【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。


境界線上のシュロリンズゲート

 ヘカテーニャの故郷、温泉郷ユノサキは常冬の雪国だった。

 真っ暗な夜である。遠くの空の向こうから、はらはらと雪が降っていた。落ちてきた雪を手に取る前に、小さな粒は硫黄の匂いのする湯気に溶けていく。

 露天の趣、極まれり。あぁ~、たまらねぇぜ。

 

「「「んぁぁ~」」」

 

 かぽーん、と。何処かでそんな効果音が鳴った気がする。

 今現在、俺達はユノサキにある宿の露天風呂に入っていた。俺を含めた九名全員参加の大混浴である。白緑色の湯には色とりどりのロリが浸かっている。勿論、大事なところは湯気と温泉が隠していた。DVD版は湯気が消えます。知らんけど。

 

「ユノサキの湯は凄いのぉ。土氣だけじゃなくて金の氣まで混じっておるのじゃ」

「一泊何十万する温泉宿だの、一時間数万の聖水風呂だのなんだの高い風呂はあらかた入ったけど……こんなボロい宿の露天風呂が一番ええわ。金っちゅーもんは、一体なんなんやろうな……」

 

 思う存分カムイバラを楽しんだ後、俺達は東方の山に向かって飛んでいき、そうして辿り着いたのが温泉郷ユノサキである。

 ユノサキには種々様々な温泉宿が点在しており、俺達が泊まったのは露天付きの離れ宿である。畳なし完全板張りのメインルームには魔道具ではないガチ囲炉裏があり、魔導文明から離れた趣に満ち満ちていた。

 露天風呂もまた、カムイバラの上玉館とは異なる良さみがあった。ユノサキの湯はしっとりしている印象で湯自体に重みがあるというか、とにかく良いのだ。雪の冷たさで無限に入れちまえるくらい良かったまである。

 

「人の気配がないのがいいですねぇ。やっぱ静かなのが一番ですよ」

 

 実際、ユノサキは現地民に加えてちらほらと観光客がいる程度で、王都やカムイバラほど混雑していなかった。

 変にごみごみしておらず、全体的に商売っ気が薄いのだ。まぁでも銀竜剣豪所縁の地として聖地アッピールをしているあたり、やる気がない訳でもないのか。

 ともかくとして、ユノサキにはカムイバラにはない静けさがあり、だからこそ居心地が良かった。大自然に溢れた中で妻達と入る露天風呂の素晴しさよ。

 

「ええ、本当に。お祖父様が気に入るのも分かるわ」

「ん、月光が染みる」

 

 足湯しながら飲酒しているエリーゼの傍ら、翼を広げたレノが月明かりを浴びていた。舞い散る雪も相まって、実に幻想的な光景である。

 淫魔女王の診断によると、不胎の呪いを解呪したエリーゼの予後は良好で、同じくレノの内臓機能もまた健康そのものらしい。そう、俺達は何も恐れず家族計画を始めていい状況なのだ。

 けれど、その前に何処に住むかを決めなくてはならない。俺達の居心地だけではなく、やがて生まれて来る子供の将来を考えなくては。子供のやりたい事をさせてあげるのが、俺の思う良い父親像だからだ。

 故にこそ色んなところを見て回っていた訳で。緑豊かなフライシュ領に、魔法に満ちたランベール領。ネザーレの街並みは美しく、日本っぽいリンジュは穏やかで馴染みやすかった。

 

「皆はさ……」

 

 これまでの旅路を思い出しながら口を開くと、各々湯を楽しんでいた皆の注目が集まった。

 それから、俺は改めて皆を見渡す。泳ぎを中断するルクスリリア、足湯中のエリーゼとヘカテ、炎で雪かきしているグーラに、温泉で溶けているイリハとシャロとユゥリン。月光浴を止めて湯に浸かり直したレノ。本当に美しく、かけがえのない女性達だ。皆、俺の妻なんだよね。

 そんな彼女達に、訊いておきたい事がある。

 

「都会のネズミと田舎のネズミ、どっちが好き?」

「どっちも駆除一択ッスね! あいつら農家からすりゃ百害あって一利無しッスから! 皆殺しッス!」

「いやそうじゃなくて……」

 

 要するに、都会に住みたいか田舎に住みたいかのアンケートを取りたい訳だ。

 その旨をイソップ寓話を例に出して解説すると、皆さん姦しく話し始めた。

 

「そりゃもう都会ッスよ! 人が集まるトコに金が集まって金が集まるトコに娯楽が生まれるんスから、多少の危険はしゃーなしッス! というかアタシら銀細工なんで危険なんてそうそう無いッスしね!」

「実際、知識に触れるなら都会のが便利なんよなぁ。図書館とか大学とか、ある程度大きい街にしかないし」

 

 結果、ルクスリリアとヘカテーニャは都会派だった。

 彼女達は新しいモノ好きで、基本的に刺激を求めているのだ。まぁ二人共そこまで外向的って訳でもないのだが。

 

「私は静かな田舎が良いわ。王都の喧噪は魔力のうねりが酷くて堪らないもの」

「ん、田舎は空気がいい」

 

 対し、エリーゼとレノは田舎派だ。

 お二人は田舎のまったりしている空気感が好きらしい。喧噪より静寂を好んでいるのだ。

 

「ぶっちゃけ都会も田舎もどっちもどっちじゃ」

「都会過ぎはうるさ過ぎ、田舎過ぎは不便過ぎ。要はバランスだろ」

 

 で、イリハとシャロは中立派。

 二人には極端な田舎に生まれ、極端な都会に移り住んだという共通点がある。そんな二人からすると一概にどっちが好きかは答えづらいのだろう。

 

「いっそ天津島一つ買い取って、そこに住むってのどうです? 名前はイシグロ島にしましょう。近く通った奴にはうちの島通るんに挨拶も無しか舐めとんかボケェって通行料支払わせる感じで。ふへへ」

「そういえば、彼の天空竜ヴォルフガング様は天津島にお住まいだったかと。憧れますねぇ~」

 

 ちなみに、ユゥリンとグーラはネタ枠だった。

 いや、ある意味で超田舎派なのかもしれないが、空の離島住まいは流石に人里離れ過ぎててちょっと怖いんだよね。

 

「住むトコ決めるんもええけど家どーすんの? 都会やとムズない?」

「どうとは?」

「どうも何も、今でも多いのにそのうち人数めっちゃ増えるで。例えばや、一人につき一人の子産むとしたら一つの家に十七人も住む事になるんやからな。赤ちゃん時はええやろけど、ある程度大きなったら家相当広ないとキツいやろ。そのうち家出るにしてもや。そうなると今の借家よりデカくて広いお屋敷いる訳やけど、いくらダーリンでもそんなん王都で買えんの? って話」

「ん~、まぁ買えなくはないけど」

「買えるんかい!」

 

 確かに、である。人数は増えるのは確実だろう。

 それに子供と言っても生まれた子供はずっと子供のままな訳ではないのだ。食堂とか凄い事になりそう。

 仮に一人につき一つの部屋を使わせるとしたら、我が家は寮かアパートみたいになるだろう。ガチるんなら一部屋四人とかできるけど、現代日本育ちの俺としては個人の子供部屋は用意してあげたいのよな。

 

「ん、王都に十七人も住む家を建てるのは非現実的。地価もそうだし、維持もキツい」

 

 レノの言う通り、王都の地価はバグッている。

 止まり木協会支部のような広さともなれば何をかいわんや。そもそも、ことラリス王国の土地の購入は、買った土地を完全に個人所有にするものではなく、期間限定でラリス王家に土地の所有を許してもらうといった形になっているのだ。大枚叩いて土地を買って家を建てても、期限が過ぎたらかなりの金を支払って再契約しなきゃいけない。要するに、子供に家を残す事は出来ないのである。

 

「王都じゃなきゃダメって理由がないなら王都以外に住むべきですよね。土地代だけでバカみたいな金額払うのとか、如何にもバカみたいじゃないですか」

「その前に家建てる必要とかあるんスか? 宿暮らしで良くない? 掃除しなくていいッスし」

「宿暮らしはともかく、状況に応じて住居変えてくのが効率的ではあるやろな。子供おらん広~い家に住むんは寂しいで~」

「城は要るわ。だってアナタと私達の住処だもの。凄いのを建てましょう」

「売るにしても残すにしても家は要るのじゃ。やっぱ帰れる場所があるのは安心感が違うのじゃ」

「アタイもまぁ家派だな」

「ボクはボク達のお家に住みたいですね。あっちこっち移動するにしても」

 

 と思ったら、都会か田舎かアンケートから賃貸か新築かの話になっていた。

 これに関しては、俺は明確にマイホーム派だ。何故なら、夢のマイホームを買うのは夢で浪漫なのである。実際その為の貯金をしている訳で。

 それ以前に、今後の俺達に最適化された賃貸が見つかるかどうか分からないのよね。あと、この世界で子供を連れ回すのは怖いんだよな。いざって時はともかくさ。

 

「ん、待って、先に都会に住むか田舎に住むか決めるべき。持ち家か借家か決めるのはその後」

「せやな。話逸らしてごめんな~」

「住みてぇ場所に住むってのもいいが、仕事の都合も考えるべきじゃあねぇか? 都会じゃ牛は飼えねぇし、田舎じゃ宝石なんて売れねぇぜ」

「それはそう」

 

 仕事ベースで住む場所を考えるってのは確かに合理的だ。

 前世、俺がリスペクトしていたゲームクリエイターは、受けた仕事によって住居を変えていたらしい。

 それで言うと、イシグロ家はどんな場所に住むのがベストだろうか。

 

「仕事のぅ~。楽器に按摩にお料理に……それで言うとわしは都会でも田舎でも構わんのじゃ。あーでも、家に畑あると嬉しいのぅ」

「ん、天使の聖水は畑に使える。けど都会で欲しがる人はいなさそう。わたしの絵が売り物になるとは思えないし」

「ぼ、ボクはどうしましょう。写本の経験こそありますが、最近は印字機に取って代わられていると言いますし。一週間に一度の間隔で悪者が現われてくれれば暴力が売れるんですが……」

「言っときますけどワタシ飯屋なんて絶対やりたくないですからね。働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!」

「ッス。そもそもアタシ等働く必要あるんスか? 金なんて腐るくらいあるじゃないッスか」

「家で子供の世話をしていればいいでしょう」

「アタイはルーン彫刻の場所さえあればなんとでもなるからよ」

「ウチも同じく。出来たらリヴクラフト組めるスペースがあったらええんやけど、そこまで行くと都会過ぎるのはちょっとなぁって感じやね」

「実利的に冒険者証は持っとくとして、いつまでも迷宮稼業をやる訳にはいかんしな」

「まぁご主人は運び屋でいいんじゃないッスか? 天職だと思うッス」

「そんなダーリンに朗報や。移動用リヴクラフトの進捗は順調やで、そう遠くないうちに雛形組める思うわ」

「ほう、それは楽しみだ。興味あるね」

「ご主人様には空飛ぶ槍があるじゃないですか」

「それはそれ、これはこれ」

 

 肝腎の仕事についてだが、こと俺に関しては運搬業だけである程度の稼ぎが見込めるんだよね。

 この世界、収納魔法さえ持っていれば食うに困る事はないのだ。収納魔法持ちの馬人配達人とかその典型で、本人は好きに走れて高給取りでハッピーハッピーやんケといった具合。そこら中に魔物がいる世界、配達人には一定の戦闘力を求められ、常に需要が絶えないのである。

 

「まぁ稼ぎについては俺の方でなんとかするよ」

「で、ですがご主人様だけに働かせるのは……」

「やりたくない仕事でグーラの心が傷つく方が俺は嫌だな」

 

 まぁでも、俺は運搬業をメインにするつもりはない。

 贅沢かもしれないが、あんまり家族と離れたくないんだよね。だから出張の多い仕事も出来ればやりたくないなぁって。

 とはいえ、子供に「お父さん仕事なにしてんの~?」って訊かれた時に最低限恰好のつく仕事はしようかと考えている。

 

「ん、纏めると都会過ぎも田舎過ぎも色々と困る。結論、ちょうどいいところを探すべき」

「とりま王都は無しじゃあねぇか? ケナズの里もド田舎なんで無しでいいだろ」

「あら、今はシャーロット村だったはずだけれど?」

「うるせぇやい。ともかく王都とド田舎以外だ」

「え~、そんな都合良い土地ありますかね? 天津島買いましょうよ天津島~」

「まだ言っとるのじゃ」

「そもそも天津島って買えるんスか?」

「普通に買えるで。ウチも研究用に欲しかったんやけど、金ヤバいし行き来メンドいし何より手続きがもうゴッツ面倒でなぁ」

「現実的ではなさそうですね。ヴォルフガング様みたいな生活には憧れていたのですが……」

「ん、ならフライシュ領とか良いと思う」

「「「あ~」」」

「確かにフライシュ領……というかリント市はバランス良さそうでしたね。食べ物も美味しいですし」

「いいとこッスけど、あそこって有名なガッコあったッスか? 淫魔学校を出たアタシからすると、最低限の勉強はすべきだと思うッス」

「ルクスリリアっぽくない発言ね。いえ、ある意味ルクスリリアっぽいのかしら?」

「読み書き算術くらいなら家で教えられると思いますよ。ワタシはお父さんに勉強を教わりましたが、それでその辺の奴等よりは賢い自覚があります。問題ないかと」

「どっちかというとコミュニケーションを学ぶ場として価値があると思ってるんだよなぁ」

「それを言われると何も言い返せませんね。敗北しました。イリハが腹を切って詫びます」

「ぐえー死んだのじゃ」

「誉れはどうなってんでぇ、誉れは」

「ほんなら、いっそダーリンがフライシュ領に新しい学校作ったら? ほら“草薙の救護団”のお金で」

「え、それって大丈夫なん? 資金の私的利用じゃない?」

「ダーリンの金でダーリンの財団がダーリンの子供を通わせる為にダーリンの子供以外も通える学び舎建てるんに何の問題があるんや? 土地問題もフライシュ侯爵様に口利きしてもらえば楽に済みそうやん?」

「そうかな、そうかも……」

「ふへへ、やっぱり持つべきものは権力者とのコネですねぇ」

「ここまで都合が良いとフライシュ領が一番のような気がします。お野菜も美味しいですし」

「学問はともかく、武術の事を考えるとカムイバラでゲルトラウデの道場に預けるのでもいい気がするのよね。学問は家で教えて、交流は門下生とできるじゃない?」

「や、武術ならユゥリンがいる。ゲルトラウデに頼らなくても問題ない」

「頼って欲しそうッスけどね、師匠は」

「とりあえず新婚旅行が終わったらフライシュ領で土地探しって事でいいんじゃねぇか? 今日はなんとなく聞いただけで、今決めようって話じゃあねぇんだろ?」

「左様にござる」

「なら、どれくらいの家を建てたいか考えましょう」

「広い台所に、大きな釜が欲しいのじゃ」

「蒸し風呂がいるわ。広い浴槽も」

「ん、お絵描き用のアトリエがあると嬉しい」

「リヴクラフト用の倉庫と錬金術用の部屋と……あと地下にワインサーバーがあるとええなぁ」

「ルーン彫刻用の工房だな。これがねぇと仕事ができねぇ」

「書斎がほしいですね。小さな図書館みたいな……」

「鍛錬用の場所が要るでしょう。床は板張りじゃなく土間がいいですね」

「クッソでっかいプレイルームは必須ッス!」

「寝室のことプレイルームって言うのやめなよ」

 

 冬の露天風呂で、夢のマイホームについて、愛しい妻達とお話しする。

 子供の為、自分の為、未来の幸福の為に。

 そう、俺が求めていた安らぎとは、まさにこれなのだ。

 

 でも、まぁぶっちゃけ俺は住むトコなんて何処でもいいんだよな。

 皆が隣にいてくれさえすれば、俺にとってはそこが最高の都なのである。

 

 思えば、最近は戦いに次ぐ戦いだった。

 ほんの一時、俺は常在戦場の心を湯に溶かした。今くらいはいいだろう。

 

「家の話もいいけど、そろそろ上がって早めに寝よう。明日早いんだからな」

「「「は~い」」」

 

 そんな感じで、ユノサキの夜は過ぎていくのであった。

 今宵は冬至、明日は新年。

 大晦日の楽しみは、これからである。

 

 

 

 

 

 

 ザクザクと、雪道を歩く音が響いている。

 ギュッギュッと、積もった雪を踏みしめる音が続いている。

 見上げた空には、つい数時間前とは打って変わって満天の星々が煌めいていた。視界いっぱいに広がる積雪が月と星を青々と反射している。

 本日未明、俺達はユノサキの雪山を登っていた。年越しの行事。初日の出を見る為である。

 

「銀竜剣豪の秘湯……ふふっ、楽しみね」

 

 初日の出を見ながら、ヴィーカさんが浸かった湯で初風呂をしようというのだ。

 本当は件の秘湯まで空を飛んで行きたかったところ、温泉郷の案内人に聖地巡礼はマナーがあるとかなんとかで徒歩で行けと言われて仕方なく雪の進軍である。「ならワタシはパスで」とか言ってたユゥリンを半ば引きずるようにして、俺達は暗い雪道を登山していた。

 当たり前だが、道中は極めて険しかった。暗さや寒さは問題ないが、なんたって目的地が朝日を望む山頂付近の鞍部なのである。俺が地球人ボディだったら即死だし、そもそも辿り着けないだろう。

 

「変に歩くより浮いた方が楽ッスよ。皆も飛べばいいじゃないッスか」

「ん、わたし達の身長じゃ実際埋まる」

「あ、アタイだって、飛べるもんなら飛びてぇよ! けど寒過ぎて符操霊が動かねぇから仕方なく歩いてんだ……!」

「いざとなったらボクが背負いますので……」

「こういうのはな、歩いていく事に意味があんねや。あぁ~、きっつ! 真祖なる前やったら腰いわしとったわ!」

「なんかユゥリンだけスイスイじゃのぅ。というか雪踏んでなくない?」

「こう足裏に薄い勁鱗を纏えば雪を崩さず歩ける事に気付いたんですよ。皆さんも真似してみてください」

「その手がありましたか!」

「その手が無ぇの!」

 

 だが、問題ない。我等の行進は地球人の登山客とは比べ物にならない速度だからだ。如何に過酷な雪山とて、迷宮の雪マップよりは遥かにマシなのであるからして。

 聖地を荒されない為か、秘湯への道は一切舗装されていなかった。それでも余裕である。何故って? 銀細工だからだ。

 

「っと、空が明るくなってきたな」

「シャロはアタシが運ぶんで、今はとにかく急ぐッス!」

「忍びねぇ忍びねぇ……」

 

 少しずつ、星々を湛えた空が淡い青に染まってきた。

 やがて秘湯はすぐそこだよ的な看板を発見。案内に従って歩いていくと、それらしい場所に辿り着いた。

 

「あの小屋だよな。着いたぞシャロ」

「なんだろうな、身体は疲れてねぇのにめちゃくちゃ疲れたんだが。さっさと湯に浸かって下山してぇぜ」

 

 まず見つけたのは、お着換え&避難用の小屋だった。幸い、先客はいない。秘湯を貸し切りである。

 秘湯と言いつつ、別に野ざらしになっている訳ではない。ユノサキの民が定期的に手入れしているのだ。

 小屋を前にしたところで、東の方が淡い青色に染まってきた。東方と西方で色が異なって見える。異世界の夜明けぜよ。

 

「湯に浸かっとる暇あらへんな。ここでも充分ええ景色やろけど、ベストなんはもうちょい向こうや。行くで」

「や、ギリギリは危ない。ほどほどにすべき」

 

 俺達は急いで絶景スポットに移動した。秘湯を背後に朝日を眺める構図だ。

 山から眺める地平線は、一面の雪景色だった。ここから山々を見下ろせるようになっており、谷やら峰やらで陰影がハッキリしてきた。

 東方の空が、紫色から鮮やかな桃色に変じていく。さながら夜が溶けるように、カッと空に赤みが差した。

 

「きれい……」

 

 太陽が顔を出した瞬間。パッと景色が明るくなった。

 瞬きの度に空と山が鮮やかな色彩を帯びていく。陽光に照らされた雪が、燃えるような黄金に輝いた。朝日が夜を洗い流すみたいに雪の大地に光と影を刻み込む。

 色彩が溢れる。その時、世界が広がる感じがした。

 

「これは、なんというか……ヤバいな」

「はい。ヤバいです」

 

 そんな光景を見て、俺とグーラは語彙力がゼロになった。

 ただただ、美しい景色を見た。日本で友達と見た初日の出より、テレビやネットで見た夜明けより、ずっと綺麗だと思った。

 山登りとか何が楽しいんだと思っていたが、確かにこれは凄くて凄い。苦労して登って見た景色には、他には代えがたい価値があったのだ。

 

「な、なんか凄いもん見てる気がするッス! 今までなんの感慨もなく通り過ぎてた山がこんな綺麗だったなんて……」

「そうね。お祖父様が本当に気に入っていたのは、この景色なのかもしれないわ……」

「ん……」

「ウチもフィールドワークで色んなトコ見てきたけど、実際こんな絶景見た事ないわ」

「どうだい、来た甲斐あったろ? ユゥの字よ」

「まぁ、そうですね。認めてあげなくもないです」

「行動に意味ばっか求めてたら一生来んかったろうのぅ。苦労して登ってよかったのじゃ」

 

 皆の口からも、白い息と共に感動の言葉が溢れていた。出発前はブーたれてたユゥリンも満足げだ。

 そうだ、この景色は皆がいたから見れたもので、皆と見たから味わえる感動なのである。

 

 異世界に転移する前、俺は独りだった。

 家族もいた、友達もいた。けど、どうしようもなく孤独で、それで満足していた。

 もし異世界に来ても変わらず一人のままだったら、俺はどうなっていただろう。

 ただレベルアップだけを楽しむ奴になっていただろうか。一人で旅をして、異世界情緒を楽しんでいただろうか。今ほど、豊かで幸せな生活を送っていただろうか。

 皆と出会って、様々な冒険をした。皆と出会って、色んな人と交流した。皆と出会って、今この景色を眺めている。

 皆と一緒だから、幸せなのだ。

 

「あぁ……」

 

 本当に、異世界に来てよかった。

 彼女達に出会わせてくれて、ありがとう。

 今はもう、世界への感謝でいっぱいだった。

 

「家族旅行をさ……」

 

 声が漏れる。

 皆が俺を見た。熱くなってる喉を自覚したまま、言葉を継ぐ。

 

「家族みんなで旅行する時は、ここにも来ようか。きっと良い思い出になる」

 

 例え俺達がいなくなっても、この世界は続いていく。俺達の子供が、その子供達もまたこの世界の何処かで生きていくのだ。

 その時、俺は心底からこの世界を守りたいと思った。主人公みたいな柄じゃないのに、俺らしくもなく、割とマジで。

 

「まぁ十年くらい後の楽しみにしとくッス」

 

 ルクスリリアの返答に、俺は胸の中に確かな温かさを感じた。

 やがて、俺は子供の為に生きるようになるだろう。皆と同じくらい愛する存在が生まれてくるのだ。

 そんな子等にも、素晴らしいモノを見てもらいたいと思う。ウザがられるかもしれないが。

 やっと、父さんの気持ちが少しわかった気がした。

 

 そう、思った。

 

 

 

「……なんだアレ?」

 

 

 

 ――瞬間だった。

 

 俺は、得体の知れない違和感を覚えた。

 第六感だろうか。虫の知らせってやつだろうか。別に、嫌な予感がした訳ではなかった。

 危機察知チートが働いたとか、敵味方反応レーダーに感があって、脅威が迫ってきた感覚もなかった。剣呑な気配は、無かったのである。

 なんとなく、俺は、空を見上げた。

 

「あそこ。なんか光ってないですか? 魔法陣?」

「いや魔法陣じゃねぇ。あの色、形……まさか」

 

 青くなった空の向こう、遥か遠くに小さな光が見える。

 まるで大魔法の魔法陣のようだった。七色に光り、拡張を続けるそれは……あるいは。

 

「転移のルーン……?」

 

 次の瞬間である。

 件の魔法陣がピカッと輝き、あまりの光量に反射的に目を瞑った。

 瞼を開く。異様な気配が身体を通り過ぎる。強いて例えるなら、サウナに入ってる時に扉を開けた時の感覚に近いかもしれない。

 あの光から、明らかな異物が入ってきた確信があった。

 

 最初、それは隕石だと思った。

 何処か遠くに落下して、ドガッと大きなクレーターを作るのかと。

 

「ちょちょちょ! 近づいてきてますよリキタカさん! アレをぶっ壊したいんですが、構いませんね!?」

「待て下手に触れるな。攻撃じゃないにしても危ない」

 

 何故か、件の流星は攻撃ではないという確信があった。

 けれど、それは俺達に向かって落ちてきた。隕石のような球体が、青白く燃えながら迫っている。魔力的な障壁を張っているのだ。

 やはりメテオ的な魔法か? いや魔法じゃない。遠隔魔法特有の魔力の揺らぎも感じない。

 

「構えろ!」

 

 一瞬だった。流星は俺達を通り過ぎ、背後にあった銀竜剣豪の秘湯に落下した。

 轟音が響き、雪山全体が揺れる。防御障壁越しに爆風が身体中を叩くもダメージはない。

 落下地点は多少抉れてこそいるが、落下物の大きさと速さの割に周辺被害は少なかった。

 

「あぁ、ヴィーカ様の秘湯が……」

「それより警戒だ。未知と遭遇するかもしれない」

 

 土煙が晴れ、雪が風に撒かれて散っていく。可視化されるほど濃密な七色の魔力が辺りに拡散し、轟轟と渦巻いていた。

 シルエットが見えてきた。やはり、隕石じゃなかった。巨大な球体である。しかし単なる球ではない、機球兵に似た見てくれ。球体の下部に四つ脚があり、それらが地に足を付けて立っているのだ。

 ソレは、どことなくSF世界のロボットのようだった。魔物ではない。敵味方反応レーダーにも感はない。けれど、何故か人の気配があった。

 

「り、リヴクラフトやと……!?」

「なに?」

 

 ヘカテの呟き。その事について詳しく訊く暇もなく、件の球ロボに拍動のような魔力が迸った。

 次いでロボは四肢を蠢かし、ぎこちない挙動でその正面を俺達に向けた。球体には、それこそ機球兵のようなモノアイがあったのだ。

 

「いやリヴクラフトにしては異形過ぎる。なんやアレ? ウチ製の癖はあるけど、浪漫がない。何よりエレガントさが足りひん……」

 

 ややもせず、まるでUFOの出入口が開くようにロボの装甲表面に切れ目が過った。

 コクピットハッチらしき部位が開き、光が漏れる。逆光に映った影は、ヒトガタだった。

 この時点で、皆の警戒心は最大限に高まっていた。各々武器を握っている。

 しかし、俺だけは剣を抜かず、呆然と佇んだままだった。

 

「ん、女の子……?」

 

 逆光の中から現れたのは、一人の少女だった。

 ロリだった。身長百四十強の少女である。

 

 その瞬間である。俺は尾骨から頸椎にかけて迸る強い電流を感じ取った。

 この感覚には覚えがある。イリハを見つけた時、レノの救難信号を受信した時、リアロリーザ様の気配を見出した時と同じだ。

 

 階段を下るようにして、やがて少女は地に立った。

 俺の目は、彼女の一挙一動に釘付けになっていた。

 

 開口部が閉まり、光が収まる。すると、少女の全容が露わになった。

 少女は、猫人族のように見えた。三角の耳がぴょこんと屹立している。上品な紫の髪に、ビビッドなピンク色のインナーカラー。瞳の色もまた、煌めくばかりの桃色だ。

 何より、服装が特徴的だった。パッと見あまり異世界っぽさのない、オーバーサイズのパーカーを着ているのだ。身長の割にスラリと長い両足には、これまたオーバーサイズのブーツを履いている。

 なんとなく、サイバーパンク・ディストピア世界の住人という印象を受けた。

 

「あっ……」

 

 猫耳美少女と目が合う。すると今度は恐ろしい程の既視感を覚えた。

 会った事はないはずなのに、初めて会った気がしない。むしろ、とても親しい……否、親密な関係だったような気がしてならない。

 愛情だ。俺は、この猫耳美少女に愛情を抱いているのだ。

 

「三つの尾の、猫又じゃ……!」

 

 イリハが呟く、彼女は太刀の柄を握りしめていた。

 ハッとして見てみる。確かに、正面から見える彼女の尻尾は三つもあった。猫人の尻尾は一本で、通常の猫又族は二本である。解放軍の猫又族の特徴と一致する。言われてみれば、例の猫又共と顔立ちが似ている気がした。

 

「待て、敵じゃない。ロリだ」

「ご主人……?」

 

 それでもなお、俺は武器を構える皆を制した。

 直感だった。あの娘は敵ではない。実際、彼女は味方の反応を発しているのだ。

 

「凄いなぁ、本当に言ってた通りの星がある。成功したんだ……」

 

 小さな声、小さな呟き。

 猫又の少女は俺達に向かって一歩歩み寄ってきた。

 その時の彼女の表情を、なんと表現すればいいだろうか。

 

「皆、生きてる。空も青いし、ユノサキも無事。良かった……私、間に合ったんだ」

 

 歓喜だろうか、安堵だろうか。

 悲哀だろうか、後悔だろうか。

 あるいは、何処か誰かへの憤怒だろうか。

 猫のような瞳孔の奥に、計り知れない激情が渦巻いているのだ。

 

「安心して、私は敵じゃないよ」

 

 他人の距離で立ち止まった彼女から、声をかけられた。

 薄い微笑だ。突然現れて訳の分からない事を言う猫又少女は、人を安心させるように練習したのであろう綺麗な笑みを浮かべていた。

 その笑顔はあまりにも仮面じみていて、俺には胡散臭さより痛ましさが勝って見えた。

 

「私の名前はクニュフ。尻尾は三本あるけど、貴方達が戦っている旧魔王軍所属の猫又じゃないよ。いきなり現れて如何にも怪しいかもだけど、信じてもらえないかもしれないけど、私は……あたしは皆を……」

 

 言葉の途中、彼女の声は上ずっていき、やがて呼吸に涙が混じっていった。

 沈黙が過る。少しずつ、少女の笑みが崩れていく。

 少女の頬に、涙が伝った。

 

「ごめん、ちょっとだけ許して……」

 

 少女が駆け出す。真っすぐ、俺に向かって。

 そして、俺の胸に飛び込んできた。

 

「うわぁぁぁぁ……! ひぐっ、うぁあああ……! あぁぁぁぁぁ……!」

 

 優しく抱き留め、背中を撫でてやる。彼女は俺の胸に顔を埋めていた。

 自分でも不用心が過ぎると思った。このまま刺されるかもしれないのに。

 けど、そうする事が当然のように、俺は初対面なはずの少女を抱きしめていた。

 

「さ、寂しかった! お話ししたい事、いっぱいあったのに! なんで……会いたかった! ずっと、会いたかったよぉ……!」

 

 ロリが泣いている。悲しみの涙を流している。

 やがて、猫又の少女――クニュフは、抱き着いたまま顔を上げ……。

 

「会いたかったよ♡ パパ♡」

 

 そう、云った。

 あまりにも、必死な顔で。

 混じりっ気のない、俺への愛情だけを詰め込んで。

 俺を、“パパ”と呼んだのだ。

 

「ああ、そうか……」

 

 魂が、震えている。

 合点がいく。腑に落ちる。膝を叩く。ともかく、俺はクニュフの凡その事情を把握した。

 俺を見上げるクニュフは、助けを求める目をしていた。

 なら、俺のやるべき事は一つだ。

 

「……なるほどな。察するに、未来で何か悲劇的な事が起こったから、タイムマシンか何かで過去に来てその元凶を止めにきたって訳か。差し詰め旧魔王軍か災厄か、あるいはラリス王国のやらかしか。今より強い未来の俺が動かないとは思えないし、俺一人が頑張ったくらいじゃどうしようもない事なんだろう。その上、ヴィーカさんとリアルイーザ様がいての時間遡行って事は二人は倒されたか封印されたか。ところで、あのロボは未来のシャロとヘカテの発明だな。リバース・エンジニアリングすれば現代のルーンとリヴクラフトの技術を底上げできそうだな。これだけでも一歩前進だ。ヘカテの事だ、きっと他にも今使える魔道具とか未来知識とか持ってきてるんだろう。そうか、そうか……よし、だいたい分かった」

 

 まぁ、あながち間違いではないと思う。

 幼少の頃、未来から娘が来る古いアニメを見た事がある。あれは素晴らしい作品だった。特にオープニングテーマが。

 過去を改変すべく未来から誰かが来る類いの作品に関しても、当然として沢山知っている。世界一有名だろう漫画作品でもあった展開なのだ。

 で、この世界が何式で成り立っているのかは知らないが、とにかく俺は目の前で困っている娘を助ければいいのだ。

 

「にゃはは……さすがパパ、略してさすパパ。察し良すぎニャ」

「いや、むしろクニュフこそ流石だ。よくここまで生き残って、こうして俺に会いに来てくれた。ありがとう」

「ちょっと♡ くすぐったいニャ~♡」

 

 娘の頭を撫でる。俺を見上げる少女の顔は、家猫のように弛緩していた。

 未来から来た猫耳娘。恐らく魔王軍とは全くの無関係ではないだろう。相当に、訳アリな。

 構うものか、ロリには問答無用で救われてもらう。それが俺のロリコン道だ。

 

「安心しろ。後はパパがなんとかする」

 

 俺は、未来から来た娘の涙を拭った。

 すべからく、ロリは守護られるべきなのである。




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