【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。いつもお世話になっております。
 誤字報告もありがとうございます。有難いです。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 前半一人称、後半三人称です。
 よろしくお願いします。


血戦のハジロリ

 どこまでも続く曇り空。小高い岩山が点在する枯れた大地。全く以て命の息吹がない空間にいると、さながらVRデスゲームに閉じ込められたかのような錯覚を覚える。

 ここはお馴染み巨像迷宮だ。屋外型の中位迷宮であり、直接攻撃時に武器の耐久度を削ってくるウンコゴーレムの住処である。

 単独時代、このだだっ広いフィールドと武器破壊特性のせいで初めて撤退を余儀なくされたのがこの迷宮だ。

 しかし、今となっては巨像程度敵ではなかった。何故ならロリが強いから。

 

「今日撃てるのはこれで最後ね。派手に楽しませてもらうわよ」

 

 一体の超巨大巨人型ゴーレムを前に、青白い魔力翼を広げたエリーゼが女神の如く宙に佇む。次いで、さながら翼で保持するように魔法の杖の先端が突出。右手の王笏と合わせ、都合三つの砲門が開かれた。

 次の瞬間、莫大な魔力の揺らぎと共に、三条の【魔導極砲】が解き放たれた。ただし直撃したのは手に持つ杖の一発だけで、ビット杖のは身体の端を掠める程度。しかし威力は絶大で、巨大ゴーレムは緩慢に見える動きでたたらを踏んだ。

 

「呪詛は籠められないけれど……!」

 

 銀の王笏から次々と魔法が解き放たれる。背後に控えるビット杖からも雑な狙いの【魔力の礫】が乱射された。

 魔法装填とはつまり詠唱代行機構であり、既定の魔力を支払えば使用者の腕前に関係なく発動する仕様だ。また、装填される魔法効果は魔工師の腕前次第で千変万化する。件の弾幕【魔法の礫】は魔力消費を度外視した連射性能特化カスタムであった。

 ビット杖の性能を例えるなら、魔法版重機関銃といったところ。支援火器による制圧射撃。当てるのではなく動きを抑え、メインの魔法を当てる為の支援ユニットである。

 

「来るぞエリーゼ! 対処しろ!」

 

 その時、圧倒的火力にたじたじのゴーレム君のモノアイが光った。目からビームを出す気なのだ。あれは魔法ではないので、エリーゼの翼で反射できない。

 そして、ゴーレムの目からビキーンとレーザーが解き放たれた。

 

「ええ。問題ないわ」

 

 しかし、必殺技たる目からビームは効かなかった。エリーゼの周囲に色濃い魔力障壁が展開され、傘で水鉄砲を防ぐように弾かれたのである。

 通常の【魔力の砦】をアクセ枠とビット杖で三枚重ねて張った成果だ。その防御力はグーラの全力攻撃を耐えきる程で、二枚剥がしても最後の一枚で止められる多層構造。ただでさえ硬かったエリーゼだが、さらに硬くなったのである。「いつか全抜きできるように修行しなくちゃですね!」とはグーラの談。エリーゼは引き笑いを浮かべていた。

 

「お返しよ」

 

 障壁を消したエリーゼが王笏から【魔導極砲】を解き放つ。お返しゲロビが会心ヒットし、更にもう一発とビット杖の弾幕も相まって巨大ゴーレムはたまらず転倒した。

 ちなみに、今回は実験として二つ作って運用しているが、ビット杖は順次量産していく予定である。最終的に六つか八ついければ見栄えも実用性も上がるかなと。課題は魔力ではなくエリーゼの脳なの感覚がバグる。

 

「よし、今日の実験は終了だ! フォーメーション・シータ!」

 

 実験成功を確信し、控えていたメンバーに殺戮許可証を発行する。

 シータは死刑の隠語である。ゴーレムを囲むような位置につき、各々追撃に参加した。

 

「二人ん時はめちゃ苦戦してたんスけどねっと! オラッ、【淫粘弾】!」

 

 大鎌を掲げたルクスリリアがハンマー投げのようにトリモチ魔法をぶん投げる。立ち上がろうとしたところ、膝にネチャネチャした魔法を受けたゴーレムは再度姿勢を崩した。

 

「わしも初めて見た時はビビッとったのぅ」

 

 隠れて陰陽術式を編んでいたイリハが足枷陰陽術でゴーレムの足を固定する。二度も復帰阻止されたゴーレム君は実に哀れだった。

 

「ナイスアシストです! 破ァーッ!」

 

 発勁を体得し、より強力になった炎雷波動を放つグーラ。彼女の遠隔攻撃はファンタジー作品のソレというより少年漫画の主人公が修行パートを経て習得した必殺技のようだった。

 

「ん、角度バッチリ。お膳立てありがとね」

 

 一閃、超高速の光弾がゴーレムの脳天を貫く、遠距離でアハトってたレノがアハトったのだ。

 エリーゼの魔法攻撃も激しさを増していく。完全にフルボッコ状態だ。フレンドリーファイアのある異世界、近接で潜り込む隙がねぇ。

 そんな中、俺は……。

 

「そぉい! そぉい! あそぉれ!」

 

 弓を構え、矢を番え、鏃に魔法エンチャをかけて、パヒュンパヒュンと矢を射ていた。これこそが俺が有する最高火力の遠距離技である。

 弓は膂力補正と技量補正が乗るし、矢に魔法エンチャも付けてるから普通なら普通に火力が出るはずなんですよ普通に。

 けど、他の面々と比べると俺のDPSは低かった。ここにユゥリンがいれば合体技でロマン砲が撃てるっていうのにチクショウ。

 

「あっ、悪い!」

「いえ、弾の一つに過ぎないわ」

 

 挙句、撃った矢でエリーゼの魔法を相殺してしまう始末。これじゃお荷物だ。

 結論、ロリーズの殲滅力が高すぎる、一般前衛職は黙っていろとばかりの総火力だ。おかしいな、この弓もドワルフ謹製のハイエンドモデルなんだけど。

 

「あ、死んだ。俺なんかやったっけ。足止め要員やっとくべきだったか?」

「一人は皆の為に、皆は一人の為にですよ」

「ん、指揮スキルで支援してた方が結果的に火力に繋がってたと思う」

 

 そんなこんな。

 そう時間をかけず、ゴーレムは青白い粒子に還っていった。そんで迷宮外の鉱山でも採れる稀少でもない鉱石を吐き出した。帰還水晶も出たので、これにてクエストクリアである。

 

「大漁大漁~って感じじゃな。使い道がないのが残念じゃ」

「どうせ使わないんスし、拾わなくていいんじゃないッスか?」

「まぁ捨てる訳にもな」

 

 さっきまでド派手にカッコよく戦ってたのに、バトルの後は石拾いだ。俺は塵取り係として収納魔法を広めに開いた。

 適当に石を拾いながら思う。俺ちゃん遠距離ザコくね? と。

 

 異世界バトルシステムの仕様上、別に変な話ではない。前衛は前衛の仕事をすればいいのであって、前衛職の遠隔DPSが低いのなんて仕方ないし当然なのだ。遠隔も出来る前衛である魔法剣士にしたって、両専門家には一歩譲る。

 実際、火力が低いだけで遠距離攻撃ができない訳ではないのだ。あくまで飛び道具は牽制で。近接で狩る為にある訳で。ドカンと一発魔法を撃つとかはない。少なくとも対人戦なら弓で事足りてるしな。

 ただ、じゃあ牽制時点で必殺ならいう事ないのではと、エリーゼを見て思ったよねって。「これは【魔導極砲】ではない、【魔力の礫】だ」ができれば最強じゃんよ。

 

「ふぅ~、さて帰るか」

「レノがいて助かったわ。便利ね、【念力】は」

「ふんす、その気になれば石別に纏める事もできる。ふんす」

 

 なんて考えつつ、石を拾い終えたら帰還である。

 神殿に戻り、報酬もらって、賑やかな王都の帰り道。真夏の空、真っ赤な夕陽が眩しいぜ。

 

「あっつぅ~。補助効果ありでこの暑さかよ。今日の天気やべぇな」

「昼間はもっと凄かったでしょうね。ボク的には全然辛くありませんが」

「キツネ的には辛いのじゃ」

「天使的にはありがたい。羽に光が溜まっていくのが分かる」

 

 皆と一緒に歩きながら、コンソールを開いて考えを巡らせる。

 俺のステータスは前衛寄りの魔法戦士型で、魔法関連が若干ヘタレている状況だ。

 これまで魔法兼前衛職を鍛えてた結果として魔力と知力は高くなってるが、肝腎のDPSに関わる魔攻が終わっているのだ。これじゃ火力出ないよなぁ。

 

「う~ん、どうしたもんか」

 

 魔攻を鍛える方法はある。魔攻が伸びるジョブを鍛えればいいだけだ。これまでは自衛重視で魔法剣士やら何やらで間接的に魔法ステを上げていたが、とうとう腹を括る時が来たかもしれない。

 一応、現時点でも都合の良いジョブは存在する。最上位職“黒妖”だ。こいつは最上位迷宮のボスを倒した時に獲得した特殊最上位職である。

 この黒妖なるジョブは魔法+斥候といった謎職で、並みの魔法職より魔法ステを伸ばしやすい。使用武器に槍とか槌もあるので、杖しか使えない魔法特化ジョブより鍛えやすいのが素晴らしい。

 

「けどなぁ……」

 

 こいつを鍛えるのは、ちょっと躊躇いがある。

 思い出すのはポルカトゥルカ人形とその副作用だ。件のボスからドロップした武器はバッドエンド直行の超悪辣武器だった。そうなると安易にこのジョブには手を出せない。

 もしジョブにも呪いの効果とかがあって、一度なったらポルカ化が進行してしまうなんて展開があるかもしれない。あるいは一回選択しちゃったら変更できないとかあるかもしれない。

 やはり、人生かもしれない運転で行くべきだ。黒妖には触りたくないなぁ。誤タップ防止の為に削除したいまであるアルヨ。

 

「やっぱ魔法職鍛えるしかないか」

「いいじゃない。アナタも魔法で敵を殲滅する快感を覚える時が来たのよ」

「めちゃ物騒な話ッスね……」

 

 やっぱ横着せずに魔法特化ジョブの育成に励むしかないのかね。

 どうせだし、これを機に治癒系ジョブも鍛えようかしら。いざとなったら俺も【聖光の極大治癒】使えるようになりたいからな。

 俺が目指しているのは器用万能ビルドなのだ。戦えるだけの阿呆でも、多少器用なだけのザコでもダメ。何でも出来て、且つ全て超一流が望ましい。魔法関連、本格的に伸ばしてみっか。

 

「ま、その前に杖だな!」

「杖ですか。しかし、もう銃杖があるのでは?」

「アレは空中で戦士として立ち回る為の杖だからな。流石に銃杖一挺で魔法戦は厳しい」

「言うてそのへんの杖より強ぇんスけどね~」

 

 銃杖も悪くはないが、アレは戦闘補助と空中戦に最適化された片手杖だ。火力を出すのには向いていない。どうせ魔法特化職をレベリングするなら火力を上げてくれる杖がいるだろう。あるいはもう一個買って二挺杖スタイルにするとか。

 おぉ、面倒と思ってた魔法職レベリングが楽しみになってきたぞ。せっかく剣と魔法のファンタジー世界に来たんだから、剣だけじゃなく魔法でも無双したいよな。

 

「おかえりなさい、リキタカさん。お客様がおいでになってますよ」

「お邪魔しております」

 

 ワクワク気分で家に帰ると、ダイニングテーブルに見覚えのある姿があった。

 誰あろう、第三王子直属のエージェント・メイドさんだ。彼女は俺を見るなり椅子から立ち上がってカーテシーをしてきた。

 

「こちら、主からお手紙を預かっております。お確かめください」

 

 メイドさんから上等なお手紙を受け取った。うわぁ、王家印の封蝋なんかされちゃってるよ……。

 その場で読むよう促され、戦々恐々と開いてみた。何もない日に王子からの手紙なんて、また尖兵戦みたいなのかな。しかもタイプライター字じゃなくてこれ王子の直筆だよ。怖いなー、怖いなー。

 で、気になる内容はというと。

 

「何て書いてあんスか?」

「あ~、なんか匿ってほしい人がいるらしい。しかも俺の奴隷身分として……だって」

「奴隷を? そいつぁ何でぇ? てか、これアタイ等が聞いていい内容なのかい?」

「イシグロ家全体に関わるご依頼ですので」

「そういや、今のワタシってイシグロ・ユゥリンなんですよね。苗字の文化にはまだ慣れません」

「アタイなんてシャーロット・ケナズ・ルーニア・イシグロだぜ。長くって仕方ねぇや。署名なんざシャーロットだけでいいだろうよ」

「ん、エリーゼ・フラム・ミラヴィーカ・アヴァリツィア・イシグロよりマシ。クッソ長い。マスターの言ってた寿限無さんみたい」

「今はイシグロ・エリーゼよ」

「甘いな、もっと長い人いるぞ。パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソさん。天才だ」

「よぉ覚えとるのぅ」

「はて、そのような家名の貴族はいらっしゃらないはずですが……」

「ご主人はたまに……いや頻繁に変な事言う人なんで気にしないで大丈夫ッスよ」

「とにかく今はお手紙でしょう」

 

 件のお手紙には、匿ってほしい人の名前とその簡単なプロフィールも載っていた。あんた、ラリスの何なんだい?

 

「ヘカテーニャちゃん、いやヘカテーニャさんか」

 

 まとめると、こうだ。

 ヘカテーニャ女史は稀代の天才学者である。ある日、彼女は旧魔王軍と思しき刺客に襲撃され、命からがら逃げ延びた。そこまではいい。

 なんと、王子に保護されたヘカテーニャ女史は俺の所有奴隷になる事を希望しているというのだ。自分から奴隷になりにきたのか(困惑)

 

「ヘカテーニャさん、どんな人なんですかね」

「さぁ? あ、でも容姿は皆に似てちんまくて可愛いらしいぞ」

「ええ。ヘカテーニャ様はたいへん可愛らしい方でございますよ。見た目は……」

「中身はダメなパターンですかね。シャロさんみたいな」

「おう中身がおっさんな自覚はあるぜ。甘ぇモンやら可愛い服より塩茹で枝豆とラリスビールでご機嫌になるぞ」

 

 その他、プロフィールにはヘカテーニャ教授としての経歴も載っていた。

 シャロ程ではないにしても彼女は長命種であり、実に色々やっていたそうだ。一時期はラリス大学で教鞭を執ってたり、倫叡塔にいたり、魔導院にいたり。最近は人里離れた土地に拠点を構えて研究していたそうだ。

 

「あと、ヘカテーニャさんは吸血鬼族らしい。ん? なんか吸血した事ないとか書いてあるけど……」

「ほう、吸血鬼族ですか。大したものですね。最近の吸血鬼族は血を吸わなくても生きて行けるらしく、中には生まれてから死ぬまで一度も血を吸わない吸血鬼もいるくらいです。それにしても百年以上生きていて吸血経験なしとは、超人的な自制心と言う他ありませんね」

「何でもいいけどよぉ、そいつはあの吸血鬼なんだろ? そりゃもうおっかなくて気位が高ぇらしいじゃねぇか。大丈夫なのかよ」

 

 まぁ何か色々事情があるんだろう。

 お迎えするにしても、しないにしても。とりあえず、見てみるしかないな。

 

「ん? どしたん、話聞こか?」

 

 ふと視線を感じて振り向くと、ルクスリリアが雑魚微笑していた。彼女の隣でエリーゼは腕組みで呆れ顔だ、他の面々も似たような表情である。

 

「吸血鬼族って、ラリス的には一応稀少種族なんスよねぇ」

「一度も血を吸った事のないなんて、絶対に訳アリじゃない……」

「困ってるかもしれませんね」

「危ない経験したばっからしいしのぅ」

「ん、マスターに助けてもらいたいのかも。こっちの事情知ってそうだし」

 

 やがて、シャロ&ユゥリンを除いた面々は顔を見合わせ……。

 

「増えるッスね」

「増えるでしょうね」

「増えますね」

「増えるのじゃ」

「ん、増える」

 

 そう、タイミングぴったりに言った。

 

「いやいや、増えないから。これはあくまで護衛依頼であって、安全が確保されたらそれで終わりだよ」

「えぇ~、本当ですかぁ~?」

「亭主殿はめんこい娘にゃ滅法弱ぇからなぁ」

「大丈夫だって、安心しろよ~」

 

 ちょっと信用無さ過ぎでは。いっちょここらで俺の紳士っぷりをアピールすべきでは。

 ごほんと咳払い一つ、俺は皆の目を見て宣言した。

 

「ヘカテーニャさんに絆されるなんて絶対ないよ」

 

 そう男らしく宣言したのに、誰も俺を信じてくれなかった。

 まぁいいんじゃない? みたいな雰囲気だ。つい最近も極めて紳士な事をしたというのに、何でだよと言わざるを得ない。

 

 まぁ王子の依頼だし、今後の為にも受けないとな。

 努めて真摯に、護衛しましょう。

 

「あっ……失礼。お渡しするのが遅れました。こちら、パイモ様によるヘカテーニャ様の似顔絵になります」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 王子様助けて! 俺この娘好きになっちまう!

 

 

 

 

 

 

 光が強いと、影はいっそう濃さを増す。

 夜闇が支配する街であれば、尚の事。

 

 大いに栄えた古都の一角。街灯のない路地裏を二人の兵士が歩いていた。

 一人は銀の剣を手に先導する中年の兵士で、一人は杖を持つ少年兵士だ。前者の足取りは堂に入ったもので、後に続く兵士はいかにも新米といった風におっかなびっくり周囲を警戒していた。

 

「報告によると、このへんらしい。光を絶やすなよ」

「は、はい……!」

 

 先導するベテラン兵士の指示に従い、新米兵士は杖の先端に辺りを照らす光を灯した。

 その光は単なる光源というだけではなく、闇を祓うに肝要な聖なる力を孕んでいた。

 つまるところ、二人はこの清浄な光が必要な状況にいるという証左であった。

 

「さ、最近のコレは何なんですかね一体。僕が子供の頃はもっと安全な場所だったと思うんですが」

「さぁな。だが、もう前みたいな安穏な兵士生活はできなくなったのは確かだな。だから入ったんだろ、お前も」

 

 静寂を厭うように、二人は努めて気楽そうに言葉を交わしていた。

 

「そもそも、本当に出るんでしょうか。報告通りに賢い奴だったら同じとこに現れるとは思えないんですけど」

「小さいのはな。ヤバいのはラドゥ卿が狩ってくれてるはずだから、大きくても弱いのが出るはず……おいストップだ」

 

 会話の途中、ベテラン兵士が歩みを止める。

 手信号で光を向けるよう指示すると、照らし出されたモノを見てベテラン兵士は目を細めた。

 

「デカブツの血だ。もう捕捉されてるぞ、もっと光を」

「は、はいぃ!」

 

 言われた通り、新人は杖に灯る光を強めた。しかし少々眩し過ぎる。ベテラン兵士は今の新米が必要以上に力み過ぎている事に気付いていた。

 二人の仕事は、あくまでも獲物の捜索である。発見したら笛を吹き、応援が来るまで時間稼ぎをするのが役割だ。現時点で魔力を使い過ぎるのは生存の観点では望ましくない。

 今すぐ仲間に知らせたいところだが、確実に殺せる時か殺されそうになるかしないと警笛を鳴らしてはいけないのだ。ベテラン兵士は光の中から闇の奥を覗き込んだ。

 

「ダメだ、光が強すぎる。移動しながら緩めていけ」

「わかりました……! もう少し弱く、小さくして……」

 

 光量が調整され、影が薄くなった。そのまま指定されたポイントまで移動していく。見つかっているなら、追ってくるはずだ。

 すると突然、ベテラン兵士の背後の光が消えた。新米兵士の初任務だ。緊張で魔力を緩め過ぎて消してしまったのかと思い、ベテラン兵士は内心イラつきながらも努めて平常心を保って振り返った。

 

「おい光ぃ消してんじゃ……」

 

 そこに新米兵士の顔はなかった。

 だが、目は合った。後輩の頭があった位置に。真紅の獣の頭部がある。獣の顎下には人間の身体がぶら下がっており、ちょうど獣が後輩の頭を丸かじりしたような構図になっていた。

 からんからんと、杖が路地裏に転がる。次いで、どしゃりと首のない身体が落ち、凄まじい勢いで血溜まりが広がっていく。

 ベテラン兵士の靴に、さっきまで話していた兵士の血が付着した。

 

 恐らくは、探していた獲物である。

 見た事のない獣だった。二足歩行の、朧気な輪郭の、真っ赤な影の肉食獣だ。

 むき出しの牙から血を滴らせ、獲物だったはずのソレは次なる獲物を見下ろしていた。

 

「ふ……!」

 

 死に際の反応だろうか、ベテラン兵士の思考が加速する。

 光は灯していたはずだ。なのに、どうして効いていない? まさか耐性でも得たのか? そもそも、事前の情報と姿かたちが違う。新種だろうか?

 

「ざっけんな……!」

 

 反射的に剣を振りかぶろうとした……次の瞬間、ベテラン兵士の脳裏に後輩との思い出が過った。

 弱いくせに、兵士になった変人だった。独り身の自分と違って家に妹がいて、前に手料理を食べさせてもらった。

 ただ、それだけの記憶。そこまで深くもなければ、浅い訳でもない関係。この街で最も昼行燈な兵の部下になった不運な若者だった。

 

「クソッタレェ!」

 

 一瞬の判断だった。兵士は全身全霊で横っ飛びし、間一髪獣の攻撃を避け、首に下げていた警笛を取った。

 警笛が鳴らされる。突然の高音に反応したか、陽炎の獣は警戒するように素早く後退した。

 

「あぁもうテメェに相棒殺されたせいで! まったく光がねぇからさぁ! やってらんねぇよなぁ!」

 

 そこからは、必死に時間稼ぎを行った。

 残念ながら、男に大した腕はない。冒険者換算でも、せいぜい木札に毛が生えた程度。訓練しているにしても喧嘩自慢の村人より少し強いくらいの体たらく。あの若者より、よっぽど弱い兵士なのだ。

 

「ぐぶ……! こんの、ゴミカスが……!」

 

 そう時を置かず、男は致命的な傷を負った。

 だが、これでいい。この地区を担当している貴族は足が速いと評判なのだ。確実に仇を取ってくれるはず。

 血を滴らせる獣が、一歩一歩にじり寄って来る。対し、男は皮肉げに笑ってやった。

 

「待たせた! よく耐えたな平民!」

 

 次の瞬間、獣の胴体を赤黒い魔力の光が貫いた。

 会心の一撃だ。不意に大ダメージを受けた獣は脱兎の如く逃走した。その後ろを風となった人影が追いかけていく。一瞬、目が合った気がした。

 

「おい大丈夫か! 今すぐ回復させるぞ! お、応急処置……!」

 

 ドタドタと、複数の足音が聞こえてきた。笛の音を聞いた連中が応援に来たのだろう。

 兵士が治癒魔法を使ってくれたが、もうどうしようもない。ベテランとはいえ弱兵だ。高位治癒をかけられる程の者ではない。独り身で、自由気ままな中年なのだ。

 だからこそ、言うべき言葉があった。

 

「ゆ……遺言だ。家に、遺書が置いてある。俺の金は、全部あいつの家に……」

 

 やがて、男は永遠の眠りについた。

 男の死を前にした兵士達は、強いて己の職務を全うせんと奮い立った。

 愛されている兵士ではなかったが、疎まれている訳でもなかった。男が戦士に変わるには、それだけで充分だった。

 

 それは、まぎれもなく狩猟であった。

 兵士が追いたて、貴族が仕留める。血を流さぬ獣は獣性を剥き出しにして、ひたすら逃げ回っていた。

 これで何人目だろうか。これがいつまで続くのだろうか。闇を駆ける戦士達は、今宵も獣を狩っていた。

 

 

 

 その光景を、ひときわ高い尖塔から見下ろす影があった。

 黒い髪の女だ。頭にはリンジュ風の編み笠をかぶり、ボロの着流しを纏っている。帯には二振りの小太刀が差してあった。

 

「とうとう(それがし)まで駆り出される事になろうとはな。しかもこんな埃っぽいところまで」

 

 小さく、ごちる。

 その口ぶりからは、少なからぬ不満の色が垣間見えた。

 事実、彼女の背後にある三本の尻尾は荒れる内心を表すように揺れていた。

 

「仕事が終わればまた仕事。姉妹が減ったせいで某本来の役目が全うできておらぬ。まったく母上も姉上も、某のような粗忽者相手に無茶を仰る……」

 

 視線の先、獣との戦いは終了していた。三人死に、何も得るモノはなかった。所詮、無為な戦いなのだ。

 興味をなくし、目を離す、編み笠を深く被った女は、闇夜に覆われた街を見渡した。

 

 古い様式の、石造りの街だった。

 王都アレクシストのような高性能魔導照明は使われておらず、光量の少ない魔導灯が街を照らしている。無計画に建てられた家々はさながら建物を侵す蔦の怪物のようで、歴史があるというよりは古臭さを感じさせた。

 昔から、何も変わらない。絶えず変化し続けるラリス王国とは正反対の国だった。

 

「さっさと終わらせて、月見酒といきたいものだ」

 

 ふと、空を見上げる。

 遥か上空には、分厚い雲が広がっていた

 大地から上空へ。文字通りに雲を貫き、巨大な塔が伸びていた。

 

 月のない空、常夜の世界。

 災厄から逃れるべく造られた深淵の如き影の国。

 初代勇者一党の一人、“鮮血大公”リアルイーザが眠る街。

 

「せいぜい足掻くがよい。お主等の奮闘こそ、いずれ我等の糧となるのだから」

 

 名を、“純血公国ネザーレ”。

 竜族に次ぐ最強種――吸血鬼族の支配領域である。




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