【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。感想あるとやる気が出るのでもっとください(強欲な壺)
 誤字報告もありがとうございます。感謝しております。

 今回も三人称です。
 よろしくお願いさしすせそ。



エンドレスヘイト(下)

 訳も分からず異世界に転移してからというもの、イシグロは己に宿る正体不明の各種チート群と真剣に向き合い続けてきた。

 何が出来て、何が出来ないか。詳しい仕様やオン・オフの体感差。それらをどのように運用すべきか、どのような状況で真価を発揮するか。言わばそれは、手探りで家電や乗り物を用いていたようなものだった。

 しかし、今は違う。

 

 結論から言おう、イシグロは真の意味でチートを自分のモノとしたのである。

 守破離。チートの仕様を把握する過程を守とし、無月流をベースとした日々の鍛錬を破とし、補助輪を外して真に離と成す。

 有体に言って、馴染んだのだ。だからこそ、応用できる。

 

 何故、一般人に過ぎないイシグロに、そんな事ができたのか?

 ロリコンだからだ。

 

「何がどれほど分かったとてぇ!」

 

 イシグロの謎理解発言を聞いた直後、ファンリーは左右の五指に魔力糸を展開し、例のあやとり魔術を構築した。

 現代ラリス式魔術とは根本思想からして異なる百重詠唱分の立体魔術式。術式構築の間、ファンリーの周囲には嵐のような魔力が渦巻いていた。

 

「下ろすぞ、クニュフ」

「う、うん……」

 

 そんな危機的状況を後目に、イシグロは腕に抱いていたクニュフをお姫様にそうするように焼けた塔の上へ下ろしていた。猫又少女の頬は赤らんでいた。

 

「受けて見よ、【秘儀・真綿白雪】!」

 

 やがて古魔術が解き放たれた。例えるなら、粒一つ一つが致命傷となる吹雪の様相。これをヒトガタ生物が避けられる訳がない。

 しかし、イシグロはあえて前に出て、その全てを回避せしめた。時に剣を薙ぎ、時に膝を曲げ、マントの端まで無傷のまま殲滅魔法詠唱者へと接近していく。

 その姿、さながら空を泳ぐ魚の様。自由で、流麗で、合理的。頭からつま先までの全身が空中機動の構成要素としての意味を成している、正しい術理と定石を無視した滅茶苦茶に過ぎる荒くれムーブ。今のイシグロにとって、空中戦は地上戦の延長ではないのである。

 

「むべむべ。背中に目を付けるってのはこういう事か……!」

 

 これまで、イシグロは空中戦の適応に苦慮してきた。

 ルクスリリアやエリーゼのように、空中を自由に動けなかったのである。どうしても地球人としての意識が強く出てしまい、足が下で頭が上という状況をベースに空中での戦闘機動を組み立てざるを得なかったのだ。

 だが、今は違う。チートが外れ、第六感を含めた全ての感覚をダイレクトに受け取れるようになったイシグロは、以前より敏感に魔力を感知できるようになり、それに伴った空間把握能力を会得。その副産物として、AMBACめいた三次元機動能力までも体得したのである。

 繰り返す。今のイシグロにとって、空ほど自由な戦場はない。

 

「遅ぇ!」

「ぐぶぉ! 曲芸じみた事を……!」

 

 斬! 流れるような動きで接近したイシグロは、空中足場を蹴って【切り抜け】を発動し、迎撃魔術を編みかけていたファンリーの胴を薙いだ。

 威力は通った。しかし、大したダメージは与えられていない。ファンリー自身の耐久力が高水準である事に加え、常時展開している魔力障壁のせいで会心の一撃(クリティカル)が決まらないのだ。

 

「少々敏捷くなった程度で図に乗るでない!」

 

 反撃の魔法を回避しつつ、イシグロは戦闘思考を回し続ける。

 覚醒した事で立ち回り能力は向上したものの、だからと言って瞬間火力が上がった訳ではない。現状の手札でファンリーを倒し切るには少々時間がかかる(・・・・・・)

 では、どうするか。ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされている現状で、改めて手札を確認する。

 やがて、見つけた。チート無しでのチート技を。今なら出来るという確信。収納魔法を封じられているイシグロは手にある武器を鞘に納め、あえて無手となってみせた。

 

「うぉおおおおお! 燃えろ俺のリビドォオオオオ!」

 

 そうやって力んだ直後。突如として、イシグロの全身を謎の稲妻が過り、オーラの如くに青白い炎が纏われた。

 唐突な少年漫画的パワーアップエフェクト。吹き上がっているのは魔力ではない。もっと根源的な、力の奔流である。

 

「何をバチバチと! 所詮は子供騙し! 此方に通じると思うてか!」

「やってみなきゃあ!」

 

 再度降り注ぐ魔法弾幕に対し、グーラめいた炎雷エフェクトを纏ったイシグロは、閃く稲妻を光芒として引いて突貫した。

 しかし、今度は奴の魔法を避けなかった。迫る魔法を“異界炉魔空手”の応用で弾き飛ばし、彼我の距離を消し飛ばし、瞬時にファンリーの懐へ。

 

「なんだ、此奴さっきより速く!? いや違う、何か決定的に……!」

 

 驚愕に硬直するファンリーの眼前、イシグロは雷宿る足を振りかぶり、一言……。

 

魂魄昇竜(オーバードライブ)全能力(フルポテンシャル)! キィイイイイイイイイック!」

「ゴボォオオオオオ!?」

 

 まるで仮面のバイク乗りのような空中キックをぶち込み、天女の巨体を吹き飛ばした。

 何をしたのか? 魂の力(ステータス)の強化である。

 ただの転移者に、既存のチートに無かったステータス干渉など可能なのか? この世界の戦士に、意識的に能力を引き上げる事が可能なのか?

 出来る! 出来るのだ!

 

「ば、バカな! 此方が視るに其方にはそれ程の力はないはずじゃ! まさか隠して? いや此方の魔眼に視えぬ程の隠蔽能力などあり得る訳……」

 

 そもそも、ステータスの引き上げとは何か。

 端的に換言すると、心身のリミッター解除である。もしくは火事場の馬鹿力だ。理屈としては地球人のソレと大差はない。

 

 通常、イシグロを含めた異世界の戦士は自身のステータス以上の能力を発揮する事はできない。

 けれども、一定条件を満たせばその限りではなくなる。具体的には、ロリが窮地に陥った時等だ。それは先ほど経験した。一度つかんだコツはそう簡単に離れやしない。

 だからといって、普通これ程の能力向上は不可能である。如何なる窮地に陥ろうと、膂力10の人間ではグーラのぶちぬき丸は持ち上げられない。

 だが、イシグロなら出来る。日常的にステータス情報に触れ、冴え渡る感覚で己の肉体の隅々までを把握し、かつ前世の知識で人間の潜在能力を知るイシグロならば。

 もっと言うと、ロリを想う心さえあれば、イシグロはどこまでも強くなれるのだ。理屈じゃないのである。

 

「くそ、初手全能力向上はやり過ぎだったか……!」

 

 しかし、デメリットはあった。ファンリーに勢いよく一撃食らわせたイシグロだったが、炎が消えた身体からは焦げたような蒸気が立ち上り、弾ける雷がその身を傷つける。

 とはいえ実験は成功だ。実践した技の効果を観察し、状況を把握した。ファンリーの攻撃は一度も食らっていないのに、HPが減少している上、全身の関節や血管が痛んでいる。あまつさえ身体の奥底に得体のしれない疲労感がたまっているような気がしてならない。連続使用は難しいか。

 では、どうするか。デメリットを踏み倒す方に舵を切る。

 

「スゥーッ! ハァーッ! ヨシ、回復!」

 

 ひと呼吸。イシグロは失ったHPとMPを回復し、傷ついた肉体を修復した。

 ルクスリリアと結んだ純淫魔契約で傷を癒し、イリハとの房中術修行で活力を湧かせ、ユゥリンにならった内勁で氣を回し、ヘカテーニャから教わった真血術で魔力回復を促進する。

 結果、プラマイゼロには出来ないが、費用対効果は及第点。魂魄昇竜、実戦使用に値する。

 

「まだまだ行くぞ! 魂魄昇竜・敏捷(ヘイスト)!」

「ぐごぇ!? おごごごごごごごごごごご!」

 

 三度、突撃。速度のみ強化したイシグロはファンリーによる魔法弾幕の間をすり抜け、天女の胴に嵐極拳仕込みの体当たりをぶち込んだ。

 一撃だけではない。吹っ飛んだファンリーに追いついて二撃、さらに吹き飛んだ直後に三撃。乱打連打速打。まるでイシグロがファンリーをラッシュで押し出しているような珍光景。打撃ノックバックで動けないファンリーは為されるがまま押し出され続け、その運搬作業は夜煌宮外縁を一周するまで続いた。

 

「決めるぜ、魂魄昇竜・膂力(ストレングス)! 全身全霊サマーソルト・キィイイイック!」

「ぐぁああああああああ!」

 

 天に弧を描くサマーソルトで打ち上げた。

 舞い上がるファンリー。ようやく連続ノックバックを逃れたファンリーは【魔力飛行】でなんとか是正。

 

「ぐっ! 何度も何度も此方の美しい顔を殴りおって! 絶対に許さ……」

「だから遅ェ!」

「んぐぅううう!?」

 

 その背にイシグロの踵落としが突き刺さる。上から下に蹴り飛ばされたファンリーは、今度は地表に墜落し、巨大なクレーターを生成した。

 建物が崩れ、土埃が舞い上がる。月光を背にしたイシグロは、地上の猫又少女にサムズアップした。対する猫又少女・クニュフもまたサムズアップ。

 要するに、今の某竜玉めいた戦闘機動はクニュフの影空間によるサポート連携だったのである。この猫又、本質的に支援タイプの戦士なのだ。ただ遠隔火力と前衛自衛力が高いだけで。

 

「まだまだぁ!」

「これ以上好きには!」

 

 次いでイシグロが雷エフェクトを纏った瞬間、ファンリーは魔力糸で繭を作り、そこに引き籠った。

 この中にいれば純淫魔契約者であるイシグロは手出しできなくなる。その間に次なる式を編めばいい。

 実際、時間稼ぎには最適解ではあった。

 

「クニュフ! 三十秒、任せたぞ!」

「う、うん! 任せて、パパ!」

「何故そうなるのじゃ!? 逃げるというのかラリスの戦士が!」

 

 むしろイシグロの方が時間を欲しているという点に目を瞑れば。

 言うが早いか、イシグロはその場をクニュフに任せてルクスリリア達の方へすっ飛んでいった。夜煌宮で暴れている怪物達を倒し、今度こそファンリーをフルボッコすべく。

 

 召喚された怪物は合計五体で編成されている。

 こいつらの厄介な点は一体一体が極めて凶悪なデバフ能力を持っているところであり、そのせいでグーラやエリーゼといったDPS要員の能力が制限されているのだ。

 しかし、そのうち一体でも倒せばデバフのバランスが崩れてどうにでもなる。また事前の会議でその目途は立っており、時間さえかければヘカテが一体倒してくれる手筈だった。

 だが、今は一刻も早く片付けなければならない状況である。故に殺せるうちに殺せるだけ殺す。イシグロは最も御しやすい怪物に狙いを定め、応援を呼んだ。

 

「ユゥリン! アレをやるぞ!」

「アレ? ああ、アレですね! わかりました!」

 

 狙いは城程もある巨大な人面熊。連携するはユゥリンだ。

 この巨大人面熊は、範囲内の対象の膂力と頑強ステータスを反転させる能力を持つ。要するにグーラ特攻のクソエネミーだ。

 もともとバランス型のイシグロとは相性がいい上、今は当初の計画より簡単な倒し方がある。ならば殺らねばという話。

 

魂魄昇竜・頑強(エンデュランス)!」

 

 魂を活性化させ、頑強を強化。すると、なんという事でしょう。引き上げられた頑強ステータスが膂力に変換されるではありませんか。

 

「オラッ!」

 

 その上で、イシグロは人面熊の顎を蹴った。

 たたらを踏み後退する人面熊。ヘイトがイシグロに向く。

 

「オラッ!」

 

 一拍遅れ、人面熊の後頭部をユゥリンが蹴り、前のめりに体勢を崩させる。ヘイトがユゥリンに移る。

 嵐極拳の達人であるユゥリンにとって、膂力ステータスとDPSに然程の相関性はない。イシグロ同様、相性がいいのだ。

 

「オラァーッ!」

 

 ドゴォ! つんのめった人面熊の鳩尾を殴るイシグロ。

 

「オラァーッ!」

 

 ドゴォ! 後退する怪物の背中を殴るユゥリン。

 瞬間、二人の心が重なった。

 

「「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 前と後ろ。交互に殴られ、その都度体勢を崩す人面熊。打撃の間隔は徐々に短くなっていき、やがてそれは太鼓の連打のように夜煌宮全体に鳴り響いた。

 しかしこれは前奏に過ぎない。乱れていたリズムが噛み合っていき、心が通じ合い、一つになり、

 

「「せーのっ!」」

 

 一打! 怪物のヘソ下に同時拳撃!

 二打! 怪物のヘソ上に同時拳撃!

 三打! 怪物の心臓部に同時拳撃!

 四打! 怪物の頸部に同時拳撃!

 五打! 前後同時の発勁拳が人面熊の頭部に直撃!

 全く同じタイミングでの発勁拳打五連撃。これぞまさに嵐極拳における合体秘奥義、五撃決殺のロマン技にして、愛し合った者同士でしか成功し得ないロマンス技。

 その名も……!

 

「「【共振勁・正中線五段突き】!」」

 

 スパァアアアアアアアン! 一拍遅れ、暴威の化身であった人面熊は青白い粒子となって爆発四散した。

 この間、十秒弱の出来事である。

 

「ご主人様! ありがとうございます!」

 

 人面熊が消えたことで、グーラの膂力が元に戻る。

 しかしまだ本調子ではない。彼女を苦しめるデバフクソモンスが未だに活動しているからだ。

 ならばやるべき事は一つ。見敵必殺だ。

 

「次はお前だ! お前の所業をずっと見ていたぞ! いい加減楽になれ! 永遠になぁ!」

 

 残り二十秒。イシグロは翼で空を飛ぶ巨大な虎に狙いを定めた。

 この虎は善なる心を持つ者の力を弱める。つまりグーラとレノに特攻が入るクソモンスだ。

 

「ルクスリリア! アレをやるぞ!」

「今行くッス! 全力全開、【純恋接吻】! ん~、ちゅっ♡」

 

 故にルクスリリアを招集した。空中で合流した二人はシームレスに唇を重ねる。ルクスリリアによるジョブ固有バフだ。これでイシグロの能力はバカほどアップした。

 

「オラオラてめぇはケツが弱点って事ぁ分かってんスよケツ見せろオラァン!」

 

 唇を離したルクスリリアは今が攻め時と瞬時に超淫魔化を発動し、守護獣ラザニアに跨って巨大虎とのドッグファイトを開始した。

 大鎌の柄を分割し、魔法特化になった小鎌で虎のケツに魔法的ちょっかいをかけまくる。

 そうして誘導する先には、グーラの愛剣であるぶちぬき丸を構え、異常な程にバルクアップしたイシグロの姿。

 

魂魄昇竜(オーバードライブ)膂力(ストレングス)!」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……! イシグロの身体から異常な圧が放射される。

 ルクスリリアの淫魔バフに、イリハによる守護霊膂力バフ。エリーゼの指揮バフ。ダメ押しの膂力特化魂魄昇竜(オーバードライブ)

 みしり。ぶちぬき丸に黄金の光が迸る。

 

「真溜め一発! オラァアアアアアア!」

 

 ズッバァアアアアアアアン! 発勁+各種補助スキルプラス【剛剣一閃】! 相手は死ぬ。まんまとイシグロの前に誘導された巨虎は、頭からケツまで見事に一刀両断された。

 

「ありがとう、これ返すよグーラ」

「素晴らしい一撃でした! これで全開で戦えます!」

 

 マッスルフォームを解除したイシグロが手にある大剣をグーラに返すと、本調子に戻ったグーラは残る怪物の暗黒塊に殴りかかって行った。これで程なく怪物達は倒されるだろう。

 出来ればあと一体くらい倒したい。残り五秒。倒せるか? イシグロがそう思った時だった。

 

「解析終了! ちょい時間かかったけど、予定通りコイツはウチに任せてや!」

 

 空中に真紅のレールが生成され、その上を人型ゴーレムが滑走する。ヘカテーニャが駆る新型リヴクラフト、エメスアルマ・ネクサスだ。

 マントのような推進魔力の尾を引いて、未来の知識を詰め込まれた鉄騎兵が骨の仮面に突撃する。

 

「魔力も食う、呪詛も食う! おまけにルーンもパクパク食べる! あらゆるエネルギーを吸収しとるようやけど、実際のとこ飲み込んですぐ謎粒子に変換して垂れ流しにしとるだけや! そしてその変換には古代ディング式魔術が使われとる訳で!」

 

 ガギン! そうして巨大骨仮面と正面衝突したエメスアルマは、上下のアゴを掴んで力任せに口を開けさせた。仮面の奥には暗黒空間が広がっている。

 ミシミシとエメスアルマの駆動系が悲鳴を上げる。両肩の推進装置から出血のような余剰魔力が放散される。構わず胸部装甲を展開し、空いた隙間に純血魔術が凝集されていった。

 

「そこに魔術的構成要素があるんなら! ウチならぶっ壊せるっちゅー事や! 食らえ! スカーレット・デトネイター! オーバーライドォオオオ!」

 

 KABOOOOOOM! 開けっぱなしの暗黒空間に、エメスアルマの必殺技がぶち込まれた。

 あらゆるエネルギーを飲み込む髑髏は実際問題ノーダメージだ。しかし、中に入り込んだヘカテの血が召喚獣の核ともいえる魔術式に干渉し、改ざんし、式の内容をズタズタに切り刻んだ。

 髑髏の仮面の目から耳から穴という穴全てから七色の魔力が漏れていく。あからさまに爆発寸前である。

 

「これで終いや! じゃあの!」

 

 ドッカァアアアアアン! 案の定、エネルギー変換機構を壊された髑髏は青白い粒子となって大爆発し、これまで口内に吸い込んできた魔力が夜煌宮全体に降り注いだ。

 

「ようやく私の出番という訳ね。上の魔龍は任せなさい……!」

「ん、龍を撃ち落とすにはいい日和」

 

 すると、これまで髑髏のせいで本気を出せなかったロリ二人が空を動き回る魔龍に襲い掛かった。残り二体、怪物は間もなく倒される。

 三十秒経過。愛する妻達の怪物対峙を見届けたイシグロは、ファンリーの影展開を妨害しているクニュフのいる方へ飛んで行った。

 

「お待たせ。そんじゃ、一気に決めるぞ。準備はいいか? 俺は出来てる」

「あたしも準備完了だよ」

 

 そんな訳で、イシグロは約束通りクニュフの下に戻ってきた。

 片や銃杖&剣。片や巨大銃杖+銃剣のデコボココンビ。並び立つ姿は、存外サマになっていた。

 

「どうやら此方の想定が甘かったようじゃな。認めよう、其方は紛れもない英雄ぞ。窮地にあって己を高め、盤面をひっくり返す類いのな。だがなぁ、その程度の英雄、此方が何人屠ってきたと思うておる」

 

 閉じていた蕾が開くように、魔力糸の繭から姿を現すファンリー。

 対する邪仙とて、ただ黙って繭に引き籠っていた訳ではない。影空間はクニュフによって妨害されると踏んで、繭の中でじっと魔術式を編み上げていたのである。

 その両手で組んでいた魔術式は、過去例を居ない程に緻密で精妙で立体的だった。即ち誰にも真似できない凄まじい術理によって形成されているという事。

 

「開け、【天蚕糸双金字塔】!」

 

 次の瞬間、ファンリーを中心として七色に輝く正八面体が生成された。

 上下に合わさった金字塔の内部には幾何学模様の如くファンリーの魔力糸が張り巡らされ、それら全ては使い手の手にあるあやとり状の糸塊に収束していた。

 

「カカカッ! この魔術は此方自ら王都を堕とすべく編み出した無敵の城塞よ! これら糸の全てが独立した魔法触媒であり、ほんのちょっとでも触れようものなら忽ち……」

「ここは! 俺の距離だ!」

「人の話を聞かんかぁあああ!」

 

 技の説明の最中、イシグロはうるせぇ知らねぇとばかりに突貫、激突、突破した。

 剣で以て穴を開け、縦横無尽に動きながら正八面体を成す魔力糸の重要結節点を勘で見つけて切り裂き進む。迎撃として数多魔力糸から数多魔法が解き放たれるも、それら全ての隙間を縫う縫う縫う。当たってるように見えて当たっていない超ギリギリの弾幕ゲー流攻勢回避は、チートがあれば絶対にできない荒業中の荒業だった。

 故に……!

 

「ここも! 俺の距離だ!」

「がぁあああああ!」

 

 最短最速で間合いに入り、ファンリーのあやとり魔術を切断した。

 BLAM! 次いで目で見て覚えた【鋼の礫】による疑似実弾魔法が邪仙の額を貫き制動。続くクニュフの支援射撃が退避せんとするファンリーの腕を貫き、ならばと開いた影門は同じく猫又によって妨害阻止。

 

「バカな追いつけぬ! ぐぁッ!」

 

 斬! 黎明のルーンソードによる【剛剣一閃】がファンリーの首を断ち切った。

 

「甘いわ小童!」

 

 だが、これで死ぬようでは魔王軍幹部は名乗れない。舞い上がった首から瞬きの間に全身を再生したファンリーは、影も魔術も使わずに両手の五指で宙を掴み、全身を捻って舞踏のような回し蹴りを放った。

 拳聖イライジャを祖とする古武術・翻獅流の基本蹴術である。千年以上鍛錬してきたその技は、追撃せんと接近するイシグロの頭に直撃……する寸前、黒髪の男は凄絶に笑んだ。

 

「工夫が無ぇなァ!」

「なにっ……!」

 

 ぬるり。全身全霊の蹴りを、柔らかい布で包みこまれたかのような違和感。

 見れば、イシグロは迫る蹴りを剣の腹で【受け流し】ていた。

 ノリにノッた状況での追撃チャンス。土壇場中の土壇場で、相手の反撃を読んで当身技を置いておく。身体は熱血、思考は冷血。まさに、ゲーマー的勝負勘の極みであった。

 

「しゃあっ、【煉獄斬り】!」

「ぐあぁああああ!」

 

 ズッバァアアアアアアアアアアアアアン!

 赤黒い炎を纏った発勁斬撃がファンリーの肩から横腹を両断し、軌跡に沿って【煉獄送り】の炎が盛大に爆発した。

 煉獄の炎とは、“迷宮狂い”が狩ってきた生命力の具現である。完璧に決まった【受け流し】による無防備状態に、ネザーレ戦からこっち溜めに溜めてきた【煉獄送り】。発勁で猫又女の魔力障壁を相殺し、各種ジョブスキルによる火力バフに加え、黎明剣に施された各種クリティカル特攻効果。

 畢竟、イシグロの真なる必殺技である。

 

「そして其処はァ!」

 

 燃え盛るファンリーをヤクザキックで蹴り飛ばす。一時意識を失っていた邪仙の女は、その時ソレと目が合った。

 

「あたしの距離だよ。死ね、【徹甲弾】!」

 

 BLAMBLAMBLAM!

 長大に過ぎる銃杖から、糸でも障壁でも防ぎ切れない実弾魔法が三連射され、その全てが人体の急所を撃ち貫いた。

 

「がぁああああ痛い痛い痛い痛い! なにをしてるぅうううう! 此方を助けんかぁあああああ!」

 

 炎に焼かれながら、礫に貫かれながら、ファンリーは手塩にかけて育ててきた怪物達に助けを乞うた。

 しかし、それらはもう死んでいた。

 

「お待たせしましたぁああああああっ!」

 

 絶望を切り裂くように、地上から空中へ一筋の雷が舞い上がる。

 その稲妻は剣を構えていた。その剣は青く燃え盛る炎を纏っていた。その担い手の双眸は、太陽の如き真なる英雄の輝きを放っていた。

 

「不死殺しの炎! 今の貴女に解析できますか!? やぁあああああ!」

「がはッ!」

 

 ドッゴォオオオオオオオ!

 肉と鋼が激突したとは思えない轟音が鳴り響き、次いでファンリーの身体は上下に二分割され、断面から全身に不死をも殺す蒼炎が迸った。

 熾天使の自己再生をも阻害する不死殺しの蒼炎。ここぞという時まで取っていた、グーラ渾身の奥の手である。

 

「再生阻害などォ! とっくの昔に克服済みぞぉおおお……!」

「おっと、アタイを忘れてもらっちゃ困るなぁ」

 

 青の炎をかき消すべく魔力を練り上げていたファンリーの視界に、焼けて傾いた塔の上でマントをなびかせる赤毛の森人少女の姿があった。

 その手には、既に描き終えてある禁忌のルーン。ファンリーにさえ解析しきれないほど、複雑な。

 

「奪わせてもらうぜ、あんたの五秒」

「しまっ……!」

 

 森人がルーンに触れた次の瞬間、ファンリーを中心とした時空間の流れが停滞した。

 痛みはない。思考ができる。これはただ、ファンリーを閉じ込める為だけに紡がれた、時の牢獄。

 

「ふざけるなふざけるな! ふざけるなよクソガキ共がぁあああああ!」

 

 逃げられない。殺される。そう思い至って尚、ファンリーは足掻きを止めなかった。

 停滞する世界。断続的に実弾魔法が身体を貫いている。つまり今、奴は影を妨害する事は出来ない。故にとにかくこの場を離れんと影門を作ろうとした。

 

「なにぃいいいいい!?」

 

 が、出来なかった。

 遅れて気付く。展開しっ放しだった【天意流転領域】の支配権が、ファンリーの掌中からすっぽ抜けていた。

 にもかかわらず、異能封じの領域は張られ続けている。これは一体、どういう事だ?

 

「お主に邪眼があるように、わしにも仙氣眼があるんじゃよ。とりま影は禁止じゃ」

 

 その時だ。邪眼のファンリーは、両の目を輝かせる天狐の陰陽術士と目が合った。

 元よりイリハは初見の陰陽術の構成を見抜き、一方的に破却できる程の才能を持っている。そんな彼女にとって、アレンジとはいえ他人の【天地流転領域】の支配権を簒奪するなど朝飯前であった。

 まして時間を与えてしまえば何をか況んや。

 

「じゃ、あとはよろしく頼むのじゃ~」

 

 天狐が手を振った先には、青白い魔力翼と三対六枚の翼を広げる少女が各々天女猫又を殺す準備を整えていた。

 

「貴女の戦い、悪くはなかったわ。手向けとして、私からも良いモノを見せてあげる……」

 

 凛。青白い魔力翼で己を覆った銀竜は、どういう訳かその表面に空中設置した杖から四つの【魔導極砲】を放った。

 意味の分からぬ自傷行為。しかしそれは自傷にあらず、歴とした大技の予備動作であった。

 

「呪詛の籠ったそよ風よ。ほぉら、食らいなさい(・・・・・・)

「ふぃぎぃいいいいいいいいい……! 此方の、此方の身体がぁぁぁ……!」

 

 展開された翼から、呪いの籠った突風が解き放たれ、ファンリーの全身を打ち据えた

 痛みはない。ダメージもない。だが、一瞬にして呪いを受けたファンリーは天女としての形を保っていられず、その巨体がみるみるうちに元のサイズに縮んでいった。

 

「丹田を潰す。そこ!」

「おごぉおおおおお!」

 

 続いて、熾天使からの超圧縮光弾が通常サイズになったファンリーの下腹部を貫いた。

 拠点防衛用の光力大砲レーゼンヴィー。その強化改修版による精密砲撃であった。

 

「ぎゃあああああ! あが! ぐぎぇえええええ!?」

 

 青の炎に焼かれ、逃げ道を封じられ、呪いを受けて光に射貫かれ、身体中に致命傷を受けたファンリーは、ここにきて故にこそ人生最高レベルの魔力操作を見せた。

 即ち、魔力糸による繭である。外部の苦痛に耐えきれず、再び引き籠ったのだ。

 

「ひぃいいいい! 誰か此方を助けるのじゃあああ!」

 

 続く魔法も光力も魔力糸に阻まれ届かない。ファンリーは未だ燃え続ける炎の痛みに耐えながら、只管この苦しい時間が過ぎるのを祈り、待っていた。

 祈りだ。祈っているのだ。信じる者は救われる。教えに則り、信仰を捧げ、祈りに祈って救いあらんと祈り続け……。

 祈りを? 誰に? そう思った時、繭の一部が僅かに綻んだ。

 

「そうやって現実を否定しても、何も解決しないんだよ」

 

 綻びの隙間、銃杖を構えた猫又少女が狙いを定めていた。

 その銃口には、邪仙への殺意に満ちた銀の光が満ち満ちている。

 本当の本当に、殺す気なのだ。誰からも愛され、誰からも讃えられてきた英雄――邪眼のファンリーを。

 

「じゃあね、【徹甲榴弾(ピアッシング・エクスプロード)】!」

 

 銃声。魔力糸の繭を貫き、中心にいた猫又を貫き、その向こうにあったファンリーの居城の一部さえ貫き……。

 

「ぐああああああああ! あが! ぐぼぇえええええ!?」

 

 その全てが、爆ぜた。

 何度も何度も爆ぜ、弾け、舞い上がる。その光景は、さながら花火大会のようであった。

 けれども当然として、花火というのは散り際が最も美しいのである。

 

「死んだ男の下へ帰れ! この毒親がぁあああああああ!」

 

 銃声。

 最後の一撃が、かつて英雄だった女を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、夜煌宮は静寂を取り戻した。

 遠くでは未だ戦火の煙が立ち上っており、ドス黒い暗雲が幻の夜を暗く覆っている。つい先刻まで無人の繁華街のようだった宮城は、一瞬にして廃墟と化したのだ。

 

「はぁ、はぁ……ぐっ、あぁ……あぁあぁあぁぁ」

 

 そこは、とある宮殿の蔵だった。

 蔵の戸を押しのけ、倒れ込むように入ってくる者がいた。誰あろう、邪眼のファンリーである。

 艶やかだった黒髪は灰を被ったように変色し、魔族特融の若々しい美貌は煤に塗れ、落ちくぼんだ眼窩にある二つの魔眼は異様な光をたたえている。

 焼け爛れた下肢を引きずり、両手を使って這ってきたのだ。自己再生も働いていないあたり、既に彼女の命の灯は消えかけていた。

 何故、死にかけのファンリーがここまで這ってきたのか。それは蔵にある薬箪笥の中身が目的であった。

 

「薬を、はよぅ此方に薬を……! あぁぁぁ頭が溶けて、あぁぁ……!」

 

 薬箪笥に縋り付き、引手に指をかける。すると勢い余って抽斗ごと出してしまい、中にあった物の封が緩んで蔵の床が薬塗れになった。

 白、黒、赤に紫。混ざりに混ざった粉や液は、今のファンリーには全て黄金に輝いて見えていた。

 

「あぁ勿体ない……」

 

 次いで、かつて英雄だった女は、何の躊躇いもなく薬に塗れた床に舌を這わせた。

 何が何の薬なのかは分からない。ただ薬効が切れた苦しみから逃れるべく、保管していた薬を舐め取っていた。

 しかし、薬は用法用量を守って接種せねば望んだ効果を得られない。涙と涎を垂れ流しながら床に散らばる薬を舐めるファンリーの心は一瞬たりとも救われる事なく、あろう事か混ざり合った薬の副作用で酷い鬱症状を発症していた。

 

「うわぁあああ……足りないぃ! 足りない足りない足りな……あぁぁぁもぉうぁぁっぁ……」

 

 どれだけ薬を使っても、胸の奥底にある苦しみが癒える事はない。

 それどころか、ファンリーの孤独は増していった。かつて愛した王の姿は、薬の影響で虫食いになって久しい。

 今の彼女に、魔王軍幹部だった時代の面影はなかった。

 

「おいおい、なんて顔芸晒してんだよ……」

 

 声がした。蔵の出入口を見ると、ひとりの男が逆光に佇んでいた。

 記憶にない男だ。右手に美しい刃の剣を握っている。きっと名のある戦士に違いない。この男なら、悲しげに涙を流す美女を救ってくれるに違いない。

 そう思ったファンリーは、助けを乞うように、異性に媚びるように男へ手を伸ばした。

 

「俺さぁ、危険な敵を取り逃がす展開の次に、敵に絆されて生かして帰したりする展開とか、表現規制か知らんが日和って悪役殺さない脚本とか、何の罰もなく許される悪役とかスッゲェ嫌いなんだよな。いやまぁ相手がロリならその限りじゃないんだけど」

 

 男の剣に、赤黒い炎が宿る。

 瞬間、ファンリーの背筋に悪寒が過った。あの炎は、自分に痛い思いをさせるものだ。

 

「サクッと殺してやるよ」

「いやぁ、嫌! 嫌、いやじゃぁあああ……」

 

 生存本能である。迫りくる生命の危機を察知したファンリーは、母に与えられた異能を用いて事態を解決しようとした。即ち、これまでずっと封印してきたもう一つの魔眼である。

 邪眼のファンリー。そう呼ばれる本当の理由。それは、ありとあらゆる男を一瞬で魅了する誘惑の魔眼にある。これにより、魔王と出会う前のファンリーは強いだけの阿呆を傀儡にして、思うまま権力を手にしてきたのである。

 この世界に、ファンリーを愛さない男などいないのだ。

 

「俺はロリコンだ。催眠は効かんぞ」

「……え?」

 

 少なくとも、この男は例外であったが。

 誘惑の魔眼が、一切通用していない。確かに入った。しっかり見つめ合った。にもかかわらず、目の前の男はファンリーに対してこれっぽっちも好意を抱いていなかった。

 

「まぁ、さっきはああ言ったけどさ。俺が今ここでお前殺すのはさ、ちょっと違うと思うんだよ」

 

 呆然とするファンリーを無視し、男はその場を退いた。

 彼の後ろから、小さな同胞が姿を現す。

 

「だから、相応しい復讐者に殺ってもらう。俺、復讐肯定派のオタクなんで」

「お待たせしましたー。復讐者ちゃんでーす……なんてね」

 

 一瞬だけ、ほんの僅かな間、ファンリーは正常な思考を取り戻した。

 自分に似た顔だ。殆ど自分と同じ魂の波長。血の繋がりを感じる。名前は憶えていない。確か、「ク」から始まる名前の……。

 

「私の知る限りにおいて、悲劇の元を辿ればその多くはお前が発端だった。お前が自分の罪を認めなかったから、何があっても己を顧みなかったから、全部全部おかしくなったんだ。罪には罰を、当たり前のはずなんだけどね」

 

 ゾッとするほど平坦な声に、僅かながら正気を取り戻していたファンリーの思考が中断される。

 恐る恐る目を合わせた瞬間、ファンリーは猫に睨まれた鼠のように身を震わせた。

 いつか鏡で見たような、永遠の憎しみが漏れていた。

 

「お前のせいでラリスが弱体化した。お前のせいで屍王が調子に乗った。お前のせいで皆が死んだ。そうだ、お前は生きてる事自体が間違いなんだよ。どっかの誰かと同じでさぁ……」

 

 その言葉は、ドロドロに溶けて原型を留めなくなった怨嗟の塊だった。

 あまりにも混沌とした激情の成れの果て。冷えて固まって、飲み込めずに沈殿し、もはや己自身と同化した何か。

 その一部の漏出が、ファンリーの身体を氷漬けにした。

 

「本当はさ、世界を救うとかどうでもいいんだよ。守りたいのは世界じゃなくて、私の家族だけ。だから……あくまで私は、私自身のこの痛いくらいにモヤモヤしてグツグツして熱くて重くて痛いくらい胸を搔きむしりたくなるような最悪な感情に決着をつけたいだけなんだ。要するに、私は今から個人的復讐を果たす。そんでスッキリするんだ。あぁやっとだよ、やっとお前を殺せる。楽しみにしてたよ。ず~っとず~っと夢見てた。諦めなければ夢は叶うって本当だったんだ。にゃはは、もう笑っちゃうね! 嬉しいんだよね! あ~、言いたい事……分かるよねぇ?」

「ひぃ……!」

 

 鉄の杖を向けられる。孔の開いた先端から、赤黒い炎が漏れていた。

 

「【奈落降(ならくおろ)し】。スペックはまぁパパの煉獄と殆ど同じ。なんたって、あたしは黎明の後継者だからね。唯一の違いは、私の炎は魔族殺しに特化してるってトコかな。けっこう痛いよ~?」

「だ、誰か助け……」

「喋るな。死ね」

 

 轟。猫又が心の底から引き金を引くと、銃口から漆黒の炎弾が発射された。

 一瞬で火だるまになったファンリーは、暗く狭い蔵の中でのたうち回る事となった。

 踊るように、溺れるように。

 

「死ね、死ね、死ね死ね死ね! 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……!」

 

 そんな邪仙の親玉に、クニュフは殺意の籠った弾丸を撃ち続けた。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 

「お前なんか! 生まれるべきじゃなかったんだぁあああ!」

 

 銃弾が蔵の床に直撃し、何も燃やさず消失した。

 漆黒の炎が消え、そこに残っていたものは灰だけになった。

 魔力に還る事もなく、ファンリーはこの世から抹消されたのだ。

 

「……終わったのかな」

 

 銃杖を戻す。クニュフはその場に佇み、じっとファンリーがいた場所を見下ろした。

 数歩足を進めたクニュフは、かつて猫又だった灰を指でなぞり、重たい溜息を吐いた。

 二人の間を、冷たい静寂が過る。

 

「終わったよ、クニュフ。これでハッピーエンドだ」

「……ううん、まだ終わりじゃないみたい」

 

 言って、ゆっくりと立ち上がるクニュフ。

 振り返った表情は、憑き物が落ちたかのように晴れやかで。

 だからこそ、危うかった。

 

「昔、パパにさ……嘘つきは泥棒の始まりって教わったんだ。でも今のあたしは、泥棒とかその程度の悪党なんかじゃないんだよね。仲間を売った裏切者とか、魔王軍側のラリス貴族とか、屍王を崇める信者とか、いっぱいい~っぱい殺したよ。英雄じゃない、殺人鬼なんだよ。ゴメンね? こんな悪い子になっちゃって……」

 

 何かを言おうとしたイシグロを遮るように言葉を紡ぐ。

 その瞳には、決然とした強い意志があった。

 

「ついさっきも、あぁやっぱりパパはパパなんだなって思ったよ。どんな事があっても、絶対にあたし達を守っちゃうんだ。たとえ自分がどれだけ傷ついても、本質的にパパは自分が嫌いな人だから。好きな人の為なら、どんな無茶も無謀も通しちゃう」

 

 クニュフの背後で、影の門が開かれる。

 

「だから、もうお別れ」

 

 そして、倒れるように、身を投じた。

 

「クニュフ!」

 

 イシグロが手を伸ばす。

 けれども、彼女自身の影は既にクニュフを覆っていた。

 

「じゃあね、パパ。世界で一番愛してる」

 

 そうして、クニュフは家族の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 王器の宮、最奥。

 深い暗黒が沈殿する空間に、突如として光が差した。

 扉が開き、フードを被った猫又の少女が入ってきたのだ。

 少女の手には、不自然なほど純度の高い鉄の刀が提げられ、切っ先からは人類のモノではない青い血が滴っていた。

 

 少女の背後で、扉が閉まる。やがて自動で消灯した空間の中心には、半透明の卵のような巨大な水槽が鎮座していた。

 水槽は羊水めいた液体で満たされており、その中では一人の少女が膝を抱えて眠っていた。

 

「ああ、マジでいたよ……」

 

 一歩、近寄る。クニュフと同じ黒い髪。

 もう一歩、近寄る。クニュフと同じ、鮮やかなピンクのインナーカラー。

 小さな身体に、種族を示す猫の耳。そして、尾骨から生えている三本の尾。

 

「にゃはは、何も知らない顔してるなぁ。無垢? いや無知? とにかく悪い事だよね。あ~ぁ、もうマジでさぁ……」

 

 水槽の中には、クニュフとそっくり……否、クニュフそのものといった容姿の少女が眠っていた。

 親子でも、姉妹でも、双子でもない。顔立ちから何からホクロの位置に至るまで、全てがクニュフと同一。

 半透明のガラスに、クニュフ自身の顔が映っている。この世の希望を置いてきた女の顔が。

 

「……虫唾が走る」

 

 吐き捨てるように言って、クニュフは五メートル程の間を空けて立ち止まった。

 次いで影空間に手を差し入れ、これまでイシグロ達に見せなかった飴玉のような球体を取り出した。

 

「ごめんね、シャロちゃん。こんな風に使うとは言ってなかったのにね」

 

 呟き、玉を飲み込む。

 すると、彼女の黒髪は根本から毛先まで真紅に染まっていき、開かれた両目もまた紅色に輝いた。

 

「これで、やっと終われるんだから……」

 

 赤髪となったクニュフは、続いて血の滴る刀を首飾りに戻し、慣れた手つきで新たな銃杖を生成した。

 それは、イシグロが見ればリボルバー拳銃と思うであろう見てくれの銃杖だった。それもかなり特殊なリボルバーだ。

 全体的に重厚な印象の角ばったデザインで、それでいて工業的な美しさがある。何より特徴的なのが、銃身の上にバレルウェイトが乗っているところだった。

 クニュフが最も使い慣れ、最も生成に手間のかかる小型銃杖である。

 

「これで、パパ達は幸せになれるんだから……」

 

 深域武装の権能を使い、手のひらの上に特別な弾丸を生成。出来上がった弾丸には、極めて緻密なルーン彫刻が施されている。

 呪いを籠めるように弾を装填し、ゆっくりと構える。その銃口は、水槽で眠る少女に向けられていた。

 

「マジで死ねよ、クソ女」

 

 やがて、銃声が鳴り響いた。

 発砲により、リボルバーの銃口から魔力的な煙が立ち上る。

 放たれた弾丸は、一人の剣士によって【受け流】されていた。

 

「やっぱり来たね。パパ」

「当たり前だ」

 

 剣士――イシグロの背には、虹色に輝くルーンゲートが展開されている。誰の手引きによるものか、その手段もまた明白だった。

 この時点で、クニュフの嘘と真の目的はバレているという事が確定したのだ。

 

「いつから気付いてたの?」

「最初から。クニュフを抱きしめた時に」

「キモ~。なんで分かるのさ」

 

 邪眼のファンリー。その最後の分霊とは、クニュフ本人である。

 自我のない人形とはクニュフの事である。

 つまるところ、未来から来たイシグロの娘は、過去の自分を殺しに来たのである。

 

「敵わないなぁ、パパには。い~っつもそうやって、無茶ばっかりするんだから。もっと無責任に、もっとお気楽に、悲劇から眼をそらして口を噤んで耳を塞いで大人しくしてれば、きっともっと幸せになれるのに……」

 

 いつもの間延びした口調で、クニュフは握り慣れたリボルバーをくるくる回してみせた。

 イシグロに習った遊び。父親に喜んでもらおうと練習した技術。心が荒んだ時に出る無意識の癖。

 ガンスピンが終わった瞬間、クニュフは冷徹な英雄の目に切り替わった。

 

「そこの私、廃人なんだ。何も知らない、何も感じない。このままじゃパパ達の足を引っ張って、皆を不幸にしちゃう。今のうちに間引いとくのが誰の為にもいいんだよ。私なんか生まれるべきじゃないんだ。だからさ……」

 

 ゆっくり、銃を向けた。

 イシグロは両手で神樹の木刀(・・)を握り、背後の少女を守る構えを取る。

 

「パパ退いて、そいつ殺せない」

 

 未来を変える戦いが、

 自殺を止める戦いが、

 人生初の親子喧嘩が、

 

「……な~んてニャ♡」

 

 銃声と共に、始まった。




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