【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
数年に一度の猛暑季が過ぎ、王都に乾いた風が吹き始めた頃。
王都でやるべき事をやり終えた俺達は、家族水入らずで念願のハネムーンに出かけた。
ロリコン一人、ロリ八人の気ままな旅である。ペットの鹿と猫も一緒だ。
ちなみに、夜間警備猫シグレは正式にチィレンさんに譲渡した。今俺の手元にいるヘカテ製召喚猫は警護斥候猫フブキのみである。
で、そんな俺達が最初に訪れたのは……。
「すぅ~、はぁ~。いいですねぇ、そこら中から香辛料の匂いがしますよ。みんな雑魚いし、ワタシの脅威になりそうな人がいないのもいいですね」
「ん、匂いもそうだけど空気が良い。わたしは王都より好き。歩くスピードも遅くてみんな呑気してる」
「急いでいないものね、ここの民草は」
「ちなスケベなこと考えてる人も少ないッスよ~」
「ふむ? ところでリリちゃん、ラリスで一番エロい街はどこ?」
「ダントツで王都ッス!」
「なんでソレを知りてぇと思ったんでぇ……」
ラリス王国はフライシュ領、リント市である。
背の高い石造りの建物が多い王都に対し、リントの建物は背の低い木組み&レンガの家々が大半を占めている。通りのあちこちに何の魔術的効果もない街路樹が植えられている中、魔導街灯等の魔道具も自然と街並みに融和していた。
街中も街道も緑が豊かで、住民達は冒険者含めてのんのんしている。フライシュ領は都会と田舎の良いトコ取りをしている場所だった。RPGだったら中盤で回復アイテムを安く売ってくれそうなマップって印象。
「んぅ~! やっぱりフライシュの黄金リンゴは最高ですね! 生でも美味しいのに、バターで焼くと甘さと香ばしさが凄くて凄いです!」
「カイゼルイモも美味しいのじゃ~。んむんむ……」
「どう見てもサツマイモ……いや異世界に薩摩がないから翻訳されないのか。リンジュで食べた焼き芋とは少し違うけど美味いな」
何より素晴らしいのは、飯が美味いところだ。
中でも特に美味しいのが野菜や果物等の農作物で、焼き芋や焼きリンゴの美味なこと美味なこと。量では夜森人の国に負けるそうだが、質では決して負けていない。
あと、冒険者になってからはあんまり気にしていなかったが、店で売ってる食材が王都より安くて良いね。特に鶏卵が安定供給されてるのはポイント高いですよ。
「これはイシグロ殿、よくぞ参られました。結婚式以来でしたか。ネザーレでの活躍は聞き及んでおりますよ」
さて、リント市観光もそこそこに、我々一党はフライシュ侯爵の居城であるリント城にやってきた。
通されたのはリント城の広間だ。目の前にいるのは俺より背が高くなった美食貴族子息のミラクムさんと、その一党員に加えてお付きのメイドさん数名。
アポ無しで乗り込んだ訳ではない。お招きされて参った次第。一応、尖兵戦のアレコレでイシグロ家とフライシュ家は戦友の仲だからね。
「お前の出番だ、イリハ!」
「お任せなのじゃ!」
貴族のお城に何をしに来たのかといえば、お料理である。
いや、厳密には少し違う。いつもは再現した現代日本料理を作ってみせてレシピを売っているのだが、今回の主題はそこではない。
とある調味料のプレゼンをしに来たのだ。
「え~、後にレシピをお見せ致しますが一応解説を。この料理はまず生地を作るところから始まります。実はこの工程が最も味の良し悪しを左右しまして……」
料理人イリハの手捌きはスピーディだ。ボウルに卵とか小麦粉とか色々を入れてかき混ぜて、そこに千切りキャベツを加えて軽く混ぜ混ぜ。
次いでヘカテ製の鉄板魔道具に油を引いて生地を落とし、その上に豚肉を乗せて焼いていく。焼けた生地の香りが広間に広がると、誰かの喉が鳴る音が聞こえた。
ある程度焼けたところでコテ二刀流でひっくり返し、弱火にしてから更に焼く。なんとこの鉄板、温度調節が出来る優れ物なのだ。
両面焼けたら肉のある方を上に鉄板皿に移し、完成である。審査員達の前に持っていくと、ミラクムさん達は見た事のない生地や鉄板の性能に感心しているようだった。
「素晴らしい香りですね。熱々の鉄皿で食べさせる事で冷めるのを防いでいる。つまりこの熱さこそが醍醐味なのですね」
「いいえ、ここからが真骨頂となります」
イリハのターンは終了していない。ジュージューと焼ける丸い生地に、粘性のある真っ黒なソースをドバッとかける。次いでササッとマヨネーズをかけ、鰹節によく似た何かを塗していく。
これにて、この料理は完成をみるのだ。
「お待たせいたしました。こちら、“お好み焼き”でございます」
そう、貴族の前でイリハに作ってもらったのは屋台風お好み焼きであり、かけたソースは例の黒いソースだった。
今までは例の黒いソースが存在しておらず、たこ焼きを作ってみても俺的には未完成だったところ、ヘカテのアトリエのお陰でついに産声を上げたのだ。
味も見た目もほぼほぼ本物。俺のふんわりした記憶で再現できちゃったあたり、錬金術師としてのヘカテーニャもやはり天才としか言いようがない。大した奴だ。
「どうぞ、熱いうちにおあがりよです」
「ほう……! マヨネーズに続き、見た事のないソースですね! これは期待できそうだ……」
熱々の生地の湯気に、ソースとマヨの香りが混じって腹にダイレクトアタック。こっちまでお腹空いてくる心地だ。
そして、一口サイズに切ったお好み焼きを食べたミラクムさんは、カッ! と目元にカットイン演出が入った。
「うっ、美味い……! こ、こ、これぞまさに! 味覚の大噴火だぁーっ!」
次の瞬間、ミラクムさんの身体から黄金の魔力が放散され、同時に金色に変じた髪が逆立って全身に電撃エフェクトを纏いだした。
なんと斬新な強化演出だろう。
「一見シンプルな料理に見えて、その実緻密で濃密だ! 熱く柔らかな生地の中で、細かい野菜と肉の油が互いを高めあっている! 柔らかな生地の中で、時にカリッとした焦げ目もまた絶妙と言わざるを得ない……!」
レビューの最中、ミラクムさんの隣で食べていた軍人淫魔さん――異種族交流会で出会い、今では側室になったお人だ――を含めた一党員達もまたスーパーフライシュ人に変身し、あまりの美食に負けたメイドABCはメイド服を爆発四散させて裸になっていた。
「何よりも! 極めつけはこの黒いソース! 酸味と甘味のバランスに加え、肉とも野菜とも相性抜群! マヨネーズの油を中和……いや昇華している! 例えるなら騎士と軍馬! 人馬一体! 出会うべくして出会った運命の相棒!」
はむはむと食べ進めながらレビューするラリス貴族。はしたなくも口の中で熱を冷まし、飲み込んですぐ冷えたビールで流し込む。
ガツンとジョッキを置き、云った。
「ハッ!? もう無い! このミラクムが美食に呑まれたというのか……! 悔しい、でも……美味すぎる!」
「御粗末!」
ドン! 審査員が満点の札を掲げてみせ、三角巾を解いたイリハがドヤ顔で締めくくった。
ふぅと安堵の一息。お好み焼きもそうだが、ソースが好評で何よりである。だが、万能ソースの本領はここからだ。
予定通り次々と鉄板料理を仕上げていく。キャベツたっぷりソース焼きそばに、お好み焼きと焼きそばが究極合体したモダン焼き。淫魔王国産卵のとんぺい焼きや、ソースを使わない鉄板料理として異世界式のもんじゃ焼き等も試食してもらった。
「「「美味すぎぐわぁああああ!」」」
あまりの美味に倒れるフライシュ家の人達。すると代わる代わる他の従者も参戦し、その全ては鉄板焼きとソースの魅力によって快楽墜ちしていった。
最終的に残ったのは、フライシュ貴族たるミラクムさんとその兄である当代フライシュ侯爵だった。御当主様いつの間に入ってきたんだ。曰く「気付けば飯を食べていた」そうだが、もうそれ異能だよ。
仕方ないのでトドメとばかりにトンカツやコロッケにあっさり版黒ソースをかけてお出しした結果、とうとう美食貴族も裸を晒してイリハが勝利した。お主こそ真の王国無双よ。
いや何の戦いだよ。
「それにしても、このソースは本当に素晴らしいですね。名前は何というのでしょうか? よろしければ、イシグロ殿が発明したソースとしてフライシュ領で大々的に量産を……」
「それについてはヘカテーニャにお願いいたします」
「よろしゅうな~」
そんなこんな。
皆さんが復帰した後、新型の鉄板魔道具と黒ソースの権利について交渉開始。此処から先はヘカテにお任せだ。
お好み焼き等のレシピはこれまで通り現金一括払いで構わないのだが、鉄板魔道具の内部機構はヘカテオリジナルであり、ソースに関してはクソデカシノギになる見込みなので慎重に決めていく必要があるのだ。
「恐れ入りますが、今しばらく財務方と相談させて頂いてもよろしいでしょうか。此度のソースは、これまでのレシピと同じようには参りませぬかと思われます」
結局、契約は後日改めて行う事となった。
このソースには上手く運用すれば余裕でひと財産作れるパワーが秘められている。けれど、俺はこれで金儲けをしようとは考えていなかった。コレはとあるイギリス人が試行錯誤して造ったものが元ネタで、俺はそれを真似ただけなのだ。金には余裕あるし、別にいいかなって。
一方、鉄板については殆どヘカテオリジナルなのでお好きなように。管理するの面倒だから設計図売っておしまいにするそうだが。
「うおっ、急に凄い人混み! 王都かな? 昨日までののんびりリントは何処へ行ったんですか。熱気ヤバ過ぎて同じ街じゃないみたいですよ」
「ん、でも殺気立ってないから平和」
「美食を前にするとフライシュの民は変になるみたいでのぅ」
「なぁなぁ亭主殿、あそこ酒売ってるぜ。ちょっくら一杯もらってきてもいいか?」
「昨夜、蜂蜜酒を呑み過ぎて朝から治癒を受けていたのは何処の誰かしら?」
「じゃあエリーゼはいらないらしいんでアタシ買いにいくッス~」
「要らないとは言っていないでしょう」
ソースのプレゼンもそこそこに、俺達は初日からフライシュ祭を見て回った。
フライシュ祭とは、年に一度催されるお料理バトルフェスティバルの事だ。優勝者のレシピはフライシュ家に買い取られ、然る後に民に広められる仕組みである。
「ふっ……まさか貴様と再戦する事になろうとはな。だが前回までのオレ様と同じだと思うなよ。貴様にはとっておきの拉麺で相手をしてやる」
「望むところでござる! 其方がその気なら、此方も新しい味噌を見せてやるでござるよ!」
祭の雰囲気を楽しみながらお料理バトルを見ていると、顔見知りの醤油森人シュロメさんといつぞやの美食四天王の対決を目にする事となった。
シュロメさんは俺が初めて見たフライシュ祭の優勝者で、この世界に味噌と醤油を生み出し普及させた聖人にして大英雄である。尖兵戦では一緒しなかったが、レノ救出作戦ではお世話になった戦友兼恩人だ。
「か、完敗にござる。まさかリンジュ産の醤油を使ってこれほどの逸品を作り上げるとは。心からおめでとうでござるよ」
「オレ様とて、貴様の醤油が無ければ勝てなかっただろう。良い戦いだった」
なんとびっくり今回優勝したのは美食四天王の方だった。醤油ラーメンで優勝したあたり何となく少年漫画のエッセンスを感じる。
まぁ醤油ラーメン自体はユゥリンが作ってくれるから俺からすると異世界にて初見という訳ではないのだが。ユゥリン曰く「拉麺は仕込みが面倒臭いんですよねぇ」とのこと。たまに気分で作ってくれるレアメニューである。
「イヤホォーウ! この疾走感がたまんねぇぜぇー!」
「ん、前よく見る。あんまりスピード出すと石踏んで大惨事」
「シャロさんは乗馬が下手だからはしゃいでるんですよ。まぁワタシも下手なんですが。にしてもコレほんとに凄いですよね。自分で漕ぐ感じが獣人的にめっちゃポイント高いですよ」
「おぉ~い、みんな待ってんかぁ~!」
「巨人に追いかけられてんの迎撃したくなるッスね……」
「道荒さんように気ぃ遣って走ると遅なるんやー!」
「ゆっくり行きましょう? 私はいつまでもこうしていたいわ」
フライシュ領の良いところは美食だけではない。このちょうどいい田舎感もまた大きな魅力の一つである。
そんな訳で、フライシュ祭を見届けた俺達は家族みんなで領内をサイクリングしていた。俺はエリーゼと二人乗りで、ヘカテはエメスアルマでのっしのっしランニング。
リント市を離れ、坂道あぜ道デコボコ山道を抜けていく。流れる景色、通り抜ける風が心地よい。
空戦車での移動は便利な反面、旅の情緒はあまり無い。その点、自分で操縦する自転車での移動は楽しかった。開発中の移動用リヴクラフトが出来たら、今度は皆でドライブに行きたいね。
「美味! これフライシュ領来てから何回言ったか分かんねぇけどマジで美味い! これが採れたて新鮮のフルーツの味!」
「はい! ボクもそう思います! 秋に食べる秋の果物は最高ですね!」
「ん、リンゴ美味しい。赤くなくても美味しいって初めて知った」
自転車コギコギで宿のある農村に辿り着き、そこで収穫したての果物を頂いた。
交通の関係でこの村の住人達は冒険者の扱いに慣れているようで、俺達が銀細工と見るや盛大にもてなしてくれた。買う予定のなかった果物とか余計に買っちゃったよね。
「昨日はゆっくり走ったんで、今朝は爆速で飛ぶッスよ! さぁゆけラザニア! 遥か無限の彼方まで!」
フルーツ村で一泊した後、今度は空戦車に乗ってまったり移動。目的地は村の近くにある灯台だ。
この世界は飛べる種族が多いのと空を飛ぶ魔物が多い都合で、ラリス王国の各地には見張り用の灯台があるのだ。
本日はそこでハイキングをしようというのである。
「おっ、貸し切りじゃ~ん。ここをキャンプ地とする!」
「まさか吸血鬼族のウチがこんな爽やかなトコでご飯頂けるなんてなぁ」
灯台に到着すると、そこには数名の兵士がいる程度で、ハイキングには具合のいい静かな場所だった
見張り兵に了解を取った後、景色の良いところに収納魔法から取り出したアウトドア用テーブルと椅子を並べていく。それからテーブルにお弁当を並べ、オープンだ。
「じゃじゃーん! リントで淫魔チーズ見つけたんで、ちょっと本気出してみたッス! どうスか? 美味しそうっしょ? 焼き系はグーラの炎にやってもらったッス!」
「頑張りました!」
「こっちのは殆どユゥの字に任せちまったぜ」
「いやだってシャロさん時々変なの入れようとするんですもん。素直に邪魔なんで試食担当にして静かにしてもらってました」
「わしはサポートに回って仕上げはエリーゼにやってもらったのじゃ」
「少し形は崩れてしまったけれど、食べてくれるわよね? アナタ」
「エリーゼの手作りなら、パパいくらでも食べちゃうぞー」
木製のテーブルの上に、色とりどりのお弁当が広がった。
実はこれ、リント市にいる間に組に分かれて作ったのを持ち寄ったお弁当である。俺の収納魔法に入れておけば何日でも新鮮な状態で保存できるんだよね。ちょっとしたサプライズだ。
カツサンドとかおにぎりとかシンプルなメニューが入ってるのはエリーゼ組だな。この香辛料の効いた弁当はユゥリン組だなとガタイで分析。うん、どれも美味しい!
ロリと眺める雄大な自然。ロリの手作りお弁当。一緒に食べるロリ妻達……。
「あぁ、幸せだなぁ……」
「お茶が美味いのぅ」
「若ぇのに年寄りみてぇじゃねぇかよ、ええ?」
一言でいうと、皆と食べるご飯は最高だった。
このノスタルジックな非日常感よ。なんか遠足を思い出す光景だ。殆ど毎日一緒に食べてるのに、皆も皆でいつもよりはしゃいで見える。外で食べる料理は赤くなくても三倍美味いもんな。
「いつか、ボク達の子供達もここに連れてきてあげたいですね。きっといい思い出になると思います」
「だな~」
激しく同意である。
走り回る子を眺め、時に一緒に遊ぶ。そんな幸せが手の届くところにあるのだ。俺はなんて幸せ者だろう。家族がいる幸せを分けてやりたいくらいだぜ。
「ん?」
なんて事を考えながら頬を緩ませていた、その時だ。俺の敵味方反応レーダーに感があった。
見なくても分かる、魔物ですらない弱敵だ。あのネバついたような殺気も、ゲッッッソリする怨念も感じない。ただの野生動物の気配である。
遅れて皆も気づいたようで、各々もそもそとご飯を食べながらその方向を見た。
「こりゃあ立派な鹿ッスね。ラザニアよりデカいんじゃないッスか?」
「食べられるところが多くて良いと思います」
「角が二本で綺麗に四つに枝分かれしとるから、雄のラリスオウマガシカやな。ざっくりした分類で言うと魔力保有生物で、がっつり肉食やで。鹿の割に強いせいかアホな上に勘も鈍いからウチ等をエサやと思っとるみたいや」
「鹿なのに草食じゃないんですね。クーシェンにはああいう動物はいなかったので新鮮です」
「デカすぎて一瞬分かんなかったけどオウマガシカか。こいつが狩れると里はお祭り騒ぎでよぉ。肉は美味ぇし角は薬になるしで捨てるトコがねぇんだ」
「焼いてヨシ煮てヨシで好きだったんじゃよな~、鹿肉」
「ん、人を食べたオウマガシカを食べるのは色々と拙いような……」
「レノ、それ以上いけない」
現れたのは、タッパだけなら我等の守護獣ラザニアより大きい巨大な鹿だった。
明らかに俺達を獲物として狙っている。ヘカテ先生に曰く下手な魔物より強いらしいが、まぁ俺からすると全く以て敵ではない。荒ぶる肉食鹿を前に余裕の会話である。
「どうします? ボクがやりましょうか? エリーゼがやると環境破壊になりそうですし」
「いや俺がやろう。グーラがやったら加工される前にミンチだ」
「くれぐれも血を飛ばさないで頂戴ね」
よっこいしょっと立ち上がった俺は、鹿に向かって無造作に近づいていく。
そんで逃げない鹿の角突進をジャスト回避し、流れるように鹿の頸部に武闘家系能動スキルをぶち込んだ。いわゆる首トンである。
結果、鹿は気絶した。野生動物ならもっと臆病な狩りをしなよ。
「で、これどうするよ?」
「角は魔法薬の材料になるで、あるなら欲しいんやけど」
「オウマガシカかぁ。アタイも手伝ったくらいしか経験ねぇし、こん中でこいつ捌いた事ある奴?」
「その……獲物の火葬ならやってましたが、狩りの手伝いはさせてもらえなかったので……」
「割と凶悪な鹿ですし、あの村に持っていきましょう。流石に慣れてるでしょうし」
「このデカさは空戦車には載せらんねぇッスよ。荷車とかなかったッスか?」
「無いな。今度ケインさんにお願いするか? いや注文しても使い道なさそうなんだよなぁ」
「ん、ならわたしが【念力】で運ぶ。この程度の魔力なら、気絶してる間は抵抗されないはず」
という訳で、灯台にいた兵士に話を通し、ゆっくりと弁当を食べ終え、膝枕したりされたりでイチャイチャしてから俺達は山を下りて街道を歩いた。
天使の念力で宙に浮く鹿と、自転車すいすいのロリ一党である。かなり異様だ。道中、通り過ぎる人からめちゃくちゃ声をかけられた。
「おぉ、これはこれは冒険者様! あのオウマガシカを討伐なさるとは!」
「あぁまだ生きてるんで下手に触らない方がいいですよ」
「え? うわぁ動いたぁ!?」
件の鹿を村に持っていったらば、村長さんってば満面の笑みでお出迎えである。なんだろう、すごい胡散臭い。
邪推かもしれないが、あわよくばって気持ちがあったのかもしれないな。先に言ってくれたら普通にやってたよ、この程度。まぁ流石にタダでとは言わないにしてもだ。
「で、でっけぇええ……!」
「アレにゃあ近くの冒険者が何人もやられたって話だが、マジかよやべーな銀細工」
「やはり王都の冒険者は格が違った。カッコいいなぁ、憧れちゃうなぁ」
巨大な鹿である。とりあえず解体しようとなって、獣の扱いに慣れた村の男達に捌いてもらった。
この世界の獣の解体には刃物以外にも魔法なんかを用いるそうで、いくら強かろうが俺の手伝える事はなかった。
何なら解体中の臭いが酷すぎて退避したまである。一党の面々は平気そうなのに、最もダメージ受けてるのが俺っていうね。
「グーラ?」
「……え? はい、何でしょうか」
そんな中、グーラは何故か上の空で解体作業を眺めていた。
寂しそうな、懐かしそうな。何を思っているのか、分からなかった。
「本当によろしいのですか? これほどの獲物を譲って頂いても……」
「まぁ成り行きでしたんで」
鹿の素材については、魔法薬の材料になるらしい角以外の全てを譲る事と相成った。肉も皮も持ってても仕方ないしね。
「大変だ村長! 近くの山に紅角の奴が出やがった! あの足跡に、噛み跡間違いねぇ! 今すぐギルドに冒険者依頼を……!」
ややもあり、狩人らしき男が息せき切って駆けこんできた。
必死に村の危機を訴えている彼だったが、対する村人達は何とも言えない表情だ。
「紅角って、このオウマガシカの事ですか?」
「……は? あ、はい」
「赤くないですけど」
「いえ、本来というか紅角ってのは返り血で赤く……って、えぇーっ!?」
切り離された角を見せると、凄まじい形相でまくし立てていた猟師さんはポカンと間抜け顔、次いで絵に描いたようなビックリ顔。次の瞬間、村人達に明るい笑いが広がった。
安堵感によるものか、狩人さんもまた腰を抜かして笑っていた。そんな彼の背中を村人が叩きまくる。
ああ、そっか、村人にとって、オウマガシカの出現はそれほどの緊急事態だったんだな。
「さぁ皆お食べ、オウマガシカのモツは美味しいよ! どんどん食べて大きくなりな!」
「オウマガシカの肉なんて何年ぶりだよ。子供ん時に食ったっきりだから、ひぃふぅみぃ……」
「指使ってんじゃねぇよ。てゆーかモツはガキ優先だ」
「大人には私特製のお酒があるからねぇ」
夜になると、シャロが言ってた通り足の早い肉を食う小さな祭が催された。
村の中心に大きめのキャンプファイヤーが焚かれ、狩ったばかりの鹿肉や果実等が焼かれている。皆の見える位置では角が取られた鹿の頭が鎮座していた。
「こ、これは絶対ビールに合うやつ! うん合うわ!」
祭の主役として、俺達は御大尽様的なもてなしを受けた。ご馳走として鹿の肝臓を頂いた。めちゃくちゃ美味しくてビックリである。
前世で食べた鹿肉とは大違いだった。食べた肉が悪かったのか、アレは油気のない鰤の親戚みたいで不味かったんだよな。
配られた酒もまた美味しかった。村には薬師兼酒造り担当の森人魔女さんがいらっしゃって、祭の最中も鍋をかき回して酒を配っている。
「ほらアンタ小っちゃいんだからもっと食べな! でないとあの旦那ぁ射止められないよ! あと子供はお酒呑んじゃダメだからね!」
「いやアタイはもう若くねぇし普通にお前さん等より年上……てゆーかエリーゼはいいのかよ」
「竜族って何でか特別扱い受けるんスよね~」
他方、我が妻達はその容姿故か村人達に飯を食わされまくっていた。
エリーゼは村の自称蟒蛇と酒比べしており、イリハはキャンプファイヤーの前で弦楽器を演奏し、レノは念力や聖水で子供達の遊び相手をしている。
ヘカテは森人魔女さんと何かしらの談義中で、陰キャのユゥリンは俺の近くで黙々と鹿肉を食べていた。
「素敵な村ですね、ご主人様……」
「ああ」
賑やかな祭の最中、グーラは珍しく食が進んでいなかった。
キャンプファイヤーの近くで踊る村人達を眺め、そこにはない遠くのどこかを見ていた。
彼女が何を想い、考えているか。流石に分からない俺ではなかった。
「皆が仲良しで、一生懸命で、たまに来る外の刺激に敏感で……村全体が家族のようです。いえ、思い返すと、それはボクの村も同じでしたね……」
狼人と犬人の間に生まれた、古魔族グーラ。
彼女はその特殊な生まれと異質な力によって迫害され、魔物災害で父を失い、村人を救った結果として奴隷の身に堕とされた。
そんな彼女からして、この村の光景には思うところがあるのだろう。
「もし、ご主人様が村にいてくれたら……」
たられば、である。
もし、俺が王都ではなくグーラの村に転移していたら、彼女の運命は変わっていただろうか。
チートがあったとはいえ、迷宮に潜らない身で村を襲った魔物を撃退できたとは思えない。十中八九、グーラの父を犠牲に俺も彼女と共に逃げただろう。魔物からも、村人からも。そうして冒険者になり、今のように力を求めていたのではなかろうか。
所詮、たらればの話だが。
「いえ、何でもありません」
「……そうか」
同じような事を考えたのか、グーラは妄想を振り切るようにして言った。
それから、手元の酒器を呷って元気に立ち上がった。
「ボク達も踊りましょうか。ほらユゥリンも行きましょう」
「あ、ワタシはいいです……」
「聞こえませんねっ」
「どわぁ!?」
やがてユゥリンを投げ飛ばすように掴み上げ、空いた手で俺の手をギュッと握った。
愛しい小さな手だ。熱く力強い、頼れる仲間の手だ。握り返し、立ち上がり、俺達もダンスに参加した。
まぁこの村の踊りとか知らんので、よくわからん謎ダンスみたいになったが。
「あっ、アタシも踊るッス! 実は淫魔学校にはダンスの授業とかあってぇ!」
「サキュバス・ダンスやな。ちょっとウチの子に学習させてもらってええ?」
「竜族に舞踏の文化はないけれど、まぁいいわ。私とも踊ってくださるかしら?」
夫婦のダンスに誘われてか、村の夫婦達も見様見真似の謎ダンスに参加してきた。
イリハが踊りに合った曲を演奏し、子供達の期待を受けたレノが念力を使ったファイヤーダンスを披露する。リヴクラフトに乗って踊るヘカテの向こうでは、シャロが森人魔女さんに絡まれていた。
「ふふふっ、ご主人様。何なんですか? この踊りは」
「さぁ?」
グーラの大きな目に俺が映っている。
俺の目にも、彼女が映っているだろう。
願わくば、一生。
「楽しいですね! とっても!」
「ああ」
どんな過去があろうとも、今は幸せである。今が幸せなら、それでいいじゃないか。
そこに間違いはなかった。
〇
後日である。
俺達は村で朝食を頂いた後、太陽と共に村を出た。
ちなみに、祭の夜には森人魔女さんや村の娘達からスケベなお誘いを受けたが、当たり前に全て断った。強い種が欲しかったのではなかろうか。
それから暫く、俺達はフライシュ領を見て回った。
フライシュ競馬を見に行ったり、大きな湖で船釣りをしたり、異世界ファンタジーの冒険者らしく依頼を受注して薬草採取なんかをしてみたり。
フライシュ領は自然を活かしたレジャーが多くて楽しかった。
「イシグロ様、こちらに署名をお願いいたします」
「承りました」
そして、リント市に戻った俺は、迷宮ギルドでいくつか手続きを行った。
ちょっと思うところがあって、新しい組織を立ち上げようと思ったのだ。
「ほ、本当にこれでよろしいのですね? 契約内容に間違いございませんか?」
「はい。全て間違いありません」
程なくして、ソース等に関するフライシュ侯爵家との話し合いが終了した。
先に結論から言うと、鉄板魔道具とソースの製造・販売権はどっちもフライシュ家が持つ事と相成った。
例の黒いソースは正式に“リント・ソース”との名が付けられ、販売時には商品のどこかしらにフライシュ侯爵の家紋と草薙の剣の同盟紋、それから開発者のヘカテーニャの名が表記される契約を交わした。
ヘカテ・ブランドは魔法薬界隈にて最強。各種初期投資もさせてもらって、継続的に収益の一部を頂こうというのだ。
ソースの売り上げで得られる収益の一部は、俺が新たに立ち上げた同盟“黎明の救護団”に支払われる契約だ。
そして、救護団に支払われたお金は止まり木協会およびフライシュ領内のちゃんとした孤児院や庶民向けの私設学校に自動的に寄付される。
この寄付金の管理は迷宮ギルドが行うものとし、横領とかされないよう草薙の剣とフライシュ家が監査する。いざとなったら二つの超暴力がギルドを襲うのだ。
寄付専門の財団を立ち上げ、そこから貴族お墨付きの支援を行う。こうすることで、止まり木協会だけではなくフライシュ領全体に継続的な支援ができる仕組みだ。
まとめると、フライシュ家と草薙の剣でソースを使った社会福祉の循環システムを作ったのである。
「いやぁちょ~っと既存の魔道具改良したくらいでこんな大金手に入るなんてなぁ! やっぱ持つべきもんはコネや思いますわホンマ!」
ちなみに、鉄板魔道具はレシピ同様現金一括払いでフライシュ家に買い取って頂き、その金は同じく新規設立した草薙の剣の下部同盟“クサナギ技研”に支払われる事となった。
鉄板に関しては完全にヘカテの功績だし、そのお金は全部リヴクラフトの研究開発費に充てるのだ。こっちの方が管理しやすいので。
「変に悪ぶる時ありますけど、リキタカさんって割かし良い人ですよねぇ」
「まぁ貧すれば鈍するって言うし、今は余裕があるからやってるだけだよ」
「や、何であれ利他的な善行。自分にも他人にも否定されるべき行いじゃない」
「弱者への施しは強者の特権よ。アナタも英雄らしい振る舞いが板についてきたじゃない」
せっかくのシノギをまるまる寄付に使う所業。別に、急に俺が意識高い系になってやった訳ではない。
報連相の結果、元々ソースで得た金は然るべき団体に寄付するつもりではあった。利己的に、社会的な後ろ盾を得るべく。そこに、ちょっとした工夫をしただけで。
「ありがとうございます、ご主人様。ボクは、そういうご主人様が大好きです」
「どうした急に」
「急じゃあないんですけどねっ」
寄付なんかで自己満足せず、力がある人はもっと積極的に世界に働きかけて、現場に行って困っている人を救うべき。そういう真っ当で善良な意見もあるだろう。
分かっている。けど、俺にそこまでの覚悟もバイタリティもない。それに、やる気のある素人が出しゃばって健全に回っている現場を荒すもんじゃないと思うのだ。
人助けは義務感でやるべきではない。義務は過ぎれば使命となり、使命はやがて正義と誤解し、正義は容易く暴走する。そして、道具に成り下がる。
俺は俺の心を信用していない。だから、やれる人に任せるのだ。慈善活動は、俺にはちょっと荷が重い。
「行きましょう。次の楽しい場所へ」
ただ、うっすらと、このカジュアルファンタジー風のバイオレンス異世界が少し優しくなったらいいなと思う。
自分、ロリコンですから。