお読み頂いて、感謝の極みです。
 誤字報告もありがとうございます。いつも助かっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称です。よろしくお願いさしすせそ。


ラブ・セラブレイト

 麗らかなりし春の頃。

 雲一つない空の下、淫魔王国はラース公爵の屋敷に、いくつもの馬車が列を成して入っていった。

 

 最初の馬車から降りてきたのは、胸に冒険者証を下げた迷宮潜り達だった。

 鼬人剣士トリクシィとお姉さん淫魔のカップル一党に、羊人少女の一党。その他、ニーナやグレモリアやシラノイといった比較的マトモで社会的に害のない面々が結婚式にやってきたのだ。

 皆、冒険者身分なりの礼服姿である。男性陣は一様に迷宮用装備で入場し、女性陣はカジュアルなドレスを身に纏っていた。

 

「皆さん、本日は御来場いただき誠にありがとうございます」

「あ、どうも。イシグロさんが出迎えてくれるんですね」

「ご結婚おめでとうございます。イシグロさん」

「ククク……あっ、結婚おめでとうございます」

「はぁい、よくできました♡ えらいねトリィくん♡」

 

 そんな彼等彼女等を、ホストであるイシグロがお出迎えした。

 イシグロの衣装は常と変わらぬ地味な革鎧姿である。権力者が来ると聞いて緊張していた若人も、いつものイシグロを見て安堵していた。

 

「お、おいイシグロ。話に聞いてたのより随分と会場がデカいんだが……。これこの後お貴族様とか来るんだろ? 大丈夫かよ」

「大丈夫ですよ。例え何かしら言ってきても、ここ淫魔王国ですからね」

「そういうもんか?」

「そういうもん、らしいです」

「てゆーかアダムスの奴は? 来るって聞いてんだが、ホテルには居なかったぞ」

「ド……彼なら数日前から屋敷に泊まっています。ちょっとした余興の為に」

「ええ。そのようですね」

「インヴァ、お前なんか知ってんな? あー、はいはいそういう事ね!」

「内密にお願いしますよ」

 

 冒険者達に続いて、受付おじさんや戦車工匠ケイン氏。ドワーフ三銃士の鍛冶専門家インヴァが降車する。

 最初期に誘われた受付おじさんは、ここまで盛大にやるとは思っておらず困惑しきりだった。

 

「ようイシグロ、おめっとさん。お望み通りミラも連れてきたぜ」

「兄ちゃん! 久しぶりなのだ!」

「ミラ! 大きくなったなぁ!」

 

 一般人枠の次は、一段上の身分である金細工持ち冒険者が入場する。同盟紋が描かれた馬車から“荒野の牙”盟主ナターリアが姿を現し、後ろから彼女の娘であるリュドミーラが降りてきた。

 リュドミーラはイシグロの精神的妹である。そんな彼女の身長が五センチ伸びているのを見て、兄はいま猛烈に感動していた。妹には大きく元気に育ってほしいのだ。

 

「カッサ砦では世話になった。余が当代のフライシュ侯爵である」

「兄上、慣れない一人称のせいで小者に見えますよ」

「そ、そうかな。やっぱこれ止めよう……」

 

 その後も、イシグロは参列してくれた顔見知り達に次々と挨拶していった。

 当代フライシュ侯爵と、その弟のミラクム。“笛吹き”討伐に協力してくれたデアンヌなど。他国からはリンジュ金細工のライドウとシュロメ、東区長のバンキコウ。クーシェンから武帝代行ドウジュンと翼人武王等々多くの重鎮が会場入りしていく。

 ホストのイシグロは特定ワードのみを喋るロボットみたいだったのに対し、ライドウ等VIPガチ勢は流暢で簡易な祝辞を述べていった。

 

「結婚おめでとう、イシグロ。まさか少し前に寄付してくれた青年が、こうも立派になるとはね。私としても鼻が高いよ」

「盟主、後ろがつかえておりますので程々に」

 

 やがて止まり木協会の馬車が停まると、“翡翠魔弓”のアリエルが舞い降りた。盟主の他、止まり木同盟からは彼女の付き人ネフリティスと戦友の鬼人剣豪イスラも参列する。

 三人共、格式高い上質な衣服を纏っていた。アリエルなどギリで主役を食わない程度の煌びやかなドレス姿である。

 

「それにしても今日は結婚式には良い日和だな。アルヴにおける結婚式は森の奥で……」

「行きますよ盟主」

「う、うむ。またなイシグロ殿」

 

 何故だか長話をしようとしたアリエルは、側近と護衛に腕を引かれていった。

 暫く後、ホスト自らの出迎えはつつがなく終了し、イシグロは最後尾の馬車に一礼して屋敷に戻っていった。

 

「イシグロ様、奥様達がお待ちです」

「はい。今行きます」

 

 前日と当日、イシグロ達は二回もリハーサルを行った。大きな式場に、沢山のゲスト。陰キャには堪えるシチュエーションだ。

 深呼吸一つ。イシグロは胸中の不安を吐き出し、花婿衣装に着替えるべく化粧室の扉を開いた。

 

 結婚式が始まる。

 

 

 

 イシグロの結婚式場であるラース屋敷の中庭は、この日に合わせて大改装が施されていた。

 元から美しかった石畳はより完璧に舗装され、中央には以前までは無かった白亜の東屋(ガゼボ)が設えられている。花壇の花々は春を体現したように咲き誇っていた。

 

「美味っ! なにこれうんま! ハーモニーっての? 味の調和っての?」

「これもよく合うよ! ほら!」

「あんまり大きい声あげないの……!」

「お二人は仲良しさんですねぇ♡ むほほ♡」

 

 中庭には東屋を囲う形でいくつかの立食用テーブルが置かれ、淫魔騎士に案内されたゲスト達は軽食を食べていた。

 入場は身分ごとに行われ、その内訳は実に雑多だった。代行とはいえ国家元首がいると思えば、ラリス貴族の隣には大同盟のトップ三人が顔を合わせている。その隣のテーブルでは単なる鍛冶屋と戦車工匠がいて、銀細工と金細工が親しげに話している。

 流石にこれ以上の重鎮は増えないよなと、パンピー代表を自認する受付おじさんは礼服を汚さないよう気を付けながら果実水を飲んでいた。

 

「はぁい皆さんご注目! これから凄いゲストが来てくれるから、拍手でお迎えしてくださいね~!」

 

 そんな中、司会進行役の淫魔女王が式場全体に声を上げた。マイク要らずの声量に注目が集まる。

 ややもあり、中庭に続く扉が開かれると、屋敷から純白の髪の少年が姿を現した。

 次の瞬間、彼を知らぬ人はポカンと見ほれ、彼を知っている人は盛大に驚愕した。一部を除き事前に知らされてこそいたが、ホントのマジでヤツが来たのである。

 

「ラリス王国、王位継承権第()位。第三王子ジノヴィオス殿下の御来場で~す」

 

 誰あろう、聖王子その人が一介の冒険者に過ぎぬイシグロの結婚式にやってきたのだ。

 視線一つ、所作一つ一つに至るまで王族の気品と武威が溢れている。彼の背後には大柄な護衛騎士が控え、専属の魔牛美女メイドがしずしずと後に続いていた。

 貴族や金細工だけでも豪華なのに王子まで来るのおかしくねぇ? と、最初期に誘われた受付おじさんは内心パニクッていた。イシグロ痛恨の連絡ミスである。

 

「良い。楽にせよ」

 

 跪こうとしたラリス王国関係者を制し、王子は他ゲストと同じくテーブルに着いた。

 王子と女王でアイコンタクト。静かな喧噪の波に乗るように、次いで淫魔女王が再度注目を集めた。

 

「続きまして、新婦エリーゼのお祖父様! 銀竜剣豪ヴィーカ様のご来場です!」

 

 ことラリスにおいては、最後に呼ぶゲストは最も強い力の持ち主というのが慣例である。名前を聞いて唖然となるパンピーゲストの視線の先、黒い外套の竜族男性が姿を現した。

 銀色の髪に、左右の龍角。リンジュの刀を思わせる鋭利な双眸。その腰には銀竜の盟友を意味する短剣が装備されていた。王子の次に現れたるは、伝説に謳われる最強の剣士――銀竜剣豪ヴィーカだった。

 

 これまた、一同ポカンである。エリーゼ関係で何となく察していた人達も、ご本人登場は衝撃だった。本当に来たよ、である。

 また、先の王子と同じく彼の背後には二人の竜族女が続いていたが、誰の眼中にも入っていなかった。視線の束に怯えるレギーナもこれにはキョトンである。

 

「す、すげぇ……! あの人、本物だよな! マジモンの英雄なんて初めて見たぞ!」

「間違いありません。あの御方こそ、ヴィーカ様……! 巧みに隠しているようですが、身の内の剣気が尋常ではありません。例え構えていたとしても瞬きの間に斬られてしまう事でしょう……」

 

 レジェンド参列に驚いたり慄いたりするゲストの中、純粋に憧れの目を向ける者達もいた。ディエゴとトリクシィである。

 ディエゴは銀竜剣豪の英雄譚を聞いて村を出たクチであるし、トリクシィにとっても彼の英雄は憧れの的だった。

 

 キラキラ目を輝かせる若者を無視し、ヴィーカは新婦の親族がいるテーブルに着いた。同席する女性達はというと、緊張に身を強張らせ……。

 

「あ、ルクスリリアのママで~す。よろしくね、ヴィーカっち♡」

「お久しぶりです。ヴィーカ様のお陰で皆も健やかに過ごせております」

「わぁ、すっごいイケメン……!」

 

 ……ていなかった。

 ルクスリリア母は淫魔なのでちゃらんぽらんだし、ファリナは元々顔見知り。若干面食いなトコのあるチィレンはヴィーカの強さではなく美貌に目を奪われていた。

 心の強ぇ女達である。ゲスト一同は心底驚愕していた。

 

「さてさて皆様ご注目! 本日の主役、新郎新婦の御入場です! 拍手でお出迎えくださぁい!」

 

 二大ゲストが位置に着くと、本日の主役が元首に呼ばれた。

 大きな扉が開かれる。そこから現れたのは、都合八人の新郎新婦だった。

 待機していた淫魔騎士が幻影魔法で花びらを舞い上がらせ、淫魔音楽隊が祝福の旋律を演奏する。遅れて響く拍手の中、新郎新婦は並んで歩き出した。

 

 派手な演出も然る事ながら、ゲストの多くは新郎新婦の衣装に目を奪われていた。

 イシグロは常の鎧姿ではなく、サーコートのような膝丈の上着を羽織っていた。スラッとしたウールのパンツに、上品な革靴を履いている。イシグロの為だけに仕立てられた花婿衣装は、異世界に初登場したフロックコートであった。

 

 また、ゲストにとって未だ奴隷の認識が強かった花嫁達は、ともすればイシグロの衣装よりも奇抜な衣裳を纏っていた

 純白で、華やかなドレスである。丈や装飾など、花嫁達は各々細部の異なるドレスに加え、頭には煌びやかなベールを被っていた。これらは現代日本においてウェディングドレスと呼ばれるものである。

 

「「「ほぁ~」」」

 

 そんな見事な花嫁衣裳に、式場にいた女性陣は感嘆の息を吐いた。

 花嫁達は皆一様に小柄で性的魅力に欠けるものの、誰もが認める美少女なのは確かである。そんな彼女達用に仕立てられたドレスは、異世界女子に価値観の隔たりを越える革命的な美として映った。

 畢竟、ウェディングドレスは異世界女子にとっても憧れの的になったのだ。結婚願望の強い羊人少女カリッセは魔導照明のように目をキラキラさせ、脳内で花嫁ニーナを妄想したクリシャナは鼻血を出している。どこぞの上森人など、存在しない記憶を溢れさせて他人様にお見せできない顔を晒していた。

 

 万雷の祝福が新郎新婦を包んでいる。

 イシグロを中心に並んで歩く八名は、やがて東屋に入って向かい合った。

 新郎新婦の間に、淫魔女王が立つ。やがて拍手が鳴りやんで、余韻のような静寂が過った。

 

「これより、新郎新婦による愛の宣誓を行います」

 

 愛の宣誓、ラリスにはない風習だ。

 これまで常のノリを崩さなかった淫魔女王は一転、厳かな面持ちで口を開いた。

 

「夫たる者よ。妻たる者よ。

 汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、

 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

 文字通りの、愛の宣誓であった。

 偶像崇拝のない異世界において、愛を誓うべき神などいない。だが、此処にはラリスの王子がいる。王族を前にした誓いに、虚偽があってはならない。

 その上で、愛を宣誓しようというのだ。

 

「はい、誓います」

「誓います」

 

 新郎イシグロと、新婦代表のルクスリリアが答える。

 やがて、淫魔女王は大きく頷いた。

 

「では、指輪の交換を」

 

 指輪交換とは何ぞや? そのように訝しむ一同の前、儀式は説明もなく進行する。

 淫魔騎士から指輪を受け取ったイシグロは、ゲストに見えるよう正面にいた淫魔に傅いて左手を取った。そして、その薬指に指輪をはめてみせた。

 

 その時、またも異世界女子から抑えた嬌声が響いた。

 当代最優と誉れ高い英雄が、かつて奴隷だった花嫁少女に傅いているのだ。いわばこれはシチュエーション萌えの感情に近く、ドン底から幸福の絶頂に成りあがる異世界シンデレラ・ストーリーの文脈に他ならない。

 主人手ずから指に嵌めた指輪もまた、凄まじい代物であった。一見して単なるアクセサリーのようだが、見る人が見ればその指輪は迷宮でも使える程の実用品なのは明らかだった。イシグロ・リキタカなる英雄は、言葉だけではなく行動でも守護の意志を示していた。

 そんなの羨ましい超えて尊みである。珍しく目を輝かせる聖腐女子イングリッドの横顔に、ディエゴは呆然と見惚れていた。なお、当のイングリッドは花婿同士の愛の宣誓を妄想していた。

 

「緊張しているの?」

「まぁね」

 

 ゲストに聞こえぬ小声で話しつつ、イシグロは恭しい所作で一人一人丁寧に指輪を嵌めていった。

 かつて奴隷だった少女達は、嬉しそうに笑っていた。イシグロと一言二言話して、顔を赤くしている。誰から見ても幸せの只中にいることが丸わかりだった。

 

「ありがとう。また夢を叶えてくれて」

 

 新婦を代表し、今度はルクスリリアが新郎の薬指に指輪をはめた。

 何だか知らんがとても尊いものを見たと、会場から優しい拍手が贈られる。指輪交換は異世界人にもロマンチックに感じられたようだ。

 

「これより、ケーキ入刀の儀を行います。ゲストの皆は近くのお席で待っててね~」

 

 聖女めいていた淫魔女王が司会進行役のノリに戻る。

 女王の声に応じるように、屋敷から東屋に向かって七台のワゴンが運ばれてきた。東屋の中央で紙の覆いが外されると、色とりどりのケーキが露わになった。

 チーズにスポンジにショコラにフルーツ。それぞれ異なるホールケーキであった。飴や果物で見事に装飾されたソレ等は、新婦達の個性を見事に表現していた。

 そして、ゲストの一部は本日何度目かの驚愕に目を丸くした。ワゴンを押してきた料理人がフライシュ前侯爵その人だったからである。実の息子であるミラクムなど、呑みかけていたワインを吹きそうになっていた。ミスター・フライシュ、何故か家族に言ってなかった。

 

「いくぞ、せーの」

 

 ミスター・フライシュから包丁を渡されて、新郎新婦が一組ずつケーキを切っていく。地味にイシグロのチートが作用して、巨大ケーキは真っ二つに両断された。

 これまた何か知らんが凄いと拍手。エモから笑みへ、会場は変なテンションになっていた。

 

「可愛いケーキ! これ凄いね!」

「フライシュ侯爵に無理言って作ってもらいました」

「ん、わたしのは大量の果物を使ってもらった」

「お祖父様、こちらのケーキは酒によく合いますわ」

「うむ」

「うぇえええ! ユゥユゥもごんな立派な式で祝っでもらっで! 立派になっだねぇええええ!」

「うるさ! チィ姉、隣にいる人を何方と心得てるんですか。地味に末代までの恥ですよ」

 

 切り分けられたケーキを手に、イシグロ達は親族の集まりに顔を出した。

 そこにはルクスリリアの母であるラグニアに加え、レノの家族のファリナや麒麟姉のチィレン。それから銀竜剣豪ヴィーカがいる。愛の宣誓からこっち泣きっぱなしのチィレンに、皆して苦笑していた。

 王子より先に銀竜剣豪にご挨拶。これで王族より先に親族と会えるって寸法だ。

 

「おめでとう、イシグロさん。初めてみる儀式ばかりだったよ。楽しませてくれるね」

「それは何よりでございます」

「あーそうそう、こっちの大きな騎士は護衛のダイダロス君。別に覚えなくていいよ」

「ダイダロスです。お噂はかねがね」

「は、はあ」

 

 続いて王子に挨拶すると、控えていたメイドがケーキの配膳を行った。

 ダイダロスと呼ばれた騎士はむっつりと一礼し、出されたチーズケーキに舌鼓を打っていた。随分とマイペースな護衛もいたものである。

 

「誓いの儀も大胆だったが、あの指輪を贈り合うのは格別に情熱的な風習でしたな! こっちでも流行るかもしれませんぞ!」

「リンジュでは何回かお酒を呑むんでござるが、いやぁアレもいいでござるなぁ」

 

 親族と王族に挨拶し終えたイシグロは、金細工持ち冒険者や武帝代行に挨拶していった。

 話題の中心は先の指輪交換やケーキ入刀だった。肉を切って振る舞う獣人族の風習はあれど、ケーキを切る発想は無かったのだ。加えていうと、普通異世界で食べさせるケーキはもっと地味なやつなので、ああも彩り豊かなケーキは珍しいのである。

 

「まさか、捜すなと言い残して家を出た父上がイシグロさんの式を手伝っていたなんて……」

「知らなかったのですか?」

「はい。兄上に家督を譲られて以降、執事を連れて何処かへ。まぁ楽しそうで何よりです。ずっと戦続きでしたので」

 

 当然として、ある程度政治が分かる面々は、この結婚式の思惑を把握していた。

 各国の重鎮の前で愛を宣誓し、王子と直接言葉を交わしてみせたのだ。この式で以て、イシグロは名実ともに第三王子の後ろ盾を得た訳である。

 

「ユゥリン師匠も皆もすっごい綺麗なのだ! ケーキも美味しいし、あと指輪も凄かったのだ! あとあとここ来る時もキラキラしてたのだ!」

「ふふっ、そうでしょう……」

 

 他方、会場の見事さやケーキの美味さに感激するリュドミーラの反応は新郎新婦にとって癒やしだった。

 こういう娘が欲しいなぁと思う花嫁達である。グーラもイリハもレノでさえ、母性本能を擽られていた。

 

「あのよぉ、なんか思ってた数倍すげぇ事になってんだが、俺本当に来てよかったのかよ? 完全に場違いじゃあねぇか」

「大丈夫って言ったじゃないですか。皆さんには納得してもらっています」

「うお! この肉美味ぇ! 今のうちに食い溜めしとかねぇとな!」

 

 最後に受付おじさん達に挨拶。おじさんは式の規模感に圧倒されてせっかくの美食の味が分からないでいた。

 一方、ガリガリダークエルフ・ケイン氏は普段食べられない美味を腹いっぱい食っていた。この男、魔王戦争当時は普通に偉い人と話してたので緊張してないのだ。

 

「失礼。俺は一旦戻りますので」

 

 ひと通りテーブルを回った後、新郎新婦は屋敷の中へ戻って行った。衣装を変えるというのである。

 暫し、式場は無礼講の立食パーティの様相になった。新郎新婦の挨拶回りコーナーが終わった事で、自由に動き回れるようになったのだ。

 王子とアリエルがワイン片手に談笑し、盟主ナターリアが天才剣士トリクシィに声をかけている。他方、じっと佇んでいるヴィーカに対してはルクスリリア母がオタクに優しいギャルめいて話しかけまくっていた。そんな彼女を周囲の人々は勇者でも見るような目で見ていた。

 

「くぁあああ! 何だこれめっっっちゃ美味ぇ! 感動っ! 初めてだよこんな美味いもん呑んだの!」

「はい。こちらフライシュ侯爵によって作られました、コーラという飲み物にございます」

 

 余興として、ゲストには物珍しい料理の数々が供された。

 中でも異世界初お披露目となるコーラは貴賎を問わずに大好評で、これを清浄樹の水――ニカノル大浴場にあった炭酸水果実――で割ると最の高だった。勿論、これらはイシグロからフライシュ家へ売却されたレシピである。

 また、式場で呑まれている各種酒類はイシグロ達が各国巡りの際に買ってきたものだった。ヴィーカは竜田揚げを肴にリンジュの清酒を呑んでいた。

 

「はいはぁい。皆こっちを見てね~! イシグロさん達がお色直ししてきたよ~!」

 

 別衣装になった淫魔女王が声をあげる。再度注目が集まる中、イシグロとその一党員が現れた。女王の言った通り、その衣装は様変わりしていた。

 新郎新婦共に、ガチガチの武装だった。冒険者にとっては見慣れた迷宮探索用装備である。獣人魔族の花嫁など、身の丈より大きな剣を担いでいる。

 何より目についたのがイシグロの装備だった。いつもと違う。先ほど着ていた地味鎧ではなかったのである。

 

「ほう、新装備ですか。大したものですね」

「やっと英雄らしくなってきたな……」

「最初からアレ着てりゃ舐められなかったろうに」

 

 一言で例えるならば、こうだ。

 イシグロの代名詞であった地味な革鎧が、垢抜けた革鎧になっていたのである。

 

 戦士ならば、ひと目見て分かる。あの新装備は、現在のイシグロの戦闘スタイルに最適化されていた。

 右腰のホルスターには無銘に次ぐイシグロの代名詞である銃杖が収納され、引き抜きやすい位置には銀竜盟友剣が着いている。革鎧なのはそのままに、以前より落ち着いたデザインだった。異世界らしく少し派手になっているが、今のイシグロに着られている感はない。

 そう、イシグロはようやっと英雄らしい恰好になったのである。

 

「これより、抜剣の儀を行います」

 

 淫魔女王が宣言する。見れば、いつの間にか東屋の中心に謎の台座が据え付けられており、その上には布を被せられた物体が置かれていた。

 台座を挟む形で老紳士と金髪のエルフが立っていた。老紳士はイシグロの防具を設計した工匠であり、エルフは台座の中身の設計者だった。ゲストに対して彼等は慇懃に一礼し、イシグロと入れ替わるように東屋を出た。

 

 淫魔女王が掛けられた布を取ると、墓石のような物体が露わになった。

 それは、台座に突き刺さった剣のようだった。というのも、垂直に立った剣は柄だけが露出しており、肝腎の剣身は物理的に封印されていたのである。

 

「ほう、抜剣の儀ですか。大したものですね」

「大した事しかねぇな今日」

「わ、わぁ……すごい魔術式。あ、あ、あの魔道具を作ったのは間違いなく天才、ですね……!」

 

 抜剣の儀と聞いて、古い時代を知る戦士達は感心したように唸った。

 抜剣の儀とは、古ラリスの時代から存在する儀式である。尖兵戦を経た今、結婚式の場でこれを行う意味を、イシグロを含めこの場に呼ばれた重鎮達はしっかりと理解していた。

 

「よし……!」

 

 神妙な静寂が落ちる。新衣装のイシグロは一つ大きく息を飲み、一歩前に出て柄に手をかけた。

 ふんと踏ん張り、魔力を籠めていく。すると、錠が落ちる音を伴って段階的に剣の封印が解かれていった。封の隙間から光が漏れる。イシグロの周りに可視化された魔力が荒れ狂っていた。

 やがて最後の封印が解かれ、剣の全貌が明らかになった。

 

「おぉ」

 

 という歓声は、誰のものだったろうか。

 美しく、それでいて確かな重みを感じる長剣であった。無骨の極みのようだった黒剣よりも、ひと回り細く長く薄い。けれども、イシグロが手にした剣は、無銘と同等かそれ以上に力強い印象を受けるものであった。

 剣に関して確かな審美眼を持つ銀竜剣豪が目を細める。刃の造りは練りに練られたリンジュ式鍛錬法と、古いラリス式魔術技法のハイブリッド。無駄な装飾を省きつつも優美な仕上がり。例えるならば、超越存在によるものではない、人の手になる鋼の聖剣。

 

 イシグロが封印されていた聖剣を掲げた。

 喝采である。最新の英雄を前に、誰も彼もが興奮していた。

 歴史上の誰かではない、空想上の何かの模倣でもない。誰でもない一人の戦士として、新たな英雄として立つ意思を表明したのである。

 

「すげぇ! なんか知らねぇけど、アレがアダムスさんの剣か! マジぱねぇ!」

「戦慄すら覚える程の剣ですね。古今東西、ありとあらゆる技術が惜しみなく注ぎ込まれています。カムイバラ刀匠の最上大業物ですらあの輝きを前にしては、もはや……」

「いやしかし、あの刃には覚えがあるぞ。もしやアレにはボッチちゃんも関わってるんじゃないか?」

 

 実際、今のイシグロは剣のデザインも相まって英雄然とした見てくれをしていた。

 垢ぬけた革鎧に、人工聖剣のセット。イシグロ的に例えるのなら、ソシャゲにおける既存キャラの最上位レアリティ版。それこそ周年ガチャで出るタイプの。もしくは才能開花してレアリティが上がった感じか。

 以前なら恥ずかしがっていたかもしれない武装だった。だが今は違う。イシグロは愛する者の英雄として、もしくは王として立つ覚悟を決めたのだ。多少コスプレっぽくても、行動で以て着こなしてみせる。

 

 喝采の中、イシグロは東屋を出て、ラリスの第三王子に向かって剣を抱くように一礼した。新郎に続き、戦士たる新婦達も同じ動作でお辞儀をした。

 これは古式の礼儀作法――他国の戦士が行う最敬礼であった。忠誠を誓う礼ではない、服従を示す礼でもない。ただ一人の戦士として、格上の戦士に敬意を表する際に行われるものだ。

 

「先の尖兵戦、大儀であった。貴殿の活躍、子々孫々に至るまで語り継がれるであろう」

「有難く……」

 

 対し、イシグロの前に立った王子が正式な返礼で応えてみせた。

 再び、喝采が鳴り響く。聖王子と迷宮狂いが向かい合う光景は、さながら歴史画の再現のようであった。

 

 この日、この時、ラリスの歴史に新たな英雄が誕生したのである。

 

 

 

 それからは、形式ばったイベントもない気楽なパーティになった。

 淫魔王国の音楽隊がBGMを演奏――イシグロ由来のゲーム音楽――したり、ミスター・フライシュがコロッケやたこ焼きといったイシグロ発案の料理を振る舞ったり、異世界らしくファーストブラッドの試合が行われたりと、賑やかで楽しい時間が流れた。

 王子もコーラを飲みながらたこ焼きを食べたりして積極的にゲスト達と交流し、皆の前でイシグロに話しかけてみせた。第三王子と気安く話すイシグロを見て、他国の重鎮は二人の関係性に驚愕していた。

 

「それにしても見事な剣ですねぇ。これを設計したのはアダムスさんですか?」

「ええ。自分としては別に構わなかったのですが、防具共々この日に合わせて無理をされたみたいで」

 

 そんな中、新婦と離れたイシグロは独身の男共にもみくちゃにされていた。

 貴族然としたフロックコート姿には近づき難い雰囲気があったが、バチクソに実戦使用を想定された剣や鎧など見ると冒険者としてはひと安心である。

 

「あれはウェディングドレスよ。女王陛下お抱えの芸術家が考えたものね」

「へぇ~、陛下って服飾のセンスもあるんだぁ~」

「一人一人細かい意匠が違うんですね」

「揃いにしようとも思ったんスけど、そこはご主人が別々のにしようって。だからもう何回も着る羽目になったッス」

「グギギギギ……! ルクスリリアめ、性奴隷の次は英雄のお嫁さんだなんて! 羨まし過ぎましてよ!」

 

 一方、ルクスリリア達も独身女性陣に取り囲まれていた。

 初見イベだらけの結婚式に、一同興味津々なのである。最も好評だったのが先ほどまで着ていたウェディングドレスで、元奴隷の面々は質問攻めにされていた。そして、その費用を聞いた冒険者はイシグロの甲斐性に度肝を抜かれていた。

 

「貴公、名を何という」

「へ? あっしぁアダムスってもんですが……」

「善き腕をしている」

「はあ、そいつぁどうも」

 

 浮かれた空気に酔っているはずもなかろうが、これまで不動を保っていた銀竜剣豪は不眠不休の仕事で疲労困憊だったアダムスに声をかけていた。

 抜剣の儀以降、イシグロが腰に下げている剣を見てヴィーカはアダムスに興味を持ったのだ。寝不足と疲労で頭が回っていないドワルフは、伝説の英雄相手に物怖じせずにいつも通り応対していた。

 

「貴様はそのまま精進するといい」

「はい! ありがとうございます!」

「あ、あの自分は……」

「貴様は……そうだな。少し見ていろ」

「なるほど、イシグロさんは唯心無月流という武術を修めているのですね」

「それだけではないな。奴は無月流を土台に嵐極拳や獣人剣術、これまで戦ってきた敵の戦闘術まで、それらを破綻させず習得し己のモノとしている。奴は最早、無月流ではないな」

「巣立ちですか。寂しいですね」

「いいや、それこそが無月流だ。奴はアレでいいんだよ」

「ほう、ドウジュン殿は獬地拳をやるのですな。噂によれば獣人のみが扱える武術であるとか」

「始まりはそうですが、実際は他の種族でも使えますよ。実際、私も爪は伸ばせませんし」

 

 いつの間にやら、イシグロの結婚式では誰も彼もが気楽に話していた。

 鼬人剣士が師匠の紹介で銀竜剣豪と知己を交わし、ニーナとアリエルがお互い分かり手として「いいよね」「いい」とか言い合ったり、どういう訳だか受付おじさんが第三王子に声をかけられたり。戦友同士が尖兵戦での活躍を称え合い、クーシェンの武侠とリンジュの武人が武術談義に花を咲かせていた。

 イシグロという訳の分からないロリコンを軸に、身分や種族を問わず和気藹藹とした雰囲気で過ごしていたのである。

 それは、紛れなく新郎の人徳によるものであった。

 

 

 楽しい時間は、あっと言う間に過ぎていく。

 

 ケフィアムの空が茜色に染まった頃、ゲスト達は馬車に乗ってラース屋敷から去っていった。

 中庭から出て行くゲスト達を、イシグロ達は丁寧に見送った。入場とは逆に、身分の低い順から出る仕組みである。

 

「もぉ~、ヴィーカ様に話しかけ過ぎッスよ~。アタシずっとハラハラしてたんスから」

「えぇ~? 何もしてないってぇ」

「レノも頑張ったね。人いっぱいいたけど大丈夫?」

「ん、わたしもう子供じゃない」

「ユゥユゥも立派になっでぇええええ……!」

「うわぁ泣き上戸発症してる上に記憶消えるくらい酔ってますね、これは。めんどくさ」

 

 ルクスリリアの母や、ファリナやチィレンも中庭を去っていく。彼女等はラース屋敷に泊まる予定だ。

 

「お祖父様、またお呼びいたしますわ」

「うむ。あの料理……名は何だったか。油で揚げた肉だが」

「竜田揚げでしょうか?」

「それだ。次も竜田揚げと清酒を用意せよ」

「かしこまりましたわ。ふふっ……」

「レギーナもお元気で。今度会う時まで、ボクはもっと強くなっていますから」

「そう……。なんか、人がいっぱいで修行より疲れたわ」

「師匠も来てくれてありがとうなのじゃ」

「お前さん、娘っ子が心配してたぞ。手紙くらい出してやんな」

「アンゼルマなら大丈夫だろう」

 

 馬車に向かったゲストと異なり、銀竜剣豪達は中庭から直で飛んで行った。

 先の親族共々、ヴィーカ達とはもう一度祝いの席を設ける予定である。

 

「ところで、式の内容は誰の発案なんだい?」

「陛下ですよ。愛の宣誓も指輪交換も、純淫魔契約の宣伝らしいです」

「ふぅん? まぁそういう事にしておこうか」

 

 王子とイシグロだけになったところで、ジノヴィオスはいつものノリに戻っていた。

 本日の催しは淫魔流の結婚式という事になっているが、実際に誰が発案したか王子にはバレバレだった。

 

「じゃあね。こういうのは苦手だろうに、よく頑張ったよ。これにて君達の安寧は守られる。誰憚ることなく、民として生きるといい。僕が許そう」

 

 純白の聖王子が立ち去っていく。彼の後ろに護衛騎士とメイドが続いた。

 途中、赤毛の護衛騎士がイシグロに振り向いて、優しく微笑んでいた。

 

「お疲れ。みんな体力残ってる?」

「ッス。思ってたより気疲れしなかったッス」

「貴女はいつもお気楽じゃない」

「ボクはとっても疲れました。あとお腹が空きました」

「ケーキ全種食べとったじゃろ」

「甘いものは別腹ってファリナが言ってた」

「アタイは一つ食べただけで胃が重くなっちまったよ。酒ならいくらでも呑めるんだけどな」

「シャロさんもよく我慢できましたね。夜は呑んでいいですよ」

「やったぜ」

「ん、シャロ飼われてる?」

 

 人気のなくなった式場では、淫魔騎士が片付けを始めていた。

 夕陽に染まった中庭には、祭の後の静けさとも言うべき空気が流れていた。掃除中の淫魔騎士が式の内容を楽しそうに話している。

 

「実際こういうの苦手なんだけどさ……」

 

 式場だった庭を見ながら、夫になった男が呟く。

 わちゃわちゃしていた一同は主人の顔を見上げた。

 

「他人に認められるって、嬉しい事だったんだな。やってよかったと思う」

「そうね……」

 

 式は一つの区切りに過ぎず、既に婚姻届を出したイシグロ達の関係性にこれといった変化はない。

 だが、思い出には残った。永遠を生きるエリーゼにとっても、忘れられない日になったはずだ。

 

「あぁイシグロ君まだここにいたの? 皆待ってるから、早くいらっしゃーい!」

 

 淫魔女王が呼んでいる。これから、イシグロ達は二次会をやるのだ。

 

「じゃ、行こうか。お着換えしないと」

「コンソールポチポチで一瞬スね!」

「便利じゃのぅ、ほんに」

 

 楽しい一日は、まだまだこれから。

 夫婦になった八人は、結婚式関係者の集う二次会に向かうのであった。




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