【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もいつもありがとうございます。感謝です。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
三人称です。よろしくお願いします。
鮮血公国、地上部。
白昼のネザーレでは、地下都市と同様の事象が起こっていた。
ネザーレ防衛軍が塔の霧から溢れた飢喰徒を包囲して対処していたところ、突如として霧と飢喰徒が文字通り雲消霧散し、連れ去られた人々が気を失った状態で戻ってきたのである。
同じく空を覆っていた霧も晴れ、地上の都に太陽の光が差し込んだ。遮光結界越しとはいえ、透き通った青空を見た者達は戦いの終わりを確信するに至った。
「やっ! たぁあああああ!」
「おい見ろ! みんな戻ってるぞ! 治癒術師!」
「お、終わったぁ~!」
当然、飢喰徒と戦っていた戦士達は歓喜した。
衛兵達は解放された人々を救護すべく駆け寄って、その他飢喰徒戦に招集された冒険者達もまた安堵の息を吐いている。
その場には、地下組を除く草薙の剣の姿もあった。
「嫌な予感がします……」
「マジか。アタイにゃ何も分かんねぇけど、グーラが言うならヤバそうだな……」
そんな中、シャーロットを除く草薙の剣のロリ勢は揃って嫌な予感を覚えていた。同じく、実力が銀に近い冒険者もまた手にある武器を下げられずにいた。
嵐の前の静けさ。まだ終わっていない。まだ、次の戦いがある。そういう勘が脳裏を擽る。
そして、迷宮潜りの第六感は大体当たってしまうものだ。
「下から来るのじゃ! 皆の者、身を守るのじゃあ!」
バッシャァアアアアアアン! 突然、街のあちこちから巨大な水柱が天高く舞い上がった。
まるで人孔から下水が噴出したような光景。しかし、それは下水ではなかった。半透明で、粘性があり、キラキラと太陽を反射している。
その姿、まさしく……。
「
厄介魔物の代表格、粘体である。
飛び上がった粘体水柱はやがて塊となり、塔を囲むように空をウネウネと飛び回った。次いでいくつもあった浮遊粘体は一つまた一つと合体していき、最終的に一頭のヘビ型魔龍のような形態を取った。
呆然とする衛兵達。緊急事態に身構える冒険者達。ネザーレ中の注目を浴びたスライム・ドラゴンは、狙いを定めるようにその先端を塔の根本――地下ネザーレの出入り口へ向け、一直線に急降下突進。
「ぐぅうううううう!」
ギィイイイイン! 瞬間である、雷を伴い眼前に駆け付けたグーラが、粘龍の突進を鉄塊の如き剣で【受け流し】た。
しかし突進の勢いを完全に止めること能わず、スライム・ドラゴンはバックネット方向のファウルボールのように打ち上がり、僅かに勢いを減じながら塔の壁面に着弾した。
上空からパラパラと瓦礫が落ちる中、スライムもまた大きな水滴のように飛散していった。
べちゃりと地面に落下した粘体群は、近くに散った粘液を吸収し、融合し、増殖し、分裂し、瞬く間に群から軍へと変じていった。
奇しくも、飢喰徒を倒すべく塔を包囲していた衛兵達のように、衛兵はスライム軍によって包囲された構図である。
「何だアレ! どう動けばいい!? うわぁああああ!」
「き、騎士様ご指示を!」
緩急も脈略もなく、怯える衛兵に群体スライムが襲い掛かる。その動きは凡そ粘体にあるまじき俊敏さで、さながら弓から解き放たれた矢の様相。
勝利に緩んでいたところに逆包囲強襲。突然の事態に対応できず、救護に向かっていた衛兵達は恐慌状態に陥った。部隊をまとめていた吸血鬼騎士も粘体への迎撃で手一杯で、指示を出せていない。冒険者達も咄嗟に応戦を試みるが、迷宮のソレより俊敏なスライムに苦戦していた。
一方で、スライム群の意図は明白だった。塔か、あるいは救出された人々を狙っているのだ。衛兵に対しては退かすか跳ね飛ばそうとするばかりで、得意の捕食攻撃をしている個体は見受けられない。
「しゃあっ、【真空旋風勁】!」
一体の大きなスライムが気を失った人々に辿り着く直前、空から吹き荒れた大嵐が大粘体を吹き飛ばす。
救護兵が見上げた先で、空飛ぶ麒麟少女が槍を構えていた。否、救護兵を守っているのは彼女だけではない。翼を広げた天使や太刀を振るう狐人が迫り来るスライムを捌き、散らし、民と兵を守っている。
スゥーッ! 戦場のど真ん中、最終防衛ラインに立った麒麟少女が胸いっぱいに息を吸った。
「聞けぇーッ! ここは我々草薙の剣が指揮を執る! 指揮権云々は後! 従わない奴はぶん殴る! とにかく今は言う事を聞け!」
指揮系統をぐちゃぐちゃにする横暴極まる命令。しかし、めちゃくちゃな状況だからこそ有効に働いた。戦場で冷静さを失った衛兵達は、上位種族の命に従順に従い始めたのだ。
元からあった飢喰徒包囲網を狭め、外から内を守る防御陣を敷いていく。交代するようにロリ勢が前に出て、跳ね回るスライムを吹き飛ばしていった。
「わしが前に出る! そこの者は下がるのじゃ!」
「あ、ありがとう狐の子!」
「わしのが年上なんじゃろうけどなっとぉ!」
陰陽術を使って味方を守っているイリハは、迫るスライムの動きに得体の知れない違和感を覚えていた。
眼前の粘体から、迷宮でよく見るスライムにはない魔物らしからぬ規格化された動作を――いわば武術でいう型のようなものが垣間見えるのだ。
突進ひとつ取っても、重い突進と鋭い突進で予備動作が違って見て取れて、そうあれかしと定められた使い魔のようである。控えめに言って、強くて厄介だった。
「粘体なら広範囲技です! やぁあああああ!」
厄介なのはそこだけではない。炎纏うグーラの剣撃を、スライムは直撃こそすれギリギリ死なずに捌いていた。
体表面に攻撃が当たった瞬間に体内中央にある核が移動し、剣の軌道から逃げたのである。これもまた、スライムらしからぬ動きだ。あまつさえグーラの炎や雷の範囲からも一寸単位で逃れている。
「レノさん! 指揮と透視と伝達お願いします!」
「ん、了解」
ひとまず、指揮を執りつつデータ集めだ。
天使が防御陣の頭上で滞空し、麒麟は地上に降りて最前線に立つ。レノは右眼をきらめかせ、スライムの情報を特殊な目で視て探り始める。
そして、戦場全体に届くよう一方通行の【念話】を起動した。
『一定以上の粘体には核が存在する。通常通りコレを壊せば討伐できるけど、普通と違って攻撃しても避けられる。反応速度は異常に早く、並みの攻撃じゃ意味がない。これから対処法を捜す』
仲間が集めている情報を共有しながら、兵士達の動きを調整する。戦場および被災地で天使族が強い理由が分かるというもの。
戦場に秩序が戻りつつある。吸血騎士は慌てる衛兵を落ち着かせ、兵士と入れ替わりに冒険者が前に出てスライムの相手をする。そこには互いの得意分野を補完し合う理想的な役割分担があった。
「え~っと、つまりこうすればいいんだな?」
なおも融合した特大スライムを見て、赤毛森人シャーロットはおもむろに虹色のルーンを描き上げた。
すると、彼女の描いたルーンがスライムの中に展開され、そこから伸びた手が粘体内の核を握りつぶした。結果、特大スライムはパシャッと水になった。討伐完了である。
いや真似できねぇよと、シャロの近くにいた魔術師は内心でツッコんだ。
「ルーンは稀少技術なんです! それよりもっと楽な方法がありますよ!」
そんな魔術師の内心を代弁したユゥリンが掌でそっとスライムに触れる。瞬間、スライムの身体が弾け飛んだ。
ゼロ距離発勁のゼロフレーム内部破壊によって、回避の隙を与えず核ごと粉砕したのである。
「ね? 簡単でしょ?」
んなアホなという顔の衛兵とは対照的に、ユゥリンの雄姿を見た武闘家系の冒険者は「その手があったか!」と感心していた。
それから内部破壊技を習得していた武闘家がユゥリンの真似をしてみたところ、上手く決まらず反撃突進を受けて吹っ飛んだ。やはり簡単ではなかった。
「実戦でやるのは初めてですが! ぶっつけで試してみます! レノさん、視ててください!」
森人と麒麟の活躍の傍ら、最前線で暴れていたグーラが再度スライムに剣を振るう。
直撃、浸透。体内の核は鉄塊剣をぬるりと避ける……が、抜ける途中でスライムは水風船のように核ごと弾け飛んだ。
何をしたのかというと、剣撃の途中で発勁を起動してスライムの体内を爆散させたのだ。
「なるほど、だいたい分かりました……」
武器に発勁を纏わせるのも凄いし、攻撃中に発勁を使うのはもっと凄い。地味に妙技である。
やっぱり武術って凄いと、これまで我流でやってきた冒険者達は今度リンジュかクーシェンで修行しようかなとか思いはじめた。
ともかく、倒し方は分かった。
対スライムの基本戦術。魔術師が氷魔法で凍結させ、前衛が砕く。凍結が効かない大型個体や俊敏な個体は草薙の剣が対処するのだ。
『ん、今から作戦を伝える。皆よく聞いて。一人一人役割を全うすれば上手くいくから』
冒険者が魔物を倒し、衛兵が市民を守る。騎士が指揮を執り、救護班が怪我人を治していく。
粘体軍との戦いは、実に順調に見えた。草薙の剣がそう見えるよう演出しているのだ。
「まぁでも、時間稼ぎしか出来てないのが現実なんですよねぇ」
特大スライムに発勁をぶち込みながら、ユゥリンが小さく呟く。
倒し方は分かっても、未だ事態の解決方法が分かっていない。さっきからスライムを倒しまくっているが、次から次から現れて底が見えないのだ。こういう場合、どこかに親玉がいるものだが今のところ見当たらなかった。
だが、希望を捨てるには至らない。恐らく、これも主人が解決してくれるはずだ。
ユゥリンを含め草薙の剣の面々は、そのように確信していた。
〇
地下都市・暗夜のネザーレでは、地上とは桁違いの混乱が巻き起こっていた。
余波で建造物の屋根を破壊しながら、吸血鬼達と突如現れた四騎士が激しい戦闘を繰り広げている。単眼巨大悪魔に召喚された小悪魔が丁寧に舗装された石畳を踏み荒らし、塔に向かって進撃。
他方、昏睡中のリアルイーザを抱いたイシグロは、夥しいほど大量の小悪魔から逃げ回っていた。大悪魔から放たれる魔法を躱し、【魔力の盾】を足場に跳び回り、それでも逃れ切れぬ攻撃はその身で以て受けていた。
「内心またかと思っているかもしれないが、それは此方の台詞だぞイシグロ! 姉上の仇、妹の仇! 貴様が関わるとロクな事がない! だが、今回は許してやろう! こうして念願のブツを手に入れられたのだからな!」
大悪魔の肩に乗った編み笠猫又がその手にあるモノを掲げてみせる。
それは真紅の宝石のようだった。大きさは拳大で、形は正十二面体。リアルイーザの体内から抉り出したモノとは思えぬ硬質さ。
それを、猫又は……。
「あぁ~んむ♡」
見せつけるように、大口を開けて飲み込んだ。
咀嚼せずに嚥下した……次の瞬間、ネザーレ全体に聞こえるような謎の心音が響き渡る。次いで猫又の全身から異常な魔力が滲み出して、超新星爆発の如く溢れ出た。
爆発が収まると、猫又の姿は様変わりしていた。編み笠が投げ捨てられ、露わになった漆黒だった髪が鮮やかなマゼンタに変じていく。背中からは蝙蝠めいた一対の翼が生じ、広がりを成した。具現化した血色の魔力がその身を覆い、滲み出る魔血がドクドクと流れ落ちている。まるで、いやそのまま、猫又族から吸血鬼族に成り代わったかのような。
その光景を見て、ヘカテーニャ等草薙一党は戦慄した。リアルイーザの体内にあった謎の器官を飲み込むという異常性。少なくとも通常の猫又族ではあり得ない特性。頭目たるイシグロは、膨れ上がった猫又の戦闘力にこそ戦慄していた。
「くぅぅうううう! ふふふっ! はぁ~はっはっはぁっ! なんと凄まじい! あぁ吸収しきれぬ食いきれぬ! これが始祖の力! これが英雄の力! 血に酔うとはこういう事かぁ!」
言うが早いか、吸血猫又はオーラめいて霧を纏い、刹那の間に姿を消した。
脳裏に警鐘。イシグロの眼前に刃が迸る。
「これで小生を殺せぬな……!」
「ぐぉおおおおお!?」
猫又の刃である。咄嗟に片手から盾を取り出し、すんでのところで防御。あまりに速く、重い攻撃。変化前に垣間見えた技前は健在だった。
「実に気分がよろしいな! フシャァアアアアア!」
続く斬撃をイシグロは辛うじて防ぎ続ける。洗練された小太刀二刀流。卓越した剣士である猫又は、ひたすらにリアルイーザを狙っていた。だからこそイシグロは常の完璧な【弾き返し】ができずにいるのだ。今のイシグロに、リアルイーザを捨てる選択肢はなかった。
少女を護る英雄。弱者を守らざるを得ない強者。凶笑を浮かべる吸血猫又は、大物殺しの作法を心得ていた。
「動きが雑よ! 死になさい!」
「ぐがぁああああ!?」
そんな猫又の背に、エリーゼの魔法が直撃する。
しかし……!
「なぁんてな! 残念だったな醜き捨て子め!」
霧に溶け、蝙蝠が散った。再出現したその身に一切の傷はない。
魔族にありがちな自己再生ではない。蝙蝠召喚による変わり身の術で以て凌いだのである。
再度、霧に消える。イシグロの背後に回り、刃が閃いて火花が散った。エリーゼの魔法を全て無視して攻勢を強める。マゼンタ猫又はあくまでもリアルイーザを狙い続けていた。
「アカン! 今そいつ殺すとリアルイーザ様が死んでまう!」
周囲の小悪魔を倒しながら、ヘカテーニャが叫ぶ。
「あいつが呑み込んだんは始祖の心臓! アレがないとリアルイーザ様はじきに死ぬ! はよう取り返さな!」
「取り返すったってじゃあどうすりゃいいんスか! 普通に考えて無理ッスよ!」
「貴女にああ言った手前、最後まで抗うしかないわね……!」
リアルイーザを守るには心臓を取り返す必要がある。しかし、その心臓は猫又の体内にあり、現状取り返す方法は不明である。
ここにレノとシャーロットがいれば透視とルーンによる物理的ハートキャッチができただろうが、彼女等は今なお地上で戦っていた。
「リアルイーザ様、お気を確かに!」
突撃してくる小悪魔の攻撃を躱し、霧で転移攻撃してくる猫又から始祖を守り続けるイシグロ。
片手で抱かれたリアルイーザは、ぐったりと意識を失っていた。イシグロの手の中、ロリ未亡人の命の火が弱まっていく。
「下手くそが! 浅はかなのだ貴様の武は!」
「ぐぅ……!」
重斬撃、イシグロの盾が吹き飛ぶ。間髪入れず小太刀が閃く。またしてもリアルイーザを斬る軌道だ。
「おっと、対策済み」
対し、イシグロは咄嗟に黎明剣を取り出し【受け流し】を試みる。しかして瞬時に転移退避した猫又は一切惑わず左右の小太刀を投擲してきた。
当て身失敗。投げられた小太刀を捌いたイシグロの前、無手になった猫又は両手の指間に血の小太刀を生成し、都合六つの血小太刀を投げ放った。
当然、捌く。次、捌く。次、次、次、次、全てイシグロは捌いてみせて、その背中に小悪魔が噛みついた。
「ぐぁっ! この、いってぇなぁッ!」
「はっはぁ! 貴様は小手先の技を得手とする割に絡め手使いには弱いようだな! さぁ、いつまで凌げるぅ!?」
即座に小悪魔を蹴り飛ばしたイシグロに更なる血刃弾幕が迫る。
「アナタ! ぐっ、あのデカブツ……!」
「こっち狙ってるッスよ! てゆーかアタシ等狙ってるッス!」
援護しようとしたエリーゼとルクスリリアに、大悪魔からの魔法攻撃が迫る。二人が咄嗟に回避した結果、ネザーレの街に炎の線が迸り軌道に沿って爆発炎上した。続いて大悪魔は謎魔法陣を展開し、中型悪魔を召喚した。エリーゼとルクスリリアが大中悪魔の対処で手一杯になる。
離れた位置からイシグロを援護しようとするヘカテーニャだったが、彼女も彼女で小悪魔の群れに襲われていた。エメスアルマがあれば殲滅できただろうが、真祖の身体に慣れていない今では厳しかった。
「ここが正念場である! 気を引き締めよ! 牙の陣、往くぞ!」
一方、ラドゥ侯爵達も苦境に立たされていた。
弓を持った白い騎士が古代魔法を詠唱し、悪魔達の動きが活発になる。剣を持った赤い騎士がネザーレ狭しと暴れ回り、天秤を掲げた黒い騎士が広範囲魔法を連射する。大鎌を振るう青い騎士が四方八方に致死の煙を撒き散らす。
幽界の中で一度戦った侯爵とドラグーシュはともかく、他の騎士団員は四騎士の攻撃に翻弄されていた。
「ドラグーシュ! まだいけるか!?」
「こんくれぇ昔受けた閣下の拳と比べりゃ痛くも痒くもねぇっすよ!」
ただでさえ飢喰徒との戦いで限界を迎えていたところ、ろくに休憩も無しに凶悪な四騎士との連戦。弱音の一つでも出そうな場面だったが、ラドゥ騎士団にそのような軟弱者は一人もいなかった。
幽界から助け出された人々は他の騎士団や貴族が守っている。現在、四騎士に対応できるのはラドゥ侯爵だけだった。
「くっ。幽界の彼奴等より動きが鋭い……!」
この現状に対し、ラドゥ侯爵は忸怩たる思いを抱いていた。
何故なら、幽界から始まるネザーレの危機に際しては、外部協力者たるイシグロがいなければ今より事態が悪化していたのは明らかなのである。飢喰徒云々を置いておくにしても、あの猫又とスライムだけでも壊滅的な被害が出ていたに違いない。
不甲斐ない。あまりにも不甲斐なかった。旧魔王軍の存在は知り得ていたというのに、上は何をやっていたのか。いいや、これもまた自分の責任である。戦いだけに身を捧げ、政治に無関心過ぎた報いだ。
今はただ、目の前の敵を撃ち滅ぼす事のみを考えるべきである。
「仕方あるまい! ベアトリス! 例の血をキメろぉ!」
「はい! 今、ご用意いたします!」
ヘカテの教え子、ベアトリスが懐からポーション瓶を取り出した。
栓を抜き、魔法を詠唱する。すると瓶の中身が打ち上げ花火のように上昇し、赤い雨がラドゥ騎士団に降り注いだ。文字通りの血の雨、イシグロ・ブラッドレインである。
「行き渡ったな! 掛かれぇええええ!」
「「「うぉおおおおおお!」」」
イシグロの血で強化された騎士団が悪魔の四騎士と激突する。
侯爵の拳が唸り、騎士団長が声を張る。ドラグーシュは狼形態で剣を振るい、ベアトリスは回復に専念。侯爵の動きはイシグロと組んでいた時より遥かに流麗で、長を頂くラドゥ騎士団はさながら一個の生命のようだった。
対する四騎士はというと、幽界の騎士よりも精密に連携していた。否、連携というより指の連動に近かった。此方は比喩ではなく、粘体という一つの生命として動いているからだ。
暗夜のネザーレは戦火に吞まれていた。
地上では悪魔が塔を守る衛兵達を襲撃し、空中では騎士同士が丁々発止の殴り合い。魔法が飛び交う。剣戟が響く。街が崩れ、瓦礫が舞い上がり、炎が散って嵐が吹き荒れる。
鮮血公国は、上も下も血に塗れていた。
「そらそらそらそら! 痛いか? 痛いよなぁ? だが、姉上が受けた痛みはこの程度ではなかったぞ! 屈辱があったのだ! 苦渋、辛酸! ありとあらゆる苦しみ、貴様にも存分に味わってもらう!」
中でも一等熾烈な戦いを繰り広げていたのは、草薙と猫魔の空間だった。
そして、イシグロは今尚らしくもない防戦を続けさせられていた。片手でリアルイーザを抱き、宙も地もなく駆け回りながらもう片方に持った剣で吸血猫又の攻撃を凌いでいる。
エリーゼとルクスリリアは大悪魔と交戦し、ヘカテーニャも絶えず湧き出る悪魔を抑えるのに必死だった。
「そうか! 何故あの首飾りを使わないのかと思えば、ラリスに取り上げられてしまったようだな! 情けない奴! しょせん貴様は飼い犬なのだ! いや貴様こそが奴隷! 欺瞞に満ちたラリスの奴隷そのものではないか!」
戦いの中、猫又による煽りはイマイチ効きが悪かった。元から煽り耐性が高いというのもあるが、今のイシグロは怒りが一周して冷静になっている状態なのだ。
元より猫又へのヘイトは人一倍だったところ、腕の中でロリ未亡人が死に瀕している。頭がどうにかなりそうだった。焦燥感が思考を埋め、何とかしたいのに何にもできない状況が反射を鋭敏にしつつ判断を鈍らせている。
「クソが……!」
イシグロが迫る血の大太刀をガードした瞬間、【受け流し】に失敗して握っていた剣が跳ね飛ばされてしまった。
無防備状態、即復帰。銃杖を取り出し、リアルイーザ狙いの追撃をガード。猫又が粘着質に嗤う。
「どうした? かかってくるがよい! お荷物を下ろせばいいだろう!」
確かに、本気で猫又と戦うのなら腕に抱いているリアルイーザを下ろすべきだ。
しかし、それをしたらリアルイーザが悪魔に殺されてしまう。そうでなくとも心臓の取り返し方が分かっていない現状、そんな賭けはすべきではない。
さっきから治癒魔術を施しているが、リアルイーザはなおも弱っていく一方。ならばと血を分け与えれば何とかならないかと思うも、猛攻を続ける猫又はその隙を与えてくれなかった。
「ダーリン!」
その時だ。周囲の悪魔を蹴散らしたヘカテーニャが救援にやって来た。
脊髄反射によるものか、真祖ヘカテの援護魔法を身を捻じって躱す猫又。これでリアルイーザに血を分ける隙ができる。そう思ったイシグロだったが、そうは問屋が卸さない。
「こうなれば致し方なし。【
ぐちゃり、と。猫又の背中から、そっくりそのままマゼンタ髪の吸血鬼猫又が生成・分離された。
これもまた、始祖の力である。
「「フシャアアアアアア!」」
同時、動く。分身か分裂か。本体はイシグロへ。分体はヘカテーニャへ。結局、吸血の隙もエメスアルマを出す時間も稼げなかった。
霧に消え、蝙蝠が舞い、全方位から襲ってくる猫又。再度、防戦一方になるイシグロ。幸い、猫又は分裂した事で弱くなってはいた。血の出力が下がっているのだ。
「あはははは! 効かん効かん! そのような貧弱魔法などかすり傷にもなりはせんぞ! 必死こいて努力したようだが無意味! 実に虚しい努力である!」
未だ余裕はなかった。されど負担は減った。ならば射撃魔法で応戦する。一発二発、当てても当てても蝙蝠が肩代わりして効果がない。
転移に変わり身、分身にメタ戦法。今のボス猫又はクソゲーが過ぎた。溢れそうになる殺意は、腕にある冷たさによって抑え込まれていた。
「舐めんなよ! 片手でぶっ倒してやる! そんで心臓抉り出してやる! 敗残兵風情が、俺達の邪魔ぁすんじゃねぇ!」
隙を作って、リアルイーザに血を渡す。延命した後、心臓を奪う。これが目下の目標だ。故に、リアルイーザを抱いたまま隙を作らねばならない。
残念ながら、イシグロに主人公らしい一発逆転の必殺技や時限強化技なんて無かった。ロリコンにあるのは積み重ねてきた技と経験。それからロリへの想いだけである。
「守り切れぬさ。すぐ死ぬぞ? ほら死ぬぞ?」
「いいや絶対に守る!」
故に、心だけは挫けない。
リアルイーザの手を離さない。ロリコンの魂ごと離してしまう気がするから。
「守る者が多くて大変だな! 英雄様ぁ!」
身体が傷つく。溢れた血がリアルイーザに付着する寸前、蚊のような小悪魔がその血を奪い去り、猫又の身に吸収される。
体力が奪われる。魔力が減っていく。けれども気力だけは充実していた。一つずつ、イシグロの中から戦いに不要な情報が遮断され、神経が鋭敏になっていった。
戦いの中、イシグロは魔法戦の基本を思い出していた。
ヘカテーニャの授業。現代ラリス式魔術。イシグロの適性に合わせた魔法戦闘理論の構築。
速く、細かく、シンプルに。如何に魔力を節約し、如何に効率よく相手を打倒するかという試行錯誤。練習と、実戦の日々。
「まだまだぁああああああッ!」
ここにきて、イシグロは単独時代の精神を取り戻していた。
あの頃の戦いに余裕なんてなかった。あっちの攻撃は一発で死ねるのに、こっちの攻撃は何度も何度も食らわせないといけないのだ。逃げて、斬って、躱して、逃げての繰り返し。
貧弱な武具で、少ない手札で、それでも生き残って帰還した。何の為に? ロリの為に。不純に過ぎるが、力になる。
百パーセント中の百二十パーセント。この時、イシグロはこれまで無自覚だった潜在能力の全てを引き出し、尚且つ限界を超えていた。
戦士として、完成しつつあった。
「チッ、徐々に動きが洗練されている。窮地で力が増す類いか? 厄介な……!」
黎明の英雄と、闇暁の猫又。
激しさを増す戦場で、二人の戦いが続いていく。
「あれ、く……?」
イシグロの腕の中、真っ赤な瞳がイシグロを見ていた。
誰あろう、英雄の眼差しで。
〇
吸血鬼とは、影に生まれ、闇に囚われた、弱い種族である。
第一大災厄から千年、地下に逃れた魔族達は終わりのない生存競争を続けていた。
その結果として生まれたのが、吸血鬼である。
リアルイーザが初めて目を覚ましたのは、魔族同士の戦場跡だった。
血溜りの中から生まれた生命体が、吸血鬼族の始祖なのである。
ある種、魔族の到達点であった。
程なく、吸血鬼族は地下世界の王になった。
リアルイーザもその一人だった。暫しの間、ネザーレと名付けられた地下世界は吸血鬼族による支配が続く事となる。
紆余曲折あり、リアルイーザは勇者と共に旅に出た。
後の勇者伝説、その一幕である。
ごくごく短い、青春だった。
リアルイーザは鮮血公国の守護者である。
瞼を閉じた彼女は、視ていた。地上に溢れ出た粘体の群れ。ネザーレを守る為に戦う勇士の姿を。
地下も同じく、遠く血の繋がった騎士達が懸命に戦っている。他ならぬ、悪夢の再現と。
偏に、ネザーレを守る為。
あんなに弱かった同胞達が、こんなにも強くなった。
生と死の境目で、リアルイーザは柔らかな安心感に揺蕩っていた。
男の温もりがリアルイーザを包んでいる。もう怖がらなくていい。もう休んでいい。そんなふうに、守られている。
『■■■■■■……』
僅かに、瞼が開く。
現在の視界と、青春の思い出が重なって見える。
思い出す。あの時も同じだった。勇者に庇われて一命をとりとめた。それから、初めて恋をしたのである。
『リア■■■ザ……!』
忘れられない、あの声を。
覚えている、あの輝きを。
だというのに。もういない事など、分かっているのに。何故か。
『リアルイーザ!』
魂に、響く。
声も、姿も、魂も。何もかもが違う。間違いなく、別人だ。
それでも、どうしようもなく重なって見えるのだ。
最愛のあの人と。
「ええ。聞こえているわよ……」
小さく呟く。
一瞬、彼がリアルイーザを見た。
此方を心配するような、安心させるような、ぎこちない笑顔。
――あぁ、そういう事か。
その時、理解した。
この男の魂は、誰かを守る時に最も強く輝くのだ。
勇者の魂と、同じように。
強い男に守られている。
勇者が世界を守っている。
もう心配はいらない。あとは彼に任せていいだろう。
この国も、独り立ちしている。もはや老吸血鬼の出番はない。出しゃばるべきではないのだ。
分かっている。分かってはいる。しかし、けれども。
「……そうじゃないのよね。きっと」
リアルイーザは、鮮血大公は、勇者と並び立った伝説の英雄は。
決して、ただ守られるだけの女ではない。
始祖としての誇りが、戦士としての昂りが、あるいは母としての本能が。
どうしようもなく、胸に火が灯る。死にかけて尚、魂が共鳴する。
勇者の如き、心に成る。
「……ごめんね?」
だから、光に手を伸ばした。
なけなしの魔力で純血魔術を発動する。自分と彼を中心に、球形の防御膜を生成した。
外部から攻撃を受けている。凄まじい力だ。少ししか持たない。少しでいい。
「リアルイーザ様!? こ、これは……!」
呆気に取られている男。その両頬に、手を沿える。
そのまま、何か言おうとして開かれた口に、食むようにして唇を重ねた。
深い接吻。男の舌を絡め取り、吸い上げ、牙を突き立て……吸血した。
その時である。
「んんっ!?」
瞬間、リアルイーザは目を見開いた。
血だ。稀血だ。しかしただの稀血ではなかった。
勇者のような澄み切った血ではない。むしろ過剰なくらい濃厚で、ドロドロして、とてつもなく熱く、溶けてしまいそうなほど甘い。
そう、これは、あまりにも……美味い!
「んっ! ちゅううううう! ちゅる! ちゅぷ! んぢゅううううう!」
さらに、舌を吸った。
生命そのものが流れ込んでくる。心臓もないのに胸が高鳴る。血が湧き、肉が踊る。満ちる、溢れる。戦いに疲れ、乾き切り、空っぽになった器に。
始祖吸血鬼の、真の力が蘇る。
「ぷはぁ~♡」
リアルイーザが唇を離した。
須臾、魔力が溢れた。
「何事ぉおおおお!?」
芸術の如き爆発であった。
純血魔術の障壁が弾け、接近していた猫又を吹き飛ばす。
爆発はやがて緋色の柱となり、イシグロから手を放したリアルイーザが浮かび上がっていく。
騎士が剣を止め、悪魔もまた静止する。エリーゼ達も、猫又も、皆して彼女を仰ぎ見た。
そして、リアルイーザは胸いっぱいに大きく息を吸い……。
「美ぅ味ぁいぃぞぉおおおおおお!」
世界の中心で美味を叫んだ。
これまた次の瞬間である。リアルイーザの少女ボディに謎の光がまとわりつく。白いドレスが解け、全裸に。光のせいで何も見えない。
変化か? 変身か? 否、回帰である。
まず、身体が大きくなった。さながら女児の成長を高速再生するかのように、手が足が肩が腰が伸びる伸びる、まだ伸びる。
その身長、凡そ百八十センチ。まだ続く、まだまだ成長する。
成長は下からだ。ボン! 尻が膨らむ。キュッ! えげつないほど腹が引き締まる。ボン! 最後に胸が爆発した。
いや、まだ膨らむ。鮮血大公の全盛期へと。Fを超え、Gを超え、Hを超え……。
そして、
「何たる美味! そして何たる血のパワー! 濃厚にして繊細! 複雑ながら完璧な調和が取れているではないか! 勇者の血に勝るとも劣らぬ舌触り! ただの稀血では最早足りぬ! これぞまさに神血である! ふはははははははっ! あーはっはっはっはっはっ!」
光が糸を紡ぎ、思い描くまま武装を編み上げる。
メインカラーは鮮やかなマゼンタ。太もも丸見えミニスカートに、過剰なくらいのレースやリボン。〆に頭部にティアラが乗っかる。
再度、爆発。光柱が解け、全身が露わになる。バシバシのまつ毛が持ち上がり、大きな瞳がギラリと光った。
そして、見せつけるように片手を挙げた。
「出ろぉおおおおお! ポルフュロォオオオオオス!」
CRAAAAAAACK! 始祖による指パッチンが鳴り響く。するとリアルイーザ城の尖塔が轟音を立てて二つに割れ、中から真紅の大鎌が射出された。
飛んでくる鎌を当然のようにキャッチするリアルイーザ。身の丈以上の大鎌をステッキのようにくるくる回し、ふわりスカートはためかせ……そして!
「予! 完全復活である!」
めちゃくちゃに可愛らしい、媚びっ媚びなあざといポーズを取った。
ウィンク一つ、星が飛ぶ。ばるんばるんと胸が揺れ、ムチィムチィと尻が張る。ドエロい美女が、カワイイ全振りの衣装を身に纏っていた。ネザーレを照らす月光も相まって、まさに月の代行者といった様相である。
皆、唖然。
ヘカテーニャも、ルクスリリアも、エリーゼも、ラドゥ侯爵も、騎士団も、猫又も、悪魔達も。
ポカンである。
「汝等! ふぬけているな! 予が愛の喝をいれてやろう!」
ともかく、ともかくだ。
伝説の英雄。ネザーレの守護者。真なる救世主。
鮮血大公・リアルイーザ、顕現である。
「もどして」
幸い、イシグロの呟きを耳にした者はいなかった。
感想投げてくれると喜びます。
現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
ご興味のある方は是非、気軽にご応募ください。
作者のやる気に繋がります。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=297167&uid=59551
こっちも投げてくれると喜びます。
X(旧ツイッター)はじめました。よければフォローしてやってください。
更新通知とか、更新の予告とかします。
https://twitter.com/iraemaru
次回更新は12月2日です。当初は1日の予定でしたが変更します。