【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつも助かっております。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
今回は一人称、イシグロ視点です。
よろしくお願いします。
ゴスロリとヴァンパイア
これまでのあらすじ!
異世界転移者、イシグロ・リキタカは現代日本出身のロリコン紳士である。
力こそパワーな異世界で数々の冒険を経たイシグロは、かつて夢にまで見たロリハーレムを築き上げ、新婚イチャラブハッピー生活を謳歌していた。
そんな中、上司である王子様から突然の依頼が届く。旧魔王軍の襲撃から逃げ延びた要人を匿ってほしいというのだ。
なんと、件の護衛対象は天才学者系吸血処女ヴァンパイアだった。
上司の依頼は断れない。気持ち的にも放っておけない。けれど会ったら絆されちゃうかも。
イシグロ家の新婚生活は始まったばかり。流石に結婚してすぐ家にロリを連れ込むなんて憚られる。
一体全体、これからどうなっちゃうの~?
〇
王子様から仕事の依頼がきた。
けど、別に断ってもいいらしい。
お手紙に曰く、あくまでもヘカテーニャさん個人が俺の奴隷入りを希望しているのであって、気に入らなかったら断っていいとの事だった。
仮に俺が断っても彼女は第三王子が保護するから、どのみちヘカテーニャさんは誰かしらの庇護下に入れるので過度な心配はいらないよ、と。
と、いう訳で。
件のロリ吸血鬼を面接すべく、俺達はいつもお馴染み赤レンガめいた奴隷商館にやってきた。
彼女とはここで落ち合う約束なのだ。よく分からんが、そっちの方がスムーズに進むらしい。知らんけど。
「ヘカテーニャさん……一体どんな方なんでしょうか」
「ひととは書いてなかったですもんね。嫌ですよワタシ、共同体のバランスを崩壊させるような傲慢高慢吸血鬼は」
「サークルクラッシャーか。その辺も考えないとな」
「シャロは倫叡塔に行った事あるんじゃろ。ホントに知らんのかのぅ?」
「知らねぇよ。あそこに何人の賢者がいると思ってんでぇ」
「いざとなったら力で黙らせればいいじゃない」
「言うと思ったッス!」
「ん、けどわざわざマスターの奴隷身分を希望してるあたり相応の理由があるはず。わたし個人としてはこっちで保護したいと思う」
話は通してあるとの事で、草薙一同は大人数用の特別な応接室で待機していた。
さっきまで屋敷の主たるクリシュトーさんとお話ししていたが、今現在この商館は草薙の貸し切り状態だ。
ややもあり、部屋の扉がノックされた。とうとうヘカテーニャさんとのご対面だ。まさかパイモさんの似顔絵でパネマジ食らうとは思えないし、ちょっとドキドキするぞ。いや俺にその気は全然ないけどね全然。
「どうぞ」
俺の「どうぞ」という言葉に反応し、両開きのドアが開かれる。オープン・ザ・ドアはエージェント・メイドさんが行い、彼女の後ろから頭一つ分以上小さな少女がエントリーしてきた。
まず目についたのは、前世でも見た事のある歩行補助用のT字杖だった。推定ヘカテーニャさんは杖を突きつつ半歩ずつ歩き、やがて止まって真っすぐ俺と目を合わせた。
サラリと、髪がなびく。
フワリと、スカートが揺れる。
カツンと、杖が床を突いた。
そうして現れたヘカテーニャさんは、神秘と退廃を矛盾なく身に纏う少女だった。
身長は百四十弱ほどだろうか。イリハより小さく、ルクスリリアより大きい。血が通っているとは思えない、蝋のような白い肌。昏く濁った深紅の瞳。緩くウェーブのかかった長髪は艶のない灰白色で、月光を束ねたようなエリーゼの銀髪とは似て非なる印象を受ける。
彼女の衣服もまた特徴的だった。黒基調に紫の差し色が入ったフリルとレースを多用した、長袖のワンピースである。頭には同じ配色のヘッドドレスを身に着け、折れてしまいそうな細首にはファッションの一部のように奴隷用の首輪が嵌っている。
一言で言うと、ヘカテーニャさんはゴスロリだった。頭から爪先までゴシックでロリィタだ。少女らしい可憐さと、妖しげでクラシックな雰囲気の相容れぬ要素の完璧な融合。素晴らしいと言わざるを得ない。俺はゴスロリに詳しいんだ。無骨なデザインも相まって、歩行補助の杖や奴隷首輪さえ彼女の世界観を補強しているように見える。
「どうも~。草薙の剣のお噂はかねがね。黒剣の……いえ、“黎明”のリキタカ様にお会いできて光栄です。ウチ、吸血鬼族のヘカテーニャ言います。よろしゅう」
はんなりと、柔らかくも抑揚の利いた声音。彼女の言葉遣いには、どこかリンジュ的な上流層の雰囲気があった。
京言葉っぽく聞こえるのは俺の翻訳チートがそうしているからだ。ゴスロリ吸血鬼がはんなり口調で喋った事に、俺の頭はクラッときた。意外にも、京言葉とゴスロリと吸血鬼属性がマッチしていたのである。
例えるなら和菓子に対するコーヒー。陰キャに対するロックバンド。忍者に対する極道のように。ハーモニーというか調和というか、ともかくゴスロリヴァンパイア・ヘカテーニャさんの京言葉は俺のハートにズキュンと来たのだ。
「あ、ああ。イシグロです。どうぞ座ってください」
「かまへんの? ほな、ありがたく」
クラクラしつつも対面の椅子を勧めると、彼女はゆっくりとした動作で席に着いた。
彼女の所作には、リンジュ的な気品があった。エリーゼのような貴人仕草というより、場慣れしたような気負いのない感じ。
「えーっと、君がヘカテーニャさん?」
控えていたエージェント・メイドさんが退室したところで、皆を代表して声をかける。
対面のゴスロリ少女は、長い脚を揃えて淑女然と腰掛けていた。けどいくら長くてもロリなので足が届いてないんだよな。
「そやね、間違いありません。ああ、あとウチの事はヘカテーニャで構いませんえ。どうかざっくばらんにお頼み申します」
「ん? ああ、分かった。ヘカテーニャも肩の力を抜いてくれると嬉しい」
「あらまぁ、そこもかまへんの? ほな、ありがたく」
言うと、ヘカテーニャさんは口元に手をやって鈴が転がるような笑声を零した。
「あぁ……改めてのご挨拶の前に、ちょっとお時間もろてええ? 今のままじゃあ息苦しくって」
「いいけど、一体何を?」
「コレを、ちょちょいとな……」
言って、ゴスロリヴァンパイアのヘカテーニャは、見せつけるようにして自身に嵌められた首輪に手を添えた。
エリーゼやグーラが嵌められていた奴隷用の首輪だ。曰く竜族さえ縛る拘束具で、力づくで解除するにはグーラ並みの火力が必要な代物である。
奴隷身分希望とはいえ、拘束している旨は聞かされていなかった。てっきり本格的なファッションの一部だと思っていたが。
「魔王戦争後に作られた首輪型拘束具……。これな、ストゥア商会の人に頼んで付けてもらったんよ。イシグロはんもご存じですやろ? これの性能。見ての通り、種も仕掛けもございません。もちろん偽物なんかじゃありません。紛れもない本物や」
なんかマジシャンみたいな前口上である。
そう思っていると、ヘカテーニャさんは自身の首を切るようなジェスチャーを取り……次いで件の首輪がガチャリと外れた。
一瞬だけ感じ取った魔力反応。今、ヘカテーニャは首輪に対して魔力で何かしたのだ。
「なに……? 今、貴女なにを……」
エリーゼが腰を浮かせ、目を丸くしていた。
妙技……でいいのだろうか。本来解除できない首輪を、何かしらの魔力技術で突破してみせたという事か。
同じ技を我が草薙の誰ができるだろう。この時点で、彼女の魔力操作はこの場の誰よりも卓越している事が分かった。
「祖たる捻じれ角……は、ウチには関係あらへんな。倫叡塔の一柱にしてラリス大学魔術科の永年名誉教授……今はしがない吸血鬼、ヘカテーニャと申します。改めて、どうぞよろしゅう」
今のヘカテーニャには、貴族や族長が纏うカリスマとは別種の独特な雰囲気があった。
思えば、これは俺が彼女を匿うかどうかを決める面接だった。鑑みるに、さっきの手品はデモンストレーションだったのだろう。
だが、そんな技術を持つ彼女がわざわざ俺の庇護下に入りたがるものだろうか。安全性だけで言うなら王子の方が高いはず。それなのに俺を希望しているのは何故か。
「……早速だけど、ヘカテーニャは俺個人の所有奴隷になりたいって聞いてる。これも合っている?」
「合うとるよ。ウチは誰でもないイシグロはんの奴隷になりたいんや」
媚びている訳でも、愛想を振りまいているでもない、白黒つかぬ暗黒微笑。ぶっちゃけ胡散臭い。
けれど、その受け答えには真摯な色が見て取れた。
「身の安全で言うなら、王子に守ってもらうのが妥当だと思う。それなのに、何故奴隷身分を?」
「そらもう、イシグロはんが当代最優の英雄様やから……って事にしといて、一旦。ホンマの理由はウチを匿ってくれるって決まった後に、な?」
どうやら、今は言えない理由があるらしい。でも後で言う予定ではあると。よく分からん。後で聞くなら同じでは。
こんな可愛いロリババアを疑いたくはないのだが、俺には皆を守る義務がある。俺は強いて心を鬼にした。
「今、ここで、言えない理由があるって認識で合ってる?」
「そやな。まぁ絶対に隠さなあかんって訳やないけど、出来れば身内に入れてもろてからが望ましいな」
「王子からはこの依頼を断っていいと言われてる。此方としては素直に言ってくれる方が首を縦に振り易い」
「そらそうやわ。ほな、ホンマの理由言う前にちょっとお時間もらえます? ウチを匿ってくれたら、こんなええ事ありますよって」
パン、と。
頑なな態度の俺を前に応じるようにして、彼女は雰囲気を変えるように柏手を打った。
「一つ、ウチは草薙の皆さんに魔術の何たるかを教える事ができます。こんなナリでもウチは倫叡塔の一柱やったし、魔術科の教授なんかもやっとった。見たところ、イシグロはん我流やろ?」
「我流? まぁ我流か。確かにそうだな」
「そこにウチの教えが加われば、より高度な魔術を扱えるようになるで。例えば、今の魔力のまま、同じ魔術で、もっと高い威力や効果を出せるとか。どれくらい強くなるかは努力次第なとこあるけどな」
「おぉ……」
彼女の言う通り、俺の魔法はレベルアップで覚えた超我流魔法だ。一応教本を読んだりしたが、意味あったんだか無かったんだか。
そこにきて、元ラリス大の教授が直々に魔法を教えてくれるという。ついさっき魔力操作一つで拘束具を外してみせたように、その腕前は疑うべくもない。
こいつぁかなりのセールスポイントですぞ。
「二つ、ウチ含めイシグロはん等がおらん間、家守れるで。自慢やけどウチ召喚獣工匠でもあるから、その気になれば警備用の召喚獣とか組めちゃうやよ~」
「それは君が信頼に足ると証明されてからになるな。具体的にはどんなのが?」
「ん~、簡単なモンで言うと、夜中の見回りとかネズミ退治とか、あと虫の駆除なんかもさせれるで」
「それは……凄い便利だな」
召喚獣とは、人工的な魔力生物であり、使い魔とは別枠のサポートモンスターの事である。召喚獣は学習するが、使い魔は学習しないって違いがある。
監視カメラとかセンサーみたいな感じで、確かにあったら地味に嬉しい。特に害虫駆除。
パワーアップに続き、これも大きなセールスポイントだ。
「三つ、魔法薬なんかも作れちゃう。材料さえ用意してくれたら、ウチがちょちょいと調合したるで。何よりウチのは効果がダンチや。【小治癒】相当の魔法薬で【中治癒】と同じ効果とか余裕や」
「凄いな。売るとどれくらいになる?」
「そらもうヘカテーニャ印の魔法薬っつったら並みのブランド力やあらへんな。然るべき店に下ろしたら同じ薬でも倍は貰える。迷宮用やなくても普段使いできる洗剤からちょっとした病気に効く薬とかも作れるで。ウチ、薬師だけやのうて医師でもあるから」
「凄いな。いや凄すぎない?」
魔法薬は地味に金食い虫だ。収納魔法内は保存できるからいいとして、それでも高いやつは本当に高い。一般冒険者など、魔法薬の経費だけで稼ぎがパーになる事もザラらしい。
加えて言うとヘカテーニャは医者でもあるらしく、魔族も竜族も検診できたりするらしい。
おいおい、ちょっとハイスペ過ぎんか? メアリー・スーを超えたメアリー・スーだろこんなん。
「四つ目、吸血鬼流の肉体強化術を教えられる。純血魔術の一種やな」
「純血魔術? 血の操作の事か。あれって吸血鬼専用技じゃないの?」
「操作自体は種族特性で、外に血ぃ出して色々やるんがソレやな。けど身体を強くするだけなら意外と吸血鬼以外もできたりするんよ。これを習得すると、魔力や体力の回復を早められる」
「なるほど。氣みたいな感じか」
「そや。あと健康にもなれるで。寿命延びるやよ~」
「むう……」
よく分からないが、これもパワーアップに繋がるか。
それだけでなく、体得すれば嘘か真か寿命を延長できるらしい。現状でも並みの人間族を優に超える寿命を持っているが、エリーゼ達の事を考えるとな……。
「五つ目、まぁ地味やけど勉強教えられるで。冒険者引退した後、どないするか決まっとる? 一生遊べる金あっても、何かやる事ないと暇過ぎて心が死ぬよ。やりたい事をやれる時にやるには、何より学問があると有利やで。イシグロはんだけやなくってな」
「それは……そうだな」
ラリス大は総合大学である。ヘカテーニャはそこで教授をやってたのだ。軽い勉強程度、教えられて当然か。
続くアピールによると、ヘカテーニャは経営やマネジメントなんかもできるらしい。現状は全く考えてはいないが、将来何かしら事業を始めるなら彼女に師事するのもアリか。
「まぁこんくらいやな。あと血の心配ならいらへんで。ウチ、血ぃ飲まんでええ種の吸血鬼やから」
「ん? 我慢してるとかではなく?」
「あら、知らへん感じ? ほなちょっとお話しさせてもらおか」
考えていると、びっくり情報が齎された。
吸血処女とは聞いているが、そもそも血が要らないとはどういう事だ? 自己紹介の時、吸血鬼って言ってたじゃん。単に自制心が強いと思っていたが。
「まず、ウチは吸血鬼族やけど、純粋な吸血鬼やあらへん。純血都市を追放された混血種、か弱いか弱い
「妖血娘? 聞いた事ないな。鬼人で言う馬鬼とか牛鬼みたいな?」
「似たようなもんや。基本的な生態は変わらんからあんま知られてないけどな、吸血鬼にも色々おるんよ。ざっくり大別すると、強い吸血鬼と弱い吸血鬼がおってな。うちは弱い吸血鬼かつ女だけが生まれる妖血娘。イメージ的には吸血鬼と淫魔の合いの子やな。分かりやすい違いでいうと、ほれ」
すると、ヘカテーニャはやおら肘置きを使って立ち上がり、くるりと回って背面を見せてきた。
その腰には、俺の知っている吸血鬼――クリシャナさんには無い小さい翼が生えていた。ヘカテーニャの翼は鴉のソレに似て、吸血鬼というより堕天使のようだった。
「ふぅむ……」
まとめると、こうだ。
彼女を匿った場合、魔術知識と戦力強化とセキュリティ強化とポーション作成と罹りつけ医と寿命の延長と家庭教師を得る事ができる。
その代わり、旧魔王軍から狙われるリスクがあり、且つ当人にここでは言えない秘密がある。
俺個人としては、アリ寄りのアリだと思った。何より寿命の延長がデカい。
爆弾と言えば爆弾だが、見えてる地雷なら撤去すればいいだけな気がする。旧魔王軍のヘイトは既に相当買ってる訳で。
「ささっ、こんな優良奴隷おりませんよ! 講師もできる警備もできる! おまけに手ぇもかかりません! こりゃもう多少のデメリットは許容してもろて、ラリス男子らしく匿わんと損ってなもんや!!」
「でも、お高いんでしょう?」
「それがなんと今なら無料! まぁ旧魔王軍に狙われる危険性がなくはないけど、ぶっちゃけ低いな。ウチもう出がらしやし。それについては本音の方に繋がるから、気になるんやったら身請けしてな。あと見てもろたら分かるように足ちょっと悪ぅしとって、おまけに飛べへんのやけど、まぁそのへんも堪忍して?」
と、ノリで合いの手を打ってみれば、綺麗に響いて返ってきた。この教授、意外とノリいいな。
けど、やっぱり気がかりだ。その言えない理由とやらについて、少しくらいは確認しておくべきだ。
「その言えない理由ってのは、俺達に害のある事?」
「ええなぁ、イシグロはん。俄然そちらさんの世話になりたくなってきたわ」
問うと、にんまりと頷いた。
「結論から言うけど、それに関してはほぼ無いと断言できます。要するに研究の続きをさせてほしいってだけやから」
「危なくない? その研究」
「危なないよ。仮に危ない目に遭うとしたら、それはウチだけちゃうかな」
研究内容は言えない。でも後から言ってもいい。つまるところ、ここでは言えない類いの研究をしているという事。
何だろう、爆弾とか?
「いいんじゃない? アナタの寿命が延びるなら、多少の危険は飲み込むべきよ」
「ワタシもいいと思います。見た感じ、凄い我の強いお人柄ではなさそうですし」
アイコンタクトで意見を促し、皆とホウレンソウを行う。
事情はともかく初期から庇護優勢だったところ、エリーゼやユゥリンからも許可が下りた。そこに先のプラス要素を勘案し、満場一致でお迎え決定である。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「ほっ、ひとまずこれで安心やな。いやぁよかったよかった」
安堵したような、そうでもないような。内定が決まったヘカテーニャは、赤く濁った瞳を三日月に歪めていた。
その双眸を見て、確信した。この娘、心が疲れきってて感情が希薄になっている。お迎え直前のイリハのような。
だから、どことなく捨て鉢な雰囲気があったのか。彼女からすると、絶対の絶対に合格しなきゃダメって訳ではなかったのだろう。
「あ、そうそう。ウチ菓子職人の資格も持っとるから、甘いモンならいくらでも作ったるで」
「本当ですか! それは凄い!」
「という事は普通に料理もできる訳じゃな? 炊事の人手が増えるのじゃ!」
「欠けてたピースが揃いましたねぇ」
こうして、新婚家庭に新たな奴隷がやってきた。
「よろしゅうな、イシグロはん」
例によって、ちょっぴり訳アリの。
〇
赤レンガめいた奴隷商館を出る頃には、お外は昼飯時といった時間帯になっていた。
青空の下、皆で仲良く王都を歩く。人数的にもはや総回診である。
他方、ヘカテーニャさんは右手で杖をつき、左手で日傘を差して半歩ずつ歩いていた。これだと両手が塞がる。危なくないだろうか。
「日傘持とうか?」
「ありがとな。けどこれ。魔法触媒でなぁ。ウチがもたな効果ないねん。足も遅うてごめんな。腰の翼で飛べたらええんやけど、前みたいにはできひんなってもうて」
奴隷商館でもそうだったが、ヘカテーニャさんは右足が上手く動かないようだった。
全く動かない訳ではなくて、前に出す事自体は出来るっぽい。膝を怪我してる人のようだ。
その上、以前までは飛べていたらしいが今では飛べなくなってもいるとも。気にしてませんとばかりに微笑む目は、ちっとも笑っていなかった。
「足のこと、聞いてもいい?」
「ええよ。前にな、一回魔力暴走起こしてん。そん時から飛べへんくなって、ちょっとずつ歩けんなってもうた。魔力障害ゆぅてな。魔族が暴走すると、稀に後遺症でこうなるんよ」
「そりゃ辛ぇッスね。アタシは元々飛べる淫魔じゃなかったんスけど、今になって飛べなくなるって想像するだけでめちゃくちゃ怖ぇッス」
「はい。走れなくなるなんて考えられません」
「二人とも若いんやし、こんなん考えやんでええよ」
魔族と魔力暴走は切っても切れない関係だ。実際、グーラも一度暴走しているのだ。ヘカテーニャの後遺症は他人事ではないのだろう。
そんな事もあって、俺達は自然とヘカテーニャの歩幅に合わせて歩いた。「遅ぇんだよ」と怒鳴ってきた冒険者を殺気メンチで黙らせる。
「優しい人なんやね、イシグロはんは」
そんな俺達を、ゴスロリ姿の妖血娘は何か尊いものでも見るように眺めていた。
「吸血鬼……妖血娘は何食べる? あと無理なものとかない? ニンニクとか」
「そうやねぇ。
「ん? アレはただの蜜柑じゃ?」
帰路のついでに商店街を通り、ヘカテーニャが食べられるものを捜す。
はて、彼女の言うブラッドフルーツとは。
「あっ、ボクが初めて迷宮に行った日に食べた果物ですよコレ! 美味しいですよね!」
「ブラッドオレンジ。純血果の代表格やな。純血果は故郷を追放されたはぐれ吸血鬼が作った果物とか野菜のことでな。吸血鬼に必要な栄養が入っとるんよ。あと純粋に魔力の変換効率がええから、魔族全般にも好まれて今や吸血鬼以外の人も食べとるみたい」
「なるほど、淫魔が乳とか卵で精を補う感じッスか」
「ん、純血蕃茄、純血人参……野菜もあるし、果物系ならだいたいあるね」
「このワインもそうだったのね。よく呑んでいたわ」
「美味しいですよねぇそのワイン。ほとんどブドウジュースですもん」
「あと単純に肉でも補えるんや。特に良いのは肝とか貝やな」
「それじゃ、今夜はレバーのトマト煮でも作ろうかのぅ」
「あらあら、そんな凝ったん食べさせてもろてええの? 嬉しいわぁ」
食べ物の話題で盛り上がりつつ、和やかにお買い物。
日光を避けるように日傘を差し、けれど暑さには堪えていない。吸血鬼のイメージには合っているが、今のヘカテーニャは病弱少女そのものだった。
気のせいか、彼女が皆を見る目は何か眩しいものでも眺めているかのようだった。
「どうぞ、簡単なものですが」
「まぁオシャレやね。しかもすっごい良いパン。ウチ、真っ白なふわふわパン大好きやねん」
で、借家に帰ってお昼ご飯。献立は先の純血果を使ったサンドイッチだ。
食事の際に気付いたのだが、彼女は冒険者基準ではなく普通に小食だった。好物と言っていたサンドイッチも小さいの一つでお腹いっぱいらしい。
「さて……」
食後のティータイム。楽しい会話もそこそこに、俺は雰囲気を切り替えるようにカップを置いた。
雰囲気を察したか、続いてヘカテーニャもそっとソーサーの上にカップを戻した。ちな、グーラは構わず茶請けのクッキーを貪っていた。
「屋敷では秘密にしてた本当の理由について、話してほしい」
「うん、そうやな。今になって隠すつもりはありません。さてさて、どっから話すべきかしらん。事前に色々パターン考えとったんやけど、皆とのお話が楽しいて飛んできましたわ」
言葉を探る様に唸るヘカテーニャ。
やがて、遠くを見るような目で、僅か答えた。
「最近の言い方で言うなら……終活やな」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
終活……終わる為の活動。即ち、死ぬ前の断捨離。転じて、死ぬ前にやり残したことをやる。
言葉の意味を咀嚼しきったと同時、背筋に氷が押し当てられたような錯覚を覚えた。グーラもクッキーを食べる手を止めている。
「それは……」
けれど、腑に落ちるところはあった。
魔力暴走による後遺症で、彼女は足が不自由になり、飛ぶ事もできなくなったという。
疲れて諦めたような、眩しいものを眺めるような、憂いに満ちた瞳の理由もまた、自然と。
「魔力障害、言うたやろ? ウチはもう飛べへん。歩くんもどんどん辛くなる。知っとる? 魔族ってな、歩けんなると心を病むんや。で、病んだ魔族は滅びてく。まだ死ぬような歳やないんやけど、こればっかりはどうしようもない……」
常々ルクスリリアが言っているように、魔族は心が死ぬと肉体が滅びる。だからこそ、淫魔を含めた魔人種は幼ささえ感じる程に心を若く保とうとする。
元々、吸血鬼は魔族の一種である。そして、妖血娘は魔族に近い吸血鬼であるという。彼女の異常なハイスペックぶりは、心を若く保とうとした足跡なのかもしれない。
「やからこそ、死ぬ前に研究の成果を挙げたい。そうやなくても好きなように研究して死にたいんや。ラリスの下やと自由がないから。急ぎたいけど、急かされたくはないんよな。この気持ち、分かってくれはる?」
「その、研究内容って?」
一拍置いて、一言。
「魔導人機や」
魔導人機。それは、かつてレノが強制的に乗せられていた有人兵器の事である。
反射的にレノを見てしまった。表情に変化はない。さっきまでと変わらず、真っすぐにヘカテーニャを見ていた。
「魔導人機にな、乗ってみたいんや。前みたいに走りたい。前みたいに飛びたい。あと、出来たら強者の気分っての味わってみたい。けどな、一番の理由はそれやない。ウチがホンマにやりたいのは……」
視線を戻す。夢を語るような声音。
一転、ニカッと笑ってみせた。
「ウチだけの魔導人機を組んでみたいんや」
そう言う彼女は、一切虚飾のない満面の笑みを浮かべていた。
あまりにも眩しくて、さっきまで暗黒微笑してた人と同一人物とは思えないくらい。
「禁忌の兵器とか、あるべき物やないってのは御尤も。けどめっちゃカッコええやん。古代のロマンやん。自分で作って、自分で乗ってみたいんや。それで好きに空を飛べたら、どんだけ気持ちええんやろな……」
「分かる……」
「おっ、分かってくれるんか! やっぱウチの見立ては間違ってなかったな!」
レノからすると複雑だろうが、正直理解できるし共感もできる願いだった。
ロボット製作に、あるいはロボのパイロットに憧れないオタクはいないのだ。
「言うてな、何も魔導人機を完璧に再現したい訳やないんよ。色々調べて分かったけど、今の
「そうか、有人ゴーレムか。実に面白い」
要はロボットの研究がしたいのだろう。契約前に言わなかった理由は分からないが。
その時、ふと思い出す光景があった。そういえば、以前アルヴの森で将校風の猫又が謎の巨大ロボに乗ってた気がする。だから旧魔王軍に狙われたのか?
「ところで、旧魔王軍に襲われたのはそれが原因?」
「そうやと思うよ。研究内容を秘密にしとったのに、ええとこで盗まれてしもうてなぁ。ジノ王子なら大丈夫やとは思うけど、ぶっちゃけ王家は信用できひん。まぁ盗まれたモンは全部自爆させたったけどな! くふふ~!」
「そ、そうか。その襲撃を受けたのはいつ頃?」
「ん? ついこの前やけど」
無関係なのか、どうなのか。それは分からない。
安堵していると、真っすぐ見つめてきた。会ってからこっち初めて見る真剣な視線だ。
「完成しかけてたゴーレムは無ぅなった。設計図も、資料も、何もかもな。けど、必要な情報は全部頭に入っとる。頼むイシグロはん、ウチを学問の徒として、一端の技術者として死なせてください。死ぬまで楽しく生きてたいんです」
恐らく、ラリス的には死ぬ前に成果を出してほしいのではないだろうか。けど、ヘカテーニャ的には急かされたくない。彼女にとって、研究とは死ぬまでの余興であり、老後の趣味なのだ。
「……それが、秘密にしてた理由?」
「実は……三割くらいやねんな、これ」
あれ? 思ってたより比重軽いな。
なんて思ってたら、彼女はゴスロリのスカートをぺしぺし叩いた。
「魔導人機とは別に、できればこの足を治したいなって。イシグロはんなら、何かいい案があるんやないかと。ウチかて死にたくないからな。ちな、これ一割」
「可能な限り手伝うよ」
「ありがとな。ホンマええ男やで、イシグロはんは。七人も嫁はんおるん納得いくもん」
とはいえ、期待はしてなさそうだ。彼女の性格的に、既に色んな方法を試した後なのだろう。
藁にもすがる思いで、それでいて素直に希望を抱く事もできない。そんな精神状態なのだ、今のヘカテーニャは。
「あと、下心もあるんや。むしろこっちが本命といいますか」
本命と聞いて身構える俺に対し、彼女は「くふふ」と如何にもなスケベ顔で鼻の下を伸ばしていた。
割とお茶目さんである。
「死ぬ前にな、血を飲んでみたいんや。ウチが吸血した事ないのは御存じやろ? 難儀なもんで、妖血娘は生涯一人の血しか飲めへんのや。それも男子の」
「俺の血をってこと?」
「そや。淫魔女王に聞いたで? なんや純淫魔契約っての結んどるらしいやん? そないな特別な男子の血ぃゆうたら、それはもう格別に美味しいんちゃうかな~って。実際ええ匂いするし。血の味知らずに滅びてもうたら、最大級の後悔を残す事になる」
「それが、言えなかった理由?」
「六割そう。いやだって恥ずいやん? あないな場所で告白すんの。まぁアレやね、吸血についてはウチが提示したメリットでご満足いきましたら少量賜りたいなぁ……な~んて。きゃっ♡ はずかし♡」
恥ずかしいらしい
ともかく、ヘカテーニャは他ならぬ俺の血を飲みたいそうだ。
「ふぅむ、ふぅむ……」
淫魔の話になるが、小淫魔が生きるだけなら普通の食事で事足りる。けど精を飲めば寿命が延びるらしい。
もし、妖血娘にとっての血が淫魔にとっての精に匹敵するのであれば、あるいは……。
「吸血って、何かデメリットある?」
「ん? 血ぃ減る以外になんかあるっけ? あぁ~、ウチみたいな女にチューチューされるん嫌って言われたら、どうしようもないけど。その辺もイシグロはんなら大丈夫かな~とか思ってたり?」
「そうか。その、もっとこう、……血を吸われた側が吸血鬼に変わるとか。傀儡になるとか魅了されるとか」
吸血に関する懸念をストレートに伝えると、ヘカテーニャはポカンとしていた。
やがて、口元を押さえて噴き出した。
「くふふふふ……! そ、そないな事あり得ませんよ。そんな能力あったら、今頃地上は吸血鬼祭や」
大丈夫らしい。
であれば、俺の腹は決まった。
「なら、今飲む?」
「軽っ! ウチ、まだなんもしてへんけど……?」
「いいよ。ああ、先に風呂入った方がいい?」
「え? いや別に、むしろ男の子っぽくてエッチやなぁって……あぁ今の無し! なんやねん今の変態過ぎやろ……!」
事前に風呂入るとか、ニンニクを食べないとか、吸血エチケットとかあるかも。
まぁ一応、【清潔】はかけとこうか。
「その……嫁はん等はええの? 一応、やましいところのない単なる吸血なんやけど。他の女が主人の身体に口ぃ付けるんは……」
「構わないわ。うっすらこうなるんじゃないかと思ってたし」
「吸血はともかく、ボク等は毎日やっていますからね」
「そもそもアタイ等は後から入ってきた組だしなぁ」
「ん、マスターの血で救われるならいいと思う」
「そ、そか。そんなら……あぁでも、いざとなったらどないすればええか」
「あー、アタシこの後の展開読める気するんスよねぇ」
さっきまでの落ち着きっぷりはどこへやら、ヘカテーニャは急におどおどし始めた。
「えっと、どうすればいい? 飲みやすい部位とかある?」
「できれば……正面から、左の首から吸ってもええ? 昔の吸血鬼に憧れがあって……」
「分かった。ああ、ここだとやりづらいか」
ダイニングだと吸いづらそうなので、リビングのソファーに移動、次いでシャツをはだけさせる。
間近で俺の首を見たヘカテーニャは、ごくりと息を飲んでいた。
「こ、これがイシグロはんの首。細いのに筋肉ある。硬くて、しなやかで……」
隣に座ったヘカテーニャが首と言わず上半身の筋肉を撫でてきた。
なんだろう、童貞君に身体を触らせてるTS少女の気持ちが分かるぞ。
「ほ、ホンマにええんか?」
「ええよ」
「マジでカプッといくで?」
「ええよ」
「ガチでチューチュー吸うたるけど」
「ええよ」
「お、女は度胸! 多分最初で最後の吸血や! 有難く吸わせていただきますぅ……!」
むん、と気合一発。
僅かに口を開きつつ、吸血鬼の牙が近づいてくる。そして、はむっと頸動脈に口づけられた。
むにむにと小さな唇が形を変える。が、いつまで経っても吸血用の牙が突き立てられる事はなかった。
くすぐったくて気持ちいい。これじゃエッチな愛撫である。
「ちょっ! ちょっと待って! ごめんしんどい! ちょい待って!」
やがて、ヘカテーニャは上体を反らして退避した。案の定、俺の首に血は一滴も流れていない。
感情のなかったゴスロリ吸血鬼の顔に、羞恥やら何やらの赤みが差している。
「ここ、心の準備がな……! ずっと夢やったで、こういきなり叶うってなると緊張に緊張が重なってフワフワ過ぎてオーバーロードするというか……」
「あー、その気持ち分かるッス~。初めては緊張とドキドキが爆発しまくってたッスね~」
「そうね。ええ、分かるわ……」
「分かりますね~。初めてお腹いっぱいになれそうなご飯を前にした時、夢だったのに夢じゃなくって、夢なんじゃないかと思ったり」
「わしものぅ、仕事から解放されて自由になった時はのぅ……」
「ん、助けてほしかった時に助けてもらった。諦めてた。夢みたいだった」
「アタイもだ。つーか亭主殿はアタイ等に都合よすぎなんだよな」
「ワタシもですねぇ。なんかいきなり現れて、何故か全部解決しちゃって。おまけにワタシなんかを抱いてくれたんですよ。本当に夢みたいでした」
「な、な~る~。草薙はそういう娘の集まりなんやね。よっしゃ、今度こそ……!」
えいえいむんと、気合を入れ直したヘカテーニャがさっきより大きく口を開けて迫って来る。
カプッと、今度は最初から牙が接触した感触。肌を舐める小さな舌は冷たくて気持ちよかった。
そして、牙が刺さる。俺の防御力で牙が折れるんじゃないかと心配してたが、大丈夫だったらしい。
血が吸われていく。痛みはない。回復量の方が多く、HPも全く減っていなかった。
「んんっ!?」
なんて考えていたら、俺の首に吸い付いていたヘカテーニャの全身が「ビックゥゥゥゥ!」と震えた
何事か様子を窺うと、その後も小さくピクピク震えている。目を見開き、鼻息を荒げ、吸引の力が強まっていった。
「んふっ♡ ちゅうぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」
瞬間、盛大な音を立てて勢いよく吸血された。
見えてないけど派手に出血してるようだが、俺のHPに影響はなかった。魔力も減ってないし。
こくりこくりとヘカテーニャの喉が上下する。さっきまで冷たかった身体が、病に罹ったように熱かった。
「んっ♡ んっ♡ ちゅぷ……んぅ♡ ぷはぁ……♡」
ややもあり、ヘカテーニャが口を離す。
上体をのけ反らせ、呆然と天井を見上げている。興奮の為か肩で息して、その目は焦点が合っていなかった。
「ヘカテーニャ?」
静かだ。いや、嵐の前の静けさといったところか。
事実、すぐ近くにいる彼女の身体に、これまで感じとれなかった大きな魔力が渦巻いているのが感じ取れた。擬音で例えると、「ゴゴゴゴゴゴゴ……!」みたいな魔力が。
次の瞬間、目が合った。グルグル目だ。正気とは思えない。
そして、一言。
「美味過ぎる! 犯罪的や……!」
「お、おう」
血のレビューされるなんて経験、初めてだよ。
内心困惑する俺に構わず、ヘカテーニャは魔力を溢れさせ、物理的に舞い上がった。
ん? おかしいな。ヘカテーニャは飛べないはずだが。
「なんちゅうもんを吸わせてくれたんや……なんちゅうもんを……! こんな美味いモンは飲んだことない……! 美味い、ほんま美味い……! これに比べると純血果なんてカスや! お? おっ? おぉ~? てゆーか歩けるようになっとる! 飛べるようになっとるぅ! どういうこっちゃどういうこっちゃ? 一体ウチの身体で何が起こってどうなって……めっさ気になるぅうう!」
かと思えば、ヘカテーニャはリビング狭しと走り回って飛び回って暴れだした。
さながら崖の上の人魚姫のよう。初めて空飛んだ時のルクスリリアもこんな感じだったっけ。
他方、エリーゼは顎に手を添えて観察してて、レノとイリハとグーラは微笑ましそう。残るロリは「やれやれだぜ」とばかりの表情を浮かべていた。
「凄い! 慢性化しとった頭痛も治っとる! 目の疲れ、肩こり、全身の倦怠感!! ぜ~んぶ治ってもうた~!」
「おっと……」
ひとしきり暴れた後、空中から突撃してきて抱き着かれた。
ぽすんと胸に収まったヘカテーニャは、さっきより小さく見えた。
「ありがとう! ありがとう! ホンマ命の恩人や! 分かる! 今ので寿命戻ったわマジで! 近づいてきとった死の影がどっか行きおった! 今はもう、死ぬ為に生きようなんて考えられへん!」
「ああ、そうか……」
俺の胸に顔をうずめ、彼女は涙混じりの声で感謝を伝えてきた。
「ん、おめでとう」
「良かったですね、ヘカテーニャさん」
「良かったのぅ、ほんに。もう歳かのぅ、なんか涙出てきたのじゃ」
「流石アタイの見込んだ亭主殿だ。あっさりバッチリ解決しやがったぜ」
よく分からんが、栄養補給一つで足と翼が治ったんなら何より。
今や皆してお祝いムード。このままケーキ入刀(意味深)できそうな雰囲気。何だかイケそうな気がする。
いやいや、しないけどなそんなの。
「ん? ヘカテーニャ?」
しばらくすると、胸に埋まっていたヘカテーニャの鼻息が徐々に荒くなりはじめた。
羽がピクピク。太腿もモジモジしている。こ、これはまさか……。
「ヘカテーニャさん?」
もう一度名を呼ぶと、彼女はバッと顔を上げた。
お顔が真っ赤だ。感謝や歓喜とは別の興奮。うるうると、大きな目が潤んでいる。
気のせいだろうか、深紅の双眸の中心にハートマークが浮かんで見えた。
「ヘカテって呼んで♡ あとウチもお嫁さんにして♡ 一生ついていきますぅ♡」
「え、それは……」
いきなりの告白に、俺の脳みそはフリーズしてしまった。
そんな……急に結婚だなんて。せめて結婚を前提にした友達関係の後にお付き合いを……。
ふと、ルクスリリアと目が合った。
「まぁ吸血鬼って強い血を好むらしいッスから。ご主人の血なんか吸っちゃったら、ねぇ~?」
「アナタはもう英雄なのよ。それに毎日のように氣で調律してるんだから。吸血種族からしたら垂涎モノでしょう」
「だとしても過剰ですよ、これは。純淫魔契約の影響で催淫効果とか付いてんじゃないですか? ありそ~」
あまり良い表現ではないだろうが……。
どうやら、今までキャットフードしか食べてこなかった猫に、ちゅるちゅるしてるおやつをあげてしまったらしい。
いや、読めんよこの展開は。元気になればいいなとは思ったけど。
「今度ともよろしゅうな♡ マイ・フェイバリット・ダーリン♡」
まぁ、色々ありまして。
俺達はヘカテーニャさんを保護しつつ、彼女の研究を手伝う事になったのであった。
あと、俺ずっと隠してたけど……。
血ぃ吸われてる時、勃起してました。
気持ち良かったです、はい。
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・ヘカテーニャ
妖血娘族。身長139㎝。エリーゼ以上イリハ以下の年齢。
色が抜け落ちたような艶のない灰髪。病的に白い肌と血が濁ったような赤い目。腰に堕天使を思わせる黒い翼が生えている。
普段着は黒に紫の差し色のゴスロリ。頭には同色のヘッドドレス。手袋はしておらず、袖がヒラヒラしている。歩行補助用の杖に、昼間はフリル付きの日傘を差している。
色々混じったエセ京都弁。異世界的にいうとリンジュ上流言葉にカムイバラの商人言葉が混じってる感じ。