【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 誤字報告もありがとうございます。いつもいつでも感謝しています。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回は三人称、百合森人視点です。
 よろしくお願いします。


ロリ・カニーナ(承)

 親譲りの性癖で、いつも損ばかりしてきた。

 

 物心ついた頃には、フェイレンは好みの魔力に対して強い執着を持っていた。所謂、魔力フェチというやつである。

 ただ魔力が多いだけではダメ。同年代の森人男のような荒っぽい魔力もイヤ。かといって制御され過ぎた遊びのない老森人の魔力も好きじゃない。

 静謐で、美しく、それでいて可愛らしい魔力。子供のころから、フェイレンは少女の魔力が好きだった。それ以外、眼中になかった。

 

 森人界隈において、魔力フェチ自体はそこまでニッチな性癖ではない。しかし、こうも偏食なのは珍しかった。

 恋愛対象外の男子には野良猫のように愛想なく接し、恋愛対象の女子に対してはドギマギと思春期男子のように接してしまう。

 その為か、フェイレンは同年代の森人とは全く馴染めなかった。

 

 フェイレンは武門の家に生まれた森人である。

 先祖代々森を守護する狩人の家に生まれ、幼い頃から狩猟の技を磨いてきた。

 けれども、優秀な兄と比べて彼女の才は凡庸に過ぎた。出来る事と言えば、持って生まれた異能による荷物持ち程度。教育を受けて早々、彼女は落ちこぼれの烙印を押される事となった。

 

 変わり者で、落ちこぼれの、独りぼっちの森人少女。

 それが、フェイレンという少女だった。

 

「見ろ、アリエル様だ! あの方があのユグドライザーに搭乗なさっていたのか……!」

「なんと美しい。まさか死ぬ前にお目にかかれる栄誉を賜るとは……」

「「「アリエル様ーっ!」」」

 

 上森神樹の悲劇の夜。過去例を見ない森の異変の中、フェイレンはとある上森人に心を奪われた。

 止まり木同盟盟主にして、上森人王の血を継ぐ、“翡翠魔弓”のアリエルである。

 あまりにもフェイレンの性癖にドンピシャだった。初恋だったのかもしれない。どちらかというと、雄大な滝や煌めく星々を眺めた時の感動に近い気もする。いずれにせよ、彼女はアリエルに脳を焼かれる事となった。

 これまで諦観と惰性で生きてきたフェイレンは、その時に生まれて初めて強い欲望を得た。即ち、推し活である。

 

「お願いします! 森を出る事をゆるしてください! 止まり木協会に入りたいんです!」

「しかしなぁ、今のお前が加入したところで何ができるというのだ。それこそ今と同じ荷物持ちしかできんぞ? 収納魔法があれば話は変わったろうが……」

「それでもいいんす! 荷物持ちでも何でも、あの人の役に立てるなら!」

 

 もう一度アリエルの魔力を見たい。願わくば彼女の同盟に加入したい。その為にアルヴの森を出たい。

 初めて父に直談判した結果、フェイレンは尖兵戦に協力する事を条件に森外へ出る事を許された。

 アルヴの軍隊と共に圏外へ向かって行軍する彼女の胸には、強い情熱の炎が燃え盛っていた。

 その時は、まだ。

 

「おい新入り! こっちの荷下ろしまだ済んでねえぞ! 俺等が遅れたら砦の奴等が死ぬかもしれねぇんだ! へばってる暇ぁあると思ってんのかぁ!」

「はっ、はい! 今から運びます!」

 

 結論から言うと、森の外になんて出なければよかった。

 圏外の環境はあまりにも過酷だったのだ。人類の領域を出た瞬間、呼吸するだけで胸が苦しかった。全身が病に罹ったかのように重くなり、ちょっとした事で怒りや悲しみといった負の感情が噴出してしまう。

 ルーゴウンの森に入ると症状は治まったが、それでも何時どこで魔物に襲われてもおかしくない状況は、彼女の心身をマトモなままでは保たせてくれなかった。

 圏外の森で、フェイレンは只管に荷物を運んでいた。荷物持ちの異能は、軍隊にとっては普通に有用だったのである。

 当然、兵站輸送は命懸けだった。何度も襲われ、何度も死にかけた。逃走中に建材を盾に積み荷を守って生き抜いた事なんかもあり、その話はしばらく仲間内で語り草になった。

 

「はえ~、森の外には色んな話があるんすねぇ」

「お前さんどんな暮らししてたんだ? 森ったってアルヴの森だろ? 前行ったけどあそこ普通に栄てたじゃねぇか」

「そーゆーの親父が厳しかったんすよ。古くて伝統的で……なんつーか教訓多い系のやつじゃないとダメだって」

 

 毎日が地獄の中、フェイレンにとって唯一の娯楽は吟遊詩人による英雄譚だった。

 古代の英雄譚なら故郷で飽きる程に聞かされてきたのだが、外の詩人は新しくて面白い詩を沢山知っていた。中でも気に入ったのが、イシグロ・リキタカなる男の物語だった。なんともまぁ痛快で、一切説教臭くないのが荒んだ心にスーッと効いたのだ。会った事はないが、森の復興にも力を貸してくれたらしい。

 しかも、件の英雄は今現在フボール地方を飛び回っているそうだ。いつか会えたらいいなと、生まれて初めて異性に興味を持つフェイレンだった。好みの魔力だったら、男でも好きになれるのかな、なんて思いながら。

 

「あ……あの自分……ファンなんすよ。握手してもらっていいスか」

「俺は今メチャクチャ機嫌が悪いんだ。そういうことはスキモノのガキにでも言ってもらおうか」

 

 いざ当の本人に会った時は、すげなくあしらわれてしまったが。魔力も変だったし、やっぱり男はそういう目では見れなかった。

 過ぎてみれば、良い思い出ではあった。地獄のような戦いの中では、恐らく唯一の。態度はどうあれ、彼等の暴れっぷりは痛快至極であったのだ。

 

 

 

 時が過ぎ、気が付けば尖兵戦は終わっていた。

 勝利した訳ではなかった。達成感もなかった。最強だと思っていた英雄が死に、初めて尊敬できると思った上官が倒れ、何度も何度も死にそうになって、ただ生き残ったという結果だけが残った。

 どうしようもなく虚しかった。

 

「あぁ、やっぱ……綺麗な人だなあ」

 

 圏内へ戻る際にアリエルを見かける機会があったものの、どういう訳か初めて見た時のような強い感情は湧いてこなかった。

 アリエルを見て、イシグロを見て、フェイレンは確信に至った。やはり、英雄と自分は魂の根本からして違う生き物なのだ。

 あれだけ切望していた止まり木同盟への加入も、今はどうでもよくなっていた。ああも高潔な組織に、アリエル目当ての自分が加わるのは場違いだと思ったからだ。

 アリエルへの想いは、恋でも愛でもなかった。あの人は、遠くから眺めるくらいがちょうどいい。

 

「フェイレン、お前これからどうするんだ? なんだったら正式にうちのトコに来ないか? お前の異能は役に立つ。割のいい仕事だと思うぞ」

「あざす。けど、今は軍から離れたいです。ちょっと疲れちゃって……」

 

 望み叶って森の外に出られたのはいいが、止まり木に入らないなら特にやりたい事はなかった。かといって、今さら故郷に戻る気にもなれない。

 幸い、尖兵戦の俸給は沢山あった。これだけあれば当分は遊んでくらせるし、上手くいけば自由気ままな狩人生活だって出来るかもしれない。しかし、幸か不幸か森生まれ森暮らし同年代森人大体非友達なフェイレンは金を使う遊びも新しいコミュニティに入っていけるコミュ力も無かった。

 だから、なんとなく旅に出て、なんとなく生きてみる事にした。何処かにフェイレン好みの美魔女――美しい魔力を持った女の子――とかいないかなぁとか思いつつ。

 そんな、ある日の事だった。

 

「助けて頂きありがとうございます。よろしければお名前をお聞かせ下さ……え?」

「れれれ礼はいらねぇっす。いやえっと、自分はただ困ってそうだったからつい手が……え?」

「「……かわいい!」」

 

 フェイレンは、運命の出会いをした。

 ふと立ち寄った酒場で、男に絡まれてたところを助けてあげた女の子。変わり者で、落ちこぼれの小淫魔――メフィスティアに。

 

「ふぇ、フェイレンです。アルヴィニル出身で、最近まで軍で荷物持ちやってました……っす。どうぞよろしく」

「ここ、こちらこそ。私、メフィスティアと申します。その……淫魔ですけど、男性が苦手で、とても助かりました。ありがとう、ございます」

「いやっ、そんな全然全然! 武家の娘として当たり前の事しただけっすから!」

「いえいえ、本当に助かったんです。よ、よろしければ、お礼に奢らせていただけませんか? もう少し静かな場所で。ご迷惑でなければですけど……」

 

 メフィスティアは淫魔でありながら生まれつき男に関心がなく、同性にしか魅力を感じないらしい。

 その為、これまで吸精を経験した事がなく、強い自制心が必要な旅券取得試験もまた一発合格したそうだ。

 変わり者同士、落ちこぼれ同士。互いに一目惚れだった。

 

「ど、どうかな? 自分こういう服とか、今まで全然興味なくって……」

「かっ、可愛い~! とってもお似合いだよフェイレンちゃん! ぶふっ、特にこの鼠径部の露出が……じゅるり」

「自分はもういいだろ。それよりメフィの服だ。前から裁縫とか苦手だったから、こうやって出来上がってんの選ぶのは楽でいいな」

 

 死が近い世界の恋愛は即行動が常識である。あっと言う間に、二人は恋に堕ち、愛が芽生えた。

 共に食事をし、互いに似合う服を選び合い、何気ない会話が楽しくて仕方ない。フェイレンはメフィスティアの隣に、メフィスティアはフェイレンの隣にいる事で安心できた。

 女同士、子孫は残せない。いくら女と交わろうと、淫魔は精を摂取できない。だが、それでよかった。二人は既に満ち足りていた。例えメフィスティアが先に逝ってしまっても、この思い出さえあればフェイレンは生きていけると思った。

 

「メフィ、愛してる。洒落た事とか言えねぇけど、ずっと傍にいてほしい」

「はい。こんな私でよければ、いつまでも」

 

 幸せだった。

 生まれて初めて自分を認めてくれる人が出来て、愛し合える関係になれた。

 このまま、フェイレンとメフィスティアは二人で生きていくのだ。ラリスなら同性同士でも結婚できる。荷物持ちの異能があれば、食いっぱぐれる事はない。

 そう、思っていた。

 

「どうしたの? フェイレンちゃん。そんな初めての夜みたいにガチガチになって」

「……ああ。親父からの、手紙だ」

 

 至急、家に戻られたし。

 そう書いてあった、父からの手紙が来るまでは。

 

 

 

 

 故郷に帰ったフェイレンを待っていたのは。優秀だった兄の訃報だった。

 妹に続いて尖兵戦に出向き、そこで帰らぬ人になったらしい。何故、家を継ぐべき兄が圏外に行ったのか。何故、父がそれを許したのか分からない。ともかくとして、フェイレンの家は跡継ぎがいなくなったのだ。

 

「フェイレンには此方で用意した男と見合いをして、婿を取り、我が家の後継者を産んでもらう。お前の(さが)は知っている。可能な限り、お前の望みには応えるつもりだ」

 

 フェイレンの家は先祖代々武門の家だ。

 獣を狩り、森を守って暮らしてきた。当然として、落ちこぼれのフェイレンに後継者が勤まるはずもない。

 もしも、少し前のフェイレンなら、受け入れていただろう。仮に、あの時あの場所で彼女と出会わなければ、謹んで承諾していただろう。無駄飯食らいの落伍者が、やっと御家の役に立てるのだ。武家の娘であるならば、喜んで然るべきだった。

 べき、ではあったのだ。

 

「お断りします。自分は、その命令には従えません」

「外で女が出来たか? 後継者が生まれたら、また森を出てもらって構わない。なんなら妾として家にいてもらってもいい。だから、頼む……」

「そう言う事じゃ……! そう言う事ではありません、父上」

 

 けれど、今のフェイレンには愛する人がいるのだ。

 父は娘に配慮していた。婿は極力フェイレンの好みに合うよう計らってくれるそうだ。最悪、結婚せずとも子供を産んでくれるだけでもいい。庶民視点だと横暴に思えるかもしれないが、旧家としては相当に娘を慮った対応ではあった。

 それでも、フェイレンはただ一人を愛すると決めたのだ。義務で男に抱かれるなど御免だし、なにより彼女の信頼を裏切りたくはない。淫魔だから気にしないと言われてしまうかもしれないが、逆の立場だったらフェイレンの脳は壊れてしまう。自分が嫌な事を、他人にしてはいけないのだ。

 

「フェイレン、お前は護国の家に生まれたのだ。外の価値観に触れ、森の掟を忘れたか? 義務を全うせぬまま権利を得られると思うな」

「義務なら圏外で果たしたって言ってる。自分はもう充分頑張った。それに自分は、こんな森守りたくなんか無い……!」

「お前、今なんと言った……!」

 

 平行線だった。

 少しずつ、言い合いのようになってしまった。

 

「ば、バカな……! お、お前、よりにもよって淫魔だと……?」

「そうだ。けどな、今は親父が知ってる時代とは訳が違うんだよ。それにメフィスティアは親父が思ってるような淫魔じゃ……」

「五月蠅い! 淫魔に今も昔もあるか! とにかく淫魔など許さん! 最初からか! 何もかもお前のような馬鹿を外に出すべきではなかった! 黙って荷運びだけしていれば良かったのだ! あぁ、さっきまでの譲歩は全て無しだ! この淫魔と別れ、今すぐ婿を取れ! これは当主命令だ! 反論は許さん!」

「お義父様! 私とフェイレンさんは本当に……」

「貴様に義父と呼ばれる筋合いはない! 私の前で穢れた口を開くな! 裏切り者の劣等魔族が!」

「親父てめぇ今なんつった!? もういっぺん言ってみろや!」

 

 父にメフィスティアを紹介すると、突如として普段温厚な父が烈火の如く怒り出した。

 それどころか、淫魔だからと父はメフィスティアを侮辱した。種族差別など大なり小なり多くの国で眉を顰められる行いだというのに、父は淫魔への差別感情を隠そうともしなかった。

 自分への罵倒は聞き流せても、メフィスティアへの侮辱は看過できない。当然、親子は大喧嘩になった。

 

「どこへ行く気だフェイレン! 話はまだ終わっていないぞ! 今なら許してやる! 戻ってこい!」

「うるせぇ! さっさと死ね! クソ親父!」

 

 父の了承などいらない。そのまま二人で森を出ようとしたところ、旧家としての力で外部から圧力をかけてきた。逃がさないよう、閉じ込められたのだ。

 何も悪い事をしていないはずが、罪人のような扱いを受けたのである。

 

「あぁ、フェイレンか。兄上の事は残念だったな。奴も災厄の尖兵と戦ったと聞いたが……」

「その話ではありません。実は、父と会った後に……」

 

 父に捕まったら、メフィスティアに危害が及ぶかもしれない。逃避行する二人は、なんとか尖兵戦のツテを使って知り合いに父の横暴を止めるよう進言した。

 しかし、結果は芳しくなかった。事のあらましを説明しても、誰も父を止めようとしてくれなかった。それどころか、一部の老森人は父に同情的ですらあった。

 森人は価値観の更新が緩やかだ。女同士、まして森人と淫魔の恋愛には誰も理解を示してくれなかったのだ。

 

「決闘、ですか? 自分が……」

「そうだ。腐ってもお前は武家の娘だ。己の自由は己で勝ち取るものだ。そう教えられてきたのではないか? ラリスでもそうだっただろう」

 

 最終的に、フェイレンは実の父親と正式に決闘する事になってしまった。

 勝てばメフィスティアとの関係が認められ、見合い話も白紙に戻る。負けたら彼女と別れさせられ、後継者を産むまで森の中に閉じ込められる。

 この世界は強者が優遇される。弱者に生存が許されているのは、強者の慈悲による薄氷の上の権利なのだ。己の意を通したくば、弱者のままではいられない。そういう強者の為のルールを、父は娘に強いてきたのである。

 

「フェイレンちゃん、私の事は気にしないで。私は外で待ってるから、今からでもお義父さんに謝りに行こう? このままじゃフェイレンちゃんは……」

「違う、違うんだメフィ。自分はメフィ以外になんて絶対抱かれたくない。それに森人の子供なんて、百年に一人生まれるかどうか分からないんだよ。そしたらメフィの命は……」

「わ、私も男の人から吸精する! それで延命して、フェイレンちゃんだけに苦しい想いさせないよ……!」

「お願いそれだけは止めて! マジで脳が死ぬ!」

 

 フェイレンは落ちこぼれであり、彼女の父は現役の狩人だ。一対一で勝てるような相手ではない。

 決闘までの猶予期間は短い。冒険者のように迷宮に潜れば急激に強くなれただろうが、アルヴの森に転移神殿は存在しなかった。ならば森の外に行って迷宮探索をするしかないのだが、出入口は常に見張られていて逃亡できないようになっていた。

 フェイレンは変わり者の落ちこぼれである。この森に彼女の危機を助けてくれる人はいなかった。不幸中の幸いだったのは、父の協力者もいなかったところだ。息子が死んで乱心している。そう思われ、親子で同情されていた。

 

「もう、戦うしか道はない! やるしかないんだ!」

 

 国が決闘を認めてしまった。仮に森を出られたとしても、狩人の父から逃げ続けるのは現実的ではない。最早、二人の幸せは戦って勝ち取るしかなかった。

 今のうちに、やれる事をやるしかない。尖兵戦で得た金で良い弓を買い、決闘前に服用する魔法薬を購入した。

 それから、決闘までの間に特訓をするのだ。普通の特訓では意味がないと思い、森人に伝わる聖地へと向かった。聖地には聖騎士に認められた勇士しか足を踏み入れてはならないのだが、今の彼女の頭にそんなルールは過らなかった。

 もしも伝説の通りなら、聖地は自分にも加護を授けてくれるはず。異世界人にしては珍しい、神頼み的な思考だった。それだけ追い詰められていたのである。

 

「ん? なんか聖地の方向から音が聞こえる……」

「だ、誰かいるのかな……?」

 

 そうして目的地に到着すると、普段は無人なはずの聖地に人影があった。既に何者かが使っているのだ。

 父による妨害かと、ささくれ立った心のまま隠れて窺う。すると、そこには驚くべき光景があった。

 

「い、イシグロさん……!?」

「イシグロさんって、迷宮狂いの? 本当に?」

「いや今は黎明のはず。なんでイシグロさんがここに……?」

 

 イシグロがいた。

 彼だけではない。聖地では、彼とその盟友達が訓練していたのだ。あまつさえ、漏れなく全員フェイレンの父より遥かに強い超級の英雄である。

 

「今のは良かったが後に続かないぞ! 攻撃避けたら絶対追撃来るから、そこも警戒して動くんだ!」

「分かったのじゃ……!」

 

 二人の視線の先、イシグロと天狐の少女が丁々発止の斬り合いを演じている。

 喧嘩か? 模擬戦か? いや、違う。あれはイシグロによる指導だった。イシグロの剣を捌きながら、魔力を溜めて維持する訓練なのだ。

 盟主の攻撃を凌いでいる最中、天狐が練り上げる魔力には一切の揺らぎがない。あまりにも美し過ぎて、全くそういう目で見れないくらい洗練された魔力捌きだった。

 

「そこで見ている人、出てきてください。我々は許可を得てここに来ています。不法侵入ではありませんよ」

 

 そんな風に見惚れていたら、あっさり気付かれてしまった。仕方ないので大人しく出ていく。

 向こうの心象はかなり悪いだろう。だが、これはチャンスだと思った。イシグロに指導してもらえれば、才のない自分も天狐の娘のように強くなれるのでは。

 今しかない。これしかない。なので、フェイレンは自分にも稽古をつけてほしい旨を伝える事にした。

 

「そういう事は一律で断るようにしています。戦闘技術の指導であれば、然るべき方にお願いした方がよろしいかと」

 

 結果、断られてしまった。

 残念だが、納得はできる。イシグロ程の男だ。こういったお願いをされるのも初めてではないのだろう。何の義理もない弱者の願いなど、いちいち付き合っていられないのだ。

 理不尽とは思わない。非情だとも思えない。フェイレンはすっぱり諦めて立ち去ろうとした……その時だ。

 

「ところで、お二人の関係を伺っても?」

 

 背筋が凍った。まさか、そこを突っ込まれるとは思っていなかったのだ。

 ラリス王国の価値観において、同性愛は普通に容認されている。一方で、同性同士の恋愛を快く思わない人が全くいない訳ではなかった。まして、森人女と淫魔による恋愛関係など。

 否定されるかもしれない。あるいは、銀細工的な欲望によって無理やり二人の仲を引き裂こうとしてくるかもしれない。実際、そういう性癖の銀細工は存在するらしい。

 イシグロを前にしては、フェイレンの力など猫に対する鼠以下である。それでもメフィスティアだけは守らねば。

 

「……恋人同士です。それが何か?」

 

 そう思い、意を決して返答した。すると、イシグロは一瞬呆気に取られたような顔になった。

 やがて、黎明の英雄は先程とは別人のような穏やかで優しい笑みを浮かべた。

 一体全体どういう感情だ? 今度はこちらが呆気に取られた。

 

「……キマシタワー」

 

 何事か呟く盟主の周囲で、少女達が肩をすくめたり困惑したりしている。

 今のイシグロの微笑みは、まるで娘の成長を見守る父のようであり、妹の門出を祝う兄のようでもあり……。

 

「よろしければ、事情をお聞かせいただけますでしょうか。なにか、お力になれるかもしれません」

 

 万民を守護する、慈悲の英雄のようであった。

 

 ふと見れば、かつて奴隷だった少女の身体から奴隷身分たる証が無くなっていた。

 黎明のイシグロが止まり木協会に多額の寄付をしているのは有名な話である。アルヴの森の復興では、資材の運搬に協力してくれたとか。噂によると、ネザーレで起こった災害の支援もしているらしい。元奴隷の扱いを見るに、彼は優しい男なのだろう。

 信じてみても、いいのかもしれない。




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