【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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さよなら炉利の日

 最近はイベントの連続だ。

 何かと縁のあるマキア城でルクスリリアとイリハの深域武装を霊格極装へランクアップさせた後の事。

 早朝、スーツを着た俺とJCっぽい正装を身に纏ったクニュフは、第三王子に直で会うべく借家までお迎えに来てくれた馬車に揺られていた。

 

「にゃはは、そんな怖い顔で睨まないでほしいニャ~」

「いえ、普段からこういう顔ですので」

 

 馬車の中、クニュフはエージェント・メイドさんにめちゃくちゃ警戒されていた。一応許可は得ているが、さもありなん。

 何故なら、現在のクニュフは普段隠している三本目の尻尾をお出ししているからだ。同様に、影空間についても話しておいた。

 そんな感じでがっつり危険視されているクニュフは、ラリス謹製の首輪と手枷を嵌められていた。影空間を封じる首輪と、魔力封じの手枷だ。これは此方側から申し出た処置である。ボクわるいネコマタじゃないよってな具合で。

 

「今から王子様に会うの楽しみだニャ~。まだ十代なんだよね? きっとキャワワな男の子なんだろうニャーっと、怖い怖い。今のマジの殺気じゃ~ん」

「クニュフ、緊張してるのは分かるけど、もう少し大人しくしててくれ」

「はぁ~い。ごめんね、エージェント・メイドさん。王子様と会えるって思ったら舞い上がっちゃって」

「ここはラリス王国です。王族への不敬な発言は……ん? エージェント・メイド……?」

 

 緊張の糸が張り詰める中、クニュフはいつも通りだった。そんな彼女を抑えながら、俺は未来から預けられたアタッシュケースを撫でた。

 このケースの中身は、例によって王子宛ての手紙と書類である。手紙の内容は確認されていないが、エージェント・メイドさんによる検問を突破している。罠ではないので通してヨシとなったのだ。

 

 朝の王都を窓のない極秘馬車が進んでいく。

 脳内のチートマップを参照するに、どうやら俺達は前回と同じ謎地下施設に入ったようだ。ややあって停止した馬車は、地下行きのエレベーターで降下していった。

 ガコンと、僅かな震動。やがて御者が扉を開け、目的地の到着を伝えてきた。

 

「クニュフ大丈夫か」

「へーきへーき」

 

 手枷を嵌められているクニュフを支えながら馬車を降りる。

 案の定、そこは以前ポルカトゥルカの人形を破壊した秘密基地だった。

 

「しばらくの間、こちらの部屋でお待ちください」

 

 通路を歩いて待機室。俺達は王子が来るまでお休みを頂いた。

 室内は待機室という割には豪華な内装で、ソファーセットやらティーテーブルやらが置いてある。俺とクニュフだけの空間だ。

 が、実際には天井と床下とニンジャ壁に隠れた三人の斥候技能持ちが俺達を監視していた。ここでの会話は筒抜けである。

 

「あっ、美味しそうなお菓子がある~。パパ食べさせて~♡ あ~ん♡」

「お嬢様の仰せのままに」

 

 とはいえ、俺には何も――ロリコン以外――やましいところはない。手枷を嵌められているクニュフに代わって、お嬢様にお茶とお菓子を食べさせてあげた。

 エリーゼやユゥリンとは別ベクトルで、クニュフも甘やかされるのが好きな気質のようだ。

 

「こちらで殿下がお待ちでございます。くれぐれも失礼のないように」

「分かってるって~」

 

 エージェント・メイドさんに呼ばれ、部屋を出ると、一党豪華な部屋まで案内された。

 扉の前には別のメイドさんがいて、中に俺の到着が伝えられた後に「どうぞ」と開かれた。

 

「やぁ。ネザーレぶりだね、イシグロさん。旅行は楽しめたかい?」

 

 部屋の中には、女装していないジノヴィオス殿下の姿があった。

 殿下はこの国の第三王子で、めちゃくちゃ偉い上に俺の雇い主でもある。いち戦闘単位としてもクッソ有能で、ぶっちゃけ草薙総員で戦っても勝てないくらい超強い。

 殿下はというと、今やすっかり大きくなられていた。身長は俺と同じくらいで、異世界人にしては珍しく身体の線が細い。例えるなら、白馬の王子様と言われて即イメージされるような美少年になっていたのだ。

 あと、今でも女装似合うだろうなって……おっと不敬不敬。

 

「お久しぶりでございます、ジノヴィオス殿下。この度は急な連絡となり……」

「ストップ。確かに挨拶は大事だけど、今は気にしなくていい。時間が無いんだ。座って、何があったかを訊かせてほしい。そこの猫又の事とかね」

 

 鋭い瞳が三本尻尾の猫又を射貫く。視線を向けられたクニュフは、何故だか嬉しそうに微笑んでいた。

 促されるままソファーで対座すると、緑髪の爆乳メイドさんがたぷんたぷんと胸を揺らしながらお茶を淹れてくれた。名前は確か……キルスティンさん。

 

「さて、まずは君の自己紹介をしてもらってもいいかい?」

「その前に、お人払いをお願いします」

「ほう?」

 

 目を細める殿下。後ろで控えていたメイドさんもまた、スッと暗殺者のような目になった。

 他方、俺はというとクニュフによる予定のない発言に動揺を隠せなかった。昨夜あれだけ練習したよね? 俺アドリブ苦手って言ったよね?

 

「此処には僕と、僕が信頼している部下しかいないよ」

「そう、キルスティン様達がいらっしゃいます。ですから、お人払いをお願いしています」

「キルスティンは侍女である以前に僕の副官だ。親衛隊の皆も、僕への忠誠心は本物だよ。死ねと命じれば死ぬ。それでもかい?」

「はい。それでも、お願い申し上げます」

 

 最早、側近メイドさんは猫又への殺気を隠そうともしなかった。いつ襲い掛かられてもおかしくない剣呑さだ。

 一触即発。平然としているクニュフの隣で俺は緊張が一周回ってフリーズし、メイドさんは臨戦態勢一歩手前。周囲で隠れている人達も殺意ビンビンですよ。

 

「それは……イシグロさんが持ってきた鞄の中身が関係しているのかな?」

「左様にございます。内容について、まず殿下にご確認いただき、後に信頼のおける方に御共有頂ければと存じます」

「ふむ……要するに君は僕を信頼している訳だ。初対面のはずだが、不可解にも」

 

 一方で、当の第三王子は全く以て普段通りだった。普段通り、彼は俯瞰したような目をしている。

 クニュフが持ち込んだ情報は、後に誰かと共有しても構わない。ただ最初に確認するのは王子でお願いしますと、クニュフはそう言っているのだ。

 ややもせず、王子は口を開いた。

 

「皆、この部屋から出てくれ。覗き見も聞き耳も禁じる」

「殿下、それでは何かあった時にお守りできません」

「ここで死ぬなら僕はその程度の器だったというだけさ。進言は感謝するが、二度目はないよ」

「……かしこまりました」

 

 続く王子の命令に、メイドさんおよび護衛斥候部隊は部屋を出て遠ざかって行った。

 俺のチートレーダーから人影が消え、同じく斥候スキル由来の感知力からも人の気配が消えた後、王子は飲んでいたお茶の器をソーサーに置いた。

 

「それじゃあ今度こそ、自己紹介をお願いできるかい?」

「承りました。私の名はクニュフ。クニュフ・イシグロと申します。先ほどの非礼、深くお詫び申し上げます」

「クニュフ・イシグロ……新しいお嫁さん?」

「娘でございます」

「娘……ますます分からないな」

 

 口では分からないと言いつつ、王子は常の微笑みを維持していた。

 静謐な王気を湛えた双眸は、興味深げにクニュフを見つめていた。なんとなく、電子顕微鏡を覗く科学者みたいだと思った。

 

「用件につきましては、こちらに纏めてございます。どうぞ、ご確認ください」

 

 ようやくアドリブから解放された。クニュフの目配せで、俺は持っていたアタッシュケースをテーブルの上に置き、王子に見えるように開いてみせた。

 中には、先のドワルフの時と同様に手紙や書類が入っていた。

 

「口で申し上げるより確実かと」

「だろうね。じゃあ、読ませてもらおうかな」

 

 簡便でいいね。そう呟いた王子は、手紙を手に取った。

 封を切り開いた瞬間、彼の顔から笑みが消え、口元が硬く引き結ばれた。

 ゆっくりとした瞬きの後、彼はいつもの王子ではなくなっていた。

 

「……イシグロさんは、この内容を知っているのかい?」

「いえ、存じておりません。知らない方がいいと、クニュフに言われましたので」

「賢明だ……あぁ正解だとも。さもなくば、僕はイシグロさんを消さなきゃいけなかっただろうからね」

 

 ぞくりと、俺は背筋に氷が当てられたような錯覚を覚えた。

 では、既に内容を知っているらしいクニュフはどうなるというのだ。気がかりなのはそこだった。場合によっては俺は王子と敵対しなきゃならなくなるが、それは絶対に回避したい。

 

「ここにある情報は、クニュフさんが魔王軍の裏切者であるというだけでは説明できないモノばかりだ。ラリス中枢、それも王家しか知らないような事まで書いてある。まるで、いやそのまま未来から情報を抜いてきたかのような……」

 

 言いながら、手紙に続いて次々と他の書類を手に取っては確認していく第三王子。ドワルフも相当な速読家だったが、彼はその比じゃなかった。

 

「これは困ったな……あぁ困った困った。本当に、困ったぞこれは」

 

 最後の書類に目を通した殿下は、なおも困った困ったと呟きながら、ゆっくりとソファーに身を預けた。

 沈黙が満ちる。ぼうと天井を眺める殿下に、黙って推移をみまもるクニュフ。一方、俺は置いてけぼりになっていた。

 何が、どう、彼を困らせているのか。気にはなるけど知りたくなかった。

 

「はぁ~……」

 

 大きな嘆息。次いで第三王子は手ずから纏めた書類を雷の魔法で消し炭にした。

 チートで分かる。今の魔法を食らったら、フル武装の俺でも致命傷になる。まして紙装甲のクニュフが当たろうものなら。王族式シュレッダー怖すぎだろ。

 

「人類存亡の危機に対処できるのは今を措いて他にありません。どうか、ジノヴィオス殿下を頼らせて頂きたいのです。遠い未来において、私は貴方より優れた人を、頼れる大人を知りません、人類の希望を背負い戦う姿は、まさしく英雄の王そのものでいらっしゃいました」

「へえ、そうなんだ」

 

 熱っぽく話すクニュフに対し、世界の危機を悟ったらしい王子は気の抜けた風船のようになりながら返事をした。

 やがて再び訪れた沈黙の中、焦燥感を湛えたクニュフの瞳が王子を見つめている。俺もまた、続く王子の行動に注視していた。

 そして、聖王子ジノヴィオスは一言。

 

「めんどくさいなぁ……」

 

 そう、呟いた。

 

「……え?」

 

 クニュフの困惑しきった声が通り過ぎる。

 王子はなおも気の抜けた表情のまま。

 

「把握した。めんどくさいけど……まぁやるしかないよね。どのみち事実確認が先だろうから、すぐにどうこうは出来ないな。けれど、もし全て本当だったら、全てに手を打つ必要があるだろう。安心してくれ、僕が何とかするよ」

「あ、ありがとうございます……! さすがジノヴィオス殿下!」

 

 最終的に、王子は常の穏やかな微笑を浮かべてみせた。対し、クニュフは心底安堵したような表情だ。

 ……待て。なんだ、この違和感は。

 いや、違和感ではない? 既視感? 共感か? 今の王子の顔を、俺は何処かで見た事がある気がした。

 諦めたような、覚悟を決めたような、嘔吐する寸前のようなその顔は、まるで……。

 

「殿下は……」

 

 呟くと、二人は俺の方を見た。

 置いてけぼりだった俺は、一度息を飲んでから続けた。

 

「僭越ながら、殿下のお立場は心根が摩耗して然るべきかと存じます」

 

 朝のコンビニで、日曜の駅で、俺は何度も観てきたのだ。

 そう、今の殿下は、まるで嫌々出社する会社員のようだった。

 巨大ではないが途方もない絶望を感じつつ、積み上がっていく目の前のタスクと向き合わされ、絶望と不安から逃避せざるを得なくなっている。

 俺には、今のジノヴィオス殿下はそのように思えて仕方なかった。

 

「私共、民の安寧は殿下のお陰で成り立っております。そんな殿下に、いち庶民からは感謝を述べる事しかできませんが……」

 

 そんな勇者の献身に、庶民はどう報いるべきだろう。

 変な話、英雄は感謝されて然るべきだと思う。けれど感謝だけではどうにもならない。やりがいなんてのは、人によって価値が違うのだ。そもそも、殿下は謝意も名誉も求めていないのでは。

 俺は何を伝えればいい? 何かを伝えたいと思ったから俺は口を開いたはずだ、考えるより先に。

 

「あ~、え~っと……俺、風呂とか好きだったんですよ。結構」

 

 見えた、隙の糸。だから自分語りをする事にした。

 頭を回しても出てこない。だから、心の底から吐き出すのだ。本音を。

 

「朝から晩まで働いて仕事から帰ったら、どれだけ忙しくても湯舟に浸かるんです。すると身体中から一日の疲れが抜けていくような感覚があって、そこで風呂上がりに冷えたビールを飲むと……それはもう気持ちがいいんですよ。大袈裟でもなんでもなく、その時なんだか無性に救われた気持ちになったりします」

 

 前世、俺は高卒の労働者だった。

 石黒家は中流家庭ではあれど、そこまで裕福な訳ではなかった。だから俺は、頭のいい弟を大学に行かせる為、高校時代のうちに諸々の免許を取って働きに出たのだ。

 高校出てすぐの労働は人並みにはキツかった。ほんの少額だけを仕送りし、貯金なんかはほぼゼロで、ロリコンテンツで心を癒やしていた。人並み以上には満たされていたと思う。

 けれど、それでも漠然とした申し訳なさを抱いていた。ロリコンは社会のクズである。俺は俺自身をロクでなしだと自認しているが、人でなしにはなりたくない。なってもおかしくないと、少なくとも世間様からは見られている悪性存在なのだ。

 そんな中、仕事終わりの風呂と酒は、誰にも迷惑をかけない健全なセルフケアだった。その時だけは、俺は社会の一員になれている気がしたのだ。ロリコンより酒カスのがマシなのである。

 

「当時の俺は心身共に弱かったので、酒がないと早々に潰れていたと思います。酒以外にも、ごく普通のありふれた幸せが俺を支えてくれていました。世の中、辛い情報ばかりが飛び交っていましたから、そうでなくとも嫌になる事がいっぱいで……」

 

 世界の解像度なんてのは、常時4Kだと眩し過ぎて生きていられない。

 現代社会は納得できない事ばかりだ。ロクでなし以下の人でなしが、世間様には沢山いらっしゃる。

 だから、現実逃避は隣人であるべきなのだ。それを弱さと宣う奴は、余程の幸せ者か世間知らずのバカである。

 

「殿下には、何かそういうのありませんか? ちょっとした楽しみというか、マシに思える時間みたいな。そういうのないと、本当に責任感で潰れてしまうかもしれませんから……」

 

 という事を考えながら、思ったまま言ってしまった。

 王子はキョトンとしていた。クニュフの顔もまた、困惑一色だ。

 

「イシグロさんは、ラリス王族が……僕がこの程度の心労で潰れると思っているのかい?」

「え? いえ、そういう訳ではなく……」

 

 やがて、王子は心底不思議そうな表情を浮かべた。

 擦り傷で救急車を呼ばれたような、そんな顔。

 でも、気のせいだろうか。ちょっと嬉しそうだった。

 

「随分と不敬な事を言うんだね。ラリスの王族に生まれた者が、民と同格の魂であるはずがないというのに」

 

 言葉の内容の割に、王子の声音には含むところのない澄んだ響きがあった。

 

「けれど、まぁ……そうだね」

 

 言いながら、王子は手ずからカップに茶を注ぎ、そしてクイッと一気に飲んだ。

 

「イシグロさんにそう言ってもらえるのは、悪い気はしないね」

 

 やっぱり嬉しそうじゃないか。

 不敬にも、そう思ってしまう笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 王子との密会は、時間にしてみるとそこまで長くは掛からなかった。

 挨拶して、手紙読んでもらって、そんでおしまいである。

 後々の事はこっちから連絡するから、それまで鍛錬なり何なりして待ってろと言われて解散だ。

 

「じゃ、セオドロスさんの店に行こうか。デザインはそのままでいいんだよね?」

「うん! エリーゼママデザインの服は羨ましいけど、やっぱり慣れた装備が一番だから」

 

 そんなこんな。

 お昼にはまだ早い時間だったので、帰宅後に皆に言ってからクニュフの防具を注文しに向かう事に。

 彼女のパーカーは未来装備である。だが、当時は技術はあれど物資が無かったらしく、はっきり言ってその性能はショボかった。そこで現代の防具工匠に一番良いのを頼もうというのだ。

 

「見てみてパパ! あそこ、猫ちゃん二匹がお昼寝してるよ! 兄妹かな? かわいい~!」

 

 王都を歩くクニュフは、先の密会とは打って変わって楽しそうにはしゃいでいた。

 王都における日常茶飯事の、その一つ一つに感動している。まるで、全てが愛おしいとばかりに。

 

「クニュフは……」

「ん~?」

 

 ついさっきの、王子との会話を思い出す。

 あの時、クニュフもまた不思議そうな顔をしていたな……と。

 

「何が好きとか、そういうのある?」

「唐突だね。さっきの話の続き~?」

 

 思えば、クニュフには未来の事を訊くばかりで、俺は彼女のパーソナリティの多くを知らないままだった。

 彼女は何を幸せと感じるか。何が好きで、何が嫌いか。俺は知っておくべきだろう。

 

「ん~っと、パパとママかな。お姉ちゃん達も大好きだよ~」

「そうか」

「にゃはは、パパが訊きたいのはそーゆーのじゃないよね。分かってるって~。相変わらずパパは分かりやすいな~」

 

 分かりやすいらしい。

 やがて、未来からきた娘は「んっ」と唇に指を添え、過去を思い出すように口を開いた。

 

「そうだな~。ピアノの演奏聴くのとか好きだったし、甘いもの食べるのも好きだったな~。お風呂も気持ちいよね~。でも一番好きだったのは、やっぱりお昼寝かな~」

「昼寝?」

「うん、お昼寝~」

 

 なんというか、予想外だった。

 けど、不思議と納得する答えだった。

 

「まだ平和だった頃、お家にすっごく素敵な安楽椅子があったの。そこに座ってゆっくりするのが好きだったな~。ユゥリンママがお庭で稽古してたり、イリハママが薬草畑を手入れしてたり、ヘカテママがピアノ弾いてたり。そんな中で、ゆらゆら~ゆらゆら~って……」

 

 遠く、俺から視線を外したクニュフは空を見た。

 春を前にした、冬の青く澄んだ空を。

 

「あの頃が、多分一番幸せだったんだと思う」

 

 そう語る彼女がどんな顔をしていたか、俺からは見えなかった。

 

「ねぇ、パパ」

 

 くるっと振り返る。

 鮮やかな桃色の瞳が、じっと俺の目を見つめていた。

 気づけば、近いはずの王都の喧噪が遠く聞こえる。

 

「パパはさ、もう充分過ぎるくらい頑張ったよ。だから、英雄になんかならないで、皆だけのパパになって」

 

 慈しむような、憐れむような。

 そんな目で、かつて英雄だった少女が言う。

 

「私はもう、いっぱい幸せにしてもらったから。だから……」

 

 凍えそうなほど冷たい風が、彼女の髪を揺らした。

 

「皆を幸せにしてあげて」

 

 ……ああ。

 そうか、そうか。

 つまり君は、そういう娘だったんだな。

 

 思い知る。

 心底、思い知った。

 やっぱり。俺はロリコンだったのだ。

 

「そうか……」

 

 約束はしなかった。

 覚悟はした。




 しゃあっ、更新!
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 よろしくお願いします!


【挿絵表示】


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