【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。恐れ入ります。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
例によって例の如く、その日の夕食もまた一般家庭ではあり得ない程度には豪華だった。
淫魔豚レバーのトマト煮に、純血果たっぷりのミートソース
パンピーの腹なら一つで充分ですよって話だが、冒険者からすると節制寄りメニューだ。最近のイリハシェフは他国の料理習得に熱心で、銀細工ナイズされたユゥリンの包丁捌きは今や神域に近い。
幸いなことに、最近食欲がなかったらしいヘカテーニャも昼よりずっと食べていて、美味しい美味しいと喜んでいた。
「やっぱ収納魔法持ちがおると便利やねぇホンマ。はい、皆さんお待ちかねヘカテ先生特製フルーツタルトやで」
「「「綺麗~!」」」
夕食を食べ終えたら、これまたゴージャスなデザートタイム。
メインのデザートは色とりどりのフルーツを使ったタルトだった。おまけに人数分のチョコレートケーキと薬草茶も用意してあって、至れり尽くせりといったところ。
これはイリハ&ユゥリンの手によるものではない。誰あろうヘカテーニャ作のデザートである。バリバリ最強学者肌の彼女は、名誉教授兼医者兼薬師兼お菓子職人なのである。
「あら、チョコレートなのに随分と甘いわね。かといって乳臭くもない」
「実はな、甘いもんには塩をほんのちょびっと入れたると甘さが際立つんよ」
「薬草茶も美味しいですねぇ。同じ茶葉でもブレンドや淹れ方でこうも変わるとは驚きです。どことなくクーシェン茶に通じるところがありそうですね」
「魔法薬学の応用や。実際、昔はお茶イコールお薬みたいなとこあったらしいで、体系的に魔法薬学の勉強する人は必ず習うんよ」
意中の相手を落とすならまず胃袋を握れとはよく聞く話だが、既に皆の胃袋は京言葉ゴスロリ吸血鬼に掌握されているようだった。
「どないです? ダーリンのお口には合いますやろか」
「うん、美味しいよ」
同じく、俺の胃袋もまた彼女の冷たい手に握られてしまった。
俺は基本的に甘い物が苦手である。そんな俺用に、彼女は甘さ控えめなビターチョコケーキを作ってくれたのだ。その優しさ、その気配りこそトゥンクとくる。あと純粋に美味しい。
「こっちも美味しいで♡ はい、あ~ん♡」
「いや流石にそれは……」
「いけず~♡」
そんな俺に対して、ヘカテーニャは胃袋だけでなくハートまで掴もうとしてきた。脳裏で囁く天使と悪魔のASMRを強いて無視し、吸血鬼のラブ猛攻を凌ぎ切る。
曰く、彼女は俺の嫁になりたいらしい。何でそう思ったかというと、ざっくり言えば昼に飲んだ俺の血が美味しかったからだ。
我が家は新婚である。ハーレムである。流石にこれでハイヨロコンデと受け入れるのは憚られるどころの騒ぎではなかった。ここまで彼女のテンションに振り回されてきたけど、そろそろきっぱり断るべきだ。
「ヘカテーニャ」
「ヘカテって呼んで♡」
「……ヘカテ」
チョコケーキを食べ終えたところで、改めて彼女と目を合わせる。
お迎え直後はドブ川の如く濁っていた双眸は、今ではルビーのように輝いていた。蝋のようだった肌は気持ちツヤツヤしてて、ノーメイクの唇も健康的に煌めいている。
静謐と神秘、退廃と少女性をコンクリートミキサーにかけてブチ撒けた彼女は、吸血鬼のヘカテーニャ。あまりにも、そうあまりにも魅力的に過ぎるロリである。
「気持ちは嬉しいけど、俺は君を妻に迎えるつもりはないよ」
だが、耐えられた。
既婚者だから。
「……そっか」
覚悟して言い切ると、彼女は花が萎むように目を伏せた。
俺のHPに大ダメージが入ったが、それで言うならヘカテの方こそダメージはデカいはずだ。この痛みは甘んじて受け入れるしかない。
俺は痛む心臓に鞭打って言葉を継いだ。
「人生初の吸血の影響で、今のヘカテは正常な判断ができていない。妖血娘の特性があるとはいえ、ただ血の味が好みだからという理由で相手を選ぶべきじゃあないよ。何より今の俺には七人の妻がいる。悪いが、ヘカテの想いには応えられない」
「まぁアタシはご主人の精が美味過ぎて恋人になったみたいなトコあるんスけど」
「先に私に一目惚れしたのは誰だったかしら? 後で聞いたけれど、私を見るまでその気はなかったらしいじゃない」
「食べ物が……いえ、いつでも血を吸える環境はヘカテさんにとってそれくらい魅力的なんだと思います。安心できる暮らしをさせてもらえる相手を好きになるのは普通だと思いますよ、ご主人様」
「恩が愛に変わったのがまさにワシじゃし、別にええじゃないかのぅ?」
「ん、わたしも最初自分の気持ちが何なのか分からなかった。でも今はハッキリ愛って言える。芽が出る前に種を潰すのは良くない」
「……あのぉ、なんで皆が援護してるん?」
かと思えば、皆の口からヘカテを庇うような言葉が次々と発せられた。
ルクスリリアを筆頭に、皆さんやけにノリが軽い。どことなくドライな一同は首を傾げつつ顔を見合わせ、最古参が代表して一言。
「似たような境遇ッスし、まぁ多少はね?」
どうやら、俺の嫁達は彼女の境遇にシンパシーを抱いて同情しているようだった。
確かに、ヘカテの気持ちを否定すると俺と彼女達の関係まで否定する事になってしまうのか。
「要するに、経過観察すればいいだけだろ。ヘカのセンセが浮ついてるのは事実なんだし、どうするか決めるのは落ち着いてからってのがフェアなんじゃねぇか?」
「結婚云々はともかく、どのみち護衛はする訳で。魔導人機造ってる間に自ずと答えは出るでしょう」
「……つまり、や。努めて感情を制御し、揺れる心を観察し、その上でウチがダーリンを振り向かせたらええんやな。なるほど合理的や」
続く建設的な発言とヘカテ当人の総括に、俺はぐうの音も出せなかったぐう。
どうやら、ヘカテーニャ教授はショックを受けてヘコんでたのではなく、冷静に突破口を思考していたんだな。心の強ぇヴァンパイアなのか?
「そうかな。そうかも……」
しかし、何だろうねこの気持ち。
俺は皆に嫉妬してほしかったのか。皆にヘカテ追放路線に舵を切ってほしかったのか。前者はともかく、もし後者が実行されていたら、その時はその時で俺が彼女を庇っていたように思う。
あるいは、俺がまた考えなしに紳士ぶった態度を取っていただけなのかもしれない。それこそ皆の得点を稼ごうとして。思い返せば、以前イリハは俺に救える人がいたら救ってやってほしい旨の発言をしていたか。
俺も俺で正常な判断ができてないのかもしれない。よりいっそう真摯に対応すべきだろう、この事案は。
「とりまダーリン攻略の第一歩として、先の契約を果たそか。さっそくやけど、色々準備するもんがあるで近々お買い物付き合ってもろてええ? お勉強にしろ研究開発にしろ、な」
吸血直前の陰鬱な雰囲気はどこへやら。灰髪ゴスロリ吸血鬼は晴れ渡る空のような笑顔を浮かべていた。
何にせよ、ロリコンである俺はロリが笑顔でいられる明日を目指すべきだろう。
こうして、俺達とヘカテーニャ教授による持ちつ持たれつな護衛生活が始まったのであった。
「あ、そうそう、後学の為に皆さんの夜伽を観察させてもらってええ? ウチ、まだキスもした事ないから、生で性の営みに興味津々やねん」
「ダメです」
「別にいいんじゃないッスか? ぶっちゃけ早晩そうなりそうッスし」
てゆーか、さっきまでとキャラ違くない?
元気になって何より、とは思うが。
〇
翌日以降の話をしよう。
まず最初に始めたのは、ヘカテのメインクエストの前準備だった。
彼女の大目標はあくまで新型魔導人機の研究開発だ。これをするには機材やら準備やらが必要なので、西区の工業区で研究用の倉庫を借りる事となった。
そこはインヴァさんやケイン氏も愛用しているセキュリティのしっかりした安全地帯である。なお、月額の利用料は我が家の賃貸料を超えていた模様。
で、必要な機材を注文し、王子に連絡し、全ての準備が整うまで一旦ストップである。
「飛べるようになったのに、それでも魔導人機作るんすか?」
「それはそれ、ロマンなんは変わらんし。まぁこの際、乗って動けたらええかなって」
あと、機材や研究場所の利用料金に関しては第三王子に連絡したら全部無料になった。まぁセキュリティに関しては別途考えてあるので無問題。
「いやぁ皆と同じ歩幅で歩けるってええなぁ。あ、この教本も買っとこか」
「はいはい……ってかこれ、著者ヘカテじゃん」
ロボについてはそんな感じで、次は俺達への講義についてだ。
ラリス大学名誉教授であり吸血鬼であらせられるヘカテーニャには、魔術と吸血鬼式身体強化術を教えてもらう約束なのだ。
あと俺達用の召喚獣を作ってもらう約束なので、魔法関連の専門店で専用の素材を注文した。そのうち我が家に工房を作る予定。例によってその場では買えないレア素材なんかもあり、こっちも準備が整うまで一旦休み。
「ほな、始めよか。にしてもコレ便利やな。教育現場に革命起きるでホンマ」
で、だ。
ヘカテをお迎えして三日目の午後。俺達はダイニングに椅子を並べ、ヘカテ先生の講義を受ける態勢を取っていた。
また、いつものゴスロリ衣装で授業を行うヘカテの隣には、黒板とチョークと黒板消しのセットが用意されていた。チィレンさん奪還会議の折、今後なにか会議を行う時用に鍛冶屋に注文して作ってもらったのだ。チョークは自作である。
ちなみに、この黒板&チョークについて、王子様や淫魔女王から「真似していい?」と言われたので、許可を出してちょっとしたお小遣いをもらったりした。
「さてさてさて……ウチの授業では杖を振り回すような実戦魔法なんかはやりません。そこで、これでもラリス式かと思う子が多いかもしれへんな。フツフツと沸く魔力、ゆらゆらと立ち昇る闘気、人の身体の中を這い巡る血液の繊細な力。心を惑わせ、感覚を狂わせる秘儀……たった数回の授業で皆がこの境地に達するとは思ってへんからや。ウチが教えるんは、構造を理解し、術式を解析し、一切の不安なく魔術を編み上げる方法や」
夢にまで見たロリ先生による授業の始まりだ。
すると教授時代のスイッチが入ったのか、ヘカテ先生は朗々と語り出した。
歩けるようになった足で黒板の前を往復する様は、流石は名誉教授といった風格に満ちている。
「そもそも、魔術とは何か? 魔法体系とは? 魔力って何なんや? まずはそこから話してくで」
言いながら、チョークで「魔術・魔法・魔力」と書いていく。さっそく使いこなしていた。
他方、勉強熱心なグーラは黒板の内容をメモ紙に書き留め、エリーゼは頬杖をつきつつ興味深そうにしていた。
「最初に結論から言うで。魔術ってのは魔力を支払って頭ん中で想像した魔法を“マグナスフィア・アーカイオン”っちゅう見えへん魔法保管所を通して発動する術のことや。ちなウチはアーカイオン派やで、以降アーカイオンで統一な」
言って、黒板に「アーカイオン」と書き加えるヘカテーニャ。
ていうか、いきなり知らないワードが出てきたゾ。このアーカイオンなる概念は前に読んだ教本には載っていなかったように記憶しているが。
「つっても、適当に魔法想像するだけじゃあ意味ないねん。例えば炎の槍を飛ばす魔法を使いたいなら、威力や特性や大きさを事前に細かく頭に思い描いとく必要があるんや。この明確な設定を想像しながらアーカイオンに接続して、それで初めて炎の槍を飛ばす魔法は【炎の槍】になるんや」
イメージが重要というのは、教本に触れる前から感覚で把握していた事だ。どうやって学んだかというと、試行錯誤と気合と実戦だ。
少なくとも、レベルアップで魔法を覚えた俺は魔力とイメージと詠唱で魔法を使う事ができた。アーカイオンなるものに繋がった事など一度もない。
しかし、納得のいく話ではあった。淫魔王国の軍学校で拘束魔法を習得したルクスリリアに曰く、本来魔法は魔法の達者に教えてもらって習得するものらしいのだ。薄々気づいていたが、レベルアップによる魔法習得は邪道というかチートなのだろう。
「はて、件のマグナスフィア・アーカイオンとは何ぞや? これが肝でクセ者やで、ちょっと掘り下げるで。ざっくり言うと、アーカイオンは魔法に関する記録とか術式とか、ついでに魔術師達がぼんやり考えとる魔法そのものの概念等々が集まった……いわば触れ得ざる魔法の図書館や。これのお陰で、現代の魔術師は安全に安定した魔法が使えとるんやな。なんでそうなっとるんかはまた今度の授業で」
黒板に書かれた「アーカイオン」の下に、「観測できない魔法の図書館」と追記される。
つまるところ、アーカイオンなるものはアカシック・レコードとかそういうやつだろう。異世界ファンタジーなら如何にもありそうな設定だ。
「そんでな、アーカイオンは魔法体系ごとに別のアーカイオンが在るんや。“ルーン魔術”にはルーンのアーカイオン、“純血魔術”には純血魔術のアーカイオンってな具合に。まぁ誰も存在を確認できてへんのやけどなっと、ここで一旦ストップするで」
続いて代表的なアーカイオンの名前が書かれていき、宣言通りチョークを置いた。
振り返ったヘカテーニャの瞳には、各々異なる表情を浮かべる生徒達の顔が映っていた。
ここまでの理解度は俺かシャロが一番高そうだ。最近のシャロは学者をやってたし、俺については言わずもがな。他の皆さんはアーカイオンの理解に苦しんでいるように見受けられる。
「……で、魔法を安定して発動させるにはさっき言うた要素の連携が重要なんや。一個目は想像。二個目は代償となる魔力。で、三個目が例のアーカイオンとの接続や」
細々とした質問に答えてから、ヘカテーニャは再びチョークを取った。
黒板には「安定した発動」というワードが付け足され、「ここ重要!」と先の文言が丸で囲われた。
「けど、こんだけやとまだ足りひん。四個目、詠唱や。これは皆知っとるやんな? 使いたい魔法の名前を詠唱する事でアーカイオンとの接続が安定し、魔法が現実になるっちゅう訳や。他にも細かい要素はあるけど、そのへんも追々」
先の「安定した発動」と、書き足された「詠唱」が線で繋がれる。
ふわりとスカートをはためかせ、此方に振り返ったヘカテーニャ教授は、得たりとばかりに言葉を継いだ。
「もちろん、皆さんご存じ凄い魔術師様は詠唱を省略して……いわゆる無詠唱で魔法を使うことができる。けどなぁ、そらもう極まりに極まった技術なんやで。しかも不安定やし暴走するかもやしで、魔法に詠唱は必須や思とった方が身の為やで。例えるなら……そやな、詠唱はアーカイオンの扉の鍵みたいなもんで、無詠唱魔術はその扉を蹴破るみたいな? せやから凄腕の魔術師でも基本的には詠唱するし、一回詠唱したらバカスカ連発できるって感じやな」
言って、今度は生徒一同を見渡しながら続けた。
「知らず知らず何がしかのアーカイオンと繋がって魔法使える人とかおるけど、ここまでの話聞いたらそれがどんだけヤバいか分かるやんな? まぁでも実戦で鍛えた魔術の凄みってのは実際あるから、基礎から学んでけば今までよりずっと安定して強力且つ実戦的な魔法を使えるようになるはずや。一つずつ頑張ってこ」
「うっす」
明らかに俺に対して言ってるので、神妙に頭を下げておく。
俺とかモロに気合で魔法使ってるからね。実際、俺は知らず知らずに件の保管庫と繋がってた訳で。レベルアップの恩恵を受けてる我が一党も同様だろう。
「まとめるとやな。魔術っちゅうんは想像と代償とアーカイオンの接続と、最後に詠唱っちゅう鍵があって初めてマトモに扱える繊細な技術なんやね。昔々は民間の口伝でやっとったけど、現代じゃあそうはいかん。そーゆーんを全部まとめて整理した現代ラリス式は死ぬほど偉大で芸術的やで、ホンマ」
言い終え、チョークを置いた教授がパッパッと手を払い、「いやこれホンマ便利やな」と呟いた。
最終的に、黒板には魔術に関する情報がビッシリと書かれていた。
「で、ここまでで質問ある?」
「じゃあアタイからいいか?」
ひと段落ついたところで、本格的な質問タイムに移行した。
魔力や詠唱は分かってても、皆は未だアーカイオンの理解に躓いているようだった。
「ふぅむ」
今まで気合と想像で使っていた魔法にこんな理論があるとは思っていなかった。
けど、それこそゲームの裏設定みたいで理解自体は容易である。
「以降、ウチの授業はこの学説を前提に進めてくで。それぞれの項目についても詳しく解説するから、よろしゅうな」
その日以降、俺達のスケジュールにヘカテーニャ先生の魔術教室が加わった。
習うより慣れろ派の多い我が一党において、こういった座学は新鮮だった。魔法を使えないエリーゼとグーラも熱心に聞いている。
にしても、アーカイオンか。
ゲーム的に言うと、スキルツリーとか魔法パークみたいなもんなのかね。
ジョブシステムやレベルアップで魔法やスキルに介入できる俺は、不正アクセスをしているようなものなのかもしれないな。
そのうち何か致命的なエラーやバグが起こるかもしれない。
痛い目を見る前にこの世界の魔法理論を知れて良かった。
剣術もそうだったけど、地に足着いて学んだ方が身になるからな。
何にせよラッキーだった。ヘカテを匿って良かったよ、ほんと。
魔術の講義と並行し、約束していた吸血鬼式の身体強化術も教えてもらう。
純血魔術の基礎――名を“真血術”
これを学ぶ事で健康が促進され、寿命が延長されるらしい。あとついでに魔力・体力の回復量が増えるとか。
「今からウチが教えるんは純血魔術の基礎や。前も言ったけど、これをマスターすると健康が促進されて寿命が延びる。もちろん百年単位の追跡調査のエビデンスもあるで。これを覚えるには、ただ只管に自身の身体の血を意識する事から始まる。ダーリン等的にはこっちのが得意やろ? 知らんけど」
先の座学に対して、こっちはまんま体育会系のノリだった。
「おっ、そんな感じそんな感じ。あれか? クーシェン武術の経験が活きとる感じ? あーでもルクスリリアは下半身に寄り過ぎや」
「でもこれならアタシでも習得できそうッスよ! 発勁よりずっと馴染むッス!」
驚くべきことに、この真血術は俺とルクスリリアの初期組が最初に習得した。次いでイリハとユゥリンも一回目の授業で習得し、後は習熟あるのみとなっていた。
その中で、最も苦戦していたのがレノである。太陽光で動く天使族は純血魔術との相性がよくないらしいので致し方なし。
「はえ~、二人共すごいな。普通に才能あるで」
「まぁ降りてくる感覚は何度も経験してるッスからね!」
「まぁ血を集中させるのは得意だからな!」
特に下半身への集中はお手の物である。
要は全身をギンギンに勃起させるイメージでやればいいんだハメ。主人公に相応しい強化技と言えるパコ。
イリハに習った氣の制御に、ユゥリンに教えられた発勁、それに真血術を併せたら、俺の肉体はレボリューションだ。
「パッと見では分かりづらかったけど、やっぱダーリンの適性って歪よな~」
ある程度、魔術と真血術を学んだところで、我が一党の魔術適性も診てもらった。
どんな魔法が使えるとか属性相性の話ではなくて、もっと細やかで実戦的な適性だ。水属性より氷属性、氷属性の中でも範囲魔法より単発貫通魔法。向いてる触媒や杖の長さは如何程かといったように。
俺の場合、属性の向き不向きはなかったが、杖と構えに関する適性に偏りがあった。
具体的にいうと、杖を掲げて魔法を発動するよりも、杖をライフルみたいに構えて撃つ方が魔法の出が早かったのである。
もっと言うと、手から「破ァーッ!」と撃つのが一番早いのだが、こっちは魔法触媒がないので補正を受けられず威力不足になってしまう。けど普通の杖とそこまで変わってないあたり、俺の魔術適性は歪であると結論が出た。
何となく……いや前から分かっていたのだが、十中八九イメージのしやすさだろう。杖を振って魔法を使うより、銃を構えて弾を撃つ方が速くて強い魔法が撃てるってイメージがあるのだ、俺には。
「ほな、実験してみよか。これまでの授業の内容を思い出して、過去と現在でどれだけの違いがあるかを実感してもらおうってな。まぁそう気負わずやってもろて」
あっと言う間に時が経つ。
実験場は鍛錬場。冒険者用装備に身を包んだ俺達は、実験用の的を前に各々に合う触媒を持っていた。
魔術を学び、真血術を修め、触媒の適性を診てもらった。ここまでのおさらいの意味を籠めて、一旦魔法の実験をしようとなったのだ。
「その前に、魔術の基本を思い出して。魔術って何やった? アーカイオンとは? 詠唱は何で必要やっけ?」
最初は俺だった。右手で銃杖のグリップを握り、バレルの下部を持って支える。魔法の杖ではなく、ライフルでも撃つような構えだった。
的との距離は二十メートル程。今の俺なら踏み込んで一刀両断できる間合いだった。
「おさらいしたな? そしたら、順序通りにやってみぃ。スピード上げて、前みたいに使うんはその後や」
マグナスフィア・アーカイオンを軸とした俺の魔術のイメージは、前世でよく使っていたネット通販だった。
アーカイオンは通販サイト。欲しい魔法を注文するには、具体的な商品名やメーカーで
「ふぅ……」
魔法発動の前に、身体の血の流れを意識する。
全身に血を巡らせ、銃杖の仮想弾倉に魔力を籠めていく。
やがて全ての準備が整って、一言。
「【魔力の礫】……!」
バァン! と、本来あり得ざる発射音が響き渡り、狙った的のド真ん中に大きな穴を空けた。
構築から発動まで、いつもやってた魔法プロセスが一瞬で完了した。そうして放たれた魔法はライフル弾のような速度で飛んでいき、貫通効果なんて付けてないのに的を貫通して奥の壁にクレーターを形成したのである。あまつさえ、発射時に若干の反動なんかもあったりして。
魔力消費量は同じだというのに、速度と貫通力はダンチだった。魔術への理解と真血術によって、ヘカテの言ってた通りに魔法を強化できたのである。
「す、すげぇッス! これなら魔法一本でも戦えるッスよ!」
「少し地味だけれど、いいじゃない。私と好対照ね」
「普通こいつを再現するにゃあ余計な魔力を喰っちまいそうなもんだが、亭主殿はそうでもねぇのか」
「ん、わたしにも出来る? 光弾だけじゃなく、水や魔力で」
「これは一種の素養が要るで、そうそう真似できひんよ。ダーリンには明確なモデルがあるんやろな」
「いやぁ、それほどでも」
俺のイメージが反映されているのか、銃口のない銃杖の先端から煙のような魔力残滓が立ち昇っていた。
純粋なパワーアップってのは嬉しいもんで。イメージ一つでこうなるんだから、もしこの世界にFPS廃人が転移したら稀代の早撃ち魔術師になるのではなかろうか。
「ほな、次はルクスリリアやってみよか。あぁ鎌は一旦置いといて。最初は杖使ってくれる?」
「うッス! 吸血鬼パゥワーを手に入れたアタシは一味違うッスよ!」
銃魔法の検証もそこそこに、他のメンバーの現状も確認していく。するとどうだろう、各々の魔法実験にポジティブなデータが集まっていくではないか。
イリハは陰陽術の速度が上がったし、ユゥリンも発勁の精度が僅かに向上していた。魔法を使えないエリーゼに関しても、触媒への魔力伝導がアップしている。
「破ァーッ!」
「先生~、グーラの火力がおかしいんですけど~」
「せ、せやな……」
中でも一等強化されたのは、例によってグーラだった。
発勁で出力が上手くなった次は、真血術によって純粋に身体能力を引き上げたのだ。前者が技量強化だとしたら、後者は筋肉強化である。
グーラにはただでさえ炎雷纏いによる時限強化形態があるのに、そこに内外の筋技強化もプラスされてとんでもない事になっていた。迷宮で試すのが楽しみである。
「ん~、やっぱエリーゼは魔術のアーカイオンには繋がらへんのやな。魔力を使う技能は普通に使えるあたり、アーカイオン自体への接続はできとるはずなんやけどな。あるいは技能にアーカイオンは存在せんのか。どうなんか……」
「なら、専用の新規アーカイオンがあれば魔法使えるんじゃないか? どう作るかは知らないけど」
「可能性は否定できひんけど、新しいアーカイオンはシュリ様とかリアルイーザ様とかのレベルになってくるでなぁ」
「竜の一生は長いのだから、やってみる価値はあるでしょう」
そんな中、魔法が使えないというエリーゼに興味を持ったヘカテーニャは、彼女の体質を研究する運びとなっていた。
これにはエリーゼも意欲的で、いつか自力で魔法を使うのだと柔らかな希望を抱いているようだ。
「さて、昨日はラリス式魔術の歴史を学んだ訳やけど、今日はその続きとして古代と中世と現代のラリス式魔術を……」
ヘカテ先生の授業は続いていく。
俺、異世界きて初めて勉強らしい勉強してる気がする。
やっぱ皆と一緒に勉強して、先生が美人で魅力的だと勉強への意欲が違うよなぁって思いました、まる。
「楽しそうね、アナタ?」
「皆と一緒だからさ」
俺の失われた青春がどんどん潤っていきますよ。
〇
何度も朝が過ぎたある日、我が家にヘカテーニャの魔術工房が完成した。
ヘカテの工房は空き部屋を軽く改装したもので、中には魔女っぽい大釜やら計測器やら色んな道具が置いてある。
「いやぁどれもこれも最新式で最高やな。しかもちゃ~んと王家印。細かいパーツ一つ取っても一切妥協があらへん。普通やったらここまで支援してくれへんで、マジでダーリン様様や」
ここで約束していた召喚獣を作ってもらうというのだ。
一応、召喚獣については以前に講義でおさらいした。召喚獣とは、ざっくり言うとAIを搭載したロボットであり、血の通っていない魔力生物であるらしい。
「もっかい確認するけど、ホントにこの仕様でええの?」
「ああ、頼む」
今回作ってもらうのは、斥候・索敵に特化した小型召喚獣である。
直接戦闘については考慮しなくていい。で、家にいる間はパトロールをしてもらうのだ。
言ってしまえば、俺と皆が離れてる時用のレーダー係である。
「ほな、ウチの得意でいかせてもらうで。安心しぃ、倫叡塔の連中が作るようなキモいのにはせんから」
仕様の確認を終えたところで、俺達はヘカテのアトリエから退去した。
ややもせず中から膨大な魔力が漏れ始めた。実際に何をどうやってるのかは知らないが、精密な作業との事で邪魔してはいけないのだ。
「出来たで~」
朝から作り始めて逢魔が時。ヘカテーニャはお昼も喰わずにぶっ通しで作業していた。
皆して工房に入ると、床の真ん中に広がった大きな羊皮紙に如何にもな魔法陣が描かれているのが目に入った。
出来たと言いつつまだ居ないあたり、今から召喚するらしい。
「随分と複雑な魔法陣だな。ちょっとかじった程度のアタイにゃさっぱりだ」
「まぁ専門家が見やんと分からんわな。けど絶好調のウチが描いた陣や。その完成度は推して知るべしってな。ほな、呼び出すで」
大仰な召喚の儀はなかった。掌を翳して魔力を流すと、黒い塗料で描かれた魔法陣は青白い光を放つ。
まるでソシャゲのガチャ演出だ。光が溢れ、粒子が凝集し、やがて陣の中心で形を成した。
そうして、俺達の前に現れたのは……。
「にゃ~」
猫だった。
何の変哲もない猫である。見た目的には成猫のようだが、その身体は随分と小さかった。
体色は真っ白で、紺碧色の目はクリクリとしてて実にチャーミング。手足や尻尾の長さからして、形だけならパッと見シンガプーラである。
「ほわぁ~、かわいい~!」
「猫ちゃん、猫ちゃん、非常に可愛い。フワフワでしなやかで……ん、実に良い」
「おぉ~、マジで生き物みたいに動くんですね。歩き方とか猫そのものじゃないですか」
しゃなりしゃなり、と。
召喚猫は音もなく歩き出し、ヘカテの足にタックルしてぐるぐる回りはじめた。こういう仕草とか実にキャットである。
「お望み通り、この個体は索敵や警備に特化させたで。シャロはんの肩に乗るサイズやし、魔力燃費もめちゃくちゃええから単独行動も余裕や。ほい」
「おう。うわ小せぇな……!」
主が抱き上げた猫をシャロに手渡すと、魔導シンガプーラは赤毛森人の身体をよじ登ってちょこんと右肩に収まった。
その愛らしい姿を見て、グーラ&レノがキャーキャー言っている。
「見てくださいあの目、可愛いですね……」
「ん、可能ならモフらせてほしい」
「あぁ駄目ッスよレノ、猫を触る時はゆっくり信頼関係を築いてかないと……」
猫好き勢が恐る恐る手を近づけると、猫はロリの匂いをクンクン嗅いでいた。
なるほど、カワイイにカワイイを掛けて百倍カワイイという訳か。カワイイ!
「こいつエサとかどうなんスか? 前に授業で言ってたじゃないッスか、中には特殊なエサがいるタイプの召喚獣もいるって」
「安心しぃ。その猫は魔力さえあれば稼働するタイプやで、少ななったら草薙の剣の誰かのとこに行くから、その時は適当に魔力浴びせたって」
「それは私の魔力でも大丈夫なのかしら?」
「もちろん、エリーゼの魔力にも調律してあるやよ。造物主はウチやけど、皆の召喚獣って感じにしといたから」
エサはいらないらしい。ついでにオシッコもウンコもしないとの事で、まるで愛玩ロボットみたいだった。ボタン押したら歌う機能とか付いてそう。
「可愛いのはいいんですけど、こんな小さいのが役に立つんですかね? 見たところ索敵能力も然程ではなさそうですが」
頭に猫を乗せたユゥリンが言う。
確かに、いくら索敵特化だからと言っても身体能力……とりわけ敏捷性が高くないと本来の役目を果たせない気がする。
俺が想定しているのは銀細工以上の手練れなのだ。それに気づけないようでは意味がない。
「そらまだ全然強くはないよ、ウチの魂と繋がっとるから。まぁでも、皆の魔力を食べてけば日に日に強くなってくはずや。で、完全に自立行動できるようになったらウチと切り離せるで、そこからは皆の育て方次第や」
どうやら、猫ちゃんの強さはヘカテーニャの強さに連動しているそうだ。
ふぅん、なるほど? 逆に言うとヘカテが強くなれば猫も強くなるって訳か。
「ヘカテ」
「なに? ご褒美に抱いてくれはるん?」
「お友達で。魔導人機できたらさ、一緒に迷宮行かない? 強くなるの手伝うよ」
「ほえ……?」
言うと、ヘカテは真っ赤な目を丸くしていた。
やがてその目は何か尊いものでも見るように三日月の形に歪んだ。
「あぁそっか。ダーリンにとっては迷宮探索も散歩みたいなもんなんやね」
「いやそこまでではないけど……」
「迷宮潜って強くなる。混血のウチにはなかった発想や」
ふぅと優しい溜息をひとつ。
髪の毛をクルクルやって、灰髪のゴスロリ吸血鬼は続けた。
「今まで完成するかどうかって話やったで、考えた事もなかったけど……。迷宮で実験できるんやったら、行ってみたい気持ちはあるかも。せやから、そん時はよろしゅうな。か弱いウチを守って? ダーリン♡」
「ああ。任せろ」
決まりである。ヘカテの自衛力と猫の強化もできるし、これこそウィンウィンだろう。
作った玩具はブンドドして遊びたいもんな。俺も見たいし、できれば乗ってみたい。
それに、仮に俺の家から離れるにしても、強くなっておくに越した事はないはずだ。
「さて、これから忙しくなるな。でも今日はもうおしまい。あ、だいぶ魔力使ってもうたから、ちょ~っと血ぃ吸わせてもらってええ?」
「ええよ」
「ホンマ!? 言うてみるもんやなぁ!」
魔法に。真血術に。それから猫ちゃん。次はロボットの製作。
王子の護衛と聞いて警戒してたが、今は充実した生活を送れていた。
とにかく、だ。
「猫の名前も考えないとな」
家族が増えるよ!
やったね、ヘカちゃん!
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当初は本作世界の魔法史を解説してからアーカイオンあたりの設定を掘り下げてくだけの回の予定でした。
ただ、これだと小説じゃなくて設定資料集になりそうだったので魔法史はカットしました。
・ アーカイオンについて
正式名称「マグナスフィア・アーカイオン」。地方や種族や派閥によって他にも色んな名前があるが、ヘカテーニャはアーカイオン派なので以降アーカイオン。マックとマクドみたいな。
ゲーム的にいうと、ぶっちゃけスキルツリーとかパークみたいなもん。魔法体系ごとに個別のアーカイオンが存在する。
特定の魔法を使いたい時は対応するアーカイオンにアクセスする必要があり、各アーカイオンへのアクセスには対応した適性(資格)が必要。
ちなみに、魔法関係の学者の中でも「アーカイオンなんて無ぇようるせぇよ黙れよ派」とか「魔法はロックだ派」とか「フォースを感じろ派」とかいっぱいある。
なお、イシグロはジョブシステムへの介入およびレベルアップによってアーカイオンに不正アクセスし、本来必要な条件をすっ飛ばして魔法の習得や発動が可能。
なので周囲の人は「イシグロはどこかで魔法を習ったんだな」とか思ってるし、ヘカテーニャからすると「我流でそこまでとか凄いな」って感じになる。
もし貴方が魔導士ビルドで進めたいなら、素直に現代ラリス式のアーカイオンから始めるのがお勧め。
そこから専門アーカイオンに繋げていき、最終的には固有アーカイオンを目指して自分だけのオリジナル魔法体系を作ろう。
ラリス大教授エンドとか倫叡塔の賢者エンドとかデアンヌ結婚エンドとか色々ありそう。