【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もいつもありがとうございます。感謝です。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
引き続き三人称です。
よろしくお願いします。
「呆れた父だ! 許しておけぬ!」
「どーどー落ち着くッスよご主人」
かくかくしかじか……。
フェイレンのこれまでとメフィスティアとのこれからについて包隠さず話し終えると、黎明の英雄は口から火を吹かんばかりに憤慨していた。
ああも他人に興味がなさそうだったイシグロがこうも感情的になるとは、フェイレン視点かなり驚きである。
「てゆーか、跡継ぎ云々で言うならフェイレンさんの父がなんで自分で足腰使って作らないのかってトコですよね。もう一人くらい頑張ればいいでしょう?」
「それなんすけど、親父も自分と同じ性癖で、母ちゃんがいなくなってから相手見つからないみたいなんす。あと、もう普通に年なんで……」
「二重に勃つもんも勃たねぇんスね」
「森人は見てくれ若くても中身枯れ木ってコト多いからなぁ……いやアタイはまだまだ現役だぜ? 上森人の血ぃ継いでるしよ!」
「うちで年の差など今に始まった事じゃなかろぅ」
如何なる因果か、フェイレンは父の才ではなく性癖を受け継いでしまっていた。
フェイレンが物心つく頃には、既に母は森の一部になっていたらしい。話によると、父と母は相当な年の差があったそうだ。
そういった都合もあり、父はこれまで男手一つで二人の子供を育ててきたのである。家の跡取りとして、過不足のないように。
「も、元々、親父はあんな事言う人じゃなかったんす。自分の前で怒った事なんて全然なくて……。やっぱ、兄貴が死んじまって変になっちまったのかな……クソッ」
「フェイレンちゃん……」
事実、思い出の中の父はとても優しい人だった。
フェイレンが落ちこぼれでも、その異能を使って仕事を与えてくれた。彼女の性癖に配慮して、これまで無理に結婚させようともしてこなかった。そんな父が、娘の意思を無視して家を継がせようとしているのだ。
一度冷静になり、こうして他人に話してみたら、今度は悲しみが溢れてきた。静かに涙を流すフェイレンを、恋人の淫魔が支えてくえる。
「親の心子知らず、子の心親知らず……それは何も不自然ではありません。そこを気にしても解決には繋がらないので、今は決闘について考えましょう。何をするにもしないにも、勝ってから決めればいいんです」
「は、はい! そうすね、そうだと思うっす……!」
言われ、強いて意識を切り替える。とにかく今は決闘に集中すべきである。
思えば、何の説明もせずに稽古をつけてくれと言うのは普通におかしかった。それくらい頭に血が上っていたのだ。
「とりま今回の事を上の人に言いつけてやりましょう。上手くいけば決闘自体を白紙にできるかもしれません」
「えっ? そんなことしていいんすか?」
「まだまだ選択肢は残ってるんですから、やるだけやってみましょう。さっそく王城に出発です」
「お、王城~!?」
しかも直で? 動揺するフェイレン&メフィスティアを連れ、イシグロ達は行動を開始した。
王城前に到着するなり、イシグロは門番に託け、騎士に取り次がせ、あっと言う間に近衛騎士まで伝わってしまった。やがて近衛騎士の長に話が届き、フェイレン共々応接室に通される。
ここまで当日中の出来事である。あまりにも速いスピード感。通常ならあり得ない神対応だった。まさか、イシグロがここまで大きな影響力を持っているとは……。
「フェイレン君だったかな。兄上の事は残念だった。話はイシグロ殿から聞かせてもらったが、改めて君からも聞かせてもらえるかな」
「は、はいぃ……!」
イシグロと相対した時よりも緊張しつつ、フェイレンは近衛騎士隊長に一連の事情を説明した。
フェイレンからして、近衛騎士と言えば完全に雲上人である。狩りを生業とする武家の長をしている父が盆栽だとしたら、近衛騎士の長は皆が集まる大きな木だ。そんな人相手に自身と家の恥部を晒すのは、たまらなく恥ずかしかった。
けれどもイシグロが作ってくれたチャンスだと思い、ところどころ詰まりつつも一生懸命に説明した。
「……確かに、いくら家長の命令にしても理不尽だし、決闘の内容も聊か以上に公平さに欠ける。なにより君は契約に則って自由を勝ち取っている身だ。管轄外だが、一度私から掛け合ってみよう」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
時間にしてみれば、直訴の時間はごく短い。それでもフェイレンの精神は限界まで擦り減っていた。
その後、一行はイシグロが宿泊している宿の別部屋に泊めてもらえる運びとなった。場合によっては
やはり信頼できる。朝を迎えた二人は、そう確信するのであった。
「すまない、私の権限では家の存続に関わる決闘を止める事はできなかった。代わりと言ってはなんだが、色々とルールに口出しさせてもらったよ。その一つとして、フェイレン君には正式にイシグロ殿の支援を受けてよいという事にさせてもらった。これにはイシグロ殿の口利きがあってね」
「い、いえ! ありがとうございます! 助かりましたっす!」
「ただし、イシグロ殿に助けてもらえるのは決闘前の準備だけだ。代理人として決闘に出てもらうとか、草薙の支援魔法を受けるのは禁じられている。君と、メフィスティア君の手で自由を勝ち取るんだ」
隊長が掛け合ってくれた結果、フェイレンと父の決闘には時間制限が設けられる事となった。
現状のルールだと、あまりにも父側が有利過ぎるのだ。これではフェイレン側に勝ち目がない。そこで、フェイレンが制限時間まで倒れなければ娘側の勝ちという事になったのである。
そして、あくまでも外部の支援は決闘前準備に留めるようにとのお達しがあった。イシグロ達が助けてくれるのは準備段階のみで、当日に呪具や魔法薬の援助を受けるのは許されない。
「可能なら決闘自体ご破算にしたかったんですが、まぁ無理なら仕方ないですね。切り替えていきましょう」
正式に指導の許可を得た一行は、アルヴィニル内にある訓練場を貸し切って特訓する事となった。何故か、イシグロ達はフェイレン達の指導にやる気満々だった。
実家でも軍隊でも教えを受ける姿勢は出来ている。フェイレンは教導官のイシグロに向かい傾聴の姿勢を取った。
「……という事なんですが、お見せ頂いてもよろしいでしょうか?」
で、特訓開始の前に、イシグロから内密の話があった。曰く、彼は視ようと思った対象の適性を視られる異能を持っているらしい。その異能を使い、フェイレン達の適性を確認させてほしいというのだ。
訝しむメフィスティアに対し、フェイレンは内心で納得していた。風の噂によると、王都にはイシグロの指導によって才能が開花した冒険者がいるらしいのだ。能力看破の話が本当なら、その噂にも合点がいく。
「ほう……」
了承し、視てもらう。するとイシグロは何故か指で虚空を叩き、何やら感心したような声を漏らした。
実際、フェイレンには膂力に関係なく重いモノを持てるという異能がある。たとえどれだけの重量があろうと、それが物であるなら持ち運ぶ事ができるのだ。
ただし、この異能にフェイレンの膂力を引き上げるといった効果はない。あくまでも物を持ち運べるだけなので、腕力も脚力も一般森人女子並みしかないのである。
要するに、フェイレンは重いモノを持てるくせに非力なのである。今にして思うとなんで大弓なんて買ってしまったのだろう。頭の片隅で近いうちに売却しようと思うフェイレンだった。
「む? むむむ……」
「何がむむむなんスか」
続いて、イシグロはカッと目を見開いて何事か唸り出した。
真っ黒な瞳が、じぃ~っとフェイレンの顔を見ている。紛れもない銀細工の目をしていた。こういう類いの狂気持ちなのかもしれない。
「……実に面白い」
ややもあり、イシグロはにちゃ~っと普通に気色悪い笑みを浮かべた。
その顔を見て、若干男性恐怖症の気のあるメフィスティアは恋人の背中に隠れた。先日と同じように、イシグロの妻達は各々やれやれといった表情である。
「なるほど、こんなレアケースあるんだな。それぞれの強みと弱みがハッキリしてる分、スタイル的にも最大風速的にもメッチャ面白いビルドが組めそうだ。いやでも最初は安定して戦えるようにしなきゃいけないし、それ以前に決闘に勝てるよう最適化しないと。まず初期ジョブが合ってないからそこを変えて、確か騎士派生にいい感じのがあったから最終的にそっち目指す方向でいいかな。習得スキルも絞らないとだから、出来たら攻守一個ずつ覚えてほしいところだけど今回は時間が……」
「アナタ、二人がラリススナギツネみたいな目をしているわ」
「おっと、つい……」
何事か小声で呟くイシグロを銀竜の妻が窘める。慣れたような振る舞いだった。
とはいえ、この程度の異常性など銀細工にしては大人しい方だ。何なら一般人にも稀にいる。
「ごほん。フェイレンさんの能力ですが、だいたい分かりました。そして、勝利の方程式も見えました。私の言う通りにすれば、必ずや勝利を掴む事ができるでしょう」
真剣な瞳に見つめられ。フェイレンは慌てて姿勢を正した。
「ですが、その為には誉れを捨てる事になります。例え勝ったとしても、周囲から後ろ指を指されるかもしれません。フェイレンさんに、その覚悟はありますか?」
兵隊時代のように即答しようとして、今一度じっくり考えてみる。
イシグロは、他ならぬフェイレンの覚悟を問うているのだ。どんな事があっても、メフィスティアを護る覚悟を。
愛する人を見る。同じタイミングで目が合って、手を握ってからイシグロの方を見た。彼の双眸は、かつての父のように優しかった。
「はい。メフィスティアを守れるなら、どんな屈辱でも耐えてみせます」
「わ、私も同じです……!」
「それを聞きたかった」
二人の答えに、黎明はにっこりと微笑んだ。凄く嬉しそう。しかも何故だかドヤッとしている。
唸ったり、ドヤッたり、妙に優しい顔をしたり……本当に分からない男だった。
「まず、フェイレンさんには弓を捨てて頂きます。ハッキリ言ってお荷物以下の足枷なので。代わりに新しい武装を使ってもらおうかと」
そうして、具体的な決闘対策に話がシフトする。
決闘の為に、フェイレンは重量級の大弓を用意していた。これは彼女の異能を有効利用する為である。冷静になって考えれば確かに良くない選択だったかもしれないが、フェイレンが習った事のある戦闘技能は獣狩りの弓術と短剣術だけなのである。今更それ以外の武器を使いこなせるとは思えない。
しかし、フェイレンはもうイシグロに全賭けしているのだ。彼の指示には全面的に従う所存だった。
「フェイレンさんに合う武器は……これだ!」
言って、やおら収納魔法を開くイシグロ。その中から、なにかとても大きな物体を取り出し。どすんと地面に突き立てた。
それは、鉄塊の如き盾だった。しかし盾と言うには大きすぎた。大きく分厚く……まぁとにかくゴツい大盾だった。
「で、デカ過ぎんだろ……」
めちゃくちゃ予想外なのが出てきた。しかも取り出したのは盾だけで、空いた方の手で使うはずの武器は出していない。もしや、この盾だけを使って戦うのだろうか?
「見ての通りの大盾です。フェイレンさんには、これを使って決闘に勝ってもらいます。ぶっちゃけ決闘云々置いといても一番合ってるの盾だと思いますよ、俺的には」
「うわ懐かしいッスねこの盾! 何年前? 巨像迷宮で使ったっきり出番なかった気ぃするッス!」
突然だが、イシグロが転移したこの異世界のガード事情について説明しよう。
この世界の盾は弱い。盾というか防御が弱い。何故なら、それは魔物の攻撃に対してあまりにも無力だからだ。
盾でガードして、剣で攻撃する。そういった王道ファンタジー戦法はザコ人類相手にのみ有効なのであって、銀細工といった強者や魔物相手になると盾など単なる錘にしかならないのである。
また、盾のガードには“頑強”ステが参照される為、使うにしても頑強ステの高い一部の例外ガチタンマンしか真価を発揮できないのである。そして、この世界のタンク人口は絶滅危惧種だった。
実際問題、概して技量と魔力に秀でる反面、生命力と頑強に劣る森人には盾の適性は低いと言われている。当然の流れとして、これまでフェイレンは盾など触った事すらなかった。
「ご説明いたします」
いくら大きく分厚い盾であっても、魔物の外皮を容易く貫く父の弓にどれだけ有効だろうか。呆然とするフェイレンの様子を見て取って、イシグロはしっかりと説明してくれるらしい。
「ご自身はお気づきではないようですが、フェイレンさんには合計
四つの異能とやらは初耳だが、説明された一つ目の異能は把握している。荷物持ちの異能があったから、フェイレンは人類守護の任を全うできたのだ。
そんな彼女に、他にも複数の異能があったからイシグロはあんな反応をしていたのか。若干半信半疑ながら、大人しく続きを聞く事にした。
「二つ目、ここからは未知のエリアです。どうやら、フェイレンさんは武器を両手で持った時に限りその武器の適性値が爆上がりするという異能があるようです。反面、片手武器の適性値にはかなりの下方修正が加わってしまいます。フェイレンさんが弓も短剣も苦手な理由はこれですね。なら両手剣とか大槌が向いてるのかというと、フェイレンさんの膂力は先述の異能の影響でクソザコなのでロクなダメージが出ずデカい飾りになってしまいます。見た感じ成長率も悪そうなので、脳筋育成は無理があるかなと」
両手持ちの異能? そんなの聞いた事がなかった。片手より両手が強いのは当たり前の話ではないか。
それが本当だとしたら、荷物持ちの異能と併せて重い槌などを持つべきではなかろうか。けれどもそれは違うらしい。もうフェイレンには分からない領域だった。
「で、三つ目です。ここが最も重要で、肝となる異能となります。なんと、フェイレンさんは……盾でのガード時に限りガード値が急上昇してノックバックが発生しなくなるのです! すっごーい!」
ドン! 満面の笑み&大興奮で言うイシグロ。対するイシグロ以外の女性陣は「はあ」と生返事だった。
ガード値とは? ノックバックとは? 冒険者用語だろうか。フェイレンもメフィスティアも、何を言っているのか分からなかった。
「ごほん! とりま論より証拠です。グーラ、ガードするから殴ってみてくれ」
「出番ですね。はい、わかりました!」
言われ、グーラと呼ばれた獣耳少女が立ち上がり、盾を構えるイシグロの前で拳を構えた。
小さな背丈に、細い手足。かなり非力そうに見えるが、その身の魔力の質は尋常ではなかった。
「え~っと、どれくらいにしましょうか?」
「盾が壊れない範囲で思い切り頼む」
「了解です。すぅ~……」
息を吸い、分かりやすく拳を振り上げるグーラ。
そして……。
「破ッ……!」
ゴォオオオオオオオオオン!
盾に拳が直撃すると、大鐘楼のような重低音と共にイシグロは深い轍を引いてズサーッと後退した。その距離、その速度、あまりにも非常識に過ぎた。グーラの拳に、異常な膂力が籠っていた証左である。
メフィスティア共々、素直に唖然だった。
「……と、今のズサーがガード時ノックバックで、グーラの攻撃はこれくらいの威力があります。フェイレンさんはこれを無効化できる訳ですね。じゃあ、実際にやってみてどうぞ」
「え、えぇっ!?」
戦慄半分で呆けていると、ひと跳びで戻ってきたイシグロに盾を手渡される。
訳も分からず盾を受け取り、オロオロするフェイレンだった。
「グーラ、さっきと同じくらいで頼む」
「いいんでしょうか? フェイレンさんは森人ですよ?」
「大丈夫だ、問題ない。お前が信じる俺を信じろ」
「わかりました!」
「えっ。ちょ自分はまだ覚悟が……!」
反射的に見様見真似で盾を構える。今の攻撃を見てどうして平常心を保てようか。フェイレンは完全に腰が引けていた。
そんなフェイレンの様子を見て取ってか、イシグロが更なる指示を出す。
「メフィスティアさん、フェイレンさんの後ろに立ってください」
「え? あ、はい! わ、分かりました」
「メフィ!?」
「この方が本気になれるでしょう?」
そう言われてしまえば、否が応にも覚悟が決まる。
背後に恋人を庇い、どっしりと腰を落とす。盾の構えって、これでいいのだろうか。
「行きます。ふん!」
「おご!? ぐぅぅううううう……!」
準備完了。再度グーラが拳を振り上げた次の瞬間、盾を通して凄まじい衝撃が通り抜け、馬車に轢かれたらこうなるのではないかという痛みが彼女の全身を打ち据えた。
「あぁいだだだだだ! マジで痛ぇええええ! いぎぃいいい!」
「フェイレンちゃん大丈夫!?」
「大丈夫じゃねぇええええ!」
盾を取り落とし、腕を抱くようにして膝をついてしまった。背後でメフィスティアが支えてくれる。
やはり盾は森人に向いていない。いくら分厚いとはいえ、この程度の板など父は余裕で貫くだろう。本当にこれでいいのだろうか。つい弱気になって不安に襲われてしまうフェイレンだった。
「ね? 平気でしょう?」
なんて言ってくるイシグロ。当然、何も平気じゃないし問題だらけだ。
「ものすごく痛いであります、黎明殿……!」
「でも痛いで済んでるじゃないですか。本来なら盾ごと吹っ飛ばされてミンチよりひでぇですよ。それに、周りを見てみてください」
「……え?」
言われた通り周囲を見て、またも唖然となった。
盾で守った軌道の外、訓練場の地面は拳の衝撃でズタズタになっていた。
それに、攻撃を受けても自分はイシグロのように後退していなかった。その場に止まって、メフィスティアを守り抜いたのだ。
「確かに、フェイレンさんは弓も剣も向いていません。けれど、貴女には愛する人を守れる才があるんです。誰あろう、“炎雷”のグーラの一撃さえ耐えられるのですよ、貴女の盾は。誇ってください」
男の声が聞こえる。向き直ると、黎明の英雄は再度此方の覚悟を問うような目をしていた。
「死ぬ程の痛みに耐えて頂きます。決闘が終わるまで、ひたすら耐えるのです。ですが当然、相手は防御を崩そうとしたり絡め手を使ってくるでしょう。ですので、フェイレンさんには一から盾の扱いを学んでいただきます。倒れても治癒で起こします。貴女の盾で、恋人と生きる自由を守り抜くんです。よろしいですね」
決闘の制限時間が過ぎるまで耐え切ればフェイレンの勝ち。耐えきれなかったらフェイレンの負け。極論、痛みに耐え続ければフェイレンが勝つというのである。
それでよかった。それしかないのだ。なら、彼女の返事は決まっている。
「はい! よろしくお願いします! 師匠!」
「ししょ……ええ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
本当の本当に、勝機が見えた。
改めて、フェイレンは恋人を守る覚悟を決めるのであった。
「あれ? ところで、四つ目の異能ってなんなんすか?」
「ああ、そっちは今はどうでもいいです。一朝一夕で使いこなせるような異能ではないと思いますので」
そういう事になった。
〇
そうして始まったイシグロ・ブートキャンプは、これまでフェイレンが受けてきた狩人教育と比べても尚過酷としか言いようがなかった。
落ちこぼれとはいえ、仮にも歩けば即訓練を受け続けてきたフェイレンが音を上げてしまいそうなほど、とにかく心身を痛めつける内容だったのである。
「弓矢連射! 全部少しずつ狙いをズラすので上手く捌いてください!」
「はい! よろしくお願いします!」
フェイレンに課せられた訓練メニューは、このようなものである。
イシグロ達の攻撃を盾で防御する……以上!
実際には他にも色々あるのだが、基本的にはこれに終始していた。
「怖いからって目を閉じない。盾に隠れていては相手の攻撃を見切れないでしょう?」
「こう……上手いこと滑らすのじゃ」
「ん、攻撃見ると勝手に避ける姿勢になってる。まずこの癖を矯正すべき」
痛みに耐えるのを前提とし、フェイレンは身の丈程もある大盾を使いこなせるようタンク教育を受けた。
敵の攻撃を見切り、可能な限り低負荷で受ける方法。体幹を崩さず移動する為の足運びに、回り込んでくる相手への対処法。大雑把な見てくれのくせに、大盾は極めて繊細な武装だった。
「はぁ、はぁ……! もっとこう、盾の奥義とか技とかないんすか? 師匠」
「あー、一応【
「は、反撃はどうすれば? もう片手に弩持つとかダメなんすか?」
「あんなゴミ使ったら弱くなるし、何より第二異能の恩恵なくなるからダメ。盾オンリーの場合、素殴りか味方に任せるか。シールドバッシュとか盾投げとかありますけど、それはまた今度。今は基本のキを極めましょう」
やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、上手くできたら褒めてくる。
イシグロ自身、盾のスペシャリストという訳ではないらしいが、その指導はとても分かり易く丁寧だった。時折、意味不明な用語が飛び出るのは置いておいて。
それで分かったのが、イシグロの言った通り自分には大盾が向いているという事だった。
イシグロを含め、草薙の誰が盾を使ってもグーラの拳を受けると大きく後ろに吹き飛ばされ、盾越しに大ダメージを受けるようなのである。痛みこそあれその全てを後退なしで受け止められるのだから、当のフェイレンも荷物持ち以外の異能が自分に宿っているのを認めざるを得なかった。
「うぉおおおおおおっ! まだまだぁああああ!」
「その調子その調子! よしじゃあギア一個上げてくぞぉ! そい!」
「ぐわぁああああ!」
「フェイレン吹っ飛んだのじゃー!」
「痛みで盾を手放しちまったみてぇだな。さもありなんだぜ」
父対策にイシグロの矢を受け、短剣での攻撃を受け、グーラとユゥリンによる拳を受ける。
一度も直撃していないのに、フェイレンの身体はボロボロだった。イシグロに曰く、「自然回復が可能な範囲で貫通ダメージを受けている」らしい。よく分からないが、気合で耐えれば問題ないという。
「ん、回復する。立ち上がって」
「う、うっす……ありがとう、ございます。ぐぼぇ」
「学習効率が落ちてるな。一旦休憩……の前に泣きのもう一発だ! これ耐えたら休んでよし! イグゾォオオオッ! オエッ!」
で、倒れそうになったら天使の治癒で強制的に元気にさせられる。この娘は圏外戦で見かけた奴隷であり、今は他の少女達と同じくイシグロの妻になっていた。
フェイレンが休憩している間、ルーン使いのシャーロットが謎ルーンで盾を修復してくれた。そしたらまた再開だ。イシグロは弟子に休む理由を与えてくれなかった。
「そうそう! なんやメフィちゃん飲み込み早いな! 普通にラリ大狙えるで!」
「えへへ、ありがとうございます。実は私、淫魔学校では首席卒業したんです。処女の首席は史上初って言われました」
フェイレンが物理的かわいがりを受けている一方、メフィスティアは元ラリス大学の教授に魔術の手解きを受けていた。
イシグロが見たところメフィスティアに異能はなかったそうだが、彼女は純粋に知力が高いので魔術の習得が早いらしい。
今回の決闘は、ハンデとしてメフィスティアの支援魔法を受ける事が許されている。フェイレン一人ではない、二人で父に勝つのだ。
「まぁ本当は迷宮潜って強化合宿したかったんですけどね。そしたらこんなやり方じゃなくて正々堂々押し潰せたのに」
「この森にゃあ転移神殿はねぇからなぁ。なんか神樹様の結界の関係で設置できねぇんだと。ほい、盾直ったぜ」
「本当になんでもありね、ルーンは……」
「なんでもは出来ねぇよ。出来る事だけだ」
来る日も来る日も盾の練習。痛みに耐え、苦しみに耐え、何を得ているか分からないままどんどん時間が過ぎていく。
アルヴの森に瘴気などないのに、毎日が尖兵戦のようだった。挫けそうになる度、メフィ関連で煽られ、歯を食いしばって立ち上がる。
きっと、イシグロも妻達の為ならどれだけ苦しくても立ち上がるだろう。そういう確信があるからこそ、負けてられないと奮起できた。
「また会ったな、イシグロ殿。何か面白い事をやっていると聞いて、見にきたのだ」
「どうも、アリエルさん。実は色々ありまして……」
ある日、何故か止まり木同盟盟主のアリエルが現われた。
二人は相当に親しい関係と見え、イシグロと話すアリエルは満開の花のように柔らかい表情をしていた。あんなアリエル様、今まで見た事なかった。
「君がフェイレンだな。ルーゴウンの森ではよく頑張ってくれた。此度の決闘は私も観戦させてもらう。励みたまえ」
「はいぃ……! ここ光栄でひゅぅ……!」
本当に良い魔力をしている、そんな風に見惚れていると、急に声をかけられた。
既に割り切った初恋とはいえ、相手は美魔女――美しい魔力を纏う上森人女性――のアリエルである。恋愛感情はともかく憧れ自体は据え置きなので、フェイレンは思わず赤面してしまった。
「むぅ~、フェイレンちゃんはす~ぐそうやってよそ見するんだ~」
「いてててて! 耳引っ張るなメフィ! ちょっと見惚れちゃっただけだってぇ……!」
去っていくアリエルの背中を眺めていたら、嫉妬したらしいメフィスティアに耳を引っ張られてしまった。必死に謝って、なんとか許してもらった。
そんな光景を、イシグロは慈悲深い天使のように眺めていた。
「さっ、今日からは仕上げに入りますよ。今まで学んだ事、一つ一つ詰めていきましょう」
「おっす! 最後までよろしくお願いします! 師匠!」
「メフィちゃんは錬金術の実践や! ちゃんとサポートするで、安心しぃ!」
「はい、よろしくお願いします。ヘカテーニャ教授」
黎明の英雄に手解きを受け、止まり木の英雄に応援された。これで負けたら嘘である。
一世一代の決闘を前に、フェイレンとメフィスティアは極めて健やかに成長していた。
どことなく、青春のようであった。
ちな異能持ちなのに死ぬまで自分が異能持ちなの知らないままの人とか普通にいたりします。全体で見るとショボい異能のが多いので。
ラリス王国はそういう隠れ異能持ちを拾い上げるシステム作りをしている訳ですが、まだ上手く機能してませんね。