【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。凄く励みになっております。
 誤字報告もありがとうございます。感謝しております。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 最後らへん三人称。
 よろしくお願いします。


眠れぬ城のロリ(下)

 幽界の探索は、薄ら寒さを感じる程に順調だった。

 というのも、例によってゴーストタウン・ネザーレには飢喰徒が出てこず例の如くパターン化された家々が立ち並んでいるだけで、危険らしい危険がなかったからだ。

 そのままエリーゼの超感覚が示す道順に従っていくと、前回と同じく徐々に景色がおかしくなっていった。

 

「むぅ、これが報告にあった古代ディング語か。不気味であるな」

「壁一面に“助けて”って書いてあります。前は綺麗な字ぃやったのに、今回はぐちゃぐちゃや」

 

 幽界に書かれた文字は気になるが、時間が惜しい。今も騎士達は外で戦っているのだ。

 程なくして、以前にミニチュア城があった場所に辿り着く。そこには見上げるほど大きな門が鎮座していた。広場に、ポツンとだ。明らかにワープポイント的なアレである。

 

「たぶん転移する。できるだけ近くで、何が起きてもいいようにしててくれ」

「待てイシグロ、ここはオレが開けよう。こん中だとオレが一番弱ぇ」

 

 皆に確認を取ってから、ドラグーシュさんに門を押してもらう。すると、門はあっさりと開いていった。

 瞬間、開けた隙間から真っ白な霧が噴き出てきた。各々身構えるが、死神はやってこなかった。

 視界が塞がれる。門を潜らず警戒を続けていると、俺の感覚は世界が切り替わった事を感知した。

 

 敵はいない。攻撃もされていない。毒やデバフも入っていない。

 やがて、霧が晴れていき……。

 

「ようこそ旅人さん、ここはネザーレの街よ」

「……え?」

 

 気づくと、俺達は賑やかな街の広場に立っていた。

 目の前には吸血鬼族の女性がいて、人懐っこい笑みを浮かべている。周囲を見渡せば、そこは地上……白昼のネザーレに似た街並みが広がっていた。

 広場には件の女性以外にも沢山の人がいた。ただ歩く人、立ち話に興じる人、走り回る子供達。敵味方反応レーダーに感はない。ここは、異世界で見慣れた普通の街のように見えた。

 ゲーマーに分かりやすく例えると、さっきの街が裏世界なら。この街は表世界といったような。

 

「い、イシグロ! こいつらも飢喰徒なのか? 吸血鬼に擬態してるとか、そういう!?」

「分かりません。ですが敵でもない。エリーゼ、どう見る」

「……間違いなく人類よ。個々で魔力の質が違うもの」

「ちょいと探ってみたけど幻影魔術でもなさそうやな」

「生きてる人ッスね。男にも精があるッスもん」

「操られている、という事か。いったい何者が、何の為に」

 

 実際、この街にいる人達には、確かな生命活動が見て取れた。しかし、なんだろう。得体の知れない違和感を覚える。

 ふと、改めて俺達の前にいる女性を見る。彼女は先ほどと全く同じ表情を浮かべ続けていた。

 

「ようこそ旅人さん、ここはネザーレの街よ」

 

 そして、同じ台詞を言った。

 まるで……いやそのまま、ゲームのNPCのようである。

 

 違和感の理由はこれだった。皆、それぞれに与えられた役割を演じているように見えるのだ。

 また、その役割は完全ランダムなようだった。あちらでは四歳児程の男の子が棒を持って兵士のように振る舞っており、こちらでは身なりのいい貴婦人が猫のように丸まって日向ぼっこしている。

 そこには性差も貧富もない、機械じみた平等さと無機質な混沌があった。

 

「なんや、なんやねんこれ……」

 

 耐性のない人からすると、狂気を感じて然るべき光景だと思う。

 ラドゥ侯爵とヘカテは絶句しているし、エリーゼはつまらなさそうに周囲を見渡している。一方、ルクスリリアは目の前の女性の胸を揉みしだきながら「何も反応ねぇッス!」とか言っていた。やめなされ。

 

「グダン! お前グダンじゃねぇか! 生きてたか!」

「ドラグーシュさん!?」

 

 そんな中、突然ドラグーシュさんが駆け出した。

 慌てて追いかけると、彼は騎士鎧を身に着けた吸血鬼男性に詰め寄っていた。

 

「おいグダン! 状況を説明しろ! 何故ここにいる? 捕まって解放されたのか? 何で脱出しようとしねぇ!?」

 

 顔見知りだったようだ。必死に肩を揺するドラグーシュさんに対し、グダンと呼ばれた騎士は無表情である。

 それから、グダン氏はニッコリ笑って。

 

「お疲れ様です、旦那様。今日も良い日ですね」

「あ? 何言ってんだてめぇ? それより閣下に報告を……」

「ドラグーシュ、分からんか?」

 

 ラドゥ侯爵が錯乱するドラグーシュさんの肩に手を置き、ゆっくりと首を振った。

 それから広場を見渡し、言った。

 

「そこら中に、我が領の民がおる。皆、曖昧な状態だ」

 

 洗脳なのか、何なのか。察するに、ここには飢喰徒の被害者が集められ、どういう訳か住民としての役割を演じさせられているものと思われる。

 呆然とするドラグーシュさんが手を離すと、グダン氏は何事も無かったかのように歩き去った。その行動もまた、異様だった。

 

「飢喰徒共に連れ去られてこうなっちまったのか? そ、そんなのぁ生き恥でしか、騎士の散り様じゃねぇよ……」

「分からぬ。ともあれ、死んではおらぬ。助けられる余地はあろう。イシグロ殿、少し時間を頂いてもよろしいか?」

「ええ。エリーゼ、治癒を」

 

 一応、NPC住民にエリーゼのチートヒールをかけてみても、このNPC化は解けなかった。

 その後も色々試してみたが、何も効果がなかった。さながらゲームの攻撃禁止エリアのように、治癒も攻撃も通らなかったのである。

 

「こっちよ。嫌な魔力が流れているわ」

 

 仕方ないので、エリーゼの案内で先を進む事に。

 広場を抜け、大きな通りを歩いていくと、再び霧が立ち込め始めた。

 

「待て、何か来るぞ」

 

 皆を制止する。

 霧の向こうから、以前潜った幽界で遭遇し、この幽界に入る前にも見かけたキメラオオカミ飢喰徒が姿を現した。

 相変わらず敵味方反応レーダーに感はない。実際、俺の勘も敵意はないと言っている。

 

「あれは、あん時の飢喰徒……! ぶっ殺してやる……!」

「けど相手にその気はなさそうッスよ。どうすんスか? ご主人」

「とりま様子を見よう」

 

 警戒を続けながら見ていると、キメラオオカミは踵を返して歩きだした。

 

「誘導しているようね……」

「行くしかあるまい。どのみち後には引けぬのだからな」

 

 はっきり言って怪しいが、今は手がかりがない。俺達はオオカミを追って歩いた。

 やがて、この街に入った時と同様の真っ白な霧が視界を覆い始めた。

 転移か、幻術か、罠かもしれない。俺は右手の黎明剣を握りしめた。

 

 

 

 世界が切り替わる。

 霧が晴れて目に入った光景は、さっきまでいた平和な街とは打って変わって曇天の荒野だった。

 それも、ただの不毛の大地ではない。一部は黒ずみ、一部は不自然に窪み、また一部は真っ赤な粘液が沈着している。

 カッサ荒野の如き、無惨な戦場跡であった。

 

「アレは……ネザーレの塔ではないか?」

 

 ラドゥ侯爵の示した方に、遠く聳え立つ塔が見えた。確かにネザーレの塔に似ている。

 しかし、注目すべきはそこではない。その塔の周辺に、数えるのも億劫になるほど大量の多種多様な飢喰徒が集い、各々が威嚇するように牙を剥いていたのである。

 だが、飢喰徒達は俺達を見ていなかった。一斉に、一様に、雲に隠れた空に向かって敵意を向けている。

 

「上よ! 何かくるわ!」

「召喚術か? いや違うな。見た事ない魔法陣……いやホンマに魔術なんかアレ? もっと気色の悪い何かな気が……」

 

 その時だ。飢喰徒達が睨んでいた空に、幾何学的な魔法陣らしき円が出現し、次いで門を開くようにして縦に裂けていった。

 次いで、裂け目から四体のヒトガタが飛んできた。ソレは翼有る騎士に見えた。弓を持った白騎士、大剣を提げた赤騎士、天秤を掲げた黒騎士、大鎌を担いだ青騎士。どれも上位迷宮の主以上の力を持っているように感じられる。

 四体の有翼騎士が魔法陣の周囲を跳び回ると、同じ裂け目から多種多様の怪物がダムの排水のように落ちてきて、大地に立って蠢きだした。怪物は迷宮や圏外で見る魔物より禍々しい外見をしており、さながら悪魔といった風情である。

 最後に、ひときわ大きな悪魔が出現した。一対の角、顔全体を成す単眼。その体躯は古木のように太く、老人のように枯れていた。大悪魔、そんな呼び名こそ相応しい超主級のクリーチャーだった。

 

 塔と門が向かい合い、飢喰徒と悪魔が相対している。まさに、飢喰徒軍VS悪魔軍といった様相だ。

 勝手に戦えと言いたいところだが、残念ながら俺の敵味方反応レーダーは悪魔軍を敵だと言っている。

 

「いや待て、この香しいスメルは……?」

 

 次の瞬間である、俺のロリコンレーダーにごくごく微弱な、一瞬で見失ってしまいそうな儚い反応があった。塔の頂上から、何か小さくて可愛い生き物の気配がするのだ。

 勘に従い【遠視】を使い……見えた。純白のドレスを身に纏った少女が、大悪魔に対峙するようにして降りてきているのだ。

 

 空を見ろ。天使か? 聖女か? いや吸血鬼だ。

 鮮やかなマゼンタの長髪。蝋のように白い肌。そして、何も映していない濁った赤い瞳。背中には身の丈を超える大きさの蝙蝠の翼が生えていた。

 何となく。あの娘をどこかで見たような気がした。ああも可愛いロリを俺が忘れる訳もないのに。

 

「り、リアルイーザ様……?」

 

 そうやって記憶を探っていると、ラドゥ侯爵が僅か呟いた。

 振り向く。呆然と少女を見上げる侯爵の隣では、ヘカテーニャも同様の表情を浮かべていた。

 

「リアルイーザ様って、鮮血大公の? 肖像画ではもっとこう……美女だったはず」

「ああ。私もこの目でご尊顔を拝した事はないのだが。上手く説明できぬが……感じるのだ。あの方は間違いなく始祖であると」

「ウチもそうや。あそこにおるんはリアルイーザ様やと思う」

 

 そうこうしていると、俺達を置いて状況が進んでいく。

 仮称・リアロリーザ様が前方へ指を指す。すると、飢喰徒軍が悪魔軍の方向へ突っ込んでいった。呼応するように悪魔軍もなだれ込んでいき、すぐに両者は激突した。

 観れば、何かと縁のあるキメラオオカミが四騎士と四対一の戦いを始め、リアロリーザ様は単眼悪魔と真っ向から大魔法を撃ち合っている。

 

 地上では軍勢同士の殴り合い、空中ではオオカミと騎士の殺し合い、そのまた上空ではロリと悪魔がターン制大怪獣バトルを開始していた。

 魔力を帯びた暴風が荒野に吹き荒れ、血と炎の匂いが鼻孔に入ってくる。耳を劈く轟音の隙間にどこからともなく咆哮や断末魔の声が響いていた。

 

「何だ、何なのだこれは? イシグロ殿、私はどう動けばいい?」

「考えます! 少しだけ時間をください!」

 

 紛れもなく、戦争だった。

 チートに曰く、悪魔軍は敵判定。飢喰徒は敵でも味方でもない状況。一体ここが何処で何故戦ってるのか分からないから、何をどう判断すればいいか分からない。

 

 なんとなく、塔の方を見てみる。

 そこには、幼体と思しき小さい飢喰徒が屯っていた。

 リアロリーザ様を見る。彼女はぼんやりとした表情のまま戦っている。ネザーレの塔を守っているのだ。

 

「まさか……?」

 

 オタク的直感が脳裏に閃く。

 ヒントはあった。ネザーレによく似た寂しげな街。そこに残された古代ディング語。不可解なオブジェクト配置に、支離滅裂な世界の繋がり。

 まるで、悪夢の再現のようではないか。

 

 確かめようもない、何の根拠もない仮説だが。

 幽界とは、リアルイーザ様の夢の世界か、深層意識的なやつなんじゃあないか?

 

 大英雄・リアルイーザは、古代から現代に至るまでネザーレで長い眠りについているという。

 例えば、である。約五年前、何かが原因で彼女の意識が浮上して、半ば寝ぼけて何らかの魔術を使ったとする。そうして生まれたのが幽界で、幽界は彼女の心象風景であるならば、理解はともかく腑には落ちる。

 要するに、この戦場はリアルイーザ様の記憶? 戦っているのは実際に戦ってきた魔物? なら飢喰徒は彼女が生み出した召喚獣か何か?

 

 いや、それはいい。重要な事じゃない。

 今、判断すべきは……。

 

「リアルイーザ様をお助けする! 総員、突撃!」

 

 ロリを守護ることだ。

 例えそれが未亡人ロリであっても、ロリが困っているならお助けするのがロリコン道だ。

 ロリ美少女に貴賎なし。ヒロインのお母さんがロリなのもイイよねって。

 

「承知! 戦うのだな! あの化け物共と! 始祖を守る為!」

「はい! ですがデカブツはリアルイーザ様に任せましょう! 危険なのはあの騎士! オオカミを援護して、然る後に加勢します!」

「どうやンだ? 飢喰徒と共闘なんざ考えたこともねぇぞ!」

「作戦通り! 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して!」

「要するにいつも通りって事ッスね!」

 

 俺の宣言に呼応して、即席一党は弾けるように駆け出した。

 大怪獣バトルにお邪魔するのは難しい。なので戦況を優位にする。その為には、まずあの四騎士を排除しなければならない。今はオオカミが抑えているが、一体でもリアロリーザ様に向かえば取り返しのつかない事になってしまう。

 故に、四騎士を殺す。順番はどうでもいい。最終的に全員殺せばよいのだ。

 

「させるかぁああああッ!」

 

 ギィイイイイン! 俺はキメラオオカミの前に立ち、剣持ち赤騎士の攻撃を【受け流し】た。体勢を崩す赤騎士にラドゥ侯爵の全力ストレートが突き刺さる。この人、実はバリバリ前衛の魔法+武闘家職なのだ。

 不意打ち会心。大ダメージに怯んでバクステする赤騎士だったが、それも見据えて魔法が殺到。エリーゼとヘカテーニャによる遠隔攻撃だ。味方を援護しようとする騎士の一人にルクスリリアがちょっかいをかけ、狼男になったドラグーシュさんが咆哮して注意を引く。

 

「クソがっ! オレじゃ十秒持たねぇ!」

「焦るな! 防御に専念し、時間を稼ぐのだ! 仲間を信じよ!」

 

 剣戟の音が鳴り響き、魔法が飛び交い、獣が吠えて、騎士が舞う。気付けばいつもの大乱戦だ。

 四対一でギリ保っていた戦況は、俺達の参戦で一気に飢喰徒側優勢に傾いた。

 

「チッ、敵ながら妙に上手い。対人戦のつもりでやるべきか」

「グーラかユゥリンが恋しくなるお年頃ッスねっと!」

 

 しかし敵も然る者。謎の四騎士は不気味なほど息の合った連携をみせ、俺達の猛攻を凌いでいた。

 弓持ち白騎士の放った矢がドラグーシュさんに直撃する。彼の身体を毒が冒す。

 

「癒されよ……!」

「ぐぁあああ! え? はっ、治った!?」

「現代ラリス式で治るゆー事はつまり大して凄くない毒って事や! ブラッド・ブラスター!」

 

 ロボに乗った真祖ヘカテーニャのブラッド・ブラスターが魔導黒騎士の天秤にヒットし、構築していた魔術式を崩壊させる。晒された隙をルクスリリアが突こうとして、白騎士の射撃が牽制。俺とドラグーシュさんが赤騎士を追い詰めるも、大鎌青騎士がまき散らした毒煙が他騎士の傷を癒やした。キメラオオカミとラドゥ侯爵が青騎士を仕留めにかかるが、地上悪魔が飛び掛ってきて攻め切れない。

 戦況はこっち優勢なのに、紙一重で倒しきれない。参戦してすぐ決着すると思っていたが、そう上手くはいかないようだ。

 いくら個人が強くとも、野良一党には限界があるのだ。

 

「アカン! 下の飢喰徒が押されとるで!」

「リアルイーザ様も押し負けておる!」

 

 見れば、地上の戦況は悪魔優勢だった。同じく上空の戦いも大悪魔が押しているように見える。

 優勢なのは俺達だけで、それでも早々終わりそうになかった。侯爵もドラグーシュさんも歴戦の戦士である。ヘカテを除き、俺達も尖兵戦を生き残った強者だ。確かに連携は出来ているが、向こうの方が僅かに上手い。その僅かな差が決着を遅らせているのだ。

 このまま行けばリアロリーザ様が負けてしまう。さっさと騎士を殺すしかないが、時間稼ぎをされている印象だ。悪魔は魔物よりも狡猾だった。

 

「ダーリン! ウチにいい考えがあるんやけど!」

「オッケー信じる!」

「だ、ダーリンとな……!?」

 

 皆に言って後退し、滑走するエメスアルマの肩に乗る。

 作戦を聞き、やってみる事を決断した。俺はコクピットの真祖に首を差し出した。

 

「はむっ! んちゅぅうううううっ♡」

 

 頸動脈に噛みつかれる。そのまま物凄い勢いで吸血された。

 以前までと異なり相当量の血を吸っているようで、俺のHPは加速度的に減少していった。

 真祖になった影響か、牙の感触が気持ちいい。戦場の興奮も相まって勃起しそうである。

 

「ぷはぁ♡ しゃあっ、エネルギー充填百二十パーセント! いっちょゴツいのかましたるでぇ!」

 

 吸血してエネルギーチャージしたヘカテーニャは、元から赤い双眸を真っ赤に燃やし、エメスアルマの必殺技を構えた。

 首無し騎士の胸部装甲が展開し、胸と両掌の間に深紅の魔血を溜めていく。やがて真っ赤な魔力が緋色に光り、甲高い音を立てて臨界を迎える。

 

「退避ぃいいいい!」

 

 指揮系スキルで避難勧告。事前に打開策ありと伝えていたので、各々騎士から離れて身構えた。

 今、射線が通った!

 

「スカーレット・デトネイター! オーバーチェイン!」

 

 次の瞬間、エメスアルマ最強の技が解き放たれた。ゴン太のレーザービームだ。

 ただ威力の高い直線攻撃だった必殺技はしかし、真祖となったヘカテーニャによって操作され、発射後すぐに四つに分かれて各騎士へと殺到した。畢竟、マルチロック武装である。

 回避を試みる騎士達だったが、件のビームは途中で曲がって追尾し直撃。そしてソレは貫通するでも爆発するでもなく、結束バンドのように絡みついた。さながら猛獣を縛る縄の様。

 

「各員全力攻撃! ドラグーシュさんは残ったの抑えて! 十秒でいい!」

「死んでも止めてやらぁああああ!」

 

 四体中三体が雁字搦めにされている。今が好機だ。

 ドラグーシュさんは唯一回避に成功した剣持ち赤騎士を抑えにかかり、他メンバーは動きを止めた騎士に襲い掛かる。

 

「いい距離、いい角度。巻き込まれないでちょうだいね。滅びよ(・・・)……!」

 

 一番最初に殺しにかかったのは、阿吽の呼吸で色々察したエリーゼである。

 リギウの偽宝剣を引き抜き、収納魔法から二つのビット杖を展開。都合四つの【魔導極砲】が一斉掃射され、これに直撃した白騎士は見事に爆発四散した。

 

「任されよ! ぬぉおおおおおっ!」

 

 動けない死神青騎士に、翼を広げたラドゥ侯爵がビームブレードめいたカラテチョップをぶちかます。頭から股まで一刀両断された青騎士は、がらんどうの中身を晒して爆発した。

 

「行くッスよ! 多分火力足んないんで援護お願いするッス!」

 

 守護獣ラザニアに騎乗したルクスリリアが、動けぬ黒騎士に超淫魔化して突進する。バァン! 思い切り跳ね飛ばされた黒騎士に、エメスアルマの肩から撃った俺の【魔力の礫】による狙撃が連続で突き刺さる。

 一発、二発、三発、四発。全弾ヘッショ食らった黒騎士は、限界を迎えて爆発した。

 

「もう炉心が限界や! ごめんダーリンしまっといてー!」

 

 拘束終了。俺は熱暴走を起こしたエメスアルマを収納魔法に入れ、皆と一緒に残る赤騎士に攻撃した。

 ドラグーシュさんが二刀を振るい、俺が援護射撃して、真祖ヘカテが水魔術で嫌がらせ攻撃。防戦一方の赤騎士の背後から、気配を消していたキメラオオカミが食らいついた。

 まさに、肉食獣の狩りである。赤騎士の首に噛みついたキメラオオカミは、勢いそのまま大地に獲物を叩きつけ、何度も何度も振り回した。赤騎士の首が千切れ飛び、最後の騎士が爆発四散した。

 一瞬、こちらを見たキメラ狼は、地上の方に参戦して暴れ始めた。地上が一気に飢喰徒優勢になる。

 

「上! 大きいのが狙っているわ!」

 

 四騎士が片付いたところで、脳裏にヤバいくらいの警鐘が鳴り響く。

 リアロリーザ様と戦っていた大悪魔が俺達を見下ろしていた。片手間に異常火力の魔法が向けられる。と思ったら、大悪魔の頭に赤黒いビームが突き刺さった。リアロリーザ様による魔法攻撃だ。

 よろめく大悪魔。好機と見たか、リアロリーザ様が右手を挙げると、そこに魔血が凝集して瞬時に大鎌の形を成した。血の鎌はみるみるうちに膨張し、目測二十メートルまで巨大化する。

 斬ッ! 無慈悲に振り抜かれた巨大鎌が大悪魔の首を断ち切った。

 

「勝ったか。まぁ勝たせて良かったのかは分からないけど」

「しかし、吸血鬼族に始祖を見捨てる選択肢はなかった。どうあれ英断であったよ」

 

 大悪魔の首が飛び、辺りに血の雨が降り始める。

 地上の飢喰徒は悪魔を蹴散らしていた。リアロリーザ様がこっちを見ている。

 勝ちを自覚すると同時、再び例の霧が立ち込めた。

 

「転移がはじまります! 集合!」

「ご主人!」

 

 転移の兆候だ。万一に備えてはぐれないよう集合する。

 俺は近くにいたルクスリリアの手を握り、ヘカテーニャにも手を伸ばした。

 霧が濃くなる。もうすぐ世界が切り替わる。

 

『■■■■■……?』

 

 視界が覆われる寸前、誰かの声が聞こえた。

 恐らく、彼女の声が。

 何て言ってるのかは分からなかったが。

 

 

 

 

 

 

 世界が切り替わり、静寂が戻った。

 瞬き一つ、空がない。壁と天井がある。屋内だ。灯りはなく、薄暗い。窓が見当たらない、どことなく地下室って雰囲気。そして、目の前には両開きの扉があった。

 取り急ぎ迫る脅威はないと感じる。次いで違和感。さっきまで手を握っていたルクスリリアがいなかった。

 

「ルクスリリア!?」

「ウチはおるで」

 

 ルクスリリアとエリーゼがいない。慌てて周囲を確認すると、すぐ近くにヘカテーニャの姿があった。

 拙いと思った直後、湧きそうになった焦燥感を飲み込む。大丈夫だ、幽界を攻略したら戻れるはず。侯爵とドラグーシュさんもきっと問題ない。

 ここにいるのが俺とヘカテだけなのを鑑みるに、距離とは無関係の要素で呼び出された感じだろうか。

 

「にしてもまたよう分からん場所やな。しかも何で二人だけ……」

「とりま扉の先に行くっぽい雰囲気だが」

 

 改めて周囲を見渡す。なんか××しないと出られない部屋みたいだ。

 なんて思いつつ扉を見ていると、それは何もしてないのに開いた。

 

「行けそうやね」

 

 俺は直剣を、ヘカテーニャは魔法触媒である日傘を持って扉を潜る。

 扉の先は廊下になっており、先の部屋と同じく窓がなかった。

 窓がない代わりに、左右の壁には等間隔に絵画が飾られていた。

 

「これは……?」

 

 描かれているのは風景や人物等だった。

 テーマはバラバラだが、どれも経年劣化したように色あせている。

 俺の貧弱な感性でも、ここに飾られた絵からは何とも言えない暖かみを感じ取る事ができた。

 

「これはリアルイーザ様の記憶か……?」

「記憶? あぁ、ダーリンは幽界をそう認識しとんやな。ウチも薄々そう思っててん」

 

 現状、俺の推理ではこの幽界はリアルイーザ様の深層意識という事になっている。

 その説が合ってるなら、ここに並んでいる絵画はリアルイーザ様の記憶の切り抜きってのが自然だろう。

 ふと、立ち止まって絵を眺める。そこに見覚えのある姿があったからだ。

 

「ヴィーカさんと、ジュスティーヌさんか」

 

 それは、恐らく勇者一行が描かれた絵だった。

 恐らく……というのも、そこに描かれた全ての人物の輪郭がぼやけていて、顔も滲んでハッキリしていなかったからだ。

 人間族の男性と、森人の女性。獅子人の男性に、天使族の女性と竜族の男性。それから吸血鬼族の女性。そのうち銀髪竜族と青髪天使は多分ヴィーカさんとジュスティーヌさんだろう。

 幽界夢説の通りなら、絵に本人が描かれているあたりガチ本人視点の記憶という訳ではないのか。

 なんて考えていた、その時である。

 

『本当に、あの頃は楽しかったなぁ。相変わらず戦ってばかりだったけど、毎日が新鮮でワクワクの連続だった』

 

 声が聞こえた。

 どこから聞こえた訳でもない。俺の脳裏にはっきりと響いたのだ。

 

「ヘカテ、今の……」

「聞こえたで。間違いあらへんな」

 

 今の声はリアルイーザ様の声なのかもしれない。

 優しくて、慈愛を感じる声音だった。サバサバしていたジュスティーヌさんより天使っぽいというか、聖女っぽいというか。

 

『■■■との戦いの前に、焚火の前で皆とご飯を食べた。意外と■■■■■君が料理上手で、狩ってきた獲物をその場で捌いてくれた。■■■ちゃんも近くから食べられる薬草を採ってきてくれて、この時食べたご飯が今までで一番おいしかった』

 

 綺麗な額縁に飾られた、色あせた記憶。それは、歴史に残らない勇者達の青春だった。

 この絵の近くには、何気ない思い出の数々が並んでいた。

 

『■■■と戦った後、生まれて初めて晴れた青空を見た。太陽が痛くて、熱かった。私は大丈夫だけど、皆は辛いだろうな。いつか皆が安心できるところを作ってあげないと』

 

 飾られた絵を見ていると、彼女の感情が伝わってくる。

 リアルイーザ様は仲間を大切にしているようだった。同じくらい強い想いで、故郷の人々を守る為に戦っていたのだろう。

 

『■■■、あの頃はまだ私の方が強かったのに、いつの間にか■■■■君より強くなってた。それでもその心は初めて会った時と何も変わらない。太陽のような男の子……』

 

 そして、彼女の思い出は勇者との愛の物語へと繋がっていく。

 ここの辺りは抽象的な絵が多く、俺には何を表現しているのか分からなかった。

 ただ、凄く良い思い出だろう事は伝わってきた。

 

『■■■が仲良くしようって呼びかけてる。でも皆外の人を信じられないみたい。私が皆との懸け橋になってるけど、上手くいかない。どうすればいいんだろう』

 

 突然、絵の額縁が無機質なものに変わった。

 平和がもたらされた後、世界は時代の混沌に飲まれていった。さっきまでの絵と異なり、この辺りの絵は無機質で淡々としたものが多い。

 徐々に、少しずつ、彼女の思い出から勇者達がいなくなっていく。

 

『■■■が死んだ。寿命じゃなくて、戦いで死んだらしい。私がいなかったから。私が帰ってたから。私が離れてた間にあの人は。何で何で、こんなのおかしい。何で誰も■■■を守れなかったの? みんな弱すぎる。だから死んだ。もう帰ってこない。会えない。会えない。いつか帰ってくるはず。待っても待っても会えない。会えない、会えない、会えない会えない会えない……』

 

 そして、絶望が彼女の心を覆った。

 一切の光がない黒と赤。最愛の人を失ったリアルイーザ様の心は壊れていった。

 思い出の中から、一色ずつ色が失われていく。色褪せて尚、あんなにも鮮やかだったのに。

 

『■■■がいなくなって、皆いがみ合い始めた。頼れる■■ちゃんは森に引きこもってるし、■■■■も最近変だ。■■■■君は相変わらずで、しっかりしてるのは■■■■■君だけ。なんでそんなに争いたがるんだろう』

 

 世界がおかしくなる。

 人も風景も、どんどんデッサンが狂っていく。街が、いやネザーレが汚れていく。

 絵を見ているだけの俺も、胸が苦しかった。

 

『乾いている。血の味がしない。私は弱くなっていた。ここに貴方がいないから。貴方に会いたい。貴方と話したい。いっそ一緒に死にたかったのに、何で私を置いていなくなったの? 貴方は何処へ? 死んだら、また会えるのかな』

 

 勇者の記憶。唯一、彼だけが正常だった。

 しかし、その背中はかすんでいて、色が付いていなかった。

 

『裏切者が出た。まさか■■だとは思っていなかった。訳の分からない事を言ったので誅殺した。まだまだいるだろう。消さなきゃ、潰さなきゃ。とても面倒だ』

 

 崩壊が始まる。

 それは、誰かの死体の絵だった。あまりにも克明に、深く刻み込まれている。白黒の世界に赤が戻った。流れる血の色が。

 

『■■の残滓が襲ってきた。まともに戦えるのは私だけだ。兵隊は揃っているけど、■■■■■君と比べたらまだまだ弱い。頼れない。私が守らなくちゃ、そうじゃないと……』

 

 赤と黒で塗られた戦場の絵。

 そこに同胞の姿は描かれていない。

 ただ、多種多様な獣だけが描かれていた。

 

『もう疲れた。なんでずっと戦ってるんだろう。痛いばかりで良い事ないのに、何も楽しくない。誰か助けてほしい』

 

 戦いに次ぐ戦い。彼女の心は限界を超え、それでも身体は戦いを続けていた。

 彼女は塔を守っていた。彼女の背中には弱い獣がいて、彼女が倒れたら塔が崩れて皆死んでしまうのだ。

 

『いや、守るんだ。私が一番強いから、皆は私がいないと生きていけないから。この身が崩れても絶対に壊させない』

 

 獣と悪魔が戦っている。

 小さくて弱い獣を守る為に。少女となったリアルイーザ様は傷だらけで戦っていた。

 

『■■■が守った世界。私と■■■との子がいた世界。今ここで挫けたら、再会した時に私は私を誇れない。絶対に守る。絶対に、忘れない』

 

 けれども、限界を迎えてしまった。

 単眼の大悪魔との一騎打ち。大地には美しい狼の躯が横たわっている。

 その戦場で、力を使い果たしたのだ。

 

『あの人との、絆を……』

 

 廊下の突き当りに飾られた、見上げるほど大きな絵画。

 それは、色鮮やかな勇者の背中だった。

 輝く剣を提げ、粋にマントを靡かせて、リアルイーザを守る男の背中。

 それが、英雄にならざるを得なかった少女が見た最後の光景だった。

 

 霧が立ち込めていく。

 世界が切り替わるのだ。

 

「ヘカテ……」

「ああ。迎えに行こか」

 

 俺とヘカテーニャは、黙ってそれを受け入れた。

 

 

 

 真っ暗闇に、淡く輝く花畑がある。

 純白の花々の間を、赤い蝶が飛んでいる。

 そこには、侵しがたい安らぎがあった。

 

「リアルイーザ様……」

 

 花畑の中心に、玉座に座った少女――リアルイーザ様がいた。

 肘掛けに腕を乗せ、頬杖をついて安らかに眠っている。日向ぼっこでもしているかのように。

 苦しみから解放されて、夢のような優しさに包まれて。

 壮絶に、孤独だった。

 

 花畑に足を踏み入れる。蝶々が跳び発ち、霧となって消えた。

 足音に反応したか、少女がぴくりと瞼を震わせる。

 偉大なる英雄を前に、俺達は恭しく傅いた。

 心底、感服したのだ。

 

「リアルイーザ様は……」

 

 この世界は、リアルイーザ様の夢である。そんな彼女の安らかな眠りを妨げようというのだ。

 目覚めなど望んでいないかもしれない。起こすべきではないのかもしれない。力で跳ね除けられるかもしれない。

 全て承知の上で、身勝手にも伝えたい事があった。

 ただ、感謝を。

 

「貴女のお陰で、この世界は今なお続いております。何の因果か、こうして私も愛する人と出会う事ができました。貴女の頑張りは、貴女の戦いは、ネザーレのみならず多くの人の幸福に繋がっております」

 

 鮮血大公の生き様は、まさしく英雄のソレであった。

 代えがたい友と旅をして、永遠に愛を失い、彼の愛した世界を守る為に戦い続けた。

 そんな英雄に、俺は心を打たれてしまった。

 

「ありがとうございます、リアルイーザ様。心より、感謝申し上げます」

 

 確かに、彼女が生み出した幽界は、多くの人を傷つけた。閉じ込められた人はともかく、中には殺してしまった人もいるだろう。それでも、彼女の意思でやった事とは思えない。

 罪はあるかもしれない。けれど、罰が与えられるべきではない。

 彼女はもう充分に戦ったのだ。相応の報いが有ってもいいんじゃないか。そう、俺は思ってしまった。

 

「……あ」

 

 ゆっくりと、彼女の瞼が開かれていく。

 真っ赤な瞳が俺を映す。

 世界に冠たる英雄は、ひどく疲れた眼をしていた。

 

「あ、れく……?」

 

 細く、か弱い声が漏れた。

 そして、緩慢な動きでヘカテーニャの方を見て……。

 

「あぁ……よかった」

 

 小さく、笑った。

 心底安堵したような。あるいは何処かの誰かに誇るような笑顔で。

 

「皆は、生き残れたのね……よかった、本当に」

 

 ヘカテーニャの生を、寿いでいた。

 

「は、はい、全てリアルイーザ様のお陰です。吸血鬼族を、ネザーレを、世界を守ってくださり、誠にありがとうございます」

「そう……」

 

 古の始祖と新たな真祖による、ほんの僅かな会話。

 孫と話すのが楽しくてしょうがないといったような、そんな笑みを。

 真に偉大な英雄は、うっすらと浮かべていた。

 

「約束、守れたのね……」

 

 疲れたのか、少女の瞼が落ちていく。

 徐々に、世界に霧が立ち込める。幽界が崩れ、目覚めの時が近づいているのだ。

 真っ白だった花々に、とりどりの色が付いていく。蝶々が一斉に舞い上がり、俺の視界を紅に染めた。

 

「頑張ったわ。本当に頑張ったのよ。きっと、あの人も褒めてくれる。またあの時みたいに、優しく……だから、ありがとうね」

 

 蝶吹雪の中、声が遠ざかっていく。

 遠くで眩い光が見えた。

 

「生まれてきてくれて、ありがとうね。私達の愛しい子……」

 

 ああ、間違いない。

 彼女は、鮮血大公・リアルイーザ様は。

 愛を守り抜いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 純血公国、地下。

 暗夜のネザーレは、戦いの混乱に飲まれていた。

 

 武闘派貴族が魔法を放ち、傷だらけの騎士が倒れた味方を庇っている。

 如何に強靭な吸血鬼族にも限界はある。一人また一人と飢喰徒に捕まり、霧の中へ消えていった。

 この戦場は、もう限界だった。

 

「な、何だ? 急に動きが……」

 

 その時だ。飢喰徒の動きが止まり、次々に霧となって消えていった。

 ややもせず、塔を覆っていた霧が晴れていく。敵を失ったどよめきが戦場に過る。

 

「おい! あそこを見ろ! 人が倒れているぞ!」

 

 いつの間にか、塔の周辺に沢山の人が倒れていた。

 それは飢喰徒に連れ去られた者達だった。中には一年前に行方不明になった者もいる。さっき霧に消えた騎士の姿さえ。

 静寂の後、感情が溢れた。

 

「お、終わったのか……? あぁ……」

「生きている! 救護班! 治癒魔術が使える奴はこっち来い!」

「戻った! 戻ったぞ! やったぁあああっ!」

 

 程なく、ネザーレは勝利の歓喜に包まれた。

 抱き合う騎士達。気合一つで立ち続けるラドゥ騎士団の長。ヘカテーニャの教え子、ベアトリスは安堵のあまりその場でへたり込んだ。

 ラドゥ侯爵と迷宮狂いの一党が、あの幽界を踏破したのだ。

 

「むぅ、戻ったか」

「霧が晴れていくわ。魔力がリアルイーザ城へ流れているわね……」

「ご主人? どしたんスか?」

「あぁ。いや、後で話すよ……」

 

 塔の根本に新たな霧が発生したかと思えば、中からイシグロ達が出現した。

 英雄が戻ったのだ。騎士達の歓喜はよりいっそう激しくなった。

 そんな騎士達を、ラドゥ侯爵は誇らしそうに眺めていた。

 

「皆、よくぞ戦い抜いた! この勝利、この栄光は! 汝等の忠義と勇気の賜物である! 今宵、この瞬間、の……」

 

 ややもあり、ラドゥ侯爵は勝鬨を挙げようとした。

 しかし、その声は途中で止まってしまった。

 

 訝しむ騎士達が彼が見上げる方を見ると、遠く上空に色濃い霧の塊が見えた。

 その霧は月の中心を繰り抜くようにして凝集し、やがて霧散した。

 

 小さな蝙蝠が舞う。

 大きな翼が広げられる。

 真紅の月明かりを背に、純白のドレスを纏う少女が姿を現した。

 少女が瞼を開く。真紅の瞳がネザーレを睥睨した。彼女に見られた吸血鬼達は、魂そのものが雷に打たれたかのように硬直した。

 

「……我が子、愛すべきネザーレの民よ」

 

 少女――リアルイーザの唇が震え、ネザーレ全域に威厳ある声が届けられる。

 瞬時、その場の吸血鬼族は平伏した。遅れてイシグロ達も跪く。

 

「面を上げよ。汝等に()への拝謁を許す」

 

 許しを得、顔を下げていた者達が仰ぎ見る。

 誰あろう、偉大なる始祖の面貌を。

 

「予が眠っている間、よくぞ我が領地をここまで栄えさせた。汝等の功勤、予は欣快に堪えぬ」

 

 始祖の言葉に、吸血鬼達は先に倍する歓喜に打ち震えた。

 中には涙を流す者さえいた。

 

「そして何より……汝よ」

 

 彼女が指差す方向、そこにいたのはイシグロだった。

 当人は「え? 俺?」みたいな顔をしていた。

 

「我が友、銀竜の剣豪に認められし者よ。極光の天使の祝福を帯びし者よ。汝の尽力なくば、予は未だ覚めぬ眠りの中にあったであろう。汝の功、予は深く謝意を表そう」

 

 それは、ストレートな感謝とお褒めの言葉だった。

 どう返せばいいか分からないイシグロに対し、始祖リアルイーザが言葉を継ぐ。

 

「汝。名を名乗るがよい」

 

 名乗れと言われた。なら、名乗らねばならない。

 誰でもないイシグロは、歴史上最も偉大な英雄の一人の目を見て、口を開いた。

 

「私、イシグロ・リキタカと申します。姓をイシグロ、名をリキタカ。今は王国ラリスの都で迷宮潜りを稼業としております。手前、生まれも育ちも粗忽者ゆえ、失礼ましたる節はまっぴらご容赦願います。どうか、ざっくばらんにお頼み申します」

「えっ……あ、うむ。そうか。善き名であるな、イシグロよ。よくぞ予を長い眠りから目覚めさせた」

 

 聞いて、薄く微笑むリアルイーザ。

 その笑顔は、聖女のような慈愛に満ちていた。

 

「そして、汝である。見慣れぬ姿なれど、その気配我が血を継ぐ者と見受けるが、しか――」

 

 言葉の途中、その刹那だ。

 

「がふっ……!」

 

 リアルイーザの心臓の位置から刃が飛び出た。

 あまりにも完璧な不意打ちだった。

 少女の口から鮮血が漏れる。ゆっくりと、振り向く。

 

「ああ、そうとも。よく目覚めさせてくれた……」

 

 影が揺らぎ、刺客が姿を現す。

 黒い髪、猫の耳、頭部を覆う編み笠。そして、ゆらりと揺れる三つの尻尾。

 三本尻尾の猫又は、口裂け女のように嗤った。

 

「我等の為に、なぁッ!」

 

 捻じり、抉られ、引き抜かれる。

 如何なる妙技か。少女の痩身より抜かれた刃の切先には、深紅の宝石が乗っていた。

 間髪入れず、空いた方の手で猫又剣士が小太刀を振るう、首を斬るつもりなのだ。

 

「痴れ者が……!」

「おっと?」

 

 対し、リアルイーザは迫る刃に血の刃をぶつけ、受け切った。

 反動に負け、力を失ったリアルイーザが落ちていく。

 真っ先に反応したのはイシグロだった。迷宮狂いは彼女の下まで走り、すんでのところで抱き留めた。

 

 編み笠の猫又は、なおも空中に佇んでいた。

 愛おしげに、手に取った宝石を眺めながら。

 

「そいつは旧魔王軍や! 絶対に逃がすな! 今ここで殺せぇ!」

 

 次の瞬間、ヘカテーニャが憤怒の声を上げた。

 即座にラドゥ侯爵が動き出す。否、その場の吸血鬼全員が翼を広げて飛び立った。

 一対百どころではない。間もなく猫又女は殺されるだろう、そう確信できる戦力差。

 そのはずだった。

 

「……と、期待しているところすまぬがね? お主等にこそ、ここで死んでもらおう」

 

 猫又がサッと刀を払うと、宙に始祖の血が舞い散った。

 その血は空中で静止し、突如としてかき消えた。

 いや、それは正確ではない。消えたのではない。透明な何かに飲み込まれたのだ。

 

「さぁさぁ皆様ご覧あれ! ここにおわすは我が軍きっての武闘派幹部! その分体!」

 

 透明だった存在が、血の赤に染まっていく。

 其れは、絶えず流動する不定の生命である。其れは、死の概念を持たぬ存在である。其れは、人類の英知によって生まれ、知恵を奪われた復讐者である。

 この世で最も無垢なる種族。理性なき怪物。その本能はただ一つ。

 ――限界なき進化である。

 

「かつてラリス王国が作り出し、知性を与え、やがて葬られし哀れな子。貶められし種の末裔……」

 

 瞬間、真紅の粘体が隆起し、迫りくる吸血鬼達を跳ね飛ばした。

 学習し、進化する。膨張し、分裂し、増殖し、再生し、未完のままに形を成す。

 そうして現れたるは、四体の騎士と一体の大悪魔であった。

 

人工粘体(ホムンスライム)……親のエゴで生み出されたのだ。責任もって、幸せにしてくれんとなぁ!」

 

 歴史の闇に葬られた禁忌種。

 名を、人工粘体。

 ラリスの叡智が生み出した、人類の成り損ないである。

 

「積年の恨み! ここで晴らさでおくべきかぁ! なぁ? イシグロよぉ!」

 

 暗夜のネザーレに、復讐の牙が突き立てられた。




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 お察しでしょうが、本作は割と序盤から路線変更しております。
 最初は本当に異世界ハクスラ生活を淡々と描く作品にするつもりだったんですよ。ただグーラ編で書いた戦闘シーンが楽し過ぎて「ワイは戦闘シーンを書くんや!」ってなってバトル多めになりました。
 最初はジュスティーヌもリアルイーザも出す気はなく、せいぜいヴィーカがちょっと顔出すくらいのつもりでした。
 伝説の英雄がもう半分も出ちゃったよ。誰だよそういうのは作品のフレーバーみたいなもんとか言ってたの。作者だよ。
 こういうこと、平気でやります。
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