【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝です。
今回は三人称です。
よろしくお願いします。
幻の朧月。夜煌宮の中心で、草薙の剣と邪眼のファンリーが対峙している。
片や銀細工級の戦闘者が十人、片や元魔王軍幹部の猫又が一人。多勢に無勢である。これから先、戦いではなく一方的な処刑が展開されるだろう。
そう、思えるほどの戦力差に見えた。
「カカカッ! その程度の力で! 魔王の伴侶たる、この邪眼のファンリーの首を取れると思うてか! 浅い! 実に浅はかよ!」
「こいつ、なんでこんな強い……いや巧いんだ!」
偽りの夜に、花火大会のような爆音と閃光が間髪入れず炸裂する。
射撃魔法。純血魔術。古の殲滅魔法に炎雷の大氾濫。仮にこの場に鋼鉄札の冒険者が迷い込もうものならば、十秒以内に五回は死ぬ程の魔法的火花が咲き乱れていた。
そして、その全てを、一人の邪仙が無傷で捌き切っている。
「退きなさい!
「術式構築が単純! それ、お返しじゃ!」
「ドヒィイイイ!? 呪詛付き【魔導極砲】とか危なすぎッス!」
「避けると思ってたから撃ったのよ……!」
周囲に浮遊杖を構えたエリーゼの【魔導極砲】が解き放たれる。六つ中五つを牽制とし、本命を直撃させる狙いだ。対するファンリーは左の魔眼を輝かせ、ちょいと指先を振るって六つの光線を絡めとり、死角から迫り来た淫魔に投げ返した。
その光景を見たイシグロは内心で歯噛みした。クニュフからの情報によると、ファンリーの片眼は魔術の構築を見通す能力を持つという。大魔法だろうが光力だろうが関係ない。干渉し、操作する事ができるのだ。いわばリアルイーザの【鮮血掌握】を無制限で使えるようなものだった。
はっきり言って、害悪極まりない。
「行きますよユゥリン!」
「やるだけやります!」
隙が見えた。味方の援護魔法を背に、グーラとユゥリンが突貫する。大剣を見せ札にした本命槍による近接連携だ。
「力任せのォ!」
しかし、魔王の伴侶は対応してみせた。迫る剣を避け、続く槍の刺突を指先から伸ばした糸で絡めとる。
「猪武者がぁーッ!」
「ぐはっ……!」
「ユゥリン!」
次いで、引き寄せた麒麟少女を蹴り飛ばす。
吹き飛ばされるユゥリンをグーラが抱き止める。そこにファンリーが右手を向けると、五指の先から都合五つの糸が解き放たれ、毛細血管のように枝分かれし、殺到した。
魔力糸。そのように呼称するに相応しい、ファンリー個人の魔力だけで構築された第三の手であった。
「カカッ! 其方よく見たら混合魔族じゃな! 実に珍しい! 此方のペットとして飼ってやってもよいぞ! ほぉれ!」
「くっ、すみません退避します!」
枝分かれしながら迫りくる魔力糸は、さながら高速分散ホーミングレーザー。不規則な軌道で迫る魔力糸を、グーラとユゥリンは全力で回避した。
「あの糸、全部ファンリー自身の魔力で編まれとる! 下手に触れると体内魔力乱されるで! 特に魔族は注意や!」
「そちらにも賢しい奴がおるようじゃが、頭で分かったとて逃れられぬが我が糸よ!」
攻めあぐねていた理由は解析の魔眼だけではない。魔力に干渉し、魔術式を改ざんする魔力糸は、半魔力生物である魔族には触れただけで致命傷を与え得る程の激ヤバ糸なのである。
あまつさえ、ファンリーは編み上げた糸を自身の周囲に展開し、蜘蛛の巣めいた攻防一体の結界を形成していた。イシグロ達は邪仙の張った巣の上で、足を取られないよう慎重に立ち回らざるを得ない状況に陥っているのだ。
「くそ! なんであいつあんな動けるんだ?」
「知らないよ! 元は武闘派って話だけど、それでも後衛魔法職だし、魂分けてるからクソザコなはず!」
「誰がクソザコじゃ! 不敬であろう!」
「しかも地獄耳~!」
ダメ押しのように、ファンリーは魔眼や魔力糸の性能に驕っておらず、基本の白兵戦と魔法戦もまた高水準だった。
まさに老獪。事前に魔王軍幹部の一人とは聞いていたが、長く戦いからは離れていたのである。クニュフの知る未来においても、ファンリーはあっさり倒されたはずだった。
「おっと? それはさっき見たぞえ?」
「おかしい。最高速度の光弾、反応できる訳……!?」
「なるほどパレエスの係累か! 奴はまだションベン臭い戯言を宣っておるのか?」
「奴さん死んだよ。俺達が殺した」
「カカッ! そいつはいい! よくやったと褒めてやろうではないか! どれ、褒美に良いモノ見せてやろう!」
軽口を叩きながら、ファンリーの両手はあやとりのように魔力糸を編み上げる。
「ななな、なんやねんあの魔術式ぃ!? みんな全力で逃げるんや!」
「カカカッ! 遊惰に咲かせ、【秘儀・天蚕糸万魔殿】!」
やがて複雑極まりない立体的な形を完成させると、草薙の剣にそれぞれ異なる弱点魔法を無詠唱で多重発動してのけた。
再度、夜煌宮が花火大会のように明るくなる。必死の形相で回避を試みる一同を、火薬兼発破師のファンリーは邪悪な心根そのままの表情で嘲笑していた。
「何度も何度も返しおって! これなら通るじゃろ!」
他方、炎の翼を羽ばたかせたイリハは、ファンリーの魔法を回避しつつ慎重に編み上げていた陰陽術を発動した。
地が揺れ、天が荒れ狂う。偽りの空に暗雲が生じ、幻の月が闇にのまれた。次の瞬間である。天から地へ、赤黒い稲妻がファンリーの魔力糸結界に直撃した。
「陰陽術か! 確かにこれは解析に時間がかかる! 偉い偉い、良い手じゃぞォ!」
「褒められても嬉しくないのじゃ!」
仙氣眼持ちのイリハによる高等陰陽術である。たとえファンリーでもそう易々とは解析できない。
本体にダメージこそないが、雷で動きを止める事はできた。その脳天に、同族が狙いを定める。
「【
「カぁッ……!」
BOOOM! クニュフによる遠隔狙撃だ。身の丈を超える銃杖から、高速で螺旋回転する鋼鉄の礫が発射され、結界を成す魔力糸を貫通し、僅かに軌道を変えながらも見事にヘッドショットを決めた。
のけぞるファンリーに仲間からの追撃が降り注ぐ。しかし邪眼の猫又は瞬時に繭を生成し、絶死の奔流を防ぎ切った。
「カカッ、今のは効いたぞ! だが温い! もっと殺意を籠めんか!」
「殺意なら任せて! 次はもっとゴツいのでブチ抜いてあげるからね!」
クニュフ独自の射撃魔法――【徹甲弾】は、これまでの【魔力の礫】によるものではない。霊格極装で生成した銃杖に、同じく霊格極装の権能で生み出した
既存の射撃魔法の特性に加え、物理威力と魔法威力を兼ね備えた現行最速の攻撃魔法。名を、“実弾魔法”と言う。
「やっぱりな! さっきから見とったけど、その糸は重くて硬い魔法には干渉しづらい上に弱いらしいな! ちゅー事はや!」
「土魔法とかッスね!」
「無いなら支援という事ね。あるいは……」
「「物理で殴ればいいんですね!」」
しかし、草薙の剣も防戦一方という訳ではなかった。これまで
情報を共有した一党が即席の物理連携を構築する。後衛のバフを受け、前衛組が列をなして突貫。誰も腐らないのが草薙の剣だ。
「其方等のような戦士が我が軍にもおったらのォ! しかしまだまだ戦を知らぬ!」
迎え撃つように繭を解いたファンリーは、デタラメに編んだ魔力糸による横殴りの大瀑布を敢行した。
が、弾幕ゲーは草薙の十八番である。先頭のイシグロが発勁斬撃で魔力糸を断ち切り、最後尾のクニュフが実弾魔法で糸を食い破る。やがて護衛勢は中核メンバーをファンリーの眼前に送り届けた。
「屋根裏の鼠のようじゃぞ?」
「黙れ老害! これでも食らえ! そして死ねェエエエ!」
嵐極拳の奥義が光る。ユゥリン渾身の発勁付き【投槍】が、五重の糸結界を穿ち、ファンリーの腹を貫通。そうして空いた穴を抜けたグーラは、綾景の守護霊を宿した剣を振りかぶった。
「やぁああああああっ!」
「同じ手を!」
対するファンリーは即座に同サイズの糸剣を編み上げ、黒獣の剣に思い切り叩きつけた。
折り重ねられた魔力糸剣と圧縮鍛造された鉄剣が衝突し、爆ぜるような火花が散る。魔力推進による鍔迫り合い。力負けしたファンリーは、戦車の如きグーラの猛進により凄まじい速度で身体ごと押し込まれていた。
老獪な邪仙の腕から、ベキベキと不穏な音が成る。関節が軋み、筋繊維が断裂する。にもかかわらず、ファンリーは尚も心底楽しそうに笑っていた。
「カッカッカッ! 凄まじい力よ! ますます欲しくなってきた!」
「くっ……!」
堅く組まれた糸剣がほどかれていき、グーラの剣に絡みつく。さながら触手生物の捕食のように。
そのうちの一本が蛇のように鎌首をもたげ、グーラの心臓を狙う。援護は届かない。退避すべきだ。だが、グーラは更に力を籠めた。
何故なら、彼女の後ろには頼れる仲間がいるからだ。
「ここでアタイが登場ってなァ!」
「なにっ!」
次の瞬間である。突如としてファンリーの眼前に虹色のルーンゲートが展開され、直後に飛び出てきた細く小さな手が邪仙の額を掴んだ。
「必殺技らしい必殺技! 見せて! やんよぉおおおお!」
「ぐぁああああああああ!?」
轟! シャーロットの手のひらから虹色の炎が爆ぜ、即座にファンリーの身体を地獄の業火が覆いつくした。
「追撃中止! 魔力からも引火するぞ! いったん退避だ!」
「グーラちゃん!」
影から伸びた手がグーラのマントを引っ張り、影転移で退避させる。虹の炎は魔力糸にも引火して、ファンリーだけでなく周囲の結界までもが虹色に炎上していた。
「スペシャルに改良した魔族殺しの炎だ。その熱さと痛みは前の炎とは比較にならねぇ……!」
少し離れたところで、草薙の剣は焼かれ続けるファンリーを見ていた。
あの炎は、魔族の心を焼き尽くす炎である。時間間隔を引き延ばし、延々と熱と痛みを与え続ける極悪ルーンだ。未来から得た知識により、その苦しみは以前までの比ではない。
「だってのに……!」
だというのに、である。
「カカカカッ! カカカッ、カカカカカカカ……ッ!」
「何であいつぁ意識保ってられンだ……?」
邪眼のファンリーは、笑っていた。
魔力糸の末端から、心臓の奥底まで地獄の業火に焼かれて尚、堕ちたる猫又は箍が外れたように笑い続けていた。
理外の怪物を前に、シャーロットは無意識に一歩引いていた。その異常性を頭で理解できるヘカテもまた、引きつった笑みをこぼす。
「カカッ! カカカカッ、なぁるほどなぁああ! 確かに、確かにこの業火は此方以外には耐えられんだろうよ! だがなァ! 真の悲しみを知る者ならば! 死に勝る痛みを知る者ならばァ!」
「拙い避けろ!」
反射である。ファンリーの魔眼が光った瞬間、草薙の剣は散開した。
「この程度! 屁でもないわぁあああああ!」
大爆発! まるで火山が噴火したかのように、虹色に燃えていたファンリーの身体から、心を破壊する炎が四方八方に拡散した。
草薙の剣が必死の形相で回避に集中している一方、致命の炎を解除したファンリーは心身共にノーダメージで、あまつさえ恍惚とした表情で時折ビクビクと痙攣していた。明らかに尋常な状態ではない。
「おいおい、嘘だろ。どんな神経してんだよ、あいつぁ……」
「色々パッパラパーになってんスかね?」
「薬でトんじゃってるのか? ヘカテ、治癒で治せるか?」
「それが出来たらラリスは麻薬大国やったやろな!」
痛みを痛みとして認識していないのか。それとも、心頭滅却極まった精神性をしているのか。分からない。今のファンリーは、敵としてもヒトとしても常軌を逸していた。
他方、草薙の頭目は猫又の殺害手段について思考を続けていた。長女にそうしたように、なんとかしてイリハの【天意流転領域】を当てるのはどうだ。ダメだ、他の魔法同様にハッキングされて返り討ちに合うかもしれない。
心を壊すのが無意味なら、やはり体を壊すしかない。幸い、クニュフの実弾魔法や発勁はそれなりに効果があるのだ。まだ殺りようはある。
「イシグロと言ったな……」
そう決断した時だった。突如として笑みを引っ込めたファンリーが声をかけてきた。
さっきまでの凶笑はどこへやら。今のファンリーは落ち着いた淑女といった面持ちをしている。
「直に戦って分かった。此方の見込み通り、ひよっこながら其方等は善き戦士じゃ。将来が楽しみでならぬ雛である。故に……」
そして、柔らかく両手を広げ、云った。
「此方の配下になれ! さすれば其方を大公として遇し、ディング魔王国宰相の座をくれてやろうぞ!」
夜煌宮に、冷たい風が吹く。
お前は何を言っているんだ。そんな顔をした草薙の剣の面々は、ゆっくりと盟主たる男を見た。
イシグロは、至極冷静な顔で口を開いた。
「そこに愛はあるのか」
「……なに?」
みしりと、黎明のルーンソードに力が籠る。
馴染みの武器工匠に新調してもらった銃杖のグリップに、必要以上の握力が加わっていく。
「そこに愛はあるのか! そう聞いてるんだ!」
「愛? 愛じゃと? 何を言って、愛……?」
次いで放たれた言葉を聞き、ファンリーは戦場にあって呆けたように硬直した。
やがて、ファンリーの頬を一粒の涙が流れる。目を丸くする一同の前、邪仙の女は両目から滂沱の涙を流し始めた。
「カかッ愛、アイ? あい、あ、あい、あっあい、愛愛愛愛愛アイいあいあい愛あい愛? カカカッ。カカカカカッ! 愛ぃぃぃあいあいいあいあいいあいあいあいあいあいあいあ……」
涙が流れる。妖艶な美貌がぐしゃぐしゃに歪む。感情の振れ幅に合わせ、ファンリーの周囲に極寒の防風が渦巻く。軽度の魔力暴走状態だ。
狂気の渦が、対話を拒絶している。
「……ふむ。千日手じゃな」
かと思えば、邪眼のファンリーは何事も無かったように涙を引っ込め、湖面のように落ち着いた声音で話し始めた。
会話が通じない。感情を共有できない。理性のない知性を前に、今回ばかりはエリーゼすら困惑した。
「では、もう一つ良いモノを見せてやろう」
おもむろに右手を挙げる。すると、夜煌宮全体がグラグラと揺れ始めた。街のネオン光が明滅し、空間を滞留する魔力が荒れ狂う。
ファンリーは、両の眼を限界まで見開いて、裂けんばかりに笑っていた。
「とっておきを見せてやろうと言うておるのじゃ!」
次の瞬間である。草薙の剣が破壊した柱の残骸から、禍々しい魔力が噴出した。
それはさながら、厳重に封印されていた呪いを解いたかのような光景だった。
現れたのは、五体の怪物である。
「な、なんて気色の悪い魔力。あれは魔物かしら?」
「いや召喚獣や。それも超一級のホンマにヤバいやつ。ぶっちぎりで条約違反のパッキパキにキマッた惨禍大戦仕様やんけ。ぶっちゃけ羨ま……いや何でもない」
「ん、今なんか言った?」
暗黒の化身のような、不気味な鳴き声の巨大な球体。
瘴気を固めたような翼を持つ、赤黒い巨虎。
この世の暴威を体現したかのような、城程もある人面熊。
腐臭と異音をまき散らし浮遊する、巨大な顎の骨の仮面。
そして、幻の月を背に蜷局を撒いた金色の魔龍。
超主級の怪物が五体。全て、草薙の剣を狙っていた。
「カカカッ! 光栄に思うがよい! そして手向けとするがよい! これが邪眼のファンリーの真の姿じゃ!」
まだ続く。夜煌宮のネオン光が消えていき、それらがファンリーの身体に取り込まれていく。
眩い光がファンリーを包み、繭を作り、膨張し、膨張し、膨張し、そして……。
「カァアアアアアッ!」
殻を破り、再誕した。
それは、あまりにも美しい女の形をしていた。
身の丈は三メートル程だろうか。長く艶やかな髪をなびかせ、縫い目一つない衣を纏っている。
天女。そんな表現がしっくりくる――紛れもない怪物だった。
「あぁなんと心地よい。あの方がお隠れになって幾星霜、これほど気分の良い夜はなかった……」
恍惚とした表情で、天女と化したファンリーは自身の周囲に大量の影の門を生成した。すると影から影から大量の人工魔物がはい出てきた。
どういう理屈か、自身では使えないはずの能力を行使できるようになっているようだ。
「さぁ……思う存分、遊ぼうではないか」
ふわり。柔らかく微笑んだファンリーは、男なら一目で恋に堕とせそうなほど、あまりにも美しかった。
「いや巨女はちょっと……」
この男を除いて。
〇
時を遡る。夜煌宮の中で、イシグロが柱を破壊した直後の事。
雨が止んだ魔都レバンティンの空を、一人の魔族少年が見上げていた。
「ママ~、あれなに~?」
少年が指さす先、遠い遠い曇天の空。突如として、突風と共に雲を押しのけ巨大な天津島が出現した。
分厚い雲が晴れ、飛んでいた鳥が落下する。何の予兆もなく出現した島が、さっきまでそこにあった物体を弾き飛ばした。
「おいおいおい、マジかマジかマジか!?」
「ラリスが攻めて……いや聖輪郷の奴等か!」
「なんだありゃあ! 見た事ねぇ島だぞ! ちょっくら上陸してくるわ!」
熱しやすいディング民は、突然現れた天津島を見てパニックに陥っていた。
我先に上陸しようとする者。建物に隠れる者。皆が上を見ている間にスリを働く者。
なんて事のない雨の日は、天津島出現の報で持ち切りになった。
「ファンリー島、出現いたしました。後詰部隊、突入してください」
「了解にござる! 皆、出陣せよ!」
そんな中、レバンティン内に冷静さを保つ一団があった。
魔牛族のメイドの指示で高層建築の屋上から次々と凧に乗った忍者達が飛び発ち、遅れてグリフォンに騎乗したメイド隊が続く。宵鴉作戦における後詰部隊である。
「転移結界、展開してください。いつ終わるか分かりません。気合を入れてください」
後詰部隊が天津島に上陸したのを確認すると、追従していた魔導士部隊が島全体を覆う転移結界を展開した。
これは影空間を含めた転移阻害用の結界である。中にいるファンリーを閉じ込め、外から来るかもしれない魔王軍関係者を入れさせないようにする為である。
「揃ったでござるな。急ぐでござる」
結界の中、後詰部隊の隊長――森人忍者のシュロメは、手下の忍者とメイドを率いて先を進んだ。
上陸した天津島は、事前に確認した地図通りの構造になっていた。指定ポイントの洞窟に入り、分岐があれば訓練通りに隊を分けた。奥に潜るにつれ、怪物の腹の中にでも入っているかのような闇が濃く感じられる。
やがて、後詰部隊は邪仙の住処に辿り着いた。
「こ、これはまた……相変わらず派手にやってるでござるなぁ!」
シュロメ達が視た光景、それは炎の大河だった。
中心の城は半壊し、街の殆どが焼け落ちている。他方、不気味なほど形を保っている宮殿群は、却って夜煌宮の破壊の程を強調していた。
燃え盛る炎。黒々と立ち上る煙。無残な瓦礫の上空では、超主級の怪物達が暴虐の限りを尽くしていた。
そんな怪物達と、草薙の剣が戦っている。またそれらの中心では、ファンリーと思しき巨大な美女が四方八方に魔法を放ちつつ泰然自若と浮遊していた。
「れ、劣勢のご様子。我々も支援に向かうべきでは……」
「それには及びません」
イシグロ達の状況を見て加勢を提言する忍者の一人に対し、後詰部隊と合流したエージェント・メイドが答えた。
彼女は中枢へ至る為のルートを作成し、舞台に共有すべく行動していたのだ。
「シュロメ様、イシグロ様からは任務を優先するよう仰せつかっております。どうぞ、今のうちに」
「イシグロ殿が……」
シュロメは今なお激しい戦いを繰り広げている草薙の剣を見上げた。
銀竜令嬢が怪物に魔法を放ち。業火の隙間を淫魔が舞う。地を滑走する鉄騎兵から大量の眷属が解き放たれ、光輪を戴く天使が聖水の雨を降らせていた。
頭目たるイシグロは、天女ファンリーと対峙している。戦闘中の黎明の瞳を見て、歴戦の忍は決断した。
「了解したでござる! 拙者、此度の宵鴉作戦にて、旧魔王軍残党の秘密を根こそぎ暴いちゃうでござるよ!」
そうして、シュロメ率いる後詰部隊は炎の中へと身を躍らせた。
魔族代表の顔をして解放軍を僭称する敗残兵等を、根から絶やして殺すべく。
英雄には英雄の、忍者には忍者の戦いがあるのだ。
燃え盛る街に、もうもうと立ち上る黒煙。つい先ほどまで煌びやかだった宮城は、今は廃墟寸前の様相を呈していた。
英雄の如き八人の少女に対峙するは、破壊の元凶たる五体の怪物。その威容、まさに邪悪の化身である。
「キッッッショ! 何なんですこいつ! 今まで見てきた魔物ん中でダントツでキモいんですけどー!」
「や、あれは魔物じゃなく召喚獣」
「まぁ気持ちは分かるのじゃ。あいつ等が目覚めただけで氣も魔力もどんよりしてグニャグニャじゃ」
実のところ、この怪物については事前にクニュフから知らされていた。可能性は低いが、もしかしたら出てくるかもしれない、と。
当然として、それぞれの特性は把握している。対策も決めてあった。しかし、だからといって容易に倒せる相手ではなかった。
「早く解析なさい! あの髑髏、呪詛まで食うわ! そう長くは持たないわよ……!」
「わかっとるけど探知魔法にも限界はあってな! あぁもう忙しい!」
夜煌宮の柱から現れた怪物達は、五体全てがフィールド生成型、もしくは領域支配型であった。怪物の状態に関わらず、顕現しているだけで空間全体にデバフをまき散らす害悪モンスだ。
暗黒球体は理性を壊し、赤黒い虎は人の善性を崩す。人面熊はヒトの膂力と耐久力を反転させ、髑髏の仮面は魔力を筆頭にあらゆるエネルギーを吸収する。そして、魔龍は眩い威光によって正気を削るのである。
「ルーンが通じねぇ!」
「見た目以上にタフですよ! どうします?」
「どうするったって倒すしかないッスよ! だってご主人は……!」
エリーゼを指揮官に、草薙の剣ロリ組はそれぞれに相性の良い怪物と戦い、その上で辛うじて拮抗していた。
ここにクニュフかイシグロが居れば、一体を倒して流れで他に当たれただろう。しかし、それは出来なかった。
「そぉら踊れ踊れ! おかわりもあるぞ!」
「ゴミカス! 影と使い魔のコンボ気持ち悪すぎだろ! 向こうに行かせる訳には……」
「ああも開かれちゃあたしの妨害が追いつかないよ!」
イシグロとクニュフは、天女と化したファンリーの相手をしていたからだ。
どういう理屈か、影能力を手に入れた天女ファンリーは影空間の中から人工魔物を排出し、嫌がらせのように怪物と戦うルクスリリア達へとけしかけていたのだ。
その影の展開をクニュフが妨害し、漏れ出る魔物をイシグロが刈り取っていく。
それに加えて、ファンリーは自身の肉体から魔力糸を射出し、イシグロ達を攻撃していた。この糸は触れた魔力を乱す性質を持っている故、魔族であるクニュフに当たると致命的である。
「デカブツのくせに糸捌きは達人なの詐欺だろ……!」
「実質あたしの影封じられてるからどうしようもないよ~!」
戦いにおいて、ファンリーは終始堅実な立ち回りを続けていた。
パレエスのように、スペックを過信した甘えた行動を取らない。自身の能力を把握し、常に安全圏からローリスク・ハイリターンな攻撃を仕掛け続けている。その戦法は、天女となっても変化がなかった。
「チィッ……!」
舌打ち一つ。全く以て、イシグロの苦手なタイプだった。
力自慢な奴ならカウンターで狩れる。魔法だけなら打ち返せる。ただ立ち回りが上手いだけなら、真正面から競り勝てる。だが、ファンリーはその全てを持ち合わせ、見事に使いこなしていた。加えて言うと、クニュフの影妨害がなければ今頃圧殺されていただろう。
この状況に、イシグロは忸怩たる想いを抱いていた。ロリを守るはずのロリコンが、守ると決めたロリに守られているのだ。ルクスリリア達の事は信じているが、いつ何がどうなるか分かったものではない。
故に、一刻も早くファンリーを始末する。回避と対処を続けながら、イシグロは天女の攻略法を模索していた。
「視えたぞ! イシグロ! さては其方、とんだ伽藍洞だな!」
「何の話だ!」
イシグロの奥底を覗き込むように、天女ファンリーの邪眼が光る。
影からまた影から大量の人工魔物を放ちながら、ファンリーもまたイシグロの動きを観察していたのだ。
普段、イシグロが強者に対してそうするように。
「此方が視るに、其方にはラリス王に伍する恩寵があるようじゃな! 正しい術理、未来視に似た第六感! 他にもいろいろあるようじゃが所詮は全て借り物、紛い物よ! 使っているつもりで使われておる! だから脆いのじゃ!」
須臾、クニュフの妨害が間に合わない規模の巨大影空間が展開され、イシグロメタの小型飛行魔物が大量召喚された。
ここにエリーゼがいれば一瞬で殲滅できた。ここにヘカテがいれば同量の眷属で拮抗できた。しかし、ここにイシグロの妻はいなかった。
「範囲魔法……いや間に合わない! この!」
黎明剣を薙ぐ。冬から現在にかけて過剰に鍛えたイシグロでも、破壊規模そのものを拡張できてはいなかった。立ち回りで勝とうにも、それを邪魔するのが小型の魔物である。
被弾、被弾、被弾。鮮血が舞い、避けた先でまた攻撃を受ける。いくらチートで予知できようと、避けられない攻撃はあるものだ。
「其方のような戦士、何人も見てきたぞ! 借り物の力を己の才と錯覚し、多芸を弄せば王すら成れると戯言を宣う! 愚かしいほど幼く脆い! まったく、いい大人が恥ずかしいとは思わんのか!」
ファンリーの邪眼は、当人すら知らぬイシグロに宿る正体不明のチートの本質を見抜いていた。
故に、嗤ったのだ。自分で自分を縛っている、と。
「可哀そうにのぅ! どれ、一つ背中を押してやろうぞ!」
天女の影から取り出した巻物が飛び出、一人でに開かれる。そこに記された文字が光と共に浮かび上がり、やがてイシグロに殺到した。
これは以前テレーゼが使ってきた異能封じの巻物だ。同じ轍は踏まない。クニュフと共に小型魔物を捌き切ったイシグロは、ファンリー目掛け突貫した。
突撃の最中、呪術の文字がヒットするもイシグロが装備していたルーンの守りがソレを弾く。
「オラァ!」
「ぐあ!?」
隙あり。チート封じを正面突破されたファンリーは、イシグロの剣撃を受けてのけぞった。頭部ヒットによる特大ノックバック。クニュフによる追撃の実弾魔法が天女の眼窩を貫通し、頭蓋内で爆裂した。
「カカッ! ルーンのお守りか! 玩具を手放せぬ童のようではないか!」
「お前を殺すにゃ似合いのオモチャだろ! 死ね!」
「ぬかしおる! では、こういうのはどうだ?」
続く猛攻をそよ風の如く受け流し、祈るように両手を合わせたファンリーは魔力と氣を練り上げ始めた。
次の瞬間、ファンリーの背後に大量の陰陽陣が展開された。その光景を、イシグロはよく知っている。我知らず冷や汗が湧き出た。
「「させるか!」」
詠唱を止めんと大太刀を引き抜き突貫するイシグロ。陰陽術を阻止すべく丹田を狙うクニュフ。
それらの攻撃は殆ど同時に直撃し、けれども天女は構わず氣を練っていた。
「さっきの狐の真似っこじゃ。ほれ、【天意流転領域】!」
「クソ! 逃げろ……!」
瞬間である。式の術者を中心として、世界の法が改変された。
死と生の境界が曖昧に、歪んだ物が真っすぐに。濁が清に。地が天に。全て、生かすも殺すも思うがまま。
これぞ陰陽術の究極奥義、【天意流転領域】。邪仙の領域はイシグロを飲み込み、クニュフを飲み込み、エリーゼを飲み込み、怪物達を含めた夜煌宮全ての生命体を飲み込んだ。
しかれど、誰も殺さなかった。
「な、何なのこの陰陽術!? 広過ぎる! ただの【天意流転領域】じゃないよ!」
「其方の借り物を使えんくしてやった。此方も片方の魔眼を使えんがの。ここからが本当の戦よ! 楽しもうぞ!」
「ぐぉおおおおお!」
「パパッ!?」
異能封じの領域内で、眼で見て覚えた【影跳び】を使ったファンリーは、チートを失ったイシグロを殴り飛ばした。
追撃のホーミング魔力糸。即座に復帰したイシグロは太刀を振るって糸を切り裂く。しかし足に引っかかった。咄嗟に剣に持ち替えてコレを斬るも、欺瞞発動した影でクニュフの妨害を掻い潜り【影跳び】してきたファンリーの蹴りが腹に直撃。間違いない、いつぞや戦った翻獅流の蹴術だ。
「パパから離れろ! クソ女ァアアアア!」
「さっきから鬱陶しいな! 男子との戯れにガキがしゃしゃり出るでない!」
天女を黒が覆う。影でクニュフの前に出たファンリーの背後に影が生まれ、クニュフが飛び出る。しかしその周囲にファンリーの影門が多重展開され、また折り重ねるようにしてクニュフの影門が展開した。
逃げるクニュフ。追いすがるファンリー。相手の移動予測位置に攻撃魔法を置き、裏の裏の裏をかくような超高速騙し討ち連鎖が継続する。その戦闘機動には歯止めがなく、誰も追いつけない速度で繰り広げられた。
空間使い同士の戦いに、ただの剣士は踏み入れられない。イシグロはなんとかファンリーに攻撃を当てようとするが、その全てが空を切った。
「な~んてな! ほれ!」
「パパ……!?」
横目。【影跳び】のさ中にファンリーが指を向け、魔法を放つ。狙いはイシグロだ。
咄嗟に剣で魔法を防ぐイシグロだったが、勢いを殺しきれず姿勢が浮いた。そこに追撃の魔法が殺到。何度か【受け流し】に成功するも、一つまた一つと傷を負う。
「うぉおおおあぁぁぁぁぁぁ!」
イシグロとて、チート無し状態での修行は続けていた。いつか何かの拍子に各種異能を失うかもしれない。その前提で、鍛えてはいた。
けれども、剣を握って十年も経っていない一般人には限界がある。どれだけ努力し工夫しようが、チートを抜き取ったイシグロは足が速く力が強いだけの木偶の坊に成り下がってしまうのだ。
「よく耐える! では大きいのはどうだ?」
大魔法。【受け流し】も【弾き返し】もできない死の螺旋流が木偶と化したイシグロに迫る。
目では追えている。剣も構えられている。しかしチートは反応しない。今のイシグロは、あまりにも無防備だった。
それでもと覚悟を決めた……次の瞬間である。
「パパは! あたしが守るんだからぁあああ!」
影から現れたクニュフがイシグロを押しのけ、その半身を盾とせんと前に出た。
何故、彼女がイシグロの前に立ったのか。戦士なら、英雄なら、合理的に考えるなら、イシグロを信じて天女を攻撃すべきであった。
だが、クニュフはそうしなかった。出来なかったのだ。
「ぐぶっ!」
「クニュフ!」
鮮血が舞う。
天女の呪いで体内魔力が引き裂かれ、矮躯の猫又は銃杖を手放し宙を舞う。被っていたフードが外れ、猫又の耳が露わになる。
一連の光景は、イシグロの目にはスローに見えた。身体だけが動かなかった。
「そう来ると思ったのでなァアアア!」
時は止まらない。天女の五指から放たれた魔力糸が螺旋回転しながらクニュフに迫る。今度はイシグロに守らせる気なのだ。
即死の威力だった。今のクニュフは避けられない。イシグロだけなら回避できる。けれど、それはできない。イシグロは、クニュフを守らねばならないのだ。
眼前のクニュフを押しのけ、なんとかしてガードするか? 抱えて逃げる? ダメだ、ステータス的に間に合わない。煉獄による高速移動でも無理だろう。
死が迫る。力を失ったクニュフが崩れ落ちる。脊髄反射で前に出ようとしたイシグロだったが、やはり一瞬間に合わない。
その時、ふわりと振り返ったクニュフが、ほんの僅かな声で……云った。
「今までありがとうね、パパ……」
その、瞬間だった。
イシグロの脳裏に、得体のしれない感情のような何かが湧き上がった。
――魂が、震える。
刹那、イシグロの意識は時の向こう側に到達した。
見た事のない光景。死を前にした一瞬の記憶。誰のものかも分からぬ血に塗れ、男を見上げている猫又の少女。
最期の瞬間、黒髪の男は微笑んでいた。
時が戻る。クリアな視界。目の前で、クニュフが窮地に立たされていた。
現代日本に順応した楽観主義の自分が宣う。諦めろ。クニュフは魔族だ。ここは冷静に攻撃を回避し、即座に治癒魔法を使ってやればいい。半々の確率で生存するはず。
異世界に順応した戦士としての自分が言う。諦めるな。仮に治癒で何とかなっても、あの糸に貫かれたら魔力を乱されるぞ。最悪、魔力障害になるかもしれない。それで勝って帰って。本当に胸を張れる凱旋ができるか?
いいや、そうではない。
そうではないのだ。
それ以前の問題として……。
イシグロという戦士は、
黎明と称される英雄は、
石黒力隆という、救いようのないロリコンは……!
「泣ぁかせるかぁああああああああああああ!」
ギィイイイイイイン!
火花が散り、凄まじい金属音が鳴り響く。
左手でクニュフを抱き寄せたイシグロは、右手の剣で【受け流し】を成功させた。
妙技というにも憚られる、あまりにも完璧な【受け流し】。あり得ないほど鮮やかに、死の乱流の全てを流し切った。
「ぱ、ぱ……?」
呆然と、腕に抱かれた猫又娘が、自分にとっての英雄を見上げる。
娘を抱いたイシグロの横顔は、あまりにも澄み切っていた。
悟ったような、呆けたような、限界まで集中しているような。
窮屈な鎖を、引き千切ったかのような。
「カカッ! さすがラリスの英雄よ! だが奇跡は二度も続かんぞ!」
弾幕だ。高密度で、正確。故に、全て、受け流す。
脅威に反応していない。勘や警鐘に頼っていない。ひたすらに、静かだった。
優雅に、流麗に、黎明の剣が踊っている。
「バカな! 先読みの異能は剥がした! 其方にそんな力が残っているはずは……」
解析の魔眼が光る。今現在、イシグロはチートを封じられている。
にもかかわらず、今のイシグロはあまりにもチートじみていた。
常よりずっと、自由だった。
「理屈じゃねぇんだ……」
「なにっ!」
続く天女の範囲攻撃を跳躍回避し、デタラメな【魔力飛行】で弾幕を避ける。生成された【魔力の盾】を舞踏の舞台として踏んで、合間に娘に治癒をする。
武が、舞に、切り替わったかのようだった。
「そうだ。俺はロリコンなんだよ。魂から、だから……!」
イシグロの全身を、全能感が支配している。
ネザーレでの戦い。リアルイーザを守っていた、あの時。イシグロの中にある全ての歯車が噛み合い、異常な程に感覚が鋭く、思考は冷たく、身体は熱くなっていた。
ついに、辿り着いたのである。
「視えたぞ、水のひと雫! そうか、この景色こそが銀竜剣豪の……!」
補助輪が外れた。オートマ操作がマニュアルになった。正しい姿勢を強制していた多重の鎖が今、イシグロというロリコンを解放した。
「明鏡止水! 天衣無縫! 無想転生! いいやこの際、なんでもいいが……!」
イシグロ・リキタカ、極致到達。
それ即ち……。
「だいたい分かったァ……!」
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