【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
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「言ってくれるじゃない。貴方こそ、黎明の道を阻む意味を理解しているのかしら? 跪き、頭を垂れなさい。それが弱者に唯一許された強者に対する振る舞いよ」
黄昏の杖盟主・鬼畜眼鏡ことジェラール氏に注目が集まる中、我が同盟の銀竜令嬢は竜族らしい態度で以て応じてみせた。
じわりと、普段はその小さな身体に収められている莫大な魔力が滲出した。相貌には満面の笑みが浮かび、魔力は怒り一色に塗りつぶされている。
そんな彼女の魔力に、なまじ感知力の高いフォレ市の冒険者は否応なく緊張を強いられる事となった。さながらドラゴンの尾を踏んだ事に気付いてしまったかのように。
「王都人らしい品性下劣な思考様式だな。ここはアレクシストではない、魔導都市フォレだ。貴様等が浅ましく媚びを売っている止まり木の加護は届かぬモノと思いたまえ」
「あら、今の貴方が気にすべきは草薙の背後ではなく、私達だと思うのだけれど。神輿の上で踊る道化には、根源的な力の差が分からないのね」
「道化? 今、僕を道化と言ったか……!?」
対し、鬼畜眼鏡君も同量の魔力を解放した。互いに全開ではない、それでも並みの銀細工持ち魔導士を超える量の魔力が転移神殿に立ち上る。銀竜の静謐な怒りと、鬼畜眼鏡君の激しい怒りが拮抗し、俺の魔力感覚にエラーが生じた。
鬼畜眼鏡君と対峙するエリーゼの後ろ姿を見て、確信した。憤怒の魔力を出してる割に、彼女はそこまでキレていない。怒りを使っているだけだ。鑑みるに、エリーゼは俺の代わりに怒ってくれてるのだろう。いや、エリーゼの事だから単に戦ってわからせたいだけって側面もありそうだけど。
ともかく、これからどうすべきかを考える。冒険者は舐められたら終わりだ。仮に俺が波風立てまいと相手の言う事に従ってしまった場合、草薙の剣ひいては我が妻達がフォレ市の冒険者に侮られ、最悪俺等を“殴っていい奴”と判断されるかもしれない。そんな事ある? って話だが、そんな事ある世界に生きてるのだから適応せざるを得ないのが現実だ。
「ふん……! 零落こそすれ銀竜一族であるからと、情けを受けて解放された元奴隷身分の分際で偉そうな口を叩くな。キーキーと喧しいぞ、醜女未満のクソガキめ」
「おい訂正しろ殺すぞ……!」
エリーゼが言い返すより先に、転移神殿に男の低声が響いた。
俺だった。言っちゃった。でも何の問題もない。ついさっきまで事なかれ主義に傾いていた思考が、一気に戦闘思考に切り替わる。
頭の中で、取っていいリスクと取るべきでないリスクを計算する。結果、条件付きで戦闘可に落ち着いた。
「お前さ、あのさぁ……今、俺の嫁愚弄したな? 俺の家も侮辱したよな? 謝るなら今のうちだぞ、クソガキ……」
「もう忘れたのか? ここは王都ではないのだぞ。ましてフライシュ領のような田舎でもない。今この場で僕と戦えば、聡明なランベール侯爵はどちらの味方をなさるかな? 分かったら僕の言う事を聞きたまえ」
「自力救済だ。同盟および伴侶への侮辱に対し、俺はお前に謝罪を要求する。然らざれば自力救済の権利を以てお前に私闘を申し込む。忘れたか? 先に野卑と言ったのは其方だぞ」
「私闘? 自力救済だと? 正気か貴様。魔王戦争から何年経ったと思っているんだ」
ラリス王国の法において、家や個人への侮辱に対しては一定の条件下で暴力による名誉回復が容認され得る。そもそも俺等は互いに冒険者。喧嘩や殺し合いは日常茶飯事。盟主同士の決闘も、正式な手続きを踏めば公的に認められる。それに、俺には第三王子から貰った自衛目的の報復権が与えられているのだ。仮に拙い事になってもジノえもんが助けてくれるはず。
そのような損得勘定の末、俺は鬼畜眼鏡君を“殴っていい奴”と判断した次第である。自分より強い相手に喧嘩を売ったら殺される。異世界には、そんな大自然の掟が生きているのだ。
「ふぅ……君、さっき尖兵戦にいたって言っていましたね? この前カリオペ美術館行きましたけど、黄昏の杖を題材にした作品なんて一つも無かったですよ。もしかして君、自分の事を英雄と思い込んでいるだけの一般人だったり? それとも僕君の銀細工は先代の威光でプレゼントされたお飾りなんですかね?」
故に、煽る。殴ってヨシの状況とはいえ、先に手を出してもらった方が都合がいいのだ。
鬼畜眼鏡君の発言を振り返るに、彼は恐らく同盟に強い自尊心を持っているような気がする。眼鏡本体より同盟を小突いてやれば、通常よりも早く温まってくれるのでは、と。
「黄昏の杖を愚弄する気か! ギルドの承認など要らない! いっそこの場で決闘を……いや同盟間抗争を申し込んでやる!」
案の定、眼鏡君は鬼畜のような憤怒一色の魔力を噴出させた。彼に呼応したか、背後にいるモブ魔術師達も臨戦態勢だ。
いや、よく見たら最前列より後ろにいるモブ達は複雑そうな表情をしてるばかりで、やる気の「や」の字も感じられない。盟主に向かって迷惑そうな目を向けている盟友までいるじゃないか。どゆこと?
「そっちが先に構えたんですからね……」
まぁいい。俺は見せつけるようにして黎明のルーンソードを引き抜いた。俺の背後で仲間達も武器を構える。六対多だが、問題ない。この距離で負けるような鍛え方はしてないのである。
一触即発。穏やかな朝の転移神殿に、爆発寸前の緊張感が張り詰めた。誰か一人が身動ぎすれば今すぐ此処は戦場になるだろう。
「二人とも! お止めください!」
その時だ。仕立ての良い服を着た老紳士が速足以上マラソン以下の速度で歩いてきた。記章からしてフォレ市のギルド長だろう。
見れば、彼の背後でバリキャリ受付嬢さんが肩で息をしていた。銀細工同士がにらみ合ってる中、よくギルド長呼びにいけたな。凄い胆力だ。この人にボーナスをあげるべきでは。
「何を言う、ギルド長もランベール民だろう。余所者に黄昏の杖が馬鹿にされているこの状況を良しとするつもりか」
「そういう問題ではありません。ただ、共にラリス王国を代表する盟主同士が罵り合いの末に抗争をなさるなど、英雄の品性に関わると申しているのです。どうか冷静になられませ」
老紳士は鬼畜眼鏡君を真摯に宥めている。俺達が冷静なのを見てとってか、主なターゲットはガチギレしている黄昏側だった。
こういう展開は読めていたし、ぶっちゃけどうなっても良かった。でも、ケジメは付けねばならないので、もう少しお付き合い頂こう。
「先に侮辱してきたのは其方で、先に武器を構えたのも其方です。この場で正式な謝罪なくば、抜いた剣を納められません。ご理解いただけますよね?」
「れ、黎明のイシグロ様……! それは、そうですが……」
侮辱にしても何にしても、終始あっちが先攻だったのである。だから俺等が謝罪を要求できる側なのだ。やるかやらないか、さっさと謝罪してもらって事を治めたいところ。
個人的に、素直にごめんなさいを言えるのは美徳だと思う。堂々としたリーダーより、腰が低いリーダーの方が好感が持てる。けれど、ラリスでそれは少数派だ。
「そもそも貴様が僕の言う事を聞いていれば済んだ話じゃないか! これだから道理の通じない無学者は……!」
「盟主様、分が悪いです。ここは退いた方がよろしいかと……」
「しかし、やっと舞い込んできた好機だぞ? 余所者に邪魔されては探索に支障が……」
副官っぽい魔女が進言するも、鬼畜眼鏡君は不服げだ。見るに、黄昏の杖の半数は俺と喧嘩をしたくなさそうに見えるのだが、当の盟主は気づいていない。
「私は黄昏の杖の副盟主を務めさせて頂いております、ヴィオレットと申します。この度は盟主の言葉により皆様にご不快な思いをさせてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」
ややもせず、意固地になってる盟主に代わって件の副官ちゃんが俺達に顎をくいっと下げてきた。あくまで腰は折らない訳ね。
一応、謝罪されたのだ。受け入れるべきではある。しかし、そのやり方は拙いと言わざるを得なかった。
「私は、貴方に、謝罪を要求していません。黄昏の杖の盟主、ジェラール氏による心からの謝罪を要求しているのです。それとも貴女は、草薙の剣をその程度の相手と侮っているのでしょうか」
「え……?」
穏便に済ませようとした相手に、俺は「お前じゃなく盟主が謝れ」と返した。そうじゃないと侮辱と判断するぞ、とも付け足して。
何もかんも鬼畜眼鏡君が謝ってくれりゃいいだけの問題なのだ。そこを副官ちゃんに代行させたから、俺の立場からはそう返すしかないのである。
あーもう、こういうの凄い面倒くさくて嫌なんだけど。符操士の決闘みたいにシンプルにやろうよ。バトルしたら友達でいいじゃん。
「経緯はどうあれ、受けた侮辱は雪がねばなりません。他ならぬ、盟主ご自身によって。先ほど黄昏の杖と敵対する愚がどうのと仰っておいででしたが、貴方達こそ我々と敵対する愚を犯しています」
あまつさえ、副官ちゃんも副官ちゃんで、謝れば何とかなるだろうという甘い考えが透けて見えるのだ。少なからず、副官ちゃんも「まさかこの街で我々の不興を買う筈ないですよねぇ?」と思っている節がある。
しかし、話はもうそんな段階にない。盟主の決闘、同盟同士の抗争。俺はもう、そのリスクを許容した上で話しているのだ。
「今の貴方達に足りないのは危機感です。もしかして、まだ自分達は死なないとでも思っているんじゃないですか?」
ざわり。俺の発言に、さっきまで呑気してた後方傍観勢が委縮するのが分かった。ギルド長と受付嬢さんもこの世の終わりみたいな顔をしている。
俺のスタンスは単純だ。謝るなら許す。戦うなら叩き潰す。こっちはもう覚悟完了しているのだ。そっちが全て決めるんだぞ。
やがて、黄昏の杖の面々は怒りの魔力を引っ込めていった。臨戦態勢を解いたのだ。これでギルド側もひと安心。
「言わせておけば抜け抜けと! ふざけているのか、貴様……!」
けれど、そうは問屋が卸さない。シナシナになっていく黄昏の杖で唯一、鬼畜眼鏡君だけは更なる魔力を滾らせた。
無意識だろうか、彼の手にある魔法触媒に攻撃的な魔力が流れている。ここにきて副官達も俺でなく盟主を物理的に止めようとし始めたが、鬼畜眼鏡君はなおも怒りのボルテージを上げ続けていた。
「では、どうします? 今すぐ私闘でしょうか? 正式な決闘でしょうか? 盟友同士の総力戦? 何なら一対多でも構いませんよ。もちろん私一人でお相手します。弱い者いじめは良くないですからね」
「貴様どこまで……! いいだろう! 貴様等のような野蛮人程度、僕一人で叩き潰してやる!」
「ジェラール様!」
キレ散らかす鬼畜眼鏡君の前、俺は悠々と剣を担いで泰然自若。ある意味、もう試合終了である。
止まった盟主と止まらない盟主。余程の草薙アンチでもない限り、現状では黄昏の杖が悪者判定である。俺の勝ち、何で負けたか明日までに考えといてください。
「……なら、迷宮踏破で決着をつけよう」
ギルド長の説得は無視していた鬼畜眼鏡君だが、仲間達の懇願のような声には耳を傾けたようだ。魔力を制御した盟主は、搾り出すようにそう言った。
俺含め、訝しむ一同。やがて調子を取り戻したと見え、彼はニヤニヤ顔を浮かべていた。ちょっと予想が外れたな。開戦半分、立ち去る半分だと思ってたのに。
「迷宮で決着を? どっちが先に新しい迷宮を踏破できるかという話でしょうか?」
「そうだ。黄昏の杖が勝ったら貴様等は二度とこの転移神殿に足を踏み入れない。もし草薙の剣が勝ったらお望み通り謝罪をしてやろう。どだい貴様を倒したところで何の得にもならない。せっかくならば誉れのある戦いにしようじゃないか。まさか、迷宮狂いと呼ばれた君が、この勝負から逃げる訳ないだろうね? それとも黒剣時代の戦績は虚偽だったのかな?」
こうなる事は予想してなかったのか、黄昏の面々は狼狽したり頭を抱えたりしていた。
謝罪によるダメコンでも決闘による削り合いでもなく、元々潜るつもりだった迷宮探索で競うと。なるほど、今度は俺の方が逃げたら格下に思われるか。
だが、別に受ける必要はない。一定の勝利を収めた以上、俺はもうここは退いていいと思う。上手く煽り還せばこっちの勝利で幕を引けるはずだ。
「アナタ……」
しかし、もしそうしたら、エリーゼの心はどうなる。
彼女は今めちゃくちゃ機嫌が悪かった。怒りを道具として使えるのと、怒る気持ちは別なのだ。
意外な事に、他の妻達もムッとしていらっしゃる。珍しくレノまで不機嫌そうじゃないの。
「その勝負、お受けいたします」
アイコンタクトで報連相。俺はその勝負を受ける事にした。
鬼畜眼鏡君ではないが、元々潜るつもりではあったのだ。そこにレース要素が追加されただけである。
「勝負の開始は明日の朝だ。フォレ市にいる限り、我々は常に貴様等を見ているぞ。せいぜい夜道に気を付ける事だな」
勝負の内容を書面に起こし、お互い同意したところで、黄昏の杖は転移神殿から去っていった。
最前列にいた魔術師達は盟主と同じでこっちを忌々しげに睨んできたが、後方組の人達は俺達に一礼してから去っていった。なんとなく同盟の内部事情が分かる光景だ。
「なんか変な人でしたね。魔術師らしからぬ浅慮さと言いますか。ワタシが見るにシャロさん並みか以下だと思うんですけど、あれでイキッてんの何でなんでしょう? 実は凄い実力を隠してたり?」
「ん、あの人だけ妙にマスターに執着してた」
「ご主人が覚えてないだけで前に会ってなんかやらかしちゃったんじゃないんスか?」
「記憶にございません。マジで記憶にございません」
「お家の格を守るにしてもエリーゼは少々荒っぽすぎじゃないかのぅ?」
「優しくしたつもりだけれど? それに私が言い返さなかったらユゥリンが余計な煽りをしそうじゃない?」
「「「あぁ~」」」
「あぁ~って納得されるのに納得いかないのがワタシなんですよね。酷くないですか?」
「とにかく皆と合流しようか。え~っとグーラ達は……カフェ巡りの最中か」
新規迷宮もそうだが、ダンジョンレースは突発的に起こったイベントだ。旅行組と合流し、情報共有をしなければ。
そんな訳で、俺は位置情報チートを使って旅行中の皆と合流した。
「天性のトラブル体質っちゅーの? ある意味さすがダーリンって感じですなぁ」
「若者は喧嘩っ早くていけねぇや」
「でも、その場にエリーゼがいてよかったと思います。ボクがいたら、怯えて縮み上がっていたか怒って殴っていたかだと思うので……」
フォレ市のとあるオープンテラス。俺達草薙フルメンバーは、オシャレな席でコーヒーをしばきながらお話ししていた。
グーラはこの店のパンが気に入ったようで、さっきから濃厚コーヒーにパンを付けては頬張るを繰り返していた。あーた今朝もご飯食べたでしょー。
「旅行中にすまない。皆の力を貸してくれ」
「はい! 力仕事はお任せください!」
「もちろんや。ウチに出来る事あったら何でも言うて~」
「まぁこういう非日常に巻き込まれんのも一興って……いや普通に考えて迷宮潜るのって本来は非日常中の非常事態なはずなんだよな。アタイ、いつの間にか亭主殿に毒されてる……?」
かくかくしかじか。
事の顛末を説明すると、旅行組三人はやれやれといった表情で了承してくれた。
「……っていう感じだったんだけど、ヘカテ知らない?」
「いや流石のウチも冒険者については詳しないって。まぁでも、もしジェラール君がラン大出身やったら、執着はともかくダーリンを見下す理由は見当つくで」
「というと?」
「皆が皆って訳やないんやけどな? 昔からあってん、卒業生非魔法使い見下しがち問題。長いこと魔術万歳魔法最高って感じの魔導士に囲まれとるとな、魔術が価値観の中心になってそれ以外を下等や思うようになるんよ。加えて魔術師オンリーの同盟の盟主で、そんで圏外戦で活躍してもうたんやろ? そら増長のひとつもしようってなもんやで」
「竜族が竜族以外を下に見るようなものかしら?」
「武侠が武術やってない戦士を見下す現象ですねぇ」
「モテモテ淫魔が処女淫魔を見下す感じッスか?」
「リリィのはちょっと違うような……まぁ何となくわかったよ」
よく分からんが、魔術師界隈にも色々あるらしい。
まぁだからといって、ああも俺に噛みついてくるのは少々行き過ぎなように思われるが。何よりエリーゼへの物言いは擁護不可能である。思い出すと股間じゃなくて胸がムカムカしてくるので、負の感情はブラックコーヒーと共に嚥下する。イシグロが飲むフォレのコーヒーは苦い。
「ど、ど、どうも、失礼しまぁす。へ、ヘカテーニャ先生……ですよね?」
「ん? そうやけど、どちらさん?」
新規迷宮に潜っている間の警備について話していると、急にヘカテに声をかけられた。
彼女は黒基調の魔女っぽい恰好をして、長い黒髪で片目を隠している女性だった。ていうか普通に知り合いだ。
「あ、ごめんなさい。お声をかける順番を間違えました。お久しぶりです、イシグロさん。わわ私、デアンヌです。此処の領主の娘で、苗字はフォレとランベール……」
「御久しぶりです、デアンヌさん」
デアンヌ・フォレ・ランベール。その名の通り、ランベール領を治める貴族の娘で、尖兵戦においては共に魔物と戦った無二の戦友である。
彼女とは美術館で会ったきりで、あの時はラリス大学の教授をやるとか何とか言ってたが、あれからどうしたんだろうか。てかヘカテのこと知ってたのね、一方的っぽいけど。
「ささ、さっき魔道具市を歩いてたら黄昏の杖の方からお話を伺いましてぇ。な、なんかイシグロさん達がフォレに来てて、しかも変な決闘に巻き込まれたって聞いてぇ。いやまさか、あの黄昏の杖がイシグロさんにちょっかいかけるとは、よよっ予想外でした。我が領にありながら皆様をお守りできず、申し訳ございません」
「い、いえ、デアンヌさんが謝るような事では全くないので……」
「話いくの早いッスね」
「黄昏の杖の盟友とは個人的に仲良くさせて頂いておりましてぇ。ほ、ほら、あの子です。実は特異な魔術体質を持ってまして……」
デアンヌさんが目線をやると、その先には盟主の後ろで震えていた陰キャっぽい女魔術師ちゃんの姿があった。
あー、マジで一枚岩ではないのね。それでデアンヌさんに泣きつくあたり、相当困ってそうだ。競争相手ながら軽く同情してしまう。
「その、なんか凄い事になっているので、私から当代盟主に言っておきましょうか? ここ。こういう時って本来は原則不干渉なんですけど、悪いのは盟主さん個人ですし……」
「いえ、大丈夫です。今回はデアンヌさんのお力をお借りすべき場面ではございませんので。お心遣いだけ有難く」
ランベール家が守ってくれるとの申し出だったが、現状だとそれはそれで問題である。
既に彼の同盟とは勝負をするという契約を交わしちゃっているし、俺が貴族に泣きついたとなれば余計に舐められる。極論、有象無象にどう思われてもいいのだが、荒野の牙や止まり木同盟等に虎の威を借る狐だと思われてしまうのは少々拙いし戦友として申し訳が立たない。事ここに至っては、追い詰められた狐はジャッカルより凶暴だってところを見せるチャンスと捉えるべきだ。
あくまで後ろ盾は抑止力。それが効かない相手の場合は、力で何とかしなくちゃな。それが冒険者流であり、ラリス流である。まったく嫌になるね、ラブ&ピースといきたいものだ。
「は、はい。黄昏の杖は、確かにフボール地方の尖兵戦に参加しておりました。おお。主にミッド平野の防衛砦でご活躍を。い、いし、イシグロ様は、直接お会いしてはいらっしゃらないはずです」
代わりとばかりに、俺は件の同盟について訊いてみた。
鬼畜眼鏡君の大言壮語は事実だったようで、実際黄昏の杖はランベール随一の有力同盟だったらしい。冒険者の中では比較的品行方正で、尖った構成の割に圏外戦にも堪え得る規律とプロ意識を持っていたという。
「黄昏の杖は、一部問題こそあれ真面目で誠実な同盟でした。ですが、先代盟主が冒険者を引退して当代の盟主になってからは、ちょっとあんまりよくないなぁって感じになっちゃってます。すると先代に続いてベテランの盟友も抜けていき、残ったり新しく入ってきたのは尖った盟友ばっかりで……」
「先代は今どこに?」
「今は戦いから離れ、いちフォレ市民として穏やかに暮らしているそうです。先代はランベール家の推薦で金細工に勧誘される程の逸材だったのですが……」
が、それは尖兵戦以前の話。先代の頃は誰もが認める優等生同盟だったが、当代の鬼畜眼鏡君には先代程のカリスマがなく、彼が盟主になってからの黄昏の杖は評価が下がる一方だという。
まともな盟友は先代に続くように同盟を抜け、残った盟友と新しい盟友でエコーチェンバーが発生し、魔術師優生思想がよりいっそう醸成しているのだという。ざっくり言うと、元の魔術師優生思想にプラスして、尖兵戦での功績でイキッて増長してしまったのだ。
「黄昏の杖に花を持たせるべきでしょうか?」
「い、いえ、全然。何なら殺さない程度に殴ってあげてください。そ、その方が誰にとっても良いと思いますので。ななな内定なんてないのに、何故か貴族のつもりなんですよね、今の盟主さん」
いざとなったらご助力いたします。そう言って、陰キャ魔女貴族令嬢デアンヌさんはトボトボと去っていった。
ああは言っていたが、黄昏の杖がランベール領にとって重要な同盟である事は確かなようである。あまりやり過ぎるのはよくないだろう。そう思うと、あそこでガチ戦闘にならなくてよかったな。
「で、どうするのかしら? 余程の事がない限り、初日に終わらせる事もできると思うけれど」
「功を急いで痛い目見るなんてのは嫌だから慎重にやるつもりではいるけども」
今回、別に負けても俺達の被害は少ない。それよりも勝ちに拘って迷宮で下手こく方が問題だと思う。
だからといって、鬼畜眼鏡君に勝ちを譲るのも面白くない。デアンヌさんの為にも、これ以上黄昏の杖を増長させるべきではないだろう。やはり、勝ちを狙うべきだ。
「じゃあ、負けないように保険かけとくか」
「保険ッスか?」
一つ、思いつく。
ただの勝利ではなく、パーフェクトな勝ち方を。陰キャの戦いを見せてやるのだ。
ここにヴィランは居ないのだから。
〇
俺が勝てば向こうが謝り、向こうが勝てば俺が去る。草薙の剣と黄昏の杖のチキチキ新規迷宮踏破勝負は、明確なルールを持って執り行われる事と相成った。
一つ、勝敗は先に迷宮を踏破する事によって決定される。一つ、迷宮踏破の確認は主規格の聖遺物をギルドに提示する事で行う。一つ、期間中は迷宮内の情報をギルドおよび他の同盟に対し開示してはならない。
その他、細々としたルールがいくつか。要するに同盟だけで探索して先に迷宮をクリアした方が勝ちである。
「我々黄昏の杖は、銀細工持ち冒険者を六名に加え、鋼鉄札を三十八名抱えている。契約の際に数の制限を儲けなかった其方の落ち度だ。悪く思わないでくれたまえよ」
「お互いご安全にですよ」
ダンジョンレース初日。眼鏡をクイクイしながら言い残し、鬼畜眼鏡君は件の新規迷宮に潜っていった。
例によって、一党の編成は全員魔法職のように見えた。彼に続き、黄昏の杖の他盟友も一党を組んで潜っていく。人数の利を活かした人海戦術である。
黄昏が潜り切ったところで、黎明も潜った。メンバーはスタメンで、最初に強く当たって後は流れでって感じ。
「ふぅん。ま、こんなもんか」
「や、マスターのチートがあるからこそだと思う」
「とにかく魔物が弱いです。初めて潜りましたが、機球迷宮程ではありませんね」
「アレは例外中の例外なんじゃよなぁ」
新規迷宮。いざ入ってみたそこは夜の砂漠といった雰囲気で、砂の代わりに灰が山積している広大な迷宮だった。荒野地帯に生えてる木には青紫の毒の実が実り、オアシスは無限モンスター湧きどころになっていた。
で、強く当たってみて理解した。ここ別に大した迷宮じゃないぞ。あと魔物も強くないし、普通に弱点突けるので戦闘面は楽勝である。
なので、一回目はじっくり探索メインで進んでいった。地形、魔物、特殊ギミック等々を思う存分観察し記述し分類し検証する。
おぉ、マジェスティック。実に楽しい迷宮探索じゃないの。アメイティブな体験だ。
「はいお疲れはいバトンタ~ッチ。飯食ったら続き行こうか」
「ランベール貝のワイン蒸しを食べましょう。匂いだけでも最高なのは丸わかりでした」
「魔法を撃ち足りないわ……」
そんな感じで、一度目の迷宮探索は終了した。帰ってきたのはその日の昼過ぎで、お昼ご飯後にもう一度潜った。
初日二度目の迷宮はヘカテにも参加してもらい、各種フィールドワーク魔術であちこち探索。一応、魔物相手に純血魔術も試してもらったが、そこまで通りは良くなかった。これも情報に書き加える。
一通りの属性相性は検証し終えたので、あとは各魔物の部位ごとのダメージの通り易さを調べる所存。
「はいお疲れ~はい帰宅~。明日もいい日になりますように」
「ん、明日も潜る。ユゥリンなら余裕だと思うから、頑張って」
「かしこまです。情報通りなら問題ないでしょう。レベル上げレベル上げ」
「楽勝って聞いたらすぐコレなんだもんなぁ」
一日目二度目の探索が終わったら、宿に戻って迷宮の情報を纏める。
攻略に肝要な情報は殆ど集まったようなものだが、パーフェクトゲームには細かい仕様まで把握すべきと考える次第。この一個一個項目を埋めていく快感よ。
「貴様は昨日も潜っていただろう。貴様が死ぬのは望むところだが、愛しい伴侶とやらの体調は管理できているのか? 焦って全滅など笑い話にもならないぞ」
「鍛え方が違うの」
二日目である。鬼畜眼鏡君はお休みし、本日は盟友達に任せるそうだ。一方、俺達は最適なメンバーで潜っていった。
この迷宮は複合型の謎砂漠マップになっている。昨日二回潜った感じ、いくつか存在するコミケピラミッドの中の何処かに確定でボス部屋がある仕様らしい。
当たりピラミッドとハズレピラミッドだが、最深部まで行かないと正解か不正解か分からない。で、本日はその当たりハズレを見分ける方法を探るのだ。
「ストップ。そこ罠あるよ」
「ほな眷属に踏ませてみるか。てゆーか入口から鼠の大群出して突撃させてみる? 内部の罠全部踏んだらどうなるかも見ときたいし」
「真祖の真祖たる所以ね。その次は外側から壊せるかどうか調べましょう」
逆ピラミッドの攻略は、どこぞの秘境探検隊みたいで楽しかった。
通路は狭く、罠も多い。ピラミッド内部の攻略には斥候役の働きが重要である。その点、魔法職で固められた黄昏の杖の子達は大丈夫だろうか。競争相手とはいえ、こんな下らない意地の張り合いで命を落とすのはどうかと思う。命を大事に、生きようね。
「うん、大体分かった」
三日目の探索で、とうとうボスピラミッドの仕様が概ね把握できた。
四日目・五日目はマップの端から端までを見て回り、六日目の探索ではこれまで発見できなかったレアモンスを発見した。
砂を泳ぐシャチである。しかも、既存の魔物図鑑にはいない新種の魔物だ。これはテンションが上がるというもの。
戦ってみたところ、例の砂シャチは並みの迷宮の主よりも強く、いくつも特殊な技を使ってきた。けどまぁ圏外で出てきた特異個体よりは弱かったので、普通に地力で押し勝った。そしたら見たことない謎素材がドロップしたので、これまたウハウハである。
巨像迷宮の時もそうだったが、やっぱりレアモンスを狩ると美味しいね。ギルドに提出する用と、ドワルフへのお土産用に最低二つはゲットしたいところ。砂シャチ自体が確率ポップっぽいので出てくるかどうかは運次第だが。
「よぉし来た来た来た来た! 今ッスよグーラ! 後は任せたッスー!」
「了解! フィィイイイイッシュ!」
「フォーメーション・シータ! レノを援護するぞ!」
「陽の氣でいっぱいにしてやるのじゃ!」
「ん、久々のレーゼンヴィー。狙って乱れ撃つ所存」
七日目以降、俺は砂シャチを狩りまくった。
レアドロップもいいが、経験値が美味くてイイネ。いい機会なので、控え組のレベルアップも同時進行した。
「イシグロ! 貴様どういうつもりだ!」
そんなある日の事。迷宮から帰ると、鬼畜眼鏡君が詰め寄ってきた。
「初日からずっと連日迷宮に潜るなど、貴様には盟主としての自覚があるのか!? 貴様にとって盟友とは、伴侶とはその程度の存在なのか? あまつさえヘカテーニャ教授まで連れ回すなど! 教授を解放しろ!」
まぁ確かに連日連れ回すのは重労働だが、それを言ったら勝負をしかけてきたのはそっちである。ついでにヘカテとは結婚しているので、ちょっかいかけてきたら問答無用で殺す。
「くっ、迷宮狂いの噂は本当だったようだな……!」
その旨の返答をすると、彼は不機嫌そうに帰って行った。
どうやら、彼等黄昏の杖は苦戦中らしい。踏破にはまだまだ時間がかかりそうだ。
「ああ言われちゃったし、明日は休む?」
「私は潜るわ。完璧に勝つのよ、必ずね」
「ん、天使大活躍のシャチ漁を止める訳にはいかない」
「こんな楽な迷宮、潜らない理由がないですぜ旦那ぁ。ふへへ……」
「わし的にはサポートだけやってりゃいいから楽なんじゃよな~」
「エメスアルマぶん回せて楽しいしな!」
「ピラミッド内はぶちぬき丸を振り回しにくいので、短剣術の練習になるのもいいですね」
ぶっちゃけ、この迷宮はレノさえいれば恐ろしく難易度が低い。だから皆も余裕だった。ユゥリンが言うんだから間違いない。
理由は単純で、謎砂漠の魔物にはレノの光力が通りまくるからだ。聖属性ではなく光力が通ってるあたり、かなり天使有利な迷宮と言えよう。
「やぁやぁ、苦戦しているところ失礼。我々は本日この迷宮を踏破する事にしたよ。それなりに頑張ったようだが、所詮は力任せの野蛮人。今のうちに荷物をまとめておくんだな」
「そうですか。くれぐれもお気をつけください」
「チッ。何なんだ、いったい……」
ダンジョンレース開始から二週間が経過した日の朝。鬼畜眼鏡君は銀細工のみの魔法職一党を組み、意気揚々と潜っていった。
俺もその後に続いた。迷宮探索も程々に、彼が今日踏破するという宣言を信じて早めに帰る事に。
「今までずっと紅茶を飲んでいましたけど、フォレに来てからコーヒー党になりそうです。匂いもいいですし、とても美味しいですね。甘いお菓子との相性が最高です」
「ところで、コーヒーの上に例のソフトクリームを乗せたらもっと美味しくなると思わないか?」
「それ絶対美味いやつッス!」
「同じ豆でも淹れ方次第で味が変わるの面白いのじゃ。ちょっと本気でコーヒー修行してみようかのぅ」
「あばばばば、ウチは紅茶党で居続けるんや……! コーヒーなんかに負けたりせぇへんからな……!」
「紅茶も呑む コーヒーも呑む。両方を共に美味いと感じ血肉に変える度量こそが休憩には肝要です」
「なぁなぁ前に噂で聞いたんだがよ? コーヒーにサトウキビの酒ぇ混ぜると美味いらしいじゃねぇか。今度やってみようぜ」
鬼畜眼鏡君の帰還を待っている間、草薙フルメンバーは転移神殿内のカフェで軽食を食べていた。
それにしても、ランベール領で飲むコーヒーは非常に美味しい。甘いの苦手な俺もコーヒーと一緒に侵し食べて皆と同じ美味しさを共有できるの最高。
「ははっ、はははははっ! どうだイシグロ! 新たに生まれた迷宮を黄昏の杖だけで踏破してやったぞ! 黄昏の杖の勝利だぁ!」
夜も近い夕暮れ時、鬼畜眼鏡君は戻ってきた。
余程の激戦を制してきたと見え、彼の装備はボロボロで魔力もカツカツ。それでも六人揃ってて安心である。
「これが! 迷宮の主が堕とした聖遺物だ! よく見ておくんだな!」
ドン! 鬼畜眼鏡君が叩きつけるようにして聖遺物を受付机の上に置いた。ザコドロップとは異なる、誰の目にも明らかなボスドロップ。それは拳大の謎の木の実だった。
「大方の予想通り、黄昏の杖が勝ったか。まぁ大した儲けにはならんな」
「やはり黄昏の杖こそランベールの英雄! 王都人には考える頭がねぇからこうなる!」
「今の盟主も中々やるじゃねぇか」
俺より先に聖遺物を出してみせたのだ。これにて、このダンジョンレースは黄昏の杖の勝利となり、草薙の剣は敗北した。
歓声に包まれる転移神殿。騒ぐ冒険者。したり顔をしている黄昏の杖の面々。最早お祭といった様相である。
俺は、この瞬間をこそ待っていた。
「契約通り、草薙の剣にはこの転移神殿から出ていってもらうぞ。貴様等の大好きな勝負の結果だ。甘んじて受け入れろ」
「ええ。ですが、その前に……」
ドヤ顔鬼畜眼鏡君のお言葉を聞き流しつつ、俺達も受付机に向かって行った。
次いで収納魔法からとある聖遺物を取り出し、先の鬼畜眼鏡君と同じ机に置いた。ゆっくり、見せつけるように。
拳大の、謎の木の実を。
「遅ればせながら、我々からも聖遺物を提出いたします」
「……は?」
瞬間、鬼畜眼鏡君の顔が時間停止でも食らったかのように固まった。盟主に遅れ、徐々に徐々に周囲の音が消えていく。
受付机には、全く同じ聖遺物が置かれていた。黄昏の杖が置いた物と、草薙の剣が置いた物。紛れもなく、迷宮の主が吐き出した聖遺物である。
この場に、この意味が分からない者はいなかった。
「あぁそうそう、すっかり忘れていました。実はこの聖遺物はまだありまして」
更に、次々と、俺は同一の聖遺物を提出していった。
一つ置き、また一つ置き。その度、鬼畜眼鏡君の作画は崩壊していき、さっきまではしゃいでいた黄昏の杖の盟友達はお通夜みたいになっていた。
やがて都合十五個の聖遺物を置いた頃、無言のざわめきが転移神殿を覆う。
「あと、稀少聖遺物と迷宮内に稀に出現する魔物の聖遺物も……」
まだ終わらない。俺はボスレアドロップに加え、レアモンス枠である砂シャチ君のドロップアイテムを提出し、ついでに今まで出してこなかったザコドロップも雑にどっさり放出した。眼前のバリキャリ受付嬢さんの顔は真っ青になっていた。
「なに、なんだ? 何だこれは……? どういう事だ! おい、説明しろ!」
種も仕掛けもございません。ただ、俺は一日目の時点で件の迷宮の踏破を完了していて、今日まで報告してなかったというだけの話である。
ドロップアイテムがレースの日数より多いのは、一日に二回潜った日があったからだ。初踏破で深域武装が落ちなかったのは残念だった。
要するに、いつから俺が迷宮を踏破していないと錯覚していた? というやつである。
「こちらの本に情報を纏めておきましたので、どうぞ御納めください」
「え? え、えぇ……?」
さらにもう一発。俺は青ざめた顔の受付嬢さんに、いい感じの本を手渡した。表紙の素材から何から無駄に拘り抜いた逸品である。
呆然と、受付嬢さんはソレを開き、次いで目を見開いた。内容は俺個人の迷宮記録――草薙の攻略本である。地形変動の法則やピラミッドギミックの正解と見分け方。魔物の欄には弱点や行動パターンだけではなく、レノによる設定集風スケッチが描いてある。
これが保険である。だから、本当に負けてもよかったのだ。
「な、何ですかこの情報量……! 緻密なスケッチに、魔物ごとの弱点に脆弱部位! これが噂の攻略本……!」
「うっ……嘘だ、適当な事を書いてるに違いない! よこせ!」
ショックから立ち直った鬼畜眼鏡君は、内容に驚愕する受付嬢の手から攻略本を奪い取った。
中身を読んでいくにつれ、鬼畜眼鏡君はプルプルと手を震わせて冷や汗をかきはじめた。
「貴様は、まさか……! 僕達が踏破するのを、ずっと待っていたというのか……? この時の為に、黄昏の杖に敗北を植え付ける為に……」
彼の問いには、あえて答えない。俺はアルカイックスマイルを継続し、真っすぐに彼と目を合わせ続けた。
「おい、答えろ! 黙るな! 貴様には説明の義務があるだろう!」
「ルールで定めたように、この勝負は我々の敗北です。草薙の剣は転移神殿を立ち去りましょう」
「なっ、はあぁぁぁ……?」
戦わずして完全王者。試合に負け、勝負に勝った。これにて格付けは完了した。
俺は皆を引き連れ、歩き出した。俺達を囲んでいた黄昏の杖が割れ、凱旋の道を作り出す。俺達を囲む魔術師達は、理解できない怪物を見る目でロリとロリコンを見ていた。
畢竟、畏怖である。ネタでも何でもなく、これで勝ったとは思えないはずだ。
「あぁ~、まぁ所詮は先代の威光ありだったって話か。しょーもな」
「さすが魔龍殺しの英雄だ! 英雄としての格が違った!」
「俺は最初から信じてたぜぇ!」
冒険者達の熱い手のひら返し。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
でも、なんだろう。思ってたほどスッキリしないね、これ。チートを使って競争相手を負かし、格の違いを見せつける。そんなに気持ち良くないゾ。
けれど、エリーゼを筆頭に我が妻達は皆さんドヤッと満足げだ。彼女達の尊厳を取り戻せた。今回はそれでヨシとしておこう。
「ふざけているのかぁあああ!」
その時だ。背後で鬼畜眼鏡君が声を荒げた。
振り返る。彼は俺に杖を向けていた。魔力切れに近い状態だというのに、感情の爆発で莫大な魔力が噴出している。一種の暴走状態だ。
「けっ、決闘を! 貴様に決闘を申し込む! 盟主としての誇りを賭け、僕と戦え! イシグロ!」
副官ちゃんが盟主を止めようとしていたが、彼は一顧だにせず迫ってきた。
俺は剣に手を添える事もせず、無防備のまま彼と対峙した。
「お断りします。戦う理由がありませんから」
「逃げるのか! 盟友の前で逃げを選ぶというのか! 腰抜けめ! 盟主として情けないとは思わないのか!」
「ええ、逃げます。命が惜しいですからね」
「なん、だと……貴様ぁ! あの時からずっと! 本当に! どこまで僕をコケにすれば……!」
ラリス王国の価値観……とりわけ魔術師的な価値観において、感情を制御できない人は未熟者と見做される。
涙を流すのはいい、激怒しても構わない。けれど、感情に呑まれるのは弱さと見做され、弱者は強者に見下され、やがて尊敬を失うのだ。
その点で言うと、今の鬼畜眼鏡君は弱者そのものであり、俺の振る舞いは強者のソレに他ならなかった。
黄昏の杖の面々の、盟主を見る目に冷気が宿る。しかし当の盟主は気づいていなかった。
「人でなしがぁ……!」
鬼畜眼鏡君の杖が危険な色を帯びる。彼はこの場で魔法を撃つ気だ。ギルド職員の悲鳴が上がる。慌てて取り押さえようとする黄昏の銀細工。俺は【魔力の盾】で【弾き返し】をすべく魔力を集中させ……。
「そこまでだぜ! ジェラール!」
声が響いた。
張りのある、大音声だった。出入口から声の主が歩いてくる。
派手な髪型に、清潔感のあるエプロン。誰あろう、彼の名を忘れられようはずもない。
「ジェラールよ、何をやってるんだ。いつもクレバーで冷静なお前が、全く以てらしくもない」
「めい……お師様!」
「違うぞ。今のオレはプネウマスター・ジョーだぜ」
プネウマスター・ジョーがそこにいた。
……え? なんで?
「事情は杖の者から聞いている。また訳の分からない意地を張って、ギルドだけでなくフボールの大英雄にまで迷惑をかけて。知性をもって品性とし、礼節によって魔導士と成る。いつも言い聞かせていただろう」
「は、はい。しかしイシグロは、我々にとっての……」
「お前にとっての、だ。割り切れていないのはお前だけ。剣士が憎くても剣を憎んではいけない。今さら当たり前の事を言わせるな」
かと思ったら、なんか身内で話し始めた。事情を知ってるっぽい人達も神妙な表情でホビアニ店長の話に聞き入っている。
このまま凱旋するつもりだったのに、完全に空気を持っていかれたゾ。すみません、もう帰っていいですか?
「黎明の。少し、時間を頂いてもいいだろうか? 先代盟主として、貴方達に話をさせてほしい」
「え? あ、はい」
こういうアドリブには弱い。俺はホビアニ店長に誘われるまま、ホイホイとついていってしまうのであった。
「実はな、黄昏の杖は尖兵戦で盟友の多くを失っているんだ。その中には、ジェラールの恋人もいてな」
転移神殿の個室で伝えられたのは、ホビアニ店長ことジョー氏の過去と黄昏の杖についてだった。
曰く、プネウマスター・ジョーとなる前、彼は黄昏の杖の盟主だったそうだ。偉大なる先代とは、ホビアニ店長の事だったのだ。
ジョー氏が盟主をやっていた頃、彼等は尖兵戦に参加した。その折、俺達草薙の剣はジェラールさんの救援信号を無視したらしい。結果的には草薙の剣が砦に持ってきた物資で生き残れたものの、鬼畜眼鏡君は当時の事を根に持っているそうな。
後半戦はともかく、当時の俺達は物資輸送に全力を出していた為、味方の救援は原則無視していた。てか、そういうの嫌でステルス魔法をかけてたのに何で分かって……ああ、鬼畜眼鏡君の眼鏡に看破系補助効果が付いてるのか。この世界の眼鏡は視力矯正用ではないのである。ニーナさんの眼鏡も深域武装の伊達眼鏡だったと思うし。
「……で、尖兵戦の後に俺は冒険者を辞め。こうしてプネウマスターをやっていると言う訳だ。ジェラールにはしっかりと引き継ぎをしたつもりだったが、まさかこうも歪な組織になっていたとは……」
「俺達にプネウマを勧めてきたのは……」
「単に有名人が符操霊を使えば宣伝になるかなって思っただけだぜ。他意はないぜ」
「そ、そうですか」
「そ、そうだっ! だからお師様は正気を失い、符操霊なんていう下らない玩具に傾倒して栄光ある魔道から外れたんだ! あの時、貴様が助けてくれていれば……」
「そうか……そんな風に思ってたのか、ジェラール」
「ええ、えぇそうです! お師様が魔道の誇りを取り戻し、あの時のように魔術師として返り咲くまで、僕は黄昏の杖を……」
「プネウマパンチ!」
「ぐべら!」
「その眼鏡は飾りか? こっちは好きで符操士をやってるし、引退は前々から決まっていた事だ! 説明しただろう散々に! 昔からお前は自分の物差しでしか他人を見れない奴だったが、いつまでそうしているつもりだ! いい加減に成長しろ馬鹿弟子が!」
「ひゃ、ひゃい……」
なんか色々と師弟の青春をやってるが……。
まとめると、しょうもない話だった。新規迷宮で功績を上げられると思ったら、にっくきイシグロ何某が現われて、喧嘩売ってこのザマである。
俺はもう尖兵戦での功罪は既に呑み込んでいるので、当時の事を誰に何と言われようが何とも思えないのである。
「少し厳しい事を言うようですけれど、ジェラールさんのソレは逆恨みというやつです。貴方が私を嫌うのは自由ですが、私に危害を加えてもいい理由にはなりません。そこまで私が憎いなら、ハナから近付かなければよかったでしょう。ムカつく奴はスルーが定石ですよ」
俺の連日の迷宮探索を咎め、且つ自分の仲間に負傷者を出していなかったあたり、彼なりに立派な盟主をやっていたのだと思う。
先代との差で懊悩して、功を焦って、そんで感情に流されて大きなミスをした。けど結果的には誰も死んでいない。元が悪人って訳ではないだろうし、結果的には良い薬になったのではなかろうか。
「貴殿の妻を侮辱した事、貴殿の同盟を侮辱した事、いずれも弁解の余地はない。全て僕の不徳のいたすところだ。黄昏の杖の盟主として謝罪する。すまなかった」
「オレからも、弟子がすまない事をした。この通りだ」
「ええ。受け入れます。こちらこそ、黄昏の杖を侮辱してしまい、申し訳ございませんでした。エリーゼ」
「私も受け入れるわ。格付けは済んだもの」
師匠に怒られた事で頭が冷えたようで、鬼畜眼鏡君ことジェラール氏からは正式に謝罪を受けた。勿論、受け入れる。最終的には俺は転移神殿を立ち去らなくてもよくなった訳だ。
要はつべこべ言わず一言「ごめんなさい」と言えば済む話だったのだ。それが出来なくなるのが立場とか面子ってやつで、いやはや厄介だね。
「これで黄昏の杖も終わりか。何人残ってくれるかな」
「ならいっそ最初からやり直せばいいだろう。お前にはその器がある、そう見込んだから、オレはお前を後継者に選んだんだぜ」
「お師様……! はい、挑戦してみます! 黄昏の杖とも違う、新たな同盟を……!」
「その時はぜひ符操霊を……」
「それは結構です」
「安くするぜ?」
「山に捨ててきてください」
まぁ、ジョー氏はもうちょっと弟子とコミュってもろて。
こうして、フォレ市での黄昏の杖騒動は幕を閉じたのであった。
〇
例の謎砂漠迷宮は、“灰墓迷宮”と名付けられた。
灰墓迷宮は灰砂漠からスタートする複合迷宮で、出て来る魔物はボスを含めて死霊というか闇属性がメインだ。
一応、暫定的に上位迷宮という事になっているが、ピラミッドギミックが割れた現在、中位に格下げされるのも時間の問題と言われている。
灰墓迷宮は、良い迷宮だ。
報酬は美味い。経験値も美味い。何より光力が統一弱点であり、一部エネミーには聖属性と併せて四倍弱点。則ち、レノ無双である。
「ん、本日も絶好調」
「溶ける溶ける! 流石は光力、黒いのには滅法強いですねぇ!」
なので、その日以降も潜りまくった。
こうもレノのレベリングに最適な迷宮は中々ないし、フォレの転移神殿を立ち去らなくてよくなったからね。
「うげっ、また潜ってるのか。一切の誇張なく本当に迷宮狂いじゃないか……」
そんな事をやってたら、たまに鬼畜眼鏡君と顔を合わせる機会がある。
そういう時はお互い話しかけず、お互いにスルーする。嫌な相手には喧嘩を売らずに距離を取るのだ。これが一番良いと思います。
「団長~、入団希望の奴等が来てるんですけどどうします~? 俺がやっときましょうか~?」
「団長はよせ。今向かう、応接室を借りておけ。全くこれだから学の無い魔術師モドキは……」
あの後、黄昏の杖は解散され、新たに鬼畜眼鏡君を盟主とする、“眼鏡旅団”を立ち上げたらしい。
メンバーは副官ちゃんを筆頭に元黄昏の杖の盟友が大半で、前身同盟の三分の一が眼鏡旅団に入ったそうだ。
ちなみに、眼鏡旅団の盟友はプライベート時に限り全員眼鏡着用が義務付けられているらしい。これ絶対鬼畜眼鏡君の性癖だろ……と思ってたら、そうでもないっぽい。ある日、俺は副官ちゃんが野獣の眼光で鬼畜眼鏡君をねっっっとり眺めてたのを発見したのだ。あっ……(察し)
「おっ? おっ? おぉっ!? おめでとうレノ! レベルカンストだ!」
「ふんす、成し遂げた。勝利のブイ」
そんなこんな。
灰墓迷宮でレベリングをしてたら、ついにレノのレベルがカンストした。エリーゼ、グーラ、ヘカテーニャに続き四人目のカンスト到達である。
収納魔法も管理領域も、異能は持ってるだけで純粋にアドなので、これはもう嬉しい以外の感想がない。俺達はレベルアップの歌を歌い、盛大にお祝いした。
「レノ、勢いよく握り潰しなさい。割れた欠片が手に刺さる心配はいらないわ」
「わかった。えい」
宿に帰り、星髄石の儀を行う。
広いリビングの中心で、レノが星髄石を割り砕いた。すると、前の三人より神々しいガチャ演出が小さな天使を覆った。
開きっぱなしのコンソールに、例の異能購入ウィンドゥがポップする。さてさて、どんな感じかなっと。
「じゃあレノの異能発表ドラゴンがレノの異能を発表します!」
ササッとな。俺にしか見えないウィンドゥの内容を皆にも分かるよう異世界語に翻訳し、書き出していく。
保有ポイントはヘカテーニャ以上エリーゼ以下。選べる異能の数は少ないが、SSR異能は沢山ある。これは興味深いですねぇ。
「ん……残念、収納魔法も管理領域もない。レーゼンヴィーを収納できたら面白い運用ができたのに」
「その代わり過去のデータには無い異能がありますよ。見たところ天使固有のようですが」
「戦に使えなさそうなのも沢山あるのじゃ」
「“天使の歌声”……って、なんスかこれ」
パッと見、レノの購入可能異能には初見のモノが多かった。
それどころか、異能専門本にも記載がなかった異能がちらほら。悲しい哉、異能の効果は分からないので知らない異能は名前で想像するしかなかった。
「素直に考えるなら光力に恩恵ありそうな異能が一番コスパいいと思いますけど。あとは……翼強化系?」
「揚力、最高速、加速力かぁ。アタイにも空を飛べる翼が欲しいぜ」
「まぁ確かに便利やけど、寝る時とかけっこう邪魔やで? 天使の翼は楽そうでええな」
「レノはもっと火力が欲しいところじゃない?」
「んぅ……マスターはどう思う?」
問われ、考える。
これはもう素直に地力を引き上げる異能が安パイだと思う。実際、そういう異能いっぱい生えてるし。
けど、俺はとある異能が気になって仕方がなかった
――“
何が何なのか分からないが、俺はこの異能が気になっていた。
何だろう、字面的に一時的なパワーアップとかだろうか、昇天が何なのかは判然としないが、天使としての位階が上がるとかではなかろうか。
つまり、一時的な位階昇格? レノが時間制限付きで熾天使とか智天使になる感じだろうか? あるいはルクスリリアの超淫魔化的な?
「俺は“ひとときの昇天”がいいと思う。理由は何となくこれが一番良さそうと思ったからで、要するに勘なんだけど」
悩んだ末、言うだけ言ってしまう事にした。最終的に選ぶのはレノなのだ。
「主様の勘は変に当たるから侮れんのじゃ」
「名前だけやで実際は調べてみな分からんけど、天使族としての位階が上がるんとちゃうかな。レノちゃん力天使になるとか? なんや強いらしいやん力天使」
「位階が上がるとどうなるんでぇ?」
「翼の数が増えるようです。権能も増えたりするんでしょうか?」
「ん、上位天使には固有の権能がある。それが生えたら激アツ。あくまで可能性の話だけど」
収納魔法も管理領域も選択肢にない異能選びは、過去一難航した。
面白そうな初見異能を選びたがる勢と既存で安パイなのを選びたがる勢で分かれるのが面白い。他方、レノは白熱する会議を冷静に聞いていた。よく考え、よく考え、よく考え……たまに眠そうにしてたけどよくよく考えた末に……。
「ん、決めた。わたしは、ひとときの昇天にする」
「俺に気を遣わなくてもいいんだぞ」
「や、参考にはしたけど、ちゃんと自分で考えて決めた。もし一時的にでも上位天使の癒しの権能を使えるなら、困ってる人を助けられるかもしれないから」
「そうか」
結局、レノはひとときの昇天を選んだ。
その理由は利他的で善なるものだった。天使かよ、天使だったわ。
「じゃあ、ひとときの昇天にするぞ。ポチッとな」
異能ショップから件の商品を選び、レノの一存で残りポイントを使って最大強化。これで完璧なるマックス昇天となった。
それでも残ったポイントで、第二案だった“柔らかな聖水”を選ぶ。これは既知の異能で、天使の聖水の健康効果をアップさせるコモン異能だ。
「ここで使ってみていい?」
「待て待て、何が起こるか分からんからフォレ出る前に鍛錬場で検証だ。確かフォレ市にもあったよな? 鍛錬場」
「旅行の続きもするッスよ。まだまだ行ってねぇとこ多いんスから」
「急がず焦らず楽しみましょう?」
レノのレベルがカンストした。異能も取った。あとは能力検証を残すのみ。
それが終わり次第、フォレ旅行の続きをしよう。大学見学も予約してるしな。変な事件に巻き込まれたけど、それでもフォレは良い街です。
異世界生活、最高である。
感想投げてくれると喜びます。
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作者のやる気に繋がります。
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・ジョー
人間族、男性。派手な髪型と髪色。自称プネウマスター。
黄昏の杖の先代盟主。卓越した魔術の腕と人品から金細工昇格の誘いがあったが、符操霊に心を射貫かれていたので拒否。以降はカードショップの店長として働いている。
・ジェラール
人間族、男性。鬼畜眼鏡君。メガネは視力矯正用ではなく、看破系補助効果の付与されたアクセサリ。
黄昏の杖の当代盟主。魔法使い至上主義者。非魔法使いを見下しており、とりわけ学院を出ずに魔法を使う者を嫌悪している。
尖兵戦の際に物資輸送中のイシグロを発見し救援信号を出すが無視され、そのせいで仲間が死んで物資により自分が生き残ってからイシグロに複雑な感情を抱いていた。
・ヴィオレット
副官ちゃん。黄昏の杖の副盟主。
大のメガネフェチで、ジェラールを性的に狙っている。