【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
王都アレクシストから見て北北西。ラリス王国とディング魔族国の境目に、地下深くを本拠地とする都市国家が存在する。
地下都市の名を、“暗夜のネザーレ”。地上の都市を“白昼のネザーレ”。それらを纏めて“純血公国”で括る。
吸血鬼族が支配する、小さくも強大な主権国家だ。
太陽の届かぬ古都、暗夜のネザーレ。
見上げた空には幻の星空が広がり、風に流れる雲が紅白の双月に影を作る。
霧がかった街の各所では煌々と輝く魔導灯が設えられ、ファンタジー異世界にあって尚どこかクラシックな印象を受ける。
一方、街往く人々は王都民よりモダンな出で立ちで、頭から爪先まで紳士淑女風に洒落ていた。
「ここがネザーレか。テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ」
「それ事あるごとに言うッスよね。テーマパークって何なんスか」
そんな中、激ラリスのモロ冒険者な俺達は何処の誰から見ても場違いだった。
猫屋敷にライオン、アルプス系少女の隣にバフォメット。努めて隠そうとはしているものの、ふいに漏れる銀細工オーラは止められねぇんだ。
「太陽は届いてないようね。どう? ヘカテーニャ。初めての地下の感想は?」
「ぶっちゃけよう分からん。傘差さんでもええのは楽やけど、そんだけやな」
日傘を持たずに両手を空けているヘカテーニャが言う。
そう、この暗夜のネザーレには太陽光が届いていないので、下級吸血鬼は日向を気にせず外出できるのである。
また、ヘカテーニャを含め俺達
何故なら、この国には戦いに来た訳ではないからだ。
「さぁ行こう。観光は全部終わった後だ」
襟を正し、皆と共に歩き出す。
吸血鬼の命を救いに。
「なんか落ち着いてるッスね。ラリス人みたいに騒いでないッス」
「余所者への目は厳しいようだけれど、まぁ気にする事はないわ」
「竜族はんは身も心も強ぅてええなぁ」
RPGの終盤に訪れそうな町を歩く。
改めて決意を漲らせた俺は、今日に至るまでの出来事を思い出すのであった。
〇
考えても仕方ない事は、考えても仕方ないので考えても仕方ない事は考えるだけ無駄である。
実際これ真理だと思う。トートロジーっぽい言い回しで煙に巻いてる訳ではなく、考えても仕方ない事は本当に考えても仕方ないのである。
幼少の頃から、俺は物事を深く考えない子だった。ある程度デカくなってからは大きな課題を前にしても意識して深く考えないようにしている。馬鹿の考えは休むのと同義であるからして。
意識して考えないようにするには、まず課題を割り算するのが定石だ。
大きくて複雑な課題を前にすると、考えれば考えるだけ混乱する。なので、自分がやるべき課題と自分じゃ対処できない課題を仕分けする事から始めるのだ。
あとは前者の課題にだけ集中して、後者は無視すればいい。これが出来ない真面目な人がパンクしてしまうのだ。
「じゃあ、行動を始める前に一旦情報をまとめようか」
全力房中術のあまあまックスで悩める吸血鬼のメンタルを整えた翌日、俺達は黒板を前にヘカテ延命ブリーフィングを開始した。
真剣な目をした皆の前、俺はチョークを手に取って現在の状況をまとめていく。
大目標はヘカテーニャの延命だ。現状で最も確実な延命手段は上級吸血鬼への進化であり、その為に始祖の血が必要なのである。で、件の始祖の血をどのようにして入手するか? といった風に。
「一個一個みてこう。そもそも始祖の血って何? これが分かれば別のアイテムで代用できるかもしれない。ヘカテからすると無意味に思えるかもしれないが、やってみる価値ありますぜ」
黒板に書いた“始祖の血”の横にイコールを付け足す。皆の視線がヘカテーニャに向いた。
彼女は二重の意味で満タンになってるお腹を押さえながら口を開いた。
「初めて吸血鬼になった人の血……って言われとる。けど、実際のところ分かってへん。前に調べた感じ第二大災厄前には存在したみたいやけど」
「第二大災厄っていうと今からざっくり三千年前……惨禍大戦の時か。なるほど、戦時中に生まれた技術説もあるのか」
「如何にもありそうだが、それより前にはあったのかもしれねぇぜ」
第二大災厄から現在に至るまで、吸血鬼族は始祖の血の詳細を秘密にしているそうだ。
現状で分かっているのは、これを飲んだ吸血鬼族は“真祖”になる事ができる事だけ。
で、その真祖って何なんだいって話である。
実際に訊いてみた。
「真祖は上級吸血鬼の中でも最上級の吸血鬼や。森人にとっての上森人。獣人にとっての麒麟。純血吸血鬼特性の殆どを持っとるし、中でもいっちゃん凄いのは日光への絶対耐性やな。なんや夏の西日で日光浴できるらしいで」
「ん? でもクリシャナは普通に外歩いてたッスよ。確か普通の吸血鬼なんスよね?」
「クリシャナはんは銀細工やでな、ある程度は我慢できんねん。研究によると、吸血鬼にとっての日向は一般人が真夏に浴びる太陽と同じらしいで」
「基本的には大丈夫だけど場合によっては死ねるな」
「普通の吸血鬼……つまり、普通じゃない吸血鬼もいるんですか?」
「ええトコ気ぃ付いたなグーちゃん。せや、前言うたように強い吸血鬼弱い吸血鬼がおんねん。基本的には前者のが長生きで日光に強い。んで後者は短命で日光に弱い。妖血娘とかまさに後者の典型や」
一言で吸血鬼と言っても、実際にはいくつか種類がある。
最もポピュラーな純血
なお、その中だと妖血娘は最下級吸血鬼であり、強すぎてレアな真祖とは逆に弱すぎてレアなのだとか。
「不死じゃのぅても魔族特性があればええ話なんじゃろ? なら絶対に真祖にならなくてもええんじゃない? 始祖の血以外で長寿魔族に成り上がれんもんかのぅ」
「それが無いんや。どんだけ迷宮で鍛えても、一般吸血鬼は一般吸血鬼やし妖血娘は妖血娘なんや。けど、強い混血と強い混血の間には稀にガチの不老不死吸血鬼が生まれたりする。下級吸血鬼が位階を上げるには世代を経る必要があるんやな」
「なるほどのぅ。素人考えですまんのじゃ」
「ええよ。浮かんだ疑問はいくらでも出してもろて」
ヘカテもヘカテで始祖の血以外でランクアップする方法を探っていたそうだが、そう上手くいかなかったようである。
長い時間をかけて研究すれば別の方法が見つかるかもしれないが、今はそんな時間はない。効果が確実な分、今回は始祖の血ルートが安パイだろう。
「で、始祖の血は具体的にはどういう人に与えられるんだ?」
問題はそこである。
延命方法を知っていたヘカテーニャは、その実現可能性を理由に諦めていたのだ。
「前例を鑑みるに、ネザーレにとって極めて多大な貢献をした吸血鬼に与えられる感じや。戦功とか魔術の開発とか。イメージ的にはラリス王国の叙爵に近いんとちゃうかなぁ」
「なるほど。褒美として下賜されるものなのね」
「ん、つまるところ国益。ネザーレにとって有益なら、位階を引き上げてもっと働かせるシステム。血の継承で戦力増強」
「だから国にとって有益ではない外の同胞には与えない、と。まぁそんなもんでしょうねぇ」
「出し惜しみしてンのはそもそもの絶対数が少ねぇか、不死を量産すべきじゃあねぇって考えか」
皆が口々に意見を言う。
ヘカテの言ってた通り、外部の吸血鬼への下賜は厳しそうだ。
だが、これらは憶測であって確定情報ではない。外に出てないだけで実際はそういうパターンがあってもおかしくない。
世の中、あり得ないなんてあり得ないのだ。良くも悪くも。
「要するに、地下の人に認めさせればいいんだな」
「まぁ要するにそうなんやけど……」
「少しでも可能性があるならやってみるべきですよ。そうリアルイーザ様も仰っていました」
ともあれ、だ。
シンプルに考えて、ヘカテーニャへの血の提供が国益に繋がりさえすればOKなのだ。
前例がないから無理そうだからと何もチャレンジせずに諦めるなんてのは、それこそ非合理的である。
「せやけど、例え王子様にお願いしてもらえてもネザーレの吸血鬼が素直に言うこと聞いてくれるとは思えんのやが」
「そこだ。王子は頼みの綱だけど、ダメだった時の備えもしておかないと」
「確か、戦功以外にも魔術の開発で血を貰えた人もいたんですよね? ヘカテさんの得意分野でしょ」
「それがアカンかったんよなぁ。なんや凄いのは認めたるけど優雅やないっちゅーて突っぱねられたわ」
「ん、頭聖輪郷」
「レノっち的にそれはどうなんでぇ」
「リヴクラフトをお渡しするのはダメでしょうか?」
「あーラリスとの契約でそれはアカンねん。吸血鬼族の趣味に合うとも思えんしなぁ」
「そもそも吸血鬼族は新しい物が嫌いなのよ。竜族以上にね」
「魔族って基本新しいもの大好きなんスけどね~。やっぱ吸血鬼はなんか違うッス」
最も手っ取り早いのは戦功でのご褒美だろうが、残念ながら現状では難しい。何故なら、恰好の稼ぎ場だった尖兵戦が終わってしまったからである。
こう何というか、都合よく吸血鬼が苦戦してる魔物がいて、そいつの討伐報酬で血を分けてくれる……みたいなご都合展開ありませんかね?
「魔術もダメ、技術もダメ。もうウチにできる事はあらへんな。ダーリンが王子様に頼んでくれるゆーて、あとは幸運を祈るだけしか……」
「いや、ある」
「え?」
一旦、これまでの情報を黒板にまとめていく。
目標はヘカテの延命。真祖になれば解決。始祖の血はご褒美アイテム。国益で貰えるかも? 可能性は皆無ではない。
現状、俺のやるべき課題は王子へ手紙を書く事だ。これは会議終了後すぐ実行し、その後は考えても仕方ないので高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する。
で、肝腎なのがコレ。ネタでも何でもなく、柔軟かつ臨機応変に対応できるようにする事。
つまるところ、それは……。
「うぉおおおスカァアアアレット・デトネイタァーッ!」
迷宮である。レベリングである。つまりは“暴”の強化である。
何が起こってもいいように力は鍛えておくべきで、何事も暴力で解決するのが一番なのだ。
であるからして、ヘカテーニャには以前までの運用テスト的な迷宮探索ではなく、がっつり危険なハック&スラッシュをしてもらった。冒険者は危険を冒してナンボなのである。
当然として、レベリング前には第三王子宛てに手紙をお渡ししている。これ以上プランAの事は考えても仕方ないので、返信待ち中は今出来る課題に集中するのだ。
「最初とは別人レベルで魔力の出力が上がっているねぇ。操作能力にも向上がみられるから、義体の内部も細かく調整したいところだが」
「したらブラスター用の配線通す必要があるな。使い勝手変わっちまうぜ。おう肩んトコどうなってる?」
「推進装置に関しては問題ねぇ。何たって天才工匠ケイン様の作品だからな!」
レベリングと並行して、エメスアルマの強化改修も行う。
エメスアルマに関しては、今回も再度工匠三銃士に手伝ってもらった。もちろん、プロへの依頼なので相応のお金を払って。
自衛力の事を考えたらヘカテーニャは生の魔導士スタイルで鍛えるべきなのだが、現在の彼女はリヴクラフトの操縦に特化してしまっている。中途半端な現段階でロボから降ろすより、熟達するまではパイロット育成した方が良いとの判断だ。
本当は武器の開発もしたかったのだが、現状そこに手を出せる余裕はないので泣く泣く断念した。そこは今後の楽しみとして取っておこうってな塩梅で。
「今日は吟遊詩人ギルドに行ってきたぜ」
「レノさんってば凄いんですよ。その場にいた詩人全員の歌を同時に聴き分けてたんです」
「ん、アレくらい余裕。ふんす」
他方、迷宮に潜ってない面々には純血公国ネザーレについて調べてもらった。地理から歴史から現在の国勢に至るまで。どんな小さな情報が問題解決に繋がるか分からないのだ。
そんな折、調査班は少々きな臭い情報をゲットした。詳しくは分からんが、何かネザーレにいる衛兵の雰囲気がピリピリしているというのだ。
「ネザーレは平和な国のはずや。尖兵戦前ならともかく、後もそうなら確かに変や」
「何かあるのかしら。また旧魔王軍絡みとか?」
「かもしれませんね。その噂が流れてたのは三年以上前のようですが」
「詩人の連中も理由は知らん言うとったでのぅ」
こういう時、情報屋みたいな知り合いがいればいいんだが。語尾が「~でゲス」のやつで。
それはそうと、行ってみなければ分からない事もまた考えても仕方ないので考えない。必要なのは調査であり、妄想ではないのだ。
「王子様からの返事はまだなんスか」
「名代からの返事はきた。今は国外にいるらしい」
手紙を出して一ヵ月が過ぎたが、今のところ王子当人からの返事はない。
今この時もヘカテーニャの寿命は刻一刻と削れている。とてももどかしいが、そのもどかしさをパワーに変えるようにして今できる事に集中した。
迷宮に整備に情報集め、やる事が多い。多くないと潰れてしまう。
「じゃ行ってくる。今日中にアサルトメイジを二十にしときたい」
「今日くらい休みなよ亭主殿。何日連続で潜ってんでい」
「安心してくれ。俺は九日連続で単独踏破した男だ。こんくらい何てことねぇ」
「どうかしとるでホンマ」
ヘカテがエメスアルマを整備している間、情報班以外はレベル上げを行った。
時に俺単独で潜る事も。久々のソロ活は迷宮の恐ろしさと冒険者としての初心を思い出させてくれる。長い休憩で鈍っていた戦闘勘が鋭くなっていくのを実感できた。
「ステンバーイ、ステンバーイ……【
で、だ。
魔法職を鍛えてて驚いたのが、俺程度の魔法でもDPSに貢献できる事だ。
そりゃあエリーゼやイリハとは比べるべくもないが、とかく魔力弱点の敵にはガンガン刺さるのだ。だもんで魔法に弱い魔物が湧く迷宮に行けばカモ撃ち釣瓶打ちのフィーバー状態。ウィック氏かメイトリックス氏めいたジョン的無双キャラの気分を味わえる。
「【
それというのも、ヘカテに考案してもらった仮称・射撃魔術が最高に実戦的であるからだ。
初級攻撃魔法を銃弾のようにして撃ちだすシンプル魔法戦術――射撃魔法。こいつは燃費・火力・速射・連射・弾速すべてに優れている。射手系スキルの【狙撃】や【遠視】とも併用できるし、斥候系の隠形スキルと併せれば疑似スナイパーごっこだってできちゃう。何より素晴らしいのは弾速で、銀細工同士の戦闘でも充分使えるレベルなのである。
問題は今のところ属性魔法に対応してないところだが、それくらいしか弱点がないのだ。
「よし、これで完璧や! やっぱ拡張性重視こそ至高なんや!」
そうこうしていると、エメスアルマの近代化改修が完了した。見てくれに変化はないが、中身は最新式の最強状態。イメージ的には通常初代から磁力塗装を施した終盤初代といった感じ。
そしたら即実戦投入し、帰ったら実戦データを使って更なる調整を加えていく。考えないようにするにはクソ忙しくするのが一番なのだ。
「ただいま~」
「おかえりなさい。今日は特に誰も来ませんでしたよ」
「そっか……」
王子からの返事はまだ来ない。
何度も言うようだが、考えても仕方ない事は考えるべきではない。今はただ、俺達に出来る事に集中し、どうなってもいいように備えておく。
そう、人事を尽くして天命を待つのだ。高度な柔軟性の為に準備を整え、臨機応変に対応すべく鍛えに鍛える。焦る心を抑え、強いて目の前のことに夢中になって、努力で以て現実逃避する。
そして……。
「やあ、待たせたねイシグロさん。馬車で来たよ」
天命の方から来た。
我が家に、男装で。
……いや男装は何もおかしくないか。
結論から言うと、王子はヘカテーニャの寿命問題の事を知らなかったらしい。
老齢で魔力暴走を起こした事自体は把握していたが、そんなすぐ死ぬとは思っていなかったというのだ。
「今、僕がイシグロさんの信頼を失うことは、僕にとって極めて大きな損失なんだ。だから、直接会いに来たのだと思ってほしい」
ヘカテの事情を把握しきれていなかった。もし知っていたら先にこっそり伝えていた。そのように、この国の王子は訴えた。
王族に安易な謝罪は赦されない。故にこそ、王子は書面のやりとりで済ませずに直接会って誠意を見せてきたというのだ。
あっちとしては信じてもらうしかない。こっちとしては信じるしかない。それこそ、考えても仕方ない事だった。
「状況を把握しておきたい。僕にも話してくれるかい? ヘカテーニャ教授」
「承りました。状況をご説明いたします」
我が家に応接室などない。普段食事に使っているダイニングテーブルで話すのもアレなので、王子とは噴水のある中庭でお話しした。
余談だが、実際に偉い人同士の密談では噴水の近くが使われる事が多いらしい。理由は後でエリーゼに教えてもらおう。
「……把握した。僕も協力しよう。僕が今すぐネザーレに行く事はできないから、当座として一筆認めようか。残念ながら明日には王都を出なければいけないんだ」
手紙の内容をおさらいしつつ現状の方針を伝えると、第三王子はその場で御書を書いてくれて、おまけに最も格式高いらしい封蝋印まで使ってくれた。
これをネザーレの偉い人に渡せば、ヘカテは晴れて始祖の血を頂ける……。
「けれど、これで解決とはいかない可能性はある」
……かもしれない。
いくら王子からのお願いでも、始祖の血はそう易々とは手に入らない代物らしい。
曰く、過去にもラリスに始祖の血を譲渡した前例はあったらしいが、延命目的且つネザーレの監視下での使用でのみ許されたそうだ。とかくネザーレ側は血を研究されるのを拒んでいる。
「ラリスとネザーレ、僕個人とネザーレ、共に関係は良好だ。しかし、だからといって自国の宝を他国の冒険者に渡すとは考え難い。当てつけのようだが、イシグロさんはラリス銀細工で、教授は銀細工の所有奴隷だからね」
「身分ですか。今からでもヘカテーニャと結婚して一級国民にすれば……」
「いいや、大して変わらないだろう。向こうの性格的に、むしろ銀細工の奴隷の方が通りやすいんじゃないかな。いずれにせよ内密の受け渡しになるだろうが」
ここにきて、俺の身分の問題が出てきた。
そもそも、始祖の血は基本内部の吸血鬼の強化に使われるものらしい。本来、外部の吸血鬼であるヘカテーニャに与えられるものではない。
けれども、だ。仮に俺がネザーレ所属になれば話は変わってくると思う。今の俺にはそれくらいの価値があると自負している。覚悟はしておくべきだ。それしか手段がないのであれば、そのようにする所存。
「それと、最近のネザーレは高位冒険者の立ち入りを制限しているそうだ。教授は奴隷身分のままのが入りやすいだろう」
「それは何故でしょうか?」
「分からない。調査によると、地下の方で兵士の動きが活発化しているようだが。とかくラリスは警戒されていてね」
「仲良いんじゃ……」
「仲良しさ。向こうはラリスを見下してるけどね」
純血公国ネザーレは観光に力を入れている。もっと言うと、強い血の持ち主を歓迎している国なのだ。そこにきて、何故かここ最近は冒険者を……もとい強い個人の流入に警戒心バチバチらしい。
先に得ていたネザーレの情報の信頼性が増してしまった。なんか不気味である。
「今の僕にできるのはこれくらいかな。後はイシグロさん次第だ。エージェントを向かわせるから、何かあったら使ってくれ」
「ありがとうございます」
その他、ネザーレ行きに際しては以前尖兵戦でお借りした黒い冒険者証を受け取った。これは一時的に金細工と同等の権利を保証する身分証だ。
今回、本当に施されてばかりだった。当初危惧してたような追加任務や頼み事もない。ここまでしてもらったあたり、大きな借りが出来たと考えるべきだろう。貸し借りが積み重ならない事を願うばかりだ。
「ヘカテーニャ教授、僕個人として貴女には生き残ってほしいと思っている。どうか希望を投げ捨てず、彼を信じ続けてほしい」
去り際、第三王子はヘカテーニャに声をかけていた。
平民の家から王族をお見送りする。王子を乗せた馬車は気持ち急いで走っていった。忙しい間を縫って来てくれたのだ。
「よし、決まりだな。これを持ってネザーレに向かうぞ」
「「「おぉ!」」」
ともかく、行動開始だ。その日のうちに、やるべき事を終わらせる。
とりま夜間警備猫シグレをチィレンさん家に配置し、転移神殿に行って外出届けを出し、借家のアレコレも終わらせる。夜の営みは早めに始め、明日に備えて早めに眠った。
まさか結婚して初めての旅行がこんな事になるとは。皆には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ひゃー! 凄いなこの空戦車! しくじり兵器や思とったけど全然いけるやん!」
「でっしょ~? これで圏外駆け回って大活躍したんスから!」
翌朝、ヘカテを含めた草薙の剣御一行はフルサイズ空戦車に乗ってネザーレへと向かって行った。
現在の空戦車は圧倒的な速度を誇っている。異世界に法定速度なんかねぇので、尖兵戦のノリで走りまくり、目的地には出発当日の夕方に到着できた。プライベートジェットって凄い。俺は改めてラザニアの存在に感謝した。
「ここがネザーレ……」
「良い街ね。ラリスの色がないわ」
「かといって魔族国っぽくもないですよね。素晴らしいと思います。確か広場にはリアルイーザ様の銅像が……!」
王都から見て北北西。地図上だとディング魔族国との国境線に、オーセンティックな円形城塞都市があった。
どことなく、王都よりナーロッパな雰囲気。ドーム状の魔力結界が都市を覆っているのが特徴のファンタジー都市で、名を白昼のネザーレという。
また、街の中心にはバベルって感じの塔が聳え立っており、あそこから地下に潜って本土たる地下都市へと向かえる仕様である。
「イシグロ? あの“迷宮狂い”のイシグロか。何しに来たんだ」
街の検問所では、長い時間をかけて取り調べを受けた。
王子の言ってた通り、ネザーレ兵は高位冒険者を警戒しているようだった。準金細工や王子直筆のサインがあっても即許可といかないあたりガチである。
「何とか入れたのじゃ。腰が痛いのじゃ~」
「ああいう態度ってムカつきますよねぇ。何度殴りそうになった事か」
「あれが仕事なんスから許してやってほしいッス」
そうして街に入れた頃には、空はすっかり暗くなっていた。
しかし、ネザーレは吸血鬼の国である。他の都市と違って夜にこそ活動を開始するのだ。
逆にちょうどいい。このまま地下に向かう。俺達は地下に繋がっている塔へと向かった。
「ダメだ。許可できない」
なのだが、ここで壁にぶち当たってしまった。
事前の調査に従って吸血騎士に地下に行きたい旨を伝えると、人数制限があると言われたのである。鋼鉄札以上の冒険者が入る場合、同時に三人までという決まりらしい。
現在、俺達はヘカテを含めた草薙の剣全員で来ているので総勢九名である。俺は確定として、一緒に入れる銀細工はあと二人だ。
ちなみに、ヘカテは奴隷身分なので通ってヨシだった。ガバガバじゃねぇか。
「任せたぞ、グーラ」
「はい、お任せください。皆さんはボクが守ってみせます」
「いやグーラには頼れねぇ。最年長のアタイがしっかりしねぇと」
「シャロさんよりはワタシのがしっかりしてると思うんですけど~」
「ん、ユゥリンよりわたしのが強い。天使にお任せ」
「こりゃあ、わしがしっかりせんといかんのぅ」
なので、致し方なく地下組と地上組に分かれて別行動する事となった。
俺とヘカテとエリーゼとルクスリリア。この四人が地下組で、他は地上でお留守番。期限が過ぎたら彼女達も地下に来る予定だ。
地下メンの選出は特性を勘案した結果である。頼れるグーラは獣系魔族なので夜には眠るし、天使のレノは地下だとエネルギー源たる太陽光を浴びられない。その点、ルクスリリアとエリーゼは魔族&竜族なので地下に潜っても平気なのである。
「宿の場所は覚えたな? お金も無駄遣いするなよ? 合言葉も忘れてないな?」
「ほら行くわよアナタ」
五人と別れ、案内人についていき屋内広場に辿り着く。
高い天井、大理石の床。どことなく地下鉄のターミナルといった印象だ。広場の中央には地下に繋がるという世界の真理が見えそうな大扉があって、扉の前には同じく地下行きの希望者が屯っていた。
がちゃりと、重厚な音を立てて扉が開いていく。その奥には冥界に繋がってると言われても納得してしまいそうな暗黒空間が広がっていた。いやだって開いた時ぼわぁ~って青紫の霧が出てきたもん。
「ここから先、私から離れないでください」
ランタンを持った先導吸血鬼の後ろを、皆してゾロゾロついていく。
霧に触れると、冷たくないのにヒヤリとした。デバフの類いは付与されてないが……。
「大丈夫や。この門は他国の偉い人も通るから心配あらへんよ」
「つってもヘカテも入った事ないんスよね?」
「少なくとも嫌な魔力は流れてないわ」
地下組四人、仲良くお手々繋いで歩いていく。思えば、この四人だけで行動するのは初めてか。
ロリのお陰で気持ちが落ち着いてくると、周囲に目をやる余裕が出てきた。音の反響からして通路内は相当に広大で、足元には例の霧が沈殿している。先頭吸血鬼のランタン以外に光源はなく、どこを見ても闇ばかりだった。
「なんだ、お前さんネザーレは初めてかい?」
「ええ、まぁ」
警戒半分興味半分で見渡していると、生身でリヴクラフトと同じくらい大きな熊人お兄さんが話しかけてきた。
その胸にはグウィネス意匠の鋼鉄札が下げられている。歩き方を見るに武闘家系か。どことなくクーシェン武術の匂いがする。
「外で言われてるほどネザーレは怖いトコじゃねぇよ。街は綺麗だし、飯も美味ぇしな。気に入ったってんでダチがこっちに住んでてな」
「移住ですか」
「ああ。はっきり言って羨ましいぜ。俺、銀細工になったら永住権もらうんだ」
気のいい熊さんと話していたら、とうとうネザーレに到着した。
ただ只管に真っすぐ歩いていたこの通路だが、実は地下と地上のワープポイントなのである。下ってないのに下へ参りました。
まぁ迷宮探索ではいつも転移してるし、今更驚きはない。
「どうぞ、列に並んでお通りください。決して振り向かないよう、お願い申し上げます」
扉が開き、そとの光が入ってきた。
光の先は、先のターミナル駅のような屋内広場になっていた。ターミナルには吸血鬼族の衛兵がいて、入国してきた面々に鋭い視線を飛ばしていた。
「はえ~、すっごい綺麗……」
広場の外に出ると、視界一面に幻想的な光景が広がった。
歴史を感じる、石造りの街である。建物の造りといい、人々の服装といい、そういうテーマの遊園地のような雰囲気だ。
振り向くと、地上にもあった塔が聳え立っていた。塔は空まで届いていて、通路で見た霧を貫いている。
「ここが吸血鬼族の故郷なんやな……」
吸血鬼族の支配領域、暗夜のネザーレ。
呆然としているヘカテの視線の先には、シンデレラが住んでそうな大きなお城があった。
吸血鬼にとっての聖地――リアルイーザ城だ。英雄譚オタクのグーラを連れてきてやりたかったが、それは全部解決した後でいいだろう。
「……悪くない城ね」
「あそこにリアルイーザ様が眠ってるんスね~。グーラじゃないけどちょっと感動ッス」
純血公国ネザーレには、初代勇者の一党員だったリアルイーザ女史が眠っている。
鮮血大公リアルイーザ。勇者一党の魔法戦士枠で、ラリス・ネザーレの公式設定で勇者との間に子孫を儲けた御仁である。
しかし、彼女は勇者の死後に何かしらあって昏睡状態に陥ったという。以降、彼女は城の奥で長い眠りについているそうだ。
常夜の世界。吸血鬼の国。そして、英雄の眠る街。
仲間の吸血鬼を救うべく、俺達は暗夜のネザーレへと足を踏み入れるのであった。
お ま た せ
本当にお待たせしました!
やっっっと情報出せる! もう少ししたら見れるもの見せられますからね!
というわけで今冬発売です!
続報をお楽しみに!