【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で続けられております。
 誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 最後だけ三人称です。
 よろしくお願いします。


炉利の人

 挙式の後の話をするとしよう。

 

 あの後、俺達は少しラフな格好にお着換えして、ラース屋敷の大ホールで行われる結婚式大成功会に参加した。いわゆる二次会である。

 二次会はプランナーやスタッフなどの慰労を目的としたパーティであり。会場はまんま忘年会のノリだった。

 

「あっ、お疲れ様ですイシグロさん。そのスーツもよくお似合いですよ」

「うぅ~ん、僅かな違いでも背格好によって合う合わないがありますなぁ。わたくしとしてはもっとこう裾の長い方が細剣に映えると思うのですが」

「専門の研究班が必要ね! とりま私が立候補するっちゃ!」

 

 二次会において、俺はフロックコートの製作過程で生まれたジャケット&パンツ――スーツを着用していた。これまで吊るしのスーツしか着た事なかったので、オーダースーツのフィット感は非常に着心地が良く大満足である。

 しかもこれら全部手作業で、しかもしかも数日で仕立てるってんだから凄いもんである。やっぱり異世界人は地球人とは根本からしてスペックが違う。

 

「やっぱ淫魔とくりゃ革ッスよね~。この手触りがたまんねぇッス」

「ん、イリハのそれ動きにくくないの?」

「めっちゃ動きにくいのじゃ! 普通に後悔しておる!」

「煌びやかでいいじゃない」

 

 オーダースーツにご満悦の俺の傍ら、愛する妻達も二次会では各々好きな恰好をしていた。

 ルクスリリアはレザーのドレスで、イリハは平安貴族みたいな着物。皆違って皆いい。何故かグーラはタキシード姿で、男装姿が素敵だと淫魔スタッフに囲まれていた。

 

「この度は温かいご支援を賜り、心より感謝申し上げます」

「いいのいいの。私から言い出した事だしね。イシグロ君のお陰で新しい産業も生まれそうだし、ウィンウィンって事で」

 

 ちなみに、スーツやウェディングドレスらへんのアイデアは全部淫魔女王にお譲りした。結婚式でしか使う機会のないであろうウェディングドレスと違い、今後スーツはデカいシノギになる見込みであるという。

 淫魔王国の裁縫師さん達曰く、こいつは流行るし流行らせるらしい。今後、淫魔王国はメンズファッションの最先端を行くとか何とか宣言していた。裁縫師淫魔の瞳は性欲に塗れていた。

 

「う~ん、やっぱり皆が整列してるだけじゃあ芸がないな。そこの君、ここにスケベ椅子を持ってきてくれ」

「なんで貴族屋敷にスケベ椅子が置いてあるんですかねぇ」

 

 宴会の途中、俺達は再度挙式の衣装に着替えて別部屋に移動した。異世界ダ・ヴィンチことチンイラ・ゴンザレスこと淫魔芸術家パイモ氏に絵を描いてもらう為である。

 結婚式において、パイモさんには中庭の改装やドレス製作を手伝ってもらっていた。式に出席しなかったのは「ぼく堅苦しいの苦手なんだよね」らしい。

 

「あーそうそう。はい、これが前に描いたやつね。本格的に着手する前、滝に打たれて性欲をゼロにしてから描いた傑作だよ。いい絵だろ?」

「ん、すごい……」

「そうだろう、そうだろう。しかしねぇレノ君、ぼくの本領はあくまでもサキュバティック・アートなんだよ。だからね? 芸術界の為にも君達の初夜を覗かせてもらいたいんだが」

「芸術を盾にすれば何でも通ると思ってんじゃあないぜ」

 

 例によって結婚イベントのスチルはラフだけ描いてもらって、別れ際に以前依頼した集合絵をプレゼントしてもらった。

 一言で言うと、凄い絵だった。何が凄いのかさっぱり分からないが、その絵には神絵師特有のその人しか出せない味というものが感じられたのである。エリーゼなど、その絵をどこに飾ろうかウキウキしていた。

 

「もう♡ 先生にはああ言ったくせに♡ やっぱご主人もその気じゃないッスか~♡」

「こういう時は褒めてあげないと。だって、夜になってからは獣のようだったじゃない。よく耐えたわね、アナタ♡」

「ふへへ、こういうのも背徳的でいいですねぇ♡」

 

 夜である。初夜である。

 無論、勿論、当然として、皆にはベッドの上でもウェディングドレスを着てもらった。

 な、の、で、本日の〆として、俺は猿顔大泥棒の如くに華麗なダイブを敢行した。

 俺達の初夜はめちゃくちゃに盛り上がった。

 

 翌朝、部屋を覗こうとして捕縛された芸術家淫魔がいたらしいが、あえて名前は聞かなかった。

 

 

 

 他所向けの披露宴が終わったら、身内向けの結婚式が待っている。

 会場は王都にある我が借家だ。そこにはルクスリリアの母であるラグニアさんも呼ぶ予定なので、彼女の旅券取得試験が終わるまで俺達はルクスリリアの実家である牧場に通っていた。ラグニアさんが抜けた分の仕事を手伝う為である。

 

「あらあら、リキタカくんは細いのに力持ちなのねぇ」

「鍛えてますから。他なにか持ってくものありますか?」

「そう? じゃあ私をお持ち帰りしてもらおうかしら♡」

「たいへん光栄な申し出ですが、自分には心に決めた女性がおりますので」

 

 ルクスリリアの実家は酪農牧場であり、近くには牛さん用以外にも様々な牧場が併設されている。そこで分担して仕事の手伝いをしようというのだ。

 東に病気の豚さんあれば行ってヒールをかけてやり、西に害獣の痕跡あれば行ってマゾブタをこらしめてやり、北に抜けない木があれば力任せに引っこ抜き、南に抜けないと云フ淫魔あれば知り合いの男を紹介してやった。

 その他、皆で羊の毛刈りをやったり日曜大工的な仕事をしたりと、新婚の俺達は存外充実した牧場ライフを満喫していた。腰痛・肩こり等とは縁遠い銀細工ボディは実に農業向きである。

 

「へ、ヘルプミー! 誰か助けてぇ~……!」

 

 馬産牧場で柵の修繕作業をしている時だった。助けを呼ぶ声が聞こえたのだ。

 また夢魔みたいなのが現れたのかと思い声の方に駆けつけると、なんと母馬が仔馬を出産する場面に遭遇した。

 助けを呼んだ厩務員淫魔さんはド新人だったらしく、唐突なお産にパニックになっていた。曰く、ベテラン厩務員の淫魔はちょっと遠くに出かけているらしい。

 警戒心むき出しで暴れる母馬を前に、俺は何の力にもなれなかった。後から来たルクスリリアがサポートに回ってくれたが、これまた彼女も馬は初めてとの事。とにかく件のベテランなり専門家を呼びに行こうとダッシュしようとした、その時だ。

 

「苦しそうな声が聞こえてきたと思えば。安心して、僕に任せて」

 

 馬小屋に背の高い男性が入ってきた。その顔には見覚えがあった。結婚式で第三王子の護衛をやっていたダイダロス氏だ。

 王族の護衛騎士が何故ここに? 訝しむ俺達に対し彼はラリス王国の獣医資格を見せ、すぐさま母馬の出産準備に取り掛かった。

 

「怖がらなくてもいい。ここに君の敵はいないよ。安心して、みんな君を心配しているだけだから」

 

 彼が馬の首を撫でると、警戒していた母馬は途端に落ち着きを取り戻した。そして、以後は何の問題もなく母馬は無事に出産した。

 生まれたばかりの仔馬はプルプルと震え、そう時間を要さず四本脚で立ち上がった。一同から安堵の息が漏れた。その光景を見た俺は思わず小さくガッツポーズをしてしまった。なんとも言えない感動がそこにあったのだ。

 

「見て見て、白毛の仔だよ。これは将来美人さんになるなぁ」

 

 さっきまでのシゴデキ獣医ぶりはどこへやら、やり遂げた後のダイダロス氏は覇気のない顔で仔馬を眺めていた。

 急いで連れてこられたベテラン厩務員に後を引き継ぎ、ダイダロス氏と俺達は馬小屋を出た。そんなに動いてないのに疲労困憊で、何故だか気分は爽快だった。

 

「僕は昔から馬が好きでね。淫魔王国には愛馬のお見合いの為に来たんだ。王子の護衛はついでかな」

 

 曰く、王子の護衛騎士をやっている彼は元金細工持ち冒険者らしく、現在は自分の牧場を持っているそうだ。淫魔王国と言えば良質な馬という事で、こうして度々顔を出しているらしい。

 

「じゃ、僕はこれで。結婚おめでとう、イシグロさん。末永くお幸せに」

 

 ややあって、俺達はダイダロス氏と別れた。

 それにしても、不自然なくらい弱そうな人だった。アレで護衛騎士が勤まるとは思えないので、十中八九能ある鷹ポジの人だよねって。

 そんなこんなで、淫魔王国では動物や自然と戯れて過ごしたのであった。

 

「てゆーか不合格なんだけど! ウケる!」

「あんだけ対策しといて一次試験すら通ってねぇってどういう了見ッスか!」

 

 なお、ラグニアさんは旅券を取得できなかったので、当初の予定通り準淫魔騎士の監視付きで国を出た。要するに俺が監督してればいいって話なんだが。

 そういえば、他国に出られるのは理性の強いエリート淫魔だけなんだっけ。そりゃ一夜漬けの受験対策で通る訳ないよねって。

 ともかく、ファリナさん達も連れてラリスへ出発である。

 

 

 

 大型版空戦車に妻達の親類縁者を乗せた俺達は、ラリス王国は王都近郊にあるマキア城にやってきた。

 マキア城とは、以前ヴィーカさんと模擬戦をした古の廃城塞である。そこでヴィーカさんとゲルトラウデ師匠はレギーナに稽古をつけているのだ。

 

「うむ、レギーナは前とは比較にならん程の成長を見せてくれた。才能もあるだろうが、何より素直なのが素晴らしい」

 

 空から失礼と到着すると、ちょうどよく全ての教育課程が修了したところだった。レギーナが何を学んでいたかというと、偏に手加減力加減だ。

 日常生活を送るにおいて、現在の彼女は強すぎるのだ。撫でれば死ぬような人しかいない場所で暮らすなら、そういう加減は覚えなければならない。

 

「私の負け、のようね……」

 

 で、何か知らんが俺とレギーナがタイマンを張る流れとなり、俺は何とかかんとか勝利した。

 とはいえ飛行無し権能無し剣オンリーのハンデ戦である。もし全部解禁されてたら勝てなかったろうが、とにかく勝ちだ。

 次、グーラとも同じ条件で対戦してもらい、見事我が妻が勝利した。ぶちぬき丸で【受け流し】と【切り抜け】を覚えたグーラは最強の盾と矛を手に入れたに等しいのである。まぁハンデなかったら勝てなかっただろうけども。

 

「分かったか?」

「は、はい! 分かりました!」

「アレ何の話してんスかね」

「さっぱりじゃな」

「ユゥリンよ、お前さんから見てどうだ?」

「ん? あー、アレはヴィーカ様がグーラさんの剣を避ける為の動き始めを見せて、その直後にソレを潰す剣の軌道をご指導なさったんですよ。一見で理解するとは、やはり天才ですか」

「や、ユゥリンも大概」

「お祖父様は言葉が少ない方だもの」

 

 模擬戦もそこそこにその日はヴィーカさんに軽く稽古をつけてもらい、皆でキャンプを設営して過ごした。

 最近は柔らかいベッドで眠っていたので、テントで寝るのは新鮮だった。焚火も楽しかったしな。

 

「すっご! あっちとか男ばっかじゃん! あそこで淫奔魔法ぶっ放したらどうなんだろ~」

「ちょっとでも使おうとしたら母親でもガチでぶん殴るんで覚悟するッスよ」

 

 翌日、草薙一行とその親類縁者は王都アレクシストに入都した。

 淫魔王国から出た事のないルクスリリア母は王都を歩く男性の多さに興奮していた。まんま都会ではしゃぐ田舎者である。

 

「どんどん買っちゃいましょう。余ってもグーラさんが食べるんですから」

「むっ、そういう言い方はよくないと思います」

「えーっと、あと必要なのは……あったあった。これじゃな」

「確かお祖父様が清酒をお望みだったのだけれど、どれがいいかしら?」

「あー、ならこいつがお勧めだぜ。リンジュのアテによく合うんでぇ」

 

 途中ヴィーカさんとはお別れし、王都の商店街で宴用のお買い物。食材をいっぱい買って、さっそく身内結婚式をするのだ。

 帰宅後はこれまた準備組と観光組に分かれて行動開始。前者は俺とイリハとユゥリンで、その他はラグニアさん達の護衛である。

 少なくとも西区においてはルクスリリア達は有名なので、喧嘩売ってくる同業者とかいないだろう。いざとなったらレギーナの暴力で解決するだろうしな。

 

「出来上がりました。収納魔法へお願いします」

「あいよ!」

「これもよろしくなのじゃ!」

「あいよ!」

「唐辛子セット出してください。クーシェン産、全部です」

「あいよっ!」

 

 準備係に配属された俺はロリシェフ二人の冷蔵庫兼食器洗い係を担当した。汚れた調理器具は収納魔法に出し入れしたら汚れが落ちるんでぇ。

 次いで会場となるリビング・ダイニングを掃除し、家具を整え、ついでに家中を掃除しまくって、そんで何かこうお祝いっぽい装飾をして……。

 

「「「結婚おめでとー!」」」

 

 夜、身内オンリーの結婚式が始まった。

 予定通り、出席しているのは身内である。唯一の部外者はゲルトラウデ師匠のみだが、エリーゼの妹でヴィーカさんの孫であるレギーナの後見人なので身内判定でいいだろう。

 

「どれも美味しいわね。食べた事のない料理ばかりだわ……」

「お母様の事だし、竜族料理ばかりだったのではないかしら? 今思うとそんなに美味しくなかったのよね。特に銀竜一族は他種族の文化を受け入れないから……」

「そういえばカムイバラに竜族がやっとる寿司屋があるって聞いたのぅ」

「竜族の……寿司屋!」

「はわわヴィーカ様がイリハの作った竜田揚げを食べています……!」

「実際美味いぞこれは。ビールにも焼酎にも合う」

 

 全員で囲める特大テーブルの上に、イリハとユゥリンが作った料理の数々が並ぶ。

 お誕生日席の俺が乾杯の音頭を取って即開始である。先の結婚式と異なり、身内パーティは実に落ち着いた空気が流れていた。

 食事中、ルクスリリア母はギャルママらしいコミュ力を発揮して誰かれ構わず話を広げていた。やれ王都はいい男が多いだの、こっちを見てた少年の初恋を奪っちゃったかもだの。チィレンさんの陽キャ特有の合いの手も相まって、騒がしくない程度の盛り上がりっぷりである。

 

「へえ、アダムスにご注文を。どのような剣を?」

「うむ。肩程の長剣をな」

「そりゃ坊の奴ぁ喜んだだろうなぁ」

 

 ちな、昼間単独行動をしていたヴィーカさんは、ドワルフの店に行って剣の注文をしてたそうだ。

 曰く、現在進行形の道楽として彼は刀剣類をコレクションしているらしい。収集癖と言えば竜族における代表的な趣味嗜好である。気持ちは分かるので、彼とは俺が持ってる他の刀剣を見せて武器トークをした。

 

「チィ姉呑み過ぎ。結婚式での醜態を忘れたんですか?」

「あぁん妹にお酒取られたぁ!」

「スリーピースっていうんだね、それ。ところで女性用のスーツはないの?」

「ありますよ。遠からず表に出ると思います」

「かっちりした服のはずなのに、陛下が試着した時とか何かもう凄かったッス」

「ん、凄い迫力だった」

 

 酒の量も程々に、身内だけの結婚式はリラックスして楽しむ事ができた。

 好みで言うなら断然こっちのが好きだった。けど、より思い出に残ったのはラース屋敷で行った方だ。合わん合わんと思ってみても、やってみんと分からんもんだね。

 

「馳走になった。レギーナの事は任せたぞ」

 

 食べて、呑んで、お話した。宴もたけなわといったところで、銀竜剣豪は夜の王都に消えていった。

 しばらく王都にいるらしいが、次会えるのはいつになるだろうか。エリーゼの子供が生まれたら、また祝ってもらいたいね。

 

「本当によろしいのですか? 部屋なら空いていますよ」

「なに、こういうのも経験だ。行くぞレギーナ」

「分かったわ。じゃあね、お姉様」

 

 ヴィーカさんに続き、師匠&レギーナともお別れした。

 屋敷に泊まればいいものを、わざわざ安宿で一晩明かすんだとか。社会見学の一環らしい。

 

「「「んへぇ~」」」

「ほらベッド行きますよ。ていうか、これだけ酒弱くて今までよく処女守れてましたねこの姉……」

「シャロも呑み過ぎましたね。最近たるんでるんじゃないですか?」

「まさか酔いつぶれた母親を運ぶ事になるとはッス……!」

「ん、わたしの聖水を飲むべき」

「俺も貰おうかな。俺も貰おうかな」

「何で二度言ったのよ」

 

 その他の面々は借家にご宿泊だ。俺達は一つの寝室しか使ってないので部屋は余っているのだ。

 

「見て見てリリィ! あそこのカップル今からチューするよチュー! あは♡ 全然慣れてない♡ 可愛い~♡」

「なんかもう恥ずかしいんスけど! そういうの止めてもらっていいスか?」

 

 その後はルクスリリア母の王都観光に付き添ったり、牧場にいる淫魔さん達用の王都土産を買ったり、隣町の競馬場でラリス流のチャリオット・レースを観たり。

 で。七日くらいして淫魔王国にお送りした。

 

「あーしも旦那欲しいぃ~! リキタカ君、あーしもハーレムメンバーに入れてぇ~!」

「もっといい相手がいますよ」

 

 その頃になると、ラグニアさんに結婚願望なるものが芽生えたっぽい。

 お相手を見つける為にも、狭き門と名高い旅券取得試験に合格してもらおう。

 

「またね、レノ。本当に結婚おめでとう。いい人に助けてもらっちゃって羨ましいかな」

「ん、きっと皆を同時に愛してくれる人がみつかるはず」

 

 淫魔王国では、レノの家族であるファリナさんともお別れした。

 彼女は第三王子の庇護下にあり、同じく保護されている楽園の天使達は現在淫魔王国に住んでいるのだ。

 以前聞いた話によると、ファリナさんは天使達から“お姉様”と呼ばれているらしい。ごきげんようごめんあそばせって雰囲気になってるんだとか。

 

「マジで一人暮らし始まるんですけど大丈夫ですか? 外食ばっかとかダメですからね?」

「大丈夫だってー。ほら、最近お料理も練習中だし何とかなるなる」

「アレを料理と呼ぶのは食材への愚弄なんですよね」

 

 ほいで再度王都に帰還。ユゥリンと結婚したのをキッカケに、姉のチィレンさんは一人暮らしをする事になった。ユゥリンは俺んち住みだ。大雑把なトコのある姉を心配して、妹は定期的に様子を見に行くつもりらしい。

 同じくシャロも俺と同居する運びとなり、件の工房は仕事場として活用する予定だ。寝るトコが変わっただけで、二人の仕事は然程変わらない。

 

「あっ、ギルドに報告しとかないと」

 

 と、ここで気づく。忘れていたよギルドへの報告。西区転移神殿に到着し、いつも通りに受付へ向かうと、馴染みの受付おじさんがいなかった。曰くお腹を壊して療養中とか。

 

「ようイシグロ! 結婚してすぐ迷宮行くのかぁ?」

「聞いたぜ? 新しい防具あるんだってな!」

「ええ。また今度」

 

 俺達の関係性に変化はあっても、俺達を取り巻く世界に変化はない。

 驚くべき事に、転移神殿の光景を見た俺はようやっと日常に戻った心地がして安心感を抱いていた。異世界情緒が日常になって久しい。

 

「ふぅ……」

 

 借家のリビングで一息。明日からまた、俺の異世界生活が始まる。

 現在、家には皆に加えてシャロとユゥリンの二人が居て、広い居間には女の子同士の会話が絶えない。俺含めて八人もいるしな、そりゃ賑やかだよな。

 もしマイホームを買うなら、生まれて来る子供の事も考慮した大きさにしないとな。豪邸にするつもりはなかったが、必要に駆られた結果として豪邸になっちまいそうだ。どこに建てるか、どう建てるかも考えないと。

 

「ご主人。明日からは何するんスか~?」

「とりあえず冒険者位階を上げようか」

 

 日常は戻ったが、マジの意味で俺達の戦いはこれからだ。

 まず皆の身分を確固たるものにすべく、草薙の剣は全員銀細工になってもらう予定だ。一級国民身分と銀細工。これで盤石になるはずである。

 

「ワタシは後回しでいいとして、まずは皆さんですよね」

「そうじゃな。木札のままじゃと新人冒険者に舐められるしの」

「尖兵戦が終わってから一度も戦ってないわね。そろそろ迷宮に潜りたいわ」

「ご主人様の剣も実戦で使用してみませんと」

「ん、その前に練習も必要」

「勤勉だねぇお前さん方ぁ」

「何言ってんです? シャロさんもするんですよ」

 

 二代目メインウエポンの実戦投入に、ヴィーカさんに教わった型の練習。あと尖兵戦で消費した煉獄ゲージも回復させないとな。

 やる事は多くて、やりがいがあるね。

 

「それもいいですが、春ですしまた公園に行きませんか? 自転車に乗りましょう」

「ならユゥリン用も買わないとな。明日注文しとくか」

「自転車って何です? 新しい戦車ですかね」

「や、もう見てる。さっきも街を走ってた二輪の乗り物」

 

 並行し、遊びの予定も立てていく。

 淫魔王国に居た分、俺も皆も外に出たい欲はなかったので王都で完結する遊びをしよう。とりまピクニックだ。

 

「まっ、いつも通りだな」

「ッスね!」

 

 鍛錬して、ハクスラして、皆と遊ぶ。

 マイホームのこと、子供のことはもう少し後でいい。今のこの新婚生活も大事にしないとな。

 そう、俺はこの世界で生きていくのだ。先の事ばっか考えても仕方ない。

 

 本当、異世界来てよかった。

 異世界生活、最高である。

 

 

 

 

 

 

 淫魔王国、ケフィアム城。その一角に二人の男の姿があった。

 片や純白の髪をした皓顔の美少年。片や赤髪の偉丈夫。二人は向かい合って食事を摂っていた。

 似ても似つかぬ二人はしかし、両者ともにテーブルマナーは完璧の一語につきた。

 

「で……どうでしたか? 兄上。実際に話してみて」

「ジノの言う通りの人だったね」

 

 口元をナプキンで拭った少年の問いに、兄上と呼ばれた偉丈夫が答える。

 その男は、かつてイシグロがダイダロスと紹介された護衛騎士だった。向かい合って食事を摂る様は、誰がどう見ても護衛騎士のソレではない。部屋の隅では、いつも通り魔牛族のメイドが控えている。

 

「僕の言う通り、というと?」

「そのままの意味だよ」

 

 中身の無くなったグラスに、メイドの手で橙色の液体が注がれる。

 食器を置いて瞑目した偉丈夫は、瞼の裏に過去の情景を映し出した。結婚式で愛を誓う様子。剣を持って掲げた光景。仔馬の誕生に安堵と歓喜を溢れさせていた姿。イシグロ・リキタカなる英雄の本質を。

 瞬き一つ。赤毛の偉丈夫は目の前にある硝子玉のような双眸を見て口を開いた。

 

「やはり、彼は英雄の器じゃあないよ。そうあるべきではない人だ」

「そうですね。僕もそう思います」

 

 その時、一瞬だけ両目を光らせた偉丈夫は、やがて重たい溜息を吐いた。

 

「聞いた通りの人柄ではあったね。けど前に聞かされた時ほど尖ってはいなかったように思う。いい出会いがあって成長したのかな?」

「間違いないかと。エレークトラさんもそう言っていました」

「ん? ああ。ミッドでか」

 

 実際、異世界に転移して様々な経験を経たイシグロからは、すっかり角が取れていた。好きな人と愛を育んだ事で、大人の余裕を得たのである。

 ゲーム的に例えるなら、通常版では“秩序・悪”だったのがレアリティが上がって“中立・中庸”になった感じだ。なお、身内絶対主義は健在なので何かあれば容易に“悪”に切り替わる模様。

 

「けれど、視え(・・)なかったんでしょう? いくつもの家が消えてしまった現在でも、そうお思いですか?」

 

 面白がるような声音だった。試すような無邪気な問いに、兄はゆっくりと首肯した。

 

「確かに、底は視えなかったね。いずれ僕達にすら届くだろう。だが、本質的に彼に剣は似合わない。戦いが……いや、競争が嫌いなんだと思う。ただ英雄の力を持っただけの民草に過ぎないさ」

 

 何の間違いか、彼は英雄の如き力を持ってしまった。畢竟、それだけに過ぎない話である。

 恐らく、この世界の仕組みがそうさせたのだろう。ただ愛する者と生きる為だけに、彼は英雄にならなければ生きていけなかった。

 それを悲劇と言わず何と言うのか。憂いを帯びた眼の偉丈夫は、グラスの中身を舐めるようにして呑んだ。

 そんな兄の姿を、聖王子は微笑みながら見ていた。

 

「それは兄上のような?」

「かもしれないね」

 

 自嘲するように呟き、悲観的な感傷を流し込むように酒器を呷る。

 

「なら、安心ですね」

 

 純白の少年――ジノヴィオスは、口元だけで笑った。

 対し、赤毛の偉丈夫――王位継承権第一位、ディミトリス・アレクシスト・モノラリスは無言で弟を見た。諦観の滲んだ瞳に、計算され尽くした美貌が映っている。

 

「兄上のご懸念は尤もです。僕としても彼には民として生きてほしいと考えております。本人もそれを望んでいますしね。ただ……」

「ただ?」

 

 瞑目。兄と同じように過去を回想した第三王子が目を開いた。

 

「世界が、それを許すでしょうか。悲劇に見舞われている少女を前に、イシグロさんは大人しくしていられますかね?」

 

 イシグロの歪みについても、赤い髪のディミトリス王子は聞いて見て知り得ていた。

 言わずもがな、イシグロはトラブルメーカーである。正確に言うと、トラブルを起こすのではなく巻き込まれるタイプではあるが。

 リンジュでは猫又を討伐し、聖輪郷では古の因縁に終止符を打ち、アルヴの森ではルーン関連で大立ち回り。クーシェンの闇を暴いたかと思えば、尖兵戦では初志を貫徹せずに英雄的活躍をしてみせたのである。

 こういうタイプの英雄は、下手にコントロールせずその後ろ盾と尻ぬぐいに終始する方針こそが最も無難である。

 

「そんなにかい?」

「そんなに、です。兄上」

「そっか。まぁそういう人は過去何人もいたらしいから……。ともかく、我々に出来る事は彼の安寧を守る事だけだね。僕は僕の出来る範囲で最大限の支援をしよう」

「ありがとうございます。兄上」

 

 王族の口約束は絶対である。第三王子ジノヴィオスは、兄の口から最も欲しい言葉を引き出せた事で屈託のない笑顔を浮かべた。

 

「それに、馬好きに悪い人はいないしね」

 

 苦笑して、第一王子はグラスの中身を呑み干した。

 人参酒であった。馬好きが高じて馬の好物まで好きになっちゃったのである。

 しかして、これこそがラリス王家に求められる資質であった。

 

 時に、ラリスの英雄に必要不可欠な条件とは何だろうか。

 力だろうか。カリスマだろうか。黄金に輝く精神だろうか。

 どれも違う。それらは所詮要素の一つに過ぎず、何よりも重視すべき資質ではない。

 それ即ち、“愛”である。ラリス王たる資格を、第一王子ディミトリスは有していた。

 

「そんなものですか?」

「そんなものさ。ジノにも、いつか分かる日が来る」

 

 理解はできるが、共感はできない。

 そうやって首をかしげる弟に、兄は柔らかな笑みを向けるのであった。




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 イシグロみたいな奴でも何気に成長しています。
 強みを失う事もまた成長です。



★ディミトリス・アレクシスト・モノラリス
 第一王子。王位継承権一位。
 109話「変態王子と領域の外」で登場。赤毛の偉丈夫。異世界では珍しい厭戦家。
 お馬さん大好き。馬人も好き。正妻は人間族だが、側室は全員馬人系。
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