【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 最初だけ三人称です。
 よろしくお願いします。



眠れぬ城のロリ(上)

 純血公国、地上部。

 平和だった白昼のネザーレは、未曾有の危機に直面していた。

 

 異変は突然はじまった。

 突如として湧き出た赤黒い霧がネザーレの空を覆い尽くし、次いで外へ繋がる城門全てを物理的に遮断したのである。

 覆われたのは空と門だけではなかった。本土である暗夜のネザーレに繋がる塔全体が霧に覆われ、中から謎の獣が出現し、街の人々を無差別に襲い始めたのである。

 あまつさえ、その獣は食らいついた獲物を貪るでもなく殺すでもなく、塔のある方……霧の中へ連れ去っていったのである。見た目も大きさも異なる獣の群れが、だ。

 野生の獣群でも、人類抹殺を本能とする魔物でもあり得ぬ習性。故に、余計に、人々は恐怖した。

 

 当然、白昼のネザーレは阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 第一の犠牲者は衛兵だった。真面目に塔を守護していたら背中から噛みつかれ、訳も分からず霧に消えた。第二の犠牲者は冒険者だった。事態を認識する前に大量のネズミに群がられ、団子となって運ばれた。第三、第四、第五第六第七第八……。

 あっと言う間に地獄の完成である。

 

 ネザーレ民にとって不幸だったのは、衛兵の初動が遅れたことだ。

 地上を守る衛兵は地下と違って獣――飢喰徒の脅威に晒されておらず、またこういった緊急事態にも慣れていなかった。

 当然として、そんな衛兵では混乱する市民を抑えること能わず、悲鳴と怒号によって被害は加速していった。

 

 幸いだったのは、この街にも迷宮ギルドがあり、少数ながら飢喰徒に対抗できる冒険者が滞在していた事だった。

 ここでギルド長は果断さを発揮し、ネザーレの許可を取らずに冒険者依頼を出して飢喰徒へ対処してみせた。

 冒険者の活躍もあり、第一波と呼ぶべき恐慌を収める事には成功した。脅威が退けられれば衛兵も健常に機能し始め、混乱していたネザーレ民も落ち着いていった。

 

 そして、現在。

 獣が跋扈し、狩人が獲物を捜し、街は荒廃し……。

 飢喰徒狩りの夜が始まった。

 

 

 

 人気のない路地裏を、半吸血人の少女が駆けている。否、逃げていた。

 服は乱れ、全身に土埃がついている。避難する人混みに流され、踏まれ、逃げ遅れたのである。

 彼女の背後からは、犬ほどある赤黒いネズミが追ってきていた。その数は一匹二匹では足りない。さながらネズミの雪崩の様。

 ネズミ飢喰徒の群れが、一人の少女を襲っているのだ。

 

「痛ッ! いだぁああああ!?」

 

 その時だ。半吸血人は追いついてきたネズミに足を噛まれ、転倒した。うつ伏せになった少女に大量のネズミが殺到する。

 激しい痛み。引っ張られる、押されている。身体が地面を擦っている。ネズミの群れに運搬されているのだ。あの得体の知れない霧の中へ。

 

「いや! いやだ助けて! やだやだやだ! ジェンカ! 助けてぇええええ!」

 

 おぞましいネズミに群がられながら、精一杯の勇気を発揮した少女は何処かの誰かに助けを呼んだ。

 何度叫んでも届かなかった。それでも今度こそ誰か助けてくれると信じて。だが、今この街の衛兵に、少女一人を救う余力は存在しなかった。

 

「やだやだやだやだ! 死にたくっ、食べられたくない! 嫌ぁあああああ!」

 

 間違いなく、少女は不運であった。

 同時に、少女は幸運だった。

 地獄と化したネザーレに、地獄耳を持つ天使がいたのだから。

 

「ん、今助ける」

 

 光条。少女を引きずっていたネズミが打ち抜かれ、続く光の線が次々と周囲の獣を貫いていく。

 警戒するように少女から離れたネズミだったが、その足は宙を掻いた。少女以外、ネズミの群れが浮かび上がったのだ。

 そして、ぐしゃりと。まるで透明な腕で握りつぶされたかのように圧縮され、呆気なく霧に溶けていった。魔物と異なり、飢喰徒には各種抵抗力が存在しないからこそできる芸当だ。

 

「無事? 意識ある? 治癒は……した方がよさそうだね」

「て、天使様……」

 

 少女の頭上から声。見上げた先、そこに天使がいた。

 光輪を頂き、翼を広げて舞い降りる姿は、まさしく理想的な天使像そのものだった。

 

「ん、治療した後、避難させる。自力で歩くか【念力】で運ばれるか、選んで。とりあえず……【中治癒】」

「ありが……え? じゃあ運んでワァ……!」

 

 言うが早いか天使の【念力】で浮き上げられた少女は、透明な王子にお姫様抱っこされているような恰好で高速移動し始めた。

 流れる景色、さっきまで少女が日常を送っていた街は荒廃していた。散乱する瓦礫に、誰の物かもわからぬ靴や踏みつけられた人形が落ちている。

 ほどなくして、少女は迷宮ギルドのある転移神殿に連れてこられた。その中には、少女と同じ境遇と思しき避難民が大勢収容されていた。

 

「オリヴィア! よかった無事で! もう会えないって思って!」

「ジェンカ! ジェンカこそ!」

 

 神殿の中で、少女は避難中にはぐれた友人と再会した。安堵感が広がると同時、両眼から涙が溢れた。

 

「ん、今他の避難所にいる天使から【念話】が届いた。あっちは無事だって」

 

 二人の視線の先、件の天使――“射貫く天眼”のレノは、ギルド職員に諸々報告していた。

 各種便利権能を持つ天使族は、こういった窮地にこそ活躍していた。

 

「ん、皆は何処……?」

 

 報告を終えたレノは転移神殿を見渡し、家族しか気づけぬくらい僅かに眉をしかめた。

 空気が悪い。治療院は戦場のようであり、あちらこちらでギルド職員が駆けずり回っている。そもそも規模の小さい転移神殿に避難民を収容している都合上、冒険者と一緒にいる事で一般人はストレスを抱えているようだった。

 要するに、いつ不満の種が爆発してもおかしくない状況なのだ。

 

「あ? 今てめぇ何つった? 鉄札風情が調子乗ってんじゃねぇよカスが!」

「下等種族が分を弁えろ! 貴様。ここが誰のお膝元か分かっているのか!」

 

 かと思えば、冒険者同士で武器を構えて喧嘩を始める始末。それを見た避難民が怯えている。

 さて、どうすべきか。そう思考するレノの視界に、二束の黒髪が映った。

 

「クソボケがぁーッ!」

「「ゴボーッ!?」」

 

 二の打ち要らず。冒険者の間に割って入った麒麟少女――ユゥリンが、一人一打をぶち込んで物理的に喧嘩両成敗したのだ。

 次いで倒れ伏す二人の頭を踏んづけ、これみよがしに大きく息を吸ってみせた。

 

「雑魚が! お前等は黙ってワタシ等強者の言うこと聞いてりゃいいんですよ! 文句があるならかかってこい! いくらでも相手になってやりますよ!」

 

 麒麟族の種族特性――よく通る声――を使いながら、銀細工の武威を容赦なく放射するユゥリン。

 そして、転移神殿の一角をピッと指差し……。

 

「グーラさんがね!」

「えっ、えぇ? ボクですか!?」

 

 注目がシフトする。ユゥリンが指差した方に、飢喰徒との戦いで疲れた身体を休めているグーラの姿があった。

 彼女の傍らには、大きく分厚く重い鉄塊の如き剣が立てかけてあった。あれで斬られたらミンチより酷い事になるだろう。

 

「あ、あの少女が“炎雷”のグーラ……! ジョージの肉屋を一日で在庫切れにし、瓦礫を投げて掃除したと噂の!」

「地面を殴って地震を止めたとも聞くぜ!」

「おいやべぇよやべぇよ……! こっち見たよ! 目ぇ付けられちまったよぉ! お、オレ等このまま死ッ……死んで!」

 

 一見して人畜無害そうな美少女である。だが銀細工だ。グーラと剣を交互に見た人々は、一斉に目を伏せた。グーラは耳を伏せた。

 ともかくとして、この場の治安は暴力によって保たれているのであった。全てユゥリンの計算通りである。お前それでも瑞獣かよ。

 

「おう皆! 戻ったぜ!」

「ユゥリンも派手にやっとるのぅ」

 

 そんな光景を眺めていたレノの耳に、仲間の声が聞こえてきた。シャロ&イリハの便利枠コンビだ。

 外に行っていた彼女等は、衛兵と協力してネザーレを覆う霧を調べていたのである。

 

「ん、どうだった?」

「ぜ~んぜん、どっちもダメだったな。解析できねぇからルーンの描きようがねぇよ」

「同じく。そもそもあん中には氣がなかったしのぅ」

 

 草薙のロリ達は、自然とグーラのいるテーブルに集まって、ロリ同士で状況を擦り合わせた。

 現在、飢喰徒の発生は減少傾向らしい。その隙を突いたネザーレ兵が塔の霧に入って調査したところ、中の異境には飢喰徒が跋扈していたそうだ。

 

「ん、ならそれ攻略すれば解決?」

「かもしれねぇが、そうじゃねぇかもしれねぇ。何とも言えねぇってのが本音だな」

「今は丁か半かの賭けでしかないのぅ」

 

 実際のところ。今は何の手がかりもないので、異境の深奥に殴り込んでも解決するかどうか分かっていない。

 地上に少数配置されているネザーレ騎士は何か知っていそうで、最初に霧の調査を言い出したのも騎士だった。

 

「……入ってみるべき、だと思います。あからさまに怪しいですし、攻略すれば霧が晴れてご主人様と合流できるかもしれません」

 

 そんな中、グーラはこちらから異境攻略を申し出ることを主張した。

 ネザーレ騎士を含め、この街の最高戦力は自分達だ。なら、率先して強者の義務を果たすべきではないか。

 これにはレノが同意していた。とにかく主人と合流したいのだ。

 

「仮に攻略するにしても、だからってワタシ達が行くべきではないですね。まずはこの国の騎士にやってもらって、それでも無理なら最後の最後に出るべきかと。ワタシはリキタカさんの指示以外じゃ動きませんよ」

 

 対し、ユゥリンは霧に入るべきではないと主張した。

 どこまで行っても自分達は外様の身。盟主がいない今、勝手に行動すべきではない。どだい死んだら主人が悲しむ。

 これにはイリハが同意していた。主人と合流したいのは同じだが、今は待つべきであると。

 

「ん、時間との戦いかもしれない。マスターがピンチかも、しれない」

「そうです。なら、他より強いボク等が率先して行かないと被害は増す一方です」

「なら、尚のこと温存すべきだと思いますよ。こういう時、せこせこ動き回るのは雑魚の仕事。最高戦力はいつでも動けるように中央で構えるものなんです。いざという時に疲れて戦えませんでは本末転倒でしょう?」

「じゃな。実際、ここもユゥリンがいるから何とか保たれとるんじゃし」

「で、でも、わたし後悔したくない……」

「気持ちは分かりますが、退いても進んでもどうせ後悔はしますよ。取るべきリスクと取るべきでないリスクを考えるべきで、今はその天秤が無い状況なんです」

 

 二つの主張がぶつかり合い、これまで一致団結していた草薙の剣が分断されていた。

 グーラもユゥリンも根っこは割と陰キャである。喧嘩を嫌う性質上、激しい口論になる事はなかったし、互いの言い分にも一定の理解があった。

 同じく、両者とも無自覚に錯乱していた。グーラは獣の帰巣本能に振り回されて、ユゥリンは心根にある身内最優先思考が先走っている。レノとイリハも内心穏やかではなかった。

 

「なるほどなぁ。お前さん等の言いてぇ事ぁよ~くわかったぜ」

 

 その中で、唯一冷静なのがシャーロットだった。

 歳の功というのもあるが、慌ててもしょうがないという諦めの境地にも至っているのだ。だからこそ、自分がしっかりしなくちゃなと状況を俯瞰しながら決意した。

 

「なら、こうしようぜ!」

 

 ぱしんと柏手一つ、

 ロリエルフがロリの注目を集めた。

 

「まず、意見が割れてる時点でどっちかに偏るのはダメだ。気持ちバラバラで迷宮行けるか? って話だぜ」

 

 現状、異境の中も何もかも分かっていないのだ。メンバーも足りていない、情報も足りていない。ないない尽くしで何ができよう。

 入って解決するかどうかも分からないのに、そこに全賭けするのはリスクが高すぎる。

 

「まぁでも何もしねぇのは辛ぇよな。だからさ、今は冒険者らしく依頼に専念しようぜ。アタイとイリハは調査を続ける。レノは逃げ遅れた避難民を見つけて、いざって時はグーラが出張る。そんで此処にユゥリンがいるから、安心して帰ってこれるってなもんだろ」

 

 それはそれとして、グーラの気持ちにも寄り添う。

 グーラとレノは困ってる人を見捨てられないし、待ってるだけってのは辛すぎる。何かしてないと不安なら、何かすればいいのである。

 

「で、誰かに手伝ってくださいって言われたら、そん時ぁ自分等の身を最優先に出来る範囲で手伝うんだ。亭主殿も言ってんだろ、ご安全にってな。それによ」

 

 言葉の途中、皆を見渡す。

 タカ派もハト派もなく、不安な顔をしていた

 そんな皆を励ますように、最年長のロリはあえて軽い口調で言葉を継いだ。

 

「亭主殿なら、きっとすぐに解決してくれるさ。アタイ等に再会する為にな」

 

 確かに、という納得感があった。

 そもそも、我らが主が入ってからこうなったのだ。何かやらかしたか、何かに巻き込まれたかしたに違いない。

 いずれにせよ、いつものように暴力で解決しそうではあった。

 

「そうですね。少々、冷静ではありませんでした。すみません、ユゥリン」

「いえ、有意義な議論でした。お付き合い頂き、ありがとうございます」

 

 別に喧嘩していた訳ではない。グーラとユゥリンはお互い頭を下げ合って終了である。

 陰キャも陽キャもない。草薙の剣は根本的に自分に自信がないのである。けれど、自分は信用できずとも、主人への信頼には確固たるものがあった。

 

「でもまぁ……」

 

 ああも楽観的に言ってはみたが、無性に酒が呑みたくなる酒カス森人なのであった。

 

「呑まなきゃやってられねぇや」

「ビールくらいならいいんじゃないですか? すみませ~ん、何か適当にお酒とおつまみ下さ~い!」

「や、ここ避難所。配慮すべき」

「負の感情しか生み出さないバカ共なんざ無視すりゃいいんですよ。ワタシ達には義務相応の権利があります」

「うぅむ、ラリス思考とクーシェン思考が変な融合の仕方をしておる……」

「……一理はあると思います。腹が減っては戦はできませんからね。実はボクもお腹空いてたり」

 

 そんな訳で、ロリ達はロリ達で危機に対処しているのであった。

 

 

 

 

 

 

「死に晒せやクソボケがぁああああッ!」

 

 一撃、聖なる炎を灯したメイスを振り下ろし、ミノタウロス型飢喰徒の頭を粉砕する。頭蓋を割られた飢喰徒は血をまき散らして霧の中に溶けていった。

 

「ムカつくなぁ! 殴りてぇなぁ! ぶっ殺してやりてぇなぁあああッ!」

 

 二撃。噛みつこうとしてきたブタ型飢喰徒の口にメイスを突っ込み、先端に突き刺したまま地面に何度も叩きつける。

 

「今死ね! すぐ死ね! 骨まで砕けろ! 魔法なんぞ! 使ってんじゃ! ねぇえええええっ!」

 

 両手で握ったメイスを振り回し、魔法を使ってきた飢喰徒の頭を叩き潰した。

 幽界内の飢喰徒と異なり、今戦ってる奴等には肉の感触があった。血が出るなら殺せるのである。次殺したら次。まだ殺す、まだまだ殺す。こんなんじゃ俺の心は満たされない。だから俺は街に湧き出た飢喰徒共を殺し続けた。

 

「ご主人、ここら一帯の飢喰徒は逃げてってるらしいッスよ! 後ろの手伝いに行くッス!」

「落ち着きなさい、アナタ」

「フゥーッ! フゥーッ!」

 

 その時だ。上空を飛んでいた二人の声が聞こえ、昂っていた気が落ちついていった。我に返った頃には、既に周囲の飢喰徒は全滅していた。

 危ない危ない。ロリコンでなければ即死だった。今の俺の仕事は撤退戦の支援なのだ。

 

「つっても逃げてない奴もいるけどなっと!」

 

 下がっていく味方の援護をしながら、初めて幽界に行った日の事を思い出す。

 今こうして俺が駆り出されているのには、理由があるのだ。

 

 結論から言うと、俺達を含めた暗夜のネザーレにいた人達は謎の霧によって閉じ込められてしまった。

 地上との連絡が取れなくなっただけではなく、玄関口たる塔から大量の飢喰徒が湧いてでるようになったのである。

 あまつさえ、霧から出た飢喰徒は襲った人を食うのではなく、霧の中に運ぼうとするのだ。救出できた人もいるが、結構な人数が連れ去られてしまった。

 故に、ネザーレ兵は塔を包囲する形で陣を敷き、これ以上外に飢喰徒が出ないようにしているのである。

 

「しゃあああ!」

 

 でもって、俺の気がおかしくなってるのも理由がある。

 一つは地上にいるグーラ達に会えないストレスだ。会いたくて震えるんじゃなく会いたくて暴れるのが俺です。はっきり言ってそれロリコンという名の病気だから。

 二つ目は、俺が幽界に入った事でイレギュラーが起こったんじゃないかという不安。根拠のないオタク的な先読みが俺自身を責め立てる。

 

「撤退! 撤退! イシグロ殿も下がってください!」

 

 飢喰徒の群れを追い払ったところで、俺達はラドゥ騎士団と共に陣地に戻っていった。

 空の真ん中では、赤い満月が静止している。あれが浮かび上がって以降、俺達は戦い通しだった。

 暴れたい気持ちと休みたい気持ち。休もうと思っても休めない。尖兵戦を経験していなければ、早晩倒れていたように思う。それくらいには過酷な戦いだった。

 

「助かりました、イシグロ殿。どうぞお休みください」

 

 避難民を護送し、ラドゥ侯爵の司令部に到着する。そこでは顔馴染みとなった騎士団の吸血鬼達がいた。

 皆、連戦に次ぐ連戦で自慢のイケメンフェイスに疲労の色が刻み込まれている。物魔攻守に優れる優秀な吸血鬼族には、総じて燃費が悪いという弱点があるらしかった。

 

「血だ。血が足りねぇ……」

「今は節約する必要がある。もっと丁寧に立ち回れ」

「けどよぉ、あの時は思い切りつかわねぇと守れなかったからよぉ」

 

 どうやら、騎士団は血不足に陥っているようだ。

 吸血鬼にとって、血の不足はその他の人類にとっての食糧不足と同義である。戦えばガンガン消費する都合上、かなり辛そうだった。

 当然、備蓄血なるモノはあるようだが、それらは負傷兵に優先されている。他の騎士は飯を食って休憩し、自家造血しているのだ。

 

「よう新入り、戦場では大活躍だったようだな。うちの騎士団より元気そうじゃねぇか」

「キャプテンもご無事で」

 

 別の戦線で戦っていたドラグーシュさんから、現在の戦況を教えてもらう。

 何故か今の飢喰徒は塔周辺で屯ッてるらしく、最前線では膠着状態が続いているそうだ。

 また、ラドゥ騎士団の団長は霧の中――つまりは幽界を調査中との話だった。

 

「明らかに飢喰徒の質が上がってやがる。オレ達ぁまだ大丈夫だが、他の家はどうだろうな。当主が出ねぇせいで騎士自体の数も減ってるみてぇだしよ……」

 

 聞くだに戦況は良くないようだ。飢喰徒が一斉に攻めてきたら、ラドゥ家は大丈夫でも他が崩れる。そうするとネザーレ全体に被害が広がってしまう。したらゲームオーバーだ。早急な対処と解決方法の究明が求められる。

 その時、ふと思い出した事があった。

 

「城から増援が来るとの話でしたが」

「ああ、そのはずだが……遅ぇな」

 

 騎士が戦っている中、ラドゥ侯爵はリアルイーザ城に援軍を求めに行ったのだ。

 時間的に、そろそろ戻ってもいい頃だと思うのだが……。

 

「偉大なる真祖共はリアルイーザ城に引きこもっておるよ」

 

 背後から声。ラドゥ侯爵が気持ち速足で司令部に入ってきた。

 敬礼しようとする騎士達を手で制する。お耽美なラドゥ侯爵の美貌は、能面のような虚無を湛えていた。

 

「よほどに真祖が食われたのが恐ろしかったようだな。彼奴等め、この期に及んでなお幽界を恐れておる。後々包囲に加わるとの話だったが、最低限の守りにしかならぬだろう」

「そんな……」

 

 侯爵の話を聞いて、俺の中に何とも複雑な感情が湧き出てきた。

 憤慨というか何というか、君等はそれでいいのかと言う気持ち。有事に力を発揮できない軍事力に何の意味があるのだろう。

 少なくとも、俺と共に尖兵戦を生き抜いた人達ならば、誰より先に前線に向かっていたはずだ。彼等彼女等と比べると、情けないにも程がある。

 

「代わりに城に置いてあった血を持てるだけ持ってきた。質は大した事はないがな」

 

 続いて入ってきた屋敷の使用人達が騎士達に赤いポーション瓶を配っていく。

 ひとまず、血不足は解消されたとみていいだろう。

 

「本当に、イシグロ殿がいてよかった。貴殿の血がなければ今頃死んでいた騎士もいよう」

「いえ……」

 

 続く侯爵の言葉を、俺は素直に受け取る事はできなかった。今の今まで最前線で戦ってた理由には、少なからず罪悪感があったからだ。

 俺がネザーレに来なければ、俺が幽界に入らなければ、あるいは彼のオオカミ型飢喰徒を殺しておけば、こうはならなかったのかもしれない。確証はなく、確認の取りようもなく、責任を負うべきではないとは分かっているのだが、今回のこの騒動は俺が招いた惨事かもしれないのだ。

 所詮、かもしれない思考。考えたって仕方ないが、しつこい油汚れのように俺の脳裏にこびりついて離れない。

 

「ダ……リキタカはん、ラドゥ侯爵も」

 

 にわかに活気が湧いてきた司令部に、鈴の音のようなロリの声が響く。

 開かれた扉から、ゴスロリ姿のヘカテーニャと助手のベアトリスさんが入ってきた。

 

「こちら、頼まれとった飢喰徒特効薬です。理論上は完成しましたが、これが実戦で使い物になるかどうかは未知数です」

 

 歩み寄ってくる二人。ベアトリスさんは箱に入っていたポーション瓶を侯爵に献上した。

 俺達が戦っている間、ヘカテには飢喰徒への対策アイテムを作ってもらっていたのだ。これまでネザーレの学者が出来なかった事を短時間で出来ちゃうあたり流石である。

 

「ふむ。どれほど作れる?」

「かなり少数になります。なにぶん素材が稀少なので、上等品からやないとこのレベルのは造れへん状態です」

「で、あるか」

 

 作ったのは飢喰徒特効の液体だ。武器に塗ってエンチャしたり、直接ぶっかけて使うのを想定している。理論上、一兵卒でも飢喰徒を倒せるようになるくらいの効果があるらしい。

 だが、その素材は血である。ネザーレにおいて、血は治癒薬であり食糧なのだ。そんな状況で、この特効アイテムは費用対効果に見合うものだろうか。

 

「侯爵、私の血であれば、いくらでも献上したく存じます」

 

 無いなら有るところから持ってくるべきだ。俺から血を採取し、特効薬に使うなり治癒薬に使うなりすればいい。

 なに、血なんていくらでも湧いてくる。俺は前世でも積極的に献血してたしな。これで助かるロリがいるなら、いくらでも。

 

「申し出はありがたいが、そうそう貴殿の稀血を使う訳にもいくまい」

 

 と思ったのだが、やんわり止められてしまった。

 所詮は量産可能な代物である。困っているなら採っていけばいいものを。あるいは、俺の血の効果を知っているからこそ気軽に使えないのか。

 

「貴殿はラリスの民である。いざとなったら民から徴収するのが慣例だ。血の献上はネザーレ民の義務であるからな」

 

 曰く、吸血鬼以外のネザーレ国民は定期的に血を提供しているらしい。血の質によってランクが決められ、最高ランクの血を持つ民は色んな優遇措置が受けられるそうだ。

 避難民は一ヵ所に集められている。足りなくなったらそこから集める、と。

 それでも、ラドゥ侯爵には葛藤が見受けられた。実利の事を考えるなら、俺から貰った方が良いのは分かっているのだろう。

 

「閣下! お戻りでしたか!」

 

 その時。また声がかかる。今度は騎士団の団長だ。彼の鎧はボロボロで、見た感じ体内魔力もすっからかんだった。

 ドラグーシュさんによると、団長は幽界の調査に向かっていたはずである。戻ってきたという事は、ある程度情報を持って帰れたのだろう。

 

「では、別室にて報告を聞こう」

 

 ややもせず。

 司令部にある会議室。その場にいた面々は、ラドゥ侯爵と席を共にしていた。

 この問題を解決する為の、作戦会議の為である。

 

「それでは、ご報告いたします」

 

 団長が報告を始める。調査の結果、案の定塔周辺の霧は幽界になっていたそうだ。

 件の幽界は極めて過酷な環境らしく、出現する飢喰徒はどれも強力。無念にもラドゥ騎士団員に犠牲が出たそうだ。

 また、幽界の中に飢喰徒に連れ去られた犠牲者は見つからなかったという。

 

「一度の侵攻で三度入った幽界ですが、その内部は潜る度に変化しておりました。以前のように、班を分けての攻略はできません。また、一党が潜っている間は他の者等は入れぬようです」

「待て、飢喰徒に連れ去られた者がいるだろう」

「ええ。何か向こう側で明確な線引きがされているようで……」

 

 また、幽界には前例通り六人一党でしか侵入できないようだった。

 以前までの幽界と異なっているのは、入る度に構造を変えていたところだ。迷宮で例えると、最上位迷宮に近いか。これに関しては直前の幽界がそれに近い事が起こったので、一同に驚きはなかった。

 

「厄介な事に、我等が撤退した後から、飢喰徒共は塔の周りを守るような動きをみせております」

 

 言いながら。団長は地図に書かれた塔周辺をくるくると指で指し示す。

 調査隊が出て以降、飢喰徒達は幽界への侵入を拒むように防御陣を形成しているらしい。

 

「観測班によると、塔の霧は拡大を続けており、このまま放置すれば遠からずネザーレ全域が呑まれる見込みです。その前に幽界を踏破せねば、我々は……」

 

 泣きっ面に蜂というべきか。現在進行形で霧は広がっていて、少しずつネザーレを侵略しているそうだ。

 原則、濃い霧の幽界は凶悪な飢喰徒を生み出す。その理屈でいくなら、放置すればするほど難易度が高くなり、攻略が難しくなり、最終的に手を付けられなくなる可能性を否定できない。

 

「現状では、これを攻略するしか窮地を脱する方法はありません。閣下、如何いたしますか」

 

 幽界の仕様通りなら、深奥にいる主を倒せば霧は消える。

 最早、残された選択肢は攻略しかないだろう。

 

「……城からの支援は期待できぬ。準備が整い次第、私が出よう」

 

 数秒の沈黙の後、ラドゥ侯爵は決然とした口調で言い放った。

 ラドゥ侯爵の目は、一人の戦士に切り替わりつつあった。

 

「侯爵! であれば私も……」

「いいや、今の貴様では足手まといだ。下がっておれ」

 

 同行を願い出る団長だったが、当の侯爵にたしなめられていた。

 実際、今の団長は精神力だけで立っている状態に見える。肉体は血で治っても、精神はズタズタだろう。これでは幽界の攻略はできそうにない。

 

「しかし、では誰が閣下の供を」

「残った騎士に加え、志を同じくする同胞を連れて行く。ミカラ夫妻ならば応じてくださるはずだ」

 

 幽界の攻略には、これまで侯爵と共に飢喰徒を討滅してきた貴族を連れて行くつもりらしい。

 順当だと思う。実際、侯爵はこの場の誰より強いしな。他の貴族はどうか知らないが、侯爵と同じくらいの強さなら純粋暴力で何とかなるかもしれない。

 けれど、幽界は強いだけで攻略できるものではないと言ったのは侯爵である。

 なおも言い募っている団長の言葉が途切れたところで、俺は口を開いた。

 

「恐れ入ります、侯爵。その幽界入り、私どももご一緒させていただけますでしょうか?」

 

 侯爵の、騎士達の、団長の鋭い視線が突き刺さる。

 怯みはしない。これについては皆と相談済みなのだ。俺達がやらねば誰がやるまである。

 

「貴殿にネザーレを守る理由はなかろう。ここは我等に任せておれ」

 

 対し、ラドゥ侯爵は厳しい顔だ。

 自領を守るのが貴族の誇りと豪語していた侯爵である。そんな彼からすれば、これ以上俺に頼る訳にはいかないのかもしれない。

 

「侯爵に貴族の誇りがあるように、自分にも盟主としての意地がございます。ここで戦えぬ者に、草薙の剣の盟主が勤まるでしょうか」

 

 現実的に、俺は後方で戦える血液タンクやってた方がネザーレに貢献できると思う。

 けど、意地があんだよ男の子には。まぁそんなカッコいいもんじゃないし、もっと弱者っぽい理由のが大きいんだけどね。

 

「それに、私はラドゥ侯爵の友人のはずです。この世に友の窮地に駆け付けぬ男がおりましょうか」

 

 建前と本音を絡めた言葉である。少なくとも、嘘は吐いていない。

 俺の発言に、やがて侯爵は張り詰めていた表情筋を緩めていった。

 

「……然るべきであるな」

 

 それから、貴族の顔に戻ったラドゥ侯爵は会議室を見渡した。

 

「幽界には六人一党の編成で赴く。私、イシグロ殿、ルクスリリア殿、エリーゼ殿、ヘカテーニャ殿だ。残る一人は、ここにいる者を連れて行く」

 

 残り人数は一人。俺や団長の他に、自ら立候補する者はいなかった。

 ただそれは、城で引きこもってる吸血鬼とは思惑を異としている。

 吸血鬼騎士の瞳は、戦意に赤く燃えていた。

 

「ドラグーシュ、貴様を連れて行く。貴様ならイシグロ殿と連携が取れるだろう」

「御意!」

 

 指名されたドラグーシュさんは、その場で跪いてみせた。

 ずいぶんと誇らしそうな顔をしている、侯爵の役に立てるのが嬉しいんだろう。

 

「私はイシグロ殿と話がある故、貴様等は下がっておれ。命あるまで誰一人ここへ踏み入ることを禁ずる」

 

 その後、細かい作戦を詰めてから、ラドゥ侯爵は騎士達を下がらせた。

 部屋に残ったのは俺達一党と侯爵だけ。足音が遠ざかっていく中、イケメン侯爵は腕組みしながら沈思黙考しているようだった。

 

「……私は貴殿を誤解していたようだ。上からの命令に従順な、英雄の力を持っただけの騎士気質だと。しかし、貴殿の胸には紛れもない英雄が生きているのだな」

 

 言いながら、収納魔法に手を突っ込む侯爵。

 そこから取り出したのは、婚約指輪が入ってそうな小さな箱だった。

 

「始祖の血だ。私が見届け人となる。使うといい」

 

 始祖の血。それを聞いた瞬間、草薙の全員がその箱を凝視した。

 ぱかりと開かれる。小さな小さな瓶の中に、一滴ほどの赤い液体が入っていた。

 小瓶越しにも、凄まじい魔力を感じる。始祖の血とは、それくらいの代物だった。

 

「イシグロ殿を縛る為、然る後に渡す予定であった。共に戦うのだ。使ってもらうぞ、今この場で」

 

 白状するように思惑を吐露し、箱ごと俺に手渡される。

 俺は隣で呆然としているヘカテーニャの手に始祖の血の瓶を握らせた。

 

「は、はいぃ……!」

 

 当のヘカテの手はブルブルと震えていた。落としそうで怖い。

 始祖の血は吸血鬼族を真祖に変える進化アイテムであり、ヘカテの寿命を延ばす延命治療薬である。そんな始祖の血を前に、何故か彼女は喜ぶでもなく躊躇っていた。

 

「何に怯えているの? さっさと飲みなさいな」

「変な話、時間がねぇんス。腹ぁきめてグイッといくッスよ」

「でもやな……」

 

 促されても飲もうとしない。緊張するにしても、何か様子が変だ。

 いや、違う、今のヘカテーニャは、研究材料を前に思考を深めている顔をしていた。

 

「……これを素材にすれば、もっと良い魔法薬が作れるかもしれへん。それこそ霧を払えるくらい強力な……」

 

 そうして出てきたのは、この事件を解決に導くための案だった。

 けれども、これも、かもしれないだ。可能性があるなら考えてしまう、ヘカテーニャの職業病だった。

 

「で、ある……か」

 

 そんな彼女の言葉を聞いて、ラドゥ侯爵は珍しく目を丸くしていた。

 数度瞬きして、貴族でも戦士でもない優しい笑みを浮かべてみせた。

 

「痴れ者が。偉大なる始祖の血を実験に使うなど、不敬であるぞ」

「え? はっ、失礼しましたぁ……!」

 

 発言の内容に反し、侯爵の声音は優しさに満ちていた。

 自分の延命より先に、人々を救う方法を考えてしまう。そんなヘカテの善性に感服したようだった。

 

「ヘカテ、俺からも頼む。強くなるってのもそうだけど、今ここでヘカテの悩みが減ってくれた方が、俺は憂いなく戦えるようになるからさ」

「そ、そやな。もう四の五の言っとる場合ちゃうもんな。ほな、いただきます!」

 

 気合一発、えいやとばかりに栓を抜くと、俺にも分かるくらいの魔力が香ってきた。

 ホントに血なのか? ワインみたいな匂いがする。そうして封印を解いた始祖の血を、ヘカテは一滴口に入れ……。

 

「んぐっ!? う、うぐぁああああああああっ!」

 

 ドクン、と。

 次の瞬間、他者の耳にも聞こえるほどの心音が響き渡った。

 彼女の痩身から目に見える赤黒い魔力が噴出し、周囲の椅子や机を吹き飛ばしていく。

 

「ヘカテ!?」

「イシグロ殿、これは真祖へと至る際に起こる現象だ。何も問題はない」

 

 取り乱しそうになったが、侯爵に言われて冷静になる事ができた。そうだ、今さら侯爵が俺を騙す理由などないはずである。

 やがて魔力はヘカテの身体を中心に膜を形成し、血を固めたような深紅のエネルギーフィールドと化した。

 次いで赤黒い魔力膜に縦一文字の亀裂が生じる。隙間から緋色の光が漏れていき、ガラスが割れるような音を伴って部屋が光に包まれた。

 

「うおっまぶし!」

「……へぇ? 魔力の質が変わったわね」

 

 光が収まると、そこにはさっきと変わらぬヘカテーニャの姿があった。

 本当に、これで真祖になれたのか? 見た目に大きな変化はない。髪は灰色で、翼の形も前と同じだ。

 

 ゆっくりと、瞼が開かれていく。

 瞬間、彼女の身体から異様な力……強者特有のオーラが解き放たれた。

 風もないのに髪が靡いている。前より大きく翼が広がる。煌々と輝く紅の瞳には、確かな理知の光があった。

 

「……ふぅん? こんな感じかな」

 

 常と変わらぬヘカテの声。漏れていた魔力が魔血となり、掌の上に凝集していった。

 渦を巻いた魔血が形を変える。円環となり、無限大記号となり、ぐねぐねと絡まって圧縮されて、やがて緋色の火球になった。

 

「これを……こうか?」

 

 それを、握りつぶす。

 火の粉のような魔力が会議室に舞い散って、霧散する事なくヘカテの翼に還っていった。今の彼女は、真祖の名に恥じぬ威容を放っていた。

 そして、真祖となったヘカテーニャが口を開き……。

 

「……燃費悪いな、この身体」

 

 と、言った。

 

「確かに出力は凄いけど、ちょっと使おう思っただけでドバッと出てまう。魔力の通り口がデカ過ぎるんや。これ下手に前と同じ感覚で使ったら大惨事やな。今は大魔法の方が扱いやすいか? いやでも出すだけやったらそこまで問題ないか。中継器を通して、それこそエメスアルマでええか。種族特性は後々に検証するとして……」

「ヘカテ?」

 

 声をかけると、真祖と化したヘカテがこっちを見た。すると、ちょっと恥ずかしそうに赤面した。

 

「すみません。真祖になって、舞い上がってしまいました」

「よい。力は使う為にある。存分に確かめよ」

「なんか本気モードん時の淫魔女王みたいッスね」

「前よりも鮮やかな色をしているわ。純度も高く、澄んでいる。いい魔力ね」

 

 侯爵のお墨付き、ヘカテーニャは間違いなく真祖になっているそうだ、

 その時、俺の心に安堵感と使命感がドッと押し寄せてきた。

 俺、帰ったら真祖と結婚するんだ。

 

「これならウチも足手まといにはならへんな! 新生ヘカテーニャ、皆の為に頑張らせてもらいます!」

 

 ギュッと握った拳の隙間から、赤黒い魔力が舞い散った。とても力強い。

 こうして、ヘカテーニャの寿命問題が解決し、俺達のメインクエストが完了した。

 あとは帰るだけ。家に帰るまでが冒険だ。

 

 

 

 

 

 

 作戦会議から二刻ほど経ち、各方面への連絡も含めて全ての準備が整った。

 暗夜のネザーレ。塔へ続く大通りで、馬に騎乗した騎士達が整列している。全員に俺の血入りのワインが配られたので、少なくとも肉体は元気だ。

 

「これより、我々ラドゥ侯爵家は幽界の討滅に向かう」

 

 騎士達の前で、ザ・ドラキュラって服を着たラドゥ侯爵が騎馬したまま檄を飛ばす。

 しかし、その服には戦による傷や汚れが見て取れて、決して優雅な衣装とは言えなかった。それは騎士達も同様だった。

 故にこそ、ネザーレ貴族の誇りを体現していた。戦傷は戦士の誉れである。

 

「ネザーレの危機に、我が友イシグロ殿とその盟友達が加勢してくださる事となった。この場に彼の力を知らぬ者はおるまい」

 

 侯爵の背後には、ガチ武装をした俺達の姿。俺とリリィとエリーゼは、鹿の王たるラザニアの背に跨っていた。

 また、俺の隣にはドラグーシュ氏がおり、一等大柄な青毛馬に跨っている。

 

「幽界は今なお拡大を続けている。これを阻止せねば、我等が故郷は霧に飲まれるであろう」

 

 そして、ヘカテーニャ。彼女は機械仕掛けの首無し騎士――エメスアルマに騎乗していた。

 今現在のヘカテーニャは、ついさっきまでとは雰囲気が異なっていた。見た目は変わっていない。ただ身に纏う雰囲気が、魔力が、言葉にできぬオーラが爆発的に強化されているのだ。

 勘のいい騎士は気づくだろう。ヘカテーニャが真祖になった事に。始祖の血が使われた事に。一世一代の決戦を前に、ラドゥ侯爵が覚悟を示す形となっていた。

 

「貴様等の任務は二つ! 我等を幽界へ送り届け、そして我等が帰還するまで時を凌ぐ事だ! 始祖の加護ぞあれ! ネザーレの未来は我々の手に掛かっている!」

 

 作戦はシンプルだ。

 少数精鋭の部隊で飢喰徒の防御陣地に突撃し、俺達を幽界の中に送り届ける。

 俺達が攻略している間、騎士団は入り口の周辺を死守する。

 時間との戦いだ。前みたいにゆっくり探索している暇はない。

 

「……往くぞ! 全軍、突撃!」

 

 侯爵の号令により、吸血騎馬隊が鬨の声を上げて走り出した。

 走りながら、侯爵を中心に俺達幽界攻略班が騎馬隊に囲まれていく。絶え間ない足音。蹄が石畳を叩き、土埃を舞い上げる。ここからだと分からないが、上から見たら三角形の突撃陣形に見えるのではなかろうか。

 

 ふと、皆の様子を窺う。

 手綱を握るルクスリリアの背中に普段と違うところはない。エリーゼは好戦的に口の端を歪めている。巨馬に乗ったドラグーシュさんは犬歯を剥き出しに笑っていた。

 エメスラルマに乗ってホバー移動するヘカテーニャは、真剣な目をして遠く前方を睨んでいた。気負っている感じはない。

 

「目標、飢喰徒! 蹴散らせぇえええ!」

「「「うぉおおおおおお!」」」

 

 敵味方反応レーダーに感あり、団長の指揮官スキルが発動し、俺達を含めた騎馬隊が真紅のオーラを纏う。次いで飢喰徒と激突した。

 結果、騎馬隊は飢喰徒の群れを蹴散らした。さながら大型トラックで雨を弾くように。鎧袖一触とはこの事か。

 

「前方! 新たに大型飢喰徒出現! 待ち構えています!」

「構わぬ! 粉砕せよ!」

 

 幽界の近くに着くと、報告にあった防御陣地を捕捉した。

 さながら獣の密集陣形。全員敵判定。そんな飢喰徒の群れに、俺達は突っ込んでいった。

 だが、先のように蹴散らせはしなかった。激突の都度、前にいる騎士が代わる代わる左右に分かれ、各々飢喰徒との戦いを開始した。

 

「閣下! 今のうちに!」

 

 塔の根本、幽界の入り口が見えてきた。

 そこには、俺が潜った幽界で遭遇した狼がいた。目が合う。狼は霧の中へ歩いて行った。

 

「ヘカテ先生! どうかご無事で!」

「ベティちゃんもな!」

 

 後方から声をかけられる。勢いそのまま出入り口前で下馬し、俺達は幽界の霧扉を潜っていった。

 

 霧扉の中は、前と同じ一面霧がかった謎世界だった。

 遠くで光が見える。あそこを潜れば幽界だ。

 

「この場の騎士はドラグーシュしかいない故、言ってしまうのだが……」

 

 光の方へ走りながら、侯爵が口を開く。

 その声音には、ちょっと楽しそうな雰囲気があった。

 

「実はな、かつて私は冒険者に憧れていたのだ。迷宮に潜り、美酒に酔い、明日を憂う事なく戦い続ける生活に。今、胸が躍っておる」

「楽しいですよ。迷宮稼業は」

「そうか。それは何よりであるな」

 

 やがて、俺達は光の壁を潜った。

 視界が染まる。瞬きした後、世界が切り替わった。

 

「ここは……」

「前と同じじゃね……ですね」

「よい、ドラグーシュ。ここは戦場ぞ、いつも通りに話せ」

「はっ! あっいや……おう!」

 

 黒い空に、無機質な石の大地。パターン化された街並み。

 辿り着いた幽界は、前に俺が入った廃墟ネザーレだった。

 唯一違うところは、進むべき道が明白なところだった。

 

「あの城に向かえと言っているようだな」

 

 見上げた先、以前に見たミニチュア城が聳え立っていた。

 さながら魔王城といった雰囲気。絶対あそこにボスいるじゃん。

 

「作戦通り、この場はイシグロ殿の指揮に任せる。このラドゥ侯爵を使いこなしてみせよ」

「今はてめぇがキャプテンだ。任せたぜ」

「ああ、行こう。いつも通り、練習通りに、ご安全に」

「「「ご安全に!」」」

 

 こうして、俺達は幽界の攻略を開始した。

 いつもと違うメンバーで。

 

「ドラグーシュよ、ご安全にとは何だ? 冒険者の間ではああいうのが流行っておるのか?」

「さ、さぁ? オレは知らねぇっす」

 

 いわゆるイベント限定のゲスト枠だ。こういうのも嫌いじゃないよ。

 本気出してもOKって契約しといたしな。最早、俺達を縛るものはなかった。

 迷宮潜りの本領発揮だ。




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