【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつも感謝しております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
エリーゼが覚醒した。
理由は一つ、彼女が収納魔法内の杖をSTGの自機追従ビットみたく使えるようになったからだ。
収納魔法で挟んで、高濃度魔力で保持する。何故だかそれで出来たのだ。
なら指や脇で挟んでも装備枠増やせるんじゃないのって感じだが、それは従来通り不可能だった。
ジョブによる二刀流制限があり、武器や防具やアクセサリー枠などの装備制限も厳しく、いくら努力しても出来ない事は出来ないこの世界で、何でそんな事が出来たのだろうか。
ともかく、使えるモノは使うべきだ。実戦投入後、俺達はエリーゼの仮称フルバーストモードの実験と検証を重ねていった。
エリーゼの収納魔法は俺より遠くまで届くが、ある程度まで離れるとビットの装備判定は外れてしまう。また、装備判定されているビット杖は魔法装填以外の補助効果は発動していない事も分かった。試しに安い補助効果付きの杖を持たせたところ、その一切がウンともスンとも言わなかったのである。
加えて、杖カテゴリー以外……厳密に言うとエリーゼが手に持っている武器と同じ武器種しかビット化できなかった。剣を持たせたうえでフルバーストモードになってもらったら、ビット杖は装備判定されなかったのである。
その後も色々調べた結果、よく分かりませんでした。この情報は役に立ちましたか? 改善できる点がありましたらお聞かせください。
あと、実戦で使ってみて判明したのだが、自機追従ビットの運用は操作が複雑過ぎて現状のエリーゼでは使いこなせない事が分かった。
何たって展開する杖一つ一つが異なる魔法を持っているせいで、何時どこで何を使うか瞬時に判断せねばならないのだ。そんなん脳が溶ける。実際、調子に乗ってブッパしまくってたエリーゼも迷宮帰還後は頭痛に悩まされてたし。
フルバースト中のエリーゼの状況を例えるなら、グレポン付きの
「はあ、そいつぁ構いやせんが。ホントにやるんですかい? あっしとしちゃあ純粋に儲かるからいいがよぉ。旦那ぁもう少し金の重みってもんを……」
「エリーゼは金よりも重い」
「言い方……」
なので、ドワルフにビット専用の杖を作ってもらう事にした。これで万事OKだわ。
それはそうと、一つ異能を手に入れただけでこうも化けたのだ。これまで恐れていた皆のレベルキャップ到達が楽しみになった心地である。
エリーゼの初期ポイントで収納魔法を最大解放できなかったあたり、保有ポイントには個人差があるものと思われる。星髄石使った時はアレ買おう何にしようと、修学旅行の夜みたいなノリで皆と話したりした。
欲を言えば任意のタイミングで異能購入画面を開きたかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。相も変わらず変なところで不親切である。
そんな中でも、エリーゼばかり構っていた訳ではなかった。
直近で言うと、仕事の隙間を縫ってシャーロットを鋼鉄札に昇格させた。彼女の場合、以前に鋼鉄札を持っていたので実際には戻った感じだな。
他方、ユゥリンもラリス様式の銀細工を授与され、無事二つ名をゲットした。ユゥリンに関しては無効になったとはいえ武帝祭の優勝者ってのも考慮されたっぽい。
ちなみに、ユゥリンの二つ名は“嵐極高手”だ。「嵐極拳の広告になればいいじゃないですか」とは嵐極拳正統後継者の談。ちなギルドからの提案では“四荒八極”とか“漆黒の瑞獣”とかがあったらしい。
そうこうしていると、季節はすっかり夏になった。
尖兵戦参戦から一周年である。全然そんな気がしない。つい最近の出来事のように思えて仕方ないぞ。多分、あの戦いの記憶は一生忘れないだろうなって。
「ふぃ~、涼しいぜ~。あー疲れた疲れた。こんな暑い日はキンキンに冷えたラリスビールが呑みてぇなぁ」
「おかえりなのじゃ。ビールもいいが、先に軽く汗を流すのじゃ。主様も蒸し風呂におるからのぅ」
「仕事終わりのサウナとご飯! やっぱ何もせずご飯が出てくる生活は最高ですねぇ」
エリーゼの諸々も終わり、シャロの専属護衛であるユゥリンも銀細工の箔が付いた。
そんでこうも暑いとなれば、戦後からこっち多忙だった反動か迷宮に行く気にならなくなっちゃった。検証の過程でボロ儲けしたので、俺達は日がな一日クーラーの効いたお家で過ごした。
一方、シャロは頻繁に外仕事をしていたので、朝出て夕方帰ってくるシャロはうちの大黒柱みたいになっていた。
とはいえ、家に籠ってる間に何もしなかった訳ではない。
俺が覚えてる範囲の地球の英雄譚を纏めたり、皆で楽器の練習をしたり、レノのお絵描きのモデルになったり。
「こ、これは……! 国家を転覆できる美味しさですよ! ご主人様!」
「いやいやそんな大げさな美味ぁあああい! ハーモニーっつーんスか? 味の調和っつーんスかぁ? あぁなんか分かんねぇッスけど甘くて美味しいッス!」
「油に砂糖にチョコレート。ふへへ、これは罪の味がしますねぇ」
「や、これは赦しの味。こんなに美味しいものが悪な訳がない」
「表面に塗るものを変えるだけでも違う味を楽しめるわね」
趣味の料理再現では、皆大好きドーナツなど作ってみた。
異世界にも小麦の塊を揚げて砂糖をまぶすお菓子はあるのだが、俺に馴染みのある穴の開いたドーナツはなかったのだ。
そこに異世界にもあったチョコやクリームなどをプラスすれば。甘党の多い異世界女子に大いにウケた。
「う~ん、なんかコレジャナイ感あんだよなぁ」
「おん? 何か気に入らねぇトコでもあんのかい? まぁアタイにはちと甘すぎるが、それでも普通に美味ぇぜ」
なのだが、俺からするとちょっとイマイチだった。
ざっくり作れた飯系と違い、何かデザートは上手くいかない。前に作ってみたロールケーキもふわふわしなかったしな。とにかく試行回数を増やし、調整するしかないだろう。
言うて趣味の領域なので、そこまでやり込む気はないのだが。いやしかし、こんな出来損ないのレシピをフライシュ侯爵にお渡しする訳には……。
「ひゃっほぉ~い! 冷たくて気持ちいッス~!」
「ぶぇ!? いきなり飛び込むでないわ!」
「では、まず水泳の基本から思い出しましょうか。身体に力を入れず、水に身をゆだねてください」
「ごぼ、ごぼぼぼごぼ、ごぼごぼぼ……」
「ん、エリーゼ沈んでる」
あと、夏になったので毎年恒例のプール通いもした。
この異世界には泳ぎが好きな種族が沢山いるので、王都には存外多くの水泳施設があるのだ。
そんな中、エリーゼは何年もプールに通っているのに全く上達していなかった。それでも努力を続けられるのはエリーゼの魅力の一つだと思う。
季節は夏真っ盛り。
かれこれ一ヵ月は転移迷宮に行ってない。
家でまったりしたり、プール行ったり、涼をとりながらフィッシングなど楽しんだり。
そんな風に遊び呆けていると……。
「イシグロ様、我が主からお手紙です」
なんて事のない日に、エージェント・メイドさん――夏のすがた――を通して、第三王子から連絡がきた。
例の深域武装について話がある、と。
「え~、何でしたっけそれ……」
「最上位迷宮の、です」
「……あ~」
割とガチで記憶を探り、かなり努力して思い出した。
アレだ、ボスを象ったと思しきクソキモソフビ人形だ。名前は何だっけ、テスカトリポカみたいなやつ。
いやはや、エリーゼショックが大きすぎて忘れちゃってたぜ。
「という訳で、一週間後に偉い人と会う事になった」
「そう。ならオシャレしないとね」
オシャレする事になった。
〇
「ミスター・イシグロ、これはフォーマルですか? 性交用ですか?」
「どちらでもありません」
「お召しになるのは昼でしょうか? 夜のベッドでしょうか?」
「昼と夜を一着ずつ。あぁベッド用じゃないです」
王都の一角、まだオープンしていない仕立て屋のフィッティングルームにて。
俺は姿見を前にスタイルカウンセリングをしていた。テーラーは結婚式の際にお会いした裁縫淫魔さんだ。
「スタイルは?」
「ケフィアム風」
「ボタンの数は?」
「二つ」
「パンツは?」
「細身で」
「魔術刻印はどうします?」
「非実戦用」
今お邪魔しているここは、異世界の地に産声を上げたオーダーメイドスーツ専門店である。
せっかくなので、王子と会う為にオーダースーツを仕立てて貰おうとなったのだ。
オーダースーツの注文など、現代日本だったら仮縫いとか本縫いとかで物凄い時間がかかるのだろうが、こっちの職人の腕は常軌を逸しているので必要な素材さえあれば数日で完成させられるのだ。
王子との面談は一週間後、余裕で間に合うらしい。ファンタジー舐めんな地球である。
「わぁ……素敵ですご主人様!」
「胸筋チラ見せしてるのがどちゃシコでいいッスねぇ!」
「はえ~、こんな服を数日で。すげーな、どんな腕ぇしてんだか」
で、例のスーツはあっと言う間に完成したので、皆の前でお披露目した。
夏用シャツを除き、このスーツは淫魔王国産のサキュバスウールで出来ている。全体的に薄手であり、ジャケット付きでも蒸し暑くない。
ちな、ノーネクタイである。まぁネクタイの概念がない異世界ではネクタイの有無で何が変わるという話だが、俺としてはこれで偉い人に合うの大丈夫かなとか思っちゃう。
「いい生地じゃない。私のも何か仕立ててもらおうかしら」
「ん、いいと思う。わたしはネクタイ有りがいい」
「スカートはリンジュの短袴みたいなヒラヒラしたのにしましょう。ピッタリスカートはお尻の薄さがモロに出てしまいます」
「色で個性出せそうじゃの」
「年齢別に三パターンくらいあるといいな。具体的に言うと上級生は赤で、下は紺と白とか」
「おぅやけに具体的じゃねぇか」
ノーネクタイのサマースーツ。例によって好評だ。
曰く、第二ボタンまで外してるのがエロくていいらしい。
これまでファッションに興味なんか無かったが、こうも皆が喜んでくれるなら非常に嬉しい。膝に矢を受けた訳だし、以後はファッションにも気を配ってこうかな。
「じゃ、行ってくるよ」
時は流れて面談当日。俺は朝から皆と離れ、単独馬車に乗り込んだ。
馬車内のカーテンは完全に締め切られており、その他魔法的な効果で過剰なくらい外の情報が遮断されていた。体感スピードは原付くらい出てるか。
「それがスーツなのですね。たいへん凛々しいお召し物と存じます」
俺の前には、第三王子配下のエージェント・メイドさんが座っていた。
目的地に着くまで話し相手になってくれるらしい。個人的には放っておいて欲しいのだが、そういう訳にもいかないか。
思えば、この人とも長い付き合いになる。初めて会ったのはレノを助ける前に泊まったフライシュ領のホテルだったように記憶している。シャロの故郷でも活躍してくれたっけか、いやアレは別のメイドさんだっけか。ちょっと記憶が曖昧だな。
「ん?」
腹時計で二時間以上は乗っていたように思う。そうしてやっと停車した後、今度はエレベーターで下に降りる時のような浮遊感を覚えた。
どうやら馬車ごと地下に行ってるっぽい。地味に凄い技術だな。中世ナーロッパとは思えん。
「お疲れ様でした。どうぞ、お降りください」
浮遊感がなくなってすぐ、メイドさんがドアを開けてくれた。
凝った身体を馬車の外に出すと、そこには魔導照明に照らされた地下倉庫のような空間が広がっていた。華やかな王都とは別世界である。
断りを入れてストレッチさせてもらった後、メイドさんの案内で狭い地下通路を歩いていく。
右へ、左へ。随分と複雑な通路だったが、ぶっちゃけマッピングチートあるから今俺が何処にいるか普通に分かってるんだよな。普通に自宅から此処までの道も記録しちゃってるし。
これまた結構歩いて隠し扉を抜けた先、メイドさんは突き当りの扉をノックした。
「やぁイシグロさん、よく来てくれたね。急に呼び出してすまない。おっと、王族は気軽に謝っちゃいけないんだったね。忘れてくれ」
そうやって通された応接室には、いつものように女装した第三王子ジノヴィオス氏の姿があった。彼の背後には緑髪の爆乳メイドさんもいる。
元の素材もあるのだろうが、第三王子の女装は相変わらずクオリティが高かった。初めて会った時から何年経ったっけ。身長はまだ俺の方がデカいが、成長期の彼は去年より大きくなっていた。多分この王子、大人になっても女装の似合うイケメン・プリンスになるんだろうなって。
「そうだね、まず最上位迷宮の踏破おめでとう。その後も立て続けに潜ったそうじゃあないか。またイシグロさんが記録を更新したって界隈は大騒ぎだったよ」
お互い礼法に則った挨拶をした後、ソファーに対座して軽くお話。
迷宮踏破の話や、今俺が着ているスーツの事。俺はその全てにパーフェクトコミュニケーションを返せた……と思う。
てか、何だか今日の王子は王子らしくないな。いつもは挨拶もそこそこに速攻で本題に入るというのに。
「さて、例の深域武装についてだが……」
言って、王子はティーカップを置いた。本題である。
茶器の中身は麦茶ではなかった。お出しされたのは交渉の際に使われるラリス伝統の紅茶だ。そうエリーゼに教わったのである。
俺は気持ち姿勢を整え、王子の次の言葉に集中した。
「結論から言うと、アレは破壊すべき危険物と判断した。イシグロさんの許可があれば今日この場で破壊するつもりだ。どうか僕の話を聞いて、交渉に応じてほしい。さしあたり、代わりとなる深域武装で手を打ってほしいのだが」
「承知いたしました。その条件で進めて頂ければ幸いです」
「……承知していいのかい?」
女装王子は目をパチパチしていた。
それにしても、この子ホントにまつ毛長いな。付けまつ毛のない異世界、間違いなく天然モノだ。
「はい。元々使う予定のないブツでしたので、代わりを頂けるのでしたら何の不満もございません」
「今日来てもらったのは、諸々の説明と交渉をする為だったんだけどね……」
ふぅ~と、女装姿の王子は肩の力を抜くように嘆息した。
爆乳メイドさんがローテーブル上のお茶を取り替える。今度は夏に嬉しい氷入りの麦茶だ。
「ひとまず、我々が件の深域武装を破壊すべきと判断した理由を説明しようか。今からするお話では、我が国の黒い部分を垣間見る事になる。だが、これは永きにわたり国家を維持する為に行われてきた事と理解してほしい。それを明かすのは、僕からイシグロさんへの信頼の証だ」
「こちらを。ご気分を害されるかもしれませんので、お読みの際はご注意を」
続いて、同じく爆乳メイドさんから上質な紙束を手渡された。
そう念押しされるとビビッちゃうが、まぁ国なんて大なり小なり黒い部分があって然るべきだ。
俺は王子に目配せし、黒いラリスが書かれてるらしい紙束をめくった。真っ白だった一枚目の次ページには、「ポルカトゥルカの人形に関する報告書」と書かれていた。
「鑑定士によると、件の深域武装にはポルカトゥルカの人形という銘が刻まれていたらしい。形は妙だが、優秀な魔法触媒になるようだ。それだけなら良かったんだが、問題は異層権能だった。使用によって、イシグロさんが迷宮で体験した三種の加護がつく。それこそが、我々がこの人形を危険視する理由だよ」
加護と言うのは、迷宮内で強制的にかけられた三色の月バフの事だろう。それぞれ生存バフと攻撃バフと立ち回りバフだったように思う。ソフビ人形の性能は検証してないので倍率や仕様等は不明だが、思った通りの性能ではあったのか。
ていうか、ボスの名前もポルカトゥルカだったってのは伏せとくべきかな。なんで知ってんだってなるだろうし。
「次のページだ。件の権能を使い続けた者は例外なく精神に異常をきたし、最終的に魔物と化す。その過程で身体内部の構造も人類から外れていく。考えられる限りの全ての治療法を試したが、どれも効果がなかった」
随分と物騒な副作用である。
どうやら、この地下施設では罪人を使って実験をしていたらしい。嘘か真か、報告書には被検体の犯罪歴が載っていた。
「恐ろしい事に、一度権能を使った時点で結末は変わらなかった。使用後、ゆっくり時間をかけて変化していくんだ。その間、本人に自覚はなかった。使用後の時間か、あるいは使用回数の閾値を超えると人形に酷似した姿に変化する。不可逆にね」
報告書をめくっていくと、実験開始から徐々に徐々にヒトがポルカトゥルカそっくりに変じていく過程が精緻なスケッチで描写されていた。実験の内容より、こっちの方がショックだった。
そうやって完全ポルカ化した人類は無差別で人を襲うようになり、試しに罪人を襲わせてみたら襲われた奴もポルカ化したらしい。ゾンビかよ。
「確かに能力アップは魅力的だが、全く以て割に合わない。仮にこれが悪人の手に渡ったら極めて危険だろう。何より人を魔物化する道具なんて、存在していい訳がない。なので破壊する事にしたんだ」
まぁ、そうなるか。
その後も研究チームはいくつか実験を重ねていったそうだが、どうやってもヒトのポルカ化を止めたり遅らせたりできなかったらしい。
いずれにせよ、一度でも使えば遅かれ早かれヒトではいられなくなるのだ。心底使わなくてよかった。これ完全に取り返しのつかない要素じゃん。使用した時点でバッドエンド直行アイテムとかクソゲーもいいとこである。
「平気そうだね」
「ええ、まぁ」
平気というのは、罪人を実験に使う事についてだろう。奴隷制度がある国に基本的人権の概念があるとは思えんし、それくらいやるかなって。
でも、ここに来たのが俺一人で良かったとは思う。レノを筆頭にグーラも良い顔しなさそうだ。
薄々察していたが、ラリス王国はパレエスやミヅチの事をあまり非難できないと思う。理由はどうあれ、現代日本倫理的に人道に悖るってのは全員同じである。
けれども俺は普通にアリかなとか思ってしまう。どこまでも、俺は俺のラインで考えていた。もしも子供を実験体にしていたら間違いなく派手にキレていたと思うが、そうでないなら何とも思わない。そりゃ目の前でやられてたら不快だろうけどもさ。
「スケッチだけでは信じられないだろう。此方には証拠を見せる用意がある。少々刺激的だからイシグロさんだけを呼んだんだ。無論、希望するならの話だが」
なるほど、だからこんな地下施設っぽいところに呼んだのね。ポルカ人間をお披露目するとか、もしくは権能使用によってポルカ化する瞬間を見せようと。
なら、俺の心は決まっている。
「いいえ。私は希望しません」
「何故だい? 我々は君の戦利品を無に帰そうというのだけど」
困ったような顔。
対し、俺も困ったちゃんである。
「実は報告書の中身は全部嘘で、僕が君を騙しているとは考えないのかい?」
「先ほど申し上げた通りに、アレは元々使う予定のなかった深域武装です。真偽がどうであれ、私の決断に変わりはありません。それに、代わりとなる深域武装との交換であれば、此方としては得しかありませんからね」
「ふむ、そうか。結果的に英断だった訳だが、そもそも何故使う予定がなかったんだい? 参考まで訊かせてくれないか?」
「勘ですね。見るからに怪しいですし、厄ネタかなと」
「はははっ、そうか。確かに怪しいもんね、あれ」
あと、見た目がキモくて使いたくないってのが地味にデカい。言わないけどさ。
「そうだね。では、早速破壊作業に移ろうか。信頼を示す為にも、これには立ち会ってもらいたいが」
「はい。承りました」
ややもあり、やっとらしくなった王子はいつものノリでソファーから腰を上げた。
続いて俺も立ち上がる。実際に壊すところを見せて安心させてくれるのだろう。まぁ別に壊してくれとは思ってないが。
「こちらです。中に人がおりますが、警戒なさる必要はございません」
別部屋に入ると、既に準備は整っていたようで台座の上に件のソフビ人形が置いてあった。
俺達と対面になる台座の前には仮面で顔を隠した魔術師がいて、顔のない彼は王子に対し無言で一礼していた。
「間違いなくポルカトゥルカの人形だ。イシグロさんも確認してくれ」
内心近づきたくないんだが、こっそりコンソールで調べてみる。
うん、本物だ。少なくとも鑑定チートはそのように判断した。
「では……始めろ」
王子が命じると、魔術師は何事か詠唱して自身にバフを付与した。
そして、やおらハンマーを取り出すと、ソフビ人形をガンガン殴り始めた。鍛冶師が鋼を鍛錬するようで、あるいは高速餅つきでもしているようで。ちょっと呆気に取られてしまった。装置とか秘術で壊すんじゃないのねって。
「破壊の異能で壊してもよかったんだけど、それだと色々と疑われるかもしれないからね。こうして目の前で壊す事にしたのさ」
俺の内心を察してか、第三王子が説明してくれた。
流石の深域武装もハンマーぶっ叩き刑には耐えられない。自動修復も追いつかず、クソキモソフビ人形はどんどん壊れていった。
やがて、バギッという音と共にソフビ人形は真っ二つになった。エリーゼの権能練習で嫌というほど聞いたアイテム破損SEである。
「これでイシグロさんの戦利品は失われた訳だけど」
台座の上には、見事に破壊された元ソフビ人形。破壊者魔術師はいい汗かいたとばかりのジェスチャーをしていた。
何故だか、どこぞの格ゲーにあった車をぶっ壊すミニゲームを思い出した。アレ楽しいんだよな。深域武装破壊バイトとか、どっかで募集してないかな。
「これ、記念に取っておくかい?」
「処分してください」
即答した。ゴミはゴミ箱へ。
そんな感じで、俺が初めて潜った最上位迷宮の記念品は見事に砕け散ったのであったとさ。
ポルカ人形の破壊を見届けた後は、代わりとなる深域武装についてお話しした。
愛用している空飛ぶ槍は王子からのプレゼントだったが、今回は沢山ある中から好きなのを選ばせてくれるらしい。クーシェンのご褒美と同じ形式だ。
こっちはまだ準備が出来てないから後日となった。とても楽しみである。わらしべ長者どころか棚から牡丹餅気分だ。
「まだ表沙汰にはなっていないが、各地で旧魔王軍と思しき勢力が活発になっている。王都にも潜伏しているかもしれない。くれぐれも気を付けてくれ」
なんて事を言われた後、俺は第三王子とお別れした。
行きと同じく馬車に乗せてもらい、行きとは異なるルートでお送りされる。そうして帰還した頃はお昼過ぎだった。諸々をキャンセルした結果、早く帰れたってトコかな。
馬車から降りると、傾いた太陽が肌を焼くようだ。エージェント・メイドさんをお見送りし、玄関扉を開ける。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「おかえりッス。早かったッスね」
すると、開けて早々皆が出迎えてくれた。
本日も皆さんはお家で過ごしていたようだ。出かけた痕跡が一切ない。
「お疲れ様です。お昼食べてくると思ってたんで用意してないんですけど、軽く何か作りましょうか?」
「ああ、頼む。もうお腹がペコちゃんでさ」
ジャケットを脱ぎながらユゥリンに返事をする。ややもせず食堂から食材を切る小気味良い音が聞こえてきた。
「ほい、麦茶じゃ。お疲れ様じゃのぅ、主様」
「ぶっちゃけ迷宮より疲れたよ」
帰宅後の諸々を終え、イリハから冷えた麦茶を頂く。ソファーに座って一口飲むと、やっと心身が休まる気がした。
なんだかんだ、王子とのお話は疲れるのだ。後から後から失敗しちゃったんじゃないかと不安にもなるし、そしたら今後どうしようとマイナス思考に陥りそうにもなる。そんで思うのだ、あぁ今俺弱ってるなと。血中ロリ成分が欠乏しているからだ。
やっぱ、俺は迷宮で戦ってる方が性に合ってるな。
「何があったのかしら?」
「それよりボク等が聞いていい話なんですか? ご主人様お一人を呼び出すという事は、内緒にすべき内容だったのでは」
「そこまでかな。とりあえず、色々あった例の深域武装を破壊したんだ。それについて話があった感じだ」
罪人の話は伏せて、皆に今日起こった事を離した。
皆に隠し事はしたくないが、言っても仕方ない事は言わなくてもいいはずだ。実際に俺も確認した訳ではないので、確定事項じゃあないのである。だから見なかった。シュレディンガーのポルカトゥルカだ。
「……で、今度好きなの選ばせてもらえる事になった」
「なるほど。そういう事だったんですね」
「ん~、なら順番的にシャロ用の深域武装ッスかね? まだ一つも持ってないッスし」
「え? アタイは遠慮しとくよ」
「ん、仲間外れよくない。シャロも深域武装持つべき」
「そうじゃなくて、アタイあんま好きじゃねぇんだよ深域武装。だってよ、アレ職人が作った武器じゃないんだぜ? 坊はアレはアレで浪漫があるだの言ってたが、アタイからするとちょっとなぁって複雑なワケ」
「まぁそう感じる人もいるか」
「つか、深域武装って本来そうドカドカ手に入るもんじゃねぇはずなんスよね。その辺の感覚も麻痺ってたッス」
「マトモに使えるのも一握りの上澄みなのよね」
「リキタカさんお待たせしましたぁ。余ってた食材全部入れた謎炒飯です、はいドーン!」
「うまそ~!」
「美味しそうですね!」
「そう思ってグーラさん用のミニチャーハンも造っておきました」
「優しいユゥリン……!」
それより、王子から貰える予定の深域武装である。
王子曰く、最上位迷宮以外の深域武装に副作用が出たケースはないらしい。なので今後も安心して使える。今回はたまたま激ヤバ副作用を引いちゃっただけっぽい。
俺はユゥリン特製チャーハンを食べながら、次なるユニーク武器に想いを馳せるのであった。
〇
ところ変わって、先程までイシグロがいた地下施設。
人気のない通路を、完全武装の第三王子ジノヴィオスと魔牛族のメイドが歩いていた。
「イシグロ様、お変わりないようで安心しましたね」
王子の後ろを歩く緑髪爆乳デカ尻むちむち未亡人メイドが口を開く。
彼女は相変わらず速足で歩いている王子の尻や首をねっとり眺めていた。
「ああ。まぁおかしくなっていないのがおかしいんだけどね」
そんな侍女の問いに、王子はあっけらかんと答えた。
最上位迷宮を踏破してなお、多少丸くなってこそいるがイシグロの根本的な精神性は初対面時と変わっていない。それがおかしいと、王子は言ったのだ。
「今回の実験には憤りを覚えられるものと思っておりましたが……」
「諦観というか、アレより酷いものを知っているような感じだったね。はてさて、どこの国の話なのだか」
侍女からすると、非人道的な実験の内容を知っても何も感じていない風に見えたのもまた意外だった。異世界人の平均よりは善性の強い人柄ゆえに、例の実験には少なからず気分を害するものと予想していたのだ。
けれど、王子は問題ないと確信し、資料を渡した上で証拠まで用意していた。
「本質的に、イシグロさんは自分の好きな人や物以外に無関心だからねぇ」
他者の価値観に迎合せず、興味のある物事の些細な違いに執着し、自分の好きなもの以外には無関心。言ってしまえば、イシグロはただのオタク君である。その上で、度し難いロリコンが故にイシグロは自身が社会の外れ者である事実をしっかり認識していた。
尖兵戦で自覚した異世界への愛はそのままに、ロリコンとしてのアウトサイダー気質は健在なのである。故に、多少の不条理を見ても「世の中そんなもんだ」と受け流す癖があるのだ。
「でも、ここから先は教えられないから。予想通り残ってた訳だから仕方ない」
しばらくして、二人は幾重にも施錠された扉の前に到着した。
扉の前には、第三王子専属の特殊部隊メイドの姿があった。彼女は控えめな一礼を行うと、件の扉の鍵を開けていった。
扉を開けた部屋の中には、薄暗い魔導照明に照らされた人影があった。
不気味なほど肥大した頭部に、異様に細く長い手足。魔導照明に照らされた体表面は黒曜石のようで、その双眸は影にあってなお妖しい光を湛えていた。
これは元銀細工の罪人がポルカトゥルカに変じた個体である。このポルカ人間は夜行性で、太陽の出ている現在は実に大人しい。また、地下にいても昼夜を感じ取っているようでもあった。
「■■■……■■■、■■……!」
だが、魔物らしく人類への敵意は保っていた。
ギチギチと、ラリス謹製の拘束具が軋んでいる。念の為、イシグロのレポートにあった特殊移動も封じてあった。
「さぁて、さぁて、イシグロさんは本当に面白い物を持ち帰ってくれたね……」
純白の王子が黒曜石人間の正面に立つ。
目を細める。イシグロと相対していた時とは別人の、彼本来の眼光。
そして、小さく口を開き……。
「
そう、呟くのであった。
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ポルカトゥルカの人形は副作用付き深域武装の中でも特級に厄いブツです。